2019-04-02 17:55:10 更新

概要

前作《いろは「先輩を射抜きます」 八幡「なに? 俺、死んじゃうの?」》のPart2です。少しタイトルが変わっているのでそれで差別化ということで。主軸の話があるので、前作から読んでもらうほうがわかりやすいと思います。


前書き

2016/10/30 11:17
この時点を持ちまして、完結となります。
以降、コメントでの要望や思いついたシチュエーションを書くことがあるかもしれないので、
『執筆中』とさせていただきます。


前作→いろは「先輩を射抜きます」 八幡「なに? 俺、死んじゃうの?」




聖なる夜に心を結い、白い雪の色は染まりゆく【中編】


結衣「あっ! ゆきのん、ヒッキー、いた!」


八幡「迷子の小学生みたいだったぞ」


結衣「失礼!? って、なんで二人、手を繋いでるの……?///」


雪乃「由比ヶ浜さん。よからぬ想像をしているなら、私に失礼よ」


結衣「あ、ごめん」


雪乃「こんな汚……男にあらぬ感情を抱くなど、悍ましくて寝付きが悪くなるわ」


八幡「俺に失礼だからな? 後お前、今、汚物って言おうとしなかった?」


雪乃「あら、そう聞こえたのならごめんなさい。でも、思っていても言葉に出すヘマなんてしないわ」


八幡「思ってはいるんだな? そうだな?」


結衣「ま、まぁその辺にしとこ! それより、ビンゴゲームが始まるみたいだよ?」


八幡「ビンゴねぇ……ありきたりだな」


結衣「でも、ありきたりって、ありきたりになるくらいに愛されたからありきたりになったんじゃないの?」


八幡「由比ヶ浜ごときがやけに真理を……」


結衣「失礼だからぁ!! とりあえず、二人の分も買ってきたから、行こうよ!」


八幡「えー……あの人混みの中に? あまつさえもしもビンゴしてみろよ。名乗り出なきゃならんのだぞ? 羞恥プレイだろ」


結衣「そんな恥ずかしいことかなぁ? 盛り上がっていいじゃん」


雪乃「参加して、ビンゴしたら由比ヶ浜さんに取りに行ってもらう、というのでどうかしら」


結衣「いいよー!」


八幡「人柱か」


雪乃「または生け贄、かしらね」


結衣「多分だけど、失礼なこと言ってるよね?」


雪乃「ところで由比ヶ浜さん。さっき、買ってきたって言ってたわよね?」


結衣「うん? うん、そだよー。いろはちゃんが売って回ってた」


雪乃「いくらだったのかしら? 支払うわ」


結衣「いいよいいよー、そのくらい!」


雪乃「でも……」


結衣「じゃあ、こんど何か食べに行った時、デザートでも奢って? それでいいじゃん!」


雪乃「ええ……由比ヶ浜さんがそれでいいのなら」


八幡「何このやり取り? イケメンとヒロインがたまにやってる感じ? さらっと次回も会う約束を取り付けるやつー」


結衣「ははは、ヒッキーおもしろーい」


八幡「心にもない言葉を捻り出すのやめてくんない? 捻くれてるのは俺だけで十分だから」


雪乃「自覚あったのね……」


八幡「しかし、なんだな。費用を徴収するなんて、一色のやつもちゃっかりしてんな」


雪乃「ビンゴゲームは景品も用意されるし、おそらくイベントの中でも上位に食い込むコストだから。参加者から参加費を貰うのは致し方無いわ」


結衣「でも、1枚300円だよ? 1位なんておっきいテレビもらえるし、すっごいお得だよね!」


八幡「それ、コスト分回収できるのかよ……」


雪乃「参加者はかなり多いみたいだし、事前にクラスメートや知り合いに売ってたみたいだから、きっと大丈夫なのでしょう」


八幡「ま、元々のコストも学校側が出してんだろうしな。どうでもいいか」


――――――


――――


――


八幡「で、ビンゴゲームは雪ノ下がお菓子の詰め合わせ。で、お前が掃除機を貰った、と」


結衣「ヒッキーは参加賞の◯まい棒だったねー」


八幡「まともな景品はおろか、ほとんど数字が合わなかった。これがステルスヒッキーたる俺のスキルだ。やだ、マジで俺って幻のシックスメン」


結衣「またヒッキーがわけわかんないこと言ってる……」


八幡「人混みにつかれた雪ノ下は涼みに行ったが、なんでお前はここに残ってんだよ」


結衣「ん? ヒッキーがいるからだよ?」


八幡「お前はまたそうやって……ナチュラルに男子を落としにかかる小悪魔め」


結衣「よくわかんないけど罵倒されてる?」


八幡「一色と違って、お前の場合は天然だから手のつけようがねぇな」


結衣「いろはちゃん……ね、ヒッキー」


八幡「なんだよ」


結衣「ヒッキーはさ、いろはちゃんのこと、どう思ってるの?」


八幡「あざとい」


結衣「あはは……それも本心なんだろうけどさ。もっとこう、その、男女として、みたいなさ」


八幡「お前こそ、わけわからん質問してんじゃねーよ。俺があいつと? ……ありえねーだろ。そもそもあいつは、葉山のことが好きなんだぞ?」


結衣「ね、ヒッキー。本当に、そう思ってるの?」


八幡「……」


結衣「ヒッキーが言うところの本物ってさ、誤魔化し続けることなの? あたしは……あたしはさ、ヒッキーにとっての本物でありたいと思う」


八幡(つっかえながら紡がれた由比ヶ浜の言葉は、なぜか突き刺さる。こいつの真面目な表情が、そうさせているのかもしれないが)


八幡(こいつの言わんとすることは、本当は……)


結衣「じゃあさ、質問を変えようか! ヒッキーにとって、奉仕部ってなに?」


八幡「平塚先生に無理やりぶち込まれて、あまつさえ更生しろとかいう迷惑極まりない空間。放課後の時間が拘束されるし、いいことなんて何もない」


結衣「……」


八幡「…………と、一昔前の俺ならそう答えていただろうが。さすがに、いいことなんて何もないなんて、言えねーよ」


結衣「ヒッキー……!」


八幡「小町も入部したしな! 小町といられるならどこだってユートピアだぜ!」


結衣「ヒッキー……」


八幡「ま、おまけで雪ノ下と由比ヶ浜。さらにおまけで一色。なんなら、平塚先生や材木座も数に数えても良い。もちろん、小町と戸塚は強制的に頭数だが!」


八幡「そんなメンツで過ごしている俺の青春は……間違っているけど、間違っていないのかもしれねぇな」


結衣「間違ってなんかないよ。ヒッキーが過去にどんなだったか、さんざん自虐ネタで聞かされたけどさ。今は、違うじゃん」


結衣「少なくともあたしは、ヒッキーのことを嘲笑ったりしない。遠ざけたりしない。いないものになんてしない。侮蔑なんかしない」


結衣「もちろん、ゆきのんだってそう。もう、ヒッキーのことを本心から悪く言う人なんて、ヒッキーの周りにはいない。もし悪くいう人がいたら、あたしが許さないよ。きっと、ゆきのんも」


八幡「……はっ。よくもまぁ、んなこっ恥ずかしいことを真顔で言えたもんだ」


結衣「なっ……///」


八幡「けどまぁ、サンキュ。一応、礼だけ言っとくわ」


結衣「うんっ! じゃあ、ヒッキー。あたし、またちょっと優美子たちのとこに行ってくるね!」


八幡「おお、行ってこい行ってこい」


結衣「また後でね!」


八幡(それだけ言うと、由比ヶ浜は葉山グループに戻っていった)


八幡(あいつは本当に、人付き合いがうまい。羨ましく思わなくもない)


八幡(雪ノ下は、俺に似ている。ぼっちだし、人付き合いが苦手だけど)


八幡(けど、凛として立ち続け、後退せず進み続ける彼女が、少し羨ましい)


八幡(本物……か)


八幡(本物を見つける前に、まずは自分が、本物にならなきゃいけねぇのかも、しれねぇな)


八幡「ちゅーかあいつら、本物本物言い過ぎだっつの。俺の黒歴史いじって、そんなに楽しいのかよ」


吐き捨てるように漏らした独り言は、周囲の喧騒に紛れて掻き消された。

八幡の表情にはほんの少しだけ、諦めたような、でも悪くない笑顔が浮かんでいて。

遠くからこっちに向かってくる一人の少女の姿を見つけて、諦めたように手を挙げた。


【聖なる夜に心を結い、白い雪の色は染まりゆく【中編】】 終


聖なる夜に心を結い、白い雪の色は染まりゆく【後編】


八幡(宴もたけなわ、と言ったところか。ちらほらと帰宅するメンツも見え始めたし、イベントも消化した)


八幡(後は適当に駄弁って解散だ。一色もようやく、肩の荷が下りたってとこだろう)


いろは「せんぱーい? 聞いてますかぁー?」


八幡(で、俺は暇になった一色に付きまとわれている、と)


八幡「お前、閉会の挨拶とかいいのかよ? そろそろだろ、時間」


いろは「閉会は副会長の役目なので、いいんでーす。先輩こそ、結衣先輩や雪ノ下先輩はどうしたんです? 振られたんですか?」


八幡「なんで突然振られなきゃならんのだ。あいつらもあいつらで、各々のすべきことがあんだろ」


いろは「なーんか意味深に言ってますけど、要するに知らないんですよね? ま、わたしとしては、先輩と二人っきりのほうが嬉しいな、なんて?」


八幡「はいはい、相変わらずあざといね。そろそろ帰るか」


いろは「なんでですかー!? わたしとの時間はまだ始まったばかりじゃないですかー!?」


八幡「だがもう終幕だろ? なら帰宅するのが道理だ。違うか?」


いろは「違います」


八幡「即答か……」


いろは「わたしだって、運営疲れたんですー。労ってくれたっていいじゃないですかー」


八幡「お疲れ☆」


いろは「きもっ」


八幡「ガチトーンで罵るのやめてくんない? 実は結構心にくるんだからな」


いろは「あ、副会長の閉会の挨拶が始まった。先輩、ちゃんと聞いてあげてくださいよ?」


八幡「嫌だ」


いろは「まぁ、いいんですけどね! 副会長ですし!」


八幡「副会長だって頑張ってるんだぞ? もう少し労わってやりなさい」


いろは「もちろん、感謝してますよぉー。このイベントだって、ちゃんと成功したのはみんなのおかげなんですし」


いろは「あ、そろそろ終わりですね。流石に最後だけ、締めは一緒に行ってきますです。先輩、ちゃんと待っててくださいね♪」


八幡「え、嫌なんだけど……」


いろは「待ってて! くださいね?」ズイッ


八幡「はぁ……わかった、わかったから顔を近づけるな」


いろは「ちょっとドキッとしません?」


八幡「するかアホ。さっさと行け」


いろは「ちぇー」


八幡(言い残すと、一色は生徒会の連中と合流して、締めの音頭を取った)


八幡(意外にも、立派な生徒会長となったな、なんて柄にもなくほめてやりたいような感覚になる)


八幡(ま、いつものお兄ちゃんスキルだな、これは)


 ~数分後~


いろは「あ、先輩、ホントに待っててくれたんですねー」


八幡「お前待てって言ったじゃん」


いろは「結衣先輩や雪ノ下先輩、先に帰るってさっき会いに来てくれましたよ」


八幡「は?」


いろは(今日は譲るって言ってたな……クリスマスの日に譲るとか、ちょっとお人好しすぎません?)


いろは(って、いやいや。別にわたし、先輩が……なんて……)


いろは(……本当は、どう思ってるの? わたし)


八幡「一色? どうした、黙りこんで」


いろは「わたしが考えてることが気になるんですかー? 変な趣味してますね」


八幡「あほか」


いろは「……先輩」


八幡「んだよ」


いろは「……いえ、やっぱいいです。ゲーセンでも行きましょう、ゲーセン!」


八幡「え、今から……? もう良い子は帰宅しなければならない時間なんだけど」


いろは「先輩って、良い子なんです?」


八幡「んなわけない」


いろは「なら決まりです! ゲーセンって、この時期は24時間営業してるとこも珍しくないんですよー」


八幡「なにその、遠まわしに朝まで連れまわす発言」


いろは「え、先輩ひょっとして期待しちゃってます? ごめんなさい純粋に先輩にたかろうとしただけで今のところそれ以上の意味はないです」


八幡「お前、どんどん正直になってるよな。図太い神経してやがる」


いろは「……正直になんて、なれるわけないですよ。今まで作ってきた仮面が多すぎます」


いろは「って、そんなことはどうでもいいんです。とーにーかーく! ゲーセン、行きますよ」


八幡「嫌だ」


いろは「むー……本当に嫌なら、諦めます……」シュン


八幡「……少しだけだ」


いろは「……!」


八幡「少しだけなら、付き合ってやる。だが、たかられるつもりは毛頭ないからな」


いろは「先輩って、なんだかんだ甘いですよねー。……それがズルいんです」


八幡「意味がわからん。つーか二人で行くのかよ」


いろは「そのつもりですけど、問題あります?」


八幡「いや、問題しかねぇだろ。クリスマスなんてリア充イベント真っ盛りの日に、男女二人でいるとか、あれだろあれ。色々勘違いとかあれだろ」


いろは「先輩、国語得意ってわりに語彙が貧困じゃないです?」


八幡「うっせ。わざとだよわざと」


いろは「それに、勘違いなんて気にする必要ないです」


八幡「は? そこは気にするだろ」


いろは「気にしなくていいんです。もー、早く行きますよ! 時間は有限であって、無限ではないんですからね!」ガシッ


八幡「お、おい、一色! わかったから腕を組んで引っ張るな歩きづらい!」


いろは「照れてます?」


八幡「アホか。歩きづらいっつーの」


いろは「せっかくだから、わたしと、恋人っぽく振る舞ってみます?」


八幡「アホか」


いろは「つれないですねー」


八幡「……ほんと、お前って何考えてるのかわけわかんねぇ」


~ゲームセンター~


いろは「プリクラは前撮っちゃいましたし……何をしましょう?」


八幡「え、したいことあるから来たんじゃねーの? じゃあ帰っていい?」


いろは「いいわけないでしょう? したいことなくても、来ちゃいけない理由にはなりませーん」


いろは「それに……」


いろは「先輩となら、どこ行っても楽しいですよ?」


八幡「……お前な。ほんとあざといな。俺以外にはうかつにやるなよ? 一般的な男子学生は簡単に勘違いするからな。俺ほどの熟練者なら、柳に風と受け流すことも可能だが」


いろは「先輩は勘違いしないんですか?」


八幡「しない」


いろは「即答ですか……ま、いいです。あれやりましょう。あの、シューティングゲーム?」


八幡「二人で協力プレイしてやる感じか。車みたいな設備の中に入って……ああ、臨場感が味わえるタイプのやつだな」


いろは「先輩、詳しいんです?」


八幡「いや、適当に言った」


いろは「えー……?」


八幡「ぼっちの俺が二人で協力プレイなんてやるか? いややらない。逆説。というよりやれない」


いろは「先輩の自虐って、たまーに本気で同情したくなりますね。しませんけど」


八幡「しないならなんで言った? ただの追い打ちだぞ?」


いろは「ま、どうでもいいので行きましょー」


八幡「お前、やっぱ俺に対しての遠慮がないよな」


~なんだかんだで遊戯後~


いろは「先輩、なんというかあれですね……弱くもなく強くもなく」


八幡「うっせ。だからやったことないんだっつの」


いろは「でも、なんだかんだで楽しかったですよ? わたしもあまり経験ないですから、新鮮でしたし」


八幡「お前くらいの外面なら、あの辺のホラー系のやつに葉山と乗り込んで、あわよくば押し倒そうなんて考えてそうなものだが」


いろは「先輩の中でのわたしってどんな存在なんですかね……や、確かに魅力的な提案なんですけど」


八幡「で、次はどうすんだよ? そろそろ晩ごはんの時間だから帰るか?」


いろは「先輩の家では夕飯の時間はこんなに遅いんですかー? 小町ちゃんに聞いてみよっと」


八幡「わかったやめろ。このタイミングでお前と二人でいるなんて、小町に知られたらやばい」


いろは「なんでそこはかとなく、不倫相手と一緒みたいな感じなんですか……」


いろは「はっ、もしかしてもう不倫相手とみなしてます? すみません出来れば純愛にしてもらいたいので奥さんと別れてからにしてくださいごめんなさい」


八幡「クリスマスに不倫とか純愛とか口走るのやめてくんない? ほら、何人かこっち見てるじゃん」


いろは「まぁでも、先輩の捻くれた言い訳はともかくとして、そろそろ帰らなきゃではありますねー。高校生ですし制服ですし、24時間営業してるとはいいましたけど、23時には強制退場させられます」


八幡「潮時だな。んじゃ解散ってことでー」


いろは「待ってください。ゲーセンは確かに追い出されますけど、別の場所なら大丈夫なんですよー?」


八幡「いや、大丈夫じゃねぇだろ……こんな時間に出歩いているだけで職質されるわ。ちなみに俺は、何もしてないのに歩いてただけで職質されたことがある」


いろは「そんな目で歩いてるからじゃないですかー?」


八幡「それ、小町にも言われたことがあるんだけど。まさか本心で思ってるんじゃないよね?」


いろは「ただ、先輩の言葉にも一理ありますよね。補導されるのも嫌ですけど……でも、もう少しくらい大丈夫ですよね」ウワメヅカイー


八幡「……もう少しだけだ」


いろは「やっぱり先輩って、なんだかんだ甘いですよねー。じゃあ、行きたいところがあるんですけどぉー」


八幡「あまり遠くは行けねぇぞ。とりあえず、小町に遅くなる連絡だけ入れとくか……」


いろは「あ、小町ちゃんにならすでに連絡してますのでー。ご安心を」


八幡「なんでお前が俺の家族に連絡してんの? 家族気取り?」


いろは「そそっ、そんなわけないじゃないですきゃー! ちょっとクリスマスに一緒にいてあげてるからって、調子に乗ってんじゃないですきゃっ!?」


八幡「なんでそんな慌てて噛んでんだよ……いつものお前の言い回しを借りただけだろ」


八幡「で、どこに行きたいんだよ?」


いろは「それはですねぇ……ついてくればわかります!」


―――――


――――


――


いろは「ここです!」


八幡「ここ……って、商店街の特大ツリーじゃん。毎年飾られてるだろ」


いろは「はい、なんの変哲もないふつーの特大ツリーです。けど、だからこそ先輩と一緒に来たかったんですよ」


八幡「またなんで酔狂な……」


いろは「いーんです、これで」


いろは「……」


八幡「……」


いろは「あ、あのっ、せんぱ……」


八幡「帰るぞ。これ以上はマジで補導されちまう」


いろは「……そ、そうですね。仕方ないですね」


いろは(先輩は有無を言わさず、と言った感じで歩き出してしまった)


いろは(わたし……わたしは、何を言おうとしたんだろう)


いろは「あ……雪ですよ、先輩」


八幡「ホワイトクリスマス……ってやつか。リア充がざわめきだしそうで煩わしい」


いろは「もー、なんでそういうこと言いますかねぇ」


 暗闇から現れた真っ白な雪が、はらはらと恋人たちを包み込み始める。

 ロマンチックな演出だと、世の人々が色めき立つ。


いろは「……」ガシッ


八幡「うおっ!? な、なんだよ一色、手なんか取って……」


いろは「いいじゃないですかー。こうしておかないと、なんかクリスマスに喧嘩したカップルみたいで浮いて嫌なんです」


八幡「……本当にそれだけだろうな? 裏はないな?」


いろは「……本当ですよー、先輩♪」


 手を繋いで歩く二人もそうかもしれない。あるいは、今ここにいない誰かも含めて。

 この聖なる夜に心を結い合わせ、白い雪の色を染めていく。


【聖なる夜に心を結い、白い雪の色は染まりゆく【後編】】 終


この状況は重大な死亡フラグなのかもしれない


 ※一部、独自の設定が盛り込まれていて原作との差異が存在します。


小町「あー! まーたごみぃちゃんはこんなところでダラダラして……大掃除の最中なんだから、どいてどいて!」


八幡「大晦日くらいのんびりさせてくれよ……なんで大晦日に慌てて掃除してんの? あらかじめ定期的に掃除しとけばいい話じゃない?」


小町「定期的に散らかす人がいますからねー」


八幡「第一、大晦日に大掃除するってよろしくないらしいぞ? 落ち着いて新年の神様を迎える日ってことだ」


小町「神様を迎えるにあたってゴミだらけはダメだよねー。じゃあまず、お兄ちゃんを捨てちゃうね……?」


八幡「待て小町。なんで目から光を消えているのか? やめてくれ! ヤンデレ妹は俺に効く」


 ピンポ~ン♪


八幡「お、誰か来たみたいだぞ小町」


小町「お兄ちゃん、出て」


八幡「なんで俺が……」


小町「出て」


八幡「はい」


 ピンポ~ン♪


八幡「はいはい、どなたですか……」ガチャ


いろは「せんぱ~い。可愛い女の子かと思った? 残念、いろはちゃんでした!」


八幡「お前、どこでそんなネタ拾ってきたんだよ。日々多様化するお前のネタのバリエーションがよろしくない方向に広がってて、一抹の不安を覚える」


いろは「わ~……先輩って、大晦日でも目が腐ってるんですねぇ」


八幡「なに? 君は俺に毒を届けに来たのかな? 返品だ」


いろは「残念、この後輩は呪われていて、返品できない!」


八幡「今度はドラ◯エか? つーか埒が明かん。なんの用だ?」


いろは「いやー、さっき大晦日イベントの福引を引いてみると、特賞が当たっちゃいましてですね。とんでもない運のよさでして」


八幡「ん? 強運自慢に来たのかな?」


いろは「話は最後まで聞いてくださいよ~。でですね、その景品というのが……」


いろは「じゃーん! これなんですよこれ!」


八幡「チケット……?」


いろは「な・ん・と! ディスティニーランドのチケットなんです!」


八幡「何かと思えば……んなもん珍しくないだろ」


いろは「これだから先輩は……」


いろは「いいですかぁ? これ、今日の特別営業の入場券なんです!」


八幡「特別営業……?」


いろは「今年の大晦日は、ディスティニーランドは営業時間を18時から翌朝、元日の6時までにするらしいのです。大晦日ならではイベントを行って、華やかな年越しをしよう! という企画だとか」


八幡「大晦日ってもっと奥ゆかしいものだと思ってたんだけど、これって俺の勝手な解釈?」


いろは「わからなくはないですけどぉ……でも、楽しい方がよくないですかぁ~?」


八幡「よくない。俺はあくまで、日本人らしく静かに年を越すことを選ぶ。大晦日のバラエティ番組を垂れ流しつつ、こたつで年越しそばをすする。なにより、小町と過ごす緩やかな時間が至高だ」


いろは「このシスコン……」ボソッ


八幡「妹好きは千葉県民の特性であり特権でもある。当然だ」


いろは「千葉県民を巻き込まないでください。先輩だけです」


八幡「ガチトーンで言われたら凹む人がいるというのを、君は学んだほうがよい」


いろは「で、こっからが本題なんですけど……」


八幡「嫌だ」


いろは「まだ何も言ってませんけど!?」


八幡「あっ、この流れ、ゼミで習ったやつだ! ……と言いたくなるくらいにテンプレ展開だ。この先に一色がどう来るかは手に取るようにわかる」


いろは「ちょっと何言ってるかよくわかりませんけど、今から一緒に行きませんか?」


八幡「その、どうせ暇なんですよね? みたいな目で俺を見るな」


八幡「どちらにせよ、行くわけがない。俺はゆっくりしたいんだ」


いろは「えー? 可愛い後輩がわざわざ誘いに来てるのに、断るって選択肢はなくないですかぁー?」


八幡「一色と小町の誘い、どちらの優先順位が高いかを考えてみろ。圧倒的、小町だ」


いろは「小町ちゃーん。ちょっと先輩、借りていいかなぁー?」


小町「あ、いろはさん! 当然いいですよ! むしろ掃除の邪魔でしたし、どんどん持って行っちゃってくれたら小町的にポイント高い!」


八幡「お兄ちゃんに対する扱いが適当すぎない? それ、八幡的にポイント低い」


いろは「許可も貰ったことですしぃ、行きましょう! ていうか、行かない選択肢は先輩にはないです」


八幡「つーかなんで俺なんだよ。そういうのこそ、葉山を誘えよ」


いろは「いやー、葉山先輩には三浦先輩が引っ付いてるみたいですし……」


八幡「じゃあ他の友達でいいだろ。それか由比ヶ浜だったら喜んでついてくるだろうし、雪ノ下だってなんだかんだお前に甘いから来るぞ。パンさんをちらつかせば完璧だ」


いろは「むー……先輩、そんなにわたしと行くのは嫌ですかぁー?」ウルウル


八幡「うわっ、上目遣いと涙目のコンボ、あざとすぎ!? いくら可愛くてもだな、俺は俺の平穏が……」


小町「あ、そうそうお兄ちゃん! 小町、年末限定のディスティニーランドのグッズ、欲しいのがあるから買ってきて!」


八幡「いや、だったら小町が一緒に行けば……」


小町「小町は大掃除で手が放せないんですー。小町のためなら行ってくれるよね?」


八幡「はぁ……仕方ねぇな」


いろは「なんか複雑というか、ショックというか……ま、気にしないでおきます」


――――――


――――


――


八幡「うっわ、遠目から見るだけで人混みが……」


いろは「まさしく人がゴミのよ(ry」


八幡「言わせねぇからな!?」


八幡「しかしこれは、列に並んでるだけで年越しちまうな。帰ろう。帰ればまた、来られるから」


いろは「帰ったら二度と来ないでしょう、先輩」


いろは「安心してください! なんとこのチケット、優先券なので並ぶ必要がございません!」


八幡「なんかご都合主義的な感じだな」


いろは「なんで不服そうなんですかねー。とりあえず、こっちの道からいけるみたいですよ」


八幡「……で、場内もまた人の多さがハンパじゃないな。ハンパじゃないしか言えないくらいに凄まじい量だな。ぱないの」


いろは「ま、今日はアトラクション目当てじゃありませんし。どうしても乗りたいのがあったら並んで、後の時間はのんびり物販エリアで過ごしませんか?」


八幡「いいけど、物販も多いだろ。広場も多いしトイレも多い。ダメだ、俺の居場所がない」


いろは「先輩、存在感ないですから適当にしてても誰も気にしないと思いますよ」


八幡「ステルスヒッキーは繊細なの。居座る空間がない時、効力を発揮しない」


いろは「欠陥品じゃないですかー。でも先輩、いいんですか?」


八幡「何がだよ」


いろは「小町ちゃんに、年末限定グッズ、頼まれてたじゃないですか。買って帰らないと後が怖いと思いますけど」


八幡「くっ、小町のためなら致し方あるまい……行くぞ、一色」


いろは「……ほんと、その愛情の数%でも他の人に向けられませんかねー」ボソッ


八幡「喧騒でよく聞こえんが、なんだって?」


いろは「いーえ! なんでもないですぅー」


いろは「さてさて、お土産屋さんに来たわけです。あっ、これ可愛い~!」


八幡「お前って不思議な生き物だよな。可愛いって言うだけであざとく見えてくる」


いろは「先輩にとってのわたしの印象って、なんなんですかねー。まぁいいですけどー」


八幡「俺は小町への土産を選定する。一色は自分の好きなものを見てるといい」


いろは「なんでナチュラルに別行動を提案するんです!? 一緒に見て回りましょうよぉー」


八幡「えー、だってこんな人混みの中、二人でいたらあらぬ勘違いされそうじゃないですかぁー」


いろは「まさかとは思いますけど、それ、わたしの真似です?」


八幡「他に誰がいるよ?」


いろは「失礼極まりないですねぇ。ごちゃごちゃ言ってないで、早く見て回りましょう!」


八幡「俺は小町の土産を……」


いろは「小町ちゃんのお土産も一緒に見ますって! ……あ、パンさんがありますよー」


八幡「年末限定か……これを買って雪ノ下に見せびらかしたら、優越感に浸れるだろうか」


いろは「なんでそんな捻くれた発想に至ったんです? 買って行ってあげればいいじゃないですかー」


八幡「なんで俺が雪ノ下に? エンジェル小町やピクシー戸塚にならともかく」


いろは「先輩、その表現はきもいです」


いろは「訂正します。いつもきもいです」


八幡「直接的な罵倒は雪ノ下だけで十分だよ!」


八幡「だいたいお前、年末限定品なんざ買って行ったら、俺が今日この日をディスティニーランドで過ごしたって自白するようなものじゃねぇか」


いろは「確かにそうですね……」


いろは「なら先輩、提案なんですけど」


八幡「聞くだけ聞いてやる」


いろは「わたしも一緒に、お土産をあげたらどうです? そうすればみんなハッピー」


八幡「……それ、どこをどうしたら解決策になってんだよ。むしろ俺とお前が二人でディスティニーランドでハッピーニューイヤー的なあれしたって勘ぐられるだけだろ」


いろは「やだなー、いくら雪ノ下先輩や結衣先輩でも、そこまで考えつかないですって。むしろ二人共が買うことで「あっ、どこにでも売ってるんだな!」みたいな曲解をですね……」


八幡「絶対しねぇだろ。百歩譲って雪ノ下はパンさんで籠絡できるかもしれんが、こと空気を読むことに関してはプロフェッショナルな由比ヶ浜はどう足掻いても誤魔化しきれん」


いろは「ま、いいですけどー。……ホントに買わないんです?」


八幡「……ご機嫌取りくらいしといた方が、後々怖くないか」


いろは「先輩のなんだかんだ甘ちゃんなところ、わたし嫌いじゃないですよ。……あ、別にだからといって遠回しに告白しているわけではないですしするならちゃんとしなきゃと思うので勘違いはしないでくださいごめんなさい!」


八幡「おぉー、今回はやたらと長台詞でフってきたな。もはや感心するわ」


いろは「毎回毎回フラれて飽きないんです?」


八幡「フッてるお前がそれを言うか」


いろは「やだなぁ、仲が良い証じゃないですかぁ」


八幡「ったく……こんなやり取りを1年も続けてられる俺のメンタルちょー強い」


いろは「もう喜んでるんじゃないです?」


八幡「喜ぶかアホ。ま、無ければないで落ち着かん可能性はあるが」


いろは「あ、なんか先輩にしては珍しい発言ですねぇ。なんの気の迷いです?」


八幡「俺がどう言っても貶められるのな。……いい加減、土産選ぶか」


いろは「はーい♪」


――――――


――――


――


いろは「はーっ、思ったより早くお買い物、終わっちゃいましたねー」


八幡「そもそも、ある程度は買うものが決まっていたからな。そりゃパパっと終わるだろ」


いろは「え、お買い物って結構時間かかりません? あっちこっち見てたらすぐに日が暮れてますもん」


八幡「世の中の女性全員がそうとは言わんが、大半に当てはまるよな。なんでそんなに買い物に時間かけんの? あれが欲しいこれも欲しいもっともっと欲しいなんて言いつつ、懐事情が芳しくなかったら買えなくて虚しいだけじゃねぇの」


いろは「ちっちっちー、わかってないですねー、先輩は。だから八幡なんですよ」


八幡「無意味に俺の名前を貶すんじゃねぇよ」


いろは「次回、ないし次々回への楽しみを探すのがウィンドウショッピングなんです。欲しいもの全部手に入れちゃったら、手に入れることの喜びを手放すようなものなんですよー?」


八幡「ほう……なかなかに的を射た発言をする」


いろは「まぁでも、欲しいものを他の人に取られちゃったら、それはそれで喜びを手放すだけなんですけどねー……」


八幡「……だったら、欲しいものには常に目を光らせておかないとな」


いろは「先輩に言われなくてもそうしてますぅー」


いろは(言われなくても、言わなくても、勝手にそうしちゃってるんですよ)


いろは(欲しいもの……)


八幡「……なんだよ」


いろは「いーえ、なんでも!」


いろは(クリスマスの時……ううん、もっと前の時だって。雪ノ下先輩や結衣先輩がわたしにかけた言葉の意味、答え)


いろは(わたしはまだ、わからないでいる)


いろは(うじうじしてるのは性に合わないと思ってたけど)


いろは「……わからないものは、わからないんです」ボソッ


八幡「は? 何がだよ」


いろは「あはっ、なんでもないでーす☆ それより先輩、カウントダウンイベントまで時間が余りすぎてますし、やっぱりアトラクション行きません?」


八幡「えー……」


いろは「うわっ、露骨に嫌そうな反応」


八幡「だって見ろよ、あの列。イベントの時間まで、せいぜい1つ乗れたらいいくらいだぞ?」


いろは「だったら1つだけでもいいじゃないですか。待ち時間も遊園地の醍醐味ですよっ!」


八幡「なんかさっきからお前、微妙に説得力のある発言をしやがるなぁ」


いろは「わたしだって、いつまでも以前のわたしじゃないんですー。先輩にはわからないかもしれませんけど」


八幡「まぁな、俺にはわからんな。なんせ俺なら、進化と退化が選択式なら迷わず退化を選び、人間が小難しいことを考えることの出来ない存在まで逆遡行して何も考えずに無力に無為にただ生きることを選ぶまであるからな」


いろは「うわー、ちょっと何言ってるかわかりません」


八幡「んで、乗るのかよ。仕方ねぇから付き合ってやる」


いろは「あ、じゃあじゃあ、観覧車乗りましょう観覧車!」


八幡「うわっ、ちょー定番じゃないですかぁー」


いろは「観覧車に乗りたがる女の子って可愛くないです?」


八幡「計算かよ。いろはすマジあざとす」


いろは「葉山先輩なら、にっこり笑って「いいよ、乗ろうか」って言ってくれるんでしょうけどねー」


八幡「残念ながら俺は葉山先輩じゃないからな。仮にオーケーするにしても爽やかなんてありえん」


いろは「じゃあなんて返すんです?」


八幡「いいよ、あの長蛇の列で何十分もの時間を立ったまま過ごし、やっとのことで10分ほどの腰を下ろせる狭い空間を得るために乗ろうか」


いろは「捻くれてるなんてもんじゃないですね……そんなことじゃ、女の子にモテないですよ?」


八幡「なにっ、この世の女子は脱力系男子なるものにも魅力を感じるんじゃないのか!?」


いろは「ただしイケメンに限ります」


八幡「俺、そこそこ見た目も整ってるはずなんだが……」


いろは「もしも各パーツに点数がつくのならば、先輩はその目が単体で総合点をマイナスにしますので」


八幡「よーし八幡、眼帯つけちゃうぞー。両目だー」


いろは「やけくそじゃないですか……さ、並びましょー」


八幡「あ、もう観覧車で確定なのね。仕方ねぇな……」


~長い長い待ち時間の後~


八幡「どっこいしょっと」


いろは「先輩、おやじ臭いです」


八幡「こんだけ立ったまま待たされたんだ、ようやく座れる時くらい一息つきたくなるのが人情ってもんだ」


いろは「ま、気持ちがまったく理解できないとまでは言いませんけどー」


八幡「……んで、お前はなんでナチュラルに隣に座ってんの? こういうのって向かい合ってるもんじゃねーの?」


八幡(てか近い。近すぎてなんかもういろいろやばいいい匂い)


いろは「意識してるんですー?」ウワメヅカイ


八幡「バーローお前、んなわけねーだろお前バーロー」


いろは「先輩ってたまーにやたらわかりやすいですよねー」


八幡「で、観覧車ってなにすんの? 俺、観覧車に乗った記憶がないからわからん」


いろは「え、観覧車乗ったことないって……い、いやまぁそういう人もいるか……」


八幡「控えめな同情はいらない。俺がボッチなのは今に始まったことではなく、無論、幼少期からだ」


いろは「それ、誇ることですかねぇ。観覧車ですることなんて、別に特別なことじゃないと思いますよ? 家族ならここから見える景色に感動し、恋人なら夜景にムードを盛り上げる……とか」


八幡「ただの先輩とただの後輩だったら?」


いろは「そもそもそれだけの関係なら、二人で観覧車に乗ることなんてないんじゃないです?」


八幡「確かに……」


八幡「って、なら俺たちは


いろは「あっ、巨大パンさんのぬいぐるみが宙に浮いてます!」


……人の話に割り込まないよーに」


いろは「年末イベントだけあって、派手に飾り付けてますねー。まるで日中みたいな明るさです」


八幡「この明るさの裏で、どれだけの影があるんだろうな。俺なら年末に働き詰めなんて勘弁だ。やはり専業主夫こそ俺の目指すべき将来だな」


いろは「なんでそんな見かたしか出来ないんですかねー……と言いつつ、わたしも分かります」


いろは「生徒会って立場だと、イベント事は裏方なんですよね。華やかで楽しいイベントはこうして作られてるんだなー、とか。結構しみじみすることがあります」


いろは「奉仕部も似たような部分、あるんじゃないです?」


八幡「そうだなぁ。やりたくてやってるわけじゃねーんだけど」


いろは「なら、わたしだってそうですよぉ。元々、先輩に乗せられて会長になったんですし」


八幡「それを言われるとな……すまん」


いろは「そ、そんな殊勝に謝られると調子狂います! 別に、謝る必要なんてないんですよ? 結果論ですけど、やっててよかったって思うこともありますし」


八幡「いや、だが押し付けたのは事実だしな。そうじゃなきゃ、葉山と一緒にいる時間だってもっと確保できていた……」


いろは「先輩」


いろは「葉山先輩のことは、もういいんですって。そりゃ、葉山先輩は先輩なんかより数倍魅力的ですけど、わたしは結局、本当に葉山先輩が好きだったのかと言われたらわからなくなりそうですし」


八幡「……そうか」


いろは「……はい」


八幡「しっかし、年末イベントって具体的になにがあんの? 俺、何も知らずに来てるんだが」


いろは「別に、なんてことないですよ? 派手にして騒いで、花火なんかが打ち上がって。みんなでカウントダウンするだけです」


八幡「それ、ディスティニーランドである意味がねぇな。特別でもなんでもないまである」


いろは「なーに言ってるんですか、先輩」ズイッ


八幡「ち、近いっての」


いろは「確かに、大したこと無くて、なんてことないただのイベントです」


いろは「けど、先輩」


いろは「先輩と一緒だから、特別なイベントなんです」


八幡「……あ、あざといっての。年末まであざとさ全開かよ」


八幡「ほんと、俺じゃなかったら今この場であらぬ行動に出て玉砕しているまである」


いろは「別に、狙ったわけじゃないんですけどねー」


いろは「あ、そろそろ終わりですね」


八幡「だな。時間もいいくらいだし、降りたらどこかに腰を落ち着けてのんびりしようそうしよう」


いろは「なんか先輩、おじいさんみたいですね……ま、でもいいです。カウントダウン前からはアトラクションも停止しますし、早めに場所を確保しておきますか」


八幡「場所の確保に関しては、手遅れかもしれんが……とりあえず探してみるか」


――――――


――――


――


いろは「いやー、運良くちょうどよさ気な場所が確保できてよかったですね」


八幡「よくこんな場所が残ってたな……」


いろは「きっと、日頃の行いがいいからですよ。わたしの」


八幡「……ま、なんでもいいけどよ」


いろは「先輩、もうそろそろですよ。後10分で今年も終わってしまいます」


八幡「毎年思うが、一年の終わりには昨日まで年始だった気持ちになるな。毎年同じことを繰り返してる、飽きもせず」


いろは「日常って、同じことの繰り返しですからねー。生徒会でもすれば、多少は刺激があるってものです」


八幡「俺は刺激を求めてなどいないがな。平々凡々、無病息災な日々が送れることが至高の幸福だ」


いろは「先輩らしいですけど。でも、変わらないものなんてないですよ?」


八幡「確かに、お前は変わったな。初めて会った時は、重要な事はなんも考えてなさそうだった。あざといことだけ考えてそうだった」


いろは「なんか失礼じゃないです? わたしは初めて先輩を見た時、人類はここまで目が腐ることが出来るんだなと、ある種の衝撃を受けましたよ」


いろは「しかも性根まで腐ってました。救いようがないです」


いろは「……こうやって軽口言うのも、あと少しなんですね?」


八幡「感傷にでも浸ってるのか? ……別に、今生の別れってことでもないんじゃねーの? 小町が総武高校に行ってる以上、イベント事には小町に会いに行くからな!」


八幡「……そのついでに、お前の様子見くらいするだろ」


いろは「わぁー、楽しみぃー。……本当に来てくださいよ? 嘘だったら許さないです」


八幡「小町のためなら致し方あるまい」


いろは「ま、それでよしとしておきます」


アナウンス「本日も、ディスティニーランドにご来場いただきまして、誠にありがとうございます。皆様、間もなく、年が明けます。本年は皆様にとって、どのような一年でしたでしょうか? また、来年はどのような一年にしたいのでしょうか」


アナウンス「ディスティニーランドは、来年もまた、皆様の笑顔を見せていただくため、精一杯、邁進していく所存であります。間もなく、カウントダウンです。どうか皆様一丸となって、今年への別れと感謝、来年への出会いへの祝福を分かちあいましょう」


いろは「今年への別れと感謝……先輩、先輩」


八幡「なんだよ」


いろは「ありがとうございました。この一年間……いえ、出会ってから今日この日まで。なんだかんだ、先輩に助けられてきました」


八幡「別に、俺はお前に何もしちゃいねぇよ。俺は俺のために行動していただけだ。雪ノ下や由比ヶ浜みたいに、お前のために行動なんてしていない」


いろは「先輩なら、そう言うと思いましたよ。もう、一年以上の付き合いなんですから」


八幡「高校の頃の付き合いなんて、大したもんじゃないだろ。なんなら大学、いや、大人になってからの付き合いだって大したもんじゃない。そもそも俺に、人間付き合いをする相手がいない」


いろは「えー、わたしがいるじゃないですかぁー? そんな寂しいこと言わないでくださいよー」


八幡「今年最後のあざとさか。なるほど、感慨深い」


いろは「びみょーにバカにしてません?」


八幡「……ほら、カウントダウン、始まるぞ」


いろは「ホントですね!」


いろは「10!」


いろは「9!」


いろは「8!」


いろは「ほら先輩も一緒に!」


いろは「6!」


いろは「5!」


八幡「わかったから睨むなって……」


いろは「3!」


八幡「さーん」


いろは「2!!」


八幡「にーい」


いろは「1!!!」


八幡「いーち」


いろは「ハッピーニューイヤー!!」



夜空に何発もの花が咲き、多くの人が同じ空を見上げた。

空気の震えが最高潮に達し、みんなが一緒に、新しい年を祝う。



八幡「ハッピーニューイヤー……まさか、こんな大勢に紛れて新年を祝うことになろうとは」


いろは「もー、先輩! 新年早々から卑屈すぎません!?」


八幡「や、だってお前。寒いし眠いし騒がしいし、めでたいのはめでたいけど、日本らしい厳かで落ち着いた雰囲気がまるでないぞ」


いろは「花火キレイじゃないですかー」


いろは「ねぇ、先輩」


八幡「なんだ」


いろは「今年初めて顔を見て、今年初めてお話をしたの、先輩です」


八幡「葉山じゃなくて悪かったな」


いろは「わたしが先輩を誘ったんですから、いいんですっ。……さて、先輩」


いろは「帰りましょうか」


八幡「もう帰るのか」


いろは「なんですかそれは。もしかして遠回しに、今夜は帰さないぜまだ俺と一緒にいろよって口説いてるんですか新年早々から期待させないでくださいごめんなさい」


八幡「まさか年明け2分でフラれると思わなかったわー。マジっべーわ」


いろは「イベントは初日の出まで行われるらしいですけど、わたしもそろそろ眠たいですし。それに、もう満足しましたから」


いろは「混みあう前に、帰りましょう」


八幡「確かに、閉園時間からじゃろくに動けそうもないな。帰るか」


いろは「帰りにどっか寄って、初日の出は見ますよ?」


八幡「は!?」


いろは「ふっふっふー、初日の出を見ずに終われますかって! 付き合ってもらいますからね?」


八幡「……ずっと前に発券された、言うことを聞く権を消費するってことでいいな?」


いろは「それでいいですよー。さて、ではでは行きましょー。いい場所、知ってるんですよー♪」


八幡「……全国の非リア充のみんな、勘違いするな。これはリア充ではない。絶対にだ」


いろは「……わけのわからないこと言ってないで、行きますよ」


八幡「この状況は重大な死亡フラグなのかもしれない」


大輪を背に、二人はディスティニーランドを後にする。

一人は満足気で、もう一人もやっぱり、どこか満足気で。


初めての日の出を絶好のスポットで目にした後で、ようやく解散と相成った。


【この状況は重大な死亡フラグなのかもしれない】 終


こんな年始の過ごし方も悪くないのかもしれない


八幡「昼過ぎまで惰眠を貪り、寝間着のままコタツでミカンを食べつつ、さして面白くないお笑い特番を流し見る」


八幡「何も考えず、ただぼけっと思考を止めるのもいいな」


八幡「それがなんだ、なぜなんだ」


いろは「せんぱぁ~い。早く引いてくれません?」


結衣「ヒッキー? ヒッキーの番だよ?」


雪乃「そっとしておいてあげましょう。彼の順番は飛ばせば万事解決よ」


八幡「さらっと昔やられた行為を繰り返さないでくんない? 結果、ババを俺が持ってたもんだから自動的に俺が負けになるまである」


結衣「あはは、やられたんだ……」


雪乃「むしろ私としては、ババ抜きをやる友人がいたことに驚きを隠せないわ」


八幡「わざとらしく目を見開くのをやめろ。いたんだよ、気を利かせなければならない親戚の集いの場があってな」


いろは「あー、親戚の人達に気を使われた居心地の悪い交流の場です? そういうの面倒ですよねー」


八幡「なんかお前が言うと妙にリアリティがあるというか……ま、そんなとこだ。気を使われすぎた結果、無視された」


いろは「それ、気を使われたんじゃなくて、気を使うのが嫌になったんだと思います」


八幡「事実を自覚させるのって、時と場合を選ばなきゃいけないんだぞ。もういいから引くぞ」


いろは「あっ、先輩ババ引いた!」


八幡「なんで言うの? 一色さん、それ、言っちゃいけない情報だぞ☆」


いろは「うわっ、先輩キモい」


雪乃「つまりここから先は、そこのババがや君を無視してゲームを進行すればいいのね?」


八幡「誰がババがやだよ」


結衣「あはは……じゃあ、今度はあたしが引く番だね!」


八幡「ほれ由比ヶ浜。右がババだ」


結衣「それじゃ左を引くね!」


八幡「おう、それが本当のババだ」


結衣「騙された!?」


雪乃「むしろそれに騙されるのね……」


いろは「結衣先輩、心理戦とか苦手そうですもんねー」


八幡「俺としても、まさかここまで素直に騙されるとは思っていなかった。なんか……すまんな」


結衣「本気で憐れむ目を向けられた! むむむ……じゃあゆきのん、これがババだよ!」


雪乃「そう。じゃあそれを引くわね」


結衣「なんでババじゃないってわかったの!?」


八幡「駄目だこいつ、早く何とかしないと……」


――――――


――――


――


八幡「結局、由比ヶ浜が最下位連発な」


いろは「結衣先輩、わかりやす過ぎますよぉー。馬鹿みたいだって先輩が言ってました!」


八幡「急に俺に冤罪を作ろうとするな」


雪乃「あら、貴方って歩くわいせつ罪みたいなものじゃないの」


八幡「別に露出してないからね? 変態か変態じゃないかで言えば、人間は皆等しく変態だから俺も例に漏れず変態だが」


結衣「勝手に人間みんなを巻き込んでる!?」


いろは「ていうかその理論だと、わたしまで変態になるんですけどぉ……」


雪乃「誠に遺憾ね」


結衣「次はなにしようか? ポーカー?」


八幡「いや、お前それボロ負けするじゃねぇか……よく提案したな」


結衣「むー……なら、7並べ!」


八幡「それは最初にしたじゃねぇか。つーかなんでお前ら、俺の家に長居してんの? 暇なの?」


いろは「いくらだって予定は入れられますけど、先輩に会いたくて来たんですよぉ?」ウワメヅカイー


八幡「なにそれ新年早々やっぱりあざとい。で、ホントのとこは?」


いろは「お年玉でもたかろうかと」


八幡「なんで俺から貰えるって可能性を見出してんだよ。一色にやる金があったら小町に使うわ」


いろは「ケチですねぇ、先輩は」


結衣「あ、あたしは! こうやって集まれる機会もあと少しだから、何かしたいなーって……」


雪乃「……由比ヶ浜さんにどうしてもって言われてね。やむを得ずよ」


八幡「お前は相変わらず由比ヶ浜に甘いよな」


いろは「で、由比ヶ浜さんに招集かけられたって感じですねー」


八幡「ならなんで戸塚はいねぇんだよ。戸塚がいればそれだけで新年が大吉なのに」


いろは「えー? 私じゃ大吉にならないんです?」


八幡「小吉がいいとこだな(笑)」


いろは「なんですか、その(笑)みたいなのが付きそうな顔は」


結衣「さいちゃんは家族との用事がどうしても外せないんだってさ。一応、声はかけたんだけどね」


八幡「ま、冷静に考えると新年から暇が出来る方がどうかと思うな」


いろは「でも先輩は年中暇ですよね?」


八幡「人をニートみたいに言わないでくれる? 働いてなくて働く意思がなくて家事もしてないだけだから」


雪乃「その言い方だとニートなのだけれど」


結衣「あ、そうだ! お正月と言えばすごろくじゃない? すごろく!」


八幡「ガキっぽいな」


いろは「そんなこと言い始めると、正月早々集まって遊んでるだけって時点で、さほど差はないと思いますけどねー」


八幡「んで、どうすんだよ。やるのか?」


雪乃「やらないと終われないのでしょう? 由比ヶ浜さんがやる気満々なのだし」


八幡「お前も由比ヶ浜の扱いがわかってきたのな」


雪乃「ある程度の付き合いだもの」


結衣「ちょっとちょっと!? 二人共、あたしをのけ者にしてあたしの話題で盛り上がらないで!?」


いろは(……なんかいいなぁ、三人共)


いろは(結構、仲良くなれたと思ったんだけどなー。やっぱり、なかなか入り込む隙が無い感じ、心にくる……)


八幡「……おい」


いろは(このまま先輩が……先輩方が卒業しちゃったら、もう会うこともないのかな)


八幡「……おいって」


いろは(そりゃそうだよねー。好感度そこまで上がりきってなさ気だし……)


八幡「一色! 聞いてんのか?」


いろは「ひゃいっ!? ななな、なんですか先輩?」


八幡「ったく。お前が会話に混ざらねーと、なんつーか違和感……じゃねーな。俺の立場が弱くなって困るんだよ」


いろは「……ふふっ、何言ってるんです先輩? 私がいても、先輩の立場は弱いじゃないですかー」


八幡「真実を突きつけるのは時として残酷なんだよ? それが許されるのは、真実はいつも一つ! って意気込んでる体は子供で頭脳は大人な少年だけだ」


いろは「長いですし遠回しにコ◯ン君ってバレバレですし」


八幡「まぁいい。すごろくやるらしいから、ほらこっちこい。広いスペースに移動すんぞ」


いろは「はーい、先輩♪」


いろは(……ここでいの一番に話しかけてくれるのが先輩だなんて。いつもなら、結衣先輩なのに)


いろは(フラグが立った? なーんて、期待しちゃいけないよね、先輩相手には)


結衣「よーっし、一番になるからね!」


雪乃「別に遊び程度でムキになるつもりはないけれど……由比ヶ浜さんに負けるのは癪ね」


結衣「ゆきのん!?」


八幡「同感だ。さてじゃあ、ステルスヒッキーの本領を発揮して、誰にも気づかれずにこっそりゴール決めるとしようかね」


いろは「なーんかずるくないです? それ」


 ガヤガヤガヤガヤ……


 ワイワイワイワイ……


盛り上がる若者たちの一方で。


平塚「……むにゃ。男欲しい……」


存分に寝正月を謳歌する教師が、どこかにいたらしい。


【こんな年始の過ごし方も悪くないのかもしれない】 終


バレンタインデーにチョコを貰うのは間違っているのかもしれない


八幡「バレンタインデー?」


いろは「はい。バレンタインデーです」


八幡「その企業の陰謀論が働いている一時代イベントがなんだって? 俺にはまったくもって関係ないゆえに、心底どうでもいいチョコが欲しいなんてまったくこれっぽっちも思ってないわけだし」


いろは「今日がそれだってことを知っててそこまで捲し立てるなら、明らかに意識してますよねー?」


いろは「ていうか、先輩はチョコ欲しくないんです?」


八幡「ぜ、じぇんぜん欲しくねーし」


いろは「……声、震えてますよ?」


八幡「なんでお前は俺のバレンタインデーへの意識を気にしてるわけ? 遠回しに俺の過去を抉りにきてる?」


いろは「相変わらず卑屈ですねー。もうすぐ卒業だって、わかってます?」


八幡「おお、わかってるわかってる。なんせ来週には卒業テストだ。つまり俺は周囲の浮かれたリア充共とは違って、学生としての本分を尽くす所存なだけであり、今日がバレンタインデーだとかどうでもいい証明である」


 ※ここでは2月末から3年生は春休み、3月中に卒業式が実施され、その際だけ登校する設定です。


いろは「だから、弁解が長いから怪しまれるんですって」


八幡「一色こそいいのかよ。生徒会長は卒業式で送辞の言葉があるだろ? それ以外にも、この時期は生徒会はかなり慌ただしくなるはずだが」


いろは「あー、それに関しては鋭意遂行中ってとこで。そんなことより、今はバレンタインデーが大切です」


八幡「そんなことって……ま、卒業式の主役なんてあくまで卒業生。在校生のお前らは別に興味なくても仕方ないな」


いろは「興味が無いわけじゃないですよ? けど、それ以上に今は一日一日が大切なんです」


いろは「残された日付が少しだけだからこそ、大切なんです」


八幡「そうか。まぁはやm……色々と、思うところがあるんだろうしな」


いろは「あれ、珍しいですね。てっきり「葉山との別れが近づいてるもんな(キリッ」とか言われるものだと」


八幡「いつも同じ回答だとマンネリ化するからな」


いろは「マンネリ化ってなんですか。熟年夫婦ですか。もっとゆっくり同じ時を共有して歩いていきたいので、簡潔に年を取るのは嫌ですのでごめんなさいムリです」


八幡「お前のそれも、あと少ししか聞けないと思うと清々す……寂しいものだな」


いろは「今、清々するって言いませんでした?」


八幡「言ってない。訂正した」


いろは「訂正すればいいってもんじゃないですー!」


いろは「……ったく、もう」ハァ…


八幡「なんだよ、これみよがしに溜め息なんかついて」


いろは「そんなわけのわからないことばっかり言ってると、チョコレート、あげませんよ?」ピラピラ


八幡「は? チョコレート?」


いろは「話の流れで理解しててくださいよ……なんでそんな不思議そうな顔してるんですかぁ」


八幡「いや、話の脈絡はおかしいだろ。で、なに? くれるの?」


いろは「あからさまに元気が出ましたね。可愛い♪」


八幡「からかってんじゃねーよ、後輩」


いろは「ああっ、ごめんなさいですー。で、先輩はチョコレート、欲しいですか? 欲しくないですか?」


いろは「バレンタインデー、興味ありますか? 興味ないですか?」


八幡「ぐいぐい来てんじゃねーよ。試食売り場のおばちゃん並みのセールス力かよ」


いろは「わたしがぐいぐい来ない時がありました?」


八幡「開き直ってんじゃねーよ」


いろは「いらないんならいいんですよー? 今年のバレンタインデーも誰からもチョコレートもらえなくて、卑屈な先輩がより落ち込む結果になるだけなのに、自分から回避できるチャンスを踏みにじってるんですから、言い訳もできませんよねー?」


八幡「国語学年三位の秀才にして、見た目もそんなに悪くない俺が、誰からもチョコレートもらえないだって?」


八幡「そ、そんなのありえないし。小町とか小町とかくれるし、なんならコンビニで自分用を買って、レジのお姉さんに手渡ししてもらうし」


いろは「すでに卑屈じゃないですか……」


八幡「あー、まぁ、そんなわけでチョコレートに困るってことはないだろうけども。せっかく用意してもらったのを貰わないのは、人として間違っているというか、根性が腐りきってるからな」


八幡「貰ってやるよ」


いろは「や、先輩、先輩。先輩は人として間違ってますし、根性腐りきって風化してますから、今更気にすることなんてないですよ?」


八幡「そんな真面目な口調で言わないでくれるか? まるで本気で言ってるみたいだ」


いろは「本気で言ってるんですって」


いろは「ま、いいです。このまま持って帰っても行き先に困るので、先輩に差し上げます」ハイッ


八幡「お、おう、サンキュー」


いろは「一応断っておきますけど、市販の板チョコを溶かして固めただけ、なんて手抜きはしてませんからね?」


いろは「色々と手を加えて、案外時間がかかってるんです。ちゃんと味わってくださいね、後で感想聞きますから」


八幡「そーゆーのって、本命チョコにするもんじゃねーの? なんならコンビニで売ってるようなやつで済ませたっていいだろうに」


いろは「なんですか先輩、本命かどうか気になってるんですか? どっちだと思いますー?」


八幡「……知らん。が、少なくとも本命じゃないだろ。俺に本命チョコくれるのは小町だけであり、つまり小町こそ俺の本命ですらある」


いろは「うわ、シスコンもここまでこじらせると引きますね。ちょっとは周りの女の子に目を向けようって気にはならないんです?」


八幡「ならん」


いろは「うわー、即答したよこの先輩」


いろは「結衣先輩が不憫だなぁ……」ボソッ


八幡「ま、ともあれチョコはありがたくいただく。糖分は頭の回転を助けてくれるし、一色も仕事の合間に甘いもん食っとけ」


八幡「さて、ぼちぼち奉仕部行ってくるわ。あんまり遅くなると、部長に罵声浴びせられるしな。愛しの小町も待ってるだろう」


いろは「先輩たちが卒業しちゃったら、奉仕部って小町ちゃんだけになっちゃうんですねー……平塚先生がいる限り、廃部になることはないでしょうけど」


いろは「わたしも、そうならないように尽力しますし」


八幡「その辺は、俺もおいおい考える。なるようにしかならんが……そうだな」


八幡「なくなったら、多少は寂しいものがある……しな」


いろは「おっ、先輩が珍しく素直。なんです、卒業が近くなってセンチメンタルなんですか? わたしと会えなくなるのが寂しいんですか?」


八幡「ああ、そうだな。寂しい」


いろは「……へっ? あ、あああ、あの、今なんて……!///」


八幡「な、なんですか勘違いしてるんですか。まだ早いですからごめんなさいー」ボウヨミー


いろは「……ひょっとして、バカにしてます?」


八幡「いつまでもやられっぱなしで終われるかっての。じゃあな、一色。また明日」


いろは「ま、また明日です!」


いろは(珍しいな、先輩が「また明日」なんて……)


いろは(……)


いろは「また明日、かぁ……」


いろは(あと、何回。あと何回、また明日、が出来るのだろう)


いろは(2月14日。バレンタインデー)


いろは(とびきり甘いチョコレートを、先輩に持ってきた。最後の、先輩へのバレンタインチョコ)


いろは(最後……)


いろは(最後……かぁ)


いろは「先輩」


いろは(ちゃんと、自分の気持ちと向き合わなきゃいけないのはわかってるん、だけど)


いろは「人にぶつかるって、凄く難しいことなんだなぁ」


いろは「葉山先輩には、あんなに素直にいけたのに……なぁ」



甘くて、甘いチョコレート。

おいしくて、頬がとろけて、口が緩んでも。

自分の気持ちを認めるのが、口に出すのが、こんなにも難しいだなんて。

すでに本当は認めている自分の気持ちを溶かして、型に流して冷やして固めて。



平塚「わ、私が比企谷にチョコレートを渡したら、流石に問題だよな?」


平塚「比企谷がどうってことはないが、お気に入りではあるし渡す相手なんていないし、この際……」


平塚「いや待てダメだ、教師としてそれはダメだ。そうだ、せめてラーメンに連れて行く事で手を打とう」


世の中には、素直に欲望を表に出す大人だって、どこかにはいるらしいが。


【バレンタインデーにチョコを貰うのは間違っているのかもしれない】 終


やはり俺の青春ラブコメは間違いだらけだった 前編


流れる時の濁流に、油断しているとあっという間に飲み込まれる。

別れが近づくと、ことさら早く過ぎ去る日々に、驚いている暇すらなく――


~卒業式の前日~


結衣「もう、この部室ともお別れなんだね……あーあ、もう何年かここで過ごしたかったなー」


八幡「俺としては、お前の成績でもちゃんと卒業できるシステムに感服の所存だ」


結衣「ヒッキーひどいっ! あたしだって、やれば出来る……出来る子なんだからね!」


雪乃「なんで言い淀んだのかしら……」


八幡「で、なんでわざわざ卒業式の前日にこんなとこに呼ばれてんの? 感傷に浸るなら明日でよくない?」


雪乃「その心は?」


八幡「帰って寝たい。大学生活が始まる前のこの堕落した時間を謳歌したい」


結衣「色々あってから、ヒッキーも結構変わってきたと思ってたんだけどなー。結局、ヒッキーはヒッキーかぁ」


雪乃「この男の本質なんて、所詮はその程度なものよ。本物だのなんだのほざきながら、ろくな行動も起こそうとしてないのだから、結果なんて火を見るよりも明らかね」


八幡「ちょっと雪ノ下さん、辛辣すぎない? あと、本物の件を織り交ぜるのをやめろ。俺の黒歴史をいじっていいのは俺だけだ」


結衣「なんでそんなに誇らしげなんだろ……」


八幡「言い出しっぺの平塚先生が未だに姿を見せないし、帰ってもいいと判断することを主張します」


雪乃「でも確かに、ヒキガエ……ヒキガエル君の言うことも一理あるわね。呼んだからにはしっかり理由を説明してもらいたいものだわ」


八幡「なんで言い直そうと踏みとどまって直ってないの? 踏みとどまったんだから頑張って言い直すことは出来ませんかね」


雪乃「あら、どこからからゲコゲコ鳴き声が聞こえるわね。時季ではないのに、不思議な事があるものだわ」


結衣「もぉー、なんで二人共、こんな時まで言い合ってんの? 友達じゃん?」


八幡「違うぞ」


雪乃「違うわ」


結衣「即答!? えっ、じゃああたしとは!?」


雪乃「由比ヶ浜さんは……その……」


雪乃「と、友達……と、言っていいのかしら……迷惑じゃないかしら……」


八幡「そういう葛藤はもっと小声でしなきゃ意味なくね? ほら、がっつり聞こえてるから由比ヶ浜すっげぇ目輝かせてるじゃん」


結衣「ひ、ヒッキーはどう思ってるのかな?」


八幡「どうってお前、そりゃ……」


八幡「俺に友だちがいるわけ無いだろ」


結衣「ヒッキー……」


 ガラガラッ


平塚「おーう、みんな揃ってるな。まずは明日はついに卒業式。私も、柄にもなく寂しく感じているよ。君たちは特に、お気に入りだからな」


雪乃「平塚先生。だから、入る時はノックしてくださいっていつも言っているではありませんか」


平塚「雪ノ下からそのセリフを聞けるのも、もう無いのかと思うと、うん。やはり寂しくなるものだ」


平塚「さて、今日君たちをここに呼んだことには、理由がある」


八幡「理由……っすか。なにも卒業式の前日じゃなくてもいいんじゃないです?」


平塚「いや、卒業式前だからこそ、だ。高校生活が全部終わる日に、心残りがあっては締まらないだろ?」


結衣「心残り……」


雪乃「一体、何があるんです?」


平塚「おいおい、雪ノ下。君が忘れるなんて珍しいこともあるな」


結衣「全然わかりましぇん……」


平塚「まぁ、由比ヶ浜は知らなくても仕方がない。仮に二人から事情を聞いていても、由比ヶ浜にはあまり関係のないことだからな」


八幡「なんとなく話は読めてますが、今更持ち出すこともないでしょう?」


平塚「そうか? てっきり君は、そういうことはきっちり白黒付けたがるかと思っていたが」


八幡「俺は波風立てず、平穏に専業主夫することが至高なんで。もしそういうイメージが付いているなら、それは偽物の俺ですよ」


平塚「くくっ、そうだ、そうだな。覚えているぞ、君が進路希望で専業主夫と書いて提出してきたことを」


結衣「えっ、ヒッキーそんなことしてたの!?」


雪乃「まったく……ほとほと呆れた男ね、ヒモ企谷くんは」


平塚「ま、比企谷の言うことも一理ある。が、私もしっかりケジメはつけたいのでね」


平塚「どちらがより奉仕部に持ち込まれた依頼を解決できるか、という勝負事を始めに持ちかけた。その決着を、ここでつけたいと思う」


雪乃「……」


八幡「……それなら、俺の負けでしょう。どう考えても、雪ノ下なしで奉仕部は成り立っていない」


結衣「まっ、待ってよ。それなら、ゆきのんには怒られちゃうかもだけど、ヒッキーだっていなきゃダメだったとあたしは思う……」


雪乃「……ええ、そうね。こんなセリフを自分が言うことになるとは思わなかったけれど、誰一人として欠けてたら、この部活はもうとっくになくなっていたでしょうね」


結衣「ゆきのん……そう、そうだよね! だから、勝負は引き分け……でいいと思う!」


八幡「……お前らがそうしたいなら、俺としては遺憾ないが……平塚先生。まだ、結論を出したわけじゃないんでしょう?」


平塚「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」


八幡「えぇ……このタイミングでハガ◯ンのトラウマシーンで突き離された件」


平塚「それは冗談だ。だが比企谷、君は流石だな。やはり敏い子だ。そう、私が今日、このタイミングで君たちを呼び出したのは他でもない」


平塚「最後は、私自身が依頼になることだ!」


平塚「……ではない。私自身が依頼を出すことだ!」


八幡「大事なタイミングでネタに流される平塚先生、マジアニメオタク」


八幡(こういうとこが無かったら、ただただ優秀な人なんだけどな……相変わらず惜しい人だ)


雪乃「それで、平塚先生。依頼とは、どういった内容なのでしょう?」


平塚「ああ、もったいぶる理由はない」


結衣「……ごくり」


平塚「私は、君たちをずっと見てきた。何度でも言うが、君たちは私のお気に入りだ。他の生徒よりもずっと、君たちのことが気にかかる」


雪乃「教師は生徒に平等であるべきですが……」


平塚「もっともだ。だが、私も人間なのでな、好き嫌いくらいはある」


平塚「雪ノ下、君は賢い。しかし愚かだ」


平塚「由比ヶ浜、君は暖かい。しかし愚かだ」


平塚「比企谷、君は敏い。しかしやはり、愚かだ」


平塚「ここは、愚か者の集まりだ。だがそれゆえに、他者の手助けをすることが出来る。だからそれゆえに、奉仕部たる資格がある」


八幡(平塚先生は、一つ一つ、言葉を選ぶように話している)


八幡(教え子に、最後の指導をするかのように)


平塚「比企谷の妹……小町くんや、比企谷を慕って奉仕部に訪れる一色生徒会長。彼女らも持っていない、それは君たちが愚かゆえに持ちうる長所だ」


平塚「……ふふ、やはり回りくどくなってしまったな。教師という生き物はこれだからいけない。説教臭い女は嫌われてしまう」


八幡「……それで嫌うなら、それは相手に見る目が無いだけっすよ」ボソッ


平塚「比企谷……では、最後の依頼を告げる」


平塚「君たちと関わっている人間。心から関わりを持ちたいと思っている人間との、その最後の日が明日だ。明日の卒業式で、君たちは彼女との学校生活を終える」


平塚「最後に、彼女の心に助力してやってくれ。それが君たち、後に託す者としての責務でもある」


雪乃「彼女……とは、具体的に誰のことをおっしゃっているのでしょう?」


平塚「それは、君たち自身が考えることだ。そして、すでに答えに手をかけているはず」


平塚「君たちが思う『彼女』に、君たちが思う『君たち』への心を手助けするんだ」


結衣「ううーん……頭がこんがらがってきた……」


八幡「由比ヶ浜だもんな」


結衣「由比ヶ浜って悪口じゃないけどっ!?」


平塚「期限は明日一日。明後日は、卒業祝いにラーメンを奢ってやる。その時に、誰が勝者か決めようではないか」


雪乃「こってり系……は、避けてもらいたいのですが」


平塚「案ずるな雪ノ下。ちゃんと、各自の好みに応じられるようなラーメン屋に連れて行ってやる」


八幡「それだけラーメン屋探しが出来るなら、彼氏も探せばいいのに……」ボソッ


平塚「なにか言ったか、比企谷」


八幡「いえなんでも」


結衣「早く彼氏を見つけてください売れ残りって言ってましたよ、小声でっ」


平塚「ほほう……? 君だけは別件で、特別指導が必要なようだ」


八幡「由比ヶ浜さん? 貴女、空気を読むことに定評があるんじゃありませんでした? 本当のことを言ってもいい時といけない時があるくらいわからないの?」


結衣「なんのことかわかんないなー。さっ、平塚先生からの最後の依頼、がんばるぞーっ!」


平塚「エターナルフォース……」


八幡「相手死ぬから! それは勘弁して下さい!」


雪乃「死に企谷くんは捨ておいて、今日のところは解散しましょうか。いいですよね、平塚先生」


平塚「ああ、構わない」


八幡「帰宅には賛同するが、ナチュラルに俺のことを生きる屍扱いすんのやめてくんない? 目が死んでて心も死んでて行動に覇気がないだけだろ」


結衣「それ、死んでるじゃん……」


雪乃「動いている分、たちが悪いわね……」


八幡「本気で憐れむ目を向けんじゃねーよ。死体蹴りもいいとこだぞ」


平塚「綺麗に比企谷が落とされたとこで、解散!」


八幡「えぇ……」


【やはり俺の青春ラブコメは間違いだらけだった 前編】 終


やはり俺の青春ラブコメは間違いだらけだった 中編


八幡「やれやれ……早く帰って小町に癒やしてもらおう」


???「せんぱ~い!」


八幡「マッ缶買っていくか。俺が糖分を呼び、糖分が俺を呼んでいる」


???「せ・ん・ぱ・い!!」


八幡「つまり糖分と俺はWin-Winの関係にある」


いろは「わたしが先輩って呼んだら先輩しかいないじゃないですかぁっ!!」ドンッ


八幡「ぬおっ!?」


 バターン!!


八幡「……ってて。一色、お前は……」


いろは「もぉ、先輩! わたし一人くらい受け止める甲斐性を見せてくださいよ!」


八幡「俺に甲斐性があるとでも? はっ、侮るなよ。家事スキル良し、顔も良し、働く気なしの養われる気満々の専業主夫希望だぞ?」


いろは「それ、誇ることなんですか……」


八幡「で、なんの用だ。俺は帰って小町に癒やされたいんだ」


いろは「うわっ、相変わらずのシスコンキモいですねー。わたしが癒やしてあげますよ?」


八幡「どうやったらお前に癒やされるんだよ。怪我させられるだけじゃねーか」


いろは「わたしの可愛さに癒やされない男の人のほうが少ないと思いますよー?」


八幡「うわっ、相変わらずの可愛いアピールですねー。引くわー」


いろは「やだなぁ、本気で言ってるわけないじゃないですかぁ」


八幡「本気で言ってるようにしか思えないじゃないですかぁ」


八幡「まぁでも、癒されるもとい騙される男は多いだろ。そういやお前、戸部にだけはわりと素の反応するよな?」


いろは「だって戸部先輩に好かれたってこれっぽっちも利点無いですもん」


八幡「利点って言ったよこいつ。遠回しに俺も貶められてるじゃんそれ」


いろは「先輩は違います!」グイッ


八幡「お、おう……近い近い」


いろは「あっ……/// な、なんですか。意識してるんですか。キモいです。先輩キモいです」ドンッ


八幡「近づいて突き放すってお前……最近の子は暴力的で怖い。勝手にプリン食べちまった時の小町くらい怖い」


いろは「女の子にとってのプリンは至高の時間ですから……というか妹のおやつ勝手に食べちゃダメじゃないですか」


八幡「甘いモノが俺を呼んでいた。俺に非はないはずだが平謝りした」


いろは「先輩の情けない姿が目に浮かぶようです……なんででしょう」


いろは「あ、いつも見てるからか」


八幡「なに。まるで普段から俺が情けないみたいじゃん。心外」


いろは「心外も何も、自分から誇らしげに言ってるじゃないですか……」


いろは「先輩はいつまで経っても先輩ですねぇ」


八幡「いや、もうそれも明日までだ。明日が終わればもう俺はお前の先輩ではないし、もう関わることもないだろう」


いろは「えーっ!? それは困ります!」


八幡「は? 何が困んだよ」


いろは「いやー、それは……なんでしょう?」


八幡「俺が知るかっつの」


いろは「と・に・か・く! 先輩はいつまでもわたしにとって先輩ってことですし、わたしはいつまでもそう呼び続けるつもりです!」


八幡「あー、はいはい。親にとって何歳だろうと子供は子供。先輩にとって後輩はいつまでも後輩。逆もまた然り、納得」


いろは「……でも、明日で終わっちゃうんですね」


八幡「始まりは終わりの始まりだ。人生、生まれてすぐに死へ向かってカウントダウンが始まるし、時間の経過は誰も止められない」


いろは「大事なのは、その間に何を思い何を考え何を成すか……ですよね」


八幡「おうそれそれ。俺もちょうどそれ言おうと思った」


いろは「……絶対嘘でしょ」ジロッ


八幡「……さーて、俺は忙しいじゃあな一色、明日がんばれっ!」


いろは「柄にもない応援しながらナチュラルに別れようとしないでください。根も葉もない事言いふらしますよ」


八幡「もしもーし。俺、今生徒会長に脅されてるんですが」


いろは「ふふふ、ここには誰も来やしません。助けなんて期待しないほうがいいです」


八幡「ついに俺の終わりが始まったか……茶番はここまでだ。平塚先生に厄介な課題を出されたんだ、これをクリアしなきゃならん」


いろは「課題? 明日が卒業式なのにですか? 先輩、そんなに成績悪かったんです?」


八幡「ちげーよ、奉仕部のだよ。抽象的でややこしい課題を出してくれてる」


いろは「どんな課題なんです?」


八幡「なんでお前に話さなきゃいけないんだよ。これは俺達に出された課題だから、こっちで消化する」


いろは「ぶーっ、先輩つれないです! ここまで一蓮托生で頑張った仲じゃないですかーっ!」


八幡「一蓮托生になったつもりも頑張ったつもりもない。俺はあくまで補助輪になっただけで、ペダルを漕いで進んだのは一色と、生徒会の連中だ」


八幡「雪ノ下や由比ヶ浜の道案内に従ってな」


いろは「でも、補助輪がないと転んでました」


いろは「雪ノ下先輩が行き先を整えてくれても」


いろは「結衣先輩が立ち方を教えてくれても」


いろは「転んだら、痛いです。泣くほど痛いです」


いろは「わたしは、強くないので。きっと転んだら、立ち上がれなくなってたと思います」


いろは「だから、だから転ばないために」


いろは「補助輪は必要不可欠だったと思います」


八幡「……君たちが思う『彼女』に、君たちが思う『君たち』への心を手助けをしろ」


いろは「え?」


八幡「それが、俺達に課された最後の依頼だ。具体的な正解なんて、きっとない。俺達自身が考えて、導き出した答えが正解なんだろう」


八幡「平塚先生の言葉の意味が理解できないわけではないが、まだ答えを導き出せていない。例え導き出したとして、手助けなんてどうすればいいのか、皆目検討もつかん」


八幡「そんなとこだ」


いろは「な、なるほど……でも、平塚先生がわざわざ、最後の最後でこんな依頼をしたってことは」


いろは「きっと、とても大切なことなんだと思いますです」


八幡「……ああ、それは間違いない。俺の青春ラブコメは間違っているが、これは合っているだろう」


八幡「まぁそんなわけだ。俺はこれからこの難題に取り掛からなきゃならないんでな、これで帰らせてもらう」


八幡「わりぃな」


いろは「いえ……引き止めてしまってすみません」


いろは「あ、でも先輩。明日の卒業式後、時間を作ってもらえませんか?」


いろは「奉仕部の、依頼の前でも後でも構わないので」


八幡「……可愛い後輩の頼みだ。最後くらい聞いてやるのが甲斐性ってもんか……」


いろは「あ、いま可愛いって」


八幡「言葉の綾だ」


いろは「言葉の綾はなんか違くないです!?」


八幡「じゃあな、一色。また明日だ」


いろは「はいっ! 最後の一日も、きっと笑ってさよならしましょーねっ!」


【やはり俺の青春ラブコメは間違いだらけだった 中編】 終


やはり俺の青春ラブコメは間違いだらけだった 後編【由比ヶ浜①】


八幡(卒業式は滞り無く終わった)


八幡(一色が突拍子もない答辞でもするかと想像したが、アニメじみた演出は現実では起こらなかった)


八幡(結局、平塚先生の依頼に関しては答えが見つからないままだった)


八幡「さて、どうしようか――――」


――――――


――――


――


結衣「困った」


結衣「平塚先生の依頼、ぜんっぜんわかんない」


結衣「彼女……奉仕部に関わりたいと思ってる、けれど奉仕部じゃない人っていうと……」


いろは「あれ、結衣先輩じゃありませんか。これから奉仕部に行くんです?」


結衣「あ、いろはちゃん。やっはろー」


いろは「やっはろーです。やー、これで先輩たちとお別れだと思うと、本当に寂しいです……」


結衣「あたしもあたしも! あ、でもたまに遊びに来るから! 奉仕部は小町ちゃんがいるし、いろはちゃんにもまた会いたいし! あ、ねぇねぇ。また落ち着いたら、みんなでご飯食べに行こうよ!」


いろは「いいですね! 雪ノ下先輩と、小町ちゃんと、後、先輩も……」


結衣「うん、ヒッキーは『行かねぇ』とか言いそうだけどねー。でも当然! 強制連行!」


いろは「なんだかんだ甘いですから、ついてくるんじゃないです?」


結衣「あはは、たぶんねー。……そっか、いろはちゃんだ」


いろは「え? なんです?」


結衣「ううん」


結衣「ね、いろはちゃん。今、時間大丈夫かな?」


いろは「え? はい、大丈夫ですけど……」


結衣「女子トークしようよ女子トーク! やっぱ恋話でしょ!」


いろは「ややや、いいんですけどこんなところで!? 生徒会の仕事は今日はもうありませんし、生徒会室にでも行きませんか?」


結衣「おっけー。じゃああたし、何か飲み物買ってくるよ!」


いろは「あ、すみません気を遣わせちゃって。じゃあわたし、先に生徒会室開けとくんで」


結衣「うん、よろしくー」


――――――


――――


――


いろは「どぞどぞー」


結衣「お邪魔しまーす!」


結衣「あ、紅茶でよかったかな?」


いろは「ありがとうございますー。お金は……」


結衣「おごりだよー。あたしが誘ったんだし!」


いろは「恐縮です」


結衣「さてさてー、じゃあいろはちゃん、覚悟してね……」フフフ


いろは「な、なにが起こるのでしょう……」


結衣「恋話! いろはちゃんの好きな人はだーれ?」


いろは「……い、いきなりぶっこんで来ますね」


結衣「まぁ、ここらで決着つけとかなきゃいけないかなーって」


結衣「あたしもさ。あたしの気持ちに決着つけようと思ってるの。今日、この後で」


いろは「先輩……ですか。……ですよね」


結衣「うん。ずっとヒッキーのことが好きで、でもヒッキーのやり方が面白くなくて……」


結衣「だけど、なにも出来なかったあたしは、一番ダメな子なんだって、落ち込むこともあった」


結衣「正直、ヒッキーに告白する資格があるのかわからない……ううん、きっと無いんだと思う」


いろは「そ、そんなことは……」


結衣「それでも、言おうと思った。これが最後かもだし、気持ち吐き出しとかないとすっきりしないからさ」


いろは「そう、なんですね……」


結衣「うん。でも、その前に平塚先生の依頼も済ませなきゃだから、こうしてここにいるんだ」


いろは「……この話の流れで、気づかないふりをするのは無理がありますね」


いろは「つまり結衣先輩は、わたしのことが平塚先生の言う『彼女』だと思った、そういうことですね?」


結衣「平塚先生の条件には合ってると思うし。心の手助けってことは、いろはちゃんの恋を応援するってことだよ!」


いろは「……つまりそれ、結衣先輩は先輩のことを譲るってことになりません?」


結衣「……あ」


いろは「もー、結衣先輩ってば、おっちょこちょいなんですから。でもでも、わたしのことを気遣ってくれたのはありがとうございますっ!」


いろは「ただ、申し上げにくいのですが……別に、先輩に恋心を抱いているなんて、そんなことないですよ?」


結衣「……本当に?」ジーッ


いろは「は、はい。本当ですってばー」


結衣「もし本当に、いろはちゃんがそう言うならあたしは何も言えない」


結衣「だからもう、辺に探ったりはしないよ。けど」


結衣「あたしはこの後、ヒッキーに告白する。もしかしたら、ヒッキーもあたしのこと……なんて、淡い期待を抱きながら」


いろは「お、応援してます! うまくいくといいですねっ!」


結衣「……うん、ありがと、いろはちゃん。じゃあ、行ってくるねっ!」


タタタッ…バタン


いろは「……」


いろは「結衣先輩と、先輩かぁ」


いろは「結衣先輩は可愛いしスタイルもいいし、元気で、空気も読めて人気者で……」


いろは「先輩とは、お似合いじゃないよね。美女と野獣、なんて言われちゃったりして」


いろは(……なんて、こんなこと言ってるわたしの方が……)


コンコン


いろは(誰か来た?)


いろは「はーい。開いてますよーっ!」


ガチャ


??「お邪魔するわね、一色さん」


【やはり俺の青春ラブコメは間違いだらけだった 後編【由比ヶ浜①】 】 終


やはり俺の青春ラブコメは間違いだらけだった 後編【雪ノ下①】


いろは「雪ノ下先輩……」


雪乃「少々、お久しぶりね。三年生が卒業試験を終えて以降、あまり学校に足を運ぶ機会がなかったものだから……ごめんなさいね」


いろは「いえ。まずはご卒業、おめでとうございます」


雪乃「ありがとう」


いろは「……ご用件はなんでしょう?」


雪乃「……その様子から察するに、事情は大体把握しているようね」


いろは「わたしの想像が正しければ、ですけどねー……」


雪乃「単刀直入に言うわ、一色さん。貴女、奉仕部に入部するつもりはないかしら?」


いろは「……え?」


雪乃「サッカー部と生徒会長を兼任していて、とても忙しいのは理解しているつもりよ。そして、様々な人の手助けを借りながらも職務を全うしたこと、素晴らしいと思うわ」


いろは「ど、どうもです」


雪乃「……どうかしら。無理に、私たちのように毎日部室に行って、活動して欲しいというものではないの」


雪乃「ただ……」


いろは「ただ?」


雪乃「私たちは今日限り、もう部室に訪れることは滅多にないでしょう。当然、奉仕部員ではなく、元奉仕部員となる。……比企谷くんの妹さんがいるとはいえ、一人だと心細いこともあると思うの」


雪乃「平塚先生もいるし、もしかしたら新しい部員が迎え入れられるかもしれない」


いろは「平塚先生の手によって、半強制的に……とか」


雪乃「目と根性が腐った男子生徒とか、ね」フフッ


雪乃「……けど、私たちはその新入部員のことを知ることは出来ない。そうね……私たちの、その……い、居場所に誰かれ構わず入り込むのは、少しだけ遺憾なの」


いろは「……」


いろは「驚きました~。雪ノ下先輩っぽくないことを言いますねぇ」


雪乃「私も、私がこんな言葉を口にすることがあるなんて思っていなかったわ」


雪乃「きっと彼が来てから……私も、変わっているのでしょうね」


いろは(変わっている……変わっていくんだ。みんな、わたしをおいてけぼりにして)


いろは(結衣先輩も、そして……目と根性が腐った、先輩とか)


いろは「……ズルい」ボソッ


雪乃「え?」


いろは「あ、いえ~、なんでもないです~」


雪乃「無理強いはしないわ。でも、私は一色さんにあの場所を託したい。そう思っているわ」


いろは「……平塚先生からの課題だから、ですか?」


雪乃「意地の悪いことを言うのね。……理由の一部としては、それも正解ね。けれど、ただ平塚先生に命じられたからという理由で、明け渡せるほど無価値な場所じゃないのよ、あそこは」


いろは(雪ノ下先輩が本心で言っているということは伝わってきている)


いろは(だけど、だからこそ確かめたい。まだ本当の本心をさらけだしてくれていない、雪ノ下先輩に対して)


いろは「なら一つ、教えてください」


雪乃「何かしら?」


いろは(ずっと聞いてみたかった、この質問)


いろは「雪ノ下先輩にとって……あの先輩は、どういった対象なんですか?」


いろは「結衣先輩みたいに、想いを寄せているのでしょうか?」


いろは「わたしは……雪ノ下先輩の本心を、聞いてみたいです」


雪乃「……そう、ね」


雪乃「彼……比企谷くんは、本当にダメな男だと思ったわ。今でも大して変わらないけれど、奉仕部に来てから多少は成長したのではないかしら」


雪乃「そんな彼を、私がどう思っているか……考えたこともなかったわね」


いろは「友達、でしょうか。それとも……」


雪乃「……少なくとも、恋愛対象ではないわ。それは断言できる」


雪乃「由比ヶ浜さんが恋をする気持ちが……全く理解できないとは、今は思わないけれど。私は彼に、恋心は抱かない」


いろは「そう、ですか……」


雪乃「ええ。けど、そうね……わかったわ」


雪乃「ごめんなさい、一色さん。私から訪ねてきていてなんだけど、行かなければならなくなったわ」


いろは「先輩のところ、ですか?」


雪乃「ええ。心から遺憾で認めるのは非常に癪だけれど、彼が来て私は変わった。彼が来て私は変われた。彼と共に変わった。なら、最後に彼と……比企谷くんと言葉を交わすことが、平塚先生からの課題にも繋がっているのだわ」


いろは「わたしにはわからないですが……いってらっしゃいです、雪ノ下先輩!」


雪乃「ありがとう、一色さん。気づかせてくれてありがとう。……貴女も、頑張るのよ」


バタン


いろは(言い残して、雪ノ下先輩は生徒会室を後にした)


いろは(ああやって素直になっていることが、本当にすごいと思う。尊敬できる先輩だと思う)


いろは(私も頑張る……かぁ)


いろは「行かなくちゃ」


……バタン


誰もいなくなった生徒会室。

窓から差し込む紅色に焼けた太陽の光が、空気を優しく彩っていた。


【やはり俺の青春ラブコメは間違いだらけだった 後編【雪ノ下①】 】 終


やはり俺の青春ラブコメは間違いだらけだった 後編【由比ヶ浜②】


いろは(あっ、いた……)


いろは(結衣先輩、てっきり奉仕部に先輩を呼び出すんだと思ってたんだけど……)


いろは(校舎裏とは、結衣先輩らしいお約束シチュエーションだなぁ。先輩はまだいない……そわそわしてるし、きっと待ってるところなんだろうけど)


いろは(……なんだか緊張してきた)


結衣「あっ……」


いろは(あっ……あの腐った目は)


八幡「よう、由比ヶ浜」


結衣「ヒッキー、ちゃんと来てくれたんだね」


八幡「校舎裏に呼び出しとか、トラウマほじくり返された気分になった。が、まぁお前の言うことだし……最後くらい動いてやってもいいかと思っただけだ」


結衣「謎の上から目線……」


八幡「で、なんの用だ。適当なタイミングで奉仕部行かねぇと、平塚先生あたりにどやされるんだが」


結衣「……ヒッキーやゆきのんと知り合って仲良くなって、あっという間に2年が経って。今日をもっともう総武高の生徒じゃなくなって、みんなで奉仕部することもないんだなって思うと、やっぱり寂しいなって」


八幡「……そーだな。だが雪ノ下は珍しくお前のことを友人だと認めているようだし、別に卒業した後で縁が切れると限ったわけじゃないだろ。特にコミュニケーションお化けのお前にとっちゃ、そのくらい関係性を続けるのはわけないはずだ」


結衣「コミュニケーションお化け……もちろん、ゆきのんとはずっと友達でいられると思ってるよ!」


結衣「……ヒッキーも、だよ?」ウワメヅカイー


八幡「おう、あざといのやめろ。天然のあざといのマジやめろ心臓に悪い。どこぞの生徒会長の人工的なあざとさと違って俺にすら破壊力があるからやめてください」


結衣「……ぷっ、なにそれー」


いろは(何気にわたし、ディスられてないかなぁー?)


結衣「いろはちゃん……こう言ってしまったら失礼なのかもしれないけど、あたしはああいういろはちゃんだから、魅力があると思う」


結衣「そりゃあわかっちゃう女の子からはウケが悪いかもしれないけど、あたしはいろはちゃんのことも大好きだもん」


いろは(結衣先輩……)


八幡「お前いい人だなー。俺なんて男だと思われてないから、遠慮も敬意もなんもねーぞあいつ」


結衣「でも、嫌いじゃないんでしょ? ヒッキー、嫌いだったらあんなに世話焼かないもん、きっと」


八幡「……ま、葉山に対する熱意とか、なんだかんだ生徒会とサッカー部の兼任してたとか、認めてやらないでもない」


結衣「もう、素直じゃないなぁ」


いろは(ホントですよー)


いろは(ホント、素直じゃない)


いろは(……人間、って)


結衣「それで……さ、ヒッキー」


八幡「お、おう……」


結衣「ヒッキーが……ヒッキーのことが、す……す……」


いろは(わ、わわっ! もう言っちゃうの!? この流れで!?)


結衣「す……ひ、ヒッキーは、す、すでに平塚先生の依頼、答えはわかったのかなぁ」


いろは(……ベタなかわし方だなぁ)


八幡「あ、あー、あれか……どうだかな。由比ヶ浜はどうなんだ?」


結衣「あたしはー……正解かどうかはわからないけど、答えは、一応。まだ解決したかはちょっとなんとも言えないけど、この後で解決するかもしれないし、しないかもしれないし……」


八幡「そうか」


結衣「……」


八幡「……」


結衣・八幡「「あのっ……!」」


八幡「いや、いい。俺はなんでもない」


結衣「う、うん……」


結衣「や、やっぱりヒッキー! 先に、言ってよ……」


八幡「あー……いや、本当に大したことじゃないんだ。なんつーか、あれだ」


八幡「あ、ありがとよ……色々、二年間」


結衣「……っ!」


八幡「お前がいなきゃ、奉仕部は成り立ってなかっただろう。別に成り立たないなら成り立たないならそれでいい……と、以前の俺なら言っていただろうけどな」


結衣「そうだね、言いそう」クスッ


八幡「お前が奉仕部に依頼に来て、下手くそなクッキーで毒殺されかけて」


結衣「む……でも、ちゃんと練習してうまく作れるようになったし!」


八幡「あー、そうだな。ぎりぎり及第点までは上り詰めてたな」


結衣「なんかビミョーな評価……」


八幡「まぁなんだ、あの毒殺も……意味があったんだろう。感謝の気持ちを伝えるために、練習したかったんだったか?」


結衣「うん。お礼がしたくてね」


八幡「ちゃんと渡せたんだろうな? そうじゃないと、俺と雪ノ下が死にかけたかいがない」


結衣「ヒッキーひどっ! ちゃんと渡せたよ」


八幡「そうか、ならいい」


結衣「うん、渡せた。……その人、毒味だの毒殺されかけただのって、すごく失礼だけど!」


八幡「……は?」


結衣「むー……まさか、気付いてないってことないよね?」


八幡「いや、だが待て。理由がわからん」


結衣「理由ならちゃんとあるもん! サブレを庇って事故に遭って、高校生活を出遅れてぼっちになっちゃって」


八幡「仮にフライングしててもぼっちだっただろうがな」


結衣「お菓子、持ってお邪魔したんだけどその時は会えなくて。そしたら同じ高校だってことがわかって、なんとかアプローチかけようとしたんだけど出来なくて……」


八幡「……」


結衣「奉仕部って渡りに船だったんだ。ちゃんとクッキー渡せて満足だったし、それに」



結衣「あたしも奉仕部に入れば、その人と一緒の時間が長くなるなって嬉しくなった」



結衣「一年生の時から、もっと仲良くすればよかったと後悔もしたけど」


八幡「……ぼっちだったそいつに話しかけたら、周囲からの評価がどん底まで下がりかねないからな。気にすることはないだろ」


結衣「……ごめん。でも気がついたらその人のことを目で追ってて、いつかもっと近しい存在になれたらいいなって夢見るようになって」


結衣「ねぇ、ヒッキー」


結衣「あたしはずっと、ヒッキーのことが好きだった」


結衣「今ももちろん好きで、大好きで、愛しくて。すぐにでも抱きしめたい気持ちでいっぱいなの」


結衣「……どうせ嘘だろとか、俺なんかとか言ったら、グーで殴るからね?」


八幡「……」


いろは(結衣先輩、ついに告白しちゃった……)


いろは(先輩は何も言えず、目を伏せちゃって。結衣先輩はちょっと目尻に涙を浮かべて)


いろは(なんだかこのシーンを隠れ見てることが、申し訳なく思えてきた……)


いろは(……行こう。ここから先は多分、今は見たくないから)


結衣「……」ジッ


いろは(……! 今、結衣先輩と目が合った!?)


結衣「……」フルフル


いろは(首を横に振って……行かずに見てろ、ってことかな……)


結衣「……」コクッ


いろは(あ、頷いてまた先輩の方に向き直った。……気づかれてたんだ……後で謝らなきゃ)


結衣「ねぇ、ヒッキー」


結衣「答えを、聞かせてくれないかな」


八幡「お、俺は……」


結衣「ヒッキーの過去が本当なら、きっとたくさん傷ついたんだよね。わかる、なんて軽くは言えないけど」


結衣「出来ればあたしに、ヒッキーの傷を共有させてほしい」


結衣「出来ればあたしと、ヒッキーで楽しさを共有したい」


結衣「嬉しさも」


結衣「悲しさも」


結衣「全部、全部。……ね、ヒッキー。あたしはこれくらい本気で、ヒッキーのことが好きでした」


結衣「ヒッキーのことなら、たくさんたくさんわかってるつもり。だから、ヒッキー、大丈夫だから」



結衣「――――あたしを、振って」



八幡「……っ!」


いろは(えっ、結衣先輩!?)


結衣「きっとヒッキーは、本当はとても優しい男の子。あたしのことを真剣に考えてくれてて、きっと、嫌いじゃないって思ってくれてるはず」


結衣「だけど、明確な恋愛感情はないから。余計に傷つけないために、悩んでるんだよね」


結衣「とりあえず付き合っとけ、みたいなことが出来ない優しいヒッキー。だから、あたしを振ることで傷ついてしまうんだと思うけど」


結衣「きっとその傷は……ヒッキーにいろんなことを教えてくれる……から」


結衣「だから……だ……だか……ら……」


八幡「もういい。無理に言葉を出さなくていい、由比ヶ浜。俺が情けないばっかりに、そんなに泣かなくていいんだ」


結衣「ヒッ……ヒッキー……は、情けなく……なんかな……い」


八幡「お前がいなきゃ、俺は今の俺になれていない。昔の、今よりもどうしようもない俺でしかなった」


八幡「本物を見つけられるかもしれない。そう思える俺になれたのは、間違いなくお前の力だ」


八幡「最後の最後で、甘える形になってしまって……すまん」


八幡「気持ちに応えてやれなくて……すまん」


結衣「いいよ……ヒッキー。大好き。きっとこれからも、長い時間ヒッキーのことが好き」


結衣「でもいつか、あたしも乗り越えるから、さ」


八幡「ああ……」


結衣「気に病まないで、仲良くしてね」


八幡「由比ヶ浜がそれを望むなら……俺の方こそ、ってやつだ」


結衣「じゃあ、ヒッキー。後からあたしも部室に行くから……先に行っててくれないかな?」


八幡「でも……」


結衣「一人で泣きたい時は、あるもんだよ。ね、お願い」


八幡「……わかった。また、後でな」


スタスタスタ……


結衣「……ぐすっ。いろはちゃん、こっちおいでよ」


いろは「……はい。覗き見してすみませんでした」


結衣「ううん。いろはちゃんがここに来てたらいいなって思ってたし」


結衣「ヒッキーなら、上手に誘導してたんだろうけど。来てくれてよかった」


いろは「よかった……ですか?」


結衣「うん。……あーっ、見事に振られた!」


結衣「酷いと思わない!? あたし、すっごくヒッキーのこと好きなのに!!」


いろは「……はい。まったく先輩ったら、こんな可愛い女の子を振るなんていったい何様のつもりなんですかねー」


結衣「……なんて、ね。後悔はあるけど、未練はない。これであたしも前に進めると思うし」


結衣「結果、ヒッキーも前に進めるならあたしのやったことは正しかったんだって思える」


いろは「……」


結衣「ね、いろはちゃん。いろはちゃんにも、何か与えることが出来たならよかったって思うんだけど、どうだったかな?」


いろは「わたし……ですか?」


結衣「うん。素直になれない、気が付きたくない気が付かずにいたいいろはちゃんの本心」


結衣「一歩、踏み出すのもいいんじゃないかなって」


いろは「わたしは……」


結衣「時間は有限! ……きっと、部室に行く途中でヒッキーはゆきのんとばったり出会って、そこで話をすると思う」


結衣「見て、感じておいでよ」


いろは「なんでそんなことがわかるんですー? 雪ノ下先輩、ついさっきまでわたしと話してましたよー」


結衣「ゆきのんも、色々と考えてるから。で、これも筋書き通りだから」


結衣「先輩たちからの、最後の教えってとこ! さ、行った行った!」


いろは「ちょ、ちょっと結衣先輩! 今、結衣先輩を置いてなんて……」


結衣「置いていって欲しいな。……一人で泣きたいのは、本当だから」


いろは「……っ。わかりました、結衣先輩」


いろは「わたし、行ってきます」


結衣「うん、行ってらっしゃい」


タタタッ……


結衣「……はぁ~あ。わかってても、やっぱすっごいキツイなぁ……」


結衣「う……ぐすっ……ヒッキー……ヒッキー……!」


結衣「……ありがとう、大好きだったよ」


結衣「……八幡。……なんて、ね」


【やはり俺の青春ラブコメは間違いだらけだった 後編【由比ヶ浜②】】 終


やはり俺の青春ラブコメは間違いだらけだった 後編【雪ノ下②】


いろは(結衣先輩……絶対辛いよね)


いろは(多分その辛さは……わたしの知らない、辛さ)


いろは「……」


いろは「わたしは、どうしたいのかなぁ……」


テクテク……


いろは(あ、渡り廊下に……)


――――――


――――


――


雪乃「あら、酷企谷くん。酷い顔が数割増しにグロいわよ。何かあったのかしら、グロ企谷くん」


八幡「卒業式くらい手加減しようって真心ないの? 俺じゃなかったら卒業式に命を絶って色々台無しにしてたまである」


雪乃「あなたが卒業式で粗相をしたところで、誰も気がつくわけないじゃないの」


八幡「本気でバカにするような目、やめてくんない? まるで本心から言ってるみたいに錯覚しちまう」


雪乃「はぁ……あなたのバカに付き合っていると、本題が進まないわ」


八幡「おかしいな……俺の記憶が正しければ、散々罵倒し続けてたのはお前の方だったと思うんだが……」


雪乃「……あなたに、相談しておきたいことがあって」


八幡「はぁ? なんつー珍しい言葉だよ。ついにバグったか?」


雪乃「……」キッ


八幡「あ、すみませんでした」


雪乃「はぁ……相談というのは、奉仕部の今後についてよ」


八幡「奉仕部? なら俺のマイオンリーラブシスター小町がいるじゃねぇか」


雪乃「『俺の』と『マイ』が意味合い被ってるじゃないの。……確かに、小町さんはあなたの数倍は頼りになるわ」


八幡「その通りだ」


雪乃「なぜ自慢げなのかしら、この自称兄は」


八幡「自称じゃないからな? 自他ともに認めるオシドリ兄妹だからな?」


雪乃「心底、気持ち悪いわ。……また本題から逸れているわね。小町さんは優秀だけれど、それでも一人で奉仕部を運営するのは困難だと思うの」


雪乃「ずっと平塚先生がいてくれれば違うけれど……転勤とか、無いとは言えないじゃない」


八幡「まぁ……そうだな」


雪乃「だから、なんと言えば正しいのかしら……私の、後継者?」


八幡「なんで能力引き継ぐみたいな大仰な話になってんの。言いたいことはわかるが」


雪乃「ともかく、小町さんと一緒に奉仕部を管理運営してくれる人が必要よ」


雪乃「そうね……特に、グループをまとめた経験のある人は優遇するわ」


八幡「採用情報かよ」


雪乃「心配しなくとも、和気藹々としてて笑顔の絶えない職場よ。部員同士の仲がとてもいいわ」


八幡「ブラック企業じゃねぇか! しかも実際、休日出勤にサービス残業の連続と、ブラック顔負けの働きっぷりだった」


雪乃「ま、要するに……」


八幡「お前の言いたいことはわかる。が、あいつの意志はどうなんだよ」


雪乃「……もちろん、交渉はするわ。けれどその前に、同じ奉仕部のOBとして、あなたの意見を一応、念のため、遺憾ながら聞いておこうかと思って」


八幡「そんなに嫌なら聞くなよ……。もう俺には関係ない話だし、別に興味もねぇよ」


雪乃「あら、今のあなたは、奉仕部のことを悪からず思っていると把握していたのだけれど?」


八幡「ソースはどこだよ」


雪乃「頭をよく見せようとする人間ほど、そういった言葉を口にするのよ」


八幡「……ま、確かにそうだ。なんにせよ、俺は反対するつもりはない。あいつさえいいなら、それはあいつの選んだ道だ」


八幡「他人の俺が、とやかく言う筋合いなんてねーよ」


雪乃「……そう」


八幡「話はそれで終わりか? いい加減さみーし、部室行って平塚先生にありがたい贈る言葉でも貰って帰らせろ」


雪乃「珍しいのね、自ら部室に赴こうなんて」


八幡「最後の依頼、忘れたわけじゃねーしな。不承不承、結果だけでも受け止めてやろうかと」


雪乃「それも、あなたにしては珍しい行動だわ。……初めて会ったあの頃と比べて、随分変わったのね」


八幡「そんな簡単に人間は変わらん。変わったように見えるなら、それは自分自身がそいつを見る目が変わっただけの話だ」


雪乃「相手の本質が見えるようになった、とでも言うのかしら?」


八幡「そうだ。初対面なんざ、猫を被って当然。仮面をつけて必然。本当の自分なんて曝け出すわけがない」


雪乃「あら、あなたは最初からほとんどありのままの自分だったと思うけれど?」


八幡「強く否定はしないけどな。俺は自分を恥じてはいない」


雪乃「なら、今のあなたが変わったように見えるなら、それは私が見る目を変えただけじゃない」


雪乃「あなた自身が変わったということよ」


八幡「……ま、ここまで言われて強く否定する気はないけどな」


雪乃「あの頃のあなたは、卑屈で偏屈で変態で人を信じて無くて目が腐ってて。友人らしい友人は材なんとか木座くんしかいなくて」


八幡「罵倒やめろ。あと、材木座な。間にいらんもん挟まなければ正解だからな」


八幡「あと、あれだから。俺はあれだから。友達を作らないわけで、作れないわけでは……」


雪乃「あら、ではそれを証明してもらおうかしら? それとも、口だけの安い男なのかしら?」


八幡「その安い挑発、乗ったぜ」


八幡「……雪ノ下。もしよかったら、俺と――」


雪乃「お断りするわ」


八幡「この期に及んでダメかよ」


雪乃「……ふふ。さ、行きましょう? 最後の部活を始めるわよ」


八幡「へいへい」


雪乃「鍵を取ってから行くから、先に行ってもらえるかしら? たっぷり時間をかけるから、凍えて待ってて」


八幡「なんで自ら凍死しにいかなきゃならねぇんだよ。行くけど」


スタスタスタ…


雪乃「……さ、出てきてもいいわよ、一色さん」


いろは「あははー、やっぱりバレてましたかー」


雪乃「いいえ。貴女が見ているはずと、仮定して声をかけただけよ」


いろは「もしいなかったらどうするんですかそれ……」


雪乃「そうね……もしもそうなっていたら、私はさぞ滑稽だったでしょうね」


いろは「まぁ、雪ノ下先輩のことですから、確信があったんでしょうけどー」


いろは「雪ノ下先輩。なんで、先輩と友人にならないんです?」


雪乃「まず、友人という定義が何なのかから、議論する必要があるわけだけれど……」


いろは「それ、先輩の受け売りです? おんなじこと言ってますよぉー」


雪乃「……あの男と同じだなんて、誠に遺憾ね。反省するわ」


いろは「そっ、そこまで……」


雪乃「……彼と友人になるかどうかなんて、私にもわからないの」


いろは「わからない……ですか」


いろは「なりたくない、ではなくて?」


雪乃「一昔前の私なら、冗談じゃないわと切り捨てていたでしょうね」


雪乃「けど、そうね……」


雪乃「比企谷くんが友人であると認めることに、抵抗はなくなっている気がするわ」


いろは「だったら……」


雪乃「それでも、私は彼を友人とは言わない。そしておそらく彼も、それをわかっているし理解している」


雪乃「だから私は、いつまでだって比企谷くんの言葉を遮って、こう言うわ」


雪乃「お断りするわ、と」


いろは「……」


雪乃「きっとそれが、お互いに望んでいることなのよ」


いろは「……それは、そこまで分かり合えているなら、もうお二人は友人なのだと、わたしは思います……」


雪乃「……さ、奉仕部に行きましょうか。私は少し行かなければならないところがあるから、鍵を持って先に行っててもらえるかしら?」


いろは「わ、わたし一人でですか!?」


雪乃「何を慌てているのかしら。どのみち、行くつもりだったのでしょう?」


いろは「それは、そうですけど……」


雪乃「だったら、誰に遠慮するでもなく、気軽に訪ねればいいのよ。私は、貴女が奉仕部に入部したらいいと思っているし」


雪乃「比企谷くんに宣言したとおり、入部の交渉をするつもりでもあった」


雪乃「もっとも、交渉なんてするまでもない、とも思っているけれどね」


いろは「……鍵、受け取ります。お先に行ってますね」


雪乃「ええ」


いろは(鍵を受け取ると、雪ノ下先輩は短く答えて去っていった)


いろは(これが意味することを、わたしは理解している)


いろは(そして雪ノ下先輩も、理解している)


いろは「……行かなきゃ」


【やはり俺の青春ラブコメは間違いだらけだった 後編【雪ノ下②】】 終


やはり俺の青春ラブコメは間違いだらけだった 後編


八幡「やはりマッ缶はいい……この甘ったるい、口に絡みつく濃厚な味。冷えた体に染み渡る」


 ガラッ


いろは「先輩……なに一人でキモいこと言ってるんです? キモいです」


八幡「ほっとけ」


いろは「というか、先輩だけですか? 結衣先輩や雪ノ下先輩は?」


八幡「由比ヶ浜はコミュニケーションおばけだし、雪ノ下もあれはあれでクラスで人気はあるからな。絡まれてんだろ」


いろは「なるほどー。で、ぼっちの先輩は一人寂しくマッ缶を傾けてたんですね?」


八幡「その通りだが、そのぼっちに絡みに来るくらい暇なお前に言われるのは癪だな」


八幡「葉山に別れの挨拶はいいのか? あと戸部とか」


いろは「葉山先輩には、朝に挨拶しときましたしー。戸部先輩はどーでもいいです」


八幡「やっぱお前、戸部嫌いだろ」


いろは「いえいえー、便利でいい先輩ですよ」♪


八幡「もはや便利を隠しもしないのな……で、何か用かよ?」


いろは「用事があると言えばありますしー、ないと言えばないですしー」


八幡「どっちだよ……」


いろは「……先輩」


いろは「先輩は、ご自分に向けられる意識に気が付いていますか?」


八幡「は? なんだよ藪から棒に。他人の感情なんてわかるはずがないだろ」


いろは「嘘です。先輩ほど、他の人の感情や考えに機敏な人はそうそういないです」


八幡「……」


いろは「ぼっちでコミュ障で目が腐ってて性格が腐っているからこそ、他人の目線を本当は凄く気にしてて、実はちょっぴり優しい人なんです。先輩は」


八幡「前半言いすぎじゃない? 目と性格が腐ってるの関係なくない?」


いろは「とにかく! 先輩はダメダメなところもたくさんあって、数え切れないくらい腐ってるけど」


いろは「それでも! 先輩にいいところもたくさんあって、そんな先輩がわたし……」


いろは「そんなに、嫌いじゃないってこと……伝えときたかったんです」


八幡「お、おう、そうか……」


いろは「……」


八幡「……」


いろは「……それだけですか?」


八幡「は?」


いろは「わたしがこれだけ言ったのに、先輩はそれだけで済ませちゃうんですか?」


八幡「俺に何を言えと……」


いろは「……ジーッ」


八幡「あ、はいすみません」


八幡「そうだな……一色。お前が初めてここを訪れた時、俺は「なんて腹黒い女が来たんだろう」と、思った」


いろは「ひ、酷い……こんなに可愛くて献身的じゃないですかぁ」


八幡「葉山に対しての外面だろ。まぁいいから聞け」


いろは「あ、はい」


八幡「生徒会長に祭り上げた責任。そんな思いで、俺はお前を手伝っていた」


いろは「結果として、生徒会長も悪くないかなーって思ってますけどね」


八幡「そう言ってもらえると助かる。まぁなんだ、義務感から俺はお前を助けていた。それだけだった」


八幡「だが……そうだな。お前が奉仕部のことを悪しからず思ってくれているように、俺も……俺達も、お前をもう、奉仕部の一員くらいに思っている」


いろは「あ、ありがとうございます……なんだか照れますね」


八幡「言うな。俺だって柄じゃないこと言ってる自覚はある」


八幡「で、だ。一色、お前、奉仕部に入るつもりはないか? 正式に入部して、この部の存続に尽力してくれないか?」


いろは「先輩……」


いろは「……先輩。それは、平塚先生の依頼を達成するために、そう言っているんですか?」


八幡「え?」


いろは「知ってるんです。平塚先生が、最後に奉仕部に出した課題を。そしてきっと、それはわたしを対象にしたことなんだと」


いろは「だから、先輩は……」


いろは「義務感で、わたしを誘っているだけなんじゃないですか?」


八幡「……」


いろは「無言、ですか……」


いろは「先輩。確かにわたしは、奉仕部のことがすっごく好きです。居心地が良くて、結衣先輩や雪ノ下先輩も、本当のわたしをちゃんと知っていながら、受け入れてくれる」


いろは「とても……嬉しいです。誘ってもらえて、嬉しいです」


いろは「けど、けどね、先輩?」


いろは「わたしは……先輩に、先輩の意志で誘ってもらいたかった」


いろは「それなら、わたしは……喜んで、奉仕部に入ってた。サッカー部のマネージャーをやめてでも、奉仕部を……先輩たちの居場所を、守りたかった」


八幡「一色、俺は……」


いろは「いいんです。すぐに答えられなかった時点で、わたしがこう言ってしまった時点で、もう結論は出てるんです」


いろは「誘ってくれてありがとうございました、先輩。でもわたし――」


いろは「――奉仕部には、入りません」


八幡「……っ!」


いろは「さようなら、先輩。これまで、ありがとうございました」


 バタン……スタスタスタ……


八幡「俺は……」


八幡「また、間違ったんだな……」


 バタン


八幡「……由比ヶ浜? 雪ノ下も……そうか、部活の時間だな」


結衣「……っ! ヒッキーの……バ……」


雪乃「貴方は、どこまで愚かなの!?」バチンッ!


八幡「いっ……つ……」


結衣「ゆ、ゆきのん!?」


雪乃「なにをぐずぐずしてるのよ! なにをこんなところで立ち止まっているのよ!」


結衣「ゆきのん、落ち着いて!」


雪乃「義務や責任を盾にして、自分の行動が招く結果から逃げているだけじゃないの!」


雪乃「自分の感情で動いて、失敗して傷つくことから逃げてるだけじゃないの!」


雪乃「貴方は……今の貴方は、自分を卑下しすぎよ! 見ているだけで苛つく……どうしようもないクズよ!」


結衣「ゆきのん、言い過ぎだって!」


八幡「いや、いいんだ由比ヶ浜……雪ノ下の言う通りだ。俺は傷つくのが怖い。失敗するのが怖い」


八幡「責任を盾に……か。確かにその通りだな。裏に隠れて、ビクビク怯えているだけだ。滑稽極まりない」


雪乃「すぐに変わるのは難しいと思うわ。きっと貴方の過去は、貴方にしか理解できない」


雪乃「けれど、比企谷くん。貴方は、本物がほしいと願ったあの時」


雪乃「私を、追いかけてきたじゃないの。貴方はもう、昔の貴方ではない」


雪乃「行動に移す勇気を、持っているわ」


結衣「うん……うん、そうだね。あたしが好きになった人は……あたしが大好きな男の子は、こんなところで止まらないよ」


結衣「行って、ヒッキー。……ううん」


結衣「行け! 八幡!」


八幡「……行ってくる」


八幡「サンキューな、雪ノ下、由比ヶ浜」ダッ


 バタンッ! タタタッ……


雪乃「まったく……世話が焼けるわね」


結衣「ゆきのんのビンタ、痛そうだったなぁ……」


雪乃「あの男にはいい薬よ」


――――――


――――


――


八幡「はぁっ……はぁっ……」


八幡「くそっ、一色のやつ。どこに行ったんだ……?」


八幡「靴はあったから、校舎外には行ってないだろう。てことは……」


八幡「あそこか……?」


 ~生徒会室~


いろは「……先輩のバカ。アホ。すけこまし。おたんこなす。女の敵。バカ。アホ」


いろは「……ああ、わたしは、先輩をこんなにも……」


いろは(なんであんな、些細な事でチクッと来たんだろう……)


いろは(先輩の性格なんて、今更なのに……)


 コンコン……


いろは(あ、ノック……)


いろは(先輩かな……出たくない)


八幡「一色。いるんだろ?」


いろは「……いません」


八幡「またベタな……入るぞ」


 ガチャッ


八幡「一色」


いろは「何しに来たんですか。義務だけでわたしを追ってきたなら、帰って下さい」


八幡「人に突き放されるのは慣れているが、お前にされると少し効くな……」


いろは「……なんですかそれ。遠回しに口説いてるんですか。今はそんな気分じゃないのでもっと先に落ち着いてから改めてしてくださいごめんなさい」


八幡「おう、いつものやつ出せるじゃねぇか」


八幡「あー、なんだ。一色……」


八幡「すまん。言って信じてもらえるかはわからんが、そんなつもりで言ったんじゃないんだ」


いろは「……じゃあ、どんなつもりで言ったんですか。ちゃんと言葉にしないと、伝えないと、伝わらないんですよ」


八幡「……」


八幡「正直言うと、俺自身、どういうつもりで言ったのかはよくわかっていない」


八幡「平塚先生の依頼があったから、というのがきっかけなのは間違いないと思う。けれど、なら依頼であれば当人の気持ちを無視してしまっていいかと言われたら」


八幡「そうじゃないんだと、今なら言える」


八幡「本人の……あれだ。気持ちってやつを無視してると、ろくなことにならん」


いろは「なら、わたしを奉仕部に誘ったのは、先輩の気持ちってことなんですか?」


八幡「そうだ」


いろは「どんな……気持ちなんですか? 教えてください、教えてくださいよ、先輩」


いろは「先輩は、わたしを……わたしのことを……」


いろは「どう、思っているんですか……?」ウルウル


八幡「一色は……やかましい後輩で、いつもいつも面倒事を押し付けてきやがって、振り回してきて」


八幡「だが、実は努力家で、サッカー部と生徒会の兼任や、葉山の件でも自分の出来る限りで頑張っていた」


いろは「……」グスッ


八幡「俺が本物を見つけるための、きっかけになった奴で。どれだけ迷惑をかけられようと、俺はお前を放っておけなくなって」


八幡「そんな一色を、俺は……」


八幡「……大切な存在と、思っているんだろう」


いろは「そ……それ……は……どう…いう……グスッ……存在…なんです……?」


八幡「あー、もう泣くな泣くな。俺が泣かしたみたいじゃん。こんな現場取り押さえられたら、俺逮捕待ったなしじゃん」


いろは「うっさい……グスッ……です……」


八幡「そ、そうだな、あれだ……小町に向けている感情に似ている気がする……」


いろは「い、妹じゃないですかぁ! この期に及んでこの先輩は……!」


八幡「わ、悪い……けどうまく言えないんだ。だからこれが、一番しっくりくる答えなんだ」


いろは「はぁ……まぁいいです、それで。とりあえずは、ですけど」ジトーッ


いろは(でも、正直ちょっと嬉しい)


いろは(小町ちゃんと同じってことは、妹であると同時に)


いろは(す、好き、って感情もあるってことだよね……?)


八幡「お、怒ってるか? また泣き出したりしないよな……?」オロオロ


いろは「クスッ……先輩。わたし、奉仕部に入部します」


八幡「え?」


いろは「小町ちゃんと一緒に、先輩たちの居場所を、守ろうと思います」


八幡「……いいのか? 俺が誘っていてなんだが……あぁ、でも生徒会が終われば、多少は余裕も出来るか」


いろは「え? わたし、来年も生徒会長続けるつもりですよ?」


八幡「は? でももう、奉仕部に雪ノ下や由比ヶ浜はいねーんだぞ? ついでに俺という雑用係まで消える。あ、それは大して影響ないか」


いろは「はい、わかってます。ですから、先輩にお願いです」


八幡「なんだよ」


いろは「これからも、わたしを助けて下さい」


いろは「たまには遊びに来て、文句言いながら手伝ってください」


いろは「メールを送ったら、素っ気ない返事をください」


いろは「可能な時は、電話にも出てください」


いろは「わたしと、付き合ってください」


八幡「……はぃ?」


いろは「あ……さ、最後のは違いますからね!? わたしの生徒会に付き合ってくださいってことですから! ななな、なんですか告白かと思ってワクワクしたんですか心浮かれたんですか! そ、そういうのもうちょっと待ってください……」


八幡「この数分で2回もフラれた俺の気持ちをだな……まぁいい。人の黒歴史はほじくり返さない主義だ。自分の黒歴史は掘り出すけど」


いろは「ええ、そっとしておいてください。でもいつかわたしは」


いろは「先輩を、射抜きます」


八幡「……なに? 俺、狙われてんの?」


いろは「はい。今までと、これからも」


いろは「ずっと」



――――ずっと。



【やはり俺の青春ラブコメは間違いだらけだった 後編 】 終


後書き

2016/10/30 11:17
この時点を持ちまして、一応、構想上の物語は完結いたしました。
途中で長期間の更新停止があり、大変申し訳ございません。
最初からここまで付き合ってくださった方がもしおられたら、本当にご迷惑をおかけしました。

皆さんの数々のコメントが励みとなり、また制作意欲の向上に繋がりました。
本家様の作品を借りただけの文章ですが、楽しく書けてよかったです!

さて、今後ですが。
なにかネタがあれば、追加で書くつもりなので『執筆中』としておきます。
また、シチュエーション等の要望があればコメントにて。
加筆修正も加えるつもりなので、もしよかったらたまーに、時間がある時にふらーっと訪れてみてください。

長くなりましたが、読んでくださった方、コメントやレビューをくださった方、ありがとうございました!


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