橋の下のコンクリートの中の
僕には一つ…。たった一つだ。他の誰にもない僕だけしか持っていない能力がある。
僕がその能力を使うと必ず友達が増えるんだ。
それはとてもいいことだと思っている。だって友達はとても信用できる『唯一』の仲間なんだから。
親なんて信用できない。何故なら僕は親に捨てられたからだ。
これは、そんな僕が色々な人の話を聞く。ただそれだけの物語り。
第1話。橋の下のコンクリートの中の
キーンコーンカーンコーン
いつも通り四時限目の終了を知らせるチャイムが鳴る。
私はその退屈で退屈な授業という時間から解放され一目散にある場所に向かって走る。
学校裏の日当たりの良い体育倉庫。
そこには体育教師専用のキッチンや日直の先生が泊まる為のベットが置いてあり、私はそこをマイルームとして扱っている。
そこがある意味では私の世界だからだ。
勿論、先生達には内緒だ。無断で使っていたら確実にお説教は免れないだろう。
でも家に帰ったって親などいない。教室にいたって友達などいない。親しい仲だった親友も、遠い所で頑張っている。
そんな私、身長175㎝。体型は巷で話題のまな板。好きな色は黒で好きな食べ物は特に無し。特技は睡眠、特徴が無い。
北原高校二年四組17番『水瀬 灯(みなせ あかり)』は今日も一日退屈な日々を過ごしています。
「…はぁ、何変なことブツブツと言ってんだろうか」
ボッチが長すぎて頭の中でずっと妄想に浸っている私はいつも別世界に飛んでいる。
別世界に行っている時に自分の名前を遠くから言われても反応してしまう時もある。名前を呼ばれ慣れてないからだ。
「…はぁ〜溜め息しか出ないや。悲しいなぁ…。今日は疲れたし早退しちゃえ」
私は昔から身体が凄く弱い。季節の変わり目なんかは特に駄目だ。だからなのか、先生方は私のことを簡単に返してくれる。
まぁ、単位制の学校だから、気を付けていれば何とかなるだろう。
そんな調子で私は1人早退した。
河川敷
私の帰路である河川敷。昔はお母さんとよくここで遊んでいた。今となっては、懐かしむだけだ。
「…何で私はボッチなんだろう」
ふと自分自身に言い聞かせるような自虐的言葉を言う。それは自分の心を折る程まで痛い。それなのに自分で言い聞かせているからこそ治りも早い、ただの独り言だったのに
「さぁ?それは君がただ前に歩まないってだけの話しじゃないのかな?」
まさかその独り言に返答が返ってくる何て思いもしなかった。
私はその声のする方に顔を向け相手の顔を見る。その人はここらではとても珍しい、かなり美形の顔立ちで、その黒い髪は腰まで長く、その青い瞳はどこまでも引きずり込まれそうな感覚さへあった。
「…すいませんが、どちらさまでしょうか」
「おや、これは失礼したね。僕はソロモン、こう見えてお店を出していてね、これ、僕の名刺。よかったら来てね」
ソロモン。未来を見通すだかなんだかの王様の名前だったような気がする。
もしやこの人は結構やばい人なのだろうか?
名刺を見てみると
『喫茶「世界地図」オーナー川島連太郎
住所 △✖️県 ◯♢市 □町 ABC ◯◯◯−◯
電話番号17597 喫茶「世界地図」』
少なくとも番号の表記がおかしいのは見て分かる。しかも、喫茶「世界地図」。家からわりと近いが、そんな場所聞いたこともない。
「あの、ここって」
私はソロモンと名乗った人の方をみると、その人は何処にもいなく、ただ暖かい光と共に風がそよいでいるだけだった。
「…何だったんだろう」
もう一度名刺を見ると、私は何か心の奥底で「ここに行け」と言われているかのように感じた。好奇心は猫をも殺すって言うし。私はそこに行ってみることにした。
まぁ、死ぬ気は無いのだけれども。
「ここ何処」
名刺に書いてある場所に来た。というか、その場所に来ないという選択肢は無かったのだ。
ここから数分歩けばもう実家についてしまうのだから。
じゃあ何で「ここ何処」と、言ったのか。それは、私は落ちたからだ。
今私がいるのは、この市内では有名な北上沢川と呼ばれる川で、そこのコンクリートでできた大きな橋の下だ。
何故そこにいるのか…。それはさっき言ったとうり落ちたからだ。
橋を渡ろうとした時、大きな穴が空いたのだ。目の前には、木でできた扉。そして、その扉の前にかかってある看板には
「喫茶、世界地図にようこそ〜。ささ、そんなところでボサッとしてないで入るニャー」
「え、ちょっと、待って」
突然、後ろから私より背の高い黒髪で頭には猫耳なのか、変なカチューシャをつけた女の人が私の制止も聞かず、背中を押してその扉の中に入れていった。
喫茶「世界地図」
「…綺麗」
私の口からその言葉が勝手に飛び出した。そのくらい内装が綺麗だったのだ。
木の板で出来た床に少し木の匂いが残るカウンター席とテーブル。
奥には緑色の優しい感じがする畳の個室や小さくて可愛い花がガラスの瓶に飾られている。
「むふふ〜。私のご主人様が内装を手掛けたんにゃよ〜」
上機嫌にそう語る女の人は、多分ここのウエイトレスさんなのだろうか。服装がまるでメイド服。
「さ、カウンター席につくにゃ。食べたい物があれば作るからいって欲しいのにゃ」
女の人がそう言うと、カウンターから丸見えの厨房に入り両手に包丁を持った。
違う、この人がきっと料理長か何かなのだろう。目付きが鋭くなったし。
「何でカウンター席なんですか?」
「んー?運ぶのが面倒にゃから」
わぁお。正直すぎるコメントが来て凄くびっくりしている私がいた。
そして、私は言われたとうりにカウンター席に座り、メニューを開くと、驚きを隠せない一言が書いてあった。
『あなたの今食べたい物を言ってください』
「…むふふ〜。驚いたかにゃ?そう、ここは注文があればその料理を自在に作る天才料理長こと、『猫ノ芽 巳巫(ねこのめ みみ)』が営む喫茶「世界地図」なんだにゃー!」
巳巫と名乗ったその女性は、両手に持っている包丁をブンブンと器用に回した。正直言って目の前でそれをやられると怖い。
でも、巳巫さんが言っている言葉には、少し安心感が出てくる。目頭に熱いものが込み上げて来そうだ。
「…じゃあ、ハンバーグで」
「よし!任されたにゃ!じゃあちょっとまっててにゃー」
そう言いながら、手を洗った後、冷蔵庫から挽き肉と玉ねぎを取り出し、ザルの中に置いてあったトマトとジャガイモをまな板に置いてから調理を始めた。
その後ろ姿は、さながらお母さんって言う感じがした。私のお母さんは海外に出張中だし、お父さんも転勤で遠い所で働いている。
だから、お母さんの料理している後ろ姿を見るのはとても久しぶりで、思わず抱きついてしまいたいと思う程であった。
「おはよ〜…。巳巫?何でお客様がいるの?」
厨房の奥にある扉から、赤い髪色で、白いワンピース型の寝巻きにその女の子と同じくらいの大きさの猫のぬいぐるみを持った、小さな女の子が出て来た。
「おや?今日は早いにゃね!おはようご主人。でも、今日は少し待って欲しいにゃ、珍しくお客様がいらっしゃったからね」
玉ねぎをバターで炒めながら、その女の子に話しかけている巳巫さん。
何も言わずに、その女の子は私の隣に座り、こちらをジーっと見つめてきた。
「…こんにちは。君の名前はなんて言うの?」
「……『山口 猫(やまぐち ねこ)』。おねーさんは?」
山口 猫と言った女の子は、私の膝をトントンと叩き、それから膝の上に乗りながら言ってきた。
「私は水瀬 灯。猫ちゃんはここに住んでるの?」
「うん、そうだよ。オーナー達と一緒に住んでるの」
猫は、私の腕を自分の体にまわさせながら、その位置に固定させた。
何で初対面の相手のことを膝に乗せないといけないのかがよく分からなかったが、取り敢えず可愛いので許すことにする。
「さて、ハンバーグ定食が出来た…。ご主人、浮気かにゃ?」
「違うよ巳巫。これはこの人の膝をチェックしていただけだよ。この人優しいから好き」
「…灯といったかにゃ?マッシュポテトに特性デミグラスソースかけてあげるにゃ!」
「え!あ…はい。ありがとうございます」
巳巫さんは、凄い嬉しそうな表情でデミグラスソースをかけてくれた。そして出てきたのが、ハンバーグ定食だった。
ツヤツヤのご飯に、デミグラスソースのたっぷりかかった大きなハンバーグ。マッシュポテトや味噌汁もあり、とても美味しいそうだった。
そう、あくまでこれは過去形だ。出てきた時には一瞬でマッシュポテトが無くなっていたからだ。
「…あれ?マッシュポテトがない」
「あれ?おはひいねー」
「いや、口をモゴモゴしながら言わないでくださいよご主人」
どうやらマッシュポテトを食べた犯人は私の膝の上にいる猫だったみたいだ。
たしかに、その小さな口には、デミグラスソースをつけ、モゴモゴと口にいっぱいつめていた。
「そんなに口に入れたら駄目だよ猫ちゃん。お口拭くよ?」
「ありがとう。おねーちゃん」
私は、自分のポケットからティッシュを取り、そのデミグラスソースのたっぷりかかった口を拭いた。
それにしても、さっきはおねーさんだったのに、今回はおねーちゃんのようだ。
「うーん。それにしても灯は子供の相手が凄く上手いにゃ〜。妹でもいるのかにゃ?」
「いえ、ただ子供は好きで」
嘘。ただ私は、小説や漫画、アニメでの子供の扱い方を学んでいるだけだ。
以前、一人で買い物している女の子が迷子になっているのを助たのはいいけど、すごく泣かれてしまい大慌てしてしまったからだ。
「ふーん。ま、いいにゃ。そんなことよりさっさと食べるにゃ!ご主人が先に食べてしまうにゃよ?」
ふとお皿の方を見ると、フォークでハンバーグの半分を食べている猫ちゃんの姿が見えた。
「…ほうひはの?おねーはん」
「いや、何でもないよ。ゆっくり食べなさい」
可愛い。このクッソ退屈な世界にも、こんなに可愛い天使はいるんだなぁ。
そんな事を思っている時、コツコツとまた歩いてくる音がした。
「やぁ、来ると思っていたよ。ようこそ「世界地図」へ」
その人は見覚えがあった。あの時河川敷であった男の人だ。
その人はさっき着ていた服と同じ黒く、長めのコートを羽織っていた。
「おぉ、起きてたのかにゃソロモン。じゃあオーナーもちゃんと起きたのかにゃ?」
「あぁ、起きたとも。そして、今回はその女の子。水瀬 灯ちゃんが家のお客様だ」
ソロモンは、真っ直ぐ私の方を指差してそう言った。お客様とはこの喫茶店の事を言っていたのかと思ったらそうでもないみたいだ。
巳巫さんや、猫ちゃんの方を見てみると、ギョッとした様子でソロモンの方を見ていた。
「あの〜。お客様って言うのは」
「…分かったにゃ。灯よ、これからオーナーの所に連れていくにゃ。付いて着て欲しいにゃ」
「……私も行く」
どうやら今の私は質問をしてはいけない立場らしい。巳巫さんや猫ちゃんの表情を見ていると凄く悲しそうで、こちらにも罪悪感が来てしまう。
そういえば、ボッチには表情を見る目があるらしい。まぁ、何をやっていても暇な時間だから空気を読めることが容易くなるのだろう。
「分かりました。行きます」
「うん、物分かりの良い子で良かった。ありがとう、では付いて来てくれ」
今日は帰りが遅くなる気がするから後で連絡しておこう。うちには誰もいないけど。
奥の部屋
「やぁ、マスター。連れて来たよ」
中に入ると、そこには金髪のツインテールで紫のフリフリしたドレスに身を纏っていた小柄な少女がいた。
その子の手には、昔の人が吸っていた煙管と呼ばれる刻みタバコを入れて吸う為の道具があった。
その煙管からはとても甘い臭いがする。甘ったるいっていう程でもないが、少しフルーツ系の臭いだ。
「やぁ、待ってたよ」
「…あ、貴女は?」
「ふふ、僕の名前はトランドーダ・オーグ・フェイ。気安くトランちゃんって呼んでくれて構わない」
そのトランと名乗った少女は座っていた大きいベットを離れ、真っ直ぐ私の方に歩んで来た。
そして、私のお腹をさすりながらジッとソロモンの顔を見つめている。
「…確かに、君は少し歪だね。でも、それだからこそ愛を求めている。ふふ、君は相変わらず面白い子しか連れてこないね」
「ありがとう、マスター。褒め言葉としてとっておくよ」
突然お腹をさすられたと思ったら、私の心はどうやら歪らしい。多少頭にくるが、別に怒る事でもないと判断する。
うーん。ボッチあるあるその54、冷静に考えられる。かな?
いや、そんなにあったらボッチは今頃崇められてるだろうけどね。
「さて、君にはこれからここで働いてもらおう。突然のことだから驚きが隠せないだろうけどね」
「…えぇ、突然のことすぎて何を言われてるのかサッパリなんだけど」
人は本当に驚くと言葉が出ないらしいが、それはどうやら本当のことらしい。現に、今私は何を言われたのかサッパリだ。
「何で私が働くことになるの?」
「ふふ、いい質問だ。ここはね、喫茶「世界地図」っていうんだけど本当は違う。猫、君が説明してはくれないだろうか」
「うん、分かった」
トランドーダちゃんは、猫ちゃんに説明を頼むと、その猫ちゃんの後ろにいた巳巫さんの手から数枚の紙が渡された
「それはご主人が何日もかけて手書きで作った資料にゃよ!心して読むのにゃ!」
「えーと。まずは、ここは喫茶「世界地図」ではなくて、『運命屋さん』です。運命屋さんとは、歪な心を持った人や悲しい過去を持った人が集まる憩いの場です。ここに来た人は、必然的にここの住人になることになりますが、それをちゃんと決めるのはあなた次第です」
一枚目の紙には、凄く小さくて可愛いらしい字で、漢字の上にはフリガナもふってあり、色々な落書きが書いてあった。
猫ちゃんの言い方もとても愛らしく棒読みではあったが、決して邪気にはできない。できるはずがない天使のような愛らしさがあった。
「ご主人は偉いにゃー!よく読めたにゃねー!」
「巳巫…。私偉い?」
「うんうん。とても偉いにゃ!後でプリン作ってあげるにゃよー」
「えへへ。巳巫大好き」
あ、天使がいる。私は心の中でふとそう思ってしまった。だから歪だと言われてしまうのだろうか。
「さて、本題はここからさ。君のその心にある歪は、取り除かないといけないんだよ」
「それはどうして?」
「そこは僕が説明するよ」
ソロモンが、また別の資料を渡してくる。その資料には、とても丁寧な字で、グラフまで書かれている。
「まず、心に歪を持つ人は正直言って、この世界全員が対象なんだよ。でも、その対象者の中でも、歪が強い人が自然とやって来るようになっているのがここ『運命屋』なんだ
そのグラフを見てくれ。そのグラフは、対象者の中でも、より強い対象者が現れる確率を円グラフにしてみたものだ。
対象者が15万人いたとしよう、その中でもより強い歪を持つものは1人だった。つまり、簡単に表すなら現在の日本の人口は1億2667万2000人のうち844万4800人は確実により強い歪を持つものがいるんだよ」
うん。逆にとても分かりづらくなってしまった。まだ15万人に1人って言われた方が分かりやすい。
それにしても、意外と少ないことには驚きだ。心に歪がある人なんて、この世の中何百人何千人といそうなのに。
「でも、結論から言ってそのより強い歪を持っている人ってどうなるんですか?」
「それはねぇ、死ぬんだよ。100%の確率で」
トランドーダちゃんはニヤニヤとしながらそう言った。100%の確率で死ぬ。つまりは私はその100%の確率死ぬ中の1人ということだ。
「…でも、そんな話しは流石に信じられな」
「これを見てもかい!」
いきなりトランドーダちゃんは、私のお腹めがけて重いストレートを叩き込んだ。
痛いと感じたのは束の間、私の身体から何かが剥がれた。
「うわぁ!え!なに!?何で私は出てこれたの!」
私の背中の方から声がする。後ろを振り返ってみると、そこには、とても美しい青いロングヘヤーで、私と同じ制服を身に纏った女の人が現れたのだ。
「え?だ、誰?」
「そいつは、僕の能力で君の歪の中から飛び出した幽体だよ」
「幽体?」
その幽体と言う人物に、トランドーダちゃんはゆっくりと近づき、話しかけた。
「こんにちは、僕の能力で出た幽体さん。僕の名前はトランドーダ・オーグ・フェイ。君の名前は?」
「私?私の名前はブーディカ。この子の魂の中にあった幽体だよ」
その幽体?はブーディカと言うらしい。でも、いきなりのことすぎて訳が分からなくなって来ている。
「むふふ、まぁそんにゃ顔ににゃるのも仕方にゃいにゃ。簡単に言うと、オーナーは生まれつき、目に見えてはいけない『幽体』と呼ばれるその人の心の奥に眠っている魂が見えるのにゃ」
「そして、それをちょっとした工夫を凝らしてその魂から解放されたのが僕達。『幽体』と言うわけさ」
…つまりだ。トランドーダちゃんは、昔から『幽体』と呼ばれる、他の人には見えない者が見える現象にあった。
けれど、その『幽体』が原因となり、心に強い歪を持った人は死んでしまうらしい。
だから、その歪を解くために、トランドーダちゃんが『幽体』を解いて楽にしている…。と言う感じだ。
「つまり、その…。ブーディカさんが、私の幽体?」
「あぁ、そうだよ。そして、この幽体を解いた人はその代償としてここで働かなくてはならないんだ」
何故働くかはさておき、取り敢えず心の整理をしたい。
突然のことが重なりすぎて頭がオーバーヒートしてしまう。
「…ごめん。一回帰って整理してからでいいかな?」
「ん?あぁいいとも。でも、そこのブーディカは連れて帰りなね?」
こうして私はその店を後にし、ブーディカと共に歩いて数分の距離にある家に向かった。
「…それにしても、あいつ最後の方はタメ口きいてなかったか?」
「それはきっと、最初から詰め込みすぎによるオーバーヒートからくる症状だよ」
水瀬家
私の家はマンションの一番下の階だ。
その家はとても静かだった。ゴミ箱いっぱいに詰められた弁当のゴミ。
あまり使われていない綺麗な台所。私はいつもこの広い空間の中で1人寂しくいた。
だけど今日は違う。
「えーと。ブーディカさんでしたっけ?」
「うん、私は灯の中にいる幽体のブーディカだよ」
このとてもほわわんってしている彼女。ブーディカさんが今この家にいるのだ。
とても嬉しく、とても怖い存在の彼女だが、何処か懐かしい感じがする。
「ブーディカさん。貴女はいったい?」
「私はね、灯が赤ちゃんの頃からずっと一緒にいた存在だよ。まぁ、灯の理想の姿って感じかな?」
確かにブーディカさんの胸はとても大きいし、私よりも身長低いし…。母性すら感じられる優しい声。
それは、私の憧れでもあった母の様にも思える。
「…でも、やっぱり信用できません。だって」
「分かるよ、灯の気持ち…。じゃあ信用を勝ち取るために、ご飯を作ってあげるよ?何か食べたい物はある?」
ブーディカさんは、まるで自分の家にいるかの様に、お母さんが昔使っていたエプロンを手に取り、身につけて台所に向かう。
そういえば、結局ハンバーグを食べ過ごしたのを今思い出した。
「じゃ、じゃあ。ハンバーグで」
「ふふ、確か昔も灯はお母さんの作るハンバーグが大好きだったんだよね?」
「な、なな!何でそれを!」
それは本当のことだった。お母さんの作る料理は全て美味いが、その中でもハンバーグが一番美味しかったんだ。
お父さんもお母さんもいる時だけにしか食べられない料理だったが、それはとても懐かしく、もう一度食べたい味だった。
「待ってて、すぐに作るから。あ、その間にお風呂沸かしてくれない?そしたら一緒に入ろ?」
「え、えぇ!そ、それは…」
「ん?そんなに嫌かな?」
いや、嫌というか何というか…。その胸と一緒に入るとなると、相当な覚悟で入らないといけない。
現実を見せられるのか…。でも、このブーディカと言う人をもっと知らなくちゃいけない気がする。だから、今日できる間に親睦を深めないと
「わ、分かりました」
それから数十分したらブーディカさんが作っていたハンバーグが出来た。
そのハンバーグは、所々にオレンジ色の物が入っている。
私はこれを知っている。とても知っている。昔お母さんによくやられた事だから懐かしいとすら感じるが
「何でハンバーグの中に人参を入れるのぉ」
「駄目だよ、好き嫌いはしない!お母さんにもそう言われたでしょ?」
「言われたけど…」
私は人参が大嫌いだ妙にゴツゴツしてるし芯は地味に硬いことがあるし、少し苦いし。
それだったらゴーヤの方がまだ好きな方だ。チャンプル美味しい。
「さぁ、早く食べちゃいなさい。そしたら一緒にお風呂入ろう!」
「…うん!」
ブーディカさんの一言一言はすごく暖かみを持っていた。
まるでお母さんのよう、実の母と接しているかのように感じた。
私がハンバーグを食べ終わった後、ブーディカさんはテキパキとお皿を片付け、一緒にお風呂に入り、一緒の布団で寝た。
すごく良い一日だった。
…なんか、今日の私はやけにお母さんって言葉を使っているような気がする…。
『お母さん…?お父さん…?どこ行っちゃうの?』
『…父さんと母さんはお仕事に行かなくちゃいけないんだ』
『大家さんにはちゃんと頼んでいるから、何かあったら頼りなさい』
『やーいやーい。親無しのデカ女〜!』
『あっち行けよー!ノロマは何やってもできないんだよー!』
『うっ…ヒッグ…。いやだぁ、はやくがえってぎてよぉぉ』
「はっ!…はぁ。はぁ」
昔…。よく虐められていた頃の夢を、思い出してしまった。
シーツには、汗がぐっしょりと染み込んでいる。
「…あれ?ブーディカさん?」
隣を見てみるとそこには、確かに隣で寝ていた筈のブーディカさんはいなかった。でも、耳を澄ませると、ガチャガチャと音がし
パァン!
「キャ!」
ついそんな声をあげてしまった。考え事をしていた時に大きな音は、正直心臓に悪い。
そーっと台所の方を見てみると、そこにはトントンとリズム良く野菜を切っていたブーディカさんがいた。
フライパンからは、泡が吹いており、何かを蒸しているのだろう。
というか、早すぎて見えない。伝家の宝刀「高速包丁」か何かですか?
あれか、トントントンって言うのは冗談で実際はトットットットットッのスピードなのかもしれない。
「あ、おはよう灯。今日は土曜日だよ、あのお店に行くかい?」
「え?何で急に」
「いや?さっきポストに「店で待ってる」っていう内容の手紙があったからさ?…どうする?」
店で待ってる。それは昨日の喫茶「世界地図」の事だろう。でも、正直言ってもうそろそろ働かないとお小遣い的に危ない。
家賃は親が振り込みで払ってくれているが、毎月の食費やケータイの料金だと、厳しくなってきてはいる。
「…うん、行く。私…あそこで働く!」
「うん、分かったよ。でもその前に…。着替えよっか」
私は自分の体を見ると、下着だけの姿になっていた。基本寝る時はパジャマは着るが、寝相が悪いせいかいつも下着になってしまう。
「…着替えてきまーす」
そして、私は今日決心した。あのお店で働くことにした。
喫茶「世界地図」
「やぁ、君が来ることを信じていたよ!さ、中に入ってくれ」
昨日でた橋の下にある扉から出てきたのは、ソロモンだった。
奥には、猫ちゃんが笑って手を振ってくれている。
「さぁさぁ、そんな所で立ってないでカウンター席に座るにゃー!二人ともミルクで良いかにゃ?」
「あぁ、私は大丈夫だけど、灯は牛乳が飲めないんだ。オレンジジュースはある?」
「違う!私は炭酸の方が好き!」
まるで私がオレンジジュースしか飲めないお子様みたいな感じに言われていたので、必死になって反論しようとしたが
「駄目だよ灯、いつも炭酸飲料ばかり飲んでるけど、炭酸は骨が溶けるんだよ。体に良くないからやめなさい」
「えー。ブーディカさんのケチ」
そんなことを言いながら私達は中に入った。そういえば、ブーディカさんやソロモンさん達と会ったからなのか、私は人と喋るのが上手くなったような気がする。
「おねーちゃん!いらっしゃい!お席ついて!」
中に入るとこちらに走って来たのは、可愛いピンクのリボン結びが腰に一つついたメイド服を着た猫ちゃんだった。
猫ちゃんは、私の手を掴みこっちこっち!と昨日座っていたカウンター席に連れて行ってくれた。
やはり猫ちゃんは天使なのだと思う。
「むふふー。こらこらご主人?今回はどうやら違う要件みたいにゃよ〜」
「え?…はっ!まさか!」
「うん、猫ちゃん。私…ここで働く」
私がそう言うと猫ちゃんは、一目散に厨房にある冷蔵庫に向かって走り、その中にある何かを取って私に渡してきた。
「おねーちゃん!これ、巳巫と一緒に作ったの!食べて!」
「まぁ、殆どがご主人が手作りした物にゃ。すげー羨ましいにゃ」
猫ちゃんが持ってきてくれたのは、クリームがたっぷりかかったケーキだ。
見た目は綺麗とも言い難い感じだが、それを持っている猫ちゃんのとても明るい表情を見ているとこっちまで笑顔になってしまう。
「ありがとう猫ちゃん。私…凄く嬉しい」
「えへへ〜」
ケーキを食べようと私達がカウンターで食べようとしたら、奥の扉から赤いドレスに黒いフリフリのついたカチューシャをつけたトランドーダちゃんが出てきた。
「来るのを待っていたよ、灯。さて、今日は閉店にして祝おうじゃないか。新しい仲間…。新人の歓迎会だ!」
「おぉ、出てくるなり凄い発想だねマスター。予算は大丈夫かい?」
「ふっ、それを決めるのは君の役目だろ?ソロモン」
歓迎会と聞いて少し嬉しくなったのは束の間。私は、二人が凄い物騒な笑みをしながら不気味な声で笑っているのを見てしまったのだから。
というか、それを私の隣でやらないでください。凄く怖い。
「よぅし!そうと決まれば巳巫はパーティ用の食事を作ってくれ。僕と猫でテーブルのセッティングをしてしまおう。ソロモンは灯とブーディカをいつもの席に座らせてくれ!」
「合点にゃー!」
「私頑張る!」
「まぁ、僕は頑張る事なんて何一つないけど頑張ろー!」
トランドーダちゃんが指示を出すと、三人はすぐにテーブルのセットや食事の準備をすすめた。
喫茶を経営している人達だからスムーズになるという事は分かっていた。分かっていたのだが、ここまでスムーズに進むとは思わなかった。
巳巫さんは、魚を捌いき、それを捏ねて団子状にしている。そこにブーディカさんが、参戦して楽しそうにネギを小口切りにしてる。
猫ちゃんとトランドーダちゃんは、二人で一生懸命拭き掃除をしていた。でももうそろそろ終わりなのか、絞った雑巾を奥の部屋へと持って行って、水の入っているバケツを外に出している。
「そして僕は何も仕事が無いので、こうやって灯ちゃんの話しを聞いている…と」
「…」
人と喋るのが上手くなったというのは撤回しよう。私は全然上手くなっていなかった。ソロモンさんは一応喋りかけてはくれるけど、私はそれに答えることができず、また妄想の世界に浸っている。
いつからこんなふうになってしまったんだろうか。昔はもっと喋っていたはずなのに。
「灯。準備ができたぞ。前に出てくれ」
「え?…何で?」
トランドーダちゃんが喋りかけてくれた。目の前を見ると、料理が並んでいて、私の隣には猫ちゃんとブーディカがいた。
「前に出て自己紹介をしてくれ。これはここで働く者たちが行なっている事…。いわば伝統という者だよ」
「…灯?大丈夫?」
私は人前に立つのは苦手だが、やると決めたら私はやる女だ。
例えば、友達(と思っていた)相手に掃除当番を引き受け(強制的にだが)、その時教室をピカピカにしようとして本気をだしたら(味方だと思っていた)先生に頼まれごと引き受けて頑張って働いたという経験がある。
あれ?これって例えになってなくない?
「うん、大丈夫…」
私は、巳巫さん。猫ちゃん。ソロモンさん。トランドーダちゃん。そしてブーディカさんが見ているなかで、大きく息を吸って深呼吸をした。
「で、では。私の名前は水瀬 灯『みなせ あかり』です。高校生で、ここから歩いて15分くらいでつく北原高校に通っています。
私の親は、母は海外に行って仕事をしており、父は遠い所に出張しています。
私はここで働きたいです。よろしくおねがいします!」
私は深々と頭を下げた。私には今、不安しかなかった。何故なら、初めての自己紹介だったからだ。
恐る恐る私は顔を上げると、パチパチと皆んなが手を叩いてくれたのだ。
「…とてもいい自己紹介だったにゃ」
よかった。どうやら自己紹介は成功したようだ。そこまで練習もしていないが、噛まなくて良かった。
そんなことを考えていたら、次の人の自己紹介が始まった。
「山口 猫『やまぐち ねこ』です。10才です。好きなものは喫茶「世界地図」です。
お父さんとお母さんはいません。巳巫やトランちゃんが私をここまで育ててくれました。
これからもよろしくおねがいします」
10才…。つまり、小学五年生くらいなのかな?でも、好きなものが喫茶「世界地図」って。皆さん泣いちゃうんじゃないかな〜。
「グス…。猫よ、あんなに立派になって」
「う、う〜。ご主人〜。もうほんと大好きにゃ〜」
「あ、そこに僕は入ってないんだね」
案の定、トランドーダちゃんと巳巫さん、ソロモンさんは泣いていた。
でも、なんかソロモンさんの涙は違うような気がする。
「流石だにゃ〜。私のご主人は…。さて、次は私にゃ」
巳巫さんが席を立ち、席につこうとしている猫ちゃんを撫でてから皆の前に立った。
「私のにゃまえは猫ノ芽 巳巫『ねこのめ みみ』にゃ!私はご主人の幽体にゃから年はにゃいにゃ。
私はご主人の中にいたご主人の理想の姿にゃ。だけど、私はご主人の為なら何でもやろうと思ってるにゃ。
灯よ、これから先、にゃがくにゃるがよろしく頼むにゃ!」
「……!こ、こちらこそよろしくお願いします!」
言えない。改めて見るその柔らかそうな大きい胸への殺気にかられて話しをあまり聞いてなかったことを。
そもそも、幽体って成長するのかなぁ。私もあのくらいまでいければ学校でも…。あ、犯されて終わりだわ。よかった魅力がなくて。
いや、これは流石に自意識過剰なのでは?
「さて、じゃあ僕の番だね。僕の名前はソロモンだ。
僕は、灯ちゃんの予想通りトランドーダ・オーグ・フェイ…。マスターの幽体さ。でも、僕の場合は少し特別な幽体だね。ある能力が使えるんだ。
叡智と未来視さ。まぁ、基本叡智しか使わないけど、よろしくね?灯ちゃん」
予想通りというか、何ていうかな。ゲームでいう魔王レベルの威圧感がある。が、それをかき消すほどに陽気な性格でその威圧もやわらいでいる。
というか、未来視って…。あれがあればボッチも解消され…ないな。気持ち悪がられて終わりだわ。
「さて、では。僕がここのオーナー。トランドーダ・オーグ・フェイ。年齢は28だ。
見ての通り身長じたいは小柄だが、僕がこの能力を自覚してしまった時に、僕の成長は止まってしまった、一応こう見えても大人なんだぞ?。これからもよろしく頼む、灯」
私は少し驚いた。多分年上なんだろうな〜とは思っていたけど、まさかこんなに私と年が離れていたとは思わなかった。
でも、また別で気になることもあるが、それは後で質問することにした。
「…あ、私も自己紹介した方がいいよね?私の名前はブーディカ。灯の幽体だよ。
料理は得意だから、私に任せて。これからもよろしくお願いします」
ブーディカさんが自己紹介し終わった。凛としたたたずまいで自己紹介している姿は、女王様の様に綺麗だった。
まさか私…。ブーディカさんに恋しちゃった?…いやいや、私にちゃんとした恋をさせてくれ。
そんな他愛もないことを思っていた時、少し怒り口調で巳巫さんが言った。
「ちょっと待つにゃ!料理が得意?料理担当はこの猫ノ芽 巳巫料理長だけで充分にゃのにゃ!素人はすっこんでろにゃ!」
席を立ち、ブーディカさんに指を指しながら巳巫さんはそう言った。
「え、え〜。だって本当の事だしなぁ〜。でも、このまま「はい」って言って引き下がるわけにもいかないよね!」
ブーディカさんは困りながら言っていたのだが、多分、ブーディカさんの何かに火が付いたのか、二人は厨房に行き、野菜や魚を取り出して、料理を始めた。
「ハハハ。まさかあの巳巫がここまで熱くなるとはね」
「まぁ、いつでもどこでも。猫のいる前ではとても元気な娘だからな」
ソロモンとトランドーダちゃんは、笑いながらそう言った。けれど、ブーディカさんと巳巫さんを見ると、二人の後ろに大きな獅子と猫が睨みあっている様に見える。
「ねぇねぇ、おねーちゃん」
「ん?なーに?猫ちゃん」
ちょんちょんと服の裾を引っ張っぱられ、そちらを見たら、こちらをジーッと見つめている猫ちゃんがいた。
なんか、猫ちゃんってジーッと見つめる時が多い印象がある…。猫だからかな?関係ないか。
「巳巫とブーディカ楽しそう」
「…うん。そうだね」
もう一度、二人を見て見ると、とてもイキイキとした表情で料理をしていた。
カウンターの所を見てみると、どちらも一品置かれていた。
「…。ここに来てよかった」
私は、そんなことを思っていた。けど、この光景を見てここに来てよかったと思えないはずはない。
これから、私の物語が始まる。そう、確信した瞬間だった。
第1話 橋の下のコンクリートの中の 完
第2話 初めてのお仕事
どうも皆さんこんにちは、水瀬 灯です。私は昨日から橋の下のコンクリートの中にある怪しげなお店、喫茶「世界地図」で働くことになりました。
昨日はあの自己紹介の後、ブーディカさんと巳巫さんが作った肉料理やら、魚料理などのコース料理を味わい、そして帰宅しました。
今日は、初めてのお仕事ということで、料理の用の食材の買い出しに来ました。
この町のことだったら、ある程度は慣れていると思っていたものですが、流石に無理がありました。
その扉を喫茶「世界地図」の中から開けて見るとあら不思議、そこは、橋の下ではなく、青い空の下、色々な人の飛び交う声の中にひっそりとあるお店。
つまりは、商店街の端にいたではありませんか。
「…いや、ここどこだよ」
「え?灯知らないにゃ〜?ここは大杉商店街にゃ。お肉やお野菜何でもござれ!おばちゃんおじちゃん全員が親切で私も動きやすいにゃ〜」
「え?それってどういうこと?」
私の後ろからヒョコッと出て来たのは、黒いロングスカートに白いエプロンを身に付けたブーディカさんだった。
「いやにゃに。都会だとコスプレイヤーと間違えられて耳とか尻尾とか触られるからいやにゃのにゃ。いや、行ったことないしテレビで見ただけだけど」
それは完全に偏見である。でも、まぁ、たしかに都会だといろいろと目に留まりそれこそ危険なことになる。
胸とか胸とか胸とか…はぁ。
「いや、そんなことより、何で私たちは大杉商店街にいるんですか?だって扉は」
「むふふ〜。それは私の能力にゃ!」
能力?ふと疑問に思ったが、ソロモンさんは特別で能力があるとは言っていたけど、何で巳巫さんやブーディカさんには能力がないんだろうと。
でも、今の一言を聞く限りではなにか違うらしい。
「え?だって、あの時ソロモンさんが僕は特別な幽体でねって言ってたのに」
「そりゃ、ソロモンは能力を二つも持っているから特別にゃんだにゃ。普通の幽体だと能力は一つしかにゃいらしいにゃ」
つまり、どこぞの幽◯紋なのだろうか。簡単に言えばそうなんだろう。そして、ソロモンさんはいわゆるゴールド・◯・レクイエムだと。
「それで?巳巫の能力はなんなんだい?」
「私の能力は『扉を出現させる』能力にゃ。簡単に説明すると移動能力にゃ」
後々聞いた話しによると、この『扉を出現させる能力』のお陰で今の喫茶店が成り立っているらしい。
その能力の細かな説明はというと、ある部屋をAとして、もう一つの部屋Bとする。これらを繋ぐ為にはその間に扉がないといけない。
そのAとBの部屋を繋いだとき、そのAとBの部屋は一種の別空間、『亜空間』と呼ばれる場所に移されるのだという。
巳巫はその扉を使い、好きな場所に扉を設置して、好きな場所に移せるようにできるのだという。
私を橋から落としたのも、それを使ったのだという。橋に開きっぱなしの扉を設置してそこに私を落とすだけ。至って簡単なトリック。だ、そうだ。
「へー。あ、ブーディカさんも何か能力持ってるの?」
「私?…私はねぇ、よく分からないんだ」
「ほぉ?よく分からないというのはにゃんにゃのにゃ?」
何かはぐらかされたように思えたが、巳巫さんが聞いてくれたことによって、ブーディカさんは答える気になったようだ。
「私の能力はどうやら『異常を無効にする』って能力なんだよ」
「異常を」
「無効?かにゃ?」
異常を無効、というと、やはり思いつくのは状態異常とか、日常的異常だとか…。それを無効だというと、どういう意味なのだ?と疑問が残ってしまう。
「うん、なんか…。風邪をひかなくなる能力かな?と、思ってるよ」
「うっはー、社畜万歳な能力にゃ。嫌にゃ能力」
そんな会話をしていると、誰かが巳巫さんを呼んだ。
少し低い声で、まるでお爺ちゃんのような、声だ。
「おーい。巳巫ちゃん、後ツレのお二人さんも、今日は鶏肉安いんだけどどうするー?」
いや、まるでじゃない。完璧にお爺ちゃんだ。しかも、結構ゴツい感じだ。でも、暖かな太陽のせいなのか、その頭は輝いていた。
「巳巫ー!こっちの野菜が安いから買ってってよー」
今度は、そのお肉屋さんの向かい側にある八百屋さんにいた、褐色肌で、肩の見えている白のセーターに、八百屋と書かれたエプロンを身に纏った巨乳のお姉さんが声をかけてきた。
「あぁ!?松本の婆さんのせがれはいつから俺んところの常連さんを横取りできる程偉くなったんだこら!!」
「店やってんのに偉いも何もあるか不良ジジイ!横取りされたらそれは全ててめーの責任だろ!」
「あ、あー…。はぁ、まーた始まったにゃー」
巳巫さんは、片手で顔を覆いながら、息を深くついた。またということは前もこんな感じだったのだろうか…。
あぁ。またよからぬ予想をしてしまった。いや、予想するだけならバチは当たらないんだろうけど…なんかなぁ。やっぱりボッチって常人よりも頭(妄想or独り言)使うからなぁ。
「ちょっと待つにゃ、羽根川(はねかわ)も瑠夏(ルカ)も落ち着いて欲しいのにゃ。私達は、買い物にきたんにゃが、新人の子にこの商店街を教えようと来たんだにゃ。だから後からでいいかにゃ?」
羽根川さんと、瑠夏さん。多分、羽根川さんがお爺ちゃんの方で、瑠夏さんが、あの褐色肌の女性のことだろう。
「馬鹿野郎!下の名前で呼ぶなってあれほど言っただろうが巳巫ちゃんよぉ!!」
「それは元カノの苗字だし!あんな奴の苗字つけんなー!」
あ、逆だった。というか瑠夏って可愛い…。その身体つきに似合わずとても可愛らしい名前だ。
「まぁいいにゃ、じゃ、ちょっと行ってくるから、また後でにゃ。ほら、灯とブーディカよ。付いてくるにゃー!」
突然走り出す巳巫さんに、慌てて走り出す私…。あぁ、きっと普通の高校生はこんな風になるんだろうなぁ。
…後ろを見ると、ブーディカさんは、松本さんから漬物をいただいていた…。いや、コミュ力半端ないな二人とも。
私は巳巫さんの後ろを走っていった。ただ真っ直ぐ走っているだけなのに、色々な人から声をかけてもらえた。
服屋、居酒屋、雑貨屋、金物屋、総菜屋と色々なお店の人達から声をかけられた。
後ろを見てみると、その一つ一つの店から色々な物を頂いているブーディカさんの姿があった。
いや、コミュ力半端ないなぁ。本当に。
桜の木前。
「ついたにゃ!ここが大杉商店街1の名物、大桜にゃ!……ん?なんか元気にゃいにゃ〜。どうしたのかにゃ?灯」
「ゲホッゴホッゴホッウエッ……。ハァ…ハァ…。お願いします巳巫さんゴホッゴホッ。走らないでぇ」
まさかこんなに走るとは思わなかった。そこまで長くない、ザッと五十メートル位を走ったのに、もう息切れで喘息擬きにもなって…。あぁ、死ぬ
「もぉー、にゃさけにゃいにゃ〜。ここが目的地だから休むにゃ!」
「は、はい」
私は、目の前にある大きな桜の木の前のベンチに腰掛けた。
昔から体の弱い私にとっては、体育など天敵に等しい存在。だから、私は参加すらしてこなかった。
そう思っていると、私の右手が少し暖かく感じた。
「あれ?巳巫さん、どうしたんです……か?」
「…やぁ。こんにちはおねーさん」
私は、疑問を持ちながら右側を見ていると、そこには、とても小柄な顔立ちの良い美少年が座っていた。
「…あ、こんにちは」
「いやいや、そこは挨拶する場じゃにゃいにゃ。灯」
後ろから声がするので振り返ると、腰に手を当て、少しムスッとしている巳巫さんがいた。
「にゃにをしてるにゃ、変態ババァ」
「はぁ、酷いなぁ。同じ時代に産まれた仲じゃないか。仲良くしようよ、猫ノ芽ちゃん」
え?この子女の子なの?どう見たって男の子だよ?胸ないけど大丈夫なの?
…というか、どうやらこの2人は知り合いらしい。しかも、同じ時代に産まれたということは、もしかしたらこの子も幽体なのかもしれない。
辺りを見回しても、側には誰もいない…。あれ?ブーディカさんがいない…。
「…灯、あれを見るにゃ」
顔を近づけ、クイックイッと正面の方を見ると、そこには、老若男女問わず様々な人から両手いっぱいに何かを貰っているブーディカさんの姿があった。
「あはは、ここに来る人達は本当に面白い人ばかりだね。アテッ」
「にゃに勝手に家の大事で大事な従業員でもある灯の膝に頭を乗せてるんにゃ、サッサとだからにゃ」
私の膝に頭を乗せて笑っていた美少年は、巳巫さんに頭を叩かれながら頭をダルそうに起こした。
「…み、巳巫さん?…この子は?」
「む?こいつのにゃまえは川島 連太郎(かわしま れんたろう)だにゃ。元々『世界地図』のオーニャーだったんにゃねど、今じゃこの商店街にいる幽霊にゃ」
川島 連太郎。あの日、初めてソロモンさんに会った時に渡された名刺に書いてあった名前。
イメージとしては、オレンジに近い茶髪の青年か、少し歳をとっている、まさに人生での相談役みたいな渋めなおじさんかと思っていたが。
「…あれ?でも、あの名刺に確か、オーナーって書いてあったけど?」
「あぁ、だって僕が辞めたの4日前だもん」
4日前?というとー。あ、確かその次の日私がソロモンさんに会ったんだ。
そういえば名刺ってどう作るんだろう。
「はぁ、取り敢えず、こいつは家に新しく入った従業員の灯にゃ。灯も」
「うん、予想はつくよ。あの青髪の…。ブーディカだよね?あの人が君の幽体でしょ?」
「は、はい。そうですけど」
す、凄い。自分の予想を堂々と言える人クラスの当てずっぽう馬鹿以外初めて見た。しかも当たってるだなんて。
「…ブーディカ。確か、ブリタニアの女王で、その名の意味は戦いの女神だったかな?」
「ほぉー。ブーディカにそんな逸話があったとはにゃ、こりゃ〜いつか先を越されるかもにゃ〜」
逸話?ブリタニアの女王?ブリタニアって何?国?地域?
「あ、あのぉ。逸話って?」
「ん?あぁ、それはにゃ〜」
「それは僕が説明しましょう」
巳巫さんが話を進めようとした時、川島さんが巳巫さんの口に手を当てて塞ぎ、話を終了させた。
巳巫さんは、不機嫌な様子で、川島さんの方を見ている。
「僕たち、霊体にはね、必ず定められた名前というのが存在するんだよ。その名前は、いわゆる僕たちにかけられた呪いなんだよ。
姿、形、容姿、性別。ありとあらゆるものが違くても、その名前がある以上。それは誰であろうとその名前の生きた功績からは逃れられないんだよ」
つまり、霊体自身には、その霊体を縛る鎖のようなもの…『名前』が存在する。
その名前にはそれぞれの共通点があり、その共通点の中で、どの霊体にも当てはまるのが、その名前が、昔に実在したと言われる人物なのだ。
その人物がなした功績などは、そのままそっくり霊体の能力か、素質として霊体に縛り付けられる。
例えば、かのソロモン王は、未来をよめる力。つまり、未来視を持っていたと言われている。
「でも、私みたいにゃ、何も功績がにゃい者には、その物の容姿や死因などが縛り付けられる…ってわけにゃ」
「容姿や死因…ですか」
容姿なんだったら猫が当てはまるのだろうけど、流石に死因までは聞いちゃいけないなぁ。
「因みに、巳巫の死因ってのは、野良猫のころに引き戸に尻尾を挟まれたあげく、その家主に気づかれないまま衰弱してポックリ」
「にゃ!ちょ、それは言わにゃい約束にゃぁぁ!!!」
「あはは、僕はそんな約束した覚えはないよぉ?」
川島さんが、さらっと言ってしまった。
巳巫さんは自分の爪をたたせながら川島さんの顔を引っ掻こうとしたが、サラリと避けられてしまった。
「ん〜?ねぇ、灯。巳巫どうしたの?あんなに顔を赤らめちゃって」
「あー。いや、何でもないよ。で?ブーディカさんは何を持ってるの?」
「えー?漬け物に手羽九本。後は賞味期限の近い牛乳と猫ちゃんにってお菓子一箱だよ。ここの人達は全員いい人達だね」
漬け物やお菓子は良しとしても、手羽先を九本もいただいてくるとは…。流石ブーディカさん。何から何まで半端ないわ。
「はぁ、じゃあそろそろ帰るから金くれにゃ」
「はっはっは〜。一昨日もそんなこと言われた気がしけどなんでかなぁ?」
夕暮れを過ぎたあたり、商店街のところどころの店もシャッターを閉め始めていた。
しかし、巳巫さんのあの手つきはなんなのだろう。表情も表情ですごい顔になっているし。あぁ、あれがゲス顔っていう風にいうのか。
「はぁ、しょうがないなぁ。1人千円だからね?無駄遣いはしないこと」
「おぉ!流石元オーニャー!話が早いにゃ!さぁ、灯!ブーディカも帰りながら食べるにゃ〜!」
「おわっ、ちょ、巳巫!お、落ち着いて」
千円を貰った巳巫さんは、よだれを垂らしながらブーディカさんの手を引き走って行ってしまった。
「…はっ!お、置いていかないでくださいよー!」
「あ、ちょっと待って。灯ちゃん」
私が、2人の後を追いかけようとした時に、川島さんが私のことを呼び止めた。
その手には、何かをギュッと握りしめていた。
「は、はい。何でしょうか」
「…君には、とてもいい空気が渦巻いてるけど、それでもいずれは悪い空気も流れ込んでくるだろうね。はい、困った時はこれを使いなさい」
そっと、手を差し出し、何かを渡された。感触的には紙なんだが、何だろうか。
そして、私はその紙に目を向けると。
[千円]
「ふふっ、君とブーディカにだけのサービスだよ。今細かいのがないから後で半分にしてね」
その時私は、とても失礼なことを思ってしまった…。
やたら孫に溺愛するお爺ちゃん?
「そ、そんな。ありがとうございます!」
「いいんだよ。じゃあ気をつけて帰りなねぇ〜」
そう言いながら、川島さんは後ろを振り向き、桜の木の側まで行くと、スーッと消えてしまった。
その帰り道で、マグロの串カツを食べていた巳巫さんとブーディカさんを発見し、店に帰りました。
第2話 初めてのお仕事 完
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