2015-11-10 01:32:51 更新

概要

ファンタジーの世界で住民たちがのんびりするお話です。


前書き

地の文で書くのは初めてなのでどこかおかしい所があると思います。
時々直しますので、ご容赦下さい。


月の光も届かない深い森林の中。


一人の少女が何かから逃げていた。


よほど長い間逃げ回っていたのか、その足は泥にまみれて血が滲んでいた。


それでもなお逃げ続ける少女の目の前に、不意に大きな館が姿を現した。


突然館が出現した事に驚いたのか、少女は一瞬足を止めて館を呆然と眺めていた。


しかし、後ろから聞こえてくる足音で我に返り、その館に向かって走り出した。


少女が必死の思いで館の門をくぐると驚いたことに、先程まですぐ後ろに迫っていた足音が突然止み、周りの風景も森林から草原へと変わっていた。


一体何が起こったのか……少女はそう考えながら周りを見渡していた。


だが、一通り見渡すと先程までの緊張が切れたのか、その場にどさりと倒れ込んでしまった。


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「起きなさい」


そう呼び掛ける声を聞き、少女は目を覚ました。


辺りを見渡すとそこには少女の倍ほどの体躯をした狼が座っていた。


少女が驚き、混乱していると、響くような低い声で狼が話し始めた。


「そんなに怖がることはない、ここに居る者で君に危害を与えるような者は誰もいない」


それでも、少女は狼に対して敵対心と恐怖心を露わにしていた。


そんな少女を優しく諭すように狼が話を続ける。


「まず、落ち着いて深呼吸をするんだ、それから正常な判断を始めようじゃないか、そうだろう?だって……」


少女を落ち着かせようとしているのか、狼は話を止めなかった。


少女は狼の話を聞いているうちに、徐々に落ち着きを取り戻していった。


やがて、少女が完全に落ち着くと、狼はそれを確認して話を進めた。


「落ち着いたか?それなら、君を先生の場所へ案内したいのだけれど、構わないか?」


狼の提案に、少女は首を縦に振って反応した。


「ありがとう、それでは私の背中に乗ると良い、その方が早く着く」


そう言って狼は少女に背中を向け、地面に伏せた。


少女がその背中に跨がると、狼は音もなく立ち上がり、草原を素早く駆けていった。


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草原をしばらく進んだ頃、目の前に大きな館が見えた。


しかし、館の周りには先程少女が見たときには無かった堀が出現していた。


その掘を狼は大きく飛び越え、そしてふわりと着地した。


その後、館の正門まで進むと不思議なことに、狼は指先一つ触れずに扉を開き、その中へ入っていった。


しばらくの間、狼は少女を乗せたまま館の中を歩き回っていたが、やがて一つの扉にたどり着き、その扉の前に少女を降ろした。


「ここに入れば先生に会える、それでは私は用事があるからここで失礼する」


狼はそう言って、館の廊下を歩いていった。


一人残された少女は目の前の扉をゆっくりと開け、その中へ足を踏み入れた。


部屋の中は書斎になっていて、小さなテーブルを挟んで椅子が二脚あり、大きな窓が内部を明るく照らしていた。


その手前に作業用の机が置いてあり、部屋の両壁は本棚に埋め尽くされていた。


少女が立ち尽くしていると、机で作業していた何者かが少女に気づいた。


「そんな所で何をしているんだい?どうぞ、椅子に座りなさい」


低く、しかし敵意を感じさせない優しい声で、彼は少女に言った。


少女はその指示に従い、ゆったりと椅子に座った。


男は少女の行動が終わるまで待ってから、先程まで行っていた作業を中断し、少女の前に座った。


そして男が手を二回叩くと、少女と彼の前に突然温かい紅茶が現れた。


少女は紅茶が現れた事に戸惑っていたが、彼はそれを気にとめる様子もなく、紅茶を一口飲んだ。


「……さて、君に質問したいことが少しあるんだけれど、答えてくれるかい?」


男からの最初の問いに、少女は首を縦に振って答えた。


「ありがとう、それじゃあ……」


少女の反応を見て、男は少し微笑みながら、次の質問に移った。


「君は誰なんだ?」


全く声色を変えずに男は質問をしたが、少女はこの質問を聞くなり、酷く怯え始めた。


何があったのか、と男は更に聞き出そうとしたが、少女の尋常ではない怯え方を見て、質問を取りやめた。


「すまなかった、不用意な質問だったね」


男は少女に向かって深く頭を下げて謝った。


だが、一向に治まらない少女の震えを見て、男はどうしたものかと頭を抱えた。


「紅茶を飲むといいよ、香りが良くて心が癒される」


「菓子はどうかな?甘い物は頭の整理に役立つはずだ」


「あぁ、それから、それから……」


男は少女の恐怖心を抑えるために次から次へと様々な物を取り出して少女に差し出した。


しかし、そのどれにも少女は興味を示さずただ俯きながら震えているだけであった。


やがて万策尽きたのか男は立ち上がり、何かを考えながら部屋を歩き回っていた。


しばらくの間、部屋の中には気まずい空気が漂っていた。


すると突然部屋の扉が開き、先程の狼が入ってきた。


「先生、あいつの新作だそうです、見てやってくださ……」


狼はそこまで言うと部屋の中を一瞥し、椅子に座って震えている少女を見つけた。


そして、その横で何か考え事をしている男を、軽蔑したような眼差しで睨んだ。


「……先生、婦女暴行は流石に擁護できませんよ」


その言葉を聞いて男は慌てながら立ち上がり、身振り手振りをしながら、必死に弁明した。


「違うよ!僕はただ彼女に質問をしただけだ!ただその質問が……」


男が声を張り上げると、少女はますます怯えてしまった。


「……先生、私に任せて下さい」


狼はそう言って少女のそばに寄り、体全体で少女を包み込んだ。


……しばらく沈黙が続き、少女が少しずつ落ち着いてきた頃、狼が話し始めた。


「そう言えば、自己紹介がまだだったね、私はシンと言う者だ、見ての通り狼をしている」


少女の反応を待たずにシンが話を続けた。


「あちらの方はジュリウス、この館に住んでる人だから怖がらなくていいよ」


そう言って、シンは尻尾で少女を撫でた。


シンの紹介を聞いて、男も落ち着いた声色で話し出した。


「あー……私がこの館の主ジュリウスだ、君がどうしてここに来たのかは解らないが、ゆっくりしていってくれ」


言い終わると、ジュリウスは先ほど座っていた椅子に座り直して、どこか落ち着かない様子で虚空を見つめていた。


その後、長い静寂に我慢が出来なくなったのかジュリウスが立ち上がり、少女の方を向いた。


「そうそう、疲れているのなら浴場に案内しよう、あそこは……」


そう言いながらジュリウスは少女に近付いたが、すぐに口をつぐんだ。


シンに包まれて、少女はいつの間にか眠っていた。


「……シン、彼女を寝室まで連れて行ってやりなさい」


少女を起こさないよう、声を潜めてジュリウスが言った。


シンが頷いて小さく吠えると、少女はふわりと浮いてシンの背中に降りた。


そして、少女を起こさぬようにシンは部屋を出ていった。


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しばらくして、シンが部屋に戻ってきた。


「大丈夫そうだったかい?」


ジュリウスが言った。


「少しうなされていました、恐らくは大丈夫ですが……」


シンが心配そうに言った。


それを聞いたジュリウスも落ち着いてはいない様子だ。


「そうか……一体あの子に何があったんだろうか……」


「そう言うことは本人に聞かない方がいいと思いますよ」


シンの返答にジュリウスは驚き、深刻な顔になった。


そんなジュリウスの顔を見て、シンも不思議な様子でジュリウスに聞いた。


「どうしたんです?世界崩壊のような顔をして」


「どうしよう……僕、聞いてしまった……」


その答えを聞いて、シンは拍子の抜けた様子で息をついた。


「まぁ、どうもしなくていいんじゃないですか?」


「そうかな……大丈夫だろうか……」


そう言いながら、ジュリウスは歩き回るのをやめ、椅子にどかりと座った。


窓からは月明かりが差し込み、部屋の中を仄明るく照らしていた。


「……月が綺麗だね」


ジュリウスが窓の外を見ながら言った。


「……そろそろ私も寝ますね先生、おやすみなさい」


そう言って狼は部屋を出ていった。


「……」


ジュリウスは、深いため息をついた。


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少女が目を覚ますと、そこは綺麗なベッドの上だった。


不思議と疲労感はなく、足の傷もいつの間にか治っていた。


少女はまだ呆けている頭を振り、ベッドから出て、あたりを見渡した。


ベッドの周りには、あまり使われた形跡のない家具が並んでいた。


綺麗なカバーの掛かった化粧台、装飾の付いた箪笥、そして棚の上に、まるで本物の人間のような人形が置いてあった。


少女が人形に恐る恐る近付くと、不意に人形の目が開いた。


少女が驚いて立ち止まると、人形は起き上がって、少女の方を見た。


「なぁんだ、起きてたのかぁ」


表情を変えずに……しかし、どこか安心した声色で人形が言った。


「心配したんだよぉ?夜中ずぅっとうなされてたからさぁ」


そう言うと人形は棚の上から飛び降りて、少女の方へ歩き出した。


そして少女の足元へ着くと、糸が切れたように倒れて動かなくなった。


少女が人形を拾い上げようとしゃがみ込むと、天井から先ほどの声が聞こえてきた。


「アッハッハ!ごめんねぇ、びっくりしたかぁ?その人形はぁ、ただのおもちゃだよぉ」


少女が驚いて天井を見上げると、そこには先ほどの人形に似た少年が天井に立っていた。


少女が反応を示したのが嬉しかったのか、少年は満面の笑みを浮かべて、少女の前に降りた。


「君ってさぁ、どこから来たのぉ?ねぇねぇ、お話聞かせてよぉ」


狼狽える少女を気にせず、少年は質問をぶつけていった。


その時、部屋の扉が開いた。


「おいマリオン、様態はどうだ?昨日は随分とうなされていたらしいが」


そこから入ってきたのは、巨大な狼のシンだった。


シンを見つけると、マリオンと呼ばれた少年は少女への質問を止め、狼の下へ走っていった。


「シン!あいつ今起きたとこだよぉ!なぁなぁ、色んな事聞いても良いだろぉ!」


マリオンはシンの背中に跨がり、その毛並みをわしゃわしゃと逆立たせていた。


シンが小さく吠えて一陣の風を起こし、マリオンを背中から降ろし、少女に話した。


「よく眠れたか?もし良ければ食事にしたいのだけれど……歩けるか?」


シンの問いかけに少女は首を縦に振って答えた。


「おぉ!ご飯かぁ、それじゃぁ俺も戻るよぉ」


マリオンはそう言うと、天井を歩いて部屋を出ていった。


目の前で起こった不思議な出来事に少女が驚いて呆けていると、シンが隣に座り込んだ。


「あいつはああいう奴なんだ、あんな姿だが私より長く生きているし、常識じゃ計れないよ」


少女の心を見透かしたようにシンが話し、その後ゆったりと部屋を出ていった。


少女はその話を聞いて少しの間ぼうっと考え込んでいたが、やがておぼつかない足取りで歩き出した。


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後ろを歩く少女の速さに合わせるように、シンが廊下を歩いていた。


廊下には所々に美術品や骨董品、どこか禍々しさのある絵画などが置かれていた。


窓の外から見える風景は、有ったはずの堀や門、壁なども見えず、ただただ広い草原が有るばかりだった。


周りを見渡しながら少女が歩いていると、立ち止まっていたシンにぶつかった。


倒れかけた少女を、シンは大きな尻尾で支えて立ち上がらせた。


そして、扉がまたもや独りでに動き出し、シンはその中へ入っていった。


その部屋は広い空間に豪華なシャンデリアと美しい刺繍の入った絨毯、大きな暖炉があり、部屋の中心を大きなテーブルが占領していた。


あまりの大きさに少女が呆然としていると、後ろからジュリウスの声が聞こえた。


「驚いたかい?この部屋は我が家の自慢だった大食堂さ」


ジュリウスはそう言うと、どこからか綺麗な椅子を取り出し、そこに座った。


「今はもうがらんとしちゃっているけどね、使う機会もあまりないよ」


ジュリウスは腕を組み、値踏みをするような目で少女を見ていた。


少女がおろおろとしていると、小さいが座り心地の良さそうな椅子と少女の背丈に合ったテーブルが現れた。


「今、朝食を用意しよう、何が良い?」


ジュリウスの質問に、少女は遠慮がちに自分の好物を言おうとした。


しかし、喉に何かが詰まっているかのように、うまく声を出すことが出来なかった。


慌てたように口をぱくぱくさせている少女を見て、ジュリウスは首を傾げ、訊ねた。


「あぁ、えっと……もしかして、声が出ないのかい?」


ジュリウスの的確な質問に、少女は首を縦に振って答えた。


「いや、大丈夫だよ、落ち着いて……こういう事は誰しもが体験しうることなんだ」


声が出せず、今にも泣き出しそうな少女に、ジュリウスはどこか納得した様子で言った。


「恐らく、何か大きなショック……怖いことがあったんだろう……あぁ、思い出さなくていいよ?」


ジュリウスの話を、少女は無心で聞いていた。


「だからそのせいで、一時的に声を出せなくなってしまったんだと思うよ」


そのような話をしていると、コック帽を被ったシンが戻ってきた。


大きな体に不釣り合いな白い帽子を被ったシンを見て、ジュリウスはクスクスと笑っていた。


「先生、何なんですかこれ?」


不機嫌な様子のシンが、頭の上の帽子を取ろうとしながら、ジュリウスに文句を言った。


「いやはや、似合っているんじゃないかな?……ほら、この子も笑ってくれたよ」


ジュリウスの言った通り、少女が音を出さずにクスクスと笑っていた。


少しの間、3人は笑い合っていた。


「さて、そろそろ食事にしようか」


しばらくした後、ジュリウスがそう言って手を叩いた。


すると、テーブルの上に様々な料理がぞろりと現れた。


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料理を食べ終えて、全員が休憩していると、扉を誰かがノックした。


「はいはい、どうぞ」


ジュリウスがそう返事をすると、扉が勢い良く開かれた。


「おぉうい、昨日渡したアクセサリーのことだけどよぉ……」


筋骨隆々の大男が、扉を潜りながらそう言った。


大男は手に持っていた大きな荷物を置き、中から煌びやかな宝石と様々な器具を取り出した。


「細工がまだだったの忘れちまっててよぉ、ちょっと持ってきてくれねぇか?」


ジュリウスが承諾して部屋を出ていくと、大男は床にどかりと座り込んだ。


少女が大男を見上げていると、大男と目が合った。


「うぅん?おぅい、シン、この子は誰だぁ?」


シンが、紅茶の入ったカップを頭の上に乗せながら答えた。


「その子は私が連れてきた子です、ちょっと事情があって話せませんが、なかなかいい子ですよ」


それを聞いて、大男は少女を見つめた。


まるで黒い宝石のような小さな目と髭の伸びた顔は、どこか朗らかな雰囲気を感じさせた。


「そうかぁ、嬢ちゃんは苦労したんだなぁ」


そう言って、大男は少女の頭を撫でた。


大男が頭を撫でると、少女の心はどことなく穏やかになった。


しばらくすると、ジュリウスが箱を持って戻ってきた。


「確か、昨日持ってきたのはこれで全部のはずさ」


そう言いながら、ジュリウスは箱を大男の前に置いた。


「おおぅ、確かにこれで全部だ、そんじゃあちゃっちゃと終わらせるかぁ」


大男は、見た目に似合わない繊細な動きで、宝石を素早く丁寧に加工し、装飾品に取り付けた。


すぐに作業は終わり、大男は器具を荷物にしまった。


「それじゃあなぁ、また出来上がったらそっちに渡すよぉ」


大男はそう言って、扉の縁に頭をぶつけながら帰って行った。


「彼はドワーフのソルダって言ってね、時々こうやって作品を持ってきてくれるんだ」


少女の声に出せない疑問に答えるようにジュリウスが言った。


その手には、大海を思わせる大きなサファイアの付いたブローチや、煌びやかな宝石が散りばめられたネックレスなどがあった。


「彼の作るアクセサリーは非常に出来が良くて、買い手が何人もいるんだよ」


そう言って、ジュリウスはアクセサリーを箱に戻した。


「さて、ご飯も食べ終わったことだし……そうだなぁ……」


ジュリウスはしばらく考え込んだ後、少女の何かに気がついた。


「あぁ、お風呂に入ってくるといいよ、少し汚れてしまっているからね」


ジュリウスにそう言われ、少女は自分の髪を見た。


深緑色の髪は泥で汚れ、ぼさぼさになっていた。


「シン、彼女を案内してあげなさい、僕はちょっとやることがあるからね」


そう言ってジュリウスは部屋を出て行った。


「……さて、着いてきなさい」


シンはそう言うと、ジュリウスの出て行ったドアとは反対のドアから部屋を出た。


少女もシンを追って部屋を出て行った。


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部屋を出て少し歩いたその時、シンが不意に立ち止まった。


「そういえば、君は女性だったね?」


シンにそう聞かれて、少女は頷いた。


すると、シンは頭を抱えるようなそぶりをした。


「そうすると困ったな、私では君に着いていくことができないから……」


少しの間、シンは頭を悩ませていた。


そして何かを思いついたのか、館の外へ出て大きく遠吠えをした。


「よし、これで大丈夫なはずだ、あいつが来てくれればいいけれどな」


そう話しているシンの横に小さな三毛柄の猫が現れた。


その猫はシンの頭に素早く上ると、突然人の姿になった。


「わたしを呼びつけるとは、シンの癖にずいぶん生意気になったね」


猫だった女性は、シンの頭から飛び降りながらそう言った。


少女の見たことのない不思議な着物姿、そして、遊び心なのか頭の上には猫の耳が残っていた。


「ツバキ、よく来てくれた、早速頼みたいんだが……」


要件を言いかけたシンの口をツバキが塞いだ。


「そう慌てないの、わたしはこっちの女の子が気になるんだけどさぁ」


ツバキが少女を指し示しながら、シンに問いかけた。


少女は説明をしようとしたが、自分が話せないことに気づいてシンに助けを求めた。


「この子は新しくこっちに来た子だよ、訳があって話せないんだ」


シンがそう説明をすると、ツバキは少女の元に駆け寄った。


「へぇー、こんな小さな子でも訳ありかぁ……あ、わたしツバキって言うの、よろしくね」


ツバキは少女の頭を撫でながら自己紹介をした。


「それじゃあツバキ、その子を風呂に入れてやってくれないか?」


先ほど遮られた要件を、シンがツバキに伝えた。


「そう言うことか、いいよ、やったげる」


シンの頼みを承諾して、ツバキは少女を連れて浴場に向かった。


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浴場に着いて少女の目に入った物は、様々なミニチュアの浴場だった。


大理石で出来た豪華な物、森の中の秘湯のような物、異国情緒の溢れる物など、多種多様な浴場が揃っていた。


「いつ見てもすごいねー、あの先生の趣味には本当驚かされるね」


ツバキが何か準備をしながらそう言った。


「そうだなー、適当にこの辺でー、後はー、特にないか」


少女がミニチュアの浴場を目を輝かせながら眺めていると、ツバキが少女を抱き上げた。


「よし、それじゃあ行くよ」


そう言って、ツバキはミニチュアの浴場に向かって飛び込んだ。


少女は目を閉じて衝突を覚悟したが、何時まで経っても衝撃が起きることは無かった。


少女が恐る恐る目を開けて周りを確認すると、そこはミニチュアで見ていた大理石の浴場だった。


「驚いたでしょ?これも仕掛けの一つなんだってさ」


少女が驚いて辺りを見渡している姿を見て、ツバキが笑いながらそう説明した。


「何だっけかな、空間圧縮操作だかなんだかの応用とか言ってたかな?まあいいか」


そう言って、ツバキは突然着ている服を脱ぎだした。


「せっかくだし、わたしも入るよ、一緒に入ろ」


少女も着ていた服を脱ぐと、先に入っていたツバキに続いて浴槽に入った。


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少女達はしばらく無言で温泉を楽しんでいた。


しかし、少女がツバキの頭の上の耳を気にしていると、ツバキが少女の方を向き、話し始めた。


「わたしはねー今でこそこんな風に人の姿になってるけど、元々は猫だったんだよ」


少女は突然の告白に驚いたが、ツバキはそれを気にすることなく話を続けた。


「昔々の事だよ、ある小さな村にあなたと同じくらいの女の子が居たんだけど、その子は病気がちでね」


「その子の親は必死にどうにかしようとしたんだけど、お医者様にも治せない病気だったらしくてさ」


「でね、その子は猫を飼っていたんだけどさ、中々可愛がってもらっていてね」


「その子と猫は、ずぅっと遊んでいたんだけどさ、いつかは終わりが来るもんだよ」


「その子の容態はどんどんと悪くなって、親も医者も皆もう諦めていた」


「でね、女の子が亡くなる直前、その子は猫に一つの呪いをかけたのさ」


「『私が生きられなかった分、あなたがその分を生きて』だってさ」


「で、今に至るって訳だよ」


ツバキは話し終えると、水面を見つめてニコリと笑った。


「なーんてね、嘘だよ、もう上がろうか」


そう言いながらツバキは勢いよく立ち上がり、素早く体を拭いて、服を着た。


「ほら、あなたも拭いてあげるよ」


少女が出てきた所を捕まえて、ツバキがやんわりと体を拭いた。


体を拭き終わり、少女は服を着ようとしたが、いつの間にか服が無いことに気が付いた。


少女が慌てていると、ツバキはどこからか少女にぴったりと合いそうな服を持ってきた。


「さっきの服は少しぼろぼろだったからね、こっちを着てちょうだい」


そう言って、ツバキは少女に新しい服を着せた。


「これできれいになったかな、よし、シンの所に戻るよ」


ツバキは少女を抱き抱え、外へ出た。


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少女達が外へ出ると、シンが待っていた。


「ありがとうツバキ、急に呼び出してすまなかったな」


少女をシンに引き渡すと、ツバキは猫の姿に身を変えた。


「良いよ別に、中々からかい甲斐があって楽しかったよ」


そう言うと、ツバキは灰色の靄の中に消えていった。


「……さて、何をしたい?」


シンが少女に問いかけた。


少女は声が出せず、身振り手振りで教えようとしたが、シンはそれを遮った。


「そう慌てなくても大丈夫だ、先生なら判ってくれる」


少女がキョトンとしていると、シンは少女を背中に乗せた。


「そうだな、まずは先生の所に行かなければ行けないな」


そう言って、シンは館の中を歩き始めた。


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