2015-02-18 08:23:32 更新

概要

愛を信じて歩いた結末は…


[prologue]


夢を、みていた。

貴方と手を繋いで

花畑を二人で見に行く。

そんな夢が

崩れ去る音を聞いた。



[chapter.1 運命 ]


「あああぁぁ…今日から、かぁ…」

時岡柚月(ときおかゆずき)、19歳。

この日から新しいバイトが始まるのだ。

「ヤバイ、緊張するなぁ…」

人見知りの柚月はバイト先の事務所前で立ちすくんでいた。

「ああ、時岡さん。おはよう!」

面接官の冴木だ。

「とりあえず高屋係長って人が今から来るから、車でついてって。」

柚月のバイトは車で1時間近い所にある隣市の工場に出向し、その工場から出る荷物の配送を補助する、という物だった。

しばらくすると車で一人の男が来た。

「高屋です。よろしくね、時岡さん。」

「あぁぁっと!よろしくお願いします!!」

「とりあえず後ろに付いてきてね。」


車で1時間程かけて工場に到着した。

柚月はここが今日から働く職場だ、と緊張でキョロキョロと周りを見渡した。

すると高屋は車に乗ったまま

「じゃあ、あと20分くらいでドライバー来るから、来たら仕事内容を教わってね!じゃ、僕はこれで」

見知らぬ場所に置いてけぼりにされた柚月は動揺を隠しきれなかった。

「え!?あの…!」

と声が出た時にはもう高屋の車の背中しか見えなかった。

「う…嘘でしょ…!?知らない場所に知らない人たちがいて、しかもそれはお客様で…………えぇ!?私20分もどうしたらいいの…!!?」

柚月は心の中で疑問を投げかけては返答の無い事がわかっている状況に困惑していた。

その時、突然一人の女性が話かけてきた。

「あー!君が噂のレディだね!!わー、すげぇ!あの運送会社、女の子いるんだね!」

明らかに積極性の強い女性だ。

「あ、ごめんごめん、私ここの工場の稲葉っていうの。よろしくー!」

人見知りの柚月は必死に震える声に気付かれないように

「時岡柚月です!今日からお世話になります!よろしくお願い致します!!」

と負けじと声を張って言った。

「柚月ちゃんね!柚月ちゃんはー…今から何するの?」

「いや私もわからないんです…なんかドライバー来るまで待つしかないみたいなんです。」

「あーなるほどね!じゃあその辺テキトーに座って待ってなよ。だーいじょうぶだって!ほら、力抜いて!」

人見知りの柚月からすれば自分が上手く話せない分、相手からガンガン話をかけてきてくれる方が安心した。

「お邪魔しまーす…」

とターミナルの端っこにちょこんと座り、工場の従業員の痛い程の視線を浴びながらドライバーの到着を待った。


20分後、一台のトラックが入ってきた。柚月の会社のトラックだ。安堵と共に初対面の人との仕事への緊張が一気に押し寄せてきた。

ピピーッピピーッピピーッ…

バックでトラックをターミナルにつけ、バンッ!とトラックを降りて来た男はにこっと微笑んで

「初めまして!山崎です!よろしくね!」

と柔らかい口調で言った。

「はははは初めまして、時岡柚月です。よろしくお願い致します。」

「あはは、緊張しすぎだよ。リラックスして!今日はさ、流れだけ見てればいいからさ、気負わなくていいよ。」

今日は見てるだけ、という事に安心した柚月はメモを取りながら仕事の流れを見ていた。

「時岡さんはさ、どうしてこの仕事にしたの?え、あれ?歳いくつ?若いよね。」

「えっと…今19歳です。この仕事は…すみません、なんとなくやってみたいなーって程度で………あぁぁ…すみませんー!」

「ははっ!仕事やるきっかけなんて何でもいいんだよ。こうして俺と時岡さんが出会えたんだから、それだけでも価値があると思わない?」


えらく口の達者な人だな…と思いつつ、軽く頷いた。

「あーよかった!俺ちょっとクサい事言っちゃって引かれたかなーって今超不安だったんだよ!」

柚月は思わず笑った。

山崎に対する警戒心が解けていくのがわかった。

居心地がいい空気を上手に作る社交的な山崎に

この人となら一緒に仕事できる、と柚月は直感でわかった。

他愛もない会話と仕事をしながらその日は終わった。

「うん!この仕事、楽しそう!」

柚月は次の日の仕事の準備をし、ベッドに入った。



翌日、柚月はひとり黙々と仕事をしていた。すると稲葉が声をかけてきた。

「柚月ちゃん、今日はお昼ご飯どうするの?コンビニ行く?」

「あ…、いやお弁当持って来てるので、その辺に座って食べようかと…」

「じゃあさ、事務所においでよ!いつもここの事務の皆で食べてるんだ。」

「え!?いいんですか!?じゃ、じゃあお言葉に甘えて…」

柚月は嬉しそうにそう答えた。


昼のチャイムが鳴った。

稲葉が柚月を迎えに来た。

事務所に行くと6人の女性事務員が椅子を並べて待っていた。

「わー!この子がレディか!若ーい!あ、ねえねえ、ここ座りなよ。」

と事務員の1人が話始めると、女子特有の独特の世間話トークが始まった。馴染めない柚月を見かねた稲葉は柚月でも話に入れるように声をかけた。

「そういやさ、柚月ちゃんとこのドライバーの山崎くん、あの子ああ見えて結婚してるんだよ!」

柚月は驚くどころか、むしろ納得していた。山崎の社交的な雰囲気、優しさは女が放っておかないだろうと思っていたからだ。

すると

「え、山崎くんって離婚してるんでしょー?」

と事務員の1人が言うと、稲葉はそうだっけ、と笑っていた。

柚月はあんな人でも離婚するんだ。奥さんが浮気とかかなぁ…などとぼんやり考えていたら、一台のトラックが入ってきた。山崎だ。

昼休みも終わりに近かったので

「じゃあ、私、仕事に戻りますね。」

柚月は山崎の元へ向かった。

「あ、時岡さん!おはよー!」

と山崎が笑顔で言った。

柚月は結婚というワードを避けて、昨日同様、他愛もない話をした。



穏やかな日々が続いたある日、山崎はよろよろと工場に現れた。

「時岡ちゃーん…おはよー…」

疲れたような表情で笑っていた。

「え、山崎さん?どうしたんですか?体調悪いんですか?」

いつも柔らかい雰囲気で、明るい笑顔の山崎のその笑顔に柚月は驚いた。

「あ、いや、なんでもないなんでもー…」

とはぐらかそうとする山崎に柚月は目を逸らす事ができなかった。

「いや、なんでもない事はないでしょう。ちゃんと話して下さい。体調不良なら体調不良でトラックの中で休んでてもらいたいし…」

「いやいや!ホントなんでもないし!ほら大丈夫大丈夫ー!」

明らかな作り笑顔が柚月にとっては余計に心配だった。

「ー…じゃあ、私も何かあっても話しませんからね!」

いつも何でも話してくれていた山崎の初めての嘘が柚月は堪らなく嫌だった。

少し怒った様に柚月がそう言うと、山崎は

「えー、それはダメだよ。うーん……」

と躊躇いながらしばらく悩んで、気まずそうに話始めた。

「あのね、格好悪い話なんだけどさ…、俺、離婚しててね。元嫁さんの生活費とか諸々…その…給料のほとんどを元嫁さんに渡してるんだ。それでお金も底ついちゃって…食べれない状態になっちゃってさー……昨日の昼から何も食べてないって訳…あー格好悪いなぁ…」

と困り果てた表情で山崎は話した。要するに空腹でフラついているという事だった。

噂は本当だったんだと柚月は思った。

「ー…よし!じゃあトラックを出して下さい!コンビニ行きますよ!」

柚月は珍しく声を張って言った。

「え、だからさ、時岡ちゃん?俺さ、金がー…」

被せるように柚月は言った。

「いいから!お昼のお弁当、私が買いますからトラックを出して下さい!」

「いやいや!それはダメだよ!それはできない!気持ちだけでいいよ!」

焦る山崎に柚月は強い口調で

「あの!ハッキリ言っちゃいますけど!そんなフラフラな山崎さんが居ても困るんです!仕事のお荷物になっちゃいます!迷惑なんでしのごの言わずにトラック出して下さい!!!」


真正面から食べてくださいと言っても、この人は受け取らないタイプだと感じた柚月はあえてキツイ言葉で言ったのだ。


「あー…うー…う…ん。わかった。」

と山崎は渋々答え、助手席に柚月を乗せてトラックを出した。


コンビニに着くと、柚月はお茶と3つも弁当を持って戻ってきた。


工場へ戻る道中、山崎はずっと

「ごめんね…」と繰り返していた。


工場に着き、謝りながら山崎は全ての弁当を食べた。

柚月は余程お腹が空いてたんだなぁ…と山崎を見ていた。

「これで仕事ができますね。」

柚月は微笑んで言った。

気恥ずかしそうに山崎は言った。

「ありがとう。」


笑顔も戻って安心した柚月は、休憩中、山崎に聞いた。

「何で元奥さんの生活費を出してるんですか?生活費って言っても、そんなお給料分ほとんどな訳ありませんし…」

山崎は助けてもらったからか、柚月に話した。

「慰謝料…じゃないけどさ、まぁ、嫁さんの浮気が原因だったから慰謝料なんて無いんだけど…でもさ、浮気をさせてしまった自分が悪いんだと思ったんだ。だから、金だけでも嫁さんが不自由なく暮らせるように渡してるんだ。」

「山崎さん…、今も元奥さんが好きなんですね。」

「いや、これはもう好きとかではないよ。責任ってやつだと思うんだ。」

あまりに真っ直ぐな山崎に柚月は何も言えなかった。


そして柚月の心の中に

「この人を助けたい」

という気持ちがこみ上げていた。


「給料日までまだ日にちがあるし…明日、何か買ってきておきますね。」

柚月が微笑んでそう言うと

「いや!もう充分だから!ほんと、もうね、大丈夫だよ!」

と山崎は慌てて答えた。

けれど、何が大丈夫なんだろう、と柚月は思っていた。


この人には笑っていてほしい。

この人には幸せになってほしい。


そう心から思った。

この日から、仕事が終わると山崎から電話がかかってくるようになった。



翌日、やはり何も食べてない山崎に弁当を渡すと、申し訳なさそうに、でも確かに嬉しそうに食べていた。

柚月はその嬉しそうな顔が見れただけで良かった。


トラックの座席に座って二人きりで毎日他愛もない話をしていた。



そんなある日、山崎は柚月に聞いた。

「どうしてこんなに良くしてくれるの?」

と。

柚月は

「山崎さんが喜んでくれるならっていう気持ちだけですよ。私がこの職場に来た時、笑って話かけてくれて、優しく仕事を教えてくれた山崎さんに救われたんですよ。」

と屈託の無い笑顔で言った。

山崎は照れくさそうに

「ありがとう。時岡ちゃんがいなかったら、俺もうくたばってたかも。」

冗談まじりに言った。

そして

「お礼にさ、なんかおもてなしさせてよ!金かかる事は何もできないけど…もっといろいろ話をしたいって思うんだけど…どう…かな?」

一生懸命さが伝わった柚月は頷いた。

山崎はとても嬉しそうに

「やったー!じゃあ仕事終わったらコンビニで待ち合わせしよ!…家にならお酒もあるから、泊まりがけで飲もうよ!あ!もちろんやましい気持ちは一切無いから安心して!」


泊まりという事と男の家に2人きり…と少し悩んだが、もう少し一緒に居たい気持ちが柚月を頷かせた。

「じゃあ、また今晩ね!」

と山崎は嬉しそうに去っていった。

少しの緊張と嬉しさに柚月は心を躍らせていた。



そして夜、二人は合流して山崎の家へ向かった。柚月の家からは1時間半程かかる距離だった。

小さなアパートの一室。

玄関を開けると、正面の棚には白いクマのぬいぐるみが置いてあった。

「可愛い!これ前の奥さんのやつですか?」

柚月は悪気なく聞いてしまった。

「あ、うん、そう。未練はないけど、ぬいぐるみに罪はないじゃない?」

そう山崎は答えた。

「さ、お酒飲む?…て、あ!時岡ちゃん未成年じゃん!うわぁ、ごめん!うっかりしてたよ…」

「もうすぐ20歳だし大丈夫ですよ。」

とチューハイの缶を手に取り、

『カンパーイ!』

と言って飲むと、二人共酒に弱く、酔った勢いと、この人なら…という気持ちで柚月は話始めた。


「山崎さん…、実はね、私……一般的に言われる…『多重人格障害』なの…。

小さな頃、長い長いイジメによって『分裂した』。これが医師の見解。身内ですら知らない事実。…すごく仲の良い友達にだけ話した事があるんだけど…誰ひとりとして信じてくれなかった。…たまにね、夜の記憶が無いの。何を話して何をしていたか…わからない…。…ただ…たまに声がするの…気のせいかもしれないけどね。」


柚月の話を聞いた山崎は

「…嘘でしょ…?」

と小さな声で呟いた。

柚月の心は割れそうだった。こんな訳のわからない嘘言う意味もないのに…と涙目でうつむいた。


瞬間


「俺も同じなんだ…!多重人格障害…え!?本当に…!?」


まさかの出来事だった。

山崎も柚月と同じ多重人格(現在は解離と呼ばれる)だったのだ。


柚月は一瞬理解できなかった。しかし、すぐに湧き上がる感情があった。


『初めて理解し合える人』に出会えた嬉しさで涙が溢れた。


何も、何も言えなかった。言葉にできない感情が溢れて止まらなかった。



「俺たちが出会えたのって、きっと運命だったんだね…」


山崎は柚月を優しく抱きしめた。

山崎の背中で、柚月は声を出して泣いた。




2へ続く


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