提督「月が綺麗だね」早霜「ふふふ…、そうね…」
これはパラオ鎮守府の若き提督と、その仲間たちの戦いの歴史を綴った物語
(注意事項:もしもあなたの嫁艦がこの文章で轟沈してしまったら、ごめんなさい)
初SSです
2014/12/29日、苦節9ヶ月を経てようやく鎮守府(パラオ)に就任できました
注意事項:もしもあなたの嫁艦がこの文章で轟沈してしまったら、ごめんなさい
艦これ=はじめて
SS=はじめて
早霜=もってない→2015冬イベで入手
けど書きたい!
ので書きました
どうあがいても絶望ルートまっしぐらで笑えねえ
ここはパラオ南西の鎮守府
潮の匂いと、雨の匂いと、硝煙の匂いと暖かな気温に包まれる熱帯の孤島
その南西の鎮守府のお話
早霜「ところで、それは何かのアピールのつもりかしら、提督…?」ニヤリ
提督「そういうわけじゃないですよ」
提督「ただ、こうも美しい月を見るのは久々だったからね」
早霜「あら、満月というわけでもないのに…?」
提督「だからいいんじゃないですか」クク
早霜「?」
提督「真円だけが美しさじゃない、その満ち欠けや星の輝き…」
提督「完璧こそが美徳というのは頭の凝った考えですよ」
早霜「いつになく饒舌なのね、提督」フフ
提督「いつもは書類に疲れてすぐ寝ちゃうからね」
早霜「では今日の業務は疲れるほどやっていない、という事かしら?」
提督「疲れていないと言えばウソになりますけど…、たまにはいいでしょう?」タハハ
早霜「ふふ…、そうね、たまには…」
提督「軍人たるもの、休めるときに休んでおかないといけないからね」
早霜「随分と線が細いのに軍人様なのね…、ふふ…」
提督「痛いところを突かないでよ、僕は運動関係はこれっきしダメダメなんだから」ケラケラ
提督「そうでなくとも毎日が書類との戦いで、目も腰もすっかりと弱ってしまったよ」ハァ
早霜「提督、まるでおじいさんみたいよ…?」フフフ
提督「まだまだ二十歳にもならない、ケツの青いガキンチョですよ」
早霜「お酒もお煙草も嗜まれるのに、不良な提督さんは嫌いよ?」フフ
提督「ははは、また女の子に嫌われてしまったよ」
早霜「…でも本当に、…本当に綺麗ですね」
提督「そうですね…」
ザァーっと熱く、湿り気を帯びた風が吹き抜ける
提督「…にしても、今日の鎮守府はやけに静かですね」
早霜「第一艦隊は夜戦に出ましたからね、それだけでも随分と…」
提督「そっか、道理で…」
早霜「それに…、可能な艦隊はすべて遠征に出ました」
提督「最近は近海も荒れてますし、無事を祈るばかりですよ」
早霜「風害、高波、深海艦…不安の種ばかりです…」
提督「確か第二艦隊がボーキサイト輸送だったっけ?」
早霜「第三と第四には東京急行を指示しておきました」
提督「ドラム艦は持たせてます?」
早霜「もちろん 全員に可能な限り」
提督「さすが早霜さん、よくわかってるよ」
早霜「いいえ、それほどでもありませんわ」
提督「…他のおちび達はもう?」
早霜「もう消灯時間ですから」
提督「随分と早く感じますね…今何時でしたっけ?」
早霜「フタサンマルマル、清霜もさっきようやく眠りにつきました…」
提督「…随分と早く眠りについたね」
早霜「そうね…」
提督「……」
早霜「……」
早霜「提督は…」ボソッ
提督「ん?」
早霜「提督は、なぜ私たち艦娘に敬語を使われるのですか?」
提督「あれ、言ったことなかったです?」キョトン
早霜「少なくとも私はお伺いしておりません」
提督「うーん、こればっかりは僕の心構えみたいなもんですからねぇ」ムムム
早霜「…心構え?」
提督「あ、呑みます?」ヒョイ
早霜「那智さんの達磨…怒られても知りませんよ…?」
提督「大丈夫、怒られることはないですよ…」
早霜「御酌は致しますけど、私は駆逐艦だからお酒は呑めないわ…」
提督「そうだったね、早霜さん僕より年下だった」
早霜「薄目に、いっときます?」
提督「いや、そのままで」
早霜「わかりました、どうぞ」トクトク
提督「ありがとう」
クイッ
提督「うまいなぁ…」プハァー
早霜「呑みすぎてはダメですよ?」
提督「…三年かな?」
早霜「え?」
提督「……着任からね」
早霜「知らなかったわ」
提督「那智さんとは長い付き合いになるんだ」
早霜「へぇ…」
――――――――――――
豪快で、まるで武人のような凛々しい立ち居振る舞いで、恥ずかしながら憧れていた時もあるんですよ
だけど、なんだろうな
だんだん姉と弟みたいな関係になったんですよ
恋慕よりも家族としての愛しさなんですかね?
家族ってこんな感じなのかなーって思ったりしたんですよ
で、那智さんは武蔵さんとの息もぴったりでね、あの二人がこの鎮守府を支えてくれた屋台骨と言っても間違いじゃないんです
僕に酒を教え込んだのも那智さんなんですよ?
着任当初からいじめられてたっけなぁ
けど、僕が煙草を吸い始めたらものすごい剣幕で怒ったんです
お前には未だ早いって、それはもう大変でした
当時15の子供に酒覚えさせておいてよく言うもんだって、そのときはケンカしましたよ
ちなみに、タバコは摩耶さんに教わりました
摩耶さんも武闘派だったんですけど性格は那智さんと正反対で、よくいがみ合ってましたよ
演習場の東側の壁、あのでっかい穴開けたのって那智さんなんですよ?
艦装付けて摩耶さんとタイマン張ったんです
信じられないでしょう?
で、ケンカした二人に喝入れるのはいっつも武蔵さんで、二人を皆の前に立たせて軍人が何たるかを文字通り叩き込んでました
その後は呑み会なんですよ そこでは那智さんも摩耶さんも大人しくお酌し合ってて
鎮守府の裏で、月がよく見える晩には武蔵さんや僕も含めてひたすら呑むんです
言葉も交わさずにね
――――――――――――
早霜「ふふ、素敵ね…」
カチッ
提督「ふぅー…」
早霜「秘書になって1年ですけど、貴方がこんなにおしゃべりな方だとは知りませんでした…」クス
提督「たまには、ね」ニコリ
早霜「グラス、空いてますよ?」
提督「あぁ、ではもう一杯」
トクットクッ…
提督「君みたいな美人さんに酌をして貰えるなんて、僕は幸せ者だ」ニカッ
早霜「お上手ね…、おだてても何も出ませんよ?」
提督「那智姉さんにも何度も同じことを言われましたよ」ニコニコ
早霜「那智さんとは、本当に仲がよろしかったのね…?(姉さんって呼んでたのね)」
提督「軍人たるもの護るべきものを見定めるべし、男たるもの護るべきものに命を賭けるべし」
提督「よく、そう言われましたよ」
早霜「那智さんらしいわね…」ニコリ
提督「ええ、僕なんて何の力もないのにね…」フゥ
早霜「違いますよ、提督」
早霜「私たちは提督の御指示に従って一度も…」
提督「そんなことはないよ…ないんだ…」
早霜「提督…」
提督「今でこそ大した被害を受けないようになったのは、全体の練度が上がったから当然さ」
早霜「……」
提督「僕はまだまだ未熟ものだよ」
提督「あの時も、そうだったんだ…」
――――――――――――
あの夜も、こんな感じの欠けた月が出た晩でした
夜も更けた時間だったんですけどね
僕はその日も那智姉さんに誘われて晩酌に付き合ってたんです
書類整理も兼ねて話をしてたんですけどね
那智姉さんが次第にそわそわし始めたんです
やたらと時計を気にして、だんだん酒の勢いが減ってきて…
おかしいな、とは思ったんですよ
この時点で僕も察しはついてたんですけどね、定時の哨戒艦隊が帰投しなかったんです
その日の旗艦は摩耶さんで、普段から時間にルーズではあったんですけど任務にだけは真面目な人でした
随伴は駆逐が3、軽巡が2
駆逐は士官学校上がりのひよっこだったんですけど、軽巡は天龍型の姉妹にお願いしてたんです
まぁ、夜間実習みたいなものでした
天龍型の二人も相当な実力者で、遠征のスペシャリストでもありました
夜間航行の危機管理に関しても、あの横須賀の川内姉妹に勝るとも劣らない実力者、当時のこの鎮守府でも上から10人に入る主戦力
にもかかわらず、あろうことか奇襲を受けていました
雑魚のはぐれ艦くらいなら大した被害も出ることはなかったんですけどね
鎮守府近海だというのに、鬼級が指揮する深海の主戦力に攻め込まれてたんです
ひよっこの駆逐に足が速い島風さんが居たのが救いでしたよ
顔をぐしゃぐしゃにしながら「助けて!」って
慌てて他の主力艦が即座に救出に向かったんですけどね
現場は、それはもう悲惨なものでした
奇襲の魚雷が決め手になったみたいで、哨戒艦隊はやられていました
・・・敵主力艦隊を殲滅し終わったころには既に日が昇り始めてました
連絡に走ってくれた島風さんは小破、連装砲1機と本人は軽い怪我で済みました
中破は龍田さんと敷波さん
二人の艦装は損傷がひどくて修復に一か月かかりました
敷波さんは龍田さんに抱えられて守られてたので軽傷でしたが、初任務での襲撃が原因でPTSDを発症
後の自傷行為で退役となりました
龍田さんは敷波さんをかばった際、右足から背中にかけて大きな傷を負いました
今でこそ普通に動けていますけど、治療には3か月 リハビリにも2か月時間がかかりました。
艦娘だからこそ、その程度で済んだといえばそのとおりですけど、なんにせよ大変でした
天龍さんは大破でした。
至近距離での艦装の爆発で左半身に大きい火傷と、左目の失明
今のようにまで回復したのは奇跡と言われています
轟沈は綾波さんと摩耶さんでした…
後方からの雷撃が綾波さんに直撃、言うまでもなく即死だったそうです
苦しまなかったのがせめての救いだったのかもしれませんね
その爆発に巻き込まれたのが天龍さんだったんですよ
後から聞いた話によれば、その爆発のおかげで島風さんが即座に動けたそうです
弾着を確認してすぐに指示できた摩耶さんの冷静さがなければ、今頃この鎮守府はありませんでした
負傷した仲間たちを守りながらの戦いだったんでしょうね
最初の一撃以降は、他を護るように後退を続けたようです
海岸付近にある浅瀬の岩場、あるでしょう?
摩耶さんが守備に徹してくれたおかげで、怪我人たちはそこに身を隠すことが出来ていたそうです
そして摩耶さんは…、哨戒隊が撃破したであろう敵艦の残骸に掴まるように…
いや、挟まれるように水面に漂っていました
この時、胸から上が水上に出てたから気付かなかったんですよね
とても綺麗な顔をしてたんです
本当に、『眠るように』って言えるくらいに綺麗な顔でした
雪風ちゃんが200m先に摩耶さんを見つけた時、誰もが勘違いしていました
だけど那智姉さんが、いくら呼べども呼べども反応がなくて…
本当は那智姉さんもその時点で気付いてたんでしょうね
「バカ者、いつまで寝ているんだ!」って「なにをサボっているんだ」って
声を震わせながら叫んでるんです
近づいていくんです
それ以上やめろと腕を引く武蔵さんの制止も振り払って
「帰るぞ! 一杯やると約束しただろう!」って
声が裏返りながらもずーっと摩耶さんの名前を呼び続けてるんです
「まだ、和解の呑みをしていないだろうッ!!」
とうとう耐えきれなかったんでしょうね
那智姉さんが泣きじゃくりながら摩耶さんの手をつかんだんです。
「起きろォォ!!」
大きく吠えて摩耶さんを引き上げたんですけどね
引き上げた瞬間、那智姉さんは摩耶さんを抱きしめて崩れ落ちました
あの悲痛な叫び声を未だに忘れることができませんよ…
主力艦達も、武蔵さんですらも声を漏らして泣いていました
僕も目の前の情景を受け入れられませんでした…
摩耶さん、胸から下がなかったんです
――――――――――――
早霜「そんなことが、あったのね…」
提督「…ごめんね、こんな話はするべきではなかった」
早霜「かまいません…、聞かせてください」
提督「…那智姉さんはそのことをずっと引きずっていた」
提督「本人は口にこそしなかったけど、那智姉さんと摩耶さんは親友だったんだ」
早霜「包み隠さず言い合える、素晴らしい関係だったんでしょうね」
提督「ええ、本当は誰よりもお互いが大切で」グイッ
提督「決して失ってはならない関係だったんです」ダンッ
トクッ・・・トクッ・・・
早霜「そうね……」
グッ・・・
提督「ぷはぁ・・・!!」
提督「…那智姉さん、その後は塞ぎ込みました」
早霜「心中お察しします」
提督「目の焦点が合わなくなって、日がな一日ベッドの上でボーッとして」
提督「夜になれば眠りにつくんですけど、2,3時間に一回のくらいの間隔で悲鳴が聞こえるんです」
早霜「…そうね、わかるわ」
提督「普段の那智姉さんからは考えられないくらい弱ってて、摩耶さんに魂を持っていかれたんじゃないかって思いました」
カチ… カチ…
早霜「お着けします」カチ
提督「ふーっ…、ありがとう…」チリチリ
早霜「那智さん、よくその状態から戻れましたね」
提督「武蔵さんが、ね」
早霜「はい」
提督「武蔵さんが喝を入れに行ったんです『何をやっている、軟弱者!』って」
早霜「武蔵さんも辛かったでしょうに・・」
提督「そうですね…、鎮守府中に響くくらいに大きな声を震わせながら叱りつけてね…」
早霜「ええ…」
提督「涙を捨てた鉄仮面と言われた武蔵さんと、毅然とした姿で常に凛々しかった那智姉さん」
提督「二人が抱き合って、一日中泣きじゃくってました」
早霜「そうなのね…」
提督「次の日から真っ赤な目をした那智姉さんが現場に復帰したんです」
早霜「立ち直れたのかしら?」
提督「リハビリ、みたいなものだったんでしょうね」
早霜「リハビリですか?」
提督「自身の心の穴を埋めるような、一心不乱に仕事に熱中しました」
早霜「つらい出来事の後ですものね…」
提督「そして、かつての摩耶さんと同じようにタバコを吸うようになったんです」
早霜「那智さん、喫煙者だったの…?」
提督「最初はむせ返りながらも、摩耶さんや僕と同じ銘柄を口にするようになりました」
早霜「ある種の依存に近いのね…」
提督「うちの屋台骨を支える柱、それが摩耶さんだったんですよ」
早霜「一つの柱が崩れたらすべてが崩れてしまいますものね…」
提督「何が起こるかわからないのが戦場ですからね、早くに復帰してもらえてよかったです」
提督「そういえば、早霜さんは武蔵さんとは会ったことありませんね?」
早霜「ええ、ここにいたという事も知りませんでした」
提督「…うちの鎮守府もかつては人の出入りが激しかったんですよ」
早霜「そうでしたか…」
提督「…1年目の夏だったかな」チリチリ
提督「ふぅー…第二次世界大戦と同じような大空襲が、この島を襲ったことがあるんです」
早霜「その話は以前那智さんに聞いたことありますね…」
提督「あぁ、本当にひどい戦いでした…」
提督「こことトラック泊地は日本への玄関口でしたから…」
??「何が何でも突破されるわけにはいかなかった、というわけだ」
提督「ま、そういうことですね」
那智「まったく、私の達磨がないと思ったら貴様が持って行っていたのか」
提督「いらっしゃい那智姉さん、硬いこと言わないでよ」ハハハ
早霜「こんばんわ、那智さん」ペコリ
那智「早霜か、遅くまでこのバカに付き合わなくてもいいんだぞ?」
提督「ひどいこと言わないでよ、ほら、駆け付け一杯」トットットッ
那智「すまないな、頂こう」クイッ
早霜「あら、いい呑みっぷり…」
那智「ところで、何を話していたんだ?」
提督「なに、あの空襲のちょっと前の話をね」
那智「…摩耶の事か」
提督「うん」
那智「貴様があの時のことを口にするのも珍しい」
提督「うん、たまにはね…」
那智「あの時は迷惑をかけたな」フッ
提督「今更そんなこと気にしちゃいないよ」ニカ
早霜「…それで、その空襲っていうのは」
那智「そういえば、お前には前にも話したことがあるな」
早霜「でもほんの少ししかお聞きしていません」
提督「あの時は各地から援軍が来ました」
那智「大本営からは一航戦姉妹、横須賀からは川内型姉妹、呉からは千歳姉妹や龍驤などの空母艦隊を借りた」
提督「佐世保からは愛宕さんと高雄さん、舞鶴からは長良さんたち3姉妹、他からも多くの援軍をもらったんです」
早霜「あら、鳥海さんはどうされてたの…?」
提督「…彼女は当時ラバウルの鎮守府に身を置いていたんですよ」
那智「だが、ここよりも前方にあった泊地はどこも大きな打撃を受けていたからな…」
早霜「そう…だったのね…」
提督「あの時は本土から南方海域に向けての援軍が多い時期でした」
那智「沈んだ艦も多かったし、戦闘不能に陥り本土へ戻る艦も少なくはなかった…」
早霜「でもその戦い、我々が勝利したんでしょう?」
提督「…何が勝ちで、何が負けだったんでしょうね?」
那智「……大本営にでも問い合わせなければわからんな」
提督「あのころからですかね」
早霜「?」
那智「……」
提督「僕たちが、おかしくなったのは…」
――――――――――――
夏場の…、あれは午後六時前だったかな?
哨戒艦隊から緊急の入電があったんです
『敵連合艦隊を補足、至急応援サレタシ』
悪い夢なら覚めてほしかったです
さっきも言いましたけど、ここは本土の玄関口
戦線を維持させるためにも、絶対に通してはならない砦だったんですよ
混乱の最中、空いてる人手を総動員して防衛と援護要請に別れました
ただ、ここはまだマシってやつでしてね
ここよりも前線にあった、言わば『門』の役割を持った泊地は壊滅的なダメージを受けてました
パラオやトラックなどの本土から離れた泊地は事が起これば補給ができなくなってしまうんです
唯一の幸運は、当時うちの主力艦隊には武蔵さんが、トラックには大和さんが居たということでした
日本が誇る超弩級戦艦の二峰が護る玄関口です、そう易々とは通しませんでした
なんですけど、結果的にはそのせいで、逆に撤退することも前線への救援へ向かうこともできなかったんですけどね
うちでも第一から第三艦隊までの連合艦隊を編成しました
武蔵さんには連合艦隊旗艦、及び第一艦隊旗艦として長距離攻撃部隊に
第二艦隊は那智姉さんを筆頭に火力補助をお願いしました
第三艦隊は夕立さんと言って、当時のウチの駆逐艦では最も練度の高い人を任命していたんです
…第四艦隊ですか?
そうですね、速力の高い島風さんを旗艦として軽巡や潜水隊など暗視性能の高い人を中心に組みました
役割はそうですね…
敵艦隊視察、夜襲と、あとは重傷者搬送用にね…
遠征任務以外でドラム缶があそこまで役に立ったこともありませんよ
怪我人の輸送や燃料を詰めて簡易機雷として使ったんです
あの時は以前の奇襲とは違って、敵艦隊が姫級を中心に組まれた航空戦部隊でした
そこまで大きな役に立ったわけではなかったんですけど、後詰の敵機動艦隊の足止めにはなりましたね
しかし、夜も近い時間だというにも関わらず敵空母の進撃
当初は短期戦闘を視野に入れながらの戦闘で、そもそも多くのけが人を出す予定はありませんでした
…それが最初の過ちでした
奴らの狙いは艦娘じゃなく、鎮守府そのものだったんです
進撃して近づくこちらの連合艦隊を尻目に、深海艦隊は鎮守府だけを狙ってきました
無論こっちも対空射撃を行いましたが、如何せん数が多すぎてね
30や40落としたくらいじゃ黒く染まった空は晴れませんでした
前線基地がなぜ壊滅的なダメージを受けたのか、迫りくる敵戦闘機の群れを見てようやく理解できたんですよ
そうそう、未だにうちの第四ドックが解放されていないのは知っていますよね?
当時調整中のドックではあったんですが、敵戦闘機の爆撃で大ダメージを受けてしまっていよいよ再起不能になったんですよ
――――――――――――
早霜「少し不思議に思うのですが…」
提督「ん?」
早霜「そのような大きな空襲があった、という事を知ったのはこちらに身を寄せてからです」
早霜「私の着任よりもずっと前にこのようなことがあったなら、あるいはどこかでその話を聞いていてもよかったハズなのでは?」
提督「…本来なら、他の艦娘たちにもそういう知らせは届くべきだったんだ」
那智「だが、決してそうはならなかった」
那智「大本営の意向でな…」
早霜「何故…」
那智「ラバウル、ブイン、ショートランド、パラオ、トラック」
提督「…5つの主要拠点への大規模な攻撃と、それに伴う拭い切れない傷跡を上は公表できなかった」
那智「軍全体の士気を落とさせないために、また民衆から攻撃の対象とならないための保身といった奴だ」
早霜「そんなひどいことが…」
提督「経験したわけじゃないですけど、あたかも僕たちが第二次大戦の真っ只中にでも放り込まれた気分になりました」
那智「歴史は繰り返すとはいうが、何故こうも馬鹿げた繰り返し方をするのか…」
提督「でも、それを強く否定できないのは他ならない現場の我々だったんです」
早霜「…どういう意味なんでしょう?」
提督「なにが起きようと、僕たちはバックアップを受けなければ進むことも戻ることもできないんです」
那智「…それが、前線というものだからな」
提督「仲間たちの死を目の当たりにしても、それでもそこを食い止めなければもっと大勢が死ぬ」
提督「自分たちの命をつなぐためにも、踏んばらなければならないんです」
那智「後ろがやられれば完全に孤立する」
那智「ここは本物の『孤島』だ、取り残されれば残るのは死のみ」
那智「さらに前線の仲間たちを助けに行くと言うのならば尚更だ」
提督「こことトラックは云わば最前線の中間地点ですからね、前後の仲間を護ることも重要な任務の一つです」
那智「だが、前後以上に自身を護ることが優先される場合もある」
那智「…それが、その大空襲だったんだよ」
――――――――――――
その初撃において、我々連合艦隊こそ大したダメージは受けなかった
だが、我々が帰るべき鎮守府は火の海に沈みかけていた
爆音と共に緑の自然は黒い煙を吐きあげ、空を薄暗く染め上げた
これ以上の進行を、攻撃を阻むためにも私たちはただ前に進むほかなかったんだ
燻る我が家を背にして進むのは、後ろ髪の引かれる思いだった
だが、鎮守府には他の艦娘はいる
訓練中の未熟者共とはいえ、軍人として教えられることは叩き込んだ
大丈夫、事が終われば私たちで復興すればいい
風呂に入って飯を食い、酒を浴びて愛しい家族とともに眠ればいい
降り注がれる、黒く熱い豪雨を掻い潜りながら
そう何度も自分に言い聞かせた
ただ前へ、前へ、前へ…
こちらが追えば追うだけ敵は後退していく
こちらが引けば引くだけ敵は進軍してくる
あと少し、ほんのわずかという微妙なラインを保ったままで、空母から生み出される黒い雨雲は私たちの命を執拗に削いでいった
あの日、私は初めてこの美しい海に沈む夕日を呪ったよ
追えども追えども追いつかず、まるで蜃気楼を相手に戦っているかのような気持ちになった
だが日没までそう時間もない
夜目が聞かない鳥など恐るるに足らぬ存在だ
武蔵殿の第一艦隊は敵主力に向け一斉掃射、私が旗艦を務める第二艦隊は対空に専念
夕立率いる第三艦隊はその機動性を生かして遊撃
徐々に、徐々にではあるが敵との距離を詰めていった
だが、あと一歩足りない
敵の盾役の重巡を突破しきれなかったんだ
主火力の空母はみるみると後退、重巡はこちらとの距離をある程度保ったまま居座った
…奴らは1艦隊そのものを盾の捨て艦としたんだ
次第に日は沈んでゆき、月明かりが薄暗い海を照らし始めた
先程までの砲撃はすでに止み、いつもの静かな海が戻ってきたんだ
幸いなことに全員無傷で、残弾もギリギリといったところで片が付いた
だが鎮守府は…、私たちの家はそれはもう悲惨な有様だった
入渠ドックは敵機の爆撃が直撃し半壊、調整中だった第四ドックはもちろん第三ドックにも被害が出た
第一と第二は軽微な損傷だったとは言えすぐには動かすことができなかった
そのため第四を完全に潰し、その部品を一から三の補修にあてることでなんとか凌いだ
工廠は改修用機器の損傷がひどかった
一つ一つが精密機器であったが故に起きた惨事だったな、あれは
資材倉庫もいくつかやられてな
ボーイサイトと弾薬が半分ほど使い物にならなくなっていた事に加えて、燃料全体の三分の一を焼失
一番痛手だったのは高速修復剤のほとんどがダメになっていたことだ
補給はできない、入渠もできない、改修や修復もできやしない
たった30分で我々の戦力は大きく削がれたんだ
――――――――――――
提督「その日幸いだったのは夜から雨が降ったことでしょうね」
那智「間違いないな、あの雨が無ければおそらく敵は夜襲を仕掛けてきただろう」
早霜「まさに天恵…、恵みの雨だったというわけですね」
提督「だけど、雨もいいことばかりではなかったんですよ」
早霜「…援軍の遅延、ですか?」
那智「ああ…、そうだ」
提督「応援を駆けつけてもらうも夏場の季節ですからね、この付近は台風が発生しやすいこともあって遅れが生じました」
那智「ついでに言えば、他鎮守府に資材の援助も頼んでいたからな、来てもらわないと逆に困るというものだった」
提督「あの夜はいつに無く熱かったですね…」
那智「燻った森から湿った土と硝煙の匂い、進まない改修工事…」
早霜「今のあの鎮守府を見ても、想像がつきませんね」
提督「妖精さんたちにはしっかりと働いてもらったからなぁ…」
那智「しかし、あのまま働かされていたら私たちより先に妖精たちが倒れていたろうな」ハハハ
提督「ははっ。間違いないや」ケタケタ
早霜「もしもそんなときにストライキなんて起こされたらたまったものじゃありませんでしたね」フフフ
那智「…駆逐のチビたちが、あの時はおびえていたなぁ」
提督「第三艦隊の場数を踏んだ子たちならともかく、訓練兵はみんな憔悴しきっていました」
那智「だが、あんな状況だからこそ頭角を現したヤツも居たな」
提督「不知火さんだね…、昔から芯の通った人でありましたから」
早霜「不知火さんはそんなに前からパラオにいたの?」
那智「アイツは私の直属の訓練生だが?」キョトン
早霜「…初耳だわ」
那智「いつも姉の陰に隠れてオドオドとしていてな、何かあるたびに涙目で謝っていたんだ」ハッハッハッ
早霜「あの鉄仮面の不知火さんにそんな過去が…?」
提督「あんな過去もこんな過去も全部、数々の戦いの中で磨かれましたからね」
那智「前線基地は死線を乗り越えてきた兵ばかりだからな、否が応でもたくましく育つもんだ」
提督「そういえば那智さんの妹さんも強くなられましたね」
那智「そうだな、ずっとラバウルを護り続けてきたからな」
早霜「那智さんの妹さん…? 確か、餓狼の足柄さん…?」
那智「…いや、羽黒の方だ」
早霜「え、えぇ…?」
提督「僕が着任したころには、蝶よ華よの御淑やかで気品のある艦娘と話題だったんですよね」
早霜「提督、鼻の下が伸びてます…」ジトメ
那智「癪ではあるが…、姉である私からしても、あれはなかなか出来た娘だった」ムムム
提督「那智さんの御姉妹は上から下まで美人ぞろいの粒ぞろいでしたからね?」ニマニマ
早霜「確かに、女の私ですら振り向くほどに美しい顔立ちですからね」ウムゥ
那智「いいのか悪いのかわからないが、強くなりすぎて今じゃ男も寄り付かないさ」ハァ
提督「とか何とか言って、なんだかんだ引く手数多だったの知ってるんだよ?」
早霜「あらあら、うらやましい限りだわ」
那智「とはいえ、結局私はここを選んでしまったんだがな」
提督「ありがとう、姉さん」
那智「お前の為でもあり、私自身のためであり、そして家族のためでもあるさ」
早霜「私は那智さんのそういうところ、とても好きです」フフ
那智「そういってもらえて私もうれしいぞ、早霜」ハハ
提督「きっと、みんながそう思って踏みとどまってくれてたんでしょうね」シミジミ
那智「私たちの姉妹も皆そうだ 自らの家が愛おしくて、だからいつまでも離れられないのさ…」
提督「うん、そうだね」
那智「だからこそ、この鎮守府を支える背骨が折れた時は手がつけられなくなってしまう…」
提督「その通りだね…」
早霜「背骨…」
提督「…話がまだ、続きだったね?」
早霜「そう…、ですね…」
那智「…一服失礼する」カチッ
スゥー…フゥー…
那智「…強烈な映像しか覚えていない」
提督「それは、僕もだよ…」
カチッ… カチッ…
シュボ…
――――――――――――
雨は翌日の昼まで振り続けました
風も強く波が高く荒れていて、有りがたいことに海のコンディションは最悪
敵も進軍できなかったのでしょう
僕たちはわずかな休息を許されました
先の空襲の影響で修復していたドックも、明け方にようやく一つ解放できました
鎮守府内にも負傷者はほぼいなかったおかげで、昼までには全員の修復を完了しました
とはいえ休むわけにはいきません
いつ止むともわかない雨音を聞きながら、会議室では寝ずの作戦会議でした
可能な限り資材を消費せず、尚且ついつ訪れるかわからない援軍到着までの時間稼ぎ
敵の目標は言うまでもなくこの鎮守府です
動ける艦隊ならともかく、この島一つを護るわけですからね
一筋縄じゃいかない作戦でした
戦艦、重巡、空母はまさしく切り札
ここぞという時以外は運用を控えなければ、資材があっという間に底を尽きます
ならば駆逐と軽巡で急造の迎撃部隊を編成するか?
しかしそれだけでは敵重巡は落としきれない
実戦経験の少ない訓練兵も織り交ぜることを考えれば、彼女らの生存率は著しく低下する
彼女らを護る事だけを考えて重巡を盾にするか?
そんなことをしても無駄に被害を増やすだけ…
いつ始まるかもわからない空襲に警戒しながら、いい案が浮かばず時間だけが無駄に流れる
いよいよその場の全員の苛立ちがピークに達してきました
雲の隙間から日差しが見え隠れし始めた昼過ぎ、追い打ちかのように祥鳳の偵察機が旗艦したんです
『敵艦隊ニ動キ有リ』
攻めに出るか守りに出るか、腹を括るしかありませんでした
援軍が来るまでは何としても凌ぎ切らなければならない
とはいえ、ただ護るだけでのジリ貧な戦いでは意味がない
何よりも、日本が誇る超火力を腐らせるわけにはいかない
可能な兵を効果的に動かしてこそ、勝利は得られるものだと自分に言い聞かせながら…
ただまあ、ここぞというときまでとっておくべき戦力を投入するのがこんなに早くなるとは思いませんでしたよ…
僕は攻めの陣形に連合艦隊を編成し直しました
第一艦隊は武蔵さんを旗艦に、那智姉さん、鈴谷さん、熊野さん、祥鳳さん、瑞鳳さん
当時我々の主力艦隊を複縦陣に配備しました
重巡の皆さんにはバルジを装備し主火力3人の『盾』として
敵前方を塞ぐ形で進行を食い止めさせました
第二艦隊は球磨さんを旗艦に、球磨型姉妹の皆さんと夕張さんでの軽雷巡部隊
単縦陣に組み、右翼から競り上がるように遊撃を
第三艦隊は夕立さんを旗艦に、白露型の皆さんと島風さんを配属
こちらも単縦陣で左翼を緩やかに押し上げながら遊撃を
第四艦隊は初春さんを旗艦に暁型の姉妹と子日さんで奇襲部隊
沖合東側の孤島を迂回しながら敵艦隊の裏手についてもらうという四方から砲撃を浴びせるという算段です
加えていうなら、追い込み漁の要領で島に貼り付けることができればベストの形で敵を撃破することが可能でした
残った訓練兵の皆さんは海岸側で哨戒と敵戦闘機の撃墜任務…
…正直、残りの資材を鑑みた際にこの戦法は悪手以外の何物でもありませんでしたね
しかもその場にいた誰一人、この陣形の欠点には気づいていなかったんですよ
冷静じゃなかったんでしょうね…
気が高揚していたんでしょうね…
『あとは私たちが何とかしてやるから、お前は茶でも飲んで待っていろ』
…武蔵さんがニカッと笑って広い海へと飛び出していきました
艦隊のみんながそれに続いて水平線の彼方に進んでいきました
僕はそれを、見送るだけしかできませんでした…
――――――――――――
作戦と言うものは、なかなかどうしてうまくいかないものだ
いや、コイツが言ったように私たちは気の高ぶりである種の慢心があったのは間違いない
極度に追い込まれた状態で目の前に現れた光明
誰もがそれにすがり付こうとするのは至極当然なことだった
窮地に追い込まれた私たちは不自然な点に目を瞑り、希望にただただ縋った
鎮守府南方の沖合いからおよそ10kmの地点に奴らの姿はあった
まだ波の高い海上に黒い艦隊は鎮座していた
まるで私たちを待っていたと言わんばかりに、また黒い雨が我々に襲い掛かる
武蔵さんの掛け声と共に第二、第三艦隊は大きく広がり始めた
私たちもバルジを抱え、敵軍の進軍を阻みつつ、じわりじわりと距離をつめていった
祥鳳姉妹の零戦が格闘戦を挑むも尋常ではない数にまるっきり歯が立たない
第二、第三艦隊の仕事も敵本隊に攻撃を仕掛けつつ上空の戦闘機をも相手にしなければならない
防御に徹しながら私たちも支援するが、考えていた以上に事は進まずに焦りだけが重くのしかかっている
その焦りに乗じて敵戦闘機は私たちの頭上に大きな雲を作り、そしてさらに焦りが募る
何故こんなことになってしまったのか?
何を間違えてしまったのか?
何がおかしかったのか?
応酬が始まって10分もしないうちに、それがなんなのかを理解した
空を渦巻く敵戦闘機は、私たちの上空にぴたりと張り付いていたんだ
早霜よ、何故それがおかしいかわからないのか?
いいか、私たちは鎮守府を落させないために大規模な編成を行い戦っていたんだ
頭上を通り過ぎる戦闘機は無視して大元を叩くことが、この編成の肝だった
だが、相手はそれを見透かしていたかのように私たち第一艦隊だけを集中攻撃してきた
見事、私たちは敵の策略に嵌ったというわけだ
先ほどコイツのいった、この編成の弱点とはまさにこのことなんだ
連合艦隊とは名ばかりに、4つの艦隊を別働させたのが過ちだった
どこか一つの艦隊が突破されればその時点で取り返しがつかなくなる
わずかな綻びから瓦解してしまう可能性があったんだ
それも主火力を勤める武蔵殿がやられてしまえば、いよいよこちらには成す術がなくなってしまう
…一つ弾を受け、二つ弾を受け、だんだんと盾のバルジの損傷が激しくなってきた
繰り返される集中砲火に一つ、また一つと手が潰されていく…
右翼の第二艦隊も押してはいるが、敵艦が代わる代わるその身を盾に攻撃を阻み、決定打もなければ押し通すこともできない
左翼の第三艦隊に至っては敵を無理に押すわけにはいかず、かといって引くに引けない状況に二の足を踏んでいた
時を刻むにつれて死の足音が我々に近づいてくる、そんな感覚に陥った
大きく、鈍い音を上げながらとうとう熊野のバルジが崩壊した
奴の襟首を掴んですぐに私の後ろに隠したが…、私のバルジも鈴谷のバルジももう限界ギリギリなのは目に見えてわかった
『まだ万策尽きたわけではない、諦めるんじゃない』
すぐ後ろから武蔵殿が凛とした声でそう言った
最早無理と投げ出しかけた私達の目を、武蔵さんは海より空よりも澄んだ瞳で覗き込んだ
『第一艦隊、全速後退始めッ!!』
その号令に、恐怖で萎縮していたからだが自然と従っていた
同時に武蔵殿は自らの上空に全砲門を開き、数多の榴弾を打ち上げたんだ
轟音とともに戦闘機の群れは蜂の巣になり、暗かった水面に光が反射したのを覚えている
直後、遥か後方から待たせたと言わんばかりに無数の戦闘機が飛んできた
待ちに待った、援軍が到着したんだ
――――――――――――
トクットクットクッ…
グッ
那智「ふぅ…」
那智「まず援軍に駆けつけてくれたのは大本営が主力艦、一航戦の赤木と加賀だった」
早霜「これほどないくらいに絶妙なタイミングだったのね…」
提督「二人には到着が遅れて申し訳ないといわれたんですけどね…」
早霜「大本営からここまでの道のりを考えればむしろ早いのではないかしら?」
提督「…あなた達艦娘は水上を移動していることが大半だから実感がわかないだろうが、彼女達は護送ヘリに送られて来たんだよ」
早霜「そんな、いつ深海棲艦が出るともわからない海の上をたかがヘリで…!?」
那智「たしかにその通りなんだが、なんせ乗っているのがあの一航戦だぞ?」
提督「誰よりも深海棲艦との空戦を繰り広げていた彼女達だ、道中ほとんどの問題もなくここに到着した」
提督「遅れた理由と言うのも夜間の出発を避けたことと、海上の天気が安定してないことで迂回してここまで来たからだそうだ」
早霜「なるほど、確かに彼女らの乗る護送ヘリならどんな海峡であれ安心して横断できますね」
提督「護送してるのか護送されてるのか、いささか疑問に思うところでもありますけどね」ハハハ
早霜「確かに、違いありません」フフフ
那智「だがしかし戦闘ともなれば、さすがの一航戦だけあって敵戦闘機は徐々に数を減らしていった」
提督「二人の到着によって、今までの劣勢がまるで嘘のように態勢を立て直していくことが出来たんです」
早霜「たった二人、空のスペシャリストが居るだけでそんなにも戦況が変わるのかしら?」
那智「彼女達は数ある空母型艦娘達の中でも最高峰の強さを誇っていたからな」
早霜「一航戦の誇り、という奴ですね」
提督「練度はもちろん、その装備も大本営開発の最新型で戦闘力は並みのソレとは次元が違うものだったんです」
那智「少なくとも並みの空母クラスなら舌を巻いて逃げ出すほどには強かった」
那智「見ているこちらからしても、心底我々の味方でよかったと思ったほどだ」
提督「ですが、有利な場面はそう長くも続きませんでした…」
那智「…姫級ともなればそこらのザコとは違い頭もキレるらしくてな、細かく戦術を移し変えていった」
提督「ここが地獄の一丁目…、とでも言えば良かったんですかね…」
那智「その戦闘を境にして、多くの命が生みに吸い込まれていった…」
早霜「多くの、命…ですか…」
提督「あの時もっと早くにでも!!!撤退と言う選択を選んでいればッ!!!」ガンッ
那智「見苦しいッ!!」
提督「ッ……!!!」
那智「少なくとも、あの時のお前の判断は間違っていなかった!! そうでも言わなければ沈んでいったものに示しがつかないだろうが!!」
提督「……そう、ですね……」
那智「早霜、コイツにも一杯注いでやってくれ」
早霜「ですが、呑みすぎはお体を…」オドオド
提督「いや、大丈夫だから… 早霜さん、頼む…」
早霜「わ、わかりました…」
トクットクッ
グッ…!
提督「あの日だけで、沈んだのは……」
那智「……4人、だった」
――――――――――――
油と硝煙と怒号に塗れた海の上
目標の離れ小島まではまだ距離があった
第二艦隊に突撃の号令をかけ、私達主力艦隊も攻勢へと転じた
一航戦と合流した空母たちは武蔵殿を中心に輪形に陣を組み、空から敵を
バルジを失った熊野は鈴谷とともに第三艦隊の支援に
私も第二艦隊と合流して横から敵陣に向けて砲弾を撃ち込んだ
絶え間ない法撃に敵の守勢は崩れ、盾役の重巡は徐々に減り始めた
このタイミングを逃すわけにはいかない
追い討ちを掛けるような雷撃が大きな水柱を上げる
敵との距離を近づけながらも、こちらの手は止まない
あと少し、ここで押し切ることが出来れば光明が見える
球磨、多摩、木曾に号令を掛け、敵本陣へいざ踏み込む
最早原型を留めていないバルジを掲げ、艦と艦の隙間へ
単縦陣に組み、私達そのものが弾丸のように
球磨が襲い掛かる駆逐艦を打ち抜いた
多摩の放つ砲弾は軽巡の動きを止める
木曾が繰り出す魚雷が最後の重巡を藻屑に変えた
ここだ、ここさえ崩してしまえば、ここを逃す手はない!
そう勇み足で一心不乱に攻め立てる私達をとどめたのは、海中から吹き上がる砲弾だった
焦りと水しぶきに反応が遅れた私は、バルジもろともに左腕を吹き飛ばされた
その衝撃と、腕に走る熱に私は思考を奪われた
私は何がおきたのかわからずに、ただ無様に叫んでいた
轟音と自らの声にかき消されて何も聞こえない
出したくもない涙に視界は阻まれて、何も見えない
恐怖と痛みに支配された私はその場から動けずに居た
気付けば目の前から浮き上がるように、敵の戦艦が水中から体を覗かせている
目の前のチャンスにくらんだ私達は、文字通り足元を救われたというわけだ
深海のように薄暗くそこの見えない瞳が冷たく私を見下ろしている
表情のない顔が、その大きな放蕩が私に照準を定めたのがわかった
すぐ目の前に迫った死は、私の中に渦巻く恐怖を加速させる
虚空は早く、心臓は激しく動き、なのに血の気だけはサーっと下がり、体は心まで冷えた
ああ、私はこの場で死ぬのか
あの瞬間の私は相当間抜けな面をしていたんだろうな
恐怖のあまり増え上も止まり、ただ力なく私は戦艦を眺めていた
だが、その永遠とも思える長い沈黙は一つの轟音とともに払拭された
『その人から離れろォォォ!!!!』
そう咆哮しながら敵戦艦に鉛弾を撃ち込み飛び出したのは、球磨型の末妹の木曾だった
後方から支援する夕張の弾丸をかいくぐりながら、喉に、腹に、頭蓋に、四肢に
いまだ動けずに居る私を尻目に、その我武者羅な法撃に戦艦の体躯は見る見るうちに風穴が開いていく
崩れ行く戦艦を傍目に木曾はたなびくマントを千切り、私の腕に強く縛りつける
そしてそのまま肩を担ぎ、力強く踏み出した
木曾と入れ替わるように前に出た長女の球磨、次女の多摩は敵を寄せ付けまいとその艤装から砲弾を撃ち続ける
大井、北上は夕張と同様に援護射撃をしながらも、海中の増援への警戒を怠らなかった
『那智さん、しっかりしてくれ…!』
私の体を担ぎながら木曾は絶えず声を掛け続けてくれた
未だはっきりとしない意識のなか、私は自らの左腕に目をやった
爆発にやられた腕は深い切れ込み画はいり、ピンク色の肉と骨の隙間から血が絶えずあふれてくる
女らしからぬ太い指は服の繊維が焦げ付き、あらぬ方向へと折れ曲がっていた
自らの状態を確認したとき、改めて熱と痛みにうめき声が漏れる
くそっ、こんなはずでは…
どうしてこんなことに…
いくら心中で悔やんでも痛みは引かないことが、余計に悔しかった
…大丈夫だ、安心しろ
歯を食いしばりながらも、一言だけ木曾に強がりを呟き、足に力を入れて踏み出す
不恰好に波に揺さぶられながらも、また一歩を踏み出す
球磨の、多摩の叫び声が聞こえる
木曾がより強く一歩踏み出していくのがわかった
大井が、北上が、夕張がその表情を変えてゆくのがわかった
何かが頬をかすめ、切り裂いてゆく
同時に後方から、まるで稲妻のような轟音が響いた
『ここまでだ、那智さん…』
そう残して背中を強く押す木曾の腕に、私は水面に叩き付けられていた
腕を庇いながら振り向くと、わき腹を赤く染めた木曾が穏やかな微笑みでこちらを見ていた
踵を返しながら、ヤツは最期に一言を残していった
『姉達を、頼みます』
――――――――――――
…当時の様子は偵察機を経由して見ていましたが、凄惨でした
木曽さんを始め第二艦隊が那智姉さんの救出に向かった際、敵空母隊は徐々に後退を始めていたんです
そして入れ替わるように我々連合艦隊の足元からは戦艦ル級、タ級が多数現れました
木曽さんは決死の覚悟で一体のル級を撃ち抜いてくれましたが、それじゃ圧倒的に数が足りなかったというわけです
大井さんや北上さんの雷撃も、その厚い偽装を撃ち抜くまでには至らず…
また、球磨さんや多摩さんの奮闘も空しく第二艦隊の前には5体の戦艦級が現れました
抑えつけようにも前線を護る球磨さんと多摩さんの二人分の火力ではギリギリのところで留めきれません
ひたすらの射撃を繰り返せども、そんなものはお構いなしに砲弾は二人を狙って放たれました
結果は…、那智姉さんが言ったに木曽さんの左脇腹への直撃、貫通…
海面は見る間に赤く染め上がり、そして波間に飲まれて青色に…
通常ではそんな状態では動くことすら適わないはずなんですが、彼女は前線の姉たちの元へと駆けてゆきました
と、同時に木曽さんから通信が入ったんです
息を荒げ、水気を帯びた咳をしながら
『殿は私が請け負った』
いつもと変わらない豪気な物言いで通信を終えた彼女は自らの姉たちの襟首を掴み後ろに下げました
僕はただ、執務室で涙を流し拳から血を流すしかありませんでした
もっと早く決断すべきだった、なのにそれをできなかったことが何よりも悔しくて…
涙ながらにようやく言う事が出来た言葉がたった一言、『全軍撤退』ただそれだけでした
なのに…、それなのに…
…球磨さんも多摩さんも、決してその場から退きませんでした
お前を一人で逝かせるか、と
そう言わんばかりに木曽さんを護り、そして護られて一体…
戦艦の数は徐々に減っていきました
ただ、それに合わせるように木曽さんは次第に動かなくなっていくんです
二人が彼女の名前を叫んで、敵を撃ち抜いて、そしてまた叫んで…
力なく雷装から魚雷を打ち出し、その反動に吹き飛ばされ、それでもまだ立ち上がろうと…
そんな彼女を消したのは、タ級の放った砲弾でした
首元を大きく抉ったその弾に、木曽さんは二度と動かなくなってしまいました…
…姉たちの轟くような咆哮が、…いまだに耳から離れませんよ
第二艦隊側が戦い抜いている中、全軍が後退し始めたタイミングで第一、第三艦隊もその足を止めていました
…ええ、戦艦級の深海棲艦です
残弾も危うい状態で更に追手
後退していた敵空母隊は、こちらの撤退に合わせてまたも艦載機を放つ始末
轟音と共に飛び交う砲弾の雨あられ、怒号、悲鳴…
泣いてばかりで何もできずにいる自分…
ただただ苦しくて、苦しくて…
下がってくれ、全員下がってくれ
そう何度も僕は指示をしていました
突如、第三艦隊の方からも大きな爆発音が響きました
第三艦隊を取りまとめていた夕立さんが偽装の無い状態で、海上に留まっていました
どうやら偽装に直撃を受けたらしく、爆発の間際に急遽脱ぎ捨てたようでした
肩で息をしながらその背中は燻っている
残された彼女の武装は連装砲と脚部の雷装のみ
焦げ付いたマフラーを潮風に遊ばせながら、有ろうことか彼女は敵艦隊に突進をかけ始めました
『いいから、行って!』
その一言に、振り向いて夕立さんの名を叫ぶ春雨さん、その春雨さんの手を掴み決して振り向かず後退を続ける時雨さん
私も行くんだと聞かない彼女の頬を叩いたのは村雨さんでした
時雨さんと同じように春雨さんの手を強く握り、駆け出して行く
春雨さんの嫌だ、嫌だ叫ぶ声は大きな水柱にかき消されました
ええ、敵の艦爆はもうすぐ目の前にまで迫ってきていて…
爆音に途絶えかけた音声はすぐに戻りました
鈴谷さんが爆発の間際に割って入り、その衝撃を一人で受け止めていたんです
倒れそうな彼女の体をなんとか支えていたのは島風さんでした
ふらつきながらももう崩れそうなバルジを担ぎ、熊野さんの肩を叩きながら鈴谷さんは、困ったように笑っていました
そして引き留める熊野さんと白露さんの腕を優しくほどき、手を振りながら夕立さんの元へと去っていったんです
『晩御飯までには帰るから!』って、震えた声で…
二人の姿は、次第に黒煙と水しぶきに飲まれて、消えていきました
波間からは、二人の猛った叫び声が聞こえるだけで
それ以上は危険すぎて、偵察機も近寄れずにいたんです
徐々に激しくなる敵戦闘機の迫撃に、第一艦隊も追い込まれていきました
海面からは砲撃、上空からは艦爆
絶え間ない攻撃に空母隊の残弾はとうとう底を尽きてしまっていました
『当ててこい! 私はここだ!!』
撤退を繰り広げる艦隊を見送りながら、武蔵さんは勇ましい声でそう吼えました
何をやっているんだ! 早く撤退しろ!
そう声を荒げる僕に対して武蔵さんは『この戦、武蔵に任せてもらおうか』と返し、残った砲弾を撃ち始めました
超弩級戦艦の誇る一撃一撃に敵は進軍することを許されない
超弩級戦艦の誇る厚い装甲に敵は迫撃することを許されない
ですが、相手とて攻撃の手が休むことはない
その砲弾が武蔵さんの足をかすめ、頬を腕を削り、砲門を一基砕き…
彼女が身を削り、守り抜く様も、迸る鉛の豪雨に偵察機が落とされ、その後モニターはノイズばかりで何も答えてくれなくなりました
…惜しくもこの鎮守府の誇る最高戦力を以てして、第一から第三艦隊は6人の艦娘を戦地に残して帰投することができたんです
これが、あの夏の海上戦の2日目の出来事です
――――――――――――
提督「…随分と、話しましたね」
早霜「そうですね…」
那智「もうすっかりと日付も跨いでしまったな」
提督「もう、そんな時間ですかぁ」チリチリ
フゥー…
早霜「それで、その後はどうなったのでしょうか?」
提督「…」
グイッ…
提督「連合艦隊はヒトヨンヨンゴー帰投の後に全員が医務室へと運び込まれました」
提督「那智姉さんは左腕の傷がひどく一時的に戦線離脱、春雨さんは興奮状態で一種のパニックに陥ったので鎮静剤を打って眠ってもらいました…」
那智「撤退命令が出たにも関わらずその時点で第四艦隊は消息不明でな、時雨も夕立の艤装の爆発の際負傷し、心も憔悴しきっていた」
早霜「…無理もありませんね」
提督「熊野さんはバルジが壊れた際に多少の傷を負ってはいましたが、未だ動ける状態を続けていました」
提督「大井さん、北上さんも今すぐに引き返させろと、それはもう大変な荒れっぷりでしたね」
早霜「妹さんが亡くなられたんです、居てもたっても居られない気持ちは痛いほどわかります…」
那智「鎮守府まで私を担いでくれていた夕立だったが、その多さが災いして艤装は半分が使い物にならない状態だったんだ」
提督「空母隊は祥鳳さんが足に傷を負った以外は特に大きい被害はありませんでした」
那智「村雨と白露は比較的軽症だったこともあって、緊急で皆の看病をしていた」
提督「その時点で大きな怪我や艤装に損傷のない状態だったのは赤城さん、加賀さん、瑞鳳さん、大井さん、北上さん、そして島風さんでした」
提督「敵の追っ手も鎮守府近隣までは姿を見せていないこともあり、全員を補給した後動ける人で再度艦隊を組んだんです」
早霜「その艦隊というのは、つまり…」
提督「ええ、救援及び緊急の迎撃隊です」
那智「状況が状況なだけに動ける人数が限られていたからな、あの時は」
提督「…那智姉さんの言う通り、この鎮守府の最高メンバーですら苦闘を強いられる相手でしたからね」
早霜「訓練兵をおいそれと出せる状況ではなかった、というわけですね」
提督「残念ながら、その通りです」
提督「緊急のミーティングを済まして、出発時刻をヒトロクマルマルと定めました」
那智「だが、その出発の直前に鎮守府の扉は荒々しく開かれたんだ」
提督「『主力艦隊ここに帰投を果たしたぞ!』と叫びながら武蔵さんたちは戻ってきたんだ…」
早霜「…その、被害はどれほどに?」
那智「武蔵殿は大破艤装も修復に時間がかかりそうだったことと、本人も体中に深く大きな傷を作って帰ってきたわけだが」
那智「さすがと言うべきか、動けなくなった球磨を担いで帰っいたよ」
提督「球磨さんは敵の砲弾にやられて肋骨を折って肺を損傷、ギリギリのラインを踏み越えずになんとか戻ってこれました」
早霜「では、多摩さんは…?」
提督「……」ギリッ
早霜「…ごめんなさい、提督」
提督「いや、謝らないでください…、…あの戦場での二人目の犠牲者は多摩さんだったんです」
那智「木曾を討ち取ったタ級はいわゆるフラグシップだったらしくてな、他の戦艦よりもずっと強力な装甲を携えていたんだ」
提督「尚且つその一撃も相当強力なもので、直撃すれば轟沈はまず免れないくらいに強力な主砲を携えていました…」
提督「多摩さんは木曾さんに気を取られた際に、運悪くソレが喉元を掠めてしまったんです…」
提督「そして最後の力を振り絞ってタ級を力任せに押さえ込み…」
那智「球磨がトドメを刺した、というわけだ」
早霜「……」
提督「…でも、夕立さんと鈴谷さんは生還を果たしました」
那智「鈴谷の艤装もまたすっかりと使い物にならなくなっていたが、悪運だけは強いのかバルジは最後まで壊れずに彼女のヤツを護ってくれたそうだ」
提督「夕立さんも駆逐艦とは思えない火力で敵戦艦に挑み、打ち飛ばしては次へ食らい付き、撃破しては次への繰り返しだったそうです」
那智「あの戦場におけるMVPはまさしくアイツだよ」
??「しかし、その後いつまでたっても第四艦隊だけは帰ってはこなかった、って話で間違いはないかな?」
提督「…嘘だろ」
那智「な、なんで、あなたがここに…」
??「なんだ、私がここにいちゃ困るようなことでもあるのかい?」
提督「那智姉さん、僕達は夢でも見てるのか…?」
那智「い、いや違う、この人は間違いなく…」
早霜「あの、お二方…、この方は…?」
??「すまんな、自己紹介が遅れてしまった」
武蔵「私は大和型超弩級戦艦が二番艦を勤めていた、武蔵と申すものだ」
武蔵「よろしく頼むぞ」ニコリ
――――――――――――
早霜「…はじめまして、夕雲型駆逐艦の17番艦、早霜です」ペコリ
武蔵「ふむ? 夕雲型の早霜…霜……?」ウムム
武蔵「ほぉ、お前はアレか、清霜の姉妹か何かか?」
早霜「おっしゃる通りです、私はあの子の姉ですけど…」
武蔵「そうかそうか、なるほどなぁ」カッカッカ
早霜「ええと…、武蔵さんは妹をご存じなのですね?」
武蔵「うーむ、あの娘と私には色々あってなぁ…」
早霜「色々、ですか…」
武蔵「お前にも艦の時の記憶くらいは残っておろう?」
早霜「あまり思い出したくない記憶ばかりですけど」
武蔵「それもそうではあるが、まあ聞いておけ」
早霜「…すいません」
武蔵「私はあの大戦で皆を護った際に、清霜に看取られて海へ還ったんだよ」
武蔵「加えて、私がここを去る2日ほど前にあの娘はここに配属されたんだ」
早霜「清霜はよく武蔵さんの事を話してはいましたけど、在籍が同じだったことはさすがに聞いたことがありませんね…」
提督「清霜ちゃんから聞いてなかったんですか?」
早霜「…あの子は昔のことはあまり話したがりませんから」
武蔵「あんな時期だったからこそ、余計になぁ…」
提督「それはそうと武蔵さん!! なんでまたこんな時期に連絡もよこさず…」
武蔵「こんな時期だから帰ってきたんだぜ?」
武蔵「そもそも、連絡なんざよこした方がお前らは驚いてしまうだろうが」
提督「こんな時期っだからって…」
武蔵「とぼけた顔をするな、提督よ よもや忘れたとは言わせんぞ?」ジロリ
提督「…あぁ、そういうことでしたか」
早霜「那智さん、一体何のことを話されて…?」
那智「…今話している敵艦隊との衝突の話の続きにはなるんだがな、2年前の今日がその終戦日なんだ」
早霜「ああ、なるほど…」
武蔵「なんだ提督よ、この娘はそんなこともしらないのか?」
提督「当事者くらいしか詳しいことは知りませんよ、あの戦いに関しては」
那智「あの後、大本営からは緘口令が出されたんです」
早霜「そのこともあって、お二人にはここに暮らす者としてその時のお話を伺っていたんです」
武蔵「つくづく、大本営の腑抜けどもには落胆させられるな」ハァ…
那智「それにしても武蔵殿、ご無沙汰しております」ピシッ
武蔵「久しいな、那智よ その後腕の状態はどうだ?」
那智「治療の甲斐もありまして、今では不自由なく」
武蔵「うむ、結構結構」カカカ
那智「…武蔵殿は、その、あの後どうされていたのでしょうか?」オソルオソル
提督「そうですよ、2年間連絡もないかと思えばふらっとこっちに戻ってきて!」
早霜「まぁまぁ、提督落ち着いてください」
武蔵「まさかとは思うがそのことに関しても、大本営からは何も発表がなかったのか…?」
那智「ええ、いくら問い合わせても全く要領を得ない話ばかりで」
提督「いくら僕たちが心配したと思ってるんですか、本当に…」
武蔵「ふむ…、ともなれば色々と語ることも多そうだな」
那智「なら、話していただけるのですね?」
武蔵「話すにしても、お前たちもこの娘にあの時の話をしていたんだろう?」
武蔵「なら順を追って話せばいいじゃあないか」
提督「そうやって武蔵さん、またはぐらかして! 昔からそうなんだから…」
提督「那智姉さんからも何か言ってくださいよ!!」
那智「武蔵殿がそう言われるのなら仕方ない、話の続きをしよう」
提督「……はぁ」ゲンナリ
早霜「まあ、提督落ち着いて…」ドウドウ
早霜「(…それにしても武蔵さんの体、生々しい傷跡ばかり)」
早霜「(包帯から見え隠れする傷も当時の戦いのものかしら…?)」
武蔵「おや、こりゃまた美味そうなものが転がってるじゃないか」ヒョイ
那智「す、すいません武蔵殿、今すぐ御酌を…」アセアセ
武蔵「達磨なんぞ久しく呑んでいないが…、とは言ってもあと少ししか入っていないじゃないか」
那智「い、今すぐお持ちします!!」
早霜「那智さん、お酒は私が取りに参りますから、折角の再開ならゆっくりとお話しください」
那智「う、むぅ、ではお願いするとしようか…」
武蔵「では達磨と、日本酒があればそれを頼むぞ」カッカッカ
早霜「かしこまりました、お待ちください」スクッ
武蔵「…早霜よ」
早霜「…なんでしょう?」
武蔵「フム……」ジー
早霜「あ、あの、えっと…」ドギマギ
武蔵「いや、理解と気遣いを感謝する」ニコリ
早霜「……ええ、どういたしまして」ペコリ
早霜「では、いってまいります」スタスタ
武蔵「…なかなかどうして察しの良い娘だなぁ」
――――――――――――
台所にて
早霜「消灯時間もとっくに過ぎているし、流石に暗いわね…」
ガサゴソ
早霜「…提督があんな顔で笑う方だったなんて知らなかった」
ガサゴソ
早霜「那智さんとの間柄も、那智さんが煙草を嗜まれることも知らなかった…」
ガサゴソ
早霜「武蔵さんのことも清霜のことも、昔のことはほとんど知らないことばかり…」
早霜「秘書艦なのに」ムスッ
ガサ…
早霜「うふふ、日本酒、見つけました」ニンマリ
早霜「後は達磨、達磨…」キョロキョロ
早霜「確か奥の棚の上の方にあったと思うん…」
ドアバァーン!!!!
??「こんな時間に誰ですか!?」
早霜「~~ッ!!」ビグゥ
??「早霜さん、もうとっくに消灯時間を過ぎているのに食材漁りですか?」
不知火「流石の不知火も、あなたの意外な一面に驚きを隠せないのですが…?」ハァ…
早霜「……こんばんわ不知火さん、私に何か御用?」
不知火「御用も何も、先も言ったように消灯時間はとっくに過ぎていますよ?」
早霜「ちょっとお酒を取りに来ただけです…」ムゥ
不知火「…呑みたい気持ちは不知火にもわかりますけど、秘書艦として自覚ある行動をですね…」ヤレヤレ
早霜「提督と…」
不知火「…」ピクッ
早霜「提督と那智さんと、あとはお客様へ持っていくお酒ですよ」
不知火「…そうですか、なら不知火が口出しをする程ではありませんでしたね」
早霜「ありがとう、不知火さん」フフ
不知火「時に、そのお客様というのはどなたでしょう? 来客があったような報せは存じませんが?」
早霜「その方は、ご自身のことを『武蔵』と名乗る方でしたわ」
不知火「早霜さん、不知火はあまり冗談を好みませんが…?」
早霜「不知火さんは、私があまり冗談は言わない質なのはよくご存じだと思ってたのだけれど」クスクス
不知火「……まさか、そんなことは」オドオド
早霜「なんなら、鎮守府裏手の小高い丘、来てみます…?」
早霜「欠けた月が美しいんです」ニッコリ
不知火「…早霜さん、今晩の月は欠けているのですね?」
早霜「そうだけど、…どうしたのかしら?」
不知火「うちの鎮守府では今日みたいな月の夜は、みんな外を歩きたがらないんです…」
不知火「欠けた月がその隙間を埋めるために艦娘を連れていく、と言われているから…」
早霜「へぇ…」
不知火「不知火はあの月が嫌いです」
早霜「そんな迷信は初めて耳にしました」
不知火「……」ジロリ
早霜「ごめんなさい不知火さん…、どうかそんなに睨まないで?」オドオド
不知火「こちらこそすいません…、不知火はあまり遅くまでうろつかない方がいいと思います」
早霜「ご忠告、ありがとう」
不知火「いえ、こちらも不躾でしたので」
早霜「ところで不知火さん?」
不知火「…はい?」
早霜「傷の具合はどう? 今日の出撃で中破だったと聞きましたが…」
不知火「……ごめんなさい」シュン
早霜「…なぜ不知火さんが謝るの?」
不知火「不知火が、不知火がついていながら…」ギュッ…
早霜「いいの、気にしないで」
不知火「いえ…、謝らせてください…」
早霜「…わかりました」
不知火「清霜さんを大破させてしまったのは、旗艦を務めた不知火の落ち度でした…」グッ…
早霜「でも、あの子は旗艦である貴女を護るために身を張ったんですよ?」
不知火「本当に…ごめんなさい…」
早霜「…不知火さんは清霜をちゃんと連れて帰ってくれたんですもの」
不知火「それが旗艦の務めと考えていますから当然のことですッ!」
早霜「仮にも戦場である以上、負傷は仕方のないことだわ」
不知火「ですが、不知火は…!!」
早霜「もしも清霜のことを心配に思うんなら、顔でも見てきてあげて?」
早霜「今は医務室で眠りについたけど、貴女の傷が心配だってずっと言ってたんだから」
不知火「…そう、ですね」
早霜「さて、私は那智さんの達磨を探さなければならないの」
早霜「不知火さんも見回り大変だと思うけど、早く休んでくださいね」
不知火「早霜さんこそ、あまり無理はしないでくださいね」
早霜「ありがとうございます」フフ
不知火「それでは失礼しました…」
早霜「ええ、おやすみなさい」ニコリ
不知火「…明日は、7時に遠征任務ですので」
早霜「わかっているわ」
不知火「…では、失礼いたします」
早霜「不知火さん、お大事に」
不知火「……」ペコリ
ガチャ…
バタン
早霜「良い夢を…」
――――――――――――
早霜「…達磨が見つからないわ」ウーム
早霜「最近は来客が多いとは思っていたけど…、どこかに持って行ったのかしら?」
ヒタッ…ヒタッ…
早霜「ここに無いとしたら、那智さんの私室…?」
グスッ…グスッ…
早霜「でも、流石に入るわけにはいかないし…」ムムム
ドコー…ドコナノー…
早霜「あ、そういえばあっちの棚に確か…」
サマー…ネェーサマー…
早霜「……え?」
ヒタッ…ヒタッ…
ガチャ…
早霜「……!!」ビクッ
ギィ…
清霜「姉さまぁ…?」グスッ
早霜「清霜…、貴女こんなところで何をしているの…?」サガシサガシ
清霜「起きたら早霜姉さまが居なかったんだもん…」プクゥ
早霜「…ごめんなさいね、少し提督達のお話を聞いていたの」
清霜「司令官と? なんのお話してたの?」
早霜「ええと…、昔のことを少しね…」ガサゴソ
清霜「ふぅーん?」
早霜「わかったら、もうおやすみなさい? こんな時間に出歩いちゃダメよ?」
清霜「でも、早霜姉さまも起きてるよ?」
早霜「だから、私は提督達とお話をしていて…」キョロキョロ
清霜「…だったら清霜もお話し聞きたい!」
早霜「そんなこと言って、疲れているんなら寝ないといけないわよ?」
清霜「ううん、少し寝たら疲れなんて吹き飛んじゃった!」キャイキャイ
早霜「…あ、達磨見つけました」フフフ
清霜「早霜姉さま、怒っているの…? 清霜悪いことした…?」ションボリ
早霜「…姉さまは怒っていないわよ? どうしてそう思うの?」
清霜「だって、全然こっち見てくれないんだもん…」ナミダメ
早霜「…ごめんね、清霜 ちょっと探し物をしていただけなの」クルッ
清霜「怒ってない?」ウルウル
早霜「もちろん、怒ってない」ニコリ
清霜「…清霜が大破したことも怒ってない?」
早霜「戻ってきてくれたから、それでいいわ」
清霜「ホントにホント…?」
早霜「本当に本当、姉さまは嘘はつきませんよ」ギュッ…
清霜「わぁい、早霜姉さま大好き!」ギュッ!!
清霜「だから、早霜姉さまと一緒に司令官のお話聞きたい!」
早霜「もう…、仕方ないわね」ハァ
清霜「やったぁ!」
早霜「あぁ、そういえば清霜 今、提督はお客様と話しているから粗相の無いようになさいね?」
清霜「お客様? 司令官は誰と話しているの?」
早霜「提督は今…、ううん、これは向こうについてからのお楽しみ」
清霜「えぇー、そんなぁ~」プックゥ
早霜「ふふふ、行きましょうか」ニコ
清霜「うぅ~、姉さまのいぢわるぅ~」ブゥブゥ
早霜「豚さんになっちゃった清霜は嫌いよ?」クスクス
清霜「むぅ~、清霜は豚じゃないもんッ!」
早霜「きっと、清霜が会ったら驚くわ」
清霜「誰だろうな~、誰だろうな~」ウキウキ
早霜「…足元が暗いから、気を付けてついていらっしゃいね」
清霜「はぁい、わかりました~♪」トテトテ
早霜(そういえば不知火さん、もしかして医務室に行っているのかしら…?)チラッ
清霜「~~♪」キャイキャイ
早霜(…朝になったら聞いてみましょうか)
早霜(…念の為にも)
――――――――――――
提督「………いやまぁ薄々とは感づいてはいましたけど…」ゴニョゴニョ
那智「………にわかに信じがたい話ではあるが…」ゴニョゴニョ
武蔵「………つまり、私たちはだな…」ゴニョゴニョ
エ、ア、ウソー!!
清霜「ぅあー! うわ、うわああぁ!!」パァァ
武蔵「…おや、誰かと思ったら清霜じゃあないか! ははは、これまた久しい!」
清霜「なんで!? なんで武蔵さんが、うわあ、夢じゃないんだ!!」キャイキャイ
早霜「すいません、どうしても私と一緒がいいと言われてしまい、つい…」
武蔵「いや、かまわんよ すまないな早霜、雑用に使ってしまって」
早霜「いいえ、そんな… って、どうされたのかしら提督? 那智さんも、顔色が優れませんよ?」
提督「いやー、ははは…」
那智「改めて自分たちの置かれている境遇を知ったというかなんというか…」
早霜「武蔵さんとどんなお話をされたのかしら?」フフフ
那智「いやぁ、考えさせられるところの大きい内容でなぁ…」
提督「…早霜さんはこういうことには鋭い人なんだね、改めて実感したよ」ヒソヒソ
那智「…というより私たちが鈍いだけでは…」ヒソヒソ
武蔵「なぁにをヒソヒソと話しているんだ! ほれ、酒が来たんだから一献やるぞ!」
那智「し、失礼致しました、武蔵殿…!!」トックトック
清霜「武蔵さん、これからもまたここで私たちとお仕事するの? また一緒に出撃できるの!?」キャッキャ
武蔵「ははは、すまんな清霜… ちょっと野暮用があって姿を現しただけなんだ、すまんな」
清霜「そうなんだ… でも、武蔵さんとまたこうやって会えて、清霜はとってもうれしいです!!」
武蔵「うん、そうだな 私も清霜とまた会うことが出来て本当にうれしいぞ」カッカッカ
早霜「ところでお二方、武蔵さんとどんなお話しをされていたの?」
那智「いや、うーむ、そのだなぁ…」ムムム
提督「近況報告と言うかなんというか…」ムムム
提督「…っていうかとんでもないメンツが揃ったね、これ…」
那智「なんというか、これで不知火がいたら死を見取った者と見取られた者の集いみたくなっているが…」
早霜「あら、物騒なこと言っちゃダメですよ、那智さん?」
清霜「そうですよ! それはもう昔のことなんですから!!」プンプン
那智「う、むぅ、すまない…」
武蔵「…さて、さっきはどこまで話していたっけな?」
提督「ええ、第一艦隊帰還の後のアレですよ」
武蔵「第四艦隊救出に関するところか…」
清霜「…もしかしてあんまり面白くないお話なの?」ムゥ
那智「お前がこの鎮守府の一員になる本の少し前の話だが… あまり面白い内容ではないぞ?」
早霜「…あまり聞いて欲しくない内容でもあるんですけどね…」ハァ
提督「清霜ちゃん、多分面白くないというよりも、恐ろしい話しがほとんどになるんだ」
提督「正直、君みたいな小さな子に聞かせたくはないんだけど…」
清霜「……でも、姉さまと一緒に居たいから我慢する…」
早霜「清霜…」
清霜「早霜姉さま、清霜の手を握って…?」ウルッ
早霜「…しょうがない子ね」ギュッ
那智「…我々は女であれ子供であれ、しかしその根っこは軍属の『一兵器』だ 知るべきことは知らねばならない、と思う…」
武蔵「私もそうは思いたくないんだが、軍属である以上はその歴史を知るのは一応の責務であると感じるよ」
提督「…上層部がどう言おうと貴女達艦娘は決して兵器などではないよ」
早霜「…提督はお優しい殿方ね」フフ
提督「現場でみんなを見ている僕としては、貴女達は体があって、感情があって、心のある… 僕たちと変わらない存在なんですよね」
武蔵「はーぁ、どこの提督もこのくらいに人情味のあるヤツならよかったんだが…」
提督「前線の鎮守府は皆こういう考えですよ」
那智「そう考えていないのは大本営の、現場を知らぬ頭の固い奴らだけだろうなぁ」
武蔵「奴らが少しでもこっち側のことを考えてくれていたら、多少は犠牲を減らすことの出来た戦いもあったからな」
提督「現場の指揮を執るものとして、形式上大本営からの管轄化に置かれている立場の人間として申し訳なく思うよ…」
那智「貴様はちゃんとやっている、そのことは他ならぬ私たちが一番知っている!!」
早霜「そうですよ、提督 いつでも私たちは貴方のいい所を見ています…」トクットクッ
武蔵「随分と引っ張ってしまったが続きを話そうか…」
早霜「……」ゴクリ
武蔵「第四艦隊救出に関して、だ」
――――――――――――
さて、我々の帰投によって第一艦隊救出用編隊は第四艦隊救出の任を負うこととなった
だが、出撃しようにも時刻はすでにヒトロクマルマルを超えていた
急がなければ、また夜が来る
そうなれば大本営の隠し玉たる一航戦であれ手も足もでなくなってしまう
動けるメンツも少ないという状況で大きく時間を割くこともできはしない
軽々に動くことができん以上、事を平時以上に深く受け止め、そして考慮して動かねばならん
ここで疑問に上がるのは、なぜ第四艦隊は撤退の命を受け入れなかったのか
敵による通信の妨害か?
いやさ、私たちに聞こえて第四の奴らに聞こえない道理はない
ならば孤島のあたりまで通信が届かなかったか?
普段から我々が行き来する海域である以上その線もない
ともなれば考えられる理由は一つ
撤退をするにできない状況であった、という事だ
無論、どのような理由があって動けなかったかはわからん
敵に囲まれていたか、はたまた轟沈してしまったか
どちらにせよ、つい先ほどまで戦闘を行っていた海域だけに、まだ深海棲艦もうじゃうじゃいる
この救出作戦もまた、血を流さずに終えることはできない状況だったわけだ
航空戦力は後数時間で使い物にならなくなる、主力艦隊は大半が疲労困憊
ならば第四艦隊を捨てるか…?
ふふっ、あの時の私の考え方はいつも以上に尖っていた
これ以上は誰一人捨てることなく最後まで戦い抜いてやる
そう自分に言い聞かせ奮い立たせたものさ
だから私は提督にこう進言した
『この武蔵が出る』とな
まあ、艦隊の連中には大顰蹙を買ったがそれ以外に方法もなかったからな
第一艦隊は私を旗艦に大井、北上の雷巡を二人に敵機の撃破
夕張は高速修復剤で艤装を遣り繰りし、対空を押し付ける形となった
同様に島風に対空射撃を頼みはしたが、奴はいざというときの強行では要となってもらう存在であり、あくまで対空補助だ
第二艦隊には赤城、加賀、瑞鳳と熊野だ
だが、こいつらの任は攻撃ではなく、あくまでも『偵察』
熊野は瑞雲を使い孤島周辺の状況を隈なく散策させ、瑞鳳の艦載機は瑞雲に付かず離れず、いざというときには盾になってもらうことが最大の仕事だった
赤城、加賀には艦載機を駆使して敵機の注目を引いてもらう陽動を指示
護衛艦には陽炎型の雪風と時津風を随伴させた
陽炎型の面々の中では、掴みどころこそ無いがその優秀さは折り紙付きの二人
第二艦隊は、僅かしか時間がない事も考慮し、有事の際には即時撤退だ
後はこの私自身をどうにかするだけだ
大破した偽装も高速修復剤と資材さえあれば事足りる
その前日にあった空襲の際に鋼材だけはさほどの損失もなく、潤沢に余っている状態だったからな
体に関しては…、幸いなことに体の傷は裂傷や火傷、打撲がほとんどだった
私からすればこの四肢と眼と心臓が動きさえすれば、後はどうでもいいというものでな
傷口は焼酎をぶっかけて瞬間接着剤で癒着し、ラップフィルムと包帯で塞いだ
見てくれは悪いが、血を失わないだけマシというものだな
可能な限りの食材を腹に詰め込んで可能な限り力を蓄えて、準備は完了した
その時、すでに時計の針はヒトロクサンマルを指していた
ずれ込んだ救出作戦はヒトロクヨンゴーに時間を変更
徐々に陽の赤みが増す中、それぞれが偽装の最終チェックし最終の準備を終えた
一時的に落ち着きを取り戻した鎮守府は、誰かの呼吸音以外は一切の無音だった…
皆、傾いた日に照らされながら眼を赤々とさせていたのは今でも覚えている
睨み付けた海が、ただひたすらに憎たらしかった
『時間だ、貴艦らのを無事帰投を祈る』
帽子を深々と被り、口を一文字にしたこの男は力強く敬礼をした
飄々と気の抜けた風貌ばかりが『少年』が常であっただけに、少し面食らってしまったよ
礼を解いた後、帽子に隠れたその眼は私たち以上に憎しみが赤く映り込んでいたんだ
じぃっと海を睨み付けた後、修理中の工廠に入っていく姿を見届けて私たちはまた熱い海の上へと向かって進軍した
…さあ、一度波の上に立てば後は夜闇に覆われるか救出を完了させるまでは空を眺め続けなければならない
吹き抜ける熱い風に、ギラリギラリと押して返してを繰り返す波が、まるで深海から手繰り寄せるかのように映って怖気がしたものだ
距離が近づくにつれて大井と北上の表情が見る見る強張っていく
まるで獣染みた、獰猛な視線がその鋭さを…
いや、これはあの二人に言えたことではないか
少なくともその場に居る者の眼は、少女の様に光満ちたものではなく、ただただ野獣のように脂ぎった鈍い光を灯していたように思う
私もそうだ
知らず知らずに奥歯を強く噛み締め油に淀んだ海を睨み付けていたさ
命を奪った深海棲艦を、肉体を飲み乾したこの海を
気付けば戦友の仇が、その憎たらしさがボロボロの体を突き動かしていることに気付いた
あの時は抑えようのないもどかしさと殺意が、私の眼から滲み出ていた…
ただ怒りにまかせ無我夢中に進軍し、孤島まで2キロの位置までたどり着いた
第二艦隊とはここで別れ、私たち5人はさらに奥へと進軍していく
熊野と瑞鳳の艦載機は発艦後、空高くまで舞い上がり、早々と雲間に姿を隠した
我々の上空でけたたましく唸りながら翔けていくのは一抗戦の艦攻だ
任せろとばかりに水面ギリギリまで急降下すると、その機体から魚雷が放たれる
弧を描きながら二手に分かれると、その先で轟音をまき散らしながら水柱が反り立った
その飛沫と共に、黒い砲塔がこちらを覗き込んでいる
巨大な砲弾が私たちを掠めながら着水し、第二回戦は幕を開けた
――――――――――――
派手に飛沫を上げる海面を滑走しながら私たちはひたすらに動き続けた
特定の陣形を取らず、ただ回避することだけに専念していた
無論、回避した先の敵艦を無理やり正面突破する際にはぶちかますが、それ以外は極力攻撃の攻撃は避けた
こちらも中々疲弊して居る状態だけに砲撃が安定しないというのが一つだ
また、敵艦体をなるべく消費させることも念頭にはおいてある
いくら敵艦隊が大連合艦隊であれどその資材にはこちら同様に限りがあるだろうよ
ならばこちらが突かれたように、こちらもその弱点を突く以外に手はない
できるだけこの場で敵を惹きつけ、熊野の探索に割ける時間を捻出しなければならない
陽はすでに白から橙に移り始め、鮮やかな海の青は赤み掛かった波へと変えていった
むせ返る様な熱い風は硝煙と油の匂いをたらふくに帯びている
動けば動くほど体が軋み、削られていくかのような錯覚を感じたさ
動機は徐々には早まり、潮風に当てられた喉の痛みが鋭さだけを増していく
傾いた陽を睨み、蠢く敵艦を睨み、そしてまた陽を睨む
私たちの内では焦燥感だけが秒毎に大きく大きく膨れ上がっていった
まだか、まだなのか
早くしろ、早くしてくれ
腹の中の不快の虫が騒ぎだして止まなくなったころ、ようやく待ちわびた連絡が入った
『熊野艦載機ヨリ入電 孤島ニ人影ヲ発見 繰リ返ス、孤島ニ人影ヲ発見』
ギラリと、その場の誰もが目の色を変えた
第四艦隊に生存者がいる
私たちの助けを待っている
そう思うだけで心に、目頭に熱が込み上げてきたのが分かった
次いで鎮守府からも入電があった
これもまた、我々が心より待ち望んでいたものだった
『援軍、川内型軽巡洋艦隊到着ヲ確認 増援到着マデ現状ヲ維持セヨ』
今までの息苦しさが嘘のように吹き飛んでいった
北上、大井の放つ魚雷が水柱を上げると同時に、私の砲塔も敵空母の核を撃ち抜いていた
こちらの反撃により重く、多くの砲弾を打ち付ける海面を島風が掻い潜り一隻落とし、また一隻落とし
夕張の偽装から放たれる対空射撃に、煙を上げながら空を覆う戦闘機が撃ち落されていく
避けては撃ち、撃っては駆け抜ける
砲撃の轟音と咆哮が紅い夕日を際立たせていった
だが、いくらこちらが打ち込もうと敵の数は大して減りはしない
うようよと、水中から新たな黒い影が押し寄せてくる
潰しても落としても沈めても、まるで埒が明きやしない
いくら攻勢に移行しても数の不利まではやはり埋めることはできなかった
またも敵重巡が水中から顔を覗かせ、その身を盾に私たちの前に立ちふさがった
空を唸る轟音が水面に急降下しながら、その爆雷が爆ぜる
上がる水柱と、その死角から絶え間ない砲弾が襲い掛かる
爆雷に、文字通り足を掬われた夕張の偽装に砲弾が直撃するのが見えた
慌てて偽装を取り外す夕張を、逃さないとばかりに次の空爆機が襲い掛かる
撃ち落そうと方向転換する島風だったが、砲弾は風に煽られて逸れてゆく
空爆機から放たれた爆雷を、その軌道から目が離せなかった
撃たなければ、だがしかし間に合わない
頭が冴えているのにまるで体が動かない
その瞬間だけ隔絶されたように、まるで何もかもが止まって見えた
ゆるりゆるりと夕張を目掛けていく爆雷を、私も夕張も呆然と眺めるしかなかった
間近で聞こえる爆音とその振動でようやく私はこの世界に引きずり戻された
夕張の命を刈り取ろうとしたその爆雷は、空中で鮮やかに爆散していたのさ
呆気にとられた我々を尻目に後方から待ち望んだ救援が訪れていた
強襲担当のあきつ丸が川内型3姉妹と訓練兵の陽炎、不知火を引き連れてきたんだ
『待たせました、ここからは私たちにお任せを』
そう川内が残すと、姉妹達と共に次々と敵機を撃ち抜いていく
折角のこの好機、逃すわけにはいかない
艤装が使い物にならなくなった夕張には撤退を指示し、私たちは島を目指して猛進した
振りかかる火の粉は川内姉妹たちの強烈な砲撃が払いのけていく
陽炎と不知火は武器を付けておらず、それぞれドラム缶を3つずつ持ってきていた
眼に恐怖を浮かべながら『これを使うように指示された』と、それだけだ
そのドラム缶にどのような意味があるのか、思案する時間は私たちにはなかった
川内達が足止めをしているうちに、戦域を強行突破し、孤島に揚陸してようやくこのドラム缶の使いどころを理解した
島の海岸を少し内側に入ったところに、人影があったんだよ
やっとの思いで見つけることのできた第四艦隊は全員が全員、瀕死の重傷でその場を動けずにいた
生々しい銃痕と、そこから流れる血が地面を赤く染めていたんだよ…
意識も息もおぼつかない状況だ
本来であれば無理に動かせば傷に触る…
だが、もうすでに薄暗い陽の元だ
尚且つ敵に囲まれたこの孤島でいつまでも引き止まっている余裕はない
陽炎たちが持ってきたドラム缶に、資材でなく第四艦隊のメンバーを一人ずつ入れて改めて来た道を振り返る
未だ近いようで遠い位置から聞こえていた川内達姉妹の砲撃音が、察したかのようにピタリとやんだ
ついぞ海上は闇に飲み込まれ、その一切が見えなくなってしまったんだ
聞こえるのは眼前からの波の音と、真後ろからの気を揺らぐ風の音だけだった
目の前の海からは多数の気配を感じるだけに、暗闇の中を突き進むのは厳しい状況
もう無理ができる余力はない
ここまでか…
そういった考えが心をよぎった瞬間、島の反対側で急遽明かりが灯された
あの姉妹の内の誰か一人が照明弾を打ち上げたのだろう
目の前の海を埋め尽くしていた気配は、その方向を変えて徐々に私たちから遠ざかっていく
音と気配のなくなった暗闇を目の前に、進むか否かを考えていた時
『待たせました、行きましょう 夜戦は残念ですが、こちらが先ですから』
そう言いながら、暗闇の中から滲み出るように川内がその顔を覗かせた
慎重に、僅かな波音にまみれて、ようやく私たちは任務を終えて帰投することを許されたのさ
…だが、帰投して負傷者を確認したところ生存は4人だった
暁と子日はその戦いを境に二度と目を開けることがなかったんだ……
――――――――――――
武蔵「詳しい死因を探ることはできなかったが、どちらも失血死あるいは窒息死であるという事には変わりはなかったろうな…」
提督「…子日ちゃんは左胸に受けた砲弾を、暁ちゃんは背面に多数の銃弾を受けていました」
早霜「私や清霜とも大差ない年齢だったでしょうに…」
清霜「……ッ」ギュッ
武蔵「暗がりに確認こそ出来なかったが、子日は胸を深く抉られ胸骨が肺に深く突き刺さっていたんだ」
提督「さぞ苦しかったでしょうに…」
武蔵「…脅すつもりはないが、仮に今この場は戦場だ 一度敵と相まみえればそういう結末も十二分にありえるというわけさ」
那智「たとえ慢心せずとも、不意の犠牲ばかりは抑えることが出来ない」
武蔵「…わずかとはいえあの惨状の一端を知る清霜よ この場にいる者として、貴様はそのことはよくわかっているよな?」
清霜「早霜姉さま…」フルフル
早霜「大丈夫よ、清霜… 大丈夫…」キュッ
武蔵「早霜よ、甘やかすんじゃない 私たちがいるのはそういう所なんだ」
那智「武蔵殿…」
武蔵「煩わしくとも私は言うぞ」グッ…!!
武蔵「ここは戦場だ 命がいつでも浮き沈みする魔境だ…!!」ブハァ
清霜「清霜は…、清霜は……」グスッ
武蔵「思い出せ、あの戦いの結末を見送った一人だろう?」
提督「武蔵さん、言いすぎだよ」
武蔵「…言い過ぎは重々承知している だが、こやつにも理解してもらう必要はあるぞ」
清霜「武蔵さん……」ビクビク
武蔵「…悪かった だからそんな悲しい目をするな…」ハァ
早霜「けど、いずれはそういう運命を辿るという可能性をも覚悟しなければなりませんね…」
那智「覚悟するのは勝手だが、早霜よ 決してお前はそうはなるんじゃないぞ」
早霜「ええ、わかっています…」
提督「命を失ったところで、残されるのは多くの悲しみと恨みとだけですからね…」
武蔵「戦闘中ともなれば、その死にいつまでも足を引きずられるわけにもいかないからな」
那智「悔やむ気持ちはあったが…、二人の亡骸は翌朝に簡易な別れを告げた後にパラオ式の葬儀を経て海へと返した」
早霜「パラオ式…ですか…?」
武蔵「大本営はこの葬儀を禁じてはいるが、だが私たちには私たちなりのやり方があると言うことだな」
早霜「確か…、海へ還った艦娘は深海にその魂を召し上げられてしまうという?」
武蔵「そういう『通説』があるだけで、私達はそんなことは気にしやしなかったんだよ」
那智「例え彼女らの御霊が海へ呑まれようともだ、そうすることでまた『出会える』かもしれないのなら私たちは歓迎する所存だったというだ」
武蔵「死を以て彼女らの魂が癒されないなら、またその魂をこちら側で受け止めてやればいい と、そういった考えというわけさ」カッカッカ
提督「今度また会えたなら、お帰りと言ってあげるためにも、ね…」
清霜「…でも、残された第四艦隊の人たちはそれでよかったのかな?」
那智「…よかった、といえばウソになるかもしれないけどな」
武蔵「だが、清霜よ 私たちは海から呼ばれた人であって人ならざる存在だ」
清霜「海から呼ばれた…?」
武蔵「そうさ 私たちに刻まれたこの記憶がそうだと言っている」
那智「あくまで『船』として生まれた私たち共通の願いは『帰るならあの大海原に』だ」
武蔵「それとも清霜よ、お前は陸の上でその生涯を終えたいか…?」
清霜「…清霜も、帰るなら姉さまたちと同じ所へ還りたい…、です…」
武蔵「…すまないな、清霜 年端もいかぬ子供にこんな事を言わせてしまい…」ナデ
清霜「ううん、武蔵さん 私も艦娘だから…、みんなと一緒に…」ギュッ
武蔵「何の因果か人の身としてこうして再び生を受けたんだ だからこそ、私はもう一度この海を愛そうと思うのさ」
那智「そうですね… だからこそ、この穏やかな海色を汚す深海棲艦達の目を覚ましてやらなければならない」
武蔵「そうもうまくいけばいいんだがなぁ…」
早霜「…ところで、その後第四艦隊の…、御姉妹の方々はその後どのように?」
提督「残る4人もまたそれぞれ重傷で、今現在戦線に復帰できているのは初春さんと響ちゃんだけなんです」
武蔵「…そうか、あの二人は今もまだ軍属なのか」
那智「ええ、初春はその後リンガ部隊へ編入、響は改二計画の際に名を改めて北方へ出向きました」
提督「…二人とも、ここにいたら辛いことを思い出すからね 仕方のないことだったんですよ…」グッ
那智「電と雷はその戦いの傷が思ったより響いてな、今でこそ不自由なく回復したが戦線の復帰は難しいとされたんだ」
提督「彼女らは今、大本営直属の病棟で看護士として勤めています」
那智「もう、長く彼女らの顔は見ていないな…」グイッ
提督「違いますよ、那智姉さん 僕たちが彼女達に、合わせる顔がないんですよ…」カチッカチッ…
スー… フー…
提督「会えば辛い思い出しかない… 再び巡り合った姉妹をまたも離れ離れにしてしまったのは他でもない僕たち軍なのですから」
武蔵「だが私たちは後悔もしていないぞ」キリッ
提督「……え?」キョトン
武蔵「この武蔵、日ノ本を護るために産まれ、日ノ本を護って沈んだ」
那智「…例え離れ離れになったとはいえ、それでも一度は呼び戻された魂だ」
早霜「…そうね、そのことに対しては感謝の気持ちの方が大きいです」
那智「だが、例えどんな状況であろうと別れはつらいものだからな」
武蔵「だからこそ、貴様もまた賛同してくれたのだろ?」
提督「…それは何に対しての事ですか?」
武蔵「パラオ式の葬儀さ」グイッ
武蔵「またいつか会えるように、私たちが申し出たそのタブーを貴様は『その奇跡と航跡を信じて』と、海へ同胞を返してくれた」
那智「悔やむ気持ちもわかるが、それ以上に私たちの感謝を感じてくれないといささか困るな」クスッ
提督「武蔵さん、那智姉さん…」
武蔵「さあ、提督よ まだまだ話すべき事柄は残っているだろうに」
那智「歴史を伝えるのも貴様の仕事の一つだという事を忘れるんじゃないぞ」ニカッ
提督「…ええ、そうですね」グイッ
武蔵「だが、もしも辛いと思うならこれ以上話す必要はない」
那智「無理強いしてまで伝えるべき事柄でもないからな 判断は任せる」スパー
提督「……辛くて話すべきか迷うけど、それでも今言わなければタイミングを逃しちゃいそうですからね」
武蔵「貴様の事だ、どうせ誰にもあの事を話さず今日まで来たんだろう?」
提督「まったく…、武蔵さんは相も変わらず鋭いね」
武蔵「貴様の悪い癖だからな 吐き出せるときに吐き出さなければ死んでも死に切れないだろう?」
提督「ああ、まったくもってその通りですよ…」
早霜「少しでも提督の心の曇りが晴れるのなら、私は最後までうかがいますよ」フフ
提督「ありがとう、早霜さん」
清霜「うぅ……」ウルウル
提督「清霜ちゃんは、大丈夫…じゃないかな?」
清霜「早霜姉さまが居るから大丈夫ぅ~…」ギューッ
早霜「大丈夫です どうぞ、続けてください」
トクットクッ
提督「すまないね」
提督「では続けさせてもらいますね」
――――――――――――
正直な話、あの夜もまた中々に厳しい状況でした
先ず第一に、こちら側の主兵力がほとんど機能できなくなったという事が一番の問題でした
武蔵さんは疲労困憊、動けはするが傷もひどい状況
那智姉さんも左手をほとんど使うことができず、たとえ戦場にでも決定的な火力にはなりえない
熊野さん、鈴谷さんはすぐに動けるものの、木曽さんや多摩さんなどの手練れも抜けてしまった
先程お話したように、それまで主力を張っていた摩耶さんの死亡に天龍・龍田姉妹はまだ戦線復帰できない状況です
それ以上に深刻なのは、資材の消費が思いの外凄まじいといったことですね
艤装の修理や補給に必要な資材を使いすぎてしまったのはやはり痛手でした
無論、他鎮守府からの援軍がある程度の資材を持ってきてくれたとはいえ、それだけではさすがに回らないというのが実際のところでした
如何に資材を食わず、如何に終わりの見えない戦いを続けるか
不安と悲しみと、憤りと眠気と
様々なを想いを抱えながら一人司令室で頭を捻りました
夜も更けって、今くらいの時間ですかね
消灯時間もすでに回ってるにもかかわらず、僕の部屋を訪ねてきた人が居たんです
その人っていうのが、横須賀の川内型姉妹なんですよ
あまりの忙しさでまともな挨拶すらできなかった事を詫びて、遠路はるばるの援軍に感謝の言葉を述べ、その上で要件を伺ったわけです
姉妹を代表して川内さんはこう言いました
『夜戦を仕掛けましょう』ってね
助けてもらってこういうのもおかしな話ですけど、笑っちゃいましたね
一体どこをどう捻ったらそんな考えが出てくるのか
こんな危険な夜闇の中、自ら進んで敵に仕掛けていく?
そんなバカな話があるものか
ふざけるのも大概にしろ
って、気付けば自制もせずただ頭ごなしに怒鳴っていたのは覚えています
言い訳にもなりはしませんが、そうとう来てましたからね
感情に任せっぱなしの、思考のかけらもない発言でした
口汚く言葉を荒げる僕の言葉をひとしきり聞いた後で、それでも川内さんは『夜戦を仕掛ける以外ない』
そう仰ったんですよ
ただじっとこちらの目を見つめて、それ以上の言葉を川内さんは言いませんでした
隣に座っていた妹の神通さんが『言葉が足らず申し訳ありません』と、頭を下げながらその言葉の意味を教えてくれました
まず、指摘されたのは今回の件での不利が何かという点です
こちらが予想以上に甚大な被害を受けたことによって今後常に守勢に回らざるを得なくなったという事
そしてその守勢を保つための戦力が大きく削られてしまったことが大きな痛手だという事ですね
ウチの艦隊は火力によるゴリ押しこそ強いものの、それを耐えられてしまった後の持久戦が著しく弱いんですよ
更には対航空戦力に対して非常に脆く、いざ制空権を握られてしまったら余計に対処が難しくなってしまう
何よりも資材が乏しい現段階で、これ以上の被害は可能な限りは避けなければならないといった点を指摘されました
返す言葉が見つかりませんでしたよ
でも、だって
そうやって屁理屈をこねたところで現状は何も好転しない
あとはなすがままに押されるだけな状況を考えたら、ぐうの音も出せませんでした
でも、だからと言ってなぜ夜襲をこちらから仕掛けるのか?
僕にはそれが疑問で仕方ありませんでした
その行動の意味とは?
その問いには那珂さんが答えました
現段階において、敵戦力は一体どれほどのものなのか
それは現段階の情報のみではわからないけれども、いくら敵とはいえ連合艦隊を動かすにはそれなりの『補給経路』が必要になる
特に戦艦級や空母級を多数運用するうえでは相当数の資材を要求するはず
ならばその『補給経路』を破壊することができるのならば…?
更には、敵艦隊の補給に必要な資材をこちら側が奪取することに成功するならば?
と、言うのが彼女らの言い分でした
要するところ、敵補給艦を夜襲において叩き敵軍の補給を滞らせてしまう
ついでにその資材をこちらが頂戴してしまう、ということです
彼女らの言い分は尤もではあるのですが、やはり懸念すべきはその戦力をどうするかです
付け加えて彼女らの要求はこうです
『負傷が無く、且つ練度の高い駆逐艦訓令兵を3名 できれば同型艦で足腰の強い艦娘をお願いします』
よりにもよって、彼女らの要求は訓練兵を出せとの事でした
いくら彼女らが夜戦を得意とするとはいえ、そのリスクを考えると鎮守府を総括する者として首を縦には振れません
『考えている時間なんてあるんですか?』
神通さんの…
いえ、川内型三姉妹の鋭い目線が心臓に突き刺さるようでしたね
部屋の中で鳴る柱時計の振子の音ですら僕を責めたてているような錯覚すら覚えましたね、あの時は
10分ほどですかね
考えをまとめて、僕は渋々ながら首を縦に振りました
悩んだ末に選んだ駆逐艦三名を急遽呼び出しましたが、やはり不安は隠せませんでした
『必ずや、この劣勢を覆して見せます ご安心を』
そう落ち着いた口調で、表情で言っていましたが、僕はただただ情けなく『頼みます』としか言えませんでした
しばらくして小さな2回のノックの後、司令室の戸が開き
『陽炎型一から三番艦到着いたしました 諸先輩方、ご指導ご鞭撻よろしくです』
小刻みに肩を震わせながら陽炎型の三名が入室しに対し、一礼で返す川内さんはその作戦任務を淡々と伝え、最後に
『私たちが付いていれば問題ないよ 一緒に綺麗な朝焼けを見よう』
そう声をかけニヤリと不敵に笑う川内さん
すぐに出るのかと思いきや、彼女らは工廠への入室へ入室を希望しました
何をするつもりかという問いには
『横須賀流夜戦をご覧に入れましょう』
そう神通さんがほほえみ、暗い廊下の中に姿を消していきました
――――――――――――
…こんなに月の歪な夜は、否が応でもあの日のことを思い出してしまいます
今思ってみれば、なぜあの頃はあんなにも臆病だったのか
そのせい姉妹には随分と迷惑をかけてしまった
今ならうまく対処できるのに、なんであの頃は
所詮はただの一訓練生だったし、今とは積み上げた練度も何倍も違う
そう思えばこそ、不知火は昔の不知火が嫌いで嫌いで、時折心が異常に苦しくなるのです
ただ、そうは言っても今の不知火がこうしてみなを率いることのできる存在になったのは、間違いなくあの頃の経験があってこそ…
あまり自分のことを悔やんでいても川内さんたちや陽炎、黒潮に笑われてしまうというものです
「少しは…、少しは自分に自信というものを持てるようになってもいいとは思うのですが…」
そう言い聞かせるように自分に呟いたところで、窓から照らす欠けた月が嘲笑っているように見えてくるだけですね…
――――あの鮮烈な夜のことは一生忘れられないでしょうね
あの夜、川内さんたちに呼び出されたあの夜
私はとうとう自分が死ぬ時が来たと悟りとても気が気じゃなかったのを覚えていました
陽炎のように血気盛んでもなければ黒潮のように器用でもなかった、ただ姉たちの後ろをついてまわるしか能のない自分がよりにもよって夜戦に借り出されるなんて思ってもいませんでした
先導してくれるのがあの先代さんたちであったとしても、です
自分に自身を持てない不知火は、所詮ただのお飾り
あるいはデコイとして切り捨てられるだけだろう、なんて馬鹿なことを考えたものです
顔を合わせたあと神通さんに呼ばれて工廠へと向かいました
そこでの神通さんの第一声は「脚部の艤装を外してください」だったんです
彼女は艤装を手に取ると縦に横ににくるくると回しながら隅々まで艤装をチェックしていました
一通り見て終わったら今度はレンチでスクリューの付け根や先端部分、底の方までカンカンと叩いて回っていたんです
その後彼女らは妖精さんたちと話し合い始めました
設計図を広げながら聞こえてくる「ここを削って」とか「ここは重量をまして」とかところどころ不穏な言葉も聞こえてきました
10分ほどの話し合いを終えた妖精さんたちは私達の脚部艤装に鋼材を貼り付け始めました
妖精さんたちは今までにない改造に興味を惹かれたらしく、ものの15分ほどで艤装の改修は終わりました
駆逐艦では例のない装備、バルジを取り付けたように、不知火達の艤装は重みと厚みがましていました
一体これで何をするつもりなのか、という陽炎の問いに那珂さんはニヤニヤしながら「これが横須賀流夜戦術の基本なんだよ~」と答えてくれました
横須賀における川内型三姉妹、その夜戦における屈強さはどの鎮守府を相手取っても負けはないと豪語される人たち
そんな無敵の夜戦艦隊がなぜひよっこの不知火たちに、まるでこんな足かせのような艤装を装着させるのかはただただ疑問でした
「うちら、こんなんで帰ってこれるんかな…」そう隣で呟く黒潮の疑問は、不知火の胸中にもあるものでした
陽炎は多少不安そうな顔をしながらも、あこがれていた川内さんたち三姉妹の指導にあやかることができると、どこか嬉しそうにもしていました
不知火たちがつけた艤装は、駆逐艦の命を奪うと言っても過言ではない、それはそれは素晴らしい出来のものでした
前のものよりも重みが増した艤装は一歩進むだけでも足に負荷のかかるものでした
聞けば川内型の彼女たちも同様に重みの増した艤装をつけているとか
「ヒット&アウェイという戦闘は夜戦には必要ないから大丈夫」
そう笑顔で話す川内さんの顔はまるで迷いが感じられませんでした
「今回に至っては主たる目的は戦闘そのものよりかは偵察が基本になる ついでに補給艦にちょーっといたずらして完了なの そもそも夜戦ていうのは・・・」
そこから始まった夜戦とは何かという川内さん独自の視点からなる論文は、気づけば10分以上も続いていました
要約すると彼女の経験則からすれば今回の夜戦はひたすら裏方仕事の一環としての戦闘であり、いざというときは逃げの一手以外に考えていない
こちらの足を遅くするのは、波を切る音を極力減らすためであり、いざというときは増設装甲を取り外すこともできるように仕組んである
加えて言えば不知火たちの仕事は可能であればその補給線を拿捕することであるということでした
「ところで、私達の装備はどうすればよいのでしょうか?」
川内さんの話に痺れを切らした陽炎がそう尋ねました
「あなた達には私達の補助をしてもらいます 私たちは海上での目とや耳となりますので、あなた達は水中に気を配ってもらいつつ援護してもらいます」
そう言った神通さんは不知火たちの前には12.7センチ後期型砲、三式ソナー、そしてどういうわけかドラム缶を用意しました
「つまるところこのドラム缶って…」
頬を引きつらせながら尋ねた黒潮、つい数時間前の救出作戦でも同様に担いだ覚えのある円筒に不知火たちは不意を食らいました
「もし鹵獲できたらぁ、それに入れちゃおうねっ」
まるでちょっと果物でも収穫してこようと言わん程度の明るいノリの那珂さんに、不知火たちは驚きを隠せませんでした
不知火たちだって仮にも駆逐艦隊の一員であって、夜戦の危険性は重々に理解しているつもりでした
下手を打てば命なんていくつあってもたりはしないというにも関わらず、この抜け対応は一体何だと、疑問と同時に怒りも湧いてきました
苦い顔をしている不知火たちの気持ちを知ってか知らずか、神通さんは優しげに微笑んでいたました
「大丈夫です たとえ何があろうとも、貴女達だけは絶対に生かして返します」
「そうだよ 夜戦は確かに危険だけど、リラックス出来ずに体が強張ったままな方が死傷率は上がるのよ」
川内さんの一言に頷きながら、那珂さんはやはり微笑んでいました
「気負ってばかりで失敗されたほうが迷惑だし、いっそのことお散歩てどの気持ちでついてきてくれたほうがいいかもね~」
高みに登り詰めた人というのはこんなにも心に余裕を持てるものか、と不知火たちはその経験の差に驚きを隠せませんでした
「さあて、準備も整ったことだし、そろそろ行きましょうか」
ニカっと太陽のように笑う川内さんは私達に手を差し出しました
――――――――――――
仕事の繁忙期が終わるも、艦これが日常の一部となってしまったおかげでSSのことを見てみぬフリしていました
申し訳ないです
早霜は初めてのケッコンカッコカリ艦です
は、はやく風雲を手に入れなければ
秋イベこそは頑張るぞ!
おもしろよがんばって
目頭が熱くなりました、続き頑張ってください。
頑張ってください
某所でURLを貼ってとせがんだモノです。面白いです!続き頑張って下さいね