灯台見回り船が鎮守府に着任しました。
灯台見回り船LS201あきひかり型あきひかり。
佐伯鎮守府に着任しました。
海の灯火を整備します。
初SS投稿なので優しい目でごらんください。
ほのぼのというか、淡白なのが、好きなんです。
船に揺られて、いや、私が船か。
西へ、航海を続けて十数時間、ようやくお目当ての港湾が見えてきた。
「ここかな.....」
打電した後、入港した。
「はあ、ここもまた立派だなぁ」
私がそう感嘆していると、遠くから艦娘らしき女性がやってきた。
「お待ちしておりました。あなたがあきひかりさんですね?執務室に案内いたします」
廊下を歩く女性に着いて行きながら、私はこの建物の内装を眺めている。
派手な装飾などはないが、落ち着いた照明や、床材が木なのは私の好むところだった。
執務室のプレートが飾れたドアの前に着き、例の女性が扉をたたくと
「どうぞ」
と朗らかな声が室内から聞こえた。入室。
提督「ようこそ、佐伯鎮守府へ。私が当鎮守府の司令官を務める別府だ。よろしく頼むよ」
あきひかり「現時刻を持ちまして佐伯鎮守府に着任しました、灯台見回り船あきひかりです。よろしくお願いします」
提督「以前は大湊の警備府にいたんだって?」
あき「はい、先の震災で破壊された灯台の代用である、灯浮標の設置の任に従事していました」
提督「ああ。こうして艦娘の無事が保障されるのも、君たち特設艦船あってのものだよ。
提督「艦娘たちも感謝しているはずだ、私からも礼を言うよ」
あき「ありがとうございます」
ここまでが社交辞令といったかんじ。ここの司令官もよくしてくれそうで安心だ。
提督「着任初日で申し訳ないが、午後から近海の灯浮標の定期点検の任務が降りている」
提督「装備は工廠の担当の妖精に言ってくれ。無事を祈るよ」
「了解しました」
退室。今はまだ午前10時なので、ひとまずは宛がわれた自室に戻って荷物を置こう。
連絡通路を渡り、私の自室がある特設艦船寮もとい駆逐艦寮へ。
艦娘は、艦種によって住まう寮が違う。あいにく特設艦船寮はないので
私の容貌からか、部屋は駆逐艦寮にある。まあ安眠できるなら、どこでもいいのだけど。
廊下を進んで突き当たり、私の部屋の前、
「ここが私の部屋ね」「私達です!」
突然後ろから声がしてびっくりした。後ろには、私より少し背の低い朗らかな女の子。
でも、どうして穿いてないの?
雪風「はじめまして、相部屋の雪風です!おかえりなさい!あきひかりさん!」
朗らかで、でも煩くない声の女の子は雪風さんというらしい。なんだろう、心が温まるな、この子。
あき「よろしくお願いします、雪風さん。ただいま、雪風さん」
入室。ベッドが3つあって、机も3つある。うん、勉強はできそうだ。
棚は共有なのかな、大きい本棚がひとつある。下の3段には革装丁の本がいくつかあって
上の2段には、漫画かな、あとぺーパーバックの小説が置いてある。
中段2つは、私が使っていいのだろうか。
雪風「中の2段分は、あきひかりさんが使ってください!あと、お洋服はこちらのクローゼットに!」
「うん。あ、この本は「あ!時津風が帰ってきました!」
ああ、うん、私が言い始める前にもう一人の相部屋の子が入室。
時津風「あ、あきひかりだね。私は時津風だよ、よろしくね」
あき「よろしくお願いします、時津風さん」
雪風「あきひかりさん、もう司令から聞いてますか?午後の整備点検任務は雪風たち2人で護衛して、」
雪風「この3人で行います!」
あき「そうだったんですね!前の鎮守府では港湾近海の灯浮標設置任務だったので」
あき「お供がいなくて寂しかったんですが、良かったです!」
時津風「うんうん。痛くない任務は良いよねぇ」
雪風「はい!雪風しっかりお手伝いしますね!」
うん、2人とも朗らかで、楽しく航海できそうだ。
でもなんで時津風さんも、穿いてないのかな?
ひとまず、昼食を摂ることにしよう。雪風さんたちはもう摂り終えたようなので
私はひとり、連絡通路を渡って食堂へ。
昼食と夕食は普段2つメニューがあるようだ。私はAメニューのデミカツを戴こう。
艦娘もとい船娘といえど、艤装を展開していなければ所詮は人の身である。
なので、食事も摂る。栄養補給は大事だ。
Aメニューを給食してもらい、サーバーで麦茶を注ぎ、奥の方の席に着いた。
新入りだし、訝しげな視線を向けられる。というわけでもない。
もともと鎮守府というのは移籍の多い仕事場で、艦娘はその数も少なく、
私のような絶対数の少ない特殊船ともなれば方々からひっぱりだこである。嬉しくないけど。
移籍は多いが、"別れ"ではなかった。私の主な仕事は灯浮標の"定期的"な整備点検だ。長いスパンではあるけど再会もある。
嬉しくないけど、それほど悲しくもない。だから続けるられる。
と、湿っぽいこと考えてるな。デミカツが湿っぽくなっちゃう前に食べようか。
「あら、あきひかりさん。佐伯鎮守府にいらしたんですね。お食事、ご一緒してもよろしいですか?」
あき「赤城さん!お久しぶりです!佐世保から移ったんですね。あ、どうぞこちらに」
この方は、正規空母の赤城さん。1年ほど前は佐世保にいらしたのに、今はここに。移籍の多い証明でもある。
正規空母の赤城さんは、私が佐世保にいたときにもお世話になった。とてもユーモアのある方で、大好きだ。
あき「赤城さんはこちらに移籍になったんですか?」
赤城「いいえ、佐世保からの船団護衛でこちらに寄港したの。私の帰る場所は、いつでもあそこよ、ふふふ」
どうやら、移籍ではないようだ。
あき「加賀さんとグラーフさんが、寂しがってますよたぶん」
赤城「そうね。でも偶の船旅も良いものですよ。翌日は別府にも寄港するんです。温泉は1年ぶりで楽しみです。ふふ。」
あき「やっぱり入渠のお風呂とは違うんですか?」
赤城「ええ、それはもう。入渠も露天風呂にしてくれれば疲労も飛んでいくんでしょうに。あら、今日はデミカツですね!」
こうして他愛ない会話ができるのも喜ばしいことだ。
そうして食事を終えて自室に戻り、工廠に行き装備を確認する。
装備、といっても武装ではない。整備点検キットとでも言い表そうか。一応気休めに機関銃を装備させてもらう。
点検用の工具を確認し、バックパックのような艤装に格納する。
これで準備は整った。雪風さんたちと合流して桟橋へ。司令部へ無線連絡を送る。
あき「あきひかりより、司令部。定時につき出港します」
提督「司令部了解した。現在任務海域に深海棲艦は確認されていないが、警戒してことに当たってくれ」
あき「あきひかり了解。周囲を警戒しつつ単縦陣にて航海します」
提督「良い航路を、灯台見回り船隊諸君。通信終了」
見回り船隊、その響きにくすりと笑ってしまった。
海上を、ただひたすらに、走りぬく。走行ではなく、滑走に見えるが。
時津風「"灯台見回り船隊"だってぇ、時津風はもう少しかしこまった名前がいいのになあ」
雪風「平和的なニュアンスがあって良いと思いますよ!」
護衛が付いてくれる時はおしゃべりが聞けて飽きない。ひとりのときは暇でしょうがない。
警戒を怠ってるわけではない。今の時代、数キロ先を見通すのは、目ではなくレーダーだ。
あき「このまま直進するルートを通れたら、帰港は2100くらいになりそうです」
時津風「じゃあ帰ったらボードゲームしよー!」
雪風「時津風、帰ってお風呂に入るまでが任務ですよ!」
時津風「もーわかってるってー。そんなに一緒に入りたいなら言えば良いのにー」
雪風「もう!時津風なんて知りません!」
そうやってじゃれあったりする2人を眺めていたら、遠方に赤い浮遊物を目視した。あれが灯浮標だ。
あき「あれが1つ目の灯浮標です。私は点検に取り掛かるので、お二人は周囲を警戒していてください」
「はーい」「はい!頑張ります!」
灯浮標が深海棲艦に破壊されることは滅多にないが、機械に故障はつきもので、度々点検が要る。
紙に点検項目を記入するわけにもいかないので、防水性のあるタブレット端末を使って点検項目にチェックする。
機密保持の意図もあってか、艦娘が無線機以外の携帯端末を持つことは許可されていないので、
タブレット端末を操作するのはかえって新鮮だ。
ちなみに、正規空母の赤城さんは"ついったー"というウェブサービスを使っていると、佐世保にいたときは
もっぱらの噂ではあったが、憶測の域を出ない。噂を嗅ぎつけた憲兵が自室の調査をしたらしいが、
何も手がかりは出なかったらしい。誠実かつユーモアあふれる彼女に限って、そんなことはないのだろう。
しかし、火のないところに煙は立たず。もしかするとこの話は、戦場の霧よりも濃霧なのかもしれない。
雪風「雪風よりあきひかりさん!南方15km先、レーダーに艦ありです!」
あき「あきひかり了解。こちらに向かってきている?」
雪風「いえ、こちらには気付いていません。相手の航路の様子から15分後に再接近します!」
あき「大丈夫、間に合わせます。引き続き、警戒をお願い」
雪風「了解です!」
迅速に点検を完了させて、敵艦と思われる艦を迂回して避け、次の灯浮標に向かった。
あき「あきひかりより司令部、任務海域に深海棲艦と思わしき艦あり、座標を送信します」
提督「司令部了解。不明艦との接触は避けつつ、引き続き任務を遂行してくれ」
あき「了解。通信終了」
雪風「...あきひかりさん、なぜ灯浮標はこんな目立つ色をしていて、深海棲艦に破壊されないんですか?」
あき「そうですね、おそらく船ではないからじゃないでしょうか?」
あき「それに、近海に私達側の艦がいない間は灯台部分は海中に収納されているんです。対深海棲艦用の新技術ですよ」
雪風「なるほど!」
あき「それでも、破壊されることもあるんですけどね」
時津風「...雪風、それもちゃんと本に書いてあるんだよ。たまにはちゃんとしたの読んだら?」
雪風「時津風はよく眠くなりませんね」
時津風「運だけが取得じゃ駄目だって、陽炎お姉ちゃんにいつも言われてるでしょ?」
雪風「雪風は雪風なりに頑張っています」
時津風「そんなこと言って、かれこれ1年は漫画とライトノベルだけじゃん!」
そうか、上段は雪風さんの本だったのか。てっきり、上段は二人で共有してて、下段のあれは元からあった物だと思ってた。
時津風「ああそうだ!あきひかりはどんな本を読むの?」
あき「私は専門書が多いかと思います。任期が満了した暁に、進学しようかと思ってて」
時津風「ほら!雪風、私たちの航海もいずれ終わるんだから、その後のことも考えないと!」
雪風「うーん、わかってはいるんです。うーん...」
悩む雪風さんも新鮮だな。と考えているうちの次の灯浮標が見えた。
順次点検を終わらせる。最初の灯浮標付近で艦に遭遇した以外は、特に不審なこともなく、最後の灯浮標の点検もようやく終えた。
あき「よし、これで最後ね。さっそく帰りましょう」
雪風「あきひかりさん、お疲れ様です!」
時津風「お風呂に入るまでが任務だよー雪風」
雪風「...雪風になにか落ち度でも?」
時津風「あー、まーたお姉ちゃんの真似してる。陽炎お姉ちゃんが怒るよ?」
雪風「陽炎お姉さんは怒りません!」
あき「ほら2人とも、はやく帰りましょう」
「はい!」「はーい」
可愛らしい2人を連れ、帰路に着いた。
私が2人のお姉さんになったかのような気分に浸っていることは、内緒にしておこうかな。
そうして、佐伯鎮守府での初任務は、無事完遂することができた。
帰港は2100くらい、夕食は鎮守府に戻ってからでもよかったけど、報告等があるので携帯食料で済ませた。
私が乗員であれば、もしくはメンタルモデルみたいなものであれば、立ち食いなんてしなくて済むのだけど。
そしてようやく、夜の灯りが灯った鎮守府が見えてきた。
あき「あきひかりより司令部、2054に入港します」
提督「司令部了解した。帰港後、任務報告レポートを情報課に提出するように」
あき「了解しました」
レポートは帰航中に纏めていた。警戒は護衛の二人に任せていたので安心だ。歩きスマホじゃないし落ち度はない。
あき「お2人は先にお風呂にどうぞ。私はレポートを提出してきますね」
雪風「待ちますよ?」
あき「ううん、大丈夫。私長風呂だから、後で行ったほうが調度いいんです」
時津風「それじゃあ先に行くね。ほら雪風、先に行くよー」
雪風「まってぇ!」
2人は駆けて行ってしまった。私も急ぎ、情報課にレポートを提出するとしよう。
入浴後は、3人そろって、自室に戻った。2人はお揃いのパジャマを着ていた。
そして穿いてない。なぜそんなに穿かないことにこだわるんだろう。私はそれを理解することに努めようと、
今夜は穿かないことに決めた。
そうして穿いてない3人は各々のスペースで、就寝前の自由時間を過ごし始めた。
ボードゲームはしないのかな?と思いつつ私は自分の机の椅子に腰掛け、って冷たっ!
太股が冷たい。そりゃそうだ、2人を見れば、各々がクッションを敷いているのがわかる。
時津風「あ、あきひかり敷くもの忘れちゃったの?はい、これ予備のだけど、あげるね」
私の様子を察してくれた時津風さんが、クローゼットからクッションを取り出して、私にくれた。
お礼を言いつつ、クッションを椅子に敷く。暖かい、穿かないって良いなあ。
それはそうと、時津風さんはパジャマのときは、ストッキングを穿いていないのか、その生足が妙に艶かし、
いけない。同姓にこんなはしたないことを考えてしまっては。ふしだらだと思わないでください。
それでも、本棚の前で屈む時津風さんのすらりとした生足に、つい目がいってしまっている。ってあれ?
あの革装丁の分厚い本って、やっぱり時津風さんのだったのか!
あき「時津風さんは何の本を読むんですか?」
時津風「んー、これは西アジアの国際関係についての著書だねー」
恐れ入った。人もそうだが、船も見た目で判断してはいけない。"たった一隻の巡洋艦になにができる"と下目に見た
アメリカ軍の航空隊はどうなっただろう。どうなったんだろう。
あき「西アジアに興味があるんですか?」
時津風「西アジア限定じゃないけどね。もう海は散々見てきたから、航海が終わったら、今度は大陸をみたいんだ」
あき「同じです!私も将来、外国に行きたいと思ってるんです」
時津風「うんうん!夢をみるのって楽しいよね!」
この航海が終わったら。いつかはわからないけど、いつでも歓迎だ。早く着くといいな。
ふと、2人で雪風さんを見やると、なぜだか肩身を狭そうにしてる雪風さんが本棚の上段に本を戻そうとしていた。
時津風「ゆーきーかーぜー」
雪風「か、からだがひえるなー。雪風、お茶を淹れてきますね!」
時津風「あー、まてー!」
そそくさと部屋を出た雪風さんを追って、時津風さんも行ってしまった。
雪風さんが落としていった本を拾って...本棚にしまってあげた。まあ、人にも船にも、趣味がある。
その後は、お茶と一緒に戻ってきた2人とボードゲームをしつつ、いつのまにか、まどろみに落ちていった。
船、といっても常時どこかの海の上を漂っているわけではない。
漂泊の想いとかすぐ止むし、そもそも旅人じゃない。
だから要がなければ、どこかの港に停泊している。
それが私たちにとっての休日というものだ。
私の船種にいたっては哨戒任務もできないので、ほかの船に比べると休日も多い。
時計を確認すると8時を過ぎたころ。部屋を見回す。時津風さんはいつの間にか朝食に行ったみたい。
雪風さんはというと、まだ幸せそうに眠っている。 涎、涎たれてる。
朝食の時間は8時半までと決まっているので、雪風さんを起こすことにした。
あき「雪風さん、雪風さん。 おはようございます。さあ、朝食に行きましょう!」
雪風「あれ...もう朝ですか。おはようございます」
まだ寝ぼけ眼の雪風さんを連れて、食堂に行った。おっと、着替えも忘れずに。
朝食は割りと軽めで、トーストかご飯かを選ぶことが出来る。 あ、私はトーストで。
どちらの選択にも味噌汁が付いてくるんだけど、パンに味噌汁ってどうだろう。コーンポタージュとかがいいのになあ。
雪風「今日は私たちはお休みですね!何をしましょう?時津風は図書館に行ったみたいですが」
あき「時津風さんは朝早いんですね。そうですね、私たちも何をするか考えましょうか」
時津風さんは根っからの読書家なのだろうか。
艦娘、あるいは船娘は鎮守府の施設で教育を受けることができる。それにも飽き足らず勉強するとは。
そもそも、甚だ田舎に位置するこの鎮守府に、娯楽として遊ぶものがあるかは疑わしくもあるが。
それで図書館というのなら、なかなか賢明な判断だろう。
あき「うーん、私も図書館にいこうかなぁ」
そう吐露してみたら、多少うろたえた雪風さんが目を彷徨わせながら言う。
雪風「え、えっと、他の何かにしませんかっ?」
あき「といっても、特に思い当たらないなぁ」
雪風「あ、そうです!このあいだ司令からお古のカメラを貰ったんです。雪風、写真を撮りたいです!」
雪風「あきひかりさんも、雪風と一緒にお出かけしませんか?」
そんな上目遣いで視られたら、断りたくても断れない。 いや、断りたいわけじゃないけどね。
あき「はい!ぜひご一緒します!」
雪風「やったー!」
嬉しそうな雪風さんを見れるのは嬉しい。
美味しくなった朝食を食べ終えて、2人で自室に戻った。
雪風「それでは雪風、準備に取り掛かりますね!」
そう言うと、雪風さんはクローゼットをごそごそし始めた。
私も準備に取り掛かろう。といっても雪風さんが写真を撮っている間に何をしたらいいだろうか。
うーん、たまにはスケッチでもしてみようか。
あき「雪風さん、近くに画材店はありませんか?」
雪風「購買部にいけばスケッチブックくらいならあると思いますよ?」
それにしよう。パレットとかもあると嬉しいんだけど。
雪風さんにお礼を言って、ひとまず購買部にいくことにした。
鎮守府本部棟の一角を占める、購買部のところを訪れた。艦娘と鎮守府の勤務者が利用する、鎮守府唯一のマーケット。
町から離れた軍港であるがゆえに、鎮守府構成員の熱い需要から、大体のものが置いてある、はず。
文具コーナーへ向かい、目当てのものを探す....あった。
スケッチブックと鉛筆を買う。水彩道具がないのはもの足りないけど、ひとまずはよしとしよう。
部屋に戻ると、首から一眼レフカメラを提げた雪風さん。一緒に双眼鏡も提げている。重くないかな。
雪風「雪風は準備万端です!」
あき「私も準備できましたよー」
雪風「はい!それでは出発しましょう!」
そして2人は休日散策へ出かけていった。
雪風「雪風、こうして外に出るのは久しぶりです!」
あき「雪風さんは、あまり外には出ないんですか?」
雪風「はい、休みの日は時津風と一緒にいます。一人で出かけるのは、ちょっと寂しいんです」
あき「時津風さんはいつも図書館に?」
雪風「部屋にいるときもあるんですが、それでも本を読んでばっかりで...」
寂しそうにしている雪風さんをみると、こっちも寂しくなる。
外見年齢の割りに勤勉な時津風さんに悪気はないのだろうけど、雪風さんには退屈なのかもしれない。
私は雪風さんの手を握って歩き出した。
あき「天気のいい日には私とお出かけしましょう!さあ雪風さん、よい景色を探しましょう!」
少し瞳に輝きを取り戻した雪風さんと共に、複雑な海岸線を沿って景色を探し始めた。
あき「この地域の海岸線はとても複雑ですね」
雪風「リアス式海岸ですね。座礁には気をつけなきゃいけません」
私たちはこの美しい地形をファインダーに収められるようなポイントを探していた。
数十分歩いた頃か。ふと、遠くの海岸沿いに白い塔が見えた。
雪風「あきひかりさん!灯台ですよ!観てみませんか?」
あき「ええ、そうですね。私も灯台見回り船という名前で通ってますが、陸にある灯台の整備はたまにしかありませんし」
灯浮標も立派な灯台であるので申し分ないのだが、緑の自然に紛れて悠然と佇む人工物というのは
絵になる。強いて言えば被写体になる。
あき「ぜひ行ってみましょう」
私たちは進路を変えて再び出発したのであるが、近づくにつれてわかる。
雪風「あれ?あそこに行く道は何処にあるんでしょうか?」
海岸沿いから出入りは出来そうになく、道が灯台に行き当たりそうな道が見当たらない。
あき「崖の上に階段があるかもしれませんね。いってみますか?」
雪風「そうしましょう!」
再び進路を変え、崖沿いを歩くと、灯台に通じてそうな小路があった。それらしい立ち入り禁止の看板もあるので
アタリだろう。
---これより先、関係者以外の立ち入りを禁ず 佐伯鎮守府長官-------
あき「まあ、大丈夫ですよね?」
雪風「まあ、大丈夫だと思いますよ?」
満場一致で立ち入ることに決めた。2人しかいないけどね。
雑草が生い茂った小路を少し進むと、崖下に通じる階段を見つけた。
それより雪風さん、今日はスニーカーを履いているけど、そこから上は水兵服の裾まで生足。
雑草とかで痒くならないのかな。
雪風「あきひかりさん、この階段、けっこう老朽化してるので気をつけてくださいね」
あき「うん。それにかなり急だしっ」
言ったそばから、階段が崩れてしまった。危ないと思いとっさに雪風さんを庇ったのが功を奏したのか怪我はなさそう。
もともと雪風さんは幸運なので私のおかげではないかもしれないが。"幸を奏する"雪風さん。なんて。
ともあれ2人とも無傷だ。ついでにカメラも。
雪風「あ、あ、ありがとうございます!」
あき「いえいえ、私も大丈夫です。でも、階段が崩れてしまいましたね....」
これでは戻れない。看板の言うことを聞いておけばよかったと少し後悔した。
陸にいながら孤立してしまった。灯台の整備はするが、灯台の階段の整備は私の仕事ではない。
あき「とりあえずは、写真でも撮りましょう」
雪風「いいのでしょうか?」
あき「私はしばらく、これからどうするか考えてみますね」
ひとまず雪風さんと楽しむことは棚に上げ、どう帰還するか、思索に耽った。
階段を上るのはさすがに危険か。行き交う船に合図したいがどうやら海は静か。
近海哨戒の艦娘が近くを通ることはあるだろうか。でもここは視認しにくそうだ。
誰か灯台の整備にでも来てくれたら。それは私の仕事か。
ふと、シャッターを切る音がする。雪風さんが私を撮っている。
雪風「"考える人"のようでした!あきひかりさん、昼食にしませんか?」
あき「ええ、そうですね。ランチバッグは無事です。サンドイッチにしてみましたよ」
灯台の先の小さな船着場にシートを敷いて、昼食を摂ることにした。
ポッドに容れてある紅茶を紙コップに注いで、雪風さんにも渡して、いたただきます。
こちらにぺたんと座った雪風さん。穿いていないにも関わらず下着は見えていない。なるほどこれが奇跡か。
雪風「モグモグ....!!.....紅茶もサンドイッチも美味しいです!あきひかりさんも食べて食べて!」
あき「ありがとう雪風さん。ちなみに紅茶はダージリンです。砂糖はこっちにありますよ。」
洋食好きというのもあり、手軽なサンドイッチは任務の際にもよく作っていた。携帯食料はあんまり口に合わないから。
それがどうやら功を奏してくれたみたいだ。今度こそ私の手で。
雪風「あきひかりさんは料理が上手なんですね!今度、磯風にも教えてあげてくれたらなぁ。」
あき「妹さんですか?私はまだ妹がいないので、少し羨ましいですね。」
雪風「はい、かわいい妹ですよ!」
姉妹仲がよろしそうだ。私も妹ができたら、こんなかわいい子がいいな。
昼食が終わると、2人で作戦会議をすることにした。
あき「一度、灯台の中に入ってみてはどうでしょう。もしかすると無線機があるかもしれません」
雪風「名案です。でも、鍵はかかってないでしょうか?」
あき「物は試しですね。行ってみましょう」
灯台の扉は南京錠が掛かっていたが、これもひどく朽ちていて、取り外すことが出来た。
帰ったら、ついでに報告書も出しておこうか。
あき「随分埃っぽいですね」
雪風「手分けして、無線機を探してみましょう。足元に、気をつけてくださいね」
中は暗かったが、昼間なので大したことはなかった
あき「雪風さーん。こっちは何も見当たりません」
雪風「雪風もです!」
参ったな。最終的には私が泳いで帰ることになるだろう。雪風さんは岩礁で足を怪我すると危ないので
一時待機してもらうことになるが。
艤装は置いて来ているので水上に仮想タービンを展開できない。
そうすると実質、普通の女の子が2人、遭難していることになる。
ん、遭難?そうだ。簡単だった。
普通の女の子なら待ち惚けするだろうけど、私はこの際普通の女の子ではない。
私は灯台見回り船、灯台の整備点検をする。その私が灯台を扱えないとはさすがに言えない。
灯台のランプを見る。どうやら使える。いや、私が整備しているので当たり前と付け足しておこう。
あき「雪風さん。夜を待ちましょう」
雪風「えぇ!?......何か思いついたんですか?」
あき「はい、灯台を使って遭難信号を灯します。」
雪風「その手がありましたね!」
方針を決めた私たちは、各々のしたいことをして、夜を待った。
雪風さんは撮影に専念している。私は灯台の整備だ。ランプを手動に切り替えて、点滅させる用意をした。
夕方になる。ここらは日が山に落ちる。
夕日が海に沈んでくれないのは残念だが、夕焼け色に染まった白い灯台を観ていると、なんだか郷愁にかられる。
あき「時間ですね。雪風さん、点灯を始めるので、見張りをお願いします」
雪風「はい!任せてください!」
辺りが薄暗くなった頃。点灯を開始した。点滅を繰り返す。メーデー、メーデーと。
さて、気付いてくれるかどうかは時間の問題だ。天命を待つのみ。運に関しては絶対の自信があるが。
雪風「あきひかりさん!哨戒中の艦娘が向かってきています!」
あき「ビンゴです雪風さん!」
点灯を始めて24分くらいか、とても運がいい。
2人は小さな船着場に出て、艦娘を迎えた。
「こら雪風!また危ない所に来て!」
雪風「陽炎お姉ちゃん!」
2隻の駆逐艦が私たちを迎えに来てくれたみたい。
「不肖な妹がご迷惑をかけて申し訳ありません」
あき「いえいえ、2人で来たことですから。こちらこそ手間を煩わせてしまって申し訳ありません」
不知火と名乗る、こちらも雪風さんのお姉さんらしい、鋭い眼光の艦娘はそう言った。
不知火「いえ、救難は重要な任務であり、光栄な仕事です。そう気負わないで下さい」
陽炎「私からはお礼を言いたいわ。大事な妹といてくれてありがとね」
不知火「それにしても、機転の利いた遭難信号でした。貴方が灯台見守り船で良かったです」
あき「私のことをご存知なんですか?」
陽炎「もちろん!貴方達が灯してくれるおかげで、いつも母港に帰れるもの!みんなサンキュッってね!」
あき「そう言って貰えるととても嬉しいです!ありがとうございます」
陽炎「もう、お礼なんていいのよ!さあ、早く鎮守府に帰りましょ!」
私達2人は、救難用簡易ボートに乗せられて、無事、母港に帰り着くことが出来た。
その後司令にこっ酷く叱られたことは言うまでもない。
着任から十数日。日々の任務もこなし、随分とこの鎮守府にも慣れてきた。
そんなある日のこと。執務室に呼び出された私。
話の内容は新しい浮標の設置任務についてだった。
提督「この浮標、試作自走式レーダーブイは、佐伯工廠で産み出された新しい助力だ。助けになるといいが」
自走式レーダーブイ、戦闘海域にいる深海棲艦にレーダーを照射し、その位置を正確に知らせる。その試作品というわけだ。
あき「灯浮標が破壊されにくい性質を利用したのですね」
提督「察しが良い。衛星が使えない今、敵情の新鮮な情報を手に入れることが肝だ」
提督「艦娘の運用も緩やかになり、自由な時間も増えてくれればいいのだがな」
あき「実用の証明ができれば、哨戒任務も劇的に減りますね」
提督「ああ。それでだ。今回はそれの南方海域への運送任務だ」
あき「自走式ではないのですか?」
提督「まあそうなんだが、こいつも虎の子でね。現地に行く途中に故障されたら堪らない」
提督「それと戦闘記録はうちの艦隊で行うが、その他の情報を取って来て貰いたい」
あき「了解しました。それで、運送はいつになりますか?」
提督「急で申し訳ないが、明日の明朝、出航してくれ」
あき「急ぎの用なのでしょうか?」
提督「いや、想定より開発期間が長くなってね。実装予定が押しているんだ。」
あき「なるほど、それでは明日の出航に向けて取り急ぎ、準備に掛かります」
自室に戻った私は、2人に明日の任務について説明した。
時津風「へー、新兵器ってわけかー。これで哨戒任務が減るといいねー」
雪風「出航は明日なんですね?今日は早めにお風呂に入りましょう!」
あき「ええ、そうしましょうか。携帯食糧の準備もしないといけないですね。ひとまず、お風呂に行きましょう」
長い黒髪の頭を洗いながら考える。艤装というブラックボックスのような兵器は、工廠の妖精の手によって造られる。
しかし人の技術者も呆けているわけではない。
雪風「あきひかりさん、お背中流しますね」
あき「ありがとう、雪風さん」
今回のような発明品は人側の技術だ。決戦における主役に成り得るわけではないが、
艦娘の負担は確実に軽くなっていく。
おもえば雪風さんの吐息が背中に当たってくすぐったい。
あき「今度が私が流しますね」
雪風「お願いします!」
通信装置や情報端末を主として、電子的な部門では大いに貢献があった。
私が点検に使うタブレットもそうだ。これはソフトウェアも含めて純日本製。
日本製が当たり前といえばそうだが、海外との接触をほぼ失ったにも関わらず、その技術を維持できるのはすごいと思う。
はやく日本がシーレーンを取り戻し、再び海外に飛び立つその日が待ち遠しい。
雪風「あ,あのっ!....前まで洗わないでも大丈夫ですよ?....」
気付けば私は、雪風さんの大腿を洗い始めていた。雪風さんは頬を紅潮させていた。恥ずかしそうに。
いけない、考え事を始めると勝手に手が進んでしまう。
いやらしい意味ではなく、ルーチンワークという意味でだけど。
あき「あ、ごめんなさい!ぼーっとしちゃうと勝手に手が進んでしまって」
雪風「大丈夫ですよ!それにあきひかりさんは優しかったです!さあ、流して湯船に入りましょう?」
湯船に浸かった3人は、同じ天井を眺めていた。
明日の準備を終えた3人は、各々就寝までの、夜の時間を潰している。
どうやら穿かないのに慣れた私は、その文化を理解できたようだ。よかった。
むしろ脱いでるほうが落ち着くまである。
あき「そろそろ寝ましょうか」
時津風「最近は少し肌寒くなってきたね」
雪風「そうだ!ベッドをくっつけて寝ませんか?皆で寝たら暖かいと思います」
時津風「賛成!」
あき「いいですね。それじゃあちょっと模様替えしましょう」
3人で一緒にベッドをずらして、合体させた。うん、キングサイズくらいありそう。
あき「それじゃあ、電気消しますね」
一緒に寝ると、思ったより心地よくて、数分もしないうちに眠りに落ちた。
明朝、私達は桟橋にいた。そこから50m先の海上にコンテナが浮かんである。中には虎の子と、データ収集のための機材。
あき「あきひかりより司令部、0600となりました。任務を開始します」
提督「司令部了解。データ収集は空いたコンテナで行ってもらう。漂うコンテナハウスだな」
提督「収集期間は3日となっているが、情報量しだいだ。早めに切り上げてもいい」
あき「善処します」
提督「うむ、良い航路を。通信終了」
コンテナを曳航し、目的の海域を目指す。
見渡す限りの水平線を進み進んで12時間。夕日が眩しい真っ赤な空だ。
あき「目標海域に到着しましたので、コンテナを開けますね」
時津風「今日はここで寝るのー?感慨深いなー。あー」
雪風「潮の臭いくらいは洗い流したいですね」
時津風「全力でデータを集めよう!そして早く帰ろう!」
2人が話している間、黙々と設置作業を進める。
試作ブイを起動して、空いたコンテナに戻る。
あき「私はデータを採り始めるので、お2人は交代でコンテナの周辺の哨戒をお願いします」
哨戒を開始したブイは潜航モード―塔の部分を隠すやつ―に移ってコンテナから離れていった。
あれは太陽光発電と波力発電で移動する。最悪内部の燃料電池が作動する。そっちを主基にしてしまえばいいのに。
随時コンテナ内の機材にデータが送られてくる。その記録を持ち帰るのが今回のお仕事である。
あとは手ごろなカモを探し出して、交戦補助させるだけ。
雪風「雪風よりあきひかりさん、レーダーに艦ありです。複数います」
あき「あきひかりより雪風さん、こちらでも捕捉できました。退避しましょう。引き続き、はぐれ艦を探しましょう」
夜が明けて2日目、夕暮れごろようやくはぐれ艦を発見した。
待機していた雪風さんを時津風さんのところへ向かわせて、交戦を始める。
あき「それでは、十分に注意して、健闘を」
試作ブイはいち早く敵を捕捉し、データを送っていた。
あき「送られたデータを基に射撃官制を行ってください」
待つこと数十秒、モニターから敵のアイコンが、消えた。
時津風「撃沈を確認!すごい命中性能だねこれ!あんな遠くなのに当たっちゃった!」
雪風「夜戦にも使えそうです!」
わお、すごい出来だ。それに敵の座標移動から推定しても、ブイを破壊対象にはしていなかった。
脇役ながらホープに躍り出そうだ。
あき「良い情報がでましたね。あと2、3戦できればいいのですが」
今回の調査で合計3回戦のデータが取れた。結果からしても概ね良好。良い情報が取れた。
3日目の未明、私達は帰路に着いた。
帰港してデータを渡した後、私達はぐったりと眠った。
後日、データは考察され、その有用性から、量産は間違いないものとなった。
試作自走式レーダーブイ設置任務、成功。
あき「雪風さん、何しているんですか?」
雪風「虫を這わせているんです」
雪風さんの太股には一匹のアリが歩いている。
あき「え?」
雪風「くすぐったくて、意外と気持ち良いんですよ?」
あき「へ、へぇ....」
あきひかりは辟易としていた。
あき「雨、突然降ってきましたね」
時津風「大粒だねえ。ゲリラ豪雨っていうらしいよ?」
あき「さっきまでかんかん照りだったのに、不思議ですね」
時津風「今も晴れてるのに雨が降ってるもんね」
あき「なんだか土のかおりもしますね........あ、やんだみたい」
時津風「まだ5分も降ってないのにもう?.....ほんとだ」
パシャパシャパシャ
あき「雪風さーん!どこに行くんですかー?」
雪風「虹が出てると思うので埠頭まで行って来まーす!」
あき「いってらっしゃーい!足元気をつけてー」
雪風「はーい!」
時津風「元気だねえ」
あき「元気ですねえ。あれ、時津風さんもお出かけですか?」
時津風「うん。図書館に行ってくるよ」
あき「はい。いってらっしゃい」
時津風「うん」
あき「さて、私も出かけましょうか!」
時津風ってみんなのこと、どう呼ぶんだろう。 1/31
SSのようななにか。正規空母の赤城さんはとても素晴しいひと。 2/3
無線通信とかレーダーとか、ハイテク機器の知識は無いので適当です。
williamより皆さんへ、時津風は可愛い。over..... 2/7
暖かい生活パートを描くためにはセリフが欠かせない。
地の文をごりごり削っていくのです。そして時津風きっと頭も良い、確信。 2/10
雪風と一眼レフ。想像に容易い。 2/17
雪風の可愛らしさをもっと再現したい回でした。 2/21
春の陽気はまだですか 2/28
ちょっとあったかくなってきましたね 3/6
氏のSSで初めて灯台巡視船について調べました。何かとってもコンパクトでキュートなんですね。こんなやつが現役で働いてるなんて・・・。
あきひかりのこれからの働きに期待です!
しらこさん
コメント頂き嬉しいです。
船体後部なんて素敵ですね。
あきひかりのささやかな働きに乞うご期待です。
スゴい…読んでいて続き~ってなる…
なんなんだ…初執筆で…この違いは!?
才能か!? くっ…あきひかりの使う机になりたい…
続き期待しています!
仁村 伊織さん
お褒めの言葉、嬉しく頂戴します。
他の方のSSと比べ地の文が多いかと思いますが、
ご愛嬌いただけたら幸いです。
毎週水・日の更新を予定しています。
あきひかりのささやかな日常、乞うご期待です。
掴みだけで面白いです。
読みやすいし、あーもう、凄く好きです。