~睦月と吹雪~
どうも!
今作は前作「~如月~」の後日談にあたり、アニメ艦これ4話を参考にしました。しかし、アニメでは唐突のギャグ回となり、如月の話はいったい何であったのか大きな疑問が残りました。
今後も不定期に投稿していきますので、応援よろしくお願いします!
ー この作戦が終わったら、約束よ ー
ー うん! ー
同じ会話が何度も私の頭で繰り返される。
その会話の相手、如月ちゃんとはしばらく話していない。なぜならば彼女はいま、この鎮守府にはいないのだから。
W島攻略作戦があったあの日から、彼女はどこかへ出掛けてしまったのだ。
私には何も言ってはくれなかった。
せめて「行ってきます」の一言あってもよかったのに。
帰ってきたら怒ってあげるんだから。黙って居なくなるのはいけないことだ、って。
そして怒った後には言ってあげるんだ。
お帰りなさいって。
私たちの生活は特に変化しなかった。まるでそのことが日常の出来事であるかのように。
そして私も、いつも通り授業を受けるため教室へと向かっていた。
何かがおかしいとは思っている。けれど、おかしいのは当然なのかもしれない。
これが戦争だ。
艦娘として鎮守府に配属され、最初は緊張で何も考えられなかった。
そんな私だったが、気の合う同僚、優しい先輩、憧れの赤城さんとの出会いを経て、艦娘として皆と一緒に頑張ろうと思えるようになった。
そんなこともあり、私は皆と過ごす日常をピクニックのような気分で楽しんでいた。
楽しい日常、辛い訓練もあるが、それを乗り越えて敵を倒せる達成感。いつかこの日を語るときには、楽しい思い出であったと皆で笑いながら語り合えるかも。
そんな淡い幻想を私は見ていた。
間違っていた。
私たちは戦争の中で生きている。
鎮守府での日常は、戦時中一時の平穏に過ぎない。
そしてその平穏は、ありふれた普通の日常とは違う。
今日も鎮守府は平和だ。昨日まで居た誰かが一人欠けていても、だ。
W島攻略作戦は成功だったようだ。
長門さんは言っていた。「駆逐艦一隻の損害で攻略できれば上々の戦果だ」と。長門さんにしては早口で喋るから、聞き取りづらかった。
轟沈。
その意味は分かっていたはずだったが、実際に起こるとこれほどまでに受け止めるのに苦労する。
如月さん。
直接話したことはないが、睦月ちゃんの話によくでてきた。とても優しい人だったようだ。
睦月ちゃんは今どんな気持ちでいるのだろう。
きっととても悲しんでいるに違いない。だってあんなに仲がよかったのに…………。
「おはよう! 吹雪ちゃん!」
「あ、おはよう……って、睦月ちゃん?!」
「どうしたの? そんなに驚いて。早くしないと授業に遅れちゃうよ!」
私は混乱していた。
どうしてあんなに明るく振る舞えるのか。
如月さんとあまり交友がなかった私でさえ、同僚の轟沈はかなり堪えるものなのに。
それとも、私が艦娘としてまだまだ未熟だからなのか?
戦争だから、私たちは艦だから、同僚の轟沈程度では動揺しないのか?
色々な考えを巡らせながら、私は教室へと向かった。
「ねぇ夕立ちゃん……。睦月ちゃん、ちょっと変じゃない?」
「睦月ちゃんが? んー、確かに言われてみれば……ちょっと普通過ぎるっぽい」
一日の授業が全て終わり、私は一日中考えていたことを夕立ちゃんに話していた。
今日もいつも通りの授業がおこなわれた。しかし明らかに空気が違っていた。
駆逐艦のクラスメイトたちはどこか暗い顔で、足柄さんたち重巡洋艦の教官さんたちも、私たちを気遣うように優しかった。そのせいもあり今日の授業はあまり内容のあるものではなかった。
そんな中でも、睦月ちゃんはいつも通りだった。
いつも通り笑顔で、いつも通り明るく、いつも通り皆を盛り上げていた。
「もしかして無理してるっぽい? 睦月ちゃんってそういうところあるから…………」
「そうなのかな?」
だとしたら、それは余計辛くなることじゃないのか。
「辛いことは辛いって、言ってもいいのに…………」
「そうよね……。私たちでも仲間の轟沈は辛いのに、まして睦月ちゃんと如月ちゃんは仲良かったっぽいし…………」
そんな話をしていると部屋の扉が開いた。
睦月ちゃんだった。
「んー今日も一日疲れたなあ! って二人とも、何の話してるの?」
「えっと、それは……」
「睦月ちゃん! 辛いときは辛いって言ってもいいんだよ!」
私が言い淀んでいたら、夕立ちゃんが伝えてくれた。
睦月ちゃんは目を丸くしていた。
「あのね、睦月ちゃん。さっき夕立ちゃんと話してたのは、あなたが無理をしてるんじゃないか、ってことなの。睦月ちゃんがいつも通りにしてるのは、如月さんのこと、本当は辛いって思っているのに、周りの皆に気を使わせないように、その気持ちを隠しているからなんじゃない?
もしそうなら、余計に辛くなるだけだよ? 私たちでよければ睦月ちゃんの力になるよ!」
夕立ちゃんも頷いてくれた。
睦月ちゃんは私と夕立ちゃんを交互に見ながら困ったように笑った。
「えへへ。やっぱり二人にはばれちゃったか……」
やはり睦月ちゃんは無理をしていたのだ。
一人で抱えこんでしまうのは辛いことだ。私の力は小さいかもしれないけど、それでも、少しでも友達の力になってくれれば嬉しい。
私は睦月ちゃんに歩みよった。
「だって如月ちゃん、なかなか帰ってこないんだもん。どこかで道に迷ってないかずっと心配で心配で」
え?
私の歩みが止まった。
「W島攻略作戦の後、どこかへお出かけしちゃったのみたいなの。如月ちゃん、いつ帰ってくるのかな?」
「む、睦月ちゃん…………」
恐ろしいことが私の頭の中に浮かんだ。
睦月ちゃんがいつも通りに見えたのは、別に皆に気を使っているからではない。睦月ちゃんは、
如月さんが帰ってくると、本気で思っている。
「睦月ちゃん、冗談キツイっぽいよ…………」
「冗談? 冗談なんか言わないよ! だって現に如月ちゃん居ないじゃん」
「いや、そういうことじゃないっぽい…………」
夕立ちゃんが視線を私に向けた。
明らかに動揺していた。どうすればいいの? 夕立ちゃんの視線はそう言っているようだった。
「あ、あのね、睦月ちゃん?」
「なあに?」
「落ち着いて、聞いてね?」
深呼吸をひとつ。私は覚悟を決めた。
「もう、長門さんから発表があったけど、この前のW島攻略作戦で、如月さんは敵の攻撃を受けて、轟沈しているの」
「…………」
「如月さんは、出掛けているわけじゃないの。もう、帰ってこな…」
「嘘だ」
ガバッと睦月ちゃんが私の肩を掴んだ。
「嘘だ。なんでそんな嘘をつくの?」
「い、痛いよ睦月ちゃん…………」
「如月ちゃんはお出かけしたの。あの戦いの後にね。それなのに、どうしてあなたはそんな嘘をつくの? 私をいじめるの? ねえ、何で、何でそんなこと言うの、何で!!」
「睦月ちゃん! 少し落ち着いて! 吹雪ちゃん痛がってる!」
「如月ちゃんは帰ってくる! だって約束したもん! だから帰ってくる! それなのに、皆は如月ちゃんのことを、まるで死んだみたいに! 如月ちゃんは死んでない! 死んでない!」
「痛い!!」
痛さに耐えかねて私は睦月ちゃんを突き飛ばした。
睦月ちゃんは派手に部屋の扉にぶつかった。夜の宿舎にとても大きな音が響いた。
掴まれた肩が痛む。それ以上に、私の心が痛んだ。
今目の前の扉でうずくまっている睦月ちゃんの目が、私を真っ直ぐに睨んでいた。
「……皆嫌いだ。如月ちゃんを死んだなんていうやつら、皆嫌いだ……」
よろよろと立ち上がった睦月ちゃんは、そのまま部屋を出ていった。
私は急に膝の力が抜けてその場にへたれこんでしまった。
「……睦月ちゃん、私たちが考えていた以上に……」
夕立ちゃんも呆然として立ちすくんでいた。
「大きな音がしたが、何があった!」
川内さんがやってきた。
その姿を見たとき、不意に視界がぼやけた。
気づいたら私と夕立ちゃんは揃って川内さんの胸で泣いていた。
川内さんは何も言わず、そっと頭を撫でてくれた。
私は今日もこの岬に来た。
ここならば海が一望できる。あなたが帰ってきても私が一番早く駆けつけることができる。
鎮守府ではあなたのことを死んだなんて言う人が増えてきた。
でも、早く帰ってこないと本当に死んだことにされちゃうよ?
あとね、私、昨日友達にひどいこと言っちゃった。
如月ちゃんがもう帰ってこない、なんて言うから私カッとなっちゃって。
ここに如月ちゃんがいたなら、きっと私を叱るよね? 友達にひどいことを言うのはダメだ、って。
私、吹雪ちゃんと夕立ちゃんにちゃんと謝るよ、昨日のこと。
でもね如月ちゃん。
あなたが早く帰ってこないと、私はずっとこの不安定な心のまま日々を送ることになっちゃうんだよ?
お願いだから早く帰ってきて。
そして、あの日の約束、果たさせてよ…………
伝えたいこと、あるんだから…………
「時間が解決してくれるのを祈るしかない」
昨晩川内さんに言われたことを私は思い出した。
睦月ちゃんは多分、現実を受け入れてないのだ。
いつか帰ってくる、そう信じている。喪失の苦しみを紛らわせるために。
「けれどそれは辛いこと、なんだよね……」
言葉にすればその通りだが、昨日の睦月ちゃんの様子を見る限り、ことはそう簡単ではないだろう。
「はぁ………… どうすれば…………」
「吹雪」
「は、はい!」
不意に後ろから声をかけられた。そこには足柄さんがいた。
「艦隊旗艦さまがお呼びよ。提督の執務室に来るようにって。だからこれから始まる授業は休んでいいわよ」
「わ、分かりました!」
艦隊旗艦って、長門さんだよね?
どうして私が呼ばれたのか。
色々と不安なことばかりだが、とにかく私は提督の執務室へと向かった。
「あ、睦月ちゃん……」
「ふ、吹雪ちゃん……」
自室の前でばったり睦月ちゃんと会った。
私たちの間で気まずい空気が漂う。お互いに視線が泳いでいた。
「あ、あのね吹雪ちゃん」
その沈黙を破ったのは睦月ちゃんだった。
「昨日はごめんなさい。ひどいこと言っちゃって……」
「いや、私も、突き飛ばしちゃったしさ……」
そして再びの沈黙。
「私ね、明日出撃することになったんだ」
今度は私から沈黙を破った。
「金剛型戦艦の皆さんと、島風ちゃんと私で艦隊を組むの。もう今から緊張しちゃって」
「すごい! 金剛さんたちと組めるんだ! 金剛さんたちってこの鎮守府のエース級なんだってね!」
「うーん、確かにすごいんだろうけど、なんか凄そうに見えないんだよね~」
私の脳裏には執務室での一件が浮かぶ。
提督への愛を隠さない金剛さん。その姉に心酔し、全力で姉をサポートする比叡さん、榛名さん、霧島さん。だがやってることはどこかずれている感が否めない。
「なんだったのか……」
「吹雪ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫じゃ、ないかも……」
そんなことを言いながら視線をあげると、心配そうに私の顔を覗き込む睦月ちゃんと目があった。
次の瞬間にはお互い笑いあっていた。
なんだか睦月ちゃんと笑っていることが随分懐かしく感じた。
「睦月ちゃんと話せたら元気がてできた」
まごうことなき本心だった。
「睦月もなんか元気になったよ。吹雪ちゃん、頑張ってね!」
「うん!」
そしてふと感じた。
もしかしたら、こうして睦月ちゃんと話せるのはこれが最期かもしれない、と。
気づいたら私は睦月ちゃんに抱きついていた。
「! ふ、吹雪ちゃん?!」
「…………」
「どうしたの、吹雪ちゃん?」
「…………私、今まであまり考えてなかった。出撃するってことは、皆に会えなくなるかもしれない、そんな可能性を承知で行くんだってこと」
私たちが生きているのは戦争の世だ。
私たちに必要なのは、技術でも知識でもない。
覚悟だ。
敵を倒す覚悟。
仲間を守る覚悟。
自分を信じきる覚悟。
そして、死を意識する覚悟だ。
「私、覚悟する。もしかしたら睦月ちゃんとは今日でお別れかもしれないって…………」
「吹雪ちゃん………… そんなこと言っちゃ嫌だよ…………」
「でもね、睦月ちゃん。これが私たち、艦娘の使命なのかもしれないんだよ?」
「…………」
「私だけじゃない、睦月ちゃんも覚悟をしなきゃいけないよ?」
「私、も?」
「そう、覚悟。私と同じ覚悟。そして、もし私が帰らなかった時の覚悟、」
「喪失を受け入れる覚悟だよ」
睦月ちゃんは何も言わなかった。
その代わり、睦月ちゃんも私のことを強く抱きしめた。
「覚悟を決めた私だから、睦月ちゃんと一つ約束がしたいの」
「…………」
「必ず帰ってくるから、そしたら笑顔で迎えてほしいの。いいかな?」
「…………」
無言だった。
しかし睦月ちゃんが小さく頷いたのが私には分かった。
そして今日も私は岬に来ている。
ここから見える景色は、あなたを待ち続けてからまるで変わらない。
待ち続けている。
私はいつまであなたを待つのだろう。
昨日、吹雪ちゃんと話してから、一晩ずっと考えていた。
今まで私はあなたに甘えてばかりだった。
きっと今回もあなたがひょっこり帰ってきて、私のことを構ってくれるのだと思っていた。
吹雪ちゃんは覚悟と言っていた。
彼女は私よりも新人なのに、私よりも立派な艦娘だ。
そして私も彼女に負けずに、一人前の艦娘にならなければならない。そのための覚悟を決めなければならない。
如月ちゃん…………
さくっ
後ろで足音が聞こえ、私は振り返った。
「…………吹雪ちゃん…………」
そこに立っていたのは、ボロボロの状態の吹雪ちゃんだった。
「た、ただいま~」
多分任務から今さっき帰投したのだろう。
疲れた顔をしながらも、彼女はホッとしたような笑顔だった。
「お、おかえ…」
ぽろぽろと私の目から涙がこぼれ落ちてきた。
私も、覚悟を決めなければならない。
如月ちゃん、あなたはもう、帰ってこない。
こうして、おかえり、って言えない。
如月ちゃんとの約束は、果たせない。
それでも、時は流れていくんだよね。
私は生きなくちゃいけない。
これからたくさん、皆におかえりって言わなくちゃいけない。
皆との約束を果たさなくちゃいけない。
だから、私はあなたを待つことはできない。
ごめんなさい、如月ちゃん。
「…………おかえり、吹雪ちゃん!」
吹雪ちゃんとの約束通り、私は笑顔で彼女に抱きついた。
そして、今まで溜まっていた涙を流した。
如月ちゃん、私はあなたを忘れない。
けれど、私はあなたとのさよならを受け入れる覚悟をするの。
これからも私は生きていく。
あなたがいない世界、ちょっぴり寂しい世界だけど、あなたが居なくなったこの世界で生きていく覚悟を私はしたんだ。
だから、見守ってて。
いつまでも…………
暗い。冷たい。寂しい。
こんな場所になぜ自分がいるのかを私は知らない。
そもそも自分が何者であるのかも分からない。
胸の中にあるのはたった一つの黒い感情。
恨みだ。
いや、何か一つ思い出せる。
「……ム…ツ…キ…?」
誰かの名前?
誰だろう。
思い出せない。
けれど、その名前はなぜだか暖かい感じがした。
この冷たい場所でも、その名前だけは、暖かいものだった。
「……ムツキ…ムツキ…」
気がつけば私はずっとその言葉を口にしていた。
ただ、その言葉の意味は分からない。
私には、分からない。
この小説はPixvに掲載しました小説の移植になります
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