魔境と呼ばれた鎮守府~惨敗提督の復讐忌憚~
戦いで大敗を喫した提督が、原因である深海棲艦の巣を叩く物語です。
※提督が戦います。苦手な方はお気を付けください。
三年前。深海棲艦の大攻勢が横須賀のある鎮守府を殲滅せしめた。被害は甚大。喪失も小さくなく、歴戦の鎮守府を喪った大本営は、国内の支持低下を防ぐために、この事実を隠蔽する。……だが、この時は誰も知らなかった。
――硝煙の匂いと血煙が立ち込める鎮守府で、生きた事実を、軌跡を、そして存在を消された男が再び立ち上がったことを。
頭上を飛び交う鉄の雨。鉄鎖のように、細く長く、そして何よりも鋭く続く銃撃――あるいは砲撃――は、まぎれもなく、俺たちの敗退の象徴となる。
緊急事態を知らせるベルが鳴り響く。だが、いくらけたたましくそれが鳴ったところで、俺には何もできない。戦場とは程遠い鎮守府で、彼女らの悲鳴を、怒号を聞き届ける。
震える手で、本部に緊急の増援を依頼する電報を打っている。……だけど、俺はどこか確信していた。
彼女らはきっと、もう助からない。
それから一時間。這う這うの体で帰還してきた時雨と夕立、そして彼女らが護衛していた加賀の姿を見た瞬間から――。
――視界は、黒く転じる。
◆
混濁した意識の中で、俺はふと過去の光景を思い出した。
光のあふれる鎮守府で、はしゃぎまわる駆逐艦のみんな。それをたしなめる軽巡洋艦のみんな。眺めながら他愛ない話に花を咲かせる重巡洋艦のみんな。ニコニコとそれらを見つめる戦艦のみんな。相変わらず固まって話している空母のみんな。潜水艦のみんなも、みんなみんな――幸せそうに暮らしている。
俺はそんな彼女たちを見るのが大好きだった。いくら艦娘という戦のための道具であろうと、年頃の少女には変わりない。その時の気持ちは、まるで父親のようだった、と俺は記憶している。
ずっと見ていたい、そう思ってしまうほどに、幸せに満ち満ちていた光景。きっと今日もその光景は、目を開けば広がっているんだろう。
多幸感を覚えながら、ゆっくりと目を開く。
「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
「夕立っ! 加賀さん、夕立を気絶させて! このままじゃ自分の手で喉を掻き切ってしまう!」
「………」
「加賀さんっ!!」
……え?
「くっ……手に負えない! いつもは頼りになるけど、こういう時ばっかりはこの剛力を疎ましく思うよ……!」
「…………赤城さん」
「殺す……。殺してやる、全部全部全部全部全部全部――ッ!! 殺してやるッ!」
そこに以前までの幸せはない。あるのは瓦礫と、闇と、惨憺たる現状。駆逐艦のみんなが駆けまわっていた廊下は何者かの砲撃で崩壊しており、みんなが集い合った食堂も、工廠も、船渠も。すべて崩壊していた。
呆然としたまま、声のする方向へ視線を向ける。そこには、放心状態で海をずっと見つめている加賀がいた。その少し奥で、喉に自分の爪を突き立てようとする夕立を羽交い絞めにして止める時雨の姿があった。
「え……あ……?」
困惑に声も出ない。
さっきまで俺が見つめていたみんなは? さっきまで楽しげだったあの雰囲気は? さっきまで嬉しかったあの気持ちは……?
これはいったい、なんなんだ?
「………」
……本当はわかっている。だがそれを認めたくない。
鮮明に思い出される記憶。あまりにも酷く、むごいそれを思い出して――何かがすとんと心に堕ちた。
ああ、そうか。俺は無力だったのか。彼女たちが頑張ってるあの場所で、ただ椅子に座っていただけのカスだったのか。ああ、なるほど。道理で。……道理で、こんなに腹立たしくて、悲しいわけだ。
「殺してやる」
決然と。
「殺してやる」
凛然と。
「殺してやる――」
弔うように、三度繰り返せば、覚悟はできた。
俺も力をつけて、奴らを倒す。
そのためには何をしなければいけないか。――力を付けなければいけない。
俺にとっての力は何か――当然、自分の体と、艦娘だ。
鍛えて鍛えて、鍛えぬかなければなるまい。
復讐に身をやつすために。
◆
「提督……! よかった、気が付いたんだね」
「ああ。……夕立、俺の声が聞こえるか」
時雨への挨拶もそこそこに、狂乱に身を焦がす夕立へと声をかける。
俺の声にいくばくかの理性を取り戻したのだろうか。少しだけ動きが落ち着いて、時雨に余裕ができる。
「よ、ほっ……と」
「――っぽい?!」
隙をついて、時雨が夕立を地面に押し倒す。いきなり地面にたたきつけられた夕立は、強制的に呼吸を乱される。
しかし時雨はそれだけにとどまらない。夕立の腕を、目に見えないほどの速度で後ろで組んで、それを左手で押さえつける。そして、夕立の両腕を、曳航用のワイヤーロープで縛り上げた。
凄まじい速度だった。これが訓練を積んだ軍人の動きなのか、と驚愕するに値する動き。俺とは全く違う。――戦うためだけに磨かれた技術だ。
「これ以上暴れられると、さすがにまずいししばらく静かにしててね」
「……」
「姉妹だっていうのに、ずいぶんと容赦がないんだな」
「常在戦場。戦場では誰に対しても油断出来ないのさ。当然夕立だって一緒だ」
――ああ、こんなにも俺と彼女たちは違ったのか。
時雨は、暗に「脅威となるならば夕立も排除できる」と語っている。……今まで戦場に出なかった俺には、考えることもできなかった行動パターンだ。
それを冷酷と取るか、はたまた別の何かで取るかは、わからない。ただ俺は、その心がけを、なんだかうつくしいかがやきを見る様な気持ちで感じ取っていた。
「……で、提督。加賀さんはどうするの?」
「加賀、か。そりゃ赤城を喪えばああなるよな」
何処か他人事のように見ている俺。
艦娘の喪失に涙するのは、この復讐が終わってからだ。
唐突に襲われて命を奪われた彼女たちに、奴らの穢れた魂を、篝火として煌々と燃え上らせてから――俺は涙を流さなければいけない。
涙は最上の時間に。あるいは最低の時間に流すべきものである。
「……提督は、悲しくないの?」
俺がそんなことを考えているのはお見通しとばかりに、時雨が声をかけてくる。
問いかけてきた時雨も、まるで喪失を悲しんでいないかのような目だった。
よもや、俺と同じようなことを考えているのか? そんなことを考えながら、時雨の言葉に返事をする。
「俺は悲しくないよ。――悲しい気持ちを出すのは、全部が終わってからだ。そういうお前はどうなんだ、時雨。悲しくはないのか?」
「二度目であれば、何とか泣き叫んだり気を狂わせたりすることはないさ。悲しさは、もちろんある。でもそうも言ってられないのも、悲しい気持ちが表に出ていない理由かな」
なるほどな、と俺は思った。
この状況下で気を狂わせることができるほど、時雨は「ヤワじゃなかった」。
むしろ、夕立のように激情に身を任せたり、加賀のように呆然自失と、思考を放棄できた方が幸せであるこの状況下に置いて、それはあまりに無情で――。でも、俺はそれが喜ばしかった。
「さて、どうする、提督?」
天使のように、あるいは悪魔のように。時雨は薄く笑みを浮かべながら二者択一の状況へと俺を追い込んでくる。
「どうするもこうするも、答えは一つ」
「ふぅん? して、その答えとは?」
「――仇討ちだ。復讐だ。蹂躙だ。殲滅だ。それを成し遂げるためには、加賀の力が必要だ。どうにかして、気を確かにしてもらわないと」
その時俺は、自分がどういう表情をしているのかわからなかった。
ふと目に入った、水たまりに自分の顔を映す。
覗き込んだ俺の顔は、知らず笑みを浮かべていた。
書け次第更新します。
提督がどんな感じで力をつけていくのか気になります