艦これafter~戦後の艦娘達の物語~ 第二部
元部下の艦娘達と久しぶりの再会を果たしたり、楽しく話などをして交流をしていた提督。
しかし、年も明ける頃になると情勢は徐々にきな臭くなってきていた。あきつの要請もあり問題解決に協力することに。その矢先、渦中の都市に元部下の艦娘がいると分かる。
艦これafterの続編です。
概要は説明、詳しくは艦これafter第一部を参考にお願い致します。
艦これafterの続編、第二部。今回もぜひお楽しみ下さいませ。
※37000文字目辺りから最新分までデータが飛んでおりましたので復旧作業を行いました。申し訳ございません。現在は全復旧し最新分まで読むことが可能になっております。(2016年04月17日)
※最終更新︰04月22日。第13話第3場面その2を更新致しました。次回は第13話第4場面その1の更新を予定おります。
※初めて当作品を読まれた方へ。
こちらは艦これafter第一部の続編、艦これafterの第二部です。シリーズモノになっておりますので、先に第一部を読まれることを推奨いたします。
なお、艦これafter第一部はこちら→http://sstokosokuho.com/ss/read/293
※現在随時文頭空白編集エラーの修正作業修正完了しました。ご迷惑をおかけ致しました(2016年04月30日)
※艦これafterの大幅改訂版、プロローグから第3話を掲載の艦これafter改は冬コミで書籍版を頒布(累計70部頒布)し、電子書籍版もDLsite様にて好評販売中です。ぜひご一読下さいませ。下記が直リンクになります。(2016年2月2日)
直リンク
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※新作のご案内
私のpixivのページにて新しい艦これ二次創作小説『深き蒼と艦娘と〜深海棲艦大戦〜』を連載開始致しました。こちらはここで掲載している艦これafterの前日譚となるお話です。ぜひ御一読くださいませ!
下記リンクよりプロローグからお読み頂けます。
↓『深き蒼と艦娘と〜深海棲艦大戦〜』プロローグ
http://touch.pixiv.net/novel/show.php?id=6438515
※感謝
艦これafter及び艦これafter改はいよいよシリーズ累計105000PVを突破致しました!多くの方々に読んで頂いて大変嬉しく思います。今後もよろしくお願い致します!(2016年04月20日)
プロローグ
あきつと話してから数日後。新年の観閲式も無事終えることができ、私は早々に動き出していた。
目的地は戦火の渦と化している東欧方面。私のような階級の者が行くことにより不利な状況を打開する為の戦意高揚、日本の現地司令官からの要望――これは私が元海兵隊所属であったこと、指揮ができることもあるのだろう――、何より現地の救出対象に私の元部下の艦娘がいるからであった。
そして、今は救出対象のいる都市、ラシュエボの手前にある、現地司令部のシェラベルへ政府専用機で向かっていた。政府専用機は、行きは私達の移動に、帰りは救出した邦人の帰国の為に用意されたものである。
加賀「裕信さん、そろそろシェラベルへ到着するそうよ」
機内に用意されていたブリーフィングルームで現地の状況などの資料を読みこんでいると、軍服姿の加賀が入ってきて、もうすぐ着陸態勢に入ることを伝えに来てくれた。
提督「もうそんな時間か。すまん、ありがとう」
加賀「大丈夫? 離陸からあなた寝てないんでしょう?」
提督「一応、仮眠だけはした」
加賀「ならいいけれど……。気持ちは分かるけど、無理しては駄目よ」
提督「気をつける。心配してくれてありがとう」
加賀「どういたしまして。さて、席に戻りましょう?」
提督「ああ」
私は加賀の言葉に頷き、機内の席に戻る。
もうすぐ着陸するからか、せわしなく動いていた部下達など搭乗していた軍人達も多くが席に座っていた。私も席に戻り、眠気覚ましにと軍服のポケットからミントの強いタブレットを幾つか口に含む。すると、少しだけぼうっとしていた頭もタブレットを食べてスーッとしたからか目が冴える。
加賀「予定の確認、一応しておきましょうか?」
提督「よろしく頼む」
加賀「まず空港に到着したら即現地司令部へ移動。これが一応ヒトヒトサンマルの予定。そのあと現地司令部の上級将校達とヒトフタマルマルに打ち合わせ開始。それが終わり次第諸々の確認というところね」
提督「せわしないが、作戦が作戦だ。仕方あるまい」
加賀「ちなみに、空港では先着してるスニースの隊長と合流するわ」
提督「了解した。彼女と会うのは半年ぶりだが、まさかこんなことで会うなんてな……」
加賀「そして四年ぶりに会うあの子は、今あの都市だものね……」
提督「全くだ。心配でならん。無事ならいいんだが……」
加賀「そうね……。でも、きっとあの子なら大丈夫よ。大戦を生き抜いたんだもの……」
加賀はそう言いつつも心配気な表情をしていた。私は、彼女の発言に頷き、飛行機の窓から外を覗く。
アナウンス「間もなく着陸態勢に入ります。着席されていない方は席に戻り、シートベルトの着用をしてください。また、座られている方でシートベルトをつけられていない方もつけてください。繰り返します――」
アナウンスがそう告げ、私もシートベルトをつける。外をもう一度を見ると、空港が見えてきた。高度も低くなってきたので様子がよく分かる。空港ではひっきりなしに人やヘリコプター、航空機が移動しており、事の重大さが垣間見られる。
今回の件、何事もなく終わってくれればいいが。
そう思いながら、着陸の直前まで私は外を眺め続けていた。
第九話 救いの為に戦火の中へ
••1••
現地司令官「小川大将閣下に、敬礼ッッ!!」
タラップから降りると着陸、停止した飛行機の前で待っていた軍人達から敬礼を受け、部下達を引き連れた私は返礼をする。
現地司令官「小川大将閣下、遠路はるばるお疲れ様でした。現地司令官の日本陸軍中将、織田晴信です」
提督「日本海軍大将、小川裕信だ。出迎えご苦労だった。こっちの空はどんよりしているな」
織田「東欧の冬の空は、灰色の寒空でありますからな……。雰囲気が余計にそうさせているのでありましょう」
提督「出来ればもっと平和な時に来たかったんだがな。仕方あるまい。ところで、君が現地司令官ということは、他の国の軍も統括しているのか?」
織田「そうですね。ここには英仏独など我が国の軍も含めて七カ国いるのですが、その中で最高階級が私でありますので」
提督「ふむ、わかった。あとで各国の指揮官とも話しておきたいな」
織田「了解しました。連絡しておきます。さて、ここからですが、先に到着されたスニースの隊長が同行されますので、ご案内します」
提督「君は?」
織田「自分はまだこちらでやることがありますので、司令部には遅れていくことになります。申し訳ありません」
提督「構わんよ。それでは案内を頼む」
織田「はっ!」
私の声で、全員が一斉に動き始める。本来、この空港は民間の空港であったが事態が事態であること、ラシュエボからわずか九十キロしか離れていないことから民間機は一切は入れなくなり、現在は前線基地の一つとなっている。ひっきりなしにヘリや輸送機などの軍用機が来れるのもそれが理由だ。
本来はターミナルである建物に入り、抜けるとそこには十数台の装甲車と防弾措置が施されてるであろう車が用意されていた。そこにいる軍人達は濃い紺色の軍服(戦闘用の三式軍服)を身に纏い、最新鋭の国産銃を装備していた。
そう、これがスニースなのである。
私に気付いた隊員達は敬礼をする。
そして、ひょこっと出てきたのが、
??「提督、おっひさしぶりー! 半年ぶりがまさかこうなるなんてねー」
提督「まったくだ、どうせなら飲み会とかそういう形で会いたかったよ」
??「ほんっとにねー、加賀さんも久しぶり! やっぱいつ見ても美人だね!」
加賀「ありがとう。あなたも充分綺麗よ、川内」
川内「えへへ、加賀さんに言ってもらえるなんて嬉しいなー」
屈託の無い明るい笑顔を見せているのは、スニースの隊長で元部下の艦娘である川内だ。
戦時コードネーム、軽巡洋艦川内。本名、熊川一葉(かずは)。現在二十九歳。現在の階級は少佐。
戦争開始から四ヶ月ほどで呉鎮守府へ配属。終戦まで第一線で活躍し、改二になってからさらに戦果をあげるようになった。彼女の改二の服装はまるで忍者のようだと話題になり、川内自身も気に入ったのか戦い方もそれのようになる。特に、彼女の大がつくほどの得意である夜戦では本当の忍者のように気配を消して相手を倒す方法を好み、それは今も戦法になっている。
現在は軍を退役せずにそのまま海軍に所属、今では海軍の特殊部隊スニースを率いる隊長として日々任務を遂行している。
なお、鎮守府時代は朝が弱かったが、今はだいぶ強くなったらしい。それでもまだ朝は苦手だとか。
川内「さて、立ち話もなんだし車に乗ろっか」
提督「そうだな」
明るい笑みから軍人の顔つきになった川内と、私と加賀は早速車に乗り込む。
川内は助手席に、私と加賀は後部座席に乗り、車列は一斉に動き出す。十数台に及ぶ行列で、この車以外は装甲車なのでその雰囲気は些か仰々しくみえた。
提督「早速だが、スニースはこれ以外にももう揃っているのか?」
川内「うん。国内留守組を除いて第一中隊から第三中隊まで、既に今から向かう基地に到着してるよ」
提督「了解した。では、準備は着々と進んでいると」
川内「そうだね、部隊内だけなら順調だよ」
提督「そうか。急かしてすまんな」
川内「仕方ないよ。悠長にはかまえてらんないしね」
提督「ましてや、君達は通常部隊ではなく救出部隊の先鋒として行ってもらうしな」
川内「だからこそのスニースだよ。それに、提督が来てくれたから士気は高くなると思うよ」
加賀「提督の直轄部隊だものね。あと、スニースは鎮守府時代からの人もいるもの」
提督「海兵隊の絡みのメンバーがそのままスニースにいるからな。こちらも色々とやりやすい」
川内「ま、だからこそ提督の命令なら多少の無茶も聞けるもんだね。無理難題はさすがに断るけど」
提督「私が無理難題ふっかけるような奴に見えるか?」
川内「まっさかー。むしろ、いきなり難関を敵さんからぶつけられて仕方なくってことがほとんどだよ」
加賀「それでも怪我をしているとは全員帰還するのだから、スニースってすごいわよね……」
川内「伊達に鍛えてないからねー。それを含めて、今回提督は私達に頼んだんでしょ?」
提督「正解だな。あとは、私の一存で動かせるからかな」
川内「ほんっと相変わらず冴えてるよね。たった数日で的確に指令書作って即応で配置してるんだから」
提督「それは、海兵隊時代の経験からかな。これでも遅い方だぞ」
川内「人数が人数ってのと、他との連携?」
提督「その通り。調整があるとなるとどうしてもな。そして、その調整したことを、司令部についてから改めて説明せねばならん」
川内「大変だね、上の立場の人は」
加賀「まったくよ。私には出来そうにないわ」
提督「そんなことないと思うけどな。加賀に関しては私の代わりに色々やってくれてるし」
加賀「それは、あなたがわかり易く伝えてくれるからよ」
提督「……そらどうも」
川内「ぷふふっ、提督変わんないね」
加賀「照れている時の仕草でしょう」
川内「そうそう」
微笑みながら楽しそうに話す二人。移動時間の束の間の会話。しかし、それもそうそう続けるわけにいかないのは私を含めて三人とも分かっていた。
川内「さってと、中心市街地をちょっと抜けたらそこが司令部だよ。中心市街地には司令部を置くような適切な大きさの建物がなくってね。市民の憩いの場だった大規模公園が司令部になってる」
街中ではちらほらと市民を見かけるがそれほど数は多くなかった。元々人口十万人に満たない市であるし、戦場がすぐそこであることもあってか、避難している人が多いのだろう。ここらへんは二十世紀末に紛争があってまだ記憶に新しいことが大きな原因でもある。
司令部に向けて進んでいくと、次第に軍関係の車両や戦車、装甲車などが目立つようになり、歩いているのも武装した軍人ばかりだ。いかにも戦時という感じで、ここは戦場だということ嫌でも伝わる光景だ。
比較的高い建物が少なくなってきたことから中心地を抜けたのだろうか、目の前には緑が広がっていて開けた土地があった。あれが公園なのだろう。公園らしからぬ物々しい雰囲気といくつもの臨時で建てた建造物やテントなどが見えてきたことから、あれが司令部なのはすぐに分かった。
川内「到着、だね」
提督「そうだな」
加賀「気合い、入れていきましょう」
提督「なんだ、比叡の受け売りか?」
加賀「これ、自然と気合が入るのよ」
提督「分からんでもないな」
川内「任務開始しますかー」
提督「あぁ、私達の仕事を始めよう」
加賀「ええ」
川内「だね」
そう言い合う私達。瞬間、車内の雰囲気はがらりと変わった。
••2••
司令部に入ると、私達はすぐに指揮所となっている建物に入り各国の指揮官と合流する。簡単な挨拶を交わし情報交換をしている間に、先程言っていた用事を済ませた日本の指揮官でありここの指揮官も戻ってきたので、早速作戦会議を始めることとなった。
指揮所には三次元化された地図が展開され、周辺に展開されている敵味方がリアルタイムで更新されていた。
織田「それでは、作戦会議を始めよう。今回は視察も兼ねて日本海軍の小川大将閣下も来ておられる。では、小川大将閣下、よろしくお願いします」
提督「日本海軍大将、小川裕信だ。視察と他にも訳あってこちらへ来ることになった。海軍の人間が来ても、と思うかもしれないが、それが普通だ。だが、安心してくれ。これでも一応元々は海兵隊の人間なので、今回のような事態における行動パターンはある程度経験もあるし、知っているつもりだ。諸君達、よろしく頼む。こちらは私の秘書官の石川中佐。諸君達には元艦娘で加賀だったと言えば分かり易いだろうか」
加賀「日本海軍中佐、石川です。小川大将の秘書官として任務に当たっております。小川大将がおられない時は私に案件を伝えていただけますと、素早く伝えることが出来ますので、よろしくお願いします」
彼の紹介を受けて、私は自己紹介をする。また、私も加賀の紹介をし、彼女も話す。指揮を伝える通信員などの他にいるのは各国軍の指揮官で、私から見て左からイギリス陸軍、ドイツ陸軍、フランス陸軍、北欧三カ国統合軍だ。いずれも大戦で比較的傷が浅かったか、戦い抜ける戦力があった国で、いかに現在国連が機能していないか、そしてこれらの国のほか少数の国で世界の治安維持をせざるを得ない状況であるかがよくわかる光景だ。
提督「早速で悪いが、現状の説明を頼めるか」
織田「了解しました。まず反政府軍についてですが、ラシュエボに展開している兵力は数日前とさほど変わっておりません。ただし、こちらの動きを察してか付近の陸上兵力を動かそうとしている兆候が見られます」
提督「具体的には?」
織田「それに関しては情報収集担当の北欧三カ国統合軍司令官で多国籍軍副司令官のシェリア大佐から報告があります」
シェリア「小川大将閣下。先程も挨拶しましたが、北欧三カ国統合軍司令官のシェリア•アイラクシネンです。よろしくお願いします」
紹介されたのはこの中で数少ない女性軍人であり、絹のようで白銀の美しい髪を背中まで伸ばしているシェリア大佐だ。
提督「アイラクシネン、というとフィンランド人かな。さっき聞けなかったがふと思って」
シェリア「よくご存知ですね。その通りです。閣下は北欧のことも調べられているのですか?」
提督「期待の眼差しをしているところ申し訳ないが、ここの司令官については来るまでに資料で目を通していてな」
シェリア「そうでしたか。では、私が日本語を話せるのも」
提督「こちらに武官で来ていたのだろう? 本国にいる時から勉強していたのも書いてあった。日本文化が好きなようで」
シェリア「はい。色々と興味がありまして。おっと、話が逸れましたね。早速、地図に情報を展開します」
彼女はそう言うと、すぐに三次元化された地図を操作して範囲を少し広めた。すると、幾つか新たな情報が表示される。
シェリア「まず、ご存知だとは思いますがラシュエボ市近郊に展開している反政府軍がこちらです。規模はあまり変わっておりませんが、武器弾薬は補給されているようで消耗戦にはとても持ち込めません。そもそも包囲されているのはこちらですから」
提督「ラシュエボから東の地域が向こうの手中なのが一番辛い点だ。だからこそこうなってしまったわけだが」
シェリア「ええ、それゆえにラシュエボから東に五十キロ先の拠点では怪しい動きがあります。これですね」
シェリア大佐はその拠点のところをタップすると情報が表示される。どうやら追加で一個大隊、さらに機甲部隊にも動きがある。航空勢力にあまり動きがないのが唯一の幸いだった。
提督「これは、まずいな……。今以上に増えられる上に戦車まで追加されてはラシュエボに展開している部隊が持ちこたえられんし救出すらも難しくなる」
シェリア「救出というと、新たに来られたスニースが担当される作戦ですよね?」
川内「そうだよー。ところでシェリア大佐、相手の援軍はこれだけですか?」
シェリア「熊川少佐には申し訳ないですが、他にもこちらがあります……。これは英国諜報部隊からの報告ですね……」
英国軍司令官「それについては、自分から。小川大将閣下は面識があるかと思います」
提督「ケイネス大佐だね。金平中佐を経由して何度か会ったことがあるからな」
ケイネス「ええ、お世話になっています。さて、諜報部隊からの情報というのがこちらです。反政府軍の大規模拠点の一つ、リシュイア基地からも動きがあるとのことで、おそらくはシュラエボの攻略に手間取っているからであろうと思われます。予想される派遣の規模は、おそらく追加で一個旅団かと」
提督「一個旅団、か」
ケイネス「はい。そうなるともうとてもラシュエボ単体では耐えきれません。この動きはおそらくこちらを見越した動きだと思います」
提督「日本軍の追加派遣のことだろうな。さすがに救出部隊に関しては作戦の関係上極秘にしているが」
ケイネス「ここの反政府軍は他の所より士気だけでなく武器も普通の軍隊と遜色ありませんから。さすがに航空部隊は貧弱ですが、それでも少数の戦闘機や無人機も所有しております」
提督「ふむ、思ったよりも事態は悪化しているな……」
織田「おそらくですが、相手にも高度な情報収集機能があるのでしょう。このままではこちらの負けになるでしょう。そして、ラシュエボは九十年代にあったあの紛争の悪夢の再来になるかと……」
織田中将の言葉に一同が沈黙する。特にヨーロッパの国々の人間にとって、あの紛争の悪夢は記憶に新しい。なんとしてでも防がねばならない問題であるし、日本人が都市にいる我々にとっても大いに問題であった。
提督「ともなると、即時作戦は実行せねばならないな」
織田「そうで、ありますね」
その場にいた全員が頷く。
ある作戦。それは、ここに来るまでにあきつと私や日本軍の作戦参謀を含めた上層部が作成提案し、そしてここにいる各国軍とも調整して出来上がったもののことだ。
ラシュエボ周辺における事態悪化への対応と市民及び邦人の救出、反政府軍の勢力を削ぐことを目的する。それが今回の作戦である。
提督「予定より若干の繰り上げではあるが、状況は予断を許さない。そして、我々には悠長にしている暇はないことも改めて分かった。織田中将。作戦の説明をよろしく頼もうか」
織田中将「はっ。では、各国軍の司令官はここに部隊の隊長を呼ぶように。集まり次第ラシュエボ解放作戦、オペレーション『ウィンバックアロー』の説明を開始する!」
私と織田中将の発言に、各国軍司令官は大きな声と敬礼をし、それぞれが走って動き出した。
••Φ••
上級将校会議の解散から三十分後、各国の尉官クラス以上が集まり作戦の説明が始まった。それなりに人数が集まっているため、場所は変わって大規模なブリーフィングルームだ。そこには陸軍だけではなく、空軍の者もいる。
織田「全員揃ったようだな。それでは今回の作戦について説明を開始する」
織田中将はマイクを使い、ホログラムで表示されている三次元地図を指差しながら、ラシュエボ解放作戦について話始める。内容は以下のようになっている。
ラシュエボ解放作戦。オペレーション名は『ウィンバックアロー』である。
この作戦は複数の段階で構成。以下が作戦内容。
作戦開始時刻は今から十二時間後の0530。
1、第一次として日本軍の黒服旅団の一個大隊及びスニースの一個大隊の計ニ個大隊から構成される日本軍特殊救出部隊。北欧三カ国統合軍特殊部隊一個大隊、英国陸軍特殊部隊一個大隊、以上の三軍はラシュエボ市内三方面を同時急襲。日本軍は一番救出対象数が多く、敵も多い方面を担当する。なお、この際に救出作戦を円滑かつ確実に遂行させる為に付近の反政府軍を殲滅し、周辺を安全地域にすること。また、現場で周辺地域を死守している現地駐留部隊とも合流し、戦傷者の応急処置を行い戦える部隊とは合同で作戦を行うこと。
2、1と同時に救出対象の各国邦人の保護も行う。緊急展開したへリ及びティルトローター機は迅速に救出対象を収容し、救出後速やかに現場空域を離脱。この際には空軍戦闘機部隊は空域の制空権を確保、周辺警戒は攻撃ヘリ部隊が担当。
3、1と2の直後、0600から0630には第二次として多国籍軍主力部隊二個旅団がラシュエボに展開。反政府軍主力部隊をこれを以て殲滅する。主力部隊の他に空軍主力部隊は、2において確保した制空権を確固たるものとし、反政府軍の空軍部隊を寄せ付けないようにすること。反撃があった場合これを殲滅する。なお本作戦支援として、日本海軍派遣艦隊の海軍艦載機部隊が支援する。
4、さらにラシュエボ市域を完全に奪還するため追加で一個旅団を展開。第三次部隊の展開時刻0700を予定。なお、この中にはラシュエボ市域駐留の多国籍軍の中でも戦傷者が多数いる為それらの救出も行う。
5、ラシュエボ市域を完全に奪還した後、現地市民の安全確保を最優先に残った反政府軍は駆逐。また、再反撃をされないよう空軍部隊及び海軍艦載機部隊は敵軍追加派遣部隊と敵軍基地部隊を空襲。
6、敵軍追加派遣部隊及び敵軍基地部隊を再起不能にまでした後、作戦は終了とみなす。
織田「以上が、ウィンバックアロー作戦の内容だ」
織田中将が作戦についての説明を終えると、ブリーフィングルームは作戦の壮大さに騒々しくなった。それもそのはずだ。この作戦は救出作戦と殲滅作戦を同時に行う為、特殊部隊が相当数だけでなく通常の軍も三個旅団、つまり一万人を越える数が投入されるのだ。おまけに、ここに空軍部隊やヘリ部隊、それだけでなく海軍艦載機部隊も援軍として来る。明らかに反政府軍を徹底的に潰す作戦であることは火を見るより明らかだった。
ただ作戦開始が十二時間後という、大規模な軍を動かすには即時であるという点についての驚きは少ないようだった。いつかはやらないといけないことであったし、何より事前に大規模に動かすことは知らされていたからであろう。
織田「さて、何か質問はあるか?」
一通り話終えた織田中将はブリーフィングルーム全体に向かって言う。すると、三十代前半の男性で英国特殊部隊の隊長が挙手をし、こう質問した。確か名前はジョージで、階級は少佐だったはずだ。
ジョージ「スニースの方々が投入の際、HALO(ヘイロー)投入自立型使用と書かれておりますがこれは? あと、その際に使われているデジタルステルス迷彩、それにC4Iにも同様に特殊周波数を用いるとありますがどのようなものでしょう?」
なるほど、さすがにこれについては質問もあるよなと思いつつ私は口を開く。
提督「これに関してはスニースの指揮を行う私から説明しよう。まず、自立型使用というものに関してだ。これは個人用の動力付グライダーである。制空権はこちらで確保出来るとしても、スニースを投入するのは最初も最初だ。よって当該地域に速やかに投入するためには通常のパラシュート降下ではなく、自立操作型の動力付グライダーを用いることにより通常より何倍も早く到着することが可能だ」
ジョージ「なるほど。それではステルス迷彩とC4Iについては」
提督「ステルス迷彩は、敵に察知されないためのものだ。いくら作戦開始時間が夜明け前とはいえ、投入される人数を考えるとバレる可能性がある。そうならないために闇夜に色を合わせて比較的に安全に到着させるために使うのが目的だ。また、C4Iに特殊周波数を用いるのは過剰な心配かもしれないが敵にこちらを知られることを極力減らす為のものだ。こちらが発する周波数をキャッチされてはたまらんからな。流石に相手にそこまでの高性能な機械があるとは思えないが念のためにね。これに関しては特殊部隊全てに使われる」
ジョージ「了解しました。御説明に丁寧に答えて頂き、ありがとうございます」
提督「うむ。君ら英国の特殊部隊にも危険を承知で任務に当たってもらうが、よろしく頼む」
ジョージ「はっ! 我々も多くの邦人と当国医師団があそこにはおりますゆえ心境は同じです。必ず任務は成功させるつもりです」
提督「その心意気やよし。誰一人欠ける事がないよう祈っている」
ジョージ「その祈り、しかと受け取りました。私もその所存であります。回答ありがとうございました」
彼の質問の後も、規模が規模だけにいくつか質問があったがいずれも織田中将や担当の者が詳細に淀みなく説明をし、大体一時間ほどで作戦の説明は終わり各自準備を早速始める。
私も、いくらかの会話をするとブリーフィングルームを後にして、夕食をとることにした。
時刻はまだ午後五時前ではあるが、作戦開始時間のことを考えると早めに寝ておきたい。それに、先程気づいたがやはりここに来る前までにあまり寝ていないことが祟っているのか少し体が重かった。
主力部隊の指揮はともかくとして、スニースとあきつから頼まれた黒服連隊の指揮権は私にあるので、判断に鈍りや迷いがあってはいけない。
そう思った私は、夕食を採ってから早々に寝ることにした。
・・3••
提督「やはり、寒いな……。コーヒー持ってきてよかった……」
午前ニ時の寒空の下、私は基地のとある場所にある灰皿が置かれている所で紫煙をくゆらせつつ左手にステンレスマグを持ちコーヒーを飲んでいた。
滑走路が良く見えるこの場所は士官用の区画だから人はあまり多くない。先程まで佐官クラスの者が数人いたが、今は身辺警護しますからと申し出た二人以外はここにはいない。その二人も遠慮してか少し距離をとって立っていた。
一本目を吸い終え、コーヒーを口につけてぼーっとしていると、あれ、提督じゃん。という声が聞こえる。
振り返ると、そこには冬用の軍支給コートを着て、右手に私と同じタイプのステンレスマグを、左手に小型のステンレスポットを持った川内がいた。
川内「珍しいね、こんな時間に」
提督「思ったより早く起きてしまってな。それでここに、ね」
川内「そっかー。こことは別のとこ行こうと思ったらさ、提督見かけたから来たんだよね」
提督「それはすまんな」
川内「いいっていいって、一人より二人だし」
提督「そうか。あ、そこの二人。こんな時間にすまなかったな。警護ありがとう」
私は近くにいてくれていた二人に声をかけると、彼らは敬礼をしてこの場を後にした。
川内「あの人らは?」
提督「ここの先客。いくら基地だからって私を一人にするのはまずいからってことでいてくれた」
川内「ふうん。ま、提督クラスだと仕方ないよね」
提督「ここは基地だから大丈夫だとは思うけど、戦地だしな」
川内「まあねえ」
提督「ところで川内はどうしてここに? 別のところに行くと言っていたが、その様子だと休憩か何かか?」
川内「まあ、似たようなとこかな。私達はこの後作戦があるし、かといって直前準備するのには早いし。あ、提督。コーヒーどうぞ」
提督「おお、すまんね」
私は川内からコーヒーを注いでもらい、新しく注がれたコーヒーを飲む。冷めかけだったコーヒーは熱々に変わり、ほうっと一息つく。
私はそれからしばらく視線を前においたまま、喋らずにいた。
川内「どうかしたの?」
その様子を見てか、川内は私に話しかけてきた。
提督「これだけ大規模な作戦を目の前にするのは久方ぶりでね。戦時はいくらでもこういうことはあったけれど、戦争が終わってからは現場に立つことはなかなかなかった。それになにより――」
川内「あの子のこと?」
提督「…………あぁ」
私は前を見ていた視線を下に移し、コートにポケットからタバコを取り出して火をつけた。
ふぅ、と長く息をつくと、
提督「別にな、指揮に関しての不安はないんだよ。主力は織田中将がするし、私が指揮権を持っているのはあくまでも黒服と君達だけだ。さして問題はない。信頼している奴らだからな。まあ、指揮権がこうやって別れるのは少しイレギュラーだが」
川内「この手の作戦は特殊だからね。救出部隊の指揮を提督がすることになるのも、提督の方が慣れてるからだと思うよ。私達からしても、あの人よりも提督の方が動きやすいし」
提督「彼は優秀ではあるが、作戦初期のような形のは経験が少ないだろうからね。それは仕方あるまいよ。それよりも、だ。心配なのはあの都市にいる、彼女だよ」
川内「艦娘の時ならともかく、今は元だもんね」
提督「そう。だから普通の人間でしかない。あそこの現状は状況が状況だけに新しい情報がほとんど入ってこない。頼みの綱は監視衛星の画像のみ。彼女のことだから大丈夫だとは思うのだが……」
私は紫煙を吐いて、ぬるくなってしまったコーヒーを飲み干し、言う。
川内「私もね、あの子のことは心配だよ。でもさ、あの子ならきっと大丈夫だよ。真の強い子だし、何より元艦娘。素人じゃないからさ。それに何より、今から私達が助けに行くのだから絶対大丈夫。なんてったってスニースだからさ」
川内は私を元気づける為だろうか。明るくにっこり笑ってみせて言った。
そう、だな。指揮官たる私がこうしていてはいかんな。戦時もそうだったが、私は強くない。こうやって誰かに励まされたりばかりだ。
でも、だからこそ、今もこうやってやっていける。
提督「そうだな、ありがとう」
故に、私も笑って返した。
川内「どういたしまして」
ふふん、と少しえっへんというような感じでおどけながら言う川内。
川内「ほら、私ってもう随分と提督と長い付き合いじゃん? 今も含めて部下なわけだし。だから、提督が不安そうにしてたのは気付いたんだよね。なんとなく様子を見てたら、さ」
提督「あまり素振りは見せてないつもりだったんだがね……」
川内「ほとんどの人は気付いてないと思うよ。提督隠すのうまいし。でも、私にはお見通しだし、加賀さんもそうだと思うよー」
提督「ぐぬう」
川内「心配してるのは皆同じだし、私も提督の様子を見て心配だったんだよ。でも、もう大丈夫そうだし安心したかな」
提督「ありがとな、川内」
川内「へっへへー。改めてどういたしましてー」
こういう姿を見ていると、こんな部下を沢山持てた私は幸せ者なんだと思う。だから、私も頑張らないとな。
提督「おっと、もうこんな時間か」
腕時計の針を見ると、もう時刻は二時半になっていた。このままもう一度寝るには中途半端な時間だ。
となると、もうあそこに向かった方がいいだろう。
提督「川内、私は一度オペレーションルームに向かうことにするよ。付き合わせてしまってすまなかったな」
川内「いいっていいって。そのかわり、帰国したらお酒とご飯奢ってよね?」
提督「おいそれ映画じゃフラグだぞ」
川内「何言ってんのー。毎回そういって無傷だよ?」
提督「そうだったな」
川内「そうだよー。んじゃ、私も部隊の所に戻って直前の準備をしてくるね。部隊のみんなに話したいこともあるし。お先に失礼するね」
提督「わかった」
私は頷いて言うと、川内は手を振って歩き出す。
少し間をおいた後、私は再び口を開き、
提督「川内。……無事に帰ってこい。それと、あいつのこと、頼んだ」
私の言葉に対して川内はニコッと笑い、
川内「まっかせて! 必ず、任務は成功させるから」
と言って敬礼をする。
私も答礼をし、
提督「任務の成功を祈っている」
返答に対して川内はありがと、と言うとまた後でね、とも言ってこの場を後にした。
川内がいなくなってから少し経ち。
私は残ったコーヒーを飲み干して空にすると、ぽそりと呟く。
さぁ、私も行くとするか。
••4••
川内達や黒服連隊を見送ってから再び司令部に戻った私は、十数時間前にいた指揮所――中央作戦指令室――にいた。用意された席に座り、前方にある三次元化された地図を注視する。
時刻は既に作戦開始五分前の午前五時二十五分。地図に表示されている各部隊を表しているマークはひっきりなしに移動をしていた。特に黒色のマークになっている部隊は早く移動しており、それは航空機やヘリで移動していることがわかる。これがいわゆる第一次部隊、救出部隊である。
オペレーター「救出部隊先方スニース、間もなく作戦空域に到達します。敵に動きなし。ステルスは問題なく作動。続いて黒服連隊派遣部隊などの他救出部隊も気付かれることなく作戦空域へ移動中。こちらも間もなく到達します」
織田「よし、よし。大丈夫そうだ」
提督「さすがに相手はアンチステルス持っていないようだな。安心したよ」
織田「本当です。もし奴らが持っていたとしたら洒落にならないですから」
提督「アンチステルスレーダーにせよ、これらのレーダーシステムは先進国でも我が国を含めてごくわずかしか保有してないからな……。心配は杞憂で終わってよかったよ」
オペレーター「マルゴーフタキュウになりました。作戦空域まであと六十秒。救出部隊支援のイギリス空軍F35及び日本海軍艦載機部隊F3Bファイターも作戦空域に向かっています」
オペレーターの声に、私は三次元化された地図をじっと見ながらぎゅっと手を握る。
すると隣で立っていた加賀が、握っている私の手の上にそっと自分の手を置く。
加賀「大丈夫よ」
短い一言だったが、私はその一言に頷き、深呼吸をした。気分は幾分か楽になる。
オペレーター「作戦空域まであと三十秒」
提督「頼んだぞ、川内」
私はぽそり、と加賀以外には聞こえないような声で呟く。
加賀「あの子なら必ずやってみせるわ」
オペレーター「作戦空域まで十五秒」
提督「あぁ、そうだな」
オペレーター「作戦空域まであと十秒」
そこから、オペレーターのカウントダウンが始まる。オペレーター自身も少しだけ声を震わせていた。その心境は十分に分かる。
なるべく外に見せないようにしているだけで、私もそうなのだから。
そして。
オペレーター「マルゴーサンマル! 空域到達!」
提督「オペレーションウィンバックアローを発動! 一本目の矢を放てッッ!」
自らを奮い立たせるためにも出した。大きな掛け声。
後に各国の士官育成教本にも掲載される、大規模救出作戦と大規模掃討作戦を並行して行うオペレーションウィンバックアローはこうして始まった。
第十話 オペレーションウィンバックアロー
••1••
ラシュエボ市中心街の一画。
多くの邦人やこの街に住む民間人、そして軍人などが多くいる横に広いこのビルは野戦病院になっている。ビルの前には大きな広場があった。
そのビルのとある階に、彼女はいた。
そこは野戦病院の中でも急ごしらえで用意されたベッドがあり、一応病室の体裁を保っていた。
しかし、そこにある光景は目を覆わんばかりの悲惨なものであった。
市内でも比較的安全なこの場所には傷ついた軍人が次から次へと運びこまれてくる。その数は日に日に増えていた。もちろん、重傷者も比例して増えている。四肢があるならまだマシな方で、中には欠損している者もいる。ここ二、三日はうめき声がこの部屋を満たしていた。
そういえば、包囲されて何日経っただろうか。薬品などが置いてある部屋に移動した彼女はふと思案する。包囲され始めた頃に比べて目に見えて薬品や包帯が減っているからだ。最初はある程度補充も出来たが最近はほとんどない。それに伴って食料も明らかに減っている。
これはいよいよ、まずいかもしれないわね。
彼女は自分にしか聞こえないくらいの声で心境を吐露した。
今は国境なき医師団の看護師として働いているが、大戦中は自分は艦娘だった。
駆逐艦雷。それが彼女の艦娘の時のコードネームである。妹と同じく、誰かを助けたいということで就いているのが今の仕事であり、艦娘として戦場には慣れているから問題はなかった。
だが、今の状況は大戦の経験からいって非常に良くないことは肌で感じている。この様子ではもう長くはもたないことを幾つかの要素から判断しているのだ。
わずかに残っている薬品と、少なくなってきた包帯を手に取ると、またうめき声が聞こえた。助けを求める声だ。それを聞いた彼女は再び病室へと戻る。
声の主に近づき、一通り治療を施す。ヨーロッパ系の外国人で、軍服からしてドイツ人だろうか。彼は小さくしゃがれた声で、しかも日本語でアリガトウ、と言う。
雷「大丈夫、大丈夫よ。絶対良くなるわ」
彼女は励ましの声をかけて軍人の頭を撫でる。おそらく、助かる見込みは低いだろうが、それでもだ。助かる可能性はゼロではないから。
それらを終えて、入口に目を移そうとしていた時だった。彼女を呼ぶ声が聞こえる。
振り返ると、声の主は日本軍の軍人だった。格好からして階級は大尉。すっかり顔なじみになった人だ。
雷は大尉の元に行くと、
雷「何かあったの?」
と、作り笑いではあるがその表情で問う。
大尉「もう軍人ではないあなたに、こんなことを言うのはあまり良くないのですが……」
そう言う彼の顔は暗かった。
雷「ここじゃ話せなさそうね……」
声のトーンを落とし、患者に聞こえないように短く言うと、二人は場所を移しとある場所へと向かった。
••Φ••
向かった先は軍人しかいない区画、この一帯の現地司令部になっている所だった。包囲された際に急ごしらえで構築したので立派なものではないが、それでもちゃんと司令部の形にはなっていた。
そこに到着すると、この場にいた全員が雷の方を向いて敬礼をする。
私はもう軍人ではないのだから、そんなことしなくてもいいのに。と雷は心中で呟いたが、自分が大戦時に英雄扱いされていたことと、特にこの場にいるイギリス軍人はぴしっとした敬礼をしているのは、あの救出作戦で英国の名誉貴族称号があるからなのだろうということを思い出し、答礼をした。
雷「それで、どうかしたの?」
彼女が大尉に質問を投げかける。
すると、大尉は部屋の真ん中にある大きなテーブルいっぱいに地図を広げる。この街の地図だ。
その地図には色が塗られていて斜線になっている部分と塗られていない部分があった。色が塗られている部分は敵、つまり反政府軍の勢力圏である。大体ここから五キロ先から外はもうむこうの支配下になっているのだ。
よってこちらの残された勢力圏はせいぜい四キロから五キロ四方程度。これでは迫撃砲程度でも全方向が射程圏内になってしまう。
それでもここが攻撃されていないのはここが濃密な防御網を構築したからだと思われる。相手も犠牲を減らしたいから、じわじわと攻めつつ兵糧攻めにする方針に変えたのだろう。
しかし、それも変わりそうだと大尉は言う。
敵の動きが変わり先程から手薄な北方面からの攻勢が強まったからだ。確かにさっきからまばらだった銃声や砲声が多くなっている。
それらの話を聞いて雷は、
雷「(もう、ダメみたいね……)」
言葉にこそ出さなかったが、心の中で呟き絶望が広がっていた。
いくら戦争で戦ってきたとはいっても、戦場は海ばかりだったから陸の勝手は良く知らないのだ。今回だって戦時に提督から教えてもらった方法や、あきつ丸と雑談を交えながら戦法を聞く機会があった時のことを思い出して今の形を提案しただけ。
士気も兵力も弾薬も何もかも足らないこの不利な状況でひっくり返すような方法なんてものは雷は知らないのだ。
この状況だと……。
雷には最悪のケースが思い浮かぶ。
もし、この現地司令部兼野戦病院に敵が迫ってきたら、本来は非戦闘員の私も患者を守るために武器を手に取らないといけないことになるのかな……。
武器を使うことになるなんて何年ぶりだろうか。そんなことにはなってほしくなかった……。
そう思っていた時だった。
軍人「特定周波数で、秘匿電報が届きました」
大尉「秘匿電報……? 発と宛は?」
軍人「読み上げます……」
内容は以下のようだった。
発、スニース及び小川裕信
宛、現地司令部及び雷こと樫澤朱莉へ
一本目の矢を届けにきた。
大尉「小川裕信って、小川大将閣下が!? なぜ!?」
雷「提督が、どういうこと……?」
雷や大尉だけでなく、その場にいた全員が動揺が広がっていた。
その時。
遠くでミサイルが着弾し爆発する音が複数響く。方角は北。いや、あらゆる方角からだ。短い間隔で何度も何度も。音の遠さから、ミサイル攻撃は敵に向けられているものだということはすぐわかった。
何が起こっているの? すぐに雷は北側にある窓から外を眺める。広場のある側だ。
雷「これ、って……」
雷の目の前に広がっていた光景。
彼女の視線の先には、武装したティルトローター機と同じく武装した輸送ヘリが複数現れていた。
直前までステルス迷彩を展開していたのか、半透明から実体化していた。
そこには待ち望んでいた援軍。日の丸の機体が一斉に広場に着陸していた姿だった。
••Φ••
雷は急いでビルの階段を駆け下りた。途中転倒しそうになったが、急いで駆け下りた。広場の様子を見るためである。
広場に着くと、馴染みの国旗のマークが着いたティルトローター機やヘリから続々と兵士達が降りてくる。ここにいる兵士達よりずっと重武装で、装備も最新のものばかり。動きからして日本軍の中でも錬度が高い部隊だとわかる。
空を眺めると低空で高速侵入した日本の戦闘機F3Bがミサイルを飛ばし、そのあとに攻撃ヘリも低空侵入して敵のいる方向目掛けて攻撃を行っていた。
広場にいた者やビルにいた者は民間人や軍人関係なくその光景を見て歓声が上がる。一目で助けが来たと理解できるからだ。
空を眺めていた後、前方に視線を移した雷はとあることに気づく。空から飛んできた人達が着地していたのだ。
そして、ヘッドマウントディスプレイであろうヘルメットを外していく人達の一人に見知った顔がいたことにも気付いた。その人はこちらを見てひどく安心した表情をして駆け寄ってきた。
雷「あぁ……、あぁぁ……」
雷は言葉にもなっていない声を漏らす。
見知った顔。
それは、川内だったからだ。
川内「やっほ、雷ちゃん。助けに来たよっ」
心の底から安心させてくれる笑顔。
その姿を見て、雷は一気に緊張の糸が切れたのであろう。その場に座り込んでしまった。
川内「ちょ、雷ちゃん」
少し慌てたような様子で雷のもとまで近づく川内。彼女は近くにいた衛生兵を呼ぶ。
衛生兵「大丈夫です。怪我はありません。この血は治療した際に誰かのが付いたものでしょう。ただ、ひどく疲労している様子なので水や点滴を持ってきますね」
川内「ごめんね、よろしく」
川内は衛生兵にそう伝えると、雷をじっと見て。
川内「安心して雷ちゃん。もう、大丈夫だから」
雷「大丈夫……?」
川内「うん。大丈夫。だって、私達が来たんだから」
雷「う、ううぅぅ……。わぁぁぁぁぁん……!!」
その言葉を聞いた雷は瞬間、溜まっていた感情が全部溢れ出した。号泣してしまった雷は川内に抱きつく。
抱きつかれた川内はそれに驚くこともなく彼女を抱きしめ、頭を撫でる。
川内「よく頑張ったね、雷ちゃん。えらいえらい」
雷「こわ、こわかった……。もの、すご、く、こわかった、の……」
川内「うん、怖かったよね。辛かったよね。けど、もうそんなことはなくなるから。大丈夫だからね」
雷「うん、うん……!」
川内に抱きついた雷は、しばらくこのままだった。
だが、ずっとそうしているわけにはいかない。
菱田「隊長、菱田です。先鋒部隊から報告がありましたので伝えに来ました。敵に増員あり。早めの援軍頼むとのこと」
川内「了解。……ごめんね、雷ちゃん。私行かなきゃ」
雷「うん。ごめん、なさい」
川内「そこにあるヘリは救出のためのだから、あれに乗ってね。着いた先には、提督もいるから」
雷「ていとく、が?」
川内「そそ。この作戦を立案した一人が提督なのさっ。提督さ、雷ちゃんのことすごく心配してたから、早く顔を見せてあげて」
雷「わか、った」
川内「よしよし。またそっちに行くからそれまで待っててね。おーい、山西くん。彼女をヘリまで連れてってあげてー」
山西「了解! さ、雷さん。こちらへどうぞ」
雷「ありがと。……あの、川内、さん」
川内「ん、どした?」
雷「ありがと……」
川内「どーいたしまして! ささっ、ここは危険だからさ、早くヘリに乗っちゃおう!」
雷「……うん。気をつけて、ね」
川内「はいさー。怪我しないように気をつけるね。じゃ、また後でね!」
川内は手を振り、雷を見送る。
その様子を最後まで見て、最後に雷へ笑顔を見せると、敵のいる方向へと振り向く。
振り向いた川内の顔はつい先程までとは全く違っていた。優しいお姉さんのそれではなく、人を殺しに行くための猛禽類のような目だった。
川内「佐々木さーん!」
近くにいた佐々木という筋骨隆々の四十代の男性隊員は、川内に呼ばれて彼女の隣へ来て歩く。
佐々木「はっ! どうしましたかね、隊長」
川内「私は、私の大事な子を、提督の大事な子をあんな風にした奴らが許せない。だから、一人残さず殺っちゃって」
佐々木「もちろんですとも。戦時から見守ってきたオレらのあの子をこんな目にあわせたんですから。一匹たりとも残しませんぜ」
川内「うん。じゃあ、行こっか。狩りの時間だよ」
佐々木「ええ、狩りの時間ですな」
武器を整え、銃の安全装置を解除する二人。
最前線へ向かう際、彼女は自分の隊員達に無線でこう伝えた。
川内「シノビ1から全隊員へ伝える。これより狩りを始める。相手が許しを乞おうとも、慈悲をかけるな。当然の報いと思い知らせてあげなさい。そして、一人残らず喰い殺せ。これは厳命だよ。いいね?」
川内の殺気がこもった冷たい声に、シノビ達から次々と返答がくる。いずれも川内と同じように、これから獲物を喰いに行く鷲のような雰囲気が伝わってきていた。
川内「さあてと、逆襲をはじめよっか。誰一人として生きては返さないんだから」
彼女はぼそり、と末恐ろしい言葉を言い残し、部下達と共に狩猟を始めるのだった。
••2••
オペレーションが開始されてから、指令室内はひっきりなしに連絡が飛び交っており、刻一刻と状況が変わっていることを三次元の地図も示していた。オペレーターもフル稼働で各部隊へ応答している。
オペレーター「オペレーション第一段階無事完了。市内の展開は滞りなく進んでいます。救出部隊は無事到着。さらに攻勢部隊は既に敵部隊と接触を開始しました。――スニース隊長からコンタクト。宛、小川大将です」
提督「繋いでくれ」
私はオペレーターの言葉に頷いて、マイク付きのワイヤレスイヤホンを左耳に装着する。
イヤホンの近くのボタンを押すと、私は早速、
提督「オカシラより、シノビ1へ。状況はどうだ?」
川内「シノビ1よりオカシラへ。お姫様は無事空飛ぶ馬車に乗ったよ。他の人達も救出完了。馬車の一段は護衛を伴って既にそちらへ移動中」
このやりとりは指令室内全体にも聞こえている為、川内の報告に安堵の声が広がる。
提督「ご苦労だった。滞りなく進んでいるか?」
川内「聞こえるとは思うけど、不届き者の始末の途中。第二段階へ移行しているよ」
提督「主力到着まではもう少しかかる。制空権は確保されているようだが、大丈夫か?」
川内「相手は混乱していて統率がとれてないのがここからでも良く分かるよ。狩りの餌食になってる」
提督「ならよし。情けをかけず、そのまま始末してくれ」
川内「もっちろん。このまま状況を続けるよ」
提督「了解した。無事を祈る。通信終わり。――続いてシノビ2、コウガ部隊へ。聞こえているか?」
佐々木「はい、こちらコウガのシノビ2。オカシラ、どうしました?」
提督「シノビ1は現在正面で対応しているみたいだが、シノビ2は建物と地形を用い、鉛玉を側面から叩き込んでやれ。ヤツらは右方ががら空きだ。退路を絶ってしまえ。右方では英国の騎士団部隊が有利に進めている。伏兵の心配は少ない」
佐々木「シノビ2からオカシラへ。了解しました。となると、左方はどうするので?」
提督「左方は主力が食い込めるように空けておいてくれ。絶望を味あわせる為わざと空けておく」
佐々木「相変わらず敵には容赦ないですな。それでこそのオカシラですが。では、隠密行動をし、一泡吹かせてやるとします」
提督「よろしく頼んだ」
佐々木「サーイェッサー! では! オーバー」
通信はここで終わり、私も一旦マイクのスイッチをオフにする。
織田「鮮やかな采配ですね」
提督「昔取った杵柄だよ。とはいっても、現役時代はこっちというより向こうの立場が多かったがな」
織田「お見事です。それにしても、救出はうまいこといったようで何よりです」
提督「何、まだ油断は出来んよ。経験則だが現場では何が起こるか分からん。慢心はいかんからな。だから、可能だったのなら現場で指揮が執りたかったくらいだ」
織田「お気持ちは良く分かりますが、さすがにあそこに今いるのは……」
提督「十分に承知している。だからこそ、ここで部下のバックアップをしようと思う」
オペレーター「二本目の矢、間もなく目標に到達します」
織田「了解した。行動は作戦指示と変わらずだ」
オペレーター「了解しました」
主力部隊から連絡があったようでオペレーターはそのことを告げ、今度は織田中将がマイク付きのワイヤレスイヤホンを装着する。
提督「主力の指揮は任せたぞ」
織田「はっ! 必ず成功させます」
彼の言葉に私は頷き、再び三次元化されている地図に視線を移す。
彼女を救出することは出来た。
しかし、まだ戦いは始まったばかりなのだ。
••Φ••
提督達が指令室内で戦いの様子を見守っていた頃。ラシュエボ市内では戦いが続いていた。
主力部隊もその大半が無事市内に侵攻を開始し、戦況は誰が見ても明らかな程に多国籍軍が有利であった。
というのも、多国籍軍側が有利になるのも当たり前の状況だった。何せ世界でも指折りの特殊部隊が多数投入され、それと同時に制空権を確保するため最新鋭の戦闘機が反政府軍を襲ったのだ。この奇襲攻撃によって反政府軍は混乱し態勢を崩され、今まで反撃出来ず歯がゆい思いをしていた現地の部隊は反転攻勢を開始。そして泣きっ面に蜂が如く多国籍軍主力部隊が流れ込んできた。
その結果、朝日が昇る午前七時過ぎの頃には短時間にも関わらず包囲網を崩したどころからラシュエボ市の中東部まで奪還していた。
その最前線、ラシュエボ市の東部地区では川内を隊長とするスニースと黒服旅団の派遣部隊が合流し、合同部隊として戦いを続けていた。
川内「ちぇ、さすがに相手も立て直してきたかー。さっきから戦車まで現れてめんどくさいったらありゃしないよー」
川内は残弾が少なくなった最新の二十式小銃のマガジンをチェックし、建物から少し出て撃ち尽くした後、弾倉交換をしつつ不満気に隣にいる部下に言う。
佐々木「恐らく東部の向こうから敵の増援も来ているのでしょうな。空爆の威力は絶大ですが、全部を潰せませんから掻い潜ってきたんでしょう」
川内「仕方ないかあ。左翼側が黒服の第三中隊と第四中隊が、右翼側がうちの第二と第三が当たってるんだよね」
佐々木「ええ、作戦通り包み込むようにやってますが」
川内「ちょっとスピードを遅らせてやって。このままだと左右が突出しちゃう」
佐々木「止めていいんで? あー、もしかして」
川内「そういうこと。あまり出すぎると左右の牙が折られちゃうじゃん。敵が小火器だけならともかくさすがに戦車や装甲車は厄介だからさあ。これがただのテロリスト部隊ならともかく、正規軍顔負けの装備を持つ奴らだし」
佐々木「では、相手に悟られない程度にするよう伝えますかね」
川内「よろしくー」
面倒事が起きているとはいえ、川内の声はどこかまだ呑気な感じが醸し出されていた。戦場慣れしているのはもちろんのこと、士気や錬度、さらには数でも上回りつつある側だからこのようにいられるのであろう。ましてや相手は奇襲によって未だ統率が取れきれていない。ほとんどの面で有利な側にいるからこそ、この余裕なのだろう。
しかし、川内にも一抹の懸念があった。
川内「今戦ってる部隊の指揮官、優秀だよねえ……。さっきまでのとは全然違う。これは一筋縄ではいかないなあ」
佐々木「連携が取れてる上に絶妙な遅滞戦術を使ってきてるのが良く分かる相手ですな」
川内「相手の現場が無能ならいいんだけどね。さすがは今までよくやってきたとこの軍ってだけあるよ」
彼女らが話すように、こちらが不利だと理解し撤退がベターだろうと判断したのだろう。今正面で戦っている敵の部隊はいやらしい攻撃を繰り返してきていた。この三十分の間、先程より進行スピードが遅くなっているのは明らかだった。
しかし、それで苛立つような部隊ではないのが川内率いるスニースだ。元より不利な戦闘に投入されがちな特殊部隊である。有利な戦いである今、足並みが乱れるような者達ではないのだ。
川内「提督に繋いでみよっかな」
川内はそう呟くと、頭部に装着しているメガネ型ヘッドマウントディスプレイとインカムが一体になっている装備を用い、提督に通信を試みる。
コードを入力すると、すぐさま提督のいる指令室につながった。透過されている画面には提督の顔が映っている。
提督「どうした川内」
川内「相手が思ったより有能で進行スピードが遅れているんだよね。私のいる場所、わかる?」
提督「ちょっと待ってろ」
彼はそういうと、おそらくオペレーターに地図を拡大するよう指示しているのだろう。それらしい命令が聞こえる。
提督「あぁ、ここか。リリュシュエ地区だな。確かに相手は一筋縄ではいかなさそうだ」
川内「だよねー。左右翼側を突出させようとしてるもん。このままだと水を差されかねないかなって」
提督「悪いが攻撃ヘリ部隊は、そこから南の戦線で忙しいらしい。……そうだ、ちょっと待ってろ」
川内「……ん? わかったよ」
川内はどうしたんだろうと思いつつも頷き答える。提督が誰かと話始め、何やら相談をしているようだ。
提督「待たせたな。今からそちらに子龍を何機か向かわせる」
川内「子龍? 無人攻撃機のアレ、こっちにあるの?」
提督「陸軍技研がどうせ今回の作戦やるなら実戦投入させたいって言うてたからな。それで、今そいつは主力部隊内にある陸軍実験部隊が今か今かと待っていたようでな。伝えたら快諾した。即行動できるようにしてあるから、数分で到着すると思うぞ」
川内「それは助かるかな。じゃあ待ってるね」
提督「了解した。子龍の座標をそちらにすぐ送るから、現状はもう少しそのままで頼むぞ」
川内「りょーかいー」
間延びした返事で提督に言う川内。通信を切ると、彼女は部下達に聞いたことを伝える。
それに対して彼らは喜ぶわけではなく冷静に了解。と返すものがほとんどだった。しかし、声の調子はどこか安心した様子で、任務が順調に進められることから来ているのだろう。
佐々木「一安心の所、申し訳ないですが、ちょっと面倒事が起きそうで」
川内「え、どれ? ……あー。これはちょっとやだなあ」
佐々木が頬をぽりぽりと掻きながら話した内容を聞き、視線を移した先の光景に嘆息する川内。彼女の目線の先にはやっと破壊した戦車の後ろに新たに二両現れた戦車がキュラキュラと音を立てて近づいてきていたのだ。距離はおよそ八百メートル。いくら一世代前の戦車とはいえ、向こうからしたらもう十分撃てる距離である。
川内「仕方ないなあ。もう」
彼女はもう一度ため息をつくと、近くにいる部下に的確に指示を始めた。
川内「あそこにいる二両。子龍がくるまで引きつけておいて。時間はおよそ三分ほど。井筒くんの部隊十名は取り巻きの歩兵を側面からいやらしく叩きながら戦車の攻撃を食らわないようちまちま動いてね。私達は正面から囮になりつつ倒してくから、井筒くん達は安心して」
井筒「しかし、大丈夫ですか? いくらあなたでも少し心配ですよ二両の囮は」
川内「大丈夫だって。行動は全部背中にしょってるこの機会使うし」
井筒「ヘイローで使ったやつですか。まだ残ってます?」
川内「全力運転してもまだ二十分は使えるよー」
井筒「なら大丈夫ですね。中佐はそいつを忍者がのような動きをして使いこなしてますし」
川内「そういうことー。合図送ったら状況開始ね」
井筒「はっ! お任せください!」
部下の元気な応答によろしくー、と答えて無線通信を終えると、彼女を始め直属の部隊十二名はすぐさま準備を始める。動力付グライダーの電源をオンにすると、メガネ型のヘッドマウントディスプレイには戦闘機に表示されているような画面が展開される。同時にIFF(敵味方識別装置)も起動し、前後左右振り返って誤作動がないかも確かめる。
川内「じゃあ、行くよ!」
部下達『サー、イエッサー!』
彼女の掛け声に応答をする部下達。
空を翔ける兵(つわもの)達は、空中戦を開始した。
••Φ••
空中での戦いを始めて一分ほど経ち、先制を決めたのはスニースの方だった。
佐々木「よし、取り巻きやった! 今だぜ!」
井筒「よしきた! ファイヤー!」
佐々木からの指示に、井筒は対戦車用の携行用ロケット弾で戦車の中でも最も装甲が薄い上部に砲弾を撃ち込んだ。
いくら分厚い装甲を持つ戦車とはいえ、上部にロケット弾を放たれてはひとたまりもない。大きな爆発の後、その戦車は沈黙する。
しかし、相手もタダで帰すつもりはなく、攻撃をし一時離脱しようとする井筒に対して歩兵達がアサルトライフルで反撃をした。
井筒「うわっととと、あっぶねー!」
井筒も反撃されることは当然分かっていたので動力付グライダーを巧みに操作して全て避けきる。
川内「射線を次の攻撃がない相手に集中させるなんて甘いねえ。隙だらけ、だよっ!」
佐々木「お供しますよ、っと!」
彼に射撃が集まっているのを見逃さないのは、さすがスニースであるだろう。
数人はノーマークになった為、井筒に必死で弾を当てようとする敵兵に対して牽制も兼ねてフルオートで小銃弾ぶち込んでいき、混乱しているところを川内と佐々木が急降下し着地した刹那。
超軽量のセラミックブレードで敵歩兵の頚動脈を切り裂き、血の雨が降り注ぐ。
佐々木は日本刀サイズのブレードで一人、川内はショートブレード二本で一度に二人。計三人が地に伏した。
川内「島風ちゃんじゃないけどさ、君らおっそーい!」
現代戦ではそうそうない超近接戦闘に驚愕する彼らはそうなりつつも二人に銃口を向けるが、銃撃をする頃には彼女らがもういるはずもなく、佐々木は川内の援護を、川内は次の獲物に狙いを定めていた。
川内「戦車にはい、プレゼント!」
地面を蹴り、右方に高速移動をした川内はショートブレードを鞘に閉まったかと思いきや、爆発するパイナップルのピンを抜き、戦車の砲塔の中に投げ込む。
一度上空数メートルへ舞うと、ビルの壁を蹴って後方へ急速離脱した頃には二両目が彼女らの犠牲になっていた。
この間、たったの十五秒であった。二両の戦車と数人の歩兵が僅かの間で失われたのである。
井筒「ヒュー! さっすが隊長!」
川内「私にかかればこんなもんよー」
にんまりと笑う川内。
ここまでされるとさすがの敵兵も士気が落ちるはずなのだが、なぜかそうでなかった。彼らは何かを待っているようで退却する素振りを見せない。その様子を見て、川内だけでなく部下達も怪訝な顔つきになる。
佐々木「あっちゃあ、そういうことかよ」
川内「増援、か。そりゃ後ろに下がんないよね」
先程増援が現れた所から、第二陣が到着したのである。ここまで戦車二両を潰し近辺には一両もいなくなったのだが、新たに出現したのは戦車三両。歩兵が二十数人。つまり状況は振り出しに戻ったどころか敵が増えたわけである。
相手からしたらこれでなんとか抑えられる。そう思った所だろう。
だが、現実は彼らに余りにも厳しかった。
蒲田「お待たせ致しました! 陸軍技研の蒲田、階級は少佐です! 子龍がすぐに到着しますよ!」
川内「待ってたよー! ちょうど今面倒なことになりそうだったらさー」
蒲田「レーダーで確認済みです。今すぐ退避してください。これより敵を龍の業火に包み込ませてやるので」
川内「了解ー。みんな聞いた? 敵に悟られにくい形で安全圏まで待避するよー」
全員「サーイェッサー!!」
川内の命令に彼は理想の形で実現していく。三十秒ほどで銃撃をしつつも敵から二百から二百五十メートルほど後退した。
それに対して敵は今まで優勢を保っていた敵が急激に後退をすることで戸惑っていたが、勘の良い指揮官クラスの者は不審な行動に嫌な予感がしたものの既に時遅しであった。
佐々木「子龍を確認! 来やしたぜ!」
川内「よーし! 一度建物の隙間ないし分厚い壁になるものの後ろへ!」
川内を始めとする全員が目の前にあるコンクリートの壁などの後ろへいくと、彼女らの後ろから無人小型ジェット機の澄んだエンジン音が聞こえる。味方からすれば、大袈裟な言い方ではあるがこの音は福音のようにも聞こえた。
建物の隙間から現れたのは子龍二飛行分隊四機。スニースの隊員を視認すると翼を小さく上下に振りサインをする。
川内「やっちゃってー!」
佐々木「やっちまえ!」
井筒「蹴散らせー!」
蒲田「お任せあれ! 全機攻撃開始! ドラゴンファイアをブチかませ!」
無線から聞こえた声は熱がこもっていた。スニースの部隊の頭上を通過した子龍は搭載している二四式対地ミサイル通称龍炎を放つ。一機二発、合計八発が敵の部隊に降り注いだ。
大きな爆発音、割れるガラス音、そして断末魔。ありとあらゆる音が場を支配し、龍の火炎放射が如く火に包まれ、その光景はさながら煉獄であった。
川内「私が言うのもなんだけどさ、あれオーバーキルじゃない……?」
井筒「あれじゃあ塵一つ残らないでしょうね……。あんなの食らいたくないなあ……」
佐々木「子龍が敵だったらゾッとしますな……」
対地ミサイルを放った後、子龍は一度上空へ上がり旋回する。攻撃後の様子を確認するそれは、悠然と飛び回っていた。
攻撃から二十秒ほど経つと、視界が開けてくる。
そして、見えてきたのはピクリとも動かない敵の一段だった。戦車は炎上して沈黙、敵兵も炭になっていた。これが龍の炎を受けた者の末路である。苦しまずに即死したのが唯一の救いであるだろう。
川内「ひぇー。これはすっごいね……」
井筒「生命反応は、建物に隠れててなんとか無事なのが数名程度。しかしそれも撤退をしようとしてますが」
川内「残念ながら逃がすわけにはいかないね。死を持って罪を償ってもらわなきゃ」
蒲田「でしたら掃討もお任せを! 皆さんの中で狙撃が得意な人は援護射撃をお願いします」
川内「わかったよ。蒲田少佐、支援ありがとう。助かったよ」
蒲田「どういたしまして! それでは戦いを続けましょう!」
川内「そうだねー。総員、構え。これより掃討作戦を開始するよ。それと、他戦線各部隊へ。進撃スピードを元に戻し、攻撃を続行して」
川内の言葉に続々と反応が返ってくる。
この市街地戦はまだしばらくは続く。
しかし、大きな戦闘は昼食の頃には大概終了し、夕日が沈むより前には反政府軍は市内から完全撤退し、1600には状況終了。
ラシュエボ市内戦はこうして幕を閉じたのである。
第十一話 それでも彼女は
••1••
オペレーションウィンバックアローは無事作戦を成功という形で終えた。昼過ぎには勝敗を決したも同然となり、夕方には全市街地を奪還できたのである。
日も暮れた現地時間の頃には市街地の外まで追い込まれた敵部隊の掃討作戦を主力部隊が行っており、川内達特殊部隊はこの基地へ帰還途中らしい。
さて、このような状況なので指令室も慌しさも一段落つき、私は既に指令室を後にしていた。今は割り振られていた自分の司令官室で事後処理の資料とにらめっこである。
というのも、救出された雷はヘリに乗った直後に今までの疲れで意識を失ってしまったらしく、今は現地にある病院に運ばれ、まだ起きないらしい。
あんな戦場にいたんだから仕方ないとは思いつつも、私は気が気でなかった。資料を眺めてはいるが、どうも頭に入ってこない。これはまずいと頭では分かっているのだが、切り替え出来ない。
これじゃあダメだ。一度気分転換しよう。
そう考えた私はコーヒーの入ったタンブラーを持って、部屋を後にする。自分の部屋の前の護衛には、「一服しにこの建物のすぐにある喫煙所にいる。訪問者がいたらそう伝えるように」と言っておいたから大丈夫だろう。
提督「ちょっとばかし、疲れたな……」
喫煙所にはベンチが備え付けてある。そこに座った私は独りごちなら煙草に火をつけて、紫煙を上に燻らせた。
提督「そうか、いつの間にか晴れていたのか」
視線を空の方に移してから初めて気がついた。昨日はあんなに曇っていたが、夜空は星達が光り輝いていたのだ。
このあたりはほとんど街の光がないためよく星が見える。日本の都心部に比べて沢山のそれが光っているのは一目瞭然な程だった。
ただ、私の心境はここまで澄んではいなかった。心的ショックで何らかがあってしまうのは戦場の常である。いくら深海棲艦大戦で多少の慣れがあったとしても惨状を目の当たりにし続ければ心の傷を負っている可能性だってある。彼女が目を覚ましてその症状が現れてしまう。それが今の私の気がかりだった。
加賀「ここにいたのね、裕信さん」
ちょうど二本目の煙草を吸い終えて、コーヒーを口につけていた頃。加賀が私を見つけてこちらにやってきた。
提督「ちょっと、な。一息つきにきていた所だ」
加賀「落ち着かなかった、かしら」
提督「ご名答。よくご存知で」
加賀「何年も貴方といるもの。それくらい分かるわ」
提督「それもそうか。んで、どうかしたか?」
加賀「伝えたいことがあってきたの。あの子が目を覚ましたわ」
提督「それは本当か!?」
今まで座っていたベンチから、私はガタタッ、と席を立つ。
加賀「ええ。だからあの子の所に行ってきてちょうだい」
提督「分かった。今行く。すぐにでも行く」
加賀「そうしてあげて。タンブラーは私が預かっておくわ」
提督「加賀、君は行かなくていいのか?」
加賀「私もあとで行くわ。貴方の司令官室に置きに行くだけだから、すぐに追いつくわよ」
提督「わかった」
加賀「ただし」
提督「ただし?」
加賀「面会は一度に一人までらしいわ。だから、私は部屋の外で待っているわね」
提督「すまんな……」
加賀「仕方ないわよ。目を覚ました直後に何人も入るわけにはいかないもの」
提督「それもそうか。じゃあ、私は彼女の所へ向かうとするよ。伝えてくれてありがとう」
加賀「どういたしまして。私もこれを置いてくるわね」
提督「ああ、すまんな。助かる」
加賀にそう言うと、私はタンブラーを彼女に手渡し、雷のいる場所に歩調を早め向かった。
••Φ••
陽が落ちて、東欧の冬は寒さが厳しかった。コートを羽織っていても寒いくらいに。そんな中、私は一人ある場所を目指して歩いていた。
雷がいたのは司令部内にある病院だった。そこの病室の一室に彼女がいると聞いた私は足早にそこへ向かっている。
途中、病院へ入る時に、大将の階級章をつけた人間が何事あってここに来たのかというような視線を受けた気がしたがそんなのには気にせず歩く。
加賀の話によると病室は三階にあるらしい。階段を一段飛ばしにかけ上がっていく。何人かとすれ違ったが挨拶などすることなく向かう。
雷の病室の前には軍人が一人立っていた。どうやら極力面会は避けるための措置らしい。私を見た彼は私に気づき、すぐに通してくれた。
病室のドアを開ける。
そこには、確かに彼女がいた。
雷がいた。
疲れからか少しやつれているが、ちゃんと五体満足でいて、私を見て微笑んでくれた。
色々と込み上げてくるものはあったが、ぐっと飲み込み、
提督「久しぶりだな、雷。無事で、良かった」
雷「こんな再会になるとは思わなかったけどね。司令官」
提督「全くだ。会うなら鳳翔の居酒屋とか隼鷹のバーとかが良かったよ。でも、本当に、本当に無事で良かった。安心したよ」
雷「もう、そんな心配だったの?」
提督「当たり前だ。昔の部下が死地にいるなんて知った時には、どうしたもんかと……」
あぁ、駄目だ。やはり駄目だ。
私は昔から変わらない。
戦時中でも、今の階級になっても、弱い。とても弱い。本来はこんな重責に向かないくらい弱いんだ。
この立場ならば、強くあらねばならない。でも、そんなの目の前の光景を見てしまったら出来なかった。
だから、いつの間にか視界が霞んでいた。
雷「ちょ、ちょっと司令官。どうしたの?!」
提督「いや、目の前に君がいて無事で、しかも大きなケガもなくいるのが分かったら、途端に……」
雷「もう……。本来ならここで泣くのは私じゃない。怖かった、怖かった。って。いや、怖かったのは本当だったし、死ぬかと思ったけど。でも、私は川内さんの時に泣いちゃったし……。って、そうじゃなくて――、ほえっ?!」
提督「ほんと、ほんっとう、っに……!」
耐えられなかった私は、感極まり病室のベッドの雷を強く抱きしめていた。ぎゅうっと、そこに確かに、雷がいるのを確かめるように。
体温がある。生きている。
その証明がされたことに、私は心底安心した。
すると、雷も再び糸がぷつんと切れたのか、瞳から一筋の涙を流していることが伝わってきた。
雷「もう、司令官、ったら……。私だって、とても、とても怖くて不安だったんだよ……? もう、誰にも会えないのかも、司令官にも会えないのかも、って思ったの……。でも、助けてくれた。司令官が助けてくれた……。そうしてくれた、のは、司令官なんだ、よね……?」
提督「ああ、もちろんだ……。誰がお前を見捨てるもんか……。私は誰一人として部下は見捨てない。死なせない。そのつもりでやっている。だからそれは、元部下となった今でも関係ない。君も、そのうちの一人だ」
雷「うん、うん……」
提督「だから、川内から無事救出されたことを聞いた時は、すぐにでも駆けつけたかった。実際はそうはいかなかったが……」
雷「それは仕方ないわ。だって、司令官は今はとっても偉い立場なんだし、それに私もしばらく気を失っちゃったし……」
提督「何にしても、今こうしてここにいることを実感できたのが嬉しくてな……」
雷「その、司令官……」
提督「どうした?」
一度私から離れた雷は私にそう言うと、
雷「助けてくれて、本当にありがとう。とても、とても嬉しかった。本来なら見捨てられてもしょうがないよう場所なのに、状況なのに。それでも、私を助けてくれて、ありがと」
提督「礼はいらん。生きていてくれればそれでいい。生きていてくれて、無事でいてくれてありがとう」
雷「ほんっと、司令官は優しいんだから……。もう、また、泣きそうになるじゃない……」
提督「ここなら誰も来ない。存分に泣けばいいさ。安堵を味わっても誰も咎めはしないから」
雷「ほんと?」
提督「ああ」
雷「う、ううう……。し、れい、か……。しれいかぁぁぁん……」
堰を切るかのごとく泣き崩れる雷。
一度川内と再会した時にも泣いたのだろうが、また違う心持ちでの号泣だろう。ここは安全地。そして、私以外は誰もいない。
背中に腕を回し、安心感を噛み締めたいのだろう。力強くぎゅうっと抱きつき大きく泣く彼女を、私はただひたすら受け入れ、頭を撫でてやる。よく頑張ったな。よく頑張ったな、と。
言葉にならない言葉を発したり、怖かったという彼女に、私はそう答え続けた。
そんな状況が感覚的には三十分程たった頃だろうか。雷もようやく平静を取り戻したようで、しかし抱きついたまま離さず、
雷「ありがとう、司令官。だいぶ、落ち着いた」
提督「そうか。なら良かった」
雷「でも、もうちょっとこのままでも、いい?」
提督「構わないさ」
雷「ん。ありがと」
提督「どういたしまして」
雷「こうやってしていると、司令官って暖かいね。すごく暖かい」
提督「そうか?」
雷「たぶん、ずっと冷たい場所にいたからだと思う。体感的にも、心的な意味でも」
提督「辛かったろう。今は安心を味わえばいいさ」
雷「そうね。そうする」
それからさらに三十分、雷はずっとこのままだった。
••2••
あれから三日後、雷は随分と元気を取り戻したようで彼女の明るい表情も見られるようになっていた。
今日はその雷の病室に私と加賀で訪れていた。病室に着くと、雷や私達の分のココアを部下に頼むと、それもすぐに届いた。
提督「だいぶ元気になったようだな」
雷「おかげさまでね。ここの看護師さんやお医者さんは優しいし、すごく助かってるわ」
加賀「あなたの笑顔が見れて良かったわ。悪い夢とかも見てなさそうだしホッとしたわ」
雷「たぶん、あの戦争で幾分か慣れてしまっていたのもあったかも。それに今の仕事は安全とはいえ戦地に赴くこともあったし。でも、他の人はそうはいかないでしょうね……」
提督「残念ながら、な。こればかりかは仕方ない。それが戦争だからな……」
雷「その人達の力になれないことが悔やまられるわ……」
提督「今は自分の療養のことだけ考えればいい。君はよく頑張った」
加賀「そうよ。まだ日が経ってないのに無茶して倒れちゃそれこそ医者の不養生よ」
雷「ありがとう、二人とも」
加賀「どういたしまして」
雷「えへへ……」
ほんと、みんなあったかい。雷は微笑みながらそう言うと両手に持ったマグカップを傾け、ホットココアをこくこくと飲む。
雷「ねえ、司令官。今日は来て大丈夫だったの? 忙しくない?」
提督「事後処理でドタバタしてるが、それも一息ついてな。心配するな」
雷「そっか。でも、何か話したいことがあるんだよね?」
提督「……まだ何も言っていないが、なぜ分かった?」
これには私も少し驚いた。隣にいる加賀も、表情に出す。
雷「少し、落ち着かない様子だし。それにホットココア。リラックスさせる為にも出したのよね? あとはそうね……。短い訪問なら飲み物は出さないだろうし」
全てお見通しって訳か。こりゃ降参だ。
加賀も、話しましょう。とすすめてくる。
提督「前置きとして言うが、無理に言わなくていい。嫌なら話さなくていい。雷、いや樫澤朱莉さん。今の君はかつての艦娘ではなく非軍人の医師だ。だから、軍人である私達は強制するつもりはない。だが」
雷「あの市内戦で起きたことを話してくれるなら、口を開いてくれると嬉しいってとこかな?」
提督「正解だ」
雷「何年も司令官の艦娘で部下だったもの。戦後処理、民族紛争絡みの戦争の後には何が必要か。仮にも軍人やってて、今も戦地にいることがままあるんだから察しはつくわ」
加賀「そうだとしても、よく分かったわね。脱帽モノの推理よ。でも、雷――」
雷「構わないわ、加賀さん。私も話すことはあるし、これは話さないといけないことだもの。それに、ちょうど渡したいものもあったし」
彼女はそう言うと、病室に備え付けてある小さな棚から大きな緑の封筒を取り出す。それは所々汚れており、折れ曲がっている。
提督「それは?」
雷「ある人から託された物よ」
提督「なるほど。その人は?」
雷「向こうで私の患者さんだった人。イギリス人のジャーナリスト。もう亡くなっちゃったけど……」
提督「そうか……」
私は表情を曇らせて、雷から封筒を受け取る。
中身を取り出すと、それは英語で書かれたレターシートが二十数枚とUSBメモリだった。
私はUSBメモリの中を確認するためにノートパソコンを外にいた部下に持ってくるよう頼み、続いてレターシートを読み始めた。
••Φ••
一月七日。
天候は晴れ。年も明けて、暗い世相の中でも人々の間には僅かに明るい表情が見られていた。そんな中、地獄が訪れた。
火薬庫が爆ぜかけていたのは承知の上だった。それでもこの地域の人々の実情を知るために僕はこの街に訪れていたのだ。
そもそもの所、この街にはそれなりに多国籍軍がいたし大丈夫だと思っていた。この地は二十世紀末に大きな民族紛争が起きている。そして、あの大戦が終わって不安定化していたとはいえ燻ぶる火の粉をどうにかするため、前回の反省も含めてこれだけの軍がいるのだ。だからこそ、安心しきっていた。
でも、世の中は甘くなかった。
反政府軍はこちらにいる軍以上で突如戦争をしかけ街を包囲したのである。いくらここが再び紛争に見舞われていたとしても、安全だったはずのこの街に。
一月八日。
街は完全に包囲された。市街地の割と外側にいた僕は命からがら逃げ出した。今日は疲れた。
一月九日。
包囲は進んでいた。銃声と砲声がよく聞こえる。街に駐留する多国籍軍も盛んに反撃するが、どうやら数も質も向こうが上手らしい。いつまで持つだろうか。
僕は中心部から少し外れた所にある民家にお世話になっていた。ここの家族は全員無事らしい。それだけは安心できた。
昼過ぎに、多国籍軍の兵士が来た。まだ安全地帯ではあるが、ここも危なくなるかもしれない。避難の用意はしておくようにとのことだった。兵士達の顔はまだ士気に満ちている。まだ、きっと大丈夫だろう。
夜はささやかながら肉があった料理を食べた。見ず知らずのジャーナリストにこんな美味しいものを食べさせてくれるなんて、なんとありがたいことか。早くなんとかなってほしい。
一月十日。
遠くで銃声と砲声が酷くなっていた。時折、戦車が通り過ぎている。日本軍の戦車だった。大戦に勝ち、ヨー ロッパまで治安維持に来ていた上、こうなったにも関わらず士気旺盛に戦う様はまさしくモノノフだろう。願わくは彼らが無事に帰ってきますように。
昼過ぎ、多国籍軍のドイツ人がやってきた。少ないが差し入れとのことらしい。まだ物資はあるから、こうやって渡しているらしい。話によると、日本の戦車部隊が少し押し返したらしい。たぶん、あの時の戦車だ。なあに、心配するなここは必ず守ってみせるさ。ドイツ人は明るく笑い、僕達を安心させてくれた。ここの家の主人はお礼にと翼の生えるエナジードリンクを何本か渡していた。私達より君らに必要だからと。
ドイツ人は、これで空を翔けて戦うことができると感謝していた。
一月十一日。
いくらここが安全地帯とはいえ、銃声と砲声は止まない。家の主人の勧めで避難の準備を始めた。
彼らの写真も撮っておいた。この戦いの記録は必ず残さねばならない。それがジャーナリストの仕事だ。
一月十二日。
午前中、簡単な朝食を済ませていたら悪い知らせが届いた。
どうやらここから少し行った所の地区でジェノサイドがあったらしい。原因は前回の紛争と同じ民族の違い。反政府軍の民族とこの街にいる民族の対立は凄まじく、結局またしても悲劇は起きてしまったらしい。正確な人数は分からない。だが、状況が悪くなってきているのは間違いないようだ。
そういえば、最近多国籍軍を見る機会が減った気がする。彼らはどうしてしまったのだろうか。
夜になって、家の主人が明日には避難するかもしれないと伝えに来た。僕も共に移動しようと思う。行き先はここら二キロ先のショッピングモールらしい。
一月十三日。
朝六時起床。起きてからすぐに朝食を黙々と食べ、午前中には避難先への移動を始めた。
同じ目的の人達が他にも複数いた。その表情は一様に暗い。砲撃の音、銃撃の音は確実に近づいている。それも遠くから聞こえてくる方が多いということはすなわち味方が不利だということ。避難する人間が多い自体、状況が良くないことは明らかである。
三時間ほど経って目的地に着いた。多くの民間人だけでなく、軍人も見られる。装甲車や戦車もいた。そして、どうやらここは避難先だけでなく臨時野戦病院にもなっているらしかった。民間人はモール内に入って分かったがざっと五百人ほど。軍人は三百人くらいだろうか。民間人の中には自ら銃を取って協力する者もいたので、戦闘要員は軍人の数に少し加えたくらいだろう。
モール内に入って自分がいられる場所を確保する。それなりに大規模な所なのでさほどその苦労はせずに済んだ。
幾らかの人に話を聞いてみた。
どれも吐き気がするような話ばかりだった。私が調べてきて知っている以上に対立は深く、憎悪も酷いらしい。反政府軍側の民族は状況が有利なのをいいことに殺戮をそこかしこで繰り広げているようで、中には写真のデータを持っていて提供してくれた人もいた。写真は、これは人がすることではないものが殆どだった。
ここは地獄なんだ。法律なんて、死んでいる。
今日は疲れた。もう寝よう。
一月十四日。
朝、食料探しを手伝った。ここに人が集まってそれなりに経つらしいが、さすがショッピングモール。それなりに余裕はまだあった。
保存の効く食品は後回しにして、そろそろ期限が来そうなものから食べた。こんな食につけるのもあと何日だろうか。
午前中、今度は軍人の話を聞いてみた。彼らは日本とイギリス、ドイツの三国の部隊で構成されてい た。皆、民間人を心配させまいと明るい表情で振舞っていたが、疲れが滲み出ていた。
まず、同国の軍人から話を聞けた。彼曰く、反政府軍は士気だけでなく装備もしっかりしているらしく、我々正規軍でも対応は厳しいらしいとのことだった。そもそもPKOとはいえ、過剰な重装備は持っていない。相手が非正規軍レベルの装備ならば対応は可能なのだが、正規軍と遜色のないものを揃えてきているらしく、徐々に押されているのが現状だとか。それでも我々は負けていない。まだまだ戦えるし、直に増援もくる。俺達に任せておけ。頼もしい一言をくれた。
昼過ぎ、危険を承知でここを拠点にして、前線の近くまで仕事のためにも向かった。
そこで、見てしまった。ジェノサイドだ。しかも、民間人の犯行なのである。一体この都市で幾つ目のソレなんだろうか……。
向こうに見つからないよう、こっそり写真を何枚か撮る。正直吐き気をもよおしていたが、なんとか耐えながら撮った。私には助けられない。悔しくて、たまらない。だけど、必ずこれは持ち帰る。真実を伝えるために。
ショッピングモールに戻ってきたのは、夕方も過ぎた頃だった。
食事が喉を通らないが、無理やり食べた。食べないといけない。いつ食べられなくなるか分からなくなるからだ。
夕食後、神経がすり減ったのかすぐに寝てしまった。
一月十五日。
あれから一週間が経った。今日も相変わらずの音。ここより西の前線が押されていると噂が流れてきた。ここは大丈夫なのだろうか……。
一月十六日。
医薬品が少し足りなくなってきたらしい。まだ安全ではある所の病院から薬品などいろいろ融通してもらうために軍人が向かう。私も手伝う為に向かった。
病院では幸いなことに分けてもらうことが出来た。ショッピングモールより後ろだからまだ補給があったのだろう。臨時野戦病院にもなっていることを伝えたらこれも持っていけと包帯なども余分にくれた。ありがたいことだ。
帰りに子供達を見かけた。こんな時でも、子供の笑顔は心が暖かくなる。この子達には生きてもらいたい。
一月十七日。
防衛線作りを手伝ったので疲れた。もう寝たいから寝よう。
一月十八日。
今日は別の国の軍人から話を聞くことができた。日本軍だ。
状況については機密もあるからか詳しくは教えてくれなかったが、あることを教えてくれた。
私も目撃した虐殺はあちらこちらで起きていること。特に、向こうに占領された地区でひどいこと。こちら側の確保している地域を守るか、一般市民を避難させないと確実にそうなること。彼もその光景を見てしまったし、前線からなんとか戻ってこれた彼の同僚も目撃したらしかった。最早民族浄化をするつもりなのかというレベルだ。
助けられないのが本当に悔しい。救うことが出来れば。歯ぎしりしながら彼はそう呟いた。
いよいよ地獄の炎があちこちに広がってきている。そう私は感じた。
一月十九日。
もう嫌だ。まさかここもなんて。
多くの人が死んだ。昨日話した軍人は私を守って死んだ。バラバラになっていた。匿ってくれた家族がどうなったかは分からない。
こんな戦争、もうたくさんだ。
・・Φ・・
レターシートの文面はここで終わっている。
そして、血でこう書かれていた。
助けてくれ。
・・3・・
彼の日記を読み終えた私は、無言のまま今度はノートパソコンにUSBメモリを差し込みフォルダを開く。
そこにあったのは何十枚もの写真だった。
加賀「何よ、これ……」
その写真を見た彼女は、口を手で覆い表情も青ざめていた。
あまりにも酷すぎる、惨すぎる。凄惨な現場の数々だった。
提督「歴史の中で何度でも繰り返された愚かな行為だが……。それにしてもだ……」
言葉に出来ない。言葉にならない。
死体を見ざるを得ない経験もしてきた私でも、憎悪の念すら出てくる。いや、むしろ国民を守る職についているからこそなのかもしれない。写真をクリックしていくにつれて、その心はどんどんと広がっていく。
男も女も子供も老人も関係ない。等しく、民族浄化の対象となる。
これが、この地における戦闘の真実でありまごうこと無き真実だった。
雷「そんなに、酷いの? って言わなくても分かるくらいのモノみたいね……」
提督「ああ。もしウィンバックアローを迅速に行わず、あと一週間遅れていたらと考えると背筋に寒気が走る」
加賀「恐ろしい。恐ろしすぎるわ。私だって、大戦を戦って、色んな光景を見てきたわ。だとしても、これはもう戦争じゃないわよ。ただの虐殺だわ。許せない」
感情をあまり表に出すことが加賀が語調を強め声を荒らげる。それくらいの写真なのだ、これは。
提督「しかし、だ。この写真のおかげで今回の戦争の真実を世界は知ることになる。今まで決定的な証拠が掴めずにいたんだ。でも、これさえあれば全て事実と分かる。世論も大きく動くだろう」
そうすれば、東欧方面の情勢も今より変わってくるだろう。私はそう付け加えた。
雷「なら、ここも平和になるかな……?」
提督「きっと。いや、私達がそうさせる。この地に住む人達のためにも平和にしなければならないからな」
加賀「安心しなさい、雷。今度は私達が頑張る番だから」
雷「うん……」
提督「ひとまず、このレターシートとUSBメモリはこちらで預からせてもらうけど、構わないかな」
雷「もちろん。彼のためにも使ってあげて」
提督「分かった。大事に使わさせて貰うよ」
私は雷から渡されたレターシートとUSBメモリを加賀に渡し、加賀はそれを持っていた私の仕事用のバッグの中にしまう。
それを確認してから私は一息置くと、
提督「さて、話は変わるが、私達は数日後には帰国のための軍チャーター便に乗る。それと同日に入院などをしていた邦人向けの帰国便も出るが、雷はそちらに乗ることになるだろう。構わないか?」
雷「ええ。ここの医師には明後日には退院できるくらいにはなると言っていたから。色々ありがとね、司令官。加賀さん」
提督「礼はいらんよ。当然のことをしてるまでだ。手配はこちらで速やかにしておく」
加賀「どういたしまして。ところであなた、帰国したらどうするの? 恐らくは、しばらくの間マスコミの取材対象にならだろうし、仕事の後処理もあるだろうけれど」
雷「そうね……。まずは、加賀さんの言う通り帰国したら、医師団の日本支部に今回の件を報告しなくちゃならないわ。私達は、現場で起きた惨状を世界中に伝える義務もあるし。そのためにも、ね。それと、報道関係者については余程過激なのとか下品なのじゃない限りは受けようと思うわ。でも、もし何かあったら、よろしくお願いしたいかな」
加賀「分かったわ」
提督「了解した。今回の件で大変だったろうからな。こちらでも出来る限り協力する」
雷「でも、それより」
提督「それより?」
雷「自宅のこたつで何をする訳でもなくゴロゴロしたいわ……。ダラダラと休日を過ごしたい。仕事を再開する前にまず休みがほしいわね……」
提督「全力で同意だな」
加賀「こちらに来てからこたつなんてしばらく見てすらいないもの。あんな場所にいたあなたなら、よりそう強く思ってもおかしくないわ」
雷「それと、みかんもあるといいかな」
提督「まさしく日本の冬の日常だな。素晴らしい」
何気ない会話で、場の雰囲気が和んでいく。
確かに写真に写るアレは度し難い程に許せない。
しかし、その怒りを今ぶつけても仕方がない。それより私は、ここに彼女がいて、こうやって日常会話を楽しむことを何より噛み締めたかった。
医師「お話中、申し訳ありません。定期検診の時間です。よろしいでしょうか?」
提督「おっとすまん。だいぶ話し込んでたみたいだ」
さて、こうやって話しているうちにどうやらかなりの時間が経っていたらしく医師と看護師がやってきた。腕時計で時間を確認すると、時刻は午後四時前。ここに来たのが午後二時前だったから二時間はいたことになる。
まあ、レターシートを読んでいて写真も確認していたことを考えれば驚くことではないが。
提督「じゃあ、私達はそろそろ失礼するよ」
加賀「まだ完全回復ではないだろうし、ゆっくり休んでちょうだい」
雷「うん、そうするわ。じゃあ、またね」
提督「ああ」
加賀「またね、雷」
笑顔で手を振る雷に、私達も挨拶をして病室を後にする。
扉を閉めた直後、私は和やかな心持ちを切り替える。
軍人としての顔へ。
提督「加賀。戻ったらすぐに仕事にかかるぞ」
加賀「了解したわ」
この会話から一日足らずして。
彼が命懸けで撮った写真と彼の心境が綴られたレターシートの内容は全世界に広がり、各国報道はこの話一色となった。
・・4・・
雷と話してから数日後。
政府専用機で邦人達が帰国した日。私と加賀も軍のチャーター便で日本へと向かっていた。離陸してからかれこれ一時間。私は用意してもらったカフェモカを口につけながらフォンのメールのチェックをしていた。
すると、そこにはとある名前が記されているメールがあった。
数時間ほど前に見送った雷からだ。
提督「なんだろう。見てみるか」
私はそう呟くと、画面をタッチしメールを開く。
そこにはこう書いてあった。
このメールを読む頃には私は飛行機の中で、司令官も飛行機の中かもしれないわね。
まず、私を助けに来てくれてありがとう。対面でも何度も言ったけどここでも言わせてもらいます。本当に嬉しかったの。あの地獄の中で救われるとは思わなかった。戦場の常で、あのような状況だと助からない方の事が多いから。だけど、今こうやってメールを打てている。生きている。それは川内さんのおかげであり、加賀さんのおかげであり、軍の皆さんのおかげであり そして司令官のおかげだから。
そうそう。病室で話してたことではあるけれど、帰国したらまず医師団の支部に報告をしに行きます。見てきたこと感じてきたこと、全部話そうと思う。それで世論がさらに動くのなら私は力になりたいから。私には私の方法で戦いたいから。
ただ、しばらくは休みをもらおうと思うの。支部の方からも連絡があって、帰国して報告だけしてくれたらしばらく休暇を取っていいって言われたわ。向こうがそう言ってくれるなら、遠慮せずにもらおうかなって。休暇は旅行か何かに使おうかなと思ってるわ。今の時期だとそうね、温泉とかいいかも。湯治場でのんびりってのも悪くないと思うわ。読んでいない本も貯まっちゃってるし。
でもね。
私は、今のこの仕事をやめるつもりは決してないわ。
今回の出来事で改めて分かったけれど、秩序が崩れてしまっている地域では私達は必要とされているし、戦後のこの世界ではそういった所が後を絶たないの。それに、私達の活動の一つに、この前も話したけど人権を守ること、今回みたいな悲しい出来事の証言活動もある。
だからこそ。
私はあんなことがあっても、それでも私は今の仕事を続けたい。
助けられる人は助けたいから。
電と、あの子と二人で目指している共通の考えをこれからも実行していきたいから。
司令官にはまた心配をかけることになるかもしれないけれど、大丈夫。私は絶対に死なないから。
これからも応援よろしくね。
国内にいる内に会うことが出来たら、嬉しいかな。その時は、一緒にご飯を食べたりお酒を飲んだりしたいな。
雷こと、樫澤朱莉より。
メールを読み終えると、私はフォンの画面を閉じてカフェモカを一口飲んでふうと息を吐く。
やっぱり君は強いな。尊敬するよ。
と独りごちた。
すると、そこに加賀が紅茶の入ったティーカップを持ってこちらに来た。
加賀「何を見ていたの、裕信さん。少し目が潤んでいるわよ?」
提督「これだ。雷からのメール。読んでみるか?」
加賀「ええ、ぜひ」
私は自分のフォンを、メールが読める状態にして彼女に手渡す。
メールをしばらく読むと、彼女は
加賀「あの子は芯の強い子だから、こう言うと思っていたわ。信念は曲げるつもりはないでしょうって。たとえ怖かったとしてもね。でも、それをやり遂げるってなかなか出来ないことよね。だけど、しようとしている。とても素晴らしいことだわ」
提督「そうだな。容易いことではない。だから、これからも世界は彼女を必要とするだろうし、歓迎するだろう」
加賀「ええ。あの子に幸あらんことを祈っているわ」
私は頷き、飛行機の外の景色を眺める。この地に来た時のように。
窓の向こう側はよく晴れていた。澄んだ青空だった。
この地域のこれからが、この空のように穏やかになれば。私はそう願ってやまない。
第12話 北の大地を繋ぐ者
・・1・・
東欧から帰国してからいくらか経って、仕事もある程度落ち着いたのは二月も上旬になってからであった。予想通り膨大な後処理があり、帰国してからはそれにつきっきりで、休みが取れたのは数日前。今はやっと一段落して落ち着いたので、昼食を摂り終えて国防省十七階の自分の執務室にいた。
時刻は十四時。毎日ある事務作業は早々に区切りをつけて、外の景色を眺めていた。
提督「こうやって仕事中に一息つけることのなんといいことか……」
ぼうっとしながら、誰に向けた訳では無いがそう喋ってみる。
すると。
加賀「裕信さん、提出してきたわよ。あら、窓から景色なんて見てどうしたの?」
提督「お疲れ様。ちょっとぼんやりしたくてね。先月はずっとドタバタしていたからさ」
加賀「貴方はよく働いているもの。そうやってちょっとくらい仕事から手を離しても誰も責めやしないわ」
提督「だなあ。我ながらよく動いていたと思うよ。遠くの光景を見ていると、いい感じに力が抜ける」
加賀「リラックスしている証拠ね。ところで、二人が来るのはそろそろかしら」
提督「そうだな。案件を片付け次第こちらに向かうと言っていたから、そろそろじゃないかな」
加賀「貴方の弟、でしたっけ」
提督「ああ。唯一の肉親だ。家族と呼べるものはあいつくらいだから。あれもよく出世したもんだよ」
加賀「兄弟揃って海軍の将官クラス。今年の正月に訪れたお墓で、貴方の両親も喜んでいるじゃないかしら」
提督「それでもって、お互い艦娘を嫁にしているんだから驚いているだろうよ。奥さんがいて安心もしているだろうがね」
加賀「血は争えないんじゃないかしら」
提督「あいつが海軍に入ったのも私がしてた仕事に憧れて、ってのもあるらしいからあながち間違いじゃないだろうね」
加賀「いい兄弟じゃない」
ふふっ。と、穏やかに微笑む加賀。
昼下がりにゆるりと会話を楽しんでいたら、話していた来客が来たらしい。コンコン、とノックの音が聞こえる。
??「小川裕信大将閣下、お待たせしました。よろしいでしょうか?」
提督「構わん。入れ。あと敬語はやめろ。気色悪い」
??「ひでえ言い様だな兄貴。じゃ、失礼するぜ」
提督「おう」
靖文「待たせたな、兄貴。小川靖文、只今参上した」
ひびき「小川靖文中将の秘書官で元艦娘ヴェールヌイの小川ひびき。同じく参上したよ」
ドアから現れたのは、唯一の肉親であり海軍の中将である弟の小川靖文と、その秘書官で戦時中ヴェールヌイとして活躍した小川ひびきであった。
・・Φ・・
戦時コードネーム響、後にヴェールヌイ。本名、小川ひびき。現在二十六歳。
大戦開始からやや経ってから戦線に加わった艦娘で、着任先は弟である小川靖文が率いるトラック泊地。改装前までは目立った功績はないものの着実に戦績は伸ばしていっていた。
彼女の転機は大戦中盤の頃にロシアで見つかったヴェールヌイの資料であった。当時、ロシアと日本は北方海域方面で協力関係ではあったもののロシアには戦艦級の艦娘は少なく(そもそも艦娘の絶対数も少なかった)、日本ばかりが戦力を注ぎ込むばかりであった。そんな折にヴェールヌイの資料が見つかったのである。そこで、ロシア側はヴェールヌイの資料を提供する代わりに日本の艦娘運用技術などを手に入れることが決まったわけである。
結果、ロシア海軍は提供技術を活かして新たな戦力を手に入れるだけでなく既存艦娘艦隊の強化を果たすことができ、日本も北方海域での負担が減るだけでなく駆逐艦としては高性能のヴェールヌイへと響を改装することが出来たのである。
戦後、この縁もあってヴェールヌイは定期的にロシア海軍と交流をしておりロシア政府とのコネクションも手に入れている。彼女は日本海軍の少佐であると同時にロシア方面との連絡役を担っているわけだ。
続いて、私の弟である小川靖文だ。
本名は先の通り。現在三十七歳。
筋骨隆々のマッチョマンで、見た目はまさしく体育会系。戦時中の戦法も大和やビスマルクを運用するなど大鑑巨砲主義である。しかしその思考は偏っておらず、柔軟に装甲空母の大鳳を艦隊に入れるなど航空戦力も整えるなど応用性の高い戦略を用いて大戦を戦い抜いている、意外にも知略派の提督だ。
その知謀を持って戦時中は前線であるトラック泊地で艦娘を率いて幾つもの敵艦隊を屠っている。特に、渾作戦においては他の南方方面の提督達と共に援軍が来るまで姫級を含む深海棲艦八個艦隊を四個艦隊で半壊状態にまで追い込む活躍を見せ、作戦成功に大きく貢献している。
戦後はその活躍もあって日本海軍特殊艦隊参謀長に就任。海軍の中核の一人となっている。
提督「忙しところすまなかったな。コーヒーか紅茶どっちがいい?」
応接用のソファに腰掛けた二人に、私は飲み物をどうするか聞く。ここに来る人には何かを振る舞うのが私のスタイルだ。
靖文「ありがてえ。ちょうど欲しかった頃なんだわ。オレはコーヒーでフレッシュのみでいいぜ」
ひびき「わたしもコーヒーで。シュガーが一つだけでいいかな」
提督「了解した。文華はどうする?」
加賀「私もコーヒーでいいわよ。フレッシュもシュガーが一つずつ」
提督「はいよ」
私は頷いて言うと、置いてあるコーヒーメーカーにコーヒーの粉末を入れてセットする。四人分だし出来るまで十分と少々という所だろうか。
煎れ終えるまでの準備としてコーヒーカップとソーサーを四つ、フレッシュとシュガーも予め出すと、私は彼らの対面にあるソファに座り、加賀もその隣に座る。
靖文「そういや、加賀、いや今は文華さんか。名字はそのままなんだっけ? 結婚はしてるけど」
提督「戸籍は小川文華にはなっているぞ。ただ、軍では旧姓にしているってだけさ」
加賀「何かと旧姓の方が便利なことがあるの。なにせ知ってる人はみんなこっちの方が馴染み深くて」
靖文「へえ。ま、そのあたりは人それぞれだわな」
ひびき「わたしはこっちの方が好きだから統一してあるだけだからね」
提督「戸籍さえ問題なければそれでいいさ。そもそもお互いプライベートで呼ぶ時は名前だし」
靖文「ちげえねえや」
提督「ところで靖文、近況はどうだ?」
靖文「近況? 兄貴と似たようなもんだな。やっとこさアホみてえにあった仕事が片付いて、先週久しぶりに二連休ってとこだな。戦争から六年経とうとしてるけど、忙しいのなんのって」
ひびき「猫の手も借りたいって思ったよ」
提督「参謀本部はいつもドタバタしてるからな」
靖文「これでも戦後直後よりはまともになったもんだぜ。兄貴はどうなんだ?」
提督「年末年始の旅行が最後の纏まった休みだったな。パラオはとても良かったよ」
靖文「懐かしいなあ。パラオ。昔はよく行ってた」
提督「パラオも含めて南方はお前に任せてたからな」
靖文「トラックのことか? 戦争じゃなけりゃあそこもいいとこだと思うぜ。そういや、泊まった先は元部下のリゾートホテルなんだろ。元気にしてたか?」
提督「よく頑張っていたよ。経営も順調らしい」
靖文「そりゃいいこった」
提督「んでな、宿泊中佐世保の提督もいたぞ」
靖文「佐世保って今は海軍技研のか?」
提督「そう。背の低い女性のな。彼女と一緒に明石もいたぞ」
靖文「おお、あいつは戦時中によく世話になってるから覚えてるわ。そうか、二人もいたか」
提督「相変わらず仲良さそうだったよ」
靖文「百合、だな」
提督「まあ、そうなるな」
ひびき「見ていると微笑ましいもんね」
加賀「見た目はまるで親子みたいだけども。でも、眺めていると眼福なのは間違いないわ」
靖文「二人に同意だ。女性同士どもなると今の世の中になっても何かと大変だろうが、あの人らなんとでもするだろうし」
提督「事実なんとかなってるからな。おっと、コーヒーが出来たみたいだ。入れてくる」
近況報告を交わす間にコーヒーメーカーが作ることを完了した音を発したので、私は断りを入れて席を立つ。
靖文「すまねえな」
提督「これくらい構わんさ。呼んだのはこちらだから。文華、手伝ってくれるか?」
加賀「ええもちろん」
加賀は既にソファから立ち上がっていたが、コーヒーと共に用意するお菓子の準備をしていたので、それが終わったのを見計らって私は彼女に頼んだ。
ひびき「プライベートでは、裕信さんも名前呼びなんだね」
提督「公私は分けているからね。仕事とプライベートては呼び方は別にしている」
加賀「私もそうね。帰ってからはもちろん名前呼びよ。旦那ですもの」
靖文「その様子だとこっちも仲良さそうで安心したぜ」
提督「当然だ」
加賀「当然よ」
私はコーヒーカップにコーヒーを注ぎながら、加賀はシュガーやフレッシュとスプーンをソーサーに置きながら、同じ発言を同じタイミングで偶然発する。思わずお互いを見合って微笑み合った。
靖文「ふははっ、こりゃ心配の必要すら無さそうだな」
ひびき「さすがって感じだね」
提督「そっちも似たようなもんだろ。ほい、コーヒーだ」
靖文「ありがとう。早速頂くぜ」
ひびき「わたしも。いただきます」
加賀「クッキーも良ければどうぞ。銀座で買ってきたものよ」
靖文「お! この店のクッキーか! これ好きなんだよー。さすが文華さん、いいセンスしてる」
加賀「裕信さんも私も好きなのよ。ぜひ食べてちょうだい」
靖文「遠慮なくいただくぜ」
純白の小皿に入れられたクッキーをひょいとつまみ、口に放る弟。にっこりしながら、美味そうに食べている。そういやこいつ甘党だわ。いかついなりして意外とは周りによく言われているらしいが、周りの意見も分からんでもない。
ひびき「確かに美味しいね。わたしも今度買いに行こうかな」
靖文「おう、ぜひ行こうや」
ひびき「うん」
口調はいつものように静かな様子だが、口元がわずかに緩んでいる。この子も加賀と同様、感情の起伏はあまり無いが、加賀のおかげか少しの反応も勘づくことができる。
提督「さてと。そろそろ呼んだ件のことを話しても良いだろうか?」
私はクッキーを食べ終えてから、熱いコーヒーを少し喉に 通すと、本題を切り出す。
手元にはあらかじめ用意してある資料を置いて。
靖文「雑談も悪くねえが、そうだな。そろそろ話してくれ。兄貴がわざわざ呼び出したんだからこっちも少し気になっていた」
提督「じゃあ始めるか。まず、どういった内容かという所からなんだが――」
・・2・・
提督「――という事なんだ」
靖文「なるほどねえ……。ここいらで東欧方面のケリをつけるためにロシアに支援の要請か……」
私が話した内容を弟の靖文は簡単に纏めるが、その反応は微妙なものであった。
私は話した内容はこうだ。
今回の東欧方面で起きていた紛争はシュラエボの件をきっかけに一気に進展しており、反政府軍の勢力は大きく後退。彼らの本拠地である一地域を残すまでとなった。
一応はこれで一区切りついたわけになるが、彼らがまたいつ同じことをするかは分からないし、しないという保証もない。その上、反政府軍の勢力下ではシュラエボと同様の悲劇や惨状が起きている話もある。
よって、これを機に現戦力をもって難民や少数民族だけでなく独裁により害を被っている多数派も救済の元、反政府軍を倒して東欧地域の安定化を完了させる。その協力をロシアにも、ということなのである。
靖文「で、この提案はイギリスやフランス、ドイツも同様の考えなんだよな」
提督「そうだ。他にも、該当の地域から近いイタリアやギリシャからは強い要請があった。あっちが安定化するだけでこの二国はだいぶん状況が変わるからな」
靖文「言いたいこと十分に分かるがさ、けどよ、どうやってロシアを説得するんだ? あそこは戦後の経済立て直しもあって、まずは国内の産業育成と安定化を重点としてるだろう。昔に比べて軍事は前面に押し出さずに自国資源を活用していく。ってのが新しい大統領の考えだし。おまけにだ。基本あそこは自国に対して大きな問題にならなければ軍事介入もしない。それを動かすってなると大変だぞ」
靖文は渋い顔をしながら自論を語る。それはどれも確かに正論であった。
しかし、私には解決策がある。そのために彼らを呼んだのだ。
提督「そこでだ。協力してほしい人がいる。ヴェールヌイことひびき、君なんだ」
ひびき「私かい?」
ひびきはきょとんとしていた。いきなり指名されたのだから無理もない。だが、私はそのまま話を続ける。
提督「そう、君だ。ロシアに対して交流があり、今でも窓口となり連絡が取れる。戦時中から軍官両方に接点がある君は貴重な対ロシアにおける人材だ。もちろん、この件に関しては動くのは君だけじゃなく他の者もいるから安心してほしい」
そして私は一呼吸おいて、
提督「どうだろうか。手を貸してはもらえないだろうか」
ひびきに対して頭を下げた。
ひびき「裕信さん、頭をあげてほしい」
提督「お願いする側だ。これくらいはしないと」
ひびき「頼ってくれるのは嬉しいことだよ」
ひびきは微笑みながら言うがしかし、
ひびき「けど、申し訳ないけどこの件については二日ほど回答を待ってもらえないだろうか」
今度はひびきが申し訳なさそうに頭を下げた。
彼女が答えを保留することについては予想はできていた。いきなり協力くれと言ってはい喜んで、なんてのはそうそう有り得ないからだ。
なので、私は彼女に不安を与えないためにも、
提督「もちろん構わない。後日回答でも大丈夫だ」
ひびき「良かった。答えを引き伸ばすような形になって申し訳ない」
提督「なあに、いいえと言われたわけではないからいいさ」
靖文「オレからもすまねえな。急だと、こいつもな」
提督「分かってる。俺もいきなり言われたらこうなるさ。さ、この話はこれくらいにしよう。もう五時前だ」
靖文「うわ、まじかよ。そんなに経ってたのか」
加賀「二人とも、この後は時間は空いているかしら」
靖文「ん? 空いてるぞ」
加賀「なら、私達の自宅で一緒にご飯でもどうかしら。ご馳走を振る舞うわよ」
加賀の提案には私も頷いて肯定した。おそらく、彼女なりに二人に気を遣っているのだろう。単純に久方ぶり組み合わせの団欒を楽しみたいのもあるだろうが。
靖文「そりゃいい!」
ひびき「加賀さんのご飯が食べられるんだよね。嬉しいかな」
提督「じゃあ決まりだな。なら、ここを出てから正面玄関前で集合しよう」
靖文「おう。そうしようぜ」
こうしてひとまずこの話は終わり、仕事を終えて二人を自宅に招いてからは仕事の事は忘れてひとときを過ごした。
・・2・・
あの話から二日後の午後五時過ぎ。私は以前あきつ丸と話したあの会員制のカフェ&バーに、いた。
仕事は終わり予め服を着替えているので今は私服である。しかし、フォーマル寄りの私服なので見る人によってはパーティーでも使える私服のような印象を受けるかもしれない。
先に個室に入っていた私は、インドネシア産のコーヒーとクッキーを注文し待ち人が来るのをのんびりと寛ぎながら過ごしていた。
ひびき「遅れてしまってすまない。随分と待たせてしまったかな」
提督「そんなことはないぞ。安心してくれ」
コーヒーを四分の一程飲んだ頃に、待ち人が現れた。私はその人を笑顔で迎える。
待ち人、というのは小川ひびきのことだ。彼女もどうやら私服に着替えたらしく、白色のロングコートに白色のロシアン帽を被っていた。それに対し、スカートを履いているのだろう、黒い厚手のタイツを着用しており、ホワイトがより強調されていた。スレンダー美人の白と黒のコントラストは眩い程に美しい。さらりとなびく銀髪がよりそれを際立たせていた。
提督「着いて早々だが、何か頼むか?」
ひびきがコートをかけて(コートの下は純白のジャケットに、スカートは黒色であった)、ソファに腰掛けたタイミングを見計らったたところで、私は彼女にメニュー表を手渡す。
ひびき「ありがとう。…………へぇ、ここはロシアンティーもあるんだね」
提督「私も気づいた時には驚いたよ。ここは本当にメニューが豊富だ」
ひびき「なら、ロシアンティーを頼もうかな」
ひびきが嬉しそうにメニュー表を眺めている時に、ここでマスターがドアをノックして現れる。
相変わらずのベストタイミングだな。
マスター「ご注文は決まりましたかな?」
ひびき「ロシアンティーを一つ。それと、ビターチョコレートクッキーもお願いできるかな」
マスター「かしこまりました。少しお時間を頂きますね」
ひびき「うん、分かった」
マスターは無駄のない綺麗な動作で小さく礼をすると、部屋を後にした。
ひびき「裕信さん、私と会うためにこんな時間を指定してしまってすまない」
提督「構わないよ。私も加賀も忙しい上に、加賀はこれなら出張で大湊だ。さっき東京駅で見送ってきた」
ひびき「なら良かった。こっちも似たような事情だったんだ。靖文は会議が長くなるみたいで、帰宅は夜遅くなるって」
提督「だったらここで夕飯を食べていくといい。割と何でも作ってくれるし滅茶苦茶美味いぞ」
ひびき「楽しみにしておくよ」
提督「是非そうしてくれ。味は私が保証する」
私はにっこりしながらひびきに話すと、丁度マスターかロシアンティーとビターチョコレートクッキーを持ってきた。
マスター「褒めていただきありがとうございます。こちら、ロシアンティーとビターチョコレートクッキーでございます」
ひびき「スパシーバ」
マスター「どういたしまして」
提督「なあに、私は本当の事を言ったまでだ。あれからすっかりここのファンになったからな」
マスター「奥様ですとか、部下の方々とよく来られておりますものね。お陰様で、とても儲かっております」
提督「冗談を返してくれるのも好印象だ。海軍の者はそういった返しをしてくれるのも好きなんだ」
マスター「存じておりますや。皆さん、愉快な方が多いようで。今日は大事なお話ですか?」
提督「そう、だな。あきつの時のように頼めるかい?」
マスター「勿論です。では、こちやに人が来ないように手配しておきますね」
提督「いつもすまんな」
マスター「いえいえ、裕信様はお得意様ですから。それでは、失礼致します」
マスターは会釈をして再び部屋を出ていった。
ひびき「綺麗な、ティーカップだね」
提督「ここは良いのを揃えているからな」
ひびき「素晴らしいお店だ」
ひびきはティーカップにかなり濃い目の紅茶を半分程注ぎ、サモワールからお湯を加える。それをティースプーンで音を立てずに混ぜると、今度はいくつかのスプーンにおかれたらジャムを軽く口に含み、それからを紅茶を口につける。
ひびき「うん、とても美味しい。わたしもこのお店を気に入ったかもしれない」
提督「なら、私が紹介状を書いて会員証を作ってもらうか?」
ひびき「本当かい?」
提督「もちろん。後でマスターに言付けておくよ」
ひびき「スパシーバ。嬉しいよ」
ひびきは微笑みながら感謝の言葉を述べ、ビターチョコレートクッキーを小さくかじった後ティーカップを指で持って、一口飲む。
すると、直後。彼女は真剣な面持ちに変わる。
ひびき「おとといの話だけど、いいかな」
提督「ああ、答えを聞こう」
私はコーヒーカップをソーサーに下ろし、彼女の目を見つめる。
さて、答えはどちらなのだろうか。
・・3・・
ひびき「裕信さんの話、私は引き受けようと思う」
提督「嬉しい限りだ。君ならそう言ってくれると信じていた」
私は言葉通り嬉しく思いつつも内心ホッとしていた。この話に関して、彼女以上の適任者はいないからだ。
ひびき「雷の件はかねてより聞いていた。自分には彼女のようなことまでは到底出来ない。私にはこの事態を進展させる力があるかは分からない。けれど、妹の理想の一助になれるのならと思って決心したんだ。それと何より」
提督「何より?」
ひびき「靖文の為にもと思って。彼は東欧方面の事態収拾にも関わっていて、随分と頭を悩ませていたし、大変そうだったから。それに対して、私はあまり力になれなくて自身もやきもきとしていたから……」
彼女は顔を落として、声のトーンを落として言う。
ひびき「あの話をもらってから、自分に果たしてそんなことが出来るのだろうかと悩んでいた。けど、この話が自分にしかなし得ないことで、皆の役に立てるなら。これが、引き受けようとした理由なんだ」
十分すぎる理由を話しているのに、彼女はどこか自信無さ気な様子だった。
提督「君は自身を過小評価しすぎているようだ」
ひびき「そうかな……」
提督「そうとも。私は君の能力を見込んで頼んでいる。やってくれると信じて話した。そうでなければこうやって相談を持ちかけることもなかったよ」
ひびき「そこまで期待されていたんだね」
提督「これでも、私は随分と君をかっているんだぞ?」
ひびき「なら、成し遂げないといけないね」
彼女は顔を上げ、決意に満ちた表情に変えて私に言った。
提督「ああ、それと。ここからプライベートな話にもなるが構わないだろうか」
ひびき「大丈夫だよ」
提督「ありがとう。実はな、君はかなり心配しているようだけど、君があいつを支えてくれているお陰であいつは仕事をやっていけているんだ。あいつにとって、君は大きな存在なんだ。弟にとって、君は心の支えであり大切な人でもある。だから、あんまり気負わなくてもいい。彼の力になりたいと想ってひびきがいること自体が、あいつにとっての力になっているから」
私は思いのままを彼女に伝える。
すると、
ひびき「そうかな。ああ、そうだね」
ひびきは嬉しそうな面持ちになっていた。
提督「どつやら思い当たる節でもあったみたいだな」
私は微笑んで、彼女に言った。
ひびき「うん。私にとっても彼は大切な人で、大好きな夫だから」
彼女は天使のような微笑みで、心の内を語る。
提督「あいつが聞いたら泣いて喜びそうな言葉だな」
ひびき「ふふっ、そうかもしれないね」
提督「ははっ、絶対なると思うぞ」
冗談を言いつつも私は心中で、この様子なら必ず成功させてくれると確信していた。
提督「よし。詳細はまた明日詰めるとして、ひとまず今日はこの話は終わりにしよう。今日はありがとう。よろしく頼むよ」
ひびき「私の第二次改装の名前は信頼出来るという意味。任せて」
提督「任せた。頼もしい仲間が入ってくれて、私も心強いよ」
ひびき「あなたは褒めすぎだよ。照れるじゃないか」
提督「ありのままを言っただけさ」
ひびき「全く、人たらしというのは本当だね」
提督「まあまあ。お、そうだ。せっかく滅多と無い二人で話す機会だ。弟との話を聞かせてくれないか」
ひびき「靖文との話かい?」
提督「なんなら惚気話をしてくれても構わないぞ。むしろどんとこいだ」
ひびき「もう。あなたという人は。けど、、たまにはこういうのも悪くないね。そうだな、まずあの話をしようかな」
提督「おう。是非聞かせてくれ」
私は姿勢を変え、両手を組んで顎の前に置いて聞くポーズをとる。
ひひぎ「ええっとね。実はこの前、こんなことがあったんだ」
彼女は楽しそうに、弟との話を始める。
またとないひびきと二人で話す時は、楽しい夜は更けていく。
・・4・・
彼女と話してから数日後の、二月中旬もそろそろ終わりを迎える頃。
私と加賀はとある人達を見送るために、成田空港の一般人は立ち入ることの出来ない専用搭乗口にいた。私達以外にも海軍の軍人や外務省の官僚もおり、見送り勢だけでも十人程度といったところか。
そして、私達の視線の先。そこには弟とひびきが軍服姿でいた。周りには彼と彼女と同じ目的でいる軍人や外務省官僚が合計で二十人程もいる。
彼らの目的。それは。
提督「ロシア行き。気をつけろよ」
靖文「わーってるって。行き先は一番治安の良いモスクワなんだ。おまけにオレらは軍人。よっぽど大丈夫だろうって」
提督「だとしてもだ。あっち方面は東欧のごたごたで一昨年テロも起きている。外交使節団だから安全なように見えて、狙われもするからな。実際起きたら外交問題にも発展するから俺も大丈夫だとは思っているけどな」
加賀「軍諜報部や内閣内調の情報をいつでも知らせられるように手配しておきます。気をつけて」
加賀は自身の仕事の一つとして、私と諜報関係部署の仲介をしてくれている。故に下手な大佐より多くの情報を仕入れることが独自ルートを通じて可能なのである。だからこそ行える芸当の一つだろう。弟もそれくらいのコネクションはあるだろうが。
靖文「ありがとな。帰国の際には吉報を届けてやるよ」
提督「頼んだ」
加賀「よろしくお願いします」
提督「ひびき、君もよろしく頼んだ。君は、今回の交渉において鍵になる一人だ。こちらからも働きかけはしておくが、上手くやれることを期待している」
ひびき「わかった。裕信さんの力にもなれるように頑張るよ」
加賀「ひびきも体には気をつけるのよ。あと、さっき渡したファイルはきっとあなたの力になってくれるわ。色々と手に入れておいたから」
どうやら加賀は、ひびきの為に自分で今回の話に使えるネタの仕込みをしているらしかった。さすがである。
ひびき「ありがとう、加賀さん。有効に使うようにするね」
加賀「ぜひそうしてちょうだい」
靖文「おっと、もうこんな時間か」
靖文は左腕に身に付けている時計を見て気付く。
彼等が乗り込むチャーター機の離陸予定時間は十一時。自分の腕時計で確認してみたら十時四十分だったので、そろそろ搭乗の時間だ。
靖文と私が腕時計で時間を視認した直後、搭乗口から空軍の軍人が現れて、
軍人「お待たせ致しました。これより搭乗を開始致します。軍の方も外務省の方も所属等が分かる身分証明書の提示をお願い致します。そちらで照会をさせていただきます」
と、案内をしてから搭乗手続きを始めた。
靖文「さあて、手続きしてこねえとな」
提督「そうだな」
靖文「あ、待った。兄貴、その前に聞きたいことが一つあったわ」
提督「なんだ。別にいいが」
靖文は実はよ、と前置きをしてから耳打ちをしてきた。そんなこと必要あるのかと思いつつ聴く体勢を取ると、
靖文「兄貴、ひびきに何をしたんだ?」
提督「は?」
靖文「兄貴と会ったその日だよ」
提督「お前は何を言っているんだ……」
靖文「つーのもさ、オレが帰宅してから、ほら、あれだ。その、迫られた」
提督「はあ?」
思わず声に出てしまったので、周りに不審がられる。いや、声も出るだろこの発言は。
靖文「こってり、朝まで」
提督「…………」
靖文「急に愛しくなったって」
愛しく。あの日。
つまり、もしかしするとだ。
提督「あー…… 」
靖文「やっぱり、何かしたのか」
提督「惚気話でも聞こうかって言っただけで、そうしたらひびきかま後は幾つも話してくれただけだ。でも、それがトリガーかもしれん」
靖文「やっと納得できたわ。んだよ、兄貴がきっかけかよ」
提督「きっかけって言っても、あっちが話し続けてたみたいなもんだぞ」
靖文「おおおう……。やべえ、聞くんじゃなかった」
顔を覆う我が弟。
提督「ごちそうさんでした」
靖文「くっそ……。こっぱずかしい」
提督「この前はお楽しみでしたね」
靖文「やめてくれ生々しい」
弟の珍しい姿についついからかう私。自分の弟ながら、こいつ面白いな。
靖文「いや、でもよ、その。久しぶりに萌えたし燃えたから、さんきゅ」
提督「どういたしまして。それより、早く手続きをしてこい。ひびきも手続きの者も待ってるぞ」
ずっとヒソヒソ話をしていた私達を見て、ひびきもひびきと話をしていた加賀も、手続き担当の軍人も揃って首を傾げていた。
靖文「おう、それはやべえな。うし。じゃ、行ってくるわ」
提督「いってらっしゃい。靖文中将、健闘を祈っている」
一応は私の方が階級が上なので、あえて少しふざけも入れて敬礼をする。
靖文「はっ! 行って参ります! ってとこか? へへっ」
弟もおどけて返礼してみせた。
提督「定期的に連絡はする。がんばれよ」
靖文「おうよ、任せとけ。じゃあな兄貴!」
手を振り搭乗口に向かう弟に、手を振り返す私。
弟は搭乗手続きを済ませ、ひびきと飛行機へ向かっていった。
その直前に弟は加賀に何か話しているみたいだったが、何だか妙な予感がする。
彼等を見送ると、加賀はこちらに戻ってきた。
加賀「お疲れ様。彼ら、成功するといいわね」
提督「まあ、あいつらだからなんとかするだろ」
加賀「それもそうね。ところで」
提督「どうした?」
加賀「今日の夜」
提督「……うん?」
加賀「私は空母系の艦娘だったけれど、夜戦なんてどうかしら」
提督「…………へ?」
加賀「ひびきのように、私だってあなたと惚気たいこともあるのよ」
あいつ、絶対加賀に何か言いやがったな……。
提督「分かった。その夜戦受けてたとう。たまには悪くない」
加賀「決まりね。楽しみにしているわ。我々、夜戦二突入ス、なんてね」
ふふっ、と頬を朱に染めながら私のコートの袖を掴む彼女。
加賀「あら。あなたのホログラムフォン、連絡がきているわよ」
提督「お、本当だ」
加賀に言われて気付いたので、ホログラムフォン(通称ホロフォン)をコートのポケットから取り出し、チャットツールを開く。
そこには靖文からの連絡。
靖文『お返しだ。オレと同様長い夜を楽しみやがれ!』
あいつ、帰国したら絶対に酔い潰してやる。
だが、弟からのささやかな復讐に全く嫌な気はしなかった。
加賀「どうしたの?」
提督「なんでもないよ。さ、戻ろうか」
加賀「ええ、今日はさっさと仕事を片付けてしまいましょう?」
提督「そうだな」
どうやら、今日の夜は長くなりそうだ。いや、絶対長くなるな。
しかしそれもまた一興だろう。
私は空を眺め心中で思う。
空港から見られる大空は、清々しい程に澄んでいた青空だった。
第13話――お姉さんの雑貨屋さん
・・1・・
ひびき達を見送ってから幾らか経った三月上旬。
自分達の仕事が一段落したことにより、やっとまとまった休みが取れたある日。
私と加賀は私服姿で一泊二日の小旅行に出掛けていた。着いた先は日本の古都。
そう、京都である
きっかけはとある私の一言だった。
提督「そうだ、京都へ行こう」
どこかで聞いたことのある言葉をポソリと呟いたら加賀も乗り気になって、連休を用いて訪れたのだ。
というのは、さすがに冗談である。本当の所は京都にいる元部下の艦娘に会うのが主目的の小旅行だ。
多忙により久しく元部下を訪ねられなかったが、せっかくの連休。四半期振りにそれを再開してもいいだろうということで、ここへ来たのである。
そういえば、京都の土地を踏むのは何年振りだろうか。戦時中の臨時首都になっていた時に作戦会議で来たことはあるが、戦後となると終わって間もない頃以来か。となると、五年振りということになる。
加賀「相変わらずすごい人ね。私と提督で来たのが戦争が終わってからとはいってもかなり前だけど、その頃より人が増えているわ」
提督「やはり、日本でも一二を争う観光地は伊達じゃないな」
久方振りのこの街は、大変な喧騒に包まれていた。しかし、悪くない気分の喧騒である。観光客が笑顔で行き交い、楽しんでいる姿は平和そのもの。日本が無事戦後の復興を歩んでいる証拠の一つだ。
加賀「今回の目的地はこのあたりじゃないのよね?」
提督「そうだな。ここは京都駅だから、まだ山陰本線に乗り換えないといけない」
加賀「山陰本線というと、これじゃないかしら」
提督「おお、あったあった。どうやらちょうど電車が出るみたいだ。早く乗ってしまおう」
お互いキャリーバッグを片手に、山陰本線の電車に乗り込む私と加賀。
私達が車内に入ると、電車の扉はゆっくりと閉まる。中は休日ということもあって席は全て埋まり、私達は立って吊革に掴まることにした。
ガコン、と多少の揺れを伴って動き出すが、駅を離れ加速し始める頃には安定して走り、気にする程ではない揺れとなっていく。
提督「えーっと、降りる駅はどこだ?」
加賀「はい、目的地が掲載されている地図よ」
提督「ありがとう。どれどれ……、あ、この駅か。嵯峨嵐山、かな」
加賀「そうね。京都駅から六つ目の駅。なんて読むか分からないけれど、太いに秦と読む駅の次ね」
提督「これ、なんて読むんだ……。ローマ字表記を読めば判明するだろうが、って、えええ……」
加賀「どうしたの?」
提督「どうやらこれで、うずまさと読むらしい……」
加賀「…………読めるわけないわよ。地元の人しか分からないんじゃないのこれ」
提督「同感だ」
とんでもない難読駅名が京都市内にもあるんだなあと思いつつ電車に揺られている内に、左へ大きくカーブを描いて直線に入ると再び加速。しばらくすると、円町という駅に止まっていた。
この電車は快速だから、次の停車駅は目的地最寄りの嵯峨嵐山駅だ。
加賀「ねえ裕信さん。彼女には今日予め来ることを伝えてあるの?」
提督「到着予定時間は伝えてあるぞ。ただ、休日だから店が混んでいるかもしれないだとか」
加賀「でしょうね。稼ぎ時の土曜日ですもの」
提督「邪魔をするのは良くないからな。程々の時間を狙って行くのがいいかもしれない」
車掌「本日もご利用ありがとうございました。間もなく、嵯峨嵐山、嵯峨嵐山です。お忘れ物の無いよう、お降りくださいませ」
提督「おっ、もう到着か」
加賀「降りる準備をしないといけないわね」
提督「切符切符と」
二人して切符を探している間に、快速電車は嵯峨嵐山駅のホームに着く。
改札を通る為に切符を財布から出し終えると、丁度扉が開いた。
ホームに降り立つと、春がもうすぐそこまでの所にいることを感じさせる暖かい風がふわりと吹いていた。朝はまだまだ寒いが、昼ともなればコートだと若干暑いくらいの気温だ。
提督「心地良い風だ」
加賀「観光には最高の天気と気温ね」
提督「今日の最高気温は十四度らしいぞ」
加賀「あら、なら食べ歩きにもぴったりね」
提督「そう思って、少し早めの時間に到着出来るようにしたんだ。この時間にあそこへ行っても忙しいだろうからな。約束の時間なら少しは客足も落ち着くだろうし、それまでは、ね」
加賀「さすがね。抜かりないわ」
提督「俺だって観光を、食べ歩きを楽しみたいからな」
加賀「ふふ、私に感化されたのかしら?」
提督「だとしたら随分前からだろう?」
なんて、二人してなんでもない、だけど心穏やかに幸せな会話を楽しみながら改札を通過する。
駅を出て南口まで辿り着くと、彼女の店のある渡月橋方面へと向かう。
時刻は十四時過ぎ。彼女のいる所への到着予定時間は十五時だから一時間はある。
彼女にチャットツールで「思ったより早く現地に着いたがそちらには予定通り到着する。それまでは二人で食べ歩きをしていくから、何か買っていく」と連絡をし終えると携帯端末を薄手のコートのポケットに入れて。
提督「さあ、楽しむぞ」
加賀「何から食べようかしら」
提督「お、あれなんて良いんじゃないか?」
加賀「とても美味しそうね。行きましょう」
それから向こうに告げた時間まで、私と加賀は食べ歩き観光を楽しんだのだった。
・・Φ・・
提督「満足だ。相当食べた気がする」
加賀「私から見てもとてもいい食べっぷりをしていたと思うわ」
提督「気になった所を全部買って、全て美味しかったからな。夕飯は食べ物を控えて飲み中心でもいいかもしれない」
加賀「あら、私はまだまだいけるわよ」
提督「さすがだな……。じゃあ、食べ物お酒両方美味しい所を探さないとな」
加賀「旅における食はすごく重要ですもの。もちろん、お酒もね」
提督「まさしく、旅の醍醐味だ」
旅行の楽しみの一つ、食べ歩きを堪能した私達は会話をしつつ時間が近付いてきたので彼女のお店に向かっていた。そこは渡月橋付近から徒歩五分程度にあり、現在の時刻は十五時前。丁度いい時間になっていた。
昼ご飯の時間からそれなりに経ち、通りにあるカフェの類いは第二のピークを迎えていた。また、午前中は京都の中心部を見て回っていた観光客が嵐山に訪れているのか、昼頃や昼過ぎと変わらない位混んでいた。
その混雑の中を歩いていくと、目的地の看板が見えてきた。
京都市内は景観条例が今も厳しく、派手な色の看板は禁止されている。故に例に漏れずここも紺色の落ち着いた雰囲気の看板であり、それは店の外観も同様であった。古民家を改造した店舗は木造の良さが醸し出されており、ホッとする印象を抱かさせる。
そして、お店の入口には店名が入った木の立て掛け。
そこには、『P.P.P』と書かれていた。
提督「P.P.P?」
加賀「由来はなんでしょうね、これ」
提督「うーん……。あ、なんとなくだが分かったぞ」
加賀「私も閃いたわ」
提督「なら、お店に入って店主に答え合わせをしてもらおうか」
加賀「ええ、そうしましょう」
私は店のドアに手をかけ、引いて店内に入る。
営業時間は十六時までとあと一時間しかないにも関わらず店内は非常に賑わっている。決して狭い訳では無いが広くもないそこにはすれ違うのにやや苦労する程度の人がいた。今も新たに、若いカップルが入店してきていた。
しかし、それでもすぐに相手は見つかった。ここの店主な上に目立つ外見をしているからだ。
向こうもどうやらこちらに気付いたらしい。
ぱあっ、と花開くような笑顔で私達に手を振り、
??「お久しぶりでーす! 裕信さんに文華さん、元気にしてましたかー?」
提督「お陰様でばっちり。こちらこそお久しぶり」
加賀「久方振りね。お店が繁盛しているようで何よりだわ」
そこにいたのは、金髪碧眼の誰もが振り返るような美人の女性。出るとこ出てるのボディースタイルは変わらずの、笑顔が明るい店のエプロン姿でいた元部下の愛宕だった。
・・2・・
戦時コードネーム、重巡洋艦愛宕。本名、中村京子。現在三十四歳。髪の毛の色や瞳の色から外国人と間違われがちだが、これはクォーターの血が外国人寄りに強く出たのが原因である。
常に呉鎮守府の第一線で戦い続けた重巡洋艦の艦娘で、戦争開始の初期からずっといてくれた元部下だ。英雄的な目立った戦績は無いものの、戦場に出ればいつも結果を出し続けており重巡洋艦故の高い耐久力、安定した攻撃力や回避性能、魚雷も扱えるというバランスの良い能力を持っている為、信頼して戦闘に出せる艦娘だった。
性格は温厚で優しく、駆逐艦の艦娘の精神的サポートもしてくれるなど、裏方でも頑張ってくれた。
戦後は地元である京都に戻り、戦時報奨金を使って夢だった雑貨屋を営んでいる。嵐山の駅近くという好立地もあり、経営は上々のようだ。
提督「にしても、すごい人だな。また一組入ってきてるしこの時間でも賑わっている」
愛宕「今年で始めて四年目だけど、観光雑誌にも載る程になったのー。ありがたいことだわあ」
提督「それはすごい。立地が良くてもそれだけじゃやっていけないのが京都だ。ラインナップを見た所、和雑貨を中心に扱っているのかな」
愛宕「そうそう。地元で小物を作っている方から直接仕入れているのよ。クオリティが高いものばかりで少々値が張るのもあるけれど、皆買っていってくれるの」
加賀「可愛いあみぐるみもあるし、日頃使えそうなマグカップや綺麗なガラスコップもあるわね。これなら若い人にも年配の方にも人気でしょう?」
愛宕「どちらかというと、若い人が多いかしら。部屋に置いてオシャレになる小物も扱っているものー」
提督「なるほどな。ちょっと見て回っていいかな?」
愛宕「もちろんですよー! ゆっくり見て行ってくださーい」
レジが並びかけていたので、愛宕の為にも自分達でウィンドウショッピングをすることを示唆して、私と加賀は見て回ることに決めた。直後、三人程一度にレジに人が並び、愛宕も接客対応をし始めたのでタイミングは良かったようだ。
加賀「裕信さん、これすごく可愛いわ。どこかで見た事のある姿だけど」
提督「ん、どれだ?」
加賀が呼びかけてきて、指差したのは全長二十五センチの、ぺたんと座っている和柄のクマのぬいぐるみだった。しかし、そのクマは普通のではなく、なぜか髪の毛があっておまけにみょんと大きくはねている。ヘアーカラーも見覚えのある色だった。
加賀「店長自作! ってポップには書いてあるから、どうやら愛宕の手作りみたいね」
提督「値段は四千円。まあ、この大きさで手作りならば妥当な値段か。てかこれ、売れてるんだな。四個くらいは入りそうなのに今は二個ってことは」
加賀「隣にはネコがいるわね。これもあの子の自作。髪の毛があって、色は……、やっぱり見覚えがあるわ……」
提督「ポップには、たまだにゃ。か。まさか……」
愛宕「それ、球磨型の二人に許可をもらって製作したんですよー」
レジ業務が終わったからだろう。彼女はひょっこりと現れて、説明をしてくれた。愛宕の言葉で謎が解けた。
提督「やっぱり! これ、球磨に多摩だよな。喉に小骨が引っかかっていたような疑問が取れたよ。納得した」
加賀「球磨の方のポップの、クマだくまー。はそういう事だったのね……。すっかり忘れていたわ」
提督「呉に彼女らがいたわけじゃなく、頻繁に会うことは無かったからな……。しかし、値段の割にはけっこう売れているみたいだな。この手のモノは大きくなればなるほど高くなるから、なかなか売り捌けないだろうに」
愛宕「分かる人には何がモチーフになるのかすぐにピンと来るからだと思うわー。作るのは大変だけど、趣味でも編み物とかぬいぐるみ作っているからなんだかんだで楽しいし、新しく置いても二週間で売り切れるから作りがいもあるのよー」
提督「二週間で、だと……。ちなみに何個をだ?」
愛宕「休みの日や仕事後に作り置きして、月に大体五個ずつ。合計十個ねー」
提督「これは驚いた。そんなに早いのか」
愛宕「艦娘効果じゃないかしらー」
加賀「彼女達初代球磨や多摩、二代目だって、人気の高い二人ですもの……」
あの二人はマスコットキャラクターじみた人気があるからな……。軍の広報ショップでもデフォルメぬいぐるみを見かけたことがあるし、そういえばあれも人気商品だったから当然の結果なのかもしれない。
愛宕「というわけで、お一ついかがですかー? まだ次を作り終えるのに十日はかかっちゃうからあるのはこれだけなのー」
加賀「二つとも買うわ。だって可愛いもの。この誘惑には勝てないわ」
目をキラキラとさせて私を見る加賀。即答したあたり、相当気に入ったのだろう。
愛宕「ありがとうございまーす!」
提督「まだ他を見ていくつもりだから取り置いていてくれるか?」
愛宕「もちろんいいですよー」
愛宕に球磨と多摩のぬいぐるみを預け、私達はショッピングを続ける。客足は随分と落ち着いてきたからか、すぐに愛宕は一緒についてきてくれていた。
目に付いた商品を眺めてみては離れ、いいなと思った銀色のラインが入った純白のコーヒーカップは二つ買った。他にも瑠璃色のガラスコップを二つ。これはお酒を飲む時にも使えそうだ。
提督「よし、これでいいかな。お会計を頼む」
愛宕「はーい、分かりましたー」
加賀「いい買い物をしたわね」
提督「普段使える物で、質の良い物は見逃せないからな。充実したショッピングだったよ」
愛宕「そう言ってもらえると、店主としても嬉しいわー」
レジへ三人共移動すると、愛宕は喋りながらも慣れた手つきで会計操作をしていく。
合計金額が出るまでに待っている間、レジ前に置いてある店名や住所、電話番号が記載されている紙のカードが目について、それでとあることを思い出した。
提督「そういえば、この店の店名の由来ってなんなんだ?」
加賀「私も気になっていたの。なんとなくは予想出来たのだけれども」
入店前に答え合わせをしようと二人で言っていた件だ。
すると愛宕は笑顔で、
愛宕「私がたまに言っていたセリフですよー。ぱんぱかぱーん! です。あれを元にしたの。ほら、頭文字三つともPで語呂もいいし。あと、私らしいかなというのかま一番かしら」
提督「予想は的中したみたいだな」
加賀「ええ、当たりだったみたいね。確かにあなたらしいわ」
愛宕「色々名前は考えてはみたの。けど、一番しっくりくるのがこれで。あ、お会計ですけど一万と二千二百円になりまーす」
提督「自分が納得出来るものを付けた方がいい。大事な店名だからな。これ、一万と三千円だ、
確認してくれ」
愛宕「そうですねー、ありがとうございますー。はい、確かに頂きましたー。八百円のお返しでーす」
提督「確かに受け取った。ところで愛宕。この後時間はあるか? そろそろ営業も終える時間だし、一緒に夕食なんてどうだろうか」
加賀「賛成ね。せっかく数年ぶりに会ったんですもの。色々と話も聞きたいわ」
愛宕「そうねー。後処理もあるから五時過ぎになってしまうけど、大丈夫? あと旦那さんも一緒になるけれど」
提督「時間に関しては構わない。なんならどこかで待っているしな。旦那同行というのも大丈夫だし、むしろ大歓迎だ。君の相手は年賀状で顔こそ見たことがあるが、どんな人物か知らないからな」
愛宕「だったら、お店の中で待ってもらってもいいですよー。長い時間になってしまって申し訳ないし、お飲み物出しますねー。旦那については、普通の人だけど、とても優しい人よー」
提督「それは楽しみだ。ひとまず、お言葉に甘えて営業終了後もここで待たせてもらおう」
加賀「私もあなたの相手と対面、楽しみにしているわ」
愛宕「もう、二人して。はい、お願いしますねー」
それからすぐに彼女の店は営業終了の時間を迎え、先程とはうって変わってしんと静寂に包まれた店内で、私達は出してくれた温かい緑茶を飲みながら、愛宕を待つことにした。
・・3・・
愛宕が閉店後の諸作業を終えたのは思ったよりも早い午後五時前だった。
店を閉めてから愛宕は私服に着替えて――白色のニットセーターに紺色のふわりしたロングスカート、高雄型が被っていたのにそっくりな帽子だった――、私達は早速嵐山を発ち、京都市内中心部へと向かった。
加賀「京都駅前もすごかったけれど、こっちはそれ以上の人がいるわね」
愛宕「場所も場所だけど、今日は休日ですからねー」
提督「さすが京都一の歓楽街だ」
到着したのは市内でも最も賑わう河原町。鴨川沿いに飲食店が広がり、河原町の駅の近くには百貨店が幾つか立地しているいわゆる繁華街だ。駅を降り、地上に出ると非常に多くの人で混雑しており、すれ違おうとすると肩と肩がぶつかりかけるくらいにであった。
時刻は午後五時四十五分。ちょうど日の入り辺りの時間だからかまだ外は少しだけ明るい。こういう時に春が近付いていることをまた実感出来るのだが、流石にこの時間ともなるとコートがないとやや肌寒かったので腕にかけていたロングコートを羽織る。
加賀「どうやら赤城さんのオススメのお店はここみたいね」
河原町駅から歩いて少し行った所。向こう側は鴨川である細い路地に入って二分位の店が今日の会場だ。
お店の名前は『Mediterraneo Italia』だった。日本語訳すると……、地中海か。
そのレストランを外から見ると、六時前に関わらず店内は既に半分程客で埋まっていた。どうやら結構繁盛しているようだ。
提督「イタリアンにしようか。と思い立ち赤城に聞いてみたらすぐ返信が返ってきたんだっけか」
加賀「おまけに予約も代わりにやってくれたみたいよ。赤城さん曰く、二人は驚くかもしれませんね。とのことだったけれど……」
愛宕「なるほどー。ここでしたかー。私、ここ知ってますよー?」
提督「えっ」
加賀「えっ」
愛宕「だって、私京都で仕事しているんですものー。ここは何回も来たことありますからー。確かにおどろくでしょうねえ」
提督「赤城オススメなら当たりなのは間違いないんだろうが……」
加賀「グルメに関しては赤城さんに任せろって定評ですものね」
提督「なぜ驚くのか理由は気になる。が、答え合わせは愛宕の時と同じく店内に入ってからにしよう。自ずと分かる」
愛宕「ぜひそうしてくださーい。ふふっ」
言葉通り真相を気にしつつ、私は出入口のドアに手をかけて開く。
男性店員のいらっしゃいませー! という元気な声に迎えられる。
すると、キッチンから出てきたのは。
提督「なるほど。これは確かにびっくりするな」
加賀「ええ。やっと意味が分かったわ」
??「いらっしゃいませー! ……あー! もしかして、呉の小川さんですか?!」
提督「ああ。しばらくぶりだな。まさか、ここが君のお店だったとは思わなかったよ」
イタリア「はい、わたしが店主を務めさせてもらってます! ようこそいらっしゃいました、小川さん! 赤城さんからご予約は伺っておりますからお席にどうぞ!」
そう。今日の夕飯の会場であるこの店の主は、胸ポケットに着けているネームプレートには店長と彼女の名前が書かれている、リットリオことイタリアだった。
・・Φ・・
戦時コードネーム、リットリオ。本名は日本に帰化した為、現在は伊藤理子を名乗っており年齢は三十三歳。
欧州方面に比べて激しい戦場となっていた太平洋戦線に海外派遣艦娘として来たイタリアの戦艦艦娘の一人だ。戦争中期に戦力増強の一環として横須賀に着任し、終戦まで第一線で活躍し続けた。
現在はかねてからの夢であった、日本好きの彼女にとってはぴったりであり、大好きな京都の街でイタリアンレストランを経営している。鴨川のそばに店を構えることが出来たのはたまたまで、本人曰くラッキーだったとか。
決して安くはない、むしろ高めの価格設定にも関わらず、ご覧の通り彼女の店は繁盛しており地元のグルメ誌に掲載される程有名らしい。
リットリオ「ささ、こちらの席にどうぞ!」
笑顔のリットリオに案内されたのは、一番奥のテーブル。鴨川がよく眺められる、レストランの中で最もいい場所だった。
当日の予約でよくこの席が確保出来たな。なんて、座りながら思っていたら。
リットリオ「実は、当日の昼間にキャンセルが出てしまいまして、ここのテーブルが空いてしまっていたんです。そこに、ちょうど赤城さんから電話があって。予約があると」
提督「なるほど、納得した」
リットリオ「なので、助かりました。人数もぴったり同じ四人でしたし、こんなに良いテーブルを空けておくにはもったいなかったので。そうしたら来たのが呉の小川さんでしょう? 偶然が重なって良かったです!」
リットリオは予想外の、しかも旧知の者が客であったことを嬉しそうにしながら話す。
提督「ところで、予約はコースで通してあるのか?」
リットリオ「はい! 一番上のコースを承っています!」
加賀「赤城さん、裕信さんが出せることを知っていて選んだわね」
提督「そのコース、どれくらいなんだ?」
リットリオ「ローマ皇帝の気分で楽しめるくらい豪華なEmpire courseですから、お一人で二万円になりますがよろしいですか?」
提督「構わんよ。しかし、急な予約なのによく準備できたな」
リットリオ「実はキャンセルされたのが、こちらのコースなんです……。どうしようかと悩んでいた所でして」
提督「そこに電話。まさに渡りに船だな」
加賀「艦娘に渡りに船、というのも洒落みたいな話ね。でも良かったわ。せっかくの素材が無駄にならなくて」
リットリオ「本当に助かりました。ですので、今日は揃えた素材で私達が腕を奮ってご用意致しますよ! 小川さんとは久しぶりに会えましたし、以前お世話になりましたからサービスもさせていただきますね!」
提督「ありがとう。サービスは嬉しいよ」
このように、経緯を話している私と加賀にリットリオ。
しかし、二万という数字にぴくりとしたのが愛宕だった。漫画なら滝のように汗が流れていそうな様子である。
愛宕「あ、あの、提督……? さすがにこの額は出せないですし、ましてや出してもらうのは……」
提督「気にするな。滅多とない機会だ。君の夫の分も出すつもりでいるし、酒も存分に飲んでもらって構わない」
加賀「彼、気を許した相手には気前がいいから気にしないで。あなたも知っているでしょう?」
愛宕「なら、二人がそう言うならお言葉に甘えようかしらー。ありがとうございますー」
最初な申し訳なさそうに、しかしその後は愛宕はホッとした表情で感謝の言葉を述べる。
リットリオ「では、早速コースのメニューを提供いたしますね。小川さんはイタリア料理におけるフルコースをご存知ですか?」
提督「一応は。ただ、しっかりとは覚えていないな」
加賀「最初は食前酒からよ」
リットリオ「その通りです。さすが加賀さんですね。なので、まずはアペリティーヴォとしてシャンパンを提供させていただきますね」
アペリティーヴォというのは、イタリア料理のフルコースにおける最初に出る品だ。ワインないしシャンパンが一般的とされ、ここではシャンパンが出されるらしい。
リットリオ「そういえば、まだもう一人の方が来られてませんが、お出ししても大丈夫ですか? 少しなら待ちますよ」
愛宕「あ、今連絡が来たわ。もう着くって」
リットリオ「なら良かったです。それでは、準備をしてきますねー」
リットリオはぺこりと頭を下げると、厨房に向かっていった。
そして、それと入れ替わりで店内にもう一人が現れる。
??「すみません、遅れました!」
愛宕「大丈夫よー。まだこれからだったの〜」
??「そっか。なら安心したよ」
私達のテーブルに着いた人物は二十代後半位だろうか。いや、所作が落ち着いているからも少し上だろう。実際は三十代前半だろうと思われるその男性はスーツ姿だった。仕事からそのまま来たことが伺える。
愛宕「こちら、私の元上官の小川裕信さん。現在も軍人さんで、なんと大将さんよ〜。隣にいるのは、一緒に戦った加賀さん。今は艦娘を引退して大佐で。本名は小川文華だったわよね」
加賀「ええ。仕事で石川を使っているけれど、基本は小川姓よ」
提督「小川裕信だ。よろしく」
純二郎「紹介遅れました! 愛宕の夫で、京都で会社員として働いている中村純二郎です! いやあ、あこがれの呉の小川さんに会えるなんて思ってもいませんでした! とても嬉しいです!」
・・4・・
中村純二郎。愛宕と同い年の彼は京都で会社員をしている。だが、会社員といっても実際の所は研究員らしい。というのも、彼が勤めている企業は軍とも取引をしている大手理系企業であり、その研究所が京都にあるのでここに住んでいるとか。愛宕と出会えたのも彼女の退役直前に偶然出くわしたかららしい。
お互い、この人だ! と相互一目惚れだったらしく、なんとも彼女らしいしその旦那らしい理由だった。
それらの話を自己紹介も兼ねて話してくれると、コースの食前酒をリットリオが持ってきてくれた。
リットリオ「あら、純二郎さんじゃないですか。ご無沙汰してますー」
純二郎「どうも、理子さん」
提督「愛宕は何度か来たことがある、ってことだから君もだな」
純二郎「ええ。取引先ともたまに行くんですよ」
リットリオ「いつもお世話になってます。さて、こちらがシャンパンになります。実は、シャンパンと名乗れるのはフランスのシャンパーニュ地方の物だけでして、当店はイタリア料理店ですがそこはこだわっておりますので予めご了承ください」
提督「そうだったのか。てっきり似たようなものかと」
リットリオ「知らない方がほとんどですよ? 通くらいじゃないですかね」
提督「なるほどなあ。それで、銘柄は?」
リットリオ「クリュッググランド・キュヴェになります」
彼女が何気なく言った瞬間、純二郎の体がフリーズする。一体どうしたんだろうか。
純二郎「え、ちょっと待ってください。食前酒のシャンパンでいきなりクリュッグですか!? それボトルで二万五千近い代物ですよ!? フルコースとは聞いてましたけど……」
愛宕「今回のコースは二万なんだって」
純二郎「に、にまっ!?」
愛宕よりずっと大きな反応だった。
提督「安心してくれ。全部私が持つ」
純二郎「さ、さすがにそれは!」
愛宕「私も同じこと言ったの。でも、気にするな。滅多とない機会だから、って。お言葉に甘えましょ?」
純二郎「しまったぁぁ……。仕事のスーツで来るんじゃなかった……」
提督「まあまあ気にするな。気楽にしてくれていいから」
純二郎「小川さんが、そう言うなら……」
リットリオ「解決したみたいですね。驚くのも仕方ありませんけど、ふふっ。では、どうぞ」
彼女は微笑みながら、それぞれにワイングラスを置いていく。
提督「綺麗な色だ」
透き通ったシャンパンは、暗めに抑えられた証明が当たり光輝いていた。テーブルの横は鴨川。これだけで名写真になる光景だった。
リットリオ「力強さと複雑さ、豊かさと清々し差のバランスが素晴らしい一品です。ぜひ、ご賞味を」
提督「そうだな。では、いただこうか。久しぶりの再開と順調な君達の夫婦生活に、乾杯」
私の言葉に続いて三人もグラスを軽く上げ、 軽く一口つける。
加賀「美味しいの一言に尽きるわ。余分な言葉はいらないわね」
愛宕「リットリオさんの言葉通りねえ」
純二郎「初めて飲みましたよ……。いや、美味しいなあこれ」
提督「食前酒から素晴らしいシャンパンをありがとう、リットリオ」
リットリオ「どういたしまして。それではごゆるりとお楽しみくださいね? 料理は順次、持ってきますので」
リットリオは無駄のない動作で会釈をすると、再び厨房に戻っていった。
純二郎「僕、もうこれだけで幸せですよ……」
提督「まだまだ料理はこれからだぞ?」
純二郎「だって憧れの小川さんに会えるし、このお店でフルコースは食べられるしですよ……?」
提督「なら、遠慮せずに楽しんでいってくれ。君らの話も聞きたいし、私達の話もする」
加賀「そうそう会えないからこそよ。たまのことだからいいと思うわ」
提督「そういうことだ」
純二郎が今にも蒸発しそう程に幸せを噛み締めていると、店員が前菜を持ってきてくれた。
店員「お待たせ致しました。こちら、アンティパストになります。提供しますのは、生ハムが並び季節の京野菜が彩るサラダでございます」
提督「ありがとう。それと、これを」
私は前菜を持ってきてくれた店員にとあるメモを渡す。店員はそれを見ると一瞬だけ驚いた顔つきを見せたが、私以外には悟られないようにすぐに笑顔になり、
店員「かしこまりました。それでは、失礼致します」
胸ポケットにメモをしまうと、彼は他の客の対応に戻っていった。
愛宕「提督、何を渡したんですか?」
提督「リットリオに対しての労いにね。ちょっと」
実際は半分正解で、半分違っていた。それは直に分かることになる。
提督「じゃあ、頂こうか。そうだな、私と加賀の話でもするか?」
愛宕「提督と加賀さんの今のお話ですか? とても気になります!」
純二郎「僕も是非聞きたいです!」
提督「だそうだ。いいかな、文華」
加賀「もう、私が名前で呼ばれるのに弱いって分かって言っているでしょう? それにその呼び方だとプライベートに切り替えるということも」
提督「まさしく今がプライベートだ。それに、純二郎くんは戦時中はともかく戦後の私達の事は詳しく知らん。愛宕もあまり知らんだろうしな。ちょうどいい機会だろう」
加賀「……降参よ。でも、私も気分が高揚する話でもあるから構わないわ」
提督「文華の許可も出たことだ。お酒を楽しみ、美味しい料理に舌鼓みを打ちながら話をするとしようか。まずは、そうだな。戦争が終わって、三年後位の話をしよう」
更新待ってました!
相変わらず面白すぎて課題がががが
更新お疲れ様です!
愛読しています!
待ってましたよ!
とても面白くて暇があれば読み返してます。
艦これにのめり込んでで、尚且つ艦娘全員を愛している提督たちには読んでほしいですね。
自分はどっぷり楽しませてもらってます(笑)。
話の構成が上手なので容易に場面場面を想像することができます!
観艦式も近づいてきてますね。それまでに二航戦2人と金剛4姉妹を改二にしないと...w
スゲーの一言につきる( ; ゜Д゜)
読み飽きません。親に怒られる
ぐらいに(笑)次の更新待ってます。
最高の一言に尽きるわ。
これ以上言う事無し。
更新お疲れさまです。
更新お疲れ様です。
いつも楽しみにしております。
まさか、自分の誕生日に嫁艦の愛宕のエピソードが出てくるとは思いもよりませんでした。
今後も無理をなさらない程度に頑張ってください。
更新お疲れ様です。実はこれを見てSS書いてみようと思いました(艦これじゃないけどね(๑>•̀๑)テヘペロ。でも一応今書いてるSSが終わったら艦これSS作ろうと思ってます。)それぐらいに面白いです。次の更新待ってます。