【俺ガイルSS】君といたら暖かい【暖かいコーヒーと共に】
あらすじ
家出をしていた雪ノ下陽乃と偶然出会った比企谷八幡は流れで彼女を家に泊めることに。
そして彼女からの告白を聞く。
「雪が降っても今日だけは」の続きになります。
前を読んでいないとわからないと思いますので是非前を読んでからこちらをお読みください。
※雪ノ下雪乃視点
アレは高校の最後の日。
卒業式で一色さんが送辞を読んだ日のことだ。
私は最後の記念に奉仕部の部室に来ていた。
この学校での思い出と言えば彼と彼女と過ごしたこの場所で相違ない。
長閑な春の陽気な風が開け放った窓から吹き込んでくる。
私はそこである人を待っていた。
孤独な学生生活を変えてくれた彼を。
トントンと少し控えめな、躊躇ったかのようなノック音が部室に響く。
私は逸る気持ちを抑えて、平静を装ってどうぞと返事をした。
「…よう」
腐った目を携えながらノック音の主、比企谷八幡は姿を現した。
「…待っていたわ」
「…おう」
そこから少し世間話に興じた。
しかし彼はあぁとか、おうとかどこか上の空な返事ばかり。
私は居てもたってもいられずいつもの悪癖で彼を罵ってしまう。
「あなた、人の話を聞かないというのもなかなかいい度胸ね」
彼は少しむっとしたが、言葉を口にせず黙ったままこちらに体を向けた。
「…あのさ」
「なにかしら?」
「…お前の用って」
「そうね、いつまでも駄弁っているわけにはいかないわね」
そう言ってから私は大きく深呼吸をして言葉を紡ぐ。
心臓がドクドクと大きく、そして早く鼓動する。
「…比企谷君。私はあなたと友達にはならないと昔言ったわよね」
「そんなこともあったな」
「でもね、当時とは違う意味で今もあなたとは友達という関係性になりたいとは思っていないわ」
「…」
「私はあなたが好き。比企谷君」
「…っ」
「あなたの腐った目、よくわからない方向に捻じ曲がった性格。それすらも愛おしいと思っているわ」
「…」
「だから私と…その…交際をしてほしい…と思っているわ」
「…」
その言葉を皮切りに今までの思い出が走馬灯のごとく脳裏に蘇る。
様々なことがあって、それを経て私は彼に少しずつ惹かれていった。
でも最後までこの気持ちを言い出せなかった。
だけどそれも今日で終わり。
私は口に出来た。
好きだという思いを、自分の気持ちを。
沈黙が続く。
由比ヶ浜さんが奉仕部に入るまでではあったが彼と二人きりだったころと同じような沈黙が。
その沈黙を破ったのは私だった。
「…返事は、もらえないのかしら」
今思えば意地悪だったと思う。
私は由比ヶ浜さんが少し前に告白したことを知っていた。
そして彼がその告白に対して返事をしたのが一週間くらい経った後だったということも。
きっと彼なりに色々考えたのだろう。
そしてその告白に対してNOと返事をしたのだ。
「…雪ノ下、俺は…お前とは付き合えない」
分かっていた。
告白しても彼は私と付き合ってくれないだろうと予想していた。
分かっていた上で告白したのだ。
そんな自分に嫌気が差して自己嫌悪に陥る。
ズルい女だ、そう思えた。
「…そう…よね」
彼は小さくごめんと呟いた。
それでも諦めきれなかった。
だからきっとあんな行動に出たのだろう。
「…っ比企谷君」
彼の胸に飛び込み私は彼の唇を奪った。
勢いよく飛び込んだから甘いキスとはならなかったが、それでも彼とキスをしたという事実から来る充足感に私は包まれた。
「…雪ノ下、お前…」
彼は信じられないといった目をしていて、その目線が私にはどうも侮蔑の視線に見えたのだ。
私はそんな目線に耐えられず、双眸から涙を流していた。
「…ごめん、俺は…」
そう言って彼は部室を後にしようとした。
私は彼の引き止めようと、もっと同じ時を共有しようと彼の腕に手を伸ばした。
彼は、今度はハッキリと私を軽蔑の目で睨みつけた後に私の手を払った。
「…俺はお前と仲良くしたかったよ…」
彼はそう言って部室を後にした。
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懐かしい夢だった。
高校時代の夢は度々見るがあの告白の時の夢はある意味悪夢だろう。
あの時の私はあまりにも非常識だった。
あれ以来比企谷君とは一切連絡も取らず過ごしていた。
ただ私は彼のことを諦めたかというとそうではない。
好きなのは間違いないし、なんなら今でも好きだ。
ただ、過去の過ちは消えないから時間を空けてから彼にアプローチをするつもりなのだ。
彼ならばきっと恋人も出来ることなくただ無為に時間を過ごすだろう。
だが流石に寂しく感じてもいたのでそろそろ行動に移すときが来たのかもしれない。
「ふふ」
今きっと鏡を見たら、想い人のことを考え顔を歪ませている私がいるだろう。
私はそれがわかっているから鏡を見ないで土曜日を過ごそうと考え、また比企谷君との楽しかった日々の夢を見るために布団に潜りこむのであった。
※雪ノ下陽乃視点
比企谷君とお出かけをしたあの日。
私は自らの境遇を吐露した。
彼の優しさにつけこむためだ。
彼はタバコを吸いながら私の話を聞いてくれた。
やっぱり優しいな、なんて思いながら私も彼から貰ったタバコを口にしてみる。
煙を吸って咽返る。
クラっと来て彼の腕を咄嗟に掴んでしまった。
よくもまあこんなものを好んで吸っていられるな、と世の喫煙者たちにある種畏怖に似た感情を覚える。
「大丈夫ですか?」
彼は心底心配したらしく私にコーヒーを口にするよう勧めてくる。
外気に触れ少しだけ温くなった缶コーヒーを煽ってどうにか落ち着いた。
「…よく、こんなの吸えるね」
「そうですねぇ…最初は俺もタバコなんてって思ってたんですけどそれ以上にストレスが酷くて、発散のために吸い始めたら辞められなくなりましたね」
ふむ。
ストレス発散のために吸うこともあるとは知っていたが、彼もその類だったのか。
やはり比企谷君といると飽きなくていい。
「じゃあ、もう中毒だ?」
「まあそういうことですね」
彼は笑いながら目を細めて笑いかけてくれた。
私の境遇を聞いて、それでいてこんな風に優しい視線をくれるのは何故だろう。
彼に限って私のことが好きだなんてことはありえないだろうし、困っている人には優しくしたくなるタイプなのだろうか?
うんうんと悩んでいると彼は凭れていた壁から体を離し帰りましょうかと言った。
「うん、そうだね」
「それにしても雪ノ下さんがタバコを吸いたいと言うとは思いませんでしたよ」
「私だってストレスから逃げたいときだってあるよ」
「…それってさっきの話ですか?」
「うん、そう…だよ」
前を歩く彼の顔は見えないが、雰囲気から難しい顔をしているかのように思えた。
暫しの沈黙が流れた後、比企谷君は口を開いた。
「…ウチでよければ、いつまでも居てくれていいですからね」
やった。
欲しかった言葉を彼に言わせることが出来た。
しかしこれは捉え方によっては…そういう風に捉えることも出来る。
「…比企谷君、それは凄く嬉しいけど、それってもしかして告白…?」
同じ屋根の下で2度寝たとは言え、雪乃ちゃんの想い人からの告白は流石に姉としては対応に困る。
「…そういう風に捉えるなら出てって貰いますから…」
冗談を言ってる風には聞こえないから本気でそういう風な意味合いはないということだろう。
私はさも冗談でしたと聞こえるような声音でわかってるよと言う。
「あなたが言うと冗談に聞こえないんですよ」
「…あ、でも」
そこまで言いかけて言葉に詰まる。
これは本当に言ってもいいのだろうか?
一瞬逡巡するがすぐに答えは出る。
「あのね、よかったら陽乃って呼んで?」
前を歩いていた比企谷君がビックリした顔でこちらを向いた。
そりゃそうだ。
先ほどそういう風には捉えないと言ったばかりなのに名前で呼んで欲しいなどと言われたら私だってビックリする。
でも、私は何故だか無性に彼に名前で呼ばれたかった。
「…嫌ですよ」
うん、きっと君ならそう言うと思った。
でも私はズルいからお姉さんパワーを使っちゃう。
「いいのかな?私のこと陽乃って呼ばないと出て行っちゃうよ?」
中々に謎理論ではあるが、比企谷君だって女の子の近くに居たいと思ってくれるんじゃないか。
それから私と比企谷君は帰り道あーだーこーだと謎議論を続けて最終的に比企谷君が折れた。
ただ彼的にも流石に呼び捨てで呼ぶのは恥ずかしかったらしく「せめてさん付けでお願いします」と、土下座でもする勢いだったのでさん付けで妥協することにした。
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その日、帰ってから比企谷君はすぐに寝てしまい私はまた一人の時間を過ごしていた。
たった数日だが比企谷君と過ごす時間は私の中で、かけがえのないものになり始めているのを感じる。
脱衣所で服を脱ぎ捨て、堂々と洗濯機に服を放り込んだ。
だってこの家は比企谷君の家であり、私のいてもいい場所になったから。
それにしても私はとてもズルくて、悪い子だと思う。
私は妹の雪乃ちゃんが比企谷君に恋い焦がれていることを知っているし、今疎遠になっている理由も知っている。
彼はああ見えてもモテモテで、当時は雪乃ちゃん以外の女の子からも好意を寄せられていた。
ガハマちゃんと雪乃ちゃんから向けられた好意から逃げて彼は何を得たのか。
それとも何も得ず、何かを守りたかったのか。
「まあそれでも私はしばらく比企谷君にお世話になるんだけどね」
そう独りごちて鏡を見ると鏡の中の私はどうもニヤついているらしい。
私はそんな顔をパンパンと叩いて表情を戻してから浴室へと足を伸ばした。
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一通り体を洗い終え、湯船に浸かる。
昨日は時間がなかったため湯船にお湯を貯めることはしなかったが、今日は帰ってすぐに湯を貯め始めたのでこうして至福のひと時を過ごせている。
やはり日本人にとって入浴という文化はなくてはならないものだと思う。
湯船に体を沈めれば冷えた体は温もりを得て、暖かいまま眠れるというものだ。
しかし一人でいる孤独なこの時間は色々考えてしまう。
「比企谷君…」
まるで恋する乙女かの如く異性である彼の名を口にする。
本当にどうしてしまったのだろうか。
私はもっと冷めた人間でこんな風に誰かのことを考え続けるような人間じゃなかったはずだ。
それなのにこうして彼の名を口にしてしまっていることがどうにも恥ずかしかった。
「…ふぅ」
湯船はそこまで広くないが時間に捕らわれずノビノビと過ごせるので爺くさい感嘆符が出てしまった。
それがなんだがたまらなくおかしくて、私は一人でふふふっと笑ってしまう。
私の笑い声が狭い浴室内にこだまして…。
私は逆上せたなと自分に言い聞かせてから浴室を後にした。
※雪ノ下陽乃視点
あの日から実に2週間が過ぎていた。
その間、何もなかったわけではないが特筆すべきことがなかった、とここに明言しておきたい。
決して比企谷君が得するようなラッキースケベ的なことは1ミリたりともなかったし、私と比企谷君の関係性が変わったとかでもない。
「比企谷君」
「なんですか?」
「暇なんだけど」
「そうですか」
「むぅ」
まあ、変わったことと言えば、彼からの扱いが多少なりとも雑になったことくらいだろうか?
大体毎日暇してるので家の中の本という本をかき集めて読書に耽るわけだが、それだけでは時間というものは過ぎ去らない。
なので私はこうして度々比企谷君にちょっかいをかけていた。
「…俺まだ仕事中なんですよ」
ちなみに今は比企谷君の職場である喫茶店に来ていた。
そう、比企谷君は意外も意外、喫茶店で働いていたのだ。
これを初めて知ったときは驚きのあまり倒れそうになった。
いや、実際には倒れてないのだが。
「別にいいじゃん、他にお客さんいないんだし」
「だからって公私混同はあかんでしょ…」
「でもここのマスターは裏で新聞読んでるでしょ?」
更に付け加えるとちょっとエッチな動画を見たりしていることも知っていたりする。
どうしてそんなことを知っているかについては触れないが。
「…なんでそんなことまで知ってるんですか」
「ひとえに愛かな?」
「そっすか」
そう言いながら比企谷君はコーヒーのお代わりを入れてくれる。
私はそのコーヒーをズズズっと啜ってからサンドイッチを口にした。
聞くところによればこのサンドイッチは比企谷君が作ってるらしい。
「それで、比企谷君。唐突に私を呼び出してどうしたの?」
そう、私がここにいるのは比企谷君が唐突に職場に来て欲しいと言い出したからだ。
「家に帰ってからでいいかなとも思ったんですが、こういうのは早いほうがいいかなって」
そう前置きをしてから比企谷君は衝撃の言葉を口にした。
「陽乃さん、俺の恋人のフリをしてください」
「…えっ」
-FIN-
ここまで読んでいただきありがとうございます。
あくまで私の中でのキャラの印象を基にストーリーを組み立てていますので若干のキャラ崩壊はお許しください。
ストーリーの方は次から佳境に入るところになります。
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