死神を食べた吹雪
艦娘と深海棲艦の全面戦争なので好きな艦娘が死ぬことも十分に有り得ます。
バッドエンドでは無いと思っていますが、決してハッピーエンドでもないです。
戦争系の話が好きな人は楽しく読めると思いますが、
艦娘同士のイチャイチャや日常のSSが読みたい方はこのSSは合わないと思います。
パロSSです。
主要人物の簡単なキャラ設定
吹雪:第二艦隊旗艦。通称死神。とにかく強い。ゲームに例えるなら改五くらいの認識
赤城:大和の後を継いで艦娘連合艦隊総指揮を取っている
金剛:赤城に次ぐ立場の指揮艦。勢いに乗ると滅法強いが、猪突猛進気味
比叡:無能クズ。金剛の姉妹艦という理由のみで総力戦において右翼の指揮を取る
大井:比叡の金魚の糞
榛名:類稀なる馬鹿。金剛の姉妹艦という理由のみで総力戦において左翼の指揮を取る
霧島:金剛の姉妹艦の中では唯一の有能。総力戦において金剛の補佐をする
加賀:有能。総力戦において中翼の指揮を取る
瑞鶴:金剛との折り合いは悪かったが実力は本物。そのため、別働隊を率いての最重要海域の制圧を任される
愛宕:第四艦隊旗艦。大和連合艦隊が撃滅された際の生き残り
陸奥:大和連合艦隊所属。壊滅時に大和と共に死亡
長門:元有能な秘書艦。陸奥の死をきっかけに権力を求めるようになる
離島棲姫:深海棲艦総指揮を取る。軍師の面も併せ持つ深海棲艦の柱
飛行場姫:武勇において深海棲艦筆頭。総力戦において左翼の指揮を取る(VS比叡連合艦隊)
中間棲姫:飛行場機の配下。総力戦において前方海域の守備をする
戦艦棲姫:熟練の指揮官。総力戦において右翼の指揮を取る(VS榛名連合艦隊)
――鎮守府より前線基地への伝令
鎮守府中枢にてクーデター未遂事件発生。
首謀者は元第一航空戦隊、鳳翔及びその一派。
赤城の指示の元、提督及び秘書艦の殺害を計画し、実権を握らんと企んだものと思われる。
秘書艦長門の諜報活動により未然に防ぐことに成功した。
憲兵隊は、至急赤城を拘束し、鎮守府へその身柄を送還せよ。
抵抗した場合は、生死は問わないものとする。
前線基地の指揮艦には、代理として金剛を任命する。
===前線基地 鎮守府までの道中===
速水「黒旗に白カラスの紋章、武勇の誉れ高い吹雪さんとお見受けします!
私たちは前線基地所属の補給艦隊です! 赤城さんの護衛任務の引継ぎをお願いします!」
吹雪「了解しました! この旗印に賭けて、確実に赤城さんを鎮守府までお送りします!」
速水「宜しくお願いしますッ! 私達は急ぎ前線基地防衛に戻らねばなりません! それでは、これで失礼します!」
必要な事だけを告げた後、艦首を返して駆け始める艦隊。偉そうな事を言ったが話は簡単。指揮権を取り上げられた赤城を、鎮守府まで護送するだけである。
護送まで1ヶ月も掛かったのは前線基地での混乱を抑えようとした赤城の指示である。赤城に忠誠を誓う艦娘達が暴発する可能性があったのだ。彼女らの説得に赤城自らが乗り出し、時間は掛かったが見事に成功したのだ。
赤城の姉妹艦の加賀は、赤城が立つのならばそれに従うと公言していた程である。
忠誠心篤い一航戦赤城は、義憤に沸く艦娘達を説得した功により鎮守府に送還され、一航戦としての名誉、指揮権を剥奪された上、親交の深い鳳翔ら共々誅殺されると言う訳である。
赤城「任務ご苦労様。英雄と名高き吹雪さんに見送ってもらえるとは、良い土産話が出来たものね」
吹雪「光栄です! この駆逐艦吹雪、全身全霊を尽くし鎮守府まで護衛させて頂きます!」
赤城「ふふふっ、ありがとう。共に戦う機会がなかったのが、実に残念ね。死神と評されるその武勇、私もこの目で見たかった」
吹雪「――はい、私も残念です!」
赤城「それでは道中宜しく頼むわね、吹雪さん」
吹雪「了解しましたッ!」
鎮守府までの道中、息を切らせた加賀が現れたりといった出来事はあったが、特に問題なく護送任務は進んだ。
加賀「赤城さん。私と逃げましょう。このまま鎮守府へ行ったら殺されます!
あいつらは話を聞くつもりなどありません! 問答無用で処刑するつもりなんです!
鳳翔さんも龍驤さんも第七駆逐艦の子達も、皆連れて行かれてしまいました!」
赤城「私は何も悪いことをしていないのに、逃げる訳にはいかないでしょう?
逃げるということは、後ろめたい事があると自ら認めることになるもの。
仮にも指揮艦であるこの私がそんな卑怯な真似をする訳にはいかないわ。
提督に直接御会いして、この身の潔白を証明しなければならないわ」
加賀「ですが!」
赤城「良く聞きなさい加賀。貴方は私の後任で深海棲艦との戦いの指揮艦になる金剛さんの補佐をしなさい。
彼女は好戦的だわ。間違いなく打って出ると思います。でも、今はその時では無いの。
決して鎮守府海域から動いてはいけない。徹底的に守りを固め、敵の自壊を待つべきよ。
早まったまねをするようなら、貴方が窘めてあげて。」
加賀「赤城さんが召喚に応じるというなら、私も鎮守府へ!」
赤城「私の我が儘に貴方まで道連れにする訳にはいかないわ。鎮守府にいる他の子達にも出来る限りそうしてやりたいのだけれど。
恐らく、私と深い繋がりのある子達は全員拘束されているでしょうね」
加賀「どうして、どうして身を粉にして働いてきた赤城さんが罪人扱いにッ!?」
赤城「世の中、割り切れない事は多々あるという事ね。私も勉強になったわ。……代償は些か高かったようだけれどね」
加賀「でもッ! こんな話はおかしいです! 私は納得できませんッ!」
赤城「話は終りよ、加賀。いつまでもここに留まっているわけにはいかないわ。息災に過ごしてね。私は貴方の幸運をいつも祈っているわ」
赤城が目で合図をすると、加賀と共にやってきた五航戦の2人が強引に両脇を抱えて引き連れていく。
彼女達は赤城が一際目をかけた艦娘で、誰よりも信頼がおける。最後まで加賀の支えとなってくれるだろう。彼女達の働きに報いてやれないのが残念だと赤城は思った。
加賀は抵抗しようともがいたが、やがて諦めたのか声を押し殺して泣き始めた。
赤城「ごめんなさいね、吹雪さん。姉妹艦の見苦しいところを――」
吹雪「私は艦隊の仲間達と話し合っていたので、何の事か分かりかねます。赤城さんの準備が宜しければ、そろそろ出発しますが」
赤城「……ええ、宜しく頼むわ」
吹雪「第二艦隊、出発しますッ! 進行開始!! 目的地、鎮守府!」
無実の罪人を乗せて、死神の行列は鎮守府目指してひたすら進んでいく。
鎮守府到着後、吹雪は即座に前線基地へ向かえと命令され、休む間もなく出立する羽目となる。甘味処 間宮のご馳走を楽しみにしていた吹雪は軽く眉間に皺を寄せた後、諦めた表情で了解した。鎮守府にはどうも縁がないらしいと嘆息しながら。
別れ際、赤城は『鎮守府を頼みます』と吹雪の手を取り、静かに、だが力強く話しかけた。吹雪が軽く頷くと、赤城は何度か頷き、無念で身体を震わせる。やがて、痺れを切らした長門の手の艦娘達に乱暴に連れて行かれていった。
この後、赤城は身分、権限の全てを剥奪された上、反逆を企てた罪を着せられて投獄された。提督に弁明する機会は一切与えられなかった。
1週間の後、赤城は獄中で死んだ。
===鎮守府提督室===
長門「提督、お疲れのところ失礼します。長門です」
提督「…長門か。こんな時に何用か」
長門「はい、謀反を企てた赤城が獄死しましたので、報告にまいりました」
提督「……そうか。赤城は死んだか。一航戦の誇りとまで呼ばれた艦娘が」
長門「反乱に参加したと思われる者の処刑は既に終えておりますのでご安心を」
提督「…………」
長門「提督、どうされました?気分でも?」
提督「…………」
長門(まぁこの無能がこんな感じなのはいつものことだろう)
長門「秘密裏に進めてきた深海棲艦との交渉の件ですが、ようやく終わりが見えてきました。
恐らく、そう遠くない間に停戦交渉はまとまるかと思われます」
提督「…………」
長門「交渉を有利に進めるため、新しく艦娘指揮官に任命した金剛には、海域奪還を命じました。
今決定的な一撃を浴びせれば、深海棲艦は必ずや瓦解するでしょう。
間もなく、鎮守府には安穏の日々が訪れることは間違いありません」
提督「……長門よ。私がこの地位に就けたのはお前のおかげだ。
私は無能で、ただ貴族の者として生まれただけの何の取り柄もない人間だ。
死んだ親族に勝っている事など一つもなかった。自分でも分かっている。
それを、お前の働きでこうして提督となることが出来た。心から感謝している」
長門「……何を仰られます提督。提督なくしては鎮守府は――」
提督「それ故、お前がこれまで全力で鎮守府の為に尽くしていた赤城を陥れて殺そうが、
際限なく己の私腹を肥やそうが、私は許そう。
私の名を使って、好き勝手に権力を振るうことも構わぬ。私はお前を許す」
長門「……て、提督?」
提督「――だが、何があろうと私を見捨てることだけは許さぬ。
私とお前は一蓮托生。お前だけ生き延びるなど有り得んのだ。
私の鎮守府が滅びる時は、貴様も一緒に死んでもらうぞッ」バンッ
長門「そ、それはッ!?」
長門(あ、あれは私が密かに他の鎮守府の提督へと送った密書…!
この鎮守府が、万が一深海棲艦に敗れた際の保険。
決して提督に見られてはいけないものがどうして…!)
提督「私の寝室に忍び込んだ不埒な者が、親切にも置いていったのだ。
あれは貴様の手の者ではないのか? 深海棲艦ならば私の命はないであろうからな。
……お前は、直属の部下からも信望がないようだな。だが構わぬ。
私はお前を許そう。これは見なかった事にする」
長門「て、提督。それは違うのです。私はただ提督の御身を――」
提督「言い訳は必要ない。もう下がって良いぞ。
直ちに深海棲艦を殲滅し、指揮官の首を私の前に届けよ。
期待しているぞ、長門秘書官」
長門「そ、それでは失礼します…」
長門(馬鹿なッ! 何故この密書が提督の手元にあるのだっ!? 一体どういうことだッ!)
長門(だが、内部に裏切り者がいるとしか考えられん。……調査する必要があるか)
長門(……フン、何が一蓮托生だ。ただの傀儡が偉そうに。
まぁ良い、私は負けぬ。この権力は絶対に手放さぬ。
この鎮守府は私のものだ。誰にも渡さぬ。渡してたまるものかッ)
===前線基地作戦室===
金剛「赤城さんがいなくなった今、私が艦娘全軍を率いることになりまシタ!
比叡、榛名、霧島ー!それぞれ一軍を率いる指揮艦として頑張ってくださいネー!」
比叡「お任せくださいお姉さま!!」
榛名「榛名、全力で、頑張ります!!」
霧島「私も全霊をかけて尽くします」
金剛「頼もしいネー!まずはこれからのことについて話すネ!
私は現時刻を持って鎮守府内の待機中の全艦娘に対して大攻勢の号令を出しマス!
全軍一丸となって深海棲艦に痛烈な一撃をお見舞いしマスヨ!!」
比叡「おー!お姉様にふさわしい、初めての総指揮艦としての作戦です!!」
榛名「さすがお姉様です!!」
霧島「お姉様らしい作戦ですね」
金剛「嬉しいネー!じゃあ早速――」
加賀「私は反対だわ」
比叡「指揮艦はお姉様なんだぞ!口出しできる立場じゃ――」
金剛「ヘイヘイ比叡、此処は軍儀の場。立場は関係ないネー。
――加賀、考えを聞かせも貰ってもいいデスカ?」
加賀「別に。今大攻勢を仕掛けるのは無謀が過ぎると言っているだけ。
勇気と蛮勇は違う。今は耐えて敵の瓦解を待てば良いの」
金剛「何とも情けないことデスネー」ヤレヤレ
金剛「臆病者の赤城の側にいて毒されてしまったのデスカー?」
加賀「――何?戦艦風情が、一航戦に舐めた口を利かないでもらえるかしら」
金剛「今は私が艦娘の指揮艦をやっていマス。
貴方も誇り高き一航戦様の片割れのように永遠に静かにしていて下サイ。
きっと貴方でも志気を上げる為のマスコット程度の役には立ちマスヨ」
加賀「――赤城さんを貶めたわね?」ガタッ
金剛「――上官へのその言葉使い、性根を叩き直す必要がありそうデスネ」ガタッ
霧島「そこまでにしてください」
金剛「霧島ー、でもデスネ」
霧島「今のはお姉様が喧嘩を売ったことが原因です。
軍の頂点なのですから、今後は無用な争いを起こすような行動は控えてください」
金剛「むー、分かりマシタ霧島…」
霧島「流石お姉様は素直で助かります。
加賀さんも、赤城さんに今後のことを伝えられた故のことなのでしょう。
しかし、今はお姉様が艦娘の指揮艦なのです。最低限敬意は払ってください」
加賀「……分かったわ」
霧島「作戦のことですが、私はお姉様の方針は悪くないと思っています。
引き籠もっているだけでは敵は倒せません。
瓦解を待つにしても、もうこの海域には資源の余裕がありません」
霧島「もちろん赤城さんの言うことも良く分かってはいます。
けれどお姉様は持久戦よりも短期決戦を選んだのです。どちらが悪いとも言えないのでは」
加賀「で、でも赤城さんは…」
霧島「納得できないならそれでも構いません。
しかし、こちらには提督からの勅命があるのです。
作戦に協力するのは義務だと思ってください」
加賀「…ッ!」
加賀(ああ、勅命など無視してしまえと言えたらどれほど楽か。
でも、そんなことをしてしまえば私だけではなく
一航戦としての矜持を最期まで守り抜いた赤城さんの顔に泥を塗ってしまう)
加賀(やるしかないなら、成功させなければならない…か)
加賀「分かったわ、大攻勢に出るなら、協力は惜しまない」
霧島「ご理解ありがとうございます」
金剛「ありがとうネ加賀。貴方は栄えある一航戦として多数の海域で指揮を執ってましたネ。
この度の作戦では、中翼の指揮を取ってくれマスカ?」
加賀「分かったわ、金剛」
金剛「それじゃあ改めて、これから号令を出しマース!
それから具体的な作戦を話し合いまショウ!」
===決戦海域 右翼===
比叡「ーーお姉様…何故…」
ーーー
ーーーーーー
ーーーーーーーーー
比叡「お姉様!何故瑞鶴さんに右翼の別働隊などを指揮させるのですかッ!
しかも切り込み役を吹雪のような駆逐艦の小娘に任せるなんて有り得ません!
そのような重要な役目は、お姉様の姉妹艦の私達に任せてください!」
比叡(一番働き甲斐のありそうな右翼別働隊を何故瑞鶴さんに任せるのです…!
自分の役目が、最近旗艦になった小娘の後詰なんて納得できません)
比叡(この作戦が上手くいった場合、吹雪は分断成功の戦功を挙げる事になり、
下手をすると私と同じ階級の指揮艦となる。冗談でも笑えない。
駆逐艦と同じ階級など想像しただけで眩暈がする。)
金剛「比叡。今回の戦いは何としても勝たなければならないのデス。
吹雪の凄まじいまでの武勇は、味方だけではなく、深海棲艦にも知れ渡っている程デス。
敵陣を突破する切り込み役に最適だと、私は判断しマシタ。
そして、その後詰には比叡が最適であるともネ」
比叡「で、でもお姉様!!」
金剛「比叡!!これは決定事項デス!今更変更などありえマセン!
比叡は大人しく私の言うことに従っていれば良いのデスッ!」
比叡「―ッ。わ、わかりました、お姉様」
金剛(私が一喝しただけで引いてしまうナンテ…
やはり比叡には普段は豪快でも肝心な時に小心な面がありマス。
切り込み役を任せるのは危険デスネ)
ーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーー
比叡「…………」
大井「比叡さん、宜しかったのですか?」
比叡「ふん、戦というものは、一旦始まれば現場の判断が優先されるもの。
臨機応変の指揮こそが、私達指揮艦には必要なのだからね。
それに、吹雪が功を焦って突出してしまう、といったことも考えられるよね。
そうなっちゃえば、私達としてもどうすることも出来ない」
大井「……成る程、それは、仕方ありませんね。
指揮艦への出世を望むあまり、旗艦が功を焦って戦死というのは、ありがちな話です」
比叡「むしろ、吹雪を見捨てて、敵が油断した所に私達が切り込んだほうが良いかも知れない。
ふふっ、噂の武勇があれば生き残れるはず。私達が支援する必要など全くもってない。
戦いには勝利し、邪魔者には消えてもらうよ」
===決戦海域 別働隊===
瑞鶴「まずいわね、想定以上に堅固な陣を築いている。
この短期間で大した物ね。深海棲艦の指揮艦も中々やるわ」
翔鶴「瑞鶴、感心している場合ではないわ。迅速に攻め落とさないと」
瑞鶴「分かっているわ翔鶴姉ぇ。潮、狼煙を上げて!向かい側の別働隊に攻撃開始を知らせるのッ!」
潮「はいっ!」
瑞鶴「翔鶴姉ぇッ!潜水艦を進軍させて!目標、前方水域ッ!艦載機と連携して攻め立てるッ!
敵の防御陣形を魚雷で粉砕するッ!」
翔鶴「了解よ。潮、潜水艦の皆を進軍させて。水上艦は防護網を構築後、彼女達の援護に当って。
決して突出しないようにして。連携を取りながら前進するのッ!」
潮「了解しましたッ!」
瑞鶴「全員奮起してッ!この戦いに鎮守府の命運が掛かっているの!私達は必ず勝利するッ!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!』
――瑞鶴連合艦隊、戦闘開始。
===決戦海域 左翼===
榛名「う~ん……」
足柄(何を迷っているの。もう前線は戦いを始めているのよ…!)
足柄「榛名さん!ご命令を!」
榛名「は、はい。金剛お姉様からは、敵を引き付けてと指示を受けているのですが。
……果たして攻めれば良いのか、守れば良いのか。
こんな事は習っていません。戦線を膠着させるには、まず――」
足柄「榛名さん!」
榛名「待って、今考えます。私は指揮艦まで上がってきた艦娘です。
何事も慎重に動かなければいけません。
ここでの失敗は取り返しのつかぬ事態を招くでしょうから。時間を掛けなければ。
もう少し考えさせてください。かつての模擬演習では、果たしてどうでしたか」
足柄「榛名さん、そんな時間はありません!既に交戦を開始しているのです!
直ちに艦娘達に指示を与えなければなりませんッ」
榛名「静かにして!私は今考えているんです!結論が出るまでは現場の判断に任せますっ!」
足柄「は、榛名さん!」
足柄(やはり金剛さんの姉妹艦というだけの艦娘…!
指揮艦としての力など備わってなかったのね…!)
===決戦海域 左翼 前線===
夕張「…ッ!指示はまだなのッ!?」
秋月「ま、まだ届いていませんっ!!夕張さん、私達はどうしたら!?」
夕張(命令が届いていないということは、裏を返せば現場に判断を一任しているということ…なら…)
夕張「第三艦隊に告ぐ、最重要に守るべきことは『死なない事』!!」
夕張「軍規に反しない程度に戦い、適当にあしらって後退するわよ!
また付け入る隙があると判断すれば、適当に仕掛けて手柄を上げなさい!」
『おおッ!!』
士気が低下したとはいえ、今は亡き赤城が徹底的に鍛え上げた精兵達だ。下士官達には優秀な者が多い。
恐らく、榛名がまともに指揮を出していたら、即座に撃滅されていただろう。
一翼を率いて戦った経験など、この艦娘にはないのだから。
===決戦海域 右翼 (深海棲艦側)===
読みやすさのため、平仮名で書きます
戦艦棲姫「くそっ、敵も中々やるわね!攻めると見せかけて引き、引くと見せかけて攻めるとは。
深追いは避けなさいっ、伏兵がいる可能性があるわッ!決して引き込まれないようにッ!」
レ級「戦艦棲姫様、一度総攻撃を指示しては如何でしょうか。
見る限り、敵は統率の取れた動きとは言い難いものがあります。
圧力を掛けて様子を見ては?案外、あっさりと崩壊するかもしれません」
戦艦棲姫(レ級には分かっているようね…敵に策などないことを。でも…!)
戦艦棲姫「離島棲姫様から総攻撃は固く禁じられているのッ。
作戦発動までは決して総攻めを行ってはだめとね!
……私が見る限り、艦娘軍は指揮を現場に一任しているのでしょう。
敵の指揮官は、余程の天才か、類稀なる馬鹿のどちらかよ。
とてもではないけど、私には出来ない。
下手をすれば、全部隊に大混乱を招くのだから。実にやりにくい相手ねッ、忌々しい!」
戦艦棲姫(作戦発動までの辛抱ねッ!この戦の勝敗は離島棲姫様の采配に掛かっている。
何としても成功してもらわなければ。任せました、離島棲姫様!)
――決戦海域 艦娘軍左翼、戦線膠着。
===決戦海域 右翼 前線===
吹雪(『敵左翼を分断せよ』…ね)
吹雪「皆さん、このまま深海棲艦の陣に風穴を開けます!突き進んでください!!」
神通「吹雪さんッ、ここまでは計画通りです。比叡さんに合図を送ります!」
吹雪「はい、合図は任せますッ!誰か、愛宕さんに連絡を送ってください!
比叡さんが到着するまでは、この地点を維持します!
その後私達は敵左翼中央部に攻め入りますッ!!」
川内「了解した!!」
吹雪「愛宕さん達と合流次第、第二艦隊は撹乱行動を取りながらこの戦線を維持します!
決して動きを止めてはいけません!狙い撃ちにされます!!
動き回って敵深海棲艦を蹂躙しますよッ!!」
夕立「了解っぽい!」
吹雪(当初の狙い通り分断に成功したけど、これは一時的に水を掻き分けたような物。
即座に堰を構築しなければ、再び飲み込まれてしまう。)
吹雪(でもここを取れば、敵指揮艦が直接狙える。リスクに見合うものはある)
吹雪(一刻も早くここに増援を!!)
指揮艦の比叡に与えられた命令は単純明快。
吹雪率いる第二艦隊から狼煙が上がり次第、直ちに突撃命令を下せというものだ。
この程度ならば、小心者の比叡にも成し遂げることが出来るだろうという、金剛の判断だった。
===決戦海域 右翼===
大井「……比叡さん、第二艦隊より狼煙が上がっておりますが」
比叡「ふふっ、兵法を知らぬ新米旗艦の判断など当てにならないな。
連合艦隊投入の時期は、私が判断する。突撃はまだ早い。早すぎる。そうは思わない?」
大井「はい、時期尚早かと思われます。功を焦る余り、吹雪は判断を誤ったのでしょう。
ここは、百戦錬磨の比叡さんの判断が優先されるべきかと」
比叡「うん、なら仕方ないかな。
全隊に連絡して、私の合図があるまで決して動かないようにと厳命するんだ。
何が起ころうと動いてはいけない。
反した艦娘は軍規違反に問い、必ず厳罰を与えると伝えるように」
大井「了解しました。……しかし、比叡さんの読み通りですね。ご慧眼に感服しています」
比叡「神様も私に味方しているみたい。
金剛お姉様が出世すれば、私も必然的に昇進する。深海棲艦は壊滅し、邪魔者はここで死ぬ。
私の行く手を邪魔する者は何もなくなるという訳。勿論貴方もついてきてもらうね?
私は忠勤を忘れるような艦娘ではないつもりだから」
大井「はい、どこまでも比叡さんにお供します」
比叡「じゃあ、身の程を弁えていない駆逐艦の最期を共に見届けよう。
さて、どのような死に方をするのやら。ふふふっ!実に良い気分!」
比叡(愚かな駆逐艦の子。駆逐艦風情が、この私に肩を並べようなどと思い上がるからこうなる。
ふふっ、己の愚かさを悔いながら、泣き喚いて死んでね)
――比叡連合艦隊、突入せず。
===決戦海域 右翼 前線===
神通「な、何故動かないのッ!?何度も狼煙は上げているのに!
このままでは、折角の好機が――」
吹雪「それはですね、神通さん。私達は見捨てられたんですよ。分かりやすくて助かりますね」
神通「どうしてッ!?今突入しなければ、この作戦は完全に失敗するというのにッ!」
吹雪「比叡さんにとって、私は深海棲艦よりも邪魔で目障りだったということですよ。
その為に、勝機を逃し、一翼の艦娘を見殺しにする事を選んだ。ただそれだけでしょう?」
吹雪(帰還次第、比叡は必ず殺す。必ず、何があっても殺す)
神通「そ、そんな」
神通(そのような理不尽な考えで、勝機をみすみす逸するなど、有り得ない。
そんな愚か者が、何故指揮艦などという地位にいるの!?)
愛宕「……吹雪ちゃん。このままでは、何も出来ずに全滅しちゃうわ。
ここは一隊がこの場に残り死守、残りは作戦通りに前方海域へ攻め入るべきね。
瑞鶴連合艦隊は、現在も攻勢を掛けている。側面から援護をしてあげなきゃ」ハァハァ
神通「し、しかし、援護も何も、私達が――」
愛宕「無論全滅する覚悟がいるわ。確実に死ぬでしょうね。
でも、前方海域を奪えばこの戦いはまだ分からない。
ここで海域を奪えず、私達が全滅すればこの戦は負けてしまうの。
だから、何としても攻勢を仕掛けなければいけないのよ」
吹雪「それじゃあ、私と第二艦隊のみんなが残ります。
ここから東方向に、深海棲艦総大将だと思わしき艦影を見つけました。
多分離島棲姫がいると思います。あれを沈めれば、この戦いは終わりますよね?
陽動ついでに敵の親玉を討ち取ってきます」
愛宕(あそこに辿りつくのはどう考えても無理ね。
目的地は、幾重にも張り巡らされた戦列を突破し、防御陣形を崩した先なのだから。
しかも増援が来る事を考えれば、天地がひっくり返っても不可能よ。)
愛宕「吹雪ちゃん。あなたの艦隊なら、この包囲を突破して前方海域へ攻勢を掛けることが出来るわ。
でも、私達の艦隊は被弾が多くて、残念ながらその機動力がないの。
残るのは私達に任せてね」ニコッ
吹雪「愛宕さん。軍隊では階級が絶対でしたよね。先日、貴方が言ったのだから。
あの時とは違って今は私の方が少し上の立場です。上官の命令は絶対です。
それが軍隊というものですよね。私の命令に従ってください。
愛宕さんの隊は、直ちに前方海域へ突撃を開始してください」
愛宕「……あの時から変わらないわね、吹雪ちゃん。
死の間際だというのに、よくも飄々としていられるものね」
吹雪「ふふ、第二艦隊旗艦ですから。それで、納得してくれたなら、すぐに行ってくれます?
私達は、これから深海棲艦の指揮艦の首を取りに行きますから。
無駄話をしている時間はないです」
ゴソッ
吹雪「?何をしているんです?……それは、煎り豆?」
愛宕「……これで決めましょう。あの時もそうだったように。印のついている方が当りよ。
当ったら前方海域へ進軍、外れはここに残り時間を稼ぐ。良いわね?」
吹雪「……断ると言いたいですけど、貴方は納得しないのですよね?」
愛宕「そういうこと。年長者の意見は聞くものよ」
吹雪「……良いですよ。それじゃあ、さっさとやりましょう。もう時間がないですから」
愛宕「右か、左か」
吹雪「左でお願いします」
愛宕「……運が良いわね、吹雪ちゃん。この通り、貴方が当りよ。
吹雪ちゃんには前方海域へ行ってもらうわ。……後は任せました」
吹雪「右手を見せてみなさい。右手を開けて見せろ、旗艦愛宕」
吹雪の言葉に従わず、右手に握りこんだ豆を口に放り込み、一気に噛み砕く。
愛宕「時間がないわ、吹雪ちゃん。一刻も早く前方海域へ!」
吹雪「……神通さんッ、艦隊を縦列に組んで!!前方海域へ突貫するッ!!」
神通「は、はいッ!!わかりました!!」
吹雪「愛宕さん、後は任せます。また、会いましょう」
愛宕「もちろんよッ!!いずれ、また!」
*
愛宕「第四艦隊のみんな。こんな事になってごめんね」
高雄「仕方ないわ。それに愛宕ちゃんと一緒になら何処へだって行く勇気が沸くの」
雪風「この艦隊には雪風の幸運の女神がついてるから大丈夫です!」
天津風「私も最期まで力の限りを尽くして戦います!!」
摩耶「最期まで付き合いますよ!」
竜田「愛宕さんにはお世話になったしね~」
愛宕「ふふっ。みんなありがとう!」
チラッ
愛宕(凄いわね。あんなに兵力差があるのに確実に前に進んでいるわ。
駆逐艦なのに、お伽噺の戦艦のような子だったわね。
それにあの英雄には似つかわしくない態度と表情。この先を見ていたかったけどこれで見納めね…)
高雄「愛宕ちゃん、良い物を持ってるんだけど、掲げて良いかしら?
愛宕ちゃんもきっと気に入ると思うわ」
愛宕「……何を?」
高雄「これよ」
愛宕「これ、壊滅した大和連合艦隊の軍旗じゃない。亡くなった大和さんの紋章の入ったものね。」
愛宕「許可するわ。全く、高雄ちゃんは物持ちが良いわね」
高雄「大和さんは私達に良くしてくれたしね。こうして持つと大和さんの力が僅かでも得られる気がするわ。
愛宕ちゃん、ここまで一緒にいられて、本当に楽しかった」
周りにいる他の艦娘が、愛宕をちらりと見て、同意するように頷く。
愛宕「……ごめんなさいね。悪いけど最後まで付き合ってもらうわよ」
高雄「命令をッ!!」
愛宕「大和連合艦隊、第四艦隊突撃開始ッ!!私達の意地を見せ付けつけるのッ!!
深海棲艦主将の離島棲姫の首を上げるのよッ!!進軍ッ」
『大和連合艦隊万歳!第四艦隊万歳!!』
『鎮守府万歳ッ!!』
『突撃ッ!!』
愛宕「いくわよッ!!」
『おおおおおおおおおおおおおッッ!!!!』
「艦娘が来るわよっ!備えなさいッ!」
「こいつら、死ぬのが怖くないのかっ!?」
「突破されるな!この先は離島棲姫様の本陣よ!」
「寡兵の敵に何を慌てているのっ!落ち着きなさい!!」
第四艦隊は勇敢に戦った。戦列を三層突破し、防御陣形までたどり着いた所で彼女らは限界を迎えた。
飛行場姫(素晴らしい武勇ね。部下に討ち取らせるのは惜しいわ)
愛宕「ハアッ、ハアッ!」
飛行場姫「名のある艦娘とお見受けする。私は深海棲艦幹部、飛行場姫。手合わせをお願いしたい」
愛宕「……大和連合艦隊、第四艦隊旗艦愛宕よ!いざッ!!」
深海棲艦幹部と聞いた愛宕は即座に道連れにすることを決意。
回避を捨てて放ったその一撃は、間違いなく生涯で最高のものだった。
飛行場姫「ッ!…惜しかったわね。満身創痍でなければ、命中していたかもしれなかった」
飛行場姫「ここまでよく頑張ったわ。……お休みなさい」ドォン!
愛宕「……や、大和さん、ご、ごめんなさ、い。吹雪ちゃん、後は――」
飛行場姫「敵ながら見事な気迫の艦娘だったわ。丁重に葬りなさい。」
愛宕が討ち取られると、孤立していた艦娘達も後を追うように死んでいった。
*
神通「吹雪さん、第四艦隊が壊滅しました」
吹雪「……そうですか。残念ですね。でも、きっとそのうちに会えますよ」
神通(深海棲艦の追撃がもうすぐそこまで迫っている。
敵を正面突破しながら進む私達は、どうしても速度が遅れてしまう。)
神通(――ごめんなさい)
チラッ
神通は最後尾にいる川内と那珂に合図を送る。
決して吹雪に気付かれないように。知られてはならない。
『死兵となり時間を稼いで』
神通が予め姉妹艦に伝えておいた言葉である。最後には自分も死兵となるつもりだ。
川内(大丈夫。前を向いて、吹雪に気が付かれちゃうよ)
那珂(那珂ちゃんの魅力で深海棲艦を惹き付けてあげる!)
彼女達は捨て駒だ。吹雪を前に進ませる為の、ただの時間稼ぎ。
神通(こうでもしなければ、前方海域に辿り着く前に全滅してしまう。
仕方ないとはいえ、本当にごめんなさい。全てが終わった後に私も必ず後を追うから)
脇目も振らず前方海域を睨みつけている吹雪は、気付かない。
夕立と睦月は、反転の意図を察して押し黙っている。
神通「やはりこちらは手薄です。深海棲艦は瑞鶴連合艦隊へと主戦力を当てています。
このまま前方海域に切り込みましょう。
愛宕さんが作ってくれた貴重な時間を、無駄には出来ません」
吹雪「そうですね。予定通り、前方海域を制圧しましょう。絶対に制圧します」
*
那珂「ねぇ川内ちゃん」
川内「なんだ?那珂」
那珂「私達はこうして囮役を引き受けたわけだけどさ。
神通ちゃんのことだから、自分も後を追おうとか考えてないかな」
川内「…しまった。忠告をしてくるの忘れた。神通は真面目だからなー」
那珂「…戻って言い聞かせてきた方が良いかな?」
川内「そんな余裕無いよ。まぁ多分吹雪が止めるさ。おっと、そんな事言ってる間に」
那珂「うん、お仕事の時間だね」
那珂「深海棲艦のみんなー!那珂ちゃんに逢いに来てくれたの-?」
タ級「…時間が無い、構わず行くわ。今は何よりも死神を仕留めることが先決だから」
那珂「えー?みんな行っちゃうのー?」
ドォン!
タ級「ッ!」
那珂「那珂ちゃんライブ中に抜け出されるのは悲しいなー」
タ級(死神以外は雑魚かと思えば違ったらしい。後ろから追撃されるのは危険ね)
川内「悪いんだけどさー。これ那珂のラストライブなんだ。最期まで観てってよ」
タ級「作戦変更。こいつらを先に潰すわ」
『オオッ』
川内、那珂はタ級率いる深海棲艦追撃部隊に対して驚異の粘りを見せた。
結果、両名の命と引き替えに為された遅滞戦闘によってタ級は第四艦隊への追撃を諦めた。
===決戦海域 金剛本陣===
霧島「お姉様。周りの子達が怖がっています。落ち着いてください」
金剛「これが落ち着いていられる状況デスカッ!」ギリギリ
金剛「比叡に再度伝令を送りなサイっ!!直ちに進軍しなさいと厳命しするのデスッ!
あの子は艦隊を進軍させる事すら出来ないのデスカっ!!嫌だと言ったら、拘束してしまいなサイ!!」
羽黒「か、かしこまりました!」
加賀「…………」
加賀(吹雪が突入して命がけで構築した空隙は、既に埋まってしまっている。
突入した艦隊は、包囲を受け壊滅している可能性が高い。あれでは無駄死にね。)
霧島(お姉様、何をしているのです。瑞鶴連合艦隊は既に攻め上がっている時間帯です。
今更作戦を変更することは出来ないのですよ。)
この作戦では海域制圧の為に、大軍を割いている。
それが無為に終われば、この戦の趨勢は深海棲艦に傾いてしまう。
金剛「Shit!!比叡も榛名も何故まともに指揮を取る事が出来ないのデスカっ!
指揮艦にまで上がっておきながら、一体何を学んできたのデスかあの子達はっ!!
特に比叡、ただでは済まさないデスヨっ!!」
加賀(やはり、金剛は総指揮艦の器ではないわ。赤城さんなら、果たしてどうだったのでしょうか。)
加賀(まだ勝負は決まってはいない。厳しいけど、何とか挽回しなければ。
例え内部が腐りきっていても、赤城さんの守ろうとした鎮守府。
赤城さんから貰った想いには、この命に代えても応える)
===決戦海域 右翼===
金剛から矢のような催促を受け、比叡連合艦隊はようやく進軍を決定。
比叡(前面の艦隊は、第二、第四艦隊と戦った後で激しく疲弊している。
この連合艦隊で正面から突入すれば、必ず押し破れる!)
比叡「奮戦空しく壊滅した第二、第四艦隊の仇を取るよ!
栄光ある連合艦隊の艦娘の皆、前へ進んでっ!遅れをとらないようにっ!
ひたすら蹂躙する!!手柄を上げれば、望みのままに褒美をあげるっ!全軍、突撃!」
白々しい言葉を吐きながら、比叡は手を突き出す。
傷一つない豪奢な艤装を身に纏い、得意満面の笑みを浮かべている。
この艦娘の中では、勝利は既に決定していた。
===決戦海域 左翼 深海棲艦側===
飛行場姫配下の中間棲姫は厳しい戦いを強いられていた。
西部から攻め寄せる瑞鶴連合艦隊の攻勢は苛烈であり、与えられた艦のうち半数以上を防衛の為に割かれていた。
この海域では海流が強く、艦隊を配置転換するには時間が掛かる。
中間棲姫(切り込んできた敵部隊は完全に包囲し、壊滅は時間の問題…ね)
中間棲姫は先程受け取った伝令の内容を思い起こす。
中間棲姫「東部からの圧力は消えた…今が機ね」
中間棲姫「海流に乗って、敵艦に向かい総攻撃をするわっ!
全守備隊に伝令、勢いのまま海流を下れと伝えてっ!
手柄は挙げ放題よっ!数は同数、士気、地の利に勝る私達に負ける要素はないっ!」
リ級「了解しました!」
中間棲姫「ここで、パールハーバーの恥辱を雪ぐのよっ!」
陣形を整えた艦隊が、攻めあがる瑞鶴連合艦隊に対していよいよ総攻撃を仕掛けようとしたその時。
リ級「ち、中間棲姫様!! て、敵襲です!」
中間棲姫「落ち着きなさいっ!敵は西部の連合艦隊のみ!完全に捉えているわっ!」
リ級「ち、違いますっ!海域東部より、敵艦隊が凄まじい勢いで迫ってきますッ!!
く、黒地に白カラスの紋章!死神です!死神吹雪が現れました!!」
中間棲姫「ふざけてるの!奴らは完全に重囲していたじゃないのっ!何を血迷った事を――」
砲撃により防御陣形を破壊しながら、敵の艦隊が現れる。先頭を走るのは血に染まった死神。
峻烈な勢いで、こちらへと駆け寄ってくる。
中間棲姫(おかしい。東部の艦隊を動かしたとはいえ、何故こうも容易く突破されるの。)
中間棲姫(そういえば、さっき離島棲姫の配下が、何やらこの海域の近辺を動き回っていると報告があった。
……まさか、これは離島棲姫の)
吹雪「戦闘中に余所見とは随分と余裕ですね。それじゃあ、さようなら」
リ級「中間棲姫様ッ!!」バッ
吹雪「あらら、外しちゃいました。でも次は確実に沈めます」
リ級から飛び散る赤い液体を眺めながら、中間棲姫は己の死を確信した。そして、何故自分が死ぬのかも理解した。
中間棲姫(私は、離島棲姫に嵌められたのね。いくら死神でも、あれだけの重囲を突破できるとは思えない。
あの女が、死神の手助けをした。いえ、死神の鎌を利用したというべきね。)
この海域は、中間棲姫に用意された処刑台だった。
戦後、確実に政敵になるであろう中間棲姫の処刑台。死刑執行人は目の前のこの駆逐艦。
中間棲姫(……離島棲姫。貴方、まともに死ねると思わないことね。先に地獄で待っているわッ!)
手を握り締めた瞬間、怨嗟の声を上げる漆黒の砲塔が、中間棲姫の体を撃ち抜いた。
===決戦海域 右翼 前線===
吹雪「……この場所で私達の狼煙を上げてください。瑞鶴連合艦隊に伝わるように全力で。
私達は、前方海域を制圧した。敵指揮艦の首も上げた。作戦は、依然順調であると、全軍に伝わるように」
神通「――はい、任せてください」
死屍累々たる海域に、途切れることのない狼煙。
海域が制圧された事に動揺した左翼西部の深海棲艦軍は、たちまち潰走を始める。
瑞鶴はそれを撃破しながら海流を遡り、吹雪との合流に成功した。
前方海域は完全に艦娘軍の勢力下に落ちた事になる。
===決戦海域 本陣 深海棲艦側===
ヲ級「離島棲姫様。艦載機より入電がありました。前方海域が陥落、中間棲姫は戦死した模様。
死神は海域にて狼煙を上げています」
離島棲姫「そう。じゃあ手筈通り、特務魚雷隊を前面へと出してくれる?合図があるまで待機してて」
ヲ級「了解しました」
離島棲姫「…………」
離島棲姫(ほぼ計画通りの展開ね。
後の障害となるであろう中間棲姫には死んでもらい、死神は戦域端の海域へと追いやった。
艦娘軍が無能すぎたから、多少の誤差は生じたけど、全く問題はないわ)
ヲ級「前方より敵連合艦隊が接近しておりますが」
離島棲姫「こちらからは手を出さないようにね。限界まで引き付ける様に伝えるの。空母にも待機命令を。
私が指示を出すまで、絶対に動かないように。乱した者は厳罰に処すと伝えて」
ヲ級「はい、離島棲姫様」
離島棲姫(……いよいよね。後は、私が合図するだけ。
ただそれだけで、この海戦は片がつく。全てが私の掌の上と言う訳よ)
離島棲姫「艦娘軍の終末、この目でとくと見届けるとしましょう。ふふっ」
漏れそうになる笑みを押し殺し、離島棲姫は前線へと向かう。艦娘軍が無残に壊滅する様。
苦悶の声を挙げて死んでいく艦娘達。それをこの目で見なければならない。
===決戦海域 深海棲艦側===
背びれに荷を括り付けた鮫が、頭部に装着された拘束具の一部を解除される。
視界が前方に広がる艦娘軍の戦列のみとなるように。
敵対心剥きだしで威嚇を開始するが、思うように顔が動かせない。苛々が増しているようだ。
目の色が攻撃的な赤へと変わっていく。
北方棲姫「離島お姉ちゃん、私の深海地獄艦爆が位置についたよ。いつでもいける。」
離島棲姫「偉いわ北方棲姫。それじゃあその時が来たらお願いね」
北方棲姫「うん。まかせて」
離島棲姫「特務魚雷隊、第一陣突撃開始して」
「魚雷隊突撃開始っ!」
「突撃開始っ! 目標、敵最前線、艦娘戦列!」
「突き刺しますっ!」
深海棲艦が、鮫の尾に短刀を突き刺していく。劈かんばかりの奇声を上げて、鮫が突進を開始する。
猪突猛進という言葉が相応しい勢いで。
離島棲姫(鮫の目には、前方の艦娘軍しか入らない。
特大の魚雷を搭載した荷を括り付けながら、鮫の群れはただ突き進む。
激痛で我を忘れた鮫の群れは、とにかく前へ、前へと突進する。)
===決戦海域 全域===
鈴谷「来る!鮫の進む軌道さえ予測すれば恐れることはないよっ!来る前に出来る限り沈めてっ!」
熊野「戦列を崩してはなりませんことよ!!」
予め深海棲艦が鮫を利用するだろうという情報を得ていた艦娘軍は、回避軌道の準備に入る。
誰一人直撃しないように、艦娘達が砲撃を一時中断し、鮫の突進を回避せんと腰を落とす。
――勢いを付けた鮫と、回避軌道を取った艦娘達の戦列が交差した瞬間、戦場に爆音が轟いた。
絶叫と、逃げ惑う艦娘の悲鳴が海域に木霊する。鮫を避けるまでは良かった。
その直後、北方棲姫の深海地獄艦爆の斉射により積載されていた魚雷が炸裂したのだ。
艦娘側からの攻撃では誘爆しないように盾を用意し、後方から撃ち抜くことで起爆する仕組みだった。
威力を高めるために、大量の火薬、そして鋭利な鉄片が積まれていた荷台。
それが四方八方に飛び散り、艦娘の四肢を粉砕、あるいは串刺しにして、多くの命を奪い取っていった。
離島棲姫「ふふふっ、良い眺めね」
ヲ級「そうですね。しかし離島棲姫様。期待されてる程の効果ではないようですが」
離島棲姫「いいのよアレで、観てなさい」
離島棲姫(元々これに殺傷力はさほど期待してないわ。
そもそも艦娘共を損耗させる事が目的だったら、コストと手間が掛かりすぎるしね。
本当の狙いは…)
離島棲姫「ほら、崩れた」
この生物兵器に期待されている役割は、圧倒的なまでの視覚効果により艦娘の戦闘意志を奪う事にある。
その場に留まっていれば死ぬと嫌というほど見せ付ける。
ヲ級「なるほど、流石は離島棲姫様です」
離島棲姫「ふふっ、ありがとう。それじゃあ、一緒に艦娘が惨めに敗れるところを眺めましょうか」
===決戦海域 右翼===
矢矧「落ち着きなさいッ!隊列を乱さない!!あの鮫を決して右翼本陣に近づけてはならないわ!!」
曙「じょ、冗談じゃないわ!私達を盾にする気!?」
矢矧「曙、命令に反する気!?ここを突破されたら、味方の陣内で爆発するのよ!
ここで食い止め、被害を最小限に抑えるの!逃げる事は許されないわ!」
曙「そんな命令に従える訳ないでしょう!!この馬鹿ッ!」
矢矧「な、何をッ――」
軍務に忠実な上官の艦娘を艤装で殴り飛ばし、我先にと逃げ始める艦娘達。
この鎮守府の為に進んで身を投げ出そうなどという者は、少なくともこの場にはいなかった。
*
比叡「な、な、何なの。一体何が起きているというの!大井、説明して!」
大井「分かりません!で、ですが、このままでは我が連合艦隊は崩壊します!比叡さん!ご命令を!」
比叡「ね、ねえ。鮫がこちらへ近づいているわっ!早く止めてっ!止めさせて!!」
大井「くそっ、何故ここまで侵入を許したのっ!!前線の艦娘達は何をしているのよ!」
比叡「こ、これは深海棲艦の新兵器よ。私は金剛お姉様に報告に向かわなければいけない。
私から直々に仔細を報告しなければ!大井、あ、後の指揮は任せる!」
大井「ひ、比叡さん、今比叡さんが逃げ出せば、味方は総崩れとなります。
こ、ここは何とか態勢を立て直さねばなりません!どうか踏みとどまり、指揮を取ってください。
これは比叡さんにしか出来ない事です!」
追従が得意な大井も、この窮地で指揮艦が逃げ出せばどうなるかくらいは分かっている。
最後の最後で、大井は補佐艦としての最低限の役目を果たした。
比叡「う、うるさいッ!私は逃げるんじゃない、直接報告に向かうだけ!
直ぐに戻る!だからそれまでは持たせて!」
大井「――ひ、比叡さん。わ、私達を見捨てるのですか?」
比叡「ま、任せたよ大井!あ、あなたの忠誠は生涯忘れない!」ザッ
大井「比叡さんっ…」
大井「………………………………」
大井「……終りね。もう、どうにもならないわ」
最後に、比叡への罵詈雑言を思う存分思い浮かべた後、大井はその時を迎えた。
===決戦海域 左翼===
足柄「榛名さんッ、今すぐに前線に撤退の指示をお願いします!
取り返しのつかないことになりますよ!」
榛名「し、しかし金剛お姉様からは敵を引き付けてと…」
足柄「榛名さんは何の為に指揮艦としてここにいるのですッ!
不測の事態に即応する為でしょう!」
榛名「そ、その通りです。分かりました」
足柄「では即座に前線の――」
榛名「でももう少しだけ考えさせてください。何か思い付くかもしれませんし…」
足柄「な、何を悠長な…!」
榛名は逃げはしなかったが、有効な指示を出す事が出来ない。
多くの命を預かる一翼の指揮艦でありながら退却を決断することすら出来なかった。
ここにきて、現場に一任していたツケが回ってきていた。
死なない事を優先した前線の艦娘達は、我先に逃走した。
戦艦棲姫は、その機を逃さず総突撃を敢行。自ら先頭に立ち、一気に左翼を蹂躙した。
榛名は、僅かな艦娘を率いて後方へと落ち延びていく。足柄に片脇を抱えられながら。
===決戦海域 中翼===
加賀(左翼と右翼の被害が甚大ね…)
加賀「ヒレを目標にした砲撃で、鮫の接近を止める! 慌てず落ち着いて狙いなさい!!」
利根「吾輩に倣って撃つのじゃッ!!」
『はいッ!!』
加賀(数発の砲がヒレに直撃した鮫は、機動力を失い進行が止まる。
付け焼刃とはいえ、被害を最小限に食い止めるならこうするしかないわ)
加賀「良くやったわ! でも決して近寄っては駄目よ! 前方への警戒は怠らないように!」
利根「うむ、もちろんじゃ!」
加賀「筑摩、前線の艦娘達に伝えなさい! 砲撃で鮫のヒレを狙うようにとっ!
現状では、それ以外に対処することは出来ないわ!
正面から受け止める事は絶対に避けて、無駄死にはしないで!」
筑摩「はいっ!」
加賀「たかが鮫の群れに、ここまで蹂躙されるなんてッ…!」
加賀(対処自体は出来る。しかし、戦列が乱れることは避けられない。くっ、このままでは)
左翼、右翼を眺めれば味方は完全に潰走している有様だ。この状況で一体どうしろというのか。
加賀は踵を返し、金剛の本陣へと向かう。
加賀(やはり、赤城さんの言う通り、討って出るべきではなかった。
守りを固め、時期を待つべきだった。
孤島の多い鎮守府近海ならば、このような奇策は有り得なかった…!)
===決戦海域 中翼 金剛本陣===
逃げ戻ってきた比叡が、青筋を浮かべる金剛に対し必死の弁明を行っていた。
周りの艦娘達の白い目が、比叡を射抜く。金剛は奥歯を噛み締めながら怒りを堪えている。
比叡「こ、金剛お姉様。深海棲艦の新兵器です。あれは恐ろしい程の威力です!
私は、一刻も早く報告に向かわなければと、危険を顧みずここまでやってきたのです。
ど、どうか、分かってくださいっ! 決して逃げてきた訳ではありません!」
金剛「……それで、比叡の連合艦隊の艦娘達はどうしたのデス。
指揮艦ともあろう者が、艦隊を見捨てて一人で逃げ帰ってきたのデスカ!!
連合艦隊旗艦の地位にある者として恥ずかしくはないのデスカ!?」
比叡「そ、それは違います! 私は金剛お姉様の身を案じる余り、居ても立ってもいられず――」
金剛「shut up!! 比叡、恥を知りなサイッ!!」バシンッ
比叡「ウグッ――お、お、お許しを」
金剛「それだけじゃないデスヨ! 比叡、何故作戦通りに突入しなかったのデス!
みすみす勝機を逃すとは何を考えているのデスカッ!」
比叡「そ、それは。……そ、そうだ。狼煙です。狼煙が、上がらなかったのです!
吹雪が、作戦通りに狼煙を上げなかった為、やむを得ず私は様子を見ることにしたのです。
そもそも、あのような駆逐艦の小娘に、重大な任務を成し遂げられる筈がなかったのです。
そう、全ての責は吹雪にあります! お姉様、私は任務を全うするつもりでした!」
金剛「第二艦隊の狼煙は確かに上がり、それを貴方が無視したという報告は入っているのデス!
貴方は、第二、第四艦隊を見殺しにし、更に連合艦隊の艦娘までも見捨てて逃げ出したのデスッ!!
――比叡、例え姉妹艦といえども見過ごす訳にはいきまセン!
この不始末、その命で償ってもらいマスヨッ!!」スッ
比叡「ひ、ひいっ!! お、お許しください! お姉様!!」
金剛「その煩い口を閉じなサイッ!」
加賀「……金剛。今はそんな馬鹿に構っている暇はないわ。
処断は事が終わってからで良いと思う。ただでさえ低い士気が、更に低下するわよ」
加賀(仮にも一翼を任せた艦娘を、交戦中に始末するなど聞いたことがないわ。
貴重な時間は、こうしている間にも浪費している。
そもそも、この愚か者を指揮艦に任命し、一翼を与えてしまった艦娘は誰なのかしらね。)
金剛「――霧島、この愚か者を拘束しておいてくだサイ!!
必ず後で軍規に照らし、その薄汚い首を叩き落してくれマス!」
比叡「き、霧島、私は貴方の姉よ!姉妹艦である私を処分されるなんて霧島は嫌よね?
あ、貴方も金剛お姉様を落ち着かせるのを手伝って!」
霧島「――比叡お姉様。お姉様が命令を無視して私利私欲に奔ったことは事実です。
あまつさえ己の保身の為に連合艦隊を見捨てる行動。残念ですが同情の余地は無いかと。」
比叡「そんな!お、お姉様、お許しを。ど、どうか姉妹艦としての慈悲を!! こ、金剛お姉様!」
金剛「黙りなサイッ! 霧島、早く比叡を連れて行ってくだサイ! 目障りデス!」
霧島「――はい、金剛お姉様」
比叡「い、いたいッ。霧島、姉に対してそんな振る舞いが許されるわけ――」
霧島「お姉様、静かにして頂きますよ」ドッ
比叡「」
霧島「では少しの間この場を離れます」
場は静まり返り、金剛は荒げた息を整える。遠くから、間隔を置いて爆発音が聞こえてくる。
金剛「……加賀、状況は、どうデスカ」
加賀「戦況は、最悪の一歩手前よ。既に敗勢は濃厚。
全艦隊が総崩れするまで、後一時間も掛からないでしょうね。
最後まで戦うか、それとも逃げるか。連合艦隊総指揮艦として、指示を頂戴」
金剛「……どこで、どこで、歯車が狂ったのデスカ!! Shitッ!! 何故デスッ!!
私達はつい先程まで圧倒的に優勢だったではないデスカ!!」
加賀「まだ、艦隊としての形は保っているわ。前方海域には、瑞鶴連合艦隊の狼煙も見える。
撤退は、今ならば可能よ。被害を抑えることも出来るでしょう。金剛、直ちに決断を」
金剛「に、逃げろというのデスカ。この戦には、鎮守府の命運が掛かっていたのデスヨ。
それを、貴方は分かっているのデスカ。ここで、退けば私達はもう――」
この戦いでの敗北は、決戦海域における主導権を奪われる事になる。
喉下を圧迫するように、この海域の基地は押しつぶされるだろう。敵地で孤立したようなものだ。
そして、鎮守府に至るまでの海路を開け放つ事になる。そうなれば、終りだ。
加賀「最早どうにもならないわ。ここで全員轟沈か、何とか撤退し、態勢を立て直して再起を図るか。
金剛。貴方が決めるの。それが、連合艦隊総指揮艦としての最後の役目よ」
金剛「…………ッ」
金剛(誇り高き死を選ぶのなら、ここで潔く戦死するべきデス。
でも私は同時に数多の艦娘の命を握ってイマス。
一人でも多くの艦娘を撤退させるのが、指揮艦としての選択ではないのでショウカ。)
艦娘としての誇りと、最高指揮艦としての責任。その狭間で金剛は苦悩する。答えは出ない。
加賀「何もしないのならば、私は隊へと戻らせて貰う。
死ぬのならば、これまで一緒に戦ってきた艦娘達と一緒に逝きたいの。
生憎、貴方と最期を共にする気は毛頭ないわ」
金剛「……わ、分かりマシタ。退却デス。全軍に退却を命じてくだサイ!
私達、全連合艦隊は下がりマス! ここで全滅する訳にはいきまセンっ!」
加賀「分かったわ。全艦娘に通達する。前方海域の瑞鶴にも伝令を送る。……それでは、失礼するわね」
金剛は、両手で顔を覆い、その場に崩れ落ちた。
赤城亡き後、鎮守府連合艦隊を率いてきた艦娘の、最初にして最大の挫折であった。
===決戦海域 右翼 前線===
――同時刻、前方海域。
王国軍の惨状は、嫌と言うほど伝わってきた。瑞鶴と翔鶴は苦悩の表情を浮かべている。
瑞鶴「翔鶴姉ぇ、単刀直入に意見を打ち合わせよう。余計な議論をしている時間はないから。
私は、海域を放棄して、直ちに撤退するべきだと思う。
今敵艦隊に切り込んだところで、ただの無駄死によ」
瑞鶴(指揮艦でなければ、単騎でも突入していただろうけど。
負けておめおめと生き延びるつもりなど全く無いわ。
でも、今は指揮艦として、艦娘達を鎮守府まで連れて帰らなきゃいけない。)
翔鶴「私も同意見よ、瑞鶴。海域の制圧の為に艦娘達は全力を尽くし、疲弊しているわ。
残念だけど、敵艦隊に切り込む前に全滅するでしょう。気力で戦うのにも限度がある。
ならば、今すぐに転進し、鎮守府へと向かうべき。私達なら追撃を蹴散らす程度は出来るわ」
瑞鶴「……この状況、以前にもあったわね。翔鶴姉ぇ、撤退と同時に鎮守府に艦載機を飛ばして。
艦娘の軍旗が掲げられているか確認させるの」
瑞鶴がソロモン攻略に失敗した時、撤退時には前線基地が落とされていた。状況は酷似している。
否、あの時よりも事態は悪化しているだろう。調略の手が伸びていてもおかしくはない。
翔鶴「既に落とされている、或いは――」
瑞鶴「敗北が伝われば、どうなるかは自明の理。挟撃は避けなきゃいけない。
とにかく、撤退よ。包囲される前にね」
瑞鶴「吹雪! これより私達は転進する! 貴方の艦隊が先陣を切り、鎮守府方面へと向かいなさい!
機動力を活かし、敵を混乱させるの! 死神の恐ろしさ、とくと思い知らせてやって!」
吹雪「……分かりました!」
瑞鶴「後は貴方の判断に任せる!」
翔鶴「吹雪ちゃん、こんな所で死なないでね」
瑞鶴と翔鶴が吹雪の肩に手をやり、自身の連合艦隊の指揮に向かう。
吹雪「折角制圧したのに、無駄骨だったみたいですね。
一体何の為に、私達は戦ったんでしょうか。頑張って、ここまでやってきたのに」
神通「……吹雪さん」
吹雪「帰ったら、比叡の屑は殺します。忘れないように覚えておいてください。
あの屑は絶対に殺します。それと、私の許可なしに艦隊を動かす事は二度と許しません。
肝に銘じておいてください」
神通「は、はい。わ、分かりました。ご、ごめんなさい」ブルッ
吹雪「仲間を捨ててまで、助かりたいとは思いません。どうせなら、皆さんと一緒が良いです。
長い間、食事を共にした仲ですから。私も混ぜてくれないと。仲間外れは絶対に許しません」
吹雪は神通に対して優しく微笑む。
神通「……ふ、吹雪さん」
吹雪「よし、それじゃあ行きましょう。私達が先陣をいかなくてはいけないから。
――第二艦隊は海域を下り、鎮守府方面に転進しますッ!!
私達の行く手を遮る者は全て蹴散らしますよ!!」
夕立「了解っぽい!!」
吹雪「第二艦隊、転進開始!!」
瑞鶴連合艦隊、吹雪率いる第二艦隊は、前方海域を放棄し鎮守府目指して撤退を開始。
追撃を撃退しながら、見事に引き上げに成功する。
損害が少なかったこともあるが、第二艦隊を見ると、深海棲艦が萎縮してしまい手が出せなかったのだ。
それほどまでに吹雪は恐れられている。
最後方を志願した瑞鶴は、決戦海域から鎮守府に繋がる海路にて、頑強に抵抗した。
功に逸った深海棲艦の一隊を蹴散らし、これを潰走させる程の指揮を見せた。
瑞鶴「ふふふっ、私達五航戦を抜くには、まだまだ足りないわ。
――翔鶴姉ぇ、あれを掲げてッ! 五航戦ここに在りと奴らに知らしめるの!!」
翔鶴「分かったわ!」
瑞鶴(この旗を見るのは、ソロモンの敗戦以来かしら。)
瑞鶴の栄光と、挫折の象徴であるそれら。そして、翔鶴と共に戦い、生き抜いてきた誇りでもある。
血に塗れ、汚れきった旗は風を受け、見せ付けるようにたなびく。
瑞鶴「五航戦がいる限り、鎮守府は滅びない。最後の最後まで私は戦い抜くわ。ふふふっ!
翔鶴姉ぇ、悪いけど最後まで付き合ってもらうわね!!
恨むなら、こんな妹を持ってしまった自分の運の悪さを恨んでっ!!」
翔鶴「最初から覚悟しているわ。貴方の進む道を最期まで見届けさせて貰います」
瑞鶴「うん、じゃあ転進するわよ! 撤退ではないわ! あくまで転進よ!
ふふふ、決して負け惜しみではない! これは空元気と言うの!」
翔鶴「転進開始! 敵が態勢を整える前に移動するわ!」
瑞鶴「翔鶴姉ぇ、相変わらず手際が良いわね。本当に頼りになるわ。
みんな、翔鶴姉ぇを見習って胸を張って行軍しなさい!
私達は前方海域を落とした精鋭艦隊なのだから! 凱旋のつもりで進むわよ!」
快活に笑いながら、瑞鶴は陣形を組み直し転進する。
最早、どうにもならないであろう事は分かっているが、艦娘として最後まで戦い抜く。
覚悟はとうの昔に出来ていた。かつて自決を踏みとどまったその日から。
===ソロモン方面 前線基地===
『艦娘軍、決戦海域にて大敗す』、『深海棲艦、鎮守府へ向け進軍開始』。
深海棲艦により各地に宣伝された急報は、ソロモン方面、前線基地まで及んでいた。
基地の艦娘を率いる武蔵は、主要な艦娘を緊急招集し、本営にて今後の方針について話し合っていた。
日向「……武蔵。海域を失い、主力である艦娘軍が壊滅した今、鎮守府の命運は風前の灯火。
決断しなければいけないと思う」
武蔵「やはり、それしかないか」
天龍「武蔵さんッ! それはないだろっ! 瑞鶴達は、鎮守府を救うために命を掛けて戦ってくれた!
今度は俺達があいつらを助ける番じゃないのか!?」
日向「天龍よ。お前の言う事は、真に筋が通っている。艦娘として、それは正しい。
だが、艦娘の指揮艦としては失格だ」
天龍「何が失格だ! 誇りを捨ててまで、何故深海棲艦に従わなきゃいけないんだっ!
奴らに何の大義があるってんだ! いたずらに戦渦を広げ、国を苦しめてきたのはどちらだ!」
武蔵「では、天龍よ。具体的に何か案があるのか。あるなら言ってみろ。遠慮はいらんぞ。
この基地を守りつつ、窮地の鎮守府を救う名案を出せ。今すぐにだ。時間は残り少ないぞ」
天龍「じ、時間稼ぎの為に艦隊を出すんだ。少なくても良いから。
鎮守府の艦娘達が態勢を整え、反撃出来るまで援軍を! この基地から出す事に意味がある。
見捨てていないと伝える事が出来る!」
武蔵「私達の保持する戦力では、深海棲艦への備えだけで精一杯だ。他の脅威にまでは対処できん。
鎮守府を救うつもりなら、この前線基地を見捨てる必要があるってことだ。
私にはそんな真似は出来ない。私の使命はこの地方の民を守りきることだからな。
考える必要もないッ」
天龍「その為なら、義理も誇りも捨てるって事か!」
武蔵「そういう事だ。義理やら誇りやら、そんな糞みたいなもので、生き残れると思っているのか?
誇りを守るために命を懸けた赤城や大和はどうなった、言ってみろ!!」
天龍「――ッ!」
武蔵「泥水を啜って、苦虫を噛み砕き、汚辱に塗れても私はこの海域を守りきるぞ。
幸い、深海棲艦には面通ししてある。奴らもこっちを利用するつもりだ。
悪いようにはしないだろう」
天龍「…………糞ッ!!」
瑞鶴達は、深海棲艦の脅威に駆けつけてくれたではないか。
吹雪は駆逐艦の身で、危険を冒してまで敵の内部に切り込み、ソロモン海域の被害を最小限に食い留めてくれたではないか。
彼女達の窮地に掌を返して、何故恩人へ刃を向けなくてはならない。天龍には納得がいかない。
武蔵「まぁ、天龍が納得しようがしまいが、私の判断は変わらない。
嫌なら、お前だけ鎮守府に行くが良いさ。止めやしない。この基地は、深海棲艦に降る。
但し、鎮守府への攻撃には参加しないという条件付きでだ」
天龍「そうさせて貰うぜ、糞がッ!! 俺は武蔵さんや日向さんとは違って、馬鹿だからな!」
武蔵「好きにするが良い。だが、この基地の事は二度と口に出すな。
私だけでなく、このソロモンに住む全ての者に迷惑が掛かるからな。
ただの天龍として生き、天龍として死ね。お前は追放だ。二度と私の前に顔を見せるな」
天龍「言われなくても分かってらぁ、この糞野郎共が! 俺は意地を通させてもらうぜッ!」
扉を蹴り開け、肩を怒らせて外へと出て行く。武蔵が目で合図をすると、伊勢がその後に続く。
これまで一際目をかけた艦娘に対しての、最後の情けといったところだろうか。
武蔵「……話を再開しよう。早速深海棲艦の所に行って、挨拶して来てくれ。
島風を出そう。早ければ早いほど心証が良いだろうからな」
日向「了解したっ!」
武蔵「だが、鎮守府の包囲には参加は不可能だとも伝えるんだ。これだけは譲れないともな。
嫌なら一戦交えると脅してやってくれ。過剰にへりくだる必要もないぞ」
武蔵「話は終りだ。解散! 各自持ち場に戻ってくれ」
武蔵が号令すると、その場に居た艦娘達が敬礼して立ち上がり、退出する。
武蔵「まさか負けるとはな。決戦海域で勝てば、まだ目はあったものを。
瑞鶴、幸運の女神は最後の最後でお前を見放したか」
武蔵(私は、ソロモンを守らなねばならん。
お前に五航戦としての譲れない誇りがあるように、私にもこのソロモンがあるんだ。
私の我が儘に、皆を道連れには出来ない。瑞鶴、悪いが、助けには行けない)
武蔵「…………私が、もう少し、若ければな」
武蔵は、ソロモンの為に、鎮守府の仲間を見殺しにする覚悟を決めた。
キリが良いのでこれで一旦完結とさせて頂こうと考えています。
もし続きが気になるのでしたら元ネタの方でどうぞ。
書籍版もありますが、未だネットにも公開されている作品ですので、すぐに読むことが出来ます。
元ネタの作品の方が断然面白いので、オススメです。
金魚の糞で不覚にも草生えた
どう少なく見積もってもミッドウェー海戦、再来だな…。
戦況もリアルに書いてあってとてもおもしろいです!
そういえば恨まれた兵士って気をつけないといけないんですよね。
前横上だけではなく後ろからも気をつけないとね比叡。つまり、そういうことだ
元ネタのタイトルがわからないと調べようが
死神を食べたで出てくる
小説家になろうで見た
元ネタ確認できました 多謝
いかにも天龍らしいですね。
いい!凄くいい!
戦闘シーンの時とてもハラハラしました!
指揮を執るはずの提督はどうしたの?
あとこの比叡が屑過ぎるわ
赤城何お前いきなり死んでんねん
草生えるわ