2015-04-20 17:42:19 更新

概要

完結しました。後日談追加しました。自身二作目です。ちょっとしんみりするお話かもです。
時間的にはアニマスの最終話以降だと思っていただければな、と思います。
ちなみにアニマスからの情報中心にssを書きました。あとは曲とかwikiとかの情報で…。(どこか設定的なものをやらかしてたらスミマセン。)
あ、あと優のセリフにわざと漢字を使わないなんてこともしてるので見にくいかもしれません(動詞は漢字表記ですが;;)



久しぶりだった。


もう見ないと思ってた。

優が事故に遭ったときの夢だ。

一時期は何度もこの夢を見た。


優がいなくなってから当分の間。

そして私が歌えなくなってた時。


みんなのおかげで歌えるようになってから一度も見なくなった。

だから久々に見るこの夢に驚いている。


辺りを見回してみる。

道路に沿うように色々な建物が並んでいた。

何度この夢を見ても景色に変化はないように思う。

昔住んでいた郊外の景色だった。


私は二人の子供を見つける。

それは幼い頃の私と優だった。

笑顔の二人。―ここも変化はない。


私は二人から離れた場所に立ち、二人を眺めていた。

私と二人の位置もいつも通りだ。


これから何が起きるかはもう分かりきっている。


もう少しすれば優の命は車にさらわれるだろう。


そのことがわかっていても私は優のもとに走ったり、呼んだりすることはできなかった。

したくても出来ない。そんな感じだ。


夢の中で私はただの傍観者だった。


二人を眺めながら不安が掻き立て始める。

何度見ても怖い。早く、早く覚めて。

私は目を覚まそうと懸命に自分の意識を叩いた。


この気持ちも、私の足掻きも、いつも通りだった。

でも目を覚ますことはできない。

事故のシーン寸前まで私は目を覚ますことができないことは知ってた。


でも、それをわかっていながらも、私は必死に足掻いた。

久しぶりに見る悪夢が私を弄ぶ。




――おねえちゃん!




優が私を――正確には幼い私を呼んだ。

前にいる小さな私に向かって駈け始めた。


もうすぐ始まる。

いやだ。見たくない。

私の体が震え始め、恐怖にさらされた心が私を激しく叩く。



私は目を閉じようと、耳を塞ごうと必死に試みる。

しかし目は閉じてくれない。体も硬直している。

この夢から意識を逸らすことを許されていなかった。



優が道路に出た。

―始まる。


止まって。止まって。



少し遅れて注意を促すクラクションが鳴り響く。


優は音が鳴る方向へ顔を向けた。


私はここでやっと自由に行動ができる。

耳を塞ぎ、目を精一杯閉じた。

膝を折って体を丸める。


お願い!覚めて!早く覚めて!

塞いだ耳に急ブレーキの音が響く。

これがいつも悪夢の終わりを教えるチャイムだった。


 これで私は目を覚ます――



…しかし、今回はまだ覚めてはくれなかった。


まだ耳を塞ぐ手や瞼には力が入っている。

悪夢は続くらしい。ここから先はすべてが初めてだ。



目を開ければきっと優は…。


絶対に見たくない。かわいそうな優を見たくない。


瞼と耳を塞いでる手にさらに力を込める。

体の震えと心臓の鼓動がさらに激しさを増した。


どうして?なんで?

どうすればいいのかわからなかった。

この悪夢から抜け出せないのだろうか。

――誰か、助けて




とんとん 





私の肩が叩かれた。か細い力だった。


「おねえちゃん。大丈夫?」


優しい声がした。耳を閉じていてもはっきりと聞こえた。

そしてその声は私の記憶が作りあげた声ではなく本物の声だった。


「もう目をあけても大丈夫だよ」


優しい声は私の全身の力を緩めていく。

私は恐る恐る目をあけた。


千早「なんで…」


優が私の前に立っていた。

とてもうれしそうな顔は幼い私ではなく今ここにいる私に向けられている。

そしていつの間にか景色から二人がいなくなっていることに気付いた。


優「ひさしぶり。おねえちゃん」


優は手を伸ばして私の頬を擦った。


優「もう泣かなくてもいいよ」


どうやら私は涙を流していたらしい。

優は私の顔をじっと見つめて周囲に目をやった。

優の見た目は昔の頃のままだ。

でも纏っている雰囲気は私の知ってる優に比べて少したくましい気がする。


優「えへへ、会いに来ちゃった」


千早「えっと…」


優「神様が夢の中なら会ってもいいよって連れてきてくれたんだ」


そう言って優が顔を上に向けた。私もつられて顔を上に向ける。

空には誰もいなかった。ただ夕焼けが広がっている。


千早「ねえ、優」


夕焼けを眺めながら優の名前を呼んだ。


優「なぁに?おねえちゃん」


千早「優」


優「んー?」


名前を呼べば返事が返ってくる。

久しぶりのやりとりで昔の思い出や感情が頭に溢れ始める。


千早「本物の優…よね?」


自分で言ってておかしい感じがする。

でもいきなりのことでまだ受け入れられなかった。


優「そーだよ。びっくりした?」


優は申し訳なさそうな顔をしていた。

でもそんな表情の隙間からは嬉しそうな感情が覗いていた。


千早「驚いたどころじゃないわよ」


立ち上がって優の頭のぐしゃぐしゃにした。

自分と優の高さの違いに驚いた。

上から眺める優の体はすごく華奢に感じる。


優「もー!やめてよおねえちゃん!」


私の手から逃れて満面の笑みをこっちに向けた。

しかしそれはすぐに驚きの顔に変わった。


優「おねえちゃん…すっっごくおっきくなったね!!」


目を見開いて私を見上げた。

優も同じことを思ったらしい。

身長の差に二人が離れていた時間の長さを思い知らされる。


千早「8年も経ったからね…」


優は「はちねん」とつぶやいてグーの形をした手から指をひとつずつ出していった。

いち、にー、さん……。段々グーの手が開いていく。

ごー、なな、はち。優の両手はパーとチョキを出したところで止まった。


優「はち!はちねん!!」


笑顔であふれた顔と両手を向けられた。

それは なな と教えようと思ったが、優の笑顔を見ているとなんだかそのままにしておきたくなった。


千早「ふふっ。そうね。正解よ」


優「やった!」


優はものすごく嬉しそうだった。

こっちまで笑顔になってしまう。


優「おねえちゃん!おねえちゃん!」


千早「ん?」


優「ハイ、ターッチ!!」


優は背伸びをしてまっすぐ手を挙げた。

反射的に私も手を伸ばす。


ぱんっ


優「いえい!」


千早「はいっ――って優は高槻さんを知ってるの?」


優は首をかしげて「たかつき?」と呟く。


千早「やよい。――高槻やよいって子」


あ!と優は口にして


優「あ!うん!知ってるよ!おねえちゃんといっしょのアイドルだよね!」


驚いた。

なんで高槻さんを…いやそれより私がアイドルだってことを何故知っているんだろう。


千早「私がアイドルってなんで知ってるの?」


尋ねると優は空を見上げた。


優「てんごくでいつも見てるんだよー!」


天国で――。私はそう口にした。

そーだよ!すごいんだよー。と優が返す。


優「てんごくにはねー、テレビがあるんだよ!おっきい公園も!そんでねそんでね――」


優は楽しそうに天国の紹介を始めた。

遊園地、本屋、レストラン、おもちゃ屋さん、ビデオ屋さん――とにかくたくさんあるらしい。

とにかく優が楽しそうに話すから私まで楽しい気持ちになってきた。


千早「すごいわね。とてもたのしそうだわ」


優「うん!すっごいよ!あ、でも神様のおしごと手伝うのはたいへんかなー」


千早「お手伝いもしてるの?それは偉いわね」


優「すごくたいへんなんだよ!えっとね――」


おへやそうじとかおさらあらったり――。今度はお手伝いの種類を並べ始めた。

視線を優から空に向ける。本当に天国なんてあるのだろうか。

でもここまで優が楽しそうに話してるからきっとあるんだろう。


優「――でね、いつもおてつだい頑張ってるから神様が『特別に一回だけ会いたい人に会っていいよ』って」


千早「…それで私に?」


夕焼けの空から優に視線を戻す。

夕陽に照らされた私の身体が影をつくり、優を包んでいた。


優「そーだよ!」


千早「で、でも一回だけってことは最初で最後ってことじゃないの?」


優「うん!ホントのホントに特別だからね!」


千早「どうして私なんかに…」


なんでそんな大事なチャンスを私に使ったのよ。

もっと他にいるじゃない。お母さんやお父さんとか――。


優「パパやママよりもおねえちゃんに会いたかったんだ」


私の思いに割り込む様に優が話した。

優の声色からは強い気持ちが読み取れる。

私が知ってる優よりほんの少し男の子らしくなっている気がした。


かがんで優の目線に顔を合わせた。

影が退き、優の顔に朱色の陽が差す。


優「おねえちゃんにありがとうを言いたかったんだー」


えへへ――と優は頭を掻く。

陽の光にさらされた優の表情は少し照れくさそうな笑みを浮かべている。


千早「ありがとう…って何によ」


優「うんとね、いっぱいぼくのこと考えてくれてたことでしょー、

 あとねー、ぼくのためにいっぱいね、うたを歌ってくれたとでしょー、」

 

あ!これはぼくがいなくなってからのことね!


そういって優は笑顔で私に言葉を渡していく。

頭の中に熱を感じる。優の顔がぼんやりと滲んだ。


千早「そ…そんなこと、当たり前…じゃない。―だって私は…」


優「おねえちゃん。ありがとうね」


優が今どんな顔をしてるのかわからなかった。

熱を帯びた頭を撫でられる感触がする。


優「あー、またないちゃった。これじゃあぼくのほうがお兄ちゃんだね」


そう言いながらも優の方から鼻をすする音が聞こえる。


お互いあんまり変わらないじゃない。

色んな気持ちを流したまま、笑ってしまった。


千早「ほんっとに…もう…。大切な1回を私に使うなんて、ほんとに……ほんとに」


――優のばか。


涙を拭いて優の顔を見る。優は険しい顔をして鼻をすすり涙を流すのをこらえていた。

目の縁をなぞるように雫が溜まっていた。


――強くなったのね。


私は立ち上がり優の顔を両手で包んだ。

固く締めた優の顔が少しずつ緩み始める。

両手を後ろにまわして優の顔をお腹にそっと押し当てた。


千早「ありがとうね。優。お姉ちゃん、すごく、嬉しいよ。」


優「…うん。――えぐっ、ううっ」


お腹から小さな振動を感じる。

髪を撫でると振動は大きくなった。


―よしよし


私と――家族と触れ合えない時間は優が生きた年よりも長かった。

離れてからどんな風に過ごしてきたんだろう…。


この震える小さな体の中には想像もつかないくらいの思いが溜まっているのかもしれない。


千早「ほんとに――本当にありがとうね。優」


しばらく抱きしめてから、優の顔をお腹から離した。

優の顔はぐしゃぐしゃだった。溜めていたものを少しは吐き出せただろうか。


千早「もう…鼻水垂らしちゃって…」


服の袖で優の顔を拭いた。

優は鼻を何度もすすりながら私を見つめていた。


千早「…久しぶりに優の前で歌ってあげようか?」


優はコクンと頷いて返事をした。


―公園の方へいきましょ。

視界にこじんまりとした公園が目に入ったので、そう言って優の手を取った。

優は少し落ち着き始めた。鼻が少し赤くなっている。


私も泣いちゃったけどちゃんと歌えるかな。

喉に意識をやってみたが思いのほか影響はないようだった。


公園に足を入れた。入ってすぐの所に小さな鉄棒が立っていて、奥の方に夕陽に当たるブランコがあった。

優の歩幅に合わせてゆっくりとブランコに向かう。

昔は優の方が私よりも早く歩いてたかな。そう思いながら優の足元を見た。

地面にはぽつぽつと緑が浮かんでいた。


千早「さ、何を歌おうかな」


私と優はブランコに座った。陽が私たちを包んだ。

ライブの時に私を照らす青い照明よりも優しく力強い。


――暖色も良いものね

そんなことを考えてると隣から金属が静かに擦れる音がした。


優は金具を握りブランコを前後に少し揺らし始めていた。

優の顔からはもう悲しさは感じられない。


そんな優を見ながら自分の頭の中の引き出しを1つずつ空けていった。

どんな曲が良いだろうか。楽しそうな雰囲気の――。

自分の曲も考えてみた。でも優くらいの子に合うような曲を持ち合わせていない。


優「あ。あのきょく歌って。むかしよく歌ってくれたやつ」


優からリクエストが入った。続けてアニメの名前を挙げる。

―あぁ、思い出した。優と一緒に毎週見てたアニメだ。

優が指す『あのきょく』は多分エンディングテーマだ。毎週曲が流れると私が歌っていた記憶が蘇る。昔の記憶とともにメロディも頭に流れ始めた。


優「まだきょくおぼえてる?おねえちゃん」


千早「うん、覚えてる。毎週テレビの前でコンサートしてたもの」


息を吸い込んだ。体全体に流れ込むようで心地良い。

優の目には期待が帯びていた。口元がワクワクしている気がする。

今日はファンにもスポットライトが当たっていた。


歌い始めた。口からどんどん詩が乗ったメロディが流れる。

いつも歌っているときと違う感覚だ。音が自分の体にも沁みていく。

目の前の小さなファンは笑顔で手拍子をする。


曲が終わる。そしてすぐにリクエストが入る。

何度もそれを繰り返した。二人一緒になって歌ったりもした。

優がリクエストする曲はどれも何年も前の曲なのに忘れていなかった。


久しぶりの特別なコンサートはとても楽しい。

ファンの反応も最高。この笑顔が私は一番好きだ。


千早「――ふぅっ。どう?ひさしぶりのコンサートは」


優「すっごいたのしい!!さすがおねえちゃんだね!!」


優は早口で伝えた。

頬を赤らめて興奮しているようだった。

ブランコの代わりに優の足が前後に楽しそうに揺れている。


千早「ありがとうね。優」


優「おねえちゃんもたのしいの?えへへ」


千早「ええ、今までで一番ね」


そんなにー!?と言って恥ずかしくなったのか顔を私から夕陽の方に向けた。

私はそんな優を見やってから同じように夕陽の方に顔を向ける。


夕陽はいつの間にか自分の目線より少し上の所まで下りていた。


千早「次は何を歌おうか――」


優「あのね。おねえちゃん」


優の声が割り込んだ。さっきまでの声色とは異なり少し真剣味をまとっている。

少し、不安な気にさせるような声。


優「もう、すこし、したらね」


そこで優は言葉を止めた。

途中で言えなくなってしまったようだ。

 

でも優が何を言いたいかは…なんとなく…伝わった。

多分、もう――


千早「…さよならの時間ね」


優からの返事は無かった。ほんの少し寂しそうな顔をしていた。

さっきに比べると体が少し小さくなった気がする。


千早「少し、寂しいわね」


優「おねえちゃんも?」


千早「ふふっ、当たり前じゃない。優は世界で一番、大事な大事な私の弟なのよ」


千早「でもね、優。私は大丈夫」


優「そうなの?」


千早「だって優はずっと私のファンでしょ?」


優はきょとんとした顔でうなずく。


千早「世界で一番大事な弟が私のファンなのよ。だから私は大丈夫。今は寂しくてもすぐに元気になるわ。

   それに私はアイドルよ。どんなに離れててもファンの応援が届いて私を元気にさせるわ。」


だからいっぱい応援してね。そう言って優の髪を掻き混ぜた。

優の顔はまた笑顔になった。明るい笑い声をあげながら私の手をかいくぐろうとしている。



――その素敵な笑顔で、これからも応援してちょうだいね。優。



千早「優は大丈夫かな?」


優「ちょっと…だけさびしいかな…でも、でもね、ぼくもきっとだいじょうぶ」


優は少し複雑そうな顔をしている。でもそこからは弱さを感じなかった。

きっと優も私と同じできちんと前を向こうとしてるのね。


千早「…優は強くなったものね。それに優は絶対に大丈夫よ」


優は何も言わず、首をかしげて理由を尋ねた。



千早「私が優のところにもたくさん歌を届けてあげるもの」


――だから悲しい思いはさせないわ。たくさんたくさん笑っていてね。


優は「うん」とひとつ返事を返す。

そして何かを思い出したのか口を開いた。


優「あ!さいごに歌ってほしいきょくがあるの!」


私にそういった後徐々に消え始める夕陽に目を向けて焦りはじめる。

空に深い青色が表れ始めた。

…もう時間がないのだろう。



千早「何を歌ってほしいの?」



問いかけると、優は「やくそく」と答えた。


優「…やくそくをきくと、なんだかね、あったかいきもちになるんだ」


――約束。


千早「…夕陽が沈んだらもう時間なの?」


優「うん」


陽が差す方を見る。

夕陽はかなり沈んでいた。

…きっと歌い終える辺りで時間がきてしまうだろう。


千早「優。…手、繋ご」


優「うん」


手を差し伸べると優はやさしくその手を握った。

手には体温ではないぬくもりを感じる。―これは、優の心の暖かさかな。


千早「来てくれてありがとうね。優。」


優「おねえちゃんもありがとうね」


私たちは並び立ってわずかな夕陽を浴びていた。

優は優しい表情で目を閉じている。


千早「じゃあ…歌うね」


私もそっと目を閉じて、歌い始めた。




――ありがとう、優。




――たくさんの笑顔をありがとう。




――優のおかげで歌を好きになったわ。




――歌を好きでいたから、大好きな仲間にも出会えたの。




――私、すごく幸せよ。




――仲間に出会えて、優のおねえちゃんでいれて




――これからも、これからも






少しずつ意識がぼやけていく


手から伝わるぬくもりは体を包み込む


まだ歌っているのか自分でもわからない


遠くなる意識を感じながらはっきりと声が聞こえた







「おねえちゃん!だーーーーいすきだよ!」


















急に意識がもどった。目を覚ました。

カーテンから漏れる光がまぶしい。晴れているようだ。

体を起こして周囲を見る。私の部屋だ。


7時。時計を確認した。

今日はお昼から仕事だった気がする。


ふと、お腹に手をやった。

普段触る衣服の感触がしなかった。

なにか渇いたたものを触った。


そこに目をやると鼻水をふいたような跡が残っている。

お腹の辺りにあちこちについている。

ふと、笑みがこぼれた。






――やっぱり、まだまだ私のかわいい弟ね。


大きく伸びをする。

そしてあるものが目に入った。


千早が見た1枚の写真はカーテンの隙間から溢れる光に照らされていた。




さ、洗濯しなくっちゃ。





おわり。











~後日談~(ちょい長めかも)



次は――。――。


アナウンスが聞こえた。

手帳と閉じて立ち上がる。


人ごみをかき分けてなんとか降りた。この駅は朝でも降りる人が少ない。

多くの人は次の駅で降りる。


駅から出た。同時に日差しが体を覆う。夏に近づくにつれて、太陽の光は体を包むと言うより、まとわりつくものに変わっている。



―夏。そういえば…。



この前、プロデューサーが夏に「生っすか」の特別生放送をすると言っていた。

野外で生放送するらしい。山の中にある川の傍で。と言っていた。みんなでバーベキューとか釣りをすると聞いた。あと泳いだり…。


―泳ぐ…それだけは、避けたい。なんとしても。

本格的に企画される前になんとか対策しよう。



水着を…いや、企画を、少し変更させるための言い訳を考えながら足を進める。

どんな提案をすれば…。

あ、逆さまのてるてる坊主を今からだとどれくらい作れるだろう…。



頭の中にさまざまな傾向と対策が浮かび上がる。




一つ一つ整理しながら歩いていたらいつの間にか事務所があるビルに着いていた。

中に入り、階段を上がりながらプライベートを保護してくれる伊達メガネと帽子を取る。



事務所のドアノブに手をかけ、回す。

…プロデューサーがいたらそれとなく「生っすか」の話を出してみよう…。



「おはようございます」ドアを開けてあいさつをした。



返事がすぐに帰ってくる。

音無さんと春香の声だった。


他のみんなは…いないのかな。最近は各々忙しい日々を送っている。

プロデューサーも、もしかしたらいないのだろうか。



奥に向かう。途中に通る社長室から大きな声が聞こえた。思わず足を止める。


――で、私はティンとき、た、ん、だ、よ!!!そしたらまさかの大成功だ!!


社長の声だ。ドアの曇りガラスからでも何かを熱く語っているのが身振り手振りからも伝わる。


社長の向かいにもう一人いた。社長に続いて立ち上がり、頭を下げるような仕草をしていた。



―ありがとうございます!!千早もきっと喜びます!!!


…私?

二人は私の話をしている。しかも大きい話な気がする。

まだまだ二人の話は続きそうな感じだ。


立っていても仕方ないので春香たちのいる方に足を動かす。

新鮮な感覚を全身に感じた。


ソファに座っている春香の姿が最初に見えた。すぐ傍に、ホワイトボードに書き込みをしている音無さんがいる。

音無さんの後ろ姿はなんとなく楽しげに見えた。



春香「やっほー。千早ちゃん。なんか社長室から、すごい話が聞こえてるね」


千早「そうね。びっくりしたわ…。でも私の何を話しているのかしらね。多分仕事の事だと思うんだけど…」


春香「うーんとね…ってこれはプロデューサーさんから聞いた方がいいかもね」


春香は自分のことのように嬉しそうに話した。「千早ちゃん、きっと喜ぶよ」と続けて、机に顔を向けた。

机の上には紙が数枚広がっていた。有名な会社のロゴが大きく載っている。


春香が今週にCMの撮影があると言っていた。それに関するものだろう。



―社長室からドアが開く音が聞こえた。

いつもと違う、堂々としている社長と自信に満ちた表情のプロデューサーが出てきた。



社長「おお!!如月君!!ナイスタイミングだねぇ!!やはり私の直感は間違っていない!!」



P「おはよう!千早!良い知らせがあるぞ!!ソロで新曲を出すことになったぞ!!」



――新曲。その言葉が頭を巡る。


最近は歌以外の仕事もやりがいを感じるようになった。

でも私にとって歌の仕事は他のどんな仕事よりも大切で特別なものだ。私の頭が新曲のことで埋まっていく。



ただ、

――それにしても二人の喜びは少々過度な気がする。

よく考えてみれば2か月前にシングルを出したし…。


千早「あ、あの、うれしいんですけど、その、二人ともちょっと喜び――」


P「それもただの新曲じゃないんだ!千早がずっと憧れてた、作曲家の――さんが作ってくれるんだ!!」


プロデューサーは私の言葉に割り込み口を開く、そして名前を続けた。

名前を聞いたとたん全身に熱が走る。体が浮いたような感覚になった。


いつか自分の曲作ってほしいと思っていた大物の作曲家さんだった。

音楽界ではみんな知っており、他の人が比にならないくらい才能がずば抜けている人だ。


千早「ほ、ほんとですか!?」


P「ああ、本当だ!社長がダメ元でお願いしてくれて…そしたらOKをもらって――」


社長「フッフッフッフッ、私はかなりの幸運の持ち主かもしれん!」


社長の笑い声が事務所に響く。

社長はしばらく笑い続けたあと、「ま、あとは君たち二人に任せるよ。精一杯がんばってくれ」と言い社長室に戻っていった。



お礼を言いそびれてしまった。…あとできちんとお礼を言おう。



千早「あ、あの、プロデューサー!こんな素敵な機会を作ってくれてありがとうございます!」


P「ああ!…と言っても社長一人で話をつけてきたんだけどな…アハハ」


千早「社長ってすごい人なんですね。私、かなり驚きました」


P「ホントにな…。俺が思っている以上にすごい人な気がするよ」


新曲に関する紙を手渡された。

タイトル曲の欄に憧れの作曲家の名前を見つけた。段々夢のような出来事が現実味を帯びていく。


どうやら2曲出すらしい。しかしカップリングの欄はすべて空欄だった。



千早「プロデューサー、カップリング曲の方はまだ決まってないんですか」


P「ああ、そのことについてなんだが…」



「曲作りに挑戦してみないか?千早」



曲、作、り。「――え?」


P「千早がよければ、の話だけどな。ほかの仕事との兼ね合いもあるからな。でもはじめてのことだからサポートはしっかり…」



千早「あ、あの!ちょ、ちょっと待ってください。物凄い話が次から次にきて、あ、頭が混乱しちゃって…」


P「あ、あぁ!そうだな、……そりゃそうだな。お、俺もいきなりのことで実は、少し―」



P「…」

千早「…」



お、屋上に行こう。ちょっと整理しよう。


千早「すみません、ちょっと屋上に行ってきます。落ち着きたいので…」


P「うん、一度……一度、時間を置こう…俺はお茶でも…」



プロデューサーは台所へ向かった。段々プレッシャーを感じ始めたのか、さっきまでの自信は消えており、向かう足はぎこちなかった。


私も屋上で一息つこう。






――私が曲を。

作曲家のことよりもそのことが頭の中を占めている。


屋上のドアを開けずににもたれる。金属性のドアがひんやりしていて気持ちがいい。

背中の熱が奪われてくの感じる。頭の中が徐々に落ち着いてきた。


もっとみんなの心に届く曲を歌いたい。と、あの夢を見てから――優が会いに来てくれてから、以前よりも強く、思うようになっていた。

自分の気持ちを、自分の言葉を、自分の声で、私を応援してくれる人、そうでない人にも、たくさんの人の心に届けたい。


――優にも届けたい。



初めてのことだから少し不安だ。でも挑戦、してみたい。

ふと、優の顔が浮かんだ。


――うたって!


うん、私も歌いたい。

プロデューサーから渡された紙にもう一度目を落とした。


リリースは割と先のようだ。

これだけ先なら中途半端な曲を作ることはないだろう。


つまづいても大丈夫。私にはプロデューサーがいる。765プロの仲間がいる。

多くの人が私の歌を聴いてくれる。たくさんのファンが私を応援してくれる。


ドアを開けた。涼しい風が通り抜け、髪を梳かす。

空を見上げると綺麗な青空が広がっていた。



「楽しみにしててね、優」



お姉ちゃんを応援しててね。




後日談もおわり。



後書き

おわりました。と言ってももう一度目を通してところどころ修正しようかな…なんて思ってます。
書いてる途中に自分で読んでみると情景描写とかテンポ悪いかもって思ったりしちゃってました。
書くのって難しいね!!
ま、まぁひとまず良かったです。書き終えられてw


千早の曲を聴いたり、何度かアニメを見返したりして千早を観察してましたw
声優さん然り、アイマスに関わるスタッフさんの思い入れは強いな、としみじみ。
果たして俺に千早ssを書く資格があるのだろうか、なんてことも書いてる途中に思ったりしました。
でも書きたい!!って思いがなんとか勝ってくれて…w
完結までなんとか(泣)
ホントに色んな人ありがとう!!千早!ありがとう!!

さてさて、これからも下手な文章ながら色んな作品を書いていくつもりです。
みなさんの暇つぶしになれる作品をッッッ!!

あ、あと感想とかくれるとうれしいです。切実に。


ではここらで失礼します。

読んでくださり本当にありがとうございました。


このSSへの評価

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SS好きの名無しさんから
2018-05-11 20:29:12

相模虎吉さんから
2015-11-11 07:13:53

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相模虎吉さんから
2015-11-11 07:13:59

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1: 相模虎吉 2015-11-11 07:14:21 ID: p--UcMem

感動します。とてもいいです。


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