2020-05-22 02:41:34 更新

概要

艦娘達との日常を書いていきたい




 緩やかな風に乗って桜の花びらがひらひらと舞う、春。

 とある門の前に黒髪の少女が二人、佇んでいた。その内の一人、黒潮が隣の少女に話しかける。


「なあ親潮、司令はんってどんな人やと思う?」


 親潮と呼ばれた少女はまっさらな白い手袋に包まれた右手を口元に持って行きながらしばし考える。


「うーん、そうですね……わたしと黒潮さんが初期艦に選ばれたので駆逐艦を軽視する人ではないと思います」


「そうやったらええなぁ。まあ遠征中心でもウチは文句言わへんけど」


 聞きようによってはやる気がないような黒潮のセリフだが別にそんな意図はない。

 ただ新しく所属することになった鎮守府の規模と周辺海域の危険性を考えると哨戒任務や資材を集めるための遠征がメインになるだろうと考えていた。駆逐艦である自分達は特にそうだろう、と。

 それは親潮も同様であり、駆逐艦にはろくに補給もさせず囮として使う、いわゆるブラック鎮守府を運営するような提督でさえなければ問題ないだろうと思っていた。

 そもそも鎮守府と銘打たれてはいるものの、その設備や規模を踏まえると泊地か基地と呼んだ方が正しいのだ。


「あ、でもセクハラしてくるようなロリコン司令は勘弁や」


「それはわたしも……」


 というか大体の艦娘が嫌がるだろう。まあそういう話はちらほら耳にするし、前所属の鎮守府でも提督から胸元や太ももへの視線を向けられたことはないでもない。

 ケッコンカッコカリなんて制度まで存在するのだから艦娘を異性として意識するなというのは無理な話なのかもしれないが、駆逐艦娘の見た目は小、中学生ほどの年齢である。年の離れた成人男性にそういう対象として見られるのは、親潮個人としてはあまり気分のいいものではなかった。


(まあ浜風なんかは駆逐艦とは思えない武器を持ってるけど……)


 姉妹艦の一人、浜風の胸部装甲を思い出してそんなことを考えていると、黒潮が大きなため息を吐いた。


「それにしても遅いなぁ、司令はん」


「道に迷っているのかも」


「事前に荷物が届いてないってことは荷物と一緒やろうから普通は送迎されとるはずやと思うんやけど」


 だとしたら迷っているというのは考えにくい。仮にそうだったとしても鎮守府に連絡のひとつくらい寄越すのではないだろうか。


「ま、まさか事故に……!」


「それこそまさかやと思うけどな~……って、噂をすればなんとやら」


 黒潮の視線の先。第二種軍装を彷彿とさせるような白の高級車がこちら側に向かってくるのが見えた。

 そのセダン車が親潮達の前で止まる。

 どんな人が降りてくるのか、そう緊張する二人を前にして車の扉は中々開かれない。不思議に思っていると車内から大きな声が聞こえた。


「いつまで寝てるんですか!着きましたよ!」


「……」


「あと五分、ってそんなベタな!そもそも寝坊で遅刻してきたのにどうしてそんなに眠いんですか!?」


 車外にまで聞こえる声は恐らく運転手のものなのだろう。遅れた理由も車から降りてこない理由もおおよそ察せられた。

 なんとなく初雪や望月と気が合いそうな人かもしれない、と親潮は思う。


「なんや面白い司令はんみたいやな」


「あ、あはは……」


 黒潮の言葉に苦笑いで返す親潮。そんなやり取りをしているとようやく後部座席の扉が開いて、新しい提督となるその人が姿を現した。

 第一印象は長身痩躯。身長は百八十センチほどはありそうだが、軍人らしい体の厚みはあまりない。

 次に目が付いたのはその若さだ。二十歳ほどか、もしかしたらそれ以下か。そんな年若い青年は少し寝ぐせのついた頭をわしわしと掻きながら大きなあくびをして、ようやく親潮達に目を向けた。


「今日からここ、香良洲鎮守府の提督になった有馬千紘だ。よろしく」


「はっ!わたしは陽炎型駆逐艦四番艦、親潮です!どうぞよろしくご指導ください司令!」


「ウチは黒潮や、よろしゅうな」


「おう、頼りにしてるぞ」


 そんな言葉とは裏腹に千紘は寝ぼけ眼をこすりながらまた大きなあくびをする。ねっむ…と呟きながら車のトランクを開け、そこから把手のついた細長い木箱とボストンバックを一つだけ取り出した。

 それを肩に掛けるといつの間にか外に出ていた運転手に声をかける。


「んじゃ、ありがとな」


「ご武運を、有馬提督……しっかりやってくださいね?」


「分かってる分かってる」


「本当に大丈夫かなぁ……」


 心底心配そうな言葉を残して運転手は来た道を引き返していった。

 それを見届けてから千紘が切り出した。


「中に入るか。とりあえず荷物を置きたい」


「あ、司令、お持ちします!」


「これだけだしいいって。それよりメシどうする?そろそろお昼だが」


「司令はんさえよければウチらが作るで?」


「料理できんのか。じゃあ任せた」


「まかせとき!……って言うてもやるのはほぼ親潮やけどな」


「黒潮さんだって上手じゃないですか、たこ焼き作るのとか」


「せやなぁ、たこ焼きを焼くくらいしか能のない女や」


「ええっ、別にそういう意味で言ったわけじゃ……!」


「仲いいなぁお前ら」


 千紘がけらけらと笑う。それに釣られて黒潮が、最後には親潮も吹き出すように笑った。

 春の陽気にあてられたのか、とても穏やかな空気がそこにはあった。

 その後、親潮が作った天ぷらとうどん、そして千紘に折角だから作ってくれよ、とお願いされた黒潮が作ったたこ焼きを三人でつつき合うことになった。その最中に自然と会話に花が咲く。


「そういや気になっとったんやけど、なんで司令はんは制服着てないん?」


 黒潮がそんな疑問を投げかける。

 確かに千紘の服装はパーカーにジーンズという年相応ではあるものの、到底軍人らしい格好ではなかった。


「俺、ああいうカチっとした服苦手なんだよ」


「苦手って……でもそれでは司令部に何か言われるのでは……」


「まあ公的な場所や会議なんかでは着るけど普段は私服でいいって許可もらってるから平気平気」


「ほんまに?普通そんな許可もらえる?」


「提督になるにあたって色々交渉したからな」


 聞けば彼は民間からの吸い上げで提督になったらしい。ないわけではないが、かなり珍しい部類だ。

 提督になる才能を持った者は稀少である。その為、海軍も政府も血眼になってその才を持つ者を探し、あの手この手で軍へと引き込むので中学を卒業する前には大体の者が海軍に所属することになるのだ。

 現在、将官を除いて『提督』と呼べる人間が三十人に満たないことを考えれば提督という人材がどれほど不足しているか分かるだろう。

 まあだからといって海軍を相手にあれこれ交渉できる度胸は大したものであることに変わりはなかった。


「ところで司令はおいくつなんですか?かなりお若いですが……」


「二十歳だ」


「わっかぁ」


 思わず、といった感じで黒潮が言葉を漏らした。口には出さなかったが内心では親潮もそう思っていた。

 彼女らが知る提督は最年少でも二十代後半。それでも相当若く、親潮や黒潮が実際に指揮下に入った提督で最も若い者でも三十代後半である。

 二人からすれば提督という存在は上司であり父親のように感じるものだったが、千紘に対してはその軽い性格もあってか父というよりも兄のような印象を抱いていた。

 あまり上司と部下という関係を意識しにくく、昼食をとりながらの会話はかなり弾んだものとなった。


「さて、そろそろ仕事の話も始めるか」


 時計の針が午後の一時を過ぎた頃。昼食の後片付けも終わり、改めて執務室に場所を移した千紘は親潮と黒潮に向けてそう切り出した。

 執務室と言えどまだ簡素な机と椅子、ほとんど空の書架くらいしかなく、座っているのもパーカーを着た年若い青年だ。やはり『提督』という感じは薄い。


「ところで二人はここで何をするか聞いてるのか?」


「初期艦として選ばれた、とのお話だったはずですが……」


「……それだけ?」


「は、はい」


 親潮の言葉を受けて千紘は何やら思案し始めた。


「なるほど……なるほどなぁ」


「何が『なるほど』なん?」


「さっきも話した通り俺は士官学校を出て提督になったわけじゃないんだよ。だから提督になるにあたって業務を指導してくれる人員を置いてくれって頼んだ」


 千紘が交互に二人の顔をじっと見つめる。


「で、向こうの返答こうだった。『秘書艦としての経験が豊富で実務能力に長けた艦娘を預けよう』ってな」


「そこまで言われるとなんや照れるなぁ」


「つまり『頼りにしてるぞ』というのは……」


「そういうことだ。ご指導ご鞭撻、よろしく頼む」


  千紘は明け透けにそう言った。


「それはええけど、ウチと親潮だけじゃほんまに限られたことしか教えられへんで?」


 駆逐艦二隻では出撃も遠征も難しい。それこそ周辺海域の哨戒くらいしかこなせることがないので、実務――要するに作成する書類や報告書なども自然と少なくなる。

 提督として成長するための勉強や経験をしっかり積めるかと言えば正直に言ってかなり難しい環境である。


「まあしばらくは基礎の基礎から勉強だしな。それにその内艦娘も増員される予定だ」


「そうなんですか?」


「ああ。とりあえず明日、駆逐艦が二人配属される」


「駆逐艦が四人……ならまあ当面はなんとかなりそうやね」


「はっはっはっ、だといいな!」


「し、司令、その不穏な言葉はなんですか?」


「そりゃ明日のお楽しみだ」


「なーんか怪しいなぁ」


 二人に訝しむような視線を送られても千紘は白々しく笑うだけだった。

 そしてパン、と軽く手を打ち鳴らす。


「ま、詳しいことは追って話すさ。まずは最初の提督命令だ」


 千紘は茶封筒を取り出すとそれを机の上に置いた。

 命令書でも入っているのだろうかと首を傾げる二人に対して千紘は言い放つ。


「明日歓迎パーティーやるからこの軍資金で準備を整えてくれ」






 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 …







「司令はん、ちょっと変わった人やったなぁ」


「そうですね。でも、優しそうな人です」


「せやね。まあ軍人に向いてるかっちゅう不安もあるけど」


「いきなり提督として抜擢されたのなら仕方ありません、その辺りのサポートもわたし達で頑張りましょう、黒潮さん」


「親潮はほんま真面目さんやねぇ」


 夕食と入浴も終えた、午後九時過ぎ。

 明日の歓迎パーティーのための買い出しと部屋の準備を整えた親潮と黒潮はそれぞれベッドの中で今日の出来事を振り返るように話していた。

 最初の話題はもっぱら有馬千紘という自分達の新しい提督についてだったが、しかし他にも気になることがあった。


「明日来る駆逐艦の二人はどんな子達だと思いますか?」


「どうやろなぁ。司令はんの口振りからするとなんか一癖ありそうな感じやったけど」


「楽しみと不安が半々、という感じですね……」


 数少ない仲間になるのだから当然仲良くしたいと思う親潮だった。

 そしてきっと黒潮もそう思っているだろう。


「まあなんにしても明日や。寝坊せんように早めに寝とこか」


「そうですね。おやすみなさい、黒潮さん」


「おやすみ~」


 明かりを消し、暗闇に包まれる部屋。

 親潮が眠りに落ちる間際。カーテンの隙間から見えた執務室にはまだ明かりが灯っていた。






 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 …






 明けて翌日。香良洲鎮守府は早朝から騒々しかった。


「司令、朝です!起きてください!」


「もう起きてるから……」


「そう言うならせめてベッドから出てください!」


「あと五分……」


「五分もしたら今日配属される二人が到着してしまいます!」


「じゃああと十分……」


「延ばさないでくださいっ!」


「親潮ー、司令はんまだ起きへんの?」


「く、黒潮さん……!どうしましょう?」


「しゃあないな、こうなったら最終奥義や」


 黒潮が後ろ手に持っていたおたまとフライパンを構える。それを見て親潮は咄嗟に両の手で耳を塞いだ。

 それを確認して黒潮は叫ぶ。


「秘技!『死者の目覚め』!!」


 そして右手に握っていたおたまを容赦なくフライパンに叩きつけた。


 ガンガンガンガンガンガン!


「うおぉぉっ!?」


 ガンガンガンガンガンガン!!


「うるさ!なんだ!?」


 ガンガンガンガンガンガン!!!


「止めろ黒潮!起きた、起きたから!」


 自分の叫び声さえ容易くかき消す騒音を耳元で打ち鳴らされては寝起きの悪い千紘もさすがに飛び起きた。

 その様子に黒潮はにっこりと笑う。


「おはよう司令はん。ええ朝やね」


「ソウデスネ……」


「で、現在時刻はマルハチフタマルや」


 黒潮が指さす壁掛け時計は確かに午前八時二十分を指していた。

 予定では八時半に増員される駆逐艦が訪れることになっているが、予定時間に余裕を持って行動するのが相手方にとっては当然である。


「あ、司令!もう到着したみたいです!」


 窓から門の前に止まった車を確認した親潮が声を上げた。


「……とりあえず二人は出迎えてくれ。俺は顔を洗って執務室で待ってるから」


「二度寝せぇへんよね?」


「さすがにしねぇよ……」


 黒潮が手にしているおたまとフライパンにチラッと目を向けてから、ため息と一緒にそんな言葉を漏らす千紘だった。

 どうやら相当効果があったようだ。

 これなら大丈夫だろうと正門へと向かった親潮達は言われた通り新しい仲間を出迎え、そのまま執務室へと案内した。


「司令、お二人をお連れしました!」


「おー、入ってくれ」


「失礼します」


 先頭の親潮、最後尾の黒潮に挟まれて小柄な少女が千紘の眼前に立つ。

 一人は軍人らしいきびきびとした所作で、もう一人は正反対にびくびくとした様子で名前を名乗った。


「朝潮型駆逐艦一番艦、朝潮です!勝負ならいつでも受けて立つ覚悟です!」


「と、特型駆逐艦……綾波型の潮です……。も、もう下がってよろしいでしょうか……」


「昨日からここの提督をやってる有馬千紘だ。朝潮に潮、これからよろしく頼む」


「はっ!」


「は、はい……」


「で、だ。潮」


「ひゃぁ!……な、なんですか……?」


 名前を呼ばれただけで潮は肩を震わせるほど驚く。

 明らかに怯えている様子だったが、千紘はそれに構わず話を続けた。


「綾波型十番艦……つまり上に九人の姉がいるわけだが」


「……?」


「喜べ、ここには君の母親がいる」


「え……?」


 怯えていた潮もこの言葉には理解が及ばずキョトンとした表情を浮かべる。

 それは当然だ。艦娘には姉妹はいても親はいない。

 潮のみならず千紘以外、この場にいる全員が疑問符を浮かべる。そんな中、千紘は親潮を指差してこう言った。


「親潮、彼女が君の母親だ」


「「ええっ!?」」


 親潮と潮の驚愕した声が重なる。


「……はっ!親潮……つまり潮の親で親潮ということですね司令官!」


「ああ、そうだ」


「真面目な顔して何言ってんねーん!」


 ビシ、っと音がしそうなほど綺麗に黒潮が千紘にツッコミを入れる。

 それを見て今度は朝潮が驚愕する番だった。


「く、黒潮さん!司令官に何を……!?」


「いや、何ってツッコミやけど……」


「し、司令官の言うことに突っ込むなんて!早く謝りましょう!」


「えぇ……?」


「お母さん……潮の……」


「う、潮ちゃん?今のは司令の冗談で……」


「今なら司令官もきっと許してくれます!さあ、早く!」


「お、どうするんだ黒潮」


「司令はん楽しんでるやろ!絶対謝らへんからね!」


「そ、そんな……これでは黒潮さんが大変な目に……そうだ、司令官!黒潮さんの代わりに朝潮が謝罪します!」


「いやいやいや、なんでそうなるねん!?ああもう、助けて母潮!」


「母潮って何!?」


「今の流行に乗るなら母潮じゃなくてママ潮じゃないか?」


「ママ潮でもありません!」


「ママ……」


「止めないでください黒潮さん!」


「な、泣かないで潮ちゃん!」


「どないせーっちゅうねん!」


「あっはっはっ、もうしっちゃかめっちゃかだな!」


「司令!」「司令はん!」


 大笑いする千紘に親潮と黒潮が抗議の視線を飛ばす。もちろん、千紘は素知らぬ顔で笑い続ける。

 ――香良洲鎮守府は、やはり早朝から騒々しかった。


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2020-11-10 21:03:19

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2020-07-09 14:54:08

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2020-05-24 00:45:41

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2020-05-23 21:10:37

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2020-05-24 00:45:42

SS好きの名無しさんから
2020-05-23 21:10:38

このSSへのコメント

1件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2020-11-10 21:05:22 ID: S:RdgNQS

ザオリク!やべぇ、MPねぇわ!
メガザル!!マジ復活希……亡


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