「えー、廃艦にする学園艦の件だが、候補としてこの学校が文科省内部からあがったようだ。生徒たちとの直接のやり取りは君に任せることとなる。よろしく頼むよ。」

そういって私に渡された資料の表表紙には、「大洗女子学園」という名前が印刷されていた。

大洗女子学園の生徒会三人との会合。会合とはいっても、彼女たちにとっては受け入れるべき事実をただ言い渡されるだけのものだ。そもそも私にとって大洗女子学園という学園艦は、本当に取るに足らない存在だった。これといった実績もなし、あるとすれば、

「大洗女子学園は近年生徒数も減少していますし、目立った活動もありません。――昔は戦車道が盛んだったようですが。」

10数年前に盛んだった戦車道のみ。そのことを――つい、口に出してしまった。

「あー、じゃあ戦車道やろっか」

ことも無げに生徒会長は言う。生徒会役員は三人。片メガネの女、ポニーテールの女、そしてその二人に挟まれて、小柄な生徒会長が座っている。不遜な態度、ひょうひょうとしたそのしゃべり方に、少し調子を崩される。

「まさか、優勝校を廃校にはしないよねぇ」

声の調子を変えず、彼女は私へ問いかける。まさか、全国大会で優勝しようというのか。

あの学園艦に対して、彼女らにはそこまでの思い入れがあるのだろうか。

そんなこと、やれるものか――

そう思いながらも、生徒会長の不敵な笑みに、私はその言葉を口に出せずにいた。

「どうかね、大洗の調子は？」大臣が私に問いかけてくる。

「はい、先日の一回戦でサンダース学園を破り、二回戦に進んだようです。」彼には事実のみを伝える。「なるほど、まあそのうち負けるだろう」と、彼からはそんな感想しか出てこない。彼はその勝敗が大洗に住む多くの人の生活を変えるということをわかっているのだろうか。いや、彼にとってはどこでもいいのだ。たまたま選ばれたのが大洗だっただけで、それらしい理由と、削減できるコストという条件さえ満たせば、大洗でなくてもよかったのだ。

「――では、失礼します」少しの苛立ちを隠すために、予定より少し早く、私は執務室を後にした。

予想に反して、彼女らは力をつけているらしい。聞くところによると、昨年黒森峰で副隊長を務めていた西住流の娘が大洗女子学園に転校したらしい。なんという強運だ。大洗の生徒会長の顔がちらつく。もしかしたら――そんな考えを振り払う。私の仕事は大洗女子学園の廃校を学園側に提示し、その結果を見届けるだけである。しかし、一個人として、彼女らが面白い試合をすると感じるのであれば、戦車道の大好きな娘とともに、応援をするくらいは許されるであろう。

いよいよ決勝戦が始まる。一回戦のサンダースに始まり、二回戦のアンツィオ、準決勝、昨年度優勝校のプラウダと、組み合わせとしては決して恵まれているとは言えない中、彼女たちはあきらめず、最後の希望に向かって突き進んできた。私との約束に向かって、彼女らはこんなにもひたむきに進んできたのだ。「もしかしたら」はいつの間にか、私の中で「願わくば」に変わってしまっていた。

――ついに決勝戦が終わった。優勝校は大洗女子学園。黒森峰も良い戦いをしたと思う。「撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れなし、鉄の心、鋼の掟、それが西住流」の言葉に違わぬ練度が見て取れた。しかし大洗には、彼女らの戦いには信念があった。「皆で勝って、大洗を守る」という強い信念が。テレビ越しに見た彼女らの顔が、観客の声援が、彼女らの尊さを雄弁に物語っていた。

「どうなされますか」

テレビを消し、座っている大臣に問いかける。

「また再考せねばなるまい」

興味がなさそうに大臣は答える。彼はどこが廃校になろうが興味がない。彼にとって価値がないものでも、私にとっては価値のあるものだ。それが共有できなくとも、利害は一致していれば問題はない。

「それでは、新しい学園艦の候補を探してまいります。」

私は部屋を後にし、彼女の笑顔を思い出しながら少しだけ早足で、オフィスへと戻って行った。