2017-12-11 16:29:41 更新

概要

小説形式です。 12/11 一部推敲(内容に追加・変更なし)
横須賀のおとなりの、小さい泊地のお話。オールディーズ好きな司令は、今日もレコードをかけながら部隊を運用します。 応援、オススメ、ありがとうございます。


前書き


《前回》
【艦これ】叢雲/司令「明日に架ける橋」【1】

《章ページ内リンク》
 幕開 1章

SSとはなんぞや、とばかりに地の文まみれです。ご了承願います。
ついでにいうと弩級シリアスです。
展開上、オリジナルな要素がわさわさでてきます。許せない方はごめんなさい。

青葉の短パンに手を入れてかじかむ両手を温めたいです。

登場人物と所属艦娘(個人的に使っていたものなので見づらかったらごめんなさい)
まだ登場していない艦娘も書いてあります。それに、ざかざか更新されます。
ネタバレもありますが、展開に影響を与えなければ記載します。気になる方はスルーを願います。
ちなみに記載したキャラがすぐ出るとは限りません。
あくまで目安程度です。

【大本営】
〔連合艦隊総司令官〕
 --
〔総司令官付き〕
 飛龍 蒼龍
〔所属〕
 香取 鹿島

【富津泊地】
〔司令官〕
 清水
〔所属〕
■重巡洋艦
 古鷹 青葉 熊野 足柄 摩耶
■軽巡洋艦
 夕張 木曾 能代
[異動組 横須賀→富津]
 川内 神通 那珂
■駆逐艦
 叢雲 涼風 三日月 夕立 山風 秋月 
[異動組 横須賀→富津]
 卯月 初雪 曙 浦風 島風 
■水上機母艦
[異動組 横須賀→富津]
 千歳 千代田

【横須賀鎮守府】
〔司令官〕
 森友
〔所属〕
■空母
 加賀 赤城 雲龍 天城 葛城
■軽空母
 瑞鳳 飛鷹 隼鷹
■戦艦
 大和 長門 金剛 比叡 榛名 霧島
■軽巡洋艦
 大淀 北上 大井
■重巡洋艦
 高雄 愛宕
■駆逐艦
 暁 雷 電 黒潮 綾波 時雨 不知火
[異動組 富津→横須賀]
 ヴェールヌイ
■潜水艦
 伊168 伊8 伊19 伊58
■潜水母艦
 大鯨



【主計】
 八木
【陸軍】
 カーペンターズ


多分にいたらない事があるかと思います。アドバイスなり、ぜひよろしくお願いいたします。
また、なにかご不明な点がございましたら遠慮なくご質問ください。


幕開


 司令室には音をかすらせたレコードが流れる。背中を焼く陽はまだ熱く、窓から入ってくる潮風はだいぶ冷たくなった。1800を過ぎれば陽も沈み、わがもの顔で水平線にあぐらをかいていた入道雲も薄くちぎれ、空を遠くした。数日前の台風以降めっきり秋めいてきた富津泊地は、隙間風と家鳴りが、眼前の冬を感じさせる。

 さだまさしの私花集B面が秋桜を歌い終わったところでぷっつりと音が途絶え、富津の責任者である清水が顔を上げた視線の先には、日替わりで当番を頼んでいる艦娘が、鼻歌まじりにレコードを変えていた。 

「おい、せめて『主人公』を聴かせろ」

 青い髪が秋風になびき、彼女の羽織った薄いカーディガンもそよぐ。

 横須賀から異動してきた浦風は、勝手知ったる我が家とばかりに、眉根を寄せて唇を突き出す。

 満面の渋顔。

「こんなん聴いとったら気が滅入るけぇ、ただでさえこの時期はうら寒いんじゃから」

 レコードを変える手際よく、流れてきたのは泣きのエレキギター。フォークと呼ぶには騒がしいしゃがれた声でプレーヤーは歌い出し、スピーカー前の彼女は足でリズムを取り始める。

「お前も気にいると思ったんだがな。……拓郎か。この曲も気が滅入らないか」

「かァーっ、わかっとらん、わかっとらんな提督。過去に犯した過ちを抱えて、けれど意地張って生きようとする男の生き様じゃろう」

 自分の体を抱きしめて、うっとりとした表情を浮かべる姿を見つめていると、父性なのか呆れなのか、とにかく隠せない苦笑いに口元がゆがんだ。清水の趣味のせいで、彼女の趣味もまた、古臭いものになっているのだろう。

「お前はダメな男につかまりそうだな」

 ジャケットを片手に半身で振り返った浦風が、片眉を吊り上げて、とてもねっとりした視線を送る。

「ひとつやふたつ、スネに傷がある男のほうが女の気を引けるんよ。提督はずいぶん綺麗な足をしていそうやね」

 ため息ひとつ、やぶへびである。秘書をたのむのは二度目だが、司令室には毎日のように入り浸っている。浦風に限ったことでなく、娯楽がまったくと言っていいほどない基地だから、たまに取り寄せる本と、ここに置いてあるレコードぐらいしか退屈を慰めるものはない。最近では詰所と入居ドック、食堂に脱衣所と、いたるところに夕張が複製したプレーヤーが設置されて、どこに行っても音楽が流れている。清水自身は過ごしやすい反面、艦娘たちのようなうら若い少女たちは満足しているのだろうかと首を捻ることもある。

 夏の終わり頃から夕張は、吹っ切れたように工廠から廃材をもらってきて何かしら手いたずらをしていた。もちろん仕事をこなした上なので言うことはないが、元来こう言った精密作業が好きなようで、司令室に置いてあるプレーヤーを複製し(針だけは取り寄せたものをつかっている)、おまけにオートチェンジャーとリピート機能を増改造するということまでやってのけた。時には夜っぴて作業をしているようで心配したこともある。しかし、自分の作ったもので皆が楽しんでいる姿を見ている時、彼女は一番いい顔で笑うのだ。そんな顔を見てしまえば何も言えない。

「人が好きィーやけ、ネー」口ずさむ彼女のぴったりした七分丈のジーンズがリズムに合わせてふとももの震えをあらわし、組んだ腕はカーディガンの上からでも体のラインを強調させ、幼さ残る顔の造形と比べて成長著しい体は、例えば三日月に比べると高校生と小学低学年程度の差が感じられた。まこと彼女達の体の基準に不思議なものだ。

 はずむ彼女の声と、年を取って渋みのでた拓郎の声がまざり、清水自身も足でリズムをとりながら、名残おしく目を書類に戻した。慣れとはすごいもので、あれだけ苦手だったことも、二ヶ月みっちり休みなしでこなしているうちに流れ作業に変わった。机をすっきりさせて一日を終えるのは気持ちがいい。日暮れは書類仕事はしないつもりでいるので、冬場は少しペースが落ちるかもしれないが。

 シングル盤はすぐに鳴り止み、フェードアウトしていくエレキを最後まで追いかけて針を上げた浦風は「ええのう」余韻に浸る。艦娘に出身地があるのか知らないけれど、広島弁を使う彼女に『唇をかみしめて』は、何か郷愁に訴えかけるものがあるのかもしれない。満足して手近にあったレコードを三枚、四枚と適当にプレーヤーにセット、ようやく秘書机に戻った。

 日暮れも近い。スパートをかけてしまおう。流れ始めた、毛色の違いすぎるポップな曲調と筆記のリズムが合わせていく。 

 深海棲艦というものがある。

 数百万年、王座にあぐらをかいていた人類をあっさりと打ち倒した化け物である。母なる海から顕れたとされる者たちは、海だけでなく空すらも奪い、海を超えて栄えた人口を一気に減らし、各国に設けられていたインフラ設備(発電、港湾、空港施設。果ては河川まで)を軒並み破壊し尽くした。漁業に出れず、自給率の低い島国日本はまさしく滅亡寸でまで追い詰められたのだ。深海棲艦は奪った王座に座るのではなく、王座ごと消滅させるがごとく侵攻してきた。

 平和な時代に生きれば精神に贅肉がつく。でっぷりと肥えた人らは栄養失調に陥った。精神の飢饉。こうなっては、右翼だ左翼だのはなく、とにかく抵抗をという民意に、自衛隊は再び『軍』の旗を翻す。しかし「自衛」という役割は変えず、国土防衛のための軍。受動的な鎖国状態である現状に、口をはさむ国などありゃしない。

 地球上に顕われたものなら人類でも抵抗が可能、驕りを捨て切れなかった新生日本軍は、まさに強姦される処女だった。必死の抵抗はいきのいい獲物がここに在りと声高に叫んでいるだけで、まったく損害を与えられずに、ただただ攻められるまま、詰められ、撃たれ、爆撃され。沿岸の形が変わるほどに攻撃を受け、食料の自給自足すらもままならず、残飯生産量世界一位の国は肉体的にも飢餓になり、日本全国かつえ殺しの形が整った頃、彼女たちが顕れた。

 艦娘。

 オートチェンジャーが動き、一転ジャジーな曲に変わる。富津では出撃詰所でよく流されているもので、往年の喜劇スターが歌ったもの。浦風は小さい声で口ずさむ。清水も、口だけで歌詞を追う。「こ、い、し、い、家、こそ」歌っている時に声が変わる奴がいるが、浦風もそのクチらしい。鼻にかかった声が戦時の艦隊司令室に泳いだ。

 人の増えた富津泊地の司令室には、ここ最近、ひっきりなしに客がくる。

 大きな音を立てて開いたドアに浦風は飛び上がった。

「うーちゃんの青ぞベッ」

 ただの板っきれに近いドアは勢いを殺さず、また派手な音をさせて閉まった先に一瞬、ピンクの髪のいたずら娘が見えた。

 清水は小さく鼻をならす。

 ふたたび、今度はゆっくり開いた向こうに、半べその卯月が立っていた。 

「びっくりしたあ。うわちゃ、卯月、大丈夫?」

 今にもこぼれ落ちそうな涙を瞳にためた卯月に駆け寄って肩を撫でる姿は、駆逐隊の母という言葉がしっくりくるほど、板についている。「うあはえぇ……」ぽろり、ひとつ涙が溢れて、浦風の胸に顔を埋めた。「あっ、ちょ、もう。も少しおとなしくせんと、提督さんの迷惑じゃろ?」困ったように笑う姿は、同じ駆逐艦とは思えないほどに大人びていて、自分も少しぐらいなら許されるんじゃないかと邪念を抱かせる。

 清水の仕事は、彼女たちを戦地に送り込むこと。往時の人権団体が大騒ぎするようなことであっても、この時勢では美化されてしまう。ぜい肉をそぎ落とされた人類はもう、なりふり構っていない。

 浦風のふくらみに一通り顔を押し付けて、まんぞくげに顔を離した卯月の鼻からは、横一直線に赤い線が走っていた。

「うわっ、うわわっ」

 慌てた浦風が胸元を確認する。清水もつられて目線をやれば、しっかりと赤くシミがある。

「鼻血!」

「ぷぇ?」首をひねる卯月が鼻をこすればこするだけ、顔と手が赤くなっていく。そうして染まった手を見て、やっと慌てだした。

「提督、ティッシュ、ティッシュっ」 

「おうよ。ちっと待ってろ」

 二三枚引き抜いて、上むきに鼻をおさえている卯月の顔をつかんだ。小さな鼻の穴にはぬるりとした血が詰まって、奥から次々にあふれてくる。狙い定め、丸めたティッシュを突っ込めば、小さい鼻が限界まで押し広げられて、鼻翼がぱんぱんに膨らんで間抜けな顔になった卯月、自分でやるのと人からされるのではわけが違う。目を白黒させて、幼いながらに、今度は羞恥に顔を赤くした。

「ありえない、ありえないっぴょんっ。いいから箱ごとよこせっぴょんっ」

 言っておいて、机に置いてあったティッシュ箱をむしり取り、部屋から駆け出て行った。

「……今年の台風はまだ終わらなそうだな」

 開けっ放しのドアと窓が、良い道ができたとばかりに風をまっすぐに通し、冷えた空気に体が一つ震えて、日暮れがもうすぐそこであることを了解した。「そんなこといっとったら、一年中台風だね」けらけら笑って鼻血がべっとりと付いている胸元を引っ張り、それから眉を寄せて、苦笑いした浦風が言った。

「悪いが、服を貸してくれんか」

「上がってもいいぞ。もうそんなに仕事もないだろ」

「あー、それがな。スケジュールが全然で……。うちらとそっちと、なんとも難しくてなあ」

 清水は大きくため息をついた。

「もうお前らが来て二ヶ月目だぞ。まだダメか」

「うちはともかくとして……。仲たがいしているわけでないんじゃけっど」

 眉間にしわを寄せてこめかみをおさえる浦風と話していると、教員同士が職員室で生徒の扱いに悩んでいるようで、どこかちぐはぐな気分になってしまう。

「私の部屋のタンスの二段目。サイズは合わんぞ」

「すまんのう、駆逐舎はなにぶん遠くて。部屋に鍵はかかる?」

 いたずらな笑みを浮かべて、試すようにさえずる彼女に、清水はわざとどっかと音を立てて椅子に座り、うっとおしがっているように顔を作る。

「鍵はないが、お前が信用してくれるならば、覗かないと約束しよう」

「ひひ、そうやって女に選択肢を与えるのは男らしくないなあ」 

「早く着替えなさい。早くしないと、私が脱がせるぞ」

 大げさにリアクションし、ちらりと服をまくった浦風を睨みつけると、「おお、こわいこわい」声が執務室横の部屋に消えていく。やはり舐められているのだろうか、と女所帯の肩身狭さにため息をもらしても、肩をたたいて同情してくれる男はここにはいない。

 軍人の異動といえど、艦娘は名称の通りに娘である。横須賀の加賀のような妙齢から童女まで幅広く、この基地には若いを越して幼い艦娘たちが多い上、横須賀との提携で、さらに増えていくことだろう。相手は生身で多感な少女。人間関係のひとつやふたつ、うまくいかないのは当然と思う横で、横須賀の森友が送ってきたのはとりわけ面倒なやつらだったんじゃないか、と邪推するほど問題児が多い。反骨精神たっぷりなやつ、ゴム球のように自由奔放なやつ、出不精、酒飲み。資料上ではそれなりに実績があるとしても、自分に扱えなければ、ただ腐らせるだけだ。

 さいわい艦娘の教育が得意な軽巡と、面倒見のいい浦風のような艦娘もいるのでなんとかなっているが、早く解決せねばならないのは第一課題だ。現状ではまだ、部下といえるほど、彼女たちを扱えている自信はない。

 薄暗くなった室内に裸電球にかさをつけただけの照明をつけると、再度客が来た。

「第一水雷戦隊、演習から戻ったわ」

 しっとりした服に口が開かず、歯の隙間から息をする叢雲が、両腕で自分の体をかき抱いて入ってきた。

「おう、おつかれさん。そろそろ暖房も容易しとかなきゃなあ」

 着ていた軍服をかけてやると少しはマシになったようで、からだの震えは大人しくなり、頬の力が抜けて、いつもどおり秘書机に小さい尻を乗せた。夏の敗戦で焼けてしまった髪は、ようやく伸びて肩甲骨の上辺り。軽く活発な印象になったが、早く元の長さに戻って欲しいとひそかに願っていた。似合わないわけでなく、月明かりに輪郭が銀色に輝く彼女は、現実と思えないほどに美しかったから。

 ちなみに叢雲は、秘書机に人がいる場合は清水の机に腰掛ける。

「うすめでお願い」

 部下に飲み物を作ってやるのもおかしな話ではあるのだが、コーヒーも酒も、人に作ってもらったほうが美味いのだから仕方がない。自分に入れる半分ほどの粉を入れて湯を注ぎ、「むらくも」と油性マジックで書かれた色気のないマグを両手で受け取った叢雲は、熱さに口をすぼめて一息ついた。清水は冷たくなった自分のマグに今度は濃い目に淹れなおす。湯気立つマグをふたりで掲げて、彼女と同じよう、自分の机に尻をのせた。熱すぎるコーヒーが舌を焼く。

「そういえば」二口目をずずっと、ほんのり顔を赤くした叢雲が、鼻もすする。「卯月がティッシュ箱抱えてすっとんでったけど、なんかあったの」

「撃った銃口が自分に向いていたというか、なんというか」

 意味わかんない、と目で訴える。「どうせまた何かやらかしたんでしょう」そう言ってまたコーヒーをすすった。

 清水は悩みの種の一つである卯月について、初期艦である彼女に聞いてみたいことがあった。

「お前はあいつのこと、苦手に思ってたりするのか」

 ずず、ずず。コーヒーと鼻水を忙しそうに交互にすすられても、ティッシュは持って行かれてしまったのだからどうしようもない。

 鼻を赤くした叢雲は「ああ、そのこと」、曲に合わせて足をぱたつかせた。

「別に、かわいいものじゃない、ちょっと警戒心が強いだけで。言っておくけど、あの娘を邪険にしてる娘はいないわよ。異動組も、すくなくとも私の見てる限りだけれど問題ないわね」

「お前が言うならそうなんだろうなあ。……なんとも難しい」

「ふふん、あんたがうちの中では一番懐かれているんだし、がんばんなさいな。それよりも」

 とん、机から飛び降りた叢雲は勢いのまま清水に迫った。肩から羽織った軍服が重そうになびいて、こぶしふたつ分の位置まで近づく。生乾きの服が、汗と海の匂いを濃くかもし、鳩の血のような瞳が影に光る。

「『お前』っていうのやめてって、何度言ったらわかるのかしら、このボンクラは」相変わらずの上目遣い。髪と同じ、白いまつげが赤を強調させる。いい加減彼女にこうやってにらまれることに慣れた清水は、鼻息ひとつ吐いて、その長いまつげを揺らした。「お前が『あんた』っていうのをやめるまでかな」

 ガン、手に持ったマグを揺らさず、器用に足を踏みならして抗議されると、本当に自分に司令としての威厳はないんだなあとしみじみ感じる。叢雲はわりとはじめからこういった風であったからいまさらかもしれない。こちらも少々意地になってしまっているのはわかっているが、相手の呼び方を変えるというのは、はじめのとっかかりがなかなかに難しい。特に、相手が異性であるならばなおさらで、気恥ずかしさが先にたち、どうしてもふざけてしまう。べつに固執することでもないというのは分かっていてもだ。

「あんたがお前っていうのをやめれば、あたしもやめたげる」

 毎度のやりとり。結局のところ、清水と叢雲はおなじ穴の狢。

「つまりはお互い様ってことだ。それよりも、演習の報告をたの」「えへへ、提督の服はぶちでかいのう」

 そこへ、清水の部屋着をかぶった(着ているとは言いがたい)浦風が出てきた。

「叢雲、お疲れさん。いやあ提督、うちも言おう言おうおもっとったけど、女の子に『お前』はアカンて。ちゃんと名前で呼んであげな」

 ふとももまですっぽり被さるシャツのすそを結びながらにらみつけられて、言葉に詰まる。叢雲ならばいくらでも言い返せるのに、浦風にたしなめられると不思議と逆らえない。けれど今は、ゆるい胸元からのぞく肌が非常に目の毒だ。

 そのなさけない男の習性を見逃す叢雲ではない。

「お疲れさま。女の子に自分の服を着せるなんて、ずいぶんいい趣味してるのね」底冷えのする声でようやく目線をはずした清水が、目玉をとめずに目の前の少女を映すと、顔だけはにこやかに口が動くのを認めた。「浦風、気をつけなさい。司令に隙を見せたら、頭の中で素っ裸に剥かれるわよ」

 思わず吹き出してコーヒーをぶっかけそうになるのをこらえ、出口を塞がれた液体が鼻に逃げてむせたが、対照的に本人はきょとんとした後、からから笑い、いたずらっぽく胸元を隠した。

「叢雲っ、おま、そんなことはない!」

 女所帯でそんなことが広まれば仕事が回らなくなる。が、わずかな罪悪感が焦りを生み、虚を突かれた男の滑稽な言い訳が、余計に彼女たちを楽しませ、口を回らせて、さらに責めあげる。一度取り乱した男は目も当てられないもので、何ら厚みのない言葉がむなしく司令室にひびき、かしましい少女たちの声と飽和した。「俺はお前たちにそんな感情を抱いたことはないっ」「さっきのあんたの目線、真似してあげる」叢雲が背伸びして鼻の下を伸ばし、大げさに胸もとをのぞけば、浦風は顔を真っ赤にして大笑いだ、涙まで浮かべた。

 こうなってはなにを言ってもからかわれるだけ。

 無線のマイクを取り、詰所にいる誰かに向けて連絡を入れた。逃げの口実の、とにかく彼女たちの搦手からの脱出を図る。

「司令室から詰所。誰かいるか。……誰かっ」

 哨戒の交代には早いのだから当然、用意のできていない詰所からの迅速な応答はなく、ただの一人芝居に、艦娘ふたりが腹をかかえて笑った。汗でぬるつく額に手を当てて、無線機のスピーカーが遅れて『おう、どうした、緊急か』木曾の声を伝える。こちらのマイクが伝えるのは大声量の笑い声。またからかわれているのか、木曾の呟きが聞こえてきそうなためいきが向こうから聞こえ、もはやどうでもよくなった清水は再度マイクを握り、やけくそに舌を回す。

「私も夜間哨戒、ついてっていいか」

 返ってきたのは無情にきられた無線の、短い電子音。

 限界かと思っていた笑い声がさらに大きくなった。


1

 軍事施設といえども民間あがりの人間に海の男の艦隊勤務はあまりに負担がおおきいので、緊急時の対応をのぞく、富津独自の休日がある。本当ならば生活リズムを昔に合わせたかったのだが、雨がふるたびに休むのは下界のルールから逸脱している。日曜日。キリスト教に基づいた由緒正しき安息日。教会に行くわけでもなく、祈りをささげるわけでなく「周りの業者は日曜休みがおおかった」からという、いかにも日本人らしい性格で決めたものだ。

 総員起こしの放送(当番ごとにかかる曲が変わる。今日は三日月がピートシーガーのヤンキードゥードゥルを流した)に起こされ、寝間着のまま自室を出れば、夜勤をたのんでいた青葉が、年代物のポロライドカメラの手入れをしていた。少し赤くなった目で、それでも慣れた笑顔を見せる。

「おお、司令官、おはようございますっ」朝から耳に突き刺さる高音にのけぞって挨拶をかえす。彼女はどのタイミングで会っても元気が良く、寝起きのような、頭がぼうっとするときに会うとなかなかに釣り合いが取れない。しおらしい瞬間を見てみたいものである。「問題は何かあったか」あくびをかみ殺しながら要点だけ聞くと、通信記録を1枚差し出された。流し読む。

「0146時頃、八丈島北東六五海里ほどで敵偵察部隊と交戦がありました。島風さんが小破するも、航行に問題はないようなので、そのまま行動をお願いしてあります」

「ううん……最近おおいな。先週もきてたろ」

「ですねえ。犬吠埼の詰所も、毎日のように深海棲艦をみかけるらしいですよ」

 そうだ、最近、犬吠埼に艦娘が詰める場所ができた。基地と言えるような立派なものでないが、富津から向こうまで足をのばさずに良くなったぶん、じっくりした哨戒ができるようになったのでありがたい。所属は大本営から直接派遣されたり、よその基地で再起不能の傷を負った艦娘たちで、指揮は清水が卒業した学校の生徒と、本営付きの指導艦が担当している。敵の活動が活発になってきているので、森友の提案を強引に通した結果である。指導艦の中には、清水が恐れる香取も詰めているので、傷のある艦娘の部隊でも十分戦えるだろう。

 あくびが一つ出た。ダメだ、今日は頭を使わない日なのだからしっかりと休めねば。

「くぁあ、了解。今日は難しいことを考えるのはよそう。顔洗ってくる、朝の哨戒部隊が出たらお前も寝なさい。お疲れさん」

「了解でーすっ」青葉の声を背中にうけてドアをあければ、ひりついた冷たい風が頰をなぜ、温まった体をかき抱く。見慣れた水平線からは寝ぼけた朝陽が顔を半分ほど出していた。

 カルキ臭い水で頭を締めてぬるつく顔を洗い、流れで歯を磨く。毎日やっていることでも今日は机に座っていなくていいのだと思えば、憎らしい朝陽も美しい。わざとらしいミントの香りを感じたまま、ポケットに入れっぱなしのよれた煙草に火をつければ、濃いバニラ香が鼻腔に広がる。

 さて、今日は何をしようか。煙を吐き出して朝陽に目を焼く。駆逐舎の増築に手をつけるか、それとも司令室と執務室を分ける設計に手をつけるか。道を整備して、コンクリートでも流そうか、レンガ敷きにするのもいい。それとも草刈り。夕張に手伝ってもらって、ストーブもつくっておきたい。せっかくの休みだ、寝ているのはもったいない。背中、首、腰、股関節、指と骨を鳴らして、唯一灰皿が設置されている吹き抜けの休憩所に足を運ぶと、起床時間すぐだというのに先客がいた。

「ん、おはようございます、提督」

 千歳だった。ショートの髪は風にそよがずしっとりぬれていて、濃い石鹸の匂いと、裏にひっそり香る酒の匂い。「また徹夜か」彼女に対して風下になることを確認し、少し間を空けてベンチに腰掛け、灰皿の上で煙草を叩く。

「失礼な。ちゃんと寝ましたよ。アルコールが残っていたので抜いただけです」心外だ、とばかりに清水の太ももを叩けば、ぱん、いい音が鳴る。

「毎日々々よく飲める。私だって寝酒の一二杯は飲むが、べろべろになるまでは飲んでられん」吐いた煙が潮風にとけた。「ところで、富津には慣れたか」

「もう、顔合わす度にそればっかり。バリエーションに富んだ会話希望です」

「寝起きに風呂上がりの美女がいれば、そりゃあ緊張して頭も口も回らんさ」

「うふふ、お上手お上手。使いまわされた感がありますが」ずり、ずり、砂の擦れる音をさせて、ごほうびとばかりに寄り添われた。お互い寝間着のために、体温がしっかりと伝わり、凍みた体の触れている箇所が、千歳のほてった体温と同じになっていく。

「うちで唯一の航空戦力なんだから自重してくれよ」

「それも聞き飽きました。今日は千代田が当番だからちょっとぐらい、いいじゃないですか」

 水上機運用に長けた艦娘の千歳と千代田は、横須賀からの異動組。航空戦力心もとない富津唯一の水上機母艦である彼女たちには、隔日で陸上から艦載機を飛ばしてもらい、近海の航空哨戒を頼んでいる。問題は姉の千歳が大ザルであることだが、今の所支障はないし、自分の仕事のある日は控えてくれるので、別段扱いづらいわけでない。

 半ばを過ぎて辛くなった煙草をもみ消す。禁煙していた期間などなかったかのように煙草の毒はよくなじんで、おそらくこの仕事をしている以上やめることはない確信がある。

「さて」朝の日課を終えた清水が立ち上がって大きく伸びをした。せっかく温まった右半身が寒い。

「あら、もう行ってしまうのですか」

「そろそろメシ作らんと、育ち盛りのガキどもが騒ぎ始めるから」

「残念ながら育ちませんけどね。毎日ごちそうさまです」

「どうだ、口に合うか。横須賀はさぞ豪華なメシが出たんだろうなあ」ここは大きな基地ではないので、運ばれてくる物資もそれなりだ。そもそも手の込んだ料理なんかできるはずもないので、毎日代わり映えのしない料理なのが申し訳ない。

「確か横須賀にゃ、専属の料理人がいたよな」

「間宮さん。料理人というより給糧艦ね。でも、あれを基準にしてしまうのはダメですよ、異次元ですから、あの方の料理は。特に甘味です甘味、間宮さんの饅頭と日本酒の相性ったら!」

「甘いもんで酒飲むやつは、もう戻ってこれないぞ」

「ふん、別にいいですよーだ。提督のお料理は、うん。私は好きですよ、素朴で」歯に引っかかる言い方。確かに子供に人気なメニューは、一度挑戦して、個人的な問題から封印している。得意料理は地味なものばかり。つまみも、炙ったイカか塩があればいいのだから世話ない。「文句があるなら言ってくれ、それか手伝え」

「あはは、私お料理はちょっと。個人的には本当に好きなんですよ。だけど、あの、卯月が……」

 ため息を吐いた。また卯月。

「だ、だいじょーぶです。ちゃんと言い聞かせますからっ」

 ぐ、胸の前で拳を作ると、彼女のぱつんぱつんに張った胸に細い腕が食い込んだ。

 卯月だけでないだろう。食というのは士気に密接に関わる。間宮や伊良湖のような給糧艦の存在も知っているし、艦娘の中には料理のうまいものもいるというが、立ち上げの流れのまま、富津基地の調理は清水が全て受け持っていた。そも、そう言った艦娘を建造している余裕が今はないし、大本営から派遣されるのも、激戦区の日本海側基地が優先なのはわかっている。八木にわがままをいうのも考えたが、いざというときに、本当に欲しいものが手に入らなくなる可能性は否めない。

 仕事量も増えてきて、さらに着任している娘も増え続けているのだから、もうそろ調理も当番制を導入してもいいかもしれない。

 日々のギャンブルも、士気を刺激するにはいい材料だ。

「そのことについては考えておこう。私たちは同じ釜のメシを食う家族なんだから」思いを込めて千歳の肩をたたくと、裏に隠れた嫌な気配を感じ取った千歳の顔はひきつった。

 怯えた女性は可愛い、と思うのは、自分の心が汚れているからだろうか。

 不気味に頷く清水の顔と肩に置かれた手を交互に見て、やがて「そうですね」と搾り出した声で肯定した。


「飽きたっぴょん」

 引き寄せの法則、とはまた別だろう。噂をすれば影、瓢箪から駒、灰吹きから蛇、とにかく口に出したことが本当になるというのはよくあるもので、千歳との会話から一時間後の食堂、ついにいたずら娘の堪忍袋の緒は切れた。

「卯月、せっかく作ってくれとるんじゃけえ、めったなことは言うもんじゃないよ」珍しく真面目な顔で叱る浦風を無視して卯月は立ち上がる。「飽きた、あきた、飽きた! もうイヤぴょん! せめてお肉食べたい!」地団駄を踏んで、全身で不満を表している中、清水は一つ味噌汁をすすった。

 今日は追いがつおに挑戦をしてみたが、なかなかにうまい出汁がでてくれている。

 ご飯には大根を混ぜ込み、食感が楽しく、ほんのり香る辛味と風味がある。ちびっと醤油をたらして一口。うまい。米を飲み込まないうちに、昨夜漬けたぬか漬けのキュウリを一つ。まだ塩っ辛さが物足りないが、ぬか床もいい感じに育っている。多分、今日の夜には一緒に漬けたナスがいい具合になっているだろう。最後に味噌汁で口を洗う。うまい。

「司令官、聞いてるのおっ。うーちゃん怒ってるんだからねっ」

「ウインナーなら冷凍庫に入ってるぞ。焼けばいい」

「早く茹でろぴょん!」

 浦風が落ち着かせようとしたが、一度火のついた子供の癇癪は簡単におさまるものではなく、どすどす、というよりはぽてぽて、といったオノマトペで迫ってきて、思い切り清水を睨み付ける。

「昨日の朝ご飯、覚えているぴょん?」

 座っていれば同じ目線だ。ここで立ち上がるのは大人気ないし、してはいけない。

「卵かけご飯とぬか漬け」「昼ごはん」「菜めしとぬか漬け」「おやつ」「ぬか漬け」「夜ご飯っ」「炊き込みご飯とオオバコのおひたしとぬか漬け」「その炊き込みご飯にはお肉が入ってなかったことを覚えておけぴょん! で、今朝は」「大根飯とぬか漬け」矢継ぎ早の質問にも清水は動じず、的確に淡々と答えていき、答えれば答えるだけ、卯月の目は釣りあがっていく。

「ぬか漬けばっかっ。なんなの、司令官は修行僧か何かなのっ。ええい、違うぴょん。言いたいことはそうじゃなくて、一日置きに同じメニューを繰り返すのはやめるぴょんっ。どうせ今日のお昼は小豆ご飯とぬか漬け、夜は芋ご飯となんかの天ぷらとぬか漬けでしょ」

「いや、栗があるからな、栗飯だ。それに、今日のナスはきっといい具合に漬かっているぞお」頭を撫でてやると、今度こそ爆発した。

 まあ、仕方ない。

「いい加減にしろぴょん! ここに来てから毎日かて飯とぬか漬けばっか。ハンバーグとかシチュー食べたいっ。さんまも食べたい、アジのお刺身も食べたい、アイスも大福もあんみつも食べたい食べたいっ」

 何度もなんども地団駄を踏み、顔はどんどん赤くなっていく。清水は叩きつけられる不満をまっすぐに認めて、ただじっと、決して目をそらさずに聞いていた。

「せっかく来てやったっていうのに、ちょっとはおいしいもの食べさせてくれたっていいじゃんっ。うーちゃんの力が必要なんでしょ、だったらもっといい扱いしろぴょん! オンボロ基地なんて、なんにも面白いことないっ」

 浦風がいい加減に落ち着かせようと立ち上がったのを目で抑え、最後の叫びが吐き出されるのを待った。

「もうやだっ、間宮さんのご飯食べたい、おやつ食べたいっ、暁と遊びたい、黒潮に会いたい、美味しいもの食べたいっ。こんなとこもうやだっ、横須賀に帰りたいよお!」

「卯月ぃ!」

 食器や金属が震える音が聞こえるほど静まり返った中に、乾いた音が響いた。我慢の効かなくなった浦風に頭をひっぱたかれるという形で黙った卯月は間髪入れず、ガソリンをぶっかけたように激しく泣きはじめる。せっかくの休日が最悪な形で始まってしまったことに清水は頭をかいて、それから味噌汁を一口すすった。

「なんでそんなこと言うん。提督だってお仕事あるのに、うちらのために頑張ってご飯作ってくれてるんだよ。富津の娘もいい人ばっかじゃろ。わがままばっか言っとったらいけんっ」腕をつかめば振り払われ、暴れる卯月をなだめようとしても、えづくほどに全力で泣いているのを抑えるのはどだい無理な話だ。辛抱強く声をかけても意味はなく、他の艦娘たちは食事の手を止めて、音すら立ててはいけないような、緊張感あふれる場になった。

 食堂はこれではいけない。もっと和気藹々した空気があふれ、楽しげな、用がなくてもつい居ついてしまう場所でなければいけない。基地の雰囲気は、組織の雰囲気は、ともに食事をする場所から生まれるのだから、そんな大事な場所が居づらい場所であってはいけない。いつも通り古鷹の正面に陣取った叢雲と目が合い、お手並み拝見、とばかりに味噌汁をすすったのを見て心の中で苦笑いする。異動組の一番の問題児。人見知りするせいで、清水の見ているかぎり、一度も富津の艦娘と話しているところも、遊んでいるところも見たことがない。それとなくほかの娘に聞いてみても「いたずらはされるけど話したことはない」というばかりで、見ているものと状況は変わらないのだろう。司令官という存在は別なのかたまに話すことがあるが、いつもそばには異動組の誰かがいた。浦風がスケジュールを組めずにいたのも、いざという時に行動できなくなる可能性があるからだ。戦力が増え、駆逐隊を組んだ際、あえて異動組だけで組まずに涼風を投入したのも、間違った采配ではないと清水は信じている。いつまでも前の住処に固執させるわけにもいかない。 

 ボルテージが上がり、もう一発かましそうな浦風の柔らかい肩に手を乗せる。

「事実だからもういい。つまらん食事しか出せんのは私のせいだから」

「でも頑張ってくれてるのに、卯月がわがまま言うのは、うち許せんっ」興奮した彼女の目は潤み、卯月と同じく顔を赤くしていて、普段隠れていた子供っぽさがにじんでいた。

「男やもめの生活が長くてな、ロクな飯が作れん。んで、そろそろ私もかて飯にも飽きてきたところだ。多分、口に出さないが同じことを思っている奴も多いろ。一つ、提案がある」

 清水はなるべく音を出さないように立ち上がり、全員がこちらに傾注しているのを確認した。

 こう見るとだいぶ増えたものだ。

「料理も当番制にしようと思う」

 視界の端で千歳が頭を抱えたのが見えた。今朝の怯えっぷりから予想はついていたが、どうやら本当に料理が苦手らしい。

 人とは違う生まれ方、育ち方をしている艦娘の料理がどういったものなのか興味があった。給糧艦はうまいものを作る、料理がうまい艦娘がいる。これらの基準がわからない。もしかすると、うちの中にも、腕の立つ料理人がいるかもしれないのだ。このまま不満をため続けるより、食えないものが出てくるか、涙を流すほどうまい料理に出会えるか、賭けに出るのも悪くない。毎日味が変わればいい刺激にもなるだろうという、見切り発車の提案である。

「というわけで、後で表を作っておく、スケジュールの兼ね合いもあるしな。一週目はどんなもんか見ておきたいから、一食づつ、だが基本は一日の食事を全て受け持ってもらうぞ。食料は倉庫の中のもの、自分でとってきたもの、なんでもいい。食えなくてもマズくてもいい。自信がなけりゃ本だって取り寄せるし、米の炊き方ぐらいは教えてやれる。細かいことは今日の夕食までに決めておくから。もちろん卯月、お前もやるんだ」

 しゃっくりを上げて、涙でぐしゃぐしゃになった目で見上げられる。

「で、で、でも、ぃぐっ、うーちゃん、りょ、料理なん、てしたことな、いぃ」

「知るか。誰かに教えてもらえ。それか、俺がかて飯の炊き方と、ぬか漬けのつけ方と、ぬか床の管理の仕方を教えてやってもいい」

「ぜ、ったい、ヤ!」噛み付いてこれるなら大丈夫だろう。頭を撫でてやれば、にらみつけられこそすれ、払われることはない。「浦風もな」言葉をかけると未だ興奮さめやらぬ風で、不満そうに卯月を見て、言った。

「料理なら自信あるよ。けど、うちは提督が作ってくれる料理も好き」

「そいつは楽しみだ。私の当番が回ってくれば、またいくらでも作ってやるさ」気を利かせて言ってくれたのはありがたいが、清水自身が飽きているのだ。彼女だっていつかは飽きが怒りに変わるときがくるかもしれない。浦風の頭もなでてやると、こっちは逆に払われてしまった。子供扱いするんじゃないということなのか、単純にうっとおしかったのか。「そういうことだ、終わり。今日一日は我慢して、私のメシを食え」

 清水の一言で、再び食堂に食器が擦れる音と、先ほどよりも大きいざわめきが戻る。どんなもんだと叢雲を見れば、彼女は千歳と同じよう、頭を抱えてうつむいていた。なるほど、清水は今度こそ隠さず苦笑いを出す。

 まずい料理には慣れているつもりだ。誰も食えなくても、せめて自分の皿だけはきれいにしてつき返してやろうと心に決めて、ぬか漬けをひとつ口に放り込む。うまい。


 仕事以外で頭を回すのは苦痛にならないものだ。前に浦風が残業して出した一ヶ月分のスケジュールと調整し、日の暮れには表が出来上がった。清水の勝手な印象で、料理の得意そうな艦娘と、そうでなさそうなものを交互に配置してある。もちろん、自分もその中に組み込んであるし、例外なんてない、全員道連れ。

 晩飯の仕込みをして(生米と剥き栗を釜に入れてかぼちゃの天ぷらの用意をするだけ)風呂に入り、熱い湯で顔を洗う。この建物を突貫で作ってもらった当初は、さすがに歪みがあって向こう側が湯船の真正面から覗けてしまったもので、いつか直さなければと思っていた矢先、いつの間にか板が打ち付けられていた。女性側から気づかせるのは申し訳ないと思っていたが、すぐに手をつけなかった自分も悪い。偶然とはいえ、実際に「見て」しまった叢雲が気付いていないことを祈るばかりだ。

 体を洗い終わってもう一度湯船に足を突っ込んだところで、哨戒から戻ってきた娘らのかしましい声が、薄い壁を通して聞こえてきた。

 神通、叢雲、三日月、曙、山風の富津第一水雷戦隊。一人でいっぱいいっぱいの男湯と違い、女風呂は広く作ってある。体の小さい艦娘たちならば、七八人入って、なお余裕だろう。盗み聞きしているわけでない、聞こえてきてしまうのが悪いのだと、清水が静かに物音を立てないよう湯船に浸かると、ちろちろしたかけ湯の音が聞こえてきた。

『くぁっ。この時期になると、熱いお湯は辛いわ』叢雲の声。

 次に聞こえたのは、はじめの流水音の倍以上。気持ちのいい豪快さだ。

『私はもう少し熱い方が好みですね。あ、山風、髪の毛上げませんと』

『ん、んぅ。……ありがと』

 横須賀の艦娘も、何も問題のあるやつらばかりではない。神通を旗艦とした第一水雷戦隊、那珂が旗艦の第二水雷戦隊、川内旗艦の第三水雷戦隊、川内型三姉妹は、劇的に富津の艦娘たちの練度を上げてくれた。自分たちが元横須賀の異動組というのを念頭に置いた上で、決しておごることはない。だからこそ旗艦に置いた時も、富津組からは純粋な祝福を受けていた。やはり、経験のある艦娘から直接教えを乞えることは大きい。

 メリットがあったのは艦娘らだけではなく、清水にもある。開発能力の乏しい基地に対して、最優先で作らなければいけないものをアドバイスしてくれ、さらに戦術や艦隊運用に関わることも教えてくれる。彼女たちの異動のおかげで、基地が基地たりえるためにかかる人月を、大幅に短縮できたのだ。おかげで夏以降、戦闘が活発になってきた今であっても、横須賀に手助けしてもらうことは少なくなった。向こうは向こうで何かしらが動いているらしく、どうも最近は慌ただしいようで、双方にとって喜ぶべきことだろう。大事な戦力をこちらに渡してくれた森友に足を向けて眠れない、というか大きすぎる借りを作ってしまったことが恐ろしい。




 


後書き

[こーしんりれき。 ……なに?]
12/11 ひどい文だったので一段落分推敲(内容に変更なし)
12/10 一章追加 ジジイのションベンみたいな更新
12/07 一章追加
12/06 一章追加
12/05 一章追加
12/04 一章開始
12/02 幕開終了 全体推敲(内容に一切の変更ナシ)
11/30 幕開追加
11/27 二話投稿開始 幕開開始


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SS好きの名無しさんから
2017-11-30 21:09:31

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1: SS好きの名無しさん 2017-12-02 07:10:07 ID: Z0CZ51Mc

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