提督「あぁ、いつの日か」
────崩壊は静かに歩み寄る
艦隊決戦で劣勢に追いやられた海軍。そんな海軍、舞鶴鎮守府にて提督をしていた男は、ある時を境に提督を突如辞めてしまう。
そんな男に何があったのか。そして、突如いなくなった理由を知らない艦娘たちは────
提督というのは、いわば人員の替えが利く駒だ。
無能であれば捨てられ、代わりに有能な者が。
上官へ歯向かおうとすれば先のない未来が。
どっちであれ、提督に自由などない。
だから。だからこそ私は願ったのかもしれない────
────ただの人間に戻りたいと。
────
元帥「... 久方振りだな」
提督「えぇ。最後にお会いしたのは何年か前のことでしょうか」
元帥「確かそうだったな。... それにしても、あの時に比べて私や君、海軍も変わったものだ」
提督「そりゃあそうでしょう。なんせ、深海棲艦との決戦の後、敗北して劣勢。各地から批判が飛ぶもんですから、大忙しのようですし」
元帥「これも仕方の無いことだろう。馬鹿どもが私の許可無しに艦隊を動かすからああなる。此方の被害も考えてほしいものだな」
提督「全くもってその通りです。本当に過激派には困ったものですね」
元帥「奴らは名家の出が多いからな。プライドと過信が過ぎる」
提督「あいつらはそういう人種なんです。元帥や私といった元民間人とは大違いだ」
提督「 ... それで。今日はこの話をするために高そうな店の部屋を取ったんですか?」
元帥「... そうだったな。君もあまり時間が無い。こうして会っていることですら奇跡なのだから」
提督「 ... そうですね」
元帥「 私たちが君にした数々の非道、忘れてはいない。... だが、それを踏まえて私に話をさせてくれ」
元帥「────現在、海軍は崩壊の危機にある」
────
提督「 ... 」
提督「崩壊の危機 ... 。私には関係ない話だが、あの人にはいろいろ恩がある」
提督「それに『君の力が必要だ』なんて土下座までされてしまっては、断るにも断れないじゃないか」
提督「 ... しかし、私は忘れてはいない」
提督「過激派が私に行ったこと。いくら年月が経とうとも忘れることは決して無い」
提督「元帥。... あなたは私を庇ってくれようとしましたが、本当はこれで良かったんですよ」
提督「こうして私が提督を辞めることで批判を受けずに済んだ」
提督「士官学校の恩師に恥をかかすことがなくて、良かった────」
────
提督「 ... 無駄に広い家。なんだか寂しいものだ」
提督「高層マンションの最上階、それにフロアまるまるなんて。私には余るくらいだよ」
提督「 ... 本当に、無駄に広くて使い道がない」
提督「とりあえず、風呂にでも浸かって今日は寝ることにしよう」
提督「提督時代だった頃とは違い、書類仕事も見回りも、夜戦娘の対処もない。いつでも寝て、風呂に入って、本を読んで。自由に生活ができる」
提督「自由だ。縛られるものがなく、気ままに生活ができる。私が望んだ最高の生活。けれども、この虚無感はなんだろうか」
提督「 ... やっぱり、風呂は朝でいい」
────
提督「 ... あぁ、もう朝か」
提督「時間は ... 1030。相当ぐっすりだったらしい」
提督「やはり、この時間まで寝るということは生活習慣の乱れからきているのか」
提督「もしくは、起こしてくれる者がいないからか」
提督「 ... あぁ。多分、これに関しては後者だろう」
提督「以前は茶色の髪の雷巡が起こしに来てくれていたからな。呆れながらも、私のことを起こしてくれていた」
提督「あの頃が懐かしい ... いや、何を言ってもこの現実は変わらないか。なんせ、私は彼女たちを裏切ったも同然」
提督「 ... 過激派が勝手に行った艦隊決戦へ出撃する直前に、私は姿を消したのだ」
提督「事情はどうであれ、私に彼女たちを思う資格なんて────」
プルルルル...プルルルル...
提督「電話。 私の居場所を知った上で、この電話にかけてくるということはつまり...あいつか」ガチャ
提督「もしもし。... 久しぶりだな、呉提督」
呉提督『久しぶりだなぁ。とはいっても数ヶ月くらいしか経ってないが』
呉提督『 ... あと初めに謝らせてくれ。お前に頼まれたものを調べてたんだが、ちょっと過激派の監視が厳しくてよ。あいつらとうとう現地の憲兵までに賄賂を渡しやがったもんだから、動きが制限された』
提督「やはり、か。時期は遅くなったが、予想通りだ」
呉提督『なぁ、我が友。... 俺たち、これからどうなる?』
提督「どう、とはどういうことだ」
呉提督『そのままの意味さ。お前も知ってるかと思うが、今の海軍はちょーっとやばくてよ』
呉提督『元より過激派と穏健派に分かれてた海軍だったが、艦隊決戦の後に過激派が活発になってな』
呉提督『あいつら負けたってのにすげぇ余力残してやがったんだ。現にいくつかの鎮守府の提督に対して傘下に入らないかと金まで積みにきた』
提督「それで、お前は傘下に入ったのか」
呉提督『んなわけあっか。俺は元帥殿を心から尊敬してる。そんなアホ見てぇなことできるかっての』
呉提督『けど、まぁ。実際のところ横須賀、おまけに大湊が傘下に入ったから良いと言える状況じゃない。加えて元帥は過激派に見張られて表立った動きができねぇ』
提督「 ... なるほどな。ある程度の状況は書類通り ... か」
提督「それで。舞鶴、舞鶴はどうなんだ」
呉提督『 ... すまん。そこまでは分からなかった。だが、大丈夫だろ。お前が指揮していた艦隊だ。代わりに送られた提督っつうのも元帥を慕ってたしな』
提督「 ... 分かった。わざわざすまない。提督から降りた私の代わりに」
呉提督『気にすんなって。お前が降りた原因は1番よく知ってるしよ。またなんかあれば連絡するわ』
提督「本当にありがとう、我が親友。お前には返しきれない恩ができたな」
呉提督『いいってことよ!今度また酒でも奢ってくれよな!そんじゃ、また電話するぞ!』ガチャ
提督「 ... ありがとう、我が親友。お前の助けがなければ、ここまで私は生きていけなかった」
提督「 やはり持つべきものは友、とはよく言ったものだが、本当にその通りだった」
提督「ありがとう、ありがとう我が親友。お前の未来に幸があらんことを」
────
提督「久々の昼風呂。いつも朝か夜に入っているからか、幾分新鮮な気分だな」
提督「 ... あぁ、そうだ。シャンプーが切れそうだったから、買いに行かねば」
提督「 一度ネットで注文して届けてもらったが、中身が入ってなかったり違う商品だったり。やっぱり自分の足で、だな」
提督「 ... 東京とはいえ、いつ過激派に見つかるか分からん。軽く帽子を被ることにするか」
────
提督「あっちとは違って、やはり東京は人が多い」
提督「海軍最強の横須賀鎮守府が近くにあるって言うから、最近では地方から引っ越してくる人間も多いと聞く」
提督「 ... 横須賀提督。あいつは、元より過激派思想の持ち主だった。だからこそ、私はあちらに属しているが確固たる信念を持ったあいつに希望を見出した」
提督「だが、それは間違いだったらしい。私の言葉で、あいつが変わるなど有り得ない」
提督「確固たる信念を持つ者こそ日本の未来を担うに等しいが、奴の行動は危険すぎる」
提督「 ... 大丈夫だろうか」
────
提督「ただシャンプーを買いに来ただけだったのに、安売りしていたからトイレットペーパーまで買ってしまった」
提督「トイレットペーパーは十分なんだが ... まぁ、備蓄して損は無い。ボーキを節約して一航戦の二人に食われるよりかはマシだと思えば備蓄もしたくなる」
提督「 ... おっと。いつの間にか、私は別方向に足を運んでいたようだ」
提督「海軍兵学校 ... いや、士官学校。というのが正しいか」
提督「ここだけ。ここだけは元帥直々の配下だからか他の士官学校とは違い雰囲気も悪くは無い。... 寄ってみるか。買い物袋を下げているけどな」
────
憲兵「貴様。民間人、それに買い物袋を下げ何の用だ」
提督「... あぁ。忘れていたが軍服は生憎持ち合わせていない。そして身分証もな」
提督「だから、この顔を見て見覚えがあれば通してもらいたい」バサッ
憲兵「貴様 ... って、て、提督殿ではありませんか!... さ、先程の無礼をどうかお許しを ... 」
提督「構わないさ。... それに、いまは提督じゃない」
憲兵「いいえ!提督殿!提督殿は我が士官学校の誇りでもあり目標!さすが次席であったお方です!」ビシッ
提督「そこまで褒めてくれるな。天狗になってしまう 。... 今日もお勤めご苦労。とりあえず冷たいお茶でも飲んで休んでくれ」ヒョイ...スタスタスタ
憲兵「こ、このようなもの ... っと行ってしまわれた。... 提督殿、やはり寛容な心の持ち主。私たち士官候補生の目標の1人であります」ビシッ
────
「提督殿!お元気で何よりです!」
「私たちはお待ちしておりました!」
「ここならいつでも提督殿を歓迎致します!」
提督「久々に来たんだが、どうやら私の顔は知れ渡っているようだ」
提督「全く。元帥も要らぬ計らいを」
提督「しかし、まぁ。居場所があるってことがこんなにも安心するとは、思ってもいなかったな」
提督「今日は元帥殿も不在のようだし、少し周りを見てから帰ることにしよう。... 久々に訪れた学び舎とも言える場所。それなりに感慨深いところはある」
────
提督「ひと通り見て回ったが、やはり何も変わっていない」
提督「変わっていないからこそ、安心感がある。なんだが不思議な気分だ」
提督「 変わらない。ここが変わらないのと同じように、私も昔とは変わらない。唯一変わったといえば地位くらいなもの」
提督「 ... 変わらなければ、何も変えることは出来ない。まずは自分から、といったところか」
────
提督「 ... 結局、家に帰ってきてしまった」
提督「妙に血生臭いような気もするが、衣類の生乾きだろう」
提督「それにしても ... 。特にやることもないし、強いていえば家事くらいか」
提督「しかし食器は洗ってあるし、部屋も掃除済み。洗濯物は先程取り入れておいた。要するに暇だ」
提督「久々にテレビでも見ようか。ここ数ヶ月、全くもって触れていなかったが」ポチッ
『番組の途中ですが、ただいま速報が入りましたのでお伝えします』
『昨夜未明、東京──区にて海軍本部所属の大佐、少将含む計6人がホテルの一室にて何者かにより殺害されました。殺害は単独犯だと思われ、現場には穴の空いた正方形のクッションと殺害で使用された拳銃の薬莢が落ちており────』
提督「あの薬莢 ... 見るからにコルトパイソンだ」
提督「それに殺されたのが全員過激派の連中。これが偶然、とは言い難い」
提督「 ... コルトパイソンなんて拳銃を使っているのは私以外ほかにいない。なんせ、特注だからな」
提督「そして、この拳銃の持ち主は私ではない。... そう、この拳銃は────」
川内「私が提督から貰ったもの、でしょ?」
崩壊は静かに歩み寄る。
提督「 ... そうか。どうやら、私は気付かぬうちに獰猛な犬を引き連れていたようだ 」
川内「 人聞き悪いなぁ。せめて、可愛い子犬とかにしてもらえればいいのに 」
提督「 子犬は拳銃なんて持たん。そして人を殺したり、もな 」
川内「 ... さっきのニュース、軽く聞き流してると思った 」
提督「 海軍の少将クラス、それも過激派がほとんどとなれば嫌でも耳を傾けなければならない 」
提督「 むしろ、それが川内の目的ではないのか? 」
川内「 なるほどね ... やっぱり、提督は提督だったってことかな 」
提督「 伊達に提督を続けていた訳では無い。というか、何年もの間君を秘書艦にしていたと思っている 」
川内 「 それもそう、か。やっぱり、提督はなんでもお見通しだね 」
提督「 ... たとえ嫌な事でも、理解はできてしまうものだ 」
川内「 ... 嫌な事でも 、ね」
提督「 あぁ ... そうだ 」
川内「 ... うん。そうなれば話は早いかな 」
川内「 提督。いまから私が言う言葉、一言一句忘れないで 」
川内「 舞鶴鎮守府は、新提督によって乗っ取られるよ 」
────
提督「 ... まさか、とは思っていた 」
提督「 しかし、可能性としては存在していた。... ただ、私が信じたくなかっただけで 」
提督「 ... それにしても、だ 」
提督「 舞鶴から遠い場所にあるここに、わざわざ独りで、しかも見知らぬ土地で人を殺めることができるものなのだろうか 」
提督「 私であれば、そんなこと出来ない。むしろ、いまリスクを犯す必要なんてない。メリットも何も無いのだから 」
提督「 おまけに、殺害した相手は全員過激派。殺したところで、逆に奴らへ対して火に油を注ぐことになる 」
提督「 となると、嫌な予感は的中というわけか 」
提督「 ... 川内。君は脅されてしまったんだな 」
────
「 中将。ただいま、GPSにて居場所を特定致しました 」
中将「 よろしい。... そのまま任務を続行せよ 」
中将「 ... ふん。しっかりと目的を果たしているようだな 」
中将「 まぁ、それもそうか。『 明日、提督を特定の場所に連行せよ。もしそれが果たせれば姉妹艦の安全は保証する』という半ば強制の洗脳で目的を刷り込んだのだから、果たしてくれねば困る 」
中将「 だが、それでは薄い。ついでに舞鶴を乗っ取られるだなんて偽情報を刷り込んで正解だったな 」
中将「 滑稽。弱々しく、まるで女のよう 」
中将「 本当に使えるものだ。''艦娘という兵器''は 」
────
川内「 ... 提督、お風呂借りたけど良いよね 」
提督「 構わん。この家のものは好きに使ってくれ 」
提督「 いま朝食を作っているからな。... ソファーで寛いでいてくれ 」
川内「 ... うん 」
提督「 どうした。私が知る川内なら、ここは元気に返事をする場面だと思ったが 」
川内「 あ、いや ... ちょっと考え事してて 」
提督「 ... そうか 」
川内「 ... 」
川内「 (ごめんね、提督。私、これから提督を...) 」
川内「 ... ねぇ、提督 」
提督「 ん、どうした 」
川内「 ... やっぱり、なんでもない 」
川内「 (今更後悔したって、もう遅いんだ。... だって、私は────)」
────
川内「 ... 卑怯な奴ら 」
中将「 ふん。縛られておきながら、まだその威勢。なかなか虐めようがありそうだ 」
中将「 ... まぁ、これを見ても尚、そんな言葉が言えれば良いがな 」ドサッ
川内「 ... なによ、この袋 」
中将「 それは見てからのお楽しみだ。... 袋を開封しろ 」
「 了解致しました 」バサッ
川内「 何が入って ... っえ?」
中将「 どうした。何を驚く必要がある。お前の大切な''姉妹艦''の那珂がここに居るのだ。もっと喜ぶが良い 」
川内「 ... そんな、わけ ... だって、那珂が頭だけ ... 」
中将「 あぁ、そうか。... ほれ、ついでのものだ。これで身体が全て集まったな 」ポイッ...グシャッ
川内「 あ ... そんな ... そんな ... 」
中将「 なんだ。先程の威勢はどうした? ... あぁ、それとも神通とかいうもう1人の姉妹艦の姿も見たいか?」
川内「 ... 」
中将「 まぁ、捕らえているだけで解体には少々時間はかかるが ... おい、聞いているのか? 」
中将「 ... 気絶しやがった。... 起きろ 」ガッ
川内「 あぐっ ... 」
中将「 ん、なんだ。反応が薄いな。もっと足で腹部を蹴られたいか? 」ガッ
川内「 ぁ ... いだぃ ... 」
中将「 もっと声を張らんか。ほれ 」ガッガッ
川内「 う ... ぅぅ ... やめて ... 」
中将「 なんだ?声を張らねば聞こえんぞ? 」
川内「 ... やめでぇ ... ぃたい ... 」
中将「 ハッハッハッ。おいおい。とうとう泣き始めたぞ。本当に面白いな、艦娘というのは 」
中将「 このままにしておくのも一興だが ... 生憎こちらには目的がある。利用できるものはなんでも利用しないとな 」
「 ... 中将殿。艦娘をどう致しましょう 」
中将「 ふむ、そうだな。いまのこいつは幻覚剤で姉妹艦が死んだと思っている。 憲兵、こいつを薬で麻痺させ目的を刷り込んだ後、入渠にいれ外へ出せ 」
「 ... それは、任務でしょうか 」
中将「 当たり前だ。行け、お前も逆らえば ... 分かっているな? 」
「 ... 了解致しました 」
中将「 ... ふん。精々首を洗って待っているんだな 」
中将「 私に逆らうとどうなるか、知るが良い 」
────
川内「 ( 私は那珂の死体を見たあとから記憶が無い ) 」
川内「 ( 気がつけばホテルの一室で拳銃を持ったまま、周りに横たわる人たちを見てた ) 」
川内「 ( そして、その人たちを殺したのが私であるというのを教えるかのように、着ていた服には真っ赤な鮮血 ) 」
川内「 ( これで、私も人殺し。ただの、人殺しの兵器 ) 」
川内「 ( きっと、私が提督を目的の場所に連れていかないと、多分神通も... ) 」
提督「 ... おー、目玉焼きが綺麗に焼けた 」
川内「 ( 提督、きっとあっちに連れていったら何をされるかわからない ) 」
川内「 ( もしかしたら殺されるかも ... ) 」
川内「 ( けど、ごめんね。提督のことは大切だけど、姉妹艦の方がもっと大切なんだ ) 」
川内「 ( ごめんね ... ごめんね ... ) 」
────
提督「 いや、久々にまともな朝食を作ったものだ 」
川内「 美味しかったよ。ありがとうね、提督 」
提督「 気にするな。食事というのは、誰かに作る方が心地が良い。... それよりも、先程から何か言いたげだが ... 」
川内「 ん ... 。あ、あのね。提督、これからちょっと行きたい場所があるんだけど ... 付き合ってもらえる? 」
提督「 ... 行きたい場所、か 」
提督「 分かった。準備するから、少し待ってろ。あと、勝手ながら昨日服を洗濯した。着ていた服はカーペットの上に置いてあるから、着替えてくれ 」
川内「 あ、もしかして着替えさせてくれたの? 」
提督「 ... ま、まぁ。そんな血の匂いがする衣類を着ていてはあれだろう 」
川内「 ... ありがと 」
川内「 ... 提督の匂い、ちゃんとする 」クンクン
────
提督「 わざわざ軍服まで希望とは。おかげで、周りからの視線が痛い 」
川内「 ちょっと、いろいろあって 」
提督「 ... 」
提督「 ... まぁ、久々に私も着なければならなかったからな。ちょうど良かった 」
川内「 え、それってどういう ... 」
提督「 気にするな、此方の話だ。 ... で、川内が連れて行きたかった場所というのはここか?」
川内「 そう。... ここに、連れてきたかった 」
提督「 ... わざわざ街中の廃工場なんて、まるで私が誘われているようだな 」
提督「 では、早速中へ入ろうか 」
川内「 ... うん 」
────
提督「 ... いまにも崩れそうな場所だな 」
川内「 ... だね 」
提督「 まるで''建物の老朽化で不慮の事故''が起きたように見せかけることのできる、そんな場所のような 」
川内「 ... 」
提督「 川内?... 先程から黙り込んで、なにか私に言いたいことでもあるのか? 」
川内「 ... 」
川内「 提督 ... 私、私は ... 」
提督「 ... 言いたいことがあるなら言うといい 」
川内「 ... 悪く、思わないで 」カチャリ
提督「 ... 」
提督「 ... あぁ、そうか。やはりそういうことか 」
提督「 私はどうも、罠にかかったらしい 」スッ
提督「 ... ここで両手をあげれば満足か。それとも、地べたに伏せた方が良いのか。どちらにせよ、なにか行動を起こせば制圧される 」
提督「 ... 貴方なら、どちらが好みでしょうか?」
提督「 中将 ... いや、元司令副長官殿 」
行先は必ずしも真っ平らな道ではない。
中将「 久しぶりだな、若造。ここで会えるとは、なにかの偶然か? 」
提督「 ... 偶然であれば良かったものです。しかしながら、今日は違うようだ 」
中将「 当たり前だ。... 今日は良い日になるぞ、若造。なんせ、お前の命日なのだから 」
提督「 はは、ご冗談を。私を殺したところでなんのメリットもないことは、中将殿が重々承知では 」
中将「 とぼけるな。わしは利益が出ないものはやらん主義だ 」
中将「 現在、わし含む過激派は横須賀と大湊をこの手に収め、次は西日本。佐世保なら楽に手に入れられるが、呉と舞鶴は彼奴、元帥の目がかかっている 」
提督「 ならば、元帥と最も近いとされる私を殺して実質舞鶴を手中に収め、同時に元帥に対し私の殺害容疑を掛け、会議にて元帥を降ろす、と 」
中将「 よく分かっているじゃないか。正直、貴様が提督をやめたからとはいえ地位なども考えれば舞鶴を守れるほどの力はある。おまけに元帥の後ろ盾があっては自由に動けん 」
提督「 だから元帥を半ば監禁状態にして動きを封じ、私にトドメをさすと 」
提督「 であれば、あの士官学校に元帥が居なかったのも頷ける。... あの方は、時間には厳しいから 」
川内「 て、提督 ... もしかして ... 初めからこのことを分かって ... 」
提督「 ... そうだとしても、私はここに来なければならなかった。... あの人は危険すぎる 」
川内「 ていとく ... っ 」
中将「 ... ふん。いくら言葉で取り繕おうとも、ただ威勢が良いだけではこの状況はどうしようもないぞ? 」
提督「 確かに、威勢が良いだけではここに来た意味なんてありません。ですが、ここに来たということは威勢が良いだけではないということですよ 」
提督「 私がなぜ軍服を身に着け、ここに来ているのか。それは貴方が指定したのかもしれませんが、私にとってもそれは好都合でした 」
中将「 ... どういうことだ? 」
提督「 ... 私は、艦隊決戦の直前に''あの事件''があって提督としての地位を貴方に消された。 それは相当痛手でしたが、私にはなんの支障もありません。むしろ、都合が良かったんですよ 」
中将「 な、なにを戯言を。現に貴様は1人、かえってわしは何人もの憲兵。おまけにここに来ることは誰にも知られていない。... 威勢を張るのもいい加減に──── 」
提督「────本当に、そう思っているなら堕ちたものです 」
中将「 なんだと ... ? 」
提督「 確かに、提督という地位が消えたのは''穏健派''にとっては痛手でした。 ですが、そんなもので私の地位が揺るぐはずはない。貴方も存じているはず 」
提督「 そして、中将殿。私が就いている要職の名、覚えておられますよね? 」
中将「 ... ま、まさか ... いや、そんなはずはない。確かに証拠は消したはず ... 」
提督「 それがそもそもの間違いでしょう。... 普通に考えてみてください。 艦隊決戦をやらかした軍部、しかも負けても尚資金を調達できるなんて、ほぼ不可能でしょう?」
提督「 国からは艦隊決戦の際に、中小企業からは日々の深海棲艦との戦闘資金を調達。となると、あと資金を調達できる場所といえばひとつだけだ 」
提督「 ... そう、この国の半分の権力を得ている大企業ですよ 」
提督「 この国、日本では深海棲艦が現れてから何十年という月日が経ちますが、それに伴って国の資金は枯渇し、同じくして軍部も資金が調達できなかった 」
提督「 そんな時に名乗りを上げたのが大企業、つまり富豪たち。彼らは資金を貸し出す代わりに日本を掌握しようと様々な権限を要求してきた 」
提督「 それから、資金を調達していく都度に国は様々な権限を譲渡し、いつしか大企業は国の半分の権力を得た 」
提督「 ... まぁ、そんな大企業から資金調達なんて、貴方は一体なにを対価にしたんでしょうね 」
中将「 し、し、知らんぞッ!そんなこと! わしは何も知らんッ!」
提督「 ここでとぼけても無駄です。... 証拠はもう、掴んでありますから 」
中将「 馬鹿なッ!知らん、知らんぞッ! 」
提督「 ... なるほど。まだここでも知らぬ存ぜんぬと。... ならば、仕方ありません。否が応でも吐いていただきましょう 」
中将「 何をする気だッ!ここはわし、わしがお前を追い詰めているのだぞッ! 」
提督「 ほう、そうですか。どうやら、貴方には絞首台がお似合いだ 」
提督「 ... さぁ、ではでは裏で活躍していたもう1人の人間を紹介しましょう 」 パチン
キィ...ガチャ...
中将「 な、なにを ... ッ!? 」
川内「 ... え、あの人 ... それに何人も軍服を着て ... 」
呉提督「 よぉ、糞ジジイ。よくもまぁ、我が親友と川内ちゃんを虐められたもんだなァ? 」
中将「 呉提督 ... 貴様、貴様には憲兵がいたはずだッ! そいつらはどうしたッ!」
呉提督「 あぁ、あいつらか。あの憲兵たちにはちと眠ってもらった。多分、今頃は牢屋の中だろうよ 」
呉提督「 それとすまん、我が親友。お前に頼まれたもんを集めんのに時間がかかった 」
提督「 気にするな。むしろベストタイミングだ 。さすが我が友 ... いや、我が親友 」
川内「 提督 ... この人って ... 」
提督「 あぁ、川内は確か何回かしか見かけなかったか。... こいつは呉提督。こう見えて士官学校首席の優等生だ 」
呉提督「 川内ちゃん、だよな。大丈夫か?暴力とか受けてねぇよな? 」
川内「 あっ ... えっと 」
提督「 我が親友、とりあえず川内を守ってやってくれ。もしかしたら、ってこともある 」
呉提督「あいよ!命に変えても守ってやるぜ!」
提督「 ... っと。呉提督以外にも、強力な助っ人が来てくれたみたいだな 」
憲兵「 はっ!提督殿と強大な敵である深海棲艦と戦う勇敢な少女が危機に晒されていると聞き、居ても立ってもいられず直々に志願致しましたッ! 」ビシッ
提督「 ... 相変わらず、真面目な奴だ。そういうところ、嫌いじゃない 」
提督「 では、中将殿。ここで貴方を取り押さえるのは簡単ですが、それでは私が来た意味は無い。... とりあえず、呉提督に調べてもらった証拠をお見せしましょう 」
中将「 くッ ... 貴様ら、調子に乗りおって ... 」
提督「 調子に乗っているのは貴方だ。...いや、貴方はそんなものでは無い。人間として生きてはいけない 」
提督「 ... それが、実の娘を対価になんて言語道断。処刑されるべきだ 」
川内「 ... 最っ低 ... 」グッ
呉提督「 川内ちゃん。今は拳を収めてくれ。あいつだって、本当はそうしたいのさ 」
提督「 ... 貴方は、生かしてはおけない 」グッ
中将「 ... な、何を言うかと思えばッ!実の娘だからどうしたと言うんだッ! 」
中将「 あ、あんな生意気な娘なんぞ対価にするくらいの価値しか無いッ! わしのために使われ、あの小娘もきっと幸せ────」
提督「 ... クズはクズ、いつの時代も変わらん 」バンッ
中将「グがァァァァァァ!貴様ァ!わしを撃ちよったなァ!」
提督「 おやおや、失礼。どうやら拳銃が暴発したようで 」
呉提督「 あーりゃりゃ。... って川内ちゃん、大丈夫か? 」
川内「 提督 ... 提督って ... あんな喋り方するんだ ... 」
呉提督「 あ、もしかして知らないのか。... あいつ、元は現代で言うところの不良だったんだよ 」
呉提督「 俺もそうだったんだが、ある時年上の先輩にボコられてな。そんときに助けてくれたのが、いまの元帥殿ってわけだ 」
川内「 そんな過去、私には話してくれなかったのに ... 」
呉提督「 そりゃそうだ。この記憶も苦いもんだが、それだけであいつの過去は完結しないからな ... 」
提督「 ... いまは右足首に銃弾が飛びましたが、今度は胸か頭にでも飛びそうな予感がします 」カチャリ
中将「 く、クソガキ ... 元から目障りだったが、今すぐ消してやるッ!憲兵、早くやってしまえッ! 」
「 ... 」
中将「 どうしたッ!貴様らはわしの部下ッ!従わないなら反逆罪で捕らえるぞッ! 」
提督「 何を仰るかと思えば ... 中将殿。ひとつ良いことをお教えします。... 彼らは貴方の部下ではない。 私の部下です 」
中将「 なにを世迷言を ... 」
提督「 ... 当たり前のことでしょう。言ってしまえば、事実貴方も私の部下だ 」
提督「 軍令部長。... この要職につく人間を目の前にしても、事実を吐く気にならないと言うなら ... 拷問でも致しましょうか 」
川内「 ... ぐ、軍令部長って一体 ... 」
呉提督「 その名の通りさ。... 海軍の事実上トップ。元帥の次に権力を持つとされている役職だ 」
呉提督「 あいつ、あんまり自分の身分を明かすことはしないからな。それに、川内ちゃんたちの前では普通の提督でいたかったんだ 」
川内「 提督 ... 」
川内「 ( 私、長い間提督と一緒にいたのに何も知らなかった。本当は偉い人だってことも、昔はちょっとやんちゃだったことも) 」
川内「 ... 私、なんにも知らないんだ 」
中将「 調子に乗るな若造ッ!ただ元帥の目に止まったからといって天狗になりおってッ! 」
提督「 ... そこまで言うのでしたら、そうですね。身体に血の色をした花を飾りましょうか 」バンッ
中将「あがっァァアッ!貴様ァ!許さんッ!許さんぞォ!」バンッバンッ
提督「 ... 左肩命中。... おっと、最後の抵抗でしょうか 」
提督「 まぁ、これで証拠も揃ったことですし、中将殿はこれで終わり、ということで 」
提督「 では、ここからは提督としてではなく軍令部長として話しましょうか 」
提督「 ... 只今をもって、中将を少佐に降格。同時に僻地への異動を命ず。尚、この命令は元帥直々に下された命であり、異を唱える場合は反逆罪で捕らえる。... 連れて行け 」
憲兵「 はっ。了解致しました 」サッサッ
提督「 連行した後、傷口の手当、その後、尋問室へ。その後は君たちで情報を吐かせてくれ 」
憲兵「 了解致しました。... では、行きましょうか''元中将殿''? 」
中将「 ク、クソガキィィイ!貴様、覚えておれよッ!こんな、こんなものでわしは引き下がらぬッ! 」
中将「 く、クソッ!離せッ!触れるでないッ!そんな命令聞かんッ!聞かんぞォ! 」ズルズルズル ...
提督「 さようなら。元中将殿。 」
提督「 さて。本題は片付いたが、まだ問題は残っている 」
「 ... なんなりと。 軍令部長殿 」
提督「 あまり、気が進まないな。君たちはただ ... いや、そうじゃないな。ここはしっかりと言うべきか 」
提督「 ... 中将に仕えた者たちよ。貴君らは中将に従っていたが、それが弱みを握られてこその行動であったと確認が取れている。軽い処罰は下すが、私直々に元帥へ申し出に行く。命は取らないので安心してほしい 」
「 ... 命を取らぬ優しさ。改めて軍令部長殿の寛容さには感服致します 」ビシッ
提督「 良い敬礼だ。貴君らも大本営に戻り、あの憲兵らの助力をしたまえ 」
「 了解致しました。... 失礼致します、軍令部長殿 」ビシッ
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提督「 ... 」
提督「 ... 終わった、か 」フゥ
呉提督「 お疲れさん。さすが軍令部長、威厳ありありだぞ 」
提督「 そうか。... まぁ、それなりにあるからな、雰囲気としては 」
呉提督「 本当にな。雰囲気が恐ろしいぜ 」
提督「 やめてくれ。昔のことを思い出すだろう。... それより、お前はこれからどうする? 」
呉提督「 あー、俺はここをちと片付けた後、秘書艦を大本営に派遣して中将の証拠を提出しているから1度戻るが ... 」
提督「 そうか。... では私も ... 」
呉提督「 お前は来んな。ていうか家帰れ。... 川内ちゃんをこれ以上悲しませんな 」
川内「 えっ ... いや、別に提督が居なくても ... 」
提督「 ... そうか。そうだったな 」チラッ
提督「 ... 我が親友の言うことはほとんど正しい。... 事後処理やらなんやら、あとは任せたぞ 」
呉提督「 おう!後は親友におまかせってな! 」フフン
提督「 ... 本当に頼もしいな、お前は 」
呉提督「 あったり前だ!んじゃ、今度酒でも奢ってくれよな! 」フリフリ-
提督「 あぁ。... ここまで、本当にありがとう 」フリフリ-
川内「 あ、ありがとう ... 」ペコッ
呉提督「 はぁ ... 俺の鎮守府は空母ばかりだから、軽巡も欲しかったところだぜ 」
呉提督「 ... ほんと、焼けるくらいのカップルなこった 」ヤレヤレ
────
川内「 ... 提督、大丈夫?」
提督「 ... あ、ぁ 」
川内「 ... 提督? 」
提督「 すまない。... 少し、やんちゃしすぎたようだ 」ポタポタ
川内「 ... もしかして ...っ! 」
川内「 なんで ... なんですぐに言わなかったのッ!? 」
提督「 腹に1発、致命傷では ... なかったからだ 」
提督「 それに ...中将に撃たれ私が弱ったら、中将には舐められていた ... いや、元よりそうだったかもしれない 」
提督「 しかし、しかし ... 」
提督「 どちらにせよ、私だって、男だ。... 怪我をしても、見栄を張りたかった 」
提督「 それが尚更、君ならば 」
いつだって、信じる人がいる幸せを。
こんばんは。閲覧ありがとうございます。
宜しければ評価、コメントの方宜しくお願いします。
7/25 指摘箇所訂正
どうも、お初にお目にかかります。柔時雨と申します!
作品、読ませていただきました!上層部の過激派の連中共……指揮系統がグダグダのくせに
賄賂とか小賢しいことにばっかり、いらん知恵巡らせやがって。
ここで完結なのか……今後、また更新されるのでしたら、川内もでてきたことですし、今後の展開が楽しみです!
応援してます。無理のない程度に頑張ってください。
柔時雨さん
コメントありがとうございます!暫くは更新する予定なので乞うご期待という感じでお願いします()
やっぱり、劣勢になってなくても人ってそれぞれなんですね。きっと。
中将から少佐へは、左遷ではなく降格なう
名無しさん
指摘ありがとうございます。ただいま訂正しました。
来たこれ
名無しさん
多分来たんですね()
拙い文ですがこれからも是非、見ていただけたらなと思います。
期待