世界の端で
色々な事情があって集められた艦娘たちと提督のほのぼのな日常を描いた物語。
※ss初心者です。生暖かい目でご覧ください。
好きな艦娘たちを書いてみたかっただけのss。
ssのやり方とかよく分かってません。
よろしくお願い致します。
ここは、鎮守府。
誰も近付かない、こじんまりとした鎮守府。
ああ、だけれども。
ちゃんと艦娘はいるんです。
ちゃんと提督もいるんです。
元帥でも言われなければ思い出せないような海の果てに、ポツンと建っている鎮守府。
そこには、10にも満たない艦娘と、毎日だらだらしている提督が1人、着任しているんです。
提督「ふあ~あ」
執務室に設置されている敷き布団から身を起こし、猫のように伸びをする提督。
目の下には黒い隈がこびりついており、不眠症なのだろうかと心配してしまう。眠そうな目を擦り、提督は布団を畳むべくモソモソと這い出てきた。
提督「……まだ6時じゃん」
布団を畳み終わってふと気付く。壁にかけてある時計が指している時刻はいつも起きている時間よりも1時間早い。
提督はむすっと顔を不機嫌に歪ませ、もう一度眠ろうかと畳んだ布団を広げ直した。
加賀「おはようございます、提督」
提督「うわっ」
ドタン、と尻もちをついてしまう。だがそれも仕方のないことなのかもしれない。
なぜなら――
提督「加賀さん……執務室の壁を改造するのやめなさいね……」
加賀「こういうの、憧れていたのよ」
加賀が出てきたのは執務室の扉、からではなく、なにもないはずの白い壁からだった。
忍者のごとくクルリと壁を回転させ、忍者のごとく音もなく提督の後ろにまわりこんだのだ。
提督「こんな朝早く、どうしたの?」
加賀「いいえ?ただ、おはようを言いたくて」
提督「お、おう。……おはよう」
加賀「ええ。おはよう」
それだけ言うと、加賀は満足したように執務室を出ていく。……何しに来たの?
***
朝御飯にはまだ早い。起床ラッパも鳴っていない(そもそも鳴らない)ため、提督はぶらぶらと鎮守府を見て回ることにした。
見回り、というよりは朝の散歩である。
と、提督は桟橋に1人の少女を見つけた。
まぶしい金髪を2つに括った小柄な艦娘、皐月である。
提督「おはよう皐月」
皐月「おはよう司令官!いい朝だね!」
提督「……一応訊くけど、何持ってんの?」
皐月「深海棲艦。魚拓にしようと思って。いる?」
提督「いらない」
爽やかな笑顔と挨拶はどこへ行ったのか。
皐月が両手に抱えているのは深海棲艦のイ級。腹と思われる部分には弾が1発撃ち込まれており、的確に急所を捉えていた。おそらく、一撃でイ級を葬ったのだろう。皐月の体には傷1つ無かった。
提督「それ終わったらお風呂入っておいでね。鈴谷が言ってたけど、ヌメヌメして臭いんでしょ?」
皐月「あはは、確かに変な臭いはするね。……ところで司令官、今日は起きるの早いね?」
提督「久々に早く寝たからかな?」
皐月「司令官が仕事しないからいつも寝るの遅くなるんだよ?計画的に、仕事しようね」
提督「善処しまーす」
提督のいい加減な返事に、皐月は肩を竦めてため息をついた。
言っても無駄だ、と呆れているのか、それ以上何も言わなかった。
皐月は手を振って工廠へ向かう。どうやら魚拓の用意はすでにしてあるようだ。
提督は手を振り返し、再び建物の中へと戻っていった。
***
この鎮守府に間宮などの給糧艦はおろか、スタッフさえいない。なので、強制的に、提督か艦娘がご飯を作らなくてはならなくなる。
幸い、この鎮守府には料理が得意な艦娘がそこそこおり、飢え死にすることもなければダークマターを食べて撃沈することもない。
提督もそれなりに料理はできるため、台所に立つことがあった。
提督「おはよー」
ひょっこりと台所に顔を出す。そこには、2人の人影があった。北上と夕立だ。
北上「提督~おはよぉ」
夕立「提督さん、おはようっぽい!」
北上は間延びした声音で挨拶をし、夕立は元気よく挨拶をする。そして、夕立は勢いよく突進してきた。これも愛情表現。のはずだ。
提督「今日の料理当番、北上様だっけ?」
北上「そだよー。そんでこっちが毒味役」
夕立「味見役っぽい!毒を食わせるつもりだったっぽい!?」
提督「北上様は料理上手いんだから味見役なんていらんでしょうに……夕立、チェンジ」
夕立「いやっぽい」
味見役代われと夕立を揺さぶる提督と、揺さぶられながらも断固として譲らない夕立。
夕立「夕立の方が先に来たっぽい!だから代わらないっぽい!」
提督「私の方が偉いもん。はい上官命令~」
北上「そんなくだらないことに権力使うこたないでしょうに」
北上は呆れるが、これもいつものことである。
夕立「とにかく、味見役は2人もいらないっぽい!提督さんはそれ以上太ったらヤバイっぽい」
提督「な、なにおう!?」
どうやら気にしているらしい。
北上がちょっと考えて、ツンツンと提督の肩をつつく。
北上「じゃあ、はい」
提督「ん?」
北上「あーん」
提督「むぐ」
まさかのあーんである。北上によって黄色い卵焼きが口に押し込められた。
提督はしばらく咀嚼。もぐもぐ、ゴクン。
そして、一言。
提督「うま」
北上「でしょ?」
夕立「ああっ!夕立も!夕立もほしいっぽい!」
北上「あんたはさっき食べたっしょ」
夕立「むー、北上のケチ!」
北上「なんだとー!」
北上と夕立が言いあいを始める。「北上のばかー」「馬鹿って言う方が馬鹿なんですぅー!」とかなんとか騒いでいる。
いつもの光景を眺めながら、提督はもうひとつ卵焼きを口に放り込み、飲み込んだ。
提督「うまうま」
北上「こらっ」
見逃してはくれなかった。コツンと小突かれる。が、提督はちっとも反省しておらず、ペロリと舌を出した。
北上「もうできるから、皆呼んできてよ」
提督「いいけど、どこにいるか知ってる?」
夕立「春雨は多分裏の畑にいるっぽい。陸奥はなんか工廠でごそごそしてた」
提督「ああうん、察した」
どうやら皐月の巻き添えらしい。
陸奥はやさしいからか、色んな艦娘からパシリにされ……違う、頼りにされているのだ。
北上「鈴谷と島風は一緒に船渠してたの見たよ。加賀さんは知らない」
提督「あー、あの娘は呼べば出てくるから……」
北上「そうね」
じゃあ行ってくると台所を出て、まずは工廠へ行こうと爪先を向けた。
***
提督「皐月~、陸奥~、いる~?」
陸奥「皐月はいないけど私はいるわ」
提督「ありゃ。どこ行った?」
陸奥「船渠」
提督「じゃあ魚拓終わったのね」
陸奥「ええ」
そう言って陸奥はチラリと壁に設置された魚拓を見た。律儀に額縁に入れてある。
提督「こりゃまた立派な……」
陸奥「ちなみに、皐月が提督用にもう一枚作ろうとしてたわ」
提督「いらない」
陸奥「そう言うと思ったから止めておいた」
肩を竦めてため息をついた陸奥は、いそいそと魚拓の片づけを始める。手伝うよと提督が墨汁を手にとって書道箱の中に放り込んだ。
陸奥「ああ、ありがとう。……それで、提督は何しに来たの?私たちに用でもあった?」
提督「あ、そうだった。北上様がもうすぐ朝ごはんできるって。手洗って食堂集合」
陸奥「はーい。……あと呼んでないのは?」
提督「皐月と鈴谷と島風と春雨」
陸奥「皐月たちは船渠にいると思うから、私が伝えておくわ。ちょうどシャワーも浴びたい気分だし」
本当に、気がきく娘である。そのぶん、貧乏くじを引きやすい。世知辛い世の中である。
提督は陸奥と分かれ、畑に向かう。
この畑と言うのは、まあいろいろ育てている畑だ。野菜とか果物とか。一時は米とか育てていた。今はさすがにやっていない。
今日の水やり当番は誰だったか。夕立だった気がする。
提督「春雨、おはよう」
春雨「!おはようございます司令官!」
提督を見るなりパアッと顔を輝かせ、手に持ったじょうろを投げ捨てて駆けてくる春雨。
忠犬のごとく主人のそばへスタンバイしている。可愛い。
提督「偉いね、今日の水やり当番は夕立じゃなかったかい?頼まれたの?」
春雨「はい。一緒にやってくれないかと。ですが、北上さんがキッチンに立っていらっしゃったのを見て……」
提督「味見役に志願したと。もう、あの娘は」
口をへの字にして提督が言う。無理にでも代わってもらえばよかった。
提督「夕立はいい妹を持てて幸せだねぇ。よしよし」
春雨「あっ、えへへへ……」
提督に撫でられ、へにゃりと笑う春雨。なんだか顔がこれ以上にないほどだらしなくなっている。そんな顔でも可愛い。ズルい。
春雨「あのっ、何か春雨にご用ですか?」
提督「あ、忘れてた。春雨が可愛いからつい。えっとね、朝ごはんもうすぐできるから食堂集合してって言いに来たのよ」
可愛いと言われ、さらに顔を緩ませる春雨を撫でる手を止めないまま提督が話す。
春雨「はいっ!春雨、お供します!」
提督「お供?」
お供ってなんだろう。まあ春雨が嬉しそうならいいか。提督はそう結論付けると春雨を連れ食堂に向かった。
……後ろから凄い嫉妬の念が送られてくる。
これ絶対加賀さんだよな……なんて考えながらスルーする提督は何気に酷い。
春雨は全く気にしていない。気づいていないのか、気づいていてあえて無視しているのか。
もし後者なら肝の座った娘である。
***
食堂
「「「ごちそうさまでした」」」
パンと手を鳴らし声を揃えて食材と北上様に感謝。夕立はかなりつまみ食いしたのか、苦しそうにしている。提督はぼそりと「でぶだち…」と呟き夕立にぽかぽかと叩かれていた。
加賀「今日の秘書艦は私だったわね」
鈴谷「違うし」
島風「私なんだけど!加賀さんに任せたら提督甘やかして仕事終わるのおっそいもん!」
加賀「貴女がやると書類の半分が紙飛行機に変わるのよ」
島風「違うもん!3分の1だもん!」
提督「前回は3分の2だった」
加賀「半分越えてるじゃない」
加賀の突っ込みにプイと顔をそらす島風。その先には皐月の顔が……
皐月「ちょっと、どういうこと?」
島風「ひっ」
鈴谷「あーあ、怒らせたー」
皐月「後で工廠裏来てね」
島風「きゃー!」
夕立「……」←顔青い
皐月だけは本気で怒らせてはならない。
この鎮守府の裏ボスは皐月なのだ。一度本気で怒らせた艦娘の証言によると、「あれはダブルダイソンが枕元に立ってることより怖い」とのこと。
陸奥「もう、食べ終わったならお皿くらい片付けてよ。北上が片付けられないでしょ」
北上「そーそー。いつまでもそこにいると手伝ってくれるのかって思っちゃうでしょー」
その言葉に、陸奥を除く全員が逃げるように食堂から出ていった。
北上「おおう、凄いスピードだったねえ。軽く40ノットあったんじゃない?」
陸奥「手伝おうって気にはならないのかしら。ねえ?提督」
チラリと後ろに視線をやる陸奥。その視線の先にはいそいそと皿を片付ける提督の姿が。
北上「あんたは仕事しなさいよ」
提督「島風がさっき皐月に引きずられていったもの。しばらく仕事できないよ」
北上「秘書艦がいなくたって仕事はできるって」
提督「侮らないで。私が仕事できるなら皆苦労してないでしょ」
陸奥「威張ることじゃないわねぇ」
開き直ったように言う提督の態度に苦笑する陸奥。北上も呆れて笑っている。
そして、手伝うと言い張る提督をしっしっと追い払い、北上は皿を洗うべく台所に引っ込んだ。
……どこからか「きゃああああああっ!」なんて悲痛な叫び声が聞こえた気がした。だが誰も動じない。いつものことだと言わんばかりにそれぞれの日常に戻っていく。
この鎮守府に近付く敵はおろか味方もいない。
ちょっと騒いだくらいで咎める奴なんてたった一人もいないのだ。
何故ならここは、世界の果てにある鎮守府だから。
世界の果てで騒いだって誰も気にすることはない。
世界の果てで、少女たちは必死に生きている。
誰も知らないところで、ひっそりと。
これは、傷ついた艦娘たちの物語。
ふらふらと、よろよろと島風が疲れきった顔で執務室に入ってくる。
提督「おかえりー」
島風「た……ただいま……」
提督「皐月が言ってたの冗談じゃなかったのね……。知ってたけど」
お疲れさん、と提督は冷たいジュースを渡す。
どこから取り出したのだろう……と島風は不思議に思ったが、提督の座っている椅子の後ろにチラリと見える加賀の姿に納得した。加賀が提督に渡したのだろう。
なんつーか、召し使いみたいになってた。
島風「……」
提督「ん?どしたん?」ピコピコ
島風「半分以上紙飛行機にした私が言うのもなんだけど、仕事しなくていいの?」
提督「いいんじゃない?」
怒られたことなんて一度もない。
私たちを気にかける奴らなんて一人もいない。
一応近海警備だってしてるし、遠征だって1ヶ月に1、2度する程度だが、一応やってる。そう、一応。
この鎮守府の近海には駆逐艦がたまーにいるくらい。戦艦なんていない。え?鬼?姫?何それ美味しいの?
でもしっかりお給料は貰ってる。給料泥棒なんて言われたこともない。
だってここは、世界を守るために作られた鎮守府じゃないから。
艦娘たちを守るための鎮守府だから。
提督「なんて言ったけど、ちゃんと重要な書類には目を通しているんだぜ?あとは知らなーい」
島風「……いいの?だって私たちは、世界を、人類を守るために作られたんでしょ?」
提督「いいよ。少なくとも、ここではね」
島風「でも」
それじゃ世界はいつまで経っても救われない。
そう言おうとして、遮られた。
北上「提督~、警備終わったよ~」
バタン!と勢いよく扉を開けて入ってきたのは北上。ドアが壊れるかと思った。提督は苦笑して「お疲れ様」と返した。
北上「ん?どうしたの?なんか暗くない?」
提督「電気ついてるよ」
北上「いや、テンション的に暗いって意味」
特に島風が、と北上が島風に視線をやる。島風は気まずかったのかふいと顔を逸らした。
提督「損害は?」
北上「ないよ~。あるわけないじゃん!」
提督「心配くらいさせてよ」
北上「大丈夫だって!大井っちと一緒だもん!」
そう言って。北上は横を向いた。
誰もいないはずの隣を。存在しないはずの存在を見て。
――大井っちと、言った。
島風「あ……」
提督「……それもそうね」
北上「でしょ?…ん、何?大井っち?ああ、補給ね。忘れてた。一応船渠も行っとく?……提督、そんじゃあたしたちはこれでっ!」
「お腹すいた~」と騒ぎながら執務室を出ていく北上。提督と島風は手を振って北上を見送った。
足音が遠ざかっていって、ようやく島風は息をつく。提督は涼しい顔で中断させていたゲームを再開していた。
島風「……あのさ、提督」
提督「島風は着任したてだもんね。北上様の持病はまだよく知らなかったか」
持病。
前の鎮守府で刻まれた呪い。
一応断っておくが、この鎮守府には球磨型軽巡洋艦大井はいない。北上がここに来る前から、来た後も、大井はこの鎮守府にはいないのだ。
提督「北上様が見てるのはねぇ、幻覚なのよ」
島風「え……く、薬とか……?」
提督「違うよ。北上様が自分で自分を騙してるだけなのさ」
提督いわく――北上は、心を壊してしまったらしい。
前の鎮守府で、大好きな仲間の、大好きな姉妹の、大好きな親友の、大井を失って。
提督「彼女の前の鎮守府は徹底的に敵を殲滅する主義でねぇ、多分海域奪還率なら元帥のところといい勝負なんじゃない?」
島風「姫とか、倒してるってこと?」
提督「そゆこと。家族かなんかが深海棲艦に殺されてるって聞いたな。だから」
だから。
艦娘たちを気にかけている余裕はなかったらしい。
敵を倒すことしか考えてなかったから。
艦娘たちとの接し方が、分からなかったらしい。
提督「ある時、姫が出た。あと少しってとこまで追い詰めて、あとひと押しって感じまで行ったんだと」
北上様と大井さんはその時の精鋭部隊に組み込まれてた、と提督は遠い目をして言った。
改二ということもあり、圧倒的な破壊力を持つこともあり、提督に切り札として期待されていたこともあり。
だが。
道中に北上が大破した。
索敵が、不十分であったらしい。
潜水艦に対応できる装備を積んでいなかったかららしい。
旗艦が疲労していて、気づけなかったらしい。
その提督は迷ったと言う。
もしここで撤退して、姫に回復の時間を与えてしまったら。
もしここで撤退して、姫に逃げられてしまったら。
――憎き仇を、討てなくなる。
大井の反対も無視して。
旗艦や随伴艦の抗議も無視して。
大破進撃を、した。
提督「大破進撃がどのくらい危険か、分かる?」
島風「確か、大破した艦娘が轟沈しやすいって聞いたこと、ある……」
提督「そう。しかも、他の艦娘たちの疲労はMAXで、とても最終決戦のコンディションが良いとは言えないね」
知らなかったのだ。
疲労した艦娘はその力を十分に発揮できないと。
気にしたことがなかったから。
気にかけることがなかったから。
結果。
精鋭部隊は大敗した。
当然の結果だと言える。
そして。
北上は生き残った。
代わりに、大井が轟沈した。
島風「なに、それ。どうして、大井さんが」
提督「北上様が被弾しそうになるたびに、庇ってたんだって」
庇いすぎて、沈んでしまったんだって。
ああ、なんて美しい友情だろうか。
親友を守るために、守りきって、沈んでいった。
島風「そこから?そこから、北上さんは、壊れちゃったの?」
提督「んーん。しばらくは、大井さんの死を悼んで、ずっと閉じこもって泣いてたらしいよ」
当然だけどね、と提督は言った。
むすっとした顔で。不機嫌そうに。
大破進撃を命じた提督は、北上にきちんと謝った。ちゃんと、謝った。
俺のせいで、大井を死なせてしまって、沈めてしまって。ごめんなさいと。
このときばかりは、自身の都合よりも北上を優先した。
大破進撃を命じたことを、心から悔いていた。
反省していた。もう二度としないと誓った。
――けれど、北上は部屋から出てこなかった。
大井が轟沈してから、一週間が経った。
一ヶ月が過ぎて、カウンセラーも心が折れかけてきた頃、“それ”は唐突に起きた。
北上が笑顔で部屋から出てきたと思ったら、笑顔で執務室に入ってきて、「出撃っていつ?」と訊いてきた。
大井っちがいないなら、出撃なんてしない――
球磨型の姉や妹たちが北上を部屋から出そうとしたとき、北上はそう言い放ったという。
なのに。
なぜ、彼女は出撃したいと言い出すのだろう?
大井はいないのに。別の大井も、いないのに。
提督「そんで、北上様の持病が発覚。療養としてここに送られたってわけ」
療養という名の左遷。
それはこの鎮守府にはそう珍しいことではないのだ。厄介払いとも言う。
島風「なっ、なら!提督が大井さん造ればいいんじゃないの?ほら、建造とか……」
提督「あのね、島風」
ゴトン、とゲーム機を置いて提督は真面目な顔で島風の目を見据える。
島風はその真剣さに圧倒されながらも、きちんと聞く姿勢をとった。
提督「島風ってさ、鈴谷と仲良いよね」
島風「は?」
真面目な話かと思ったのに、友人関係のことを訊かれた。
島風「まあ、うん。ここに着任したときから色々世話焼いて貰ってる」
提督「だよね。特別な思い出もあるんじゃない?」
島風「ある……」
うん、と頷く。提督の意図が読めなくて。
何が言いたいんだろう?
提督「じゃあ、その鈴谷が沈んじゃったとする」
島風「ええっ!」
提督「仮定だよ、もしもの話。ifの話」
本気で驚いた島風を見てどこか安心したような提督は、ピンと人差し指を立てて島風を指さした。
提督「悲しいよね」
島風「うん」
提督「辛いよね」
島風「うん」
提督「じゃあ、そんな島風を見た私がこう言った。“新しい鈴谷を建造してあげるから元気出して”」
島風「ふざけんな!」
バンと机を叩いて激昂する。目が血走って、顔は憤怒の形相になっている。
そんな島風のリアクションは想像していたのか、落ち着いた様子で提督が言った。
提督「そういうこと」
島風「あ……」
提督は話し疲れたのか、いつのまにか用意されていたお茶をすする。
ごくん、と飲み干して、息をつく。
提督「人は出会いで出来てるのさ。色んな人との思い出、感情とのね。あの北上様と思い出を作っていない大井さんなんて北上様にとっては大井さんじゃないのさ」
けど、と提督は続ける。
提督「もし、北上様が自分の力で大井さんを見つけることが出来たなら、彼女の中の大井さんはいなくなるんだろうね」
***
分かってるんだ。なんとなく。
あたしが、おかしいんだって。間違ってるんだって。
でもさ、仕方ないじゃん?
痛いのは嫌だもん。辛いのは嫌だもん。ひとりぼっちは、嫌だもん。
ここじゃひとりじゃないかもしれないけど、大井っちがいないなら結局あたしはひとりなんだ。
北上「大井っち……」
大井『なあに?北上さん』
大井っちは、あたしの光だった。希望だった。神様だった。
大袈裟に聞こえるかもしれないけどさ、あたしにとってはそうなんだ。
毎日顔をあわせることが、どれだけ恵まれてたか。
毎日話せることが、どれだけすごかったのか。
毎日笑いあえることが、どれだけ幸福だったのか……
北上「怖いよ……大井っち……」
大井『大丈夫よ。だって、一緒だもの』
幻かもしれないけど、嘘かもしれないけど、大井っちは大切な人なんだ。あたしの生活に、欠かせない人なんだ。
分かってる。でも、大井っちから離れたくない。
痛いのは嫌だもん。辛いのは嫌だもん。ひとりぼっちは嫌だもん……
大井『そうね。あの提督はとてもいい人ね』
北上「大井っちがそう言うなんて、珍しいね」
大井『だって、何も言わないでしょう、私たちのこと』
北上「呆れてるのかも。笑ってるのかも。同情してるのかも」
だって今までそんな人ばかりだったじゃん。
なに言ってんだコイツ、みたいな目で見てくる。頭おかしいのか、みたいな目で……
大井『何も言わず、ずっとそばにいてくれてる人なんてあの人くらいよ?』
北上「……」
……。
北上「……のかな」
大井『ん?』
北上「いいのかなぁ……このまま、甘えてて……甘えたままで、いいのかなぁ……」
膝を抱えて、言葉を漏らす。涙が溢れる。
分かってるんだ。このままじゃ駄目なんだって。このままじゃ前に進めないって。
島風なんか困惑してんじゃん。後輩困らせるって最低じゃん、あたし。
いいのかなぁ……
よくないよ……
でも怖いんだよぅ……
大井っち……
***
ちょいと気になって抜け出してきたが。
あーあ。泣いてやんの。
そんでそのまま寝てやんの。
畳の上で、ゴロンって横になってさ。布団敷いてあるんだからそこで寝りゃあいいのに。
よいしょ。うーん、軽いなぁ、北上様。
……服脱ぎっぱなしだし。入渠したのは本当らしい。補給はしてねぇな。
帰ってきたらすぐ補給っていつも言ってんのに。
北上「ん……大井っち……」
提督「……」
まだ無理か。
いや、いいんだ。無理に治そうとしなくたって。ここは休憩所みたいなとこだし。ゆっくりしておいきって感じだし。
なでり。
撫でてみた。北上様はくすぐったそうに体を揺らしたけど、何事もなかったかのように再び寝息を立て始めた。
べっつにさ、焦ることはないんだよね。
迷惑かけてるとか、しっかりしなきゃとか。
そんなん言ったら私どうなんのよ。
仕事はしないわ、艦娘に頼りきりだわ、ゲーム三昧だわで最悪やん。
だーれも文句言わないし、困る人だっていないんだから。
そもそも人類は艦娘に頼りすぎ。
他人任せにすんなっ、じゃあてめーらが戦えっ
ちょっとくらい、休んだっていいじゃんね……
夕焼け空を見ると、ホッとする。
今日も無事1日を終えることができたって。
誰もいなくならなかったって。
平和だったって。
いや、平和なんて言ったけど、この世界は平和とは程遠い。
深海棲艦が攻めてきているのに、困ってる人がいるのに、死んだ人もいるのに、平和なんてそんなこと言っちゃいけないんだろうけど。
でも、まあ、うん。
少なくとも、ボクらの海は平和だった。
敵なんて駆逐艦がせいぜいだし。
ボクと同じ駆逐艦や軽巡の人たちからすれば、これからが本番なんだろうけど、この鎮守府じゃあ日が沈めば1日はおしまいなのだ。
夜に出撃することなんて、少なくともボクが着任してからは一度もない。
提督「そりゃそうさ。暗くなったらおうちに帰る。当たり前のことだろう?」
司令官はそんなことを言っていた。
何子供に言い聞かせるみたいなこと言ってるんだよ、と呆れて言うと。
提督「ええ?皐月は帰りたくないの?っていうか、帰ってきてくれないの?」
なんてことを寂しそうに言われてしまった。
くそう。
駆逐艦にとって、最も力を発揮できるのは夜なんだけれど、司令官は基本的に夜に出撃命令を出さない。
提督「だって、夜は怖いでしょ」
いい大人が何を言ってるんだか。
って、司令官今いくつなんだろう?
二十代前半にも見えるし、十代と言われれば信じてしまいそう。だけど、三十代だと言われても納得できるくらい大人びている。
だからいくつなんだよ。
よくよく考えてみたら、ボク、司令官のこと全然知らないや。多分誰も知らないんじゃないかな?
皐月「聞いてみたいけど、どうせはぐらかされちゃうんだろうなぁ」
今ボクがいるのは、鎮守府の最上階。
つまり、屋上。
ここから見える夕日は、格別に素敵なんだよね。
たまに鈴谷とか北上さんも来てるし。
皆のお気に入りの場所って言うのかな。
一番よく来てるのは司令官なんだけど……。
皐月「……」
静かだ。
まるでひとりぼっちになったみたい、なんて変なことを考えてしまう。ここはいつも騒がしいのに。
皐月「前の鎮守府じゃ、考えられないくらいだな……」
前の鎮守府は、というか前の提督は浪費家だった。
大和だの武蔵だの建造だの開発だの出撃だの、そりゃあ資材も溶けますよねって……
もう少し計画的に使ってよねって……
なのに鎮守府がちゃんとまわっていたのは、ボクたち……というか遠征部隊のお陰だろう。
毎日毎日毎日毎日、遠征だった。
遠征から帰ってきても、すぐに補給して出撃。
疲労を回復するために、週一で間宮さんが来てくれたけど、それにも限界がある。
睦月型の一番の長所は燃費がいいこと。
装甲も薄いし、攻撃力だって他の駆逐艦より下だし、期待されてないっていうのは、その……よく分かってる。
だけど、燃費はよかった。そりゃ、遠征部隊にぴったりだと思う。ボクら遠征部隊のお陰で皆の役に立ててるっていうのも嬉しかった。
でも、でも……。
大成功したときくらい、「ありがとう」って言ってほしかった。
「お前たちのおかげだ」とか「お疲れ様」の一言くらい、言ってほしかった。
それに、もう少しボクたちのことも考えてほしかった。
姉妹たちがヘトヘトになって、倒れてしまったときくらい、心配してほしかった。
ボクはそれなりに体力があったし、皆ほど疲労しては無かったから、ちょくちょく当番を代わってあげた。
そのあいだに少しでも休めたらいいなって。
そんなことを繰り返しているうちに。
ボクの体はいつからか疲れきってしまったようで。
ちょっと航行するだけで、眩暈がした。
気持ち悪い。頭が痛い。熱っぽい。だるい。吐きそう。倒れそう。
そんな体調のまま出撃を続けてたからだろうか。
司令官はボクに見切りをつけた。
使えない艦娘は要らないと、ボクをここに着任させた。
つまりは、厄介払いってことなんだろう。
「さーつーきー」
皐月「!」
司令官の声。呑気な声。ボクを呼んでいる。
昔の思い出に浸っていたら、いつのまにか日は沈んでしまっていた。
太陽の代わりに月が世界を照らしている。
たくさんの星も手伝って、照明無しでも明るく感じてしまう。
皐月「……司令官」
提督「あー、ここにいたの。風邪ひくよー」
皐月「うん……」
提督「どしたの?」
皐月「うん……」
ここの司令官はすごく優しい。
仕事はしないしゲームしてばっかだしどうしようもない司令官だけど。
提督「なんか失礼なこと考えてなぁい?」
皐月「失礼じゃないよ、司令官大好きって考えてただけだよ」
提督「oh……」
ボクの言葉に司令官は口に手を当てて顔を背けた。
提督「やば……めっちゃときめいた」
皐月「……」
馬鹿。
こっちまで恥ずかしくなるじゃないか。
でもそんなことを言ったら、司令官は調子に乗るから言わないけど。
まったくもう、可愛いんだから。
提督「あ」
皐月「?」
司令官が声をあげる。どうしたんだろう?
上を向いてポカンと口をあけている。
提督「流れ星」
皐月「流れ星?」
提督「うん」
そういえば、テレビで言ってたっけ。
今日は流星群が見れますとかなんとか……
司令官はボクの手を握る。
なんだよ、と言うと、なあに?と返される。
離してよ、と言うと、ヤだよ、と返される。
嫌なの?と言われて、別に…、と答える。
「ずーっと皐月と一緒にいられますように」
ボクの隣からそんな言葉が聞こえる。
司令官を見ると、にこりと微笑まれる。
皐月「……」
提督「……」
皐月「……」
提督「……」
「ずっと司令官と一緒にいられますように…」
提督「……」
皐月「……」
提督「……ありがと」
皐月「……ん」
願いを口に出してみる。ずっと一緒なんて、きっと無理なのかもしれないけど、流れたのかも分からない星に願う。
叶うかどうかも知らない迷信に願う。
ずっと一緒に、こんなぬるま湯みたいな暮らしを司令官たちと……
提督「戻る?」
皐月「まだ……」
提督「もうお願いしたじゃん」
皐月「叶えてくれないかもしれないじゃん」
だから、と空を見上げて言う。
皐月「たくさんの流れ星に祈るんだよ。もしかしたらどれかひとつくらい、叶えてくれるかもしれないでしょ」
提督「……」
提督は黙ってボクに上着をかける。
どうやら付き合ってくれるらしい。ボクはお礼を言って、屋上に置いてあるベンチに腰掛けた。
提督「夕飯までには戻ろうね」
皐月「うん」
身を寄せあって、夜空を見上げる。
寒いから、風邪引くかもしれないから、いつか離ればなれになっちゃうかもしれないから。
だから、今を大切にしよう。
後悔しないように……
誤字、脱字がありましたら遠慮なく言ってくださいね。一応確認したつもりですが、もしかしたら読みづらいとか分かりにくいとかあるかもしれません……
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面白ろかった