艦これ
ある事がきっかけでトラウマを負った〇〇が異動先の鎮守府で様々な経験を通して成長する物語
題名は仮のものです。まだ結末も決めていないのでこれから変わると思います
二人の男女が執務室の扉を開ける。
提督とその秘書官大淀は少し驚いた表情で男を見つめていた。
まだ夏の始まりを告げる蝉の声さえ聞こえない時分である。
ふと我に帰り大淀が二人を3人掛けのソファに座るよう手で促し、慣れた手つきでお茶と菓子を用意する。
それから少しの沈黙の後、提督が口を開いた。
「遠いところからよく来てくれたね、書類に目は通してはいるけど、一応お互いに自己紹介でもしようか。わかってはいると思うが私がこの佐世保鎮守府の提督を任されている者だ、よろしく頼む」
続けて大淀も紹介を済ませる。
そして先ずは女が口を切った。
「揚陸艦あきつ丸であります」
その容貌や発語の仕方などからは厳たる雰囲気が醸し出されていた。
男は先の女とは対照的にどこか力なく暗く重たい調子で後に続いた。
「〇〇型航空戦艦〇〇です」
〇〇を見るあきつ丸の目はどこか悲哀を帯びていた。
「それにしても男の艦娘...いや艦息か、それが本当に実在していたとはな。この目で見るまではにはかに信じられなかったよ」
艦娘は普通女性のみであり今までは男性の適応者など存在はしなかったが近年ある男の適応者が見つかった。
それが〇〇だった。
〇〇は提督の些細な言葉に耳も貸さず退出の許可を求める。
提督は何かまずいことをしたのかと大淀に目をやるが彼女も何が癪に触ったのかわからないといった様子だった。
沈黙を許可と見なした〇〇は足早に執務室の扉を開け退出をした。
少々の後、あきつ丸も退出をし、執務室から遠ざかるように少し歩いた後、「そういえば自分達の部屋はどこでありましょうか」とあきつ丸が言うまで、部屋のことなど頭にはなかったようであった。
〇〇は部屋の場所くらい聞いておくんだったと後悔しながら、しかしあの失礼極まりない別れ方をした後では今更戻って部屋割りを聞きに行くと言うこともできない。
「とりあえず歩きながら探しましょう」という提案に無言で了承し、彼女の一、二歩後ろに着いて歩いていく。
あきつ丸は前の鎮守府の同期で...正確にいえば〇〇の方が多少着任が早いのだが、とにかくそれが二人が初めて出会った時だった。
〇〇は初の男性艦息で航空戦艦、さらには彼の明るい性格などもあり、すぐに鎮守府に馴染んでいったのだが、彼女...あきつ丸の場合はそう簡単にはいかなかった。
彼女は元々陸軍直属の軍艦であり、上が何かの契約で得た人員であった。
当時陸軍と海軍の緊張はピークに達しており、
一触即発の状態であったが、不運にもそのような時期に彼女は着任してしまったのだ。
当然彼女がうまく馴染めるはずもなく、彼女はいつも一人ぼっちでいた。
何もされないならまだいいものの、ちょっかいの度を超えたいじめのような事まで起こっていた。
やれ陸のスパイだとか艦隊のお荷物だとか様々な罵詈雑言を日常的に浴びせられ彼女の心は限界にきていたのかもしれない。
ある日、〇〇は出撃帰りに食堂で一人で食事をしているあきつ丸を見かけた。
時計の針は夜の九時から十時を指していた。
〇〇はふと彼女のことが気になり、丁度腹が減っていたことも重なって、彼女に話しかけてみようと思い立った。
カウンターから料理を手に取り、彼女が座る一番奥の窓側の席と対面の席に座りテーブルに料理を置き「同席してもいいかな?」と気さくに話しかけた。
「なぜ」とあきつ丸は問うたが〇〇は二人で食べた方が美味しいだのと思ってもいないどこにでもあるような言葉を使いそれとなくカレーを食べ始める。
勝手に食事をする〇〇を見て呆れたように「自分と食事をしても美味しくはならないと思うでありますよ」などと少し嫌味なことを言うが〇〇はそんなことは御構い無しにパクパクと食べ進めるのだった。
あきつ丸の皿が残り半分ほどになったくらいの頃合いに〇〇は思い切って彼女の一人でいる理由を聞いた。
あきつ丸はこの男はさぞかし今まで楽しい生活を送ってきたのだろうと思った。
それと同時に彼女らの陰湿さに腹立たしさを覚えた。
「一人でいるのが好きなのであります」と精一杯の強がりを言っては見たものの、そんな強がりはすぐに見破られる。
〇〇は彼女に詰め寄り本当のことを教えてくれと強く迫った。
そんな彼に押され、とうとう彼女は今まで自分に何があったかを洗いざらい全て話した。
それを聞き〇〇の相貌は酷く険しいものになっていったのだが彼女に辛くあたった艦娘に説教をするとかそういう事は一切しようとはしなかった。
それが火に油を注ぐ事になるのは容易に想像が出来る。
かと言って彼女をこのままの状態にしておくなんてことは〇〇には出来ない。
そこで〇〇は出来るだけ穏便に解決する方法はないかと考え、あきつ丸と一緒に行動するという結論に達した。
既にこの鎮守府で広く交友を持つ〇〇が一緒の時にわざわざ彼女にちょっかいを出す物好きもいまい。
もし〇〇の前でいじめに類する行為をしようものなら返って自分の立場が危うくなってしまうことは誰もが承知しているはずだった。
あきつ丸はなぜ自分にそこまでしてくれるのかと問うてみたが、なんとなくの言葉ではぐらかされるばかりであった。
それから数ヶ月が過ぎる。
あきつ丸をいじめる者はもはや誰一人として居なくなっていた。
彼女をいじめていた主犯たちともいつのまにか平然と話すようになっていて、女とはよくわからないものだなどと思いながら今日も習慣を繰り返している。
しかし、最近はこの習慣の行為自体に意味はもはや無いように思われた。
しかし、いきなりこの習慣をやめる必要も特に感じないのでズルズルと続いてしまっているのだ。
その習慣のようにこの佐世保鎮守府に異動になってからも二人の関係は続いている。
相変わらず彼女の一、二歩後ろを着いて歩いていたところ、彼女は立ち止まり、こちらを振り返って何やら斜め上を指差した。
「食堂...か」
〇〇が不安そうな表情を浮かべるとあきつ丸は彼をそっと優しく抱擁し「大丈夫」とただ一言だけ口にした。
〇〇は少し落ち着きを取り戻した様子で、彼女が食堂のドアを開け中に入る後ろをやはり一、二歩後ろに着いて歩くのだった。
いつもの風景、雰囲気に異様なものが混ざっていれば誰しも気づいてしまうのが当然である。
二人は彼女らにとってはそのようなものとして映った。
珍しいものでも見るかのように十人、二十人と人だかりが出来ていく。
まだ時刻も六時を過ぎたあたりで丁度夕食の時間と重なっていることもこの人数の大きな要因だろう。
〇〇の顔色が悪くなっていくのを感じ、あきつ丸は早々に本題へと入った。
「初めましてのところ恐縮でありますが、我々先程ここに着任したばかりでありまして、自分の部屋がわからないのであります。なのでどなたかこの鎮守府に詳しい方に案内を頼みたいのでありますが...」
幸い引き受けてくれる艦娘は多く、その中から一人を選ぶのに少し気が咎めたが一番最初に手を上げてくれたという理由で一人に絞ることが出来た。
そして今部屋への案内をしてもらってはいるのだが、何も話さずに空気を重くするのも何か後ろめたさがあってあきつ丸は当たり障りのない質問をした。
当たり障りのない質問なので、当然返答も凡庸ではあるが、会話をするきっかけとしては十分だった。
彼女は時雨という名前で三年前から艦娘としてここに勤めているらしい。
性格はとても落ち着いていて、声がどこか安心を与えてくれるような心地の良い声だった。
二人は軽く自己紹介を終えたが、あきつ丸は彼女が駆逐艦であるという事実がにわかには信じられなかった。
彼女の記憶では、駆逐艦というのはもっと幼く立ち振る舞いもまさに子供のようで、皿の淵に嫌いなピーマンをよけて食事をするようなものだった。
しかし、よくよく思い返してみると、前の鎮守府の駆逐艦の子達はどこか大人びた...というと大袈裟だが、そのような振る舞いをすることが往々にしてあったと思い、この疑問は彼女の頭から自然と抜け落ちていった。
子供でも艦娘に適応する者が居れば大本営は、片っ端からあらゆる手段を講じて彼らのものにしてきた。
その手段とは様々で、家族の裕福を保証したり、愛国精神を説き自ら進んで入隊するよう仕向けたり、時には脅しなどもして深海棲艦に対する戦力、つまりは艦娘をかき集めてきた。
なので、前の鎮守府ではあきつ丸は知らないかもしれないが...当時まだ明るく、よく周りとコミュニケーションを取っていた〇〇は彼女らの様々な事情を知っていた。
駆逐艦も例外なく 招集の傷 を負っている者はおり、相談にくる子供達は少なくなく、中には過激な思想を持つ者までいた。
その度彼は優しく彼女らを励ましていたのだった。
彼が今、ここまで人に対して臆病になってしまったのはこれらのことが一つの要因であるに違いなかった。
なので〇〇は、あきつ丸が抱いたような疑問などは感じることもなく、ただ黙って二人の会話に耳を傾けていた。
そうこうしているうちに部屋に着き、時雨に礼を言い、もちろん〇〇はただ黙りながら帽子と頭を少し下げるのみだったが...各々の部屋に入っていった。
部屋は連番ですぐ隣にあきつ丸が住むことになっており、若い男女がこんな五、六歩歩けばお互いを感じられるような所にいても良いのかと思った。
しかし、男の艦娘、いや艦息というのも大変珍しいと思うので、部屋など対応が遅れるのも当然かなどと思い、それに自分と彼女の関係は所謂交際している男女のそれではなく、自惚れでおこがましいとは思うのだが、家族というのも少し違う気もするが、それに近い関係だろうと勝手に思っている。
なので、一般的に考えられるような事は起きないだろうと彼は思っていた。
そんなことを考えながら、旅行に使うようなそこそこの大きさの鞄を部屋の隅に置き、木製の足が四本の上に板が乗っているだけの簡素な作りの椅子に腰かけた。
鎮守府に着いたのが丁度夕方の五時頃だったのをふと思い出し、カーテンを開き両手開きの窓を開けた。
すると日の光線が海を伝って〇〇の視界は多量の光線に覆われた。
時刻を確かめると六時半を回っており、潮風の香りを楽しみながら夕焼け色の地平線を眺めていた。
ふと横に黒い物影が見えたのでそちらに振り向くと、先程の自分と同じようにして、あきつ丸がもの寂しげに少しずつ落ちていく夕日を眺めているのを〇〇はただじっと黙って、何かに魅了されたように彼女の横顔を見ているのだった。
朝目覚めると、こちらを何か大きな動物が二匹、〇〇を覗き込むようにして彼の枕元に座っているのが見え「うわぁ!」と咄嗟に身をたじろぎ起き上がった。
彼の奇声で 何か も驚き、またその奇声で〇〇は体がビクッとなるのを感じた。
しかし、少し落ち着いて目を凝らすと、何のことはないただの子供が二人彼の枕元に座り彼の寝顔を見ていただけであった。
何やら頭に電探のような物を付けた少女と右手に駆逐艦サイズの小口径砲を装備している少女、どちらもこれから出撃すると言わんばかりの少女に、なぜ部屋に入ってきたかなどと問うてみた。
何やら今はもう午前十一時を過ぎており、〇〇があまりにも遅いんで少し見にいって、もしまだ寝ているようであれば起こしてやってほしいと、頼まれたようだった。
なるほど、もうそんな時間だったのかと思いながら急ぎ目に身支度を整えていたが、そういえば自分はわざわざ起こしにまで来てもらっておいてまだ礼の一つもしていないことに気づき、とりあえずは初対面の少女らに自己紹介をした。
〇〇は今や重度の子供嫌いではあったが、不思議とこの二人には嫌悪感などは抱かなかった。
それは寝起きの思考力の低下もあっただろうが、〇〇は少女らに他の駆逐艦とは違う何か懐かしいオーラというか雰囲気というか、そういうものを感じていた。
少女らは各々名前を言うと早々と立ち去って行ってしまった。
礼を言いそびれたなぁなどと思いながら少女らの名前を忘れないよう繰り返し頭の中で唱えるのだった。
雪風と時津風とか言っていた気がする。
不思議な雰囲気をした少女達だった。
直ぐにそんなことを考えている暇のないことに気づき身支度を終えドアノブに手を掛けた時、〇〇はどこに行けばいいのかを聞き忘れたことに気がついた。
何でそんなことも聞かなかったのかと、そういえば昨日もこんなことがあったなぁなどと思考が脱線したのを自覚しとりあえずは歩き回りながら探していこうと思った。
探すも何も誰に呼ばれているかもわからないのでこちらからは探す術などないのだけれど、そこら辺を歩き回っていればその用がある人間の目にとまるだろうと鎮守府を徘徊するのだった。
徘徊というのは意外に効果があったようで相手も多少は自分を探してはいてくれたようだ。
〇〇は呼び止められ作戦室なるものに入った。
そこにはあきつ丸も居て長身の女と何やら真剣に話をしているようだった。
〇〇が来て漸く揃ったというような面持ちで会議?が始まった。
「待ってください、何がなんだかよくわからないのですが」と思ったことをそのまま口に出した。
「お前が遅くに起きるから皆も待ちくたびれていたものでな、すまない」と長身で褐色のどこか武人気質な女が口を開いた。
「まぁ初対面でもあるしあきつ丸はさっき済ませたが自己紹介から始めるか」ともう一人、こちらも長身で黒髪の髪の長い女がいう。
一通りの紹介を終えた後〇〇は率直な疑問を投げかけた。
「なぜこの鎮守府の最大戦力とも言える四人がここに?」
長門、武蔵、赤城、加賀、明らかにこの鎮守府の最大戦力だ、前の鎮守府でも彼女達の活躍は耳にしていた。
〇〇の疑問に長門が答える。
「実はここ最近深海棲艦の動きに変化があってな、その動きによるとあの二年前の大進行と同じようなのだ」と。
そしてその防衛または反抗作戦を立てる必要に迫られているというのだ。
なるほど、それでこの作戦室か、と心で合点しながらふとなぜあきつ丸と自分がその作戦会議に呼ばれているのか気になった。
「あの、なぜ自分達がここに呼ばれているのでしょうか」
その答えを知り〇〇は絶望した。
「なにって、貴様らがこの作戦の第一艦隊六名のうち二人なのだよ」と長門は不思議そうに答える。
「な、なぜ自分達なのでしょうか...」と声を震わせてさらに問う。
そしてその理由はあまりに簡単かつ合理的なものでとても残酷なものだった。
〇〇は前の鎮守府では艦隊の中でもトップの実力を誇る艦息だった。
それもそのはず彼は戦艦としての火力、装甲を持ちながら空母として決して他の空母に遅れを取らない実力だったのだ。
それにあきつ丸は唯一の揚陸艦であり、実力も足を引っ張る程度ではなく、彼女の働きで反抗作戦時の燃料の大幅な節約が見込まれたのであった。
さらに二人は先の大進行を経験しており、その貴重な経験を使わない手はないという上の考えだった。
しかし、〇〇はどうしてもあきつ丸をその作戦に参加させるのには反対だった。
彼女は〇〇に残された唯一の安全装置、つまりは彼の正気そのものなのだ。
彼女にもしものことがあれば〇〇はもう正気を保つことはできないだろう。
そして壊れた心は元には戻らない。
彼はそれを何よりも恐れていた。
〇〇はそんな正論の為にあきつ丸に多大な危険が降りかかるというのがどうしても許せないでいるのだ。
先程までは一貫して誰とも目を合わせず自分の腕などを触りながらもじもじと話していたのが、話が進むにつれ彼の相貌ははっきりとしたものになり、その目は強固な拒否の意を示していた。
彼女達が言っていることは正論で反対する余地などないにも関わらず、十九にもなる青年が駄々をこねる姿は見苦しく、しかし親しい仲の人間を危険な海域に送り込む苦しさは彼女達も承知しているのだ。
だからほとんどは敢えて〇〇のわがままを止めはせず何とか宥めようとしているのだが、ほとんどはほとんどのようで彼は突然に鋭い言葉に襲われた。
「貴方はそんな覚悟も無しに今まで戦ってきたの」
武蔵と長門が声の発生源へと顔を向ける。
赤城は下を向いたまま何かが過ぎるのを待っているようだった。
それは加賀の言葉だった。
彼女もまた親しい仲間を失った艦の一人だった。
加賀には翔鶴型二番艦の瑞鶴という後輩がいた。
加賀から特に話しかけたりすることは無かったが、瑞鶴は様々な理由を付けて加賀に会いに来ては憎まれ口を叩いていくような少し憎らしくも概ね可愛らしい艦だった。
弓術の勝負をしたり、大食いの勝負をする際に加賀のカレーに激辛スパイスを入れられたこともあったが、それはそれで何気ない日々を楽しんではいたのだ。
しかし、あの二年前の大進行の際に彼女は帰らぬ人となった。
加賀はその知らせを聞いた時、何の感情も湧いては来なかった。
その残酷な事実に彼女の心が置いてけぼりをくらってしまったようで、何時間もただ港であの憎らしくも可愛らしい後輩の帰りを待ち続けた。
だが、数時間もすればどんなショックなことでも頭は冷静になってしまうもので、彼女はそれからまた崩れ落ち、何時間も咽び泣いた。
そんな彼女の言葉を止めることができる者はこの中には誰一人としていなかった。
しかし、そんな事情を知る由もない〇〇はズケズケと加賀に反論とも言えない感情論をぶつけるのだった。
そしてその一つが彼女のタブーに触れてしまったらしい。
加賀の表情は明らかに曇り始め、冷や汗もかいているようだった。
そんな彼女を心配し、背中に手をやったりしている周りを気にも止めずに〇〇は「とにかく自分達は出撃はしませんので」と吐き捨て、あきつ丸の手を握りこの場を去ろうとした。
瞬間〇〇の手は宙を舞った。
一瞬なにが起こったのか本人でさえ分からなかった。
〇〇の中であってはならないことが起ころうとしていた。
あきつ丸...彼女が手を振りほどいた?
〇〇の頭の中は?でいっぱいになった。
いつも自分の味方をしてくれるあの優しいあきつ丸はもうどこにもいなかった。
「え?何で?」と間の抜けた問いかけを無視して、あきつ丸は加賀を心配した様子で介抱の手伝いをするのだった。
〇〇は何かが音を立てて崩れていくのを感じた。
そしてその場の空気に耐えきれず、彼女達に背を向け早歩きで歩き、姿が見えなくなるや否や全力で逃げ出した。
逃げ出して部屋まで帰ってきたはいいがもう何が何なのか、一体全体〇〇には理解ができないのであった。
布団を敷き、着替えもせずぐったりと横倒しになって、〇〇は小一時間彼女の拒絶の理由を考えた。
それらしい理由は見つかっても、やはり、彼女があそこまではっきり拒絶をするほどの理由は無いように思われた。
それから〇〇は考えることをやめ、明日には元どうりの関係になっているなどと、虚しい現実逃避なんかを浮かべながら眠りについた。
それから数日が経ち、この鎮守府にも大分慣れてきたものだったが、〇〇はあれから一度もあきつ丸に会っていない。
彼女はあれから長期遠征に出たらしく、十日ほどは帰っては来ないようだった。
彼女なしでは〇〇はいつもどこか不思議な不安を覚えてしまい、安心して食事すらままらない彼にとって、この数日はまさに地獄のような生活であったに相違ない。
途中話しかけてくる艦娘は山のようにいたが、そのことごとくに何かしらの理由を付けて早々に会話を切り上げ、なるべく彼女達からは距離を取るように気をつけていた。
あれから廊下などで加賀とばったり出くわしてしまうこともあったが、〇〇はあの時とは別人のように目を合わせず、あどけない態度で軽く会釈をし、足早に横を通りすぎだが、彼女の方も、何とも言えない表情であっさりと通り過ぎていくのだった。
そしてこのような生活が十日余り続いた頃、〇〇の精神は限界を迎えようとしていた。
彼は人を避け、自分の部屋に閉じこもるようになり、食事も冷蔵庫などに残っているものを消費していくばかりで誰の呼びかけにも応えることはなかったのだが、ある日、あきつ丸が帰投したとの知らせを受け、居ても立っても居られなくなり大急ぎで港へ向かった。
どうやら彼女は既に陸に上がっているようで、外傷もなく至っていつも通りの姿を見て、〇〇はホッとしつつ足早に彼女に近づくと両手で彼女の後ろ手を握った。
少しの間の後、あきつ丸の「やめるのであります」という冷たく重たい調子の言葉に〇〇は言葉を失った。
あきつ丸は彼の手をそっと振りほどくと、帽子を少し下げ、自室に帰っていく。
他の艦娘達はとっくに各々の部屋などに戻っており、あきつ丸と一緒にいた旗艦の霞だけがその場に居合わせていた。
「あんた達、どういう関係なの?」という彼女の質問に答える余裕など〇〇にはなく呆然とした様子で、無視をされたと感じた彼女は〇〇の腕を掴み「ねぇ、聞いてるの」と少しいらついた様子で言った。
ようやく霞の声が〇〇にも届いたようで「あ、あぁ」と生返事をする。
「それであんた達、何があったのよ。前に食堂で見たときは仲が悪そうには見えなかったけど」と問う彼女に〇〇は何も答えることが出来ず、彼女は一層いらいらした様子で「そんなんだから見捨てられるのよ、どうせあんたがろくでもないことでもしたんでしょう」と語感を強めて言った。
勝手な憶測を並べる霞にとうとう堪忍袋の尾が切れた〇〇は彼女の胸ぐらを掴み「お前に何がわかるんだ」とこの鎮守府に来てから初めて声を荒げた。
すると先程の威勢が嘘のように霞は「ご、ごめんなさい」と身体を硬ばらせながら謝罪をする。
〇〇の怒りはまだ収まっていず、彼女を叩こうとする素振りを見せると、霞は胸ぐらの手を離し両手で殻に閉じこもるようにして大声で、ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返す。
彼女はとても怯えた様子で、目には涙を溜めており、〇〇はもういいなどと、あたかも自分には非がないような口ぶりで彼女を落ち着かせようとするも、彼女は聞く耳を持たず、機械人形のようにごめんなさいと同じ言葉を繰り返すのみであった。
しばらくすると、長門がこちらに駆け寄ってきた。
旗艦の霞が中々報告に来ないんで大淀に様子を見てきてくれと頼まれたのだ。
彼女は霞の状態を見るや否や〇〇の胸ぐらを掴み「何をしているんだ」と強く叱咤した。
〇〇は自分は悪くないとは思いながらも、長門の勢いに弁明する気も失せて目を逸らし、何も言わないでいると「お前も艦息ならこの子達にいろんな事情があることくらい分かるだろう」
と彼を悪者に決めつけた風に言う。
それでも同じ態度をとり続ける〇〇に彼女の怒りは絶頂に達し、〇〇の頬を勢いよく殴りつける。
そして霞を優しくなだめ報告の受け渡しをし、
彼女を部屋に帰らせた後、〇〇を尻目に大淀への報告に向かった。
〇〇はそのままコンクリートに大の字になり、ぼうっとしていると、何やら滑稽になり笑いがこみ上げてくるのだった。
普通の人間がその時の彼を見れば気でも触れているのかと思っただろう。
自分は彼女無しではここまで人と関わる事ができないものかと思いながら、コンクリートの冷んやりとした温度を感じていた。
程なくして地面から起き上がり、部屋に戻ろうと思ったが、今の状態で再びあきつ丸に会い拒絶されたらと不安にかられ、痛む頬を押さえながら、仕方なく自室から遠ざかるように歩いていった。
少し歩くと、〇〇は自分が空腹であることに気づき食欲にかられたが、今は夕食時を少し過ぎた時分でまだ人は多いだろうし、長門や霞に会うと気まずくなると思い、しかし、このまま歩いていても顔に殴られたような跡がある〇〇を見て、騒ぐ輩がいないとも限らない。
それは面倒だと思い、何か良い場所はないかと歩きながら辺りを見回していると、酒屋らしき風態の店が一軒ぽつんと立っていた。
看板には居酒屋鳳翔と書いてある。
〇〇はしめたと思い、入店したのは良かったがバツの悪いことに、そこには他の艦娘に混じって赤城と加賀が酒の入ったグラスを片手に談笑をしていた。
彼女達の周りにはおぞましいほどの数の皿が重ねられていて思わず気圧されてしまったが、彼女達は酔っているようで、〇〇の入店音にも気付かずに話を続けている。
〇〇は彼女達となるべく離れるように席を移し、カウンターに置いてあるメニューを見て適当に目に入った秋刀魚定食を注文した。
店内は〇〇が予想していたよりも賑わっている様子で、何やら隼鷹とか龍驤とか呼ばれている二人組が隣で楽しそうに話をしている。
しばらく店内を見渡したり、メニューを見たりして時間を潰していると、「あ、この前入ってきた新人君じゃん」と先程隼鷹とか呼ばれていた女が馴れ馴れしく話しかけてきた。
店内はそれほど広くなく彼女の声は店内に響き渡り、客の視線が一斉に〇〇に集まる。
もちろん加賀や赤城も例外ではない。
何てことをしてくれたのかと思いながらなるべく誰とも、特に加賀とは目を合わせないように適当な返事を返した。
そんな〇〇の気持ちを御構い無しに隼鷹はズカズカと無遠慮に話しかけてくる。
〇〇はまだ十九で酒の席の経験は無かったが、
これが絡み酒なのだと感覚的に理解した。
そこに龍驤とか呼ばれていた女も加わり、もうしっちゃかめっちゃかで、只でさえ人との会話はしたくもないのにこの二人ときたら口が減らない。
〇〇はもう半ば諦めて機械的に応答をしていた。
そんな不毛なことを続けていると「隣いいかしら」と聞こえたような気がした〇〇は機械的にはいと了承してしまった。
数秒後、彼は先程の声の違和感に気づき、空席だった右隣の席に目をやると、そこには加賀と赤城が座っていた。
〇〇は後悔するとともにいい加減話しかけてくるこの二人をどうにかしたいと考えていたが、店主が「あまり新人さんを困られちゃいけませんよ」と注意してくれたのでほっと一息つき、冷静になって彼女達と同席してしまったことを再び後悔した。
いや、この店に入ってしまったのがそもそもの間違いだったのかもしれない。
加賀は少しの沈黙の後、手に握っているグラスを見つめながら「わかるわ」と呟いた。
〇〇はそれが自分に向けられたものなのか判断しかねていたが、「貴方も何かを抱えているんでしょう」との言葉に先程の言葉もやはり独り言ではなかったのだと悟った。
それとは別に言葉の真意を察する事ができない〇〇はただ「はぁ」と生返事をする。
「あの子と一緒に居るところを見た時すぐに分かったわ、すごく大事にしているのね」
〇〇はやっと彼女の話していることの真意に気づいたが、何と答えれば良いかも分からなかったので、再び生返事をした。
すると加賀は手に握っていたグラスを少々ばかり力を入れて、カウンターに叩きつけ「貴方のそういうところが気に入らないのよ」と徐に席から立ち上がり、〇〇を見下した。
赤城は座ったまま我関せずといった様子で一人酒を楽しんでいる。
〇〇はグラスの音に一瞬ビクッと体を震わせたが、酒が入り横暴になっている彼女を見て、またかと呆れた様子で店主に水を頼んだ。
それを見た加賀は怒りが一周回った様子でかえって冷静になり、彼のグラスに酒の入っていないことを指摘した。
〇〇は「まだ十九なんで飲めませんよ」とまるで親戚からの酒の誘いを断るような口ぶりで流したが、それを聞いた加賀はニヤリと口角を少し上げ、得意になって言った。
「十九にもなって飲めないなんてお子様ね、まぁ貴方みたいにひ弱な坊やにはまだ少し早いのかもしれないわ」
それは〇〇が一番気にしていることであった。
彼はあきつ丸の後ろにいつも着いて歩いているのを、まるで母と子のようだと恥ずかしく思っていた。
しかし、彼女の一度彼女の側を離れれば、心は落ち着かず、いつも不安な心持ちになってしまうため、そのような行為を恥ずかしいとは思いながらも今まで続けてきたのだ。
実際加賀がお子様と言ったのは、十九にもなって酒の一つも飲めないということなのだけれど、〇〇にとっては子供のようだと言われた事が何よりも不服であり、図星をつかれたような気持ちになり、とても不愉快だったのだ。
〇〇はゆっくりと立ち上がると「誰が飲めないなんて言いましたか」と加賀の目を見てはっきりと言った。
彼女は「あら飲めたの?それは失礼したわ」と冷静な口調で自分の酒瓶を手に取り、〇〇のグラスにひたひたになるまで注いでいく。
〇〇はそれがこぼれないように丁寧に手に取り、ある程度ゆっくりと口に含んだ後、勢いよく全てを飲み干した。
そして、してやったり顔で加賀を見ると、悔しそうな顔をしていたもので愉快を感じていると、彼女は更に度数が高いと思われるものを注文し、彼と自分とに同量注いだ。
そして、互いに同じタイミングで一気飲みをする。
それを三、四回繰り返した後、二人はベロンベロンになり、一通り溜め込んでいた言葉をぶつけ合うと、次はバカとかアホとか子供のようなケンカを始めた。
途中、一人酒を楽しんでいた赤城の提案により大食い対決をすることとなり、先程の飲んだくれの二人、今や飲んだくれは四人だが、も二人を煽り立て、大食い対決が始まった。
まだ彼女の無尽蔵の胃袋を知りもしない〇〇は四食目でギブアップをし、店端にある恐らくは彼のような飲んだくれを一時的に横にさせる為の人一人、二人分くらいの畳の寝床に勢いよく仰向けに転がり、次第に眠りについた。
加賀も初めは勝ち誇って勝利の余韻に浸ってはいたが、彼女の眠気はピークに達したのか寝ている〇〇をくるくると足で壁際に押しやると、作ったスペースに横になり、彼の背中に顔を埋めながらそのまま眠ってしまった。
店主の鳳翔は馴れた様子で奥から一枚の布を取り出し、二人の肩を覆うように優しくかけてやった。
二人が寝入った少し後に赤城やあの飲んだくれの二人も勘定を済ませ、自室に帰っていった。
他の客も次第に減っていき、店内には店主の鳳翔、そして畳に寝入っている二人だけになった。
鳳翔は店の片付けをし、明日の仕込みを終えると、服を着替え、二人の寝ている畳の隅に腰掛け、時々「可愛い子」などと独り言を言いながら二人の頭を交互に二回、三回と撫でた。
目を覚ますと〇〇は寝床に違和感があるのを感じた。
それに何やら頭が呆けてしまってうまく思考が整理できない。
そんな状態を数秒間続けている激しい頭痛と吐き気が襲ってきた。
苦しそうに頭を抱えている〇〇に鳳翔も気づいた様子で水を一杯持ってきてくれた。
時刻を確かめるともう十二時を回っている。
記憶は失われていないようで、昨日のことは明瞭に覚えている。
思い返してみると、昨日の自分はまるで自分ではない別の人間なんじゃないかと思えるほどの別人ぷりだった。
思い出すだけで体が熱くなるような子供じみた言動を続けていた。
〇〇は再び頭を抱えて大きなため息をついた後、先程の水を飲み干し鳳翔に礼を言い、自室に戻っていった。
鳳翔は昨日と変わらずどこか達観した様子で笑みを浮かべていた。
身支度を終え食堂に来たはいいが、大失敗だったようだ。
そういえば今の時刻はちょうど昼時ということを完全に失念してしまっていた。
食堂はほぼ満席で、しかも加賀や長門、霞までいるようだった。
更に悪いことに〇〇はそこそこの引きこもり生活で丁度備蓄を切らしてしまっていた。
仕方なく彼女達となるべく離れた席を選び食事を始めたが、「あー〇〇くん発見」というか無邪気な時津風の言葉に彼の努力は水泡に帰した。
最近〇〇の引きこもりが鎮守府内では些細な問題になっていたこともあり、皆の視線が〇〇に集まる。
〇〇は早く食事を済ませようと二日酔いの吐き気に苦しみながらも次々に口へ放り込んで行くが、それも間に合わなかったようで「あら、随分お速い食事なのね」と声をかけられてしまった。
「加賀...」
〇〇のバツの悪そうな顔にも全く表情を変えることなく会話を続ける。
「あら、昨日とは随分態度が違うのね」
「お前だって昨日と全然キャラが違うと思うけど」
〇〇の思いがけない反抗に思わず驚きの表情を浮かべたが、すぐさま次の言葉を返した。
「先輩に対して口の利き方がなっていないようね」
「 ここでの 先輩だろ。俺の方が艦息としては先輩だ」
「たった数ヶ月着任が早いだけでしょう」
「数ヶ月でも俺の方が先輩だ」
二人の問答を見ていた艦娘達は未だ見たことのない〇〇の一面に驚きを隠せずにいた。
実際〇〇も昔の...二年前の一人称でしかも昔のように気兼ねなく普通に会話をしている自分に少なからず驚いた。
「なになに〇〇くん一人称は俺だったんですか」と右手にカメラも持った記者のような艦娘が騒がしく質問をしてくる。
「いや、別に」と目をそらしながらはぐらかすが彼女の質問は終わらない。
そんな彼女を見かねたのか「青葉、そこらへんにしておけ」と長門が制止をした。
その隣にはあの霞がもじもじと何かを言いたげな態度で視線をこちらに行ったり来たりさせている。
ほら、と長門に軽く後ろ肩を叩かれた霞は小声で「き、昨日はその、ひどいこと言ってごめんなさい」と服を両手で強く握り、体を震わせながら言った。
この震えは恐怖や畏怖の感情からくるものではないように思えた。
どうやら詳しい事情を聞いたらしい長門も〇〇を一方的に悪と決めつけてしまったことを続けて詫びた。
尚も体を震わして涙目になっている霞を見て、
「こっちこそごめんな、もうあんな怖いことはしないからさ」と優しく彼女の頭を撫でた。
霞は瞼に手をやりながらうん、と一回頷いて、踵を返し部屋へ戻っていった。
それを見た長門も満足といった様子でありがとう、と一言だけ呟いた。
一事が終わって、皆も静かになり、ようやく食事に戻ろうとした矢先、耳の痛くなるような大音量が鎮守府内に響き渡った。
「緊急です、深海棲艦の群勢が近海に出現しました。全員直ちにグラウンドへ集合してください」
それを伝える大淀の声色のあまりにも切迫した空気に、鎮守府は一種のパニック状態に陥った。
食事をしている者も、自室で過ごしている者も、全ての艦娘がこれまでにない緊張を覚えていた。
〇〇もその例外ではない。
駆逐艦を含む全ての艦娘、総勢百余名がグラウンドに集合した後、大淀は号令台に立ち、現在の詳しい状況を説明した。
徐々に文を増やしていく方式で書いています。
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