ラブライブSS【桜前線逃走記】
卒業旅行を通し、今までを振り返る旅行記風SSです。
ラブライブ本戦を終え、その達成感に喜びを隠せない一同
目標を達成し、μ'sの終わりが迫る3月の半ば
終わりの見え始めた青春、各々将来への不安を抱えるメンバー達
そんな中、リーダー穂乃果の提案で「合宿」が企画される
まだ春の遠い北の地で行われる合宿の最中、4月の到来を受け入れられない9人のお話
この度SS初投稿となります。
春先に投稿するはずが、もたもたしてこんな時期になってしまいました。
誤字脱字等、多少含まれると思いますが、ご容赦のほど願います。
[2015-07-18]今更ながら誤字修正を行いました。劇場版前に下書きを始めていたので、劇場版とは別時空ということでご理解頂ければ思います。
『絵里side』
「合宿だよ!!」
我らがリーダーの一言に対しメンバーはと言うと、
一人は余りの唐突さに呆れ、一人は特に意味もなくはしゃぎ、一人は流されるまま提案を肯定する。
三者三様なこの様が、良くも悪くも私達の『らしさ』なのかもしれないわ。
そんな私たちが、ラブライブに優勝したんだと言うから
本当に人生って何が起こるか分からないものね。
なんて事を考えていたら、希が悪戯っぽい笑みを浮かべ、私に耳打ちをしてきた。
「エリチ、口開いとるよ」
指摘された私はと言うと、恥ずかしさのあまり一際大きく口を開き、咄嗟に口元を手で隠した。
どうも私は、考え事をするとき口を開いてしまうみたい。
今までこの癖を指摘してきたのは希と真姫の二人。
賢くない先輩だと思われないように気にしてはいるんだけれども、どうしてもふいに出ちゃうものね、癖っていうのは。
慌てる私に気付いたのか、穂乃果が心配そうな目で見ていた。
私とした事が.....
「どうしたの?絵里ちゃん、具合でも悪いの?」
「い、いいえ!なんでもないわ!そんな事より、そう、合宿よね、そうね、いいと思うわ」
何とか誤魔化せたわね、さすが今日の私も賢いわ。
「そうだよ!合宿だよ!メンバー全員でお旅館でお泊まりして美味しいもの食べて温泉入って.....」
「穂乃果、それではただの旅行ではないですか!そもそも合宿というのはですね...」
そこまで言って海未は言葉に詰まってしまった。
合宿とは本来、本番に向け練習を重ねる時間を作るもの。
しかし、私たちの『本番』はもう終わってしまったの。
きっと海未も気付いているはず。
そもそも穂乃果がしようと言っているのは、卒業旅行そのもの。
『卒業』その響きに対して私たちは、未だに抵抗を感じていた。
「そうです!何かこう、メンバー間の結束、そう、絆です!絆を深められる様な活動をですね.....例えば、ええ、山頂アタ........」
「やめるにゃあああ!!」
海未が言いかけたところで凛が海未の口元を抑えにかかった。
「もう凛はあんな体験こりごりにゃ!山に登るっていうなら凛はグレてやるにゃ!盗んだバイクで走り出して、校舎の窓ガラスぶち破ってやるにゃ!」
「ちょっと凛ちゃん!?落ち着こ?」
「これが落ち着いていられるかにゃ!μ’s最後の活動が山登りなんで凛は認めないにゃあ!」
(ダレカタスケテー!)
やれやれ、見てられないわ、ここは年長者として私がまとめるしかないみたい。
手を叩き注目を引こうとした矢先だった。
「ちょおっと、アンタ達ー!いつまで騒いでるのよ!騒ぎ声が外まで響いてんのよ!
「こんな騒々しいアイドルが優勝したんだ、なんて思われたらラブライブの面汚しよ!ちょっとは自覚持ちなさい!」
乱暴にドアを開け、部室に入ってきたのはアイドル研究部前部長の矢澤にこ。
自ら騒々しく、騒々しい後輩を叱るなんて、さすがにこね。
「にこちゃんだって、大体いつも騒々しいと思うけどにゃあ?だよね!かよちん!」
「え!?わ、わたしは....」
「ぬわあんですってえ!?あんたはまた屁理屈をおお」
ああもう言わんこっちゃないわね、今度こそ私が.....
「凛ちゃん?あんまり元気すぎるのも時には考えものやでえ?」
「え!?希ちゃん?ああ、凛はにこちゃ.......」
「答えは聞いてへん!!」
(ンニャアアアアアアアアアアアア........!! )
ハラショー.....
2秒後、凛は生ける屍と化したわ。
「それとにこっちい?今日は10時からミーティングや言うたのに、随分と重役出勤とちゃうんかな?」
「ニコっ!?だってえ、にこさっき追っかけの娘に絡まれちゃってえ、ファンサービスもアイドルの立派なお役目だと思うニコ!だからあ...」
「へえ、数学の安西先生はにこっちのえらいファンなんやねえ、にこっちのサイン入り色紙をプレゼントしに職員室に行ってたんやから仕方ないなあ?」
ああ、いつだか数学の授業でにこが提出し忘れたプリントのことかしら。
この様子だと卒業するまで踏み倒すつもりだったみたいね。
「そうニコ!安西先生はにこの大ファンでえ! 本戦のときなんか...」
「にこっち?嘘ついたらどうなるか知っとる?」
「わ、わからないニコ〜........」
「ワシワシ1000回/min決まっとるやん??」
(ニ、ニコおおおおおおおおおお.........!!!)
甘いわ、にこ。その程度の賢さで希の尋問から逃げらる訳ないじゃない。
それにしても希のおかげで、にこのも少し成長している気がしするわ。
うん、まあ、とりあえずハラショーね。
「さてと!悪い子へのお仕置きも済んだことやし!ミーティング続けよか」
「では、学年別に合宿の希望を出してください」
結局、海未が先陣を切って、取りまとめてくれる事になった。
本当に頼りになる後輩って感じ。
海未が居ればアイドル研究部は安泰、と言いたいところなんだけども...
「穂乃果はさっき言った通りだよ!旅館に温泉に美味しいもの!それがあれば何処でもおっけーだよ!ことりちゃんは??」
「私も穂乃果ちゃんと同じかな?みんなでパーっと遊びたいな!ね!うみちゃぁん!」
「うぅ....!ずるいですよ、ことり......」
「はいっ!と言うことで私達三人の意見はこんな感じだよ!」
まあ、そうなるわね。
「ほな、うちらはどうしよか?」
結局私の出る幕は無いみたい。
まあいいわ、ここは希に任せましょう。
「私もぶっちゃけどこでもいいわよ、バイト代も出たし、それなりに遠出でも問題ないわ」
「せやんなあ、うちも全く決めてへんかったからこれといった希望はないんやけど、去年うちらも沖縄行ったから、今度は北のほうに行ってみたいなあ」
そうね、音乃木坂の修学旅行は沖縄って決まっていて、選択の余地が無かったから。
「わかったわ、せっかく時間もあるんだし遠くへ行きましょうか」
「北関東...は少し近場すぎるわね、東北なんていうのはどうかしら?」
「ええなあ!東北、温泉も沢山あるし、牛タンにきりたんぽに喜多方らーめん、食べるもんには困らんね」
「あんたねぇ、食べ物ばっかじゃない。東北って言っても広いわよ?絵里はどっか行きたい所あるの?」
確かに、東北6県どれを取っても相当なボリュームだわ。
「そうね、私もあまり詳しくは無いから、いま選べって言われても答えは出そうにないわ、二人は何か知ってる場所とかない?」
「うちの親の転勤も関東がメインだったからなあ、あんまり知らんわ、にこっちは?」
「私も観光地の事なんか知らないわよ、そうね、強いて言うなら、関東に次ぐご当地アイドルの激戦区って事くらいかしら」
「宮城のアイドルグループは去年メジャーデビューしたし、山形なんて小、中学生のアイドルグループが居るくらいだもの」
「そうなん?すごいなあ、そんなちっさい頃からアイドル始めるなんて、もしかしたらアイドル歴でいったらウチらより先輩なんかな?」
「そうね、活動を開始したのが...」
それにしても、私ったらどうして東北に行くなんて言い出したのかしら。
食べ物が美味しいから?温泉に入れるから?観光地がたくさんあるから?
.....ち....エリチ..エリチ!
「エリチってばもう!話聞いてる?ボーっとして、今日のエリチってば何か、心ここに在らず、って感じやよ」
「それにエリチってば…」
「アホみたいに口開けてたわね」
「...エ!?、あ、ごめんなさい、また考え事をしていたわ、ん?アホみたいってどういうことよ!?」
「そのまんまの意味よ、口開けながらぽけーっとして、私ならそんなアホ面を人に見られたら恥ずかしさで1日寝込むわ」
わ、私としたことが...
希、真姫のみならず、にこにまでも...
ああ、もう今日の私はどうしてしまったのかしら、いつものような賢さの欠片もないじゃない。
「これなあ、エリチの癖なん、深く考え事していると、ぽけーっと口が開いてしまうんよ」
「エリチからは、見かけたら注意して!って言われてるんやけど、とうとうにこっちにもばれてしもたなあ」
ああ、もう恥ずかしい恥ずかしい!
気付かれたが同級生のにこなのが唯一の救いね。
しっかりと口止めをして置かないと...
「そんなのずっと前から気付いてたわ、特にUTXにお邪魔してツバサさんの話を聞いてた時なんか、そりゃもう見事なアホ面だったわよ、私は話に夢中で注意しなかったけど」
え...え??
あの時気付いていたのって真姫だけじゃなかったの?
ああ、もうどうでもいいわ。
そして私は、考えるのをやめた。
「ああ、もう、にこも希も今のはなかったことにして、とりあえず意見を纏めましょう」
「にこは特に希望なし、そしてそれなりの遠出でも問題ないってことよね」
「そして希、北に行きたんだったわね、とりあえず私と同意見って事でいいかしら?」
「それでええよ」
「ええ、問題ないと思うわ」
なんか未だににこと希がにやけてる気がするけども。
うん、これで良いはず、結果オーライってやつね。
細かいことは気にしない、それでいいのよ。
「海未ー?私たちの意見は決まったから黒板に書いておくわね?」
「はい、助かります、あとは真姫、凛、花陽の意見待ちですが、どうですか?」
既に書き込んである2年組の希望の隣に、私たち三人の意見を書き込む。
どれどれ?穂乃果達はどこに行きたいのかしら?
ー旅館、温泉、美味しいもの、それがあればどこでも可ー
...ってかなり抽象的過ぎない?
まあ、場所決めじゃなくて希望を募っている訳だしね。
それにしても、この意見で海未がOKしたのは、この『合宿』の意味を汲み取ってのことなんでしょう。
今まで海未もずっと張り詰めていたでしょうから。
休ませてあげられる旅行にしたいわ。
さて、そうすると残りは一年生三人組な訳なんだけれども...
「ラーメン食べたいにゃ」
「米所ならどこでも.....」
「ヴェェェ.......」
大丈夫かしら?
「あなたたち、せっかくの遠出なんだから真面目に考えなさいよ!」
「凛は至って真面目だもん、ラーメンに対しては常に真面目に向き合ってるにゃ、かよちんだってお米に対する真剣な姿勢は一般的な日本人のそれを軽く凌駕しているにゃ」
「凛ちゃん.......!!!」
「かよちん!!」
「ヴェェェ.....そうじゃないのよ!あなた達が何をしたいのかはなんとなくわかったわ、旅行なんだから、何処で、を決めなきゃ始まらないじゃない!」
「凛あんまりお旅行とか行かないからわからにゃいにゃあ、そういう真姫ちゃんはどっか希望あるの?」
「ぅえ!?私?私は、そうね、静かなところがいいわ」
「真姫ちゃんの意見もふわふわしてるにゃあ〜」
「な、なによ!私くらいになるといろんな所に行きすぎて逆に行ってない場所を挙げるのが難しいのよ!」
「ま、真姫ちゃんも落ち着いて....ほら、もう他の2組は意見出てるみたいだから参考にしよ?」
「そうね、えーっと、2年生は??」
.......
......
…
「なんか、これもまたざっくりしてて、この意見に乗っかったらいつまでたっても纏まらないわよ」
「凛は概ね賛成できるにゃー」
「えっとお、三年生のみんなは?ん?東北.......!?」
「かよちん?どうしたにゃ??」
「東北.....東北といえばお米の聖地!つや姫、はえぬき、こしひかり、ひとめぼれ.....
特に山形米は米の食味ランキングに於いて最高ランクである【特A】ランクを複数銘柄で、しかも連年受賞するというお米好きにとっては正に天国......さらに、その中の【つや姫】はその風味、香り........」
「ちょ、ちょっと花陽!戻って来なさいよ!!!」
「凛はこっちのかよちんも好きにゃあ」
「そんな事言ってないで、んもおおお!」
「あ!真姫ちゃんが牛さんになった!」
「まあ、山形って言ったら日本一ラーメン食べてる人達がいる県だから、きっと美味しいラーメンに出会える気がするにゃ!」
「ヴェ!?もういいわ私たち三人の意見は山形県よ。生憎山形に別荘は持ってないから、何処かで宿をとることになるでしょうけど、まあせっかくなんだからその方がいいでしょ」
「それと凛!あなた私のこと牛みたいって言ったでしょ!!」
「んにゃあ!牛さん真姫ちゃんに角が生えたにゃああ!!」
「りーーーーんーーー!!待ちなさい!!」
「そうなんです、しかも【はえぬき】に至っては艶、粘りが.......」
「全学年分揃いましたね、と言っても余り具体的な意見はありませんが」
「三年生は東北、一年生は山形県ですか」
「良いんじゃないかな?東北、山形県!穂乃果あんまり地理は得意じゃないから、観光地とか分からないけど...」
「何となく良い所な気がする!」
あら、いつの間にか東北行きっていう希望が通ってしまったみたい。
とは言えどうしましょうか、何となくで答えてしまったばっかりに、そこから先のことは、あまり考えていなかったのよね。
「私も東北の地理には詳しくないのですが、詳しい意見などはありますか?」
「あ、ごめん海未、私の希望なんだけど、そこから細かいことは考えていなかったの、まさかこんなに直ぐに話が進むと思っていなかったから、少し考える時間を貰っても
良いかしら?」
「私たちも余り具体的な所まで話し合ってないわ、山形に別荘はないから、旅館なんかを決めるために少し調べる必要があるわね」
「ええ、構いません。確かに今日だけで全て決めてしまうと言うのには無理がありますからね」
「本日はこの意見を持ち帰って、後日詳細な希望を募るとしましょう」
「それではキリも良いですし。本日の部活はこれまでとします」
一同(お疲れ様でしたー)
こうして春休み最初の部活は終わった。
ラブライブが終わったら、お仕舞いにする筈だったμ’s。
花陽の部長就任が決まったのが卒業式だったから、今はこうして引き継ぎ期間と称し活動を行っているの。
少し当てつけといった感じはするけども『必要な事』と言う共通認識の元に再びこの部室に集まる。
μ’sを率いてきた1人として、この状況があまり続くのは良くない事だと言うのも分かっているつもりよ。
古本屋が立ち並ぶ神保町交差点を脇目に、いつものように希と二人肩を並べて帰路につく。
「ねえ、エリチ、次の部活までには行き先決めなあかんよ?エリチは何処に行きたいん?」
ここではない何処かへ、なんてふざけてみようと思ったけども、私が言い出した事だものね、責任持たないと。
「折角だし、本屋でも巡って調べてみましょうか」
ここは神田の神保町、本を探すなら打ってつけと言えるわ。
それから小一時間、書店、古書店を希と巡ってみた。
私もたまに雑誌や小説なんかを買いに足を運ぶんだけど、読書家の希には敵わない訳で。
お店、棚の位置まで全て希に案内されながら3冊ほど適当な本を購入した。
「ちょっと疲れたわ、お夕飯までは少し時間もあるし、どこかでお茶でもしましょうよ」
「ちょっと待ってな、いまこの本をを買おうか迷っとるんよ、ごめんな、ちょっと待ってな」
なによ『易学入門』って…
ってうか周り見ても占いの本ばっかじゃない!
希の案内だからってホイホイついてきたのに!
それからというものの、一冊でそれこそ旅行2回分くら行けそうな値段のする易学のとやらの本の前から希を引き剥がし、通りを挟んだ喫茶店に転がり込んだ。
控えめな照明の店内で、購入した本を紐解いてみる。
希は無理やり連れてこられたことに少しご立腹みたい。
でも、お店のオリジナルブレンドと日替わりケーキを奢ってあげるって事で示談成立ね。
最初はチーズケーキに夢中だったみたいだけど、私が読む写真集を覗き込んできて希が一言。
「わあ、きれいやんねー、蔵王山って言うん?なんか写真だけ見ると火星みたいやんなあ」
「そうね、このおっきな水溜り、御釜って言うらしいわ」
鮮やかなカラー写真で東北各地の名所を巡っている写真集。
ページをめくる度、見たこともないような景観の連続で、暫く二人して無言で写真を見つめていた。
3冊目の本も終盤、最後の章へのページを捲った時。
「ねえ、エリチ、これ」
希が私の制服の裾を引っ張って訴える。
二人で見つめるのは見開きで掲載された大きな写真。
「ええ、とっても綺麗ね」
「うち、ここ行ってみたい」
「私もそう思っていたの、行きましょう、きっとみんなも良いって言ってくれるわ」
【-合宿初日-午前7時-東京駅丸の内北口-】
「さて、皆さん揃いましたか?」
「ねんむいにゃあ〜」
「雪穂〜朝ごはんまだあ?」
若干2名、立ちながら寝るという芸当を見せながらも、何とかやって来た合宿本番の朝。
『たるみ過ぎです!』と、海未のお叱りが直ぐにでも飛んでくると思ったんだけど。
「穂乃果、新幹線に乗ればいくらでも寝れますから、ちょっと我慢してください」
「ことり、穂乃果をお願いします」
「うん、分かった、穂乃果ちゃあん、起きてよう」
「雪穂〜お腹すいたあ」
いつもの事だけれども、海未とことりは穂乃果の保護者そのものね。
さすがにここまでの過保護振りを見せられると、穂乃果の将来が心配だわ...
未だに足元のおぼつかないリーダーを小脇に抱えることりを眺めながら、海未は続けた。
「今から山形新幹線に乗ります、発車は12分後です!誰かさん達の所為で時間がありません!急ぎますよ!」
「凛ちゃん!ほら!電車行っちゃうよ!起きて!」
「春眠暁を何とかだにゃあ〜、かよちん凛を引きずってって〜」
「花陽も甘やかしすぎなのよ!、こら、凛起きなさい!あんたのこと置いていって私たちだけで美味しいもの食べてくるわよ!」
そう言って真姫は凛にデコピンを食らわした。
「いったああい!真姫ちゃんだけで抜け駆けなんて許さないにゃああ!」
(チョットマツニャー!)
「あら、にこっちも眠そうやね、楽しみで昨日は寝付けなかったん?」
「にこがそんな子供染みたことするわけないでしょ、昨日だってちゃんと寝たわよ、あんたの気のせいよ」
「そうなん?まあ、せっかくのお旅行なんやし、体調崩さんようにな?」
そう言いながらもにこが欠伸を噛み殺すのを私は見逃さなかったわ。
【午前7時12分-山形新幹線、つばさ-】
1泊2日分の荷物を詰めたキャリーバッグを引きながら新幹線に滑り込む私達。
3時間半程の電車の旅、そう言えば前に新幹線に乗ったのは長野の冬合宿だったかしら。
あの時は、あまり旅情に浸る余裕もなかったけど、今回はゆっくりできるといいわね。
『海未side』
ビルの合間を暫く走り続けて、新幹線はさらに加速を始めました。
周りに映る景色は背丈の低い民家と、田園風景。
普段聞きなれないチャイムと共に、次の停車駅を告げる放送が流れてくる頃、私たちはと言うと。
「海未ちゃん、はいこれ、お家から持ってきたお菓子だよ」
「ありがとうございます、ことり、朝食を抜いてきたのでお腹が空いていたところでした」
「うん、たくさんあるから遠慮しなくていいよ、あ、でも穂乃果ちゃんが起きた時のために少し残しておいてね?」
「さすがに全ては食べれませんよ、それにしても穂乃果、汽車に乗ってからというもの一度も起きませんね、昨晩は夜更かしでもしたんでしょうか」
「そうかもね、今回の合宿、穂乃果ちゃん一際張り切ってたから、きっと修学旅行の時みたいに夜中まで持っていく物に悩んでたんじゃないかな?」
「たしか修学旅行の時はunoやトランプなんかの準備は完璧だったんですが、化粧品を忘れてことりに借りたんでしたね」
「そうそう、穂乃果ちゃんたら、『ありのままの自分が一番だよ!』って言って」
「そんな事も有りましたね、アイドルたるもの何時何時でも見られているという自覚を持たなくては、と説教したのを覚えています」
「海未ちゃんてば最初はアイドルにあんなに反対してたのにね」
そう言って微笑むことり。
やると決めたら何事も全力で、それがその道に対しての礼儀というものですから。
「わたしだって最初は本気で嫌でしたよ、それと同時に穂乃果がやると言ったらもうやるしかないのだとも思っていました、でもその強引さのおかげでここまで来れた訳ですから、終わり良ければ全て良し、というものです」
「うん、もしアイドルに誘われてなかったら、今は一緒にいられなかったかもしれない、そう思うと穂乃果ちゃんには感謝してもしきれないや」
ことりが国外へ発つと聞いた時、共にスクールアイドルをやり遂げたい、そんな想いも強く有りました。
しかし、自ら選択した道を進んでほしい、人生の選択を後押しするのは親友として当たり前の事なんだ、そう自らに言い聞かせて最後まで自分の意見を言えませんでした。
結局、穂乃果と私はぶつかり合ってしまった。
何が正しいかなんて誰にもわからない。
穂乃果は、何が正解かわからない以上、自分を信じるしかないんだ、という事を私とことりに教えてくれました。
「穂乃果の言うことは大方が無茶苦茶で、計画も何も有ったもんじゃありません、しかし先のことに怯えて何もしないよりはずっと良い方向へ物事を導く不思議な力が有るんです」
「私みたいな臆病な人間では到底到達し得ないような場所へ連れて行ってくれる、その確信が有ったからこそあれだけ嫌だったアイドル活動を真面目に続けることができたのかもしれません」
私としたことが、少し今日はおしゃべりみたいです。
ことりも『私もそう思う』と同意の微笑みを返してくれました。
言葉に出さないのは、我らがリーダーが、ことりに一際深くもたれ掛かったから。
珍しくこんなにも褒めているのに、当の本人は夢の中ですか。
かと言ってこんな事、恥ずかしすぎて直接本人に話す気にはなれませんが。
ことりといえば、寝息をたてる穂乃果の頭を撫でているようでした。
『甘えすぎです!』と言いたいところですが、少しだけ穂乃果が羨ましくも有ります。
穂乃果に話し相手を奪われた私は、仕方なく車窓を眺めることにしました。
遠くには知らない街の住宅地が広がっています。
こういった景色を見ては、知らない街の知らない人たちの営みを想像して、少し寂しいような、そんな不思議な気分になります。
まだまだ私達の旅はこれから、しかも穂乃果が言い出した合宿ですからね、目一杯楽しんでやりましょう。
『真姫side』
読みかけの文庫本を窓際に置いて少し窓の外を見てみた。
本当にどこまでも畑しかないわね。
あ、田んぼの真ん中に家があるわ、いったいどんな人が住んでるのかしら。
その時、右肩にずしっと重みが感じられた。
「んにゃあ ...」
やけに静かだと思ったら、凛ってばまだ寝てたのね。
移動も旅行の醍醐味だって言うのに、まだまだお子様なんだから。
そんな事より、こんな体勢であと二時間もいられたら肩が凝って仕方ないわ。
それなりに気を使いながら凛を座席に押し戻そうとすると。
「凛ちゃん、真姫ちゃんが窮屈そうだよ、ちょっとこっちに...」
「むにゃあ、動きたくないにゃあ...」
そう言って私の腰に手を回し、移動を拒否してしまった。
「しょうがないわね、花陽、少し手伝って」
少しだけ凛の体勢を元に戻して肘掛をたたみ、膝の上に凛を寝かせてあげる。
すると凛は自分の腕を上手いこと枕にして、私の膝の上で再び寝息を立て始めた。
ほんとこの娘ったら、前世はネコ科の動物に違いないわね。
「ありがとね真姫ちゃん、足、痛くない?」
「大したことないわ、起きたら起きたでうるさそうだし、このまま寝かせておきましょう」
前回の冬合宿の時みたいに騒がれたらたまらないもの。
また雪国で雪だるまになるなんて事は御免被りたいわ。
「あ、そう言えば花陽、にこちゃんからの部長引き継ぎは順調なの?」
なんせ私達が加入するまでの間、まともに活動をしてたかも怪しいもの。
にこちゃんたら、ちゃんと資料とか残してくれてるかしら、と来期の副部長らしいことを考える。
それと同時に、私たちが来るまでの間、一人でアイドル研究部を守り抜いてきたにこちゃんのことを想うと、未だに胸の奥が締め付けられる感じがする。
「うん、にこちゃん今までの予算会議の議事録とか、申請書の書き方とかちゃんと纏めてくれたみたい」
あら、意外だわ。
やる事はちゃんとやる、やっぱりにこちゃんも先輩なのね。
「それと、来期の予算の事なんだけど...」
「ん? どうしたの?部としての実績もあるし、予算ケチられるなんて事は無いと思うのだけど」
「うん、違うの、まだ決定じゃ無いんだけど、アイドル研究部の予算枠が変わるらしくて...」
これくらい...と申し訳なさそうに花陽から告げられた額は、昨年の倍以上、少し多過ぎると言うくらいの予算枠だった。
「確かにこれは過剰ね、どうしましょう、アイドル研究部だけでこんな予算掻っ攫って行ったら依怙贔屓だって言われるわよ」
「それがね、生徒会の投書にアイドル研究部の規模拡大に関する意見がたくさんあったんだって、それに理事会でも実績に応じた予算枠の見直しがされているらしくて、穂乃果ちゃん達もびっくりしてたみたいなの」
そういう事だったのね、確かに来年度から部を任せられる立場からしたら、予算が多いに越したことはないわ。
でも予算が増えて、人数が多くなって。
その先に私達が思い描くスクールアイドルは有るのかしら?
まだ先の事だと思って、考えることを後回しにし過ぎていたわ。
きっと、入部希望者の数も増えるはずよね、そしたら人数分の衣装、備品なんかも今よりも必要になるし...
その時、考えこんでしまった私に花陽が語りかけた。
「私ね、ラブライブに優勝してから何度も考えることが有るんだ」
「性格も学年もバラバラだった9人が、なんでラブライブで優勝できたのかって」
珍しく花陽の方から話をしてくれた。
それだけでも私は嬉しくて、凛を膝に抱えながらも花陽の方に向き直って、真剣に話すその顔を見つめる。
「きっとね、それはこの学校が好きだったから、確かに私達が入学した時は人数も少なかったし、特に目立った実績なんかもなかったけれど、それでもこの学校が好きで、それでみんなを巻き込んで立ち上がることができた」
そこで『穂乃果ちゃんの受け売りなんだけどね』と少し照れる、更に花陽は続けた。
「だからね、私達のアイドル活動は義務になっちゃダメなの、μ’sが廃校を阻止するっていう目標を達成した以上、それに続く私達は新しい目標を見つけなきゃだって思うの」
そうね、どんなきつい練習だって教科のように義務だと感じたことはなかったわ。
次の目標を定める、これは来年度のアイドル研究部最初の仕事になりそう。
「真姫ちゃん、これは花陽からのお願い」
「にこちゃんから部長を任されて、正直今は不安でいっぱいなの、でもね、これからもアイドル活動を続けるからにはμ’sを超えるようなグループにしたいと思ってる」
「ごめんね真姫ちゃん、今はこんな曖昧なことしか言えない、でも今言ったことは全部本当のこと、だからね真姫ちゃん、迷惑かけるかもしれないけど宜しくね」
そう言って恥ずかしそうに微笑む花陽。
私はというと、花陽の芯の強さに気圧されてしまって、少し呆気にとられていた。
でも花陽のこの姿見せつけられたら、負けていられない、そう思えてきたの。
「あったりまえでしょ!なんたってこの真姫ちゃんがいるんだから、今までの自分達なんか軽く飛び越えてみせるわよ!」
『絵里side』
「はい、私はフルハウスよ」
「あちゃー、うちはツーペアやー」
ノーペア。
何ででしょう、今日に限ってやけに引きが悪いわ...
「つ、次こそ勝つわ...もう一度よ!」
「えりー、もう私ポーカー飽きたー」
「うちも少し疲れたわあ、はい、エリチ、さっき買った牛たんジャーキー」
わ、私はまだやれるわ...
それにしても何なの、この二人の引きの強さは...
「ありがとう、希、いただくわ」
少し塩辛い牛たんジャーキーを食べながら、お茶を一口。
なんか希に餌付けされている気分。
「希、あと何駅くらいで到着なの?」
「んーと、いま中川駅過ぎたところやから、あと一時間半くらいやんなあ」
「まだ結構あるのね、申し訳ないけど少し寝ててもいいかしら?」
「やっぱにこっち眠かったんやん、あ、海未ちゃん、少し倒してもええ?」
希が席を乗り越えて海未に断りを入れた。
「ええ、構いません、どうぞ」
「にこっち、席倒してもええって、駅につく前には起こすからゆっくりおやすみ」
「ありがとう希、よろしく頼むわ」
そう言ってにこは背もたれに体を預け、目を閉じた。
疲れてるのにわざわざ付き合ってくれたのね。
もう、ちゃんと素直に言えばいいのに。
「にこっちったら、眠いのに無理して」
「エリチ、これ掛けてあげて」
希から手渡されたブランケットをにこに掛けてあげる。
さすが希ね。
「そういえばエリチ、ちゃんと愛用のカメラは持ってきたん?」
「ええ、もちろん」
そういってポーチに入っている二台のカメラを希に見せた。
せっかくの遠出だもの、ちゃんと準備はして来たわよ。
「エリチ、またその古いカメラ持ってきたん?エリチも好きやんねえ」
古いカメラっていうのはお祖母様から貰ったフィルムカメラの事ね。
露出計が壊れてたり色々手の掛かるカメラだけども、そこは経験と勘でカバーしているつもり。
一応、保険としてデジタルカメラも持ってきているんだけども。
でも、フィルムカメラは一枚一枚の重みが違う。
そこが面倒でもあり、好きな所でも有るの。
「今回はちゃんと綺麗に撮ってーな、前のお散歩の時なんか真っ暗か真っ白で何も見えへんかったもんな」
カメラもをもらったばかりの時に、希と散歩の風景を撮ろうと思ったけど、露出表も頭に入っていない状態で、それは滅茶苦茶なモノだったわ。
でも今回は違う、予習は嫌という程したし、それに今回持ってきたのは36枚撮り一本のみ、きっといい写真を残して見せるんだから!
「あの写真集みたいなん期待しとるよ」
ええ、確かに、私もあんな写真を撮ってみたいものね。
根気と運、それも含めた努力の賜物なんでしょうけども。
お花見シーズンの東京から三時間、さすがにここまでくれば桜前線もやってこないでしょう。
トンネルを抜ける度に、車窓に映る景色は白の成分を増していく。
東北の春はまだまだ遠いみたい。
『間も無く、大石田、大石田の次は終点、新庄です』
【午前10時45分-山形新幹線、大石田駅-】
『絵里side』
「ついたー!なんか新幹線の駅の割に狭いね!っていうかここどこ?」
「大石田駅です、ここから宿までは送迎バスが出ているので、それに乗ります」
3時間超えの移動は少し疲れるわね、私もみんなと同じように伸びをして凝りをほぐす。
穂乃果の言った通り、ホームも待合室も狭くて、後が詰まってしまうので急いで外まで出ることになった。
駅舎前のパスプールの隅には、まだ背丈ほどの雪が積もっていて、ここが東北なんだということを思い知らされる。
「まだ送迎バスが到着していないようですが、真姫、旅館の方と連絡はつきましたか?」
「ええ、さっき連絡が来たわ、日帰り客の車が詰まっていて、バスが出せないみたい、30分程遅れるらしいわ」
まあ、観光地ですし、それなりに混むものよね。
急な旅行にも関わらず、宿が取れたのはやはり、西木野家の力によるものらしくて...
聞くところによると、真姫の母の同級生が山形で音楽教室をしてて、その親族が旅館の経営者らしいわ。
今回は極力真姫に頼らない旅行にする予定だったのだけど、突発ということもあって致し方無し、と言ったところね。
「さて、30分ですか、どうしましょう、特に周りに何もないみたいですし...」
たしかに、ぱっと見コンビニも見当たらないわね。
そうね、せっかくだから...
「記念に写真でも撮りましょう、駅舎がひな壇みたいでいい感じに撮れそうよ」
「いいね!μ’s初の山形上陸記念だね!」
一面の青空、というわけでもないけど、周りの雪に光が反射して少し眩しいくらい。
みんなを駅舎の前に集めてフレームに収めようとした。
「みんなー、もっと寄らないと写らないわよー!」
「海未ちゃん、ことりちゃん、もっと寄らないと!ぎゅー!」
「ほ、穂乃果、苦しいです...」
「穂乃果ちゃんくすぐったいよう、海未ちゃんも、ぎゅー!」
「ことりまで…絵里、早くシャッターを切ってください…」
「花陽ほら、隅にいたら見切れるわよ、こっち来なさい」
「あ、真姫ちゃんがかよちんを一人占めしようとしてるにゃ!凛も凛もー!」
「ヴェェ...そ、そんな事ないわよ!ちょ、凛、きついってば!」
「凛ちゃん!そんなに動くとブレちゃうよ!」
「二人の身柄は凛が拘束したにゃあ!」
(ダレカタスケテー!)
「にこっち、はよ目覚まさんと寝ぼけ顏で写ってしまうんよ?」
「寝起きは低血圧なのよ...出来れば写りたくないわ...」
「そんな事言わんで!ほらニッコニッコ二ー!やで?」
「に、にっこにっこ...」
よし、なんとか全員収まりそうね、ピントも絞りも問題ないはずだわ。
フィルムを巻き上げ、セルフタイマーをセットする。
「みんなー!セットしたわよー!」
急いでみんなの元に駆け寄る。
希とにこの脇に収まり、掛け声の準備をした。
「3、2、1、はい!にっこにっこにー」
-パシャ-
「エリー、予想はしていたけどやっぱりその掛け声なのね...」
恥ずかしいのよ全く、と言った面持ちで真姫が訴えてきた。
あら、私としてはタイミングが取りやすくて結構好きなんだどな。
「いいじゃない、それに笑顔になりやすって点では『はいチーズ』より優秀だもの」
「絵里ちゃん!今撮った写真見せてー!」
そう言って穂乃果のが私のカメラを覗き込んできた。
「あれー?絵里ちゃん、液晶付いてないけどどうやって見るの?」
残念だけども、すぐにはお見せできないの。
「ごめんなさい穂乃果、これは帰ってからのお楽しみよ」
「えー、ちゃんと写ってるか気になるー!」
旅行が終わった後にまで楽しみが待っているんだから、その方がワクワクするでしょう?
μ’s最後の合宿、最初の一枚。
きっといい画が撮れてるはずよ。
【午前11時-国道347号線-送迎バス車内-】
遅れること30分、マイクロバスに乗り込み、そこからまた30分ほどの道のり。
穂乃果は運転手のおじさんに、穂むらのお饅頭を差し入れたりして、早速打ち解けているみたいね。
窓の外には一面の雪原、話によると完全に溶け切るのは5月の連休頃になるなるらしいわ。
「希ちゃん、これ全部スイカ畑なんだって!」
穂乃果ったら早速おじさんから聞いた知識を披露したいみたい。
「らしいなあ、夏になると道端で大玉スイカが500円で買えるらしいで」
「えー、希ちゃん知ってたのー?うちの近くのスーパーだったら1玉2000円もするのにずるいよー」
「ここのスイカはブランドもんやからなあ」
「っていうことは、ここってスイカのめいさんちーの舞台なんだね!」
「穂乃果、その歌はアメリカの民謡が原曲よ」
真姫がイヤホンを外して穂乃果に向き直った。
音楽聞きながら寝てるかと思ったんだけど、話聞いていたのね。
「そうだったんだー、真姫ちゃん物知りー!」
「音楽の教科書に書いてあるじゃない、それにスイカの名産地って言ったって...」
「みなさん、間も無く到着しますので、準備を初めてください!」
すれ違いも難しいような細い道の途中、私たちの乗ったバスは停車した。
おじさんにお礼を言いながらキャリーバッグを引きバスを降りる、坂を下りきった街の玄関口、橋の中腹で9人は立ち止まる。
目の前に広がるのは写真で何度も目にした古い町並み。
山形県は銀山温泉、昭和初期の町並みを今に残す温泉街。
【正午-尾花沢市、銀山-】
川沿いに立ち並ぶ建物群と、何本ものガス灯。
真姫を先頭にして宿に向かう。
そして今晩の宿は街の真中、狐の置物が軒先に佇む歴史ある旅館。
「すみませーん、今晩お世話になります西木野です」
玄関を通り真姫が声を上げる。
すると、奥からぱたぱたと足早にから 女将さんが出て深々と一礼。
私達一同も頭を下げる。
「遠路はるばるどうも、西木野さんとこの娘さんよね?ママに似て綺麗になっちゃって!」
「それにお友達の皆さんも可愛い娘ばっかりでもう...」
「あら、ごめんなさい!荷物はこちらでお預かりすることも可能です、お部屋の準備もできてますのでお上がり頂いて大丈夫ですよ」
普通チェックイン時間は15時なんだけど、女将さんの計らいで早めにあげてもらえることになっているみたい。
「皆さんどうしますか?お昼もまだでしたし、いったん街を散策してから上げていただくことにしましょうか?」
「凛もうお腹ぺこぺこだよー、はやくラーメン食べたいにゃー」
営業モードとおばさまモードの高速な切り替えに感心している場合じゃないわ。
さて、さすがに9人の大所帯で集団行動するのも大変よね。
「3人3班で別行動にしない?その方が動きやすくて良いと思うのだけど?」
「そうですね、組分けをすることにしましょう」
余り時間もかけていられないので、手早く組分けを済ました。
結果、色々偏りが出ている3班で街に繰り出すことに。
女将さんから貰った冊子を片手に、表へと出る9人。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
1班:絵里、海未、希
2班:真姫、にこ、花陽
3班:穂乃果、凛、ことり
【1班-海未、絵里、希-】
『絵里side』
「二人は何食べたいん?」
希がパンフレットを片手に海未と私に問いかけた。
どうしましょうか、結構お腹すいているから、しっかりとしたものがいいわね。
「そうですね、私はここのビーフカレーが気になってました」
海未と一緒にパンフレットを覗いてみる。
メニユーは至ってシンプル、ビーフカレーとハンバーグ定食の二品だけ。
「 あら、この旅館のすぐ隣じゃない、私はハンバーグ定食にしようかしら」
「ほなここで決まりやんな、お店もすぐそこやし、食べた後のことはお店で話そうか」
移動すること20秒、すぐ隣りのレストランの扉をくぐる。
三人で席に腰掛け、しばらくの待ち時間。
今更ながら、なかなか珍しい組み合わせよね、この三人って。
この組み合わせは、お昼の希望と言うより、希の希望で集まった訳なんだけど。
どういう意図が有ってのことなのかしら?
「そういえば希、絵里と私とでと行きたい所が有るという事でしたが、一体どこに向かうつもりですか?」
あれ、そんなこと私聞いてないけど。
とりあえず今は希の話を聞きましょうか。
「それな!みてみて、ここなんやけど」
そういって冊子の一箇所を指さした。
オープンスタイルの喫茶店?かしら、でも昼食のすぐ後では何もお腹に入らないわよ。
「ここ!貸衣装やっててなー、ぜひともこれ着て欲しいんよー!」
希の指差す冊子には、きれいな袴の一覧表が。
たしかに海未なら似合うこと間違い無しだわ。
「す、少し恥ずかしいですが...確かにこういった温泉街なら違和感もないでしょうし、少し着てみたい気もします」
以前の海未なら躊躇っていたところでしょうけど、この一年で散々人前に出て海未も変わった気がする。
海未は日舞の稽古も受けているらしいけど、海未の和装って一度も見たことがないのよね。
「そうね、海未ならばきっと似合うはずよ、ぜひとも海未の袴姿が見てみたいわ」
「なにいってんエリチ、もちろんエリチも着るんよ?」
「え!?わたしも?そんな私は海未みたいに和装とかって慣れていないし、それに...」
「おまたせしました、ビーフカレーお2つとハンバーグ定食になります」
「お、きたきたー、美味しそうやん!冷めないうちに食べよ!」
「そうですね、まだ時間は有りますから、あとでじっくり衣装を選ぶことにしましょう、絵里」
学年を超えた組み分けが成り立つのも、希が去年の夏に言い出した『先輩禁止』のお陰かしら。
最初の頃こそ海未に対してもきつい態度をとってしまっていたけど、今はこうして冗談を言える仲になれたんですもの。
「冗談ではありませんよ、私の袴は絵里が選んでくださいね?」
あら、海未も言うようになったじゃない。
それにしても、まだ心の準備が...
「ほら、エリチお腹すいてたんやろ?たくさん食べて午後はたくさん歩こうな?」
もう、仕方ないわね...
何はともあれまずはお昼ごはんよね。写真で見た通りの美味しそうなハンバーグ。
『いただきまーす』
【2班-真姫、花陽、にこ】
『真姫side』
「花陽...米はお夕飯でたくさん食べれるから、ちょっと元気出しなさいよ...」
私達が入ったお店は、地元のそば粉を使ったお蕎麦の美味しいお店。
もちろんどのお料理も美味しくて、とても満足したんだけど...
東北に来て最初に食べるものはお米にする、っていって朝食を抜いてきたらしい花陽には少しボリュームが足りなかったみたい。
「しょうがないわねえ、花陽、少し歩くけど向こうに喫茶店が有るわ、そこでお茶と軽食でも頂きましょ」
ここからでも見えるピンクの壁をした喫茶店。
にこちゃんが今さっき調べてくれたみたい、ここは矢澤先輩に頼っておこうかしら。
「なによ真姫、変ににやけちゃって」
「別に?だた、にこちゃんが先輩らしくしているのをみて微笑ましくなってただけよ」
「らしくも何も私はあんたより年上なんだけど!?」
「はいはい、そうね、よろしく頼むわよ矢澤班長さん」
こうやって話していると、先輩って感じがしなくて、ついね。
「ほら真姫手伝いなさい、早くしないと花陽が貧血で倒れるわよ」
お米不足で元気のない花陽を抱えながら、その喫茶店まで歩いて行く。
近づくについれて美味しそうなカレーの匂いがしてきて、花陽はなんとか自分で歩けるようになったみたい。
店内はというと、壁一面シックなベンガラ色でいい雰囲気。
お座敷に座ってメニユーに目を通してみた。
「ここはカレーパンが美味しいらしいわ、でもさっき調べた感じだとすぐ売り切れちゃうっていうから、まだ残っているといいけど...」
「とりあえず注文して聞いてみましょう、花陽もこの珈琲セットでいいわよね?」
「うん、あと食後にあんみつかな!」
すでに食後のような気がするのだけど...
いつもだったら、そんな食べたら太るわよ、って言いたいところだけども、旅行の時くらい言いっこなしよね。
「すみませーん、カレーパンと珈琲のセット3つください、あと食後にあんみつもお願いします」
「ごめんなさい、カレーパンなんですが、あと2セットしか残りがなくて...」
聞く所によると、お昼頃に大量に買い込んでったお客さんがいたらしいわ、なんとなく見当はつくけども...
「あ、真姫、私はやっぱ紅茶だけでいいわ、お昼食べたばっかで全部食べれるかわからないし」
「あら、いいの?食べたいときは分けてあげるわね」
「じゃあ紅茶1つと珈琲のセット2つとあんみつでお願いします」
二階席ということもあって街を眺めるにはいい場所ね。
遠くに袴姿の三人組、貸衣装か何かかしら、私は恥ずかしくてさすがに無理だけども...
「夕食までまだ少し有るわよ、二人ともこの後どうしたい?」
「どうしましょうか、私としてはここでのんびりしてたい気もするんだけど」
「私はお土産買いに行きたいかも、ここの向かいに可愛い小物屋さんがあったの」
「確かにお土産買っておくならば今日のうちよね、私もチビ達になんか買ってあげたかったし」
注文してたセットが届いて、早速頂くことにする。
お土産、どうしましょうか。
【3班-穂乃果、凛、ことり-】
『ことりside』
「穂乃果伍長、ついに食料が尽きたにゃ...」
「凛二等兵、ここはまだ日本か...」
ここは温泉街の外れから少し奥まった所にある旧鉱山。
地名の由来にもなった銀の採掘跡の奥深く。
〜30分前〜
私達がお昼を食べたのは、喫茶店兼お食事屋さん。
ここらへんで唯一ラーメンを出してくれるお店って言うことで凛ちゃんが迷わず入っていっちゃった。
「すみませーん!」
外観もだけど、店内も色鮮やか でとってもオシャレ!
「穂乃果ちゃんとことりちゃんは何ラーメンにするの?」
もうみんなラーメンを食べる前提なの!?
「じゃあ穂乃果は味噌ラーメンにしよっかあなあ、ことりちゃんは?」
うーん、どうしよう...
「じゃあ、私はチャーシュー麺かなあ」
「おっけー!じゃあ凛は醤油ラーメン!」
...
..
.
みんな完食して食後の一息。
ここのお店、店員さんがみんな袴姿なの!
今度衣装を作るときは和装なんかもチャレンジしてみたいなあ...
「...ねえねえ、ことりちゃん」
お鼻をくんくんさせながら、 穂乃果ちゃん。
「なんか、パンの匂いしない?それもふつうのパンじゃないやつ」
え??そうかな?ふつうじゃないってどういうことかな..?
「さすが穂乃果ちゃん、実はここカレーパンでも有名らしいんだにゃ!」
まさか凛ちゃん、それを知っていて...!
「...ってさっき知ったにゃ」
最後の一言も聞き終わらないうちに穂乃果ちゃんは店員さんにオーダーしちゃった。
さすが穂乃果ちゃん...
「カレーパン有るだけください」
「ちょ、ちょっとまって!穂乃果ちゃん!」
さすがにそれはアウトだよ!
「ね!穂乃果ちゃん、一応お昼ご飯食べたばっかだし、食べきれる分だけ買っとこう?」
しぶしぶ了解して、それでも2ケース分買っていく穂乃果ちゃん。
「この後どうしようかにゃー?」
うーん、お土産は明日買う事にしたから、どうしようかなあ...
「そうだ!銀山っていうくらいなんだからさ、銀を探しに行こうよ!」
「みてみて、こっからちょっと歩くと坑道跡が有るみたいだし」
「そうだにゃ、腹ごなしにはちょうどいいかも」
確かに、まだ新緑には遠いみたいだけど、ちょっとしたお散歩コースなら行ってみてもいいかな♪
「よし!そうと決まれば、食料も買い込んだ事だし、しゅっぱ~つ!」
....
...
..
「みてみて穂乃果ちゃーん、アオダイショウがいるにゃー」
「うわ、でっかー」
「あ、ことりちゃん、毛虫いるから気をつけてー」
「うわ、きもーい」
―――――!!!
ちょっとお散歩コースどころじゃなかったかも。
早くも少し後悔しているけれども、もうここまで来たら引き返せないよね!
「あ!、あれが坑道入口だにゃ!」
「ほええ...雰囲気あるねえ!」
坑道から吹き付ける風は、ひんやりしていて湿っていて、少しカビ臭い。
「ことりちゃん!足元湿ってるから気をつけてね!」
「う、うん!」
【午後5時半-旅館客室-】
『絵里side』
「あ゛あ゛あ゛あ゛...花陽ちゃんもっとみぎー」
「お客さん凝ってますねぇ〜」
部屋の片隅で溶けてることり、よほどお疲れらしいわ。
さっきから花陽に全身マッサージを施術してもらってるみたい。
またその片方では主犯格二人が、海未から星座でお説教を頂いていた。
「まったく!何をやっていたんですか!」
「17時には集合と言ったのに、私も絵里も心配していたんですよ!?」
「ご、ごめんなさい...以後気をつけますのでそろそろこれを...」
「あ、足が壊死するにゃ...」
なんと言うか、このやり取りも最早伝統芸能の域と言えるかもしれないわね。
「まーだ怒られとったん?海未ちゃん、説教もほどほどにな?」
お風呂から戻ってきた希、上気した顔をぱたぱたと仰ぎながら海未の首元に冷たい牛乳瓶をあてがう。
「ひゃぁっ!!希!何するんですか!?」
ぺろっ、っと舌を出して穂乃果と凛にウインクする希は、そのまま窓際まで歩いて行き牛乳を一気飲み。
「はぁ...二人共ほんとに今後は気をつけてください。凛は二年になるんですから後輩もできるんですよ?」
「はあーい、ことりちゃんにも謝ってくるにゃ」
「うんうん、穂乃果は凛ちゃん見たいな後輩が持てて誇らしいよ!」
「穂乃果...あなたは来年最高学年なんですよ...」
この様子だと海未の教育もまだしばらく続きそうね。
その時、部屋にある備え付けの電話が鳴る。
あ、そろそと夕食の時間かしら。
「はい、分かりました。一階の広間ですね、今向かいますので」
「みんなー、お夕飯の準備ができたらしいわ。下に向かいましょう」
一同「はーい」
【午後6時-F1広間-】
「かよちん、そんなにそわそわしてどうしたの?」
「凛ちゃん、お櫃ってもう一つもらえるかな?」
「おひつ?なんの事かにゃ?」
「あそこに有るご飯入れのことよ、それと花陽、最初からキープするんじゃなくて空にしてから頼みなさい」
「は、はーい...」
中居さんが固形燃料を着火させ、飲み物を配り終わる。
「ここは折角だから穂乃果、乾杯の音頭をお願いできるかしら?」
「ぅ絵里ちゃん!?...何も考えてないよ....なんてね!」
「ここはリーダーとしてちゃんと準備をしてあるのです」
あら、頼もしいわね。
でも、ごそごそ裾を弄って何かを探していようにみえるんだけども...
そして、「あ、やべっ」っていう顔と、何かを覚悟したような表情をしてから穂乃果は皆に向き直った。
「それではみなさん、グラスをお持ちになって!μ’s合宿第三回!皆さんのごたこーとこたぼーをお祈りいたしまして!」
穂乃果、私は多忙を祈られて少し複雑な心境よ。
一同「「かんぱーい!!」」
それからと言うもの、雰囲気によった私達は時間目一杯、飲んで(ノンアルコール)食べてのお祭り騒ぎ。
ちなみに花陽はお櫃1杯を一人で開けたらしいわ。
そんなこんなで、食後は11時ころまでの自由時間になった。
【午後7時30分-温泉街-】
『海未side』
食後、入浴を済ませた私達三人は、穂乃果に連れられ、もとい、連れ回され十二分に腹ごなしの散歩を終えたそんな頃。
履きなれない下駄ということもあって、歩き疲れた私達。
街のいたるところに設置してある木製のベンチに腰掛けて、頭上を照らす仄かなガス灯の明かりを見ながら涼んでいました。
「みてみて海未ちゃん、このこけし海未ちゃんにそっくりでしょ!」
私達三人は、先ほどおみやげ屋に入りお互いのプレゼントを購入することにしたのでした。
穂乃果はどうやら、私に地元産のこけしを見繕ってきたみたいですね、素朴な顔立ちのこけしで、可愛いことには可愛いのですが...
「...ありがとうございます、確かにこの長く伸びた後髪辺りが似てる気がします」
細部まで職人の手作りなのでしょうか。
目元や口紅、非常に繊細に描きこまれています、そして何よりスルスルとした触り心地がいい感じです。
「次は私の番、私からことりにはこれです」
そういって、小包をことりへ手渡す。気に入ってくれるでしょうか・・・
「わあ~!ありがとう!開けてもいーい?」
「ええどうぞ、壊れやすいかもしれないので慎重にお願いします」
「えー?なになに?海未ちゃん何買ったの?」
「「うわあ!可愛い!!」」
ことりへと送ったのは鼈甲色のバレッタです。果たしてこれは地元名産のものなのかは知りませんが、和風の装飾がされたそのバレッタは
普段から、人一倍髪に気を使っているであろうことりへの贈り物としては最適に思われました。
「ありがとう!海未ちゃん!大事に使うね!!」
そう言いながら器用にも今つけている髪留めと交換していました。
「どうかな?似合う?」
「バッチリだよ!」
「ええ、とても似合ってますよ」
「えへへ-..そうだ、穂乃果ちゃんにはこれあげるね!」
「お、ありがとー!どれどれ、なにが入ってるかな~...」
「お!?おお~!さすがことりちゃん、わかってるねー!」
「何が入っていたのですか?」
「じゃーん!穂乃果専用湯のみだよ!」
「その湯のみでこれからも雪穂ちゃんにお世話になってね♡」
「桐製の湯のみですか、しかも『ほ』の時が彫って有りますね、まさか予め....」
「めっ!だよ!海未ちゃん?」
さすがことり、抜け目無いですね。
それにしても、このこけし、触り心地がいいので撫でるのが癖になりそうです。
「さて、もうだいぶ冷えてきましたし、湯冷めしないうちに戻りましょうか」
「そうだね、みんなもお部屋に戻ってる頃かな?」
「穂乃果ちゃん??」
私とことりの少し後方にいた穂乃果は、助走をつけて私達の間に割って入り、腕を絡めてきました。
「「ちょ、ちょっと穂乃果(ちゃん)!!」」
「あーもう、あっという間すぎて穂乃果もう何がなんだかわからなくなってちゃった!」
普段から何も考えていないようで、実は誰よりもメンバーを気に掛けている穂乃果。
始まりから終わりまで、全ての中心にいた彼女は、今の今になって、見えてきた終わりに少し戸惑ってるようでした。
「だって、この数カ月間で9人が集まって廃校がなくなって、それでもうお別れなんてちょっといくらなんでも詰め込みすぎだよね?」
「ほんと...楽しかったなあ...」
私とことりの間で俯き加減の穂乃果、ちょうど影になって表情は見えませんが、言いたいこと、考えてることは手に取るように分かります。
「穂乃果、この9人が集まるまでの間あなたがどれだけ大変な思いをしてきたか、先のライブで優勝するまでにもどれだけ貴女が悩んできたことか」
「その全ての瞬間を私達は見てきています、だから分かるんです。μ’sは終わってしまってもこのつながりが消えることはありません」
「いつだって私達はあなたを中心に繋がっているんですから」
今日くらいは素直になってみましょうか。
ことりをちらりと見ましたが、いつも通りニコニコしているだけですし。
いい加減穂乃果、体勢を戻してくれませんかね、これでは歩けません。
「あのー?穂乃果??そろそろ元に戻ってくれませんか、でないと...」
と、俯いた穂乃果の顔をのぞき込んだ時、はっと顔を上げ私に向き直りました。
「な、なんですか??」
「海未ちゃん!穂乃果ね!海未ちゃんの事大好きだよ!ずっと一緒にいようね!!」モッギュ-
「..........は?」
「もちろんことりちゃんもだよ!!」モッギュー
「ウン!!」
「あれ??ことりちゃん!海未ちゃんが動かないよ!!」
「うん、大丈夫!ちょっと疲れちゃたみたい、一緒にお部屋に連れてってあげよ?」
「おっけー、りょうかい!」
【午後8時-温泉街-】
『真姫side』
「凛〜、あんま走り回らないの!コケて川にでも落ちたら悲惨よ?」
「凛は一度失敗したらちゃんと学習するタイプだかららね、にこちゃんこそ川ダイブには気をつけないと!」
「ああもう、いちいち蒸し返すんじゃ無いわよ、それにこんな歩き辛い格好ではしゃぐ気にもなれないわ」
「あ、凛ちゃん、あっちのお土産やさんまだやってるみたいだよ、お昼に買えなかった分買いに行こうか?」
「かよちんナイスだにゃ、 スイカソーメンとか言う奴を買いに行くにゃ」
昼に遭難していた凛は、全くお土産の調達ができていなかったということで、各々入浴を済ませお土産探しに出ることにした。
各々、といってもこの狭い街だから常にメンバーの誰かしらが、視界にいるような感じな訳で。
待ち合わせをした訳でもなく、こうして四人でお土産を物色していた。
「すいかの漬物とかも有るんだって、試食もあるかもだし閉店前に突撃にゃー!」
「凛はちゃん、ちょっとゆっくり〜…!」ダレカタスケテー!
「花陽!ちょっと先に行ってて!、後で追いつくから!」
「う、うん、わかったー!」
遠ざかる花陽の耳になんとか届いたみたいね。
さてと。
「ちょっと、足見せてみなさい」
「な、なによ!そんなににこの美脚が気になるっての!?」
「隠してるつもりなのかもしれないけど、さっきから全く隠せてないわよ」
「いいから、そこ座って」
不満げな顔でベンチに腰掛け、脚を差し出すにこちゃん。
いわゆる鼻緒擦れって奴、幸いまだ擦り切れていないから、バンドエイドを貼って応急処置、といったところかしら。
「さすがお医者さんの娘ね、絆創膏持ち歩くなんて」
「このくらい持ってて当たり前でしょ?女子として」
「その言い方だとにこが女子じゃないみたいに聞こえるんですけど?」
「いちいち突っかかってくるんじゃないわよ。はいこれでオッケー、部屋戻ったら念のため消毒ね」
「あんたが突っかかるような物言いするからじゃない。…ありがと」
私も隣に腰掛けて、少し休憩。
正直私も脚痛いのよね。
さっきから絆創膏を貼った方の脚をあげたり降ろしたりしながら、川を眺めてるにこちゃん、急に黙られると気不味いんですけど...
「「ねえ」」
「なによ?ちょうど被せてこないでよ!」
「あんたも同じでしょうが!何か言いたい事有るんなら先に言いなさいよ」
この感じ。
最初に会ってから半年と少ししか経っていないのに。
正直、私の人生(と言っても10年とちょいだけども)でここまで気を使わないで話せる人間っていうのは居なかったわ。
人に気を使うのって疲れるでしょう?
でも不思議とこの人といる時は建前とかより先に本音が出ちゃうの。
きっとそのせいね、柄にもなくこんな事口走っちゃうなんて。
「私ね、今少しだけ不安なの」
「穂乃果がみんなの前で言ってくれたでしょ、μ’sはお仕舞いにするって、でも私はまだまだ歌いたいし、人前に出て踊りたいの。おかしい話よね、私なんて成り行きでメンバーになったみたいなものなのに」
「それがこの様よ、私たちが作った歌で、踊りで、衣装で、ステージで、周りの人が喜んでくれる、それが楽しくて仕方ないの、でも穂乃果が立ち上げたμ’sが無くなった後私達どうしたら良いの?」
「それが分からなくて、ちょっと怖いの」
私ったらどうかしてる。
一気にまくし立ててから気が付いた、ほんっと恥ずかしい。
薄暗いガス灯の明かりがこんなにもありがたく感じた瞬間は他に無いわ。
ああ、もう、どうしよう。
にこちゃん困って物も言えないんじゃ無いかしら。
やがて一呼吸置いて、にこちゃんが深呼吸をするのがわかった。
多分『しょーがないわねー』の予備動作。
「しょーがないわねえー!」
「そんな事で悩んでる訳?まったく、あんた自分で言っといて分からなくて不安んだなんて、ホント鈍いわよねえ」
「まあいいいわ、ここは前部長としてあんたに最後の指導をしてあげる」
「あんた達が最初ににこの指導受けに来た時、にこがなんて言ったか覚えてる?」
最初の指導の時?
あの永遠と屋上で寒い事させられた日の事?
「あんたねえ、いや、今回は別にいいわ。ええ、その日のことよ」
そんな事、一字一句覚えてる訳ないわよ。
「...今日のにこは特別よ。覚えてないってんなら何度だって言ってあげるわ」
「アイドルっていうのは笑顔を見せる仕事じゃない、笑顔にさせる仕事なの」
「思い出したかしら、それを思い出した上で自分がさっき言った事を思い出してみなさい」
「しょーじき、あんたの笑顔は、にこからしたら赤点ギリギリってとこよね。でも、あんたはさっきこう言ったわ『自分たちの作り上げたステージで誰かに喜んでもらえる事が楽しい』って」
「目標が見つけられないですって?これから音乃木でスクールアイドルをするって人達がその自覚さえあれば目標なんて物は後からついて来るわ」
「廃校なんて物がない以上、あんた達自由に先を見据えられるんだから、もっとアイドルを楽しみなさい」
「さーてと、以上で部の引き継ぎは完了よ、これでやっとお役御免って事でいいかしら?」
なによ。
最後だからって先輩らしい事言って。
あっという間に私の中の不安を取り除いてくれて。
やっと少しずつ分かり合えてきたと思ってたのに。
「...やだ」
「え?なんだって?言いたいならいつもみたいにハッキリ言いなさいよ!」
「いないなんて...やだ...」
「だーかーらー、なんなんだってば、あんた顔赤いわよ?熱でもあるんじゃないの?」
「にこちゃんがいないアイドル研究部なんて嫌なの!」
「はいー?」
もう無理、にこちゃんの顔を見てられない。
見てられないから、膝の上を借りることにした。
私があんまり動かないもんだからさすがに観念した様子。
傷病人により掛かるなんて何してんのかしらホント。
「後輩が来たとしてもうまく接してけるかわからないの」
「...うん」
「それにね凛と花陽から時々ほんの少しだけ距離を感じる時があるの」
「...そうなの」
「仮に誰も応援してくれなくたって、にこちゃんみたいに部を守りきれる自信なんてないし」
「...そうかしら」
「それにね、それに...」
一言一言話す度、頭の後ろに柔らかくて暖かい感触を感じる。
最後くらい後輩らしく甘えてもいいわよね。
そう、後輩らしく。
「今だから言うけど、あんたに初めて会った時ね、仲良くできなさそうタイプだなって思ったわ」
なにそれ、結構傷つくんですけど。
「いいから、最後まで聞きなさいよ」
「それに、最初のほんの一瞬だけどあんたがなんでアイドルやってんのかしらって思った時も有ったわ」
膝を借りてる分聞いてあげる。
どうぞ続けて。
「でもね、あんたが作った曲を聞くと、それを表現する私達はもっと頑張らなきゃ、曲に飲まれないようにしなきゃって思ってた」
「それほどあんたの書く曲には力があるの、詩と踊りを含めて完成させた時、ステージで歌って踊れることが楽しみで仕方なかった」
「私は真姫の書く曲が好き、あなたの曲で踊れる機会がなくなるのは残念だけど」
「裏を返せばお客さんになれるってことだものね、楽しみにしてるわよ」
そう言って私の髪の毛をクルクルする。
もう、クセになっちゃうんだからやめてよね!
顔の火照りも覚めた頃かしら、そっと体勢を戻す。
「にこちゃん、いろいろ一気に言ってごめん」
「私、すこし難しく考えすぎてた」
「そうよ、だからさっき言ったでしょ?アイドルを楽しみなさい、あんたたちが自然に笑顔になれなきゃお客さんだって笑ってくれないわよ!」
そう言ってパッと立ち上がる。
そしたら案の定...
「あいてて....そういえば怪我してたんだった...」
やっぱにこちゃんね。
「凛たちにはメールしておいたわ、先に部屋に戻って消毒しちゃいましょう」
無言で手を差し出す私、無言で手をとってくれるにこちゃん。
薄暗い川沿いの石畳の上、不揃いな下駄の音が響く。
にこちゃん、今どんな顔してるのかしら。
【午後8時30分-温泉街-】
『絵里side』
私達が宿泊するお宿の屋上に有る天空露天風呂、食前に希は一度お風呂に入っていたんだけど、午後9時から男湯に切り替わってしまうっていうことで、急遽私も連れられて希の二度風呂に付き合ってきたところ。
旅館の外の公衆浴場もなんだけど、泉質は少しぬるぬるして温度は熱めな感じかしら。
お陰でのぼせかかった私達は、湯冷めしない程度に外の風に当たることにした。
「~っ、やっぱ夜になると冷えるなあ」
手をすりすりしながら希。
そう?おばあさまの実家に比べたら大したことないわよ。
「...エリチ、緯度が違いすぎるて、うちらは温帯の人間なんやから」
外の風にあたるにしても、このまま野ざらしでいたらさすがに風邪引くわよね。
どこかいい場所はないかしら...と探していたら。
街の入口付近、橋の直ぐ側に足湯が有るのを思い出した。
「あ、足湯やね、頭寒足熱は身体にええしな」
足湯もまた結構な温度で、できるだけ動かないようにしながら慎重に足を浸す。
「結構歩いて足がむくんじゃったからちょうどいいわね」
「せやなあ、昼間あの格好で散々歩いたもんなあ」
「写真取られちゃったりして少し恥ずかしかたわ...」
「確かちょっと前まで金髪の女将さんが居たらしくてな、多分その人に間違えられたんとちゃう?」
「ああ、そう言えば前にCMとかで見たことあるわね、でも私まだ高校生なのに...」
「まあまあ、きっと髪色しか見えんかったんよ 」
「あ、みてエリチ、お月さんが出てきたで」
到着からずっと曇り空だったんだけども、夜になってやっと晴れ間が見えてきた。
しかも薄っすら手元が見えるくらい明るいお月様。
今日は満月なのかしら。
「これが最後の合宿ってことだけども、心残りはないの?」
希は川の向こう岸(お食事屋さんか何かかかしら)賑やかな灯りの灯る一角を眺めていた。
「せやなあ、この前の作詞に次いでまたウチのお願い聞いてもらって、エリチにも皆んなにも感謝してるんよ」
「ウチの希はな、もう大方皆んなに叶えてもらってしもたから、もう思い残す事は無いわ」
「そう言えば、最初に北に行きたいって言ったのはエリチやもんね、実際来てみた感想は?」
「私は、そうね。想像してたよりコンパクトな街で、お料理も美味しいし大満足よ」
「でも最初は 私自身東北をを選んだのかわからなかったの」
「でもね、さっき気付いたわ」
「私は満開になった音乃木の桜から逃げたくてここまで来たんだって」
なるほどなあ、と希。
希の事でしょうから、きっと言わんとしている事も伝わってるはず。
「もちろん音乃木の学校の桜並木はとっても綺麗よ、でもどうしたってその先の事となると、不安がつきまとうの」
私だって、穂乃果たちの決断を受け入れる努力はしてきた。
でもこの一年間、私にとっても皆んなにとっても、余りに特別な時間で、終わりが見えた時、振り切れないこの感情のせいで、綺麗に終わる事の怖さを拭いきれなかった。
「ねえ 希、私達はこれで良かったのよね?」
最早答えなんてない、質問の意味をなさない問いなのに、それでも私は自分に言い聞かせるために希に投げかけた。
「μ’sはな、皆んな何処かがちょっとずつ足りなくて、それでも少なからず今を変えたいと思ってる9人が集まったんよ」
「そして集まって起きた奇跡をウチもエリチもしっかり見てるはずや」
「奇跡っていうのはの一瞬の出来事、急にやって来ては、あっという間に過ぎていくもんだんだとうちは思うよ」
限られた時間の中だからこそ輝ける。
私が音乃木にいた三年間、その内のたった数ヶ月。
その数ヶ月の思い出は、以前の記憶の比にならない程に熱を帯びていて、鮮明で、目を閉じれば今だって、その時々のステージの空気が蘇る。
長い夢を見ていたような、そう錯覚する位にμ’sのお陰で私は大きく変われた。
「ホント、あっという間よ、もう少し長くたっていいじゃない」
「それに、もし私があの時のまま、卒業までを希と生徒会室で過ごしてたら、なんて考えたことも有るわね」
「それな、うちもずっと皆んなを見守るだけの立場だったらって考えたなあ」
『ま、ずっとエリチと放課後過ごすってのも悪くは無いんやけどなっ』付け足す希。
なーに言ってんのかしら。
訳あって2人だけになってしまった生徒会。
何かに追っかけられて必死になってる私と、傍に居る希。
きっとそんな最後でも後悔こそしないものの、決して今のような輝きは無かったでしょう。
どっちが楽しかったか?
そんなのもちろん決まってるじゃない。
「もう一度踊る事が出来て、踊る理由が見つけられて本当に良かったと思うの」
「希、ありがとう」
『どしたん?かしこまっちゃって?』希が私の左腕を小突く。
いいじゃない最後だもの、かしこまりもするわ。
「うちはただお告げに従っただけや」
「あ、降ってきたなあ」
空はまだ月明かりが見えるくらいには晴れていた。
でも気温は外に出た時より一段と冷え込んでいる気がする。
希は手を広げ、雪を受け止める。
手のひらに一つ落ちてはすぐに溶けていく雪の華。
目に見えたと思ったらすぐに消えていくその様に、少しだけ私達を重ねたりしてみて。
少し強い風が吹いて、私の右頬に冷たい風が当たる。
足元は暖かいとは言っても、さすがに雪まみれになるわけにも行かないわよね。
「そろそろ戻りましょうか、体が冷えちゃいそうだもの」
手荷物の巾着を掴み立ち上がろうとした時、希が小さな声で何か呟いた気がした。
何かしら、と思って希に振り返ろうとする。
左頬に暖かい感触。
右頬の冷たさとは対照的に熱くなるのを感じる。
「エリチ!まーたお口あいちゃってお間抜けな顔してるで!」
私が正気に戻る間に希は足湯から上がり、小気味よい足音と共に駆けていく。
「希!」
遠ざかる希に一際大きな声で呼びかける。
風で靡く髪を押さえながら、振り向く希。
ファインダー越しに目があった瞬間、迷わずシャッターを切った。
周りの明かりも乏しく、安定もしないような格好で、しかも振り向きざまのポートレート。
でも今までで一番の写真がフィルムには焼き付いている、半ば希望とも言える根拠の無い確信があった。
【合宿最終日-午前7時-旅館客室-】
『凛Side』
「....んにゃ。」
昨日の朝とは違ってシャキッと目覚めちゃった。
体をのびーっとして目覚めもバッチリ。
そして、やっぱ温泉に来たら朝風呂だよね!
誰もいないお風呂に一番乗り、実はお旅行に出発する前から凛はそうするって決めていたのです。
隣には綺麗な寝相のかよちん。
試しにほっぺをつんつん。
「うううん...もう食べれないよう...」
むうぅ...かよちん全く起きる気配無し。
べったべたな寝言をいうかよちんも大好きにゃ。
昨日の夜に一緒に朝風呂行こうって言ったのに...!
にゃは、こうなったらイタズラでかよちんを寝起きびっくりさせてあげるしかないにゃ!
とは言っても、常識はわきまえている凛なのです。
何しようかとちょっと悩んでみる、うーむ、これはセンスが問われるにゃ...
「...りんちゃん...」
かよちん、寝言言ってる。
寝ぼけかよちんのフワフワ度は、いつもの5割り増しくらい。
寝言と知っていても答えてあげるが世の情けにゃ。
「なあに?かよちん」
「りんちゃん...えへへ」
会話にならないにゃ、そもそも寝言だから仕方ないか。
前にテレビで見たにゃ、かよちんは今レム睡眠で夢の真っ只中に居るんだにゃ。
「りんちゃん...」
今度は少し悲しそうな声で凛の事を呼ぶかよちん。
寂しい夢でも見てるのかな?
でもね、凛は知ってる。
アイドル研究部を任せられて、かよちんがずっと悩んでるって事を。
凛もびっくりしてるんだ。
昔はいつも凛がかよちんの事を引っ張って行ってたのに。
μ’sに入って、前よりも強くなったかよちんは、少しだけ遠くに見えちゃって。
少しだけ凛は寂しいかな。
にゃはは...何か凛がいつもの凛じゃないみたい。
いつも凛のことを必要としてくれることに甘えてたのかな。
かよちん、遠くに行っちゃやだよ。
「...りんちゃん、りんちゃんはどこ?」
「凛はここだよ」
いつもかよちんの前を走ってた凛。
でもこれからもずっと同じというわけじゃない。
「ねえかよちん、凛はね、かよちんの隣に居たい」
「ずっと一緒に居たいの」
...恥ずかしくて寝ぼけかよちんにしかこんなこと言えないよ。
かよちん、泣いてるのかにゃ?
泣き虫かよちんは凛が守ってあげる。
だからいいかな?
ずっとかよちんの隣にいて。
いつの間にか幸せそうな顔で寝息をたてるかよちん。
んにゃあ~、ますます起こしづらいにゃ。
そんな時、とっておきの考えが頭に浮かぶ。
「かーよちん!朝だよ!」
やっぱ寝ぼけたお姫様を起こすにはこれしかないにゃ。
【合宿最終日-午前10時-温泉街-】
『絵里side』
たった一泊二日の合宿。
出発前、どこか不安気だったメンバーも、各々何かしらの答えを見つけられたように思う。
何故なら、もう帰ると言うのに、皆何処か楽しそうなんですもの。
「花陽、あなた本気でそれ持ってく気?」
「もちろんです、この重みこそがお米農家の苦労と技術の結晶なんです!」
「30キロのお米を担ぐかよちんも好きにゃ」
流石にそれは配達して貰った方が良いんじゃないかしら…
お米を担いで帰ろうとする花陽と、それに呆れる真姫。
最初の頃こそ、幼馴染2人の中に、あの不器用な真姫が溶け込めるか心配だったんだけれども。
今ならばはっきりわかる、あの三人は互いを必要としてる。
μ’sの活動を通し、自分の足りなさと向き合ってきたからこそ分かる仲間の大切さ。
普通の友達付き合いであれば、まだ出会って間もない真姫との繋がり希薄なものになっていたかもしれない。
でも私たちは自らの未熟さと向き合い、それを隠そうとしなかった。
お互いに弱い部分も見せ合う事ができたこの一年間は、気心知れた幼馴染といえど、相手の知らない一面に悩み、乗り越えてきたはず。
だから真姫、心配しなくて良いの、あなたは今必要とされてる。
と、そこで私の視線に気付いたのか、真姫がこっちを振り返った。
困ったわね、取り敢えずウィンクでもしておきましょうか。
(ヴェェェ…)
うふふ、困ってる困ってる。
「海未ちゃーん、もういい加減機嫌直してよ〜!」
「穂乃果、別に私は怒ってなどいません。ただあなたの寝相の悪さに絶望しているだけです」
「だーかーらー、寝ている時の穂乃果に悪気は無いんだってばー」
「分かっています、いえ、解ろうとしました。しかし、しかしですよ、毛布と間違えて私の浴衣を引き剥がしていった事だけは理解できません」
「だって寒かったんだもーん、手元にあった布がたまたま海未ちゃんの裾だったんだもん」
「いいえ、理由になっていません。と言うか浴衣を剥ぎ取られた私の方が寒かったですから」
「それは謝るってー、ごめん!でもその後海未ちゃんとことりちゃんがお布団に入って来てくれたおかげで暖かかったよ?」
「…んなっ!そ、それは生命の危機を感じて仕方なくですね…」
顔を赤くしながら俯いてしまった海未。
なかなかにハラショーな夜を過ごしたみたいね。
「いえ…と言うかわざわざ三人で大部屋取っておきながら何故一つの布団で朝目覚めなければならないのですか!」
「ことりに至ってはいつの間にか一緒の布団にいましたし…」
「だって、ことりは冷え性だから、海未ちゃんと穂乃果ちゃん暖かそうでつい…」
「まあまあ、ほら、こうやって三人だけで寝たのってさ、小学校の時以来だし!」
何事にも物怖じしない穂乃果、正しい道を示す海未、陰ながら二人の支えになることり。
年度が変わり、彼女達がどういった道を歩んでいくのか分からないけども。
この先もあの三人が離れることは無い、希はカードを眺めながらそう言っていたわ。
私はそっとカメラを構え、相変わらずまとまりのない8人をフレームに収めた。
撮られていることなんて全く気づいていない皆。
8人全員が違う表情をしているその風景は、いつもの私達そのものだった。
【合宿最終日-12時45分-山形新幹線、つばさ車内-】
新幹線の車内では、皆一様に疲れきった様子。
私も暫くしたら眠りについてしまおうと思いながら、今に至る。
時速300kmで近づく桜前線。
私達がスクールアイドルでであったこと、そしてμ’sであったことの意味を考えられたこの合宿。
私達は奇跡の中心にいた、そう実感を持てたのはつい先日のこと。
奇跡は一瞬の出来事で、夢はいつか覚めてしまうもので。
そんな儚さが私達ならば、散りゆく桜も怖くない。
[2015-07-02]
初めてのSSでした、なかなか勝手がわからず苦労しましたが、楽しく書けました。
次何か書くときはもっと読みやすくを心がけたいです。
応援してくださった方、読んでくださった皆様に感謝します。
[2015-07-18]今更ながら誤字修正を行いました。劇場版前に下書きを始めていたので、劇場版とは別時空ということでご理解頂ければ思います。
このSSへのコメント