2017-08-26 20:49:49 更新

概要

三題噺お題作成(https://shindanmaker.com/148000)の方で作成した三つのお題をもとに、艦娘の生活にフォーカスを当てて書いてみる趣味用兼筆慣らしSSです。艦娘は気の赴くままに決めます。


前書き

地の文ありありの小説形式です。ご了承くださいませ。


麦茶、ボールペン、サイダー


 鎮守府に夏が来た。

 まるで剣のような、鋭いまでの熱気を前に、艦娘も提督も夏バテになりつつあった。当然だが、出撃でもしようものなら途端に熱射病で倒れる艦娘が出てくる。いかに体温を快適に保つ機構が艦娘にあったとしても、その機構さえも穿つ温度には勝ちようがなかった。

 故に現在この鎮守府において、出撃命令は下されていなかった。幸いにして規模が大きい鎮守府であるここは、一か月程度の出撃停止ではその貯蓄に少しの傷を残すに留まる。

 さて、出撃停止となった鎮守府では、普段の訓練に身を入れるものや、怠惰なまでに日々を過ごすものもいた。現在縁側で麦茶を飲んでいる北上は、言うまでもなく後者であった。

 艶やかな黒髪を汗でしっとりと濡らしながら、縁側でちびちびと麦茶を飲むその姿は、北上の持つどこかふんわりとした雰囲気と相まって、どこか田舎の夏休みのようでもあった。


「あつぃ~……」


 北上は一人ごちりながら、麦茶を飲む。ご丁寧に氷まで入れてあるそれは、北上の喉に、体に、一瞬だけ圧倒的なまでの清涼感を与える。

 爽快感からくる体の震えに、くぅ、とおっさんのような声を滲ませる。


「あら、北上さん。こんなところにいたんですか」

「あ、大井っち~。どうしたの、訓練は?」

「この暑さですもの、そう長くは続けられません」


 訓練から直接ここに来たのか、未だ装着していたプロテクターを外す大井。むわ、と溜まっていた蒸気が吐き出される。

 次々にプロテクターを外していく大井。そんな折に、ふと何かを見つけたのか、短く声を上げた。


「ん~? どしたの大井っち~」

「いえ、先ほど無くしていたと思ったボールペンが見つかったものですから、つい」

「あー、たまにあるよね、そういうこと。見つからないときはけっこー焦るんだけど、ちょっと時間が経つと忘れちゃったりとか」

「確かにありますね。現に私がこうなっているんですもの」


 くすくすと、上品に笑う大井の笑顔を横目で眺めながら、北上はもう一度麦茶を口に流し込む。カラン、と氷が落ちる音がして、わずかな清涼感をその場に音として残していく。

 そのグラスに、大井の目が向いていることに、目敏い北上は気が付いた。成程、大井っちも飲みたいのか。……何を欲しているのか分かれば話は早い。北上は緩慢な動きで立ち上がり、グラスを大井の方まで持ってくる。その様子に、大井が少しだけの喜色を顔に滲ませたのは、北上にはわからなかった。


「大井っち、これのみなよ~」

「そんな、悪いです」

「つべこべ言わずに。ほら」

「で、では、遠慮なく……」


 やけに艶めかしい表情でグラスに口を付ける大井。ちゅ、とグラスに吸い付くように音を鳴らした後、北上のそれよりなお遅い速度で、麦茶を口に含んでいく。目は潤み、頬は紅潮しているが、北上はそれを、麦茶の冷たさからくる心地よさだと解釈する。

 たっぷり二分ほどを使って、北上が十秒で飲む量を口に含んだ大井は、恍惚とした表情を崩さぬまま、グラスを礼と共に北上へと返す。


「やっぱり冷たい飲み物はいいよねぇ」

「ええ、ええ。切にそう思います」

「………あ、そうだ。冷たい飲み物と言えば、今日は間宮さんがサイダーを売り出してるみたいだねぇ」

「サイダー、ですか」


 不思議そうに首をかしげる大井に、北上はここだけの話だよ、と口を寄せる。突然の北上の凶行に、大井の心拍数は爆発的に上昇する。気絶してしまいそうだが、幸せなこの時間を一秒でも多く味わうべく、耐える。


「今さ、間宮さんのところでカップルサイダーなるものがあるらしいんだよねぇ。安いし量は多いしで、絶対にお得なんだけど……ペアじゃなきゃ買えなくてさ」


 北上は、その顔に、無気力なまでの笑みを浮かべる。それは自分の怠惰のため、そして大井との時間のために、悪だくみをするときの顔。

 大井は、幾度となく北上のそんな顔を見てきた。その顔に慈愛にも似た感情を抱きながら、北上の次の言葉に耳を傾ける。


「――だから、一緒に飲みにいこ?」


 一も二もなく、大井は頷いた。


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