資源再利用艦隊 フィフス・シエラ
海に、深海棲艦と後に呼称される生命体が現れた。
深海棲艦は、人類に敵対し無差別な攻撃を行った。
そこへ、艦娘と後に呼ばれる人類に味方をする生命体も現れた。
艦娘を指揮して対抗する人間と深海棲艦の戦いが始まってからもう数十年。
ある研究所で、「資源再利用艦娘」なるものの研究と建造が行われた。
読者の皆様初めまして。
別サイトで投稿していた物語になります。
稚拙な文章の羅列に過ぎない作品ですが、感想、批評を頂けたらな、と思います。
第六艦娘技術実証研究所
研究日誌...第8639号
〇〇月**日 記録者 |渡 徹《わたり とおる》
深海棲艦と呼ばれる、生物?との戦いが始まってはや数十年。
現在人類は「艦娘」と言う生体兵器を用いることにより、拮抗、いや、優勢に戦うことが出来ている。
しかし、ここ数年で増えてきている、轟沈艦の残骸を処理するため、「サルベージした、轟沈、死亡した艦娘の遺体を利用したリサイクル艦娘」なるものの研究、建造の依頼が横須賀鎮守府から届いた。
明日から久しぶりに忙しくなりそうだ。
〇〇月◆◆日
さて、今日からリサイクル艦なるものを作ることになったわけだが、我々は艦娘の遺体の解剖や研究こそやったことはあるが、蘇生などやったことはない。
というか可能なのか?という訳で、艦娘の建造等を任されている「妖精」という、これまた人間とは違う生き物を呼んできて、どうすればいいか聞いてみた。
まとめると「細かい作業は私たちがやるからとりあえず複数の艦娘の遺体を持ってこい」ということを言われた。
今度取り寄せるか。
〇〇月@@日
言われたとおりに各地の鎮守府、泊地からそれぞれの場所で保管されていた新鮮な艦娘の遺体を取り寄せた。
妖精からは「まず、欠損の激しい遺体は程度の良い部分だけ切り取り、そしてそれらを組み合わせて「五体満足の死体」を作れ」とのこと。
言われた通りに死体を作る。
このフランケンシュタインみたいな死体は外見上パーツを繋げただけで、血管や神経は繋がっていないがいいのか?と妖精に聞くと「難しいことは考えなくていい。後は私たちの仕事だ」と言い残し、建造所に死体を運んでいった。
こんなに適当で大丈夫なのか?
◆◆月××日
ひとまずリサイクル艦娘については我々の仕事は終わった。
以前のように別の研究に没頭していると研究室に妖精がやって来た。なんでも当初の予定に狂いができたらしく、色々とうまくいっていないらしい。
それで、何の用事だ?と聞くと、「研究所で保管している深海棲艦の細胞が欲しい」と言ってきた。それがあれば最後の工程が完了するらしい。
こちらとしても、大御所の鎮守府から受けた依頼なので「なんの成果も得られませんでした」では少し困る。
悩んだが、研究所の所長や同僚と話した結果、GOサインを出すことになった。
◆◆月**日
ついに建造が終わった。
妖精がそう言ったので、研究室の同僚たちと出来上がった艦娘を見に行った。
透き通った、しかし血の気の引いた病的に白い肌、完全に色素の抜けた白い髪、うっすらと紫色に光る瞳。
なんだこいつは。
まるで深海棲艦ではないか。妖精にこれはどう言うことだと聞けば、深海棲艦の細胞を使って作ったのだ。こうなるに決まっている、などと返された。
まったくふざけた話だ。
状況がよくわかっていないのか、それとも生まれたばかりで初めて見る外界に興味を示したのか辺りをキョロキョロ見回している「艦娘」の前で悪態をついた。
◆◆月##日
想像した通りの結果が起きた。 落胆していてもどうしようもないので、依頼主の横須賀鎮守府に「艦娘」をつれていくと、そんな得体の知れない艦娘もどきが使えるか!と怒号が飛んできた。
まあ当たり前だろう。こんな深海棲艦だか艦娘だかわからんようなヤツを「頼まれていた研究成果です」と見せられても困るだけだ。
鎮守府の門をくぐる時も向こうの艦娘に深海棲艦と勘違いされて撃たれそうになるしろくなことがなかった。
帰りの車の中で、「艦娘」がこちらに話しかけて来た。「お前が怒鳴られたのは私のせいなのか?」と聞かれたのであぁそうだよ。と言うと「ごめんなさい」と言われた。
昨日と今日でずっと無言だったので喋れないのかと思ったがどうやら違ったらしい。ま、どうでもいいことか。
@@月$$日
横須賀に研究成果を見せた日から少し経って、例のリサイクル艦娘の性能テストを行った。
結果は「元になった艦娘の2/3程度の能力を持つ」ということが解った。
また、驚くことに、 リサイクル艦娘では長いので一号と呼ぶことにする 一号は元になった艦娘のすべての艤装が使えるということが判明した。
また艤装こそ使えないが潜水までできるときた。普通の艦娘は妖精が建造時に設定した艤装しか付けれないのだが...
それに変な話だ。これでは「スクラップになった車と飛行機と舟を組み合わせてレストアしたら全ての乗り物の用途に使えるものが出来た」と言っているようなものだ。
まあ艦娘もまだ解明されていないことは多々あるが...
ちなみにこれを横須賀に報告したところ、前のことは謝るから、あと二体ほど建造してくれ。と言われた。
どうやら死亡した艦娘の遺体という資源で作れることと、その低コストに見会わない汎用性に目をつけたようだ。
@@月×・日
研究所の仲間たちの間で、一号の見方が最近変わってきている。
同僚は、外見が不気味なだけで話してみれば普通に良い子だ。と言う。
たしかに話しているぶんには普通の人間だし、最近は一号に研究の手伝い等をやってもらうことも多く、何より様々な仕事をやらせても文句一つ言わないので扱いやすいところもウケたのだろう。
あとは今日、休憩時間に本棚に無造作に置かれてあった花の図鑑を見ながら暇潰ししていると、私の読んでいた本に興味を持ったらしく、貸してくれないかと言ってきた。
あまり気にしたことはなかったが一号も一応「女の子」だからこういったものに興味を示したのか?
@@月%*日
頼まれていた残りのリサイクル艦の二号と三号の建造が終わった。
三号は一号と同じくまた深海棲艦のような外見だ。が、どういうわけか二号は辛うじて人間と言い張れなくもないといった見た目をしている。
これだから艦娘は解らない。建造時の条件は全て一号の時と変わらなかったはずなのだが...
考えてもしょうがないと思い、気持ちを切り替えるために隣で見ていた一号に「一応、姉妹艦になる二号と三号だ。面倒を見てやれ」と言う。一号は「わかった」と一言だけ言って、二人を連れて所長の所に報告に行った。
最近私の仕事が少し減っている気がするのは気のせいか。
%%月◎◆日
所長や他の研究班の人間から、一号、二号、三号ではあまりにもドライじゃないか?と言われ三人に名前を付けることになった。
同僚はチェスの駒の名前にしよう!と言って所長に却下され 女の研究員は天体の名前はどうか?と言い他の人間に盛大に反対され、その他の人間も特にいい案がないということで一番三人の面倒を見ていた私がつけることになってしまった。
私は一号から順に以前読んだ図鑑に載っていた「ウツギ」、「アザミ」、「ツユクサ」、と花の名前を付けた。
てっきり却下されるかと思ったが採用されてしまい、しかも一号は貰った名前が気に入ったらしく今まで見たことがないような笑顔で「ありがとうございます」と言ってきた。とりあえずは気に入ってもらってよかった。
☆☆月*$日
三人が建造で現れてからもう少しで3ヶ月を迎える。
三人の観察をしていると結構、艦としての性能や人としての性格に違いがあって面白い。
ウツギは、基本的にいつも無表情で口数も少ないので無愛想かと思えば気を許した相手には途端に愛想がよくなる。そして素材となった駆逐艦、軽巡洋艦、重巡洋艦、一部の空母の艤装が扱えるが、本人曰く空母は扱いが難しくあまり使いたくないらしい。
アザミは話し掛けたり挨拶をすればちゃんと返事がくるが、どういうわけか片言で喋ったりウツギ以上に無表情だったりで何を考えているかがいまいち解らない。使える艤装は駆逐艦と戦艦という両極端な組み合わせだが三人の中で一番戦闘能力が高く、本来の艤装から性能低下を起こしているとは考えられない立ち回りをする。
最後にツユクサだが...どうも彼女は一番人間くさいような気がする。毎日の食事で好き嫌いがあると落ち込んだり、前にやったトランプゲームで負けて拗ねたり、逆に勝つと目に見えて機嫌が良くなったりする。正直私よりも喜怒哀楽がはっきりしているのではないだろうか?戦闘に関しては駆逐艦と軽巡洋艦、重巡洋艦の艤装が使えるが...これはウツギにもいえるのだが決して強いわけではない。アザミが突出しているだけだろうか。
ちなみに以前日誌に書いた「潜水」ができるのはウツギだけだった。
だらだらと書いているといつもより長くなってしまった。ここで切ることにする。
☆☆月##日
横須賀から指令が来た。
三人を配備する鎮守府が決まったので期日にそこに行けとのこと。
わりかし長く付き合ってたやつらなので少し名残惜しいが、上の命令とあれば仕方がない。三人も特にゴネたりすることもなく予定の日に指定された鎮守府で働くことになった。
少し気になってその鎮守府のことを調べる。第五横須賀鎮守府と言う場所で、どうやら新しくできたばかりで着任する人間も新人らしい。
悪いヤツでなければいいんだがな。
▼▼月〇〇日
三人を見送る時がやって来た。
技術班や仲間と三人の荷物や艤装のチェックをしているときに横須賀から荷物が届いた。何かと思い開けてみると艦娘の制服が入っていた。
が、しかしこの制服は「真っ黒なセーラー服」だった。
嫌がらせか?こんなものを着せたらただでさえ深海棲艦と誤認されかねない三人が他の艦娘の眼に入ったときどうなるかわかったもんじゃない。
他の同僚たちも同じことを思ったらしく結局こちらで用意していた洋上迷彩柄の作業着を三人に持たせることになった。
別れの挨拶と見送りを済ませた後に、私は流石に腹が立ったので制服の入った段ボール箱を海に投げ棄ててやった。彼女たちに何事もなければいいのだが......
分厚い雲に覆われて薄暗い、あまり天気の良いとは言えないある日の早朝。「鎮守府」の門の前に一台のミニバンが停車する。運転していた白衣の男、|渡 徹 《わたり とおる》は助手席と後ろの席に乗っていた三人の艦娘に確認するように言う。
「何かあったら、すぐに研究室に連絡してくれ。忘れ物、するなよ」
「ワタリ、もう三回目だぞ。心配してくれるのは嬉しいがちとしつこい」
助手席に乗っていた艦娘、「資源再利用艦一番艦」のウツギが苦笑いしながらそう返す。そんなに言ったか?と渡はとぼけながらまた口を開く。
「すまんな。こう、それなりにお前らとは付き合いが長いから心配になっちまって。っと、そろそろ時間だ。じゃ、元気でな」
「お世話になりました」
「......元気......してロ......」
「ありやとごさいやしたっ!」
今まで黙っていた二番、三番艦のアザミ、ツユクサを加えた三人が別れの挨拶を返す。それを聞いた渡は、三人が車を降りたのを確認すると、寂しそうな笑顔を浮かべながら、自分の職場である研究所に戻るために車を発進させた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、今日から艦娘としてここで働く訳だが......ウツギは歩きながら目の前の建物を見つめる。新しく建てられたからなのか、はたまたどこも同じ設計なのか。どうも想像していたよりも小さい建物だ、と思っていた。大きさは地方の郵便局クラスといったところか。そんなことを考えていると横からツユクサが声をかけてくる。
「いやぁ楽しみっスねぇ~ここの提督さんってどんな人なんスかね?ウツギは気になったりしないんスか?」
「......別に、余程の能無しでもなければ上の人間だし従うだけだ。あとその喋り方はどうにかならないのか?」
「話し方なんてどうでもいいじゃないっスか~というか、本当にウツギはお喋りしても面白くないっス。アザミは何かないんスか?」
車を降りてから、ウツギは聞き流していたがずっとべらべら喋っていたツユクサとは対照的に、ずっと黙っていたアザミにツユクサが問いかける。アザミは眉一つ動かさずに
「......興味......無い......ウツギ......同ジ...」
と返した。(ちなみに彼女は建造されてからずっとこの調子で喋る。)ツユクサはあぁ...ウツギ以上に面白くないの忘れてた......等とのたまい項垂れている。そんな無駄話を ほとんどツユクサの独り言になっているが 続けていると、これから自分達を指揮する「提督」がいるであろう執務室に着いた。こんなに早く着くとは。やっぱりここは少し小さくないか?中に入った感想は結構広いな、などと思ったのだが......そんな考えを胸に仕舞い、ウツギはドアをノックした。
「入れ」
部屋の中から低い男の声が聞こえる。
「失礼します」
ウツギたちは渡から教わった礼儀作法のやり方を思い出しながら部屋に入った。先程部屋に入るように促したと思われる男が椅子の横に立っている。随分身長の低い男で、150もないのではないだろうか。顔は三十代を思わせる出で立ちだ。ウツギは、資料で見たよりも老けているな、などと考えていると男が口を開く。
「ほう、なるほど。確かに普通の艦娘とは違うみたいだな。っン、これからお前たちの指揮を執る |深尾 圭一 《ふかお けいいち》だ。今後ともよろしく」
「資源再利用艦のウツギです」
「......アザミ」
「同じくツユクサッス!」
「お前たちのことは徹から聞いたよ。なんでも艦娘の残骸を利用したリサイクル艦だってな」
「ワタリを知っているのか?」
フカオ、......提督の口からワタリの名前が出てきたので気になって質問してみる。
「知ってるも何も、学生時代の友人さ。俺の学校じゃあいつは有名人でね。学生のくせに論文で博士号なんて取りやがったヤツさ」
なるほど、と相づちをうつ。トモダチなら知ってて当然だな。そう思っていると今度は提督から質問が来た。
「それよりお前たちと、あともう一人ここに来る予定のはずなんだが......もう時間を過ぎてるのに来ないんだが何か知らないか?」
「もう一人?そんな話聞いてないぞ」
その時、バタン!と勢いよくドアが開き、近くにいたツユクサがドアに当たり「ギャッ」と間抜けな声を出して吹っ飛ばされる。
「やっべぇチョー遅れたぁ!ご主人様チィーーッス!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ふぅ......やったぜ。寝坊したけど時計見たらギリギリ間に合ったからセーフだよね。ご主人様にも挨拶出来たし一石二鳥!......あれなんかご主人様プルプルしてんだけど。漣?これ漣が悪いの!?ドア蹴り飛ばして入っちゃったから!?ねぇねぇ!
「......色々言いたいことは山ほどあるが、まず聞こうか。お前の名前はなんだ?」
おっ早速ご主人様から質問キタコレ!マニュアル通りに自己紹介せねば!
「綾波型駆逐艦「漣」です、ご主人さま。こう書いてさざなみと読みます」
よし!バッチリだべ、名前書いたメモ書きも見せたしね!
「イテテテ......一体なんなんスか今の......」
「ん?」
アレ?なんか後ろから声が聞こえる。なになに一体どんな人が後ろに............石膏みたいに白い肌に、真っ白な頭髪に、薄く光る赤い目......え、え、え
「わあああぁぁぁぁぁぁぁ深海棲艦!!?深海棲艦ナンデ!?」
「ええっ!嘘っ!どこスかっ!」
えっ何コイツ、なに深海棲艦のくせにいっちょまえにとぼけちゃったりしてんの?
「やかましい!!」
痛い!なんかご主人様にチョップされた!酷くない?だって後ろ向いたら深海棲艦が居たんだよ?びっくりして当然っしょ!
「ご主人様早く逃げてください!こいつは危険です!」
「話を聞けこのバカちん、というかそのご主人様ってのはなんだ?あとそいつらは無害だ」
「無害なワケないじゃん!?だって深海棲艦ヨ!?」
「えぇい話にならん、お前はだぁって廊下に立ってろ!」
いや痛い痛い!なんかゴスゴス蹴ってくるよご主人様!私Mジャナイヨ!ってなんかドアにカギ掛けられた!漣なんか悪いことしたノー!?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「......随分賑やかなやつが最後の一人みたいだな」
「もう少し静かで常識のあるやつが良かったんだがな」
率直な感想を述べるとかなり疲れた顔で提督が返してくる。ちなみに今この執務室は、今入ってきて追い出された漣とかいうやつがドアを叩く音と部屋の中に入れてくれと言う叫び声で非常ににぎやかだ。というかうるさい。
「さて、邪魔なやつが居なくなったからやっと言えるな。お前たち四人は今からすぐに出撃してもらう。俺も仕事を片付けないといかんのでな」
「......アレとまともに共同作業ができるのだろうか」
「できるできないじゃない、やるんだ」
「......了解」
提督がため息をつきながら、命令してきた。前途多難だな。ウツギはそう思った。
相変わらず鉛色の空のせいで薄暗い今日という日の昼前。海上を四人の艦娘が滑るように移動している。編隊を組んで移動しているのは先頭から 漣、ウツギ、ツユクサ、アザミだ。
しかしそんな部隊の旗艦を任命された漣は不機嫌そうな表情で目の前に広がる水平線を見つめている。そんな漣にウツギが声をかけた。
「いい加減機嫌を直したらどうなんだ。もう少しで敵に遭うかも知れない。」
「漣の機嫌が悪いのは大体があんたらのせいなんですがねぇ......」
「それにいったい何さリサイクル艦って......話聞いたらただのフランケンじゃん......パッチワークじゃん......きしょいっつーの!」
漣がウツギに向けて、自分は今機嫌が悪いのだぞ、ということを隠そうともせずに嫌味たっぷりに返す。正直自身の深海棲艦じみた外見や建造の経緯から、こういう対応を艦娘にされたのは数えきれないほどあるので大して気にもしないが、ウツギは「またか」と内心呆れながら溜め息をつく。そして今度は自身の後ろに居るツユクサにも話しかけた。
「お前もいい加減許してやったらどうなんだ」
提督への挨拶のときに漣の蹴っ飛ばしたドアに当たって転んでから、朝、嬉々として無駄話に花を咲かせていた姿はどこへやら。ツユクサもずっと機嫌が悪い。
「絶っっっっ対にイヤッスね!!大体あんなことを人にしておいてごめんなさいも言えないなんて非常識ッス!!」
「えっ、あなた人だったの?大スクープキタコレ!」
「なっ......ウツギ聞いたッスか今の!?こいつぶっ飛ばさないと気がすまないッス!!」
漣に煽られたツユクサが赤い目を光らせながら怒ってわめきちらす。さっきから二人はずっとこの調子である。ウツギは「誰か助けてくれ」という想いと「この先大丈夫だろうか」という不安で心配だった。
その時レーダーに反応があり、すぐにウツギは思考を切り替えて漣に報告する。
「熱源反応を感知した。すぐに戦えるように準備するんだな」
「わかってるっつーの。ていうか何その電探?見たことないんだけど?」
電探?あぁレーダーのことか。一瞬考えてウツギが返答する。
「ワタリから貰った。それよりもう来るぞ」
「ワタリって誰さ......全くもう!」
ウツギの報告と自身の電探にも反応があったのか、漣が渋い顔をしながら戦闘態勢に入る。続いてツユクサも渋々砲を構えて戦闘に備える。いざというときは自分とアザミだけで連携をとる必要があるかもな。ウツギはギスギスしている二人を見てそんなことを考えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数は二つ......どっちも駆逐艦か。この程度の相手ならまだ大丈夫か。四人の目線の先、そこそこ遠いところに鯨のような真っ黒い生き物が居る。 深海棲艦の......確かイ級とかいうやつだったか。漣が砲撃を開始したので、ウツギも自身が装備している駆逐艦「暁」の艤装の一部である、装甲板と一体化した砲を敵に向けて散発的な砲撃を行う。
当てるつもりは無い。というのも漣に花を持たせてやろうという彼女なりの接待連携攻撃である。しかし隣のツユクサはそんなことを知るわけもなく、漣に張り合って駆逐艦「五月雨」の、砲身が青みがかったピストル型の砲を乱射している。大切な砲弾をそんなに無駄遣いしていいのか、とウツギが考えていることはもちろん知らない。
「沈むッス!当たるッス!そして吹き飛べぇぇぇ!!」
「マッハで蜂の巣にしてやんヨ!!」
二人とも元気に撃ちまくっているが照準がダメなのか、ほとんど有効なダメージを敵に与えられていない。 強いて言えば漣のほうが敵に当てている......ような気がする。 しかもこちらの砲撃で流石に感づいたのか、イ級からも砲撃が跳んでくる。
せっかく一応は奇襲できたからこれで終われば楽だったのに。 ウツギは回避行動をとりながら心のなかで愚痴を言う。
頭に血が昇り冷静さを欠く二人を見かねたのか、はたまたなかなか相手に当てないことに痺れを切らしたのか。アザミが戦艦「比叡」のX字型の艤装を展開して三回だけイ級に向かって砲撃した。ちなみに彼女の装備している艤装は本来四本あるアームの先に、それぞれ砲が取り付けてあるが、今は一つの砲だけ残し他は強引に取り払って無理矢理軽量化した状態である。
「お前ら......いらない......きえロ......」
呟くようにアザミがそう言ったあと、彼女の砲撃がイ級に当たる。当たり|処《どころ》が悪かったのか、そのまま二匹のイ級は悲鳴のような唸り声をあげて沈む。完全に敵が沈黙した事を確認するとアザミがさっきまで砲を乱射していた二人の方を向く。
「なにヨ......自分がMVPだから誉めろっての?」
漣がばつが悪そうにそう言う。するとアザミが彼女にしては珍しく自分から口を開いた。
「砲弾......貴重......乱射......ムダ......こんど......同じこと......お前ら......|消《け》ス......」
「「すいませんでした!!」」
アザミが能面のような表情で二人に言う。彼女の威圧感に|圧《お》されたのかツユクサと漣が海上で土下座した。その様子を見てウツギは、今日何度目かわからない溜め息をついた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さて......言い訳を聞かせてもらおうか」
鎮守府の艤装保管室にいる四人の艦娘の前にいる深尾がにっこりと笑顔を浮かべてそう言った。それを聞いたウツギとアザミはそれぞれ漣とツユクサの後ろに立つと、全く同じ動きで二人を両手で突き飛ばす。
「ちょっと何すんのさ!?」
「な、なんスか?」
「それは、|此方《こちら》の台詞だよツユクサ君、漣君?」
深尾が顔面に貼り付けたような不自然すぎる笑顔をさらににっこりさせて続ける。アザミはどう思っているかわからないが、ウツギはちょっと恐いと思った。
「5と0。何の数字か解るかい?」
「ご主人様なんの話~?」
「わかんないッス!」
漣は心当たりがあるのか目が泳いでいる。ツユクサは本当に知らないのかテンションが高い。まさかとは思うがツユクサはこれから説教が始まるということに気づいていないのだろうか。深尾は体がわなわなと震えている。
「そうかそうか。解らないか。ふぅぅ~......」
深尾が深呼吸して間を置いてから一喝。
「お前ら二人の砲の残弾数だよこんのバカチンがぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」
「「ぴぃっ!?」」
2バカが素っ頓狂な声をあげる。
「おかしいだろ!?駆逐艦二隻相手にこっちは四隻で戦艦まで居るんだぞ!?何故だ!?いったいどこにそんなにバカスカ弾を使う必要性が出てくるんだ!?しかもツユクサ!お前は弾切れときたもんだ!!漣お前もだ!残り五発だぞ五発!充分異常なことだ!お前の使っていた装備はマシンガンじゃないんだぞ!?教えろ!いやむしろ教えてくれ!いったい何をやったんだぁぁぁ!!」
鎮守府に小男の魂の叫びが虚しく響く。一通り言いたいことが終わったのか深尾ははぁはぁぜぇぜぇと少し息があがっている。そこに目をつぶって耳を塞いでいた漣が余計な発言で追い討ちをかける。
「ま、まあまあご主人様、怒らないでさぁ、怒ったら寿命縮んじゃうよン?」
何を言っているんだこいつは。ウツギとアザミは漣に侮蔑の眼差しを向ける。すると深尾が漣のセーラー服の肩を掴む。いったいなにをするつもりだろうか。
「いやぁんご主人様のえっt」
言い終わる前に漣はスパァン!!と深尾の見事な、格闘技の教科書のお手本のような手さばきで床に叩きつけられ泡を吹いて気絶した。そしてその気絶した漣を深尾は何処かへ運ぶのか、三人の前から立ち去ってしまった。目の前で漣に起こった恐ろしい出来事が自分の身にも起こるのではないだろうか。そう思ったのかツユクサが震えた声でウツギに話しかける。
「う、ウツギ、アタシはどうすればいいんスか......」
「知らん私の問題じゃない」
「アザm」
「うるさイ......」
ツユクサは涙目になりながら床に突っ伏した。
「こっちの書類は片付いたぞ。残りは?」
「もう終わったのか。後は俺がやるから遊んでていいぞ」
四人の艦娘と一人の提督がここ第五横須賀鎮守府(名前だけ立派で横須賀からは遠く離れた場所だが)に来て二週間がたった。
ウツギたちリサイクル艦と漣の関係は最初の頃こそうまくいっていなかったが、今やすっかり打ち解けて、親友もしくは戦友と呼べるような間柄になった。もっとも漣が深尾提督にどこかへ連れて行かれた後にまるで人が変わったかのように親しみやすい人物になったのが一番の原因だが。
ウツギはあまり考えないようにしていたが目の前の小男が漣にいったい何をしたのか気になっていた。聞いても答えてくれないのではと思って結局聞いていないが。
「そうか。じゃあこのままこの席で本でも読もうかな」
ウツギは作業着のポケットから文庫本を取り出す。今彼女は鎮守府の執務室にて、提督の補佐役である「秘書艦」の仕事を終わらせた所だった。
押し花の栞を挟んだページを開き、前はどこまで読んだだろうと文字を目で追う彼女に向かって深尾が質問を投げ掛けてきた。
「お前、仕事が早いよな。デスクワークは得意なのか?」
「研究所で雑用係だったから......少し慣れている」
深尾は「そうか。邪魔して悪かったな」と言ってまた書類やパソコンとのにらめっこに戻る。
ウツギは今の深尾の質問で自身がまだ研究所で暇をもて余していた頃、よく研究員の実験の手伝いや書類仕事を任されたことを思い出す。よくよく考えてみれば、こういうことのために自分にああいったことを教えていたのだろうか、などと考えを巡らせる。が、ウツギはどうせ考えても結論なんて出ないと早々に思考を放棄して読書に集中した。
今彼女が読んでいる本は二日前に研究所から送られてきた物で、なんでも最近人気が出てきた作家の最新作らしい。内容は簡単に言うと「とんでもないお金持ちの財閥のお嬢様が冴えない職に着き、自分の世間知らずっぷりに困惑する」というストーリーだ。人気がある作家が書いたと言うだけあってか、内容もさることながら時間を忘れて引き込まれる面白さがある。
ウツギは十ページほど本を読み進めて、ふと横を向いた。目線の先の深尾がなにやら緑色の封筒をじっと見つめている。
「その封筒がどうかしたのか?」
「ん?あぁ見ていたのか。これか?これはな......」
「大規模作戦の参加命令書だ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「大規模作戦~?」
軽巡洋艦の艦娘「天龍」が嘘を疑うような変な表情で食堂の机に頬杖をつきながらそう言った。
彼女はちょうど一週間前にこの鎮守府で建造された艦だ。ちなみにウツギがいままで会ってきた艦娘の中で、唯一初見でウツギたちリサイクル艦を見たときに拒否反応を示さなかった艦娘である。ウツギはそんな天龍の人を外見で差別や判断しないところが気に入っていた。
「ウツギそれ本当に言ってんのか?まだここ機能して二週間とちょいしか経ってねぇぞ?」
「提督が言ってたし、自分も書類を見させて貰った。間違いない」
ウツギの返答にまだ納得がいかないのか天龍はつまらなそうな顔で続ける。
「だってよぉ、俺らがその作戦に参加して何になるってんだ?足引っ張るような真似しかできねぇだろ?」
天龍の言うことは間違っていない。なにせ、まだここには自分を含め、お世辞にも前線で日々鍛えられている歴戦の艦と肩を並べられるような手練れは一人も居ない。......一応アザミぐらいの強さならまだなんとかなるかも知れない......かもと言う程度だ。天龍の発言にまたウツギが返答する。
「なにも参加する部隊は全部最前線に送られるわけじゃないらしい。送られてきた書類によれば前で戦う予定の先輩方の後ろで援護しろとのことだ」
「はぁ~、大御所の強~い先輩方が前で守ってくれるってか。それならまだ大丈夫......か?」
「てっきり自分は「お前たちのような雑魚は他の重要な艦娘の弾除けにでもなっておけ」とでも書かれてるんじゃないかと内心ヒヤヒヤしていたよ」
ウツギが苦笑しながら言う。天龍もどうやら似たようなことを想像していたようで「実際はほとんど真逆で良かったな」と言って笑った。
「なぁツユクサ。お前はどうおも......」
天龍は隣に座っていた、珍しくずっと黙っていたツユクサに意見を聞こうと話し掛けた......が彼女はヘッドホンで音楽を聞いていた。
「なぁ、ツユクサ」
「真夏の~フフフーン~♪乾いた~フフフフーン~♪」
「なぁ、おい」
「溜め息~フフフーン~♪」
「............」
天龍が何度も呼び掛けるが音量が大きいのかツユクサが反応しない。すると天龍はヘッドホンのコードが繋いであったスピーカーを持ってくると音量の部分を最大に設定した。
「こうだっ!」
「壊れるほd......み゙ゃ゙あ゙ああ゙あ゙あぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!??」
ツユクサが絶叫してヘッドホンを放り投げる。
「なんだなんだ!何!?故障ッスか!?」
「故障してるのはお前の頭だこのバカチン!」
「えぇ!いきなり酷くないッスか天龍!?」
『『あ、あ~。ウツギ、アザミ、ツユクサ、漣、天龍。全員執務室に来い。』』
天龍とツユクサの会話に深尾の館内放送が割って入る。多分全員集めて話すことは例の大規模作戦のことだろう。
「お呼びだな。まっ、どーせ内容はアレだろうけど。行こうぜウツギ」
「わかった」
「え、アタシは?」
「知らね。勝手に付いてくれば?」
天龍の冷たい対応にツユクサが「うそ~ん?」と間抜けな返しをしてその後を追いかけた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「全員集まったな。じゃあ始めるか」
執務室に長机とパイプ椅子が並べてあり、まるで会議室のようになっている今、五人の艦娘は椅子に座って提督の話が始まるのを待っていた。
「俺たち第五横須賀の部隊が、一週間後の大規模作戦に強制参加することが決まった。これから細かいことについて説明する」
深尾の発言に漣とツユクサが「マジで!?」と声をハモらせて反応した。仲良いなコイツら と天龍とウツギが内心突っ込みを入れる。アザミは相変わらず鉄仮面のように無表情だ。もっともウツギもあまり表情豊かなほうではないが。
「内容はこうだ。まずここの海のど真ん中に見つかった深海棲艦の基地。これを吹っ飛ばすのが今回の目標だ。で、細かい段取りはと言うと......」
深尾が横に用意したホワイトボードに色々と書き込んでいく。
「まずこのA地点に展開しているらしい敵の部隊を精鋭の艦娘達が陽動。そしてB地点とC地点で待機したこれまた精鋭が手薄になった本陣に奇襲をかける。お前らの持ち場はここ、D地点だ。いたって単純な陽動作戦だな」
そう言う深尾に天龍が挙手をして質問する。
「具体的には俺たちはどういう仕事が割り当てられるんだ?」
「お前たちはこのD地点にある無人島の浅瀬の岩場で待機、先輩方の取り逃がした敵の各個撃破と後退してくる負傷した艦娘の手当てがメインだ。まぁ衛生兵か雑用係みたいなもんだな」
天龍は質問の答えを聞いて「良いように使われてんなぁ俺ら」と呟く。深尾が苦笑いしながら続ける。
「まぁなんでこんな出来たばっかりの新人組にこんな話が回って来たのかは大体察しがつくがな」
「ご主人様そりゃどーゆう?」
「ウツギたち資源再利用艦の最後の実戦テストだろうさ。ご丁寧に参加する少し前にウツギとツユクサのために重巡「青葉」と「摩耶」の艤装を送ってくるらしい」
ウツギは漣の質問を返す深尾の話を聞いて少し驚いた。随分と丁重なおもてなしだ。意外なことに自分達は大本営から大切にされているようだ。
「あぁ、あと最後に一つ」
深尾が思い出したように話を切り出す。今回の作戦では多くの艦娘たちが参加するため、識別と所属の確認のために「艦隊名」と言うものを設定しなければいけないらしく、なんでもそれを深尾が考えてきたらしい。
「さすがにただ「第一艦隊」じゃ味気ないし、他と絶対被るだろうからな」
深尾が一呼吸置いてから続ける。
「まず第五横須賀の「第五」と......お前らの部隊は申請したとき第一横須賀から数えて、19番目に出来たってことでフォネティックコードの「S」から取って......」
「フォネティックコード?」
小声で隣の天龍にウツギが聞く。
「無線の用語だよ。アルファベットの暗号だ」
「どうも」
小声で礼を言ってまた深尾の話を聞く。
「「第五」と「S」両方合わせて」
「フィフス・シエラ。お前らの艦隊名だ」
大規模作戦決行の日。
シエラ隊メンバーの五人の艦娘が鎮守府の港で艤装の最終チェックを行っていた。
点検箇所の確認をいち早く全て終えたツユクサが、すでに三日前ほどから慣らし運転を終えた「摩耶」の艤装を装備して海上に立ち上がり、体を動かしてストレッチした後、「あっ」と、突然何かを思い出したのか作業中の漣に質問する。
ちなみに今彼女を含む五人は普段の服装ではなく、全員戦場でもすぐに他の艦娘との見分けがつくようにと深尾が人数分用意した|「Fifth/Sierra」《フィフス シエラ》と書かれた青黒ツートンカラーのウインドブレーカーを着ている。
「ウチらが行っちゃったらここスカスカじゃないッスか?危なくない?」
「おぉそう言えばツッチーの言う通りだけどご主人様大丈夫なのかな?」
ツユクサと漣の会話を聞いていた天龍が「お前ら話聞いてたのか?」と呆れたように切り出す。
「提督はちゃんと言ってたぞ。近くの他の鎮守府から今回の作戦に参加しない艦娘を何人か鎮守府の警備に回してもらうってな。ったく話ぐらいちゃんと聞いとけっての」
天龍が恐らく話を聞いていなかったであろう二人に教える。漣が「ナイスよてっちゃん!」と言って天龍からデコピンを食らう。そんなことをしているうちに全員の準備が終わる。
「全員準備終わったな。じゃあ出発する」
こうしてウツギたち「フィフス・シエラ」の面々は目的地へ向かって海上を進んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
海の真ん中にひときわ目立つ巨大な船、その中にウツギたちは居た。今回の作戦のために用意された前線基地の役割を果たす船である。
たった一つの、それも一日で終わる作戦のためにこんなものまで用意するのか。ウツギがそんなことを考えながら、今まで座ったこともない高級そうなソファに腰かけていると、眼鏡をかけた、いかにも事務仕事を得意としそうな雰囲気の艦娘が名簿を持ってこちらにやってきた。
「お手数ですが、所属と艦隊名をお聞きしたいのですが」
「第五横須賀鎮守府所属、艦隊名フィフス・シエラです」
眼鏡の艦娘の表情が一瞬曇る。しかし名簿を書き終えるとまたすぐに営業用の笑顔に戻り、何処かへ歩いていった。表情が一瞬曇ったのは新米のウツギたちの参加に不満があるのか、それともリサイクル艦への拒否反応か、大体そんなところだろうな。等とウツギは勝手に結論付ける。
「どいつもこいつも変な目で見やがって。俺たちゃ見せ物じゃねぇっての」
眼鏡の艦娘が他の場所へ去っていったあと同じくソファに座っていた天龍が愚痴をこぼす。他の艦娘たちの視線を集める原因は言わずもがな、ウツギ、アザミ、ツユクサの容姿である。もっとも当人たちは誰一人として気にしていないが、しかし自分達のせいで漣や天龍に迷惑がかかってしまっているのは間違いないとウツギがソファから立ち上がり天龍に言う。
「すまない。少し間を離すか」
「な~に言ってんのウッキー。漣たちは仲間よん?気にすることないって」
「そうそう。気にしなくて良いっての。漣お前もたまにはいいこと言うんだな」
「たまにはってなにサ!?酷くないてっちゃん!?」
「当たり前のことをいって何が悪いんだ?」
「二人の言う通りッスよウツギ。せっかくこんないい船に乗せて貰ってるんスからもっとリラックスしないと!」
「ツユクサ......お前は危機感と遠慮が無さすぎだ」
申し訳なさそうに切り出したウツギに漣と天龍が大丈夫だと返す。漣の発言に「ウッキーはやめてくれ。猿の鳴き声みたいで嫌だ」とウツギが返答するが、内心彼女は、漣と天龍の言葉を少し嬉しいと感じていた。あとツユクサは天龍に苦言を呈された。
その時船内放送が入り、周りに居た艦娘たちが移動し始めたので、ウツギたちもついていく。今回のシエラ隊と同じく「D地点」で行動する艦娘の作戦のブリーフィングが行われる第三会議室と書かれた部屋にぞろぞろと二十人ほどの艦娘たちが入ってゆく。もちろんそのなかにはウツギたちシエラ隊も含まれている。
ウツギは他の部屋へ入っていく「主力の艦娘」たちと比べて自分たちD地点組の艦娘の数が目に見えて少ないことに気付くが、あまり気にしないことにした。
「時間だな。全員居るか?」
「問題ありません」
広々とした部屋の中には先程こちらの部隊名を聞いてきた眼鏡の艦娘と、妙に背の高く痩せこけた男が居た。周りの艦娘たちは一見したところあまり戦い慣れしているような者は|居《お》らず、ざわざわと世間話に花を咲かせている。そんな艦娘たちを前に、痩せた男が彼女たちの私語を止めようともせずに口を開く。
「じゃー説明するぞ~。お前ら新米どもはここ、このD地点って設定された島で待機~。今横で作戦会議してる偉~い人たちのとこの艦娘の補給がメインの仕事だ~。あぁ気ぃ抜くなよ~、ボケ~っとしてたら抜け出してきた敵さんにコロコロされちまうからな~。あぁあとなんか最近ここの近くで新型の深海棲艦が見つかったって噂があるから気ぃつけてね。以上。」
とんでもなくやる気のないしゃべり方で男が説明を終える。こんなに適当なブリーフィングでいいのか?とウツギが思っているとやはり同じ事を思っていたのか横に居た漣、天龍、ツユクサが眉間にシワを寄せていた。アザミだけ無表情だが多分同じことを考えているだろう。しかし他の艦娘たちはそんなことは気にせずまた無駄話をしながら部屋を出ていく。
ウツギたちも部屋を出ていこうとすると、突然ウツギが誰かに腕を掴まれる。何かと思い振り替えるとあの痩せた男が自分の腕を掴んでいた。
「言うの忘れてた。お前さん一人だけで別の仕事頼みてぇんだけど良いかな」
「......なぜ私なのでしょうか」
「今言ったじゃん。忘れてたから適当に選んだ」
眼鏡の艦娘が「ゴホッ!」とわざとらしく咳き込み、シエラ隊のメンバーが唖然とするなか 漣だけ「大抜擢キタコレ!」などと言っているが ウツギだけ別行動を命じられてしまう。ウツギは心のなかで特大の溜め息をついた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「作戦時間だ。ハッチ開けてくれ」
『どうぞかも!』
ヘリコプターのバラバラバラというローターの音が響く。ウツギは自身の「青葉」の艤装にパラシュートがしっかり取り付けられているのを確認して機内に艤装を固定し、機体から身を乗り出しスナイパーライフルを構える。
「離れた場所でヘリコプターから、対深海棲艦用に作ったライフル銃で敵の密集している所に狙撃、敵を分散させて前線の艦娘の負担を軽減させろ」。痩せた男のいう仕事の内容だ。ヘリコプターなんて敵の攻撃を食らえばすぐに落ちるのでは?と質問したが、心配するな。最新型の大型ヘリだぞ。などと少しズレた返答しか返ってこなかったのを思い出す。
不安に思いながらもウツギはライフルを構えたまま機体を操縦している艦娘「秋津洲」に通信を入れる。
「狙撃なんてやったことがない。当てられる自信は無いぞ」
『目的は敵を散り散りにすることかも!必ずしも当てる必要は無いよ!』
「そうか。通信は切るなよ」
『了解かもー!』
既に作戦は始まっており、ウツギの目線の遠く離れた先では砲撃戦が始まっている。
彼女は試しにとスコープを覗きこんで、艦娘たちから離れていて、かつ深海棲艦の固まっている場所にライフルを撃ち込む。
すると着弾地点には肉眼で観測できるほどの爆風が発生した。
凄まじい威力だ......なぜ今までこの銃は普及していなかったんだ?とウツギが驚きながら今度は双眼鏡を取り出し着弾地点を見てみる。
.........何事も無かったかのように深海棲艦たちが爆風を抜けてくる。前言撤回、どうやら無駄に爆風だけでかい見かけ倒しだったようだ。これじゃあ実用は程遠いな。そんな事をウツギは考えていたが爆風の影響か、敵があちこちに散っていることも同時に確認する。一応目的はこの武器でも果たせるのかと続けて敵の固まっているところへ何度か狙撃を行う。
七発ほど撃ち込み、弾丸の装填をしようとしたとき大きく機体が揺れた。流石に何発も撃って敵も気付いたのか、ヘリコプターに向かって砲弾が飛んでくる。それなりに弾幕を形成しながら飛んでくる砲弾の雨の中で、致命的な被弾をしないように機体を制御する秋津洲の操縦技術と、このヘリコプターの対弾性に感嘆しながら、そろそろ潮時かとウツギが思ったときに通信が入る。
『そろそろ降りてくれないとまずいかも!』
「解ってる。降下するぞ」
艤装のハンガーに何かの役に立つかと弾を装填し直したスナイパーライフルを取り付け、ウツギが降下しようとしたとき、また通信が入る。
『ウツギちゃん、ちゃんと帰ってきてね』
「......?どうした急に?」
『せっかく運んであげた人に死なれちゃ後味が悪いってだけかも!』
「そうか。ありがとう。お前も帰りは気を付けろ」
『当たり前かも!』
そう言ってすぐに、ウツギはヘリコプターから飛び降りた。
「おーおーやってるやってる」
「派手にやってんなぁおい。花火みてぇだ」
ウツギがヘリコプターから狙撃を行っている頃、漣たちは指定された無人島の浅瀬で、遠方で戦う他の艦娘たちを見ながら待機していた。彼女たちの傍らには大量の燃料と修復材と呼ばれる液体が入ったポリタンクと弾薬が入った箱が積んである。
これらを見てわかる通り、今D地点の島は補給所替わりに使われていた。いまのところ作戦は順調に進んでいるらしく、時折流れてくる無線の情報によれば、あと数十分で敵基地の制圧が完了する予定らしい。
漣は大規模作戦と言っても、こんな裏方仕事じゃたいしたことないな。等と思っていると横の天龍が自分の肩を叩いて報告してきた。
「前線から連絡だ。駆逐が1、軽巡が2匹こっち来るとよ」
「ほいさっさ~と。あぁマンドクセ」
今日初めての戦闘に少しだけウキウキしながら漣が砲を構える。数秒後、報告通りにやってきた敵に攻撃するとあっけなく爆沈した。味方から手痛いダメージを受けていたのか、所々から黒い煙が出ているぼろぼろの敵は数発当てただけで沈んでしまう。
あ~あ、つまんねぇ~の。まるで張り合いがないなと漣が再度、この作戦は楽だ、などとと考えていると今度はツユクサから報告があった。
「さっちゃん、今度は味方が三人中破したから補給しに来るみたいッスよ」
「うぃ~っす。修復と補給ね」
ツユクサの声を聞いて周りにいた他の鎮守府の艦娘たちもポリタンクを持って味方の到着に備える。アザミだけはそのまま周辺を警戒中だ。
「ねぇ天ちゃんちょっと」
「なんだ?無駄話なら無視するぞ」
漣が天龍に話しかける。というのも気になったことがひとつあったからだ。
「漣たちのご主人様さぁ、ウッチーたちの実戦テスト代わりにこの作戦に駆り出されたかもって言ってたじゃん」
「そう言えばそんなこと言ってたな」
「全然テストできてなくねぇ?」
「確かにせっかく重巡の装備なのに活躍する場がないッス」
「そりゃアイツのアテが外れただけだろうよ。あとウツギは一応前で戦ってるんじゃないのか?......っと、味方が来たぞ」
天龍が強引に会話を切り上げる。
遠くの方から聞こえる砲撃の爆音をバックにこちらへ向かってくる艦娘を視界に捉えると、漣はため息をついて近くのポリタンクを持って味方の補給に備えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「.........どこを見ても敵だらけだな」
砲撃音がそこかしこで鳴り響く海上を重巡用の大口径の連装砲を肩に担ぎスナイパーライフルを抱えたウツギが全速力で滑っていく。
ヘリコプターから降下してから正確な計測などはしていないが、ウツギは無線に付いている時計を確認し、海を漂い初めて約十分ほど経過していることを把握する。
ウツギはD地点の島に向かうために道中、時折味方の援護をしながら後退していた。名も知らぬ艦娘からまた一言「助かった」と礼を言われるが、そんなことなど気にせずさっさと漣たちと合流するため一直線にウツギは島へと向かう.........ことがなかなかできずにいた。
というのも単純に敵の数が多いのだ。いくら前で戦う艦娘たちが|手練《てだ》れとはいえ数では相手が勝っているのをいいことに、何匹か陽動部隊を突破してきた深海棲艦が邪魔をしてくる。
「悪いな。お前たちに構っている暇はないんだ」
ウツギは自身の持つライフルの弾から放たれる謎の大爆発をうまく利用して、怯んだ相手を効率よくなるべく連装砲の弾を使わずに倒す。そしてそんなウツギの元にもたまに援護射撃が飛んでくる。
「新人さんにしてはなかなかやりますね」
「......先輩にそう言ってもらえるなら光栄ですね」
支援攻撃をしてきた巫女服の艦娘にいきなり話しかけられて、一応ウツギが礼を言う。
「お世辞はいいですよ。それにあなたの|管轄《かんかつ》はここじゃないんでしょう?早く下がりなさい。ここは私たちが押さえます」
「......どうも」
巫女服の艦娘と他数名が敵は自分達に任せろと言ったのでウツギはそのまま島の方向へ反転し海上を滑っていく。
が、強力な味方の援護があるとはいえ、それでも相変わらず味方の間をすり抜けてくる敵はそこかしこに居るし、手負いの状態とはいえ流石に三十匹以上の敵を倒し、味方の援護と敵の牽制までこなすとなれば砲弾の残弾数が|心許《こころもと》なくなってくる。
(予備の弾はなるべく使いたくなかったが......仕方がないな)
こんな場所で弾切れはマズいな、とウツギが予備弾倉の砲弾を砲に装填しながら思っていたときに、電源を入れっぱなしにしていた無線機から、あと少しで敵基地の制圧が終わると言う音声が流れてくる。これが本当ならこのとんでもない数の深海棲艦はうまくこちらの陽動に引っ掛かった結果によるものらしい。
もっともウツギは個人的には成功しすぎて味方が相手をする敵が多すぎるのも問題があると考えていたが。そんなことを考えているとやっと島の補給部隊が見えてくる距離までやってきた。よく見ると漣が自分に向けて手を振っている。
これが大規模作戦か......ウツギは大規模作戦に参加して戦うというその厳しさと辛さを噛み締めながら、なんとか激戦区から自分の「本当の」持ち場である補給所へ無事に辿り着けたことに|安堵《あんど》していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はいよウツギ。お疲れさん」
「ありがとう。少し危ないところだったんだ」
天龍から燃料の入ったポリタンクを受け取ったウツギが艤装の給油口を開けて、燃料を補充する。頻繁に敵に遭遇こそしたがほとんどダメージは受けていないので修復材は使わなかった。続けてウツギが弾の補充をやろうとしたときに天龍が言う。
「敵の基地の攻略が終わったってよ。あとはこの辺うろついてる奴ら片付けて帰るだけだ」
「そうか。......ちょうどあそこに逃げていく敵が居るな」
ウツギの目線の先に黒い煙を噴き出しながらノロノロとこちらから遠ざかっている敵が見えた。その発言にちらりと海を見た他の艦娘たちは、しかし気にせず既に帰り支度を済ませようとしているとき、天龍が問いかけてくる。
「追いかけるか?」
「いや、あの距離ならここから少し前に出れば狙える。少し浅瀬に出るぞ」
「りょーかい」
砲撃の射程に敵を入れるためにシエラ隊が全員砂浜から浅瀬に出る。そしてウツギが砲を担ぎ、撃とうとしたその時だった。
いきなりウツギはいままで体験したことがない浮遊感と衝撃に襲われ、後ろに吹き飛ばされる。
ぐしゃり、と嫌な音を響かせてウツギが浅瀬から突き出した岩に叩きつけられる。彼女は一体今何が起きたのかわからなかった。
「がぁっ...かはっ......なっ!?」
口から血を吐きながら前を見るウツギの目の前にフード付きのレインコートのようなものを着た見たことがない深海棲艦が居た。こいつ一体どこから...!?というウツギの思考は、「そいつ」の続けて繰り出された重い一撃により中断される。
「ふぅぉっ......!?」
「............」
とっさにウツギが殴りかかってきた「そいつ」の攻撃をいなすために担いでいた連装砲を盾にする。すると「そいつ」の腕があたった砲が粘土で出来ているかのようにぐにゃりとひしゃげる。
「ウツギィィぃぃぃ!!」
ツユクサが砲を乱射しながら背中から「そいつ」に殴りかかる。が、まるで後ろに目でもついてるかのように「そいつ」がウツギの方を向いたままツユクサの腕を引っ掴む。
「ウツギから離れるッスよ!!」
「ツユクサぁ!手ぇ離すなよ!!」
腕を掴まれたツユクサの後ろから、今度は天龍が「そいつ」に刀で突きを放つ......が振り返った「そいつ」が素手で天龍の刀を受け止める。
「てっ......てめぇ!」
「............」
ギャリギャリと火花を散らしながら刀を掴んだ「そいつ」が、刀ごと天龍を島の方へ投げ飛ばす。「おぉぉぉわあぁぁぁぁ!!?」と叫びながら投げ飛ばされた天龍に唖然としていたツユクサの手を離すと、「そいつ」がツユクサから背中を向けて逃げる。
「逃がさないッスよ!」
「ゴホッ......ツユクサっ!駄目だ!そいつは普通じゃない!!」
咳き込みながら声を出すウツギの呼び掛けを無視して、ツユクサが「そいつ」を追いかけ......ようとしたときに「そいつ」が凄まじい勢いで後ろにバックする。そしてツユクサの鳩尾に肘を入れると、怯んだツユクサの腕をまた掴んで振り回し、別の岩に叩きつける。
「おわぁっ......!?ごはぁっ......!」
「............ 」
大きな岩に体がめり込むほどの勢いで、ぐしゃりと生々しい音を響かせ背中から岩に叩きつけられたツユクサが豪快に吐血して海面に倒れる。
そこへ「そいつ」へ向かって砲撃が来る。撃っているのは漣とアザミだった。
「......お前......許さなイ......」
「あ、あっち行けぇ!このバケモーン!!」
「.........」
アザミの砲撃が当たり、「そいつ」が少しだけニヤリと笑う。ここまでか......ウツギが目眩のする視界のなかそう考えていると「そいつ」は突然反転して水平線へ向かって去っていった。見逃した......?いったい何のためだ?と思ったときにアザミと漣が駆け寄ってくる。
「ウツギ......立てル......?」
「......少し厳しいな.........」
「な、何だったんだろねアレ......いきなり水面から出てくるとか初見殺しっしょ!?」
漣が震えた声で喋りながら、緊急時に入れる無線で船に連絡を入れる。ウツギは血の味が広がっている口の中に不快感を感じながら、ふらふらと立ち上がり自分から少し離れた場所で倒れているツユクサに声をかける。
「............」
「いつまで......ふぅ...気絶したふりをしてるんだ」
「......首の骨が折れたッス............」
ツユクサが海面に寝っころがったままそう言う。派手に血を吐いて倒れた割には元気なヤツだ......アイツが見逃してくれなければ自分達は全滅していたな。ウツギは島の方で自分達のこの有り様をみて腰を抜かしている艦娘たちを見てそう思った。
大規模作戦が艦娘側の勝利に終わった日から二日後。シエラ隊の面々は船で手当てを受けたあと、ウツギとツユクサは破損した艤装を詰め込んだコンテナを背負い、駆逐艦の艤装で第五鎮守府に帰投していた。
二人は今、鎮守府の艤装保管室でシエラ隊が二日間鎮守府を空けていた間に配属された工作艦の艦娘「明石」に「青葉」と「摩耶」の艤装の修理が可能かどうかを聞いていた。三人の周りには深尾や他の部隊メンバーも居る。
「うえぇ~悲惨......。何されたらこんな壊れかたするんですか......」
「直りそうか、明石さん?」
「大丈夫ッスか?」
「ちょっと厳しいですねぇ~......って言うか船で何か言われなかったんですか?」
明石がドライバーと普段日常では目にしないような大きいペンチで無理矢理壊れた艤装を分解しようと四苦八苦する。作業を続けたまま、彼女が二人の艤装の破損具合に顔をしかめながら聞いてきたのでウツギが答える。
「......それが」
「修復材じゃ直せないって言われたッス」
言葉に詰まるウツギの代わりにツユクサが答えると、その返事を聞いた明石が持っていたドライバーを放り投げて溜め息をついた。
「それ、遠回しに無理だって言われてますよ。ここよりあの船設備整ってますから」
「なるほど。確かに、あの船は前線基地の代わりまでできるからな。こんな新設されたばかりの弱小鎮守府より良い設備があって当然か」
「あ、いや...提督そんな意味じゃなくて......」
「いや、良いんだ。当たり前なことだしな。それより使えそうな部品なんかは残っているのか?」
今度は深尾が強引に分解された艤装の部品を手に取ると、それを弄りながら明石に質問する。
「これだけ滅茶苦茶にされてたら......言いづらいですけど両手で数えられるぐらい残ってたら万歳するレベルですね......。正直こんな状態で海に浮けること自体が奇跡に近いです」
「そうか...解った」
深尾は手で弄んでいた、あり得ない方向へ折れ曲がった連装砲の砲身をもともと置いてあった場所へ戻す。そんな深尾を見ていたウツギが口を開く。
「提督、すまない。自分の不注意で艤装がめちゃくちゃだ。始末書でも雑用でもなんでも言ってくれ」
「ん?なんだ、いきなり?」
「なんだ?って.....。この艤装は上が送ってきた物で、自分の物じゃない。然るべき罰が私には......」
「プッ...あっはっはっはっはっはっは!」
ウツギはいきなり笑いだした深尾に驚く。そして何が可笑しいのかがわからず、首をかしげる。
「はっはっはは......ふぅ、相変わらず真面目だなお前は。逆だよ逆、上はお前とツユクサ......いや、お前らシエラ隊を褒めてたぞ」
「はぁ?「あいつ」に手も足も出ないどころか全滅しかけたのにか?」
深尾の発言を聞いて天龍が「あり得ない」と言う。ウツギも何故自分達のような無様に敵に蹂躙された艦娘の集まりのどこが上に気に入られたのか検討がつかなかった。「なんでお偉いさんがお前たちを褒めるのかがわからんって顔してるな」と、深尾がこちらの心を読んで続ける。
「っと。これ、何なのかお前たちも知ってるよな」
深尾が近くに置いてあった漣の艤装から何かを取り外す。
「何って、艦載カメラですよねご主人様?」
「そう、お前の言う通り艦載カメラだ。演習の反省や、新人に実戦の流れを教えるためとかに、手練れの艦娘なんかが自分の海戦の様子の録画に使ったりする機器だ。お偉いさん方がな、お前たちが船で怪我治してるときに......ウツギとツユクサ、あと天龍のはぶっ壊れてたから観れなかったらしいが、周りで観てたお前とアザミ、島で腰抜かしてた艦娘達の録画映像を見て顔を真っ青にしたそうだよ。そして「よく生きて帰ってきてくれた。この資料のおかげて新たな脅威に対して対策が練れる」ってね」
「そう言うことか......自分達はちょうどいいサンドバッグ役になったわけだ」
ウツギは理由を知ってため息をつく。深尾も「まぁこれを知って嬉しいと思うやつは少数派だろうな」とひきつった笑みを浮かべて言う。
「あとは今回出てきた見たことないヤツだが、上が正式に「戦艦レ級」って付けたそうだ。そしてそれとはまた別に名前をもうひとつ。どうやら他の艦娘も少しだけ交戦したらしくてな、航空機を持ち、魚雷が撃てて、近接攻撃までお手の物と来たあいつのことを「完璧かつ、たった一人の艦隊、|P F《パーフェクト フリート》」だとさ。まったくフザけた話だ」
「あぁ~駄目だっ!もう無理です」
深尾が長々と説明しているとき、黙々と分解作業をやっていた明石が汗をぬぐって工具箱にペンチを投げ入れてそう言う。
「まだ半分もバラせてなくないか?」
「無茶言わないでくださいよ!もうこれ以上は無理です!」
深尾が持って帰ってきたままの状態とほとんど変わっていない艤装を見て疑問を口にすると、明石が顔を真っ赤にして怒鳴ったので深尾が気圧される。
「う......!そ、そうか、無知なクセに口出ししてすまん」
「あっ...!あぁいや......その......すいませんでした!!」
「いやいいんだ。俺が何も知らないのに変なことを言ったのが悪い」
怒鳴ったことを謝る明石と、その明石にも謝る提督のやりとりを無視して、ウツギはぐちゃぐちゃに壊れた「青葉」の艤装をじっと見つめていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、ウツギが今日の秘書艦を任されていたツユクサの代わりに執務室に来いと深尾から言われていたので部屋の前にやって来る。
部屋に入り、挨拶を済ませたウツギはすぐに深尾が座っている席の隣の机の椅子に座ると、慣れた手つきで書類を捌いていく。仕事を続けたまま、ウツギは気になっていたことを深尾に聞いた。
「今日の秘書はツユクサだったはずだ。なんで自分を呼んだんだ」
「あいつは仕事ができないからだ。以上」
まったく抑揚の無い棒読みで深尾が返答する。何かを察したウツギは「そうか」とだけ言って、仕事に集中した。もっとも頭のなかにはぐちぐちと文句を垂れながら書類に悪戦苦闘するツユクサの様子が浮かんだが。
そんな邪念は気にせず、ウツギは処理する書類を半分ほど終わらせた頃、隣の深尾がパソコンの画面をみて「なんだこれ?」と言うのが聞こえた。またなにか面倒事だろうか。
「なんだ?また何か厄介な事にでも巻き込まれそうなのか?」
「......悪いがその可能性が高そうだ」
そう答えた深尾が横を向いてウツギを見るとあからさまに嫌そうな顔をしていたので一瞬びくりとする。が、すぐに心を落ち着かせた深尾が放送で、ウツギ以外の艦娘を全員執務室に呼ぶ。
「また面倒な事に付き合わされるのか......」
「......何かごめんな」
「いやいい。戦うのが自分達の本当の仕事だしな。それで何が送られてきたんだ?」
眉間に少しシワを寄せたままウツギが深尾に聞いた。
「救援要請のビデオメールだよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
執務室に集められたシエラ隊と明石が目の前のパソコンの画面を覗き込んでいる。全員居ることを確認した深尾が、「じゃあ、再生するぞ」と言って、ビデオメールの再生ボタンを押した。
# # # #
『緊急通信!!こちら高速艇アレックスだぜ。エリア27区の無人島の近くで攻撃を受けている!!誰か助けに来てくれ!!』
『木曾、なぁに焦ってるクマ~もっとリラックスするクマ~』
『いや撃たれてるって!?』
『撃たれてるなんて物騒なもんじゃないクマよ~きっと歓迎の花火のどでかいやつクマ』
ドゴーン!!
『うわぁおぉ!?そんなわけあるかぁ!!この砲弾の雨が花火だってか!?姉貴頭おかしいんでねぇの!?』
『なぁに、当たっても最悪どーせ死ぬだけクマ~』
『死んだらおしまいじゃん!!っ!?うわぁぁぁヤバイ!!ミサイル!ミサイル飛んできてる!!』
『ヴォォォオオオ!?こんなとこで死にたくないクマァぁぁぁ!!』
『球磨姉さっきと言ってること違うじゃねぇかぁぁぁぁ!!』
『『き、緊急脱出ぅぅ!!』』
# # # #
動画を見た全員が真顔になる。部屋が完全に静まり返ってから十秒ほどたってからツユクサが口を開いた。
「なんか非常事態の割には楽しそうだったッスね」
ツユクサのもっともな発言に深尾が頭を抱える。すぐ隣に居たウツギは深尾の「なんで俺のとこにはこんなのばっかり...」という愚痴が聞こえたが無視した。
「......エリア27はここからそう遠くない。助けに行ってやれ......あぁ、明石も連れていってな。怪我してるかも知れない二人を手当てしてやれ......」
「了解」
深尾が頭を抱えたまま、シエラ隊に出撃命令を出す。ウツギはなるべく何も考えないようにして、出撃するため部隊員を引き連れて部屋から出ていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エリア27区。今は無人島になっているこの海域の孤島は、その昔良質な鉱山資源で栄えていたが、深海棲艦の登場により過疎化が進み、今では時折訪れる艦娘が残された採掘設備を利用して資源を持ち帰るときぐらいしか人間の姿が見えない(正確には人間では無いのかもしれないが。)。それと合わせて、戦略上それほど重要な場所でもなく、さらに追い討ちを掛けるように、今ではもう採れる資源も少ないため地図上の「資源回収可能区域」のリストから消されてしまっていることから、通称「アウトエリア27」などと呼ばれている。
そんな寂れた島に上陸する人影がある。ウツギ、アザミ、ツユクサ、漣、天龍、明石の六人で構成されたシエラ隊の面子だ。こんな所に彼女たちが居る理由は別の鎮守府に所属していると思われる艦娘からの救援要請があったからだ。また、救援を頼んできた艦娘の治療用にと今回は全員、修復材の入ったポリタンクを背負っている。ウツギたちが上陸して数分後、海岸に流れ着いていた、高速艇の残骸を見つけた漣が喋り始める。
「うわぁ~お、こりゃまた酷いことになってんね。蜂の巣じゃん?」
「船底に四角い穴が開いてんな。脱出は成功したのか」
「へ?なんでそんなことわかんの?」
「大規模作戦の時の船の中でこれと同じのが積んであるのを見たんだよ。この型の高速艇、かなり装備が充実してんだ。緊急時に船底からちっちゃい潜水艇で脱出できるんだぜ」
敵の砲撃に晒されたと思われる穴だらけになった船の船底に、不自然に綺麗に四角く切り抜かれたような穴があるのを見て天龍が言う。さらに続ける天龍の補足によれば「脱出用に使う潜水艇は居住スペースが狭すぎてすごく乗り心地が悪い」らしい。それはさておき、天龍の言うことが本当ならその潜水艇も近くに停まっているかもしれないな、とウツギが思っているとアザミが声をかけてくる。
「ウツギ......あそコ......」
「ん...?......天龍、その潜水艇って言うのはアレのことか?」
「あ?おぉ!アレだよアレ!良かった、多分生きてんだなあの二人組」
アザミが指を指した方を見ると、船の残骸からそれほど遠くない場所に、ガラス張りの球体にスクリューが二基取り付けてある奇妙な外見の乗り物が停まっていた。ウツギたちが少し近寄って眺めてみる。
「な~んか変な乗り物ッスね。ガチャガチャのカプセルみたい」
「最新鋭の潜水艇ですね、これ......。高そうだなぁ」
明石が「カタログでしか見たことないですよこんなの。」と言い、ツユクサがガラスの部分を拳でコンコン叩いている、その時だった。
「お前らそこで何して......」
「何?」
「ッスか?」
「んんん?」
「あ?」
「......?」
「誰ですか?」
「ひゃぁぁぁぁぁあああああああ深海棲艦!!??なんでここにぃぃぃぃ!!」
ウツギとツユクサを目にして腰を抜かす眼帯の艦娘が居た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここ携帯圏外クマか!?携帯使えないとかイカれてるクマ!!携帯無いと死んじまうクマァ!!」
「とても死にそうな状態には見えないがな」
スマートフォンを片手に地団駄を踏んでいる艦娘「球磨」に、ウツギがそう投げかける。
「あ、駄目だクマ。球磨は死んじまったクマ。正確には、今目の前に居る深海棲艦にリンチされて、もぐもぐされて、こんな何もない島で人知れず殺されちまうクマァ!!」
「ひどいッス!!偏見ッス!!あと深海棲艦じゃないッス!」
そう反論したツユクサに向かって球磨が物凄い剣幕で両手を振り回しながら怒鳴り始める。
「酷いも何もあるかぁ!いきなり海で深海棲艦に襲われて、必死に脱出したらこんな誰も来ないような島に着いて、しかも目の前にはまた深海棲艦だ!これを嘆かずにいられるかってんだ!あーあー死にたくねぇよぉ~とびっきり美味い海鮮丼食べたあとに安楽死するのが夢だったのにぃ!!」
「そうか。残念だがお前はまだ死なないぞ。あと自分は深海棲艦じゃない」
「お前みたいな、なまっ白いオバケみたいなやつに何がわかるんだ!艦娘になってもう5年も経つのにあんのクソ野郎が録に給料寄越さねぇから美味いもんなんて食ったことが片手で数えるほどしかないんだぞ!?この悲しみが解るか!?」
「わかるッス!毎日楽しみにしてる夜ご飯が冷凍食品だったらアタシはちゃぶ台返ししたくなるッス!」
「だろ!?あのクソ、提督でもないクセに後方ででっかい椅子にふんぞり返りやがって、あぁ思い出しただけでも腹が立つぜ!!」
「白熱してるとこ悪ぃがもういいか?あと球磨姉語尾忘れてるぞ」
球磨とウツギとツユクサが罵り合い(?)を続けているところに、先程砂浜でウツギたちを見て腰を抜かした軽巡の「木曾」が割って入る。「おっと、失敬クマ」と球磨が乱れた呼吸を整えて、あらためてウツギと向き合う。
「ふぅ~落ち着いたクマ。さぁ煮るなり焼くなり好きにするクマ。あ、でもなるべく苦しまないヤツでお願いするクマ」
「球磨姉、覚悟を決めるのはいいが、こいつら深海棲艦じゃないぞ」
「は?......木曾、姉ちゃん嘘は駄目だって言ったはずクマよ」
「いやだから嘘言ってどうすんだよ」
「うんとさ、いつまでこのコント見てればいいのかな?」
全くといっていいほど話が進まないことに痺れを切らしたのか、天龍がいつもと違うしゃべり方で切り出す。近くにいた漣は大あくびをし、明石は足元にいた蟹を棒でつついている。
「......そういえばなんで艦娘も居るクマ?も、もしかしてこのサンゴの死骸みたいに白いのも艦娘クマか!?」
「いやさっきから言ってただろうよ!?」
天龍が球磨に突っ込みを入れる。が、彼女がまだ信じられないといった表情で「な~んか胡散臭いクマ......」と言ってきたので、ウツギは作業着のポケットから階級証を取り出して「これでいいか?」と言って球磨に見せる。
「確かに本物クマ。でも何でそんな見た目クマ?」
「話すと長くなる。怪我は無いみたいだし、まずは自分たちの鎮守府に来てくれ。ここから近いんだ」
「悪いけど球磨も木曾も艤装が無いクマ。そこんとこどうするクマ?」
なぜこの二人が艤装もなく海を高速艇で渡っていたのかが気になったが、ウツギはその考えを後回しにしてどうやって連れて帰るか考える。するとアザミが突然、球磨の股下に頭を突っ込み球磨を肩車した。なるほどこの手があったか。
「わ、わ、わ、何するクマァ!?」
「うるさい......大人しくしロ......」
アザミが球磨を肩車したまま言う。
「こうする......運ブ......」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「第三横須賀鎮守府、艦隊名セレクトRK3所属の球磨だクマー」
「同じく木曾だ」
「ようこそ、第五横須賀鎮守府へ。提督の深尾 圭一だ」
場所は球磨と木曾がシエラ隊に救出された島から変わり、第五鎮守府の食堂。球磨と木曾の所属を聞いた深尾が、二人を元の鎮守府へ帰すために第三横須賀へ電話を入れることを二人に確認して、なぜか執務室ではなく食堂にしかない固定電話で連絡を取ろうとする。ちなみに全員食堂に集めたのは電話のあるここで話をするのが、わざわざ場所を移動しなくて済むという深尾の判断だ。
ウツギは通話中の深尾と、助けた二人組を交互に見る。どういうわけか、元の居場所に無事に帰れることに喜んでもいいはずの二人組の表情はどことなく暗かった。
「......はい......はい....はぁ......?」
「っ......!わかりました。こちらで引き取ります......」
通話が終わった深尾が受話器を置いて、一息つくと、身を翻し球磨と木曾に向き合う。ウツギは電話を切るときに深尾が言った「こちらで引き取ります」という発言が引っ掛かっていた。
「......お前たち二人は俺の艦娘になった」
「はぁ!?なんだそりゃ!?」
「あぁやっぱりクマ」
深尾の発言にまるで意味がわからないと言うふうに突っ込む天龍を遮って球磨が言う。曰く、「自分と妹は元の鎮守府が嫌で逃げてきた。」と。球磨の衝撃的な一言を聞いて漣が質問する。
「なんで逃げてきたの?あと島で言ってた「クソ野郎」も関係あったり?」
「おぉ!まさにそれクマ!その「クソ野郎」の蛮行に耐えかねて出てきたクマ」
「ひとつ聞きたいことがある。第三の提督は今なにやってるんだ?」
深尾が漣と球磨の間に割り込んで喋る。シエラ隊の面々は深尾の発言の意味が解らず首を傾げていると、今度は木曾が質問に答える。
「提督なら病気で療養中だ。まぁ一度も見たことねぇんだけどな。今あそこを仕切ってんのは一人の艦娘だ」
「へぇ~変わった鎮守府ッスね。んで、提督さん、この二人をうちで引き取るってどう言うことッスか?」
「向こうの指揮を取ってる艦娘、お前とは違う天龍が電話に出てこう言ったんだよ」
どうやら向こうの鎮守府は天龍が指揮を取っているらしい。別に同じ艦娘が複数いることは珍しくも何ともないが、「シエラ隊」の天龍の表情が険しくなる。そして天龍の顔をちらりと見てから深尾が続ける。
「球磨と木曾?あぁあの使えないゴミか。そっちで勝手に処分してくれ。ってな。自分の耳を疑ったよ。」
「おぉうそりゃまたスゴい挑発的な発言......」
深尾の言葉で空気が凍りつく。もっとも漣だけいつもの調子の返しを入れたが。そんな悪い雰囲気に包まれた食堂で天龍が球磨に話しかける。
「なぁ、球磨......だっけ?俺を見て何とも思わないのか?」
「え?何言ってるクマ?」
「何って、だって向こうで提督替わりやってる天龍が嫌で逃げてきたんだろ?俺も天龍だし、嫌じゃないのかなって......」
「天龍!?お前がか!?」
二人の事を心配しての天龍の発言に木曾が目を丸くする。どう言うことだ?とウツギが思っていると、同じく驚いていた球磨が口を開く。
「天龍?お前がクマか?全然見た目が違うクマ。あっちの天龍はもっと汚れた目をしてて、髪がボサボサで、なんか高そうな服着て威張り散らしてたクマ」
「ちょっと想像できないな......」
基本的に天龍に良いイメージしか持っていなかったウツギがそうこぼす。ツユクサや漣も同感だったようでイマイチ想像できないと言ったあと、球磨が第三鎮守府の天龍について喋り始める。
「あいつは本当に酷かったクマ。給料はろくに払わず自分で浪費したり、建造された生まれながらの艦娘と志願してきた元人間の艦娘って知ってるクマね?その元人間の艦娘に、自分達建造艦よりも劣等種だ!とか抜かして暴力は日常茶飯事。しかも最近はたちの悪いことにリンチした艦娘ん使って深海棲艦化実験までやってるクマ」
「えぇぇぇぇぇ!?大問題じゃないですかぁ!?」
いままで黙って話を聞いていた明石が怒鳴り声に近い驚きの声を漏らす。そんな彼女の姿を見たウツギは「深海棲艦化実験」という自身の知らない単語を明石に聞く。
「その、なんとか実験というのは何なんだ?」
「生きたままの艦娘に深海棲艦の細胞を投与して、無理矢理人体改造するっていう技術です。人道に反するって言われて禁止になった手術ですよ」
「人道に反する......?そんなことを言ったら自分のような死体を弄んで作ったリサイクル品も人道に反する存在じゃないのか?」
そう返すウツギに明石は丁寧に、ウツギ以外の周りにも向かって説明する。
「そりゃウツギちゃんたちもちょっとアレな存在かも知れないけど....でも、「工程」が全然違うんだよ。資源再利用艦の死体はちゃんと他の鎮守府の提督や姉妹艦、元が人間のなら親御さんの「許可」を貰って取り寄せたものなんだよ。臓器提供の延長線みたいな感じかな。でも実験のほうは許可もなく生きた艦娘を麻酔もなしにいじくり回すの。まぁ許可なんて取れるわけが無いよね。だってわざわざ自分の妹や娘がもがき苦しむような実験に送るわけがないし。そして、一番の違いは......」
明石が一呼吸置いて続ける。
「素材になった子が苦しむか苦しまないか。そこに尽きるかな。」
「......そうか。ありがとう明石さん、丁寧な説明でわかりやすかった」
明石の説明を聞いてシエラ隊、球磨と木曾の二人、そして深尾の表情がより一層険しくなる。そんな更に重くなった空気のなか球磨が深尾に向かって言う。
「深尾さん、頼みたいことがあるクマ」
「なんだ?」
「あいつをどうにかして僻地に飛ばしてやれないクマか?」
「やってやりたいとは思うさ。今のお前さんと明石の話を聞いたらな。でも無理だ。俺たちはまだ新参、権力もコネもなしに上に噛みつけるとは思えん」
「......そうクマか。ごめんなさいクマ、今の発言は忘れてほしいクマ」
深尾のもっともな返答に球磨が申し訳なさそうに頭を垂れる。深尾がとりあえず執務室に戻ろうと、席を立ち上がったとき、電話が鳴った。深尾が受話器を取って喋るところを八人の艦娘が見守る。数分後、通話が終わったのか深尾は受話器を戻し、球磨に背中を向けたまま言う。
「良かったな球磨。お前の願いは叶うかもしれないぞ。噂の第三鎮守府サマからの電話だった」
「クマ?」
「戦艦レ級って知ってるか?最近出た新しい深海棲艦だ。そいつの討伐部隊が第三鎮守府で結成されることが決まったらしい。そしてその部隊員は他の鎮守府から徴兵するらしいんだが、そいつと初めて交戦したって部分を買って」
「向こうがうちのウツギとアザミを名指しで指名してきた」
「静かにしろぉぉぉぉ!!」
カーキ色の軍服を着た艦娘、「天龍」の怒鳴り声が響く。三十人ほどの艦娘が集められ、非常に賑やかなこの場所は「第三横須賀鎮守府」の屋外集会場だ。
既に第三鎮守府から召集されていた、ウツギとアザミはそれぞれ「E08」「E09」と書かれた黄色いライフジャケットをいつもの迷彩柄の作業着の上から着こんで、この場所に立っていた。話に聞いていた通り俗物の香りがするヤツだな、とウツギが壇上で喋る天龍を品定めしていると、続けて怒鳴り声で「ヤツ」が喋る。
「今日からお前たち「セレクト EX-1」の面倒を見てやる天龍だ!!俺がお前たちの上に立ったからには安心しろ!!んん、質問があるならこのあと俺のところに来い!!わかったな!!」
言葉通り行動するなら悪いやつじゃないんだがな......ウツギは既に彼女の数々の蛮行を球磨や木曾から聞いていたため目の前で堂々と喋る女の事をまったく信用していなかった。ウツギが隣のアザミに視線を向けてみると、心なしか普段より更に無表情な気がした。考えている事は同じだな。
ウツギがそう思っているといつの間にか天龍は降壇し、周りがまたざわつき始める。そのときウツギに声をかけてくる艦娘が居た。
「よう。覚えてるか」
「.........?あぁ大規模作戦の時に......」
数秒ほど記憶を|遡《さかのぼ》って目の前の艦娘と大規模作戦で会っていたことを思い出したウツギがそう返答する。
「当ったりぃ、あん時は助かったぜ。変な見た目の割にはちゃんと援護してくれてよ」
「変な見た目は余計だ」
「わりぃわりぃ。んじゃ、改めて。アタシは「摩耶」ってんだ」
「ウツギだ。隣は自分と同じくリサイクル艦のアザミだ」
「......どうモ.........」
「へぇ、お前はまだ普通の見た目なんだな。っとこれから同じ部隊になるらしいしヨロシクなっ!」
気さくで取っつきやすそうな艦娘だな、とウツギが思っていると、彼女は手を差し出し握手を求めてきたのでウツギは素直にそれに応じた。摩耶か......確かツユクサの元になった重巡の艦娘だったな。さっそく心強い味方ができたかもしれない、とウツギが打算的な考えを浮かべていたところへまた一人艦娘が来る。
「摩耶、探したわよ、なにやって......誰?そいつら」
「あ?んぁ曙か。前に言った大規模作戦で援護してくれたやつだ」
「ウツギだ。こっちはアザミ」
「ふ~ん...この白いのがね。私は「曙」。せいぜい足引っ張らないようにね」
「善処する」
曙と名乗った艦娘がウツギに釘を刺す。こちらは摩耶とは違って取り入るのは少し難しそうだ、とウツギがまた打算的な考えを浮かべているとき、「E07からE12までのヤツは作戦会議室に来い!!」と無駄にやかましい放送がかかる。ウツギ、アザミ、摩耶、曙の四人に、更にウツギには名前のわからない二人の艦娘が移動を始める。歩いている途中の「あいついちいち怒鳴らねぇと喋れねぇのか?」という摩耶の発言にもっともだとウツギが思っていると、部屋の前に着く。先頭に居たウツギには名前のわからない艦娘がドアをノックして部屋に入る。以下五名が続いて部屋に入ると、はたして例の天龍が部屋の真ん中に居た。その隣には何やらまたウツギには見たことがない人物が立っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「陽炎、ウツギ、アザミ、摩耶、曙、由良。全員居るか。今後の君たちの動きを説明する。」
「こちらの御方は、現在第一|大湊警備府《おおみなとけいびふ》の提督である、|緒方《おがた》 |亮太《りょうた》閣下だ!!くれぐれも粗相のないように!!」
「天龍くん、大丈夫だ。あぁ君たち、堅苦しいのは好きじゃない。肩の力を抜いて俺の話を聞いてくれ」
「えっ?あっ...んん、そうだお前ら、肩の力を抜いて聞け」
一体粗相をしているのはどっちだろうな。そう考えながら、ウツギは目の前に居る体格の良い男、緒方提督の話を聞く。
要約すると、自分たちセレクトEX-1は総勢24名の艦娘で構成される大艦隊であり、その中でもE07番からE12番の艦娘で構成された(ウツギとアザミは08と09なので当然含まれる)部隊は個別に「アルファ隊」と呼び、このアルファ隊を中心に作戦が展開されるらしい。
なぜこんなあまり火力が無さそうな艦隊が中心なのかとウツギが考えていると、尚も説明を続ける緒方によれば、どうやら「指揮を取るのが天龍だから」という理由があるからだった。冗談がきついな......と心の中で悪態をつくウツギに説明を終えた緒方が話し掛ける。
「ウツギとアザミ...で、合ってるよな。初めて|PF《ピーエフ》と交戦したと言うのを聞いたが、その感想が聞きたい。」
「感想と言われても......自分はただ無様にやられただけで、なにもできなかったから...」
「強い......それだケ......」
「ふむ......二人とも資料によれば新人にしては戦果を稼げているようだが......まるで歯が立たないか......伊達にPFなどとつけられていないか」
肩の力を抜け、と言われたのでウツギとアザミがとくにかしこまった口調ではなく、いつもの調子で答える。そこにあの天龍が質問してくる。
「あの~、閣下。そのPFと言うのは?」
「パーフェクトフリート。上が付けたレ級の別称だ。天龍、そんなことも知らないで奴の討伐部隊を任されて大丈夫なのか?」
「名前の通り、何でもできるSFの艦船のような......人間ならスーパーマンのような奴だからPFなんて呼ばれているんだろうな」
緒方に苦言を呈された天龍にウツギが補足で説明をする。するとそれを聞いた天龍がウツギに問い詰める。
「てめぇ、知ってるくせになんで教えなかった!」
「「話の通じる相手」なら教えていたさ」
「なっ...!?こ、こいつ!」
変に突っかかってくる天龍に、ウツギは普段しないようなニヤリとした笑みを浮かべて、わざとらしく目の前の女を挑発する。案の定|激昂《げきこう》してウツギの胸ぐらを掴む天龍を緒方が制止する。
「やめろ天龍、ウツギも何があったのかは知らんが挑発なんかするんじゃない。会議は終わりだ。皆、各自の部屋に戻るように。」
「っ......!!チッ......解りました......」
「......」
今にもウツギに殴りかかりそうだった天龍は緒方の言葉を聞いて舌打ちをし、襟首を掴んでいた手を放す。やることは全て終わったので六人の艦娘と緒方提督が部屋を出ていく。そのとき、|微《かす》かだが部屋を出るウツギには不思議とはっきり「ヤツ」が|呟《つぶや》く声が聞こえた。
「潰してやる......」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
会議が終わって、召集された艦娘用の部屋へ向かうため廊下を歩いていたウツギを、彼女を追い掛けてきた摩耶が話しかける。
「お前度胸あんなぁ。知ってるか?あいつ、気にくわないやつを大勢で囲んで半殺しにしたとか噂が出てるんだぞ?」
「別にどうってことない。こちらもあいつが嫌だった。それだけだ。それに、摩耶のような立場も戦闘も強い艦娘の近くにいれば問題ない」
「お前なぁ......」
摩耶が呆れた顔でウツギを見る。その会話の後も、今後の身の振り方は考えて行動したほうがいいぜ?などと摩耶から釘を刺されながらウツギが廊下を歩いていると、すぐ近くのドアが開き中から艦娘が出てくる。ここは鎮守府なので特に珍しいことでも何でもない。
もっとも、
部屋から出てきた艦娘は両足が無く、少し地面から浮いていて、服の間から覗く肌がほんの少し青みがかった真っ白で、黒く光る生物的なデザインの艤装をつけているというとても「普通ではない」状態だったが。
その艦娘を見たウツギと摩耶の思考が、一瞬、完全に停止する。そして咄嗟に身構える二人にその謎の艦娘がごく普通に挨拶をしてくる。
「こんにちワ。」
「っ!?こ、こんにちは......」
「ちっ、ちーっす......」
戸惑いながらもウツギと摩耶が挨拶を返すと、その艦娘(?)は屈託の無い笑顔で二人にお辞儀して、書類の束を持って廊下の奥へと消えていった。数秒ほど固まっていた二人のうち摩耶が先に喋る。
「見たよな、今の?」
「あぁ。なんだアレは......」
「どう見ても深海棲艦......だよな?お前の親戚とかじゃなくて......」
「馬鹿言わないでくれ、自分はあいつのような......艦娘は初めて見た。いや、そもそも艦娘だったのか?」
内心、酷く動揺しながらウツギが摩耶にそう返す。第三者視点からの自分はあんな感じなのか?という場違いな感想を心の片隅に置いて、ウツギは物思いにふける。
そしてこのとき、正直なところ、本当に違法な実験などやっているのか?と球磨や木曾の言葉を疑っていたウツギは己を恥じた。
なぜなら、彼女の中での「第三は天龍主導のもと、危険な実験をおこなっている『かも』しれない」という疑念が
今、目の前を通った艦娘を見て「確信」に変わったからだった。
『もしもーし。球磨だクマー』
「ウツギだ。今、時間あるか?」
『こんな時間にどうしたクマか?』
謎の艦娘と会ってから数分後、ウツギは割り当てられた自室の電話で第五鎮守府に居る球磨と連絡をとっていた。電話の内容はあの「深海棲艦のような足が無い艦娘について」だ。
「ついさっき廊下を歩いていたら、自分のような容姿の艦娘が居たんだ。どんなヤツなのか少し詳しく教えてほしい」
『ん~、球磨が知ってるだけで三人ほど頭に浮かんだんだけど、どんな子だったクマか?』
あんなのが少なく見積もって三人も居るのか......。ウツギは少し戸惑うがそのまま通話を続ける。
「さっき見たのは......両足が無くて、少し地面から浮いてたな」
『あ~はいはい、わかったクマ、それ春雨ちゃんクマね。あの子は頑張りやさんでいい子クマよ~』
「その言い方だと友達か何かでよく喋ってたりしたのか?」
ハルサメ......駆逐艦の艦娘か。確かに足が無くて全体的に白かった事を覗けば、元の姿と同じだな。ウツギが手元に用意した艦娘の名前と姿が載っている資料を引きながらそんなことを考える。それと同時に、なんだか妙に球磨が嬉しそうに喋り始めたので、ウツギが疑問に思って聞いてみる。
『仲が良いも何も、球磨は何度もその子に命を助けられたクマ~。多分、そこで一番強い子だクマ~』
「......何だと?」
電話越しの球磨の口からさらりととんでもない発言が飛び出したので、ウツギが慌てて質問する。
「この鎮守府で最高戦力だと...?さっき見たがここは戦艦や空母だって充実してるんだが......」
『いやいや、ウツギ、あんな天龍にすり寄って甘い汁をすすってる奴等とは比べ物にならんクマ。......皮肉なことに春雨ちゃんは深海棲艦になってから桁違いに性能が上がった子なんだクマ』
若干受話器越しの球磨の声のトーンが落ちる。あんまり言いたくないことだったのか、不味かったな。ウツギは何となく察して次の話題に切り替える。
「そうか......わかった。あと、さっき言ってたな。残りの二人について教えてくれ」
『わかったクマ~。ええっとまず......』
通話が終わったウツギはそっと受話器を戻し、特にやることもなく、夜も遅かったので床についた。そして
「許すわけにはいかないな......あの女」
そう呟いてから、ウツギはベッドの上で眠りに就いた。
既に完結しているので絶対にエタりません。そこだけはご安心ください。
全体の文章量が多いため、分割して投稿する予定になります。
現在原因不明のエラーにより投稿できなくなっています。続きはもう少しお待ちください。
続きが気になって仕方がない。
引き込まれるッス
>>SS好きの名無しさん
感想ありがとうございます。
本日中にもう一度更新いたします。
この作品は、面白いです!
違う視点からの作品ですが、面白いです!