2018-08-02 06:26:38 更新

概要

球磨を中心とした短編です。
喫茶店で休日を過ごす球磨の前に現れた金剛。
彼女は何やら球磨に相談事があるようで……。


前書き

独自設定を基にしているためキャラ崩壊が有ります、ご注意ください。


― 01 ―


 目の前には小綺麗な木製テーブルに置かれたフルーツパフェが有る。飾り気の無いクロスを下敷きにしたパフェのグラスは、高さ二十センチはありそうな大きな物で、当然、その中に敷き詰められたホイップクリームやフルーツは相当な量だ。パフェの上部に目を向ければ、グラスの縁から溢れんばかりに盛られたアイスクリームにチョコクリーム、ウエハースやらカットフルーツが目に入る。女性一人用とは到底思えないボリュームの糖分の塊である。

 我が物顔でテーブルを占領するパフェの左隣には、小さなティーカップに注がれたホットココア――先程、糖分の塊がこのテーブルを蹂躙するまで飲んでいた物だ――その更に左、テーブルの端には手で振って鳴らす呼び鈴が一つ。パフェの右側には何も置かれていない。喫茶店としては至ってシンプルなテーブルである。

 左手の窓から差し込む日光は、一月中旬の肌寒さを和らげてくれる。とは言え、テーブルの有る場所は暖房の効いた室内であるため、照り付ける日差しの恩恵など、ほんの僅かにしか感じられないが。


「はぁ……」


 華美な装飾の無い落ち着いた雰囲気の喫茶店、といった佇まいのこの場所に相応しい簡素な木製の椅子に腰掛けた少女――球磨型軽巡洋艦一番艦の艦娘である球磨は小さく溜息を吐いた。それは目の前の特大パフェに対する感嘆ではなく自身の置かれた状況に対する呆れが大半を占めるもので、更には、この状況を作り出した人物に対する一種の当て付けの様なものも含まれている。

 腰掛けた椅子の背もたれに体重を預けて視線を天井に向けると、木製の天井に下げられた照明が淡い光を放っているのが見えた。

 朝方の気持ちの良い読書時間を踏みにじった糖分の塊を視界に入れるよりは、よっぽど思案に耽るのには丁度良いだろう――球磨は内心独り言ちると、視界の上部でゆらゆらと揺れる自身の髪の一房、アホ毛などと呼ばれるソレの先端を目で追いながら、自分自身の置かれた状況を整理する。


― 02 ―


 球磨は今日、非番だった。出撃も遠征も哨戒も、艦隊指揮官である提督を補佐する秘書の役目も無い、正しく暇な一日。多くの場合、自身が所属する鎮守府の提督足る人物に付き添い秘書として日々を過ごす球磨にしては珍しく、今日に限ってはお役御免、妹である球磨型軽巡洋艦二番艦の多摩にその役目を任せていた。

 良い傾向であると球磨は考える。提督の秘書を務めることは、即ち鎮守府全体を見渡し、内情を把握するにはうってつけであるからして、自分以外の艦娘もその役目を負うべきだと常々思っていたからだ。出撃や、その他諸々の事情で球磨自身が不在でなければ他者に任せることのなかった秘書の役目を、他ならぬ提督の口から『明日は多摩が秘書艦をやってくれるって言うから、引継ぎお願いね?』と言い渡された昨夜、球磨は密かに喜び、そして『提督自身の言い出した事ではないのに、喜ぶのはどうなのだ?』と何とも微妙な気分に苛まれた。更に、寮室で件の多摩に事情を聞くと『ここ最近、働き詰めのお姉ちゃんを気遣ってのことニャ。別に他意は無いけど、強いて言うならプリンが食べたいニャ』と宣った。球磨は見え見えの下心に苦笑しながら手近に有った駄菓子を多摩の口の中に捩じ込んだのだった。

 兎も角、提督の秘書を担当する艦娘は、今後増えていくだろうと球磨は考える。半月程前に起きた『事故』の後、提督の意識――正確には艦娘への接し方に変化が起き始めているからだ。一部の軽巡艦娘ばかりが提督と近しい位置にあった状態から、鎮守府に所属する多くの艦娘と親しみを持って接する関係に移り変わろうとしている。昨夜の一件が、その変化を加速させることを球磨自身も期待している節があった。それは、提督自身のためにも必要な変化であると考えていたからである。


 朝から暇を持て余した球磨は、早朝に寮室のベッドから抜け出すと、秘書艦でありながら一向に起きる気配の無い多摩を叩き起こし、軽く身支度を整えて適当な文庫本を手に取り部屋を出た。当ても無く艦娘寮の廊下を歩いては擦れ違う艦娘と朝の挨拶を交わし、腰を落ち着けて読書ができる場所がないかと思案を巡らせた。浅黄色のパジャマ姿で枕を抱えふらふらと廊下を歩く軽巡洋艦龍田に話を聞くと、鎮守府東棟の一般開放区画に有る喫茶店が読書に最適との情報を得た。顔を洗って目を覚ますように龍田を促し、今度は喫茶店の開店時間まで時間を潰す方法を考えながら、球磨は艦娘寮を出て鎮守府西棟に足を進めた。

 艦娘寮から続く渡り廊下を進み鎮守府西棟に入った球磨は、廊下の先に二人の人物を見付けた。それは、立ったまま眠る重巡洋艦加古と二人分の洗面器と着替えを小脇に抱えて加古を引き摺る重巡洋艦古鷹だった。夜間哨戒から帰還したばかりの二人は、汗を流すため鎮守府の大浴場に向かっていたらしい。球磨は寝坊助の輸送に手を貸し、大浴場の脱衣場に加古を蹴り入れた後、古鷹に暇潰しができる場所を尋ねてみた。古鷹曰く、どんな時間でも誰かしらが食堂に居て、話し相手になってくれる鎮守府中央棟の食堂が最適とのこと。

 有益な情報を得た球磨は古鷹にお礼を述べ、鎮守府中央棟に向かった。早朝特有の人気の無い廊下を進んで食堂まで足を運び、入り口から食堂内を覗き込むと、均一に並べられた多数の長机の一つで食事を摂る人物が球磨の目に入った。手入れの行き届いた艶やかな黒髪、その腰まで届く長髪を僅かに揺らしながら食事に勤しんでいたのは陽炎型駆逐艦磯風だった。今日、日中の哨戒任務を担当する艦娘の一人である彼女は、他の誰よりも早く制服に着替え、出撃の準備を行っていたのだ。

 磯風の真面目さに感嘆した球磨は、黙々と食事を続ける彼女に近付き声を掛けた。球磨は朝の挨拶から始まる取り留めの無い雑談を磯風と交わしながら早朝の時間を過ごし、彼女が食事を終えて食堂を去ってからは、窓の外の景色と寮室から持ち出した文庫本の目次を眺めて喫茶店の開店時間間際までを食堂で過ごした。


 食堂の壁掛け時計の針が九時手前を指していることに気が付いた球磨は席を立ち、朝の食事を終えた艦娘達の雑談で賑わう食堂を後にして鎮守府東棟に向かった。鎮守府中央棟から渡り廊下を進んで東棟に入り、艦娘向けの購買施設を素通りして少し進むと件の喫茶店の看板が見えてくる。喫茶店の看板――木製の立て板に黒板が載せてあり、チョークで店名と今日のおすすめメニューが書いてある――が表に出ているのなら、球磨が到着したのは開店時間丁度ということだった。黒地に白文字で『OPEN』と書かれた小さな板が吊るされた木製の扉を開け、店内に入って右手のカウンターで受け付けの給与艦伊良湖に挨拶を行い、ホットココアを一つ注文する。注文を受けた伊良湖が厨房にパタパタと走りこんだのを見届けると、店内を見回して適当な窓際の席を選び、椅子に腰掛けた。

 伊良湖がココアを届けてくれるまで、文庫本をテーブルに置いてぼんやりと店内を見回して時間を潰す。他に利用客の居ない静かな空間を観察するのに飽きた頃、ココアがテーブルに運ばれてきた。それからは、ココアをちびちびと飲みつつ、文庫本を読み始めた。

 文庫本のページを捲り、食堂で目を通した目次を読み飛ばして最初の章からゆっくりと読み進める。作品のジャンルは分からなかった。表示のタイトルはやけに長く説明的だったが、裏表紙のあらすじや目次の内容は支離滅裂といった印象で、どんな内容なのか予測もつかない。ただ、のんびりと休日を過ごすには丁度良さそうだと球磨は感じた。先日、この本を先程素通りした購買で手に取った時も同じ様に思ったから、購入に踏み切ったのだ。面白いかどうかは二の次だった。


― 03 ―


 そうして、球磨が喫茶店での読書を満喫していた最中、テーブルに置いたホットココアが残り半分を切った頃、背後から声を掛けられた。


「相席してもよろしいデスカー?」


 明るく弾んだ調子の、語尾にやや延びる様な癖の有る声に球磨が首だけ振り向くと、そこには後ろ手に手を組み此方を覗き見る姿勢で立つ女性が居た。溌溂とした気質が見て取れる大きな瞳、耳に届いた声に相違無い柔和な表情を浮かべ栗色の長髪を靡かせるその女性は、金剛型戦艦一番艦の金剛だった。彼女は普段通り、制服である装束と髪飾りを身に着け、焦げ茶色のブーツを履いた出撃待機時の格好をしていた。

 金剛は今日、出撃や演習の予定があっただろうか――球磨はふと、提督の秘書として仕事をこなす時と同様に思案を巡らせるが、相席を求める人物を立たせたままでは不味いと思い、金剛に返事を返す。


「構わないクマ」


 球磨の言葉に、金剛はニコリと微笑み、球磨の対面の席に腰掛け――尤も、球磨が選んだ席は二人掛けだったため、必然的にそうなったのだが――小さく息を吐いて姿勢を正した。同僚相手にそう改まる必要もないだろうと思った球磨がソレを口にするより早く、金剛が咳払いを一つ。彼女の行動に口を噤んだ球磨は、金剛が発するであろう次の言葉を待った。


「実は、球磨サンに折り入ってお願いがありマス」


「お願い?」


 何時になく神妙な面持ちで語る金剛に、球磨は思わずその内容を聞き返した。そこまで畏まるような『お願い』が、自分に叶えられるのだろうかという疑問が同時に頭に浮かぶ。内容次第ではあるものの、出来ることなら応えてあげられればとも思った。

 球磨が対面の金剛に視線を向け、話の続けるよう促すと、彼女は『ハイ』と一言呟いた後、ゆっくりと語り始めた。


「私にも提督の秘書艦をさせてもらえ――」


「駄目クマ」


「Aieeeee !?」


 言葉の途中で球磨は『お願い』を一蹴し、対する金剛は目を見開き珍妙な悲鳴を上げた。大声を出しては他の利用客に迷惑ではないだろうかと、球磨は周囲を見回すが、幸いにして開店時間を幾許も過ぎていない時間帯故か利用客の姿は片手で数えて事足りる程度であり、球磨達の座るテーブルに注目する視線も無かった。他の利用客に迷惑になるだろうと、金剛を注意しようと視線を戻した球磨だったが、いつの間にかテーブルに身を乗り出し憮然とした表情で此方を見据える彼女の姿に一瞬たじろいでしまう。


「どうしてデスカ!」


 声を荒げて金剛が訴える。再び発せられた大声に、球磨は文庫本を持っていない左手の人差し指を立てて自身の唇に押し当て『静かに!』のジェスチャーで金剛を諫めた。


「騒いじゃ駄目。他の人達の迷惑になるクマ」


「Mmm……!」


 球磨の注意に、尚も不満そうな表情で口を真一文字に閉じる金剛だったが、周囲の迷惑という文句が効いたのか、大人しく椅子に腰を下ろした。そして今度は、声を潜めた上で球磨に疑問を投げ掛ける。


「どうして私に秘書艦をさせてくれないんデスカ……!」


 当然の疑問だった。しかし、球磨からすれば、当然の回答でもあった。目の前の戦艦は現在、球磨の中で提督に近付けさせるべきではない注意人物に指定されていたからだ。

 だが、自身が球磨からどういう扱いを受けているのか知らない金剛は、頬を膨らませて怒りを露にしていた。長身の金剛からすると幾分か子供っぽい怒りの表現ではあるが、不思議と違和感が無いと球磨は感じた。寧ろ、駄々を捏ねる姿は子供そのものである。


「いいデス……そう簡単に認めてもらえないのは分かってましたから。

 Come On ! 伊良湖サ~ン、こっちデ~ス!」


 金剛はガックリと肩を落として恨めしそうに呟くと、直ぐに顔を上げ両手を振って伊良湖を呼んだ。程無くして、球磨達のテーブルにやって来た伊良湖が手に持つお盆にはパフェが――それも、球磨が目を疑うような大きさの物が乗っていた。唖然とする球磨を尻目に、伊良湖はパフェをお盆からテーブルに移すと『ごゆっくりどうぞ♪』の一言と共にテーブルから去っていった。

 状況を飲み込めない球磨が金剛を見やると、彼女は真剣な表情で此方を見つめ返し――


「コレで一つ、手を打っていただけませんか?」


 などと宣った。


 金銭や物品を以て便宜を図ってもらおうとする行為、世間一般にコレを買収と言う。語るに落ちるとは正にこの事。目の前の戦艦の阿呆極まる行いに、球磨は若干の眩暈すら感じてしまったのだった。


― 04 ―


 視線の先で揺れるアホ毛の観察と今日の出来事の回想を終えた球磨は、椅子に預けていた体を起こし居住まいを正す。未だテーブルに鎮座するカロリーの暴力を挟んだ対面の席には、恥知らずの帰国子女がドヤ顔で目を煌めかせていた。どうやら、球磨が物思いに耽っているのを、秘書艦任命の便宜を図るか否かの長考と見ていた様だ。全くそんなことは頭に無かった球磨は、三度目の否定の言葉を伝えるべく、困ったように眉根を寄せて口を開く。


「こんなの用意しても駄目なものは駄目クマ」


「What's !?」


 金剛の表情が驚愕の色に染まる。そこまで驚かれることに、寧ろ球磨の方が驚いてしまう。甘い食べ物に釣られると思われていたのだろうか、それほどまでに自分は幼く見えるのだろうか、と。

 自身に抱かれている印象を問い詰めるのは一先ず後回しにすることにし、球磨は金剛の頼みを断るもう一つの理由を口にする。


「第一、秘書艦の決定権は球磨には無いクマ。

 秘書艦になりたいなら、提督に直接頼めばいい話だクマ」


 球磨の言葉通り、秘書艦を決めるのは提督である。提督が鎮守府に着任した当初から部下として付き従ってきた球磨が秘書艦を務める場合が殆どだったが、だからといって球磨は秘書艦の任命についてどうこう出来る立場ではない。金剛が掛け合うべきは提督なのだ。

 しかし、当の金剛は両手を自身の頬に添えて肩を竦め恥じらう様な仕草を見せる。


「それはそうデスけど……提督に直接頼むだなんて、恥ずかし――」


「まぁ、提督が許可しても球磨が阻止するクマ」


 僅かな希望を切って捨てられた金剛は、テーブルに頭から突っ伏してしまった。金剛の額と木製テーブルがぶつかる鈍い音、卓上のチューカップとソーサーからは振動による小さな衝突音が響く。幸い、テーブルの上が散らかる事態にはならなかった。

 球磨は金剛に声を掛けることなく、テーブルのティーカップを手に取り、少し冷めてしまったココアに口を付ける。ココアは半分も残っていない。おかわりを頼もうと、一旦ティーカップをソーサーに置き、テーブルの小さな呼び鈴を鳴らした。

 それから球磨は、伊良湖が来るまでティーカップに残ったココアを見つめて過ごすことにした。


「何かご用でしょうか?」


 伊良湖の呼び掛けに、球磨がティーカップに落としていた視線を上げると、テーブルの横に伊良湖が柔らかな笑みを浮かべて立っていた。彼女の手には注文を書き残すためであろう、メモ帳とペンが握られている。栗色の頭をテーブルに打ち付けたままの金剛を見ても全く動じていないのは一連の騒ぎを見ていたからか、それとも伊良湖自身の神経が図太いのか。ともあれ、球磨は注文を伊良湖に伝える。


「ココアのおかわりと……金剛もこのパフェを食べるらしいから、スプーンとか、もう一人分お願いするクマ」


 伊良湖は注文内容をメモ帳に書き込んでいく。ペンを走らせる彼女の手が止まったのを見て、球磨は『それと』と前置きをしてから更に言葉を続ける。


「コレの代金は球磨が払うから、会計の時にココアの分とまとめておいてほしいクマ」


 テーブルの上で手付かずのまま放置されているパフェを指差すと、伊良湖は目を丸くして意外そうな表情を浮かべた。


「そうなんですね。先程、金剛さんが『球磨さんにご馳走する』って仰ってましたから……私、勘違いしちゃいましたか?」


「きっと金剛は寝惚けてただけクマ。気に病むことは無いクマ」


「はい。ありがとうございます。

 金剛さん、お疲れなんですね。さっきからずっと顔を伏せていますし」


「クマ」


 おそらく、伊良湖は天然なのだろう。金剛の意図を彼女に知られていないのは、球磨としては好都合である。人様をパフェで釣ろうと企てたなどと伊良湖にバレてしまわない内に、彼女を席から離れされる。


「伊良湖さん、注文は以上だクマ~」


「あっ、ごめんなさん。ココアのおかわりとスプーンですね、すぐにお持ちしますっ」


 急かしたみたいになってしまった――パタパタと小走りで厨房に向かう伊良湖の背中を見て、球磨は少しだけ申し訳ない気持ちになる。しかし、あのまま伊良湖と会話を続けては、彼女に金剛の醜態が露呈し兼ねない。球磨にとって苦渋の決断であった。

 別段、金剛の信用が地に落ちようが球磨は気にしない。素直な伊良湖には、同僚を買収する艦娘がいるなどという嫌な現実に触れてほしくなかっただけなのだが。


 ソーサーに置いていたティーカップを手に取り、球磨は残ったココアを一息に飲み干す。程好い甘さに喉を潤した後、ソーサーをテーブルの右端に移動させてティーカップをその上に置く。

 あとは伊良湖を待つだけである。球磨は膝の上に乗せていた文庫本に視線を落とす。先程の注文内容からして、伊良湖が来るのにそう時間は開かないはずだ。手持ち無沙汰になるのが分かってはいたが、文庫本はテーブルの上に置き窓の外の景色を眺めて時間を潰すことにした。僅かな隙間時間に本を開いたところで、内容が頭に入って来ないだろうと考えたからだ。


 窓から見える景色は海。鎮守府自体が海沿いに有るので、当然と言えば当然である。球磨にとっては見慣れた光景。しかし、喫茶店から眺めると少しだけ印象が変わって見えた。何故か落ち着くように感じるのは、潮風に当たっていないからか、はたまた出撃するために見据えていないからか。そんな、取り留めの無い事を考えながら、時間が経つのを待つ。

 未だに額でテーブルとキスを続ける駄目戦艦の方から、小さく『Jesus……』と怨嗟の声が聞こえてきたが、球磨は敢えて無視することにした。


― 05 ―


「そもそも、球磨サンは狡いんデスヨ……」


 球磨と金剛のテーブル、対面で座る二人の丁度真ん中に位置をずらしたパフェの中身をスプーンで以て切り崩す最中、金剛がそう呟いた。今しがた頬張ったアイスクリームを飲み込んだ球磨は、金剛の言葉に首を傾げる。一体球磨の何が『狡い』のか、発言の唐突さも相まって見当もつかない。


 球磨がココアとスプーンを注文してから、五分もしない内に伊良湖がその両方をテーブルに持って来た。伊良湖にお礼を述べ、金剛にパフェを一緒に食べようと声を掛けてスプーンを手渡した後は、これといった会話も無いまま、数分間お互いパフェに舌鼓を打っていたのだ。別段、球磨と金剛が不仲という訳ではなく、単純にパフェの美味しさに夢中になっていたからだった。

 沈黙を破った金剛。球磨は彼女に言葉の意味を問い掛けることにした。


「どういうことクマ?」


 球磨はパフェを食べる手を止めて、スプーンをティーカップのソーサーの上に置く。そして、ティーカップを手に取りホットココアに口を付ける。暫く甘いパフェを味わっていたためか、ココアの甘さは一杯目より薄らいだように感じた。ティーカップから口を離し、小さく息を吐く。対面の金剛に目を向けると、彼女は口を『へ』の字に曲げて此方を見ていた。


「秘書艦の事デス。球磨サンばっかり提督と一緒なんて、とっても狡いと思いマス」


「はい?」


 問い掛けの答えに、球磨は素っ頓狂な声を上げる。

 秘書艦として提督の傍で仕事をする事――その役目の多くを球磨が請け負う事が、狡い。普段の金剛の言動を振り返ってみれば、彼女の言葉が意味するところは、大まかにだが想像できる。しかし、である。


「秘書艦を、提督の恋人か何かと勘違いしてないクマ?」


 秘書艦の仕事は提督の業務を補佐する事。身の回りの世話を焼くような役目ではない。艦娘の中には生来の世話焼き故に、上官の私生活に介入する者もいるだろうが、球磨は違う。朝早く、寝起きの悪い上官を叩き起こすことは多々あれど、私生活にまで口を出したりはしない。

 球磨以外の秘書艦にしても、同様だ。多摩や龍田は提督に対して甘い部分があるものの、仕事の最中に私情を挟むことは無い。彼女達が仕事をしている姿を直接見た訳ではないので、球磨としては少々自信に欠けるが、無い筈である。


「Uh……してませんヨ」


 視線を球磨から外して、金剛が呟く。言葉に詰まった辺り、彼女の秘書艦業務に対する若干の誤解があったであろうことは想像に難くない。球磨を始め、この鎮守府で秘書艦を務める面子を見れば、そんな誤解は生じない筈。大方、他の鎮守府で耳にした情報から勘違いをしてしまったのだろう。

 球磨が向ける疑いの視線に対して、金剛は小さく咳払いをして此方に向き直った。そして、真剣な表情で口を開く。


「私も提督とお仕事がしたいんデス」


 嘘を吐く者の目ではないと、球磨は感じた。それと同時に、真実を語る者の目でもない、とも。なので球磨は、ちょっとした餌をチラつかせてみることにした。


「秘書艦になりたい理由を正直に話せば、認めなくもないクマ」


「私も Very cute な提督のお世話がしたいんデスヨ!

 おはようからおやすみまで、提督とにゃんにゃんしたいデース!」


 揺さぶりを掛けたつもりが、盛大に馬鹿が釣れた。椅子から勢いよく立ち上がり、高らかに願望を訴える金剛を冷めた目で見ながら、球磨はティーカップを傾けココアを味わう。口の中に温かな甘さが広がるものの、やはりココアはパフェを間食して暫く時間を置いてから飲むべきだと再確認する。

 テーブルのソーサーにティーカップを戻した球磨は、スプーンを手に取りパフェのグラスに差し入れ、何とはなしに中のクリームを突く。飲み食いは小休止、自ら墓穴を掘って固まった金剛を眺めながら、彼女を魅了して止まない『提督』の事を思い浮かべる。


― 06 ―


 提督――無論、人物名ではなく肩書である――は、一年程前に球磨と共にこの鎮守府に配属されて以来、指揮官を務めている人物だ。

 癖の無いショートボブの黒髪、細い眉と若干タレ目気味の大きな濃褐色の瞳、小さい鼻と唇。顔立ちは幼く、背格好も『駆逐艦娘の育っている方』程度であり、外見年齢は、14歳前後といったところだろう。最近は軍帽どころか軍服さえ身に着けず、薄桃色のジャージに黒のショートパンツと白いソックス、スリッパを着用した姿で執務をこなしている。

 おおよそ軍人らしからぬ人物像であるが、それもそのはず、球磨の上官である提督は『女の子』なのだ。


 何故、年端もいかない少女が鎮守府で艦娘を指揮しているのかというと、話は半月前に遡る。

 半月前、この鎮守府の工廠で、整備中の艦娘建造ドックに足を滑らせて落っこちてしまった阿呆がいたのだ。その阿呆がドックに入った途端、艦娘の『材料』が投入されたと判断したのか、ドックの扉が閉まり、艦娘の建造が開始されてしまった。阿呆の肉体はドック内部で切り刻まれ、整備用に投入されていた艦娘の『材料』と混ざり合い、艦娘として再構築された。艦娘建造の最終段階、人格形成のための睡眠学習に移る直前、たまたま工廠に居た軽巡洋艦夕張がドックの異常に気付いて建造を中止――と言うより中断させた。建造を中止するとドックの『中身』は廃棄用に分解されるので、もし中に誰か居たら不味いと思って手近に有ったドラム缶でドックのコンソールを殴り付けて機能停止させたらしい。英断である。もし、建造を中止していた場合、阿呆はその肉体ごと文字通り消えて無くなるところだったのだから。

 建造ドックを機能停止させた夕張は、ドックの扉を抉じ開けるため、戦艦長門を館内放送で呼び出した。工廠に駆け付けた長門がドックの扉を素手で外し、内部の様子を確認すると、そこには誰とも分からない艦娘が両手を機械のアームで吊られた磔に似た状態で眠っていた。夕張と長門は識別不明の艦娘を固定するアームを外し、一糸纏わぬ姿の少女を工廠の備品類から取り出した毛布で包み医務室に運び込んだ。

 医務室のベッドに寝かせた少女が目を覚ますまでの間に、夕張が彼女の体を調べたところ、少女の肉体からは人間と艦娘の両方の反応が検出された。更に驚くべきことに、眠りから覚めた少女は多少記憶が混濁していたものの、自身に質問を投げ掛ける夕張と長門の事を『覚えていた』のだ。

 その後、夕張の質問攻めの末に分かったのは、少女が半分人間、もう半分は艦娘であること。建造ドックに落ちる前の、人間であった時の記憶と意識を完全に持ち合わせていること。少女はこの鎮守府の提督であり、元は男性であったが『建造』を経て女性になってしまったことだった。

 こうして、恐るべき阿呆さ加減で実質的に一度死んだ呆れ返る程の阿呆――球磨の上官である提督は、半分人間、半分艦娘の『少女』として新たな人生を歩むことになったのであった。


 それから暫くは、球磨にとっても慌ただしい日々が続いた。普段の鎮守府運営に加え、提督の身の回りを世話することになったからだ。多摩、龍田など数名の軽巡洋艦と交代で秘書艦の業務をこなす傍ら、提督に女性としての生活を教え込む。半分は艦娘であるため、女性を悩ませるアレやコレは無いものの、提督は元男性である。艦娘が『建造』の際に受ける睡眠学習を経ていないため、生活の基礎的な知識も欠けており、秘書艦は皆一様に苦労した。例外として、龍田は『妹が出来たみたい♪』と幾許か楽しんでいた様子だったが。


 提督の私生活以外の部分でも、問題はあった。彼の処遇である。原因が『事故』だったとはいえ、鎮守府の鎮守府の施設である建造ドックの損壊、そして一時的な指揮系統の混乱を招いたのだ。当然、罰せられる――筈だったのだが、海軍上層部へ状況を報告してもまともに取り合ってもらえなかった。尤も『建造ドックに落ちて女になりました、その時に建造ドックを壊しました』など、信じろという方に無理があるのだが。

 結局、建造ドックの損壊状況の確認という名目で軽巡洋艦大淀が派遣され、報告の真偽を精査した上で提督の処罰が下されることとなった。


 海軍上層部への連絡から数日後、鎮守府の船着き場で提督と球磨は大淀を出迎え、提督を探して辺りを見回す大淀にジャージ姿の提督を差し出した。大淀は目を丸くして此方に説明を求め、事の顛末を伝え終わると彼女は小声で『このままでは人体実験の対象になるのは確実ですね』と呟いた。

 諸々の責任を取る覚悟を決めていた提督に対し、無情にも突き付けられた『人体実験』という未来。絶望の淵に立たされた提督を救ったのは、大淀と共に鎮守府に視察に訪れていた元帥の称号を持つ人物だった。

 後ろに撫で付けた白髪混じりの黒髪と、厳つい顔に生やした無精髭から獅子を思わせる風貌の中年の男、元帥号荒神厳斗(あらがみげんと)大将は、その大柄な体格に違わぬ豪快な笑い声を上げ、不安そうな表情を見せる提督の肩を叩いて励ました。元帥曰く――


『提督ちゃんは、人間と艦娘の可能性を模索している一部の海軍関係者からすれば、格好の実験動物だね。図らずも、君は不完全とは言え、誰もが望んで止まない若返りってヤツを成功させちゃった訳だ。

 アッハッハッハッハッ! 大丈夫、大丈夫! 君は僕の大切な部下の一人だからね。君にはまだまだ、提督として活躍してほしいし、今まで頑張ってきた提督ちゃんを見捨てたりしないよ。いやいや、ホント、アッハッハッハッハッ!』


 海軍内でも発言力の有る人物からの言葉に、提督は安堵の表情を浮かべた。提督の様子を見て元帥は大きく頷き、背広のポケットからスマートフォンを取り出すと『ちょっと話をつけるから、先に執務室に行ってて』と言って、球磨達三人に背を向けて何処かに電話を掛け始めた。

 元帥の言葉に従い、提督、球磨、大淀の三人で執務室に移動して十分程が経った頃だろうか、元帥はにこやかな笑みを浮かべて執務室に入室すると、提督が仕事を続けられる――つまり実験動物にされる未来を回避したことと、そのためのに提督へ課せられた条件を告げた。その条件は『建造ドックを凍結し、設備を含め干渉を禁止すること』『海軍から指定される兵装で戦闘訓練を行い、その際に得られた情報を全て海軍へ提出すること』『荒神元帥をパパと呼ぶこと』である。最後に放った戯言については、条件を告げた直後に大淀が元帥の胸倉を掴んで抗議の視線で睨み付け、対する元帥は笑みを崩すことなく『冗談だって、冗談。ちょっと小粋な元帥ジョークってヤツさ。アッハッハッハッハッ!』と、軽い調子で取り消していたが。

 大淀と荒神元帥が鎮守府を訪れた翌日、海軍上層部から正式な通達があり、提督の艦隊指揮官としての生活が保障された。普段の業務に戦闘訓練――艦娘の真似事が加わったものの、建造ドックの損壊と指揮系統の混乱が帳消しにされたのは、提督にとって行幸だったに違いない。仕事をクビになっては、それはそれで困った事になるのは分かり切っていたからだ。提督の手持ちの身分証とは顔も性別の違うのだ、路頭に迷うことになるのは言うまでもない。


 艦隊指揮官としての立場に落ち着いた提督だったが、彼を取り巻く問題はもう一つ有った。先程、餌に釣られて自らの願望を曝け出した、金剛を始めとする提督に好意を持つ艦娘の存在である。

 元々、提督が男性の時も、彼に好意を寄せる艦娘は一定数居たらしい。彼女達の好意は、提督が艦隊指揮以外で艦娘との接触が乏しかったため、今まで表面化することがなかったのだが、提督の性別が女性に変わってから――彼が多くの艦娘に助言や助力を求めるようになったことで露呈したのだった。見た目相応の身体能力と、低くなってしまった身長から来る『重い物が持てない』『高い位置の物が取れない』といった大小様々な問題で艦娘を頼り、解決の暁には屈託の無い笑みでお礼を述べる彼の姿に心奪われる艦娘が続出。提督本人に直接それを伝えはしないが、彼への好意を公言する者や、新たに好意を抱く者が現れている。

 提督に好意を抱く――それ自体を、球磨は問題視していない。公私混同さえしなければ、という条件付きではあるが。この場合、問題なのは邪な感情を根底にした好意、先程金剛が口にした『にゃんにゃんしたい』など、同性愛染みたモノの事だ。

 今の提督は半分とは言え艦娘である。艤装さえ装着すれば、その身体能力は男性だった頃とは比べ物にならない程に上昇する。しかし、彼はまだ艤装の装着に慣れておらず、咄嗟に高い身体能力を発揮できない。更に、集中を掻き乱されてしまえば、艤装の装着は儘ならなくなってしまう。つまり、不埒な輩に押し倒されてしまえば、提督は碌な抵抗すらできずに手籠めにされてしまう危険性が非常に高いのだ。

 球磨が金剛の頼みを断る最大の理由がコレである。戦艦クラスの艦娘に押し倒されては、提督はひとたまりもないだろう。寧ろ、駆逐艦クラスが相手でも抵抗できるか怪しいところである。提督の貞操を奪い兼ねない危険な艦娘を秘書艦として彼の傍に置く訳にはいかないのだ。


 提督と球磨が初めて出会ってから一年余り。球磨は相も変わらず自分に苦労を掛け続ける阿呆の、性別が変わろうとも抱く印象は寸分違わぬ、フワフワとした柔和な笑顔を思い浮かべて、小さく息を吐いた。あの阿呆面を欲望の魔の手から守るために球磨が身を粉にするのは、決して惚れた弱味などではなく、付き合いの長さから来る愛着の様な感情が原因だと再確認する。

 世話の焼ける上司が居たものだ――ひとまず、球磨は提督を思考から追い出し、金剛の危険性を見極めるべく、彼女に話を聞くことにした。


― 07 ―


「座るクマ」


 球磨はパフェのグラスから視線を上げ、固まったままの金剛に着席を促す。金剛はというと、自らの失言をどう取り繕うか必死に思案を巡らせているのか、視線をさ迷わせていた。見れば、額に若干の冷や汗を浮かべている。


「……ハイ」


 僅かな逡巡の後、金剛は短く答えて自分の席に座った。球磨は彼女にどう話を切り出そうかと暫し考えたが、回りくどいのは面倒に思えたので率直に尋ねることにした。小さく咳払いをして、此方と目を合わせようとしない金剛を見据えて口を開く。


「さっきの『にゃんにゃんしたい』って……つまりどういうことクマ?」


「Ouch !」


 質問内容が直球過ぎたのか、金剛はやや仰け反り気味で大袈裟な悲鳴を上げた。彼女の肩が細かく震えているのは、これから自身が糾弾されるかもしれないという恐怖心からだろうか。


「そ、それは……その……言葉の綾と言いマスカ……決して疚しい意味ではなくてデスネ……」


 両手を膝の上に置き畏まった姿勢を取った金剛は、如何にもしどろもどろといった体で答える。彼女の栗色の頭は俯き加減で、その視線はテーブルの上を何処に留まるとも知れずさ迷い続けていた。

 本当に疚しい意味でないのであれば、胸を張って主張すれば良いと球磨は思う。しかし、当の金剛はすっかり縮こまっており、何時もの調子で言葉を紡ごうとしない。話が進まないため、球磨は再び餌をチラつかせてみることにした。


「さっきも言った通り、正直に話せば秘書艦の事を認めなくはないクマ。

 金剛が変な意味で提督の傍に居たい訳じゃないなら、全然問題無しだクマ」


 ピクリと、金剛の肩が揺れる。


「……本当デスカ?」


「クマ」


 おずおずと尋ねる金剛に、球磨は短く首肯した。

 球磨の答えを聞いた金剛は顔を上げ、此方から視線を外し言葉を選ぶ様に少しずつ語り始める。


「ええと……その……にゃんにゃんは、ハグとかナデナデのことデス。

 提督……以前より背が低くて Cute デスし、そういったこと、したいし、されたいんデス」


「他にしたいこと、有るクマ?」


「ほ、ほっぺに Kiss したいデス」


「ふむふむ……」


 球磨が思っていたよりずっと、金剛の願望は健全なモノだった。秘書艦のする事ではない、というのをひとまず置いておけば、ではあるが。

 球磨は顎に手を当てて思案する。抱き締める、頭を撫でる、頬にキスをする――どれも同性同士のスキンシップとしては、良識の範囲内であると言えるかも知れない。金剛の持つ『帰国子女』という部分を考えると、キスも過剰なスキンシップではなくなる。挨拶で相手の頬にキスを行うらしいと、以前耳にしたことがあった。何より、金剛が望むスキンシップは、龍田が今の提督相手に全て実行していた。それならば問題ないだろうと球磨は内心独り言ち、小さく頷いた。


「それくらいは龍田もしてたクマ」


「Aie !?」


「だから大丈夫――って、どうしてそんなに狼狽えてるクマ?」


 球磨の言葉を聞いた金剛は、何故か狼狽し始めた。事実を伝えて彼女を安心させようとしたはずが、却って混乱を招いてしまったらしい。


「な、なんでもアリマセン。No problem デス」


「そうクマ?」


 慌てた様子で取り繕う金剛を、球磨は怪訝な表情で見詰める。金剛の反応はだれがどう見ても問題無い様には見えなかった。更に金剛は視線の先で、球磨には聞き取れない声量で何やら呟き始める。


「Hmmm. 思わぬ Formidable Enemy ネ……。

 やっぱり秘書艦'sが一番の Problem ? この様子だと多摩サンも、もしかすると……」


「多摩がどうかしたクマ?」


「Aie !? ななな、なんでもないデスヨー!?」


 どうにも、先程から金剛が挙動不審である。しかし、それを追求しようにも、彼女の様子から答えをはぐらかされてしまうのは目に見えていた。かといって無理矢理白状させるのは、店内の他の利用客の迷惑になる。金剛の態度は釈然としないが、球磨は質問を続ける。


「金剛」


「Oops ……なんでしょう?」


「とりあえず『にゃんにゃん』とか言うのは不問にするクマ。

 次は秘書艦としてどんな仕事をするのか、一日のスケジュールの確認クマ」


 金剛が目を丸くする。本来、スケジュールの確認は秘書艦の業務を引き継ぐ際に行うモノである。金剛の表情から察するに、自身が秘書艦として認められたではと思っているのだろう。しかし、その予想は外れている。


「金剛は秘書艦に就くのは初めてのはずだクマ。

 大まかな日程を伝えるから、どう過ごすのか考えてみるクマ。まずはちゃんと仕事ができるかを確かめておきたいんだクマ」


 一日の流れを説明しながら、金剛がどう動くのかを聞き出す。少しでもボロが出る――提督に対する不埒な言動が露呈すれば、その時点で秘書艦の話はお終い。軽いお説教で頭を冷やしてもらう、というのが球磨の算段である。

 提督の状態を鎮守府全体に報せてから十日も経っていないが、既に過激な言動から反省を促された艦娘は数名いた。彼女達の何をそこまで駆り立てるのか球磨には理解できなかったが、表面上は清廉潔白を取り繕おうとも、提督を餌にすると簡単にボロを出してしまうのだ。果たして、金剛はどうなのか。


 球磨はテーブルのティーカップを手に取り、すっかり冷めてしまったココアを一思いに飲み干す。甘さに慣れた舌を休ませていたためか、パフェに手を付ける前と同じ、思考を重ねるのに丁度良い甘みが口内に広がる。煽ったティーカップをテーブルに戻し、小さく息を吐く。糖分の補給は完了したものの、ここから長丁場にならないとも限らない。だが、考え事のお供にパフェは甘過ぎると考えた球磨は、テーブルの呼び鈴に手を伸ばす。

 呼び鈴を掴んだ右手を頭上に掲げ、椅子に腰掛けたまま体だけカウンターの方に振り向いた球磨は、呼び鈴を鳴らした後に少し遠くに届く程度の声量で伊良湖に呼び掛けた。


「伊良湖さ~ん、ココアのおかわりをお願いするクマ~」


 来るべき長考に備え、球磨は本日三杯目のホットココアを声高らかに注文するのだった。


― 08 ―


「まずは、そう……朝の時間だクマ。

 提督の部屋に行って、寝てる提督を起こすクマ」


 球磨は煙草を燻らせる様に右手で持ち上げたティーカップを揺らめかせた。注ぎたてのココアから立ち上る湯気を歪め、鼻腔を擽る甘い香りに目を細めながら、金剛へ一日の始まりに相当するスケジュールを伝える。

 秘書艦の一日は、寝坊助の提督を叩き起こすことから始まりを迎える。上官の起床の世話を焼く必要があるのかというのは甚だ疑問だが、肝心の提督が朝に弱いため、彼を起こさなければそもそも仕事が始められないのだ。朝方の世話については、業務上仕方が無いと言える。


「提督を起こすんデスネー。

 All right !! お安い御用、脳内 Simulate はバッチリデース!」


 球磨の言葉を聞いた金剛は数回頷き、意気揚々と『脳内シミュレート』とやらを語り始めた。


「朝……カーテンの隙間から射し込む Sunlight の眩しさに目を覚ました私は、見覚えの無い天井に Be confusing ……思わず周囲を見回すんデス。

 すると私の隣には提督の Cute な寝顔ッ! How come !? ますます頭がこんがらがる私は、落ち着きを取り戻すべく深呼吸を繰り返しマス!」


 球磨の視線の先で、一人芝居に似た何かが始まった。

 コレはスケジュール確認とは違うだろう――そう球磨は思ったが、身振り手振りを交えながら語る金剛の勢いに気圧されて、制止の言葉が出てこない。


「そして私は一つの Answer に辿り着くんデス……今日は私が秘書艦であることに。

 Aha. それなら提督と一緒のベッドで眠っていたのも頷けマス」


 全く頷けない。

 秘書艦は提督の恋人などではないと説明したのに、何故前日から同じ寝具で寝ているのか。やはり球磨が感じた通り、金剛は秘書艦に対して誤解している所があるようだ。


「私は早速身嗜みを整えてから、提督の肩を揺すって起こそうとするんデスガ……提督は『あと五分』なんて言いながら布団に潜ってしまうんデス! 困り果てた私はそれでもめげずに――」


 妙に熱の籠った語り口の金剛を見詰め、球磨は溜息を吐いた。

 金剛の妄想は色々とおかしい。まず、秘書艦は提督のベッドで添い寝などしない。執務机に噛り付く提督を寝室に蹴り入れることはあれど、彼が寝付くまで傍に居た事など球磨は一度たりとも無い。更に、カーテンから射し込む『サンライト』とは何だ。日の出の遅い今の時期に、そんな時間まで寝ているつもりなのか。ましてや、寝起きの悪い提督が肩を揺すった程度で戯言を抜かすまで覚醒する訳がないのだ。提督を起こすのなら、もっと真剣に起こすべきなのである。

 言うべき事は多々あるが、まずは金剛の話を中断させるのが先だ――球磨は、未だ『脳内シミュレート』を語り続ける金剛を止めるべく手にしたティーカップをテーブルのソーサーに戻し、彼女に声を掛ける。


「金剛」


「そして寝惚け眼を擦る提督に、私は目覚めの Kiss をするんデ――ハイ、何でしょう?」


 球磨の呼び掛けに、金剛はキョトンとした表情で首を傾げた。

 話を切り出せる状況になった。球磨は早速、金剛の妄想を否定すべく口を開き――固まってしまう。目の前の戦艦は先程何と口走っていただろうか。球磨の聞き間違いでなければ『キス』という言葉が含まれていた様に思われる。


 キス――接吻、口付け。それは恋人同士が行う行為だと、球磨は自身の知識から、そう認識している。妄想とは言え、特に親しい間柄ではない金剛がソレに及ぼうとするのは如何なものだろうかと球磨は考える。寝惚けて正常な判断ができない少女(提督)に恋人でもない人物がキスを迫る――同性同士と言えども、許される行為ではない筈だ。


「……」


 提督に害為す存在を排除すべく席を立とうとした球磨だったが、ふと金剛の言葉が頭を過る。彼女は『頬にキスをしたい』と言っていた。ならば、先程の『目覚めのキス』も頬へのモノではないだろうか。そう考えれば、件のキスも健全なスキンシップと言えるのかも知れない。

 球磨はテーブルに掛けた両手を自身の膝に戻した。


「どうかしましたか?」


「……なんでもないクマ」


 不思議そうに此方を見詰める金剛の質問に、球磨は少し遅れて返事を返す。その僅かな沈黙には、金剛にあらぬ疑いを掛けてしまうところだったという、若干の申し訳無さ含まれていた。何にでも疑いの目を向けるべきではない。球磨は自分の軽率さを恥じた。頭を軽く振って気持ちを切り替え、改めて金剛に話し掛ける。


「金剛。金剛のシミュレートは変な所がいっぱいあるクマ」


「Hmm ……本当デスカ?」


 神妙な面持ちで答える金剛に、球磨は小さく頷き言葉を続ける。


「まず、秘書艦は提督に添い寝なんてしないクマ」


「Ha ? 添い寝、しないんデスカ?

 聞いてたのとちょっと違いマス…… That's too bat ……」


 金剛は肩を落として残念そうに呟いた。

 誰の入れ知恵か球磨には見当が付かないが、秘書艦に不純な印象を与え兼ねない話を吹聴するとは、迷惑な輩も居たものである。


「次。提督を起こす時間はもっと早いクマ。いつもより三十分は早く起きて提督の部屋に向かうクマ。

 それから、提督は生半可な事じゃ目を覚まさないから、布団を剥いで耳元で怒鳴り付けるくらいしないと駄目クマ」


「Oh my goodness.

 早起きは覚悟していましたが……大変なんデスネ」


 目を丸くする金剛。その反応からすると、提督の寝起きの悪さを意外に思ったのだろう。

 大多数の艦娘は提督が寝ている姿を見ることが無い。更に提督は朝食を艦娘達と共に食堂で摂ることが多いため、彼が朝に弱いなど殆どの者が知る由もないのだ。金剛の反応も当然と言えば当然である。


「慣れるとそうでもないクマ。

 面倒なら布団を剥いだ後、寒くて起きるのを待つのも手だクマ」


 今の時期、早朝の低い室温に着の身着のまま晒されれば如何に寝坊助であろうと、ものの数分で根を上げる。提督が男性だった頃は言わずもがな、現在の姿でも効果覿面、すぐに体を縮こまらせて『寒い寒い』と戯言を繰り返すのだ。

 声を張り上げる必要も無いため、最近の球磨は布団を剥いで放置する方法で提督を起こしていた。無駄な労力は省くべきであり、寝坊助は優しく起こされるべきではない。


「わかりました」


 金剛の返事に球磨は頷き、テーブルのティーカップを手に取り唇に運ぶ。そして、まだ口を付けていないホットココアに小さく息を吹き掛けた後、視線だけを金剛に向けた。


「それと……『目覚めのキス』は頬か額にしておくクマ。

 提督の唇を奪おうものなら、例え未遂であっても説教程度で済むとは思わないことだクマ」


「Aie !?」


 念のため、金剛に釘を指す。

 カタカタと体を小刻みに震わせる金剛を尻目に、球磨はティーカップを傾けホットココアで口を湿らせる。金剛の怯えた様子を見るに、多くを語らずとも球磨の言葉の意味は伝わったようだ。余計な説明の手間が省けて何よりである。球磨は再びティーカップを傾けた。


 朝の時間、提督の起床に関してはこんなところか――次のスケジュールは、提督と執務室に向かい、一日の日程を確認を行った後、朝食と午前の業務である。

 日によってそれぞれの時間配分が変わってくるが、大まかな日程は同じ。簡単な口頭での説明と、不明点の質疑応答で事足りるだろうと球磨は考える。細かい内容は、実際に秘書艦として引継ぎを行う時に改めて説明すれば良い。

 球磨は唇から離したティーカップをテーブルのソーサーに戻した。


「金剛、次のスケジュールを確認するクマ」


「りょ、了解デース……」


 若干吃りながらの返事ではあったが、金剛は姿勢を正して話を聞く態度を取る。提督に対して不純な思考が見え隠れする所を除けば、金剛の気質は真面目そのものなのだ。


「提督を起こした後、着替えとかの身支度が終わったら、一緒に執務室に向かうクマ」


「着替えを手伝ったり――」


「しないクマ」


 期待感の籠った金剛の言葉を即座に切って捨てる。

 提督が女性用下着(主にブラジャー)の着脱に苦戦していた頃は、球磨も着替えを手伝うことがあったが、現在では提督も慣れてきたのか一人で着替えられるようになった。周囲の助言から、着替えが容易な下着に変えたというのも理由の一つだろう。なので、基本的に提督の着替えを手伝う必要は無い。


「Boo……」


 金剛が少し不満そうに唇を尖らせるが、球磨はその様子を然して気に留めず説明を続ける。


「執務室に着いたら、その日のスケジュールを確認。夜間哨戒の報告と昼間の哨戒任務の引継ぎも、この時間にやるクマ」


 一日のスケジュール確認と言っても、内容はそう多くはない。昼夜の哨戒を重視するこの鎮守府では、近海で遭遇する深海棲艦を見付け次第排除しているため相対的に防衛出撃の頻度が下がり、結果として海軍上層部から出撃任務が命じられることが少ないのだ。また、球磨と提督が鎮守府に配属された時点で艦娘の『建造』が禁止されており、配属手続きや戦線投入までに時間を要する新造艦への対応なども無い。朝に確認する事と言えば、雑務についてが殆どである。


 確認事項として重要なのは昼夜の哨戒に関して。前日の夜に出撃した艦隊から近海の状況と戦果の報告を受け、日中の哨戒を行う艦隊が偵察する箇所をその場に居合わせる全員で話し合って決める。必要に応じて哨戒に当たる艦娘を増員、場合によっては待機中の艦娘を招集し、哨戒任務を潜伏している深海棲艦の掃討へと切り替えるなど、後手に回りがちな防衛出撃の発生を未然に防ぐための会議が行われるのだ。

 執務室の応接用テーブルに鎮守府近海の海図を広げ、提督が振る舞うお茶菓子に舌鼓を打ちつつ雑談を交えながらの会議は、お茶菓子目当ての侵入者が話し合いに混ざっていることもある。やや真剣さに欠ける部分もあるが、鎮守府にとって大事な時間なのである。


「前の日から続いてる仕事と、通信室から送られてきた書類が有れば、その確認。

 哨戒任務の引き継ぎなんかは提督が進めるから、出撃前の会議と同じ要領で参加すれば良いクマ」


「会議の時と同じ、デスネ」


「まぁ畏まって考える必要は無いクマ。お茶菓子も有るクマ。

 引き継ぎが終わったら、哨戒に向かう艦隊を波止場まで見送りに行って、そしたら食堂で朝ご飯――を?」


 説明を続ける球磨の言葉尻に疑問符が加わった。球磨の目の前で、金剛が無言で右手を挙手したのだ。彼女に話す内容は、早朝の執務室で行う仕事から朝食の時間へ移る所だった。先程の説明に、金剛は何か疑問でも浮かんだのだろうか。


「……えっと、なにクマ?」


 背筋を伸ばした綺麗な姿勢のままに無言で挙手を続ける金剛に、球磨は疑問の言葉を投げ掛ける。


「食堂で提督が食べる Breakfast なんデスガ。

 私が作ってもよろしいでしょうカ?」


「朝食を? 金剛が?」


「ハイ」


 金剛が首肯する。挙手した右手を下ろし、球磨を見返す彼女の目は言外に提案の可否を訴えていた。


 提督の食事を艦娘の誰かが作ってはならない、といった決まりは無い。艦娘自身の食事も然り、料理を好む艦娘は食堂で厨房を借りる事もある。なので、金剛が提督の食事を作ることに何ら問題は無い。問題が有るとすれば、金剛がどんな料理を作るのか、である。

 金剛が持ち合わせる『英国生まれの帰国子女』という特徴を考えれば、作る料理は当然イギリス料理の筈だ。球磨は以前、具が溶けて無くなるまで煮込まれ続けた金剛手製のカレーが提督に振る舞われたのを目撃している。イギリス料理は美味しいモノではないという印象を持つ球磨としては、金剛の料理に多少の不安を覚えてしまう。

 提督は健啖で、出された料理は残さず――それこそ、金剛の妹である戦艦比叡が作る、隠し味で色々と台無しになってしまった料理であろうと――喜んで食べてしまうのだが、果たしてイギリス料理に耐え切れるのだろうか。


「作るのは全然問題無いクマ。

 参考までに、何を作りたいクマ?」


「Sandwich を作りたいデス。時間もそんなに掛かりませんカラ」


 サンドイッチ。パンに具材を挟んだり乗せたりする料理。具材の選択さえ間違えなければ、酷い味になることは無いだろう。


「提督の嫌いな食べ物は何でしょうカ?」


 球磨の知る限り、提督に嫌いな食べ物は無い。酒類全般を苦手としているが、料理がサンドイッチであることを考えれば、関係の無い情報だ。


「嫌いな食べ物は無かったと思うクマ。

 大抵の物は食べるから、気にすることは無いクマ」


「そうなんデスネ…… I'm relieved」


 金剛は安堵した様子で息を吐いた。そして彼女は直ぐ様、喜色満面の顔でテーブルに身を乗り出す。期待に溢れるその瞳から察するに、次の願望を口にするのだろう。食事を作る、となると次に来る要求は球磨にも容易に想像できる。


「球磨サン! 私、提督に Sandwich 食べさせてあげたいデース!」


 球磨の予想通り、金剛は提督の食事の世話を申し出た。

 食べさせたい――平たく言えば餌付けしたいということだろう。そういった行為は恋人か幼児に対して行うのが妥当である。しかし、今の提督は肉体は少女であるものの、精神は成人済みの男性なのだ。食堂で餌付けされるとなると、多くの艦娘にその光景を見られることになるため、恥ずかしがって金剛の申し出を断る可能性も有る。

 現に、半月前の『事故』の直後、体躯の縮小に伴い自身の思うように体を動かせなかった頃は、龍田が食事の世話を申し出ても、提督が恥ずかしさからそれを拒否する光景が何度か見られた。結局、押しに負けて、龍田の良いように甘やかされていたのだが。


 兎も角、肉体の制御に慣れた今、提督が餌付けを受け入れるだろうか。自分で食べられるから――そう言って、やんわりと断るかも知れない。

 餌付けを断られた金剛はどうするか。おそらく、より強く懇願するだろう。そうなれば、提督は押し負ける。確実に。艦娘に甘いのだ、あの男は。


「他の人の迷惑にならないよう気を付ければ、多分大丈夫だと思うクマ」


「Yes !」


 金剛は右手で握り拳を作り、喜びの声を上げた。

 椅子に座り直した金剛は両手を自身の頬に当て、餌付けの妄想でもしているのか体をくねらせながら蕩けた表情でにやけている。提督の朝の世話といい、彼女には軽い妄想癖でもあるのだろうか。


 球磨はテーブルのティーカップに手を伸ばしながら考える。提督の着替えの手伝いや餌付けなど、金剛の妄想の数歩先を龍田が進んでいることは口にしないでおこう、と。


― 09 ―


「――あとは、翌日の秘書艦に引き継ぎをするクマ。

 提督の仕事に区切りが付いたら執務室を閉めて、秘書艦の仕事は終わりクマ」


 午前から始まる昼夜の業務を説明し終えた球磨はティーカップを傾け、すっかり温くなったココアを飲み干す。説明の途中、金剛から昼食夕食夜食にティータイムと、提督の世話に関して質問が有ったものの、球磨が思っていたよりも早く説明が終わった。演習や遠征、雑務への理解の早さを含めて、金剛の真面目さに助けられたと言える。


 球磨はティーカップをテーブルのソーサーに戻して小さく息を吐く。

 仕事の説明中の金剛を見るに、彼女は提督にとって危険人物にはなり得ないと球磨は感じた。少なくとも、戦艦長門の様な危うさは金剛には見受けられない。対象が同性とはいえ、彼女の提督への好意は不純なモノではないだろう。秘書艦に据えても、そう簡単に問題は起きない筈である。


「仕事が終わってからは、提督も秘書艦も自由行動。この辺りは皆と一緒クマ。

 夜、何時まで仕事が続くかは日によって違うから、休憩は適当に取ると良いクマ」


「ハイ、わかりました。

 By the way ……く、球磨サン? お仕事が終わったら、なんデスガ……」


 球磨の説明に数度頷いた金剛は、少し間を置いてから何処か上擦った声音で話を切り出した。


「提督と、その……お、おおおお風呂にッ! 一緒に、は、入っても、よろしいのでしょうカッ!?」


 何故、風呂程度でそこまで絞り出す様な調子で質問するのか――球磨は金剛の様子に首を傾げる。金剛の質問の意図を汲み取ると、仕事終わりに提督の背中を流したいと、そういうことなのだろうが、どこまでも世話焼きな人である。

 提督は艦娘と同様に鎮守府西棟の大浴場で入浴を済ませるが、利用者の多い時間帯を避け『提督使用中』の立看板を脱衣所の入口に置いてから利用する。これは彼が男性の時からの習慣で、艦娘と鉢合わせしない様に配慮してのことだった。大浴場が男女別に分けられていれば、そんな配慮は不要だったのだが、利用者の男女比とコスト削減を考慮して設計されたため男湯が存在しないのだ。

 止むを得ない事情が無い限り、提督は艦娘との混浴を避ける。それは少女の肉体に変わった現在でも同様。曰く『元の体に戻れた時、皆と気まずくなるから一緒には入らない』のだとか。


 艦娘の頼みを断り切れることの方が少ない提督とはいえ、風呂に関しては聞き入れるかどうか。過去に数回、提督と艦娘がお互いに水着を着用するという条件で混浴を認めた事があるため、同じ条件を彼に提案すれば、或いは可能かも知れない。何れにせよ、球磨があれこれ考えたところで、決めるのは提督本人である。ここで可能性の話をして、要らぬ期待を金剛に持たせるのも気が引ける。


「そこは提督次第だクマ。

 ただ、基本的に提督は艦娘とお風呂に入りたがらないから、無理強いは絶対に駄目。そこは気を付けるクマ」


「そうデスカァ……」


 金剛は力無く呟くと、肩を落とした。深く溜息を吐いている辺り、心底残念そうである。


「どうしてそこまで残念がるのか、球磨には分かり兼ねるクマ。

 提督の背中なんか流したところで、ちっとも面白くないクマ」


 意気消沈した様子の金剛を見て、球磨は正直な感想を漏らした。

 龍田は『提督の反応が楽しい』と語っていたが、提督が男性でも女性でも、球磨が背中を流した時の反応は別段面白可笑しいモノではなかった。無論、水着をしっかり着込んでの入浴だったが、提督の頭を洗ったり背中を流したりしても、腑抜けた顔で『気持ちいい』と漏らすばかり。挙句、お礼にと下手糞な手付きで球磨の頭を洗うのだ。楽しくなる要素が見当たらない。


「Aahh. 私も提督とお風呂で洗いっこしたいんデース」


「洗いっこなんて、子供じゃあるまいし……。

 兎に角、提督に聞いてみて、断られたら大人しく諦めるクマ」


「ハァイ……」


 金剛が気の抜けた返事をした。一応、納得はした様子だ。

 球磨は椅子の背もたれに体重を預け、喫茶店の天井を眺める。金剛から追加の質問は無い様なので、これで秘書艦のスケジュール確認は終わり。後は、球磨が提督にそれとなく『金剛を秘書艦にしてみてはどうか』と提案するだけである。提督に関する事での一喜一憂が激しい部分を除けば、金剛は秘書艦として真面目に働いてくれる筈だ。


 今後の方針を伝えようと視線を金剛に向けた球磨だったが、彼女の様子が何かおかしいことに気が付いた。金剛は見開いた両目を輝かせ、大口を開けてプルプルと体を震わせている。彼女の表情は、先程までの沈んだモノとは打って変わって喜色満面であり、その視線は球磨の遥か後方を見詰めていた。

 金剛の視線を追って自身の後方、喫茶店の入口の方に顔を向けた球磨が目にしたのは、カウンターで伊良湖と言葉を交わしている黒髪の小柄な少女が一人。ショートボブの髪、薄桃色のジャージに黒のショートパンツ、白いニーハイソックスにスリッパという格好で佇むその人物は、球磨の見間違いでなければ――


「Hey ! 提督ゥー!」


 金剛が弾んだ調子で件の人物に呼び掛けた。金剛から提督と呼ばれた少女――球磨達の上官に当たる人物は周囲を見回して此方に気付くと、薄く笑みを浮かべて小さく手を振って応えた。そして、提督は伊良湖と二言三言その場で言葉を交わした後、球磨達が腰掛けるテーブルに向かって歩いて来る。


 まだ午前の執務が終わるような時間ではない。それに、休憩を取りに来たのであれば、今日の秘書艦である多摩が同行している筈である。提督は一体ここに何をしに来たのか。

 下らない理由であれば『仕事しろ』と追い返してやろう――球磨は人畜無害なふやけ切った表情を浮かべた提督を見て、そう考えた。


「やあ球磨、金剛」


 提督はふわりと笑みを零し、生来の穏やかな気質を体現するかの様に柔らかく透き通った、ともすれば少年を思わせる明るさを含んだ声で此方に呼び掛けた。


「Hi 提督ゥ、こんな所で会うなんて奇遇デスネ!」


 嬉しそうな声音で金剛が答える。


「クマ、伊良湖さんに何か用事でもあったクマ? 仕事は?」


 球磨は挨拶もそこそこに、提督が喫茶店を訪れた理由を尋ねた。


「仕事が一段落ついたから、今は休憩中。

 ここにはプリンを買いに来たんだ」


「プリン、デスカ?」


 首を傾げる金剛に、提督は『そう』と短く答えて自身の顎に手を当てる。


「多摩が『伊良湖さんのお店のプリンが食べたいニャ! プリンが無いと仕事に集中できないニャ!』って言うから、ね?」


 部下に顎で使われる上官が居た。威厳も何も有ったものではない。

 多摩には昨日、球磨がプリン味の駄菓子を口に捩じ込んでいたのだが、どうやらそれでは満足していなかったらしい。艦娘に甘い提督を利用して高級プリンを得ようとは、多摩も考えたものである。

 今度、球磨も同じ手を使おう――球磨はそう心の中で呟いた。


「提督が仕事をサボってないみたいで何よりクマ。

 もしサボってたら、執務室まで連行しているところだったクマ」


「あはは。大丈夫、多摩が見てくれてるし、怠けたりしないよ。

 ところで、二人はここで休憩してたの? 珍しい組み合わせだね」


「そんなところクマ」


 呆けた表情で『そうなんだ』と呟く提督を見て、球磨は先程まで金剛から相談を受けていた秘書艦云々の話を今ここで行うべきかを考える。どのみち、提督には提案するつもりだったのだから、早い内に話しておいても損は無いだろう。金剛は自身の口から提督に『秘書艦にしてほしい』と頼むのは恥ずかしい等と言い掛けていたような気もするが、秘書艦に対する誤解も解けたであろう今なら、彼女の前でその話をしても問題は無い筈である。

 早速、球磨が提督に話を切り出そうとしたが――


「そうだ、球磨に相談が有るんだけど……良いかな?」


 提督の方が先に話し掛けてきた。

 出鼻を挫かれた球磨だったが、ひとまず提督の話を聞くことにした。休憩時間を利用して持ち掛ける相談なのだ、そう時間の掛かる話でもないだろう。


「どんな相談だクマ?」


「多摩から、秘書艦を球磨だけじゃなくて色んな艦娘に任せてみたらどうかって言われたんだけど……球磨はどう思う?」


「どうって……球磨は……」


 何故、提督は球磨にそんなことを聞くのだろうか――付き合いの長さから、慣例的に球磨が秘書艦を務めることが多かっただけで、他の艦娘がその役目を負ってはならないという決まりなど無い。


「球磨も、それが良いと思うクマ。

 提督はもっと皆の事を知るべきだし、皆も良い経験になるクマ」


「そっか……球磨がそう言うなら、そうしてみる」


 球磨が言うなら――では、球磨が否定すれば提督はそれに従うのか。金剛の相談を受けた手前、否定することは有り得ないものの、もし仮に『秘書官は自分だけで良い』などと口にすれば、提督はどんな反応を示しただろうか。柔らかな表情で頷く彼を見て、球磨は何とはなしに、そんな想像を巡らせる。

 尤も、球磨の意見は提督に伝えた内容と相違は無い。この機会に部下と向き合ってみるのは、提督にとっても良い経験になる筈である。秘書艦の役目を独占する理由も、球磨には無い。


「早速だけど、球磨。

 球磨は誰が良いと思う?」


「秘書艦の事クマ? それなら――」


 さっきまで金剛と話し合っていた――そう続けようとした球磨だったが、視界の端で此方に向かって執拗に片目を瞬きして何やら合図を送る金剛の姿に言葉を失った。球磨の方を向いた提督からは金剛の奇行は見えていないのだろう、言葉を途切れさせた球磨を疑問に思ったのか、僅かに首を傾げている。

 金剛の行動の意図を察するに『秘書艦に私を推薦して下さい』ということだろう。同僚を甘味で買収する勇気は有っても、提督に直訴する勇気は無いらしい。もしくは、球磨から頼めば承認される確率が高まるとでも思っているのか。

 提督が都合良く目の前に居るというのに、まったくもって世話の焼ける戦艦である――球磨は目を伏せ、小さく息を吐いた。


 球磨は視線を上げて提督と目を合わせる。彼の瞳は『どうかしたの?』と言外に伝えていたが、球磨は頭を振って誤魔化した。


「ええと……秘書艦なら、金剛に頼んでみたらどうクマ?」


「金剛……」


 提督は球磨の言葉を反芻する様に小さく呟いた後、金剛の方へ体を向ける。


「ねぇ、金剛。秘書艦、お願いできるかな?」


「Aie !?」


 提督に話し掛けられた金剛が肩を跳ねさせて驚きの声を上げた。話に挙げた当人が居るのだから、その人物に声を掛けるのも当然の流れだと球磨は思ったが、当の金剛は全く予想していなかったらしい。金剛は慌てた様子で提督の方に向き直る。


「わ、私が秘書艦で宜しいのでしょうかカ!?」


 金剛は緊張した面持ちで提督に問い掛ける。対する提督は、金剛の言葉に少しの間目を丸くした後、顔を綻ばせた。


「もちろん。

 よろしくね、金剛」


 提督の快い承諾に、金剛は喜びに打ち震えて目を輝かせる。


「I'm so happy ! 提督ゥ、大好きデース!」


「あはは、ちょっと大袈裟じゃないかなぁ」


 諸手を上げて喜ぶ金剛の姿に、提督は笑顔を見せた。彼は金剛の発した『大好き』という単語を純粋な好意として受け取っている様子だ。尤も、現在は女性である提督からすれば、艦娘達から自身に向けられる好意は全て『Like』の意味に思えるのだろうが。


 ともあれ、これで金剛の相談事は終了、一件落着といったところだろう。球磨はテーブルからスプーンを手に取り、中身が半分ほど残ったままのパフェグラスに目を向ける。

 コレを完食して読書に戻ろう――球磨はスプーンでグラス内のクリームを掬いながら、喫茶店に持ち込んでいた文庫本を殆ど読み進めていなかった事を思い返す。


「それじゃあ金剛、夜に放送で呼ぶから秘書艦の引き継ぎはその時にね。

 球磨、金剛に秘書艦の仕事を簡単に説明してもらってもいいかな?」


「ん……」


 球磨はスプーンを口に咥えたまま、提督の言葉に視線と頷きで答えた。秘書艦については既に説明済み、というのは敢えて提督に言うことではないだろう。それを説明するにも時間が掛かるため、球磨の読書の時間がまた遠退いてしまう。

 提督はチラリとカウンターの方へ目を向けた。どうやら、プリンが用意できたらしい。カウンターの隣で伊良湖が手を振って提督を呼んでいる。


「多摩が待ってるから、僕はそろそろ戻らないと……えっと、球磨?」


 執務室に戻ると口にした提督だが、何やらおずおずと球磨に声を掛けてきた。


「なにクマ?」


 球磨が提督に聞き返すと、彼は視線を球磨の顔から逸らし――否、テーブルのパフェに視線を向けた。戸惑う、或いは困った様にも見える表情を浮かべた提督。おそらく、彼はこのパフェを食べてみたいのだろう、球磨はチラチラとパフェを見る提督の心情を察した。


「その……球磨がよければ、なんだけど……」


「パフェ、食べたいクマ?」


 どうやら図星を突かれた様で、提督は小さく呻き声を上げると、気不味そうに自身の頭を掻いた。


「正解……それ、一口もらえないかなって。駄目?」


 駄目な筈がない。球磨と金剛の二人で食べるにも多過ぎると感じる程に量が有るのだから、少しくらい他の誰かに食べてもらった方が助かるというものだ。球磨は自分のスプーンでパフェグラスから甘味の強そうな部分を掬って、提督の方へ差し出した。


「全然駄目じゃないクマ。

 はい、遠慮せず食べるクマ」


 スプーンの先を提督に向ける。思いがけず、球磨の行為は提督に対する餌付けの格好になってしまった。

 今さらスプーンを提督に手渡しては、掬い取ったパフェの中身がテーブルや床に落ちてしまうかもしれない――球磨は現在の状況を不可抗力であると自分に言い聞かせながら、提督がスプーンに食い付くのを待った。視界の端に映る金剛から向けられる羨望の眼差しは、きっと球磨の気のせいに違いない。


「わあ、ありがとう!」


 提督はパッと明るい笑顔を見せ、嬉しそうに球磨の差し出すスプーンに食い付いた。スプーンの先から唇を話した提督は、目を細めて口一杯の甘味を堪能している。どうやら、餌付けについてはさして気に留めていない様だ。龍田にされた時とまるで反応が違うが、これは球磨と提督の付き合いの長さに寄るものだろう。餌付け程度、今さら恥じらうことも無い行為なのだと球磨は思う。


「美味しいクマ?」


 提督の顔を見れば分かることではあったが、球磨は一応聞いておいた。


「とっても甘くて、美味しかったよ」


 語尾に音符かハートマークでも付いているかと思う程、上機嫌に答える提督。何を食べても『不味い』とは言わない提督であるが、それでも味の良し悪しは幾分か表情に出る。本当に美味しかったのだろう、口元が弛んでいるのが球磨からも見て取れた。


「それは重畳。満足したら、執務室に戻るクマ」


 球磨は手の平を軽く振って提督の退出を促す。何時までも阿呆面を浮かべる提督を放置していては、カウンターで彼を待っている伊良湖の迷惑になるだろう。


「そうだね、伊良湖さんを待たせてるし。ありがとう、球磨。

 ふふっ……球磨が食べさせてくれたからかな? パフェ、すごく美味しかった。新発見だね」


 さっさと伊良湖の所に行けば良いものを、球磨の目の前で阿呆が戯言を抜かした。こんな台詞を恥ずかしげも下心も一切無く吐けるのだから、提督も困った男である。聞かされる方は堪ったものではない。周囲の人間に、お互いの関係性を誤解されるかもしれないのだ。


「ば、馬鹿なこと言ってないで早く戻るクマっ!」


 球磨は少々言葉に詰まりながらも、再び提督に退出を促した。提督はというと、残念そうな顔で『本当なのに』と呟いている。五月蠅い黙れと言いたいところだったが、騒げば伊良湖の迷惑になるため、球磨は口を突いて出そうになる言葉をグッと堪えた。


「それじゃあ、球磨、金剛、またね」


「Bye ! 提督ゥ、お仕事頑張って下さいネー!」


 提督が小さく手を振って別れの言葉を告げると、金剛は席を立って元気良くそれに応える。


「ふんっ」


 その一方で、球磨は不機嫌さを隠すこと無く、鼻を鳴らして提督を見送った。恥ずかしい発言で人を困らせる様な阿呆に挨拶は不要、球磨に噛み付かれない内に尻尾を巻いて逃げてしまえば良いのである。


 喫茶店から出て行く提督の背中を見届けた球磨は、居住まいを正してテーブルのパフェグラスに目を向け――対面に座る金剛と目が合った。此方を見詰める彼女の瞳は心なしか輝いている様にも感じられる。その口角の上がった唇は、今にも怒涛の勢いで言葉を紡ぎそうである。


「どうかしたク――」


「Thank you sooooo much !

 球磨サンのお陰で秘書艦になれました!」


 金剛がテーブルに身を乗り出し、大声で感謝の言葉を放った。その勢いにたじろぐ球磨に構うことなく、金剛は言葉を続ける。


「最初にお願いを断られた時は、どうなることかと思いましたガ……球磨サンに頼んで正解デシタ!」


 周囲の視線など気にも留めず、大袈裟な身振り手振りを交えて語る金剛。希望が叶って嬉しいのは球磨にも理解できるが、店の迷惑を考えれば、金剛が騒ぐのを止めなくてはならない。球磨は左手の人差し指を立てて、自身の唇に当てる。


「しーっ! 分かったから静かにするクマ……!」


 球磨がなるべく声を潜めながら注意すると、金剛は自身が周囲の視線を集めていることに気が付いた様で、苦笑いと共にゆっくりと席に座り直した。


「Oops ……スミマセン。

 私ったら、興奮しちゃって、つい……」


 申し訳なさそうに語る金剛に対し、球磨は肩を竦めて見せた。


「金剛が嬉しいのは球磨だって分かるクマ。

 騒がしくしたのは……まぁ、次から気を付ければ良いクマ」


「I understand」


 金剛は頷いて球磨に応える。

 周囲から向けられた奇異の視線が止むのを感じて、球磨は胸を撫で下ろした。悪目立ちしてしまえば、今後この場所を利用しにくくなる可能性が有る。球磨としては、折角見付けた読書に最適なこの空間を手放すのは惜しいのだ。


「金剛が今言ったことについては、どういたしましてだクマ。

 別に球磨が頼まなくても大丈夫だったとは思うけど……秘書艦になりたいって希望が叶って良かったクマ」


 球磨は対面の金剛に向けて、正直な心境を述べた。多少の紆余曲折はあったものの、結果良ければ全て良し。残る憂いは昼食が食べられなくなるかもしれない量のパフェのみである。

 テーブルのパフェグラスを横から覗き見れば、半分を切って尚そのグラスは甘味に満ちている。流石に女子二人では分が悪い。球磨は暇そうな艦娘に食べるのを手伝ってもらおうかと考える。甘味と聞いて食い付きそうな艦娘は誰がいただろうか。


「今日は本当にありがとうございました。私、とっても感謝してマス。

 By the way ……その、球磨サンにもう一つお願いがあるんですけれど……」


 球磨が残る甘味を誰に押し付けようか算段を始めたところに、金剛が新しい話題を振ってきた。秘書艦の事とは別の願い――球磨は万能ではないので何もかも叶えられる訳ではないが、ここまで来たのだから聞くだけ聞いておこうと首を傾げて金剛の言葉を促す。


「球磨サンのスプーンをデスネ……えっと、少し貸していただけないでしょうカ?」


「スプーン?」


 球磨は右手に持ったスプーンを見る。先程、提督に餌付けをしてから手にしたままの金属製のスプーンである。変わった所は無い何の変哲もない代物で、金剛も同じ物を使ってパフェを食べていた。自分用のスプーンが有るのだから、態々球磨から借りる必要は無い筈。現に、金剛の手元には先程まで彼女が使っていたスプーンが置かれている。

 金剛からスプーンを求められる理由が分からず、球磨は訝しげな瞳で金剛を見詰める。

 何か妙な事を考えているのではないか――球磨の視線を受けた金剛は此方から目を逸らし、口を噤んでしまった。


 球磨と視線を合わせようとしない金剛は、頬を紅潮させて『あー』や『うー』など気不味そうな声を上げていたが、やがて観念したのか口を開いた。


「さっき、そのスプーンで提督に『あ~ん』してましたよネ?」


「クマ」


「ですから、その……提督と、か、かか、間接 Kiss をしたいと思ってデスネ……!」


「……クマ?」


 球磨は目の前の戦艦が発した思春期を拗らせた様な言葉に、一瞬理解が追い付かなかった。提督相手に『間接キス』とはまた、同性を相手に珍妙な発言が飛び出したものである。先程の餌付けの際、球磨と提督はそんな事など気付きもしなかったというのに。


「はぁ……」


 提督の唾液が付着しているであろうスプーンの先端と、金剛の顔を見比べながら球磨は溜息を吐いた。

 この調子で明日の秘書艦の業務は大丈夫なのだろうか――金剛は提督に執心する余り、執務中に鼻血でも出して倒れてしまうのではないかという不安が球磨の頭を過る。

 差し当たっての問題は、球磨の持つスプーンの処理である。金剛に渡すか伊良湖に交換してもらうか、もしくはこのまま球磨が使い続けるか。どの選択肢が最良と言えるか、とんだ置き土産を残していった提督の阿呆面を思い浮かべ、球磨は肩を竦めて誰にも聞こえない程度の声量で呟く。


「やれやれだクマ」


― 10 ―


 朝。カーテンに遮られた早朝の日光が僅かな隙間から射し込む室内は薄暗く、朝特有の独特な静けさに包まれていた。部屋の中央に位置する、円形で背の低い木製テーブルの上には駄菓子を詰めた木製の皿、そしてその周りに漫画本や小説が数冊まばらに積み重ねられている。テーブルの脇に置かれた小さなゴミ箱は駄菓子の包装紙が大量に投棄されており、投げ入れ損ねたのかゴミ箱の周囲――床に敷かれた白いカーペットの上に幾つか駄菓子の包装紙が落ちていた。

 中央のテーブルを挟む様に、部屋の壁際にはそれぞれクローゼットと二段ベッドが置かれている。木製の簡素なクローゼットの両開きの扉には左右のどちらにもドアプレートが付けてあり、左のプレートには『くま』右のプレートには『たま』という文字が書かれていた。

 クローゼットと同様に木製で簡素な造りの二段ベッドからは、上下それぞれのベッドに眠る人物の規則的な寝息が聞こえる。時折、寝返りを打つ際の布ずれの音が聞こえる以外は、寝息のみが響く物静かな室内。ゆったりと穏やかな空気に包まれ、永遠に続くかと思われた安息の時間は、しかし――


『ジリリリリリッ!!』


 静寂を引き裂くベルの音が朝の始まりと、穏やかな眠りの終わりを告げた。騒音の発信源は二段ベッドの下段、長い赤銅色の髪を頭上で団子状に纏めた少女の枕元に転がる、四角形のデジタル時計だった。時計の液晶に映る時間は六時丁度。少女が所属する鎮守府の起床時間としては平均的な数字である。


「ん……む……」


 赤毛の少女は睡眠妨害を続ける騒音に眉根を寄せ、仰向けの姿勢のまま布団から出した両手で枕元の時計を探す。左手が時計に触れると、そのまま手繰り寄せる様に時計を自身の頭に近付け――当然、耳元で増した五月蠅さに一層眉間の皺を深くしたが――空いている右手も動員し、時計を眼前に持ち上げた。

 薄っすらと両目を開いて時計の示す時間を確認すると、少女は時計を抱えたまま状態を起こす。少女の肩まで覆っていた布団を捲り上げると、緩慢な動作でベッドの縁に体を向け、両足をベッドの外に出した。下ろした素足が触れるのは、ひんやりとしたフローリングの床ではなく、その上に敷かれたカーペットである。寝起きの肌寒さに優しい材質の足場へ体重を掛けながら、少女はゆっくりと立ち上がる。


「ふぁ……」


 カーペットを踏みしめる細くしなやかな脚、腰を包む一分丈の白いショートパンツ。ズレた首元からブラジャーの肩紐が覗く、小柄な体格に比べて大きめのTシャツは白地に黒の達筆な字で『熊出没注意』と書かれている。右手には未だ騒音を鳴り響かせる時計を掴み、左手で寝惚け眼を擦りながら、特徴的なアホ毛を頭上で纏めた団子に忍ばせた赤毛の少女――球磨型軽巡洋艦一番艦球磨は小さな欠伸をした。


 球磨の眠気は完全に覚めてはおらず、頭の回転も日中に比べて穏やかである。只でさえ布団が恋しくなる季節、覚醒には洗顔が必須と言える。球磨は肩越しに二段ベッドの上段へ右手の時計を投げ入れると、部屋の入口へ脇目も振らず歩き出した。

 扉の前でスリッパを履く球磨の背後では、ベッドで惰眠を貪っていた妹の多摩が時計の奏でる目覚めの歌声に『に゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛』と呻き声を上げて抵抗していたが、球磨はさして気に留めることなく扉を開けて寮室から廊下に出る。

 後ろ手に扉を閉めると、寮室内の騒音はわずかに聞こえるばかりで、早朝の廊下の静けさが球磨の肌で感じられた。今日の天気は晴れ、気持ちの良い朝である。球磨は廊下の窓、その向こうから聞こえる小鳥の囀りに耳を傾けながら、艦娘寮の洗面所に向けて脚を進めた。


 寮室に残した多摩の事は、数歩進んだ時点で頭の片隅からも追い出したのは、球磨だけの秘密である。


― 11 ―


「クマ?」


 洗面所で顔を洗い終えて寮室に戻る途中、球磨は廊下で話し合う二人の人物を見付けた。一人は駆逐艦で、少々癖の付いた腰まで届く緋色の長髪が特徴的な少女。普段の制服である紺色のセーラー服を着込んだその少女は、睦月型駆逐艦の卯月だった。卯月は、彼女より背の高いもう一人の人物を見上げて、頻りに何か喋っている。

 卯月の話を聞く人物に、球磨は心当たりがあった。この鎮守府に所属する外見年齢が高めの艦娘の中で、あんなにも子供染みた――もとい、可愛らしいヒヨコ柄のパジャマを愛用する艦娘は一人しかいない。それは昨日、球磨に相談を持ち掛けていた金剛の妹に当たる艦娘、金剛型戦艦比叡である。寝癖で跳ね切っているものの、ベリーショートの鮮やかな栗色の髪は、間違いなく比叡のものである。


 昨夜、夜間哨戒に出ていた卯月は、今の時間帯であれば執務室で哨戒任務の報告を行っている筈だ。

 態々、艦娘の寮まで来ているということは、執務室で何かあったのか――球磨は少しばかり足早に、卯月と比叡の方へと向かった。


「比叡、卯月。おはようクマ」


 球磨が挨拶をすると、廊下で話し込んでいた二人はほぼ同時に此方へ顔を向けた。


「あっ、球磨さん。おはようございます」


「おはようございますぴょん!」


 最初に比叡が挨拶を返し、卯月もそれに続く。


「二人で何か話し合いクマ?

 この時間なら、卯月は夜間哨戒の報告があったと思うクマ」


 球磨は二人の傍まで歩を進めると、先程頭に浮かんだ疑問を口にした。


「ああ、それなんですけど……」


「うーちゃん達、さっき司令官に報告しに行ったぴょん。

 そしたら、執務室にだぁれもいなくって、困っちゃったんだぴょん」


「ふむふむ」


 卯月の言う『うーちゃん達』とは、彼女と共に夜間哨戒に赴いた艦娘の事だろう。しかし、執務室に誰も居なかった、というのはどういうことなのか。金剛が提督を起こすのに手間取っているのか、それとも別の問題があって不在だったのか。


「提督の部屋には行ったクマ?」


「もっちろん♪ 弥生達には執務室でお留守番してもらってぇ、うーちゃん、司令官のお部屋に行ったぴょん!」


 卯月は胸を張って球磨の問いに答える。しかし、彼女は直ぐに項垂れてしまった。


「でもでもぉ、ドアをノックしたけど、ぜーんぜんお返事がなくってぇ……」


「それで卯月ちゃんは、金剛お姉さまを訪ねて此方に来たんですよ。

 今日の秘書艦はお姉さまでしたから、司令の動向も知っているのでは、と」


 二人の話を、球磨は大まかにだが理解できた。卯月の応対を比叡がしているところを見るに、金剛は寮室には居なかったのだろう。


「比叡、金剛が何処に行ったか知ってるクマ?」


 球磨が尋ねると、比叡は小さく頭を振る。


「私には、司令を起こしに行くとだけ……」


 金剛は提督を起こすため、彼の私室に向かった。その後、執務室に来ておらず、卯月が提督の私室に訪ねた際、ノックの音に反応が無かった。となると、金剛と金剛は執務室以外の場所に向かい、卯月と入れ違いになったか。


「う~ん……卯月と提督達は入れ違いになったのかもしれないクマ」


「入れ違い、ですか……。

 では、お姉さまと司令は何処にいらっしゃるのでしょう」


 比叡が顎に手を当て呟く。彼女の疑問は当然である。

 朝は哨戒任務の引き継ぎが有るというのに、あの阿呆は金剛を引き連れて一体何処をほつき歩いているのか――球磨は腕を組んで提督の居場所を考える。眠気覚ましに散歩に出たか、顔を洗いに鎮守府内を行き来しているのか、或いは――


「もしかして司令官、まだお部屋で寝てるぴょん?」


 そう、私室で惰眠を貪っているかだ。

 寝坊助の提督のことだ、全く有り得ない話ではない。


「お姉さまが起こしに行ってるんだし、それはないと思うけどなぁ……」


 しかし、比叡の言うことも、尤もである。提督の目覚まし方法を知る金剛を以てして、まだ寝ているというのは考え難い。提督が二度寝を要求し、金剛が了承したとして、卯月がドアをノックすれば金剛がそれに気付いて返事を行う筈。

 よもや、提督は寝惚けた頭で金剛を懐柔して、居ないフリをさせたのではあるまいな。もしそうなら、提督への鉄拳制裁は避けられない。周りが止めても球磨は殴る。


「いずれにせよ、確かめるには提督の部屋に行くしかないクマ。

 それじゃあ、球磨は鍵を取りに自分の部屋に戻るクマ」


「鍵、ですか?」


 比叡が首を傾げるが、彼女の反応も当然である。ただ単に『鍵』とだけ口にしても、それが意図するところは伝わるものではない。球磨は比叡の言葉に小さく頷き、彼女の方を向いて更に言葉を続ける。


「提督の部屋の鍵だクマ。

 いざという時のために、予備の鍵は球磨が預かってるクマ」


 何処の鍵か、そして球磨が何故それを持っているのかを簡潔に説明した。比叡と卯月が『球磨は提督から合鍵を渡されている』などと関係性を誤解しないように、一応の説明である。


「卯月。球磨は部屋で着替えた後に鍵を取ってくるから、卯月には寮の入口で待っててほしいクマ。

 集合したら、一緒に提督の部屋に向かうクマ」


「はいはぁ~い! わっかりましたっぴょん!」


 卯月が元気良く答える。その様子に球磨は頷き、次いで比叡の方へと顔を向けた。


「比叡はどうするクマ?」


「私は……そうですね、お姉さまが心配ですし、お二人と一緒に行こうと思います」


 これで、今後の方針が決まった。

 球磨は寮室に戻って制服に着替え、提督の私室の鍵を回収。艦娘寮の入口で比叡と卯月に合流し、そのまま提督の部屋に向かう。提督が部屋に居なければ館内放送で執務室に呼び出して説教、もし部屋で寝ていれば彼を文字通り『叩き』起こす。


「それじゃあ球磨は行くから、比叡は着替えを――っと、卯月は比叡の身支度を手伝ってあげてほしいクマ」


「はいぴょん♪」


 にこやかに返事をした卯月は比叡の背後に回り込むと、その背中を押し始める。

 卯月達が向かう先は、先程まで球磨が利用していた洗面所だろう。球磨の隣を通り過ぎ、目的地に向けて進んでいく二人の背中を肩越しに見送る。


「さぁさぁ、うーちゃんが比叡さんの寝癖を綺麗にしちゃうぴょん♪」


「わわわっ、卯月ちゃん押さないで……って、寝癖付いてるの!?」


 卯月に運ばれる比叡が驚きの声を上げた。どうやら彼女は寝癖に気付いておらず、卯月からも指摘が無かったらしい。


「それはもう跳ね放題クマ、しっかり直してもらうクマ~」


「ひえぇ~! どうして二人とも言ってくれなかったの!? 恥ずかしいよぉ~!」


 パジャマ姿と相まって、何処と無く寝癖が似合っていたから――とは思ったものの、球磨はそれを口にはしなかった。決して悪い意味ではないのだが、比叡からすれば納得のいかない理由だろうから。


「比叡さんは寝癖も可愛いから大丈夫だぴょ~ん♪」


「えっ? そ、そう……かな?

 えへへ――じゃなくてぇ! 寝癖なんて可愛くないよぉ!?」


「いっざゆけ~♪ すっすめ~♪ 球磨さ~ん、またあとで~!」


 球磨の方に振り向き笑顔で手を振る卯月に、軽く手を振って応える。

 この分なら、比叡の事は卯月に任せておけば問題無いだろう――球磨は二人に背を向け、自身の寮室へと駆け出した。彼女達を見送るのも良いが、球磨は球磨でやることが有るのだ。


― 12 ―


 球磨が寮室の扉を開けると、カーペットの上で脚を崩して座る多摩の後ろ姿が見えた。

 多摩は寝間着の白いパーカーとショートパンツのままテーブルに突っ伏しており、その背中は呼吸に合わせて小さく上下している。球磨の入室に対して反応が無いところを見るに、どうやら眠っているらしい。耳を澄ませば、穏やかな寝息も聞こえてくる。


 球磨は多摩を起こしてしまわないよう、足音を忍ばせながら彼女の横を通り過ぎ、クローゼットの前まで移動する。そして、『くま』のドアプレートが掛かった左の扉を開き、中から脱衣カゴを取り出して足元に置く。Tシャツ、ショートパンツの順に服を脱ぎ、畳んでから脱衣カゴに入れ、次にハンガーに掛けられた制服をクローゼットから取り出して、上から順番に着用していく。

 制服に着替え終えた球磨は、頭上で纏めた髪を解いた。頭を左右に軽く振って、重力に従い乱雑に垂れ下がった髪を整える。日々の手入れが行き届いた赤銅色の長髪は、櫛を通さずとも簡単に整えられるのだ。球磨の自慢である。


 球磨は、クローゼットの扉の内側に取り付けられた鏡で自分の姿を確認する。特徴的なアホ毛が頭頂部から飛び出した赤銅色の長髪、白色を基調としたセーラー服とショートパンツ、白色のショートソックス。軽巡洋艦球磨としての、いつもの自分の姿が鏡に映っていた。


「う~ん」


 支給された制服であるため、いつ見ても代り映えしない自身の格好に、球磨は小さく唸る。別段、華美に着飾りたい願望が有る訳ではないが、装飾品の類を身に着けてみるというのも一考の価値があるかも知れない。例えば、伊達眼鏡を掛けて知的な球磨を演出してみるのはどうか。案外似合うのではないだろうか。


「……まぁ、暇な時にでも考えてみるクマ」


 球磨はそう呟いて、クローゼットの中にある小箱から鍵を一本取り出し、扉を閉めた。手に取ったのは提督から預かっている、彼の部屋の鍵である。球磨はショートパンツのポケットに鍵を仕舞い込んだ。


 身支度が済んだ球磨は、未だに寝息を立てている多摩に目を向ける。パーカーのフードを目深に被っているため、その白藤色の頭髪や表情は球磨からは見えないが、呼吸のリズムから狸寝入りではないことは確かだと分かる。彼女が体重を預けているテーブルを見ると、球磨がベッドに投げ込んだ目覚まし時計と開けたばかりの駄菓子の包装紙が数枚乗っていた。状況から察するに、おそらく目覚まし時計を止めた多摩は、ベッドから降りてテーブルで一息ついた後、そのまま二度寝してしまったのだろう。

 床に屈み込んでフードに隠れた多摩の顔を眺めてみると、彼女はなんとも幸せそうな寝顔を浮かべている。このまま起こしてしまうのは、それこそ無粋ではないかと思わせる様な見事な阿呆面であるが、球磨は姉として、多摩を起こさない訳にはいかない。同室の妹の寝坊など、見過ごしてなるものか。

 しかし、球磨には二度寝に興じる愚昧が目を覚ますまで面倒を見ている時間は無い。ここはひとつ、文明の利器に頼るのが得策ではないか。球磨はテーブルの目覚まし時計を手に取り、目覚ましのアラームを三分後にセットした。そして、多摩の被ったフード――その猫耳を模した飾りの部分を指で摘まんで引っ張り、フードと多摩の顔の間に出来た空洞へ、そっと目覚まし時計を差し込む。多摩は時計の無機質な感触に若干顔をしかめたものの、二度寝から目覚めはしなかった。


「これで、よしっ……っと」


 多摩の耳元に密着した目覚まし時計。二度寝程度の浅い眠りであれば、はっきりと目を覚ますであろう騒音が三分後に鼓膜へ飛び込む寸法だ。

 仕掛けを終えた球磨は小さく頷き立ち上がると、寮室の扉の前まで足早に移動した。靴箱から取り出したローファーに片方ずつ足を通し、ドアノブに手を掛け扉を開く。廊下に出た球磨が扉を閉める際に見えた多摩の後ろ姿は、先程、球磨がこの部屋に戻った時と寸分違わぬものだった。果たして、彼女の安息の時間は残り何十秒続くだろうか。


 多摩の事はさておき、球磨は艦娘寮の玄関に向けて歩き始めた。これから比叡、卯月と合流して提督の部屋を訪ねる。比叡の身支度に時間が掛かっているようなら、玄関で少し待つことになりそうだ。卯月が比叡の髪弄りに精を出して、着替えが遅くなってはいないだろうか。合流する二人の事を思い浮かべながら歩を進める。

 提督の部屋が有る鎮守府西棟は艦娘寮から渡り廊下を通って直ぐだ。西棟には食堂や大浴場など艦娘が利用する施設が有り、提督の部屋はその二階の片隅に位置する。つまり、艦娘寮の玄関からそう距離は無いものの、提督の部屋に着くまでそれなりに時間が掛かるのだ。道すがら、比叡たちと何を話そうかと球磨は考える。卯月から夜間哨戒の報告を聞いても良いが、朝に交わす談笑には似つかわしくない話題だ。

 まぁ、女三人寄れば姦しいとも言うし、自ずと話題も飛び出すだろう――球磨は廊下の窓に目を向け、外の景色を眺める。球磨が顔を洗いに廊下をさ迷っていた時に薄暗かった景色は、次第に顔を覗かせる太陽に照らされ徐々に明るくなっている。昨日見た天気予報では、今日は一日快晴。肌に感じる寒さも和らぐ絶好の訓練日和である。


 球磨は窓の外の景色を眺め、廊下で出会った艦娘達と挨拶を交わしながら玄関へと向かった。やはりと言うべきか、寮室に残した多摩の事は即座に頭の片隅からも追い出したのは、球磨だけの秘密である。


― 13 ―


後書き

お読みいただき、ありがとうございます。
下書きはほぼ完了しているので、加筆修正を行いながら更新します。


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