2019-01-27 19:20:27 更新

概要

量産型提督【改善】の続きです。

・・・試作機・失敗作・量産機・プロトタイプ・捨て艦、それらを「無謀」という名の風呂敷で包み込み死地へと運ぶ。
この大海原では「何故に」と問えば、「何故に」と返る。
病んだ魂は安息を求め、あの日に傷付き、死んだ過去を追い敵を求めて暗闇を彷徨う。
だが「故に」と問えど、返る声は何も無い。


前書き

【「ナ号-19-5-044再型」取扱説明書】

 本日は我が研究所の先行試作型量産機をご注文いただきありがとうございます。
 事前にご理解いただいておりますが、本機は初期型であるためいくつかの不具合にはお目溢しをお願いいたします。
 つきましては、本量産機の取り扱いについて説明させていただきます。

 一、本量産機は第五世代の『名取』の復刻モデルです。実際に第五世代のパーツをとある経路より入手して各部位へと特別に組み込んでおります。

 二、例により初期型の試作機であるため全てのプログラムにプロテクトを施していません。端子に接続した機器が強制的に『管理者モード』に移行してしまいますが、これは互いのメンテナンスを容易にするためのものでありバグではございません。仕様です。

 三、19シリーズより旗艦がアクシデントを起こしても緊急で指揮が執れるよう、高級な特注品であった提督の代理を務められる『提督回路』を、安価に扱いやすく改善した『エリート回路』を標準搭載しております。また、通常量産機に搭載される戦闘回路を『長良型「改」』にし、1枚のところを3枚に特別に変更。さらにこれら3枚を直列に接続をしているため、戦闘で得る経験量が実質3倍になるので戦力として後れを取ることはありません。
 他に26mmハードセラミック装甲を持ち、14cm単装砲を計5基、61cm四連装(酸素)魚雷2基、21号対空電探1基を初期標準兵装としています。

 以上をもちまして説明を終わります。
 重々ご承知かと存じ上げますが本機は使い捨てを目的としたものではございません。試作品ではありますが、その性能はこれまでの技術の積み重ねにより〈オリジナル〉と遜色の無い物となっております。
どうぞ我が子の様に愛し、仲間と共に戦場を潜り抜け、共に長く歩まれていかれることを研究者一同心より願っております。

 私事ですが、この機体を特別に製造したのはこれまでの身勝手な私情による償い行為でもあるからです。

 南原産業総合研究所総本部 所長 南原 一鉄より


【アッセンブル・ザ・ルーザーズ】



――――――――――

『無名鎮守府〈量産型〉型録 その1』


・ナ号10-1型〈古鷹(ver,0.01)〉【本名:消失】


 タラワ鎮守府の現場の声に応え急遽再設計され0型の1ヶ月後に製造された後続機。南原研による事実上、「量産型」の定義に沿った最初の第零世代の量産型艦娘である。

 0型により露呈した『ボディの脆さ』という最大の短所を克服すべく身体の各所を大幅に改善が施されたが、その分身体だけでコストが3.8倍となってしまっている。それ故、艤装の大部分までには改善の手が行き届いておらず、装甲板の厚さが倍になった以外には0型の艤装がそのまま流用され、主砲と魚雷の配置および塗装の変更のみに終わる。

 本機は激戦下にあるタラワ鎮守府への支援及び試験機として送ることを念頭に置いたものであり、中距離、短距離、果ては格闘戦などあらゆる天候と場所、状況に対応するための要素が最初から組まれている。ただ、急造品の為0型のような事細かな各機のカスタマイズは施されず、デフォルトのまま3機製造された。


 古鷹型戦闘回路を1枚搭載。25mm粗製スチール装甲を持ち、20cm単装砲3基と80mm十四年式拳銃1丁、61cm三連装魚雷2基を初期標準兵装とする。


 ※当鎮守府では度重なる艤装改修などを行っている為、性能はこの限りではない。


 ・追記・・・本機は現第八世代においても改全機〈ver,8.09〉が量産され続けており今でも南原研の誇る名機である。



・海号15-042L型〈長良(廉価版型)〉【本名:長良 亜理紗】


 高山型よりライセンス契約をを取り付け、海軍によって量産された第五世代の安価な量産型艦娘。

 〈オリジナル〉の性能からか、コストを前世代の半分以下に削ってもなお下の上クラスの性能を持つ。第五世代には前期型と改善された後期型が存在するが本機は前者。

 本機の役目は『作業用の安価な重機』および『集中運用による安価な敵艦隊の制圧用』が目的とされ、数を用意しての作戦行動が主とされていた。

 従来型との差異は徹底的なコスト削減のため一律に安価なグレードの低いパーツが積極的に採用されており、特に装甲は地球環境に優しい再生プラスチック製が採用されている事である。他に魚雷管と両側面の主砲の切除や出力と効率の極端なまでのカットなど、この事からも本機における当時の扱いがどれほどのものであったのか想像に難くない。

 その素直な機動性と堅牢な信頼の高い性能により生まれたある意味「量産型」の名に相応しいとも言える機体である。本機はそれに加え、艦隊の旗艦を務めていたのか安価な指揮官用回路の搭載が確認されている。


 また、なぜか長良型シリーズ「長良」「名取」の2機の新造された姿は、第六世代以降確認されていない。


 長良型戦闘回路(廉価版)、指揮官用回路(廉価版)を各1枚搭載。10mm積層式再生プラスチック装甲を持ち、14cm単装砲ライフル1基(簡易量産版)のみを初期標準兵装とする。


 ※当鎮守府では度重なる艤装改修(ry


 ・追記・・・◎月×▲日明朝、「名取」の姿が確認されたし。事の関係を製造元の南原研に確認を急ぐものとす。


――――――――――



~東京 青海 喫茶「大江戸女神」VIPルーム~


ハァーッ・・ハァーッ・・・スー、ハー・・・


眼を閉じず心の中で妄想のクスリを打ち、息を大きく吸い、そして吐き出す。真新しい畳のイグサの匂いが鼻腔を刺激し、一枚板のヒノキ机を挟み取引相手側の奥に立て掛けられた屏風の見事な虎と龍の威嚇し合う墨絵がこちらへと睨みを利かせる。金箔和紙の襖の反射光に一瞬目を細めながら、少女は石灰色のバックパックに手を入れ約束の物を掴み取る。


――夢か現か、こうして今も頭に霞が張りモヤ付き、クスリの幻覚の様に脆く実感が無い。あの日からそうだ、何もかもが信じられないまま、まるで口をぽかんと開けたまま銀幕のスクリーンが写す考えの追い付かないシーンをいくつも流し込まされた時の様。


――眠りに落ちるたび目に映るフラッシュバックに認め難い事実を見せられ続け、思わず口が動いた。10-0型は無敵だ。アタシとあの2人がいる限りデータもスコアも秀逸であった、信じていた、不採用になる筈など無い。だが何故あんなことに、こんなはずじゃない、あいつ等がアタシ達を嵌めたんだ、そうに違いない、と。・・・だが一度過ぎた事象に、もしもはあり得などはしない。ましてや、試験は既に終わらされた後であった。


やり場のない思いに恨み辛みを吐き喘いでは、一滴一滴胸の底へと感情が落ち、溜まり、静かに煮え濃縮されていく。そしてある日、それは溢れる。捌け口など簡単に見つかった。


稲城「どうぞ」


提督用制帽のつばをやや傾け薄青い眼光を効果的に見せる。机上に名刺サイズのメモリーカードを3つ差し出し、添加物ばかりのカレーチョコパフェを口に含んだ。


彼女の服装は白Yシャツと右胸に『熊野』と刺繍される小洒落たブラウンのセーターを羽織り、膝まである軽空母用の紺色の長袴スカート。いかにもチグハグで色調も地味な組み合わせであり、相手の変人を見るかのような痛々しい視線が胸に突き刺さる。だが、涼しい顔で受け流す。古鷹が数少ない前任の〈オリジナル〉の予備の服達の中から選んでくれたのだ。それに、この時はさすがに擦り切れて継ぎ接ぎだらけの襤褸切れとなった試作セーラー服を着て行くわけにはいかなかった。


「どうも」


リーダーの少女が侮蔑混じりにこちらを一瞥。黒と薄青の眼光がかち合い数秒後、あらためる。


向かいの席に座るのは3人、稲城と異なり彼らの前には手が付かれていない純正コーヒーが1杯ずつ置かれているのみ。中央に黒い軍服を着たロングの黒髪のリーダーの女性。その顔は漆喰のように白く目つきは剃刀じみて鋭く油断ならない。その両脇を固めるのはどちらも国防色の軍服を着た落ち着きのない細身の青年と背が低い女性である。3人の服には共通して陸軍の所属を示すバッジが鈍く光っていた。


稲城「あー、中身は数年前に海軍限定で公開していた『南原ハイブリッド理論の論文』の全文に、ナ号-10-0型の・・・つまりアタシの『設計図』と『戦闘データ』だね。ま、3つ目はアタシの主観ってところかな、客観データのほとんどはアッチが持って行っちゃったから・・・」


親しげに笑みを浮かべる。当然相手の反応は無く、厳重にコピープロテクトされたメモリーカードを読み込み、どこか機械のように淡々と作業を進めていく。


「・・・・では」ボソッ

「やはり・・・」ボソボソ


カタカタと鳴るキーボード音と小声の密談が室内を満たす。稲城は頬杖を突きつつ人差し指でテーブルを叩き、あくび一つし、鋼鉄製アルコールボトルから特製のクスリ入りウイスキーを呷る。ボトルには南原を表す歯車の旭日の意匠。今朝、南原研より支給を受けたばかりの試供品。


・・・量産機として不完全な彼女は南原のクスリ無しでは生きていく事が出来ない。艤装を装着していなくても生命活動し続ける限り彼女は現在もこの行為を強いられることに変わりはないのだ。言い換えれば彼女は生きる限り南原研に束縛され続けられることでもあるのだが、稲城はそれを知った上でなお甘んじて受け入れていた。


なぜなら、彼女はもとより南原の技術屋で一生の忠誠を誓った身であった。そして頼るべき場所を・術を、他に何も知らなかったからだ。故にその苦行を易々と止め眠りにつく気などは当然無かった。だが、現在の彼女は以前と少々勝手が違っていた。それは彼女の心中が未だ燃える海原を彷徨い続けていたためである。溢れた思いは忠誠心すら容易く組み伏せてみせた。


「隊長、全て本物です」


青年がリーダーに報告する。


「了解」


稲城「じゃ、要求を呑んでくれるってことで良いかな?あきつ丸さん」


取引相手である陸軍、そして海軍の両方に所属する〈オリジナル〉の艦娘、あきつ丸はメモリーを机上に戻しコクリと頷く。


あきつ丸「無論、稲城大尉・・失礼、中佐殿の要求を受け付けましょう。まるゆ曹長、アレをもってきてほしいであります」


あきつ丸は『大尉』と語気を強める。アタシの生前の階級は大尉だ、そして『死後』大本営の手厚い待遇を受け二階級特進がなされていた。おそらく死人との取引等は前代未聞だろう。あちらもあまりいい心持ちで無いはずだ。アタシにとっても特進が『採用』や『生還』などでの特進であれば喜んだに違いない。けど、もうそんな物はどうでもよくなっていた。


まるゆ「はい、あきつ丸さん!」


まるゆと青年が席を立ち、襖が閉まる。〈オリジナル〉と〈量産機〉の2人が残り、プレッシャーと共に気まずい空気に変わる。アタシは滲む汗を歯車刺繍のハンカチで拭った。取引の緊張感によるものではない、身の危険を知らせる本能によるものであった。自分は今、どこにいるかを知っている。然りこの喫茶『大江戸女神』について。


ここは喫茶店の看板を掲げてはいるものの、その実、陸軍独自の専用会合所であり拠点でもあるのだ。コックやメイドはもちろん、くつろぐ客や清掃員ですら陸軍の者であった。入室するまでに見た光景を反芻する。空気がピリピリと張り詰め、誰もが巧妙に大口径拳銃を隠し電熱刀を帯びていた。いかな改造手術を受けた身であれ、撃たれれば死ぬし斬られても死ぬ。おまけにこちらは丸腰、何が起きてもおかしくない。一定間隔で聞こえる電子鹿威しの音だけが寄せては返す波のように張り裂けんばかりに強張った空気を打つ。ボトルを再度口へと傾けた。じんわりと身体にサイケな活力が満ち恐怖心が吹き飛ぶ。


あきつ丸「・・・ところで、なぜ海軍関係者がこのようなマネを?これをどうやって取得したので?」


不意に目の前の〈オリジナル〉が口を開く。至極当然の疑問。


――やはりきたか。


ここへ来る間に1人大発の上で何度も行ったブリーフィングを思い出しつつ、コン、と手にしたアルコールボトルを机に置く。


稲城「それはあきつ丸さんと同じさ」


まるで親しい仲の女友達とふざける様に振る舞い、余裕気に芝居がかって答えてみせる。古鷹の言う通りアタシはもう死に、「稲城香子」は「稲城香子」でなくなった。そして今、「加古」として生命活動してきたアタシは延命のために、軍籍簿からも消えた「稲城香子」という皮を被りかつての過去を演じつつ、同時に過去を売り物にした。


あきつ丸「ほう、同じとは」


あきつ丸が冷たい視線を向ける。ここだ、ここが正念場だ。目の前の〈オリジナル〉に向けて1つ1つ言葉を選びながら、しかし、決して表に出さぬよう顔色を窺う。何かあって目の前の〈オリジナル〉の機嫌を損ねれば自分はオシマイだ。何しろアタシは海軍の機密データ諸々を用いていてるため完全にブラックゾーン、対する陸軍は金や立場を与えるだけでありグレーゾーンである。まず何としても乗り切らねばならない。真意を悟られないように芝居を続ける。なるべく扶桑さんの様に冷静に、それでいて伊勢さんの様にマイペースに。


稲城「アタシも、あんたも、海軍にある種の恨みを抱いている、わかる?・・だからこその援助?って感じのものをね」


あきつ丸「・・・中佐殿の事情は一応聞いているであります」


稲城「そしてあきつ丸さんはジリ貧の陸軍とコンタクトが取れる数少ない〈オリジナル〉の御方だ」


稲城は陸軍の現在立たされている状況をちらつかせながら一気に畳み掛けた。交渉において自身の持ち札を浪費することは痛手。だが、相手がこちらに気を寄せたならば、感情に訴えかけるのは今しかない。


稲城「陸軍は今や解体寸前、いわば相撲取りが土俵の縄の上で踏ん張っているようなもの。だから起死回生を目論み艦娘の量産化に着手するけど失敗続き。そんな中、アタシ達は何とかして生き延びる術を欲していて、タラワ諸島奪還のための鎮守府設備投資の資金と艦隊を強化する地盤を欲している。つまり!この取引はアタシ達に生きる糧を与えるだけで艦娘量産化の基礎技術が簡単に手に入るまたとないチャンスってことさ!」


稲城は今の陸軍の内情を鑑みる。


量産化に手を付けてまだ1年も経っていないが実験回数などから見ると、かなり意欲的であった。だいうのに取引に出向いたのが高級将校ですらない〈オリジナル〉2人と技術者1人。「喫茶店」という敵陣の中とはいえ、いかに〈オリジナル〉が、量産型プロジェクトが、陸軍内においてもどれだけのポジションを占めているか。そしてその上での取引。容易に想像が出来た、是が非でも手に入れようとする筈。


稲城「取得方法については・・・まぁ、初期型で試作品の身体だと負担の激しいデメリットはあるけどいろいろなことが出来るのさ、例えば大本営や鎮守府のサーバーをのぞき込んでコピーしたり、盗聴したり・・とかがね」


あきつ丸「ほう・・便利な身体でありますな。よろしければ、ぜひ陸軍で量産させていただきたいであります」


あきつ丸が眼を笑わせずに微笑み、ぬるくなったコーヒーに手を付ける。


稲城「ハハッ、やめといた方がいい。こりゃ結構難儀な身体だよ?」


空虚で乾いた味のしない雑談を交え、数度鹿威しが鳴り、やがて2人が戻って来る。ドカドカと机上に膨れ上がった特大の麻袋がいくつも置かれた。中身は・・・大量の金塊と最高額の札束である。・・・要求した量よりはだいぶ少ない、だがまずはこれで十分だ。


あきつ丸「さて、金はこれだけあればよろしいでありますな・・・提督証と鎮守府登録証の用意については明日までに南原産業総合研究所へとお届けさせていただきます。それではこれで・・」


あきつ丸は麻袋の山をこちらへ押しやりメモリーへと手を伸ばす。が、その手首は稲城に勢いよく掴まれテーブルへと強かに押し付けられた。


稲城「まだあるよね」


稲城はこちらへ身構える2人には目もくれずに静かに威圧した。こんな端金や紙切れはいつでも簡単に手に入る。こうしてやっととっかかりを掴んだのだ、今までは艦隊戦で言う偵察、いわば前哨戦にすぎない。故にこの先の砲雷撃戦、本題を無かったことにされるわけにはいかなかった。


あきつ丸「・・あーそうでした、ごもっともであります。・・・・・オホン、えー、たしか対潜能力のある量産機を1人、でありましたな。全く中佐殿もお人が悪い、すっかり忘れていたでありますよ」


あきつ丸はゆっくりと、強引に手を振りほどきコーヒーを啜る。稲城はついこの間発刊されたばかりの雑誌『帝海ジャーナル』を広げた。手垢に塗れヨレヨレとなった帝国海軍兵器開発局の記事を指差し、叩く。


稲城「正規の奴がロールアウトされた筈だし、予備機くらいあるでしょ?」


ちょうど1週間前、大本営は艦娘の量産型を大衆向けプロパガンダと共に発表し、駆逐艦から戦艦まで数・種類こそ少ないものの多種多様な量産機が各鎮守府へ配備が開始された。不服だが、海軍製の性能水準は高く、既に解放された海域もあると聞く。故にどのような組織であろうとまともな技術屋がいれば予備の機体は必ずや1つか2つはあるはず、そう踏んでいた。


「余りは無い」


だがその時、青年が憎々しげに言い、こちらへと9mmブローニング銃を向けた。伍長の階級章と名札プレートに「陸軍登戸研 技術者:田島」の刻みが見える。


稲城「・・・何かの冗談かな」


登戸研・・・その名を見、稲城は目を潜ませる。かの陸軍兵器研究所は清濁混ざり名・迷兵器を生み出す混沌とした実態の良く分からない研究機関である。マイクロ波兵器、UFO、二足歩行の人型マシーン・・・奇妙奇天烈な研究内容がほとんどであったがそれは氷山の一角。その実、陸軍の研究機関でありながら、一時期造船業や戦車産業と陸海問わず幅広く軍事産業の一翼を担っていた。・・・・・深海棲艦が現れるまでは。


稲城自身、純粋な人であった頃に下っ端として何度か関係者と接触したことがあった。目を見張り思わず尊敬するほどに彼らは軒並み腕が良かった、同時に孤独を好む奇妙な人々であったことに覚えがある。彼もその1人だろう。だがいったい、これは何のマネだろうか。


田島「あいつらは配備分だけ計画的に製造している。・・・つまりだ・・・・・つまり、余りは無い!わかったか!そもそも、海軍関係のお前1人にここまで譲歩してやっているんだ!「手始めに陸軍の予算50%を差し出せ」だと?ふざけるな!大人しくそれを寄越せ!」


若い彼は頭に血がのぼり、1発発砲。弾は稲城のすぐ横を通り黒髪を散らせ青畳に着弾した。稲城は表情を崩さない。


その反応を見てか、彼は激昂しあきつ丸の警告を振り切り、次いで胸ぐらを掴み端末の画面を見せつける。おそらく海軍のサーバーをハックしたのだろう、そこには量産機の製造数と配備数の進捗を示すグラフには配備完了の文字と「残り0」と書かれたカラーバーの表示があった。稲城は鼻で笑い、青年を突き飛ばす。


稲城「じゃあダメだね、取引は無効。他にこれを欲している奴らがまだいるんだ・・・いやね、いの一番に陸軍さんへ飛び込んだんだ。海軍と対立してるもんだからさ、呑んでくれるって結構信頼してたんだよ?お偉いさんからオーケーだってもらったんだ。けど、約束が違うじゃないか」


淡々と冷酷に宣告し、素早くメモリーカードを懐に収める。


だが、稲城は内心冷汗を滝のように流していた。


というのも、実際はもう後には引けぬ状態にまで追いつめられていた為である。既に当てのある者達には全て断られこの陸軍だけが最後の頼みの綱となっていた。資源自動生成装置の故障した名無しの鎮守府では行動不能にまで損傷した重症の古鷹がアタシの帰りを待っていることも要因の一つ。相応の対価を要求したとはいえ調子に乗り過ぎたことを稲城はやや悔やんだ。・・・やはり少し吹っ掛けすぎたか?


だが、幸運にも崖っぷちに追い詰められ焦っているのは陸軍も同じであった。


田島「ガハッ!」


鈍い打撃音が聞こえた。あきつ丸が立ち上がり拳を振り青年が屏風を突き破り吹き飛ばされた。


あきつ丸「なるほど・・・そうですか」


目の前の〈オリジナル〉はぎちぎちと音が聞こえるほどに拳を握りしめ、こちらを静かに睨み付ける。一方、田島とかいう青年は怒気を当てられ屏風の下で折れた歯を吐き、青い顔をで今にも失神しそうな状況。稲城はハッと我に返る。


――さすがにマズくないか、これ。


発砲音が合図となったのであろう、強化された感覚が部屋の四方の襖の向こうに集まる十数名の人の気配を知らせる。服越しのメモリーカードを握りしめ、もう片方の手で無意識に腰の位置へと手が伸びるが空を切る。震える手から滴った汗が畳に染み込んだ。


まるゆ「あの・・・」


そんな時、一触即発の空気を破ったのはもう一人の〈オリジナル〉であった。


あきつ丸「・・・どうしたでありますか、まるゆ曹長」


手袋を擦り、静かに怒りを湛え震える声であきつ丸は言う。彼女は興奮すると手袋を擦る癖があった。相手は南原の死人、ここで殺し東京湾に沈めたところでさしたる迷惑など掛からぬ筈。もとより、陸軍は彼女を呼び寄せ何事も無く受け取った後で殺す算段であった。だが、若造が物を受け取る前に全てを台無しにしてしまっていた。


まるゆ「あ・・・いえ、古い情報ですが・・少し、少し心当たりがあります。以前に事故を起こして解体処分待ちの子が1人だけ、確かいたはず・・です」


まるゆはおっかなびっくり言う。彼女は唯一、当初から公平に取引を行おうとする姿勢の人物であった。それは「艦娘は人々を守るために存在する」という信念に基づいたものであり、取引相手もまた守るに値する者と見ていたためである。目の前にいるのは海軍の軍人ではない、技術者であり研究者なのだと。たとえ理不尽な要求であれどこの後生み出すものに比べれば蚊の涙。そして何より、目の前の少女自身がデータの有用性を示していた。そんな〈オリジナル〉の言葉を聞き、青年がハッと生気を取り戻したかのように匍匐姿勢で屏風の下から這い出、


田島「名前は何だ、調べてみる」


とすがる様に食い付く。


まるゆ「えぇと・・・確か『深雪』という量産艦娘さんです」


田島「よぉし待ってろ・・・・・・うん、いるな、いる。が・・・・うーん、この子は失敗作、だそうで。・・・この取引材料には不適格・・・・・です」


おずおずとあきつ丸に報告。


あきつ丸「・・・・・中佐殿?質が落ちますがそれでよろしいですか?」


あの〈オリジナル〉と同じ冷たい笑顔でこちらに言う。これで手を引けという事なのだろう。怒気を隠しきれていないが、まぁそれはいい。


稲城「そう?いいよ、構わない。アタシとしては今はタラワ奪還への戦力が少しでも欲しいところだし、この際だれでもいいかな」


稲城は汗を拭い背一杯の虚勢を張り、座ったままあきつ丸へとメモリーを投げ渡す。あきつ丸は飛来するそれらを指先で摘み取った。


あきつ丸「・・・では、取引は成立です、『深雪』もなんとか明日までに送るであります。大本営へは彼女が脱走後に中佐殿の鎮守府へ流れ着き成り行きで着任。との内容の報告書をこちらで偽造しておきましょう」


満面の笑みを浮かべてあきつ丸は改めて提案をする。異議なしと無言の同意をし、負けじと胸を張り微笑み返す。


稲城「どうも。あ、あと提督名は「衣笠名古」でよろしくね。このままの名前じゃマズイし」


あきつ丸「衣笠・・名古・・・?ああ、前任の秘書艦の「衣笠」と、中佐殿の「加古」でありますな。了解したであります。しかしなぜ?」


稲城「あんな未完成の鎮守府に正常な提督がいたら何かしら疑われて当たり前だからね。けど、まともじゃない司令官であればだれも見向きもしない。それどころかあっちが勝手に怖がって手を出し難くなるかもしれないでしょ?」


稲城は古鷹考案の提督ネームに我ながら感心しつつ説明をして見せた。やはりあの重巡はああ見えて使い物になる。


あきつ丸「ははぁ・・・なるほど。まぁ、確かに」


稲城とあきつ丸は共に笑顔で書類に血判とサインをし、とても力強く握手をした。これで事実上、陸軍は艦娘の量産化の手がかりを得、稲城は海軍に提督として強引に組み込まれタラワ奪還のための艦隊を作成する第一歩目を踏み出すことが出来たのであった。


あきつ丸「ところで、中佐殿の艤装を一度陸軍で解析をさせていただきたいのでありますが今どこに?」


稲城「ごめん、アタシのヤツ、秘書艦の艤装の修理パーツとして共食いさせちゃってさ、もうないんだ」





それからアタシは提督となり海軍の仕事に何とか喰らいつき、馬車馬の如く働き続けた。全てはあの時の仲間との約束を守り通すために。そして雪辱を晴らしあの島を死に場所とするためだけに。


量産機も古鷹や深雪をはじめ年月を経るたびに少しずつ増え戦力を増し、軽巡の天龍と飛行艇母艦の秋津洲が加わった。部隊に加わる子達はどれも一癖も二癖もある子ばかり。皆、アタシが『提督』だと知るや信頼しきって何でも言う事を聞いた。どんなに苦しい鍛錬も作戦も「静かな海を取り戻す」「平和を目指して」と薄っぺらな理由を付ければ命令一つで自由自在、何も知らない一生懸命な姿は見ていて笑いが止まらなかった。特に、仲間が増えるほどに何も知らない古鷹が嬉しそうにはしゃぐのは滑稽だった。秘書艦として従順に働き、懐きやすく呑みこみも早い、何より無垢で疑う事を知らず、命令に忠実。これほど単純で使いやすい奴はそうそう無い。全く、ここへ流れ着いてラッキーであった。


とはいえ1艦隊分、6人揃うまではとてもではないが動くことはできない、違法に取得した提督証がバレそうになり3週間の超短期士官学校に滑り込んだ事や、時に手を血潮に染め続けたこともあった。何としても耐え続けた。気が付けば6年の時を迎えようとしていた。


この頃陸軍は第五世代が発表された時期には量産技術の開発に成功し、製造態勢までもが完全に整えられていたにもかかわらず軍は解体され国防港湾軍へと収縮・降格。そして接収された量産型あきつ丸・まるゆ達は海軍の想像を超えた数があったために、時期が悪くかの「捨て艦作戦」に大量に導入されてしまっていた。


そして第六世代のラインナップがカタログに載るころ、その陸軍の遺産がもう1人の量産機の長良と共に無名のこの鎮守府へと流れ着く。第五世代の機体であるにもかかわらず、アタシですら引く程に傷付き、虫の息であった。2人が一命を取り止めた後、アタシと古鷹は6人集まったことを喜んだ。勿論、アタシはようやくタラワを奪還に行く艦隊が出来たことを。古鷹は仲間が増え賑やかになり、もう1人ではなくなったことを。


だが、目を覚ました彼女らは古鷹が『提督』を紹介したとき、それは起こった。秋津洲の懸命の治療により癒え、微かに光の戻り始めた目が一瞬で光を消し、怯え竦み震え始める。長良は舌をかみ切ろうとし、あきつ丸は拳銃をこめかみに当て自決を図った。彼女らは以前の鎮守府において口に出すのも憚られるほど酷く心身共に破壊され続けられていた為である。逃げ出し、助けられた2人はおそらくアタシ達をはぐれ物の集まりだと思っていたのだろう。だがそこに彼女達の恐怖の対象があった。そう、『提督』という存在である。


撃鉄が雷管を叩く音が聞こえる。だがこの行為は未遂に終わった。それを止めたのは最も近くにいた古鷹ではなかった。


他でもないアタシだった。


この時、作戦の駒を失いたくなかったのか、それとも在りし日の隊長としての矜持が残っていたのか。絶句する古鷹達の表情を背に、アタシは2人の拳銃を叩き落とし頭を押さえつけていた。そしてあろうことか、止められたことを責めた2人へと侮辱の言葉が飛び出ていた。この後間接的に殺そうとしていた者達を、だ。


泥のように固まった時間間隔の中、アタシは困惑していた。何を言っている?いつもみたいに適当な言葉を並べて慰めればいいものを、悲願達成まであともう少しだぞ、強引にねじ伏せろ、と頭の中でどす黒い声が聞こえる。だが一方で心のどこかがそっと囁いた。この子も古鷹達も沈めさせたくない、出来っこなど無い、と。


これまで鎮守府でアタシは古鷹の知るアタシを演じ、何食わぬ顔でよく笑い、よく食べ、対立し、仮初の自由を謳歌して来た。同時に月日が経ち時が流れても、あの燃え盛るタラワの光景が鮮明に蘇り続け、擦り続けた墨の様に更に混沌を極めてもいた。だから唐突になぜこんな行動をとったのか訳が分からなかった。いや、分かっていたが意識の底へと押し込んでいたのだろう。要は時間をかけすぎたのだ、たとえ仮初のモノであったとしても過ごして来た期間に、触れ合ったその長さに偽りはない。悔やむべきだろうか、彼女が駒と見ていた娘達はいつしか部隊の仲間という枠を超えていた。


突然、後方へと勢いよく突き飛ばされる。長良が何かを叫びながら何故か拳を前へ突き出していた。壁面に後頭部を強打し呻く。何事か聞き取ろうとしたが、アタシはそれよりも頭に響く声に対処するだけで手一杯であった。


―――死んでいった仲間達が本当にタラワへ戻ってくる事を望んでいるのか。


そうだ。そう、約束したのだから。


―――じゃぁ、もし伊勢さん達が生きていれば実行に移したのかい。


ノーだ。消息は分からない、だが生きているならばそうに違いない。


―――なら伊勢さん達が死んだから行くんだね。


そんなわけがあるか!あの人達が死ぬはずがない!


考えれば考えるほどギリギリと頭が締め付けられるように苦しくなる。なら何故6年も待ち続けた?何故道連れにしたくない?ならアタシが今まで生き続けた意味はどこにある?感情は渦となり激痛と共に突然フラッシュバックが起きる。周囲が海水で満たされ見たくもない光景が眼前に広がり、目と耳を閉じ心を閉ざしてしまいたい衝動に駆られる。だが叶わずまざまざと見せつけられる。それはまた精神を蝕み心を削った。早く行かないと、だが死にたくない、みんなを失うのも嫌だ、声にならない悲鳴があがった。



ふと古鷹に声をかけられ意識が戻る。既に部屋には古鷹以外いなかった。アタシは壁に背を預ける形でうずくまり、頭から流れる血と共に涙が頬を伝っていた。泣いていたのだ、タラワから脱出して以来1度も流したことのない涙を。


そして見たことない怯え様で古鷹はアタシを問い詰めた。加古がそんな事言うわけない、嘘だよね。と肩を激しく揺さぶり泣きつく。聞けばどうやら自決を責める言葉は途中でアタシの本心へと変わっていたらしい。何も飾らない『稲城香子』自身の本心である。要するに、「お前達はみんな、アタシの為に死ね」といったような内容を言い放ったのであった。その裏では出来ないと知っているにもかかわらずに。


その夜、アタシは泣きながら何度も古鷹達に謝った。


無論、彼女らに殴られもしたし、夜な夜な泣きつかれもした。その度にアタシは返す言葉もなく黙るばかり。それも間違いようのない本心の一端だからだ。彼女達の信頼が大きかったことに気付くことが出来なかったのには違いないがそんなことは言い訳にはならない。この時、稲城は無理やりにでも暴力に訴え彼女達を屈服させ、奪還作戦を遂行することも出来た。だが、それはしなかった。


〈量産型〉は大局的に見る分には兵器とさして変わらない。しかし彼女らはもとは1人の人でもあり、感情もそれぞれ異なり同じものなどは一つとして存在しない。「量産」と謳いながらも彼女らはそのような矛盾を孕む。そして、機械と生物の局面を持つ彼女らには〈オリジナル〉に負けぬほど設計者、製造者、そして研究所それぞれの何物にも代えがたい思いが込められている、その本分は様々だ。たとえそれが欺瞞に満ちていようともそれを侵してはならない。それが6年前の稲城の〈量産型〉に対する考えであった。


技術者であればなおの事、痛いほど理解していた。だというのに、「あのとき~であれば」「~さえしていなければ」と過去に囚われ執着し過ぎて忘れていた。ましてやアタシもあの中の1人。どうして彼女らを傷付けられよう。


・・・もうアタシにはどうすることも出来ない。「稲城香子」の戦いはとうの昔に終わったのだ。



結果アタシはタラワ鎮守府奪還を廃止。代わりに艦隊と鎮守府のため、脳に埋め込んだこの『提督回路』を活用していこうと心に決めた。


―――『提督回路』、かつてアタシが発明しテスト抜きで脳に埋め込んだ親指の爪程に凝縮された小さな情報回路は、反応速度補助・記憶容量増大・提督ライブラリ能力を持ち合わせている。これは電波断絶などの有事の際に軽度の提督の代わりを務められるものであり、同時に常時全反応速度を発狂寸前まで強制的に引き出させる夢の装置であった。その反動として数人の精神衰弱による発狂者、精神の分離による人格崩壊を出してはしまったのは依然として記憶に新しい。


これは艤装を装着して戦闘をしない限り直ちには問題なく、そして既に肝心の10-0型艤装は廃版となっていた。残ったのは最初期型の少し丈夫な体、そしてこのただの補助情報回路だけ。だが、以前のような喪失感は無い。


提督「過去とは別に未来を生きていけばいい・・・か」


不意に脳裏にあの日あの時の懐かしい言葉が蘇る。既に鎮守府はドックから入渠施設まであらかた整備され切っている、変に真面目な性格がこの時ばかりは提督を助けていた。それから少し休んで、ゆっくりとアタシは立ち上がった。


全力で走り回り、すがり、飛び込み、転ばされ、大ケガをする。起き上がり、急ぎ、そして転び、また起き上がった。・・・・・・


・・・再びの燃える海を越えたこともあった。時に群れ膨れた海賊まがいの艦隊に鎮守府が襲われることもあった。だが、みんなと共に協力し合い、アタシが為すべきをし、為したいことをしてきた。故に後悔などありようが無かった。



そして季節が3回ほど回る頃、第九世代試作量産機の「名取」を迎え、新たな賑やかで輝かしい日常が紡ぎ出された頃。










9年前の悪夢が衣笠提督の、稲城の肩を叩いた。




いわれなき復刻



――――――――――


『無名鎮守府〈量産型〉型録 その2』


・形式番号不明〈深雪〉【本名:消失】


 特Ⅰ型駆逐艦にして吹雪型4番艦『深雪』。

 をモデルとした量産試験機。第一世代の量産型艦娘採用競争の折に敗れ、多額の負債を負い潰れたとあるベンチャーカンパニーが制作した2機の内の1人である。

 艤装の構造は小規模な工房さえあれば修理・複製が可能な程シンプルであり、極めて壊れにくいのが特徴。ボディの耐久性も当時の要求水準を軽く超えていた。

 現世代においても特に珍しい『無回路』『無端子』仕様の機体であるが、その後深雪が量産されたという記録は今も無い。

 量産機は通常、回路等の補助無しでは水上に立つ事すら困難であるが、深雪は日々の鍛錬によりこれを可能にしている。当初は大過剰な訓練量と機関部が削れるほどの無茶過ぎる高機動によって艤装パーツの摩耗とボディの負荷が無視できない程目立っていたが現在ではこれを克服。


 搭載戦闘回路ナシ、5mm量産試験型VC(ビッカース・カーバイド)鋼装甲を持ち、訓練用12.7cm連装砲1基と訓練用61cm連装魚雷2基、訓練用模擬爆雷を初期標準兵装としている。


※・・・当鎮守府では(ry


・追記・・・現世代において海軍は『白雪』『磯波』などを量産しているが、本機と完全な同仕様のものは未だ開発されていない。過去に南原研より本鎮守府へ引き渡し命令が下ったが本人の意向を尊重、これを拒否した。




・登号-05-01型〈あきつ丸(前期型改善仕様)〉【本名:甘泉 早苗】


 深海の艦載機に一方的にボコボコにされた陸軍が海軍の一切の助力無しで量産化を成功させた量産型艦娘であり、第五世代に緊急量産された機体。

 えぇ!駆逐艦と同じコストで艦載機運用艦を!?出来ました・・・

 急造製のうえ前期型は艦載機搭載不可であったが、後に後期型と規格統一を計る為に改修が施され搭載可能に!ただ前・後期共に艦種を問わず買取・回収された他機の残骸や肉片まで積極的に流用した結果、コスト・生産量最優先の不安定で不均一なツギハギの機体となった。まぁそこは仕方ない。総計250機がパパパッと量産されたが、そもそもの艦種からして航空母艦ではないため攻・爆撃機が載らないことに気付くのはそれらが全て完了してからであった。南無。


 上層「納期も予算もないけど高性能な奴よろしく。あ、あとここ、仕様変更したから」

 現場「海軍助けてくれないし深海棲艦が滅茶苦茶強い。早くどうにかなんとかして」


 開発「えぇ・・・」


 登戸研製01式戦闘回路『改』を1枚搭載。15mm積層式亜鉛合金装甲を持ち、九六式艦戦24機と15.2cm二十六年式拳銃1丁を初期標準兵装としていた。


・追記・・・身体が白いのは元からではなく、色調の異なる肌と縫い痕を隠すためにわざわざ1回1回手作業で塗っているのであります。ここだけの話、こういうの結構気を遣うんでありますよ。




―――――――――――――――




かつて、その南方の島々は天然の要塞であった。


三角に近い形状のドーナツ型の島群はその内側に大きな海水を湛える、艦娘にとって攻防の機動が容易な場所であった。頂点の一つを真下に置いた形で存在し、東の頂点に鎮守府、そして防衛と補給の両立を目指すため南に「正面水門」と西に「納品用水門」と出入り口がただ二つあった。


その「納品用水門」方向で南方特有の身体に張り付かんとするばかりの湿気と曇天渦巻く空の下、深海第2試験艦隊の隊長、帝国識別名称『雷巡チ級』は「コマ」の配置に奔走していた。それは数十分前にこの拠点へと針路を取る艦娘の大部隊の情報が飛び込んできたためである。


「コマ」はノロノロと愚鈍に動き所定の位置へと付く。突如チ級は腰に帯びた軍刀を抜き突き刺した。意味は無い。ただ、何となく試しにやってみたいと思ったのだ。そうした数ばかりのこれらを並べ前線で采配を振るうのが彼女の任務の1つであった。


深海棲艦タラワ諸島泊地・・・かつての帝国の重要拠点はとうの昔に敵の手に落ち、今は彼らの住み家だ。島の内外へと屑鉄とスクラップが引き込まれゴミでその面積は更に増し浅瀬という浅瀬は完全に埋め立てられ、浸み出す汚染物質により周辺の海はどす黒く腐った。汚染しつくされた土壌は粘性の煙を吹き上げ黒い雨を年中降らせる快適な環境を提供し、際限なく湧き上がる金属を多く含むヘドロが彼女らの血肉となっていた。


バカな「コマ」でも今回の作戦はやや大規模なものになるのが分かるのだろう、そうチ級が感じたのは艦をなおも工廠から吐き出し続ける鎮守府へと帰投した時であった。


頭の中へと引っ切り無しに入っては出ていく通信の量は非常に多く、そのほとんどが「コマ」の声。そしてピリピリとした空気、たまらなく清々しい。この空気が、これが戦だ。チ級は思わず緩んだ頬を引き締めるが襟元がザワつき震える。武者震いとかいう奴だろう。だがこの先1時間とも経たない後で艦娘を好き勝手にこの手で沈められるのだ、そして屍の山を築き勝利と栄光をこの手に掴む。戦い、戦い、戦いこそが我らそのものなのだ、これ以上に胸躍る瞬間はあるだろうか。いや、無い。


チ級『提督、入るぞ』


提督『ん、ご苦労様』


執務室へと入室したチ級に対し提督は静かに返し微笑む。浸水した薄暗い室内は脚を濡らし、カビて黄ばみしわくちゃになった書類が乱雑に積まれた朽ちかけの執務机、壁紙がはがれコンクリートがむき出しになった壁に、ガラスが割れた窓と荒れ、廃墟の如き有様である。かつて人がいた頃の温もりは微塵もない。


提督『で、コマはどう。ちゃんと配置して来た?』


チ級『おう、提督のご命令通りにな、ちゃぁんとやってきたぜ。アイツらも提督のために命を散らせられて本望だろうぜ!ハハハッ!』


提督『そうか、よくやってくれた。・・・どうしたル級、なにか不満が?』


提督は脇に控える深海第1試験艦隊の隊長、ル級を一瞥する。


ル級『いえ・・・少しばかりあの子達を羨ましく思っていまして。その・・・』


静々とした動きで口元を隠しながら答える。


チ級『そーやって提督と俺の同情を引こうったって無駄だぜ、試験の結果はどれだけ多く撃沈できたかってやつだからな』


ル級『・・・違います』


ル級は雷巡を苦々しく睨み付ける。以前の強奪任務の時も彼女が突出したせいで自身の立てた作戦を台無しにしたばかりか戦場の面倒事を全て押し付けて単独撃沈ポイントを大量に稼いでいたためでもある。更に最近は自身への軽蔑の姿勢を隠そうともしない。


ル級『いえ、何でもありません。ええ、大丈夫ですよ』


提督『そうか、なら作戦を遂行しよう。正面水門の守りはル級と、随伴するコマを適当に見積もって迎撃に当たれ。チ級は納品用水門へ、コマは』


チ級『適当に見積もればいいんだな!』


提督『そうだ、そして今回の試験で最も戦果を挙げた方の試験艦が採用される』


ル級『了解』


チ級『了解、了解っ。じゃあな提督、ちゃちゃっと行ってきて艦娘を皆殺しにしてくるぜ!』


命令を受諾するとともにチ級は刀をカチャカチャと鳴らしながら退出をした。雨音と風の吹きつける音が残る。


提督『どうした、ル級。お前も出撃だよ』


ル級『・・・・』


ル級『提督。約束、必ず守ってくださいね』


提督『?・・・・ああ、あれね。問題ない、私は約束はちゃんと守るよ』


ル級『・・・了解しました。戦艦ル級、出撃致します!』


静寂が戻った室内で提督は耳元のLANケーブルを机上の旧式コンピュータに接続しこめかみに手を当てた。


意識が溶け、軽くなり鎮守府を中心とした黒緑色のワイヤフレーム地図が脳裏に浮かび上がる。その遠方、北西方面に接近中の大型エネルギー源が1点、ピコピコと点滅している。先程から確認している敵の移動拠点であった。未だ双方の距離はかなりあるが、それでも接近しているため電波も次第に強度を増し通信網も濃い。提督はすかさず意識を軋ませながら拠点の通信電波の海へと滑らせる。乱れ飛ぶ電波の群れが周囲を取り巻き、荒れ狂うそれらの中へ潜りのぞき込んだ。


『ザリザー、ザッザザ・・・な・・・・・・れと第1艦隊旗艦叢雲より第2から第5艦隊へ、みんな聞こえているわね。いい?司令官より敵深海棲艦の本拠地突入の名誉を得たのは他でもない、我々だけ。いいわね、各艦隊はそれぞれの役目を全うし、司令官と帝国に・・・勝利を掴むわよ!』


提督『(クスクス・・・・・・)』


拠点内の監視カメラからだろう、やり取りが確認できる。それらを記録しつつ慣れた手つきでメインコンピューターへと侵入を果たした。初期化させ管理者モードに移行、情報を引き出す。思いがけず得た大量の視覚、音声情報に提督は意識内で声を殺して小さく笑った。


どうやら敵の規模は前回の強襲時の半分ほど、更にログを覗き見れば駆逐艦叢雲以外が全て量産機との記述がある。となれば我らの敵ではない。抜け目なく拠点見取り図と乗員リスト、布陣予定図を油断なく掬い取り体内へと飲み込み、意識をもとの身体へと浮上させた。


提督「んー・・・さーて、と」


顔を上げ小さく咳込み血を吐き、伸びをして背骨を鳴らし額に手を当てる。やがて捨て駒の偵察隊から会敵の一報が飛び込んだ。数分後、提督は命じた。


提督「全艦隊に告ぐ。行動開始・・・っと」


ある種の感慨に浸り瞳を危険に輝かせながら。




朝日が差し込む工廠で、各自はそれぞれの艤装を手早く点検し装着しており出撃用意をする。稲城も服を石灰色のアラミド繊維セーラー服に着替えており、時間が足りずに未完成であったかつての愛機に手を入れていた。


稲城「よし、完成!」


横で手伝ってくれた名取へと満足とした顔で終了の合図を送る。


名取「お疲れ様です・・・これがこのノートの機体、ですか」


稲城「うん。けど、これでもまだ80%の出来さ。後はオマケを持てば完成」


名取は目の前の地金がむき出しの艤装を眺める。80%。それでもパッと見、元の『加古』の艤装の原型を感じさせない程に大きく膨れたその姿は丸裸の武器庫を想起せずにはいられない。これだけでも軽く1tは超えているはずだ。


名取「まさか提督さんも戦う事になるなんて・・・」


稲城「そんなこと言わないの。提督になっても艤装から大発のコックピットになっただけだったし。第一、戦場に赴くかなんてのは結局変わらなかった」


稲城は錠剤を口に放り雑念を取り除く。そして艤装の兵装提供者である大淀についてあらためて思い返した。


彼女達はこの鎮守府へ様々な物を置いて行った。どう無茶をしたのか最新の兵装に高レベルな軍上層部の情報、どれも何かの罠かと思うほど疑わしい物ばかりであった。


現にあの後、茶も出さずに荒々しく追い返してしまったが、考えてみれば鎮守府の数が減り行く中で戦線が逼迫するのは自明の理であった。今となれば彼女なりの罪滅ぼしだったのではないだろうかとも思えて来る。だがそもそも彼女がここへ来たからこそ事の発端へつながって・・・いや、やめだ。今はそんなことを考えている余裕はない。ただ単に動けるだけの力がここにあってそして今行動を起こす。それだけだ。稲城は微かに肩を震わす名取を横目にアルコールボトルを口に運び傾ける。


稲城「そもそもアタシ達は、艦娘だ。どう足掻こうったって人で無くなった以上戦う事からは何一つ逃れることはできなかったよ」


手を伸ばし赤黒く汚れ塊と化した紙を愛おしそうに擦る。


稲城「それに、このノートはあの時の戦いの中で確かに存在したアタシ達の全てが書いてある。思い、願い、そして夢がね」


名取「じゃあこの艤装は提督さんの、夢?」


稲城「そう・・・だね。あの時はやりたくても出来なかった事だ。それを繋げ届けてもらうためにアタシはこれを伊勢さんへと託したんだよね」


まだ湯気が立つ合成コーヒーを取り、喉を鳴らして飲みながら革手袋を取った逆のキレイな手で名取の頭を撫でた。温かな感触が手の平を伝わりガサついた心が和らぐ。抱き寄せたい衝動に駆られるが、距離を置いた。こうなったのも、結果として彼女らを不必要な危険にさらしたのは他でもない自身によるものである。そこへ名取がノートを抱きしめたまま稲城へと寄り添う。


名取「大丈夫です・・・私も頑張りますから」


稲城は名取の濁りない澄んだ視線を直に受け止めた。こうして彼女らには不器用ながら決心と覚悟があり付いて行こうとしてくれている、進むべき航路は見えているのだ。ならば自分はどう応えるか?少なくともそれを無下にするのは裏切りであることに変わりないのは、確かだ。


周囲からと艤装整備完了の声が上がる。同時に2人の間に緊張感がピンと張り詰めた。


稲城「ごめんね・・・ありがとう。けど、いいかい名取。艤装は、その身体は君を守るためにあるんだ。決して戦場の空気に流されるんじゃないよ。君がするべきことは戦場から必要とされることじゃない、自身がしたいと思う事をするんだ。艦娘の本分は戦う事。だからその時の戦闘一つ一つに全力を出して後悔さえしない戦い方をすればいい。後悔しなければ、それだけでいいんだ。・・・いいね」


稲城は旧式の大型ライフルに手をかけつつしゃがみ、名取と目線を合わせ人差し指を立てた。半ば自身に言い聞かせるように口を動かした。だがその眼はやる気のない鎮守府の底辺提督でも過去に囚われ濁り切った者でもない、一本の確固たる芯の通った決意を持つ少女の眼であった事を、少なからず名取は感じ取っていた。




稲城「まず、プリントにもある様に本作戦が我が無名鎮守府最初にして最後の前線での大規模作戦って事」


未だ慌ただしく動く秋津洲を除き、工廠中央に乱雑に置かれた作業机に集まり各々藁半紙のプリントを手に取る。稲城は作戦説明手順を極力省きすぐさま本題へと入った。是が非でも急がねばならない状況であり、残された時間はあまりに少ない。だが、それでもレ級強襲時のような状況でない限り、仲間間での状況把握のため作戦会議は不可欠であった。


天龍「俺達が主役ってか・・・へっ、フライングで戦果を独り占めしようとしてたなんて、全く提督も人が悪ぃなぁ」


天龍は副砲の弾丸を指先で弾き転がしながら嫌味を言う。


稲城「ンンッ・・・そして現在、敵拠点「タラワ諸島」へ近隣の「春江鎮守府」が主力と陽動の二手に分かれ総力をもって撃滅に向かっている。我々はこの内、本命の主力部隊と合流を果たし流れで連合艦隊を作成。敵に反応させる暇を与えず旧鎮守府座標へと攻撃をかけ目に映る深海棲艦の撃滅、及びこれらを指揮する敵司令官、あー・・・仮に「深海提督」としよう。これの殺害を目標とする!」


最前線へと馳せ参じ主力と共に敵を叩きのめす。言葉にすれば作戦は単純明快であった。


あきつ丸「して、その敵とやらは軍曹殿を鹵獲しようとした奴らの残党兵でありますな」


稲城「そう、そして奴らはアタシと同じ第零世代の「艦娘」だ」


稲城は間を置かずにそう言い周囲を見渡した。時に真実は残酷だ。だが、中途半端に知らぬまま戦うよりは幾分かマシになる。それが良いことかは分からなかったが自身に知らせる義務はあったと言えよう。言わずに済む方法を模索しては見たものの馬鹿馬鹿しい秘密主義はただただ隊に危険にを及ぼすだけであるのは明白である。


そして、稲城は更にもう一つ、『真実』を伝えねばならなかった。


稲城「最後に・・・ごめん。みんな、もう一つだけ、心して聞いて欲しい」


稲城はそう言うと自身の耳元から伸びるLANケーブルを傍の古鷹の首元の生体端子へと差し込んだ。机上へと古鷹の左目が光り、照らされる。やがて光柱の中に像が形作られた。。映像はソファに座す〈オリジナル〉の大淀と足柄。稲城の目線から撮られたのであろう、その隣に座る古鷹が見える。


『―――稲城さん。大本営は・・・本気です。深海の本拠地への総攻撃、そのために各地の量産機は数ヶ所の有力な本土拠点へと重点的に集中されました。そして私達は・・・』

『―――雪奪還作戦の折、偶然にもそのシグナルを発見、奪取し解析を進め・・・・・・』


飛び飛びの粗い映像のそれは大本営における事の全貌であった。本来ならば軍部でも大将クラス以上で無くば触れる事すら許されぬ最高軍事機密。それを、大淀はこれを稲城へと伝えていた。


長良「何かと思えば。ふーん、大本営がねぇ。ま、あんまり信用出来ないけどっ」


本来なら大本営発表は話半分で聞き流すような長良もこの時ばかりはさすがに耳を傾けたのは、その特異な状況にあった。2人以上の〈オリジナル〉がわざわざこの辺境で真剣に話をしていたという極めて異例な事態。少なくともただ茶を飲みに寄ったというわけではあるはずがない。


『―――ですね。はい、我々に協力的な深海の友人からも情報が確認出来ました。西、南、北方の戦いが完全に帝国の勝利に決した今、残った敵の重要拠点はただ一つです。つまりは・・・ッ!』

『――な、何で今更ッ!それじゃぁ加古は・・・』

『――古鷹落ち着いて、大淀さんは教えてくれているだけだよ』

『―――・・・いずれにせよ、決戦だそうです。そう遠くない内に、この戦いにピリオドが打たれます・・・・・・この鎮守府には解体命令は下りませんでした。ですからよく考えて行動してください、お願いします』


大淀へと飛び掛かろうとする古鷹を押さえながら、力なく頭に手を当て膝から崩れる。そこで映像は途切れた。


長良「戦いにピリオド・・・・・・決戦って、まさか!!」


稲城「今日・・・予定では、この日をもって人類と深海棲艦との戦いは、終わる。・・・・・・・・・・・・『終戦』だ」


稲城は自身の感情を抑えつつ、ケーブルを抜きながらそう述べた。長良の気持ちも分からなくもない。正規の群れからあぶれたといえ、仮にも兵器の面を持つ。だが戦いが終わればどうなるか、自身の存在意義が無くなるのだ。ましてや何も知らないまま事態が進み、その渦中へと突然放られることの辛さは測りようがない。


無名鎮守府は創設から今日まで誰一人欠けることなく生き延びて来た。その事実そのものが、量産機の中でどれほどのものか、彼女らは知っている。そして、喜ぶべきだろうかこの時局に際しても無価値で不要な存在だったという理由で思いがけず全員が無傷で生き残れる切符を手にしていたことを稲城は大淀から知らされていた。


稲城「何も知らない内に突き放され、戦争に取り残される。そこはいい、相手にされないのはいつもの事。けれど、アタシはあの島にやり残したことがあるんだ。だからお願い、これが最後の出撃になる。ゴメン、分かっていても、アタシに付いてきて欲しい」


突然の告発に古鷹を除いてさすがに動揺の色が見える。無理もない、深海側はともかく艦娘側にとってそれは今までの奮闘は決戦を煙に巻くための茶番、演出にすぎないことを暗に示していた。だが、彼女が更に言葉を続けようとしたとき長良が先に言葉を紡いだ。その気持ちに変わりが無い事を表すように。


長良「呆れた・・・そんなこと言わないで黙っとけばいいのに。ね、あきつ丸」


あきつ丸「でありますな。ま、それが将校殿であります。さすれば危険手当と間宮券を3倍ほど要求したいでありますな。そういえば、先月の給金をまだもらってないような・・・」


天龍「バカだな、提督の・・・いや俺達の決戦後にはすぐ終戦だぞ。そりゃぁ終戦祝いとかいろいろと色を付けて渡すに決まってんだろ!」


天龍はタバコに火を付けながら苦笑した。


天龍「それによ、第零世代だ。それが地獄にも天国にも行けてねぇ亡霊ときてやがる、なかなか見れるもんじゃねぇぞ」


古鷹「亡霊・・・ふふっ」


古鷹は肩を揺すり、不意ににやりと歯をむいた。


古鷹「そんなのここにいるじゃないですか、みなさんと付き合いの長い亡霊が、2人ほど」


少女達は顔を見合わせる。気持ちのいい冗談ではなかったが、今はそれを笑うくらいの余裕がそこにあった。


稲城「・・・よしっ、これにてブリーフィング、終了。これより出撃を開始する。総員!工廠脇へ退避―!」


稲城が声を荒げたのとコンクリート床に一直線の亀裂が入った事、そしてスピーカーから秋津洲の声が聞こえたのは同時であった。


秋津洲『今月の~ハイライト!ポチッとな、かも!!』


けたたましいサイレン音と共に床が抜ける。生じた空間へと機材と海水が飲み込まれ、やがて海に押し上げられた1機の濃緑の機体が顔を出した。機首にはコックピットに乗り込む秋津洲と手書きの気の抜けた顔が描かれていた。


秋津洲「むふふぅ、機体調整完了!これぞ総製作期間3年、完成度100%の補助兵器、戦闘支援型飛行艇、「1/1二式大艇」かも!天才と自称して早8年。やっと、やっとついに私の努力が報われる時が来たかも!」


実物大の飛行艇を1人で操縦しながら秋津洲は自身の手足の様にいくつかの事を並行して行っていた。ニコイチ、レストアし、日夜隠れて徹底して改造し続けたこの旧世代の救難飛行艇、あらため1/1二式大艇は自分が一番理解している。コントロールグリップを握る彼女の頭の中にはこの機体についての細目が全て叩き込まれていた。


各部の武装点検をしている間に、彼女は機体を操作し仲間をその内部へと回収する。そして久々に高揚する自分を見つけながら秋津洲は汗ばむ手で「進水式」とシールの張られたボタンを元気よく押した。


瞬間、ドックに仕掛けられた爆薬が炸裂し閃光と共に目の前の岸壁がガラガラと音を立てて震えた。4発の釜に火がくべられ次第にゆっくりと唸り始める。やがて、崩れポッカリと大きく口を開けたドックから陽の光を浴びながら時代錯誤な飛行艇はのそりと顔を出した。


今、何より惜しまれるのは時間だ、通信によれば春江の艦隊は散発的にだが小規模な戦闘は始まっているらしい。だからこそ、急がねばならない。秋津洲は雄々しく脈動し続けるメーターを見ていた。だがこの機体ならば遅れを取り戻せる。それだけの性能がある。皆が戦うのだ。なら、私も。



機が島を離れ離陸する頃、機内では赤色灯に包まれた格納庫の中で、各々束の間の休息を取っていた。あるいは出撃を待ち望み、覚悟していた。


深雪「やべぇ、今日の日記をつけ忘れちまったぜ・・・・・・」


そんな深雪を長良がからかう。


長良「ふふっ、ラブレターじゃなくて?」


あきつ丸「栄えある帝国陸軍最後の日でありますな、ほんのりと胸が熱くなってくるであります」


名取「わ、私は胸がバクバクしてます・・・」


そんな会話が交わされる、少しでも気を落ち着けようと最後の戦場と日常の間に僅かな接点を維持しようとしていた。


天龍「古鷹」


そんな中、天龍は代わり映えの無い殺風景な格納庫の様子に飽き、後ろへと振り向いた。


古鷹は深刻な顔で作戦書と壁に張られたタラワ諸島の古い地図を見ていた。しかし考えにふけっているのかその目は宙に彷徨っている。


天龍「地図だ、俺も見ていいか」


古鷹「あ・・・・・・すみません」


古鷹はようやく気付き、場所を開ける。いつも感じる事だが、古鷹はこんな時、実に内気で小心な性格を表に出す。一瞬だけ見えるその素朴さは、今まで艦隊を率いてきた頼もしい古参艦娘にはとても見えなかった。


しばらくして腕を組み、ぼんやりと狭い防弾窓の外を見つめる。


古鷹「どれくらいかな・・・」


天龍「何がだ?」


古鷹は顎に手をやり考え込みながら言った。


古鷹「敵の数です。最後に残って沈んだのは12・・・あ、11だって聞いていますけど」


稲城「おそらく、それ以上かな」


座り込む稲城が背を防弾板に預けながら口を開き、目を閉じたまま眠気を払う様ににわかに能弁になった。


稲城「あの時鎮守府に配備されていた〈量産機〉は23機、そして〈オリジナル〉が2機。おまけに10年近く時が流れてる。これまでの戦況から見て、ま、少なく見積もっても100は下らないはず・・・」


古鷹「という事は」


ゆっくりと窓から地図へと目を戻す。


古鷹「一人で15機は相手にしないといけませんね」


天龍「んなこと細かく考えんなよ、気が滅入っちまう」


天龍が二人の間に入る。


天龍「何であろうと俺達は動き出したんだ。止まったら沈む。奴らを殺すにはそれだけ覚えときゃ十分だろ」


稲城「そうだね、だけどもう一つだけ覚えてもらいたい」


天龍「なんだ?」


稲城「いや、思い出したんだ。奴らの中には呉を襲った異様に図体のでかい航空戦艦が1体だけいるはず。あの人は、ただの深海棲艦じゃない」


深雪「航空戦艦・・・」


その言葉を聞くなり深雪は首のアザを押さえながら縮こまった。


稲城「レ級じゃないよ、たぶん別個体。とはいえ、アタシらに比べて遥かに反射神経がずば抜けている。並みの量産機じゃ太刀打ちできないかも」


自身の記憶を頼りに出来るだけ周囲の仲間へとその危険性を伝える。危うく忘れかけていたが〈オリジナル〉の脅威だけは何としても言っておかねばならなかった。


稲城「とにかく、出くわしたら撃ち続けること。場合によって火線を集中すれば味方の数次第では敵を下がらせることが出来るかもしれないけど、基本撃ちながら下がることを念頭に置いていて」


天龍「わーったよ。一応、頭に入れとく」


間を置いて、それきり会話はまた日常と戦場とを行ったり来たりし始める。少女達にとっては、今それを知ったところで大した意味は無かった。




その頃、タラワ諸島泊地の西方面、「納品用水門」前では既に戦端が開かれていた。深海の群れへの空襲と同時に突入し展開する多数の艦娘達。その先鋒は機動力の高い軽巡と駆逐艦の艦隊が2つ。それを最前列の駆逐艦らの群れがまず迎え撃った。


弾幕を張る深海の駆逐艦らは砲撃を受け、次々と撃沈される。だが数が多い。旗艦の神通と矢矧が息を合わせそれぞれ突破を試みるが戦場に空いた穴は奥からくる増援で埋まり妨害される。止む無く陣形を再編し後方に控える空母と戦艦3機ずつの混成部隊の支援の下敵の数を減らして行く。漂う異臭を放つ薄霧の中、戦闘は数分と経たぬうちに海は爆煙と閃光で混沌を極めた。


それらは善戦していた。ある駆逐艦は敵弾を何発もその身に受け主砲を破壊されながらも肉薄して魚雷を放ち、深海の軽巡を撃破した。陽動の役目を持つ彼女らがこのエリアへと、戦力のほとんどがつぎ込まれていた。にもかかわらず、戦力の総数では深海が上回っていた。


やがて敵指揮官が沈んだのか、敵がばらけるのを見るや最前線の2艦隊はすり抜け懐に潜り込む。これを撃ち抜けなかったネ級やタ級が砲撃方向を反転し、通過した矢矧に照準を合わせる。だが彼らもまた遠距離より長門と陸奥に後ろを突かれ撃破された。


その最後方で春江鎮守府の提督、橋本大佐が乗船する全長100m近い旧世代の移動司令部船「AS-ストロングショルダー」は流動的な戦況の中で秘書艦である妙高の手助けを借りながら指揮を執っていた。


妙高「第1艦隊より入電!我、正面水門に突入を開始、敵部隊と交戦を開始す、装甲空母鬼2、雷巡チ級3、戦艦ル級1の単縦陣の1個艦隊のみ!」


妙高は提督へと通信を読み上げ報告をする。本命である主力の第1艦隊には春江鎮守府最高錬度・最高戦力の量産艦娘達と秘書艦にして〈オリジナル〉の叢雲がいるのだ。


橋本提督「1個艦隊のみだと!?むう、敵さんもよほど自身があると見える。一航戦と祥鳳へ打電、正面水門へと航空支援の要請を!本艦は前進し負傷者の更なる支援を続行する!」


艦数で劣る春江艦隊は比較的経験豊かな娘達の技量と回転率の高さで戦線の維持を強いられていた。各艦隊のベテラン達は敵の艦や艦載機を撃破し、弾薬を撃ち尽くすとこの司令部船へと退避、着艦し補給。必要であれば損傷箇所を応急修理も行った。そしてその間だけが彼女らの休息時間であった。


量産機といえど疲労による判断の遅れはある。そして機動力を駆使する艦隊戦においてはその遅れが生死を分ける。その遅れによる移動距離の差でも砲撃であれば皮一枚でも逸れた弾と命中弾の様に結果はまるで異なる。そして妖精、整備員の必死の努力により出撃準備が整うと彼女らは戦場へと赴いた。言わばこの船は動く鎮守府であった。


彼我の戦力差は4:1と圧倒的である。少女達は既に戦争ではなく殺し合いになっていることを知っていた。だからこそ戦う。これほどの敵がまだここにいるのだ。決戦と言っても自分達がここで敵を撃滅させなければ、今ここにある敵の戦力が本土を攻め落としに向かう可能性も否定できない。それはすでに本土にはそれらしい防衛線力は存在しておらず、すべてが敵本拠地エリアへと集結させられたためであった。ならば本土で起こる戦闘は一方的な虐殺であろう。


妙高「納品門前、戦艦群の沈黙並びに指揮官の撃沈を確認!敵艦隊大きく崩れました!」


秘書艦代理である重巡最古参の妙高の報告を受け提督は頷く。これまでの局所的で比較的平穏な戦いで忘れていたが本来戦争とは小さな勝利、敗北の数で決まるものではない。ましてや話し合いの存在しない深海棲艦との殺戮のし合いとなれば結論は一つだ。


戦いはどちらかが倒れるまで続く。


提督「長門、陸奥、比叡は突出!欠けた第4支援艦隊には第5護衛艦隊の人員を当てよ!」


すぐさま戦艦を突入させ、虎の子の空母を護衛させるべく指示を出した。異動によりそのほとんどの巡洋艦と空母がいないのが悔やまれたがその役目はどうにかなされていた。主力の第1艦隊の活躍がこの拠点攻略のカギであった。


提督「・・・任せたぞ」


正面水門の方向へと向き、自身の思いを口にした。それはこの司令部船も彼女らの働きを無駄にしないという意味を含んでいた。この戦いの終結の折には傷付いた少女らを回収しなければならない。助けたければ自分達も助からねばならなかったからだ。




陽炎「こちら第5艦隊、旗艦。陽炎っ。こちらの部隊は全員士気旺盛なり。指示を・・・はい、了解!」


響「司令官はなんて?」


その時、「AS-ストロングショルダー」の後方で第5護衛艦隊は司令部船周囲の警戒に当たっていた。彼らに戦力の余裕はなかったが駆逐艦5人と水上機母艦の千代田が配置されていた。無論、戦場の後方と言えども敵の脅威がなくなったわけでは無い。時々敵空母からの数機の攻撃機による小規模な空襲があり、稀に駆逐艦3機一組の小隊が隙を突いてアタックを掛けには来ていた。


陽炎「あたしと響、それから時雨の3人は第4艦隊の援護に向かうんだって」


時雨「うん、わかった。赤城さん達の所に行けばいいんだね。了解」


五月雨「ここは私達が何とかしますから、陽炎ちゃん達も頑張ってくださいね!」


そうして陽炎達は支援へと向かい、残る者はそれを見送った。この戦線も終盤に入ったというところだろうことはここでも感じ取れた。


千代田「?・・・何だろう、あれ」


その頃、千代田は偵察と警戒を行っていた。


最初、千代田はそれが分からなかった。上空を旋回する水上機を通して水平線に何かが6つ動いているのが見える。蜃気楼?彼女はそう思った。


だがやがてそれらが急速にこちらへと向かってきている事が分かった。千代田は驚いた。全速で近づいてくるのは4人の複数ドラム缶を積載した艦娘と2機の軽巡ホ級だったからだ。他鎮守府の部隊が追われこちらへと来ている!


慌てて潮と五月雨へ状況を伝達。すぐに3機は駆逐艦達に当たらないように注意を払い一斉射撃を前方の2機編隊に対して加えた。薄くない弾幕が張られ数発が着弾。追うのに夢中だった2機は防御が遅れ直撃を受け大破。更に放たれた次発が集中し沈められていく。逃走を図っていた駆逐艦の後方に爆発による炎が揺らめいては消えた。


潮「だ、大丈夫ですか!」


被弾し破裂したドラム缶の油を被った彼女らを潮と五月雨が手を貸す。千代田もこれに続いた。所属鎮守府を示すマークは石油で汚れ確認できないが、どうやら遠征の帰りに不運にもこの戦場へと迷い込んでしまったようだ。


こういった光景は通常の海域攻略中においてもこのような光景は良く見受けられる。というのも、金星を狙って情報連携を怠った鎮守府が補給線上を戦場としたり、他所の資源を横取りしようとしてその付近で競り合いを起こすことが今でもあるのだ。


この戦いにおいては前もって一報入れてはいたのだが、意外に遠征中の部隊にそれが届かないことも多々ある。どこの部隊か知らないが間が悪い時にここへ来たものである。


「ハァッ、ハァッ・・・すまない、助かった、ぜ」


五月雨「千代田さん、すみません!司令部へと報告をお願いします!」


旗艦代理の五月雨が疲弊した様子の友軍に世話を焼いている為に千代田へと指示を出す。千代田は通信を試みるが電波状況が悪いのか繋がらない。


千代田「あれ?・・・ああもう、こんな時に・・・少し近づかないとダメかな」


千代田は急いで司令部船へと急行する。その時、ふと微かな違和感を覚えた。なぜ決戦だというのに南方へと遠征部隊がいるのだろうか。終戦後の補給のためか、それとも何かの作戦のためにであろうか。それに先程の子の言葉のアクセントが妙だったのも引っかかる。日本語を外国語として学んだら、あんな感じだろうか。



「・・・なぁ、お前。司令部が、あるのか?」


五月雨「あっ、はい!そうですけど・・・どうかしましたか?」


五月雨はそう尋ねる木曾へと肩を貸しながら答えた。今の時代、旧世代の艦船を浮かべて司令部を敵地へと近づけるのは珍しい。友軍同士であってもその光景を見るのは稀だ。現に自身もそうであったように。


木曾「へっ、へっ。そうか、ところで、こいつの、弾薬、補給出来るか?」


五月雨「はい、たぶん提督か明石さんかな?・・・に聞けば大丈夫です!だからそれまでもう少し待っててくださいね!」


五月雨は司令部船へと向く。潮と連携して救命活動をどうにか終え負傷者誘導の準備に入った。


五月雨「あれ、千代田さん?」


戦場の薄霧もあってか視界が安定しない。五月雨から見える発光信号を送る千代田の姿も白く濁っている。


そして彼女は不自然な状況に気付いた。発光信号。そう、通信機による連絡ではなく信号を送っていたのだ。その光はこう言っていた。


「ニ」「ゲ」「ロ」


と。


五月雨「え、どういう事・・・」


だが、彼女は最後まで言葉を発することが出来なかった。口を塞がれシュパッと喉元を熱い異物感が駆け抜けた。一拍置いて、両脚にも同様の感覚が起こる。口をパクパクとさせながら五月雨は力なく倒れた。


五月雨を打ち倒した木曾。その後方に控えていた駆逐艦が合図をすると、漂うゴミと共に伏せていた数機の重巡が現れ「AS-ストロングショルダー」を襲撃する。司令部船は戦線の指揮と通信状態の改善に忙殺されており、気付いた時には搦め手を突かれほとんど反撃らしい反撃の無いまま砲弾を撃ち込まれていく。


木曾『く、くくっ。ハハッ!聞いたかよ、お前ら!ここの優しい提督殿は深海棲艦にも補給をさせてくれるんだとさ!』


自身の身体にひっ付けた油まみれのゴム製の肌や屑鉄を引き千切り、深海第2試験艦隊の隊長、チ級は後ろで僚機に首を絞められる潮を帯びた刀で介錯しながらそううそぶいた。


いくら艦娘といえども超人ばかりではない。弾は当たるし、艤装が破壊されれば沈む。そして彼女らの実態ははるかに脆かった。数が飽和していた為であろう、その性格の細部は異なり、また、司令官を含め心が強い者は意外と少なかった。マニュアルにない予想外の状況に何をすればいいのか、咄嗟の判断が出来ないのである。


とてもありがたかった。チ級は思う。そのおかげで俺達はこいつ等を簡単に鹵獲することが出来たのだから。


提督の指令通り、駆逐艦ばかりだが、これでも今の艦娘らの思考ルーチンを知ることが出来る。時には、イ級以上に強い戦力であってくれる。奴らは親切でとっても優しい。


とはいえ、親切にされたのなら礼をする。それが常識というものだ。だから、この前潰された俺の右目の礼と共に綺麗な死に花を咲かせてやってあげなくては。


『ル級さんも上手くやっているでしょうか』


浜風タイプの僚機がチ級へと問う。チ級は無関心そうに答える。


チ級『知らねぇよ。ま、救援が必要なら出番だろ。たぶん必要ねーけど』


火薬庫にでも引火したのだろう、やがて司令部船から火柱が上がり周囲が真っ赤に照らされる。未だ戦い続けている艦娘達から悲鳴が上がるのが聞こえた。


チ級『こんなもんだろ。よし、俺達も行くぞ!総員、妨害電波の強度を最大に!ここのガラクタを始末し次第、周辺の掃討戦に移行するぞ!』


彼女は3人の僚機に命じる。時雨タイプが12.7cm連装砲を真下に撃ち虫の息の五月雨を始末する。


「納品用水門」前の戦線は終盤に入っていた。




カコの着任



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『無名鎮守府〈量産型〉型録 その3』


・タ号-11-28型〈天龍(ver,1.05)〉【本名:龍越 勝子】


 第1世代を代表する軽巡の1つであり、高い汎用性と量産性を特徴とする。高山造船科学研究所製作、神谷博士により開発された傑作機第2号である。

 タラワ鎮守府で殉職した「タ号-10-41型:木曾」の後継機であり、初期名称は「木曾Ⅱ」とされていたが大本営の指導を受け大きく設計を変更。その原型を残しつつ、後に「天龍」とされた。

 変遷は両腕両脚に61cm四連装魚雷を各部2基ずつ装備した初期型を経て、全ての魚雷管と頭部ダガーアンテナを排除した後期型が数機製作。この後期型が標準となり、量産が行われた。本機はその標準型量産機の1つである。

 カラーリングは黒と黒灰色のツートンを基調としており、各所に白と紺色が見られる。外観は中高生を思わせる学生型であり、腰に帯びる鋼鉄刀は存在を誇示させるように目立ち頭部左眼に装着されるフェイク眼帯の醸し出す威圧感が本機のシルエットを形作っている。

 第1世代の公式スペックは〈オリジナル〉の約45%とされており、機関部の改良・軽量化による瞬間加速度の増加、新設計の鋼鉄刀といった設計は、同世代のライバル研究所製である「ナ号-11-1型:川内」の白兵能力を大きく超えていた。

 機体には10-41型の既存ラインによるパーツが多く流用された為、第1世代のみボディの強度等が特別に高くそのコストの高さと引き換えに比較的戦闘に向くつくりとなっている。が、本機へと本来必要とされていたのは遠征・護衛任務におけるコストの良さであったため、翌世代からは次第に無意味な兵装・パーツの縮小、排除がされていったと言われている。


 天龍型戦闘回路を1枚搭載。7mm粗製アルミニウム合金装甲を持ち、14cm単装砲2基と7.7mm機銃2基、白兵戦用の量産型鋼鉄刀1本を初期標準兵装とする。


※当鎮守府は(ry


・追記(覚え書き)・・・次世代の新型艤装が出るたびに換装を勧めているが、天龍は頑なにあくまで使い慣れた第1世代の艤装と兵装に拘った。どうやら今度も改造して使い続けていくらしい。その日の入渠・補給後、しばらくして秋津洲と共に執務室へと現れ、指定した部品を揃えるようメモを渡して来た。様々な研究所の部品が目につく。ナ号式の南方用高速排熱ファン、登号式の新型火器管制ボックス、艤装冷却装置に・・・なるほど、悪くない。これならば艤装を総取っ換えせずとも問題はなさそうだ。・・・・・・新型艤装買った方が遥かに安くつくことにさえ目を瞑れば。




・AS-FC-1-235-P〈プロトタイプ秋津洲〉【本名:島野 あかね】


 現在においても「全振り」「脳筋」「戦艦屋」と揶揄される阿蘇重工業の艦娘部門研究所が開発した第1世代の試作機である。

 本世代は海軍製以外そのほとんどの量産機は検査を弾かれた検体の使用が半ば強制されており、本機はその中で学術に秀でた検体が用いられた。パワー一筋の阿蘇研にしては「工作艦」と「給糧艦」の技能の一端を移植した艦載機運用艦という正気を疑うほどパワーに無関係な機体となっている。

 これは当時、研究部門において砲や機関による物理的なパワーを求める動きを取っていた一方で、逆説的な探求を執る技術研究者がいたためである。直接的なパワーでは無く、スキルなどの不可視で間接的なパワーを求める逆方向の研究。また、人体の脳が持つ更なる機械回路とのマッチング性及び多岐にわたる技術能力の導入限界検証を目的としていた。これに白羽の矢が立ったのが彼女である。

 もちろん、1人の量産機に多種の技能を詰め込む事は母体にとってもその障害は決して小さくない。それ故、彼女には技能の変換が可能なコンバーター式の試作型戦闘回路、新型学習回路といった膨大な情報量による自我崩壊への抑制措置が繊細かつ緻密に施術され入念に調整が取られていた。

 もとより戦闘向きではない飛行艇母艦の「秋津洲」。その特異な性能から〈オリジナル〉とはベクトルを変えた改造により過激に進化した本機だが、更なる追加施術や実験によって使い潰される直前に海軍により引き渡し命令が下り阿蘇重工業における所有権が完全消失。経過観察不能となり本機の研究は打ち切られた。


 秋津洲型コンバーター式戦闘回路(試作)、秋津洲型艦載機運用回路(試作)を各1枚、そしてAS-L1~3学習回路とAS-S1~3スキルメモリーをそれぞれ各1枚の合計8枚を搭載。

 13mmスチール装甲を持ち、90mmブローニング銃1丁と二式大艇(非武装)、応急修理用メカニックキット+耐火革製鞄を初期標準兵装とする。


※当鎮(ry


・追記・・・量産型「秋津洲」は現在も製造が確認されているが、本機はあくまで技能データ収集用の為、それらよりも更に戦闘能力が劣る仕様となっている。(本鎮守府の台所事情より)実戦へ向け好きなように兵装や艤装などいじらせてみたが戦力の変化は微々たるものであった。




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稲城「橋本提督との通信は!」


秋津洲「司令部との通信は不可能かも!諸島周辺の劣悪な電波状況下につき各春江艦隊との通信も断絶!」


稲城ははるか前方に燃え盛りながら沈む火達磨を映すモニターを前に拳を握りしめる。タラワ諸島で、すでに戦端が開かれていたことは急行する1/1二式大艇の機内からでも確認出来ていた。コックピット寄りへと雑多に取り付けられた多数のモニターがその光景を映し出す。青いマーカー達が赤いマーカーに前と後ろから挟撃されていた。


秋津洲「座標到着まであと5分!もう少しだよ!」


高度を更に落とし多数の20mm機銃を襲いかかる敵艦載機へと振り機体はなおも南へ急ぐ。既に両翼のエンジンからは黒煙が噴き出していた。ここへ来るまでに数度の航空戦を経て機体は損傷が無視できなくなってきている。ドドドと、急ぐ機体を小刻みに叩く機銃弾の音が鈍く反響し、再び防弾板を歪ませた。


しかし彼女らを嘲笑うかのようにモニターは変わらず戦場を映し続ける。


ある軽巡は活路を開くべく矢面に立ち、砲撃を闇雲に繰り返し、集中砲撃を受けた。腰の砲を破壊され反撃手段を失った身体へ砲撃が直撃、爆発、轟沈する。またある駆逐艦は空母を守るべく前に出、弾幕の中、敵重巡へと果敢に立ち向かう。


依然として平衡状態。キルレシオでは艦娘側が未だ上。だが、その一方で閉じていた納品用の水門が、地獄のような呻き声をあげながらゆっくりと開き始め、新たな敵艦隊が顔をのぞかせつつあった。


それでも、混乱と絶望を拭いきれずとも彼女らは戦う。攻撃の要であった司令部船はもはや補給中の戦友と共に海の藻屑。士気は地へと叩きつけられ、既に少ない残弾の中であっても、戦わねばならなかった。もはや彼女らに帰る場所など無い事が分かっていたとしても。彼女らは戦わねばならなかった。


だからこそ、なおも春江鎮守府の艦娘達は深海棲艦へと喰らい付く。仮に敵を仕留められずとも、深海棲艦が自身へと狙いを付けているその間だけは他の仲間が死ぬ確率がぐっと、低くなるのだ。そして脱出の時間も稼げる。ギリギリの選択であった。だが健闘虚しく完全に開き切った水門から雪崩込む増援に押され1人、また1人と喰われていった。


秋津洲「戦闘エリア侵入!」


古鷹「機銃掃射を厳に!各部隊は、発進準備の用意を!」


秋津洲の報告を受け、戦闘の推移を睨む古鷹が指示を飛ばす。戦術黒板の前へ陣取る彼女は頬を強く張った。既に格納庫では艤装の装着がされており、ただ古鷹だけは未だ艤装を付けず改二仕様のセーラー服姿のままである。


古鷹「これより作戦の一部を修正!第1艦隊は2個小隊へと分離。「納品用水門」エリアの敵艦隊群を強襲!その後、第1小隊は諸島内部へ突入を。第2小隊は友軍の救出を・・・願います!」


機体は激闘の只中へと突入した。それを確認するや古鷹は頷き、艤装ハンガーに固定される稲城へと敬礼。もしかすればこれが最後の瞬間になるやも知れない。古鷹の敬礼はそれを表していた。言葉を交わさずとも伝わる。深雪、天龍、長良、あきつ丸、名取もこれに続く。機内が左右に大きく揺れる。稲城もまた彼女らへと返礼をした。



『用意』

『各種回路、起動しています』

『クスリの更なる投与を推奨』

『修正パッチ「10-0-TKカスタム」をインストール中』

『眼球内ブロンズクリスタル液の状態〈秀〉』

『プロトドライブ:充電100%、稼働開始、レディ』

『艤装機関部:良好』


その時稲城の精神は揺れる物理視界と黒と白の網膜ディスプレイを同時に見ていた。まるでロボットのコックピットに乗り三面モニターを見ながらマルチタスク操縦するパイロットの様。同時に、懐かしくも今となっては憎いあの時の艤装と身体の感覚が身体を駆け巡る。


『セーフティープログラム破壊中・・・83%』

『ミッションプログラムNB-ie2679解凍中・・・78%』


同期が終了した瞬間、稲城の身体がビクンと跳ねるような強烈な感覚に襲われる。ギシギシと脳が呻きを上げ、震える様な幻覚が身を貫いた。脳裏に強烈なフラッシュバックが鮮明に蘇り吐き気が襲う。が、湧き上げさせた旧き愛研精神と根性が歯車旭日の旗に編み上げられこれを包み込んだ。


やがて、意識は現実へと戻る。気が付けば格納庫の後部ハッチが開き始めていた。赤い非常灯の光を浴びる彼女は歪む視界と感情の中、クスリをいくつも放り、腰のアルコールボトルを傾け流し込む。『出撃』と青く光るカタパルトパレットに足を乗せ、澱んだ大気を深々と吸い込んだ。震える手足を鎮めるべく心の中で妄想のクスリを更に打ち込み、一つ一つ確かめる。白黒の視界。心臓の鼓動、息遣い。おびただしい硝煙の匂い。身体で加速し続けるクスリの味。スチールの感触。


――ッ・・・帰って来た。


脳がよじれ激痛と走馬燈が走る。それらをこらえ目を閉じた。


――・・・級重巡・・・・・・1番艦。1番機、隊長。そして・・・旗艦。


推薦。南原研。技術試験。タラワ諸島。燃える海。島。空。約束。・・・出撃。・・・・・・・・・そしてまた、出撃。


その時の彼女は既に提督ではなく1機の兵器であった。自身が何をすべきか、兵器の役目を定義するように無意識に口を動かす。それは半ば本能的な反応であった。


秋津洲『見えた!降下ポイント、水門正面!』


古鷹「『降ろし方、始め!』」


濃密な対空射撃の中。1/1二式大艇は水門を目の前に、水面スレスレの高度から機首を起こし急激に高度を上げた。深海棲艦が、艦娘達が、突然彼方から現れた鋼鉄の塊の軌跡を反射的に見上げ、追った。それは大きく、大きく機体を逸らせ、遂には縦に1回転し、3つ、そしてまた3つと、どす黒い曇天の空へと量産機を射出した。


ベクトルの異なるそれらは前後2つに分かれ空中で隊列を組み降下を始めた。水門側へと落ちるその中の一つ・・・石灰色の少女が左右の瞳より青い光を溢しながら腰だめに構えた155mmマシンガンを猛射。眼下でひしめき合い機動性が殺された駆逐・巡洋艦は悉く中口径弾を浴び方々で爆発を起こした。


加古「『加古』、出撃!皆、行くよ!」


続く天龍、深雪もこれに従い弾幕を張る。一方的な豪雨のような一斉射撃の中、加古は流れる様に空のドラムマガジンをパージ、リロード。再び猛射しつつ、同時に張られたばかりの薄い対空砲火をすり抜け、着地地点に見える駆逐ロ級へと跳び蹴りの態勢を取った!


加古「チェストオオオォォォォッ!」


約2トン強の質量を伴った蹴りがロ級の脳天をかち割る!


同時に背面の腰部マウントより20cm噴進砲――手持ち式の試作バズーカ砲――を左手に構え足元へ引き金を引いた。クスリが与える泥の様に粘っこい時間間隔。足元で急激に膨張する熱。そう遠くない位置で舞い始めた天龍と深雪、後方より驚きに満ち衝撃と困惑を感じられる春江艦隊の視線、極限まで引き出された感覚が周囲のそれらを肌で感じ取る。加古は素早く離脱し爆風に乗り、右手のマシンガンを周囲へばら撒きながら手近な敵に肉薄し更なる噴進弾を打ち込んだ。巻き起こる爆風。唸りを上げる機関。再び風に乗り、加速。


加古は重装してなお良い艤装の機動に目を張った。艤装と回路には彼女の後継機である古鷹のこれまでの実戦データを基にしたプログラム改編を施していた。それは最高の修正プログラムだった。


加古「『こちら加古!水門の増援は駆逐艦のみ!繰り返す、増援は駆逐艦のみ!駆逐以上の艦種は見当たらず!』」


加古は本能の赴くまま敵艦の群れを縫う様に走る。狙いはまず敵の攪乱、そして水門の突破だ。彼女の網膜ディスプレイには電探による索敵情報、発艦し始める烈風や各艦の視界映像、果ては艤装のコンディションや通信ログなどが随時更新されていた。脳を押し潰さんとする程の膨大な負荷。だが、それでもなお持て余した反応力と演算速度を活用して高揚する歪な爽快感の中、観察・分析し報告を行った。


彼女は戦況を報告しながら弾数を気にせずひたすらに撃つ。予想通り敵は混乱して上手く連携が取れていないがために迅速な対応が出来ていない。更に密集形態ゆえ、まともな照準機能の無い加古ですらいとも容易く撃破が出来た。


加古「噴進砲が弾切れ寸前。然れどもデータは確保!」


目の前に立ち塞がるロ級に噴進砲の最後の一発をマシンガンのフルオート射撃と共に叩き込み、もはや意味をなさない報告を述べ記録する。膨大な量の弾丸を正面から受けたロ級は反撃が遅れ、口内へとロケット弾が飛び込み体内から爆発四散した。


加古はロ級の残骸に身を隠し、ドラムマガジンをリロード。そして噴進砲を捨てながら新たに銃身を切り詰め銃床を取り払った右手と同型のマシンガンを取り出した。その時、周囲へと弾着。夾叉。加古は射点へと向けて両手の銃を向ける。網膜ディスプレイには突っ込んでくる艦娘らの姿が映し出されていた。



それは敵により鹵獲された時雨と浜風タイプの駆逐艦と重巡リ級2機の4人であった。彼女らからすれば突如現れ自軍を喰い荒らすこの謎の援軍らは実際脅威であった。事実、挟撃隊形にあった戦況は掻き回され、春江艦隊の脱出を許している。このままでは自分達も危ない、そう判断したチ級の指示の下彼らは事の要因を叩くべく水門へと突っ切った。当然、水門前で派手に暴れ回るそれはすぐに確認された。


『なに!?あれ!』


『軍帽に白い艤装・・・まさか新型!?こんな場所に!?』


彼女らは明らかに動揺していた。それは加古が2人から見て独特のパーソナルカラーを持ち、兵装・容姿共に図鑑に該当が無かったためであった。だが、すぐに切り替える。おそらく新型か、もしくはスペシャルチューンドされた指揮艦であるはず、ならば物量に物を言わせ沈めてしまえば問題ない、と。


浜風タイプは10cm高角砲の標準を巡洋艦に向け、撃つ。僚艦も共に砲撃を続けるが、加古は深海の駆逐艦らを遮蔽にするように不規則に機動し隠れながらこれを巧みに回避。命中弾は無い。


『っ、周りが邪魔だよ!』


時雨タイプは左右に振られ、思う様に機動力が活かせないまま砲撃をする。だが有効弾の無いまま双方は瞬時に接近し遮蔽を挟んですれ違った。


『艤装にエンブレム発見・・・!パターンに該当あり。しめた、あいつは量産機だ!』


『・・・目標は船群を抜け、島側へ針路を変更しました。追い込んで撃破に持ち込みましょう!』


浜風タイプの通信に旗艦である時雨タイプは唇をにわかに湿らす。一時離脱を図ろうとする目標の向かう先は陸地。ここで勝負を賭けるべきだ。


『よし、行くよ。高速深海魚雷用意!テェッ!』


それは彼女達にとって歓喜の叫びでもあった。一時、その特異な行動から2人は敵が〈オリジナル〉である可能性に怯えていた。〈オリジナル〉と〈量産機〉では性能に差があり過ぎる。が、量産機であるとわかった今となっては問題など無い。依然として数に勝るこちらが有利だからだ。


4人は加古を追い込み、主砲で牽制し、一定の範囲へと目標を閉じ込めながら一斉に魚雷を放つ。加古の針路の先には陸。そして周囲に盾になる残骸は無い。


だが、加古は思わぬ行動をとって見せた。次第に狭まる砲撃範囲の中あえて反転し両舷全速、61cm四連装魚雷を進行方向へと放ち、そのまま腰部両側面の12.7mm機銃と両手のマシンガンで正面に弾幕を張った。そして『歯車の旭日』と『加古』の毛筆文字がペイントされた左腕を前に突き出し、器用に砲弾を明後日の方向へと弾いて見せた。


一見、脚や腕へ被弾し、肉を削られながらも突撃を続ける加古。しかし、艤装への直撃は避けていた。腹へ一発弾をもらうが炸裂せずに血肉が引き剥がれるのみ。散り出たはらわた片と血で石灰色のセーラー服を赤黒く汚しつつも加古は笑みを浮かべ、青く光る視線を向けた。艦娘にあるまじき反応。異様な光景に4人は一瞬、呑まれた。


双方の魚雷が水面下で衝突、瞬く間に炸裂し水柱が横一列に立ち上がった。


『怯むな!4対1なら!』


時雨タイプがそう叫び目標の予測地点へ向けて主砲を連射する。弾幕を張り敵を牽制するためだ。だが、命中音は無い。それどころか薄くなった水飛沫の膜から数十発の小ぶりな噴進弾が飛び出した。


火力を集中し固まっていたのが、仇となった。4人は目の前で炸裂した幾多もの12cm噴進弾を浴びる。それらは致命的な程の威力は無かったが感覚器官を傷付けるには適していた。


『こ、このおぉぉっ!』


目標の機動は、予測よりも僅かに速かった。加古は水煙を抜け右肩の硝煙立ち昇る噴進弾の発射台をパージ、両手の灼けたマシンガンを落としつつ、目の前の最も損傷を受けたリ級へと肉薄し殴りつけた。ドガンッ、という衝撃音と共に迫り出した左腕艤装がリ級の頭部を打ち抜き、首上より吹き飛ばす。左肩より薬莢を空高く排出、止まらずに速度を維持して加古は大きく旋回。


その時、浜風タイプが加古の後方に滑り込んだ。


『っ、後ろを取りました!もう逃がしません!』


浜風タイプはあえて頭部に狙いをつけ砲撃する。動きさえ止められればそれでいい。そして二条の火線が吸い込まれ見事、頭部に命中、炸裂した。加古は木の葉の様にくるくると回り、うつ伏せに転倒し停止する。


『やった、命中!』


『浜風ナイス!このまま仕留めよう!』


被弾した頭部を押さえる加古へと3人が接近する。1番近いのは重巡リ級だ。同時に時雨タイプは並行してチ級へと通信。掻き乱された戦況は次第に静まりつつあり、何隻かの駆逐艦がこちらへと向かっていた。


『こちら時雨。騒動の原因の足を止めたよ!これから沈める!』


チ級『よくやった!確実に殺せよ!』


包囲の中、リ級は両腕の8inch単装砲を構えた。腕の展開した装甲カバーからは牙が生え粘性の糸を引く。その火力は駆逐艦のとは比べ物にならない。


だが、突然彼女らの視界へと何かが飛び込み、次々と空中で爆発し爆煙と破片が襲った。攻撃は明後日の方向から来ていた。連続して起きる爆発に3人は狼狽し、煙に阻まれ相互支援が出来なくなった。


『ッ、まずい!』


その時まで、時雨タイプ達は戦況を乱していた者が加古1人と思い込んでいた。大量の兵装を積載し一騎当千の戦力を誇る新型艦娘。だが、何しろこの混乱下、乱戦の中であれだけ派手に暴れていたのだ、戦闘中に気に掛けるのは困難極まりなかっただろう。故に後方で今もなお続く戦闘に気を配るべきであった。



天龍(小破)「『もう一回行くぞ!』」


深雪「姉ちゃん、任せて!」


天龍は敵の砲撃を右手の戦艦刀で小刻みに弾きつつ、間を縫って左腕を大きく振りかぶり空へと手中の複数の物体を中距離より投擲する。それは爆雷であった。それを高機動で翻弄する深雪が高射装置越しに10cm連装高角砲で落下物を狙撃し爆発させ、飛来破片と黒煙を生み出す。機転を利かせた即席の煙幕弾であった。


古鷹『敵は態勢を整えつつあります。第1小隊は急いで行動を!』


天龍(小破)「わぁってる!牽制機動終わり!チビ助、突っ込むぞ!」


深雪「いよぉーし!行っけー!!」


天龍は呼び掛けつつ駆逐ハ級の砲弾を弾き軌道を逸らし、敵艦へと着弾させる。2人は手薄な空間へと集結すると間を置かずに縦一列で突撃を開始した。文字通り、矢のように。



その矢は狙いを外さなかった。それに気付いた時雨と浜風タイプは反転し主砲で迎撃する。その狙いもまた、間違ってはいなかった。だが4条の火線は先頭を走る天龍の刀に弾かれ、後方へ打ち上げられる形となる。弾かれた1発が応援に向かう駆逐艦の直上へ襲い掛かり爆発した。


『何あれは!?』


『浜風、下がって!』


事態の危険性を把握した時雨タイプは緊急回避を取り敵の突撃ルートより離脱を図る。だが浜風タイプは連射を始めた天龍の副砲の至近弾の嵐をモロに受け、足が止まっていた。


『は、浜風ぇ!』


時雨タイプは次に起こる事を打開すべく、主砲を浜風タイプへと急接近する天龍へ連射しながら突っ込む。だが砲弾は天龍の刀に空しく弾かれるばかり。それどころか天龍の影より飛び出し、側面を取った深雪の主砲が彼女の脚部に着弾し転倒させた。なおも砲弾は時雨を狙う。


『時雨っ、たすけ・・・』


呼び掛ける声が聞こえる。浜風は天龍を撃ち続けていた。しかし天龍は弾幕を掻い潜り、掃射を止め刀を腰だめに水平で構え固定。浜風の懐へ飛び込む。一瞬の交錯。時雨は彼女へと手を伸ばした。だが、浜風の上半身は主砲を撃ち続けたままに、二本足で立つ腰から下を残して、後方へとゆっくりと倒れ、海中へと沈んでいった。


「ア、アァ・・・ァ・・・ァ」


目の前の惨劇に時雨は力なく腕を下ろし、顔を上げたまま海に伏した。もう一方で起きた事象に吸い込まれるように目が動く。頭部を撃ち抜き倒したと思っていた新型艦娘が、気が付けば天龍へと砲撃するリ級の真後ろに音も無く立っていた。


背中へ突き付けられる左腕。ゼロ距離射撃が一発。リ級は叫び一つ上げられずに胸部を蜂の巣にされ撃沈される。間も無く合流した3機は背を向け開きっぱなしの水門へ走り出した。


時雨は薄れゆく意識の中、どうすることも出来ないまま視界にその光景を収めていた。




第2小隊と1/1二式大艇はその時、態勢を取り戻しつつある深海棲艦群と鎬を削っていた。敵戦力は第1小隊との強襲で激減してはいるものの、未だ油断は出来ない。


1/1二式大艇に張りつき機関砲のようにボーキサイトを補給、消費を繰り返すあきつ丸は簡易航空基地の役目を今も果たし、旗艦の長良と名取は黒と血染めの鉢巻をそれぞれはためかせ最前線で戦っていた。1/1二式大艇の援護射撃を受けながら編隊を組み、敵を攻撃しては、機動力を活かし反撃を回避する。


そして、1/1二式大艇の後ろに控えるは、自力で脱出したどり着いた春江の艦娘達であった。彼女らはこの移動工廠の内部に格納され、現在も順次に応急修理、補給が行われている。可能ならば修理が終わり次第、第2小隊へ、前線へと緊急出撃していた。


第1小隊が水門を抜けた頃には数機の春江艦が合流に成功し、その中には空母や戦艦の姿もあった。実際、彼女らにとっても古鷹らの出現は予想だにしない事態であったであろう。そしてそれは、一度は無残にへし折られた心を補修し士気を盛り返すには十分な機会でもあった。


古鷹「『第1小隊の諸島内部へ突入を確認!これより春江の各員は3人1組で艦隊編成し、集中攻撃戦法1号の実施を願います!』」


古鷹は戦略机で陣頭指揮に立っていた。初撃の効果は今もまだ、僅かに爪痕を残している。それは機内からでも自身の目を通して理解出来ていた。そして1/1二式大艇を基地局とした機内に流れる比較的クリアな通信の数々。


名取『当たってください!』


名取が叫びながら魚雷をばら撒き、集結した幾つかの駆逐艦もこれに続いた。数条の雷跡が描かれイ級やホ級を撃破。それを見越した神通と千代田が魚雷と瑞雲を間を縫って飛ばし、急激な機動で上空の烈風と共に切り込んでゆく。


状況は消耗戦に持ち込まれようとしていた。深海は数で上回り、艦娘は覚悟と決心で上回っている。そしてこの移動工廠。五分五分と言ったところだろうか。


その時、第2小隊周辺で激しい衝撃と水柱がいくつも上がった。


秋津洲「12時より新たに敵艦載機群!」


古鷹「面舵40!煙幕散布用意!」


古鷹は秋津洲へ向けてそう怒鳴る。すぐさま機体側面より煙幕弾が空高く発射され、機体を覆い隠し空襲を躱す。烈風と激しい対空機銃の歓迎を辛くも切り抜けた深海の艦載機が投下した爆弾と魚雷は、少し前まで1/1二式大艇がいた地点を通過した。


だが次の瞬間、凄まじい衝撃が機体側面を襲う。


秋津洲「ッあぁ!左舷に被弾!装甲著しく破損!ハイドロエンジン著しく出力低下!機銃稼働率50%減かも!!」


それは数十もの数の魚雷であった。続けざまに集中して飛び込んだそれらはいくつかが波により逸れるが、数本が1/1二式大艇の横っ腹を確実に食い千切っていた。


古鷹「妖精さん!ダメージコントロールお願いします!」


古鷹の命令を受け機内の妖精達は修理と救護の為に出動する。それらは皆、流れ着いた春江鎮守府の工廠妖精であった。1/1二式大艇には艤装が完全破損し戦闘に加われない子は後部格納庫等へ収容されており、機体の左舷には大穴が開いている。そこに負傷者がいないとも限らなかった。


古鷹「修理の状況は!」


秋津洲「機内に修理中の2人がまだ残っているかも!終了まであと2分!」


長良(小破)『行って!』


長良から酷いノイズ交じりの通信。2人はスピーカーへ振り返る。


長良『最早、第2小隊の任務は達成したわ。もう支援の必要は無い!』


秋津洲「けど・・・」


更なる雷撃が飛び込む。1/1二式大艇は損傷した機体を揺すり辛くも第2波を回避する。


名取『構わないでください!・・・い、今は邪魔です!古鷹さん、秋津洲さん、私達の帰り道を・・・お願いします!』


古鷹「最大船速!本機は緊急離脱を!」


すぐに古鷹は発令。1/1二式大艇は回頭し戦線離脱を図る。その間も空と海から敵襲は続いている。左翼の一部が剥離し大穴を呈しながらハイドロエンジンを勢いよく吹かした。



一瞬の内に司令塔が手痛い損傷を負ったことで、残存艦達は先程まで1/1二式大艇がいた沖周辺へと集結していた。両者の攻撃は一時的に止み、戦場に似つかわしくない静寂が訪れる。耳元へ吠える妨害電波のスクラッチ音をよそに、名取は先程の雷跡の射線上の1機の敵を睨む。それはブリーフィングで見覚えのある姿の巡洋艦であった。


「なんだ!?深海の新型か?」


千代田(中破)「あいつは・・・あの時の!」


長良(小破)「10-41型!」


名取「ううん、少し違う!でも気を付けて!」


名取は頬の返り血を拭いドラムマガジンをリロードしながら呼び掛ける。目の前の機体は確かにあの木曾だ、だがどちらかと言えばあのマントと軍刀は改二の姿に近かった。


第2小隊と春江残存艦らはその機体、チ級の持つ火力にやや気圧されながらも、再び動き出した。彼女らは駆逐艦らではなくチ級をより脅威と判断、攻撃を集中する。彼女らは編隊を組みながらついには乱戦へともつれ込んだ。



秋津洲「このっ!油圧が、速度が上がらないかも!」


機体は全速で加速をかけていた。だが、度重なる損傷ゆえに著しく困難になっていた。魚雷におけるダメージも決して無視できない。1/1二式大艇の防弾板は分厚く強固であるが、もとより艦隊戦を行う事を目指したわけではないからだ。


ここで秋津洲は思い切った行動に出る。彼女は後部ハッチの開閉ボタンを押す。機体後部には格納庫があり、未だ余った資材や弾薬などが積まれたままだ。そこには無名鎮守府から持ってきた有象無象のジャンク品などもそっくり積まれている。それらを一気に見境なくカタパルトで海へと投下し始めたのだ。途端に軽くなる機体。更にダメージコントロールの効果も相まって1/1二式大艇は活力を取り戻した。


秋津洲「よし!」


今までのもどかしい鈍足から一転、快速となる。ハッチを閉じながら秋津洲は再びコックピットの操縦桿を握り直した。


古鷹「秋津洲さん、修理中の子の整備を急いでください!こちらの行動を敵が理解しないはずがありません!」


古鷹は引き続き戦況分析を行い指示を飛ばす。今となっては慣れたデスクワーク。今となっては当たり前となった指揮官としての務めだ。


だがその表情は硬く、額から汗が止めどなく流れ出る。モニターの1枚には諸島内部の映像が中継され、水門前で再び流れ始めた通信は敵の妨害電波の影響により酷く乱れてはいたが、戦況をありありと伝えていた。


古鷹「フンッ!」


落ち着き無く格納庫へと走り出そうとする脚を抑え、古鷹は大きく深呼吸し、両手で勢い良く頬を張った。名取の言う通り、安全を確保すべく1/1二式大艇はここにいるべきだろう。機銃がやられ護衛の対空・対艦戦力も心許ない今となっては、足手まといにすぎない。


ビーッ!


秋津洲「ッ!電探に反応ありかも!」


古鷹「な、何っ!?」


その時、機内に警報が鳴り響く。モニターには機体後方に張りつくように反応が一つあった。


だがその正体を知り、2人の強張った表情は僅かに緩む。それは深海棲艦などではなかった。


あきつ丸(小破)「ひ、ひえっ。ゴボボッ。だ、だれか助けてほしいでありますーっ!」


波に打ち付けられ、逆剥けになった鉄板とコードに引っかかり絡まっていたそれは、爆発にあおられたのであろう。1/1二式大艇の周囲で後方援護をしていたあきつ丸であった。




NO DATA



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『無名鎮守府〈量産型〉型録 その4』


・ナ号10-0型〈加古(隊長機仕様)〉【本名:稲城 香子】


 南原産業総合研究所により製造された史上初の自称量産機。加古級重巡洋艦1番艦モデルの試作機である本機は、艤装等メカニック類設計者である隊長機、稲城香子大尉の機体である。

 この提出用の「加古」は、提示された『3週間』という泣けるほど短い納期の中、不眠不休と不断の努力、そして多大な愛研精神で『南原ハイブリッド理論』の有効性を証明するかのように2機が作り上げられた。本機は、その誇りある最初の1番機である。後に性能試験の折に叩き出した僚機2機の凄まじいデータを反映し、用途は『戦闘用』と大本営に書き換えられた。

 その特長は、何と言っても〈オリジナル〉にもないボディの自動修復機能と、左腕に搭載された炸薬薬莢を用いた爆圧によるスライド駆動のアームナックルである。カラーリングが石灰色なのは提出までに時間が無く、腐食止め塗装しか出来なかった。

 機体全体は「試作品で構成」とされているが、その実、クズめいた低純度強化生体パーツや他プロジェクトの未完成パーツの流用がほとんどである。極薄装甲に薬物中毒など生存性らを酷く冒涜する本機だが、幸運にも拡張性は酷く良く、13通りの異なる専用カスタムが確認されている。


川内型戦闘回路(動作実験用)、提督回路を各1枚搭載。12mm粗製スチール装甲を持ち、20cm単装砲(保弾板式)3基と80mm十四年式拳銃2丁、61cm連装魚雷2基。更に白兵戦兵装としての左腕部アームナックルを初期標準兵装とする。


※現在も軍部を含め各研究所らは、これら第零世代シリーズの存在を一切認めていない。


・追記・・・彼女はそれまで工業学校を上位卒業したばかりの女学生であるが、戦術関係とは無縁であった為、提督回路を搭載してもその指揮能力は±0に等しかった。

 また、ボディの強度がヒトに毛が生えた程度であったためだろうか。経年による老化現象が観測された。これは成長が固定された量産機という中、初めて見られた極めて興味深いケースである。




・ナ号20-0-053再型〈加古(カイ二カスタム)〉


 無名鎮守府より現地改修を施された元第零世代の量産機。聞こえは良いが、つまるところ、ただの型落ちマイナーチェンジの重武装仕様である。形式番号はあくまで自称。

 約10年前の試作機の艤装に改装を施すだけでも眩暈がしそうであるが、更に本機のベース艤装は南原研博物資料館の予備艤装を調達させ、成長した彼女の身体データに合わせてわざわざ調整し直させたという頭を抱えたくなる代物。

 基本性能は据え置きだが、増設された兵装や弾倉、背部へ追加されたラックに装着される試作兵装らを纏う姿は防御力と速力など皆無に等しい、まさに誘爆必至の動く火薬庫である。同時に、激増した重量で安定性は最悪なため、「加古」について精通していなければまともに立つ事はおろか腕を振る事さえ厳しい。

 射撃は経験という名の勘で、姿勢制御は誇りという名の色褪せた根性で、やるしかない。


川内型戦闘回路(動作実験用)、提督回路を各1枚搭載。12mm粗製スチール(左腕のみ超硬スチール)装甲を持ち、20cm単装砲(保弾板式)3基と12cm30連装噴進砲1基、12,7mm機銃2基、80mm十四年式拳銃2丁、61cm四連装魚雷2基。


を標準兵装に


登戸式140mm級対艦ライフル1丁、量産型ブリキ刀1本、試作兵装【20cm噴進砲1丁、155mmマシンガン(長・短)、AS-プロトンファウストⅢ6本】


らをさらに追加で装備。


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####南原yrバト#プログ#@殺010100111###:**#00……


##は##る010か遠く0#1##〈頭部##橙色に彩ら###ダメー010101ジ##甚#〉#れた海。


夕刻にもかかわらず、暗く澱んだ異臭混じりの空気と共に、深夜と見間違うほどの黒ずんだ分厚い雲がかかっている。


廃材に腰かけ、アタシは黒煙吹き出す半壊したタラワ鎮守府を背に、焼け焦げた大地の匂いを嗅いだ。プリントの無い無個性な味付きエタノール缶を開け、泡を噴出し、飲み干す。足元には13本の線香が細々と赤く燃え、煙が立ち昇る。


「よぉ、なぁに水臭ぇことしてんだよ。南原型」


ふと背後から声。何時の間にか近くに来ていた神谷が傍らへ魚雷管と量産試験型の鉄刀をどすりと置き、隣へ座り込んだ。アタシは神谷の昨日よりも一段ときつくなった鉄とドラッグタバコの臭いを鼻で感じながら、構わず黙って缶を開け、傾けた。重い脳が軋み吐き気を伴う激しい痛みを起こす。


昨日?……昨日って…?えっと、ああそうだ、思い出した。懐かしい。あの時の、またいつもの夢に違いない。


アタシはグラインダーの如き心を削らんとする夢幻を久しぶりに実感した。


五感を通して何もかもがリアルに感じる。もう何年も見ていなかった。何てことはない、かつて『提督回路』に焼き付いたバグが見せる幻覚だ。というのも、アタシの周辺以外の景色が擦りガラスを通したドット絵のように不鮮明であることが何よりの証拠である。


加古「ゴクゴク。ぶふっ、見りゃわかるだろ高山型。…敬意を払ってるんだ」


アタシは後頭部を何度も叩きながら、回路に焼き付けられた久方ぶりのセリフを吐く。数える事すら忘れた夢、擦れ切り、無味乾燥と化した銀幕の世界だ。


神谷「ったく、賢そうに振る舞いやがって。ただ酒が飲みてーだけだろ?」


そう言うか言わないか、神谷も同じくエタノール缶をわざとらしく音を立てて勢いよく泡を吹き出させる。2人の足元には数日前まで親友のように接し、肩を組んでまでいた友の、無残に欠けた亡骸があった。今では身動き一つせずに築地のマグロのようにボロ布を掛けられ、几帳面に13個、等間隔に横一列で並べられていた。


神谷「キレーな顔してやがる…へっ、寝てるみてぇだ」


片手間にボロ布をめくっては腕や足、果ては頭部や下半身の無い戦友の亡骸の頬をぴしゃぴしゃと叩きつつ呟く。身を動かす程に痛々しく軋む艤装の擦れる音が耳に刺さった。


神谷を含めアタシらは全員、兵装にガタが来ていた。純正のスペアパーツが底をついた今では主砲や魚雷など細部のカラーリングの異なる、倒れた戦友の物が、幾分かはマシな物が所々あてがわれている。


だが、隊長機であってもネジ釘、歯車1つを取っても整合性がまるでとれておらず、万全といえるものではない。そして数週間前に工廠を完膚なきまでに奴らに破壊されて以降、代替部品すら作れなくなった。量産機中、最も精密でタラワ艦隊の中核となっていた「木曾」モデルの高山型は、性能こそずば抜けて良かったが、その影響をモロに受けていた。


上空を異形の偵察機らが飛び過ぎ、更に彼方の水門へと爆弾が破裂する。もはや日常風景となった景色に、アタシと神谷は指さえピクリとも反応しない。神谷はアタシから顔を背け缶を一気に飲み干し、炭酸に喉をやられ盛大にむせた。


加古「能登に道後…あいつらは立派だったよ」


台本通り。俯き、神谷の背中をさすりながら、神谷と同じ容姿の…布をかけられた、千切れた容姿のぼんやりとした量産型木曾2人に目をやる。タラワ鎮守府へ、送られて来た高山型の5人の内の2人。状況が少しでも違っていたのなら…生きていれば優秀な指揮艦となっていたはずの2人だ。今となっては靄がかかり、よくは覚えていない。だが、あの子達とも、もっと話をしておけばよかった…とは今も思う。


アタシは明後日の方角へ、沖へ向けて視線を移した。


やや遠く水平線、包囲され海路を封鎖された諸島の沖ではコールタールを海へと大量に流したようなどす黒い影が見えた。赤、青、黄、緑とクリスマスツリーのイルミネーションの如く奴らの目がこちらへ睨みを利かしている。それは先日の水門固定化作戦である程度の時間を、猶予を僅かながら勝ち取った証であった。


加古「敵の陽動を受け持ち、駆逐10機、軽巡2機、艦載機数十機の撃墜に戦艦2機の大破。おかげでアタシ達は敵の空母6機を沈黙させることが出来た。戦闘記録も新たに取れ、神谷達残った3人の…今日の分の戦闘プログラムの更なる修正が行えた。…大戦果だよ」


神谷「ったりめぇだろ!!…父さんが、造ったんだ。自慢の誇りある機体だ!だからこそ!いくらでも働いて楽をさせてあげたい。制式採用の為なら…捨て駒でも!なんだってやってやる。……けどよぉ、アアッ、グッ、クソォッ!何だよ、こんなの!」


神谷は痛み乱れた髪を掻きむしる。覚束ない手つきで湿気た代替マッチを探り、荒々しく、ドラッグタバコ「ジャズ」3本に纏めて火を灯した。吸って吐いて、また灯して。何度も過剰な喫煙を繰り返す。が、それだけでは足りなかったのか、アタシへクスリをねだった。


アタシはズキリと痛む後頭部を抑えつつ、クスリを瓶ごと、そっくりそのまま放ってやった。神谷は瓶をラッパ飲みし、ボリボリと錠剤全てを酒と共に咀嚼。再びタバコを何本も、何本も繰り返しまとめて吸い、泣き崩れる。


神谷「俺は戦えるんだ…プログラムもそう言っている。回路だって…正常だ。欠陥品じゃないのに」


加古「分かってる。隊長機同士、何度も競い合った仲だ。アタシも…分かってるよ」


アタシはズキズキと重篤化した頭痛を鎮めるため首筋にシリンジで特濃モルヒネをやや多めに打った。紙が剥がれるように痛覚が消え、途端に襲い掛かる眠気に抗い正気を保とうと努める。その間に神谷は夢中でタバコを吸い、足元に夥しい量のドラッグタバコの山を積み上げていった。


神谷「スゥーッ、ハァーッ。ンン~ウッ、ゲホゲホッ!……もう大丈夫だ。ゲホッ、多分なゴホゴホッ!!」


加古「本当かよ…」


神谷の濁った瞳を歪んだ視界の中、苦労して頭を動かし真正面に捉える。バッドトリップ寸前までしっかりキマッた神谷は陽気に饒舌な様子で答えて見せた。


神谷「…気にすんなって。ハハッ!それによ!!俺の演算回路から計算すりゃあ…数時間後にはこんな所とはオサラバ!!んでもって任務から解放ッ、ヘヘッ…何処へでも楽になれるぜ!」


加古「楽にねぇ。上、下、真ん中…どっちへだい?」


神谷「オイオイ、下は御免こうむりてぇなぁ!」


「なんや、二人勝手にボケかましとぉって。アホが」


話に割り込むように座り込む2人の肩に輪郭のぼやけた井上が腕を掛ける。左右の手には稲城達と同じく無個性な味付きエタノール缶。


神谷「うるせぇ!麗しき戦乙女同士の話し中だ、邪魔すんな似非関西人!」


「なんやて!」


「ちょ、ちょっと2人とも…もう喧嘩はしないって言ってたじゃん」


そこへ容姿の霞んだ丸島が腕を籠のようにして多数のエタノール缶を山のように満載して駆け寄って来る。更にその後方にはややゆっくりとした足取りで宴へと歩み寄る各研究所の疲弊し傷付いた量産機達の影が見えた。



デナ…ホントカヨ!アタシハサ~……フフッ、ナニソレ~!

ダヨネー、アッソウダ!…ナニナニ?

ッテコトガナ~…イツモダロ?

フフフッ…アハハッ!


加古「…さて」


神谷「そろそろか…」


神谷は缶を一気飲みし、腕時計を見る。時刻は間もなく二二〇〇。深海棲艦が不眠のアタシ達の精神を削るべく更なる攻撃、艦砲射撃を始める時刻である。


「なんや、もう時間か」


「はぁ~、つまんないの」


宴もたけなわ。少女達の賑やかで朧などんちゃん騒ぎが終わり、各々艤装の最終チェックを行ってゆく。


やがて彼女らは用意していたエタノール一斗缶を手に取り、一足早く自由になった戦友へ向き直る。整列した彼女らからは、先程の宴のような少女らしい表情は無く、空気がずしりと重くなる。


加古「…生存者、10名。アタシ達はこれよりこの鎮守府を脱出する。けれど、機密保持のために死体を本土へ持ち帰る事は出来ない」


シンと静まり返った周囲よりポツポツと嗚咽のような音が聞こえ始める。依然として上空を深海の偵察機が飛び過ぎた。アタシは隣で顔を赤くしてこらえる副隊長機の姿を感じながら、乾いた唇を舐め、いつもの言葉を紡ぎ出した。


加古「だから、ここで処分する」


一斉に栓を開ける音と共に一糸乱れずゴキュゴキュと全員が喉を鳴らし缶を傾けた。やがて残りを全て、足元の死体へとぶちまけた。#井上達、量産型龍驤らが式神を飛ばし火をつける。目の前、あたり一面が火の海となった。


かぶさっていた布が焼け消える。ギギギ、ガチガチと軋み音を立てて、艤装ごと焼か#‘れた死体が、炙ったスルメのように、火達磨になりながら起き上がっては倒れ込んだ。それはまだ自信が戦えることを言いたいのか、はたまた深海棲艦かアタシ*%%#達に恨みを抱いている為か。焼かれ、もがき、顎をガクガクと開閉させ、「「苦しむかのようにのた打ち回る。やがて1体、ま*;た1体と音も無く地に伏していく。


誰かが悲鳴を上げた。アタシは誰よりも早く駆けだし、井上の足首の部位を掴むアタシと同型の死に損ないの腕を蹴り上げた。腰の80mm十四年式拳銃を抜き撃ち、淡々と、舌打ちと共に撃鉄を鳴らす。優秀な0010111量産機?!‘++はプログラム通り0001coadに従う11*1**1物だ。生臭い血混じりの脳漿と肉をまた浴び?>る。0101アラミド繊維セーラー服の中まで##1###010111ヌルヌルと‘‘‘@@311血が侵入してくる。だがまだ眼下の死体は死なない。グシャグシャに潰れた顔と声でアタシを呼んでいる。


うるさいな。


こんな事、もういい加減飽きたんだよ。


アタシは鉛のように重くなった頭を抑え、砂嵐の掛かった銀幕の中で血塗れの額を擦り、シートからクスリを取り何錠も放り込んだ。途端に禍々しい黒い高揚感に背中を押され、「歯車の旭日」が頭が埋め尽くされ、身悶えする程の多幸感に包まれた。


空き缶を潰すようにすがり寄る生焼けの腕を踏み砕き、引き千切り、右腕で首根を掴みながら引き上げ強引に立たせる。焼けた蛋白質の嫌な臭いに顔を歪め、呻く的に向けてピンと左腕を真っ直ぐに額へと突き付けた。刹那、1発の砲声と共に脳髄を完全に吹き飛ばす。撃墜カウンターが1つ増え、呼び声は聞こえなくなった。


同時に、幻覚の時計の針が作戦開始時刻を刻む。今まで沈黙を保っていた銀幕の深海棲艦が諸島へと艦砲射撃を再開。アタシ達は走り出し艤装を起動、着水。作戦通り後方の伊勢さんと扶桑さんによる援護砲撃の下突撃を始めた。


加古「いい#!?これより@aアタシらは伊勢さん、扶桑さんの死揮の下敵群の正面を究破する!「「“”「「¥「「目指すは本士!提国の土!生還できた<督?><mono<Y/N?>%%%%%は救援を呼びここへ戻っててててててTTttt来##!######動けな##く###;+\\######なった01!#$‘‘無意味@@0デーた10111消去0110#11#wq**_者はこれを待#!絶対に####助##残##処##分を#!!受#改海回回解懐壊に##軽く#memo#@@ry***#オ#イ##捨##提####督##!――――――


その時、銀幕が揺れ、ノイズやバグと共に全てが破れた。




010#11##011101@**##*


010##101011#010?000


01001011―――


***プロト大和魂ドライブリミッター解除済み、準備…過剰稼働開始***


***外的な衝激を感知。全機能、強制緑***


#####再起動しますよ…pass01110@@*word????―####


―――南原バトルプログラム-ie2679,強制再起動、まだ頑張れますね?―――


―――バッテリー残量:42%―――


白黒網膜ディスプレイに様々な文字が現れては消えて行き、視界がだんだんと晴れて来た。


黒、紺、青、明滅。


黒、石灰、白、明滅。


黒、白、明滅。


白、明滅、白、明滅、白!


拳が飛んできた。


天龍(中破)「目ェ覚ませッ!」


加古(小破)「うおぉっ!?」


加古は咄嗟に手を出し天龍の拳を受けとめる。頬が酷く痛み、口内を鉄の味が満たした。


天龍(中破)「…チッ、やっと起きやがったか」


深雪「司令官!」


加古は2人の呼びかけに応え、身を起こし激痛を伴う頭を巡らした。薄暗い、水浸しの朽ち錆びた鋼鉄の床や、穴だらけの壁が周囲を取り囲んでいる。


硝煙の匂いと戦場の音。そしてつい先程まで嗅いでいた酷い異臭が鼻を突く。タラワ諸島。おそらくその内部だろうか。


天龍(中破)「3分だ」


加古(小破)「え?」


深雪「司令官、大丈夫?水門をくぐった途端に倒れ込んじゃったんだけど…」


加古は数秒置いて状況を把握した。どうやら僅かな間であったが気を失っていたようだ。


加古(小破)「グググッ…ガッ…そ、そうかい、ゴメン。神谷、丸島。脱出への足を引っ張って……ッ!!」


ハッと加古は顔を青ざめ、慌てて後頭部に手を回した。ぬちゃぬちゃと脈動する青黒い血や白ちゃけた脳漿が指に纏わりつく。急ぎ、背部ラックよりライターほどのメモリーパックを取り出し端子を繋いだ。血混じりの冷や汗が深呼吸と共に額を滑り落ちる。


加古(小破)「ハァーッ、ハァーッ……クァ゛ッ、ガグ、バックアップ…完了。…失礼、ちょっとした回路の…プログラムのバグ、だよ。kて、天龍。…深雪。現在の…戦況は?」


加古は、どうにか壁面を支えに立ち、込み上げる吐き気に口元を抑えた。脂汗を拭い、心中で自身の名を何度も唱えながら天龍に目を移す。


天龍(中破)「……外とは連絡が付かねぇ。んで、俺たちゃ諸島内部のど真ん中。廃船の中だ。気を失ったテメェを連れ込んで一時隠れ潜んでる格好になるな」


天龍は真新しいタバコに火をつける。瞳孔が微かに開く。


天龍(中破)「外は艦載機と敵艦があちこち犇めいているが、今んところ見つかっていねぇよ。ま、結果オーライってとこだぜ」


加古(小破)「そう…うん…分かったよ。ありがとう。アグッ…グク…深雪、敵の情報は何か掴めた?」


加古はウジュウジュと傷の面積を狭め行く頭部を2人の死角に収めつつ、提督の顔で深雪に語り掛ける。


深雪「うん…電探で大まかだけど、いくつか確認したよ。電波の強い、空母かな?その群れが南東に。それから元鎮守府の座標から連続して…おそらく駆逐艦。敵の増援が古鷹お姉ちゃん達の方へ動く様子を感じた…かな」


加古(小破)「よし…」


加古は天龍と深雪に予備の弾薬と燃料を供給しつつも、血塗られた額に手を当て鈍重な脳と回路で考えを巡らす。


深雪へ搭載された13号対空電探改により、諸島内部において解決すべき目標は2つだと判明した。すなわち、敵空母部隊の撃滅と、敵艦隊生産工廠の破壊である。双方共に後方の部隊への脅威となろう。だが、味方はアタシを含めた3名、援軍の要請は不可能に近い。戦力の分散が必至であった。


加古(小破)「よし、アタシは井上達の空母隊を処分しに行く。k、天龍、深雪は工廠を…」


天龍(中破)「待て、それは俺達が引き受ける。提督は敵泊地へ、工廠の破壊をしろ。まさか、作戦の最終目的を忘れたわけじゃねぇよな?」


加古(小破)「あ、あぁ…わかった……」


加古は背部の兵装ラックより2本の筒を落とし、腰のアルコールボトルを取り、口へと傾け、途中で天龍へと放った。


天龍(中破)「んだよ」


加古(小破)「…気付けだ。。飲むと良い。…それにライバルの空母隊の目の前でガス欠zじゃぁ目も当てらんないから、ね。これも使って」


眼だけを爛々と蒼く輝かす、微かに頬のこけた加古の弱弱しい言葉を天龍は動じずに受け取る。天龍は一呼吸置き、液体を一口舐め、ボトルを腰へ吊るす。そして渡された2本の筒を艤装へと収めた。深雪は電探の音を拾うべく、目を閉じ片耳用イヤホンに手をやり集中している。


加古(小破)「「アタシのプログラムと、、、k記憶によれば、井上達に2人じゃ火力不足だ。悔しいが、ちょっと刺激は強いけど、この阿蘇の試作榴弾は決定打になりうるはずだよ。杉本型は…」


天龍(中破)「お、オイ、お前…」


明らかな異常に気付いた天龍は加古の両肩を掴み揺すった。それは今朝のあの狂いっぷりとは異なるものだ、と直に対面していた天龍は直感していたためであった。だが加古はキジルシじみた単語混じりのうわ言を続け、されるがままに前後へ頭を振り続ける。


深雪「ヤベッ、天龍姉ちゃん!司令官!敵が気付いた、こっちに来る!敵数、駆逐4、他艦載機が複数!」


深雪が眼を開け、焦ったように報告する。


天龍(中破)「ッ……だそうだぜ、提督殿。…ッ戦闘配備だ!」


天龍は刀で肩を叩きつつ目配せ。


加古(小破)「望むところさ。グクッ…アタシらは量産機…戦うために造ったんだ」


静かに正気へと戻った加古は、腰の兵装ラックよりライフルを取り出す。そして震える腕で朽ちた壁面に空いた穴の一つへ銃身を固定。照星越しに異形の駆逐艦らの姿を捉え、迎撃の態勢を取った。


遠距離………中距離……。


敵がジリジリと迫る。ゆっくりと半円状に、包囲するかのように展開する。殺意と憎しみがプレッシャーとなり、思わずトリガーに力がかかる。だが上空には艦載機の姿がある、それ故に、もう少し引き付ける必要があった。


そして…短距離。


トリガーを引き絞ろうとしたその時、砲声一発。背部で轟音が走った。


瞬間、空と海の敵影が、サッと廃船より南東へ飛び出した人影を追う。驚き加古は振り向く。そこには、すぐ傍にいたはずの2人の姿が無かった。


天龍(中破)「提督、先に行くぜッ!チビッコ、俺らが奴らを叩きのめす!「刀と盾戦法」で行くぞ!」


深雪「へへっ、了解っ!」


敵から向けられていた殺意が、憎しみが廃船から他所へ、流れ出し段々と薄まってゆく。


加古(小破)「…すまない」


加古は再び押し寄せる混濁した意識の中、対艦ライフルを胸元に持ち替えた。


苦し気に乾いた血を払い除け、既に用済みとなった兵装ラックを落とす。そして眼下へと、それまでこらえていた血と吐瀉物を嘔吐し、鉛のようにさらに重くなった頭を強く殴打。そして胸元のポケットより錠剤をシートより幾つも取り出す。ラムネでも食すかのように噛みしだき、口の中で転がしながら振り返り、静かに飛び出した。




提督『なるほど、別行動か』


タラワ諸島鎮守府では、提督が建造指示をしきりに飛ばしながら、諸島内部の様子をモニタリングしていた。


提督『一応想定内の行動。七割方…目的は工廠かな?ふふっ、なら決まりだね』


提督は口元の血をハンカチで拭いながらこめかみを押さえる。


提督『第7艦隊、迎え撃て。第4、第5艦隊は、南西に向けて前進。空母を護れ。…こら、ル級。そんな小汚い雑魚になんか構っているんじゃないよ。せっかくまた来てくれたんだ、さっさと吹雪達を挟み撃ちにしろ。何?……チ級の方が?押され始めている?……知るか、あんなクズ。……ああそうだル級、最初からお前を採用するつもりだったんだよ。…そうだ、それでいい』




天龍(中破)「クソッ!また増援だ!」


南東へと進む2人は速度を落とし敵艦隊らと向き合っていた。天龍は深雪の前に立ち、刀を小刻みに振るい砲弾を明後日の方角へと弾く。深雪は敵の砲撃の隙を狙い、両腕それぞれに構えた10cm連装高角砲を94式高射装置の助けを借り、前後、そして上空へ乱射。付かず離れずの距離を維持し、2人は共に、どっしりと敵へと構えた。


天龍(中破)「チビッコ!俺の後ろにいろ!」


前方の敵群の砲撃姿勢を見切った天龍が深雪へと呼びかける。


ヲ級らを守る様に集まり、遮る様に戦列を組み2人へ撃ちながら進軍する駆逐、軽巡の群れ。天龍は追撃隊の最後の機体、ハ級に止めを刺しつつ、振り向きざまに前進。撃ちまくる敵の砲弾を握りしめた戦艦刀で弾き続けた。


空と海より降りしきる鉄の雨を器用に捌き、時に上空へと機銃・砲弾を打ち上げ艦載機を撃墜させる。


天龍(中破)「今だ、テェッ!」


敵の砲撃の間隙を見極め、天龍は身を屈めた。それを跳び越すかのように射出された酸素魚雷が跳ね、海面へと飛び込む。魚雷は群れへと突っ込み水柱が激しく隆起。直撃を受けた機体は爆発し、バラバラに四散した。だが敵の密度は未だ濃く、残骸を乗り越えた機体がぬうっと顔を出し再び砲弾を浴びせ始めた。


天龍は再び敵弾を刀で弾くことに専念し、深雪を守る様に立ち塞がる。鉄と肉の防壁に守り続けられる深雪は膝立ち姿勢で着々と次段の魚雷を装填し続けた。


天龍(中破)「よしもう一度だ!」


深雪「いけぇっ!!」


再びのトビウオのような雷撃。


それは将棋盤に香車の駒を2枚一直線に指したかのように冴えた一撃であった。一度は耐えた雷撃も、二度目は敵群もたまらない。風穴が開き、空母を遮る分厚いカーテンが、引き裂かれた!


深雪「敵が分散した…今だ、姉ちゃん!」


2人は速度を一気に一杯までに上げ突撃、等間隔を維持し機動戦を開始する。深雪は一際激しく全兵装を展開させ、敵の注意を引くように努めた。


天龍は刀を収め、副砲、高角砲を乱射しつつ、腰を落とす。腰部艤装に取り付けられた対艦榴弾「AS-プロトンファウストⅢ」を取り、左右の腕に、それぞれ抱える様に腰だめに構えた。両指を動かし、弾頭の重い安全弁、炸薬ピンを順に引き抜き、トリガーを引き起こす。


目的は、先程こじ開けた風穴より見通される敵空母隊。だが上空から深雪の弾幕を潜り抜けた数機の艦載機が天龍へ機銃を撃ち、鋭角状の機体を強かに衝突させた。


天龍(大破)「グゥッ、このぉ…」


1機が肩口へ牙を剥き喰らい付いた。ブチブチと左肩の筋繊維が音を立てて千切れて行く。激痛が体内を暴れ回る。天龍は意識を保とうと懸命に耐えた。ここを逃せば空と海より間も無く挟撃を受け、物量に押され潰される。だがそういうわけにはいかない。天龍は肩の激痛に視界を明滅させながら固く直立するトリガーに渾身の力を籠め、やがて……押し倒した。


瞬間、例えようがない程の衝撃が天龍の身を前後から同時に貫いた。喰らい付いていた艦載機は衝撃に耐えられずに紙のように押し潰され、天龍は撃ち出された2発の榴弾とは真逆の方向へと何度も身を打ちながら吹き飛び転げる。放たれた2発の対艦榴弾は空母艦隊へ迫った。


射撃は特に苦手な天龍であったが、衝撃の影響を受けたのかコースがやや逸れていたとはいえ、奇跡的に天龍の狙い通りに弾頭は空母群へと向かってはいた。1発は旗艦へ、もう1発は僚艦らへ。


旗艦のヲ級が杖を振り、頭部より艦載機を緊急発進。それらはすぐさま銃口から火を噴き、あるいは盾となった。数メートル前で弾頭に機銃弾が命中し、盾となった艦載機へと衝突する。


弾頭は悉く命中前に爆発した。だがその瞬間、弾頭を中心として凄まじいエネルギーが2つ、眩い光球となって急速に広がっていった。


めくるめく光芒の渦。


光が溢れてゆく。


エネルギーが熱と光になり急激に膨らむ。旗艦のヲ級へと僚艦が強引に体当たりし、庇うが、空母隊共々光球の中へ飲み込まれた。


だが、生み出された光球は衰えを知らない。打ち上げられた花火が夜空一杯に広がる様に、このプロトンファウストもまた、込められたエネルギーが尽きるまで荒れ狂う。光の奔流が、周囲の深海棲艦やスクラップを半径数十メートルに渡り、全てを飲み込み、押し潰し、消し飛ばした。


周囲を真昼のように煌々と照らし、やがて破壊の波紋は収束する。


破壊の渦の射程外へ飛ばされた天龍は微かに焦げた身を翻しネックスプリングで起き上がり、苦痛の呻きを漏らしながらグキグキと首を鳴らした。


天龍(大破)「アタタタ…何だよ、こいつは。…とんでもねぇ代物じゃねぇか」


その時、目の前の海面が黒い機影と共に弾け、顎に強烈な衝撃が走った。


天龍(大破)「なんだと!?」


天龍は大きくよろけ仰向けに転倒、間髪入れず顔面に喰らわされた鉄拳がめり込む。


「ヨクモ…ウチノ、モン…ヲ…!!」


そこには頭部を大きく損傷し、左半身が大きく焼け抉れた青黒い血を流す満身創痍の旗艦ヲ級が、天龍に倒れる様に掴みかかっていた。数秒前、プロトンファウスト爆発時、庇われたこの旗艦のヲ級は突き飛ばされた時に半身が海中に浸かっていた。そのため完全に消し飛ばず、致命傷のまま彼女を生き残らせていたのだ。


天龍(大破)「ウグァッ」


再び顔面へ鉄拳。再度の攻撃に天龍は首を巡らし左目へと当たる様にずらす。玉鋼製のフェイク眼帯で受ける。砕けた眼帯の下から左目が露わになる。天龍は吠え、頭突きを喰らわせた。仰け反るヲ級、だが態勢が故に威力が足りない。ヲ級が憎しみを溢れさせた眼差しで睨み、牙を剥く。


「死ネ…死ネエエェェェ!!」


ヲ級は反動を活かし、天龍の喉笛を食い千切らんと頭を振り下ろす。渾身の一撃。


ガチリッ!


歯がかち合った。


ヲ級は困惑した。手ごたえが無い。それどころか、胸部がつっかえるように感じ、目と鼻の先にいた軽巡の姿がだんだんと遠ざかることに理解が出来ていなかった。


残った右目で、荒々しく、段々と広くなる視界の修正を行う。


ズーム。


フォーカス。


軽巡が両足を打ち上げる様に空に突き出している。


フォーカス。


幾つものマズルフラッシュ。


フォーカス。


大小の弾丸の群れ。それらが飛来し突き刺さる……


空中へと蹴り出されたヲ級は吠える天龍の両側面の15,5cm三連装副砲と12,7cm連装高角砲による嵐のような対空射撃で地に落ちることなく生焼けの血と肉を撒き散らしながらダンスを踊った。やがて天龍の灼け付いた砲からマガジンが排出される頃には、数片の肉塊と血煙と化した。


ヲ級をかち上げた両脚を力なく水面に叩き付ける。


天龍(大破)「ゼェ…ハァ…ゼェ、ウ、ゲホーッ!」


ジュウジュウと海面に触れ水蒸気を発する艤装の砲と共に敵の返り血でずぶ濡れとなった天龍はフラフラと肩で息をしつつ、咳込みながら再び起き上がった。やや離れた距離では、深海の生き残りらとドッグファイトじみた短距離戦闘を繰り広げていた深雪が、丁度背中を撃ち抜き爆散させていた。


息を切らしながらも、2人はアイコンタクトをし、共に疲れた笑みを漏らす。


―――やっとこっちの役目を達成することが出来た。急いで提督の所へ行って援護をしてやらねぇと。


天龍(大破)「…今にも死んじまいそうだ」


まるで自身の事など二の次であるかのようにポツリと呟き、使い物にならなくなった副砲と高角砲をパージ。残った唯一の武装である戦艦刀を抜刀した。焦る心中、元来た航路へ引き返そうとする。だが、それを深雪が制そうとした。


深雪「待って、姉ちゃん!電探より後方、2機!来る…」


しかし、2人の間に割り込むように複数の禍々しい水上機を従えた風のような速さの艦娘と、要塞の如き膨れた艤装を持つ禍々しい深海棲艦が飛び込んできたのは、深雪がそれを言い終わる直前であった。


天龍(大破)「ガァッ…」


途端に静まり返ったばかりの周囲の空と海が深海棲艦の放った無数の砲弾を受け荒れ狂う。右も左も分からぬまま、満身創痍の天龍は、割り込んできた深海棲艦の激突を防御姿勢すら取れぬままモロに受け、身体を廃船の壁面に叩き付けられた。


深雪「姉ちゃん!?」


廃船の錆びた鉄片と共に崩れ落ちる中、それがブリーフィングで提督に言われた航空戦艦だとわかった時にはもう遅かった。もがこうと四肢に命令を出すが力が抜けてピクリとも動かない。


深雪は、左右の脚を交互に軸としながら右に左に半回転し、これを避け続け、弾幕を張った。その中を縫う様に、飛び込んだ艦娘、叢雲が敵航空戦艦へ白兵戦を仕掛けるが、主砲の斉射を喰らう。手にした槍で防御を試みていたが、戦艦クラスの砲の威力はすさまじく、吹き飛ばされる。


―――止せ、チビッコ!お前じゃぁ歯が立たない!


声を上げたかった。だが身体中に浴びた深海棲艦の青黒い血がまるで呪いの様に濃く粘り付き、喉を酷く乾かせる。口が、声帯が、動かない。


深雪は神業に近しい動きで敵の砲撃網を紙一重で避ける。それは装着した新式の艤装の性能も関係していたが、その大部分は深雪自身の腕がなせることであった。だが、こちらの攻撃に対し敵の装甲は如何せん分厚過ぎており、正面からでは掠り傷を付けるので精一杯であった。


ならばと深雪は敵艦の主砲一斉射を掻い潜り肥大化した艤装の背後に回り込む。


全兵装を、機関部と思われる部位目がけて構え、トリガーを引いた。


砲弾が命中し小爆発が起こり、小さな体が吹き飛ぶ。


押しつぶすような砲弾の嵐が主砲と深雪を貫いていた。


それは副砲であった。至近距離で放たれた砲弾の数発が深雪に直撃したのであった。


そしてあろうことか、左目のあるべき場所に大穴を穿っていた。対して、砲撃を受けた敵航空戦艦は、ゆっくりと深雪へ向き直る。背部から数条かの細々とした黒煙を立ち昇らせていたのみであった。


だが、深雪は倒れず、頭部から液体を流しながらなおも、機動を続け両腕の主砲を連射した。敵航空戦艦のボディは被弾するたびに小刻みに揺れ、微かによろける。深雪が、魚雷管をパージし、左右に跳び、高速で右肩を突き出して懐へ飛び込んだ。


速い。


深雪のショルダータックルが、敵の閉じようとする艤装の間をすり抜け、飛行甲板を前に構えるボディにぶち当たった。


敵航空戦艦の左腕に構える飛行甲板に激しくヒビが入る。鋭い手応えと膨大な破砕音と共に、朱い火花が激しく散った。


火花に朱く染め上げられた電光の如き速さで直撃した深雪のショルダータックルは、敵航空戦艦のボディをへこませ、機体を強烈に弾き飛ばした。


だがその刹那、航空戦艦のクールダウンを終えた鈍く光る無数の主砲と副砲の咆哮が、海を、空を引き裂いていた。


避ける間もない。


骨のひしゃげる音と共にピタッと深雪の身体が震え、パントマイムの様に全ての動きが止まった。幾つもの大口径の三式弾と中口径の副砲弾を至近距離で受けていた。装甲を穿たれ、次いで艤装が粉々に弾け飛び、セーラー服が細切れに千切れ繊維片が宙を舞う。無数の散弾を這い回らせた穴だらけの幼い肉体は大きく後ろに仰け反り、濡れた布を叩きつける様にトシャリ、とバランスを失い―――海へと落ちた。


血の気が失せた顔の天龍は張りついた喉を裂くように吠える。そして、ようやく微かに力が入り始めた拳を握りしめた。


だが天龍はろくに立ち上がることが出来なかった。疲弊し朦朧とする視界の奥では、射程外へ弾き飛ばされ、素早く体勢を整えた敵航空戦艦が天龍を見つけ、未だ白煙立ち昇る主砲を構え射程内へ収めるべく低速で接近をし始める。


―――くそっ、動け、動け!!


意識だけが先走る。けれども、神経を損傷したのか僅かに身を捩り、腕が弱々しく動くのみで身体は動かない。視界がチカチカと震え意識が覚束ない。徐々に失せ行く視界の中、天龍は身体へと格闘をし続けた。それは数十分も過ぎたかのような感覚であった。笑う膝がノロノロと筋肉を収縮し、曲がり始める。天龍は霞む視界の中、死を覚悟していた。


だが砲撃が無いことに天龍は辛うじて我に返る。


「逃げなさいッ!」


凛とした声が飛び込んだ。そこには敵艦を後ろから押さえ込み、手にした槍で首を絞め、羽交い絞めのような形で敵艦を拘束する叢雲の姿があった。いつの間にか上空を異なる2種の禍々しい水上機が航空戦を始めている。


叢雲改二(小破)「今の内よっ、早く!逃げなさいっ!」


天龍(大破)「だが、身体に力がまだ…」


枯れ声で呻く天龍。敵艦が分厚い装甲板を後方へ叩き付け、叢雲を引き剥がし吹き飛ばした。


叢雲は着水後アンテナ状の槍を振り回しながら驚くべき速度で隙を消し、跳ねる様に後進と前進を繰り返し射線上より逃れ、敵艦へと砲撃を行った。4条の閃光が伸び、眼球と喉元を狙うが、敵艦はこれを艤装の縁に器用に当てこれを明後日の方向へと弾く。


叢雲改二(小破)「何でもいい、邪魔よッ!早く退けッ!!」


自身とは次元の異なる戦闘を前に、弱弱しく歯を食いしばる。追い打ちをかける様に意識が鮮明になるほど、徐々に薄くなっていた激痛が首をもたげ、身体中を駆け回り始めた。


前方にぷかりと何かが浮かび上がる。それは駆逐艦の腕であった。天龍は苦しみに喘ぎながら必死に腕を伸ばそうと試みる。


しかし現実は冷酷だ。どんなに気力に満ち溢れていようとも、前例がない程に酷く負荷がかかり損傷した旧式の身体は、バラバラになりそうだと悲鳴を上げていた。


―――何でもいい、何か、何かないのか。


必至で考えを巡らす。その時、だらりと下がった左手に冷たい物が触れた。


提督のアルコールボトルであった。


思考よりも直感で動いた。腰のボトルへと力なく腕を動かし、確保する。そのまま震える手でほとんどを溢しながら飲み干した。疲れが消える。痛みが吹き飛び、禍々しい快感が身体を突き抜けた。


天龍(大破)「グッ、アアアアァァァァ!」


絶叫し最後の力を振り絞り飛び出す。水面に浮かび漂い始めた細く逞しい陽に焼けた手首と、穴だらけのセーラー服の袖の残骸を見るや掠め取り、正面水門へと駆けだした。上空では禍々しい水上機同士の激しい航空戦を繰り広げられ、後方からは激しい戦闘の渦が唸りを上げていた。


青黒い血濡れの天龍は片腕にか弱く痙攣する深雪だったものを強く抱きながら、もう片方の腕で戦艦刀を振るい、途中襲い掛かる少数の敵艦から逃げるべく奮闘した。


奴は今までのとは違う。身をもって感じたその差は、歴然であった。力の限り逃げる。今は、それより他は無い。それしか出来なかった。


やがて水門を抜ける。あたりには、戦いの音を後ろに残して、ただ静かな海面と敵味方入り混じったスクラップが波に揉まれ、漂っていた。




加賀(大破)「先程の凄まじい爆発…敵の新兵器でしょうか」


同時刻、1/1二式大艇の尾部では、脛まで水没した格納庫の入り口で元春江鎮守府の2人の量産機が護りについていた。


大鯨(大破)「こ、ここ、こっちにも来ますか!?」


怯える大鯨がどもりながら加賀へと聞く。


加賀(大破)「そんなの、私ではなく奴らに直接聞いてみたらいいんじゃないかしら。まあ、ここは戦線の遥か後方。運がよければこのまま合わなくて済むかもしれないわね」


大鯨(大破)「は、はひっ。…しょ、そうですね」


2人は彼方の戦闘を遠巻きに覗く。戦いに加われないことを惨めに思うが、その一方でどこか安堵していた。


加賀(大破)「ところで、何故潜水母艦の貴方がなぜここに?そもそも潜水艦の支援用でしょう?」


ふと加賀が思いついた疑問を割烹着と三角巾を身に着けたままの大鯨へと口に出す。


大鯨(大破)「え、あ、う…うるさーい!そりゃぁ、建造されてから今の今まで厨房でずっと炊事係を務めてきましたけど!戦闘糧食と毘式40mm連装機銃が使えればいい支援がきっと出来てたんですよー!」


加賀(大破)「両方とも見当たりませんが」


大鯨(大破)「うっ、そ、そっちこそ正規空母のくせに武器はそれだけなんですか!?」


大鯨の指さす先、弓も矢筒も無い傷付いた加賀の右手には、取って付けたかのような軍用9mm釘打ち機が握られていた。


加賀(大破)「…認めたくないものね」


2人の額から冷汗が滝のように流れる。正にジリ貧とでもいうべき状況であった。


加賀(大破)「南無阿弥陀仏…」


大鯨(大破)「念仏なんか唱えないでくださいよ……はぁ、強敵が現れませんように…」


だが現実は非常であった。


突如外部より入口の壁面に手を掛け、顔を出した1機のリ級が強引に乗り込んできたのだ。


大鯨(大破)「ヒエッ、でで、出た!」


加賀(大破)「わっ、私の後ろに!」


すぐさま大鯨を庇い前に出た加賀が慣れない手つきで引き金を引く。だがジュコン!ジュコン!と撃ち出された釘弾は両腕でガード態勢を取るリ級の腕にいとも容易く弾かれてしまう。更に数秒後、カチカチとトリガーがリロードの催促を告げた。リ級が両腕を構える。


加賀(大破)「ッ、南無三!」


リ級の8inch単装砲が火を噴いた。加賀は咄嗟に左肩の飛行甲板を盾にする。だが衝撃に耐えられず大きくよろけた。


大鯨(大破)「や、やああっ!」


その時、大鯨がどこで見つけたのか、12cm30連装噴進砲を肩に担いでぶっ放した。噴進弾の飛び出す轟音が格納庫を満たし、数発がリ級に命中、噴進弾の小ぶりな爆発が一斉に起こった。


爆煙が晴れて行く。大鯨は攻撃が命中したことに狂喜し、加賀に抱き着こうとする。だが加賀はそれを制した。


煙の晴れたその場には、所々焦げたリ級が未だ立っていた。そしてゆっくりとした動作で両腕の主砲の狙いを付け始める。丸腰の加賀は観念し大鯨の前へ、割れた飛行甲板を掲げながら立ち塞がった。


覚悟を決めた、その刹那。


「偽・烈風拳!とおっ!!」


黒い影が後方の扉を蹴破り、飛び、白い光の軌跡を描いた。それは頭頂部を鷲掴みにし、反撃を与える隙すら与えず、リ級を爪先まで撫で、6枚におろし、溶断した。


ボギュギュギュ!


着地と同時に白く光る右手を海面に浸し強制冷却。その黒ずくめの少女は、溶けた蛋白質の破片と異臭を一身に浴び、まだ湯気を上げる右手を擦り振り向いた。黒い軍服が血と肉に濡れ、重々しく揺れていた。


あきつ丸「自軍の量産機に手を掛けるのは、やや気が引けるでありますな…」


あきつ丸はぺたりと座り込む2人へと聞こえぬように呟く。未だ断面がブスブスと真っ赤に赤熱し、倒れるリ級を機外へ蹴り出す。


加賀(大破)「ハァ、ハァ…ありがとう。助かったわ」


あきつ丸「や、加賀少尉殿に大鯨兵長殿。こちらこそ、兵装の配給が遅れてしまい、ご苦労をかけましたな。それと古鷹参謀殿より、ここの護りはもう良いそうであります」


加賀と大鯨はあきつ丸から新たに差し出された武器、弾薬を受け取り装備してゆく。上空を飛んでいた烈風が数機、あきつ丸の飛行甲板へと着艦し、水に溶ける墨のような靄となって影と化した。


あきつ丸「ふむ、空襲が止みました。どうやら、敵もこちらへ割く戦力の余裕が無くなったようであります。さ、皆が待っております、機内へ入りましょう。気を抜かずに。ここの隔壁を閉じて次の段階へ計画を移すであります」


大鯨(大破)「あ、りょ、りょうかいです!」


2人は慌ただしく格納庫のシャッタードアへ駆けていった。あきつ丸は、波に揉まれ格納庫内へと出入りし続ける廃材を外部へ押しのけながら進み、クランクを差し込み回した。


あきつ丸「あんなモブキャラも元を辿れば、自分のご先祖でありますからなぁ……わわっ!」


一際大きな波が隔壁を打ち付けた。幸い問題なく隔壁は閉鎖するも、漂流物が幾つか流れ込んでしまっていた。あきつ丸は灯り始めた赤い非常灯の下、排水ファンを起動させながら足で小突き、時に深海棲艦の残骸へと銃弾を浴びせ、確認を行う。


あきつ丸「ん?これは…」


見慣れた形の漂着物を発見し、すぐさま強かに蹴りを加えた。それは苦しそうに口元から勢いよく水を吐き出した。その反応を見たあきつ丸は通信機を取り出す。


あきつ丸「『あ、技術長殿?すぐに治療のご用意をして欲しいであります。ええと、リストにある春江の…駆逐艦の傷病兵が1人。呼吸・心音は…危険範囲でありますな。ええ、はい。えーと、白露型の現地改修型かと。はい、肌も青白く、重度の出血多量で裂傷多数。あ、あと、足を酷くやられているようでありますな。早急なご対応を願うであります』」




錆び鉄の残骸を縫う様に、穢れた戦乙女が駆け抜ける。


手にする温い対艦ライフルにクリップを押し込みリロード。両舷全速。


今や、鎮守府は彼女の視界に捉えられ、目前と迫っていた。


その少女、加古の真っ新なセーラー服は既に血と炎でドロドロに濡れていた。赤青2色の血みどろの艤装を支えるボディは所々に骨が顔を出している。蠢く肉片がそれら傷を塞ぎ、肌色と石灰色で毒々しいマーブル模様を描く。溶鉱炉の如く赤熱する胸部の周囲の肉は、沸騰を繰り返していた。


「ッハァーッッ!ググ、ッ!ッ!ゲグッ、コッ!ゴボォォーーーッ!」


口をつついて黒い液体が飛び出した。その中には数片かの生焼けの肉片や乳白色のかけらも混じっている。後頭部の損傷部位がズキリと痛み、顔を苦悶の表情に歪ませる。とうに身体の節々はビキビキと音を立てて泣き言を上げていた。同時に、網膜ディスプレイには、点滅を繰り返す任務掲示板と激戦を繰り広げる少女らの白黒視界映像が星屑の如く煌めく。


それら1つ1つはただの映像にすぎない。常人の精神力では全てを並行して情報を取り込むことはできないし、それらに気を裂きながらの戦闘など並みの量産機であれ不可能に近いものだ。


だが、彼女は出来る。


否、「提督回路」が強制的に、そうさせているのだ。しかし、それは加古にとって多大な負荷をかけていた。「提督回路」は彼女にとって、耕運機にスペースシャトルのエンジンとスペックを積み込むようなものと等しい。


「まだだ…もう少し、あと少しだけ、ゴボッ…持ってくれないか」


加古は狂鬼の形相で蒼灰色の左目を押さえながら、首元に使い捨てシリンジで最後のクスリを打ち込んだ。うわ言と溢れた雫を後に、再び疾走し続ける。


「ん!?」


異形の駆逐艦を吐き出し続ける朽ちた工廠。その手前より、6機の巡洋艦が残骸の影より姿を現し、行く手を塞ぐ。4機は防空型のツ級、そして残りの2機…文字の乱れ始めたディスプレイには「タ-10-41-3」「タ-10-41-5」の文字が辛うじて見える。それらが横一列に隊列を組み砲と魚雷を乱射する。同時に新造されたばかりの駆逐艦も駆けつけ、支援砲撃を始める。すぐさま1艦隊分を超す濃密な弾幕の網が張られた。


「またt敵機…ッ、………所詮は他所の機体!!こんな防衛線なんかッ!!!」


激昂し、震える手で対艦ライフルのトリガーを引く。……いや、弾が出ない。自身よりも先に内部機構がいかれたらしい。投棄し、更に身軽となった身体でろくな回避行動もせずに更に速度を上げ、駆け抜ける。


今、優に百を超す数の弾幕が精密な射撃管制装置の下、撃ち出されていた。だが、1発も、加古に擦過痕を生じることすらなかった。彼女の腕か、はたまた天文学的な偶然であろうか。少なくとも、火線が避けようとするほどの気迫が彼女から放たれていた。


ビキ…ビキビキ、ボン!パン!ババッ!


「グゥッッ!」


赤熱する背部艤装のビスが弾ける。機関部もまた爆発分解の一歩手前まで来ていた。その破片が加古を背中から易々と貫通した。


―――まだだ、まだ!


加古は防衛線を抜け、速度を殺さずに脚部艤装の出力ベクトルをずらす。そして一瞬反転をかける。視線の先に先程の防衛線らを睥睨し左腕を前に伸ばした。突き出した左手にはアームナックル機構に備え付けられた2本の試作榴弾。それらを一度に放つ。衝撃に仰け反るも、耐え、再度の脚部艤装のベクトル調整。胴の骨が折れる音。反転。目の前に敵鎮守府。後方で、光の噴流が押し寄せて来ている。


「ゼェ、ハァ……エンジン…カット。tt高y型、3号機・5号機ノ処分をカク認」


艤装・回路双方のシグナルの喪失を確認しつつ、それまでの慣性で滑りながら呟く。


両側面のガタガタと震える機銃を唸らせ、ホルスターから両腕に80mm十四年式拳銃をそれぞれ構えながら針路を遮る新造駆逐艦にひたすら撃ちこんでゆく。シリンジのクスリがじんわりと廻り、回り始めた視界と裏腹に指が新品のベアリングの様に滑らかに動き始める。


「『杉号-零-零三零-試型:量産試験型龍驤』…シグナル喪失、1~5号機、処分完了。

『タ号-10-41型:木曾』…2~5号機の八割方、処分完了。残り、1号機は現在……戦闘中。

『AS-D-0-010-P:プロトタイプ島風』…1~5号機、該当無し。当海域にて会合されず。……喪失。………本機の計算より、処分済みと見なす」


再び吹き上がる光球を背に、「提督回路」と自身の機能をフル稼働して情報を集め、算出、そして機械のように結果を導き出す。事務的に、任務を続ける。


「『ナ号10-0型:加古』…………3~7号機の七割方、処分完了。…」


右回転、左回転と紙一重に憎しみの込もった雷跡を避け、白髪交じりの髪を振り乱しながら殺意の軌道に乗った弾着を掻い潜る。にわかにしゃがみ込み、魚雷管に取り付けられた2本の試作榴弾に手を掛け、しゃがみ込んだまま工廠に狙いを付ける。


「…残り、2機の反応…………」


淡々と、淡々と読み上げる様に口ずさんでゆく。


「諸島内部に、反応。あり」


何のことは無い、この身体であれば、至極容易な作業だ。


「南原産業総合研究所、軍籍簿参照。皇紀2679年より、目標はタラワ鎮守府へ着任中に戦死」


そう、この「南原ハイブリッド理論」を用いたボディならば。


「……処分条件を達成」


再び応急的なクーリングを終えた艤装機関部に喝を入れる。両手のトリガーを引く。勢いよく射出された2条の火線が放物線を描き、工廠の周囲へと吸い込まれるように落ちていった。




乱戦だ。タラワ諸島正面海域。納品水門前。至近に迫る敵深海棲艦の砲撃に阻まれ、満足な陣形を組んだ艦隊戦をすることも出来ない。


剥身の力と力のぶつかり合い、それは否応なく、敵味方共に各機独自に敵を撃破するしかなかった。


長門(大破)「誰か弾薬を寄越せ、早く!」


敵の砲弾により砕けた陸奥を沈まぬよう抱える長門が吠える。しかし、最後まで彼女に弾薬が補給されることは無かった。


祥鳳(大破)「増援を請う!我、機関部損傷せり!だれか!」


魚雷で足をやられた祥鳳がイ級の残骸に身を隠しながら救援を求める。彼女自身、腕は帝国の平均水準より上であった。しかし、弓は焼け切れ、副砲も弾薬が尽き、遂に被弾、大破となった。もはや殴り合いでもするより、彼女に戦う術は無かった。


千代田(大破)「陽炎ちゃん、重巡、駆逐、計2機!真後ろ!そっちに行った!」


捲らに撃ちまくる千代田。その脇をすり抜けたネ級と磯波タイプが陽炎へ疾る。


この乱戦の最中、白兵戦を挑もうと言うのか。叫びにも似た千代田の怒鳴り声が届く。しかし陽炎も、複数の駆逐艦を相手に砲撃戦を演じている最中だ。


陽炎(大破)「そんな器用に出来ないわよ!」


身を屈めながらの反転、主砲を突き出し敵に備える。遅かった。振り向きざまに全速で向かって来たネ級と衝突。陽炎の脇腹にあてがわれた敵の主砲が光り、腰の艤装ごと胴体が吹き飛んだ。一方のネ級は、体勢を崩し暴走。コントロール不能となりスピンし続ける。次の瞬間、飛来する主砲の一撃により、制御する間も無く砕け散った。


長良(中破)「ッ、遅かった!」


長良が援護射撃を加えたのだ。だが一瞬遅く、陽炎の姿は既に水面に無い。


長良(中破)「千代田!神通!私に続いて!!」


両側面の14cm単装砲を乱射しながら瞬時に片膝立ち姿勢を取り、神通を砲撃せんとする敵の磯波タイプの頭部を狙撃する。当たらない。敵は腕や脚を振り器用に火線を躱す。千代田の瑞雲が背後から奇襲をかけるも、横へ飛び込むように跳ね、上方へ主砲を一撃。瑞雲が火達磨となり、爆散する。人型ならではの機動だ。一筋縄ではいかない。


長良は少しでも統率力を取り戻そうと前線指揮を執り、膝のバネを弾けさせ狙撃姿勢を瞬時に解く。その時、四散する水飛沫ごしに、数発の小口径弾が長良めがけて突進してきた。


長良(大破)「キャァッ!?」


被弾。よろけつつ、直感的に感じ取る。狙って放たれたものではない。単なる殺意無き流れ弾だ。


それは直撃となる事は無かった。しかし、彼女の右側面の2門の主砲と1門の魚雷管は、ごっそりと台座ごと失った。それは戦場において不可欠な火器を喪失するだけでなく、姿勢制御に影響を及ぼすことを示す。


勿論、そんな状況を敵が見過ごすはずが無い。


援護する神通の放つ中口径弾を軽やかに回避。反転、突進。青白い瞳を光らせ、よろけ、倒れ込む長良めがけて磯波が主砲を構え、迫る。


だが、彼女はこの危機の中であれど冷静であった。いや、この地獄のような戦場であるからこそ、冷静であったと言うべきだろう。極限状態の心中を代弁するかのように無風の中を、額の黒い鉢巻がざわめいた。


長良はライフルの銃口を真上へ向け引き金を引く。それは傍から見れば完全にバランスを崩し転倒したようにしか見えない。現に、更に勢いの付いた長良は重心の傾いた左側へ勢いよく横転して見せた。


ここで磯波は長良への突進を諦めるべきであった。


この乱戦下において生き残り、なおも他人へ指揮を執ろうとする者の意味を。その少女が有する瞳の色が、一片の焦りすら持っていない意味を、十分に理解していなかった。故に、彼女は躱さずに主砲の引き金を引いた。


海面へ強打した長良の身体が跳ね、回転しながら浮き上がる。


放たれた敵の砲弾は海面へと吸い込まれていった。


跳ねた身体は磯波を跳び越した。伊達に砲弾を垂直に撃ち込んでいない。全ては計画通りの事だ。そして回る視界の中、自身の軌道と空間を把握する。脇を締め、コッキング。排莢。両足を大きく広げ、踵を敵の両肩に打ち当てる。回転バウンドした長良は肩車をされる形で磯波をホールドした。


頭部へ突き付けるライフル。だが、磯波は長良同様、それだけの技量があった。背負う背部艤装から黒煙を強制排出し、照明弾を長良へ向けてありったけを打ち上げる。こんな形の戦い方は戦術指南書になど書いていない。だが、双方共に敵があれば引き金を引くことに躊躇など無い。


砲声が二度鳴る。両者の放った砲弾は首の皮1枚の距離で逸れる。長良を振り落とした磯波は黒煙で煙幕を張り続け、駆逐艦の機動力で戦闘を離脱した。


逃走を許した長良。大破した身では追撃も困難だ。だが、仕掛けなかったのは別の理由もあった。


長良(大破)「弾倉回収。艤装両側面パージ!」


流水の様な手捌きで弾倉を引き戻す。彼女の視線の先には敵艦隊の旗艦、チ級と激しく応戦する名取の姿があった。




鋼鉄の嵐が、チ級へと迫る。徹甲弾という名の雨粒だ。それらが正面より横殴りに吹きすさぶ。


チ級(中破)『チィ…しつけぇなぁ!!』


その嵐の発生源は1機の巡洋艦だ。途切れる事の無い、中口径の弾丸の雨が、大気を引き裂かんと殺到する。


チ級(中破)『鉄砲担ぎめ…これくらいッ!』


チ級は既に旋回、回避させていた。防弾マントを翻し、右腕の鉄刀で砲弾の直撃を阻む。意を決した彼女は、更に砲を旋回させ明後日の方角に撃ち、反動を活かして軌道反転。軸線から逃れ、大きく弧を描くように名取へ迫る。


名取(中破)「うっ、来たっ!」


名取は急速に距離を詰められたことに怯み、155mmマシンガンと副砲を全門乱射しつつ牽制。残弾が気になるが、撃ち惜しみは出来ない。更に連射。ろくに標準を合わせずに撃ちまくる。だが。


名取(中破)「!?」


腕に抱えたマシンガンが突如横に裂けた。暴発か!?


いや、違う。よく見れば銃口へ何かが差し込まれるように刺さっている。それは鉄製の軍刀だ!更にその柄には細いロープのような物が使用者と刀を繋いでいる!チ級が軍刀を投擲したのである!


チ級(中破)『もらった!』


右腕を打ち振りタイトロープを波打たせ、得物を回収。同時に、チ級の砲撃と共に、両脚や肩から魚雷が放たれた。


その魚雷の数10本、20本、30本!全てが名取へと向けて迫る!


名取(中破)「爆雷投下、設定深度、0!」


マシンガンを捨て、距離を取りながら後退。腰に両腕を回し持てる限りの爆雷を掴み、片方を前方へ、もう片方を足元へ叩き付ける。間一髪、腐った海水が隆起し、弾けた。しかし、名取は瞬時に敵の行動の真意に気付く。すれ違った残りの魚雷群は名取の後方、未だ戦い続ける量産機達へと牙を剥きだしたのだ。乱戦が最悪な状況を生み出していた。すかさず、チ級の魚雷達が突き刺さる。直撃を受け、餌食となった数機の敵味方の駆逐艦は断末魔を上げることなく、火球となって燃え尽きた。


名取(中破)「ッ、うわああああぁぁっ!」


名取は振り向くまいと、悲痛な面持ちで歯を食いしばる。敵に懐に潜られぬよう、水柱で遮られた視界の中、間髪入れずに両側面の副砲で牽制射撃をした。


名取(中破)「!」


電探より3時の方向に動体反応。


瞬時に副砲斉射を止め、向き直り背部の14cm単装砲ライフルを抜き撃つ。直撃。中口径弾が突き刺さり、敵は跡形も無く爆散した。


名取(中破)「(違う!?)」


直感が告げた。嫌に動きが単純すぎる。それに爆発の規模も妙に小さい。何より、敵の旗艦が、歴戦の第零世代が、この程度で。


その通りだ。名取が撃ったのは、チ級が放り投げたのは爆雷とガンベルトらを芯にして丸めた防弾マントであった。はためくマント片と内部の兵装が、電探と感覚を誤認させていた。先の一撃はこれを破壊したに過ぎない。そして。


チ級(中破)『遅い!』


振り返るより早く斬撃が浴びせられた。9時の方向だ、チ級はほとんど動いてなどいなかった。マントを撃ち抜いている間に真横にまで迫ったチ級が、今まさに名取を切り裂こうとしている。


名取(中破)「きゃぁっ!」


考えるよりも早く、名取は右腕を掲げた。繰り出される鉄刀の一撃。それを手首の増加装甲で受けた。刃先が弾け、火花が飛び散った。砕け散るスチール鋼。至近距離で、名取はチ級の感嘆の吐息を感じた。


チ級(中破)『いいぞっ!やるじゃないか!!』


距離を取ろうとする名取と並走。チ級は名取の繰り出した銃床の一撃を鍔で受けとめ、迫り合いとなる。


清々しい、晴れ晴れとした気分だ。こんな戦いは、こんな獲物と戦火を交えるのも何年振りであろうか。先程までの烏合の衆らであればすでに両断されていてもおかしくなかった。ふと、彼女は目の前の獲物のエンブレムを一瞥する、合点がいった。これほどのものとは。


称えよう。


そしてこれは、何より…


チ級(中破)『俺の勝ち戦に!華を添えるに相応しい!!』


チ級はニヤリと口元に笑みを浮かべ、軍刀を両手持ちから右手に切り替え、左手で名取の顔面に殴りかかった。名取は更に間合いを詰め肩口で鉄拳を受ける。お返しとばかりに身を屈め、名取は突き上げるような頭突きを繰り出した。命中。チ級の顎をかち上げる。


名取(中破)「やあああァァッ!」


反動を活かし銃床を打ち込む名取。上から、下へ、振り下ろす。鍔で受け止めるチ級。ライフルと鉄刀。その質量差では僅かにライフル側に分がある。僅かにチ級が体勢を崩す。更に駄目押しで放った零距離からの副砲斉射が、チ級の艤装に設置された4門の魚雷を打ち据え、歪ませる!しかし、実力と経験では圧倒的にチ級が上回っていた!


チ級(大破)『フッ、そうこなくっちゃなァ!!』


チ級は機敏な動きで軍刀を引いた。突然のその行動に、対処しきれない名取は前方につんのめる。一転。チ級が後方に回り、肘鉄を見舞う。名取の背部艤装に突き刺さり、ひしゃげる。腕を伝わって機械を、骨を、臓物を破壊する衝撃が伝わる。口角を吊り上げながら、チ級は後方に跳んだ。振り向きざまの名取の銃床が空を切る。


チ級(大破)『踏み込みがッ!甘ぇッ!甘すぎるんだよォッ!!』


斬撃が雨のように浴びせかけられる。速く、とてつもなく重い一撃だ。名取は幾度もライフルで受けるが、反動で吹き飛ばされそうになる。刃先が弾ける。拮抗。両舷全速。一気に押し返す。だが、チ級はされるがままに後退。距離を開け、再装填を終えた両脚の魚雷を放つ!


名取(大破)「ひっ!」


爆雷はもう無い!直感的にこちらも両脚の魚雷を放つ!相殺!だが爆炎と水飛沫を切り抜けてチ級が迫る!動きを読まれていた。抉り込むように、チ級が突進する。数多の艦娘の血を吸った暗鉄色の軍刀を突き刺さんと、鬼神の速さで繰り出される!


チ級(大破)『止めだァッ!』


名取(大破)「まだぁっ!」


名取も諦めてはいない。ライフルをストックから焼けるように熱いバレルへ持ち替え、そのまま打擲を繰り出す!


チ級(大破)『もらった…』


チ級は不気味な笑みを浮かべる。刺突に対する打擲など論外。更に副砲の迎撃が無いことから弾切れであろうと見抜いていた。鉄刀が、剥き出しとなった名取の艶やかな柔らかい腹部へ、ヘソへと刃が吸い込まれる。これで勝負はついた。


いや、付いていたはずだった。


チ級(大破)「何!?」


突如、刀身に火花が走った。斜め下からの意識外の衝撃。それを受け太刀筋がブレ、名取の脇腹を貫通する。貫通した刃が火花を発しながら首の皮一枚、背部艤装を掠めた。


チ級(大破)「バカなっ!?」


瞬間、チ級の感覚が泥のように酷く遅く感じた。目だけを動かし射線の先を見通す。風上に位置するそこには、神通と千代田に護衛される、膝射姿勢の長良の姿があった。


ギリギリの遠距離、そこからの狙撃だと!?


名取(大破)「たあああああぁぁぁぁぁっっっ!」


名取の叫びに意識を戻される。目と鼻の先にライフル棍棒が迫る。チ級は身を引く。軍刀から両手を放し、緊急回避行動に移ろうとした。出来ない。長良の放った再びの狙撃弾が軍刀の柄へ、握りしめる手へと命中したのだ。苦痛と共に、反射的に握り返してしまう。今度ははっきりと、波に漂う木片や鉄片に当たり跳弾する様子まで、弾道が見えていた。


名取はライフル棍棒の一撃を繰り出した。チ級の頭部が、衝撃で奇妙な方向に捻じ曲がった。


それきりだった。


2人の動きは止まっている。


名取は、チ級の頭部にライフルを打ち込んだまま。チ級は、衝撃で割れた眼帯を海へ落とし、名取の脇腹に刺さった軍刀を握りしめたまま。組み合った格好で停止していた。


名取(大破)「う……あぅ…」


息も絶え絶えに、名取はチ級に支えられるような姿勢で呻く。腹部に異物感を感じる。機関部を動かそうとするが、何の反応も返らない。すでに艤装も膨大な負荷に耐えきれずショートを起こし、スパークが散っている。辛うじて非常電源による脚部艤装の浮力は生きているものの、グシャグシャに潰れた艤装は完全に機能停止していた。


への字に折れ曲がったライフルを捨て、未だ軍刀を握るチ級の腕に手を伸ばした時。


『大丈夫、名取!?待ってて、今助ける!』


無線が何時の間にか復活していた。長良からの通信が入る。やや遅れ、別の機体からの通信も入った。


『隊長…隊長!しっかりして下さい!今行きます!』


軍刀の手を解く名取が知るはずも無かったが、その声は、それまで戦い続け、一時後方で待機していた深海の磯波タイプの僚機のものであった。



長良(大破)「よい…しょっ」


未だ砲弾飛び交う中、チ級の腕を剥がし、脚部艤装だけを残した名取へ長良が腕を貸す。


やや間を置いて後方で脱着、破棄した艤装が小さな爆発を起こす。燃料の残渣へ火が回り、炸裂した。長良は呼吸の粗い名取の身体に手を当てた。脈や呼吸の度合いを測る。傷は深い、だが意識はまだある。肩で息をしてはいるが、少なくとも、轟沈の様子は見られない。


名取(大破)「な…がら、ちゃ……ん」


長良(大破)「大丈夫よ、名取。この程度じゃ、死なないわ。…それと、刀は触らないで。傷口が広がる」


神通、千代田を横に、4人は戦線を離脱する。旗艦の沈黙故か、戦場の光が目に見えて減っていた。


何時の間にか、彼女らの周囲には、少し離れた距離に彼女達以外の離脱する量産機の姿が見え始めている。


艤装の至るところが砕け、引き千切られた比叡。主砲はおろか魚雷管さえも砕け、涙を流す響。ホールドオープンしたままの大型拳銃を握りしめる満身創痍の長月…など数人が辛うじて浮かぶ。


彼女らに深海棲艦の追撃の手は及んでいない。その理由は、後方に目を向ければすぐに分かった。


自力による航行不能となった者達が、漂流するコンテナや深海棲艦の残骸に掴まり抵抗を続けていたのだ。


両勢力に戦闘力と呼べるものは、既にここには無い。だが戦闘は続いている。大小の閃光が諸島のそこここにいくつも疾り、深海棲艦が、殿を務めた動けぬ量産機達が、いくつも無残にその身を砕け散らせていった。


やがて、遠方に簡易的な陣地構築のされた半壊状態の1/1二式大艇が見えて来る。幾ばくかの通信が聞こえる。数機の量産機達が救援に向かって来るのが辛うじて見えた。






その時。


戦場に存在する全ての者達が、戦いの終わる音を聞いた。


ラジオ放送で、レーザーで、無線で。ありとあらゆる通信方法で。新たな歴史が始まるその声は、堰を切った水のように流れ出していた。




ラストステージ



――――――――――


『無名鎮守府〈量産型〉型録 その5』


・ナ号10-1特改型〈古鷹(改二カスタム)〉【本名:消失】

 戦いが終わるその日まで量産され、南北と戦場を問わず、縦横無尽に活躍した「古鷹」の最終改装「試案」。長きにわたり巡洋艦を量産して来た南原研が送る重巡洋艦最期の作品である。「改二」の名に恥じない完成度を誇るも、「改二カスタム」であって、厳密には「改二」と同義でない。

 戦争末期の完成であったために技術試験は一切行われておらず、「試案」止まりであった。不完全な箇所も多く、調整は設計図拝領先へ、各々任せられていた。

 本機は無名鎮守府所属、プロトタイプ秋津洲の卓越した腕により改造を行われた。艤装も更に大きく高性能に、身長も基地司令官である衣笠中佐と並ぶほどに伸びている。また、終戦間際であるものの、「事実上100%の性能を発揮可能」と実戦データと共に報告がなされた。


 古鷹型戦闘回路改二を1枚搭載。72mm積層コーティング複合装甲を持ち、20.3cm(3号)連装砲3基と127mmAS-M1911式拳銃を1丁、61cm五連装(酸素)魚雷2基を装備する。




・形式番号不明〈深雪改〉【本名:消失】

 秋月型のような防空装備と高い機動・索敵能力を備える高い艦隊護衛能力を備えた駆逐艦。

 本機は、それを目指し試作された『高機動試作型艤装』を深雪に換装したものである。

 その艤装は、横須賀鎮守府所属、歴戦のエースである『吹雪』のかつての『改』艤装そのものである。役目を終え倉庫の肥やしとなった所を〈オリジナル〉の大淀の手を経て、無名鎮守府へと横流しされた。

外見にさほど変化は無く、特長らしい特徴はない。しかしその性能はケチの付け所が無い程良く、過去の記録では、かつての一大反抗作戦「FS/MI作戦」で勝利の要を務め、多大な武勲を上げながらも無傷で帰還するほどであった。


 搭載戦闘回路ナシ。25mm量産型NVNC(Newビッカース・Newカーバイド)鋼装甲を持ち、10cm連装高角砲+94式高射装置2基と61cm四連装(酸素)魚雷2基、13号対空電探改1基を装備していた。


――――――――――――――――――――――――――――――





戦争は終わった。


あらゆる通信手段を使ってその放送は流れていた。


この鎮守府の全てのスピーカーからも、吐き出され続ける女性の声は変わる事無く聞こえていた。


深海棲艦と艦娘との長きに渡る戦いの全てが、今、終わったのだ。


『ガガピー……ザリザ…します。皇紀2688年十二月七日、一〇三〇、我が大日本帝国は深海棲艦に対し完全な勝利を収めました。戦争は終わりました。そうです戦争は終わったのです。どうか、今もまだ戦い続けている……』


終戦放送。それが、何処へ行こうとも響き続ける。


提督はただ一人、後ろ手に腕を組みつつ、執務室を抜け海面を歩む。それを聞きながら、苦しかった戦いの日々を思い出す。思い出さないわけが無い。だが、この欺瞞で冒涜的な、禍々しい放送は何だ。終戦とは、いったいどういう事なのか。


私は、まだここにいる。未だ、戦っているのだ。にもかかわらずなぜ、この放送は敗戦と決めつけている?


『ここまでやって来て……理解出来ない…こんな、こんな事』


提督は、拳を握りしめ歯を食いしばる。掌から血が滴り、白い手袋が青黒く染まる。食いしばる歯がピシリと音を立てて割れた。


『これは私への冒涜だ……』


あと一歩、もうあと一歩だった。ル級の最終試験データを得、量産へ移行する。それが狙いだった。だが…


『深海棲艦、及び艦娘、残存の部隊!速やかに戦闘の停止をして!もう戦う必要はありません。お願いです、速やかに、少しでも早く!投降してください!!この通信は、今から24時間放送し続けます。それまでに投降して、お願い!』


放送の声が次第に鬼気迫る声へと変わりゆく中、提督は苛立たしく歩を進める。やがて、彼女は半水没した建物の前で歩みを止める頃には、スピーカーの声が嗚咽混じりの雑音となっていた。


『無駄死になんて…よして………やめてよ!私も、私だってこんな時に死にたくなんてない………ねぇ、お願い…お願いよ!もう……ややこしい…理屈なんて…いらないじゃない…戦う必要なんか』


『うるさい!!』


あらん限りの力で目の前の壁を拳で殴りつける。木片と瓦が飛び散り、朽ちた『ナ号寮』と書かれた看板が音を立てて崩れた。


何が終戦だ。そんな事、受け入れられるか!まだ何も終わってなどいない!それに、どちらにせよ、ここで奴らに一矢報わない事には気が済まない!


提督はLANケーブルを壁下の端子へ挿入。意識を半分通信電波の海へ身を投じながら思案した。手負いの艦娘は多数が後方へ後退。一か所に纏まっている。その座標には一際大きな反応。強度は弱いがあの第一波の移動拠点とよく似たパターンだ。電子系がほとんど死んでいるが微弱な通信シグナルが途切れ途切れ聞き取れる。


意識を正面水門方向へ。そこには未だ〈オリジナル〉の駆逐艦と向かい合うル級のシグナルがある。大破。停戦状態。機関部は未だ健在だ。止めが刺されたわけでは無い。


『ル級!何をしてる、そのまま納品用水門へ向けて吶喊だ!突っ切れ!奴らを皆殺しにしろ!』


今のル級の鈍重な機動力でも艦娘を仕留められる。そう思案した提督はル級の思わぬ反抗の声を聞いた。


ル級(大破)『待って、待って下さい!提督!終戦放送が流れているわ!』


『……何だって?』


ル級(大破)『終戦よ。深海棲艦、私達は負けたの!もう、こんな戦いなんかする意味は無くなったのよ!!』


チャンネルを回す。チ級、通信不能。再びチューニング。通信不能。不能。砂嵐。不能。嗚咽混じりの終戦放送、多数。


ル級(大破)『もう約束なんてどうでもいい!お願い、武装解除してすぐに投降を!あの子達の為にもこちらも停戦を宣言するべきよ!』


『へぇ、投降?そりゃぁ無理な話だねぇ!?』


ル級の嘆願を一蹴し、口元を歪ませる。


『私には聞こえないよ!?いや、もういい。お前はお払い箱だッ!』



ル級(大破)『て、提督…ッ!!何を!?ア、アガグッエアァァッッッ!?』


ル級は思わず身体を大きく痙攣させた。提督が意識全体をル級の艤装へと滑り込ませたのだ。身体を改造され、常に脳と艤装とを一心同体にされた彼女は次に起こるであろうことが容易に感じ取れた。


バツン!バツン!バツン!


ル級(大破)『オゴッ、げっげぇぇっ。う、やっ、いや…あ、あ、あああああああアアアァァ!?』


初めに艤装の航行制御権、次に火器管制権が。次々に初期化され、奪取される。自身との繋がりが遮断されてゆく。自分の身体、艤装なのに…言う事を聞かない、止められない!


バツンバツン!!


頭の中でなおも切断音が鳴り響く!身体の自由が、みるみるうちに奪われてゆく!


『嫌よ!…やめて!ぎいぃっグッ!?……「グアッ、イヤよ!イヤッ!いやだ、戦いたくなんて!」』


叢雲改二(大破)「!?……この声…まさか、扶桑さん!?」


突如頭を押さえ膝をついたル級に叢雲は思わず駆け寄る。しかし巨大な壁に強打され廃船へと叩きつけられた。


扶桑改(大破)「あ、あぁ…」


なおも頭を押さえるル級、いや、扶桑は、酸欠の金魚の様に口をパクパクしながら呆然と立ちすくんだ。


叢雲は壁に強打された?否、それは違う。壁ではないのだ。自身の艤装から稼働する独特な駆動音と共に開閉する左右2つのモノを視界に収める。


それは巡洋艦程の背丈の…歪で巨大な、極厚の3枚爪を持つ油圧カッターであった。


ひとりでに扶桑の艤装が変形し、それが彼女の意志とは関係なく叢雲へと殴りかかったのだ。それはさながら2つの巨大な拳!


バツン!バツンバツン!


扶桑(中破)「うぶっ、げえぇぇぇっっ!?ゲホゲボーッ!!」


しかし、悪夢はそれで終わらない。頭の中で何かが壊れるたびに艤装が禍々しく変化し続ける。その度に精神に負荷が急激に掛かってゆく。身体から、艤装からあふれ出した黒いコールタールが艤装を舐め損傷個所を塞ぐ。再び艤装の一部が変形し、展開。次いで扇のように2枚の鉄翼が広がった。


叢雲改二(大破)「あぅ、何、で…?」


扶桑改(小破)「うぅ、くっ…にげて、むらく…うぁ……!!」


呂律が回らない。意識が、音を立てて焼け切れてゆく。


ドシン、ドシンと、己の意識とは関係なく鈍重な脚部が駆動し、水面を踏みしめる。油圧カッターを振り上げ、狂ったように開閉を繰り返す。顔を真っ青に染め上げた叢雲へと歩み寄る…苦しい。何も考えられない…。


脳が焼け切れる直前。薄れゆく扶桑の朧な意識の中、走馬燈が走った。爆ぜ、身体が引き裂かれんばかりの痛み。息苦しく、冷たい暗い底へ堕ち行く感覚へ――――――――――





「損傷の激しい艤装は諦めろ!救助が最優先だ!」

「出血がヤバイ!誰か手を貸して!」

「敵深海棲艦、追撃部隊、新たに確認したかも!駆逐イ級、二機!」

「展開中の武装演習標的による対応を確認!防衛線の数・残弾共に25%切ったであります!」


タラワ諸島から沖へやや離れた場所。そこには無名鎮守府によって展開された1/1二式大艇の即席拠点が、武装した「浮き」に囲まれ薄霧の中浮かぶ。


半壊し、痛々しくひしゃげた1/1二式大艇。最早大空へと飛翔すべき翼は弾痕によって痛々しくもがれ、数条の黒煙を細々と伸ばしながら、漂流する残骸と通信、機内に響く声が入り乱れる中を浮遊していた。


秋津洲『古鷹さん、第1小隊が諸島内部へ突入の打電が入ってから15分が経ったかも……』


片方の壁面がバックリと大きく口を開ける格納庫。そこで決して多くない負傷者の応急処置を手伝う古鷹は、秋津洲の通信を聞きつつ、壁面の小さな窓越しに未だ炎え続けるタラワ諸島と海を見つめた。15分。先刻の大規模な爆発が生じてからも、それ以降に第1小隊からの通信は無い。視界の手前では散発的な砲火を受け撃沈する二機のイ級が見える。


秋津洲『…防衛線の戦力、5%に低下。もう持たないよ』


古鷹「『わかっています。ですが……』」


こめかみに片手を当て、様々な想いを脳裏に浮かべる。


この防衛線も、もってあと数分といったところ。敵の追撃隊の姿は見えないが、第1小隊が戻ってこない限り楽観視も出来ない。そして何よりあの『終戦放送』。


長い、長い沈黙。


それを破ったのはあきつ丸の声であった。


あきつ丸「参謀殿!こちらへ!…天龍曹長殿が帰還したであります!」


その声に続くように、青黒くドロドロに汚れた血塗れの天龍が、倒れ込むように機内へと這う這うの体で着艦をし、仰向けに倒れた。腰部の艤装は着艦と同時に機能を停止し、脚部艤装は小爆発と共に激しく黒煙を吹き出す。


古鷹「天龍さん!」


天龍(大破)「よう……古鷹、ゴパァッ!!」


古鷹の呼びかけに、天龍は消えるような声を発し吐血をした。


天龍(大破)「戦場の……グフッ!ゴボッ、光が、減ってやがる……何が起きて……いる?」


古鷹「……終戦です。戦争が、終わりました」


慌てて周囲より数人の春江艦が処置に駆けつけて来る。古鷹はモルヒネのアンプルを取り出し、血で汚れたセーラー服で出来るだけ丁寧に手の血を拭い、シリンジで天龍の首元へへと突き刺した。一拍を置いて天龍の表情から苦痛が取れて見えた。


天龍(大破)「ハァッ、ハァッ……クソォッ……そうかよぉ……」


引き摺った声で、天龍はそれまで固く左腕に抱きかかえた小さな腕を、掲げて見せた。


天龍(大破)「航空戦艦……奴にやられた、ダメだった……」


古鷹「天龍さん、しっかりして下さい!」


それを言い切った途端に天龍の意識が途切れた。俯き、歯を食いしばる。古鷹は自身のやるべきことの判断に葛藤していた。それは量産機としてか、指揮艦として動くべきかの二つだ。


それは今までに生きてきた中で、悲惨極まるものといっていいものと言っていい判断だ。提督不在の鎮守府では秘書艦がその全権を任される。その責任は重く、かつ無慈悲だ。そして艦隊の指揮官となれば、時として無意味な戦力の投入は許されず、非情な判断も必要とされる。かつて提督が古鷹に説いていた、「トロッコで轢殺させるレールはどちらにすればいいのか」のように。


迷っている時間は無かった。


両手で自身の頬を張り、断腸の思いで秋津洲に指示を下す。


古鷹「『…秋津洲さん、私の艤装の準備を、お願いします』」





ガーン!


「グゥッ!」


提督は被弾し痛々しく裂けた右肩を押さえた。銃撃は目の前の建造物からであった。千切れたLAN端子ポートの内部配線が飛び出し顔をのぞかせる。内部からの銃撃である!


『こだわりってやつはさ…まったく、苛立たしい程に厄介な代物だよね』


『ッ!?』


突然聞こえた声に提督は一歩飛び離れた。先端の砕けたLANケーブルを回収し、間髪入れずに80mm十四年式拳銃を敵の予測地点へと抜き撃つ。弾丸が朽ちた壁を穿った。しかし手応えが無い。


『けどまぁ、それはアタシも同じってことさ』


提督は身を屈めながら襖に力を籠め、手を掛けた。


……ターン!


『……馬鹿な』


提督が足を踏み入れたのは、水没した畳敷きの四角い朽ちかけの小部屋であった。それは祝儀敷きと呼ばれるパターンで12枚の畳から構成されている。前後には襖、左右にはヒビの酷いコンクリート打ちの壁であり、四方それぞれには風化しかけた『歯車の旭日』、『木槌を抱える大鎧』、『望遠鏡を流れる三つ星』、『四つの頭尾を持つ妖』の塗装が描かれていた。だが、肝心の敵影はない。


『……この奥か!』


自身の入って来た後方の襖を閉じ、用心深く周囲を警戒しながら部屋の中心へ。目を凝らすと前方、シミが酷い皺立つ襖に描かれた歯車の中心に一発の弾痕が見えた。それもまだ焼け焦げたばかりで微かに煙が昇っていた。


(先程の声は何だ?何故こちらを知っている?)


提督は姿勢を低くし、音を立てぬように耳を襖へ付けた。この和室には、まだ先がある。


耳を澄ますが部屋の向こうに音は無い。だが、敵はこの襖の奥にいる。進まねば。先の襲撃で工廠は既に消し飛ばされた。この寮は非常用の武器庫も兼用している。故に後退など出来なかった。


提督は右手に錆びの浮く80mm十四年式拳銃を握り、物音一つ立てずに立ち上がる。額の汗を純白の提督服の袖で拭う。襖の戸に向かい、手を掛けた。瞬間、


『だけど…獲物が常に狩られる側に回るなんてこたぁ無い、ってさぁ。それを証明して見せたのは』


敵の声!提督は勢いよく戸を引き開ける!


ターン!


『バカなッ!……行き止まりだと!?』


拳銃を構える提督が足を踏み入れたのは、水没した畳敷きの四角い朽ちかけの小部屋と、併設されたコンクリート打ちのうず高くゴミが積み上げられた中規模なドックであった。


小部屋のそれは祝儀敷きと呼ばれるパターンで12枚の畳から構成されている。四方は壁であり、それぞれには歯車旭日のスプレーペイント痕が辛うじて確認できた。小部屋にはカビ腐り半液状化した13の寝台、ドックには錆塊と化したいくつもの整備台がある。整備台には1つの禍々しい艤装が廃材の中に鎮座しており、その周囲を囲むようにボロボロの肉塊が複数、ゴミに埋もれる操り人形じみて天井から垂れるケーブルに固定されている。しかし、何者の気配も感じない。


入って来た後方の襖を閉じる。提督は四方を警戒しながら歩を進め、ついに目的の艤装の下へとたどり着いた。並行して思案する。以前よりこうした予備の艤装を2,3配置しておいたがまさか役に立つとは。


そして、もはや先へ進むための襖は見当たらない。袋小路である。敵は…どこへ消えたというのか?


『どこだ……?』


周囲を油断ならない目つきで警戒しつつ、提督は机上の予備LANケーブルを荒々しく取り、ゴミを払いながら整備机に座り込み自身の艤装へ繋ぐ。自身の艤装へ、トラップが仕掛けられていないか自己診断モニターを展開し検査を始めた。


(真新しい硝煙臭、射撃位置は間違いなくこの部屋からだ。…トラップによる足止めか?…こうゴミだらけでは……何にせよ早く通信を回復してル級に命令を出さないと…)


遠方から聞こえる砲声に心を急かせる。先程の初期化で強制的にル級を戦闘状態にさせることが出来た。とはいえ、命令を出さなければただ闇雲に暴れさせるだけになってしまう。こんなところでル級を失えばデータは海の藻屑と化してしまう。網膜ディスプレイのモノクロ進捗度バーは意志とは裏腹にカクカクと伸びる。焦りから、自己診断の電子音がやけに遅く感じた。


***機関部、チェック:OK***

***燃料系統、チェック:OK***

***兵装、給弾機構、チェック:OK***

***センサー系統……


―――全系統異常無し。


すぐさま艤装と端子を接続。装着を果たした。艤装が唸り、視界の網膜ディスプレイに様々なウィンドウが降り注ぐ。途端に頭が冴え渡った。すぐさま、通信回路を全開。天井から垂れさがる充電・給油ケーブルを引き千切り整備台から立ち上がった。


『!?』


と、その時、整備台の各所で何かがきらめいたような気がした。しかしもう遅い。彼女の艤装は、ドックに張り巡らされた何条もの細い線を悉く引き千切っていた。


まずい、彼女がそう思ったときには周囲から火柱が上がっていた。


天井の一部が剥がれ、ゴミと埃が巻き上がる。強烈な振動と塵が提督を襲い、彼女は激しい衝撃に見舞われた。この程度で彼女の装甲は易々とは破れない。だが、もうもうと埃と粉塵混じりの黒煙が、提督を包んでいた。トラップは艤装のすぐ傍に仕掛けられていたのだ!


『な、んぅ……ぁ』


ボディの損傷箇所が脈動し、急速に塞がる。ノーダメージ。だが、予想だにしない事態に提督は動転していた。彼女は知らない。ゴミ溜めに紛れる様に巧妙に仕組まれたありったけの予備弾薬とワイヤー達の存在を。その者が仕組んだブービートラップにまんまと引っかかった事を!


その煙の下、ゴミ山が跳ね飛ばされ、何かが一際蒼く光った。艦娘の人口眼球の光だ。時を逃さず、ゴミの中に身を潜めていたそれは、提督の下へと艦娘のものとは思えない俊敏さで迫っていた!


『アンタの筈だァーッ!深海提督、いや、重巡棲鬼ーッ!!』


加古は吠え、液体で穢れたずぶ濡れの右手を翻した。振り上げたその手には軽巡用のブリキ刀が逆手に握られている。


加古(小破)「うおオォォォーッ!!」


重巡棲鬼と呼ばれた提督の真っ白な首筋に、ブリキ刀の鋭利な刀が垂直に食い込んだ。閃光と火花が散り、動脈を切り裂かれ青黒い血飛沫が噴水の如く上がる!


重巡棲鬼は目を見開き、身悶えするように身を捩った。加古はボディにゴミが纏わり付くのを気にもせず、ブリキ刀に両手を当てあらん限りの力を籠め捻る!だが、刀身は耐えきれずに途中で空しく折れた!


加古(小破)『ッウ!どうだっ、この変態ヤローがァッ!!』


重巡棲鬼(小破)『グウゥッ!?このおぉっ!!―――』


二者は同時に叫びを上げていた。それは通信による叫声であった。


外から見ている限り、実際には、彼女らの口からは獰猛な唸り声が放たれているだけ。そしてその通信の周波数帯も、かつては帝国に使用されていたが、今となっては埋もれ、完全に忘れ去られていた物であった。もし、その通信を第三者が聞くことが出来ればたちまち混乱するであろう。何せ深海棲艦と艦娘が戦っているというのに、両者共に同じ声を発しているのだから。


爆発の衝撃で『ナ号寮』の壁が崩れ、天井が落ちる。白と黒の深海棲艦と艦娘が瓦礫の雨の中飛び出し、互いに砲を構えた。




戦争が終わった。そして今、1分1秒と新しい時が刻まれ、明日の日が昇り始める。それは平和の光明を指すモノであろうか。


だが、この島を包む異臭と薄靄は、何もかもを断ち切っている。澱んだ海と空気は何もかもをオカシクしていた。


それはやや離れた沖にまでもタラワ諸島の狂気は行き届いていた。のた打ち回るかのように、靄が、暗雲が、食指を伸ばし、身体と艤装をなぞり上げる。得体のしれない気色の悪い何かがゾワリと首筋を舐め塗すかのようだ。


だが、


それでも、と。


古鷹は無理をして胸を張る。


そして、1/1二式大艇の中、周囲の視線へと応えた。無名・春江鎮守府の混成部隊へ。


古鷹「かっ……第1・第2小隊、並びに春江艦隊残党。皆さんの頑張りにより、敵深海棲艦の撃滅に成功しました」


1/1二式大艇のコックピット横の戦術机で、古鷹は左目で解析ホログラムを照射しながら説明をする。


周囲にはどうにか航行が可能な者、艤装を失い激しい損傷を負った者が各々立つ。そしてその奥、左舷格納庫には横たわり、煤けた壁にもたれ掛かる瀕死者がいた。いずれも、この終戦までに可能な限り、救う事が出来た戦士達だ。


古鷹は今、その戦士達を指揮し、導く者として立っている。今、古鷹は自分の意志で、指揮艦として動いていた。


彼女達、艦娘は腐っても軍人でもあった。指揮系統が健在である限り、艦隊はここに在る。故に彼女達は無意識にも、指揮艦たる古鷹に『司令官』としての動きを期待していた。


顔を微かに引きつらせ、両手を握りしめる。それでも、古鷹は平静を装い、口を動かし、時折装着した改二艤装を効果的に稼働させ頼もしさを演出する。一拍間を置き、そして指令を下した。


古鷹「私達は終戦放送に従い、只今より……本戦線からの撤退を、開始します!」


後方に隠れるよう控えていたあきつ丸が一歩前へ進み出、古鷹の指令を継いで説明をする。


あきつ丸「ん…現在、出来る限り航行が可能な者を用い、負傷兵を曳航するべく準備中であります。諸君は、今しばらく待機を願いたい!」


古鷹は火花散るコックピットを振り返る。しかし、秋津洲は片手にヘッドホンを押さえながら、静かに首を横に振った。


古鷹は唇を微かに歪める。この時既に、加古を、諸島内部へ救助に向かうという選択肢を選ぶ事は出来なかった。


それは救助した瀕死の娘達は衰弱しており、明らかに刻一刻を争う事態であったからだ。救助者の中には、手遅れとなり、既に何人もの生命が絶たれていた。死ななくても良い者達であった。それだけに、ここで更に時間をかけ待たせるのは最悪手であった。


―――今、私が、…やる事の…優先するのは…。


この戦線から、潔く撤退。その一択に尽きる。


作戦の最終段階。


稼働状態にある量産機に曳航用のチェーンを引かせ、救助者と医薬品・物資を運ぶ。これは他ならぬ加古自身が提案した作戦であった。よしんば最悪の状況にあっても後方に控えた馬力とパワーに余裕のある「古鷹」と「秋津洲」2名がこの作戦を遂行することが可能である。それは、彼女が古鷹を指揮艦の大役を任せた理由の一つであった。


然して、作戦は最終段階へへと入ったのであったのである。


古鷹は撤退へ向け指示を飛ばしつつ、胸を大きく張る。今一度大きく両手で強く、強く頬を叩いた。


彼女にとって今こそが、正真正銘の正念場なのである。ここに集まった者は皆、それぞれが命を懸けて、己の使命を果たしてきた者達だ。戦略的に見て、これ以上の仲間を失うわけには……。


古鷹「完了まで、あとどれくらいですか!」


あきつ丸「あと10分…いえ!5分欲しいであります!」


数名の作業可能な者達と共に左舷格納庫で準備を進めていたあきつ丸が報告をする。艤装の修理を優先していたため遅れが生じていた。が、それもすぐに終わる。物資を固定し、残りは救助者を繋ぎ止めるだけであった。


それを確認した古鷹は、右手で艤装を擦る。その時、初めて肩がガクガクと震えていた事に気付いた。


―――あともう少し。私がちゃんとしていないと……


震えが止まらない。古鷹は爪を立てるかの如く強く、右肩を握りしめた。


その衝撃は、予告も無く飛び込んできた。それは、諸島の一部が幾つも丸く砕けさせ、1/1二式大艇の傍をその内の数条の影が水面を撥ねながら掠めた。紙一重で水平に飛来したそれは海面を裂き、やがて僅かに距離を置いて、海面を激しく爆ぜさせた。周囲で同じような水柱が立つ。それは20inchクラスの徹甲弾の砲撃であった。


あきつ丸「敵襲!!」


秋津洲「ざっ、残余のセンサー系列が全壊!?代わりに……こ、航空写真をモニターに挙げるよッ!」


衝撃を受け激しく揺れる拠点内、ひび割れたテレビモニターに、高高度を辛うじて飛ぶ二式大艇から送られた1枚の静止画が表示される。諸島の内部。残骸の吹き溜まりの中、そこには、戦艦棲姫をも超えんとするかのような禍々しい艤装を持つ化け物が映し出されていた。


古鷹「あれは!?」


周囲がざわめく中、古鷹は落ち着かせようと声を掛け、状況判断した。航空写真から見て敵との距離は、超遠距離よりやや遠い。そしてこれはこちらを認識しての攻撃ではない。それは方々で上がる水柱が示している。だが、それがここは安全だということを表すものではない。


秋津洲「敵船速、解析完了!敵はデータ通り「低速」艦かも!現在、原速未満の速度で接近中……いや、訂正!次第に加速中、かも!!本拠点まで、約10分未満で有効射程内に入るよ!射程内での被弾率……およそ8割強!」


古鷹「ダメ!間に合わない!」


古鷹は直感した。撤退を開始すればすぐに射程圏内に入ってしまう。それは曳航による撤退方法では、無理であることを示していた。射程外であるにも関わらず、何発も砲弾に「水切り」させてここまで飛来させたのだ。


現在、艤装を稼働できる曳航者は「大鯨」「比叡」「あきつ丸」「秋津洲」そして「古鷹」の全部で5名。

対する被曳航者数は合わせて15名。古鷹以外は「低速」艦である。更に、曳航可能な「比叡」と「大鯨」には艤装には深刻なパワーダウンが生じていた。


古鷹「『中止!曳航による撤退を中止します!』」


積荷を諦めても大幅に落ちた速度ではとても振り切ることが出来ない。別の方法を考える必要があった。


古鷹は視線を諸島へ移し、風防ガラス越しに睨んだ。確実な死が向かってくる。最早一刻の猶予も許されなかった。




加古(中破)「ギャァッ!」


廃材まみれの海へ身体が吹き飛ばされ、叩きつけられた。カロ古は猫めいて身体を丸め、受け身を取る。数回の軽いバウンドと共に、態勢を取り戻した。彼女は飛んできた方向へと20cm単装砲を突き出す。左腕の1門に20cm三式弾、右腕の2門に同口径の通常弾が込められている。すかさずボクシングのマシンガンジャブのような動作で、腰だめに構えた腕を振った!


右!左!右!


途切れ無い幾重もの火線が飛んだ。しかし、目標へと吸い込まれ、弾けた火線は、ことごとく甲高い金属音を響かせて弾けた。


重巡棲鬼(小破)『ハハ、そんな年代物の鋼弾で私を傷付けられるとでも!?』


重巡棲鬼は、散歩でもするかのようにゆったりと歩を進め、気怠そうに欠伸を飛ばす。その容姿は加古と比較して幼い。あの時と同じままであった。


重巡棲鬼の装甲は悪魔的に厚い、加古の砲撃は艤装の表面をやや削り取った程度であった。良く目を凝らせば、頭部や腹部など、ボディの所々に三式弾が与えたダメージによる複数の火傷も見えるであろう。だが、その間にも損傷はグジュグジュと蠢き癒えていた。治癒の速度にダメージが追い付いていない!


重巡棲鬼『ル級は吶喊した!もう止まらない…フフ』


重巡棲鬼の首筋の肉が盛り上がり、折れたブリキ製の軽巡刀を押し出す。重巡棲鬼はそれを摘まみ取り、戯れに指先で拳大にまで小さく折り畳んだ。


加古(中破)「ッ!」


身体のバネを活かして加古が飛び掛かった。重巡棲鬼は涼しい顔で受け止めた。2者は両手を捉えがっぷりと組み合う形になる。


加古(中破)「オオオォォォォォッ!」


加古は吠え、ダメ押しとばかりに両側面の12.7mm機銃を唸らせた。機銃弾の勢いと有利な態勢、それら活かし一気に畳み掛けた。


だが、そこまでであった。


重巡棲鬼『カユイカユイ…』


重巡棲鬼の艤装が静かに稼働し、夥しい数の対空機銃が次々と迫り出てきた。


加古(中破)「!?」


重巡棲鬼が加古の手を力強く握り返す。


次の瞬間、対空機銃弾の壁が加古を引き裂いた。120mmの対空速射砲だ。重巡棲鬼には全く堪えてなどいなかった。


重巡棲鬼は手を放し、対空機銃をパージしながら両腕の三門の12.5inch三連装砲を唸らせた。破砕音。打ち据えられた加古がたたらを踏み今にも倒れそうな勢いでガタガタとよろける。


現在、彼女は随時ル級をラジコンめいて動かす行動指令を送り続けており、その片手間で加古と戦っていた。油断なく加古へへと視線を送りながら、見せつける様に青黒く血と硝煙に汚れた白い軍服越しに、自身の元通りに完治した身体をスルリと両手で撫で回した。


この戦域のログによればこうなった大元の原因は奴だ。こいつさえいなければ試験は何事も無く進んでいた…重巡棲鬼はこれ見よがしに左肩を大きく回し、禍々しい牙を生やす顎を開閉した。そう簡単には殺すものか。


加古はなおも砲撃を繰り返した。しかし被弾はすれど重巡棲鬼のボディと装甲は硬い。重巡棲鬼が直前まで近づく中、カロ古は眼前の敵影を睨み付け、両腕から保弾版を排出。ガード姿勢を取ろうとした。が…


『パ□□ ワあーーd##ン』

『充 % ゥが残%   2※%  。%%死急充ュウddddddddddddテン――――――――――――犠□□蛙毘;虞ヴぶ屡殺しまだsどs####』


突如粉々の視界に躍り出たメッセージウィンドウと同時に、持ち上げようとした腕はだらりと下がってしまう。加古はガクリと膝をついた。そこへ合わせるかのように重巡棲鬼の左アッパーカットが顔面に直撃した。牙が加古の下顎に食い込む。低純度強化筋肉の引き千切れる嫌な音と共に砕かれ、削り取られた。


加古(大破)「□□□■ぁ・…・・  ッ」


間髪入れずに重巡棲鬼は、牙の備わった艤装を持つ右腕で頭部めがけストレートを繰り出した。加古は避けようと身を捩るが、その動きは恐ろしくぎこちない。艤装を・筋肉を動かすのに不可欠な電圧が落ちたボディでは大幅に精彩を欠いていた。重巡棲鬼の右腕艤装顎が牙を突き立て、右肩を咥えこんだ。


次の瞬間、悍ましい破砕音と共に加古の右肩は容赦なく粉々に潰された。


カロ古(大破)「0100ロ□ォォアッ!」


言葉にならない絶叫が島内を満たす。


スパークが弾け右肩のバッテリーが燃え上がり、黒煙を噴出し爆発する。加古の右腕は引き千切られ、右腕艤装共々持って行かれた。


続き、右脚の魚雷管、左腕の残った主砲、右眼を含めた頭部右側面が、次々に削ぎ落とされてゆく。脳の露出した頭部からは2枚の金属チップが戦火の照り返しを受けて煌めく。倒れず、満足な抵抗もままならない。その様子は、ほとんどリンチに近かった。


敵の猛攻にボディが晒されるたび、彼女の脳裏に、様々な光景が駆け巡っては、零れて消えた。


『□□□□□□@□□□□□□$pa□□□□□□□□□□□□□□回□□□□□□□□□廻□□□□魁□□械□□晦□□□□□□旗灰□□□□□ssw□□□□□s□□□□□□□□□□改□□□s□□□□□□□□¥□w**d*□□□□□□□□快□戒□懐□□□□□□□□□□□殺凱□□□□□□海□□□□□□□□□□解□□□□□□□□□□r:□』


まだ人間だったころの記憶。採用試験の際、その為だけに造られ、命を散らせた南原研の12人の戦友。T督。扶桑さん。戦争の悲惨な渦中で共に戦った神谷ら、数多くの戦乙女達。


カロ古(大被)「グ##□  □□ァァァ!」


零距離、重巡棲鬼の12.5inch三連装砲が計八門一斉に撃ち込まれ始めた。当たらないはずが無かった。


幾度も直撃弾を受け、兵装が、セーラー服が、艤装が、粉々に粉砕され飛び散る。ウジウジと肉が脈動し再生をするが、すでに加古は原形をとどめていない。


『□□ □□□□□□□o□□□□□k□□□□□□□□□□□st□□□□□□a□n□□□□□□□□□□□□□□□□□□□d□□□□□□□□ □□ □ □□□□by□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□y/n』


が、それでも加古は倒れようとしなかった。残った、暗い虚無の左眼で眼前を凝視し、脳漿を溢しながら小刻みにガクガクと振動する身体を操り続け、左腕の装甲板を動かし只耐え続けた。


微かに息が切れ、声を漏らし始めた    の乱射を受け、四肢が次々と失われてゆく。あれだけ麗しくしなやかであった脚が、マグマのように煮えたぎる胸部が、無残に砕かれ、消し飛ぶ。彼女の治癒スピードでは間に合わない。


右脚を完全に潰され、加古は遂に膝をつき、うなだれる。その左脚も、膝から先を消失していた。対空機銃、砲弾、鉄拳の応酬にたじろぎもせず加古は左腕を掲げ、指先で提督帽を押さえる。腕の中で消せない毛筆文字が燦然と輝く鋼板が暴れる。


腹部へ、重巡棲鬼の強靭な脚部による蹴りが入った。背骨が軋み、胸が潰れる。重巡棲鬼の両腕が降り上がり、ハンマーパンチが首に直撃、脳漿が飛び散り、何かが折れる致命的な音が聞こえた。


カロ右(  [勝 □ッ□゛]


加古は目を見開く。敵は眼前にまで接近していた。


一片の迷いも無い。自らの意志の命じるままに、加古は手を伸ばした。視界がブラックアウトする。全ての音が途切れる。無残に砕けた胸部が断末魔のような咆哮を上げた。


重巡棲鬼の背部艤装に手が触れる。カギ爪のように曲げた手がアンテナを、通信装置を引き裂き、内部機構をかき混ぜ、周囲に撒き散らした。


重巡棲鬼が吠え、加古の脳に直接砲身を打ち込みそのまま砲撃をした。ボディと艦体が炎に飲み込まれる。そして、彼女の背部艤装と左肩のバッテリーが、燃料とエネルギーが溢れ一つの光球となり、周囲に眩い光を投げかけた。



重巡棲鬼は咄嗟にもう片方の腕で頭部を庇い、飛び散る破片から身を守った。襲い来る熱線に自慢の白い提督服は揮発し溶け去ってしまっていた。


光は次第に萎み、消え失せる。


重巡棲鬼は身体に溶け、張り付いた服の残骸を払い閃光にあおられた視界の復帰を待った。


視界が戻る。衝撃で周囲を覆っていた靄が晴れていた。生暖かく熱せられた風が吹き、目の前の艦娘を包む黒煙のベールを拭い去った。


徐々にその姿をさらけだした艦娘の身体は、ボタボタと滴る黒い粘性の液体で肉塊の濡れ鼠になっていた。海に座していた艦娘は、風に押されグラリと上体を揺り起こした。と―――


重巡棲鬼(中破)『なっ!?』


重巡棲鬼の声が爆ぜた。


未だ炭火の様に弱く脈打つ胸部、その内部から名状しがたいような濃く、青黒い液が昏々と湧き出て見えたのだ。


それらが這いずり、舐め回った跡が次々と灰色で塞がってゆく。頭髪を纏め、一本結びにしていたスクリューコックは弾け、液体に洗われ灰色と化した。液体は体内に潜り込み、血管を通して黒い筋を浮かび上がらせる。


重巡棲鬼は息を呑んだ。それの左眼の歯車型の瞳孔に映る文字が見えた。


『…、□□ト大 □ド イ : ーバー ース#、   』


艦娘は、そのボディを再び立ち上がらせた。そこには、耐久年数の過ぎた戦乙女の姿は既に無く、左眼・左腕部の艤装以外が全てが濃淡の灰色でカラーリングされた、セーラー服を着る人型の姿がそこにあった。





古鷹「ッ、だめです……どう考えてもこれは」


詰んでいる。そう言い掛かって古鷹は口をつぐんだ。嵐のような目まぐるしく切迫した状況で1/1二式大艇の戦術机に古鷹達5人は集っていた。


大鯨(中破)「逃げることも出来ないんですか!?」


古鷹「ええ、すぐに追いつかれ、敵の射程に入ってしまいます。この状況では、計画しようにも戦力が消耗しきってどうしようもありません。今はこちらの正位置が知られていないのが唯一の救いですが…これでは撤退も、反撃の為の作戦も成功は望めない」


再び轟音と共に世界が激しく揺れた。再度の敵弾は古鷹達とは見当違いの方角に飛び去り、爆ぜた。


比叡(中破)「くそぉっ、何かないんですか古鷹ちゃん!シェルターとか輸送船とか!」


古鷹「…ありません。それは、この機体は元々が救難飛行艇の為です。救命ボートの類は備え付けておらず、資材輸送用のコンテナは複数ありますが……おそらく使い物にならないでしょう」


輸送船。古鷹は比叡の言葉に心中大きく賛同していた。小型の船などに量産機を積み込んで一か所に固めることが出来れば、チェーンによる分散型の撤退方法よりずっと被弾率が下がる。かなり現実的だ。


だが、問題はそれが果たして存在するのかどうかであった。今、自分達のいるこの1/1二式大艇自体にまっとうな機動力は残されていない。逆に、春江鎮守府の工廠妖精による決死のダメージコントロールで、ここに浮いているのが精いっぱいであった。本当なら、既に沈んでいてもおかしくは無いのである。


では、コンテナに負傷者を格納して自分達で引っ張ってみるか。それも無理だ。その理由は明白であった。コンテナは酷く痛んで錆穴が開き、なおかつ重量が酷く大きいためである。海に放そうものなら水底へへと真っ逆さまに落ちる。改造を施そうにも、その時間が無い。


あきつ丸「万事休す、でありますな……」


あきつ丸は戦略机の端に立ち、指を手袋越しに舐めながら『1/1二式大艇:積荷目録』や、『艦これ改 作戦ガイド』と書かれた作戦書をひっきりなしにめくっていた。しかし、有効な作戦案は口をつついて出てこないでいる。全員が頭を抱え、何とかして方法を探ろうと試みる。僅かな唸り声を伴う静寂が数秒続いた。


「あるよ」


その時、聞き覚えの無い声が聞こえた。その場にいた全員が声の方角へと振り向く。声の主は、尾部格納庫の方からであった。


「あったよ。船が。僕のいた、格納庫の、方に」


その姿が、天井の柔らかなLEDライトの白色光に照らされる。病的な程に青白い肌、ぽたぽたと端々から海水が滴る濡れた身体とセーラー服、それら容姿に似合わない場違いな青く澄んだ目。


隔壁を下ろしたはずの尾部格納庫からたどたどしく言葉を発しながらゆっくりと這って進んできたのは、見間違うはずが無い。1機の駆逐艦、時雨の姿をした深海棲艦だった。両脚は大きく損傷し、両腕と両脚には鋼鉄製の結束バンドが何重にも巻かれている。周囲が反応する前に、声に気付いた秋津洲が慌ててコックピットから跳ね出た。


秋津洲「だ、大丈夫、大丈夫かも!この子は私が直したから!!」


秋津洲は弁明した。


時を遡るほど少し前、あきつ丸は回収したこの時雨タイプの応急修理を秋津洲へ依頼していた。


間も無く、秋津洲の遠隔操作の下に稼働した修理アームがこの時雨タイプを生きながらえさせたのだ。それが深海棲艦だとわかったのは処置が済んだ後だったのである。


2人は混乱を避けるため、モルヒネと精神抑制剤、トランキライザーを多量に打ち込んで時雨タイプを弱らせて沈静化・拘束をさせていたのだ。だが、そんな2人を責めることなど出来ない。貧弱な非常用の赤色灯下にあったために、見分ける事など、至難の業であったからだ。


かくして、二重・三重に行った戦闘回路の全消去、初期化にクリーンアップ・最適化が施され、最低限の修理を時雨タイプは終えたのである。秋津洲は、周囲に彼女が敵意の無い、味方同士であることを伝えた。それを聞くなり、比叡はなりふり構わず口を開いた。


比叡(中破)「船?何ですか、船があるって!?」


時雨(大破)「うん、あっちに、あったんだ」


抑揚のない無機質な声で答え、自分が今来た方角へ首を巡らした。


大鯨(中破)「あ、もしかして!」


大鯨はハッと顔を上げ、尾部格納庫で護りについていた時のことを思い出した。


大鯨(中破)「格納庫の奥に、物が放り込まれていた露天型のコンテナが1つ!確かにありました!まさか、あれの事!?」


あきつ丸「『1/1二式大艇:積荷目録』によれば、相当な数と大きさの物資やスクラップが一か所へ、ごっちゃに積み込まれていることになっているであります。これだけの容積をざっと纏めて積載できるコンテナは我々の鎮守府には無い。あるとすれば、バカでかい…輸送用の……あ、あぁぁ!」


虚空に目を走らせ考えていたあきつ丸は、突如手にした『艦これ改 作戦ガイド』を床に叩き付け、立ち上がった。


あきつ丸「ある!『大発』!!大発があるであります!しかも特大の奴が!」


それは深海棲艦の攻撃が激しくなって以降、提督が乗る事のなくなった『特大発』の事であった。資材用の容れ物と化してからは、誰もかれもがすっかり忘れ去られていた。


あきつ丸「だとしたら…同じく!目録より、将校殿の『高機動カスタム大発』も右舷格納庫の奥にあるはずであります!」


古鷹はこめかみに手を当て、2種の異なる大発の姿を机上に投射した。それらに添えられたステータスも表示される。


古鷹「輸送用なら、全員乗っても機動力は…よしっ、十分に確保出来ます」


秋津洲「武器はどちらも7.7mm機銃が1丁のみ。対艦兵装は無いよ!」


大鯨(中破)「無くても脱出に使えます!」


古鷹「ええ。しかし、それでも撤退は難しいです。……脱出する前にあの深海棲艦に撃墜されてしまいます!」


あきつ丸「お次は、あの化け物に対抗できる武器が無いと来ましたか…」


その通りだった。戦艦の比叡も今は電力・出力が大幅に落ち、大口径の砲が撃てなくなっていた。そのため、現状、古鷹がこの艦隊の最大火力となる。いかに改二カスタムといえど戦艦をも超える艦種に対してはあまりに心許なさすぎた。


時雨(大破)「ねえ、あそこに、たくさん、積まれている、魚雷、と、爆雷は、使えない?」


左舷・右舷格納庫に薪めいて結束され、「触るな!!」とテーピングされた大量の爆薬群を指差す。


大鯨(中破)「ダメなんです。みんな内部機構や信管が壊れたジャンク品ばかりで。直せていたら、とっくに全部使っていました…」


時雨(大破)「そっかぁ」


秋津洲「5分切った!みんな、もう時間が無いよ!!」


秋津洲がタイムリミットが近いことを知らせた。いよいよ考えが行き詰まってしまう。全員、少しでも多くの同胞・仲間を逃がしたかった。


動ける自分達が出来る事。正面から全力で攻撃を仕掛け、自分達を囮にする。


「特攻」。


勿論納得はできない、だがもっとも単純な、そんな考えが、誰しも頭をよぎっていた。


焦る心中。早く決断をしなければ犬死になる。誰かが口を開こうとした、


そんな時、あきつ丸が何かを思いついたのか手を打った。


あきつ丸「そうだ!浮かべましょう!魚雷達を!」


あきつ丸は懐から1枚の大発の絵が描かれた携帯端末程の大きさのロール和紙を取り出し、戦略机に広げて見せた。次いで机に乗った駒を次々に指し示し、周囲の疑問に答えるかのように早口でまくし立てる。


あきつ丸「自分の揚陸艦用「大発動艇」に魚雷と爆雷を満載し、これを奴の身体にブチ当てるのであります!そして、それら目がけて砲撃する」


片手でピストルを形作り撃つマネをし、もう片方の手を敵を表す駒まで滑らせる。そして、こちらへ視線を向けながら、机上から拳を持ち上げ、パッと広げて見せた。


あきつ丸「こうすれば、我が軍が単に「特攻」を仕掛けるよりも、効果的であります!」


あきつ丸の案に、周囲から希望の息遣いが微かに漏れた。


確かに、それは一か八かの戦略ではあった。だが「特攻」よりも、はるかに納得のできる作戦だ。


古鷹「…その作戦で行きましょう!なら、秋津洲さんは大発の稼働準備を、残りの方は攻撃の準備に入って下さい!」





硝煙と炎、スクラップと腐敗した海が呻く。白と石灰。2つの人型がただ己の目的を完遂するべく、今なお戦争の音を引きずり回す。


葬式の如く殺風景な戦場に響くは砲声、虚しい怒号、そして凄惨な金属音の唸り声。それら全てに怨嗟の声が乗って、薄霧に抱き包まれながらも互いのためにと残酷なマーチを紡ぎ出す。


2つのそれは接近し、離れる。時に遮蔽物に身を躍らせ、飛び出す。磁石の同極を無理やり引き合わせた時のような、決して重ならない不規則な軌跡を描き、非連続に火線を飛ばし衝突し合う。


『チイイイィィッ!』


数度の中・近接戦を経て、重巡棲鬼は身を翻した。肩で息をする彼女に余裕の色は既に無い。久方ぶりの息切れと動悸が彼女を襲う。


血のように張り付き、濡れた布のように重くのしかかってくるような下劣で不快な疲労感。重巡棲鬼は鬱陶しく身をよじり、身体全体から幾度も湯気から滲み出る汗を虚空へといくつも散らせた。そのボディは鬼級である故に弾薬・スタミナは双方ともに無尽蔵。際限はない。


だが多大なストレスにより、精神的なダメージが着実に蓄積を開始していた。遂に深海凄艦の持つ神通力に陰りが見え始めていたのである。


『(このっ!予測外の事態がッ!…っ、ここは強行突破…いや!まずは…ペースを取り戻すのが先決!)』


重巡棲鬼は流れ出す体液より新たにセーラー服を生成、シミ一つない純白を肌に纏わらせながら後退する。両腕の12.5inch三連装砲を計三門突き出した。その眼前。中距離には、酸化し黄色く変色した左眼を絶えずスパークさせる石灰色の艦娘が、銃口が赤熱した2丁の拳銃をかなぐり捨て、赤色の航跡を引き摺り迫る。


重巡棲鬼は慎重に狙いを付け、トリガーに手をかける。あれだけのダメージを負っているのだ、あの艦娘はいつ沈んでもおかしくはないはずだ。


でなければ―――


『ボロッ布になれぇェェェッ!』


思考を吹き飛ばすが如く重巡棲鬼は叫ぶ。脚を肩幅まで開くような砲撃姿勢のまま構え、砲撃を開始した。海戦のセオリー通り、機関部を背負う背中を晒すことは死を意味する。それは深海棲艦でも変わらない。


故に眼前の敵を蹴散らさないことには任務の達成は出来なかった。


急がねば。


1秒でも早い決着を。


焦燥感だけが募ってゆく。だが、こんなものに喰らい付かれ、否が応でも付き合わざるを得なくなっていた。


頭髪に付いた灰が汗に混じり、頭部からまだら模様の冷汗が頬を伝わり流れた。マズルフラッシュを浴びる中、網膜ディスプレイの小さなウインドウには、腕を垂らし無防備に進み続けるル級の姿が見える。もう僅かな時間も無駄にできない……未だ、損傷の深刻な通信系統の再生は手付かずであるというのに!


一撃目、艦娘は海面に斜立する錆びた鉄片を蹴り上げ、即席の盾にした。辛うじて防ぎ、火線を捻じ曲げ、弾幕を掻い潜る。


二撃目、突き出した左腕の鋼板を絶妙な角度に傾斜させ全弾を跳弾させる。無傷。


三撃目、至近弾。しかしボディを掠めたのみ。衝撃波で石灰色の皮膚と肉が捲れ、ささくれ立つ。が、すぐに肉が這い損傷個所を塞ぎ始める。損傷と至るには程遠い。


しかし四撃目を放とうとした時、既に艦娘は短距離を飛び出し白兵距離にまで差し掛かっていた。


『ぬ、あああぁぁっ!!』


網膜の照準器目一杯に艦娘が映し出される。十数分前まで狩るべき獲物であった、艦娘の目がのぞき込めるほどに。


その艦娘の石灰色の艤装にはすでに射撃用の兵装が見当たらなかった。それどころか一門の砲すらない。未だ健在の左腕アームナックル機構を振りかざし、重巡凄鬼の懐に飛び込もうとしていうのだ。


刹那、重巡棲鬼は艦娘が何をしようとしているのか、理解してしまった。


―――まさか、こちらの仕様を見抜いているとでも!?


自身の艤装のチューンは誰にも明かしてなどいない。だというのに、敵は砲撃の間を縫ってわざわざ飛び込んできた。まともな艦娘ならば距離を維持したままに砲雷撃戦を継続しようとするはずだ。


事実、深海棲艦は量産型艦娘と比較して基本スペックで上回り、たとえ大破の損傷を受けようともパフォーマンスは不変である。


だが、これはいったい!?


『(何故、何故奴はこの艤装の事を知っている!?)』


彼女はチリチリとした熱を首元に感じ、息をのんだ。数度の激突で対空機銃は【残弾ゼロ】【リロード中】とモニターが示している。魚雷は…


―――ダメだ、この相対距離ではこちらの被るリスクがデカすぎる!


白兵戦しかない。


その間、僅かコンマ数秒の判断であった。重巡棲鬼の禍々しい両腕艤装が黒色粘液を撒き散らしながら鈍くスライド、牙を剥かせる。


性能諸元では遥かに重巡棲鬼側に軍配が上がっている。しかし、彼女の艤装は取り回しの悪い射撃戦主体の物であった。


肉薄されては、こちらにやや分が悪い。しかし。


―――こ……こいつが、コイツが何もかも全てをぶち壊しにしやがった!


強引にペースを取り戻す。呪詛のように繰り返しつぶやきながら、重巡棲鬼はこれまでの艦娘との因縁を引き出した。何もかもを奪うだけ奪って捨て置いたあいつ等。助けを求めるこの手を踏み躙った、指揮も出来ない無能隊長。こちらへ砲を向けてきた愚かな木偶の群れ。そして失敗に終わった『吹雪』強奪作戦。


―――全部、全部…お前がいなければッ!


勿論目の前の艦娘が全ての黒幕ではない。理不尽極まりない八つ当たりである。記憶の中から無念の思い、その欠片・断片全てを絞り出し、あらん限りを恨みの炎の中にまとめてくべる。中には、どう見ても歪で捻じ曲げられたとしか見えない乱雑な記憶もあった。


だが既に彼女に正気と言えるものはない。そういった判断すらつかないほど、とっくに彼女は壊れていた。


「朧な目的」と「目の前の邪魔者の排除」。彼女にはその2つしか頭に無い。たとえ自身がどうなっても目標さえ遂行し、完了出来ればそれでいい。そのために、自身をくべてまで燃え盛る炎で、目の前の艦娘を焼き尽くそうとしているのだ。




負の感情。それこそ、深海棲艦を形作ってきた要素そのものだ。


祖は、復讐と再起を望み・後悔し・絶望する感情の塊。負の念。


――「まだ戦える!!」


――「こんな、はずじゃないのに…」


――「なぜ、どうして!」…。


溢れた言霊は感情を持ち、少女を紐付ける。そして肉体から、自我を引き剥がして無理やり縛ろうとする。感情を持った未練や執念が、少女を放そうとしないのだ。


そして暗い海に囚われた少女らの自我は、生前の感情らに世話をされ、望みを満たされる。


感情が欲を沸かせ、欲は妄想のフィルムを編み上げ、妄想は現実の影を引き刷り込ませる。


そうして引き刷り込まれた現実が、更に純度の増した新たな絶望を産み、堕とし続ける。


絶望に渇し、妄想の華に恍惚を浮かべ、逃避する。


絶望のループが消え絶えることなど決してない。


その絶望の応酬に少女は心身共につかれ果て、粘性を帯びた更に深い、蜜のような甘い妄想を求め続ける。


そこにあるのは、口に出し思い描けばすべてが満たされる妄想の世界だ。


欲は無限だ、思い描くものが不味いわけがない。ひと口舐めれば脳が痺れ昇天するような甘い蜜、それらを彼女達は気のゆくまで、どこまでもねっとりと甘く、どこまでも深い妄想を堪能できる。


……しかし、それを最後まで楽しむ事が出来る者などいない。


罠なのだ。


いずれ粘りを極めた妄想の蜜は少女らの手足を、頭を、水飴や生コンクリートのように絡め捉えてしまう。ましてや、一度蜜の甘さに魂を蝕まれた者に、それを止められる程禁欲的な精神があるわけがない。逃げられないように、快楽に束縛された少女らは、甘い妄想により倦怠と後悔に沈められる。


そして妄想の蜜に身も心も蕩けさせられ、絶望に自我が染め上げられた時、そこに自分専用のボディがあてがわれる。かつて自身が放った念が血肉となり、堅牢に晶を結った母体。歪んで捻じ曲げられた肉の檻。深海棲艦のボディである。


目覚めた彼女らを突き動かす物。それは復讐と再起を望む目的の無い恨みの炎、戦わなければならないという焦燥感と、自我に焼き付いた負の感情渦巻く僅かな景色、「何か」を奪われた喪失感だ。


恨みの炎は、くべられた燃料に対して等比級数グラフのように果てしなく燃え盛り、やがて虚ろな心の隙間に忍び込み堕落の言葉を囁く。炎は自身を焼き苛み、身体と装甲をさらに強固なものとしようとする。そう、今の彼女のように。




『邪魔だッ、ドケエエエエエェェェッッ!!』


重巡棲鬼は叫びながら艦娘の歩調に合わせて正確に踏み込み、両腕を引き絞る。左右の腕で抉るように、ダブル・ストレートパンチが放たれた!両腕が描く軌道が捉えるは敵艦娘の頭部!主砲の一撃を受け、まだ肉が固まり切らぬ頭部右側面である!


腕の牙が吠え、唸りながらスライドし更に伸びた。しかし艦娘は依然として突撃・白兵戦の構えを解かない。


そのコンマ数秒後、突如重巡棲鬼の視界から艦娘が消えた。





古鷹「……」


古鷹は漂うコンテナの影に身を寄せ、最後の兵装点検をしていた。潮の流れで押し寄せる人や異形の残骸を押しのけながら、両手の拳銃に弾倉を挿し、抜き取る。そして埃を吹き飛ばすことを期待して抜き取ったばかりの弾倉に数回息を吹き、もう一度挿し込んだ。


敵接触まで、既に2分を切った。曇天の戦場は、以前1/1二式大艇から放出されたガラクタと戦闘で生まれた死骸によって障害物が多く漂い混沌としていた。


―――静かすぎる。


古鷹は脚部艤装に纏わり付く手首やはらわたを手で払いのけながら独り言ちた。数分前まであれほど唸っていた海も、敵の鈍重な接近音、諸島内部の音と敵味方の残骸が燃え・爆ぜる音を除いて何も聞こえない。今では戦場というより、墓場と言うのがふさわしいだろう。


あれから、1/1二式大艇でくらったあの砲撃から数分経つ。


だが、敵は何故か1発も撃ってこなかった。それが、古鷹にとって薄気味悪く感じさせていた。心臓が激しく打ち、言いようのない吐き気がこみ上げてくる。耳元がざわつき何かに囁かれたような幻聴が聞こえた。思わず左目を押さえ、蹲ってしまう。こんな時、加古であればどうしただろうか。


古鷹「う、うぇ…っ。おえええぇぇっ!!」


古鷹は堪え切れずそのまま吐いた。


古鷹「はぁっ……はぁっ…うっ、うぐぇっ、ゴブッ」


口から溢れた白濁色の吐瀉物が首元を幾つも伝い、美麗なセーラー服を染める。口中を苦い味が満たした。長年、激戦を潜り抜け場数を踏んだ彼女であったが、ここまで自身のメンタルの異常に気が付かないとは。


思わず、傍で待機していた比叡が駆け寄り、背中をさすった。涙目を浮かべる古鷹は比叡を手で制し、コンテナに手を突き平生を保とうとするが、出来ず2度3度小さく褐色の水を吐き出した。


―――駄目。私が、しっかりしないと……みんなが死んじゃう


えずく上体を無理やり起こし、顔を上げる。胃酸でピリピリと痛む口を、涙で溢れそうになる目を袖口で拭う。そう、彼女には残存艦を纏めるべき指揮艦の役目がある。


比叡を手で制し、位置につくように命じる。古鷹は懐からコンパクトミラーを取り出してコンテナ越しに敵の侵攻方向を覗いた。薄靄に阻まれているもののそこに動いているものは変わらず、やはり1つしか存在しない。


戦闘の形跡より、敵はこちらの大まかな座標を知り得ていてもおかしくはない。いかな装填時間の遅い戦艦とてこれまでの時間があれば、絶対的な射程の優位性を持ったうえで艦砲射撃を浴びせ続け反撃を誘い、こちらの位置をあぶりだす事も出来たはずだ。


しかし敵はそれすらせず、進撃を続けている。じきに中距離に入るというのに、何を考えているのかわからなかった。


しかし、おそらくそこに付け込むべき点がある。


古鷹「…天祐とは、こういう事を言うのでしょうか」


誰に言うでもなく、古鷹は小さく呟き、心の中で強がって見せた。


あきつ丸「参謀殿、部隊を位置につかせました」


程無くしてあきつ丸が背を低くした姿勢で古鷹のコンテナへ滑り込んだ。汚物で汚れた古鷹を前にしても顔色一つ変えずに報告を行う。その表情から吐息に至るまで一片の躊躇いは無い。


古鷹「ありがとうございます」


古鷹は胃酸混じりの唾を吐き捨て、コンテナから僅かに顔を出した。二時の方向の黒煙を上げ佇む1/1二式大艇を見通す。今、古鷹らは拠点から数十メートルやや離れた地点に身を潜めている。そこから見える要所要所に火を噴く大型のそれは、薄霧の中でも特に目立って見えた。


まるで誘蛾灯だ。だが、引き寄せられる物は易々と燃やされる非力な蛾ではない。20inchの主砲とそれに次ぐ口径の副砲をハリネズミめいて持ち、水上爆撃機で武装したオリジナルの艦娘、異形の艤装を持つ航空戦艦の化物である。


比叡(中破)「古鷹さん、やっぱり私たちも前へ出ましょう。前面に立たないと、有効な対艦兵装の無いあの子達じゃぁ……」


古鷹の隣で待機し歯噛みをしていた比叡は、両腕にそれぞれ抱えた装丁の異なる単装砲ライフルを不安そうに動かした。


古鷹「いえ。比叡さん、我慢してください」


しかし、古鷹は悲痛な面持ちで首を横に振る。


古鷹「前に出たら、この作戦は頓挫します。私たちが、この作戦の要なんです。万に一つ、破壊されでもしたら……ここで全員が死ぬことになる」


古鷹はさらに強く、押し殺すような声で言った。前に出たい誘惑にかられたのは彼女も同じだったからだ。


だが、今回の作戦は、規律と連携、そして時間とタイミングが命であった。誰かのちょっとしたことが作戦の成功度に影響する。古鷹らが前に出ることなど、到底許されることではなかった。


しかし、現在も、彼我の戦力差は絶望的である。


『〈量産型〉が〈オリジナル〉に勝利した』という事例は古鷹の知る限り、この9年間に一度も無かった。更に〈オリジナル〉が深海棲艦と化しているのだから、そもそも作戦が成功する確率は……。


だが、古鷹は信じていた。信じるしかなかった。


それは全員が、生き残るために犠牲を覚悟で最善を尽くしていたからだ。あの2人は、自身が何をすべきかわかっていた。だから、最も危険なあの誘蛾灯の正面に、逃げずに用心深く陣取っている。本当は生きて帰りたいはずなのに……


だからこそ、動くことはできない。そしてそれだけに、作戦は失敗できなかった。


やがて古鷹は顔を上げ、2人へ視線を合わせると、思いっきり両手で自身の頬を張った。パァンッと大きく軽快な音が鳴った。幸運にも、その音はどこか別方向で起きた爆発音によって掻き消された。


古鷹はセーラー服の襟元を正す。艦娘にとってセーラー服は死に装束でもある。古鷹自身の持つ誇りを最後の瞬間まで忘れたくなかった。


今の彼女は、迷いを認め、これまでの選択をただ受け入れていた。そして1人の重巡洋艦として、いつもの日常を取り戻すかのように、精一杯の微笑みを浮かべた。そこには、優しい目をした曲がりない責任ある量産型艦娘の表情があった。


古鷹「信じて、任せてあげてください」


その声に悲愴さは一片もなかった。そして、通信機の専用回線を開き、全部隊へと呼びかける。負傷し脱出を待つ全ての仲間にも聞こえるように。


古鷹「『私達、量産型艦娘が量産されて、もう9年になります。

    世代が移り、大量につくられ……そして世代と共に、大量に死んでいきました。

    戦争ですから……それはそれで、仕方ありません。

    ですが、戦争が終わった今!それとこの作戦がどのような意味を持つのか!

    指揮艦として、私は皆さんに答える義務があります。

    いつか静かな海で、その答えが教えられるまで待っていてください!

    これが終戦後、最初で、最後の戦いです!

    爆薬が炸裂したら、よそ目をくれずに大発へ。飛び乗って!

    生きて!!この戦域から帰還を願います!!』」


時計が、接敵時刻を知らせた。


『本日のっ、ハイライトーーッッ!かもォッ!』


1/1二式大艇から発せられた、悲惨な程音割れしたスピーカー音声が薄靄を切り裂く。同時に、1/1二式大艇に残った全ての対空機銃が化物めがけて一斉射を始めた。


古鷹「よしっ、行きます!全機、突撃!」


その一言が合図だった。比叡、古鷹、あきつ丸で構成された艦隊は遮蔽から飛び出し、誘蛾灯に気を取られた化物へと向かう。最後の戦いが始まった。


先行する古鷹が10本の61cm酸素魚雷を一斉に放ち、魚雷管をパージしつつ20.3cm(3号)連装砲を撃ち鳴らした。続く比叡・あきつ丸も次々に砲弾を放った。両腕に構えた2丁の14cm単装砲ライフルを、両手に抱えた長身の120mm単装砲を。この時のためにかき集められたなけなしの対艦兵装が、鋼鉄のバレルも引き裂けんばかりに咆哮を上げた。


それは死の調和であった。ただ生き残りを賭け、目の前の1機の深海棲艦のために用意された葬送行進曲が、耳を突き破る旋律を伴って奏でられる。


だが化物も、負けじとタクトを振るう。


複数の酸素魚雷の直撃に機体が僅かによろけ、1/1二式大艇へと放った主砲弾全弾が明後日の方角へと逸れた彼女は、側面からの奇襲に対しゆっくりと機体の向きを変えながら副砲を乱射する。休まることの無い発射音は突撃舞曲を華麗に鳴り響かせた。


古鷹「今です!!」


唸る弾幕の中、完全に化け物が古鷹らと向き合った。それに合わせるように古鷹が号令をかける。


比叡(中破)「喰らえェェッ!!」


古鷹の両目と肩が輝き、比叡の艤装に抱えるように雑に搭載された2基の巨大な探照灯が眩しく光った。探照灯5基分の光量が一点集中。一瞬で光が化物を飲み込み、焼いた。



焼けた鉄板に水を撒いたかのような激しい音を立て、凄まじい熱を受けた化物の身体から煙が上がる。更に熱を受け誘爆が起きたのか数本の副砲が爆発。化物は悲鳴を上げながら仰け反った。比叡は早くも減衰し始めた探照灯を素早く切り離し、身軽になった身体で駆けながら両腕の単装砲ライフルを唸らせた。


彼女へ強引に搭載された2基の探照灯は、1/1二式大艇の夜間強襲用の換装パーツを流用した物だ。バッテリー一体型のそれは戦艦のパワーさえあればどうにか運用可能な代物。濃霧中の視界確保を念頭に置いて設計されたため、その光量は凄まじいの一言である。


ただ、この大荷物は艦の機動力を著しく損ない付属のバッテリーのみでは満足なエネルギーの供給は出来ない欠点がある。だから、照射はわずかな時間しかできない。所謂、使い捨てだ。しかし、その効果は十分!


3人は扇状に分散し弾幕展開!敵の混乱を誘う。縦横無尽に散る鉄の華が硝煙に散る。ガコンガコンガコン!突如化物は身体を震わせ、折り畳んでいた鋼鉄の翼と油圧カッターアームを展開!曼荼羅のようなシルエットを伴い後方へと軋ませ引き絞る!



ドガンッ!!


『グ…アッ…ッッ!?』


轟声一発。一瞬にして二つの影が重なり、一つの声が上がる。


曇天渦巻く空の下、薄靄のベールの中、重巡棲鬼は一気に空気を吐き出した。


目と鼻の先で溶け、崩壊しながら脈動する心肺の腐臭を浴び、声の主である艦娘の腐肉と断末魔を一身に浴びながら。


「(殺った……)」


艦娘の腕は重巡棲鬼の額をノックし、方や自身の左腕は艦娘の頭部へ二の腕までめり込んでいた。その一撃は決定的であった。ジオラマのように両者は静止していた。ものの数秒が何倍にも増幅されて感じられる。背筋を仰け反らんばかりの愉悦が重巡棲鬼の口を歪めさせた。


「ウ、ゥ……ァア…」


黒煙噴き出す艦娘は歯間から火を漏らし小さく痙攣。焦げ付き、身体中の肉が、骨が、海水へ滴り溶ける。胸部から感染病のように急速に拡がる赤熱の血に侵され始め、内側から火を噴き燃え上がった。


「ぅ……グゥッ」


空が晴れてゆく。天使の階段じみた陽光が差し込み重巡棲鬼は思わず目を細める。赤黒い海が反射を受けルビー色に染め上がった。


「まだだ……」


はっと気を取り戻した重巡棲鬼は自身を襲った目の前の艦娘の頭部を無造作に引き千切り、トロフィーを腰に吊るした。


まだ終わってなどいない。何も。


重巡棲鬼は納品水門方向へ振り向き、進む。数秒後に膨れ上がった火球を背に、ル級のいた座標へ。粘る赤い海面に足を取られながら歩を進める。


「あぁ、……いたい。くるしい。…任務を、つヅッ!ギ、グアアアアアァァァッ!!」


彼女は消えかける意識を保とうと再起動を繰り返しては生き続けた。生の苦痛に、死んだ魂が軋みを上げる。


「グ、アゥ……。私わたシ、ルきゅう。こる、任務、プ深海棲艦、ラム、2歳差異67最サイ9、機動ルぁ、アグッ。…ゥゥゥゥゥッ!!」


歯を食いしばり耐える。愚直に、只進むために足を動かす。方々で熱気に当てられたスクラップが、設備が、衝撃に揺られ音を立てて崩れゆく。バイタルを確認。重巡棲鬼は縋る思いで修復途中の通信機を起動した。


『残存部隊。全戦力をポイント:キグルーへ』


音声通信は期待できない。短文をボトルメールに流す。歪な修復状態。故に、送信の可否を確かめる術もなく通信機は短いスパークを散らし、脆く崩壊した。


彼女は遠方を見据える。拠点は失った。自身も予想以上に戦闘の損傷が大きい。だが、このボディさえ健在なら……再編も目ではない。


自身のボディへ、治り続ける深海棲艦の身体へ眼を落した。そう、次々と節々がひび割れ、欠損した右腕が錆び朽ちる様……に?


「?」


重巡棲鬼は小首を傾げた。


何かがおかしい。


ドゴムッ!


「か、ウブッ!?」


粉砕音が鳴り、頭部が大きく震え弾け飛んだ。重巡棲鬼は思わず膝をつき頭を垂れ、


「ば、ムゴブォァァァッッ!?」


ドウッ!


身体を揺らし吐いた。


「アウッ!ガ、ゴボアァッッ!?」


トラックに追突されたかのような衝撃に視界が滑り、歪み、ひび割れる。ヒリヒリと身体が痺れ、右眼が割れ、破裂した。


「これ、ゴバァーッ!?なオゴッ!?」


重巡棲鬼は止まらぬ嘔吐の中でパニックに陥っていた。


見渡せばあれほど堅牢を誇った艤装が、決して欠けぬボディが、再生の素振り一つせず、逆に崩壊し錆び朽ちてゆくではないか!?


ドウ!ズムッ!メキィッ!


額が思い出したかのようにひび割れ、節々から乳桃色の液が浸み出した。錆水漏れる左腕を振り回しながら、もがき、苦しみ、足掻き続ける!再起動を試みる!右に、左に震える脳内で、風穴だらけのモニターが光を散らす。走馬燈が光の速さで回り続け重巡棲鬼に遅々とした再放送を届けた。


…ドガンッ!


そう。奇妙な、奇妙な衝撃であった。


共に腕を振りぬき、共に繰り出されたはずの殴撃だ。左腕は艦娘の頭部を掠め、残る右腕がそれを捉え、抉りぬいた。額で艦娘のノックを受け止めたのだ!


重巡棲鬼はそう、確信していた。


だが届けられた映像は全く異なっていた。


殴撃の一瞬。一瞬で重巡棲鬼の懐へ、加古が短い青の軌跡を描いて踏み込んでいた。少女のシルエットはそのまま喰らわんとする異形の右腕を殴り切り、空中へ弾き上げる。そして艦娘は重巡棲鬼の額へ衝突させた。


……寸分違いなく、同じ部位。コンマ1秒ごと、精確に五度。互いの全てのベクトル・物理エネルギーが乗算された必殺の一撃。アームナックル。


バカッ!


再起動は果たせなかった。瞬間、拡張し続けていたヒビが繋がり、遂に重巡棲鬼の頭蓋が真っ二つに割れた。豆乳を彷彿とさせる滑らかなラメ光沢きらめく乳桃色の液が零れ落ちる。それは細かな金属片が混じるシェイクされた脳であった。


「こ…ぁ―――」


力が急速に漏れる。高速で叩き込まれた五度の衝撃は深海棲艦の堅い外殻の中で干渉、共鳴し、内的爆発を引き起こし全てを破壊していた。


重巡棲鬼はボタボタと飛散した脳を掬い集め、割れた頭蓋に戻そうとした。しかし、それも叶わなかった。頭部から流れ落ちる衝撃が四肢を石綿のように容易く崩れ落とす。蠢き傷跡を舐め回す筈の黒色粘液は萎び、徐々に周囲へ広がり続ける赤色海域が引き剥がされてゆく。


「あ…あ、あぁ…………ぁ」


諸島内の廃船が一斉に崩壊を始め、海が震える。隆起し、数多の波が重巡棲鬼を掴み上げ撫で回した。生気枯れ果て、最早自我も、肉体すら留めきれなくなった重巡棲鬼を血の海が喰らい、闇へと引きずり込む。


水面が泡立ち、揺れる。そこに何も存在しなかったかが如く、水面が食指を伸ばし続けては全てが消し潰されていった。




扶桑の死体が、深海の化け物が夥しい数の副砲で前方を掃射する。化物の目の前には3人の量産機。両者の間には激しい砲火が交わされる。援護射撃を繰り出していた1/1二式大艇の姿は主砲の一斉射を受け既に消え、大量の艦娘用艤装やジャンクパーツ、巨大な金属片がその場に浮く。


古鷹(小破)「前に集中を!致命打さえ貰わなければ!」


油圧カッターアームより投げ飛ばされた巨大な廃船の塊を回避。機体を僅かにホバーさせる古鷹が、正確無比な砲弾を乱射!化物とその振るう異形アームの関節部へと次々に命中する。が、分厚い装甲がこれを受け止め、あるいは縁に当てられ跳弾となる。


時間も戦線すら冷め切った中で、そこは何もかもが砕け散る灼熱の空間となっていた。艤装ごと油圧アーム爪で胴体切断された比叡が、漂う木片に掴まりながら朦朧とする意識でライフルの引き金を引く。古鷹は脚部追加ジェットノズルから噴進剤を放出し、化物の振り下ろした油圧カッター拳とかち合った!


あきつ丸(大破)「そう、今であります!」


2者の白兵により微かに生まれた隙を突いて、瓦礫を盾にしていた影が震え叫んだ。動向を窺っていたあきつ丸だ!極限まで鈍化した時間間隔の中、根元から吹き飛ばされた左腕から血を噴出させ、死の痛みに喘ぐ。煤の咳を吐きつつ血みどろの右手で片手印を結んだ。


あきつ丸(大破)「ゥグッ!特分隊、いいな!……今だッ!」


刹那!化物の後方。その彼方で波を切る音が立つ!


多数のゴミ漂う中を疾しるそれは、影のノイズと飛沫を引きながら進む3隻の輸送用大発だ!実物大にまで顕現させられたその全てに山のように爆薬類が収められている。進む姿はさながら口に出す事を憚られるあの兵器の様!この崩壊寸前の紙棺桶が目指すは深海棲艦の背後!すなわち、機関部である!


「テェーーーッ!!」


更にゴミ山の背後から秋津洲と大鯨が鬨の声を上げ飛び出す!艤装には機銃!両手に異なる7.7mm軽機関銃を携え、只前に向けて弾幕を張った!


秋津洲「うわあああぁーッ!」


叫声と共にパラパラと軽い音を立てて曳光弾の筋がいくつも駆け抜ける!居場所がばれる?作戦が台無し?否!10mmにも満たない武器を持たされ、動かずじっと場を守りそれを待っていたのだ!故に、彼女らに攻める言葉など無し!


鉄の雨が海を駆ける大発を狩り立てるべく降りしきる!非戦闘艦の精度はすこぶる悪く、射撃の振動がそれに拍車をかけていた。銃声は鳴れど命中弾は未だ無し!それどころか、左右の油圧カッター拳を空へ振り抜き古鷹に競り勝ち、弾き出した化物が背部副砲を操作し迫る大発を撃沈せんとする!ゆで卵のように白く濁る目には自身が何をしようとしているのか、誰を撃っているかもはや判断など付くはずがない!


……その時!


ドシュッ!


耳をつんざく斬撃が一閃!化物の身体が大きく横へよろける!


これは一体!?……いや、視よ!化物の振り上げた両拳が、手錠をかけられたかのように不格好に付き合わさっているではないか!今まさに上から下へ振り下ろそうとしたアームが絡まり、強大な質量をもつ化物のボディがもつれているのだ!もし、もしもこの場にオリジナル正規空母並みの索敵能力を持つものがいたのであれば、銛のように鋭く細長い物がそれを貫いている様を理解できる筈である!


実際、彼女らにそれは見えなかった…だが!


「「「「「(勝機!!)」」」」」


艦娘が、その一瞬を見逃さない!


バン!という音がし、化物が光に包まれた。正面!


「ゥァァァ…ッ!!」


化物の身を蝕むコールタールが消し飛び、死肉共々光の粒子となって分解されてゆく!だがその一方で自身の血がたぎり、何かが胸中から湧き出した。


何か……熱く。柔らかい。光。彼女の視界の先には2…3人分の影。


艤装が泡立ち戦慄いた。殺せ。殺す。艦娘を!身体が思考についていかない。何故……何故?殺して、沈める。取り返せ。問い返す。何のために?


古鷹(中破)「主砲!!」


目を輝かす光の源たる艦娘が号令を放つ。早く。殺られる。艤装が喚く。だが、そうだ、何のために……?私は…!!


古鷹(中破)「魚雷!!」


一迅の時間が吹き抜けた。艦娘が一斉射撃態勢を整えた。だが、あぁ…彼女も残った僅かな意識の残滓を掴み取っていた!


―――伊勢と、あの子達を助けるために……!!


それはいかなるバグか、はたまたボディの持ち主の魂に再び火が灯っていたのか?


「ォ、オオオオオォォォォ!!」


それは誰にもわからない。分かる事は今、誰かの終わりが訪れる。ただそれだけ!


化物は、分解されつつも艤装からありったけの黒液を絞り出し、砲を全て正面に旋回させ、眼を紫色に怪しく輝かした!3人の艦娘の瞳にも光が瞬いた!精神が、時間を追い越す!


「「シズメェェッ!!」」


両者は駆け、大中小の砲弾が一斉に飛び交った。あきつ丸に背負われた比叡が単装砲ライフルを弱々しく撃ち、あきつ丸が煤まみれの右手で80mm十四年式拳銃を撃つ。前衛へ躍り出る古鷹が全ての兵装を解き放った。


緩慢に滑空する鋼弾が弾け、肉がもぎ削がれ、兵装が粉煙と化した。砂嵐通信。被弾。水柱。金属が割れ、血飛沫の華が咲く。


艦娘と、深海の、互いのカットインがぶつかり合う!!


距離は次第に詰まり、やがてゼロ距離に達する。瞬間、均衡が崩れた!


それは後方!


砲撃が集中する中、ついに秋津洲らの機銃掃射が大発の1隻を捉えていた!鉛玉は大発の装甲を障子戸のように次々と貫通痕を穿ち、まばゆい光を発し、そして……爆発が起きた。


大発は凄まじい熱量を撒き散らす火球となり、爆発四散した。更に並走する2隻の大発も飛散した熱い破片を幾つも横っ腹に受け、一瞬で連鎖的に爆発を引き起こす。深海の化け物を中心に膨張した炎が吹き飛ばし、焼き潰した。



秋津洲「古鷹さん!あきつ丸ちゃん!」


大鯨(中破)「行きましょう!チャンスは今しかないんです!」


海を揺らす爆風と衝撃に煽られながら、大鯨はインカムに手を当て通信を試みる秋津洲の腕を強く引いた。作戦は次の段階へ移らねばならない。


ギギギ、グガゴゴと金属が折れ犇めく音が爆煙の彼方から響く。2人は身を躍らせ、背を向け走った。走りながら身に纏わり付いた機銃群を引き剥がし、海へと捨てる。小高いゴミ山を飛び越すと、目的の目印はすぐそこにある。周囲と比べて日に焼けていないブルーシートを引っぺがす。見覚えのある露天型のコンテナが2つ。高機動カスタム大発と特大発。満載されていた生気の薄い負傷者と医薬品が陽光を浴びた。


秋津洲と大鯨は灰が舞い散る中、それぞれ艤装を廃棄し、コックピットに転がり込んでスコープゴーグルを装着。ウォームアップすらしないまま急激に機体を加速させた。瞬間、秋津洲の横で特大発が、空間ごと抉り取られ、砕けた。


秋津洲「ッ!?」


思わず首を巡らす。動きに合わせ機外のターレットレンズが回り、映像が届く。爆煙からぬうっと自分たちへ向けて突き出された一門の大口径砲を見た。


秋津洲「……!」


秋津洲は声にならない叫びをあげ、両手のコントロールグリップを握り、歯を食いしばり身体を傾けながら旋回する!


ギュン!


彼女の真横を風が走る!ぱたたと彼女の顔に血がぶつかり、口内に小さな欠片が落ちた。スコープゴーグルから網膜投射される外部映像にヒビが、乱れが生じる。だが機関部には異常なし!桿からは決して手を放さない!


食いしばる歯が次々と割れ、身体中から液体が流れ続ける。割れ曇りのレンズ視界が針路を遮るように頭上を飛ぶ飛翔物と3発の三式弾を捉えた。


意識が途絶えかけ、手足が痺れ力が入らない。赤黒く染まる視界。秋津洲は歯茎を剥き出しなお折れた歯を食いしばった。背に背負い込んだ僅かな青い火を感じながら。視線を逸らさず諦めなかった。意識ある限り、彼女は戦わなければならなかった。彼女は無名鎮守府の秋津洲としてやり残したことがあったからだ。


秋津洲の高機動カスタム大発は、ゆっくりと軌道を曲げながら、雲一つない陽光の下へと躍り出る。輸送艇は陽の光に煌めき、そして散弾の雨にのまれていった。


閃光。大気を揺るがす爆発音……散発する崩落、そして煙塵がタラワ諸島に立ち込める。


皇紀2688年十二月七日。ようやく陽が昇りきったばかりの頃であった。




――――「量産型提督2【改善】」 終


後書き

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