2014-09-12 12:18:38 更新

 <17話>



「……まくら……?  どこにいるんだ?」


 きょろきょろとあたりを見回す計佑だが、突然消えてしまったまくらを視界に捉える事は出来なかった。


──……え……なんで? あいつ、消えたりなんてコトはできなかったハズなのに……


 ドクドクと、心臓が不安に鼓動を強める。

 まさか、自分にも認識できないような状態になったのだろうか?

そんな事を考え、そばにいる筈のまくらに、声を荒げて問いかける。


「おい、まくらっ、いるんなら何か合図をしてくれっ!!

何か持ち上げてみせるとか、音を立ててみるとか!!」


 そう言葉をかけてから、しばらく様子を見る。──何も起きなかった。


──……っく……そうだ!? アイツはモノにさわれなくなったコトもあった……

  今がそうなんじゃないか?  それにたまたま、オレにも見えなくなる状態が同時に発症した、とか……


 そんな答えを出して、最悪の可能性からは目を逸らす。


──そうだよ、なんで悪いほうにばっかり考えてるんだ……きっと、身体が目覚めたんだ。だから魂が戻ったとか、そうに決まってる……!!


 母に電話しないと。今頃、病院から吉報を受けてるかもしれないし。

 そう考えて、ケイタイをとりだした。開こうとして、──震える手から、携帯がこぼれ落ちた。

震えが、手から全身へと広がっていく。

 まくらが消える直前に気付いた『最悪の可能性』。その事が頭から離れない。


──ウソだ。ウソだ嘘だウソだっ!! そんなハズない!!!!


 必死に否定する。携帯を拾う事も出来ず、震える身体で立ち尽くして──必死に念じ続ける。


──大丈夫、大丈夫だ!!  絶対に大丈夫だ……!!



「大丈夫だと思う、まくらなら」

「──!?」


 突然、後ろから計佑の心中に答えるかのような女性の声が聞こえて。

計佑は弾かれたように振り返った。


……そこにいたのは、写真の女性──美月芳夏だった。


─────────────────────────────────


 計佑は唖然としたまま、棒立ちになってしまった。

 美月芳夏が幽霊として今も存在している──それはまくらからも聞かされていた事だった。

しかしそれが突然目の前に現れて、驚かない訳がなかった。


……ただ、それにしても少年の棒立ちの時間は少し長かったのだけれど……


「……計佑?」


 目の前の少女からの呼びかけで、ようやくハッとする計佑。


「だっ……大丈夫って!? まくらはどうなったんですかっ!?」


 突然現れた、数十年前から存在している亡霊──そんな得体のしれないモノであるにも関わらず、計佑は美月芳夏に詰め寄った。

 芳佳は静かな表情で計佑を見つめ、そっと口を開くと、


「もちろん説明してやる気はあるんだが……その前に、ちょっとお前の頭に触れてもいいか?」


 そんな事をきいてきた。


「……え? ……な、なんでそんなコトを……」


 まくらとは違う、本物の亡霊。

 それも、まくらが望んだとはいえ"呪い"をかけるような相手との接触など頷ける訳もなく。

計佑は一歩下がってしまう。 

 計佑のそんな反応に芳佳は、


「『ここ』のお前も、やっぱり私のコトを忘れているのか……昔は楽しく遊んだ相手に、そんな態度をとられるのは傷つくんだがな……」


 そう言って、少し寂しげに笑った。

──その表情を見て、計佑の中からすぅっと警戒心が薄れていく。

 

 子供の頃に会ったことがある──それはまくらからも聞かされていた事だった。

こうして話していても、無闇矢鱈と悪意を振りまくような悪霊には見えない。

 そして今、芳佳が見せた寂しげな微笑に……どこか見覚えがあるような気がして。


「……すいません、変な態度とったりして……」


 そう言って、芳佳との距離を詰めた。

 それでも疑問は疑問なので、頭を差し出す前にやはり尋ねることにした。


「……でも、何のためにそんなことを?」

「お前の記憶をちょっと見せてもらいたいんだよ。

私は『ここ』に来たばかりで、前の世界との違いをまだ把握していないからね……」

「……はぁ……?」


 芳佳の答えは、前半部分はともかく、後半はさっぱりわからなかった。

 計佑の不審そうな顔からも心中を察したのだろう、芳佳は苦笑を浮かべて言う。


「まあ、指先でちょいと触れるだけのコトだから痛みとかはないよ。

多少くすぐったいかもしれんが、本当にすぐ済む……構わないか?」

「……はあ……」


 イマイチ腑に落ちないが、素直に頭を差し出した。


「ついでに、私のコトも思い出させてやるからね。前回もやったことだから、これは本当に簡単なことだよ」


 そんな芳佳の言葉の意味は相変わらずよくわからなかったが、彼女の指先が計佑の額に触れると──


──……んん?  なんだこれ!? な、なんか頭の中がくすぐったいような……?


 不快とか耐えられないほどではないが、不思議な感触に思わず身じろぎしてしまう。


「ああ、もうちょっとだから我慢しておくれ……今は、お前の傷も治しているところなんだから」

「えっ?  傷を治すって一体──」


 また不思議な発言をされて、思わず質問が口をついたが最後までは続かなかった。


──なんだこれ!?  なんか身体が熱く──!!


 急に熱くなりだした身体に戸惑いを覚えたところで、芳佳の指が離れた。──その瞬間、思い出した。


──目の前の少女……美月芳夏がホタルと名乗ってきた時のこと。

──10年くらい前、一時の間、まくらと一緒に遊び回ったこと。

──その時の彼女は、自分たちと同じ年くらいの、子供の姿をしていたこと……


「え……美月芳夏って……あの時のコだったのか!?」


 計佑が思い出せないのも無理はなかった。

 計佑は写真の美月芳夏像で記憶を検索していた訳で、まさか幽霊が子供の姿になったりしていたとは想像できなかったのだ。


「ん、思い出してくれたようだね。……まあ、私が掘り起こしてやったんだから当たり前なんだけれど」


 ふわりとホタルが微笑む。


「ホタル……」


 思わぬ再会に感慨を覚えて何も言えなくなった計佑に、ホタルが問いかけてくる。


「どうだい?  完治とまではいかなくても、それに近いくらいにまでは治ってると思うんだが」


 言われて、身体の熱さのことを思い出した。

慌てて、あちこちを確認してみる。──確かに、もう殆ど痛みもなかった。


「なっ……なんだこれ!?  どうやったんだ!?  幽霊ってそんなコトもできるのか」

「誰にでも、という訳ではないけれどね。

お前とまくらは私と縁が深いから……あとは、お前たちのおかげで呪いが半分解けたおかげでもあるね」


 ビクッ、と計佑の身体が震える。

『呪い』という単語に、まくらの事を思い出したからだ。勢いこんで、ホタルに尋ねる。


「そうだっまくらは!? 大丈夫って……呪いが半分ってどういうことなんだ!?」


 詰め寄る計佑にホタルは微笑んで、


「まあ結論から言うと、まくらの呪いは完全に消えている。

今、私にはまくらとの繋がりを感じられない。

これはつまり、私とまくらとの呪いの共有がないということだからね」


 そんな風に説明してきた。


「じゃっ……じゃあ、まくらはもう元の身体に……?」

「うん。直に目を覚ますだろうよ」


 その言葉に、計佑は心底安心して。


「はぁ~~~~~……っ!! よかった……本当によかった……!!」


 大きなため息をついて、椅子へと座り込んだ。

 そんな少年の姿を目を細めて眺めていたホタルだったが、やがてきょろきょろと辺りを見回して。軽くため息をついた。


「しかし……アテが外れたね。上手くいけば、これで呪いが完全に解けるかも……と思ったんだがね……」


 半ば独り言のようだったが、計佑にとっても気になる部分があったので、ホタルに尋ねる。


「完全に呪いが解ける……ってどういうことだ? 呪いがまだ残っているんなら、なんでまくらは開放されたんだ?」

「ん……そうだね、上手く説明できるかね……」


 計佑の問いに、ホタルはちょっと難しい顔をしたが、やがて説明を始める。


「まずは一言で言うとだね……『まくらに呪いを預けていたホタル』が消えたから、まくらは開放されたんだと思う」

「……はあ?」


 さっぱりわからなかった。


「消えたって何だ……? じゃあ今オレが話してる『ホタル』は誰なんだ?」


 だから、当然の疑問を口にした。


「う~……ん……体感できないお前には、ピンと来ないかもしれない話なんだが……

別の世界、別の自分という概念はわかるかい? もしかしたらこういう世界があったかもしれない、という……」

「え? ……それって平行世界とか、パラレルワールドとかいうやつか?」

「そう、それだ! その『ぱられるわーるど』とかいうヤツだよ。

今の私は、お前から見ると『平行世界から来た、別世界の存在』なんだよ」

「ええぇ……?」


 ホタルが言い出したそれは、SF作品などでよく見かける話だったが……計佑にとっては、『幽霊の存在』よりも信じがたい話だった。

 幽霊なら、今こうして話したり触れたりで体感して、信じる事もできる。

けれど、ただ「異世界からきた」とだけ言われても、証拠もなくては、とてもじゃないが信じられるものではない。


「……まあ、体感できないお前に信じられないのも当然ではあるね。

私も世界をまたぐなんてのは初めてのコトでね……さっきお前の記憶を見せてもらって、色々と驚いてもいるところなんだよ。

前の世界とは、随分と色々違うようでね……」

「へぇ……例えば?」


 ホタルの話には未だ半信半疑だったが、興味にかられて尋ねてみた。


「まず、お前の心根が違う。というか、お前とまくらの生い立ちからして、もう違いがあるようだよ。

あと、茂武市とかいう男は向こうではただの悪友だったようだが、ここでは何か違うようだね?

それから須々野とかいう娘。これはかなり感じが違うような……まあ、細かいことを言い出したらきりがないくらいだ」

「へぇえ~……」


 興味深い話ではあった。

 ただの悪友だったという茂武市や、『かなり感じが違う』という硝子、そして性格が違うという自分など……


「性格が違うオレ、ねぇ……一体どんなだったんだ?」


 やはり一番の関心はそこになってしまう。素直に尋ねてみた。


「ああいや、性格はそう変わりはないよ。お前の心を占める人物が違うとか、そういう話だよ」

「なんだ、そうなのか? ……ふーん……」


──心を占める人物? それが違うって一体誰だったんだろう? 今のオレだったら……


 考えて。

 小悪魔だったり、健気だったりとくるくる印象が変わるけど、いつだって綺麗で可愛いヒトの姿が浮かんできて──顔が熱くなった。


「……とっところでさあ!! なんでわざわざ世界を渡る必要があったんだっ?」


 自分を誤魔化すように、大声で尋ねた。

 ホタルは、そんな計佑を特に気にする事もなく答える。


「うん……ちょっと榮治さんを捜すのが手詰まりに……ああ、榮治さんというのは私の恋人だった人だよ。

もう生まれ変わって、別人だったりするのかもしれないけど、どうしても諦めきれなくてね。

今も探し続けているのだけど……ともかく、前の世界では捜索が行き詰ってしまって。

呪いが半分解けたお陰か、こうして世界を飛び越える事が出来るようになったこともあって、他の世界を覗きにきたということなんだよ」

「……そうなのか……」


 数十年も、恋人だった人の魂を探し続ける……その想いの深さに打たれて、少年には何も言えなかった。

 未だ恋愛感情もろくに理解できない自分に、何かをいう資格はないとも思った。


「そして、なぜ『この時間』に跳んできたかというとだね……

『呪いが解けた瞬間』にもう一度立ち会えば、完全に呪いが解けるんじゃないかという期待があったからだよ」

 

 その説明は、計佑にはよくわからなかった。


「"この時間" ……? タイミングを狙ってここに来たってことなのか?

なんで『解けた瞬間』に立ち会えば、完全に呪いが解けると思ったんだ……?」

「うん……実は私がいた世界では、今より1時間くらい後に、お前とまくらは二人で呪いを解いたんだよ。

そのお陰で、私の呪いも半分解けた訳なんだが」


 その答えに、計佑はまた別の疑問が湧いた。


「え?  昼間なのに、オレとまくらで呪いを解いたっていうのか?」

「ああ、そうだよ」

 

 ホタルが即答するが、イマイチ腑に落ちなかった。


──さっきのまくらの話では、昼間にやるのは絶対ムリって事だってたのに……その辺りも、平行世界とやらの違いのせいなのか?


 どちらにせよ、もう呪いが解けた今、あまり気にすることでもないだろう。

深く考えることはやめて、またホタルとの話を続けることにした。


「で?  なんでその時間に立ち会えば残りの呪いも解けるって考えたんだ?」

「簡単なことだよ。その時のお前たち二人の行動の結果……その行動については聞くなよ? 話す気はないからな……

ともかく、それによって呪いが半分解けた。じゃあもういちどその時間を体験すれば、またもう半分が解けるんじゃないか? そう期待したんだよ」

「……んん……?  分かるような解らないような……」


 今一つ理解できていない計佑を無視して、ホタルは話を続ける。


「しかしまあ、先に話した通り。

『ここにいた私』が『今の私』に上書きされるように消えたことで、

『ここにいた私』から派生していたまくらの呪いも無効化されて。

私の期待したような展開にはならなかったということだよ」

「はー……?」


 やっぱり今一つ分からなかったが、詳しく聞いても結局の所自分には理解しきれる気がしなかったので、それ以上この事については訊かないことにした。

 代わりに、他のことを尋ねる。


「それで?  これからホタルはどうするんだ?

アテが外れたっていうけど、やっぱりまた榮治さんってヒトを探しにいくのか?」

「ああ、それは勿論。まくらにはお前から宜しく言っておいておくれ」


 そう言って、ふわりとホタルの身体が浮いた。


「え?  まくらには会って行かないのか?」

「……ああ。……けれど、そういえば前の世界でもまくらにはお別れを言わなかったな……」


 ホタルの高度が、少し下がった。


「……もう世界を渡る意味はなさそうだしな。しばらくはここで腰をすえて捜すつもりではいるんだが……

もしかしたら、ふらりとまた会いにくることもあるかもしれない。

……一人きりの長い時間には、ちょっとうんざりしてるのも正直なところでな。

その時には、また話し相手にでもなってもらえると助かるんだが……駄目だろうか?」


 ささやかな願いを口にして、ホタルが苦笑を浮かべた。

 そしてそんな願いを、この少年が受け入れないわけがなくて。


「何言ってんだ、いいに決まってるだろ?  俺たち友達じゃねーかよ」


 そう言って、計佑が笑う。

 けれどホタルは、そんな計佑の顔を見るといきなり硬直した。


「……?  どうした、ホタル」


 突然固まってしまったホタルに声をかけると、すすっとホタルが身を寄せてきた。


──な……なんだ?  なんか妙に近くないか……?


 突然の接近に計佑が戸惑っていると、ホタルは、じーっと計佑の顔を見つめてきた。


「向こうでも……お前が榮治さんに少し似ていると思ったことはある……けれど、こちらのお前は……本当に榮治さんを思い出させるな……」


 言いながら、じりじりと顔が近づいてくる。


「お前が榮治さんのハズはないと思うんだが……しかし……」


 どんどん近くなる。慌てて、ホタルを押し留めた。


「ちょっちょっちょ!!  だから近、近いって!?」

「あ……? あっああ、すまんすまん」


 ようやく我にかえったのか、ホタルが下がってくれた。

 計佑がホッと息をつく。

 ホタルは、しきりに首を捻りながら、相変わらず計佑を見つめたままだったけれど──


「……うん、やはり違うとは思うんだが……まあとりあえずはいい。

お前が許してくれるというのなら、またその内顔を見せにくるよ。

まくらにもそう言っておいておくれ」


 そして、ホタルが微笑を浮かべた。


「おう、またな!!」


 計佑が力強く挨拶すると、ホタルは軽く手を振って──蛍の様な小さな残光をいくつか残して、突然消えた。


「お……!? 消えた……流石は本物ってところか……」


 感心して、思わず独り言が口をついてしまう。


♪~♪♪~♪~……


 そこで、計佑のケータイの着メロが鳴った。


「あ、いけねっ……ケータイ落としたままだった」


 拾い上げて、相手を確認する。母からだった。


──おふくろ……? っ、そうかっ!!


 内容を予感して、慌てて電話に出る。果たしてその内容は──


─────────────────────────────────


「──あれ? どうした計佑」


 計佑が息せき切って温泉まで駆け戻ってくると、まだ茂武市が一人で時間を潰していた。


「茂武市っすまん!! 屋敷に置いてるオレの荷物は、お前が持って帰ってきてくれないかっ!? 頼む!!」

「おっおお? なんだよどういうコトだ? 持って帰るってどこに──」

「詳しくは後でメールすっから!!」


 戸惑う茂武市を置き去りにして、屋内へ駆け込む。 

 乾燥機からシャツを回収して、コインロッカーからも荷物を取り出したところで、


「……計佑くん? なんか慌ててるみたいだけど、どうしたの?」


 温泉から上がってきたらしい雪姫に話しかけられた。


──ちょうどよかった!! お世話になった先輩には、最低限の挨拶くらいしておきたかったもんな!!


「先輩すいません!! 急ですけど、オレっすぐに家に戻らないといけなくなって──!!」

「えっ、なんで!? どうして、そんな慌てて……」


 雪姫が驚いて聞いてくるが、硝子もこちらへ歩いてくるのが見えた。

 声を落として、雪姫の耳元に囁く。


「まくらが──例のヤツが、目覚めたって連絡があったんです」

「……ホントに!? よかったじゃない!!」


 目を丸くする雪姫に、コクリと頷いて。


「それじゃそういう事なんで、すいませんけど!!  詳しい話は、また今度しますから!!」


 満面の笑みを浮かべて、計佑はまた駆け出した。


─────────────────────────────────


「気をつけてねーっ!!」

「はーい!!」


 ブンブンと大きく手を振りながら、もう一度だけこちらを振り返ってから駆け去っていく計佑を、雪姫は笑顔で見送った。


「ふふっ……すっごい笑顔……」


 初めて見る計佑の表情に、雪姫は軽く笑ってしまっていた。


「……先輩?  目覚くんどうしたんですか?」

「あ、硝子ちゃん……うん、お家のほうで急用が出来たみたいで、もう帰らなきゃいけなくなったみたいなの」

「え!?  急用って何かあったんですか?」

 

 硝子が慌てた顔をするが、


「あっ、ううん、詳しくは聞いてないんだけど、悪いコトがあったとかそういうことじゃないみたいだよ。

計佑くん、すっごい笑顔だったでしょ?」


 まくらが目覚めたというのなら、もう硝子達にも隠し通す必要はないのかもしれないけれど、

自分の口から話すような事でもないと、一応雪姫は口を噤んだ。


「……確かに……随分と嬉しそうな様子でしたね」


 硝子も先ほどの計佑の顔を思い出したのか、軽く笑みを浮かべた。雪姫もまた微笑うと、


「あんなに嬉しそうな計佑くん、初めて見たかも……」


 そう呟いた。その呟きをきいた硝子が、ピクリと身体を震わせる。


「……そうですか? 私は何度か見たことある気がします……」

「あ、そうなんだ? ……そっか、硝子ちゃんはもう4ヶ月近く計佑くんと同じクラスだもんね」


 硝子の言葉に、最初、雪姫は特別な事は思わなかった。けれど、自分が言った言葉で気付いた。


──ああそっか……私が計佑くんと過ごした時間は、まだ10日もないんだ……


 計佑と過ごした時間はとても濃密だったから、気にしたことはなかったのだけど……今の硝子の言葉で、気づいてしまった。

 そして、今しがた満面の笑みを浮かべて少年が帰っていった先には、多分十年くらいの時間を一緒に過ごした女のコが待っていて。

……その事に思いが及んだ時、


ズキン……


 胸に、痛みが走った。


──……え……なに……? 今の痛み……


 雪姫には、今走った痛みの理由がわからなかった。


──眠り続けてた、妹同然のコが目を覚ましたんだよ?  凄く嬉しそうなのは、当たり前じゃない……


 理屈ではそう分かっているのに、心がザワつく。


──10年一緒っていっても、妹さんみたいなものなんだよ?  計佑くんが、はっきりそう言ったのに……


 なのに、不安がじわりと広がって。


──……なんで? なんで私、胸が痛くて……不安になるの……?


 いつしか、雪姫は俯いてしまっていた。


……そんな雪姫を、硝子が暗い瞳で。唇を噛み締めて、見つめていた──



─────────────────────────────────


<17話のあとがき>


という訳で、この小説の世界は原作にリンクしたパラレルワールド的なもの、とさせていただきました。

ここは原作の次の世界って感じですかね。

といってもそれはホタルの感覚であって、実際にはどっちが先も後もないのかもですけど。


ホタルとの会話で、

「いくつかの世界をみてきたが、気が多いなお前は。硝子にアリスに……」

という、いかにもギャルゲなものも考えましたが、結局なしにして。

『計佑の相手は、先輩かまくらのみっ。この二人以外にケイスケが惚れる事はないっ』

というイメージにしました。

一途……一途とはいえないんでしょうけど(汗)

まあ惚れる相手が二人しかいないなら、ギャルゲの感覚としては十分ストイックかな、と(-_-;)


原作だと、この回の先輩は、完全にピエロだったんですよね(T_T)

……というワケで、こちらではちょっとリベンジ。

ホタルとの会話の中にも、先輩への愛を感じさせるものを(^^)


榮治の生まれ変わりが計佑じゃないの、って意見をどっかで見かけたので、こちらにちょっと反映。

棒立ちの時間は少し長かった、とか、ホタルの寂しい顔に見覚え、とかいうトコです。

一応、三話でもちょろっと『写真に見とれる』ってのを入れといたんですが……


でも、もしそうだとするとあまりにもホタルが哀れですね……

DESIREってゲームを、ちょっと彷彿とさせる……

原作の設定では、あまりにもホタル不憫すぎですよね。

予定通りに話が進んでいたら、ホタルもちゃんと救われていたんでしょうか……


今回、雪姫先輩に、ついに初めての妬心が。

島でも、まくらの存在にチラチラと不安を感じてたりしましたが、

僕の中では、今回のがはっきりとした嫉妬、というイメージだったりします。


この妬心は、最初は一人でに目覚めさせる方向で考えてたけど、硝子絡めた方が面白いかなと、あんな風にしました。

硝子の腹黒エピは、書いてて楽しかったりしたので……

今回は、硝子の勝ちかなぁ……でもその結果、ちょっと暗くなりすぎたかなあとは(汗)


けど、山あり谷ありじゃないとお話盛り上がらないのでm(__)m



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