2016-03-21 00:04:31 更新

概要

ここちの。


前書き

ごちうさ2期5話~6話orコミックス4巻の真ん中あたりをおさらいしてから読むと分かりやすいかもしれません


ここは木組みの家と石畳の街。


この街にある喫茶店「ラビットハウス」、私はそこの一人娘で香風智乃っていいます。


そして、ラビットハウスに居候している、保登心愛ことココアさんは今現在……







緊張で固まっていました。


……仕事してください。





「ついにこの日が来たな。」


こちらはバイトのリゼさん。父親が軍人ということもあって、時々おかしな行動をとります。高校3年生です。


「……チノ、何か失礼なこと考えてないか?」


「……ソンナコトナイデスヨ。」


「なぜ片言!?」


春休み、いつも通りの喧騒が喫茶店を包みます。


でも、今日はちょっと控えめ。理由はココアさんにあります。


さっきリゼさんが言っていましたが、今日はココアさんのお姉さんが、1年ぶりに妹に会いにこの街へやって来るそうです。


ココアさん曰く、すごく優しくて、ココアさんのお兄さん2人を躾けて従える、かっこいいところもある人だそうです。


……全く全貌が掴めませんね。


ココアさんのお姉さんって一体どんな人なんだろう……?





「それにしても……お姉さん遅いですね。」


「そうだなー。もう着いててもおかしくない時間になってるんだけどな。」


手紙に書いてあった列車の到着時刻から考えると、そろそろ店に辿り着く時間なんですが……。


お店の位置が分からないんでしょうか?


……それよりも、ココアさんがさっきから全然動いていない……本当に大丈夫ですか?


と、


「複雑な街だから迷ってるのかも!私、探してくる!」


「あっ、おい!」


ココアさんは突然立ち上がったかと思うと、リゼさんの制止も振り切って外に出て行ってしまいました。


全く……騒がしい人です。


「よっぽど心配だったんでしょうね。」


「あぁ。なにせ1年ぶりの再会だもんな。ココアも早く会いたかったんだろう。」


お店を空けるわけにはいかないので、リゼさんと2人で待つことにします。


一応父がいるので大丈夫ではあるんですが、入れ違いにでもなったら大変ですもんね。


「……チノ、そんなにそわそわしなくても。ココアなら大丈夫だぞ。」


うっ。


「……私、そんなにそわそわしてましたか?」


「あぁ。見てるこっちが落ち着かなくなるぐらいには。」


うぅ……完全に無自覚でした……恥ずかしいです……。


……それもこれも全部ココアさんが悪いんです。やっぱり姉としてはまだまだですね。


「それにしても、最初は道に迷いまくっていたココアがあんなにも頼もしくなるなんてなぁ……感慨深いもんだ。」


「……そうですね。ココアさんもこの1年で少しは成長したみたいです。」


忘れもしない出会いの日。あの日、ココアさんは道に迷って偶然ラビットハウスに辿り着いた、と言っていました。


それが、約1年経った今日では「姉が迷子になってないか心配だから迎えに行く」だなんて……ココアさんもすっかりこの街の人になりましたね。


「お、ココアからメールだ。」


「……?もうお姉さんと会えたんですか?」


どうやらリゼさんにココアさんからのメールが届いたみたいです。


でも、さっきココアさんが出て行ってからまだ2分も経っていませんよ……?


『かわいいうさぎ見つけた!(≧▽≦)』


……メールにはウサギの写真とともに、この1文だけが書かれていました。


「姉はどうした!?」


「……はぁ。」


ここにはいないココアさんにツッコミを入れているリゼさんの横で、私はため息をつきます。


少しでも成長したと思った私が馬鹿でした……。


やっぱり、ココアさんはいつまでたってもココアさんのままですね。









「いらっしゃいま……せ?」


先ほどのメールからしばらくして、今日初めてのお客さんがいらっしゃいました。


……帽子とマスクとサングラスを装備していて、少し大きめのカバンを持った人でしたが。


キョロキョロしててちょっと怪しいです。


「お、お好きな席へどうぞ……。」


あのリゼさんですら少しヒいています……。


で、でも、ラビットハウスの看板娘として、ここは私がきちんと接客しなくてはいけませんね……!


「ご注文は……」


「じゃあ、オリジナルブレンドと、『ココア特製厚切りトースト』を。」


「かしこまりました。」


……意外と優しい声ですね。少し驚きました。


「ブレンドと、トーストをお願いします。」


「あ、あぁ……。」


リゼさんがトーストを用意している間に、私はすでに出来上がっていたコーヒーをカップに注ぎ込みます。


ほろ苦いコーヒーの香り……いい匂いです。


「あの風貌……スパイか、あるいは運び屋か?」


トーストを切り終えたリゼさんがそんなことを言っています。


「……他の発想はないんですか?」


「芸能人とか、花粉症とかあるじゃろう。」


私とティッピーの指摘も聞こえていないようで、当の本人は例のお客さんをジロジロ見ています。


……そんなに見るのは失礼ですよ。


「では、コーヒーとトーストを持っていきますね。」


「あぁ……だが気を付けろ、怪しい奴かもしれない。一応この銃を持っていくか?」


「そんなのいらないです。」


それを私に持たせて、どうしろっていうんですか……。


というか、こんな会話を聞かれたら大変なので、少し静かにしていてください。


「お待たせしました。」


「ありがとう。」


注文された品をお客さんに届け、カウンターの方へ戻って一息つきます。


この時ばかりはじっと見つめるのも許してほしいです。


味、気に入ってくれたらいいんですが……。


「わぁ、美味しい!」


コーヒーを飲んだお客さんは一言、何かを呟きました。


この位置からではよく聞こえませんでしたが、満足していただけたみたいです。


良かった……と私が安堵のため息をついていた、その時です。


バンッ!


「このパン!もちもちが足りない!!」


「!?」


「お、お客様!?」


い、いきなり机を叩かれてびっくりしました……。


そんな私たちの反応をよそに、お客さんは持っていたカバンを机に置いて、その中から白い粉を取り出しました。


……え?


「白い粉!?」


「やっぱり運び屋だったじゃないか!」


隣のリゼさんは銃をかまえ、私とティッピーは大慌てです。


ま、まさか本当に運び屋さんです……?


カツカツカツ


「私が、教えてあげる。」


「な、なにを……?」


少しずつ近づいてきます。


カツカツカツ


「本物の……」


「本物の運び屋の怖さをか!?」


……ちょっと怖いです。


カツカツカツ……ピタッ


「本物のパンの味を!この小麦粉で!」


……?


「ぱ、パンの味・・・?」


ちょっと拍子抜けしました。


何なんですか一体……。


「小麦粉と言いつつ、何かの暗号だな!?お前は誰だ!怪しい奴!!」


リゼさんはというと、銃をかまえて発砲体制に入っていました。


本当にモデルガンなんですよね、それ……?


でも、今のリゼさんはとても頼りになります!


「私?そう、私は……」


そう言って、件の人は帽子とマスク、サングラスを外しました。


「私です!!」


綺麗な人……。


……いや、そうじゃなくって。


「「本当に誰!?」」


ラビットハウスに、私とリゼさんに叫び声が木霊しました。


今日も騒がしい1日になりそうです……。









「妹のココアがお世話になっています。姉のモカです。」


「おぉ……。」


「ココアさんのお姉さん……。」


先ほどの騒ぎから少しして私たちが落ち着いた頃、ようやく件の客‐モカさんというそうです‐から自己紹介を受けました。


登場の仕方は衝撃的でしたが、礼儀正しい人のようで、丁寧にお辞儀をした挨拶をしてくれました。


「こちらこそ……」


慌てて私もお辞儀を返します。


……あ、ティッピーが転がり落ちてしまいました。


ティッピーを拾うついでに、現在ココアさんがお店にいない理由をモカさんに説明することにします。





「そっかあ、ココアは私を探しに行ったの。大丈夫だからラビットハウスで待っててって手紙に書いておいたのに。」


私の説明を聞くと、どこか納得したようで、モカさんは大きく頷いていました。


……さすがにウサギのくだりは言ってませんよ?


「どこかですれ違ったのでしょうか?」


「ココアったら相変わらずそそっかしいなぁ。」


ウンウン。


私もリゼさんも、そこは激しく同意です。


「あなたリゼちゃんでしょう?そして、チノちゃんとティッピーね。話は聞いてるよ。」


「そ、そうですか。」


「どうも。」


確かに、ココアさんによく似てます。


「こーんな分厚い手紙に、写真も送ってもらったの……」


身振り手振りがとても大きくて、笑顔が明るい、太陽みたいな人です。


「あいつ……ロクなの送ってないな」


「みんな可愛い……うひひ。」


「どこが!?」


この、ちょっとだらしない笑い方もココアさんそっくりですね。


……っていうかココアさん、なんでこんな変な写真ばっかりなんですか。


もうちょっとちゃんとしたのも送ってください。


と、


モカさんが急に私の頭(正確にはティッピーですが)を撫で始めました。


な、なんですか急に……。


「チノちゃん、中学生でお仕事なんてすごいね。」


「……マスターの孫として当然です。」


「えへへ、かわいいかわいい。」


そう言ってモカさんはティッピーを撫で続けます。


私は、別に当然のことをしているだけです。


……でも、たまにはこうやって褒められるのも、悪くない気分ですね。


「おやおや?」


「?」


不思議に思ってモカさんを見ると、モカさんはリゼさんの方を向いていました。


……リゼさん、ちょっと羨ましそうです?


そして、ティッピーを撫でるのをやめたモカさんは、今度はリゼさんの頭を撫で始めました。


「リゼちゃんもかわいいねー。えへへ。」


「わ、私は高校生ですけど……」


リゼさん、ちょっと照れてます。


私たちはみんな年下なので、年上の人には弱いんでしょうか?


「私から見たらかわいいの!」


「うぇっ!?あっ、うぅぅ……」


「あっ!真っ赤になるのもかわいいなぁ。かわいい、かわいい♪」


なおも撫で続けるモカさん。


あのリゼさんがされるがままになるなんて……これは珍しい光景です…………!


「うふふっ、ふふっ♪」


「うっ、うぅぅ……うわあぁぁぁ!」


モカさんのなでなでに耐え切れなくなったのか、リゼさんが逃げてしまいました。


「逃げられちゃった……残念♪」


……モカさん、すごい嬉しそうです。全然残念そうには見えませんね。


「リゼさん、まるで怯えるウサギみたいです……。」


「ウサギならこっちにもいるようだね?」


「?」


不思議に思ってモカさんを見ると、今度は私の方を見ていました。


ウサギ……?


あ、ティッピーのことですか。


「それなら……モフモフしますか?」


「うん♪」


ならば、とティッピーをモカさんに差し出したんですが……


「あっ……」


「よしよし」


……なぜかモカさんはティッピーではなく、私をモフモフしています。


「わぁ……!チノちゃんって本当にモフモフなんだね……!あったかーい!」


……本当に温かいです。


ホントは、抱きしめられるのは子ども扱いされてるみたいで嫌なんですが……同じ小麦粉の匂いでも、モカさんは少し違いますね。


……まるでお母さんみたいです。とても安心します。


「隠れてないで……!」


「うぇ!?」


モカさんは私をたっぷりモフモフした後、次はリゼさんをモフモフすることに決めたみたいです。


「おいでー!」


「ち、近寄るな!」


真っ正面から抱きしめにいくモカさんに対して、リゼさんは銃で対抗しようとしています。


普通の人なら立ち止まったりするんでしょうけど……


「リーゼちゃん♪」


「脅しが効かない!?」


「捕まえた♪」


「うわあぁぁぁぁ!」


モカさんには全然効果が無かったようですね。


……お疲れ様です、リゼさん。


「チノー!そこで見てないで、た、助けてくれー!」


ラビットハウスに、リゼさんの悲鳴が響き渡ります。


……今日はいい天気ですね。









カランコロン


本日2人目のお客さんです。


……帽子とマスクとサングラスを装備している、少し怪しい格好のココアさんでしたが。


「おっ。おかえりー、ココア。」


「モカさん、ずっと待ってます。」


「うぇ!?」


……ココアさん、もしかしてその服装でバレないと思ってたんですか?


そんな私たちのやり取りをしている間に、モカさんはココアさんの正面に位置をとりました。


少し空気が張りつめたものになります。


1年ぶりの姉妹の再会……一体どんな会話から入るんでしょうか…………?


「ココア……その変装は、ダサい!」


「はうっ!」


「さっき同じ光景見たぞ!」


……やっぱりココアさんのお姉さんですね。


とんだ出落ちです。


「……久しぶり、ココア。元気そうでよかった。」


「ふぇ……お姉ちゃーん!!」


「うふふっ、よしよし♪」


「えへっ、ふふふっ。」


ココアさんとモカさんは2人、抱き合って再会を喜んでいます。


これが、本物の姉妹……。


ココアさんはとても幸せそうで、今まで私には見せたことがない表情をしています。


……少し、胸がチクチクします。


この気持ちは一体、なんなのでしょう……?





「……あっ。」


姉妹で抱き合うこと数十秒、ようやく私とリゼさんの視線に気づいたのか、ココアさんは急いでモカさんから距離を取りました。


モカさん、今度は少し残念そうにしてますね……。


「み、みんなの前で……恥ずかしいよ!」


そう言って、ココアさんは私の頭(正確にはティッピーですが)を撫で始めます。


「私も、ここらじゃしっかり者の姉で通ってるんだから!」


……?


「……しっかり者の?」


「……姉?」


私とリゼさんで、修正が必要な箇所にツッコミを入れます。


異議あり、です。


「そっかー……」


どうやら、モカさんは私とリゼさんの言葉で実際のところが分かったようで、大きく頷いていました。


「ココアもすっかりお姉さんだね。」


「まってください」


訂正します、モカさん全然理解してないです。誤解です。


……ココアさんも、そんなに嬉しそうにしないでください。


全然、私は認めていませんから。


と、


コホン


「ココアも帰ってきたところで、私から1つ報告が……」


「報告?」


仕切り直すように咳ばらいをした後、モカさんはそう切り出しました。


報告……何が起こるんでしょうか?


「実は、数日間ここに宿泊させてもらう事になってるんです!」


“テテーン”という効果音付きで発せられたのはそんな台詞でした。


……この、『びっくりしたでしょ!』って顔、ココアさんと血のつながりを感じますね。


「そうなんだぁ!お姉ちゃん、ゆっくりしていけるんだね!」


「うん!だから、いーっぱいお話しできるよ!」


……?


またです。


今度は、黒い手で心臓をキュッと掴まれたみたいな感じがしました。


試しに、両手でギュッと胸のあたりを押さえてみましたが、特段変わったところはありませんでした。


「……?チノ、どうした?具合でも悪いのか?」


「……いえ、リゼさん。大丈夫ですよ。」


でも、そうですよね。


ココアさんは1年ぶりにお姉さんと会うわけですし、話すこともたくさんありますよね。


それに比べて私は……





私は、本当に“そこ”にいて、いいんでしょうか?









あっという間に夜になりました。


もうご飯とお風呂は終えていて、今はココアさんとモカさん、それに私の3人で、ココアさんの部屋を借りてゆっくりしているところです。


いつもはもう寝るはずの時間なんですが……


「よーし、今日は夜更かしを許す!」


「やったぁ!」


……見ての通り、しばらくは眠れそうにありませんね。


「聞いてほしいお話がたくさんあるんだよ!」


ココアさんは、とても嬉しそうな顔でモカさんに話しかけています。


私は……


「ね、チノちゃん!」


「!?わ、私は別に……」


きゅ、急に話を振らないでください!


思ってもないこと言っちゃったじゃないですか……!


「……?」


ほら、モカさんも不思議そうな表情で私を見ています。


うぅ……少し居づらくなってしまいました……。


「わ、私、コーヒーを淹れてきますね。」


……これは逃げなんかじゃないです。戦略的な撤退です。


「あのねあのね!お姉ちゃん!」


「うん、うん♪ココア落ち着いて。」


「うん!」


「深呼吸してから話そう!」


「うん!」


部屋を出る間際にチラッと見た2人はとても仲がよさそうで、なんだか安心しました。


1年ぶりでも、仲の良さは変わらないみたいですね。


「「すー、はー。すー、はー。」」


ふふふっ、本当にそっくりさんです。





「お待たせしました……」


1階からコーヒーを運ぶのに少し手間取ったので、部屋を出てから5分ほど経過したでしょうか。


3人分ともなると少し重たいですし、こぼしたら大変なことになるので全神経をお盆に集中する必要がありま―


「寝てる!?」


ココアさんとモカさんは、2人ともベッドに背を預けて、互いに寄り添うように眠っていました。


……びっくりして、危うくコーヒーをこぼしてしまうところでした。


とりあえずコーヒーを机に置いて……。


「……こんなところで寝てたら風邪をひきますよ。」


2人を起こさないように小声で注意して、そっとブランケットをかけてあげます。


……これが、姉妹…………。


「……。」


……ココアさんのだらしない寝顔を眺めていたら、ふと、意地悪をしたくなってきました。


理由は特にないです。


ないですけど、私を置いて先に寝てしまったココアさんが悪いんですよ?


「……お姉ちゃんのバカ。」


あまり音をたてないように近づいて、ココアさんの耳元でそう囁きました。


……ちょっと恥ずかしいですけど、でも、これでココアさんは『姉』という部分に反応して目を覚ますハズで……


「うぇへへ……お姉ちゃん……」


「っ!」









私は、一体何をしようとしていたのでしょうか。









「はぁ……はぁ……。」


気付いたら、私は自分の部屋にいました。


「はぁ……はぁ……っ、うぅ……」


どうやってココアさんの部屋を出たのか、どうやってドアを開けたのか、また、どうやって自分の部屋まで辿り着いたのか、何一つ覚えていないです。


「っ……うぅ……ひぐっ……」


ふと、手の甲に水滴が落ちてきたのに気付いて頬に手を当ててみます。


あ、あれ……?


「私っ、泣いてる……?」


視界が、どんどん滲んでいきます。


……可笑しい、ですよね…………。


ココアさんが……お姉ちゃんって……起きなかっただけなのに…………!


「ひぐっ……ぐすっ……わぁぁぁぁっ……」


胸が、とっても痛いです。


まるで心にぽっかりと穴が開いたみたいに、悲しくて。


それに、とっても寂しくて。


「グスッ……ぅぅ……っ……」


それでも、絶対にココアさん達には気付かれたくないから。


私は枕に顔を埋めて、声を押し殺して涙を流します。


「……っ」


ギュッとシーツを握っても、未だにこみ上げてくる微熱はとても冷たくて。









……私とココアさんの関係って、一体なんなのでしょうか?









「んぅ……朝……?」


窓から漏れる太陽の光で目が覚めました。


昨日は……あのまま眠ってしまったみたいですね。と、まだちょっと湿っている枕に触れながら、ぼーっと考えます。


確か今日は……



「ココアさん、明日は1日バイトをお休みにして、モカさんと好きなところへ行ってきてもいいですよ。」


「本当!?あっ……でも、急にシフトを変えたらリゼちゃんに迷惑かけちゃうし、だから私とお姉ちゃんでお店を手伝った方が


いいんじゃないかなって……」


「明日は元から暇だったし、私のことは気にしなくてもいいぞ。」


「リゼちゃん……」


「そうです。それに、私たちを含めて遊ぶ機会なんて、まだいくらでもあるんですから。明日1日お出掛けするだけで文句を言う人なんて、


どこにもいませんよ。」


「チノちゃん……!」


「だから、お店のことは私とリゼさんに任せて、お2人はこの街を満喫してきてください。」


「……うん!ありがとう、チノちゃん!リゼちゃん!でも、次はみーんなで遊ぶんだからね!」


「あぁ、そうだな。」


「はい、そうですね。」



……そうでした。


今日、ココアさんとモカさんはお出掛けをするんでしたね。


少しホッとしている自分がいて、そんな自分が少し嫌になります。


いつから私は、こんなにも意地悪な人間になってしまったのでしょう……?


「……顔、洗わないと。」


朝ごはんがちょっと憂鬱です。


ココアさんと目があったら私は……


私は、一体どんな顔をしたらいいのでしょうか?





「うっ……やっぱり腫れてる……。」


洗面台にある大きな鏡の前で、私は1人、そう呟きます。


多分、枕に顔を埋めて泣いたのが原因でしょう。私のまぶたは、1目見たらハッキリと分かるほどに腫れてしまっています。


「……朝ごはんの前に、なんとかしないといけませんね。」


確か、ホットタオルとアイスタオルを用意して、交互にまぶたにあてればいいんでしたっけ……。


「―――う――――ゃん。」


あっ、それに加えてマッサージも同時に行うと効率的、というのも聞いたことがあります。


とりあえずその2つを試してみま―


「……おはよう、チノちゃん。」


「!?お、おはようございます、モカさん……。」


きゅ、急に耳元で囁かないでください!びっくりしちゃったじゃないですか……!


と、一瞬モカさんと目が合って……今の自分の顔を思い出して、私は慌てて顔を伏せました。


「……」


うぅ……。でも、何も言ってこないということは、モカさんは気付いていないってことですよね……?


それなら……


「わ、私、部屋で着替えてきますね……!」


モカさんに背を向け、一言、そう言い置いて、早足でその場を立ち去ります。


……ちょっと不自然でしたけど、仕方ないですね。


早く部屋に帰って、いつも通りの私に戻りましょう。









「「ありがとうございました-。」」


最後の1人がお店を出る時、リゼさんと声を合わせてお見送りします。


先ほどまでの賑やかさからは一転、ようやく、いつも通りの落ち着いた雰囲気の喫茶店が戻ってきました。


「ふぅ。やっと一息つけるな。」


「そうですね。お疲れ様です、リゼさん。」


「あぁ。チノもお疲れ。」


今日は昼に団体さんの予約が入っていたので、朝から準備に大忙しでした。


そして3時前になった今、ようやく峠を越えた……といったところです。


「少し休憩しましょうか。私が店番をしておくので、リゼさんは先に休憩してきてください。」


「そうか?うーん……じゃあ、お言葉に甘えて。少しだけ休憩してくるよ。」


「はい。ゆっくり休んできてください。」


リゼさんを更衣室に送り出して、私は1人、カウンターでボーっと過ごします。


「……。」


自然と思い出してしまうのは昨夜のこと。


少し目を閉じただけで浮かび上がってくるその光景を振り払うように、首をふるふると振ってみます。


……こんなことで忘れられたら苦労しませんよね。


はぁ、と1つため息。


忙しいのは大変ですけど、余計なことを考えなくていい分、まだそっちの方が楽かもしれませんね。


「……チノ、やっぱり何かあったのか?」


「っ!?」


唐突にかけられた声に驚いて振り向くと、そこには先ほど休憩しに行ったはずのリゼさんがいました。


「……リゼさん、休憩しに行ったんじゃなかったんですか?」


「だから言っただろ?『少しだけ休憩する』って。」


短すぎますよ……。まだ3分も経ってないじゃないですか。


と、少し呆れた視線を送る私に対して、リゼさんはとても心配そうな顔をしています。


「それで、さっきの質問だけど……何かあったのか?話を聞くことぐらいなら私にもできるぞ?」


……やっぱり、リゼさんは鋭いですね。


努めて平静を装ってはいたつもりなんですが……どうやらバレていたみたいです。


「……」


確かに、リゼさんはとても頼りになります。


でも、私自身よく分かっていないこの問題を、他の人に相談してもいいのでしょうか?


余計な心配をかけるだけなんじゃないですか……?


それなら、私は……


「……私は、大丈夫ですよ、リゼさん。そんなにたいした問題では、ないです。」


できるだけ平坦な声で、声が震えないように言ったつもりなんですが……うまく言えたでしょうか?


と、


「はぁ」とリゼさんは1つ、大きなため息をつきました。


その反応に驚いてリゼさんの顔を見上げると……『やれやれ』とでも言いたげな顔をしています。


「『何もなかったですよ。』とは言わないんだな。やっぱり何かあったんじゃないか。」


「……カマをかけたんですか?」


「あぁ。なんとなくだけど、いつもの悩み事とかとは違う気がしてさ。だから、ちょっと強引で悪いな……とは思ったけど誘導尋問させてもらったよ。」


「……それで、私はまんまと罠にかかったわけですか……。」


少しの怨み言ぐらい許してください。


搦め手は少し卑怯です……。


……でも。


チラッと目線を上げると、リゼさんはまだ心配そうな目で私のことを見つめていました。


その優しさが、心に沁みて。


泣きそうになるのを、ぐっと堪えて。


……こんなに心配してくれる“姉”がいるなんて、私は幸せ者ですね。


「……リゼさんは、欲しいものがあったらどうしますか?」


ちょっとずつですけど、話してみます。


「欲しいもの?」


「はい。とっても、とーっても欲しいものです。」


「なるほど……私でいうところの拳銃とか手榴弾みたいなものか……。」


……今は何も言いませんよ?


「うーん……私ならいつか自分で買うか、親父に買ってもらうかするかな。それがどうしたんだ?」


……やっぱり例えの段階で何か間違ってた気がします。


強いて言うなら……


「そうじゃなくて、目の前に欲しいものがあるんですけど、自分では手に入れることができないんです。……それに、他の人に頼んで


手に入れることもできません。リゼさんなら……どうしますか?」


恥ずかしくて直接のことは言えないから別の言い方をしてみたんですが……やっぱり分かりにくかったですよね。


また頭を悩ませているリゼさんを見て、少し申し訳ない気持ちになります。


「……そういえばちょっと前にさ、私が親父のワインを割った時があっただろ?その時は確か、結局ワインを買うのは諦めて別のものを


買うことにしたんだっけな……。」


「そう、ですか……。」


リゼさんは結局、諦めちゃったんですか……。


それなら、私も……


「私も、諦めた方がいいんですよね……。」


「……チノ?」


ポツリ、ポツリと言葉が零れてきます。


「私だって、本当は『本物』が欲しいんです。……でも、私の持ってる偽物じゃ、どうしてもかなわなくて……。」


昨日の昼から少しずつ感じていた予感は、夜、見事に的中してしまいました。


「……それに、偽物は『本物』とは全然違ったんです。全然似てなくて……」


私とココアさんとは、大違いでした。


ギュッと、拳を握る手に力が入ります。


……こんなに痛いなら。


こんなにも苦しいのなら。


「最初から偽物なんて、持たなければよかったんです……。」


震える声で呟いたその言葉が、ラビットハウスの静寂に、そして私の心の中に響き渡り‐


「チノ、それは違うんじゃないか?」


「……え?」


唐突なリゼさんの否定に、思わず声が漏れます。


「違うって一体……」


「私はさ……銃が好きだから、いつもこれを持ち歩いているんだけど……。」


そう言って、リゼさんはモデルガンを取り出しました。


「確かに、私が本当に欲しいのは実銃だけど……それでもこいつのことを無駄だと思ったことは、1度もないよ。」


慈しむようにそれを撫でつつも、リゼさんの声は毅然としています。


「本物かどうかなんて、関係ない。例え他の人に『それは偽物だー』って言われても……私にとってこれが大切であることには、変わりはないんだからさ。」


ニヒヒ、と少し照れくさそうに笑うリゼさんの顔は、今の私にはとても眩しくて。


……私も、いつかこんなことを言えるようになる日が来るんでしょうか?


「それに、今はまだ足りなくても、いつか本物にすればいいだけの話だろ?」


「……いつか、『本物』に…………。」


心に引っかかった言葉を復唱してみます。


……いい響きですね。


「べ、別に!ずっとこれを持ってたらある日突然実銃に変化して……なんてことを期待してるわけじゃないぞ!」


なんて、先ほどとは打って変わって、少し慌てたように言うリゼさんがちょっぴり可笑しくて。


クスリと笑みが零れます。


「ふふふっ……そんなこと、誰も言ってませんよ。」


「……なんだ、笑えたじゃないか、チノ。」


「はい、おかげさまで。」


本当に、リゼさんには感謝の気持ちでいっぱいです。


あのまま1人で抱え込んでいたら、と思うと……ゾッとしますね。


「話、聞いてくれてありがとうございました。おかげでだいぶ楽になった気がします。」


「そっか……それはよかった。何の話かはサッパリだったけど、チノの本物、手に入るといいな。」


「……そうですね。」


私とココアさんが本物の姉妹になることはありえないけれど。


少しだけ……ほんの少しだけですけれど、答えが見えてきたような気がします。









ココアさんたちは夕食も外で済ませてくるとのことだったので、私と父で夜ごはんを食べ、私がお風呂に入ったのが少し前。


そして、つい先ほどココアさんたちは帰ってきたのですが……


「チノちゃん、ちょっとお話をしよう!」


……なんですか急に。


唐突に私の部屋に入ってきたモカさんは、そう言ってベッドでくつろいでいた私の隣に腰かけました。


「……いいんですか?ココアさん、待ってますよ?」


そうです。


ついさっき、



「ねえお姉ちゃーん!一緒にお風呂入ろっ?」


「うん、いいよー。お姉ちゃんにまかせなさい♪」


「本当!?やったぁ!」



……というやり取りが聞こえてきたので、ココアさんがモカさんを待っているのは間違いないと思います。


「……それに、時間ならまだたくさんありますし、お風呂に入ってからの方がいいんじゃないですか?」


まだ寝るには早い時間です。


なので、そっちの方が長くお話することができますよ?


という意味を込めて言ったのですが、モカさんは「ううん」と首を横に振りました。


「今お話したいなぁって。ダメ?」


モカさんは私にグッと顔を近づけて、首をちょこんと傾げました。


……ココアさんもたまに似たようなことをするんですが、いつも私は断れないんですよね……。


姉妹揃って、こういうところは私に勝ち目はなさそうです。


「……いいですよ。それで、お話って……」


一体何について話すんでしょうか?


わざわざ今話すこと、というのに思い当たる節がないので少し興味があります。


「うーん……チノちゃんはお姉ちゃんのこと、どう思ってる?」


「っ!」


突然投げかけられたタイムリーな話題に、思わず息が詰まってしまいました。


リゼさんに相談した後もいろいろ考えてはみたんですが、なかなか答えは見つからなくて。


動揺する私を前に、モカさんはジッと私のことを見つめています。


「……」


動揺を悟られないように、ちょっと落ち着きましょう。


……ふぅ。


それで、何か答えないといけませんね。


でも、私は一体何を言えばいいんでしょうか……?


「……ココアさんは、この1年で店員としては成長していると思います。」


それこそ、昨日モカさんに見せたラテアートのように。


1年前のそれとは比べ物にならないほど上手になったラテアートは、ココアさんが成長したという明確な証拠です。


だから“ラビットハウスの店員”としてのココアさんは確実に進歩していると思います。


「……でも、私の姉としてはまだまだです。」


次いで、私の口から出てきたのはそんな言葉。


ココアさんは1年経っても全然お姉ちゃんっぽくはなってませんし、だいたい、マヤさんやメグさんも妹にしようとしてるところとか、


見境というものがなさすぎます。


……なんて。


私だって本当は気付いてるんです。


今はそんなこと、どうでもいいって感じていることぐらい。


瞼に焼き付いているあの光景が、私に“それ”を持つことを拒絶させています。


恐れている……のでしょうか。


もしかしたら私は、もう1度“それ”が否定されるのを怖がっているのかもしれません。


もし仮に私が姉と呼んでも、ココアさんは……


そう考えると、キュッと掴まれたみたいに心が痛いです。


「うーん。そっかー……。」


……そういえば、話の途中でしたね。


私の答えを聞いたモカさんは何かに迷っているようで、うんうんと唸っています。


モカさんは一体、何を聞きたかったのでしょう?


「うーんとね……そう、チノちゃんには欲しいものがあります!」


突然声のトーンを上げたかと思えば、モカさんが話し始めたのは、どこかで聞いたことがあるような話でした。


「それはとっても、とーっても欲しいものなの。そんな時……チノちゃんならどうする?」


まるで、数時間前の私を見ているみたいです。


少し違うのは、モカさんは試すように私を見守っていることで。


……同じ質問をした時に、リゼさんから貰った答え。


『例え偽物であっても大切であることには変わりはない』


そして昨夜の、あの光景。


『うぇへへ……お姉ちゃん……』


……心がちょっと痛くなるけれども。


この2つから導き出される、私の答えは……


「……私は、別にそれが手に入らなくてもいいです。だって、今持っているものも十分に大切で、私は!……それで満足ですから。」


ちょっと尻すぼみになってしまいましたが、できるだけ毅然とした声でそう告げました。


……これで、いいんですよね。


これで……


「残念!チノちゃん不正解♪」


「なっ!?」


真っ向からの否定に驚いて顔を上げると、モカさんは満面の笑みで私を見つめていました。


「チノちゃん、嘘はついちゃダメだよ?」


「わ、私は別に嘘なんて……!」


「ううん、私は『とーっても欲しいもの』って言ったんだよ。でも、チノちゃん。それが手に入らなくてもいいっていうのは……ホントのことなのかな?」


「っ!」


モカさんの指摘は、確かにその通りで。


私は嘘をついていました。


『私だって、本当は“本物”が欲しいんです』


そうリゼさんには言っていたのに。


モカさんには……


ギリッと、歯が擦れる音がしました。


昨日1日、目の前で本物を見せつけられて。


私も……私も、本物を。


欲しくならないわけ……ないじゃないですか…………!


私はギュッと唇を噛みしめて、怒りでプルプルと震えていることを自覚します。


ずっと抑えていた激情が荒波のように押し寄せてきて


止められない―


「そんなの……そんなの、欲しいに決まってるじゃないですか!私だって本当はココアさんと……!でも、私じゃ、どうやったって無理なんです!


どうやったって、私は……ココアさんとモカさんみたいには……!」


『なれないんです』と、私が言葉を続けることはできませんでした。


モカさんが立ち上がっていた私を抱き寄せて、そのまま撫で始めたからです。


「―っ」


「よしよし」


柔らかな暖かさに包まれて、頭を撫でられて。急速に熱が引いていくのが分かります。


「……。」


涙は出てこなかったけれど、後に残ったのはとてつもなく大きな虚無感でした。


結局、私は何度自分で『無理だ』と言っていても、心の中で何度諦めようとしても、本物が欲しかったんですね。


どうしたって手に入らないのに。


私にできることなんて何ひとつないのに。


「……ねえ、チノちゃん。チノちゃんの欲しいものって、そんなに難しいものなのかな?」


「……?」


モカさんの言いたいことがよくわからなくて、顔を上げて質問しようとしましたが、頭を撫でている手に阻まれてそれはできませんでした。


代わりに、モカさんの服をキュッと掴むことで質問のようなものをします。


『それは、どういう意味ですか?』って。


そんな私の心の声が通じたのかどうかは分かりませんが、モカさんはポツリ、ポツリと言葉を紡ぎ始めました。


「確かに、それはチノちゃん1人で手に入れるのは難しいかもしれないね。……でも、それが2人ならどうかな?」


2人で……それは、私とココアさんのことでしょうか?


……でも、私がいくら望んだって、ココアさんも同じ気持ちかどうかは……


「それとね、チノちゃんの大切をもう一度よく思い出してみて?そして、できたらその人のことを信じて……認めてあげて?」


私の、大切……信じて、認める……?


「チノちゃんが欲しいものはね、1歩踏み出せば簡単に手に入るようなものなんだ。でもね……立ち止まったままだと、


絶対に手に入れることはできない―」


そこで、ようやくモカさんは私を撫でるのをやめて、抱擁も解き、ニコッと挑発的な笑みを向けてきました。


「ねえ、チノちゃん。」


モカさんのまっすぐな視線が、私を貫きます。


「チノちゃんはどうしたい?」


私の、答え……


私は……


「時間はまだたっぷりあるから、ゆっくりと考えてみて?」


そう言って、モカさんは颯爽と部屋から出ていってしまいました。


「……。」


1人、ポツンと部屋に残されてしまいました。


……昨日に続いて今日も、いろんな初めてを経験した気がします。


ココアさんと会うのが気まずくなったり、リゼさんに本気で心配されたり、感情を露わにして怒鳴ってしまったり、モカさんに優しく道を示してもらったり。


こんなに喜怒哀楽が激しい1日は本当に初めてかもしれませんね。


……でも、不思議と心は落ち着いています。


正直に言うと頭の中はグチャグチャで、何から始めていいのか少し迷いもするけれど。


そうですね……


まずは私の大切、いつもそばで笑ってくれるあの人について考えてみましょうか。









夜も更けて、そろそろ寝る準備をしてもいい時間帯になってきました。


私は「んっ」と伸びをして、凝り固まった体をほぐします。


慣れないことはするもんじゃないですね……ずっと同じ姿勢で考え事をするというのは思ったよりも疲れます。


「んんっ……ふぅ。歯磨きしなくちゃ。」


明日学校はないですけど、夜更かしするのはいけませんから。


今日はもう眠りま―


「チノちゃん!今日こそは3人でお話するよ!」


……。


姉妹揃って唐突ですね……。


ていうかココアさんはノックぐらいしてください。


「……でも、もう寝る時間ですよ?」


「だいじょーぶ!お姉ちゃんも、昨日できなかった分今日も夜更かしを許す、って言ってたから!」


……モカさんの差し金でしたか。


ささやかな抵抗を突破されてしまった私は、「はぁ」と1つため息をついて諦めることを決意します。


「分かりました。……でも、昨日みたいに勝手に寝ちゃうのはやめてくださいね?」


「うっ……。た、多分大丈夫だよ……」


……そこは断定してほしかったです。


そんな思いを込めながら私がジト目でココアさんを見つめていると、不意にココアさんの表情が不思議そうなものへと変化しました。


「チノちゃん……なんだか元気ない?」


「っ!」


急に投げかけられたその質問に、一瞬息が詰まります。


リゼさん、モカさんに続いて今日だけで3回目。しかもココアさんにも気付かれるなんて……。


モカさんとお話して、だいぶ調子はよくなったと思うんですけど。私ってそんなに分かりやすいですか?


「辛ことがあったら我慢せずに、私の胸に飛び込んでおいで!」


「そんなことしないです。」


「じゃあ……話だけでも聞くよ?ふふっ♪お姉ちゃんにまかせなさーい☆」


「―っ」


多分、というか絶対にそれはモカさんの真似ですけど……今それを言うのは卑怯じゃないですか?


それに、こんな時にその優しさを見せるのは、ちょっとズルいです。


少しだけなら……頼ってみてもいいのかもしれません。


そう思って口を開き―


『実は、ココアさんのことで悩んでいて……』


『私のこと!?な、なにか変なことしちゃったかな……?』


『そうではなくて。私、前からココアさんのこと―』


……。


い、言えるわけがない……!


さっきまで平静だった心も、一瞬でパニック状態に陥ってしまいました。


顔がカーっと熱くなってきたのが分かります。


「……チノちゃん?」


ココアさんの表情が心配そうなそれへと変わってきました。


な、何か言わなくては……!


「わ、私、コーヒーを淹れてきますね!」


「チノちゃん!?」


「ココアさんは部屋でモカさんと待っててください!すぐ行きますから!」


と、気付けばココアさんの横を潜り抜けて廊下に出ていました。


……あんまりにもあんまりじゃないですか?私……。









いつも通りの落ち着きを取り戻すのに時間がかかってしまったため、少し早足でココアさんの部屋に向かいます。


顔、赤くなってないかな……?


「お待たせしました……。」


ココアさんの部屋のドアは開いていたので、そのまま中に入ります。


……ふぅ。気を取り直して。


今日は一体、どんな話が聞けるのでしょ―


「また寝てる!?」


まさかの光景に、危うくお盆を落としてしまうところでした。


……とりあえずコーヒーを机に置きましょうか。


お盆を机に乗せてから、私は昨日と同じく互いに寄り添うように眠っている、完成された絵を眺めます。


「……これが、姉妹……。」


いろんな感情が、濁流となって押し寄せてきます。


これは……羨望?それとも諦め?悲しさ?寂しさ?


中には私の知らない感情まで、まとめて私に襲いかかってきます。


「……。」


湧き上がってくる何かをグッと堪えて、2人にそっとブランケットをかけてから、部屋を立ち去ることにしました。


部屋を出るために、私はドアの取っ手を―


『私にとってこれが大切であることには、変わりはないんだからさ。』


……リゼさんの声が、聞こえた気がしました。


それでも私は、取っ手を下ろそうと―


『チノちゃんの大切、ちゃんと思い出して……信じて、認めてあげて?』


そんなモカさんの言葉が聞こえたような気がして、私はもう一度、2人の姿を眺めます。


当然、モカさんは眠っていたけれど。


そこには私が望んでいたものが、そのままの形でありました。


「……っ!」


見るのが急に辛くなって、私は再度ドアと向き合います。


私は……私は、どうしたい?


ギュッと、取っ手を掴む手に力が入ります。


私は―


『お姉ちゃんにまかせなさーい☆』


今度は、そんなココアさんの声が聞こえた気がして。


スッと力が抜けて、ドアの取っ手からスルリと手が零れ落ちます。


……覚悟を決めるために、1度大きく深呼吸しましょうか。


「……すぅ、はぁ。」





―もしも、私が“進んで”いたら、また何か違った未来が待っていたのかもしれませんね。


―それでも私は、“引き返す”ことを選びました。





私はそっとココアさんに近づいて、モカさんの反対側、ココアさんの隣に陣取ります。


「……。」


ブランケットを羽織ると、ちょっぴり恥ずかしいけれど、とても暖かくて。


すぐ隣にあるだらしのない寝顔を見ると、心がとってもポカポカします。


「あったかい……」


私は目を閉じて、そっとココアさんに体を預けます。


モカさんの言ってた通りです。


私が望めば、こんなにも近くに本物があったんですね。


それがすごく嬉しくて、抑えようとしても、つい笑みが零れてしまいます。


「おやすみなさい。」


誰に言うでもなく、私は小さな声でそう呟きます。


やっぱり、ココアさんに触れると安心しますね。


なんだか……私も眠く…………









楽しい時間は過ぎるのが早く感じるといいますが、実際にその通りで、今日はモカさんが実家に帰ってしまう日です。


別に二度と会えなくなるわけではないんですが……しばらく会えないとなると、やっぱり少し寂しいですね。


「すみません、ホットコーヒーを1つ。」


午前中にココアさん主催で行われていたサプライズパーティーも終わって、夕方になった現在、私とココアさんはモカさんをお見送りしに


駅まで来ています。


そして、モカさんが飲み物を持っていないことに気付いた私は、コーヒーを買ってくる役をかってでたわけですが……


「……。」


コーヒーを買ってココアさんたちのいる場所に帰ってくると、もう何度目かになる、完成された姉妹の光景が目の前で繰り広げられていました。


完成された?


……いいえ、それはちょっと違いますね。


ここからでは周りの騒音に紛れてよく聞こえませんが、ココアさんが不満そうに何かを言って、モカさんはそれに対して笑って答えて、


ココアさんはそれにつられて微笑んで……。


それは数日前、私が1度は逃げ出してしまった光景で。


……でも、リゼさんやモカさん、そしてココアさんに助けてもらった私は、そこに自分の居場所があるのを知っています。


確かに、ココアさんの左隣はすでに埋まっているのかもしれません。


……けれど右隣はまだ空いているんですよね?


それなら、私はもう迷いません。


もう二度とあんな思いはしたくないから―





「あっ、チノちゃん!」


私が数歩進むと、それに気付いたモカさんが声をかけてくれました。


「モカさん……。これ、列車の中で飲んでください。」


「ありがとう、チノちゃん。」


モカさんは私からコーヒーを受け取ると、そう言って嬉しそうに微笑みました。


……どこかの誰かさんと同じで、私がいつの間にか大好きになってしまった太陽みたいに暖かい笑顔は、こんな時でもキラキラと輝いていて。


ちょっとズルいな、って思ってしまいます。


「ココアもたまには帰ってきなさい?お母さんも待ってるんだから。」


「お姉ちゃん……」


チラリとココアさんを見ると、少し涙ぐんでいるように見えるのは気のせいでしょうか?


……やっぱり、いくらココアさんが陽気な性格をしいるとはいえ、1年も母親に会えないのは寂しいですよね。


……でも、ココアさんが実家に帰ってしまったら、私は1人になっちゃうんですよね……。


そう考えると、ちょっぴり寂し―


「……でも、チノちゃんが寂しがるから。」


「っ!?」


私が考え事をしていた、まさにそのタイミングでの発言に、思わず息が詰まってしまいます。


ココアさんを見ると、先ほどまでの悲しそうな表情はどこへやら、今度は悪戯っぽい笑顔で私を見つめていました。


……なんだか無性に腹が立ちます。


「わ、私を引き合いに出さないでください!しょうがないココアさんですね。」


「チノちゃん……」


ココアさんは、そこからさらに一転して、また悲しそうな表情に戻ってしまいました。


い、言い過ぎたでしょうか……?


でも、マヤさんたちは『姉妹ならこれぐらい普通だ』って―


「本当は私が寂しいのー!ごめんねー!!」


……やっぱり、ココアさんはココアさんですね。


激しく抱き着いてくるココアさんをCQCで軽くいなしながら、どこか安心している私がいます。


マヤさんたちが言ってたような、あるいはココアさんとモカさんがしていたような喧嘩すらできない、少しいびつな形ではあるけれど。


不思議と、これが私たちにとっての本物だと、自信をもって言える気がします。





「ねえ、ココア。この街に来てよかったね。」


「……うんっ!」





そう言って微笑みあう2人の隣で、私もつられて笑顔を零します。


けたたましく鳴るベルの音も気にならないぐらい、幸せな気持ちに包まれていて……


私も、ココアさんと出会えて本当によかったです。









「ココアさん、これ……」


「これは……」


モカさんを見送ってラビットハウスに帰ってきた私たちを待っていたのは、1杯のコーヒーでした。


「モカさんがやったんでしょうか……?」


「私より上手い!?」


コーヒーに描かれていたのは1輪の花。


どうやらココアさんが1年かけて習得したものを、モカさんは数日で会得したみたいです。


「さすがモカさん。見事なサプライズ返しです。……それに、こんなに器用ならずっとうちで働いてもらいたかった……!」


「はぅ!」


「即採用じゃ。」


「はぅ!?」


私とティッピーの冗談に、ココアさんはプルプルと震えています。


ふふふっ、もしかしたら信じてしまったのかもしれませんね。


「もーっ!お姉ちゃんは妹たちの心を奪って去っていくよー!」


プンスカと、ここにはいないモカさんに怒っているココアさんには少し失礼ですが、その様子がちょっとおかしくて、思わず笑ってしまいます。





ねえ、ココアさん。


実は私、結構ココアさんのこと、認めてるんですよ?


ラビットハウスの店員としても。……そして、私のお姉ちゃんとしても。


今はまだ恥ずかしくて直接は言えないけれど、いつか言えたらいいなって……そう思います。





……ねえ、ココアさん。


“Call me sister”


私のこと、妹って呼んでくれますか?


後書き

SS初投稿です。
分かりにくいところ、誤字脱字があるところ、改行が変なところ、キャラに違和感を覚えるところなど、問題点を発見した場合ダイレクトに指摘してくれると嬉しいです。
ソッコーで修正します。


このSSへの評価

1件評価されています


SS好きの名無しさんから
2020-11-16 00:22:04

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1: SS好きの名無しさん 2020-11-16 00:29:22 ID: S:te5JBL

原作読んだ後すぐに読んでもスっと入ってくる良作…。これだけクオリティ高いSSが初投稿とはびっくり。なかなか素直になれないチノちゃんの心情が原作を補填する形で描写されてて妄想膨らむお話でした


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