西木野家で夕食を
大学生真姫ちゃんが、時を真姫戻したくなってるSSです。
少しダウナーな感じの真姫ちゃんが書きたかった感じです。
タグついてますがいうほどシリアル展開では無いです。
酷い夢を見てた気がする。
寝汗を吸ったシャツが肌にまとわりついて気分が悪い。
重い瞼を開けて、起き上がろうとする。
それと同時に襲ってきた眩暈と吐き気になんとか耐えようとして歯をくいしばった。
軽度の脱水症状。
昨日の自分の行いを鑑みて診断を下すならば、それは間違いなく二日酔いだった。
取り敢えず水飲まないと。
ベッドに根を生やし始めた体に鞭打ってキッチンへ。
冷蔵庫に有るであろうミネラルウォーターを探し求めて彷徨う。
途中、廊下の角に小指をぶつけうずくまりながらも、たどり着いたキッチンで今度は水の一気飲み。
何やってんだろ私。
親の大反対を押し切って始めた一人暮らしも今年で3年目。
一人暮らしの中でなら、今までの自分を変えられるだろうと思ってたのに。
未だに料理も家事もてんで身に付かないまま。
出来るだけ鏡を見ないようにして、顔を洗う。
整然と化粧品の並んだ棚の隅から、赤色の歯ブラシを取り出して、口に咥えたままリビングのテレビの電源を入れた。
実家にいた頃にこんな事してたら、和木さんがびっくりしちゃうわね。
テレビのニュースでは、長い事続くという梅雨の話。
今日も例によって朝から晩まで雨の予報で。
湿気を多分に含んた部屋の空気は、頭の中まで湿っぽくしてしまってるみたい。
午前10時。
一切代わり映えしない携帯電話の待ち受け画面を一瞥して、ベッドに放り投げる。
いつ開けたのか記憶にない飲みかけのレッドアイが、ローデスクの上で血だまりを作っていた。
一体昨晩の私は何をしていたんだろう。
考えながらも台拭きで事件現場の後始末。
よく思い出せないし、思い出さない方が良いような気がする。
右手でグラスを持ち、立ち上がろうとしたその時。
ローデスクの角に膝をぶつけ、見事に転倒。
ベッドの上もにもまた、事件現場が出来上がった。
…
空調の効いた室内には、目につくだけで十数台ほどの大型乾燥機。
このシーズンも相まってか、そのどれもが引っ切り無しに稼働してる。
19番の乾燥機は、他のどの乾燥機よりも長い設定時間が表示されていた。
うねりを上げながら回転運動を続ける乾燥機、覗き窓からは赤のシーツが見える。
90度ほど持ち上がっては、崩れ落ち、その繰り返し。
もっと景気良く回らないものかしら。
乾燥機に文句を言ってみる。
私の意思とは関係なく減っていくLEDの残時間表示。
本当ならばこんな作業、さっさと終わってしまった方が幸せなんだろうけど。
時間の流れを分刻みで教えてくるそ表示は、なんだか今の私に焦る事を強要しているような気がした。
日々の殆どを勉学に費やす毎日。
こんな私でも昔はアイドルのだったのよ?
なんて言って誰が信じてくれるかしら。
私が一番輝いてた時代、音乃木坂のスクールアイドルとして、そしてμ’sとして、9人で踊り、歌って何万という観衆を沸かせていたあの時代。
μ’s無き後も私は音乃木坂のアイドル研究部のために曲を書き、そしてまた彼女たちも、自身の目標を成し遂げた。
ただひたすらに楽しかった。
ラブライブへあれだけの貢献をしておきながら、言葉足らずと思われるかもしれないけど、一切の嘘偽りも、 過不足 もなく、その一言が私の過ごした高校生活を言い表す唯一の言葉なの。
時を巻き戻す。
μ’sとして歌った最後の曲の一フレーズ、私は解散を直前にして振りきれなかった心残りの一欠片を詩に入れ込んでもらった。
限られた時間の中だから、同じ夢を追いかけていたから。
だから私達はひとつになれた、そんなことはわかってる。
無理だとわかっているけれど、私はあの瞬間の中で永遠を感じていたかったの。
所詮私は最初から期限付きの歌姫だったのよ。
なんて少し格好をつけすぎかしら。
かすれ気味のブザー音が鳴り響いて乾燥機の仕事終わりを告げた。
読んでる格好だけの週刊誌を閉じて棚に戻す、当然内容なんて欠片も頭に入っていない。
窓から通りを見てみると、飛沫を上げ走り去る自動車と、傘をさし下を向きながら歩く人達が見えた。
厚い雲のせいで大半の太陽光線は遮断されて、降り注ぐのは冷たい雨のしずくだけ。
この季節だから日も長いでしょうに、今がいったい何時なのか見当もつかない。
時間を確認しようと携帯を取り出そうとして気がついた、ケータイ家に置いたままだ。
小さな不幸ばかりが目につく、そんな日だって有るわよね。
そう言い聞かせでもしないと、どこまでも落ち込んでしまいそう。
手早く荷物をまとめ、足早にコインランドリーの扉をくぐった。
...
玄関の扉を開け、水を吸ったミュールを壁に立てかける。
雨は嫌いじゃない、絶え間ない雨音も、水煙に包まれた街並みも、雨上がりに立ち上るあの匂いも。
だけど、湿気を吸って広がる毛先と、ずぶ濡れになった靴だけは好きになれそうにないわ。
少しだけ空き缶の残るリビング、乾きたてのシーツとタオルケットをベッドに敷いてみる。
夕飯、どうしようかしら。
酔いもすっかり冷めた様子で、無い知識を振り絞り夕飯の献立を考えみた。
冷蔵庫を開ければ何かしら有るでしょうけど、それが素材から料理へと進化してくれるかの保証は無い。
日が暮れたらコンビニにでも行って何か買ってこよう、いつも通りの選択をして、ベッドへ横になった。
...
『だから雨は嫌いなのよ』
『そう?私は好きよ、髪が纏まらないって事を除いてね』
私の視線の下で揺れる、蝶の刺繍が入った桜色の傘。
『ていうかあんた、こんなとこまで付いてきて良いの?』
『…うん、多分大丈夫、だと思う』
『だと思う、ってあんたねえ。この先もずっとそうやって後回しにしてくつもり?』
違うの、逃げてるわけじゃないの。
全部わかってる、行き先も、行き方も。
『私がどうこう言っても仕方ないものね。いいわあなたの好きなようになさい』
『でも私は立ち止まって待ってるような事はしないわよ』
待って。
少しずつ小さくなっていく後ろ姿に追いつこうとするけども、上手く足が上がらない。
呼ぼうとするも、擦れて声にならない。
あなたを見失ったら私は何を道標にすればいいの?
待って、行かないで、にこちゃん。
「まって...にこちゃん...」
部屋には西日が差し込んでいた。
せっかく昼に着替えた寝巻きも、また洗濯しなきゃ。
目尻に残った涙を袖で拭いて起き上がる。
いつの間にか部屋には電燈が灯って、エアコンのスイッチが入ってる。
そういえば台所が少し騒がしい。
「いつまで寝てんのー?もう夕方なんだからいい加減起きなさい!」
「ああもう、こっちの部屋にもまだ空きカン残ってるじゃない、まさかこれ全部昨日空けたんじゃないでしょうね?」
騒々しく部屋に入ってくるなり、そういってローデスクの上にある空きカン達を不燃ごみに分別してく。
夢の余韻を引きずって、寝ぼけ眼の私。
空きカンをせっせと集める彼女の姿を眺めて、なぜか無性に寂しくなって。
彼女の背中に頭を預けた。
「…んなっ!あんた寝ぼけてんの⁈」
ちゃんと起きてるわ、額越しに伝わってくる体温のおかげで、これが夢じゃないってはっきり分かるもの。
私に向き直って頭をなでてくれるにこちゃん。
「あんた、うなされてたわよ、寝言まで言って」
こういった時の私の扱いも心得てくれてる、にこちゃんの好きなところの一つ。
寝言なんて言ってた?
私なんて言ってたのかしら。
「とーっても恥ずかしいこと言ってたわよ、でも教えてあげない」
「...」
「ほら、そんなに拗ねないの!ねえ、あんた暇でしょ。今ハンバーグを煮込んでたの、少し手伝って頂戴」
膨れる私をなだめてキッチンに連行。
今日は朝から水しかお腹に入れてないから、匂いを嗅いだだけでお腹が鳴る。
「今日はこのにこちゃんが、腕によりをかけてご馳走してあげるんだから感謝しなさいよ」
私と違い、家事ならばなんでもそつなくこなしてく。
にこちゃんをお嫁にもらう人は幸せ者ね。
私の視線を察したのかにこちゃん。
「まだ寝ぼけてんの?ぼさっとしてないでそっちの玉ねぎ切っておいて」
「...本気で寝ぼけてるみたいだから一応聞いておくけど、今日が何の日かは覚えてるわよね?」
んー、なんだったかしら。
梅雨明けは宣言はまだ先よね?
「本気で言ってる?」
あ、まずい。
本当に拗ねる時の顔してる。
実を言うと、朝起きた時には完全に忘れてた。
よかった、思い出せて。
なんて言ったって今日は
「三年前の今日、私がにこちゃんに告白した日よ」
相変わらずムスッとしてるけど、少しだけ照れてるのか、顔が赤い。
「覚えてるんなら最初からそう言いなさいよ、素直じゃないわね」
もちろん素直じゃないのはお互い様。
私達が最初に知り合ってからもう四年がたって、お互い面倒な人間だって事は散々実感してきた、けどそれ以上に好きな所が増えていく。
改めてこんな事考えて、そして急にたまらなく愛おしくなった。
勢いで抱き着こうとすると
「ま、待って!今はお料理中なんだから!」
「はぁ...こんなんじゃいつまで経っても夕飯にならないわ...真姫はリビングの片付けでもしてて頂戴」
にこちゃんに拒否されて少し涙目の私。
とぼとぼとキッチンから出て行こうとする。
「あ、ちょっと待って」
呼び止められて振り返る。
にこちゃんの手には小さな赤いトマト。
「今日買ってきたの、これ好きでしょ?」
差し出されたサンチェリーを頬張ってみる。
とっても甘くて、でも少し酸っぱい。
「うん、これ好き」
トマトを頬張る私を見て、微笑むにこちゃん。
そして私も自然と笑顔になる。
たったそれだけの小さな幸せかもしれないけど、今の私には掛け替えのない幸せ。
私が笑顔を忘れた時、いつでも思い出させてくれる存在。
夢への道程に不安を感じた時、私の半歩先からこちら側を照らしてくれる存在。
私の誰よりも愛しい人、にこちゃん。
「にこちゃん、いつもありがとう」
返事を聞く前にリビングへと向かい、掃除を開始する。
後ろで何かにこちゃんが言ってた気がするけど、この真っ赤になった顔を見られたくないから知らんぷりする事にした。
観念した様子で調理に戻るにこちゃん。
物音だけで手際の良さが伝わってくる。
どんなお料理になるのかしら、一際大きくお腹がなった。
この先もずっとこんな日が続いて欲しい、そう強く願った。
この様子じゃ、しばらく家事を覚えるなんて無理そうね。
4000字程度の短編です。
真姫ちゃんのひとり語りをしたいがために書きました。
[2015/07/18]
誤字修正を行いました。
入場特典フィルムは穂乃果ちゃんのお尻でした。
※栞二件が自身の被栞になってますがおそらく校正中の誤操作によるものです。
読ませていただきました。 表現に凝っていて読むのが面白かったです。次回作も期待してます!