モブリット「大事な片翼ですから」
モブリットさんの切ない片想い。
モブリットの過去捏造です。
重症でもハンジさんを見つめるモブリットさんが切なすぎて…
俺の上官は少し変わっている。
「モブリットー!なんで起こしてくれなかったのさ!」
「あなた分隊長ですよね?自分で起きましょう!」
「冷たいなぁ…」
いや、ここまでは許容範囲なのだけど。
「おはよう、アルベルト!おはよう、チカチローニ!会いたかったよーーーー!!」
「分隊長下がってください!!」
アルベルト、チカチローニ。
彼らは人間ではない。
人間の天敵のはずの━━━━━
巨人である。
「今日はちょっと痛いかもしれないよ…耐えるんだ、二人共!」
彼女は、巨人を前にしてとても陽気だ。
一切の恐怖心を感じさせない。
「ごめんよぉーーーーッ!」
でも、ブレードを持った手元に迷いは無い。
━━━何故貴方は、巨人に対し愛を感じるのですか?
副長になったばかりの頃、俺はすぐにハンジさんに聞いた。うん、人を頼るという事をしてみたかったからだ。
開拓地で孤児として暮らした過去があり、人を頼るのが怖かった。
「愛?」
無表情に固まったハンジさんの顔は、普段の笑顔からは想像がつかなかった。
「私が愛を感じているとでも思ったか」
乱雑に書類の置かれたデスクにつかつかと歩み寄り、手で払う。
書類が宙を舞う。
死亡報告書、始末書、実験報告書…
すべてを拾い、たんたんと角を揃えると、分隊長は笑顔を見せてくれた。
でも、その目は虚ろで。
「殺したいほど憎いよ」
「でもね…いくら仲間を喰われたとしても、憎しみを原動力に巨人を駆逐するのは…何十年も、試されてきたんだ。」
ごくり、と生唾を呑み込む。
「私だって少し前までそうだった。狂ってた。ある日のことだった…巨人の生首蹴り飛ばしてやったの。軽かったんだ…異常に。部下思いの英雄と出会って、それから本当に狂った。」
「愛を感じているように振舞うことで、溢れる殺意を畳んで、仕舞って置いているんだよ」
そして、いつもの咲くような笑顔に戻って。
「私の巨人への愛は、殺意と表裏一体なんだよ?」
「…そう、なんですか…」
「モブリット…?ごめんよぉ、怖い話して。まだ新兵だってのに。」
「いえ!」
右腕の拳を、心臓に叩きつける。
━━心臓を捧げよ━━
「私の心臓は、もう公と貴方の物です」
一気に、分隊長のレンズ越しの瞳が開く。
「…ありがとう」
わしゃわしゃ頭を撫でられる。
背伸びした貴方が、愛しくて…
きっと、この時だ。
俺がハンジ分隊長を、永遠に、守りたいと思ったのは。
「あんた何徹目ですか?!もう寝てください!」
「むにゃぁ…アルベルトの報告書が、まだぁ…」
「私がやっておきます!」
「モブリットぉ…」
書類を抱えて歩き出すと、脚のベルトを掴まれた。
「ハンジさんのお悩みを聞ぃておくれぇ~」
「…分かりました。その代わり、ベッドに寝てくださいッ!」
「ベッドどこぉ〜」
……本の山に埋もれてる。
避けて、積んで、避けて。
「ありましたよ、ベッド」
「ふにゃあ…」
のそのそと這い上がる。
そして、メガネを外す。
メガネ外すと可愛いんだよなぁ…
「アルベルトとねぇ…チカチローニを殺しちゃってねぇ…わたし、元気でなくて…リヴァイのお部屋に突撃したのぉ…」
俺でも良かったんですよ?と、思う。気が滅入ったときは、いつも分隊長は兵長の部屋に行ってしまう。
「リヴァイ…紅茶、出してくれてね。ずっと話を聞いてくれたの。いつもは逃げられんのに━」
すん、と鼻を啜る。なんであんたそんな可愛んですか。
「それでハンジさん、気付いちゃったの…」
予想がついた。聞きたくない。耳を塞ぎたい━━━
「私は、リヴァイの事が…好きなのかもしれないね」
やっぱり━━━━━━
「あの壁外調査の時から、ね。鈍感すぎるよ、私…」
ホントですよ。鈍感すぎますよ。
俺の事、気付いてくださいよ。
伝えない俺が悪いのか?
「これからハンジさんはどうしたらいいんだい?」
「…なんで」
きょとん、と見つめてくるカラメル色の瞳から、視線を外す。
「…俺に、聞くんですか…」
本の山を簡単に通り抜け、ドアノブを引っ掴んでガチャっと回す。
「モブリット?」
俺の名前を呼ばないでください。
その瞳で見つめないでください。
もう、これ以上…
俺を、追い詰めないでください。
「…相談は終わりです。」
その声は、自分でも判るくらい掠れていて。
顔を見せないように、自分の部屋に逃げた。
気付いてない、振りをしていた。
貴方は無自覚でも。
兵長に対する貴方の視線は…
俺と、そっくりだったから。
「分隊長…」
分隊長、ともう一度呟く。
伝えるべきか、否か。
今なら、貴方を取り戻せる。
まだ、貴方が兵長に伝えていない、今なら…
いや、貴方が望むのは、兵長だ。
俺はただの副官、だから。
女々しいな、俺。
こんなことで悩むなんて、な。
「おはようモブリット!」
「おはようございます、分隊長。」
━━あれから数ヶ月。
分隊長は依然として、気持ちを伝えていない。
俺は、さり気無い形で兵長と分隊長の仲を深めようとしている。
「今日も張り切って壁外調査だ!兵舎に帰るまでが壁外調査です!」
貴方の明るい笑顔に、束の間の安心を覚える。
「そろそろですよ?行きましょうか、分隊長。」
「逝かないようにね?ふふふっ。」
全く、冗談じゃありません。
「ハンジはどこだ…?」
「兵長!それが、見当たりません!何やってんですか分隊長…」
分隊長が行方不明。
何度も経験したが、これは壁外の出来事。もし何かあれば、俺の責任だ。
「…っ!ハンジさん!ハンジ・ゾエ!返事をして下さい!」
「おい、モブリット!」
ハンジさんを、失いたくない。
貴方の名前を叫ぶ。
貴方を探し、飛ぶ。
ハンジ・ゾエ…神の恵み、そして命。
貴方にピッタリだ。
捨て切れていなかった。
貴方への気持ち。
貴方が望むのは俺じゃないと知っても。
やっぱり、貴女が心配で、大切で、愛しい。
「…ッ?!」
ワイヤーを掴まれ、宙にぶら下げられた貴方。
このままでは、喰われる。
「ハンジ分隊長!!!!」
巨人の注意を十二分に引き、視線を分隊長から外す。くるりとうなじに回り、殺る。貴方が落下するその前に。
その身体を、抱き締める。
「?モブリット?!苦しい!離してくれー!」
「分隊長、分隊長…」
「ぐるじいー!離せー!」
慌てて離す。
「ごめんなさい」
「…ッ」
血塗れのポニーテール。
血のこびりついたゴーグル。
「怖かったですよ…」
「よかった…貴方は、人類の…」
俺の記憶はそこで途切れた。
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