2021-11-21 09:51:45 更新

前書き

北上が好きなんです。


深海棲艦との戦闘が終わり、はや数年。深海棲艦という敵を失った日本海軍は、自衛隊に再び戻り、艦娘を統率していた組織は事実上解散した。


艦娘達は、新たに日本国籍を得て、日本国内で自由に過ごすこととなった。その、多くは退役し、アイドルになるもの、料亭を始めるものなど、様々だた。


「どうして北上さんは退役しないんですか?」


現在の海上自衛隊。旧日本海軍時代から整備士をしていた僕は、ただ1人、この、田舎の鎮守府に艦娘として残る軽巡洋艦である北上さんに尋ねた。


「さー、なんでだろうね」


イージス艦のくるくる回るレーダーの模型をいじりながら北上さんは適当にあしらう。


「てっきり、大井さんが退役する時に一緒に辞めるものかと思ってましたよ」


「大井っちには大井っちの人生があるからねー。私が着いていくわけにもいかないでしょ?それに今でも毎日メール来るし。寂しくなんかないよー」


北上さんはこっちを向いてくれない。

僕は仕方なく、工具箱を整理することにした。


しばらくすると、コーヒーのいい匂いがした。僕は匂いの方向を見ると、北上さんが、コーヒーを持って立っていた。


「そろそろ休憩したほうがいーよ」


「少し待ってください」


僕は整理を続けようとする。


「あーもう、君はすぐにそうやって集中する。」


僕が取ろうとした、溶接用の道具が北上さんに持っていかれる。


「何するんですか」


「君がちゃんと休憩するまで、これは返さないよ?」


そう言われると、どうしようもなかった。


「それで、どうして北上さんは退役せずに残ってるんですか?」


「まだ続いてたのか」


北上さんが笑う。


「そうだねー...、どうして残ってるかって聞かれたら...それは君には教えられないよ」


「いや、今の流れでなんでそうなるんですか?!」


「仕方ないよ、話せないんだから」


そう言いながらコーヒーをもう一杯淹れてくれる。


「海軍時代からの仲じゃないですか、教えてくださいよ?」


すると北上さんはニコッと笑って


「海軍時代からの仲だから気づいてほしいなー」


なんて言うのだ。


海軍時代からの仲だから...一体それがとう言うことを指すのか..もしかしたら、聞かれたくない重たい過去があるのか...。


北上さんの笑顔にそんな裏があるとは思えなかった。


いや、思いたくないだけかもしれないが...




あの後、道具を返された僕は工具箱の整理を再び始めてしまった。そして、その先を聞きそびれた。


「さぁ、今日はこの辺にしとこう」


北上さんがスクっと立ち上がる。


「もう5時半ですか、早いですね」


「君は機械いじりに専念しすぎなんだよ!」


北上さんが頭をわしゃわしゃしてくる。

この角度で見る北上さんはなんだかお姉ちゃんみたいだ。


「機械いじりが、仕事なんですけどね...」


僕は渋々立ち上がる。すると、北上さんに腕を掴まれた。


「ちょ、どうしたんですか...?」


ぼくが 驚きつつ尋ねてみる。すると、北上さんはニコッと笑って


「さて、今日は飲みに付き合ってもらおう。」


と言った。


[飲み屋 龍驤]


「いらっしゃーい、って、なんや、北上と整備の兄ちゃんやんか」


龍驤さんの元気な声が聞こえる。


「やっほー、龍驤さん、久しぶりだねー」


「ホンマやなぁ、うちが退役してからやから4年ぶりくらいやな」


「うん、そうだねー、あーそういえばさぁ...」


2人の間に話が弾む。僕はその2人を横目に席に座った。


「でもまさか龍驤さんが、飲み屋とはねぇ」


「うちも、艦娘やった頃はそんなん考えたことあらんかったわ。そういや、整備の兄ちゃんも、久しぶりやな」


ここで、僕に話が振られる。


「そうですね。そういえばそこにあるのは飛行甲板ですか?」


僕は壁にかけられているものを指さす。


「そうやで、兄ちゃんが始めて自分で開発した飛行機が飛び立ったのはこの飛行甲板やからなぁ。触ってもええで」


「遠慮しておきます。」


「なんや、君も大人になったなぁ」


なんて龍驤さんに言われる。


「あの当時が遠慮なさすぎたんですよ。」


僕がそう言うと、確かにね、と言いながら北上さんが爆笑していた。


「ほんでなんや?2人の結婚発表でもしに来たんか?」


少し和やかな雰囲気になった時、龍驤さんがそんなことを言い出す。


「残念ながら違うんだー、」


北上さんが答える。僕は何故か恥ずかしくなって黙ってしまう。


「なんや、ちゃうんか、それでも2人とも、まだ自衛隊におって、独身なんやろ?年齢的に...」


「はいはい、なんか、田舎のオバチャンみたいになってるよ」


北上さんが言葉を遮る。


「お、オバチャンってなんやねん!」


龍驤さんはそう叫ぶと少し恥ずかしそうに、調理場に戻っていった。


「龍驤変わんないなー」


北上さんが僕の前の席に座る。


「そう思うと、あのころってなかなか賑やかでしたよね。」


「そうだよねー。あたしと、君がいると、龍驤がいつも絡んできて、大井っちが君にブチ切れての繰り返しだったもん」


「大井さん、そう思うとよく一般男性と結婚しましたよね。」


僕は昨日届いた結婚式の招待状を思い出す。


「そうだよねー、私一筋だと信じてたのに」


およよ、と、茶化すように北上さんが泣く真似をする。ここに大井さんがいたら絶対あたふたしているだろう。


「でも意外だったのが僕の招待状があったことですよ。」


いつも魚雷向けられて追いかけ回すほど嫌われていたのに、


「いやいや、普通でしょ...だって君は大井っちの...おっとこれは秘密だったね」


「えっ、ちょっと、気になりますよ」


「えー、やだ。私が教えたくない」


教えたくないって...何と中途半端な。


「はいお待ち、君らがいつも飲んでた日本酒、これやろ」


そこには懐かしい銘柄の日本酒が。


「あれ、これって生産終了したんじゃなかった?」


これは僕らが海軍時代に売っていたお酒だ。よく北上さんと非番の日に工場の休憩所で飲んで、明石さんに怒られたなぁ。(途中から一緒に飲んでたけど)


「実はな、ここの酒蔵がうちの旦那の友達んとこでな、うちように卸して貰っとるんや」


自慢げに胸を張る龍驤さん


「ない胸張っても、ダメだよ」


「は、はぁ?!これでも旦那に揉まれて、少しはデカなったんやで?!って何言わせんねん!」


1人でノリツッコミをしている龍驤さん。てか、ご飯前に下ネタはやめてください


「とにかく、このお酒が君と飲めるなら、ここはこれから行きつけだねぇ」


北上さんが突然僕に話を振る。


「そうですね。僕もこのお酒大好きですし...今度明石さんを呼びますか?」


「あー、どうだろ、明石に電話してみる」


そう言うと北上さんは店の外に出ていく


「ところで兄ちゃん、北上とはどこまで行ったんや?」


僕の隣にサラッと座っていた龍驤さんに話しかけられる。


「え?どこまでって...?」


「なんや、なんもないんか?」


「いや、だから、なんの話ですか?」


「はぁーー...これは北上も苦労するわ」


ため息を何回もつきながら、龍驤さんは厨房に戻っていく。


一体なんの話だろうか...?


ガラガラ


「いやー驚いたよ」


北上さんが戻ってくる。


「何がですか?」


「まさか明石が結婚して今ハワイにいるなんて」


「えぇ?!」


あの明石さんが...ハワイ?


「それで、今は無効で中古車の修理販売してるらしいよ、ちなみに旦那はホテルのオーナー」


「それは凄いですね...」


「もう簡単に飲みに行けないねぇ...」


少し寂しい雰囲気がある。いつもお酒を呑んでいた仲間が遠くに行ってしまったような、そんな気がした。


「ほらな、やっぱりあんたらも結婚考えやなあかんのちゃう?」


龍驤さん僕の方をじっと見て言う。


「いや、まだ考えられないですね...」


「私も、ある程度は頑張ってるけどねぇー」


そう言って北上さんもまたチラ見する。


「そんなに結婚って大事ですか?」


僕はふと、そんな言葉を漏らす。


すると、


「北上。どうやらかなり難関にぶち当たったようや」


と、龍驤さんがそっと北上さんの肩に手を当てる。


「そうだねー...はぁ。」


そして、とても残念そうな顔をうかべる北上さん。



まさか、自分の親以外に将来を心配されるなんて思ってもいなかった。



龍驤さんの店を出て、僕達はホームセンターで工具を買って、帰路に就いていた。



「いやぁ、にしても美味しかったですね。」


「そうだねー、また行こう」


そう言う、北上さんは足元がフラフラである。


「北上さん、お酒弱くなりました?」


「そんなことない...はずよ?」


「もう口調が無茶苦茶ですよ。」


「うるさいよぉーー」


そう言って、僕の口をつねる。


「もう、やめてくださいよ」


「いい加減気づいてよ...」


「え?どうしましたか?」


「ちぇーっ、いけず」


北上さんはそっぽ向いてしまった。

なんだか今日は機嫌が悪いようだった。




今日は非番。流石の暑さに工場へ行って機械をいじる気力もなく。僕は1人、部屋で霧○峰の改良をしていた。


コンコン


ドアを叩く音がする。


「はーい」


「スーパー北上さまだよー」


「なんだ北上さんか」


僕はそう言ってドアを開ける。


「もー、なんだとは失礼だなぁ」


北上さんは僕の肩を軽く叩く。


「あはは、そう言えばどうしたんですか?」


「いやねぇ、非番があまりにも暇だから...アイスの差し入れ」


そう言うと北神さんは袋からアイスを取り出した。


「わっ!ありがとうございます。」


「もう、君と北上さまとの仲じゃん。ささ、早くたべよ」


「では遠慮なく」


そうして、僕達はアイスを食べた。


「君は何をしているのだい?」


アイスを先に食べ終えた北上さんに話しかけられる。


「霧○峰の改良です」


「いや、ダメでしょ」


「自己責任なのでセーフです」


「いや、エアコン使わないで部屋にいることだよ」


北上さんが少し怒っている。


「でも扇風機回ってますし」


「温度計34.5度だけど」


「外より3度低いです」


「死にたいの?」


謎の威圧を感じる


「ごめんなさい」


北上さんは、はぁ、っと息をつく。


「もう、どうせすぐにはエアコンは動かないんでしょ?なら夜まで私の部屋に来てよ」


そう言って北上さんは立ち上がる。


「部屋ですか?」


「ここで死ぬつもり?」


ジト目で見られる。こうなると振り切るのは難しい。


「さっ、行こう。」



「おじゃましまーす」


「適当に座ってて」


僕はいつもの定位置に座る。


「はい、お茶」


北上さんからお茶を差し出される、実は北上さん。最近紅茶の検定で、資格を取得したらしい。


本人曰く、大井さんに勧められてということだが、昔から大井さんの淹れる紅茶が好きだったので嬉しい限りだ。


「いただきます。」


僕は少し香りを感じてから、口をつける。


僕が1口、2口飲むと、北上さんはいつもこう聞いてくる。


「どう?大井っちより美味しい?」


一体なんの対抗心なのか...というか、今まで、北上さんには紅茶より緑茶の方が似合っていると勝手に思っていた。それが、何故か対抗するかのように紅茶を勉強しているのだ。


「そうですね、最近は大井さんのお茶を飲んでないので分かりませんが...今までの北上さんの中では1番美味しいと思います。」


僕は素直な感想を述べる。というのも、北上さんがそれを望んでいるのだ。1度気を使って、美味しい美味しい言いすぎたら、怒られてしまったからだ。


「よっしゃ」


北上さんが小さくガッツポーズをする。そんな、姿を見ていると、なんだか平和だなぁと思ってしまうのだ。


「では北上さん」


「うん?」


「紅茶のお礼にいつものあれ、しますよ。」


僕は北上さんの机の横においてある、あるものを取り出しながら、伝える。


「そうだねぇ、先週してもらったばっかりだけど...やってもらおー」


そう言うと遠慮なく北上さんは僕の膝に頭を置く。それにしてもいつ見ても綺麗な髪だ。


「それじゃあ、左耳から始めますね。」


僕が、そう言うと北上さんは目をつぶる。そして、僕はそれを見てから、綿棒で北上さんの左耳をゆっくりと、傷つけないように、掃除していく。


「んっ」


北上さんが気持ちよさそうな声を出す。僕は機械いじりが好きからなのか、手が器用で、こういった耳掃除や爪切りが得意なのだ。


僕らは特に会話をせず耳掃除を続ける。


三分ほどすると、左耳はきれいさっぱり、耳垢を、取り除くことが出来た。


「北上さん。次は右耳ですよ。」


僕は声をかける。でも返事がない。


「スーピー」


どうやら寝てしまったようだ。僕は起こさないように北上さんを持ち上げ、ベッドの上に寝かせた。


「これなら腰を痛めないだろう。」


我ながらよくできた気遣いだ。少し満足する。


「そうじゃないんだよ......」


なんか北上さんが寝言を言っている。その顔は可愛い。


「じゃあ、僕は夕飯の買い出しでもいくか。」


僕は買い物に行くことにした。北上さんは夕飯なにか用意しているのだろえか...?


いっそのこと二人分買ってくるか。


そうすると献立をどうしようか、悩むところだが、北上さんを起こすわけにもいかないので、お好み焼きにすることにした。


「それじゃあ行ってきます」


僕はトートバッグを片手に北上さんの部屋をあとにした。



「アホ、バーカ」





「戻りました」


僕は夕飯の具材を片手に北上さんの部屋に戻ってきた。


「おかえりー、何してたの?」


「夕飯を買いに行ってました。北上さんも食べます?」


「おー、もらおう、もらおう」


そういう北上さんは何故か目を合わせてくれない。


チラッ


僕が北上さんの顔をのぞき込む。


フイッ


北上さんは僕を目線から外す。


そんな攻防を少し続ける。


でもどうやら埒が明かないようだ。


「...あの?北上さん。なにか怒ってます?」


僕が恐る恐る尋ねる。てか、かすかにお酒の匂いがする。


「どうせ君には分からないよーん」


いつもの口調なのに顔だけすねている北上さんが答える。


「ほら、ケーキ買ってきましたから」


僕は伊良湖さんの喫茶店のチーズケーキを差し出す。


「こ、こんなの...いいもん」


でもどうやらダメなようだ。今日は女の子の日なのかもしれない。仕方ない


「はぁ、そうですか...それなら、工場にいる夕張さんと食べようかな」


「そ、それはダメ」


何故か強く否定してくる北上さん。


「うわっ!びっくりした。」


「私食べるから。メロンちゃんだけは一緒に食べちゃダメ。」


何故か猛烈に反対される。


「わ、わかりましたから」


でも。僕はどうしていいか分からず、慌てるしかなかった。



夕張さんは、北上さんとは違い、現役の艦娘ではない。というのも、実は夕張さんは工場主である所長と結婚したのだ。


「それで、北上さんが拗ねたんですか...?」


「ええ...夕張さんにケーキを取られたくなかったらしくて」


「アホだこいつ」


唐突に罵倒された。


「それで、拗ねて布団でグズグズしてて、どうしたらいいか分からなくて...」


「仕方ないですね...って言っても、私が行ったら多分状況悪化しますよ?」


「え?なんでですか?」


「やっぱアホだこいつ」


2回目罵倒された。一方布団にいる北上さんはなにかブツブツ言っている。


「人妻に取られたくない。人妻に取られたくない」ブツブツ


何言ってるかよく聞こえないけど、多分寝言だから大丈夫だろう。


「とりあえず、夕張さん。助けてくださいよ」


「もう、いっその事、後ろから抱きつけば?」


「は?」


何言ってんだこの人。抱きつく?北上さんに?事案ですよ...


「は?じゃなくて、抱きついたらどうですか?」


「いや、何言ってるんですか...?」


「はぁ...」


とうとうため息をつかれてしまった...。


「もう、君のことなんか知らない」


後ろでは北上さんが何故か猛烈に拗ねている。


「あーもう。北上さんに電話変わって貰えない?」


痺れを切らしたのか、夕張さんが、電話を代わるように要求する。


「分かりました。」


僕は北上さんに、何とか電話を代わるように説得した。てか、酒臭いぞ、いつ飲んだんだ。


「んー、もしもし」


北上さんが答える。残念ながらなんの会話をしているかは、わからない。


「え?本当?」


なにか嬉しそうに北上さんが答える。


「それならいいけど、うん。わかった」


やたら元気になった北上さん。電話を切るとまた布団に潜る。


「もぅ、君も意地悪だよ。」


何故かニヤニヤしている北上さん。絶対に酔ってるぞ。てか、机の上にウイスキーがあるのですが...。


「北上さん...これ」


僕は恐る恐る、ウイスキーを指さす。


「あっ、昨日、龍驤さんに頼んだんだ。さっき届いた。」


そう言いながらコップに注ぐ。


「さぁさぁ、君も飲みなよ」


「いや、流石にウイスキーロックは...」


「私のお酒が飲めないのか」


「なんの真似ですか...?」


「もーちょっとはのってよ」


北上さんが頬を膨らます。


「そんなこと言ってないで、水飲んで寝てください。」


「そう言って襲うつもり?」


「違います」


「ちぇー」


何がちぇーだ、事案ですよ、僕の首が飛びます。




北上さんをある程度介抱した後、僕はお好み焼きを作り始めた。


部屋の中には香ばしい香りが漂う。


その時、部屋を誰かがノックする音が聞こえた。


「はいはい。」


僕は北上さんの代わりに玄関に向かう。


「やぁ、久しぶり。」


そこには提督の姿があった。



「やーやー、提督。お久しぶりだねぇ」


「北上に、君も、元気にしていたかい?」


提督は日本酒を持参してやってきた。

北上さんはそれを飲む。


「それにしても、君たちいつから同棲を始めたんだい?」


「3年前からだよ」


「北上さん。流れるような嘘はやめてください」


気がつけば宴会になっていた。たまたま作り置き用のお好み焼きの材料も買っておいて正解だったようだ。



「それにしても、提督はなにをしにここへ?」


「言い忘れてたけど、私今は提督じゃないからな。」


「えっ?そうなの?」


北上さんが驚くような声を出す。


「あぁ、今は結婚した長門と共にペットショップをやってるんだ」



......


部屋が静まりかえる。



「長門と...結婚...?」


いや、北上さんそこじゃないです。突っ込むところ。


「ペットショップですか?」


「あぁ、退役した時に貰った報奨金をはたいて作ったんだ」


なかなかイメージがわかない。


「長門さんって動物好きなんですか?」


「あれ?知らなかったのか?」


そこで提督が驚いた声を出す。


「あいつ、執務室でハムスターと、うさぎ飼ってたぞ...」


意外な過去に北上さんが大笑いする



「いやー、まさか艦隊のリーダーながもんにそんな過去があるとは」


「あいつ、隠してたのか」


今度は提督が苦笑いする。


「で、提督の要件はなんなの?」


北上さんが改めて聞く。


「いや何、今朝龍驤とばったり会ってな、整備士のお前のことなんだけど、まだ結婚してないんだろ?私の親戚に独身の子がいてな、そのことお見合いしてもら...」


「え?ちょっ、ちょっと待って!」


そこに、北上さんが割ってはいる。


「どうしたんだ北上」


提督がそう言うと、北上さんは提督を連れて部屋の外へ出ていく。



それにしてもお見合いか...考えたこと無かったな。今まで女の子と付き合うなんてなかったし、でも年齢的にはもう結婚しててもおかしくないのか。


そう思うと、色々考える節がある。


「おまたせ」


提督と北上さんが戻ってきた。提督がなぜかげっそりした顔をしている。


「なんの話をしてたんですか」


「君のお見...イテテテテテ」


「世間話だよー」


ニコニコしながら話す北上さん。それに比べて提督は死にそうな顔をしている。


「北上何するんだ!」


「うるさいなぁ...そんなんだから、長門さんにいつまでも主導権握られてるんだよ?」


「一体...なんのはな...」


「なんの話しじゃないよ。」


提督が苦笑いする。


「じゃあ、俺はそろそろお暇するよ」


提督は荷物を持って立ち上がった。


「提督、また来てね!」


北上さんがピースで見送る。


「あぁ、整備士君もぜひ今度、うちの店に来てくれ、お見合...」


北上さんにすねを蹴られていた。




「じゃあ、僕も部屋に戻ります」


「いやいや、部屋に戻るったって、エアコンどうするの?」


「まぁ、何とかなりますよ」


「熱帯夜なのに?」


「そこまで暑くな...」


「33度湿度72%だよ」


北上さんがジト目で見てくる。


「氷枕すれば...」


「そんなのすぐ溶けるよ?」


「溶けないですよ...」


「板状の氷は痛いよ...?」


ぐうの音も出ない...



「さぁさぁ、泊まっていきなよ」


北上さんが布団を敷き始めた。


「え、この部屋で寝るんですか...」


「当たり前でしょ」


「いや、僕キッチンで寝ますよ」


「いや、他人そんなところに寝かせられないし」


「いや、同じ部屋はまずいですって」


「あれ?もしかして、私と寝るの恥ずかしいの?」


そらそうだ。仮にも北上さんは女の子。しかも、これだけ可愛いのだ。意識するなという方が難しい。


「急に黙らないでよ」


北上さんに叩かれる。


「せ、せめて布団は離しましょ?」


僕は気を取り直して交渉する。


「えーいいじゃん。それとも何?隣にいたら私を襲うの?」


「いや、そんなことはしませんけど」



「このチキン」



「え?」


「なんでもないよ。私シャワー浴びてくる。」


そう言うと北上さんは立ち上がってスクスク歩いていった。


「あ、覗きたかったら覗いてもいいよ?」


「そんなことしません!!」


「知ってるー」


知ってるなら言わないで欲しい。


結局、僕は女の子独特の部屋の匂いに困惑し、正座のまま、北上さんを待ち続けていた。


「お風呂空いたよ...ってずっとその格好でいたの?!」


「部屋の中勝手にいじる訳には行かないですし...」


「いや、テレビくらい見てもいいよ!録画してあるからさ~」


「す、すいません」


僕は北上さんの方を見た。三つ編みの解けた北上さんは...綺麗だった。


「ほれ、湯が冷める前に入っておいてよ」


僕はタオルを投げ渡される。さて、お風呂を借りよ...


「あ、すいません、着替えがないので部屋に戻ります」


すっかり忘れていた、


「あー、それなら大丈夫だよ?」


「え?」


「君に見せたい服があるからね、それを着てもらおっかな!」


何故か目を輝かせる北上さん。なぜだか悪寒が走った。



お風呂から出ると、僕は言われた通り、洗面台においてあった服を着た。


「お風呂お借りしました」


「わ、やっぱり似合ってる」


僕が風呂場から出ると、北上さんは僕の姿を見て嬉しそうにする。


「この服恥ずかしいんですよ?」


僕はもう一度、部屋にある姿見で自分の姿を確認する。


ダボダボのTシャツと短パン。なんだか不思議だ。


「いやー、やっぱり君はそれくらいじゃないとダメだね。」


1人で納得する北上さん。いや、なにがいいんですか。


「それはそうと、寝るとこどうします。毛布さえ貰えれば台所で寝ますけど」


僕は部屋を見渡す。毛布らしきものは無さそうだ。


「さすがにお客さんを台所なんかで寝かせられないよ。ほらほら、ここの布団で一緒に寝よ」


北上さんが手招きしてくる。

この人何言ってんだ。俺の思考はそこで止まる。


「あの、北上さん?」


「なんだい?」


「一緒って北上さんもですか?」


「当たり前だよ」


キョトンとした顔で答えられる。


そこでぼくはもういちど固まってしまう

。北上さんと同じ布団?無理無理。それになんだか風呂上がりで北上さんの髪の毛がしっとり濡れてて...


そんなことを思うとさらに寝れる気がしない。過ちも犯してしまいそうだ。酒が回ってる分危ない。


「ほれほれ、」


それを知ってか知らずか、北上さんが僕の方に手を伸ばしてくる。僕は慌てて避ける。


「ぶー、私氏じゃダメなの?」


今度は北上さんが涙目になる。情緒不安定なのかな?


「いや、ダメってわけでは」


そんな彼女に僕はしどろもどろしてしまう。


それから、北上さんは拗ねたふりをしているうちに、寝てしまった。半分だけはだけたパジャマが目に入って、僕はどうしようもなくなる。


「それでも、ここに寝てたら風邪ひくような...」


布団まではざっと2m。引きずる訳には行かないので、抱っこしていくしかないのか...


僕は膝下と肩に手を入れる。起こさないように、精密機械を扱うように丁寧に、持ち上げる。


「軽い...」


素直にそう思った。確かに退役してから、彼女の体は筋肉がおち、小さくなったような気がする。

それでもこんなに軽いなんて...


そんなことに感動しながら僕は立ち上がった。


「あれ?」


そこで北上さんが目を覚ました。僕は慌てて下ろそうとする。


「嫌だ」


北上さんが僕の首に手を回す。僕ら一瞬何をされるか分からなかった。


スっと近づく北上さんの顔。僕は無意識に目をつぶっていた。いい匂いが鼻を掠める...


気がつけば、柔らかな感触が僕の唇を奪っていた。





「ごめん」


唇からあの感触が離れると、直ぐに北上さんが謝ってきた。


僕はどうしていいか分からず混乱している。


「今日、君へのお見合いの話をしててそれで...。」


何言ってんだろう私。そう彼女が呟いた気がした。


「あの北上さん。」


僕がなにか質問しようとすると、北上さんはビクッと体を震わす。


「どうしたの...」


「あの、僕...多分...」


何を言っていいなんか分からない。無ひろこの状況をなんともなく切り抜けられたらそれはプロだ。


「ごめん、今聞けないや」


僕が何かを言いかけた時、北上さんは僕の言葉を拒否した。


何を言おうとしたのだろうか、暑い溶岩みたいに言葉が漏れ出てきたが、自分でもそれがわかっていない。


機械をいじる時とは違う何か別の感覚だった。




僕は結局、仮眠室で眠ることにした。とても北上さんの部屋にいる訳にはいかなかった。



僕は得体の知れぬ心臓の動きを感じる。


今北上さんに会ったら爆発しそうな、そんな感情。


熱い、痛い。




僕は機械しか知らなかった。

小中と、機械弄りや日曜大工ばかりやっているような子供だった。


その他のことには目も向けず、ひたすら、工具と目の前の繊細な機械に向き合っていた。


でも、僕はそのおかげで、いじめられるようになった。


協調性がないというべきだろうか、僕はひたすら機会を追い続けた。


最新の電子機器から、船、飛行機、鉄道...どんなものも自分の目で確認したかった。学校では学校にある機械を勝手に解体して怒られたり、家から持ってきた工具を没収されたこともあった。


周りは、そんな僕を気持ち悪がり、排除しようとした。


そして気がつけば、僕は学校に通わなくなってしまった。



でも、中学卒業を迎える直前、僕がたまたま船を眺めに行った軍港近くの街で、整備員を募集する軍の採用試験の案内が貼られていた。


業務内容は、艦娘の装備の整備開発。

または艦娘自体の整備。


そう書かれていた。


確かに、機械をを扱う業種は沢山あった。


それでも、僕は何故か引き寄せられるように、この募集要項に書かれている電話番号に掛けていた。


僕は海軍の工科高等学校に入学した。中卒ではすぐ入隊という訳には行かなかった。


幸いにも、機会の扱いには手馴れており、独学で頑張ったところもあったため、すぐに軍の機械取り扱いにも慣れていった。成績は常にトップ、次世代のエースとまで持て囃さた僕は満更でもない学校生活を歩んでいた。


でも、僕はあくまで整備士になりたかった。本当は兵器の開発部からも誘いがあった。主席で卒業した人はみんなそこへ行くらしい。


でも僕は、「作る」ことより、「直す」ことの方が好きだった。完成した機械をいじることの方がよっぽどやりがいを感じていたのだ。


そして、工科高校を出た次の年、僕はこの鎮守府に配属された。






仮眠室で目が覚めると、まだ朝の4時半であった。

朝目覚めると、昨日の感触がよりいっそう強く残っている気さえした。


北上さんが……僕のことを……?


もうこれは、勘違いとは言えないことくらい分かっていた。実際、整備士の同僚には、艦娘と結婚した人が何人かいる。


それに北上さんは配属されて以来1番長い仲である

どっちかと言えば、親友に近い感覚ではあった。


だから、この感情を、素直に受け取れない自分がいた。その時初めて、北上さんという存在を強く意識した。


(僕はどうしたいんだ)


これまで、先の人生についてなんて全く考えてこなかった。このまま自衛隊で定年来たら辞めようくらいにしか考えてこなかった。そんな僕の人生に、別の人が深く介入してくることに少しの怖さを覚えてしまった。


「あれ、整備士くん。何してるの。」


女性の声がした。そこには今事務員として自衛隊に勤務している、鈴谷さんの姿があった。


「いや、エアコンを壊しちゃいまして。ここで寝てました。」


「どうせまたいじって壊したんでしょー。」


「……そうです。あははは」


鈴谷さんとの当たり障りのない会話。それが耳をただ通過していく感覚があった。これは思ったより、頭がかき混ぜられているのかもしれない。


「で、どうしたの?君らしくないね。目が虚ろだよ」


鈴谷さんはそんなことを指摘してきた。ほんとに気が利く人。これは艦娘時代から変わっていない。


「いや、昨日ちょっと……」


ここまで言いかけて、やめてしまった。昨日のことを他人に話す気にはなれなかった。


「ふーん。どうせ北上のことでしょ?君といえば機械か北上のイメージしかないからね」


「そ、そうですかね?」


鈴谷さんの言葉に僕は心底驚いた。僕が機械ばっかりいじってるのは多分周知の事実。でもまさか、北上さんと僕が結び付けられてるとは思っておなかった。


北上さんとはそれは仲良く、長い時間は過ごしてきている。でもまさか、関連付けられて認識されているとは思えなかった。


「君はもう少し機械以外も知るべきだね。あまりにも北上が可哀想だよ。」


じゃあねと、それだけ言い残して鈴谷さんは立ち去って行った。


北上さんが可哀想……


それは僕の心にずっしりとのしかかる言葉だった。







僕が軍に入隊した頃、深海棲艦との戦いはまさに苛烈そのものであった。毎日近海に出現しては漁場を荒らし、出撃した艦娘達は大怪我を負って帰ってくることも多かった。


その中で、近海における哨戒を中心に活躍したのが北上さんだった。北上さんは艦娘の中でも少し不思議な人だった。男の多い工廠に訪れては、この機械はなんだ、これはどう使うのか……などなど、質問攻めにしてくるのだ。


当時の先輩たちはみんな北上さんに絡まれると作業が滞ることを知っていたので、その相手は僕が一任することとなった。


僕としては、機械の説明が出来て嬉しいし、まるでオタクトークをする友達のような感覚だった。



始業時間になった。いつもなら北上さんが工廠にノソノソやってくるが、今日はまだその姿が見えない。僕は、手元で軍用車両をいじりつつ、どうも集中出来ていなかった。


それに胸の中では、鈴谷さんの言葉が反芻していた。

「北上がかわいそう」


僕は彼女の気持ちに気がつくのが遅すぎたのだ。

北上さんがいつからそんな気持ちを僕に抱いていたかは分からない。

でも、気がついてあげれるタイミンクはいくつもあったに違いないのだ。北上さんのことは大切な友達であるのは確かだけども、それより先は想像したことがなかった。


戦争中は、僕の機械をつけて代わりに戦ってくれる戦友のような感覚だった。

細かく「今日の魚雷はもう少し威力が」とか「油を足して欲しい」とか、ほんとに細かいことを要求された。


それに応えるのはすごく楽しかったし、やりがいがあった。ほかの艦娘の皆さんは特に要求がなかったが、北上さんはそういう意味でも遠慮がなかった。


僕は、友達がいなかった。だから北上さんは「友達」として、むしろそれ以外に考えるほどの経験がなかった。


でも、昨日の北上さんが頭に浮かぶと、今まで感じたことの無い、熱い気持ちが波打ってきていた。


この気持ちがなんなのか、モヤモヤして仕方なかった。



(どう接すればいいんだろう)


作業の手が止まる。どうにも集中できない。これではダメだと1度コーヒーを飲もうと立ち上がった。しかしその時、普段はありえないようなネジを閉め忘れていることに気がついた。

そして同時に車のドアが僕の方へ倒れてきた。




目が覚めると布団の上だった。そして誰かの手が頭に添えられている。


「あ、目が覚めた?」


そこには北上さんがいた。


僕は何故か目を逸らしてしまう。


「まったく、ちょっと暇になったから見に行ったら君がドアの下敷きになってるから驚いたよ」


「す、すいません。ちょっとミスって」


「君にしては珍しいねぇ。衰えた?」


北上さんは冗談っぽく告げる。しかしそこには前のような明るい雰囲気が足りない。


「北上さんすいません。」


不意にそんな言葉が口から出た。


「何を謝るんだよー。頭打っておかしくなった?」


「いえ、昨日のことです…もっと言えばこれまでの事……僕、北上さんのこと何も分かっていませんでした。」


静寂が流れる。


「何を言ってるのさ。悪いの私だよー。いきなりキスして、ヤバいやつじゃん。嫌われても仕方ないよ」


その声音は震えていた。


「やばくないです。僕こそ、身近にいる人の気持ちに気づいてあげられませんでした」


また二人の間に静寂が流れた。


「いつの日だったかなー。君のことこーやって愛おしくなったの」


北上さんは一段明るく、そんなことを言い始めた。



まだ戦闘の激しかった頃、重雷装巡洋艦として先頭張っていた私は、連日の疲労に体がついて来れなくなっていた。でも、大井っち1人にそれをさせる訳にも行かないし、何とか意識を保ちながら戦場に向かっていた。


そんな頃、私は艤装のひとつにヒビが入っていた。それに気づいたのが君だった。


「北上さん!待ってください!そこ、ヒビ行ってます」


私としては、戦闘に直接支障の出る場所じゃなかった。でも、ヒビの言ってる部分を見て君はすごく心配そうな顔をした。


「だいたいこの感じだとしばらくほっといたでしょ!ダメですよ!」


そんな君から放たれた言葉に私は気がついてしまった。

壊れたものに気が付かなかった私自身に。


私はこう見えて道具は大切にするタイプだ。

魚雷関係は毎日磨いていたし、服とかもちゃんと洗濯する。

忙しくてもそれは欠かさなかった。


だからこそヒビのいってることに気が付かなかった私自身に驚いた。まさか、そこまで疲れているとは。


私はその日初めて出撃を取りやめた。もちろん提督やみんなに迷惑をかけた。作戦の日程も狂わせちゃった。


でも私のその様子を見て、みんなは何一つ文句を言わずに、私を休ませてくれた。


そして、それに気が付かせてくれた君に感謝した。



それから、私は時間が空けば工廠に向かうようになった。もともと、魚雷とかにはこだわりを持っていたから、君とはよく話し込んだりした。


それ以上にわたしは、細かいところに気がついてくれた君のことが気になっていた。


もちろん他の子達にも、同じように装備を管理してくれるが、それがまるで、私たちを包み込む暖かい何かに感じ取れた。


ある時、私が工廠へ向かうと、彼は私の偽装を前に頭をかかえていた。


いつもなら、「どーしたのー」って声掛けに行くところだけど、何故かその日は君を静かに観察してみたくなった。


頭抱えて、色々取りだしてはいじり倒して。何をそんなに真剣に考えてるのか分からなかった。


「北上さんの負担を減らせるには……」


ふと、そんな言葉が呟かれるのが聞こえた。

私はその時、何故か心が締め付けられるような、そんな感覚に陥った。




世間では艦娘なんて、戦争の道具としか思われてない節があった。そりゃ、沈んでも資源回せば出てくるし、使い勝手はいいかもしれないけどさ。


今の私として記憶を持ってるのは1人なんだよ。


その事はあまり知られてなかった。

だから、君の言葉はとても嬉しかった。

今の私を守るためにそうやって考えてくれてるんだと思うと心が嬉しくなるような気がした。


それと同時に、私は君に対して別の感情を持ったんだ



北上さんが、そこまで言うと、恥ずかしそうに笑った。


「あはは、私って単純でしょ?きっと君のことだからこの鎮守府にいた誰にだって同じようにしてたと思う。それなのに私ひとりで舞い上がってたんだ」


でもね、私は艦娘で、君は整備士。前線に行く私はいつ沈んでもおかしくなかった。


だからね。私は君と話すことで満足していたんだ。君と仲良くすることでモチベーションを高めていた。


もちろん、大井っちや、他の子達とも楽しく過ごしてたつもりだよ?


でもね君との時間は特別だったんだ。だって君とは戦場で会わないのに、艤装ひとつ取ってみても君の顔が浮かぶんだもん。


だから私は、この国を守るとかそんな大きな事じゃなくて。


君の整備する艤装がすごいことを見せつけるために戦ってた気がする。


私の艤装をここまで磨いてくれるのは世界で君だけなんだぞ。


って、そんな気持ちで戦ってたんだよ。



でもね、戦争は終わった。


もちろんそれは嬉しい事だったよ。君の命も危険に晒されないわけだし。


でもね私はそれ以上に怖くなっちゃったの。もしこれで君が辞めちゃったらどうしよう。もし話す機会がなくなったらどうしよう。私が必要とされなくなったらどうなるんだろう…


だから私は、今も海軍にへばりついてる。かっこ悪いよね。戦わないのに今だこうやって軍人として扱われてるんだよ。


最近じゃ訓練も免除されてるし、私が役に立つことないのはもう分かってるのにさ。



北上さんは吐き出すように一気に語ってくれた。


「なんで辞めないの?って聞いてきたでしょ。それはねキミがいるからなんだー」


いつものように緩い口調。なのに北上さんの顔は少し歪んでいた。


「ダメだよね私。本当は私情を挟んじゃダメなことくらいすぐ分かるのに。君に甘えて、君の思いを無視して、独りよがりで艦娘続けてるんだから」


ポロポロと北上さんの涙がこぼれる。


僕はベッドから体を起こし、北上さんを抱きしめた。


「何言ってるんですか。僕の中で北上さんはかっこいい重雷装巡洋艦北上ですよ。そしてちょっと緩くて可愛い北上さんです。」


何を言ってるのだろうか。自身からでてきた言葉に驚く。でも、その言葉は直ぐに僕の心に入ってきた。


それが本心なのだと、染みてわかった。



僕は泣きじゃくる北上さんをさらにぎゅっと抱きしめた。


「きっと僕も、北上さんのことが好きなんです。でも気づくのが遅かったのかもしれません」


顔をクシャクシャにした北上さんがこちらを向く。


「だから、恋人になりましょう。北上さんがしたかった事いっぱいしましょう。そして2人で



ここ辞めちゃいましょう」



別に嫌な職場って訳では無い。むしろ好きなことを好きなようにできる場所だ。



でも、僕たちふたりは長い期間ここに居すぎた。


ここの居心地の良さが、僕の鈍感さを産み、北上さんを苦しめたような気がする。



だから、新しい1歩を踏み出す時は、ここじゃない場所じゃないとダメな気がする。



「もー、そんなこと言っちゃって、ハイパーわがまま北上様でも大丈夫?」


目を少し腫らしてはいるけど、北上さんはニコッと笑った。


「大丈夫です。なんだか北上さんとなら、どんなことでも楽しめそうですし」


「じゃあ、まずわがまま1つ目!」


北上さんが嬉しそうにそういうと、僕の顔に近づいてきた。


それをゆっくりと受け止めるとーーーーーーー










「あんたら、何があったんや」


厨房で龍驤さんがびっくりした表情をしている。


「やっと付き合ったみたいだよ。」


横では鈴谷さんが苦笑いしていた。


「この子は私が貰ったよ。」


二ヒヒっと、北上さんは意地悪そうな顔をしていた。


「ほんまに、やっとかって感じやわ」


「そうそう、北上あんだけアピールしてたのにね。」


2人の言葉に僕は頭を搔くことしか出来なかった。


「ほんと、みんな歓迎してくれてよかったよ」


北上さんはそういうと生ビールを飲み込んだ


「みんなってなんや、あと誰に言うたんや?」


「んーっとねー…」


女性陣で会話が弾んでいると、僕の携帯が震えた





それは大井さんからあるメッセージだった。


「やっと付き合ったのね。この鈍感野郎」


なんとも酷い言われようだ。


「あんたには北上さんを絶対幸せにしてもらうんだから、もし不幸にしたら殺すわよ


まぁでも、


北上さん一筋だった私を惚れさせるくらいにはいい男だし、信用はしてるわ」


僕はあんぐり口を開けて固まってしまう。


「ん?どしたのー?」


北上さんが覗き込んでくる。僕は携帯のメッセージを北上さんに見せる。


「大井さん、なんの冗談なんですかね」


すると北上さんがにやにやしながらとんでもないことを言い出した。


「前言いかけていえなかったけどさ、君、大井っちの初恋だかんね?」


僕はその言葉に驚いた。


北上さんとずっと一緒にいて、僕が北上さんと仲良くしてたら直ぐに襲ってくる。


そんな大井さんが僕のことを好きだったなんて信じられない。


「だからこそ、大井っちは君のことを結婚式に呼んだんだよ。私は別に好きな人ができた。だから北上さんと頑張りなさいって意味込めてさ」


「全然気が付きませんでしたよ」


まさかそんな意味があったなんて。僕は大井さんとの思い出を少し遡った。


「あー、今大井っちのこと考えてる。彼女の前でほかの子のこと考えるのいけないんだー」


北上さんにほっぺをぷにぷにされた。


今この時、僕はちゃんと「人生」を歩んでいる気がした。


北上さんは少し不貞腐れているけど……



明日には僕と北上さんの除隊届が受理されるだろう。


そこから先は……どうなるのかな……


「さぁて、そろそろ帰りますか」


北上さんが一際大き声でそう言った。


「今日のお代はお祝いとして負けといたるわ」


龍驤さんはニコニコしながらそうやって見送ってくれた。


「じゃあ、私はもう少し飲んでくね」


鈴谷さんは店に残るらしい。


気がついたら二人で帰路に就いていた。




「北上さん、ほんとに辞めちゃっていいんですか?」


不意に僕はそんな言葉が出た。


「べつにいいよー。君のために残ってたんだし。」


「最後の艦娘を僕との私情で終わらせていいのかなって」


自分で言いながら照れ笑いしてしまう。


「いいんだよー!それにさ、これからが楽しいんじゃん。私の人生初めてのことばっかり待ってるんだしさ」


北上さんは楽しそうに笑う。


「それに、君は生きる意味をくれたんだ


だから君が私を活かしてくれる限りはさ、私は私として生きれるんだ。だから、艦娘としては終わっちゃうけど……一人の人間としてはーーーー」





北上は辞めない







~完~


























後書き

終わりました。番外編とか短編欲しい人いたら書きますのでコメントくださいm(_ _)m


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1: SS好きの名無しさん 2018-07-29 12:48:27 ID: 6KdWM815

やべぇ、続き気になる

2: ぬさぬ 2018-08-02 08:03:55 ID: E7OsvIH4

続きがはやくみたい
この作品は僕が好きそうな匂いがする

3: 狸蟹 2018-08-03 07:33:43 ID: Fv57jLAm

龍驤が居酒屋!?ちょっと危険な匂いがしますねw
続き楽しみにしてます!

4: SS好きの名無しさん 2018-08-08 14:43:07 ID: 0fbBgsw6

俺氏「おうふ(サトウドバァー」
俺氏「コーヒーを飲もう。とびきり苦い奴を」
数分後

俺氏「誰よコーヒーに砂糖入れた奴!!」
畜生めぇぇぇ!!!

5: SS好きの名無しさん 2018-08-10 13:32:46 ID: 7kdaDlhe

メロンちゃん……いたのか…

-: - 2018-09-09 10:10:48 ID: -

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-: - 2018-10-11 20:15:27 ID: -

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8: SS好きの名無しさん 2021-11-12 03:27:24 ID: S:tGWIwL

めっちゃ、イイ

最近こういうの、ないから
更新していってくれると嬉しい

9: SS好きの名無しさん 2021-11-17 04:07:19 ID: S:Wd0ct6

気になる

10: SS好きの名無しさん 2021-11-18 02:27:31 ID: S:xqOCl4

イイ すごくいい

11: SS好きの名無しさん 2021-11-19 03:17:12 ID: S:ir5VIo

最高デス!
応援してます

12: SS好きの名無しさん 2021-11-20 03:01:46 ID: S:KcqK8G

良い話や

13: SS好きの名無しさん 2021-11-21 03:54:47 ID: S:5z5JOQ

最高でした…
心がポカポカや…

もしよければ短編やって欲しいです、、、、
瑞鶴のずいずい成分が最近足りなくて…

14: SS好きの名無しさん 2021-11-21 03:55:47 ID: S:jnJGbs

北川さま 最高

15: SS好きの名無しさん 2021-11-21 14:49:54 ID: S:ODIASU

こういうのめっちゃ好きだわ

16: SS好きの名無しさん 2021-11-22 00:09:57 ID: S:CTHf2B

(*´ω`*)サイコウ

17: SS好きの名無しさん 2022-01-09 03:57:11 ID: S:1B9Ayl

もうほんとに最高すぎる
北上様可愛すぎるしイチャイチャも尊いし終わり方最高だしで素晴らしすぎて発狂しそう


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-: - 2018-09-09 10:11:22 ID: -

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-: - 2018-10-11 20:12:15 ID: -

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