2017-07-03 21:42:15 更新

概要

一定の文字数を投稿するとエラーになることがわかりました。(自分だけかも?)
分割してぼちぼち投下します。

お待たせしました。次からまた新章です。


前書き

前回からの続きです。
読んでいない方は作者の下記リンクからどうぞ。


黒い鎮守府の熱帯夜





 翌日、ウツギは朝食を早めに済ませると、あらかじめ取り寄せていた暁の艤装を装着して集合場所の海上に立っていた。集合時間に余裕があったので、大規模作戦の時から使い続けているスナイパーライフル(レ級に唯一壊されなかった武器だったので、例の痩せた男に返そうとしたが「どうせ使わないからやるよ」と言われて貰ってきた)の手入れをやっていると五分ほどしてから、アザミや摩耶たちも集合場所にやって来る。


「集まったかぁてめぇら!!じゃぁ行くぞォォ!!」


 最後にやって来た天龍が自分の周りに戦艦の艦娘を陣取らせて、相変わらずの怒鳴り声でセレクトEX-1の艦娘たちを引き連れて海を進む。


「わざわざ前線に出んのかあいつ......意外だな」


 ウツギの隣で摩耶がそう発言する。ウツギも後方で指示を出すのかと思っていたので意外に思っていた。すると横に居た摩耶のさらにその隣に居た曙がこんなことを言い始める。


「自分も艦娘だから現場にいるほうが指示しやすいってことじゃないの?」


「あぁ、そう言うこと」


「まったく、少し考えればわかりそうなものだけど?」


「なっ!?お前相変わらず可愛くねぇな!」


 二人を見ながら仲の良さそうなやつらだな、とウツギが思っていると、急に部隊の行進が止まったのでウツギたちアルファ隊の面々もその場で停止する。考え事をしながら海を進んでいたため気づかなかったが、ウツギが前に居る艦娘たち越しに前方を見ると、戦艦の艦娘を引き連れた天龍の後ろに廃墟がある人工島が見える。全員居るかの点呼と隊列変換が終わったあと、例によって天龍が怒鳴り声で説明を始める。


「いいかぁ!!てめえら!!ここからこの廃墟で夜まで待ってからここの近くに溜まってるらしい敵に奇襲をかける!!」


「あのぅ......昨日と話が違いませんか?」


 軽巡の艦娘、由良が昨日の会議と全く違うことを喋り始めた天龍に突っ込みを入れると、天龍のそばにいた戦艦の艦娘にいきなり腹を蹴り飛ばされる。


「あぐぁっ...!?」


「あ゛?黙って聞けよゴミ」


 天龍が鬱陶しそうにそう言って、倒れた由良を何度も蹴りつける。いきなりとんでもないことをしだすやつだ......ウツギが止めに入ろうとしたとき、摩耶が眉間にシワを寄せて割って入る。


「おい、大丈夫か?てめ......んん、指揮官殿、何もここまでする必要はないんじゃないっすかね......」


 間に入った摩耶が、散々蹴られたせいで胃液を吐いている由良の背中をさすりながら天龍を睨み付けてそう言う。すると天龍の近くに居た由良を蹴ったのとはまた違う戦艦がヤツに耳打ちするのがウツギから見えた。


「提督代理、こいつらは一応他の鎮守府の借り物です。あまり痛め付けないほうがいいかと......」


「......今日は機嫌が良いから止めてやる」


 天龍は流石にマズいと思ったのか蹴った由良を放置して、説明を続ける。ここまで噂通りの下衆だといっそ笑えてくるな。ウツギの中でぐんぐん第三の天龍の評価が下がっていたが、そんなことはもちろん知らずに天龍は怒鳴り声で説明を続けていた。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









 日が暮れて、すっかり辺りも暗くなった頃。ウツギは天龍が指定したポイントにアルファ隊のメンバー......にプラスして天龍たちの部隊と一緒になって陣取っていた。ちなみにこの場所は天龍が勝手に拠点にすると提案した場所からかなり敵の陣地に踏み込んだ場所だが、まだ誰も敵の姿を見ていないという不自然かつ異様な雰囲気が漂っていた。 

 こんなところで固まっていて後ろから敵に囲まれでもしたら一大事だな。そう考えながら索敵を行っていたウツギがすぐ後ろに居る天龍に報告する。


「熱源反応、前方に敵が固まっているみたいです」


「ウツギ......先に行って敵を引き付けろ」


「......自分一人で、ですか?」


「当たり前だ......」


 天龍が下品な笑みを浮かべながら、ウツギに命令する。周りにいる戦艦の連中も見下すような笑顔を浮かべており、非常に気味が悪い。その戦艦組の後ろに居た摩耶や他の艦娘たちは何も言えず歯を食い縛っていた。アザミだけは無表情だったが天龍を見る目がどこか冷たい気がする。


「......了解」


「フフフッ......そうだ......そのまま突撃して敵を引き付けろ......」


 ウツギが無表情で艤装の盾を構えてそのまま一人で敵陣に向かって前進する。天龍たちの視界からウツギが見えなくなった頃、天龍とその取り巻きがいっそう下品な笑みを濃くするのを見た曙が突っ込みを入れる。


「すみません、指揮官殿」


「あ?なんだよ」


「流石に彼女一人だけでは陽動すら出来ずにやられてしまいます。せめてもう一人つけるべきでは...」


「ウツギ......危なイ......」


「ふん、ほうっとけ」


「それともうひとつ」


「あぁん?今度はなんだよ」


「ここは敵陣のほぼ真ん中です。後ろも警戒したほうが良いかと...」


「レーダー見たかお前?前にしか反応がねぇんだから前見てりゃいいんだよ」


「っ......了解」


 話にならないと判断した曙が素直に従うふりをて、天龍たちに対して背中を向ける。その時だった。


「ん?」


 何かを察して後ろを見た戦艦の上半身が消し飛ぶ。


「きゃああぁぁぁぁ!?」


「て、敵!?囲まれています!!」


「何だとぉ!?こいつら一体どこから!?」


 天龍たちの後方から凄まじい砲弾の嵐がやってくる。不意打ちだったためか、既に五名ほどの艦娘が再起不能レベルの負傷を負ってしまい、それを見た摩耶が舌打ちをして砲を構えて臨戦態勢に入る。


「チッ、クソが!言わんこっちゃない」


「撤退!撤退だ!!」


 いきなりの敵の攻撃に動揺した天龍がまだ何もしていないのに撤退命令を出す。それを見て、アルファ隊の面子は砲を構えながらあきれ果てていたのだった。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「何も無いな......」


 天龍の命令通りに単身突撃してきたウツギが呟く。レーダーの反応通りならこの辺りは既に一面敵だらけでもおかしくないのだが、どういうわけか蟻一匹見つからないほど廻りは静まり返っている。

 

「ん...?これは......」


 ウツギが目の前に死んでいる重巡級の深海棲艦を見つけた。ふと気になってその死体を触ってみる。ついさっきまでは生きていたのか、ほのかに暖かい。まさか......


「当たり......だな」


 夜の闇で暗い辺りをよく目を凝らして見てみる。予想通り、周囲には駆逐艦から戦艦まで幅広い深海棲艦の死体が転がっていた。しかもどういうわけかどの死体もほのかに暖かい。レーダーはこれを誤認した訳か。そうウツギが判断して戻ろうとした時だった。彼女がもと来た方向から凄まじい爆発音と悲鳴が風にのって聞こえてくる。


「やっぱりか......!」


 ウツギはすぐに来た道を戻ろうとする......が、自分が今駆逐艦の砲しか敵に有効な武器を持っていない事を思い出す。砲撃音の数からして相当の敵が居ることを把握したウツギは、これだけでは弾が足りないかも知れない。そう思い、何か使える物がないかと廻りを見る。


「損傷は無い......使えるか?」


 最初に見つけた重巡リ級が腕に固定していた砲を無理矢理ひっぺがし、ウツギは元々持っていたライフルと砲を背中のハンガーに取り付けると両手にリ級の砲を持ち、砲に付いていたベルトで腕に固定する。意外と軽いな、等と考えながら試しに砲を真上の空に向けて引き金らしきものを引く。普通の艦娘は深海棲艦の艤装は使えないらしいが......大丈夫だろうか。そんなウツギの考えは杞憂に終わり、砲からはしっかりと砲弾が発射された。


「問題ないか......ありがたく使わせて貰おう」


 一応、リ級の死体に礼を言ってから、急いでウツギは味方の居る方へ向かっていった。











 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇










「こ、こいつ速っ...」


「助けてくれっ!!し、死にたくなっ......!?」


 突然後ろから現れたレ級と、レ級率いる敵部隊の不意打ちに、天龍の周りに居た戦艦の艦娘が艤装で防御する前に蹂躙され、訳もわからないうちに吹き飛ばされる。あまりにも役に立たない天龍護衛部隊に、摩耶が毒をはく。


「クッソ、あいつら戦艦だろ!何でこんな弱いんだよ!」


「大方、録に実戦出てなかったんでしょきっと。だから防弾のやり方も知らないし、集中砲火なんて受けるのよ」


「役......立たない......荷物...共...!」


 辛うじて襲撃を察知し攻撃をうまく切り抜けたアルファ隊の面々が弾幕を形成して後退する。そこへ、レ級が一人で摩耶に向かって突進してくる。その顔に楽しそうな笑みを浮かべながら。


「っ...!こっち来んなっての!」


 事前にウツギとアザミから接近戦は危険だと知らされていた摩耶がレ級に向かって対艦用の手榴弾を投げつける。一瞬だけ怯んだ隙を見て、急いで後ろにバックして砲撃を叩き込む。が、摩耶はあまりダメージか通っているようでは無さそうだと感じていた。と言うのも、砲撃の爆炎が晴れたと同時に今度は天龍の方へとレ級が向かっていったのだ。


「指揮官殿、そっち行きやしたぜ!」


「うわっうわぁぁぁ!!来るなぁぁ!!」


 天龍が顔を青くしながら、滅茶苦茶にレ級に向かって砲を乱射する。もうほとんど至近距離と言ってもいいような距離ですら砲撃を外しまくる天龍に摩耶が呆れていると、その時、突如レ級の背中で大爆発がおこる。何事かと振り返ったレ級の目線の先にはスナイパーライフルを構えたウツギが居た。


「はっ、早く始末しろぉぉ!!」


「お前の相手はこっちだ」


 完全に腰を抜かして、尚も当たらない砲撃を繰り返している天龍を無視して、ウツギは片手に盾、もう片手に持っていたライフルを背中に仕舞うとリ級から拝借してきた重巡の大口径砲を構える。ウツギを視界に捉えたレ級が顔面に張り付けた笑顔をよりいっそう濃くして、ウツギに向かって突進してくる。


(攻撃は当たっている......傷も出来ているが消耗している様子がないな......)


 相手に近づかせないようにと、内心焦りながら必死に弾幕を張るウツギの額には冷や汗が浮かんでいた。

 大規模作戦の時の経験をもとに、ウツギは絶対に距離を詰めさせてなるものかと突っ込みながら尻尾のような部位から砲撃を行ってくるレ級から距離を取りながら盾で砲弾を受け流す。

 しばらくすると、何故かレ級が突進を止めてその場に停止するので、不審に思ったウツギもその場に止まる。何時の間にずいぶん遠くまで来てしまったな、などとウツギが考えていると、レ級が話しかけてきた。


「その盾...頑丈だな。とても駆逐艦の装備だとは思えん」


「......喋れたのか」


「失礼なヤツだな、俺を他のやつと一緒にするとは」


 意外と饒舌なやつだな、とウツギが考えながら、持っていた盾をさする。レ級の言う通りウツギが持っている暁の艤装の盾は普通の物ではなく、大規模作戦の時に破壊された青葉の艤装を潰して作った装甲材で補強してある。流石に戦艦級の砲撃を、角度をつけて弾いたとはいえ、何度も無茶をさせてしまったためか装甲の表面が深くえぐれている。


「あの島の時以来だな」


「随分と物覚えが良いみたいだな」


「覚えているさ......俺が初めて吹き飛ばしてやったのがお前なんだから」


「......そうか」


 言うが早いかレ級がまた砲撃を繰り出してくる。また受け流そうとウツギが盾で砲弾を弾くが、流石に限界が来たのか、足した部分の装甲がそのまま吹き飛ばされる。弾の当たった衝撃で仰け反るウツギに向かって、ここぞとばかりにレ級が殴りかかってくる。


「もらったぁぁぁぁ!!」


「......ッ!!」


 レ級の拳がウツギの銅に深く突き刺さる......寸前に素早く背中からスナイパーライフルを取り出したウツギが、引き金を引く。すると例によって大爆発が起き、いきなりの出来事にレ級がたまらず距離を取る。


「ぐっ...!?姑息な手をっ!」


 煙が晴れて、レ級が辺りを見回す。どういうわけかさっきまですぐ近くに居たウツギの姿が消えている。あいついったい何処に行った......そんなレ級の思考はウツギの後を追いかけてきた摩耶達の砲撃によって中断される。


「5対1......流石に分が悪いな......」


 不意打ちまでやったのに全滅するとは......弱い奴等だ、と味方の悪口を言いながらレ級は身を翻し、夜の闇へと消えていった。


「クッソ、逃げたか!曙、他に敵は?」


「さっきのあいつで全部よ。まったく、ひどい目にあったわ」


「ウツギ......遅かったか......畜生、いい奴ばかり早死にしやがって......」


「勝手に殺さないでくれ」


 摩耶が項垂れているところへ、何処からか声が響く。


「へっ?」


「っ......と、また艤装がめちゃくちゃだ......」


 摩耶の近くの水面からウツギが這い出てくる。レ級の攻撃を受けた艤装のシールド部分は激しく損傷しているが、本人は至って元気そうだ。


「えええぇぇ!?お前潜水艦でもないのに潜れるの!?」


「?言わなかったか?戦闘は無理だが潜るだけなら出来るぞ」


「へぇ~ずいぶん便利な体してるのね」


 曙が疲れた顔でそう言ってくる。摩耶やアザミが砲を降ろしているのを見て、作戦が一応終わったことを察したウツギが摩耶に聞く。


「......アルファ隊の艦娘しか居ないが天龍たちはどうしたんだ?」


「あのクソ指揮官ならあっちで腰抜かしてるわよ」


「あぁ。そうそう、あと取り巻きの戦艦連中はみんな爆散したぜ」


 摩耶と曙が疲労の色をいっそう濃くした顔でそう説明する。それを見たウツギはため息をついてから鎮守府に帰投する旨を知らせる無線を入れたのだった。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 数日前に天龍が召集した艦娘を集めて演説を行った、第三鎮守府の屋外集会所。そこに、先日の天龍の作戦ミスにより敵の強襲を受けてなお生き残ったセレクトEX-1の艦娘達が集められていた。何人かの艦娘は体の至るところに包帯が巻かれてある痛々しい姿で、それと合わせて、怪我を負っている負っていないに関係なく、ほとんどの艦娘が、自分達から少し離れたところで項垂れている天龍を睨み付けている。集会所の壇上に登った男 つい二日ほど前に作戦の説明などをやった緒方提督 が全員集まったことを確認したあとマイクのスイッチを入れて喋りだした。


「諸君、作戦は無事......というわけでもないが一応終わった。ご苦労。そして私から言わなければいけないことがある」


「今回の作戦で、指揮系統の最上位に居たのは、君たちも知っているそこの天龍君だ。彼女を」




「現時点をもって提督代理の任を解く」




 緒方の発言に艦娘たちがザワつく。そこに......ウツギの予想通りに元気よく質問する艦娘がいた。あの天龍である。


「閣下!そ、それはどういう......」


「わからないのか?戦艦4、重巡2、軽巡1、駆逐6。今回の君の指揮を受けて散っていった艦娘たちだ。」


 自分の知らないところでおそろしいほどの大損害が起きていたんだな、とウツギが思う。そんなウツギのことなど気にせず 当たり前だが 緒方が続ける。


「この部隊は、各鎮守府から選ばれてやって来た選りすぐりの精鋭を集めて作った部隊だ。そんな戦力として貴重な艦娘を、よりにもよって初陣で、しかも半数に及びかねない数の人員が戦死したんだ。君の率いていた戦艦の艦娘は元々ここの所属だったようだがまあ些細な問題だ。他でもない君の指揮でこれだけの損害が出たのは変わり無いのだからな」


 緒方提督の話を聞いた天龍は歯を食い縛り、拳を握って震える。そんな状態の天龍が緒方へ向かって喋り始める。


「......処罰されるのは......俺だけなんですか」


「なに?」


「こいつらは......とくにこいつらは俺の命令を無視して独断行動をしました!処罰するべきです!」


 天龍が震えた声で喋りながら、ウツギたち、アルファ隊のメンバーが固まっている場所を指差す。天龍の言葉を聞いた緒方はというと、すこし疲れたような顔をして返答した。


「天龍、却下だ」


「え?な、なぜ...... 」


「お前に対する苦情も数えきれないほど寄せられている。お前の指揮能力に対する不信任だ!!」


 緒方が怒鳴りながら続ける。


「そしてお前の命令を聞かなかったと言ったな?聞いたぞ、アルファ隊の彼女たちからな。曰く、お前の命令通りなら部隊は全滅していた。曰く、お前がとても部隊を指揮できるような状態ではなかったから各自自己判断で動いたと!!これだけ言わないと解らないのか!?」


 緒方の発言に天龍は......なんと言うかウツギからは今にも泣きだしてしまいそうな状態になっているように見えた。一通り天龍への説教を終えた緒方が、今度は死亡した艦娘に代わる補充要員の発表を始める。しかしウツギは、これからレ級をどう攻略するか、提督代理を降ろされた天龍はどうなるのか、などという考え事をしていたので緒方の話が耳に入ってこなかった。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「よーーーーッス!!おひさーーウツギ!!」


「うるせーぞツユクサ」


 集会が終わって部屋に戻ろうとしていたアルファ隊の前に、ウツギとアザミのよく知った顔の艦娘が現れる。どうやら補充要員とやらには自分の鎮守府の天龍とツユクサが含まれていたようだ。......どういうわけか天龍はいつもと服装などが色々違うが。


「どうしたんだ天龍、いつもの眼帯と服は?衣替えの季節だったか?」


「お前ってジョークとか言うんだ......ってちげぇよ。ここの天龍の評判がわりぃって聞いたからわざわざこんな格好してんだよ」


 苦笑いしながら、天龍は着崩した白いカーディガンをいじりながらそう返答する。髪もわざわざゴムで後ろに縛ってまとめていて、なんだか|纏《まと》っている雰囲気まで変わっている......ような気がする。という感想をウツギが浮かべていると、隣に居た摩耶がなんともいえない微妙な顔でウツギに質問する。


「えっとさ、この二人ってお前の同僚なの?」


「そうだ。」


「ツユクサッス!仲良くしてくれるとうれしーッス!」


「天龍だ。なんかあんまりここで評判良くない艦娘だから来たくなかったんだけどな」


 ツユクサが相変わらずすっとぼけたハイテンションで、天龍は愚痴に近い自己紹介をする。すると天龍の自己紹介を聞いた摩耶、曙、陽炎、由良がどういうわけか溜め息をつく。なにか問題でもあったのだろうか。そうウツギが考えているとため息をついた四人が摩耶から順に天龍に向かって質問し始めた。


「天龍だよな、本当にお前天龍なんだよな?」


「いや、今言ったじゃん」


「趣味は?」


「えっ?......えっと、料理......とか」


「後輩に威張り散らした回数は?」


「まず威張る後輩が居ないし......」


「質問した相手を蹴飛ばす衝動には駆られますか?」


「いや怖い怖い怖いなにそれ!?」


「「「「いぃよっしゃぁぁぁ!!普通の天龍だぁぁぁぁ!!!」」」」


「えぇ......?」


 とくに何も考えずに自然体で返答した天龍に対して四人が狂喜乱舞する。「そんなにヤバイやつなのかここの天龍って?」と天龍が聞いてきたので、ウツギは「あの無能のせいで死にかけた」と返した。「マジかよ...」と言って頭を抱える天龍を見ながら、正直、躍り狂っている四人の気持ちもわからなくはないな、とウツギは「ヤツ」の顔を思い浮かべながら、自分の部屋へ向かって歩いていった。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「なぁ、俺ついてく必要あんの?」


「なにかあったときにすぐに逃げて他のやつに伝える人間が必要だ」


「へいへい、わかりました」


 すっかり日が暮れて、他の艦娘たちも寝静まっているような時間。ウツギと天龍は「ある艦娘」に会うために、鎮守府から少し離れた海に向かって進んでいた。今二人の手には普段海戦で使う砲や盾の類いではなく、何に使うのか夕食の残りのサラダの入ったタッパーが握られていた。

 目的地についたウツギがその場に停止し、天龍も止まる。停まった場所は、海から岩が二つ突き出ている以外は何もない場所で、天龍はウツギが何のためにこんなところへ、しかも夕食の残り物を詰めたタッパーを持って来たのかがわからず、ウツギに質問する。


「なぁ、ここに何があんだ?」


「会いたい人物が居るんだ。赤いボタン......あった、これか」


 ウツギが岩に埋め込まれていた、あきらかに人工物と思われるスイッチを見つけて何の躊躇いもなく押す。ビー! という何かの警報のようなものが静かな夜の海に響き渡る。そして



 スイッチを押した岩のすぐ下の水面から、ゴボゴボと音を立てて一人の深海棲艦が現れた。




「えっ......ひ、姫級の......」


 天龍は目の前に現れたこの深海棲艦を、艦娘に支給される図鑑で前に見たことがあった。該当する艦は自分の記憶が正しければ......



深海棲艦最強の艦種、「姫級」の「南方棲戦姫」だ



「わあああぁぁぁぁぁぁ!?出たぁぁぁぁぁ!?」


「天龍、大丈夫だ。敵じゃない」


「えっ?」


 初めて見る姫級の威圧感......のようなものを勝手に感じ取って悲鳴を上げる天龍をウツギがなだめる。そうだ、よく考えれば敵とわかってて来るわけがない。なにやってんだ俺......そんな事を考えながら天龍が乱れた呼吸を整える。すると目の前にいる南方棲戦姫が周りを見回してからこちらに話しかけてきた。


「ん~、囮捜査じゃないね。さ、早く貸して」


「は?」


 相手の言っている事が理解できなかった天龍が思わずそう溢す。するとウツギが南方棲戦姫に応対する。


「初めまして、陸奥さん。第五横須賀鎮守府所属のウツギと申します。今日は挨拶に来ました」


「あら、よく見たら一見さん?......あれ?でもなんで陸奥って知ってるの?」


「球磨から聞きました」


「あら~そうなの?いま球磨ちゃん元気?」


「ピンピンしてますよ。多分」


「ええっと......あのさ」


 二人の会話についていけない天龍が割って入る。


「えっと、この......陸奥...さんでいいのかな?何者?」


「球磨の言ってた、深海棲艦化実験の被験者だそうだ」


「そうそう。実験失敗で戦闘能力無くなったんだけどね~」


 けらけらと笑いながら陸奥がさらりと重大な事を言う。やられたことの割にはあんまり悲壮感の無い人だな......と思いながら、続けて天龍は聞きたいことがあったので陸奥とウツギに質問する。


「ウツギ、この持ってきたサラダは?」


「陸奥さんの好物だそうだ」


「え、何、差し入れ?お姉さん嬉しいわぁ~」


「はぁ~。あ、あとここで何してるんすか?」


「あれ、知らないのに来たの?」


 天龍の質問に陸奥が少しだけ間を置いて答える。



「ここは秘密ショップ、チューン工房N。食べ物持ってきてくれた子に、武器の改造をしてあげてるの!」



 はにかみながら、陸奥は得意気にそう答えた。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆







「で、レ級に勝つために何するよ?」


「そりゃ、集中攻撃とか?」


「そんな簡単にうまくいったら楽なんですけどね......」


 ウツギが陸奥に暁の艤装の改造を頼んだ翌日。第五鎮守府所属の艦娘とアルファ隊の艦娘、合わせて8人が、第三鎮守府の艤装保管室に集まって無駄話に時間を費やしていた。というのも、例の作戦による被害により多くの艦娘が負傷したせいで、艦娘の治療用入渠ドックが順番待ち状態、艤装の修理も人員不足で追い付いていない状態であり、セレクトEX-1の艦娘は全員待機を命じられたため、ウツギたちは暇をもて余していたのである。もっともウツギは一人だけ作業中であったが。


「ウツギ、それって使い心地とかどうなんだ?」


「意外と悪くなかった。流石に拾ったままだと少しマズいからこんなことをやってるわけだがな」


 黙々と作業をこなしていたウツギに天龍が聞いてくる。ウツギは回収してきたリ級の艤装にペンキで色を塗っていた。なんでそんなことをしているのかと問われれば、簡単な話で、「これをそのまま使っていれば下手をすれば味方から敵と誤認されるから」だ。

 ウツギは割り当てられた自室に置いてあった戦闘機の雑誌に載っていたスプリッター迷彩の写真のページを開き、それを見ながら元は真っ黒だった艤装の装甲部分を白系統の塗料で塗りつぶす。やっと全面的に白一色で塗り終わったので、塗料が乾いたあとに模様を入れようとウツギが装備を壁にたてかけたとき、がちゃり、という音が響き、一人の艦娘が扉を開けて部屋に入ってきた。


「あのぅ、ここにまだ艤装の修理が終わってない人が居るって聞いたんですけど......」


 入ってきた艦娘の姿を見て、陽炎、由良、曙が少しだけ驚いた顔をする。というのもこの艦娘、深海棲艦じみた肌の色に、ばかでかい手袋(?)をつけた普通の艦娘からすれば妙ちくりんな格好をしていたからだ。......もっともウツギやツユクサという前例が居たせいか皆あまり驚かなかったが。

 ウツギは記憶を遡って前にいる艦娘の名前を思い出す。

 球磨の話に聞いた......夕張...だったか?とりあえずこいつで三人全員と顔を合わせたことになるな、と思っていると曙が夕張に話しかける。


「予定だと今日は六人ぐらい先客が居るって聞いたんだけど、もう終わったの?修理」


「あ、いえ、昨日整備班が増員されたんで、少し余裕が出来たんですよ」


 夕張がでかい両手を自分の前で絡めてもじもじしながら説明する。そのでかい手で艤装の整備と修理なんてできるのだろうか、とウツギが考えていると曙が続ける。


「へぇ......わかったわ。あと、アンタ名前は」


「あ、えぇと......軽巡ツ級といいます」


「ふ~ん。ねぇ聞きたいんだけど、ここの鎮守府ってなんで深海棲艦が働いてるのかしら?」


「っ......!えーと、えーと......ぼ、亡命してきたんですよ!......ちょっと向こうで虐められてるのに嫌気がさしたっていうか......」

 

 夕張......ツ級が曙の質問に対しておどおどしながらぎこちない返答をする。どうやら彼女や春雨は表向きはこちらに寝返ってきた深海棲艦ということになっているらしい。......と言っても既に事情を知っているウツギ、アザミ、ツユクサ、天龍はともかく、あまりにもツ級がまごまごして発言したものだから「亡命してきた」というせっかくの建前が摩耶たちにとって怪しさ満点であったが。

 返事を聞いて何かを察したのか、曙が「そう。変わった奴ね、アンタ」と言ってそこからはツ級を深く問い詰めずに自分の艤装を渡す。曙の中破した艤装を受け取ったツ級は「自分に任せてください。前よりも最高の状態にしてあげますよ!」と言って、部屋を出ていった。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇










「ん~このクレープ誰が作ったの?」


「自分だ。マズかったか?」


「いや逆逆、いままで食べたことないぐらいおいしいからちょっと感動しちゃった」


 前日と同じような深夜帯、ウツギと天龍は例の岩場で陸奥に会っていた。用件はもちろん改造する暁の艤装を渡しに来たのだ。渡された艤装を手にとって眺めながら、陸奥がウツギに聞く。


「で、どうしてほしい?火力を上げるとか、砲撃の連射ができるようにするとか。私に任せるっていうのもあるけど」


「あなたに任せる、を選ぶよ」


 ウツギの返事を聞いた陸奥が少し驚いた顔をして、聞き返してくる。


「任せるって......別にいいけど、本当に大丈夫?自分で決めたほうがいいんじゃないの?」


「いや、自分は艤装のことなんてなにもわからないから......任せたほうが良いかなっ...て」


「ふーん。わかった、明日までには仕上げてあげる。あ、あとさ、二人とも夕張ちゃんにはもう会った?」


「あの、すごく手のでかい軽巡のことか?」


 陸奥の質問に疑問形で天龍が返すと「そうそう、その子」と言って陸奥が続ける。


「もし、もしもだけど、改造した艤装が気に入らなかったら夕張ちゃんにも相談してみて。あの子なら多分あなたにピッタリの艤装に調整してくれるかもしれないから」


「随分信頼してるんだな。夕張のことを」


「そりゃ、もちろん。結構仲良かったからね~。二人仲良く戦えなくなってから、必死に整備の勉強して、みんなの役に立たなきゃっ、て頑張ったし」


 陸奥がどこか寂しそうな表情でそう言う。元は戦艦と軽巡の艦娘なのに艤装について精通していたのはそれが原因か、とウツギが考えていると隣の天龍の体が震えているのに気づく。なんだ?と思って顔を見ると、目元には涙が浮かんでいる。


「どうしたんだ、天龍?」


「いや......さ。こんないい人を酷い目に逢わせたアイツが許せねぇって思って......」


「えぇ~?心配してくれるなんてお姉さん嬉しくて笑顔になっちゃうゾ♪」


 泣きそうになっている天龍を茶化すように陸奥が言って、更に続ける。


「確かに今まであっちの天龍には酷い目に逢わされた......けどね、一つだけ感謝してることもあるの」


「アイツに感謝してることだと?」


 ウツギは陸奥の言うことの意味がわからないと思い首をかしげる。そんなウツギを笑いながら、陸奥が一呼吸置いて理由を喋り始めた。


「だって......さ」





「この姿になって......この場所に居るようになったから......だから貴女たちと会えて、こうやって楽しくお喋りできる運命に巡り会えた。そう考えるとほら、少しだけ嬉しくなるのよ。わかる?」

 




 言い終わった陸奥は、いつかの春雨が見せたような屈託のない笑顔を、その顔に浮かべていた。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









 翌朝、ウツギは目が覚めて素早く着替えを終えると、艤装保管室に向かった。例のリ級の艤装に施す塗装作業が終わっていなかったので、今日中に終わらせようと考えていたのだ。パックの栄養ゼリーを飲みながら廊下を歩いていると、ウツギがなんとなく窓から外を見る。すると妙に外に集まっている艦娘が多いことに気づく。あの場所は...ヘリポートがあった所か。何かあったのか、とウツギが思い、気になっていると、ちょうどよく外に出るところだった陽炎を見つけたので声をかける。


「こんなに大勢集まって、何が始まるんだ?」


「え?あぁウツギか。って私に聞かないでよ、ただなんか賑やかだから混ざろうかな~って......」


 質問したが陽炎も何の集まりなのかは知らなかったようで、ウツギから目をそらしてそう答える。すると数分後、バラバラバラ......という独特なローターの回転駆動音を響かせて一機のヘリコプターがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。アレは......大規模作戦の時に自分が乗ったのと同じやつか。艦娘たちが群がっているヘリポートに着陸しようとしている大型の輸送ヘリを見て、ウツギがそんなことを思い出す。どんなやつが何の用事で来たのだろうか。そうウツギが考えているとヘリコプターのドアが開き、自分の知っている艦娘が出てきた。秋津洲だ。

 また知り合いか......等とウツギが思っていると、辺りをキョロキョロ見回していた秋津洲がこちらに気づいて、歩いて寄ってくる。


「やっほーウツギちゃん!お久し振りかも!」


「......?自分に用があるのか?」


 いきなり自分のほうへ歩いてきた秋津洲にウツギが聞くと「ふっふっふ~......用事があるのは秋津洲じゃなくてあっちの人かも!」とヘリコプターを指差す。他にも乗っていた人間が居るのか、とウツギが秋津洲の指差す方向を見る。するとヘリコプターから出てきたもう一人の人物は、これまた自分のよく知る人間だった。


「久しぶりだな、ウツギ。元気か?」


「なっ......ワタリ!?なんでここに...?」


 輸送ヘリから出てきたのは、自分たちリサイクル艦を建造した男。|渡《わたり》 |徹《とおる》だった。彼との久しぶりの再会にウツギは驚くと同時に疑問に思う。何故なら彼は軍人ではなく、研究所勤務の学者である。本来ならこんな軍事施設には来ないような人間なのだ。そんなウツギの疑問に渡が答える。


「いやぁなぁに。ちょっとウチの研究所で作ったロールアウト寸前の艦娘用の装備があるんだがね......ウツギがレ級に苦戦してるって聞いたんでこれ持って飛んできたんだ」


 秋津洲と渡がニヤニヤしながら、ヘリコプターから積み荷を降ろし、中身を取り出す。



「艦娘の艤装を半自動制御にする「サブコンピューター」だ。うまく使ってくれ。頑張れよ。」







 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






「こちらアルファ、E07、クリア」


『ブラボー了解、こっちもすぐに終わります』


『こちらチャーリー。敵が多い、支援してくれ』


『デルタぁ、チャーリーの援護に向かうッス!』


 どこまでも青空が広がる快晴の日の昼過ぎ。今、セレクトEX-1の艦娘たちは作戦行動の真っ只中だった。作戦の内容は至って簡単、「レ級が潜伏していると思われる海域の敵をしらみつぶしに殲滅して目標をあぶり出す」と言うものだ。

 前の大損害から、アルファ隊の中で一番レ級との交戦経験があるから、という理由で旗艦に任命されたウツギが敵艦隊の撃破報告を他の分隊へ済ませると、後ろに居た陽炎が声をかけてきた。ちなみに部隊メンバーは前と据え置きで、補充要員のツユクサと天龍はデルタ隊の方へと出張っている。


「で、どうなのソレ?使い心地は」


「良好だ。今のところはな」


 白と青のツートン迷彩柄の深海棲艦の艤装を指差して言ってきた陽炎にウツギが返答する。なかなか便利な物を貰ったな。ウツギが自身の持っていた砲に取り付けてある白い箱のような物を見ながらそんな事を考えていた。

 艤装後付け式・補助制御CPUシステム。別称、サブコンピューターと呼ばれる渡から渡された改造パーツだ。艦娘の装備する艤装の制御システムに強引にハッキング、CPUにあらかじめ設定しておいた部位を自動制御にする。ウツギが渡がいっていたパーツの説明を思い出していると、CPUのアナウンスが鳴る。


『熱源反応を感知しました。メインシステム、戦闘モード起動します』


「敵だ......構えろ」


「へ~い、りょーかい」


 アナウンスとレーダーの反応を見たウツギが摩耶や他の部隊員に命令して編隊を組みながら砲撃戦の用意をする。敵が視認できる距離まで来た頃、また続けてアナウンスが入る。


『敵艦隊スキャン開始...完了。戦艦1、軽巡3、駆逐2』


 またハズレか......スキャン結果を聞いてウツギが心の中で悪態をつく。すでに三回ほど敵の小規模艦隊と戦闘を行い殲滅しているが、まだレ級は出てこない。しかし敵には変わりないのでウツギは砲を構えて敵戦艦に、他の艦娘も思い思いに標的に設定した相手に砲撃を行う。


「よーく狙って......」


「ったく、ちょこまかと!」


 じりじりと敵とアルファ隊の距離が近づき、既にこちらの攻撃で相手の駆逐を二匹沈めたとき、またウツギの艤装に取り付けたCPUがアナウンスを発する。


『射程距離に入りました。副砲、発射します』


「頼んだ...」


 ウツギの持っていた副砲から自動制御で砲弾が発射される。流石はコンピューター制御と言ったところか、まだ練度の低いウツギには到底不可能な凄まじい精度の射撃が相手に当たる。ほどなくして敵艦隊が全滅すると、またウツギが味方に無線を入れる。


「こちらアルファ、N14クリア。依然として目標は現れず」


『ブラボー了解、弾が切れたので退却します』


『こちらチャーリー、デルタと合同で敵と交戦中。出来ればそっちも来てくれるとありがたい』


『デルタ、チャーリーに同じッスぅ!』


「了解。そこから遠いが援護に向かう」


 味方からの救援要請を受託してウツギが無線を切ると、ウツギに向けて摩耶が口を開く。


「あ~あ。もう一時間もウロウロしてんのに出てこねぇとかさ、もうここにレ級なんて居ねぇんじゃねぇの?」


「かも、な。それよりチャーリーが敵の軍勢とやりあっているらしい。行くぞ」


 味方を助けに向かうため、ウツギが部隊員の艦娘を先導しようとした時。


 ふと何処からか翔んできた砲弾が曙に直撃する。


「っうあぁぁ!!?何よ!?」


「っ......!?何処からだ?」


 ウツギが辺りを見回すと、水平線に小さな黒い点を見つける。まさか......とウツギが思ったとき自分の艤装から発される無機質な機械音声が海に響き渡った。



『高熱源反応を感知、識別...可能、該当データ、戦艦レ級です』



 いつもいつも面倒なときに出てくるヤツだ......ウツギはレーダーに映る高速でこちらに接近する敵反応を見て愚痴を言いそうになる。大破した曙は由良と陽炎の二人を付けて撤退させたため今のアルファ隊はウツギ、アザミ、摩耶の三人である。


「あの距離で当ててくんのかよ......化け物が......」

 

「摩耶、気を抜くなよ。あいつは普通じゃない」


「......強さ......関......無い......殺ス......」


 近づいてくるレ級に備えて三人が砲を構える......が、しかしレ級は何を考えているのか、近づいてくるばかりでさっきから一発も撃ってこない。なんだ......何が目的だ?とウツギが思っていると、もうレ級とわかるほど相手が自分達の近くまで来る。そちらが撃たないのなら、とウツギたちが砲を撃とうとしたとき、レ級が話しかけてきた。


「紛い物の艦娘!三度目だな!」


「......無駄話に付き合うほど自分達は暇じゃない」


「そうか、三度目までは俺も想定済みだ。だが四度目は無いと思え!」


「どうかな...摩耶っ!」


「っ当たれえぇぇぇ!!」


 30mほどの距離でウツギに話しかけて来たレ級に不意打ちを狙って、摩耶が砲撃をお見舞いする。直撃コースだ、ただでは済むまい。そう摩耶が確信していると、爆風が晴れて出てきたのは、レインコートの右袖が無くなっているもののほとんど無傷で......いつもの通り楽しそうな笑みを浮かべているレ級だった。


「おいおい、セコンドの乱入は反則だろう?次はこっちだ!」


「ったく相変わらず硬ぇ野郎だ!!」


 レ級の砲撃が引き金となり3対1の砲撃戦が始まる。

 まずウツギが接近させないように副砲、主砲合わせて四門の砲で弾幕を張り、ウツギの左右に構えた摩耶とアザミで攻めあぐねたレ級を狙い撃ちする。前二回より今はかなりこちらに有利な条件だ、いけるか?そんなウツギの考えは砲撃戦が始まって五分ほどたったころ、少しずつ崩れていった。

 なぜなら今日のレ級は前にやってきた「積極的な接近」をやらずひたすら引き撃ちに専念してきたのである。しかし予定と大きく違う動きにも関わらず正確に相手の砲撃をかわしながら反撃して、自分を支援する摩耶とアザミに、流石、自分とは違うな。とウツギが感心する。

 だがウツギは焦っていた。このままジリジリと持久戦に持ち込まれれば、こちらが弾切れの可能性が出てくる。運良く相手も弾切れだとしてもそんなことは関係ない。まず間違いなくあの殺人パンチが飛んでくるからだ。どうすべきか......ウツギが次の手を考えていると無線が入る。


『こちらチャーリー!アルファ、こちらに来れそうか?』


「レ級と交戦中だ。後にしてくれ」


『レ級!?そこにいっ......』


 戦闘に集中するためにウツギが途中で無線を切ったその時だった。


「ウツギ!危ねぇっ!!」


「何っ!?」


 摩耶の言葉にとっさにウツギが砲を盾替わりにして身を守る。するとウツギが左手に持っていた砲が腕に固定するためのベルト部分を除いて吹き飛んだ。なんて威力だ......これを曙は食らったのか......ウツギはレ級の砲撃の威力に戦慄しながら、しかしすぐに思考を切り替えて背中に背負う暁の艤装に取り付けていた盾付きの連装砲を持つ。

 さて、陸奥はどういう改造を施したのだろうか。ウツギが取り出した砲を持ってこれを改造した人物の顔を頭に浮かべながら引き金を引く。ズガガッ! という音が響き砲から砲弾が三連射される。


(三点バーストか、なるほど。しかし反動が大きいな。) 


 もう数分ほど砲を連射しっぱなしのせいで痺れる手に顔をしかめながら、ウツギが体にムチをうちだましだまし砲撃戦に参加する。隣に居る摩耶とアザミの顔にも汗が浮かんでおり、特に摩耶はかなり苦しそうな顔をしている。ウツギが右手に持っていた砲の弾が切れたため予備弾倉から弾を補充しようとしたとき、いきなり摩耶がレ級に向かって突撃し始めた。


「クソがっ!至近弾で沈めてやる!!」


「摩耶!駄目だ、すぐに戻れ!!」


 摩耶が一人だけ突進し始めると、引き撃ちを続けていたレ級が一転してニヤニヤしながら摩耶に向かって進んでくる。こんな事をされたら摩耶に当たってしまうかもしれないから撃てないな......、フレンドリーファイアを起こしてしまう危険があるためとウツギとアザミが砲撃を一旦中止する。


「でえぇぇい!!」


「......っ♪」


 どんどん距離が詰まってくるレ級に何度も摩耶が砲弾を当てる。しかし......摩耶に表現させれば、薄気味悪いことに、何発も砲弾を当てられて体のあちこちから血を流すレ級の狂気的な笑顔が段々と濃くなっているような気がした。しかも何故かレ級はこっちに向かってくるようになってから砲撃をやめてノーガードで突っ込んでくる。


(気持ちの悪い野郎が......!)


 摩耶が心のなかで愚痴を言ったとき、もう目の前といってもいいぐらいの距離まで近づいてきたレ級が自分に向かって殴りかかってくる。ウツギは駄目だと言っていた、でもこれを避けて後ろに回り込めれば!そう考えた摩耶が風をきる音を出しながら繰り出されたレ級の拳を体を捻って避ける。


(ここだっ!!このまま後ろに......!)


 全体重を掛けて殴りかかってきたレ級が、自分のパンチが不発に終わり、そのまま前のめりによろける。すかさずレ級の後ろに摩耶が回り込んで至近距離で砲撃を当てる。


 はずだった。


 「レ級が自分の前に居ない」。おかしい。自分はいま確かにあいつの攻撃を避けてそのまま後ろに回り込んだ。おかしい。あいつはどこに行った。摩耶の頭の中で警報が鳴り響く。駄目だ、すぐに体を翻してあいつを探さないと。




 瞬間、摩耶は背中からレ級の砲撃の直撃を受けてウツギたちのほうへ吹き飛ばされた。




「あっ......がっ......」


「摩耶!!大丈夫か?」


 吹き飛ばされたきた摩耶を、とても自分で動けるような状態ではないと判断したウツギが担ぐ。

 摩耶がレ級の後ろに回り込もうとしたとき、レ級が足で水面を蹴って、回り込もうとした摩耶の更に後ろに回り、そしてそのまま背中を見せた摩耶に背中のリュックサックのようなものから取り出した魚雷を叩きつけて吹き飛ばした。摩耶は自分がなにをされたかまったく解っていなかったが、ウツギはそうやってレ級に吹き飛ばされた摩耶を後ろから見ていた。


「ごめん......ウツギ...」


「心配するな。すぐに撤退する」


「そう簡単に逃がすと思っているのか?おめでたいな」


 逃げよう、と言ったウツギにレ級が傷だらけの体で......しかし相変わらずの笑顔で言ってくる。二対一、しかも自分は怪我人を背負った状態......そして相手は手練れの艦娘をいとも簡単に重傷まで追い込めるレ級。逃げ切れるか...?そうウツギが思ったときだった。


 ウツギとアザミの後方から、レ級に向かって砲撃が飛んでくる。誰だ、他の分隊の艦娘か?後ろを向いたウツギの目に入ったのは



「こちらパープルフィアー、援護しまス」



 あの、足がない艦娘《春雨》だった。




「なんだお前は......またお前も紛い物か?」


「紛い物?どういう意味でしょうカ?」


「お前も深海棲艦もどきかと聞いているんだ」


「もどき......違いますヨ。私は深海棲艦でス。今は......ネ」


 言い切ったな......こいつ。自分から艦娘じゃないなんて言うとはな。

 ウツギが気絶した摩耶を背中に抱えて、自分達を助けに来た艦娘......彼女曰く深海棲艦の、今目の前でレ級と喋っている春雨を見ながらそんなことを考える。春雨の返答を聞いたレ級が続ける。


「ふん、艦娘の味方をする深海棲艦だと?ふざけたやつめ!」


「どうとでも言ってくださイ」


「まあいい、後ろの紛い物ごと片付けてやる!!」


 そう言うと、レ級が春雨に向かって砲撃を行う。

 普通に考えれば春雨は駆逐艦、戦艦の砲撃などまともに当たれば一発でも致命傷になる。攻撃をかわしながら、一体どんな戦い方をするのだろうか。そう思いながら少しウツギが春雨たちから距離をとって砲撃戦の様子を見守る。

 すると春雨はその場から動かず、ただじっと自分に向けて撃たれた砲弾を眺めていた。一体何をやっているんだ、死にに来たのか!?ウツギが思ったときには春雨の姿は砲弾の爆風の中に消えた。


「っ......?なんだこいつは?」


 あまりにあっけなく砲撃戦(と呼べるのかはあやしいが)が終わったことに、レ級がそう溢す。この言葉にはウツギも同意見で、こいつはいったい何をしに来たんだ......と思った時だった。爆風が晴れて



 中から満面の笑みを浮かべた春雨が出てくる。




「うっ......ふっ......あハッ」


「あはははハハははハハハ!」


「ひャアアアあああッはっハッはっハハハヒヒヒはハハはは♪」




「ッ!?......何がおかしい!!」


 煙が晴れてから、いきなり狂ったように春雨が笑いだす。するとそれを見たレ級は、いままでウツギが見たことがないような少し焦った表情を見せると、砲を春雨に向けて何度も発射する。


「気でも狂ったのか、この生ゴミめ!!」


 連続して三発ほどレ級が春雨に砲撃を当てる。しかし、また煙が晴れたときの春雨は至って元気そうに笑顔を浮かべている。 もっともその笑顔は口角を不自然につり上げた不気味なものだったが。

 なんでだ。なんでこいつはピンピンしているんだ。今まで俺の砲撃を受けて大丈夫だったやつなんて見たことがない。レ級は内心動揺しながら、しかしまた懲りずに春雨に砲弾をお見舞いする。


「っこれで!!」


「っ!!」


 四発目、最初の砲撃から数えれば五発目の砲弾が春雨に当たる。

 

 ごしゃり、と鈍い音が辺りに響く。

 

 砲弾は爆発せずにそのまま春雨の顔面に当たり、そして春雨は砲弾が当たった頭を上に向けて、だらりと両手を後ろに垂らし、胴の部分は簡単にいうとイナバウアーに近い体制で仰け反り、しかも少し水に体が沈み混んでいるようにも見える。まさか......死んだのか?ウツギがそう思っていると、レ級が口を開く。


「......ははっ、なんだ、もう死んだか!つまらんや.........」


「キひっ......♪」


「なっ!?」


 バカな、ありえない。こんなに打たれ強い奴が居るわけがない。レ級は困惑していた。

 いままで戦ってきたやつらにここまで体が頑丈なやつがいたか?いや、居ない。そもそも自分の砲撃をまともに受けて大丈夫だなんて深海棲艦の姫級ぐらいしか......「姫級」?まさか......!!

 レ級が動揺していると、春雨が形容しがたい不気味な笑顔を浮かべて喋り始める。既に辺りは日が傾き、少し薄暗く、そんな景色の中で春雨の紫色の瞳が妖しく光る。



「アァ......痛|ヰ《い》ナァ......トッても......♪」



「痛イ......きヒッ......うットりシチゃウ♪」



「モット......遊ボう......ヨ......?」



「っ!!ひっ.........!?」


 瞬間、レ級の背筋に悪寒が走る。なんだ......この感覚は......、体の震えが止まらない......?レ級は生まれて初めて感じる「恐怖」という感覚に驚き、震えながら思わず春雨から距離を取ろうと後退りする。春雨は、後ろに仰け反った体をゆっくりと前に持ってきて続ける。



「......なンデ......逃ゲるノ......?」



「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ!!ふうぅっ!!」



「ア......ハッ......♪」



「焦ッテるノ?......カワヰイ♪」



「モシ......カしテ.........」










       怖   イ?










「アはッ......♪怖イ......?僕ハ......淋しヰ......」



「淋シい淋シイ淋シイ淋シイ淋シイ淋シイ淋しイ淋シイ淋シイ淋シヰ淋シイ淋シイ淋シヰ淋シイ淋シイ淋しヰ淋シい淋シイ淋シい淋シイ淋シイ淋シイ淋シイ淋シイ淋しイ淋シイ淋シイ淋シヰ淋シイ淋シイ淋シヰ淋シイ淋シイ淋しヰ淋シい淋シイ淋シイ淋シイ淋シイ淋シイ淋しイ淋シイ淋シイ淋シヰ淋シイ淋シイ淋シヰ淋シイ淋シイ淋しヰ淋シイ淋シイ淋シイ淋シイ淋しイ淋シイ淋シイ淋シヰ淋シイ淋シイ淋シヰ淋シイ淋シイ淋しヰ淋シイ淋シイ淋シヰ淋シイよウ~♪」





「ダカら......モっト......遊ぼウ......?」





「うっ......死ねえええええ!!」


 春雨の言葉でパニックに陥ったレ級が砲を撃とうとする......が、砲弾が発射されない。ウツギたちと持久戦を行ったことが起因しての弾切れだ。


「何......で...弾が出ない!!??」


 もう発狂寸前まで精神的に追い詰められたレ級が泣きそうな顔でそう言う。いつものレ級なら、砲弾が切れたら、ここですかさず相手に近づいて得意の肉弾戦に持ち込んだだろう。しかし既に思考回路が「恐怖」と「危険」という単語に満たされた彼女は、それをせず、身を翻してその場からの逃走を敢行した。



「逃ゲル......ツまんナイ......くヒッ......♪」



「クソックソックソッ!!殺してやる!!殺してやるからな!!!!」



 そう捨て台詞を吐いて、レ級は夕闇の水平線に向かって、自分が出せるありったけの全速力で逃げていった。





「......ふうぅ~、やりましタ!......あっ、はじめまして、駆逐棲姫と申しまス!」


 レ級が逃げたあと、春雨がウツギとアザミの方に体の向きを変えるとVサインをしながらそう言ってきた。


「何だったんだ......今のは......」


「エ?」


「さっきまでと随分雰囲気が違うじゃないか」


 ウツギが......内心びくびくしながら春雨に聞く。正直なところ、ウツギも目の前でレ級を追い払ったこの艦娘が怖いと思っていたのだ。隣にいたアザミも表情にこそ出ていないが顔に汗が浮かんでいるのがウツギから見えた。彼女も怖かったのだろう。


「えーと、言ってることがよくわかりませン」


「さっきの不気味なしゃべり方について聞いているんだ」


「あ~アレですカ。ただのハッタリですヨ」


 にんまりと、春雨が先程のまるで何を考えているか知れない不気味な笑顔とは正反対の可愛らしい笑顔でそう返答する。もっともついさっきの様子を見たウツギにはこの笑顔も表情通りには受け取れなかったが。

 あのレ級が恐怖でまともに考え事すらできなくなったアレが演技だと......?ウツギが驚く。はたから見ればどこからどう見ても理性のタガが外れた狂人の言動そのものだったからだ。......そして気になった事がまだあったのでウツギが春雨に質問する。


「どうして芝居うってまであいつを追い払ったんだ?そのまま攻撃すれば倒せただろう?」


「あぁ、えート......恥ずかしいんですけど、私体が頑丈なだけで、強くはないんでス......だから倒せないんだったら追い払うしかないなぁ~なんテ......」


 春雨がにっこり笑ってそう返す。ウツギは、一先ず自分達は助かったな、と溜め息をついた後、他の分隊の旗艦に無線で、帰投する旨を伝えた。







 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








「お帰りッスぅウツギ!あれ、誰それ?」


「挨拶は後だ。摩耶が怪我をしてるんだ、ツユクサ、頼む」


「え、ちょっ、とと、入渠させてあげればいいんスか?」


「そうだ。頼めるか?」


「まぁかされたッスぅ!!」


 すっかり日が暮れた頃に、摩耶を背負ったウツギ、アザミ、そして春雨......駆逐棲姫が鎮守府に帰艦する。少し疲れすぎたな......自分も入渠させてもらうか、とウツギも入渠ドックに向かおうとしたとき、もともと第三鎮守府に居た駆逐艦の艦娘たちがウツギとアザミのところに群がってくる。


「ウツギさんお帰りなさいなのです!!」


「アザミさんご飯作ってよ~」


「駄目だよ!アザミさんは先に僕がご飯作ってっていったんだから!」


「はわわ、喧嘩は駄目なのです!!」


「そうよ、先にウツギさんが私にクレープ作ってくれるって言ってたんだから!」


「わ、わかった、すぐに食堂に行くから、群がるな」


「邪魔......苦しイ......」


 飯は作ってやるから食堂で待っててくれ、とウツギが言うと「はーい!」と声をハモらせて、駆逐艦の艦娘たちがぞろぞろと出撃待機所から出ていく。その様子を見ていた天龍が二人を茶化すようにこう言ってきた。


「ずいぶん人気者じゃんお前ら。何やったんだよ?」


「ここの食堂が得体の知れない肉の缶詰めしかあいつらに飯を与えてなかったから、前にアザミと勝手にキッチンを借りて料理を振る舞ったんだ。そしたらこのザマさ」


「ご飯......大事......元気......無くなる......一大事......」


 「そいつぁ災難だったなぁ」と言って天龍がにんまり笑う。「笑い事じゃない、今じゃ給仕係もどきだ」と、ウツギが天龍を睨みながら言うが、しかし「へいへいそりゃあ大変でしたね~」と言って天龍はどこかに行ってしまった。

 休めるのはまだまだ先になりそうだな......ウツギは艤装を降ろすと、アザミと一緒に溜め息をつきながら食堂へ向かった。





 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 レ級との三度目の戦闘から三日ほどたった日の昼頃。セレクトEX-1の艦娘たちは、また次の作戦の決行まで待機を命じられていた。

 他の艦娘たちが今日から三日後に設定されたレ級討伐作戦に備えて訓練などに打ち込んでいる頃、ウツギは港の堤防に座り、ぼうっとしながら海を眺めていた。


「............」


「何やってんだ?ウツギ」


「......?......摩耶か」


 死人のような目をしながら、ウツギが振り返って声をかけてきた人物を確認すると、また海の方に向き直る。すると摩耶はウツギの隣に座ると、ウツギと同じように海を眺めながら口を開いた。


「なぁ、どうしたんだよ?そんな精気の抜けきったような顔して」


「一人にしてくれ......私は自分に自信がなくなった」


 摩耶の質問に掠れた声でウツギがそう返事をする。何やらただ事じゃないな、と思った摩耶が、しつこく食い下がる。


「元気ねぇなぁ、一体何があったんだよ?」


「......自分は弱いな、と思ったんだ」


「は?」


 ウツギの返答に摩耶が面食らう。海を眺めながら、ぽかんとした顔の摩耶を無視してウツギが続ける。


「レ級と戦ったとき......アザミと摩耶は、うまくいけばあいつを倒せるぐらい追い詰めていたじゃないか。」


「でも自分は......一回目は不意打ちでやられて、二回目は防戦一方、そして前はただがむしゃらに撃ってただけで、何もできなかった。」


「今だってそうだ。ワタリに貰ったCPUが無ければ満足に敵に砲撃を当てることすら出来ない。」


「雑魚なんだ、自分は。所詮はリサイクル品だ。摩耶たちみたいな強いやつと並んで戦うなんて無理だったんだ......。」


「逃げようとした時だって、駆逐棲姫が来なければ、自分なんて簡単にレ級に殺されていた。忘れられない......この敗北感......」


「なんだよ、心配して損したわ。元気じゃねぇか」


「何?」


 摩耶の言葉の意味が理解できなかったウツギが横を向いて摩耶の顔を見る。摩耶は横を向いたウツギの顔を見て、微笑みながら続ける。


「いつもそんなにしゃべんねぇじゃんか、お前。そんなにべらべら口が動くんならまだ元気な証拠だ」


「......全然元気なんかじゃ」


「それに」


 摩耶が喋ろうとしたウツギの言葉を|遮《さえぎ》って続ける。


「だれもお前さんを弱いなんて思っちゃいねぇよ。むしろアタシは何度も助けられたし」


「そんな...ただの偶然さ」


 どうにか摩耶がウツギを励まそうと話しかけるが、ウツギはまともに取り合おうとしない。さすがに少し頭にきた摩耶が少し声を荒げて、ウツギに言う。


「だあ~っもう、なんでそんな卑屈になってんだぁ?もっとドンと構えろよ!?」


「さっきも言っただろ。ほっといてくれ」


「ぐうぅっ......。あっそうだ!!」


 急に何かを思い付いた摩耶がウツギの腕を掴んで強引に立ち上がらせる。そしてそのまま嫌がる彼女を何処かへ連れていこうとする。


「な、なんだ、何をする気だ」


「黙ってろっての。どーせ暇なんだろ?ちょっと気分転換させてやろうかなって」










 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「油温、110まで上昇。ブースト圧、1.5。次は?」


『オッケー、そのまま続けて』


「わかった。このまま行くぞ」


 同日の昼頃。ウツギは、もう何度も使用して使い慣れている暁の艤装に、大量の計測メーターと新型のエンジンを載せて、鎮守府近海をクルーズしていた。

 「今デルタ隊に居る艦娘、「島風」用の彼女自身が発注した新装備のテスト。それの手伝いをやってくれる艦娘をツ級が探していたから付き合ってやれ。」ウツギを無理矢理引っ張ってきた摩耶の言っていた「気分転換」の内容である。


「油温、尚も上昇中。もう少しで130だ」


『は~い、じゃ、ラジエーターのスイッチ入れてクーリング航行に入って』


「了解した......。油温90、ブースト0.3まで下がったぞ」


『わかった......はい、好きな速度で行って!』


「承知したッ......!!?」


 ツ級に好きな速度で行け、と言われたウツギが全速力で海を駆ける。一瞬、圧倒的な加速で後ろに仰け反りそうになった体を前に倒して、全身にかかる風とGに抵抗する。

 三分ほど全開航行をやって、油温計の数字が上昇し始めるのを確認したウツギがまた航行速度を落とす。そして、何となくウツギが無線機越しにツ級に声をかける。


「......ツ級、聞こえるか」


『え?何かあったの、ウツギちゃん?』


「......スゴいな......お前たちは。こんなに凄い物を作れるなんて。自分にはとても真似できない」


『それは違うよ、ウツギちゃん。』


 ツ級を褒めたウツギにきっぱりと、ツ級......夕張が言い返す。


『どんなに私たち技術屋が良いものを作っても......結局は使う人次第だよ。スゴいのは、ウツギちゃんたちみたいな、前線で戦う人だよ。』


「そうか...ありがとう」


 ツ級の言葉を聞いて、礼を言ったあと、ウツギが無線を切る。......そしてウツギは、このテストクルーズの中で、いままで自身が感じたことのないような、ある高揚感に囚われていた。


(カタログスペック上はこのエンジンの方が、馬力が普段のエンジンの半分も無い。だから、何時もの自分のような重装備はこのエンジンでは不可能。だが......)


(この圧倒的な加速力......そして今まで感じたことのないこの高揚感は何だ......?)


(ツ級は......夕張は、普段の自分が使っているエンジンに少し手を加えた程度の違いと言っていたが......。それだけでここまで変わるものなのか......)


(楽しい。ただ海を駆けていくだけでこんなに楽しいのは初めてだ)


 ウツギは、レ級に負けてから下がり続けていた自分のモチベーションが、確かに、少しずつだが復活していくのを自覚していた。


(誘ってくれた摩耶にも礼を言わないとな......)


 ウツギははにかみ笑いを浮かべながら、鎮守府へ向かって海を駆けていった。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「お疲れさん。どーだった?」


「楽しかったよ。誘ってくれてありがとう」


「こっちも良いデータが取れました!ご協力ありがとうございます!!」


 鎮守府に戻ってきたウツギを摩耶とツ級が出迎える。とても有意義な時間を過ごせたな......とウツギが思っていると、いつの間にか摩耶はどこかへ行ったのか、艤装保管室は自分とツ級の二人きりになっていた。ちょうどいい機会だ、少し話してみるか、とウツギがツ級に話しかける。


「おい、夕張」


「はいは......!?なんでそれを!?」


 すごく驚いた顔で振り向いた夕張を見てウツギが軽く吹き出しそうになる、が、そのまま続ける。


「そう警戒しなくていい。球磨から聞いたんだ。」


「球磨さんから!!??球磨さん生きてたんですか!!??」


「勝手に殺すな。今は自分の鎮守府で......多分元気にやっている」


 前のめりに顔を近づけながら大声で聞いてくる夕張に気圧されながら、ウツギが返答する。すると「ふえぇぇ......」などとのたまいながら、夕張が泣きはじめてしまった。


「どうしたんだ?いきな......」


「うぅっぐすっ、よがっだぁぁぁ!!ぐまざんがいぎでるぅぅ!!びえぇぇぇぇええん!!」


 ウツギの声を遮り、夕張が|堰《せき》をきったように大声で泣き出した。......これは色々と聞くのは後になりそうだな。号泣する夕張の背中をさすりながら、ウツギはそんな事を考えていた、そんなとき。


「失礼しますか......も......」


「.........」


 部屋に秋津洲が入ってきた。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「よ~しよし。これで落ち着いたかも?」


「うっ......ぐずっ...ずびっ!!ずびばぜん......秋津洲ざん......」


「謝ることなんて無いかも!!......ちょっと暇だったし......」


 ......面倒なことになった。ウツギは目の前で夕張の背中を撫でている秋津洲を見ながらそう思っていた。

 ウツギが、球磨からツ級は元夕張だということを聞いた、と夕張に言ったところ、彼女が急に泣き出してしまい、つい先程まで背中を撫でて介抱していた。すると二人きりだった艤装保管室に、......前から何故か第三鎮守府に滞在するようになった秋津洲が来てしまい、シエラ隊内で秘密にしていた「この第三鎮守府に居る深海棲艦は亡命してきたわけではなく元艦娘である」ということがばれてしまったのだ。

 どうするべきか......よりによって一番口が軽そうな知り合いにバレてしまったな、と、ウツギが秋津洲に対して失礼な事を考えながら、そのまま話しかける。


「秋津洲......頼むからこのことは秘密にしてくれよ」


「......もしかして秋津洲って口が軽いって思われてるかも?」


「かもじゃない。思ってる」


「ちょ!?傷つくかも!?」


 ウツギのストレートな発言にそれは心外だ!と秋津洲が語気を強めて反論する。


「こう見えても!秋津洲は炊事、洗濯、掃除、整備、指揮、デスクワーク、各種乗り物の運転、操縦、お悩み相談からDIYまでこなせる大本営所属のパーフェクト艦娘!!口の固さは折り紙つきかも!!」


 前にツユクサがテレビで観ていた、戦隊ものでよくやっていた背景で爆発が起きる演出が起きそうなぐらい自信満々の決め顔だな。目の前で高らかに自分の有能さを演説する秋津洲にウツギがそんな感想を抱く。もっとも自信満々の言葉のあとに小さく「戦闘は無理だけど......」と秋津洲が言ったのも聞き逃さなかったが。


「......わかった。信用する。そもそもそんなに口の緩いやつが大本営で働けるとも思えないしな」


「ふふん!わかってくれたなら許してあげるかも!」


「そうか。さっきは悪かった。で、だ」


 そろそろ本題に入ろう、とウツギが話題を切り替えるために夕張に話しかける。


「もう落ち着いたか?なんで球磨が死んだと思っていた?」


「すう~......はぁ~......。球磨さんは...私の恩人なんです」





 # # # #





「っと、よいしょ。っと、......おっとト......」


「夕張~何してるクマぁ?」


「もう...夕張じゃないですヨ」


「なぁにワケのわからんこと言ってるクマ。肩貸してやるからその松葉杖寄越せクマ~」


「えっ、あっちょっト...」


 実験が失敗して艤装が使えなくなった日の次の日。体中が痺れてうまく歩けなくて杖を持ってよろけながら廊下を歩いていると、そんな私を見た球磨さんがわざわざ肩を貸してくれたんです。しかもその日だけじゃなくて何日も何日も。

 球磨さんは私が深海棲艦になってから何か困っていると、その度に色々と手伝ってくれるようになったんです。最初はすごく嫌でした。艦娘だった頃はそこまで仲が良かったわけでもないですし、それに私と違って「建造艦」でしたから。



「はい、夕張。リンゴ剥いたから食べるクマ~」


 ある日、他の艦娘の子達から虐められて、それで次の日に全身が痛くて寝込んでいると、またどこかでそれを聞いてきた球磨さんがお見舞いに来てくれたんです。そしてその時に聞いたんです。


「......なんでこんな産廃に優しくしてくれるんですカ」


 その頃......今はもうわかんないんですけど、私はみんなから「産廃」とか、「戦力外」って言われてたんです。当たり前ですよね、実際何もできなかったから、周りからは文字通りのゴミ扱いです。すると私の質問を聞いた球磨さんは、突然真顔になって棒読みみたいな感じでこう言ったんです。


「自分のことを産廃なんて言うなクマ。自分って言う人間はもっと大事にするもんだクマ」


 その答えに......なぜか腹が立った私は、こう言ったんです。「どうせ周りとの話題作りのための点数稼ぎでしょウ?貴女に優しくされる度に私は惨めな気分になるんでス。いっそ死んだほうがましダ」ってね。途中まで黙って聞いていた球磨さんは、死んだほうが......の辺りでいきなり怒ってこう言ったんです。


「甘ったれたこと言ってんじゃねぇぞ!!こんどまた死にたいなんて言ったらひっぱたいてやる!!」


 そう言って、皮の剥き終わった梨を皿に盛った後に球磨さんは部屋を出て行きました。......怒鳴ってきた時の球磨さんは怖かったんですけど......どういうわけか、みんなが私を罵倒してくるのとは違う感じがしました。気のせいだったかもしれないんですけどね。

 次の日、少し痛みが引いたので図書室で陸奥さんと艤装の勉強でもやろうと廊下を歩いていると球磨さんに会いました。


「おはよークマ。夕張~、ゴホッゴホッ......あ゛~痛ぇクマ」


「......っ!?どうしたんですか、その怪我!?」


「ん?あぁ心配ないクマ。ちょっと派手に転んだだけクマ~っ!イタタタ......」


 廊下で会った球磨さんは、ギプスで腕を吊って、片足は包帯ぐるぐる巻き。松葉杖でよろけながら歩いてるっていうとんでもない大怪我をしていたんです。なんで入渠しないんですか?と聞いても転んだなんて理由で入れるわけないだろ?って返すだけで......。

 後から知ったんですけど、球磨さんは姉妹艦の木曾さんを連れて二人で私を虐めていたグループの子達と喧嘩をやって怪我をした......って聞いたんです。

 

 驚きました。

 

 なんでこの人は私のために、こんなに色々と面倒を見てくれるのだろう、なんでこの人は赤の他人のためなんかに自分が傷つくようなことを実行できるのだろう。

 気になって仕方がなかったので、その次の日に球磨さんに肩を貸しながら聞いたんです。


「いやぁ~夕張のおかげで歩くのが楽クマ~♪」


「球磨さン」


「ん?何クマか?」


「どうしてこんな目に遭うのがわかってて、グループの子に喧嘩なんて吹っ掛けたんですカ?」


「......球磨は弱いものいじめが大嫌いだクマ。だから許せないからぶっ飛ばしてやったクマ~」


 ふらふら歩く球磨さんが得意気に言いました。そして


「それに」






「「ともだち」のために大怪我できるなんて、誇らしいことクマ。」





###





「なんでいいばなじがもおぉ!!!」


 ここまでの話を聞いた秋津洲が泣き始める。また状況が逆戻りだ......と思ったウツギだったが、少し涙腺に来る話だったのも事実だったので黙っておく。


「それで、そこからどうして球磨が死んだと思うところに繋がるんだ?」


「あ、それちょっと気になったかも」


 ハンカチで涙をぬぐいながら秋津洲もウツギに乗っかって夕張に聞く。


「それはですね......」




 # # # #




「夕張、球磨はここを脱走しようと思うクマ」


「え!?正気ですか!?」


「球磨は本気だクマ。流石にもうあのクズ野郎の暴挙に耐えられないクマ」


 色々なことがあってから、私と球磨さんは友人と呼べる関係になりました。......球磨さんは艦娘だったころから私を友達だと思ってたみたいですけど。でも、ある日突然そんな事を言い出したものですから、焦りました。頭に血が昇っていたのか、球磨さんの言ってくれた脱出の手筈は穴だらけで、成功の確率が低いような計画だったんです。これではいけない、球磨さんが居なくなるのは悲しいけど、せめていままでの恩返しぐらいは......そう思った私は、行動を起こしました。

 まず、鎮守府の近くにあった銀行に、人が居ないようなときに駆け込んで艦娘の頃の給料を全部引き出しました。そして......恥ずかしいんですけど、何かあったときのためにと、見世物小屋ってあるじゃないですか。ときどき鎮守府を抜けてそういうところで稼いだお金も総動員させます。

 そして有り金を全部提督替わりをやっていた天龍に渡して、「他の鎮守府の視察が来たときに、クルーザーでも置いておけば、自分の財力や威厳を示せるのでは?」なんてことを言っておだてたんです。

 ......理屈も何もない暴論でしたが、案の定数日後には鎮守府の港にそれなりに豪華な高速艇が停泊するようになりました。

 準備は整った。後は見送るだけって言うときでした。決行の日に、船に乗り込みながら球磨さんがこう言ってきました。


「夕張、いい子にしてるクマ。これからきっと良いことがあるクマ」


「球磨姉、見張りが居ないうちに早く港から出るぞ!!」


「おっと、それじゃ、すぐにあのクズ野郎を失脚させてやるから楽しみに待ってるクマ~!!」


「姉貴声でけぇって!」


 深夜、静まり返った海を進んでいく高速艇を見送ったのを覚えています。

 球磨さんと木曾さんを見送った日から......確か三日後だったかな。こんな噂が鎮守府に流れ始めたんです。


「ねぇ、聞いた?あの話」


「聞いた聞いた。提督代理のボート盗んで逃げた球磨と木曾でしょ?」


「あ~そっちじゃなくて、無人島にその船の残骸が見つかったんだってさ」


「え~ウケるんだけど?なにそれ」


 


「船で逃げた球磨と木曾は、途中で攻撃を受けて死亡。死体も見つかったから生存は絶望的」









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








「なるほど。その噂を聞いて球磨が死んだと思っていたのか」


「うん......でも二人とも生きてるんだよね?」


「あぁ、うちの提督が引き取った。今は近海警備でもやってるんじゃないのか」


「...良かった......本当に良かった...よしっ!!」


 突然ガッツポーズでそう言った夕張が近くに置いてあったウツギの使っていた艤装を手に取る。何をする気だ?ウツギがそう思っていると夕張は大きい手で器用に艤装を分解し始める。


「なんだ、何をするんだ?」


「二人がちゃんと生きてるって教えてくれたお礼。前にウツギちゃんが言ってたでしょ?長時間撃ち続けても手が痺れない砲がほしいって。私がやったげる!!」


 そう言って分解した艤装を置いて、夕張が部屋の奥からなにやら見たことのない銃のような物を取ってきて、陸奥お手製の三連バースト式に改造された砲のシールド部分に取り付け始める。


「おい、大丈夫なんだろうな...」


「大丈夫!大丈夫任せて!よおーしっ!!」




「レ級なんてメじゃないとびっきりの艤装を作るぞぉぉぉ!!!!」








 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆







「......」


「今日は喋らないのか」


 時刻は夕方。第三回レ級討伐作戦が決行されたこの日、ウツギは海上でたった一人でレ級と向き合っていた。いままで通りならもちろん勝ち目は限りなく薄いだろうが、しかし今日は雰囲気が違っていた。ウツギに対するレ級は、体の部分部分から血を流し、砲が取り付けてある尾からは黒い煙が出ている。いつものように自分に向かっておしゃべりしないのか、と聞いたウツギに対して、レ級が小声で返答する。


「.........めだ」


「何......?」


「遊びはここまでだ。お前の首だけでも貰っていく」


 今までの軽口のようなおしゃべりとは違い、明確な殺意を込めたコメントをレ級がウツギに向けて溢す。ウツギは、自身の艤装に取り付けたサブコンピューターに秋津洲がプログラムした動作ディスクを挿入しながら、レ級に向かって喋る。


「あいにくこんな場所で殺される予定はない」


「そうか。なら日記にでも書き足しておけ。ここがお前の死に場所だとな!!」


 言うが早いか砲撃してきたレ級に対して、冷静にウツギが左腕の盾で砲弾を受け流す。盾で半身を守りながら、ウツギは夕張の改造によって新たに手持ちグリップが追加された三点バーストの連装砲を構えて、CPUで制御される背負った艤装に固定されている砲と右腕の砲でレ級を迎撃する。

 攻撃を当てられたレ級は、いつもなら血まみれになろうがなんだろうが楽しそうな笑みを浮かべているところだが、今は砲撃をしながら、これっぽっちも余裕が無いといった苦悶の表情を浮かべていた。


(効いている......そしてCPUもヤツの動きに付いていけている......秋津洲に夕張め、いい仕事をする...!)





 # # # 


「はいこれ!ウツギちゃんへ」


「......これは何に使うディスクだ」


 レ級との戦いからちょうど三時間ほど前。

 秋津洲が突然謎のCDのようなものを自分に手渡してきた。いったいこれをどうしろと言うんだ。そう思ったウツギが秋津洲に聞く。


「ふふ~ん、聞いて驚くかも。そ・れ・は......」


「この秋津洲自らがプログラムしたCPUの動作ディスクかも!!」


「動作ディスク?」


 聞きなれない単語にウツギが眉間にシワを寄せて首を傾げる。ますます意味がわからなくなったと思っていると秋津洲が説明する。


「正式名称はオペレーションディスク。ウツギちゃんが使ってるサブコンピューターのロジック......うーんと、例えば予測射撃の補正とか、射撃のインターバルの設定なんかを|司《つかさど》る部品かも」


 秋津洲の説明で何となくだがディスクのことがわかったウツギは、しかしなぜわざわざ彼女が新しくディスクを作ってきたのか疑問に思ったので続けて聞いてみる。


「やってくれるのはうれしい。だが、なんでわざわざ新しいのを用意したんだ?デフォルト設定で不都合でも起きたのか?」


「ん~と、ウツギちゃんの艤装に積んであった艦載カメラの映像を見さして貰ったんだけど、ちょっと純正ディスクの動きじゃ相手に追従できてないと思ったかも。だから、秋津洲が夜なべして作ったかも!!」


 







 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇










「クソっ!そんな豆鉄砲ごとき!!」


「.........っ!!」


 中破状態のレ級の苛烈な攻撃をいなしながら少しずつ......本当に少しずつウツギが砲撃をレ級に当ててダメージを蓄積させる。勝てる......しかし気を抜くな。ほんの少しでも気を抜けばすべてが台無しになる......!

 ウツギは極限の緊張感の中でレ級と砲撃戦を繰り広げながら、作戦行動前に緒方から言い渡された命令を思い出していた。

 「これまでの傾向から、レ級はウツギに執着している事がわかる。そこを付くため、ウツギが単独でレ級を|誘《おび》きだし、そこを複数の艦娘で叩く」。いままで二回行われた作戦結果から読み取れることをフル活用したいい作戦だ、とウツギは思っていた......が、しかし、討伐部隊はことごとく返り討ちに合い次々と撤退。それが原因でこうしてウツギとレ級の一騎討ちが始まった訳だ。


「ぐっ......うぅおわっ!?」


「...やった......!」


 ウツギの砲撃がレ級の尾に着弾、すると軽い爆発を起こしてレ級がよろけ、さっきまで少ししか出ていなかった黒煙がより多く、濃く出るようになる。

 もう少しだ......もってくれよ「暁」......。ウツギが自分の艤装に呼び掛けるようにそんなことを言ったとき、レ級が激怒しながら、背中のリュックサックから取り出した魚雷......ではなく砲弾を凄まじい勢いで投げつけてくる。


「舐めるなぁぁぁ!!」


「っ!?しまった!」


 一瞬の隙を突いたレ級の攻撃でウツギの背負っていた艤装に取り付けていたサブコンピューターが撃ち抜かれ......部品にテープで貼り付けていた、いつも料理を振る舞っていた駆逐艦の艦娘から貰った花束から花弁が散る。




『花束?こんな時にか?』


『いつも美味しいご飯を作ってくれるお礼なのです。』


『カランコエか......綺麗だな......』


『花言葉は「あなたを守る」。ウツギさん、死なないで......』


『当たり前だ。絶対に帰ってくるさ』




「ぐうぅっ!?あっ......!!」


「戦闘中に考え事か!?紛い物ぉ!!」


 CPUと花束を撃ち抜かれて動揺したウツギは、そのままレ級が続けて投げつけてきた魚雷で右腕を吹き飛ばされる。激しい痛みに一瞬、意識が飛びそうになるがすぐに残った左手の盾で身を守る。


「はははは!!終わりだぁ!!」


 勝利を確信したレ級がそのまま全速力でウツギの方へと突撃し、必殺のパンチを繰り出そうと、どういうわけか自分の方へと盾の裏側を向けるウツギに思い切り振りかぶって殴りかかる。


 終わった。これでこいつは死ぬ。


 そう確信したレ級だったが、次の瞬間には


 




 彼女の胴には風穴が空いていた。














「ガフッ......かひゅー...かひゅー...」



「..................終わった...のか......」



 吹き飛ばされた右肩を押さえながら、ウツギは目の前で腹から大量に血を流しながら倒れたレ級を見つめる。

 「ハープーン・ガン」。夕張が盾の裏側に取り付けた武器だ。

 特殊な高硬度金属で作られた|銛《もり》を発射する銃で、まともに当たればレ級でもただでは済まないだろう。ただし極端に射程距離が短く、撃てる回数も両手合わせて二回しかないから大事に使え。

 夕張の言っていた事を思い出しながら、最後の最後に辛くも勝利をもぎ取ったことを噛み締めながら、ウツギは瀕死のレ級にある質問をする。



「どうして艦載機を使わなかった」



「がっ......ふふふ......どうして...だと思う......?」



 もう少しで死ぬと言うのに、やけに爽やかな顔でレ級がそう返す。そして、少し間を置いてから話し始めた。



「俺が求めるのは......楽しい戦いだ......ただただ蹂躙するだけじゃあ面白くない...ゴホッ、ゴホッ!......ふぅ~......」



 口からとめどなく血を吐きながら、尚もレ級は続ける。



「楽しい戦い......お前と殺し合うのが一番楽しかった......そんなヤツをすぐに殺しちゃ......つまらないだろう?......ふふふ......楽しかったよ......お前とは......」



 そう言ったあと......レ級は満足そうな顔のまま目を瞑る。

 死んでも海上に浮き続けるレ級の死体を見ながら、ウツギは無線を入れる。


「......アルファリーダーから各艦へ。任務を完了した、だがこちらの傷が大きい。医療班を寄越してくれ」


『了解かもー!で、ウツギちゃん大丈夫なの?』


「平気だ。右手が吹っ飛んだがな」


『ええぇぇ!?それ一大事か......』


 無線の奥で大騒ぎする秋津洲に構わずウツギは無線を切る。そして、大きい溜め息をつくと、レ級の隣に座り込んで、味方の到着までぼうっとしていた。







 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆







「すげぇなぁ、ウツギは。あのレ級をぶっ飛ばしちまうんだからよ」


「買い被りすぎだ。摩耶や曙たちがヤツを消耗させてなかったら勝てなかった」


 ウツギがレ級を撃破した翌日。入渠して治った、治したばかりで少し動かしづらい右腕を眺めていたウツギに向かって、食堂の机に頬杖をつきながら摩耶がそんな事を言う。

 目標を達成したセレクトEX-1部隊は今日で解散、集められた艦娘たちは数日後にそれぞれ自分達の鎮守府へ戻ることが決まった。皆、全員無事と言うわけにはいかなかったが、ご苦労だった。次の大規模作戦まで、ゆっくり休んでくれ。

 緒方提督が言っていた言葉を、右腕の動きを確認しながらウツギが思い出していると、机の向かい側に座っていたツユクサが突然叫び始める。


「オ゛ッエ゛エェ!ま゛っず!?なんスかこれ!?」


「っひ!?いきなり叫ぶな、びっくりしちゃっただろ!!」


「いやだって天ちゃんこれ人の食いもんじゃないッスよ!?何の肉だこれ......」


 ウツギとアザミが食堂で艦娘たちの食事を管理するようになってから、大量に食堂の端に積まれるようになった、前までここの鎮守府で艦娘たちに配られていた謎の肉の缶詰めを食べた率直な感想。それをツユクサが、彼女の隣に座っていた天龍に言う。


「うっぷ......もう無理ッス、天ちゃん食べて......」


「ハァ!?なんで不味いって解ってんのに......ったくしょうがねぇなぁ~......」


 ツユクサに缶詰めを押し付けられた天龍が渋々食べかけの缶詰めに手をつける。周りに座っていた艦娘たちが見守るなか、天龍が缶詰めを食べる。すると、彼女が急激に顔を蒼くしながらこうコメントする。


「う゛ぅ゛......!?ゲッホッゲホッ、信じらんねぇ......」


「どういう味なんだよ......」


 缶詰めを食べて咳き込む天龍に摩耶が質問すると、天龍が食べたものを水で流し込んでから説明する。


「いや、こう......まず噛んだらなんかジャリジャリしてて、すっごく渋くて、あと滅茶苦茶塩っからくて磯臭い」


「な、なるほど」


 徹夜明けの学生のような顔で説明する天龍に摩耶がひきつった顔で納得した、と返す。ぼんやりとウツギが三人の様子を見ていると、作業着のポケットに入れていたスマートフォンが鳴る。電話...?誰からだ?と思い、ウツギが画面を確認する。


 相手は目の前にいる天龍ではなく第三横須賀鎮守府の「ヤツ」だった。


『俺だ、天龍だ』


「もしもし、なんのご用でしょうか。天龍「元」提督代理殿」


「「「えっ」」」


 わざとらしいウツギの通話中の声を聞いて、周りの艦娘たちがザワつく。


「どういったご用件で?敵の大群に自爆特攻ですか?それともトイレで貴女の尻拭いでも?」


『ウツギ、その......渡したいものがあってよ...ちょっと来てくれないか?』


「渡したいもの、ですか。」


 ウツギが不快感をたっぷりと込めた声で言う。


「何でしょう、鉛の傘ですか?または自爆する艤装?それともカミソリ入りの手袋?はたまた毒入りケーキバイキングでしょうか?」


『まて、まて、謝る!前のことは謝るから!......その、緒方提督に言われてよ......他の奴等に謝って回ってんだよ』


「......わかりました。でも一人では行きません。それでも?」


『あ、ああ、いいよ別に。じゃあ、すぐに資材保管庫に来てくれ』


 通話が終わり、ウツギが電話を切る。すると、天龍が......ウツギの受け答えで大体は察していたが、電話の内容をウツギに聞く。


「......誰からだよ」


「あいつ...お前と違う天龍からだ。あと、アザミ。一緒に来てくれると嬉しい。」


「......解った.........いいヨ。」







 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇










「資材保管庫......ここか」


「......アイツ......怪しイ......」


 天龍の電話から数分後、指定された部屋の前に着いたウツギとアザミが扉をあけて中に入る。意外と広くて......鉄の匂いがする部屋だな、とウツギが思いながら、コンテナが沢山積まれている部屋のなかを進んでいく。

 しかし、数秒ほど歩いて、ちょうど部屋の真ん中辺りに来ても天龍の姿が無い。また何か、謝ると言うのはウソで、罠でも仕掛けたか?ウツギがそう思っていた時だ。


 ぼとり、と二人の背後から何かが落ちてきたような音がした。


「何だっ......ッ!?」


「...ウツギ......やっぱリ......!!」


 後ろを見ようと振り返った二人の視界に入ったのは




 艦娘と思われる首なし死体だった。




 ......罠か、外れてほしい予測だったがな。ウツギがそんなことを思いながらすぐにもと来た道を引き返し、部屋から出ようとする。が、しかしこれまた予想通り扉が開かない。完全に閉じ込められたか......他の艦娘に電話でもしようか。そう考えたウツギはスマホの電源を入れて、以前摩耶が教えてくれた番号を入力する。

 

「っ、摩耶......」


「ウツギ......少し......まテ......!」


 通話しようとしたウツギに、普段無表情なアザミが、珍しく険しい顔でそう言う。なんだ?と思いウツギが前を見ると......



「ヒャハハハハハハ!!切り刻んでやるにゃしぃ!!」



 狂ったように笑う、包帯まみれで顔が見えない艦娘たちがチェーンソーを唸らせながら、こっちへ向かってきていた。


「っ......!ずいぶんといいおもてなしじゃないか......!!」


「冗談......場合......じゃなイ......!!」


 五人ほどの、チェーンソーを振り回して追い掛けてくる艦娘たちから二人が倉庫内で逃げ回る。どうする......武器は...キャンプ用のナイフぐらいか...これで流石にあんな物とやりあいたくは無いな......!そうウツギが思っていると、数分一緒に隣で走っていたアザミがその場に止まって、気色の悪い笑い声を響かせて追い掛けてくる艦娘たちの方を向く。


「いひひひひひっ!!バラバラァ!!」


「アザミ!」


「心配するな......任せロ......」


 咄嗟に何かを察したウツギは、アザミに持っていたナイフを渡す。


 バチン!と、指鳴らしを数倍鋭くしたような音が響き、一瞬怯んだ先頭の艦娘目掛けてアザミが突っ込む。そして包帯で顔が見えない艦娘の手首を浅く切りつけて、強引にチェーンソーを奪ったアザミが致命傷にならないような場所を狙って艦娘の足などを切る。


「悪く......思うナ......」


「アヒゃッ!?」


「ぐぅッ......」


 両足を切りつけて動けなくした艦娘を蹴り飛ばし、アザミはそのまま次々と他の艦娘たちの手や足を切りつけて戦闘不能の状態にすると、短く溜め息をついてチェーンソーを放り投げる。自分にはできない見事な手際に感嘆しながら、ウツギがアザミに話しかける。


「流石...だな。お前の指弾術は」


「褒める......後......助け......早く......」


 ウツギは、研究所時代からの彼女の得意技である護身術......指でコインなどを弾き飛ばす「指弾術」の腕前を褒める。が、アザミのもっともな発言に、「すまない」と一言謝ってから。ウツギは摩耶に電話をかけた。










 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇










「ひでぇ......なんだよこれ......」


 開かなくなった扉を砲で強引に吹き飛ばして中に入ってきた摩耶が、手足を切られて尚、けたけたと笑い声をあげてのたうちまわる、二人を追いかけ回してきた艦娘と、最初に出てきた首なし死体を見てそう溢す。


「この症状って......まさか麻薬か何かかな......」


「......野郎、フザけやがって...!」


 ウツギのエマージェンシーコールを受けて摩耶が他に連れてきた艦娘たちのうち、整備班とは別に救護班にも所属しているツ級......夕張が笑っている艦娘の腕に、痛々しい注射の痕などを見つけてコメントすると、天龍は、自分とは違うほうの天龍の行いについて静かに怒りを|露《あらわ》にする。

 ウツギとアザミが見た、天井から降ってきた首なし死体は、デルタ隊に所属していた天龍によると駆逐艦の「島風」だと言うことがわかった。「あいつ」がなぜわざわざ島風を殺して利用したかは解らない。しかしこれで「あいつ」を|葬《ほうむ》る理由が出来たな。そうウツギが思っていると、ドアが壊れた部屋に秋津洲が駆け込んでくる。


「ウツギちゃん!大変かも!!」


「どうした、秋津洲?」


「こっちの天龍が取り巻きを連れて鎮守府から逃走したって!!」


「はぁ!?なんだそれ!!」


 シエラ隊の天龍がそう言うのとほぼ同時に、ズガン!!と誰かが思いっきり壁を殴り付ける音が部屋中に響く。一瞬体を震わせた天龍が音が聞こえた場所を見ると......壁を殴ったのはツユクサだった。


「..................。」


「っつ、続けるかも......」


 音の大きさから考えて、相当な勢いをつけて壁を殴り付けたツユクサをちらりとみてから、秋津洲が続ける。


「緒方提督から、その逃げた天龍たちの部隊を追撃して|拿捕《だほ》しろって言われたかも。出れる艦娘総出で追いかけるって」


「......っ、全く面倒なことを増やしてくれる」


 ウツギが愚痴を言うと、ずっと黙っていたツユクサが口を開く。


「あのクソ野郎を追っかけるのは......アタシにやらせてくれると嬉しいッス......」


「えっ...?えと、別に誰がやるって指定はされてないかも......」


 つい数分前まで食堂を賑わしていた様子とは百八十度違う雰囲気を纏ったツユクサが秋津洲に言う。明らかにいつもと調子が違うツユクサについて、ウツギは天龍に小声で質問する。


「どうしてあんなにツユクサは怒っている。自分に心当たりがない」


「あぁ、お前は知らないよなそういや。あの、首なしになっちまった島風とアイツ......結構仲が良かったんだよ。今ごろ|腸《はらわた》が煮えぐりかえるってやつだろうぜ?」


 うつむきながら答える天龍に礼を言ったあと、ウツギは話を終えた、戦闘に出られる艦娘たちと艤装保管室に向かって走っていった。







 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







 麻薬とドーピングまで投与したってのに、ったくあの使えないゴミどもが。

 第三横須賀鎮守府に所属「していた」天龍が、いつかの作戦で使った人工島の廃墟で連れてきた仲間とコーヒーを飲みながら、二人の始末に失敗した艦娘......チェーンソーでウツギとアザミを追いかけ回した睦月たちに対してそんな事を考えていた。

 どうしようか......他の鎮守府のやつら揺すって傭兵でもやって食ってくとするか。インスタントの味わいも何もない苦いだけの安物コーヒーを口に含み、天龍がこれから先の事を考える。そんな彼女の、はたから見れば思い詰めたような表情を心配して、彼女の斜め向かいにいた艦娘が口を開く。


「隊長?何かありましたか?」


「あ?何でもねぇよ。俺を誰だとおもってんだ、提督代理をやってた天龍サマだぜ?先のことぐらい考えてらぁ」


「流石です。ずっと着いていきますよ」


 とりあえずは、今日はここに寝泊まりするか。そう思って天龍が立ち上がった時だった。突如、廃墟内に取り付けた警報器が鳴り始める。追っ手がもう来やがったのか!?舌打ちしながら天龍は他の艦娘の指揮を執る。


「クッ、もう来たのか!!」


「なんでここが!?」


「慌てんな!!持ちきれねぇモンはここに捨ててさっさと外に出んぞ!!」


「「「了解!!」」」


 ったくいちいち行動の早いやつらだ......。心の中で愚痴を言いながら、天龍は艤装を装着し、「普通の天龍」が持っている刀ではなく自身の使い慣れているツルハシを持って、すぐに廃墟から出ると、廃墟の近くの崖を滑り降りて海に着水する。レーダーに映る敵反応の多さに顔をしかめながら、自分に続いて崖を降りてきた艦娘たちに天龍が命令する。


「チッ、数が多いな......お前ら!!囲まれる前にバラけて敵を振り切れ!!逃げたヤツから島の反対側に集まってこっからずらかるぞ!!」


「了解!」


「承知した!」


「わかりました!」


 追いかけてきた艦娘たちを味方に任せ、天龍は単身島の反対側へと向かって海を駆けていく。

 



 数分後、自分が指定した場所に着いた天龍は時計を確認しながら、味方の到着を待つが、なかなか来ない。


「ちっ、自分だけ逃げんのも考えねぇとな......」


 さあて、次はどこで兵隊を補充しようかねぇ......などと天龍が考えていると、自身の艤装の警報器がやかましく鳴り響く。どこからだ、と天龍が咄嗟に近くの岩に身を隠す。すると、一人の艦娘が島の崖から海に向かって飛び降りて来た。ツユクサだ。


「お前が天龍か......」


「違うっつったら逃がしてくれんのか?あぁ?」


 思わぬ敵の襲来に、味方が全滅してしまったかと天龍は一瞬思ったが、レーダーを見ても敵は今来たツユクサ一人だけだと言うことがわかると、途端に余裕そうな態度で悠々とツユクサに話しかける。


「しっかしこんなに早く追い付かれちまうなんてなぁ。ここに来るのは流石に安直すぎたか」


「............」


 いつもの作業着ではなく、ランニングシャツの上からライフジャケットを着込み、両手に軽巡の艦娘、「川内」のアームカバーという出で立ちの、少し前から日差し避けにと着けるようになったスキー用のゴーグル越しにツユクサの目が煌々と赤く光る。


「チッ、だんまりかよ。まっ、ここでてめぇをかるく始末して......!?」


 天龍が喋っている途中に、彼女が隠れていた岩目掛けツユクサが凄まじい勢いで、「シエラ隊の天龍」から借りてきた刀を振り上げて突っ込む。あっという間に粉微塵に吹き飛ぶ岩から距離を取る天龍が冷や汗をかきながら独り言を呟く。


「クッソ、めんどくさそうなのが来たもんだ......!」


「......ッ!!」


 逃げようとする天龍にすかさずツユクサはアームカバーに取り付けられた砲を発射して天龍を足止めする。


「ぐうっ!?クソがっ!!」


「逃がさない......!!」


 じとりとした熱帯夜。ツユクサと天龍の一騎討ちが始まった。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








「準備はいいか?合図で出るぞ」


「わかりましタ。いつでもどうゾ」


 単独天龍を追いかけたツユクサと違い、ウツギたち追撃部隊は取り巻きの艦娘と戦闘中だった。自分の潜水能力を活かして、水中で息を潜めていたウツギと、少しでもこちらの数を揃えるため、とウツギが連れてきた春雨が同時に水面から浮上して、相手に躍りかかる。


「何っ!下からだと!!?」


「お前たちの相手は私だ」


 ウツギが目の前に居た紫色の服を来た艦娘に砲撃を当てる。が、そのまま両手で顔を守りながらその艦娘が突進してきて、体当たりを食らったウツギは不意打ちをしたにも関わらず冷静に対処してきた相手に驚くも、すぐに盾を構えてまた砲撃を行う。


「無駄だ!」


「何っ!?」


 砲撃を当てるウツギにまた接近してきた艦娘は、今度は手に持っていたツルハシをウツギが構えていた盾に引っ掻けて吹っ飛ばすと、防御が疎かになったウツギに至近距離で砲を放つ。


「っ......、居るじゃないか、いい腕のヤツも......!!」


「お褒めいただき感謝す......るっ!!」


 間一髪残ったもう一枚の盾で砲弾を弾いたウツギが、以前の戦艦たちとはまるで違う戦い慣れている目の前の艦娘に称賛の言葉を贈る。しかしこれを相手にするのは少し骨が折れそうだ......そう考えていると、何故か目の前の艦娘の動きが止まった。


「うっ......がぁっ......」


「ごめんなさイ」


 よく見ると紫の服を着た艦娘の


 腹から春雨の手刀が貫通していた。


 ウツギが呆気に取られていると、春雨は艦娘の腹から手を引き抜き、もう片手で首根っこを掴んでいた気絶していた別の艦娘を放り投げる。......何が自分は弱いです、だ。目の前でとんでもない芸当を見せつけてきた春雨を見ながら、ウツギは後方に控えさせていた救護班の夕張に無線を入れる。


「......ツ級聞こえるか。急患だ、二人な」


『は~い。すぐに行くね』


 ウツギが、春雨が気絶させた艦娘の治療のために救護部隊への連絡を済ませると、今度はレーダーと自分の視界で他に敵が居ないことを確認する。単独で突っ込んでいったツユクサが気がかりだったので、春雨に後を任せて自分も先に進もう、とウツギが貫通させた手刀の血を拭っていた春雨に話しかける。


「駆逐棲姫、後は頼めるか?ツユクサを追いかけたいんだ」


「了解しましタ。任せてください、はイ!」


「ありがとう。背中は頼んだ!」


 戦場と言う場所にはおよそ似つかわしくない、眩しい笑顔で返答してきた春雨にその場を任せると、ウツギは急いで島の反対側へと進む。


「嫌な予感がする......当たってくれるなよ......」


 背中に嫌な汗が一筋流れるのを感じながら、ウツギは夜の海を駆けていった。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







「ぐううおぉっ!?クッソォ!!」


 ツユクサの強烈なタックルを正面から受けて、天龍は周囲にある海から突き出た岩に叩きつけられる。そして尚も何も考えていないような直線的な動きで自分へと突っ込んでくるツユクサに、すぐに体勢を立て直し天龍は砲撃を当てて怯ませようとする......が、当のツユクサは、顔に砲弾が当たろうが、肩に当たってよろけようが全く意に介さずに刀を振り上げて突進してくる。


「うううぅおおおおおおぉぉ!!!」


「っ!!舐めてんじゃねぇっ!!」


 突撃してきたツユクサに、前傾姿勢で天龍がタックルをかまして怯ませると、そのままツユクサが持っていた刀にツルハシを引っ掻けて投げ飛ばそうとする......が、ツユクサはそのまま勢いよく引っかけられた刀を放り投げたため、逆に天龍の手に持っていたツルハシが後方へ投げ飛ばされる。

 そして動きが止まった天龍にツユクサが殴りかかるが、すぐにまた距離を取る天龍にツユクサの拳が空を切る。


「っはん、まだ捕まるかよ!てめぇ一人ごときになあ!!」


「あ゛あ゛あ゛あああぁぁぁぁ!!!!」


 天龍が岩に叩きつけられた時に駄目になったのとは別のもう一門の砲で相変わらず無計画に突進してくるツユクサを迎撃する。ツユクサは両手で自分に向けて撃たれる砲弾を弾き飛ばしながら天龍に肉薄すると、残っていた天龍の艤装の砲を左手で引っ掴むとそのまま力任せに握りつぶす。


「どうしたよォ......随分元気じゃねぇか......」


 みしみしと音をたてながら潰されていく自分の艤装を見ながら、すぐ目の前にいるツユクサに天龍が話し掛ける。


「ははぁん、解ったぞ、お前もしかして、身内でも死んだかぁ!?」


「っ!!黙れぇぇぇ!!」


 図星を突かれたツユクサは、目の前の自分の友の仇に向かって艤装を握っていたのとは別の手で殴りかかる、が、天龍は両手で冷静にツユクサの拳を封じると、また続けて口を開く。


「身内のため?敵討ちぃ!?ヘドが出るぜそんな言葉はよォ!!」


 ぷつり、とツユクサの中で何かが切れる。ツユクサは握っていた砲を引きちぎると、自由になった両手で殴りかかってきた天龍の手を掴んで体勢を崩し、前につんのめる天龍を滅茶苦茶に殴り始める。


「オマエはアタシが|殺《や》る!!それだけだぁぁぁ!!」


「おぉっごっ......!?」


「痛いかぁ!?辛いかぁ!?これがっこれがっ!!島風の痛みだあああぁぁぁぁ!!!!」


「ぐぅっ......オラァ!!」


「ッ!!」


 間一髪一瞬の隙をついて天龍はツユクサの|鳩尾《みぞおち》を殴って拘束を逃れる。何度も殴られた影響で口から血を吐きながら、天龍はそのまま急いで逃げようと後退する。が......


「っ!死なねぇぞ、俺は生き延びて......っ!?」


「ヤッタナァ......」


 ツユクサがゆらり、と立ち上がり目をギラギラと赤く光らせて天龍のところへ文字通り「すっ飛んで」来る。



「お前も痛くしてやるうううぅぅ!!!!」



 海面を蹴って突っ込んできたツユクサの体当たりで、天龍は体ごと島の崖の岩壁に叩きつけられる。しかし......


「クソ......がぁ......」


「戦場でぇ...敵討ちなんて狙うマトモなやつなんてのはな......すぐに死んじまうんだよオォ!!」


 まだ自分の敗北を認めない天龍は、朦朧とする意識と土煙で悪い視界のなか、背負っていた艤装から短刀を取り出して手に持つと、ツユクサの脇腹目掛けて刺そうとする。


 カァーン!という高い金属音が海に響き渡る。


 何だ......今の手応えは......。頭の中で目一杯の危険警報が鳴る天龍の視界に入ったのは


 アームカバーに取り付けられた艦載機を発射するためのレールで短刀を受け、目を爛々と輝かせたツユクサだった。


「良かったッスね......」





「オマエはマトモでえぇぇぇぇ!!!!」





 ツユクサが近くに落ちていた岩塊を持ち上げると、そのままそれと崖の壁で天龍を押し潰そうと圧迫する。


「ぐぅっ......うっ......おぉぉ!?」


「潰れろおおおおぉぉぉ!!」


「ぐふっ......ひひひ、一人で......なんか......死ぬかよ......!!」


「何!?」


 圧迫されて潰されそうになる天龍が、自分の艤装に仕込んだ


「自爆装置」を起動させる。





「お前も道連れだあああぁぁぁ!!!!」





「ツユクサアアァァ!!」


 

 二人の元へと駆けつけたウツギの目の前で大爆発が起きる。

 そんな......間に合わなかった......。ウツギがそう思った時だった。爆炎の中から、服がぼろぼろになった、五体満足のツユクサが出てくる。天龍を押さえつけていた岩塊が盾替わりになったのだ。


「ツユクサっ!!」


「平気ッス。ウツギ」




「「アタシは」生きてるッス」




「っ......そう、だな。「お前は」生きてる」



 燃え上がる炎の中から出てきたツユクサは、静かに泣いていた。







 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆







「う~ん美味しい~♪で、これはどういう状況なのかしら?」


「謝罪パーティーだ」


「ふ~ん。まあ私は美味しいご飯さえ食べられればそれで良いんだけど」


 南方棲戦姫......陸奥が、自分がここに所属していた頃ですら使ったところを見たことがないという第三鎮守府の宴会場。そこのテーブルに置かれた特大の皿にこれでもかと盛られたサラダを食べながらウツギに質問する。


 脱走した天龍の一味は全員身柄を拘束。主犯の天龍は隠し持っていたと思われる「深海棲艦化手術実験」のサンプルデータを組み込んだ自身の艤装と運命を共にして爆死。鎮守府に残されていた資料以外は全て灰になってしまった。

 そして彼女が根城にしていた執務室から見つかった資料によって事態は急変する。なんと元々この鎮守府の指揮をとっていた「|萩本《はぎもと》 |秀介《しゅうすけ》」提督は既に他界、彼が入院していた事になっていた軍病院と第三鎮守府は共同で実験を行っていたという。

 これを知った緒方提督はただちに大本営から部隊を派遣させ、鎮守府......天龍との癒着が明るみになった病院を仕切っていた関係者一同を拘束、今はどのような処罰を下すかの調停中だという。

 そして今。緒方提督が自ら自腹を切って開催した、今回の騒動......病院の地下に巧妙に隠された実験施設から救助された、不当な理由により実験に巻き込まれた被験者たちへの謝罪の意を込めた宴会の最中だった。ウツギは自分が座っていた席から、広い宴会場を眺める。よくよく目を凝らしてみると、部屋の隅には泣きながら用意された料理に手をつけている深海棲艦......被験者の艦娘たちが集まっている。


「こんなに居たんだな......被験者は......」


「うん。まだ少ない方だけどね......私が居たときは、戦災孤児まで引っ張り出してたから」


 陸奥が特に何も考えていないような至って普通の表情でウツギに教える。


「あいつに昔何があったのかは知らないけど、とにかく人間嫌いだったからね~。そのお陰で私もこのザマだし?」


 そう言った後に陸奥は、自分が着ていた胸元に「|betrayer《裏切り者》」と刺繍されたスタジャンを弄りながら、ウツギに微笑んでくる。ウツギは相変わらず悲壮感漂うことを言うわりにはいつも楽しそうに喋るやつだ、等という感想を抱きながら、ちょうどいい機会だ、と陸奥に聞きたいことがあったのと、重い話題をそらすために質問する。


「春雨のこと、知ってるよな」


「うん?そりゃもちろん知ってるけど」


「あいつのハッタリ術は......アレは自分からやりはじめたことなのか?」


 初めて彼女の演技を見たとき、かなり手慣れているようなものを感じてどこか引っ掛かっていたウツギが陸奥に聞く。すると......


「なんのことかな?ちょっとお姉さんわかんないかなぁ~......」


 話題を振ったところ明らかに不自然に陸奥が視線を逸らす。これは絶対何かあるな。そう確信したウツギが目を細くしながら陸奥に問い詰める。


「そんなにあからさまな反応されるとますます気になる」


「いやぁ......その......」


 いつも飄々としている陸奥が珍しくどもりながら答える。


「春雨ちゃんがね、「こんな体にされてどうしたらいいの」って言ってきたことがあったの。その時に「じゃあその見た目をフル活用できる何かをやろうよ」って、ちょっとピンチの時に相手を怖がらせるような演技をおふざけで教えたんだけど」


 貧乏ゆすりをしながら、落ち着かない様子で目をキョロキョロ動かして陸奥が続ける。


「まぁ......結果から言うとね、あの子それにハマっちゃって......。実用できるどころか、ちょっと私も腰抜かしそうなぐらい演技が上手になっちゃって......」


「お前が原因か......」


 呆れた、と陸奥の答えを聞いたウツギが溢す。

 ......特にこのまま宴会に参加していてもやることがないな。そう思ったウツギは席を立ち上がり、宴会場を出ようとする。


「どこ行くの、ウツギちゃん?」


「海でも眺めてくる。それだけだ」








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








「......すぅ~はぁ~」


「なにやってるんだ?」


「ひゃいっ!?なんだウツギッスか」


 外に出たウツギが、いつかに自分が座った堤防のある場所に行くと、ツユクサが先にその場所で海を眺めていた。ウツギはツユクサの隣に座ると、夜の海を見ながら横のツユクサに話し掛ける。


「お前がすぐに宴会を抜けてきたから追いかけてきた。気分は晴れたか?「アイツ」をやったのはお前なんだろ」


「でも、結局やる前に自爆されちまったッス」


「......そうか」


 友人を殺された怒り......か。自分も同じような状況に立たされれば怒るのだろうか、と出撃前は自分もあまり見たことがない無表情になっていたツユクサを思い出しながら、ウツギがそんな事を考える。


「あれ、先客ですカ」


「ウツギちゃんにツユクサちゃんかも、何してるの?」


「......どんどん人が増えてくな」


 春雨と秋津洲というあまり接点の無さそうな組み合わせの二人組がやって来たのを見てウツギが言う。


「私は日課で来ただけですヨ。ここの夜景が綺麗なのデ」


「秋津洲は仕事が終わったから遊んでたかも。そしたらさっきそこで春雨ちゃんに会って」


 春雨は相変わらずの優しげな笑顔で、秋津洲は若干目の下に隈ができているがあまり問題なさそうな様子でそう言いう。

 四人横並びで海の方向を向いてから数分。誰も喋ろうとしない中で、ウツギが口を開く。


「春雨」


「はい、なんでしょウ?」


「どうしてお前はいつも笑顔なんだ。戦場でニコニコしてる奴なんて少数派だろう?」


 ウツギの質問を聞いて、ほんの少しだけ口角を下げた春雨が答える。


「笑顔の理由、ですカ」


「簡単な話ですヨ」



「死んだ姉さんに言われたんでス。「笑顔を絶やさないで。楽しくても辛くても、笑っていれば良いことがある」っテ。」



「そしてこうも言われたんでス。「たとえ僕が死んでも笑い続けて。今を精一杯楽しんでいるのを見せて。落ち込んでたりしたら呪っちゃうぞ」、ト。」



「......教えてくれてありがとう」


 話を聞き終えたウツギが、視線を同じく話を聞いていたであろうツユクサに移す。目線の先の彼女は



今出来る限りの最高の笑顔で、涙を流していた。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








 この約一ヶ月間。色々な事があった。


 私は忘れない。満足そうに逝ったレ級の事を。


 自分は忘れない。錯乱しながら凶器を振り回し、追いかけ回してきたあいつらを。


 アタシは忘れない。死に際まで呪詛を吐き続けた「アイツ」を。


 「アイツ」は大勢の人間を巻き込んで、それにも関わらず逃げ切ってしまった。それは許されることではないのだろう。


 しかしこの鎮守府を直して......治していくのは自分達の仕事ではない。


 帰るか。自分達の居場所へ。








 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄








 数日後。一ヶ月ぶりに(ツユクサと天龍は半月ぶりほどだが)第五鎮守府に帰ってきた四人は、皆それぞれの生活に戻っていた。定期的な近海警備、民間の輸送船の護衛、四人の遠征前と何ら変わらない任務をこなす日々だ。強いて言えば「レ級を撃破した功績」のおかげで少し待遇が良くなった程度だろうか。


「提督、終わった書類は置いておくぞ」


「おう、いつも早くて助かる」


 執務室。すっかり定期秘書などというシステムが廃止されて、固定秘書にされたウツギがデスクワークを終えて読書に移る。するとその時、ウツギたちがいない間に深尾が勝手に執務室に取り付けた固定電話が鳴る。

 電話を終えた深尾によると、あと少しでここに前から打診していた新しく配属される艦娘が来るらしい。今の戦力情況を考えるに、多分戦艦か空母かな。そんな予想をしながら、ウツギは身支度を整えて深尾と執務室を出る。



「いやぁ~どんな子が来るんだろね?キャラ被りは勘弁してほしいな!」


「お前みたいな変人と被るなんてよっぽどだな」


「木曾っちヒドス」


 配属される艦娘の顔を一目見ようと、鎮守府の外に所属していた艦娘一同と提督である深尾が集まる。ほどなくして1台のセダン車が敷地内に入ってきて停車すると、運転席から出てきたのは......秋津洲だった。便利屋か何かとして使われているんじゃないだろうか。ウツギが失礼な事を考えていると、深尾と秋津洲は敬礼したあとにお互いに話始める。


「責任者の深尾です」


「第一横須賀鎮守府所属、庶務課主任の秋津洲かも!」


 そんな役職だったのか。と言うよりもそんな役職があるのか、とウツギが思っていると、話を終えたのか秋津洲が乗ってきた車のドアを開ける。出てきた艦娘は......


「「元」白露型駆逐艦五番艦の春雨です、はイ。雑用はお任せください……でス!」


 お前だったのか......。と、後ろに居た球磨と木曾が呆けている中でウツギが思っていると、もう一人の艦娘が車から降りて挨拶をしてくる。


「駆逐艦、若葉だ」


 若葉、と名乗った艦娘はつかつかとウツギのところに歩いてくる。何だ?とウツギが思っていると、若葉が口を開く。


「久しぶりだな。ウツギ」


「......何だと?」


 全く面識のない相手から久しぶり、と言われて動揺するウツギを見て、けらけらと笑いながら「若葉」が続ける。


「んふふフ......そうだな。わかるわけがないか。じゃあ、教えよう」





「俺だよ。戦艦レ級だ」











後書き

話の区切りが中途半端なところで区切らざるをえなくなるかもしれません。
ご了承ください。


このSSへの評価

3件評価されています


SS好きの名無しさんから
2017-08-23 07:49:04

SS好きの名無しさんから
2017-06-25 18:48:37

SS好きの名無しさんから
2017-06-05 01:35:35

このSSへの応援

3件応援されています


SS好きの名無しさんから
2017-08-22 12:13:01

2017-07-03 22:45:59

SS好きの名無しさんから
2017-06-25 18:48:44

このSSへのコメント

1件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2017-06-25 18:49:27 ID: RPNvvklM

続きが読みたいです!


このSSへのオススメ


オススメ度を★で指定してください