2019-06-07 21:23:59 更新

概要

艦隊コレクションの二次創作SSです。基本的に鎮守府内での出来事等が中心で、戦闘等はほぼ無い内容となります。
独自の解釈や設定、また季節が前後したりなどが含まれますので、不備などもあるかと思います。あらかじめ、ご了承ください。


秘書艦『加賀』の場合


鎮守府の提督室がある廊下を足早に歩いていく。普段ならそこまで急いで行く必要もないのだが、今日は少しだけ事情が違うからだ。

ドアの前で急いできたせいで少し乱れた呼吸を整え、一度制帽を被りなおしドアノブに手をかけて室内に入る。


「おはようございます、提督」


室内に響く怜悧な声。

視線を向けると本日の秘書艦を務める艦娘、空母『加賀』が執務机の横に静かに佇んでいた。


「おはよう、早いな」

「いえ、普通です」


彼女の艦隊配属以来、こうして秘書艦を務める時はこのやり取りが続いている。

彼女が自分より遅れてきた事はただの一度もなく、毎回執務机の横でこうして自分を待っているのである。

今日こそはと密かに対抗心を燃やして早く来たのだが、目論見は失敗に終わった。


「今日の予定は?」

「午前中の主たる予定は西方海域における作戦の立案、演習となっています」

「ふむ、遠征組はそろそろ帰ってくる頃だったか?」

「はい、2艦隊は0930に次は1000帰港予定です」

「なら書類を書いておかないとな」

「どうぞ」


差し出される数枚の書類。必要事項はすべて記入してあり、後は提督である自分が確認し決済をするのみだ。

確認をして決済印を押す。


「こちらも確認をお願いします」


演習や開発、装備品の破棄に改装に関する関係各所に通達する書類が差し出される。

その全てが自分で記入が必要なところ以外全て処理されており、なおかつ優先順位の高い順にファイリングされている。

ちなみに記入が必要な場所には彼女のカラーである青色の付箋がつけられている。そのことに少し顔が歪む。


「何か?」

「いやなんでもない。さて、取り掛かるか」

「はい」


演習や作戦計画を立案し金剛を旗艦とした艦隊を送り出した後はひたすら事務作業に没頭することとなる。

昼過ぎ、朝に帰ってきた遠征組と入れ替わりに遠征に出ていた天龍や雷率いる遠征組が執務室を賑やかにしてくれたが

それ以外は書類に字を記入する音だけが室内を満たしていた。


「・・・」

「・・・」


自分の机のすぐ隣で彼女もまた作業に没頭している。集中が切れた自分はちらりと横目で彼女を盗み見た。

加賀は積まれた書類を手際よく処理しており、その横顔からは疲れたとか退屈だといった雰囲気は微塵も感じ取れない。


(うちにきて随分とたつが、本当に表情が読みにくいな)


別にそれが悪いとは思わない。冷静沈着である事は彼女の個性なのだろう。

だが、艦隊を率いる提督としては小さな疲労も決して見逃せはしない。それでもなくとも、彼女は自艦隊の第一線部隊の空母として激戦に身を投じている。


そのため、小さな疲労の兆候を見逃して最悪の結果に結びついてしまう事だけは避けたいからだ。ただ、付き合いはそれほど浅くないにも関わらず今ひとつ仲が縮まらないため、なんと声をかけたらよいか迷うわけだ。


「うーむ・・・・」

「提督?」


隣で事務作業に勤しんでいたはずの提督は顎に手をやって唸り始めていた。加賀は無言で席を立ち横に立つが彼は気づいた様子もない。

何度となく秘書を務めているが、時折この提督は考え事をすると周りの様子が目に入らなくなるようだ。

傍にいても一向に自分に気づく様子もないので、顔を覗き込んでみる。


「提督、聞こえていて?」

「うーん・・・うお!?加賀どうした?」

「それはこちらの台詞です。どうしました?」

「いや、なんでもない。気にしないでくれ」

「・・・そう、ならいいのですが」

「あ、ああ・・・すまんな」


取り繕うように彼は再び事務作業に戻る。最近ではこうした遣り取りが増えたが、そのたびにこの提督は何でもないといって

何も話してはくれない。


(やはり先の作戦の件なのかしら?)


数ヶ月前、敵深海棲艦隊の根拠地攻略戦が行われた。鎮守府の持てる戦力の全てを結集した攻略戦だったが最終的に敵旗艦を取り逃がす形となった。敵にも甚大な被害を与えたが、こちらも少なからずの犠牲を払い結果的に作戦は事実上の失敗に終わったのだ。


それ以降、艦隊の立て直しと戦力の強化に注力しているが未だこの提督が目指す水準の戦備は整っていない。

日頃の実戦や演習等、艦隊の任務などもあるためそれらを並行して進めていかなければならないから当然のことといえば当然だ。

その事について頭を悩ませているのだろうかと考る。


(でも、その事について相談を受けた事は無い。少なくとも私は・・・)


自分が近寄りがたい雰囲気を出しているから相談をしにくいのではないかと自覚はしている。

だが、かといってこちらから聞くのも躊躇われた。

そんなことを彼女が考えていると15時を告げるアナウンスが鎮守府に響き渡る。執務机の所で大きく伸びをした提督は加賀に声をかけた。


「15時か・・・大体片付いたことだ、一息入れようか?」

「はい」


執務室の横に併設された休憩室にある畳とちゃぶ台が置かれたスペースに移動する。加賀から受け取ったお茶を啜る。

右隣に座った彼女をちらりと横目で見る。普段つけている艤装を外した弓道着姿の加賀は行儀よく正座してお茶をのんでいた。

午前から今に至るまで昼食を除いてずっと業務をしているにも関わらず、微塵も疲れを感じさせない様子だ。


「・・・」

「提督、私の顔に何か?」

「お、おお・・少し呆けていた」

「お疲れですか?」

「ん、そうだな。少し肩が凝ったようだ」


そう言って彼はしきりに肩を回す。そんな様子を加賀は見ながらある事を思い出していた。

先週、鎮守府の一角で金剛型戦艦の3番艦『榛名』と重雷装巡洋艦『北上』が立ち話をしていた。


「へえ~はるっちは肩もみなんてしてあげるんだ」

「はい。提督は最近お疲れのようですから」

「甲斐甲斐しいねえ」

「北上さんはしないのですか?」

「えう!?う、う~ん・・・柄じゃないっていうか。返って提督を困らせちゃうかもしれないし」

「そうでしょうか?きっと提督も喜ばれますよ」

「喜ぶか・・・うん、そうだね。たまには提督孝行をしとくのも悪くないかもね」


そのやり取りを思い出して、目の前の湯呑を見ながら少し考える。これはいい機会なのかもしれないと。


「提督」

「うん?どうした、加賀?」

「肩を揉みましょうか?」

「加賀が俺の肩を?」

「駄目ですか?」

「そんなことはないぞ。じゃあ、頼んだ」


すっと背後に回った彼女が自分の肩に手を置く。そして、手馴れた感じで肩を揉みほぐしていく。


「効くな。上手いもんだ、慣れてるな」

「ええ。赤城さんの肩を結構揉んでいますので」

「ははは、二人は本当に仲がいいな。その光景が目に浮かぶようだ」

「・・・」


こちらが話を振る以外、加賀は一生懸命肩を揉んでくれる。肩のコリは取れてきたが、今度は眠気が襲ってきた。

本格的に眠くなる前に礼をいって終わろうかと考えていると加賀が口を開いた。


「提督」

「ん?」

「提督は、その・・・何か悩み事でもあるのですか?」

「悩み?そうだな、次の作戦が行われる海域の事とか他諸々ある」

「それはわかります。それではなくて、先の作戦の事で悩んでいるのでは?」

「反省の多い作戦だった。君達にも随分と無茶をさせた」

「それは別に提督一人が責任を感じることでは・・・」

「感じなければならん。仮にも俺はこの艦隊を預かる身だからな」


この提督はずっとこうだった。自分たちの誰にも弱みを見せることはせず、苦境にあっても何もかも自分で背負い込んでいた。

それが当然のことであるかの如く。その度に何故だか自分は不機嫌になった。

いや、他の艦娘もそうだった。特に幼さの残る駆逐の子達は心配を露わにして文句を言っていたが、それすらも『お前達はそんな事は心配せず、任務に邁進しなさい。他の事は全部やっておくからな』といって全く取り合わなかった。


「貴方は背負いすぎよ」

「?」


正面に移動した彼女は俺と正対すると突然肩に両手を掛けて引っ張った。

不意の彼女の行動に間の抜けた声を発することしかできなかった。


「うお!?」


普段の彼女の行動を考えればこんな事をするとは考えられなかったので成すすべもなく体勢を崩す。

そしてそのまま加賀の豊満な胸に顔を突っ込んでしまった上に、彼女の両手によって顔をがっちり固められてしまった。


「か、加賀!?何を!?」

「もう少し私達を頼って」


質問に答えず彼女はそれだけを言った。それの意味する所が分からないほど愚かではない。


「十分すぎるほど頼っているぞ」

「いいえ、必要以上に責任を抱え込みすぎているわ。貴方は一人で戦っているわけじゃない。違わなくて?」

「勿論わかっている」

「わかっていないわ」

「・・・敬語が崩れてるぞ?」

「今は秘書として話しているわけではないの」

「・・・」


抱きすくめられたままの膠着状態が続く。暖かく柔らかい彼女に身を預けていると先程の睡魔がぶり返してきた。

そういえば、最近は碌に睡眠を取っていない。


「加賀」

「なに?」

「眠くなってきた、せめて姿勢を変えさせてくれ」

「そう、なら・・・」


一旦俺を離すと彼女は自分の太ももを数回叩いた。もはや、抗議する気も失せたので素直にそこに頭を乗せた。


「なんで今日はこんな事を?」

「・・・私達にもっと貴方は頼っていい。そう伝えたかった」

「そうか、まるで雷みたいだな?」

「私はあの子程まっすぐじゃない。でも、今日はそうしてよかったわ」


そう言って彼女は口元に微笑を浮かべた。思わず見惚れてしまうようなとても柔和な顔だった。

普段の彼女からは考えられないような行動の数々に色々不意を打たれたが、これは別格と言えるほどの衝撃だ。

ただ、なんだかしてやられた気分になった。

やられっぱなしというのも性に合わないので、俺の顔をのぞき込んでいた彼女のほほに右手を添える。


「!?」

「ありがとう、加賀。今日はお前を凄く近くに感じる」

「そ、そう・・それはよかった」

「勿論、今の状態を言っているわけではないからな?」

「わ、わかっているわ」

「確かに君の言う通り少しばかり抱え込んでいたようだ。今後はもっと君や他の皆にも色々と相談しよう」

「そ、そうね。ええっと、その・・・」


あからさまに動揺する彼女というのもおもしろい。目を白黒させる姿と彼女の柔肌を堪能してたら溜飲も下がったので手を下した。


「以上だ。国旗降下の前に起こしてくれ」

「・・・ひどいわ。からかうなんて」

「からってはいない。ただ、触りたくなった。とても柔らかかったぞ」

「恥ずかしいことを言わないで」

「おやすみ、加賀」

「お休みなさい、提督」


5分もたつと眼下の彼は寝息を立て始めた。よく見てみると疲労が貯まっていたのか目の下にクマがある。

やはり普段から寝不足なのだろう、これは改善の余地があるなと考えていると自分も眠くなってきた。

近くに、とても傍に人肌の温もりがあるせいだろうと結論付ける。


「音で目が覚めればいいわ・・・」


独り言を何となく口に出しながら彼女もまた意識を手放した。国旗降下の少し前提督室の廊下を任務を終えた艦娘の一団が

雑談をしながら歩いていた。


「今日も快勝だったねー!!提督にもいい報告ができるヨー!」

「そうですね金剛お姉さま!」

「ヘーイ提督!今戻ったよー!!」


勢いよく提督室の扉が開かれる。だが、いつも執務机にいるはずの彼の姿は見えない。

それどころか秘書艦である『加賀』の姿もなかった。


「いないみたいですね?」

「おかしいですネー、加賀までいないなんて」

「休憩室の方じゃないでしょう・・・か?外出の札はかかっていませんでしたし」

「名取よく気が付いたねー。では、レッツゴ―!」


執務室と併設された休憩室兼仮眠室に金剛を筆頭とした一団がドアを開けると同時にその場で固まった。


「ほ、ホワ―イ!?どどどどどうなってるですー!?」

「お、お姉さま落ち着いて!?」

「わわわわ!?」


彼女たちが目にしたのは加賀の太腿を枕にした提督の姿だった。よほどぐっすり眠っているのか提督は起きる気配がない。

代わりに加賀の方が薄らと目をあける


「・・・あら、帰ってきていたのね」

「それよりこれはどうなっているネー!?」

「提督はお疲れのようだったからこうしたの。それが何か?」

「うー!うー!交代するネー!!」

「ここは譲れません」

「む・・・くあ、なんだ騒がしいな。金剛達か、帰ってきたか」

「提督―!!私も膝枕するからもう一回寝てくださいネー!!」

「無茶言わんでくれ、やれやれ・・・」


その後も色々と押し問答が繰り広げられたが、鎮守府のある一日はこうして終わりを告げた。


遠征旗艦『暁』の場合


―提督執務室―

執務室にて書類と睨めっこしていた所に遠征任務の艦隊旗艦であった暁がやってきた。

報告書類を受け取り目を通す。


「ご苦労、上々の成果だ」

「当然よ!何と言っても一人前のレディーが艦隊を率いてるんだもの!」

「ああ、そうだな」


よくやったと感謝の意味を込めて頭を撫でようとしたが、暁は急に距離を取った。

伸ばした手が虚しく宙を彷徨う。


「もう、毎回頭をなでなでしないでって!?」

「褒めようとしたんだが?」

「レディーとしての扱いを要求するわ!」

「どういう風にだ?」

「た、例えば・・・抱きしめるとかよ!」


顔を真っ赤にして叫ぶ彼女に自分と本日の秘書艦『龍田』は顔を見合わせた。

レディーとしての扱いとはそういう物だったのだろうか。


「あら~暁ちゃんはおませさんね~」

「龍田までお子様扱いしてー!」

「ふむ・・・では、こうか?」

「ふえ?」


距離を詰め、彼女の華奢な体に両手を回し抱きしめる。

身長差があるので抱き上げる形になった。


「任務ご苦労、よくやった暁」

「ひゃひゃい!?」

「別命あるまで待機を命ずる、補給を受けて今日はしっかり休め」

「あああああ、ありがと!?レディーとして休むわ!?」

「うむ、3人にも伝えてくれ。以上、解散」


かちこちになった暁が執務室を出ていく。

その姿を見送り席に座りなおすと龍田が声をかけてきた。


「提督」

「なんだ?」

「私、あの時の事を思い出したわ~」

「・・・記憶の底にしまっておいてくれ」

「うふふ、そうね~でもしっかり覚えておくから」

「やれやれ」


にこにことこちらを見つめる彼女の視線を避けるように出かける前の作業を全て終わらせ

机の上においた会議に必要な物を鞄に押し込む。


「こんな時間から会議なんてね~」

「ああ、だが四の五の言ってもいられん」

「ふふ、宮仕えの大変な所ですね?」

「全くだ。では、行ってくる。留守を頼んだ」

「わかったわ~」


後の事を彼女に任せ、総司令部で開かれる会議に出席するため執務室を後にした。


―夕刻・鎮守府内食堂―


食堂では艦娘達が思い思いの場所で食事をとっていた。賑やかな喧騒に包まれた食堂の中央の席に陣取った第六駆逐隊の面々は

報告と補給を受けに行っている暁を待っていた。しばらくして夕食をお盆に乗せた暁が3人の待つ席にやってきた。


「待たせたわね」

「遅かったね」

「何かあったのです?」

「また『レディーとして~』とかいって司令官を困らせたんでしょ。もう、子供なんだから」

「ふふん」

『?』


雷からの小言を軽く流した暁は得意げな顔をする。

一方の3人はどうしてそんな顔をするのか解らず怪訝な視線を彼女に向けた。


「そうよ、レディーとしての扱いを司令官に受けてきたわ」

「どういうことだい?」

「抱っこでもしてもらったの?」

「抱っこじゃないわよ!?司令官に抱いてもらったの!!」

『ぶっ!!?』


大音量で反論した暁の抱いてもらった宣言で食堂のあちらこちらから

お茶やらなにやらを吹きだす音が響く。一瞬にして食堂内は怒号に満ちた


「はわわ!?大変なのです!!お赤飯を炊かないと!?」

「うわーん!?司令官をピーして私も死ぬ――!?」

「雷と電落ち二人とも素数を数えて落ち着くんだ」

「て、提督がうーん・・・!?」

「ひえー!?金剛お姉さま――!?」

「頭に来ました」

「わー!?加賀さん落ち着いてください!?」

「全機爆装、目標提督執務室・・・」

「ちょ、ちょっと瑞鶴待ちなさい!!」


艦隊の主だった艦娘が大混乱に陥っている食堂を他所に

提督室では留守を預かっている龍田が電話を受けていた。


「あら~じゃあ今日は戻って来れないんですね~」

『ああ、思いのほか長引いてな。そのままこちらに宿泊する』

「了解したわ~」


業務に関わる連絡などを終えて電話を切った彼女は、執務室の鍵をかけると夕食をとるべく食堂に向かう。

そして、異様な雰囲気に包まれた食堂の空気に眉を顰めた。


「天龍ちゃん、どうしたのこれ?」

「どうもこうも、龍田お前今日の秘書艦だったよな?」

「そうだけど?」

「ならお前、その・・・見てたのか?暁が提督に抱かれる所をよ?」

「抱かれる?ああ・・・」


抱かれるというか『抱きしめられ』ながら暁が褒められていただけという言葉を

騒乱が起こっている食堂中央部を眺めながら飲み込む。


「ええ、ばっちり」

「おま!?止めろよ!!」

「でも~本人達が合意してるなら仕方ないわよね~」

「そういう問題じゃないだろ!?」


二人が言い合っている最中、騒動の中心部では別の変化が起こっていた。

騒動の中心である『暁』を問い詰めても抱かれたの一点張り。

埒が明かないため提督に直接話を聞くべきだとの意見が大勢を占め、騒いでいた一団が執務室へ向かおうとした

所に龍田が制止の声をかける。


「それは無駄よ~」

「な!?龍田それどういうこと?」


何故か一団を率いて提督の所に向かおうとしていた大井が声を荒げた。


「提督なら司令部に出向いてて今日は帰って来ないからよ~」

「な、なんですって!?ち・・・命拾いしたわね」


龍田の一言で騒ぎが沈静化していく。

そんな様子を離れた所で長門や武蔵等の戦艦組が事の成り行きを見守っていた。


「やっと落ち着いたか」

「ああ。それで、本当の所はどうなのだろうな?」


長門が対面に座る武蔵に話を振る。武蔵は置いていた盃を傾けながら騒動が起きていた

食堂中央部から天龍のいる席に戻る龍田を見る。


「さて、龍田のあの様子を見ればある程度は把握できるがな。どうせ、他愛のない事だろう」

「ふむ、武蔵はそう思うか。所で・・・」


困り顔の長門が武蔵の横に座る大和を見ると、ジョッキを片手に机につっぷくしていた。

気のせいかその周辺だけ暗いオーラの様なものが見える。


「提督が、提督が・・・」

「ちょっと武蔵、いい加減大和をどうにかしてよ。さっきから壊れたラジオみたいになってるんだから」


呆れた声で陸奥が正面の大和を指さしながら武蔵を呼んだ。その様子を見て武蔵の口から

ため息が出る。


「はあ~我が姉ながら情けない」

「そ、そんなこと言ったって・・・うう・・・」

「そんなに悔やむのなら夜戦の一つでも提督に持ち掛ければいいだろうに」

「な!?できるわけないでしょ!?バカバカ武蔵のバカ―!?」

「やれやれ」


騒動の火種が燻ったまま鎮守府の夜は更けていく。そして、昨晩起こったことを知らないまま提督が

翌朝帰還し鎮守府が半壊する騒ぎが起こった。


その後しばらくの間、報告をする際『レディーとしての扱い』を要求する艦娘が増えて

提督を大いに困惑させたが、真相はわからないままだった。


夜戦軽巡『川内』の場合


ー鎮守府内・庁舎屋上ー


時刻は2100、今日は執務も早めに終わり遅めの夕食を取った後庁舎の屋上に来ていた。

手にはつまみと少しばかりの酒をもって、屋上に設置された演習観戦スペースに陣取り夜の海を見る。


鎮守府所属の他艦隊や別の鎮守府からの艦隊、資源を満載したタンカーがひっきりなしに行き交う

昼間の海と違って、港湾内は月明かりに照らされ静かに凪いでいる。その光景を眺めながら、持参した酒で

口を湿らせてつまみを咀嚼する。


「・・・」


時折、岬の灯台の先の水平線に花火のように照明弾が上がり、夜間演習を行っている別の艦隊の砲声が

まるで夏の花火のように響いていた。

少し肌寒くなった夜風を避けるように、手で覆いをつくってライターで煙草に火をつける。


月明かり以外なんの光も無い屋上の薄闇に、まるで蛍の光のように火が燈る。一瞬で消えた光の代わりに

煙草から上る紫煙がゆらゆらと夜風に吹かれ宙を舞った。


「ふぅー・・・静かだな」

「そうだね。夜はいいよねー、夜はさ」


唐突に屋上に響いた慣れ親しんだ声。首を向けると、人影がこちらにゆっくりと近づいてくる。

薄明かりの中に忍者の様な装束に身を包んだ艦娘『川内』の姿が浮かんだ。

隣に来た彼女はさっと腰を下ろすとこちらをのぞき込んできた。


「提督、夜戦演習の見学なら誘ってよ」

「そういうつもりではなかったのだがな」

「そうなの?なーんだ」

「よく俺が屋上にいるとわかったな?」

「明かりが一瞬見えたからね。それで近くまで来てみたら、提督がいたしね」

「所で屋上の鍵は閉まっていたはずだが?」

「ん」


指をさした方向を見るとそこには艦娘寮と庁舎の屋根があるだけ。導き出される結論に

煙草を大きく吸い込んでため息交じりに吐き出す。


「川内、以前に神通にこってり絞られたのを忘れたのか?」

「夜になると血が騒いじゃうからやっぱり無理」

「お前は・・・」

「ねー提督、今から夜戦演習しない?むしろ、しようよ!」

「・・・神通旗下の第一選抜にお前一人で挑むならいいぞ?」

「うえ!?や、やだなー冗談だよ冗談」

「わかればいい」

「ちぇー・・・」


ふて腐れた川内は体育座りをして膝に顎を乗せたまま海を眺める姿勢になった。

子供の様な仕草に自然と笑みが零れた。


「提督は・・・」

「ん?」

「提督は一人っきりで何を考えてたの?」

「特に何も。静かな海をなんとなく見に来ただけだ」

「そっか、邪魔だった?」

「構わんよ」

「ありがと・・・」


急にしおらしくなったのを見るとなんだか調子がくるってしまうので、右手で川内の髪をクシャクシャ

としてやった。


「な、何!?」

「全く、急に来て騒いだかと思えば静かになって毎度忙しい奴だ」

「な、何よー!?折角人がおセンチになってる提督に気を使ってあげたのにー!」

「何がおセンチだ。風流を感じていたんだ」

「同じことでしょ、おっさんなのに!」

「おっさんなのは事実だが、関係ないだろそこは・・は・・はくしょん!!」

「わ!?汚いよ提督!?」

「ずず・・・すまん、少し冷えたようだな」

「もう、仕方ないな」


立ち上がった川内は真横に座りなおすと、トレードマークのマフラーを自分とこちらに回し掛けた。


「はい。これで少しはマシでしょ?」

「・・・そうだな」


自分のした行動に少し照れているのか、むすっとした表情をしている。茶々を入れると

暴れそうなのでそこは堪えた。


「私にもお酒とおつまみ頂戴。それで、チャラね」

「わかった」


それから互いに何も言わずちびちびと酒とお摘みをやりながら、海を眺めていた。しばらくすると

沖の方から聞こえていた砲声も次第に散発的になってきていた。


「終わりそうだな」

「うん。終わりそうだね」


不意に肩に少し重みを感じると、川内は顔をこちらの肩に預けていた。

まどろむ様な瞳で海に視線を向けている。その表情には普段とは違う憂いの様な物があった。


「酔ったか?」

「ううん、ちょっと・・・ね」

「どうした?」

「私って軽巡で今も昔も水雷戦隊の旗艦だから頼られる事はあっても、頼った事はあんまりなかった」

「・・・」

「それがちょっと、寂しくなってさ」

「おう」

「だから、提督なら寄りかかってもいいかなっておもって」

「そうか・・・」

「ふふ、私も提督のおセンチが移ったかな?」

「かもしれん」


肩に川内の重みを感じたまま視線を海に向けてしばらくして砲声が止み、代わりに沖の夜空を色鮮やかな信号弾が

彩った。辺りを静寂が包み眼下の海から潮騒が聞こえるだけとなった。


「終わったね」

「ああ」


どちらからともなく立ち上がった俺達は、屋上に寄り添うように立って海を眺める。

静かな海を月が優しく照らしていた。


「提督」

「うん?」

「やっぱり夜はいいね」

「ああ」


激動の夏は過ぎ去り、屋上を秋の気配を纏った風が舞う。

マフラーの端は夏の終わりと秋の訪れを告げる様にゆらゆらと揺れていた。


駆逐艦『早霜』『不知火』の場合


「司令官、工廠からの開発報告だ」

「・・・うーむ、芳しくないな。伊勢と妖精さん達には引き続き開発を継続するよう伝えてくれ」

「了解した」


受け取った書類を横に置きつつ、コーヒーを手に取る。今日の秘書艦『那智』が内線で工廠に連絡している

のを横目にPCを操作しつつ次の作業について指示を出そうとした所で部屋がノックされる。


「司令、陽炎です。今いい?」

「いいぞ、入れ」

「失礼しまーす」


入室を促すと『陽炎』が入ってくる。執務机の前にやって来た彼女の顔はいささか困り顔だった。

いつも快活な陽炎にしては珍しい事だ。


「どうした、何か相談ごとか?」

「うん。ちょっと、不知火の事で相談があるのよ」

「不知火の事で?」

「そう。実は・・・」


事情を聴こうとした所でまたも扉がノックされる。話を中断し入室を促そうとする自分を

那智が手で制する。


「誰か?」

「夕雲です。提督にご用事があってまいりました」

「千客万来だな。司令官?」


首肯すると那智が扉を開ける。入って来た夕雲は陽炎の姿を目にすると

若干驚いたような表情を見せたが、そのまま陽炎の横に並んだ。


「あー夕雲さん、もしかして?」

「はい。陽炎さんと同じ事だと思います」

「・・・、話が見えないな。夕雲は誰の事で相談だ?」

「早霜ちゃんの事です」

「不知火と早霜・・・ああ、合点がいった」


彼女たち艦娘にはそれぞれ何かしら過去に起因した因縁がある。いいものもあれば、あまりよくない事も。

この二人に関しては中々複雑だ。


「ふう、なるほどその事か」


若干重苦しいため息をつきながら那智が言う。彼女もまたこの件に関しては浅からぬ縁を持った艦娘だ。


「彼女が艦隊に合流してから表面上は平静なんだけど、なんとなく落ち着かないみたいなの」

「早霜ちゃんも同じで・・・極めつけは先の特別演習ですね」


特別演習とは駆逐隊の練度向上のため定期的に催している演習の事を指す。

対潜、対空、夜戦等の演習項目があり先日行ったのは対潜と対空だった。


「特段事故の報告などは受けていないぞ」

「ええっと、何というか・・・」

「事故ではないんですけど・・・」


どうにも歯切れの悪い二人を訝しみつつ、質問を続ける。


「夕雲型は対潜、陽炎型は対空演習だったな。何があった?」

「それが、不知火に艦爆からの模擬弾が集中したの」

「そこへ、対潜演習が早めに終わって帰投してる私たちが偶然そこに通りかかったんです」

「そして、丁度回避しきれなかった直撃弾が不知火に命中したわ」

「で、それを早霜が目撃してというわけか」

「はい」


悪い事は重なるというが、これはまた極め付けにタイミングが悪かったようだ。

思わず溜息が出る。


「それで、どうなった?」

「不知火は視線に気づいて彼女を凝視して硬直したわ」

「早霜ちゃんはもうなんか目に光が無くなった感じで・・・」

「・・・」


二人の事に配慮し合同演習はまだ早いと判断して、艦型別に分けて演習を命じたはずだった

のにこの有様だ。二人が同艦隊での行動もとれるように、色々考えていた矢先の出来事に頭が痛くなる。


「あー・・・とにかく、この件は俺が預かろう」


事情を聴き終え、二人が揃って退室した所で椅子の背もたれに思いっきり寄りかかる。

そこへ今まで黙っていた那智が声をかけてきた。


「それで、どうする気だ?」

「二人から話を聞くしかないだろう。その上でどうするか決める」


兎にも角にも本人達がどう思っているか聞かねば話にならないので、早速呼び出すことにした。


「お呼びでしょうか、司令」

「ああ、まずはかけてくれ」

「はい、失礼します」


呼び出した不知火にソファーに座るように促す。無駄の無い動作で腰かけた彼女と正対する。

遠まわしに聞いても時間の無駄なので、単刀直入に切り出した。


「先日の演習の事について、陽炎から相談を受けた」

「!?」


おおよそ事情を察したのか、不知火の頬が引き攣る。いつもの彼女から考えたらこれは

大変に珍しい事だが、今はそんなことに驚いている場合ではない。


「申し訳・・・ありません、不知火の落ち度でした」

「別に責めている訳じゃない。聞きたいのは、不知火は早霜についてどう思っているかだ」

「それは・・・」


助けを求めるように視線を彷徨わせるが、傍らに立つ那智は目を伏せたまま黙って腕を組んでいる。

一気に重苦しくなった部屋の空気だが、聞かねば何も変わらない。

長い沈黙の後、絞り出すように不知火は答えた。


「昔・・・早霜さんの警告を無視した挙句、目の前で轟沈した事は司令もご存知の事かと思います」

「ああ。やはり、申し訳なく感じているのか?」

「はい。でもそれ以上に・・・!」


太腿に置いた彼女の手がきつく握りしめられた。俯いたままで肩が小刻みに震えている。


「二度とあんな事にはなるまいと対空演習には力を入れていたのに・・・!」

「・・・」

「あんな場面を眼前でまた見せてしまうなんて、情けないにも程があります。もう、どうしたらいいのか・・・」

「わかった。不知火、一旦休憩室の方に移動してくれ」


青白い顔をした不知火が執務室横の休憩室に移動する。ふらふらと覚束ない後姿がドアの向こうに

消えたのを確認して今度は内線で早霜を呼び出した。


「司令官、何のお話でしょう?」

「うむ。先日の演習についてだ」

「不知火さんとの事ですか?」

「そうだ。早霜、不知火についてどう思っている?」

「・・・・・元はと言えば、あんな所で座礁した私がいけなかったんです」

「別にそれは早霜のせいではないだろう?」

「いいえ。座礁した上に味方を沈める原因を作るなんて、お笑いじゃない?ふ、ふふ・・・」

「・・・わかった。早霜、そのまま待っていなさい」


立ち上がると隣の休憩室に行く。畳に座ってぼんやりしている不知火の手を引いて執務室へと戻った。

対面する二人の真ん中に陣取り、自分の考えを述べる事にした。


「不知火、早霜。両名から話を聞いたうえで結論を述べる」

『・・・』

「両名とも互いに感謝の言葉を伝えなさい」

『・・・は?』


全く予想だにしなかった俺の言葉に両名が固まった。那智も『何を言ってるんだ貴様』というきつい

視線を送ってくるが無視した。


「二人は大変に仲間思いだ。危険が迫る中でも、己よりもまず味方を案じた」

『!?』

「過去は最早変えられん。だからこそ、あの時伝えれなかった事をまず互いに述べる事が先決だな?」


押し黙ってしまう二人。双方の視線があちらこちらに向けられるが、口を開こうとしないのでこちらから

促すことにした。両名を立たせて執務机の前で対面する形にもっていくと、無言で二人の手を掴んだ。


「し、司令!?」

「え・・・!?」


不意を衝いて掴んだ彼女たちの手を強引にくっつけ、その上から自分の手を重ねてがっちり固める。

逃げ場が無くなって今まで以上の狼狽を二人が見せるが、そんな事はお構いなしに話を進める。


「さあ、まず不知火から」

「えう・・・その・・早霜さん、あの時は私達を心配して遠ざけようとしてくれて、ありがとうございました」

「うむ。では、次に早霜」

「・・・し、不知火さん、危険を冒してまで私達を救助しようとしてくれたこと感謝します」

「二人ともよく言ったな」


満足げに頷いていると、それまでおろおろしていた二人から同時に抗議の視線が突き刺さる。

怒り顔だが恥ずかしさが勝っているのか、拗ねている子供にしか見えない。


「司令、強引すぎです」

「酷いわ」

「そうか~?」


恍けながら拗ねた可愛い顔を見ていると頬が緩む。すると、二人が視線を互いに合わせて頷く。

それと同時に空いている手で俺の腕を同時に抓った。


「あだだだ!?な、なにするだー!?」

「司令がにやにやしているのがいけません」

「ふふ、お仕置きですから」

「理不尽だ!?なんで手を固めるんだ、やめい!」

「不知火さん、がっちり押さえててください」

「ええ」

「はあ、何をやってるんだ貴様らは・・・」


提督室でぎゃあぎゃあと騒ぐ3人を那智が呆れ顔で見ていた。この後、初期訓練を終えて正式に艦隊配置された

早霜は不知火と共に遠征任務や哨戒任務で息の合った駆逐コンビとして頭角を現していく事となる。


妖精さんの場合


―鎮守府・工廠区画―


建造・開発・入渠を行う場所が一か所に集められた場所、そこが工廠区画と呼ばれる場所である。艦娘の装備や整備に

欠かせないこの場所では一般の整備員に交じって、妖精と呼ばれる者達が作業している。


彼らが何者なのか、どこからやって来たかは定かではない。しかし、深海棲艦との戦いに欠くことのできない存在である

彼等に対して、最早その存在意義を問う者はいない。人と妖精が当たり前のように一緒に作業する場所そこが工廠という

場所だ。


「今から言う物を廃棄してくれ」

<はーい>


工廠内にある装備保管場所で、提督は開発や資材に関する報告書を片手に妖精達へと指示をだしていた。

廃棄場所に運ばれた装備が妖精さんの力によって資材に変換される。変換された物資を別の妖精が

資材保管庫へ運搬していく様子を彼は見守っていたが、急に目頭を押さえた。


<提督、お疲れで?>

「ん?ああ、各戦線で深海棲艦の動きが活発でな。それに対する対策会議やらなんやらで忙しくてな」

<ちっと、働きすぎじゃないですかい?>

「そうかもな。さて、本日はこれで看板だ。我が艦隊付きの君達も休んでくれ」

<了解です>


提督と目の前に並んだ三人の妖精(班長)が敬礼を交わす。肩を回しながら工廠を出ていく提督のその後姿には

疲労の色が色濃く見えていた。


<疲れてるね>

<あれでもマシになったほうらしいすっよ。加賀のねーちゃんが入渠中にいってた>

<ふーむ・・・>


頭を悩ます3人。その中の一人であり最高責任者である妖精がある案を提案した。


<ええ!?不味いんじゃないですか、勝手に資材つかっちゃうなんて>

<いいだろ、どうせ余り気味なんだし。前から考えていたんだ>

<あれを今やるんすか?本当に疲労が回復するんですかね?>

<そればっかりはやってみないとわからねーな。なんせ、艦娘じゃなくて提督に使うんだ>

<増々まずいような・・・>

<やばかったら自壊させるように仕込んでおこう。おーい、お前ら今日最後の仕事だ!!>

<<えー!?>>


離れた場所で既に談話に興じていた50人余りの妖精が非難の声を上げる。それを

一喝して黙らせ、ある物を開発するために妖精たちは作業を開始した。


―翌朝・提督執務室―


「提督、本日の任務表と司令部からの通達です」

「おう」

「それと、工廠の妖精からこれを預かってきました」

「ん?」


大淀から書類と共に箱が渡された。開けてみるとそこには見慣れたものが

小さな手紙と共に入っていた。


「ドックタグ?」


ドックタグ。所謂、認識票と呼ばれるものだ。本人の姓名、生年月日に血液型等が記されていて

戦死した場合身元確認ができるように兵士に配られるものだ。


「手紙には何と?」

「疲労回復効果を付与してますって書いてあるな。はは、気の利いた事をしてくれるな」

「本当でしょうか?」

「さて、な。まあ、妖精がつくるものだ。本当に効果があるかもしれない」


どのみち今首からぶら下げているのも大分痛んできていた。交換にはちょうど良いので

早速かけてみた。


「いかがでしょう?」

「うーん、即効性はないのかもしれないな。ま、お守りの様な物と思っておけばいい」


その話題もそこそこに執務に取り掛かる事にした。だが、この時までは気づいていなかった。

既にこのお守りの効果が発揮されていたことに。


昼過ぎ、一息つく頃を見計らい鎮守府内の見回りに出る事にした。

出撃や遠征がない艦娘は各々訓練などに励んでいるので、その様子を見に行く事は日課になっていた。

庁舎内の廊下を歩いていると見慣れた後姿が見えたので声をかける


「能代」


曲がり角の所で軽巡『能代』を呼び止める。阿賀野型の2番艦である彼女は

しっかりもので秘書艦となった時も仕事をテキパキこなしてくれる。


「お疲れ様です、提督。能代にご用でしょうか?」

「ああ、次の北方鼠輸送作戦についてだが・・・」

「あ、能代こんな所でなにしてるのー」

「ぴゃー」

「きゃ!?」

「おわ!?」


阿賀野と酒匂の声が聞こえたと思ったら、突如能代がぶつかってきていた。

同時に背中を床に打ち付け、仰向けに倒れてしまう。


「うむー!?うーー!?」

「ひゃん!?あ、あん・・・!」


目の前は真っ暗。妙に弾力性のある二つの塊が顔面を圧迫していて、息苦しい。

加えて艶めかしい声が聞こえてくる。


「こ、こらー!?提督さん、能代になにしてるのよー!?」

「ぴゃー!!?能代お姉ちゃんと提督さんがいけない関係に!」

「ぷはぁ!?何を好き勝手いっておるかー!!」


能代の肩を押して互いの体を離す。取りあえず窒息の危機は免れたが、仰向けに倒れた

自分の上に能代が馬乗りのままだ。


「し、失礼しましたー!?提督、お怪我はありませんか!?」

「背中が痛いが、大丈夫だ。それより、能代俺に体を預けてくれ」

「ふえ!?は、はい・・・失礼します」


密着した能代を軽く抱きしめたまま体を起こす。こうでもしないと、慌てて飛びのかれた

りして二次災害が起きては敵わないからだ。


「ふう、能代は怪我はないか?」

「ぽー・・・」


互いに身を起す。正面の能代はなんだか心此処にあらずといった感じで呆けている。

試しに手を振ってみるがボーっとしたままだ。


「能代?」

「え?あ、はい!能代はなんともありません!」

「うむ。さて、阿賀野に酒匂・・・何かいう事があるんじゃないか?」

「えー・・・っと、あ!?私これから軽巡同士で演習があるので失礼しまーす!!」

「あ!?待ってよ阿賀野お姉ちゃん!!」

「ちょっと、待ちなさい阿賀野姉!!酒匂も!!提督すいません!!」

「しっかり説教してやってくれ」

「はい!お任せ下さい!!」


どたどたと廊下を走る音と曲がり角の先から能代の怒った声が聞こえてくる。

いつも通りの賑やかさに頬を緩ませながら次の場所を目指した。


―鎮守府内・艦娘寮―


次にやってきたのは艦娘達が共同生活している寮だ。此処へ入れるのは艦娘と提督や一部の

限られた軍関係者だけだ。寮の守衛に挨拶をかわし中に入る。


「あ!提督さん!」

「提督?」

「おお、お前達か」


階段の踊り場から姿を現したのは白露型の『時雨』と『夕立』の両名だった。

駆逐艦の中でも極めて練度が高く、我が艦隊のトップエースに名を連ねている。


「僕達に用事かな、提督?」

「特にそういうわけではないが、皆の顔を見て回っている」

「ふふ、ありがとう。提督はいつも気遣ってくれて嬉しいよ」

「そうか?当たり前の事だと思うが」

「それが嬉しいのさ」


時雨と話している最中、いつも元気いっぱいの夕立が何故か無言のまま

じっとこちらを見つめている。


「どうした、夕立?」

「ぽい!」

「のわ!?」


突如抱き着かれた。駆逐艦の中では比較的スキンシップを好む部類に入る

夕立だが、それにしても突飛な事だったので軽く驚く。


「どうしたんだい、夕立?急に提督に抱き着くなんて」

「ん~なんだかわからないけど、抱き着きたくなったぽい!!」

「なんだそりゃ?」

「今日の提督さん、すごくポカポカしてるような気がするっぽい?元気がでるっぽい!」

「ますますわからん。所で、二人はどこへいくつもりだったんだ?」

「湾内の演習場だよ。夕立と軽く模擬戦をしようかとおもってさ」

「提督さんも見にくる?」

「我が艦隊のエース駆逐艦同士の模擬戦だ、見せてもらおう」

「ふふ、だってさ夕立?」

「燃えてきたっぽい!」

「今度はなんだ!?」


一旦離れた夕立は俺の背後に回り込んで背中に飛びつき、肩に置いた両手で自分の体重を支えて

体を持ち上げ器用に肩車の態勢に持ち込んだ。


「さあ、演習場にいくよ!!」

「あのなぁ、はあ・・・まあいい、行こうか時雨?」

「ふふ。うん、そうだね」


二人と連れ立って演習場に伸びる道を歩く。肩の上の夕立はご機嫌で鼻歌交じりである。

暖かな午後の陽ざしと相まって、まるでピクニックの様な気分だ。

すると演習場の方から人影がこちらに近づいてきた。


「・・・貴方たち、何やってるの?」

「やあ、山城。演習帰りかい?」

「そうよ、それでなんで提督は夕立を肩車?」

「さあ?夕立がこの方が元気が出るらしい」

「なにそれ・・・はあ、不幸だわ」

「ふふふ、楽しそうね。満潮ちゃんも肩車してもらったら?」

「な!?し、しないわよ!?ふん!!」

「ここは譲れないっぽい!」

「加賀さんみたいだね、それ。あはは!」


扶桑や山城、満潮と最上といった面子としばらく話して、俺達は湾内演習場にやって来た。

背中から降りた夕立は大きく背伸びすると艤装を展開する。時雨も同じく展開を終えると

二人は海へと入っていった。


「提督、始めるね」

「ああ、怪我の無いように全力を尽くしてくれ」

「うん。さあ、始めようか」

「頑張るっぽい!」


そんなわけで開始された模擬戦。相手へ肉薄しての砲撃戦を得意とする夕立、正確な射撃と立ち回りに

定評のある時雨。


「撃ちまくるッぽい!!それ、それ!!」

「ふふ、甘いよ」


吶喊しながら砲撃してくる夕立の攻撃を回避し、その進路上に砲撃を見舞って水柱を巻き上げる。

視界を奪われた夕立、だが獣の様な勘をもった彼女は急加速して10時方向へ移動すると急転換して

逆方向に発砲


「そこっぽい!!」

「つ・・・!?流石夕立・・・でも、僕も負けない!」

「かかってこいっぽい!」


演習場に二人の砲撃音と気合の声が木霊し、模擬戦はヒートアップする一方だ。

高練度同士の演習はやはり見ごたえがある。観戦していると、海沿いの道を隊伍を

組んで駆け足をしてくる集団がいた。


「おーい、提督!何してるのー?」

「お疲れ様です、司令官!」


体操着姿の長良達がやってきた。先頭は長良に鬼怒、続いて五十鈴に名取と阿武隈の順だ。

長良達は全く疲れも感じさせない様子だが、残りの三人は息も絶え絶えといった感じだ。


「はあはあ・・・」

「うう、もう限界・・・」

「疲れたぁ・・・」

「もう、だらしないなー。そんなんじゃ満足に任務をこなせないよ」

「そうだよ!元気が一番だよ!ね、提督?」

「まあ、そうだが何事も程々にな?五十鈴、大丈夫か?」

「なんとかね。それで、提督はこんな所でどうしたの?油売ってたわけじゃないわよね?」

「時雨と夕立の模擬戦を観戦している所だ」

「へー・・・うわ、あの子達もよくやるわね。模擬戦の域を超えてるじゃない」

「模擬戦か・・・よし!皆、今から模擬戦するよ!」

『えー!?』

「駆逐艦の子達があんなに頑張ってるんだよ?水雷戦隊の長である軽巡が見本を見せないと!」


長良からの提案にさっと俺の後ろに隠れる五十鈴達。その様子を見て不満げな長良に

苦笑せざるを得ない。


「まあまあ・・・長良の言う事も最もだが、これだけ疲弊していては満足に訓練もできないだろ?」

「う~ん、司令官がそう仰るなら仕方ないですけど・・・」

「ほ、助かったわ。ん?名取に阿武隈はいつまで提督にひっついてるのよ?」

「・・・」

「ほぇー・・・」


阿武隈と名取に挟まれる形で身動きが取れなくなってしまう。二人ともまるで眠る一歩前の様に

視線が虚ろだ。


「ちょ、ちょっと。どうしたのよ、二人とも?」

「提督にひっついてると、なんだか気分がぽわーってしますぅ・・・」

「疲れがとれるぅ・・・」

「お、おい!?二人とも密着し過ぎだ!?」


阿武隈はともかく背中から覆いかぶさるようにして密着する名取の立派な胸が当たって

色々不味い事になっていた。


「疲れが取れる?おもしろそう!鬼怒もやります!!」

「のわ!?」

「何してるの三人とも!?提督も鼻の下を伸ばさない!」

「・・・いいなぁ」


運動して体温の上がっている子達に3方から抱き着かれ、女の子特有の匂いやら

柔らかさで頭がくらくらする。というより、本気で眩暈がしてきた。


「う・・むう・・・」

「え?ちょっと、提督!?」

「わ!?司令官しっかりして下さい!!」


気を失う直前、焦った五十鈴と長良の顔を見たのを最後にぷっつりと意識が途切れた。

次に気づいたのは医務室のベッドの上だった。


「知らない天井だ」

「開口一番何を仰っているんですか?はあ・・・」


首だけ横に向けるとそこには大淀がいた。そして、何故か艦隊付きの妖精さんが3人

申し訳なさそうな表情で彼女の横に並んでいる。


「俺の身に何がおこったんだ?」

「医官の方によると極度の疲労、つまり過労による失神だそうです」

「過労?最近は睡眠もちゃんととって体調管理にも気を付けていたが・・・」

「それについては、妖精の方から説明があるそうです」


彼らを代表して班長格にあたる妖精が今朝自分に贈った認識票について

詳しく説明をしてくれた。


「高速修復剤の効能をあの認識票に閉じ込めた?」

<ええ、艦娘と人間では違いがあるかもしれないので、微量ずつ効果を放出するようにしてたんですが・・・>

「それで、何故俺が倒れる事態に?」

<推測なんですがね。どうも、提督が艦娘と密着接触したことで回路が故障したみたいなんでさ>

「しかし、故障しただけなら効果がでないだけじゃないか?」

<どうも故障の余波で認識票を通じて提督のエネルギーまで放出してるのを観測したんですよ>

「うぉい!?」

<だもんで、疲労度の高い艦娘が接触するほど消費も激しくなってしまうわけです>

「で、結果はこの通りか。まだ、認識票は故障したままなのか?」

<いえ。既に回路は仕込んでおいた自壊プログラムで壊しちまいました。もう、普通の認識票です>

「との事ですが、提督いかがなさいますか?」


大淀の厳しい視線が妖精達に向けられる。確かに今回の事はあまり褒められた事ではないが、善意から

の物だ。かといって罰を与えねば周りに示しがつかない。


「罰として二週間の間、明石の手伝いをしてもらう。彼女の忙しさは君らもしっているだろう?」

<へ?それだけで、いいんですかい?>

「また、今回の失敗を踏まえて今後そうした特殊な開発をする場合は必ず相談する事を条件とする」

<了解しやした!提督の寛大な処置に感謝します!!>

「こんな所だが、どうだ大淀?」

「提督のご決断ならば、何も申し上げる事はありません。それよりも・・」

「?」


彼女が微笑む。同時に医務室の扉が勢いよく開かれ、名取達が飛び込んできた。

あっという間にベッドの所までやってくると頭を下げた。


「御免なさい!わ、私がひっつきすぎたばっかりに・・・」

「よかったよー・・・」


別に今回の件は彼女たちのせいではないが、当人達は責任を感じているようだ。

そこで一計を案じる事にした。


「随分と心配をかけたようだな。ふむ・・・名取と阿武隈、回れー右!!」

「ふえ!?はい!」「う、うん!」


何も言わず彼女達の肩に手をかけると体重を預けた。こちらの急な行動に二人が目を白黒させる。


「はひゃ!?提督!?」

「まだ上手く体が動かせん。それに、腹が猛烈に減った。間宮の所まで肩を貸してくれないか二人とも?」


別段体が全く動かせないわけではないが、あえて二人に頼ることにした。

これで二人の気が晴れれば多少の恥ずかしさも安いものである。


「あたしに任せて!」

「が、頑張ります!」


医務室を出るとそこにも艦娘達がいた。どうやら話を聞きつけてやってきていたようだ。

そんなに広くない廊下が一杯だった。


「夜戦にいくの!?」

「違うわよ!夜戦バカはどいてってば!」

「おや、飲み会かい?おーい、皆提督の奢りだってよ~」

「隼鷹!!誰がそんなこと言った!?」

「いいじゃない?私をこんなに心配させた罰よ」

「五十鈴、お前まで・・・えーい!しょうがない、もう今日は俺の奢りだ!」

「ひゃっはー!飛鷹とか千歳達も呼ばないとね!」

「素敵なパーティーっぽい?」


集まった全員で騒ぎながら間宮を目指した。なお、翌日この騒動の顛末を知った金剛に飛びつかれ

腰を痛めて医務室の世話になったのは完全に余談である。




戦艦『比叡』の場合


―南方サーモン海域ー


「弾着観測射撃、いきます!!」


気合の声と共に金剛型二番艦『比叡』の砲塔が敵艦『ワ級』へと向けられる。

手負いの敵は射程外に逃げ出そうとしていたが、零式観測機から送られる位置情報

を元に彼女は既に狙いを定めていた。


「主砲、斉射始め!!」


耳をつんざくような砲撃音が木霊する。一泊の間を置き水平線に黒煙が立ち上った。

比叡の一撃を受け輸送ワ級が炎上しながら沈没していく。


<零式観測機より、敵艦撃沈を確認。周囲に敵影無し>


「よし!大当たりー!!」

「流石です、比叡お姉さま!敵艦2隻撃沈おめでとうございます」

「ありがとう、榛名。榛名が敵の戦艦を先に叩いてくれたからね」

「そんな、榛名は当然のことをしたまでです」

「奥ゆかしいなぁ、私の妹は。そこが可愛いんだけどね」

「比叡お姉さまったら・・・もう、あまりからかわないでください」

「榛名、拗ねないでよー?」


姉妹の朗らかな会話に割り込むように無線がなる。今日の旗艦である榛名が

少し慌ててこれに応じた。


『こちら提督だ、戦果報告を』

「はい!敵艦全艦撃沈、被害は2隻小破ですが全艦健在です」

『上々だな。作戦を終了する』

「了解です」

『それと今日のMVPは比叡、お前だ。見事だったな』

「はい、ありがとうございます!!あのー司令?」

『なんだ?』

「金剛お姉さまも見てらっしゃいましたか?」

『Oh!ばっちりモニタリングしてたよー!お見事でーす!帰ってきたらティーパーティーね!』

『というわけだ、金剛が五月蠅いから早めに戻ってこい。以上だ』

『五月蠅いってなんですか提督ーー!!姉妹の活躍を喜んではいけないのですかー!?』

『それは別に構わん。が、お前が観戦に夢中でまだ午後の事務処理終わってないのだが?』

『そんなの提督と私の愛の力があれば直ぐに片付くネー!」

『愛で事務作業が終わるか!?』

「あはあは・・・えーと、全艦帰投します」


帰り支度を整えた榛名達は一路鎮守府を目指した。帰港し補給を受けた後に解散した彼女達は

入渠するもの、提督に報告する者や間宮に甘味を求める者などに別れる。


「比叡お姉さま、私は提督に報告にいってまいります」

「よろしくね。私は入渠しに行くから後でね」

「はい。疲れをゆっくり癒してくださいね」


旗艦として報告しに行く榛名を見送った比叡は入渠ドックへと歩きながら手を掴んだり

開いたりする動作をする。


「うーん、なんか今日は充実感が足りない?なんか、おかしいなー?」


首を傾げながらその場を後にした。


―提督執務室―


執務室へとやってきた榛名が、机の前で今日の海戦での詳細な報告を行う。

渡されたデータを吟味し終わった俺は顔を上げた。


「ご苦労さん、榛名。今日の出撃はこれで終わりだ、ゆっくり休んでくれ」

「はい、提督。でも・・・」


横目で秘書艦が使う事務机に視線を向ける彼女。詰まれた書類とPCに

半泣きで格闘する金剛の姿が目に入る。


「あうー榛名、ヘルプミー」

「何がヘルプミーだ。自分の仕事は自分でせんか」

「提督の愛の鞭が痛いヨ~」

「金剛お姉さま・・・提督、やはり私もお手伝いした方がよろしいかと」

「うう、榛名は優しいネー。提督も榛名を見習うでーす」

「減らず口を叩くのはこの口か、このこの!」

「いひゃい!いひゃいネー!?」


暴れる二人とおろおろする榛名。そんな事をしていると机の内線が鳴る。

金剛へのお仕置きを中断した俺は内線を取る。


「俺だ」

『工廠妖精です、提督にご報告したい事が』

「うん?」


工廠からの報告を受けた俺は総司令部へとある申請を行うため作業へと取り掛かった。


―2週間後の朝・提督執務室前―


前日、朝一で執務室に出頭するように言われていた比叡がドアをノックする。

入室を促された彼女は提督の机の前で直立した。


「比叡、参りました!」

「ああ、ご苦労」

「はい、それで司令お話とは?」


席を立って比叡と向かい合う。いつもと違うこちらの雰囲気を感じたのか

若干緊張しているようだ。


「ごほん・・・金剛型戦艦二番艦『比叡』!」

「は、はい!?」

「先日の検査をもって貴艦の練度が最高点に達した事が判明した。おめでとう、比叡」

「おめでとうございます、比叡お姉さま」

「え?わ、私が最高練度?本当ですか?」

「ああ。我が艦隊では榛名に続き二番目となるな」


控えていた榛名が特別にあつらえた最高練度を証明する徽章をこちらに手渡してくれる。

それを手に取り比叡の襟元に止める。


「改めておめでとう、比叡。我が艦隊編制以来、主力として艦隊を支え弛まぬ練磨を続けたその努力を賞する」

「ありがとうございます、司令!私、私・・・」


感極まった比叡が目に涙を浮かべる。そこまで喜んでもらえたのならこちらとしても

嬉しいものだ。


「比叡お姉さま、ハンカチを使ってください」

「ひっぐ、ごべんねはるにゃ。わたし、嬉しくて・・・」

「さて、もう一つ比叡には贈り物がある」

「へ?」

「榛名」

「はい、提督」


榛名が今度は小箱を取り出す。彼女から受け取ったそれを開くと

比叡の眼前へ持って行った。


「こ、これって?」

「そうだ。ケッコンカッコカリの指輪だな」

「ひえーーー!?し、司令が私に!?私には金剛お姉さまが・・・じゃなくて、司令は榛名としてるじゃないですか!?」

「そうだな、だがこれは別に浮ついた気持ちで渡すわけではないぞ?」

「ええ!?余計に困ります!?だ、だって・・・」


榛名をチラチラと伺いながら凄い動揺を見せる比叡。盛大な勘違いが生まれているようなので

しっかり説明しておくことにした。


「比叡、最高練度に達したという事は同時に艦娘としての限界に突き当たったという事でもある。理解できるな?」

「はい」

「今回指輪を贈るのは、比叡の更なる飛躍を願っての事だ。お前の成長は自身を守り艦隊の守りとなるだろう」

「そうですけど・・・」

「俺は直接お前達を守ってはやれん、だからこれはお守りの様なものだ。受け取ってくれんか?」

「比叡お姉さま、提督の願いは榛名の願いでもあるんです」

「司令、榛名・・・」


眉間にしわを寄せて悩む比叡。腕を組んで目を閉じたまましばらくの間唸り、そして

クワっと目を見開いた。


「わかりました!!二人がそう望んでくれるなら、比叡この指輪お受けします!!」


いつも以上に気合の入った声で応じる比叡に俺と榛名は胸を撫で下ろす。

小箱から指輪を取り出し比叡の指に嵌める。


「やっぱり恥ずかしいですね、あはは」

「そうか?まあ、アクセサリーみたいなものだと思えばいい」

「むう。それはそれでなんだか複雑です」


少し和んだ空気を引き締めるように、指輪をはめた彼女の

目を見据えて敬礼する。


「比叡、お前の更なる勇躍を願う。榛名と共に艦隊の柱となってくれ」

「はい!!ご期待に沿えるよう、比叡今まで以上に気合入れて頑張ります!!」


笑顔と共にそれに答えた比叡を改めて榛名と共に拍手で称えた。この後出撃を控えている

二人は揃って執務室を後にした。


「榛名」

「なんですか、比叡お姉さま?」

「今更だけど、本当によかったの?」

「勿論です!本当に嬉しいんですよ」

「そ、そう?でも、どうして?」

「ちょっと恥ずかしいのですが、比叡お姉さまとお揃いで嬉しいです」

「え?指輪がってこと?」

「はい!姉妹でお揃いですし、何より提督から送られた指輪を一緒にできるなんて榛名感激です」


はにかんだような笑顔で榛名に言われた比叡は雷に打たれた様に硬直した。

硬直から復帰すると、彼女を思いっきり抱きしめる。


「は、はるにゃー!もう、可愛いなー私の妹は!」

「お姉さま、苦しいです」

「ごめん、ごめん。よっし!これからも頑張っていこうね、榛名!」

「はい!榛名、気合入れて頑張ります!」

「あ!?それ私の台詞!?もう!」

「えへへ」


提督と強い絆を結ぶための指輪だが、何もそれが提督とだけとは限らない。

姉妹の絆をより確かなものにしつつ、彼女達の一日が始まった。



艦娘につける愛称の場合


ー提督執務室―


「やっと書類整理と本部への申請が終わったか」


書き終えた書類とPCのモニターから目を離して椅子に深くもたれかかる。

先日まで行われていた全鎮守府及び泊地による大規模作戦『渾作戦』は当初の作戦完遂時に

現れた深海棲艦の機動部隊の迎撃にも成功し無事に終了した。


ただ作戦は終わっても後片付けはあるものだ。提督の主な仕事は書類整理に始まり関係各所との

打ち合わせに建造開発の指示等の事務仕事が大半であるが、大規模作戦時はこの処理が通常の倍

以上になる上に艦娘達への指揮も頻繁に行わなければならなくなるためとにかく大忙しだ。


「後始末の目途はついたが、明日は会議に出席か・・・やれやれ」

「司令官、連れてきたわよ」

「おお、もうそんな時間か。入れ」


今日の秘書艦『満潮』を先頭に新たに我が艦隊の戦列に加わる事となった艦娘達が

部屋に入って来た。席を立って彼女達と顔を向い合せる


「秋月型駆逐艦1番艦『秋月』以下4名、推参致しました!」

「おう。休め」

「はい!」

「それじゃ、順番に自己紹介して頂戴」


作戦中は様々なごたごたのせいで時間が取れなかったため、今回が実質初めての顔合わせという形になる。

秋月から順番に着任順に自己紹介が行われた。


「自己紹介も済んだし、後はそれぞれの配置ね。司令官、どうするの?」

「うむ。まず、秋月に朝雲。そして、野分は天龍・龍田率いる第一教導部隊へ配置。厳しい訓練となるが、3人とも覚悟はいいか?」

「はい!この秋月、艦隊をお守りすべく精進します!」

「いい返事だ、朝雲はどうか?」

「第九駆逐隊所属は伊達じゃないわ。任せておいて」

「しっかりやんなさいよ、朝雲。朝潮型の恥にならないようにね」

「わかってるわよ、満潮姉。陽炎型にはまだまだ負けてない所をみせたげる」

「頼もしいな。野分はどうだ?」

「どんな厳しい訓練だろうとやってやります!」

「気合十分だな、よろしい。ちなみに、教導隊には舞風もいる。彼女とバディを組んで訓練に当たってもらうぞ」

「え!?あ、ありがとうございます司令!!」

「うむ。次にリンについては扶桑、山城率いる第二教導部隊で速成訓練の後は南方海域にて第一特機選抜隊と共に

実戦訓練となる『あのー、アドミラール?』どうした?」


おずおずと手を挙げたリィンことアドミラル・ヒッパー級三番艦『プリンツ・オイゲン』に全員の視線が

集まる。


「リンって私の事ですか?」

「おう。レーベの様に愛称で呼ぶことにしたが、不味かったか?」

「いえいえ!嬉しいです!」

「そうか。三つほど候補があったのだが、第一候補を気に入ってもらえて何よりだ」

「他に二つあったのですか?」

「そうだぞ、野分。プリンとゲンちゃんだな」


そういった瞬間自分以外全員がずっこけた。見事にすっころんでくれてパンツやらスパッツやらが

見えている事にはこの際突っ込まないでおこう。


「プリンって司令官、安直すぎでしょ!?失礼じゃない!」

「そうか?まあ、そうかっかするなみっちー」

「はあ!?誰がみっちーよ!そんな呼び方今までした事ないでしょ!」

「たった今考えた。よし、今後はそう呼ぶことにするか」

「やめなさいよ!は・・恥ずかしいじゃない・・!」


抗議する満潮の横から今度はずいっと秋月が進み出てくる。

凄くキラキラした瞳で見つめられる。


「あの、秋月にもあるのですか!?」

「秋月はそうだな・・・あっきーでどうだ?」

「あっきー・・・ありがとうございます!よい愛称・・」

「司令?もしかして私にもあるのですか?」

「うむ。野分はのわっちでどうだ?」

「それは・・・やめてもらえないでしょうか?」

「そうなのか?いいとおもったのだけどな」


色々と騒いでいると執務室の扉が開いて颯爽と一人の艦娘が報告書を片手に

歩いてきた。俺の目の前にくると柔らかい微笑みと共に報告書が差し出してきた。


「騒がしいわね、提督。少し規律が緩んでいるのじゃないかしら?」

「戻ってきていたか、ビスマルク。ほう・・・今日もMVPか、よくやったな」

「当たり前じゃない」


ブロンドの髪をかき上げながら澄ました態度を取っても様になるのは本人の

性格による所が大きいのだろう。すると、横から袖を引っ張られる。


「アドミラール、ビスマルクお姉さまが活躍されたのですか?」

「ああ、そうだぞリィン。最近は特に調子が良くてな、飛ぶ鳥を落とす勢いだ」

「わあ、流石ですビスマルクお姉さま!」

「いいのよ、もっと褒めても!ん?提督、この子の事をリンって呼んでたわね」

「ああ、レーベと同じく愛称で呼ぶ事にした」

「へえ、いいじゃない。私も今後はリンと呼ぶ事にするわ」

「本当ですか!?嬉しいです!」

「ねえ、司令?」

「どうした、朝雲?」

「ビスマルクさんには愛称とかあだ名はないわけ?」

「あだ名か、そう言えば考えた事も無かったな。ふむ・・・」


悩んでいると又しても扉が開かれ今度は第六駆逐隊の面々がやってきた。

4人は全員手に荷物を下げている。雷に促され休憩スペースに移動した俺達は

畳の上に置かれた机の周りに座った。


「はーい、司令官。これは私達からの差し入れね」

「おお、すまんな雷。すっかり忘れていた」

「もう、しょうがないわね。でも、用意しておいてよかったわ」

「お菓子とジュースなのです・・はわわ、足りるかな?」

「こんなにたくさんのお菓子、いいのでしょうか?」

「勿論なのです、遠慮なく食べてください」

「お気遣い感謝します、第六駆逐隊の皆さん」


秋月と野分はしきりに恐縮していたが、その辺りは雷や電が巧くフォローしていた。

ここら辺の気遣いは流石我が艦隊古参の駆逐艦と言った所だ。


「ふふん!レディだからこれ位は当たり前よ」

「暁は自分が食べたいだけじゃないのか?」

「そそそそんな事ないわ!?失礼しちゃうわね!?」

「図星じゃない。ふん・・・でも、ありがと」

「満潮姉も素直じゃないわね」


女三人寄れば姦しいとは言うが、喋り始めたら自分の出番はなく第六駆逐隊の面々が

秋月や朝雲、野分とリィンに積極的に話しかけてくれて親睦が進んだ。


そろそろ場もお開きといった頃合いで何気なく暁の横に置かれた袋が目に入った。

それをひょいっと取り上げる。


「あ!?」

「まだ入ってるじゃないか。どれどれ・・・これは」

「ああ、それかい。暁も好きだね?」

「いいじゃない!?美味しいんだもの!」


響のからかいに憤然と抗議する暁を尻目に見慣れたお菓子を

対面に座るビスマルクと見比べるとある事が閃いた。


「ビスマルク」

「何かしら?」

「お前のあだ名が閃いたぞ」

「?、どんなあだ名なの?」

「ビス子でどうだ?」

「へえーいいあだ名じゃない?・・・って、そこのお菓子に書いてる名前じゃないの!?」

「ばれたか、ふははは!いいじゃないか、ビス子」

「提督、ちょーっとお話しましょうか?」


結局彼女のあだ名は決まる事はなく、顔合わせは終了となり解散の運びとなった。

俺は私室に向い、艦娘の彼女たちは寮の方へと向かった。


「ふう、ちょっと疲れたわね」

「お疲れ様、満潮姉」

「ええ。で、朝雲あんたやってけそう?」

「そう・・・ね。うん、大丈夫よ。提督もちょっとおちゃらけてるけど頼りになりそうだし」

「そ、ならいいわ。それにしても、みっちーってなによ全く・・・」

「そんなこと言って本当は嬉しいんでしょ?本気で嫌がってなかったみたいだし」

「な!?そんなわけないわよ!?ふん!さっさと部屋に行くわよ!」

「はーい」


秋の終わり新たな艦娘達を迎えた艦隊はまた新たな戦いに備える事となる。

更なる激戦を誰もが予想していたが、それでも晩秋の夕暮れは優しく鎮守府を照らしていた。


秘書艦『赤城』の場合


ーAL/MI作戦1週間後の提督室・時刻1500ー


秘書艦の『赤城』と共に午前中から昼食を除いてずっと書類の決裁を続けていた。

大規模作戦の後に待っているのはいつもこの作業だった。


「提督、受け持ち分終了いたしました」

「おう。こっちもやっと方がついた」

「お疲れ様でした、提督」

「お前もな、赤城。一週間ご苦労だった」

「いえ、自分が言い出したことですから」

「・・・そうか」


作戦終了後、普通ならば作戦に直接参加しなかった艦娘が交代で秘書艦業務を務めることになっていたが

今回は赤城がその役目を買って出た。


しかも、本人の希望で作戦に関わる全ての書類整理や決済が終了するまで自分に

秘書艦を任せてほしいと言ったのである。


流石に最初は止めた。彼女は作戦時にはずっと旗艦を務めていた上に、作戦参加艦娘には例外なく

数日間の完全休養を取らせるようにしていたので、なおの事そうする様に言ったが彼女は頑として譲らなかった。

理由を語らなかったが、恐らく全てを見届けたいという本人の気持ちを尊重して許可した。


「提督?どうされました?」

「何でもない。赤城、先に休憩室に行ってお茶の用意を。ちょっと連絡を取る所がある」

「はい」


休憩室に向かう彼女。それを見届けた俺は内線で電話をかけた。

しばらくして間宮と伊良湖がデザートを持ってきてくれたので、それを抱えて休憩室に入る。


「提督、遅かったですね・・わあ!?え、え!?」

「一週間お疲れだったな」


赤城の好きな間宮のデザートを丸テーブルにどんどん置いていく。

これでもかと並べられた甘味に赤城は目を丸くしていた。


「えっと、これ・・・いただいていいのですか?」

「ああ、全部食べてくれ」

「ほ、本当に?」

「おう、俺からの感謝の気持ちだ」

「い・・・いただきまーす!」


堰を切ったかのように置かれたデザートを食べていく赤城。一週間ずっと

三食はともかく嗜好品の類等には目もくれないで業務に勤しんでいたのだ。


「むぐむぐ、うーん間宮さんの特製パフェも美味しいです!」

「喜んでもらえて何よりだ」

「ふぁい!」


美味しそうにデザートを頬張る赤城を眺めながらコーヒーを啜る。

作戦時にはずっと鬼気迫るような気配を漂わせていたが、ようやく元通りになったようだ。


「やっと、らしくなったな?」

「むぐ?」

「いつもの赤城に戻ったと思ってな」

「ち、違います!私は食いしん坊キャラじゃありません!」

「口の周りにクリームを盛大につけて力説されても説得力無いぞ」

「うう、加賀さんの方がおお喰らいなのに。誤解です」

「お前それを加賀に聞かれたら大変な事になるぞ。そうじゃない、雰囲気が戻ったという意味でだ」

「雰囲気ですか?」

「ああ、作戦前と最中は何かあれば壊れてしまうくらいで危うい感じだった」

「提督にはそう見えていましたか?」

「そうだ。今だから言うが、正直お前を旗艦にするかどうか迷った。作戦自体から外す事も検討した程だ」

「ええ!?」


彼女は元より同じ一航戦の加賀、蒼龍や飛龍も作戦に対して並々ならぬ決意と覚悟を持っていた事は

よく知っていた。その中でも赤城の思い入れというのは態度に滲み出るほど強烈だったからだ。


「だがな、どうするか決める時昔の事を思い出した」

「昔?」

「艦隊初の空母として戦列に加わった赤城が、未熟な俺や皆を守って引っ張っていってくれた事をな」

「私は空母として自分の役割を果たしただけです」

「そうだな。だからこそ、お前ならやってくれると俺が信じなくてどうすると思った」

「提督・・・」

「そしてお前は実際やってのけた。見事だったぞ」

「提督や他の皆が支えてくれたおかげです。私一人の力ではありません」

「謙遜するな、本当によくやってくれた。赤城は我が艦隊の誇りだ」

「も、もう・・・提督、褒めすぎです。そんなにおだてても何も出ませんよ?」


珍しく照れているようだ。右手に持ったスプーンをクルクル回して

視線をこちらから逸らしている。もっと褒めてと態度に出ているような気がしたが、あえて

逆の事をしてみたい気持ちになった。


「ふむ、確かに赤城はおだてても何も出ないな。代わりにどんどん入っていくようだが?」

「そ、そこで落とすんですかー!?酷い、酷いです!」

「あまり褒めて慢心してもらっても困るからな、うんうん」

「そう・・・ですか。ふ、ふふ・・・」

「赤城?」


唐突に立ち上がった赤城は休憩室内に設置されている内線電話を引っ掴んだ。


「もしもし、間宮さん?特製パフェデカ盛で3つ追加お願いします!ええ、全部提督の奢りです!」

「おまっ!?まだ食うつもりか!?」

「食える時に食っておかないといけませんしね!」

「それは長門の台詞だ!ちょっとからかっただけだろうに!?」

「あーあー聞こえません!!」


結局、さらに2人前追加されまだ残暑も残るこの時期に俺の財布に北風が吹き荒れる結果となった。

その日は出撃していた艦隊が執務室に戻った際、拗ねた赤城と宥める俺という図式に皆首を傾げていた。

そして、宥めるのに大分かかったのは言うまでもない。


鎮守府に『変態』現るの場合


―???―


月を雲が薄らと覆った夜、どこともしれない倉庫群の一角にある寂れた事務所に蠢く人影があった。

外部からは容易に見れない一室で椅子に腰かけてテーブルを挟んだ座る男たちがいた。

中では立ち込める煙草の煙とパイプ椅子の軋む音。何事かをひそひそと話す声だけがその部屋に響いていた。


「遅くなった」

「遅いぞ、尾行されていないだろうな?」

「ああ、問題ない」

「最近は憲兵の監視も厳しい。慎重にいかねば」

「・・・それで、次の標的はどこだ?」

「ここだ」


中央に置かれたテーブルに地図が広げられる。地図にはある港とその周辺の詳細な

建物の配置。庁舎や憲兵の監視所に兵員の宿舎等が記されていた。


「この地図は・・・まさか、横須賀鎮守府か?」

「ああ、燃えてこないか?」

「確かにな。あそこの・・・ならさぞいい物を持っているだろう」

「具体的な話に入ろう。まず・・・」


怪しげな謀議は深夜まで続けられた。何かを狙ったその計画は後に鎮守府を揺るがすある騒動へと

発展する事となる。


―提督室・14:00ー


出撃司令や開発、建造命令が一段落した所で大淀が持ってきてくれた鎮守府回覧に目を通す。

記されているのは各鎮守府や泊地の現況や最近起こった事故・事件に対する注意に昇進等の人事に関わる話など

色々な物がある。


目を通して別の艦隊へ回さないといけないので重要な案件から目を通して印鑑を押していく。

その回覧の中の一つに目に留まるものがあった。


「うん?これは・・・」

「どうしました、提督?」


横で俺が印鑑をついた回覧に目を通していた赤城へ今持っている回覧を見せる。


「連続窃盗事件・・ですか?」

「ああ、しかも下着泥らしい。呉と舞鶴所属の艦娘がやられたようだ」


以前から鎮守府や泊地で艦娘の下着が盗まれるという話は聞いていた。

今まで表面化していなかったのは、盗まれる数が極めて少なくかつ限定的であったためらしい。


しかし、最近では盗まれる数も急増した上に噂では軍内部に手引きしている者がいるのではないかと

考えられ憲兵隊も重い腰を上げて本格的な捜査に乗り出すようだ。


「各提督は自艦隊の艦娘へ注意を促されたし、か。・・・赤城、何故俺の手を握る?」

「提督、下着がご入用な時は言ってくださいね?その時はこの赤城の胸の内にだけ止めておきますから」

「そんな事するか!?お前、まだあの時の事を根に持っているだろう?」

「さあ、どうでしょうか?」

「ほお・・・せい!」

「きゃ!?」


赤城の脇腹を手で掴んで揉む。痛くない程度に連続して揉みまくった。


「わああああ!?変な所掴まないでください!!」

「予想通りたぷたぷしてるな!ここにあるのは慢心の塊じゃないか!?今日の昼も盛大にデザート食べてたからなあああ!!」

「いやああああああ!?言わないでくださいいいい!?」

「お前が!泣くまで!!俺は揉むのをやめない!!」


室内で提督と赤城が揉みあっている頃、部屋に続く廊下を南方海域へ出撃し旗艦を務めた秋月と

随伴艦件監督役として同行した翔鶴、瑞鶴が並んで歩いていた。


「秋月ちゃん、初めての旗艦だったけど立派だったわよ」

「しっかり防空してくれて助かったわ、ありがとね」

「秋月も艦隊をお守りすることが出来て嬉しいです!」

「この分なら次も大丈夫そうね、期待してるわよ」

「はい!次もきっと大丈夫です!」

「うふふ」


元気いっぱいに応える秋月に二人が微笑む。今日の事を話しながら3人は提督室の扉の前にやってきた。

すると部屋の中から騒がしい音が漏れ聞こえていた。


「何か騒がしいですね?」

「とにかく、入ってみましょう」

「提督さん、入るね」


瑞鶴を先頭に3人が部屋の中に入る。最初に入った瑞鶴が目にしたのは提督に馬乗りになって頬を掴む

赤城と脇腹を掴んだ提督の姿だった。二人とも凄い形相で全く彼女達に気づいてなかった。


「・・・・はい?」

「あら、あらら・・・」

「お二人ともどうされ・・きゃ!?」

「秋月ちゃんは見ちゃ駄目です」

「え?え!?」

「翔鶴姉、耳も塞いでおいて」

「ええ」


未だに争う二人の所に行った瑞鶴は騒動を収めるべく行動を開始した。

部屋の中に二つの小気味の良い音が響き渡った後やっと部屋の中の音が消えた。


「提督さん、赤城先輩。反省してます?」

「お、おお・・・すまんな、ついヒートアップしてしまった」

「恥ずかしい所を見せてしまいました、御免なさい」

「仲がいいのはいいんですけど、時間と場所は弁えないといけませんね」

『すみません』


五航戦姉妹に諭されようやく落ち着いた所で席に座りなおす。

秋月から今日の報告を受け一息ついた所で、時間も丁度15時だったためそのまま休憩室で

雑談する事にした。


「ふ~ん、下着泥ね。軍に潜り込んで盗むなんて物好きね」

「提督は如何なされるおつもりですか?」

「ふむ・・・赤城、今月の北方海域での我が艦隊の受け持ちは終了していたな?」

「はい。司令部からの追加任務もありません」

「よし、翔鶴に瑞鶴お前達も知恵を貸してくれ」


休憩室で対策について話し合いながらその日は過ぎていった。その日練られた案を具体化するため今度は

他の艦隊を指揮する提督達と協議、司令部にも話を通しておかないといけないので必要な申請と陳情を

行ったり等の作業に忙殺される事となった。


先日から数日経過した鎮守府の庁舎の一角にある大会議室に艦娘達が集合していた。朝早くからの唐突な集合に

会議室内は若干ざわついている。そんな中、綾波型二番艦『敷波』が隣の綾波に耳打ちする。


「綾波は司令官から何か聞いてる?」

「ううん、特には何も。新しい任務かな」

「ええ~!一週間前に北方要撃任務が終わったばっかりなのに」

「時雨ちゃんは何か聞いている?」

「いや、僕も何も聞いてないよ。でも、僕達選抜組だけを集合させてるって事は・・」

「うふ。素敵なパーティーだったらいいね」

「夕立~楽しそうに言わないでよ~」


駆逐隊の艦娘達があれやこれやと話している頃、後ろに陣取った雷巡や重巡達は静かに提督の登場を

待っていた。


「なんなんだろうねー私らまでお呼びがかかるなんてさ~」

「北上さんと一緒なら何でも構わないです」

「ああ、まあ・・・そうねー。摩耶っちはなんか聞いてる?」

「さあ?姉貴達も知らない事だからな。何だろうな」


椅子に寄りかかりながら摩耶が気の無い返事をする。摩耶に向けていた視線を会議室の入り口に北上が向けた

丁度その時、扉が開いて大淀が書類を抱えて入室してきた。


「提督、臨場。部隊気を付け!」


それまでのざわついた雰囲気が一蹴され座っていた艦娘達が一斉に立ち上がる。続いて入室してきた提督が

机の置かれた一段高い壇上へと登壇する。


「神通以下、選抜水雷戦隊集合完了しました」


我が艦隊での選抜とは高練度の軽巡と駆逐艦で構成された精鋭の事を指している。

激戦区の一つでもある北方海域での要撃戦に従事する猛者達だ。

戦隊長を能代が務めているが別任務に従事しているため、副長の神通が今回の指揮を執る事となっている。


「羽黒以下、重巡戦隊集合完了しました」


こちらは艦隊最高練度の重巡である羽黒が隊長を務める重巡部隊だ。主に沖ノ島海域での戦闘哨戒で活躍している。

また各海域で戦艦や空母の護衛などに務めてもいる。各隊長からの報告を受けた大淀が答礼し、こちらに向き直る。


「各部隊集合完了いたしました」

「ご苦労、部隊休ませ」

「休め!」


大淀の号令の元皆が席に座りなおす。全員からの視線が自分に注がれているのを確認し、一つ咳払いをして

話を始めた。


「本題に入る。今回我が艦隊はある特殊任務に就くこととなった」


自分の口から出た『特殊任務』という言葉に艦娘達がざわつく。

こちらに期待に満ちた目を向ける者もいれば訝しむ眼差しを送る者もいる。

色んな意味で期待を裏切りそうで作戦内容を話すのを若干躊躇ってしまうが、話さないわけにもいかない。


「大淀」

「はい」


別席に座った大淀が手元の端末を操作すると暗幕が閉められ部屋の中が薄暗くなる。同時にプロジェクターが

起動し壇上中央にスクリーンが下りて来たので半歩ずれる。


「今回我々が行う作戦はこれだ」


指揮棒を大きく赤い文字で作戦名が表示された場所においてその名前を読み上げた。


『ト号作戦:鎮守府警邏及び下着泥棒を捕縛せよ』

『ええー!?』


今まで静まり返っていた会議室内が騒然となる。こうなる事は半ば予想していたので取りあえず話を進める。


「色々言いたいことがあるだろうが、まず今までの経緯とどのような対策を講じるかを話す」

「質問については全て終わってからにして下さい」


場内が静まり返ったのを見計らい今回の作戦についてのブリーフィングを行っていく。

30分ほどかかって説明が終わった。


「概要説明は以上、我が艦隊は自分たちの隊舎及び割り当てられた警備区域を担当する」

「本作戦は今日より開始され2週間を予定しています。質問のある方は挙手を」

「はいはーい」

「北上か、なんだ?」

「ねー提督、それ憲兵隊とか守備隊でどうにかなんないのー?」

「あちらも手一杯だし、他の艦隊も交代で警備に当たる事となっている。ちょっとの間辛抱してくれ」

「持ちつ持たれつってヤツ?んーまあ、しょうがないかー」

「大丈夫ですよ北上さん、問答無用でミ〇チにしてしまえばいいんです。うふふ」

「捕縛だからな大井?他に質問のある者は?」


物騒な大井の事はスルーして、他に質問のある者を探していると大きな胸を弾ませて元気よく挙手した

重巡が目に留まった。


「愛宕、何かあるのか?」

「はーい!提督はどんな下着がお好みですかー?」

「ぶっ!?」

「あ、愛宕!?何を言ってるの貴女!?」

「だって相手は下着泥でしょう?殿方がどんな下着を好まれるのか把握しておけば対策も立てれるじゃない?」

「だからって提督に聞く必要はないでしょ!提督、仰らなくていいですから!」

「お、おう・・・」「えー!?高雄のケチー!」「ケチじゃありません!まったく、もう・・!!」


残念そうに手をひっこめる愛宕と顔を真っ赤にして怒る高雄。前の席にいた摩耶は手を額に当てて

天を仰いでいた。


「えー・・・他に質問のある者は?」

「はいはーい!夜戦はあるの提督!?」

「なんでそんなに嬉しそうなんだ川内。夜戦ではないが、日によっては夜間警備があるぞ」

「やったー!神通、夜戦だよ夜戦!血が騒ぐわー!!」

「姉さん落ち着いて。提督、私からも質問があります」

「なんだ?」

「艤装はどうなされるおつもりでしょう?通常鎮守府内では特別な場合を除いて使用が禁じられていますが?」

「その疑問は最もだ、その点については二人から説明がある。大淀?」

「改修工廠と回線を繋ぎます」


スクリーンに工廠が映し出される。映像の中では妖精達に混じって艦娘二名が色々と作業を行っていた。

回線が繋がっている事に気づいていないようで、作業台の上で銃器をいじくりながら話し込んでいる。


「こことここもうちょっと弄ってみます?」

「あーいいですね。よっし、次は・・あ!?」

「ん?夕張どうしたのって・・!?あー!!すいません!!」

『構わんよ。それより皆へ今回使う装備について説明を頼む』

「はい!では、まずこちらの装備ですが・・・」


明石と夕張がそれぞれ担当した武装について説明をしていく。中にはこちらが制作を頼んでいない

何やら怪しい武装も出てきたがこの際だから気にしないでおくことにした。


「装備についての説明も終わった所で、他に何かある者は?」

「司令官、質問があります!」

「朝潮か、どうした?」

「私達は普段海上での戦闘行動しか経験がありません。訓練は誰が担当されるのですか?」

「その件だが、今回は俺が直々に指導する。助教には天龍、龍田の両教導艦をあてるつもりだ」

『おお~!?』


最初の時とは違ったどよめきが生まれる。困惑半分、不安半分と言った所だ。

当然と言えば当然だが、他に適任もいないので仕方ない。


「これでも陸戦には多少の嗜みがある、任せておけ朝潮」

「は、はい!ご指導よろしくお願いします!」

「さて、一旦ここで区切ろうか。何か思いついた者は口頭なりメールなりでまた質問してくれ」

「小隊長に任命された方は解散後、各自資料を受け取ってくださいね」

「では・・・急な上に普段と違った任務だが各員奮励努力せよ!以上、解散!!」


解散を告げその場を終えた後、自分も装備を整えるために自室へと戻ると自室のロッカーにしまっていた

色褪せた野戦服に袖を通し訓練場へと向かった。


ー第5射撃訓練場:10:20―


普段は鎮守府所属の警備隊や憲兵隊が射撃の練習を行う場所で艦娘達へ今回のために

特注された銃器の説明を行った後に早速射撃訓練へ移行させた。


「絶対に連射はせず、一発ずつ撃て」


そう命じて駆逐の艦娘達に訓練を開始させる。

的に向って一列に並んだ駆逐艦の艦娘達が的に向って射撃を行っていく。発砲に伴う小気味の良い射撃音が

訓練場に木霊していた。双眼鏡で的を確認しながら手元のメモにそれぞれの成果を書き込んでいく。


「ふむ、時雨は筋がいいな」

「そうかい?ありがとう、提督。でも、僕なんてまだまださ」


双眼鏡で確認した彼女の弾痕、正確にはペイント弾の当たった場所は的のほぼ中心に集まっている。

使い慣れない銃器を扱って間もなくにしては驚異的だ。


「次は距離に変化をつけて撃つようにしてみてくれ」

「わかったよ、提督」


射撃を再開した時雨から離れ夕立に近づく。こちらに気づいた彼女は銃を下げてこっちへやってきた。


「提督さん、私いい感じに撃ててるっぽい?」

「・・・夕立には小銃はむかんかもしれん」

「ぽいー!?」

「気を落とすな。得手不得手は誰にでもあるからな?そのまま丁寧に指定された分を撃っていなさい」

「は~い・・・」


肩を落とす夕立を背にして今度は綾波達がいる場所へと向かう。的を確認した後彼女達へと

話しかける。


「綾波、いいか?」

「はい、なんでしょう?」

「的を確認したが、もしかして撃つ部位を意図的に狙っているのか?」

「なるべく急所は避けてますけど、駄目でしょうか?」

「綾波らしいが、いざという時はあまりそういう事は考えずに撃つんだぞ」

「はい、司令官!」


次は横で射撃していた敷波へと歩み寄る。集中しているのか真後ろに立っても

こちらに気づかないので弾倉交換時に話しかける。


「敷波」

「わ!?びっくりしたー・・・なんだよ、司令官。今忙しいんだけど?」

「中々上手いぞ敷波。この調子で射撃を続けてくれ」

「そ、そう?でも、綾波みたいに撃つ場所を狙い定めるとかできないし・・・はあー」

「そう卑下するな。現時点では一番弾倉を消費しているにも拘らず、的を一発たりとも外していないのは凄いぞ」

「え?そうなの・・・へ、へえー」

「正確に早く撃てるというのは長所だ。流石は敷波だな」

「も、もう・・そろそろ次の射撃に移るから!」

「うむ、頑張れよ」


次は朝潮の所に行く。射撃姿勢を解除した所を見計らい声をかける事にした。

撃ち終わった彼女は的をじっと見つめて首を振る。そして、その表情は少し曇っていた。


「朝潮?」

「・・・は!?司令官!?失礼しました!」

「いや、いい。どうした、浮かない顔だが?」

「あ、いえ・・・思ったより的に当てれません」

「ふむ・・・朝潮、弾倉は装填せずに的に向って構えてみろ」

「はい」


射撃姿勢を取った彼女の背後にまわる。近くで見ると必要以上に体に力が

入っている。取りあえず力を抜かせるため不意打ちで肩を揉みほぐすことにした。


「ほれ」

「わひゃ!?ししし司令官!?」

「肩に力が入り過ぎだ。力まず自然に構える」

「し、しかし・・・一発必中、見敵必殺の気構えでいかないといけませんし」


艦砲ならば朝潮の気構えは最もだ。その事を考慮して尚且つ違いに気付かせるために

銃を受け取り的に向って10発間隔を短く切って撃つ。双眼鏡で確認した後、朝潮に手渡してその成果を確認させる。


「どうだ?」

「全弾的には当たっています・・・けど」

「それ程集弾はしていないだろ。だが、それでいいんだ」

「どういうことでしょうか?」

「解りやすく言えば対空射撃と同じだ。点ではなく面で制する、解るか?」

「・・・あ!?は、はい!司令官の仰りたい事わかりました!」

「うむ。いつもと勝手が違うがやる事は変わらんという事だ。それを念頭に訓練を続けてくれ」

「はい!」


元気よく返事をして的に向っていく朝潮を見送り、今度は神通や羽黒達が明石と夕張達から

装備について細かいレクチャーを受けている場所へ向かった。


「明石、一通り終わったか?」

「はい、提督。これから皆さんに実際に装着してもらう所です」

「よし、羽黒」

「はい、司令官さん」

「駆逐の子等の結果だ。俺の所見と照らし合わせて小隊人員の選別をしてくれ」

「わかりました」


テーブルに置かれた装備に目を通す。今回用意した武器はスタンバトンに電気銃、捕獲用ネット弾やトリモチ弾に

催涙弾とその発射器(通称パ〇ー砲)。更には夜間警備の際に捜索と目潰しに使う軍用フラッシュライト等だ。

更に明石と夕張に命じて、廃棄予定だった艤装にデチューンを施し防御機構のみを残した物を用意した。


「うわ、これ最初の艤装だよ・・・まだあったんだ。懐かしいね、大井っち。」

「はい。私達の思い出の品ですね、魚雷管がないのは寂しいですけど」


今回は陸上での使用という事で必要のない箇所はオミットしている。

代わりに弾頭や弾倉、装備品を収納するアサルトベストを各自に支給していた。


「ちょっと胸が苦しいわね」

「サイズが小さすぎるんじゃない?もっと大きいのがいいわ」

「姉貴達の胸がでかすぎるだけだって」

「探照灯照射!なんちゃって、あはは!」

「川内姉さん、フラッシュライトで遊ばないでください」


それぞれ装備を前にあれやこれやと話し込んでいる。実演については特殊弾頭に限りがあるので

どうしようかと考えを巡らせていた。


「あの~司令官さん?」

「ん?羽黒どうした?」

「小隊の人員配置ですけど、これでいかがでしょうか?」

「・・・これでいこう。後で詳細を詰めるが、今回の作戦俺が指揮できない時もあるかもしれん。その時は任せたぞ?」

「はい、お任せ下さい!」


艦隊に来た頃は引っ込み思案で頼りない面があった羽黒。

だが、数々の戦いを乗り越え第二次改装を経て随分と成長した今の姿と自信のある返事を

聞くと顔が自然と綻ぶ。


「うむ、羽黒も逞しくなったな。流石は我が艦隊の重巡達の長だ」

「そ、そんな。私なんてまだまだです」

「羽黒が頑張っているのは俺だけでなく皆知っている事だからな。もっと誇ってもいいくらいだ」

「司令官さん・・・」

「提督ー!羽黒さんとイチャイチャしている所悪いですけどそろそろお願いしまーす」

「ふええ!?」

「わかった」


確認も終わった所で全員を一ヶ所に集合させ自分から各種装備の使用法について

再度説明を行った。


「以上だ。確認するが捕獲の際は捕獲装備を使うが数に限りがある事に十分留意してくれ」

「一応私達も可能な限り増産しますけど、あんまり期待しないでくださいねー」

「提督ー質問があるんだけど?」

「どうした北上?」

「このスタンバトンだっけ?これって相手を叩けばそれでいいの?」

「ああ。ただ可能なら突いた方がいいが、状況次第だ」

「そうなんだ」

「・・・提督、一度実演した方がいいんじゃないですか?私がお相手しますよ」

「大井が?・・・そうだな、実際に見てもらった方がいいか」


というわけで急遽大井とスタンバトンを使った実演を行う事となった。

大井が犯人側でこちらが制圧側という役回りでどのように制圧をするか手順を見てもらう事にする。


「では犯人が刃物を持って襲い掛かって来たケースで行います。提督に大井さんよろしいですか?」

「いつでもいいぞ」「ええ」

「それでは、状況開始!」


大淀の開始の合図と同時に大井が刃物に見立てたバトンを腰だめに抱えて吶喊してきた。

今更だがさっきから禍々しい気配をすさまじく感じていたので本気で制圧に掛かる。

彼我の距離が2mを切った所で尻ポケットに仕込んでおいたライトを大井に向けて照射した。


「目が、目がああ!?」

「せい」

「きゃん!?」


背後に回り込んで膝カックンで体勢を崩させる。

すかさず、体を拘束して身動きが取れないようにした。


「こんな感じで制圧する。接近が危険と判断したなら、目潰し後にトリモチかネットで捕縛する様に」

「く、悔しいーー!!ずるい!ライトを使うなんていってなかったじゃない!?」

「地が出てるぞ大井?お前は実演で一体何をやらかすつもりだったんだ?」

「そんなの提督を亡き・・・何でもないですー!おほほほ!」

「待てこら。とにかく時間が無いから各々実践に移るぞ」

「やっと俺達の出番か。提督から事前に指導は受けてるからよ、ビシバシいくぜ」

「皆~お手柔らかに~というわけにはいかないから、ちょっとハードになるわよ~」

「二人とも目が怖えよ、たくこれだったら提督の方がまだマシじゃないのかよ」

「あら~摩耶ちゃんは提督に優しく指導されたかったのね?」

「なっ!?ちげぇよ!!」

「二人とも騒がないで訓練に移るわよ」


その他にも大小様々なハプニングはあったものの、概ね訓練は順調に進み一応の体裁は整う形となった。

色々と不安要素はあるが、既に賽は投げられたのだから明日からの本格的な警備行動に向け我が艦隊は備える事となった。


ー横須賀某所・地下―


薄暗い地下の一室に置かれた円卓上のテーブル。そこにおかれた豪華な椅子に腰かけた複数人の男達がいた。

男達は黙って司会進行を務めている人間の言葉に聞き入っている。


「内偵員からの報告は以上となります」

「ふん。概ね予定通り進んでいるか」

「まさか奴らも自分たちが我々の手で踊っているとは思うまい」

「調子に乗り過ぎたのだよ。お目こぼしをくれてやったのがそもそもの過ちだったといえる」

「過ぎた事をいっても仕方あるまいよ。所で誘導する場所はそちらでいいのですかな?」

「ええ。丁度この件に関して面白い提案をしてくれた者がいましてね」

「ほお、君の所の人間か。ふむふむ、中々優秀なようだ。手回しの方はこちらが請負ましょうかな」

「では、決行は予定通りという事でよろしいかな?」

『異議なし』


何事かの結論が下った所でその会議は解散した。部屋から一人また一人気配が消えていき、誰もいなくなった

その場所は初めから存在しなかったように区画ごと閉鎖された。


― 艦娘寮前・2200 ―


「夜間警邏任務を開始する。第二小隊、実施せよ」

「実施します」


静かだが力強く敬礼する神通に答礼する。神通率いる第二小隊が我が艦隊に割り当てられた警備区画の巡回に出発していくのを

見送る。彼女達の姿が見えなくなった所で、臨時の指揮所として運用している寮の一階にあるレクレーション室に戻った。


「今日で一週間か」


作戦発令から一週間、これまで目立った問題は起きておらずそして件の下着泥棒も姿を現してはいない。

これは我が艦隊、そして歩調を合わせて警備の協力体制を取ってくれた同艦隊群の提督達のおかげだろう。

礼については何にしようかと考えつつ、リクライニングの椅子に寄りかかり目を閉じて背伸びをする。


「くあ・・・このまま何事もなく終わればいいがぶお!?」

「提督、お疲れですねー?うふふ」

「むごー!?ぶはぁ!?愛宕・・・いきなり乗っかるな!何をしとるんだ!?」

「やーん!折角お疲れの提督を癒して差し上げようとしたのにー」

「その前に俺が圧死するわ!?」

「えー?でも、加賀さんの胸で癒されたって評判ですよ?」

「・・・誰から聞いた?」

「これです」


差し出された一枚の写真。そこには以前加賀の胸に突っ込んだ俺の姿が写っていた。

おかしいのは明らかに屋外からの視点で撮影された写真であることだ。


「青葉あああ!?」

「なに絶叫してんだよ提督・・・なななな!?何してんだ二人とも!!」

「摩耶ちゃん、お帰り。お風呂は気持ちよかった?」

「いい湯だったよ・・じゃなくて!?なんで、お、お、お押し倒してんだよ!?」

「なになに賑やかだね~おっと、もしかしてお楽しみ中だった?」

「ふ、不潔だわ!?天誅よ、天誅!!」

「誤解だ!?やめんか、大井!?」

「提督、私羽黒ちゃんや高雄達とお風呂にいってきますねー」

「おい!?誤解を解いていかんか!?」


ちょっとした騒動の後、部屋に帰って来た者達は指揮所内に設けられた炬燵の置かれた休憩スペースへと散っていく。

代わって第三小隊の面々が風呂へと行ったので、溜まっている事務作業を少しでも終わらせるべく俺は事務机に向った。


「はあ~夜間警備って暇だね。これなら海上護衛の方がまだましだよー」

「もう。敷波ちゃん、待機中だからってあんまりだらけちゃ駄目だよ」

「装備の手入れなどをしてはどうですか?」

「朝潮は真面目だねぇ・・・ねー司令官?」


彼女が提督の方を向くと事務机の所で電話でどこかと連絡を取っていた。

机の周りには決済待ちの書類や報告書が雑然と積まれており、傍目にも忙しそうだった。


「お話し中だよ、相変わらず忙しそうだね司令官。ちょっと心配」

「通常業務と別の任務ですからね。お手伝いした方がいいのかもしれませんね」

「止めときなよー。あれで提督頑固だから『俺の仕事だから気にするな』って言うよ?」

「そうかもしれませんが・・」

「意地っ張りだからほっておけばいいのよ・・・ちょっと休憩くらいとればいいのに」

「それ提督に言ってあげたらいいのに。この前提督が倒れた時は顔面蒼白になる位心配してたんだし」

「き、北上さん!?あれは違うんです!?」


慌てる大井が北上に弁明するのを他所に、綾波がはたと手を打って立ち上がった。


「そうだ!お茶を淹れましょうか?提督はお茶がお好きですし」

「いいねぇ。綾っちが淹れたお茶なら提督も断らないだろうから」

「い、いいんじゃないかしら・・・」

「いいですね。私も手伝います」「お茶請けとかあった?」


給湯室に向おうとした綾波達がドアの所へ行くと、ドアが開いて中へ誰かが入って来た。

現れたのは夕雲型の清霜と早霜だった。手には大きな風呂敷を抱えている。


「こんばんわー!」「ふふ、お邪魔します」

「清霜ちゃんに早霜ちゃん?どうしたの?」

「夜食の配達に参りましたー!」

「腹が減っては戦は出来ぬと言いますから・・・ね?」


二人から差し出された風呂敷を綾波と敷波が受け取る。

かなりの量がはいっているのかずっしりとしていた。


「ありがとう、丁度お茶を淹れようと思ってた所だったの」

「これ全員分あるの?大変だったでしょ?」

「霞ちゃんが手伝ってくれたから楽ちんだったよ」

「霞が?珍しいわね」

「賑やかだな?どうした?」

「司令官、清霜ちゃん達がお夜食持ってきてくれました。お茶も淹れるので休憩しませんか?」

「ふむ・・・そうだな。一息入れるか」

「準備するから司令官は座った、座った!」「こちらへどうぞ、司令官!」

「おいおい、そんなに急かすな敷波、朝潮」


炬燵の一角に座ると綾波達がテキパキと準備してくれる。三つほどの大皿の上には

大量のおにぎりとつけあわせの沢庵や胡瓜などが盛り付けられていた。


「司令官、これ清霜が握ったんだよ!」

「では早速・・・ん?中身はおかかだな」

「どお?美味しいでしょ?」

「美味いぞ」

「梅干し、ツナ、昆布、明太子もありますよ」

「張り切ったな。これは二人で作ったのか?」

「ううん。霞ちゃんも手伝ってくれたんだよ」

「霞が?それにしては姿が見えないが?」

「後片付けは自分がやっておくから二人は届けてくれと・・・あ、手伝ってくれた事は秘密でした。ふふ」

「そうか・・・ふむ、場所は間宮の厨房か?」

「ええ」


早霜に場所を確認した俺は休憩スペースそばに置かれた内線を取ると間宮へとかけた。

何度かのコールの後、回線が繋がる。


『もう間宮は看板。こんな時間に誰よ?』

「霞、俺だ」

『な、何の用よくず司令官?』


霞の事だろうからどうせ二人には黙っておけとでも言ったのだろう。

唐突にかかって来た俺からの内線に電話越しでも激しく動揺しているのがわかる。


「ありがとうな。愛してるぞ、霞」

『な!?ば、馬鹿何を言ってるのよ!?切るわよ!!』


受話器を置いて炬燵に戻る。再びおにぎりを食べながら談笑していると

巡回に出ていた神通達が帰ってくる時間に差し掛かっていた。


―鎮守府郊外―


目と鼻の先に鎮守府へとつながる門が見える場所の近郊に広がる林の中に、黒ずくめの

集団がいた。その男達のリーダー格の男は手に付けた時計を確認し後ろを振り返る。


「間もなくだ。用意しろ」

「なあ、本当にどうにかなるのか?」

「協力者の話じゃ鎮守府全体が騒ぎになるらしい。その隙に乗じて俺達はここを狙う」


男が取り出した地図にはバツ印がつけられており、そこは提督達がいる艦娘寮だった。

全員が手順を再確認した後、地図を懐にしまった男は再度時計を確認する。


「5、4、3、2・・1・・0!!」


その瞬間警報が鳴り響く。夜間のため比較的静かだった鎮守府が蜂の巣をつついたような

騒ぎになる。門の所にあった警衛所でも詰めていた守備兵が慌ただしく動いていたが、突然

その一体が停電をおこして真っ暗闇になる。


「行くぞ」


暗視ゴーグルを使用して闇夜を見通したその集団は未だ混乱する門周辺の金網の一部を破ると

鎮守府内へと侵入を果たした。


―艦娘寮・臨時指揮所ー


第二小隊が巡回から帰還し、第三小隊が風呂から戻ってきていた。

次に警邏に出る第一小隊が準備を整えている最中突如スピーカーから非常呼集警報が鳴り響いた。

すぐさま事務机に戻って司令部へ確認を取る


「近海で深海棲艦の大規模発生!?」

『は!第1主力艦隊群の哨戒艦隊がこれを発見、第4主力艦隊群がこれに対処しております』

「我が艦隊への指示は?」

『現在、貴艦隊への出撃指令はありません・・・群司令より通達です。現在の任務を続行せよ、との事です』

「了解した」


取りあえず出撃という事にはならないようだが万が一という事もあり得る。

横で情報の詳細を調べていた羽黒に確認をする。


「仔細はわかったか?」

「はい、哨戒艦隊は近海で許可なく操業する漁船数隻を発見。これを追尾中に敵と遭遇した模様です」

「密漁船か。迷惑な事だ」

「如何しましょう?」

「出撃指令は今の所は無い。が、出撃に備え待機組は艤装を装着して出撃桟橋待機所へ詰めておくように指示を」

「伝えます」


羽黒が各階の責任者へ指示を伝える。任務は続行との事なので全員が集まっている場所へと向かう。


「提督、何が起こったのですか?」

「近海で奴らが大量にでたようだ。だが、我々は今の任務を続行する」

「それだったらアタシはそっちに行きたいぜ。下着泥じゃ張り合いが無いしさ」

「摩耶!」

「冗談だよ、じょーだん!」「全くもう・・・」

「ともかく警邏を開始する。第一小隊、第三小隊は任務開始だ」

「警邏は一小隊ずつで持ち回りのはずでは?」

「今鎮守府は浮ついている。賊がこの瞬間を狙って侵入してくる可能性も否定できん、事態が落ち着くまで増強配置とする」

「了解です」

「俺も同行する。神通は羽黒の指示を仰げ」

「了解しました」


指示を出し終えた俺は2小隊を率いて警備担当区画へと向かった。工廠や庁舎から離れた区画のためすれ違う者もいない

場所を俺達は巡回を続けていた。


「今の所異常なしか。次は警衛所付近だな」

「はい。あら?」

「どうした、高雄?」

「警衛所の付近が暗くありませんか?」

「ん?」


高雄に言われよくそちらの方向を見ると確かに暗い。その周囲だけ停電を起こしているように街灯や照明が

こぞって消えている。不審に思いながら近づいていくとこちらと同じ様にライトの光が幾筋か見えた。


「誰か!?」


誰何の声が上がったので冷静に所属を告げる。近づいてきた一団は警衛所で守備に就いている見知った

兵士だった。


「提督殿でしたか。これは失礼を」

「何かトラブルが?」

「ええ。この辺だけ停電を起こしたみたいでして、今人をやって復旧させてます」

「停電?・・・お?」

「復旧したようですな」


その言葉と同時に周辺の街灯や外柵沿いの証明がぽつぽつと点灯しはじめる。


「では、我々はこれで」

「ああ、ご苦労」


去っていく詰め所の兵士たちを見送る。だがどうにも違和感が拭えない俺は少しその場で

立ち尽くしたままだった。


「司令官、どうされました?」

「・・・外柵沿い周辺を重点的に巡回する。高雄達は左を、俺達は右に行くぞ」


警衛所周辺の外柵を二手に分かれて巡回する。しばらくして左に行った高雄達から連絡を受けたので

そちらへと急行する。


「これは・・・」

「綺麗に開けられてるねー」


外柵のフェンスの一部が綺麗に切り取られて芝生の上に放置されているのを北上がつついている。

丁度、人ひとりが通り抜けられる穴がそこには空いていた。


「司令官!こっちに足跡が何個もあるよ!!」

「少なくとも5人以上です。司令官、指示を」


周辺で痕跡を探させていた敷波、朝潮が侵入者の足跡を発見して報告してくる。どうやら賊は

既に鎮守府内に入り込んでいるようだ。


「方向はどちらにむかっている?」

「たぶん私達の寮がある方だと思います。ほぼ一直線に向かっています」


更に先に行って捜索を行っていた綾波からの報告から推測して侵入者はどうやら狙う場所の目星をつけているようだ。

よりにもよって自分の所の寮というのが何とも言えない気分になる。


「・・・羽黒、応答せよ」

『こちら羽黒です』

「賊が侵入した痕跡を発見した、群司令部へ連絡を行ってくれ。加えて侵入者はうちの寮がある方向へ向かっている可能性がある」

『了解しました!直ちに寮の周辺を警戒します!」

「うむ。無理はせず発見を最優先、俺達も急行する」

『はい!』


連絡を終え無線を切って向き直ると高雄達は既に整列を終え指示を待っていた。


「これより侵入者の捕縛を行う。総員、続け!」

『了解!!』


夜の闇を切り裂くように来た道を全速力で俺達は駆け戻って行く。こうして戦いの火蓋は切って落とされた。


ー艦娘寮・臨時指揮所ー


提督から一報を受けた羽黒達は早速準備を整えて寮周辺の警戒に出ようとしていた。

指揮所から出た一行は出入口の所にある守衛室へ向かう。


「明石さん、夕張さん。私達は寮の周辺を警戒しますので後を頼みます」

「わかりました」「任せておいてー」


夜の間守衛を務めるのは基本的に艦娘で当直制で守衛に就いている。この日は明石と夕張の両名が当直に

なっていた。


「本当に来たんだ下着泥棒」

「変な時に来るよね?でも、開発した物が無駄にならなくなったのは良い事なのか悪い事なのか」

「あはは!」


暢気に話している二人。だが、件の下着泥棒達が既に寮の裏口で息を潜めて侵入の機会を伺っている事を

知る由はなかった。


「寮から艦娘は全員でたか?」

『こちらA班、今別のグループが出てきた。これが最後じゃないか?』

「・・・よし。行くぞ」


寮内に侵入した一行は二手に分かれて艦娘の下着等が干されている乾燥室へと向かった。大体各階に設置されている乾燥室だが

今回賊が入ったのは3Fの駆逐や軽巡に潜水艦、一部の戦艦や空母達が下着を干している乾燥室だった。


(うおおお!この制服は五月雨たんか涼風たんのじゃないか!?ハアハア・・!)

(パンツ!パンツです!!)

(ヒャッハー!新鮮なスク水だああああ!)

(際どい紐パンGETだぜ!!)


室内に入った彼らは薄暗く熱気の篭る室内でお宝に遭遇して気分が高揚していた。目についた制服やら下着を

手当たり次第にずた袋に放り込んでいく。目ぼしい物を取り終えると、リーダー格の男は部屋の入り口周辺に全員を集合させ

外に控えさせていた班と連絡を取る。


「回収が終わった、外の様子はどうだ?」

『不味いぞ。寮の周辺をうろついてる。ばれてるんじゃないか?』

「・・・わかった、すぐにずらかるぞ。準備しておけ」


下着泥棒達が逃げる算段をつけている頃、外で警戒に当たっていた羽黒達の中の夕立がしきりに周囲を気にしていた。


「夕立ちゃん、どうしたの?」

「ん~なんかあの辺りから変な気配がするっぽいんだけど・・・」


海上と違い敷地内には建物や木々があるため物陰になる場所がたくさんあって見通しが悪い。

夜目がきく流石の駆逐艦も発見を困難な物にしていた。


「時雨ちゃん、何か見えますか?」

『ごめん、僕にも見えないな・・・あ、ちょっと試したいものがある』


屋上に陣取った時雨が夕張から渡されたサーマルスコープを小銃に取りつける。熱源を感知して射手にそれを見せる

スコープが闇夜に潜む者を映し出した。


『見つけたよ。正面玄関から11時方向、距離約200m。数は3人』

「動きはありますか?」

『ないよ。その場に留まって寮の方向をずっと見てるね。監視じゃないかな?』

「・・・わかりました。時雨ちゃんは引き続き動向を監視、指示あるまで射撃は控えてください」

『わかったよ』

「どうする、羽黒さん?今すぐとっ捕まえちゃう?」

「3人なら私達だけでも大丈夫だと思いますが」

「待って下さい」


川内と神通を制止した彼女は寮の当直室にいる明石達に連絡を取る。


『ええ!?賊がもう寮内に入り込んでる!?』

「はい。外には見張りらしき人が数名いる事からおそらく」

『ど、どうしましょう?』

「考えがあります。司令官さんに私の作戦を話してみます」


一旦明石達との連絡を切った彼女。今度はこちらに急行してきている提督達へ通信。

彼女が立案した作戦を提督に伝える。


「・・・以上が私が考えた作戦です」

『了解だ。作戦の指揮は羽黒に一任する』

「ありがとうございます」


通信を切った羽黒は神通達に向き直る。彼女からいつもの優しい表情は消え、重巡達を纏める隊長

として戦場に向う時の険しい顔になった。


「時間がありません。直ちに作戦を開始します」

『了解!』


作戦を開始した彼女達は二手に分かれた。羽黒は単独で寮内に帰り、神通と川内に夕立は外の賊がいる場所とは

正反対の方向に向かっていく。それを監視していた男達は寮の中の仲間に連絡を取った。


「寮の周りをうろついてた艦娘がどこかにいったぞ。一人は中に戻った」

『そうか。ばれていたわけではなかったようだな』

「ひやひやしたぜ。それじゃこっちも逃げるぜ」

『見つかるなよ。侵入地点で落ち合うぞ」

「りょーかい。よし、逃げるぞ」


潜んでいた物陰から三人の男が出ていく。走るか歩くかの中間くらいの速度で寮から遠ざかっていく

途中敷地内の道路を渡って次の茂みに行こうとした瞬間夜空を照明弾が彩った。


「うわ!?」

「眩し!!」「くっ!?」

「こんばんわー」


男達の目の前に突如現れたのは夕立だった。両手に銃身が切りつめられたショットガンを握った

少女が薄笑いを浮かべながら照明弾の白い光に照らされる姿は異様の一言だった。

そしてその紅い瞳が犯人たちを射竦める。


「大人しく捕まるッぽい。でないと痛い目にあうっぽい?」

「なななな!?なんでだ!?」

「とっくに見つかってたわけ。泳がされてたのよ」

「投降して下さい」


背後からの声に犯人達が振り向くとそこには神通と川内がそれぞれスタンバトンと

パズー砲を構えて立っていた。彼女達は寮から遠ざかると見せかけて彼らの背後に回っていた。


「わかった・・・とでも言うと思ったかああああ!?死なば諸共だあああ!!」

「お、おい!?」

「うおおおお!!俺もだあああ!!」


犯人のうち2名が動揺する一人を取り残しそれぞれ夕立と神通達目がけて吶喊した。


「夕立ちゃん!!prprさせてくれえええ!!」

「へ、変態っぽい!?」

「神通さんそのおみ足をなでさせてくれええええ!!」

「ひっ!?」


邪な欲望丸出しで突撃してくる野郎二人に流石のソロモンの悪夢も鬼の二水戦旗艦も思わず後ずさる。


「私にはいう事ないのかあああ!?」

「ぐわあああ!?目がめがああああ!?」


隣の川内が神通に向ってきていた犯人に向けて軍用フラッシュライトを照射。網膜を光で埋め尽くされた

男が悲鳴を上げる。


「神通!ぼさっとしてないでトリモチ弾!」

「は、はい!!」

「ぎゃ!?な、なんだこれ!?うげ!?」


夕張特製のトリモチ弾が着弾し手足の自由を奪われた男はそのまま転倒し気を失ってしまった。

一方、男の尋常ならざる気迫に押されて竦んでしまった夕立に今まさに男がとびかからんとしていた。


「そーらprprしてやげぶ!?ふげ!?あだ!?」

「へ?」


夕立に向っていた男の左半身に何かが連続で着弾し薄緑色の蛍光色をした液体が体中に張り付く。

衝撃でよろめく男をスコープ越しに除きながら時雨は夕立を呼ぶ。


『今だよ、夕立』

「う、うん。ショットガンをいっぱいくらうっぽい!!えい!えーい!」

「あだばらば!?」


至近距離で撃たれたゴム製散弾に体中を滅多打ちにされた男も先の犯人同様吹っ飛ばされながら

同じ末路を辿った。


「うー凄く怖かった。深海棲艦より怖いっぽい」

『油断しないで、もう一人いるんだよ』

「うん!さー残るは一人だよ!!観念するっぽい!!」

「ち、畜生!おい、ばれたぞ!!俺達はいいからさっさと逃げろ!」

「あ!?こいつ無線で!!」

「私が!!」


無線に向って叫ぶ男目がけて疾風迅雷の如く神通が突っ込んでいく。

目にも留まらぬ速さで抜き放ったスタンバトンを男の腹部に突き入れる。


「あぎゃぎゃぎゃ!?しびびれれれっるるる・・・」


痙攣しながら男が膝から崩れ落ちる。これで寮を見張っていた三人の男は神通達によって無力化された。


「姉さん」

「わかってる。夜偵を上げておくね、夕立はそいつら縛って転がしておいて」

「徹底的に縛り上げるっぽい!!」

「羽黒さん、制圧完了です」

『お疲れ様です、犯人は憲兵隊の皆さんに任せてこちらに合流してください』

「了解です」


縛り上げた犯人達を一瞥し川内と夕立を引き連れて神通は寮のある方へと向かっていく。そして、羽黒の立てた

作戦に呼応すべく提督達も寮まであと少しの所まで戻ってきていた。


一方犯人達も仲間から齎された危機の情報を聞くや否や乾燥室からでて裏口から寮を抜け出していた。

来た時の慎重さはかなぐり捨てて一目散に脱出口目がけて走っていく。


「くそ!なんでばれたんだ!?」

「協力者が裏切ったんじゃないか!」

「落ち着け!それなら最初の侵入時点でばれているはずだ、今は逃げる事を優先しろ!」

「ひいひい!待ってくれ、ペースが速すぎ・・うが!?」

「どうした!?」

「撃たれた!?もう駄目だ、最後は潮ちゃんのブラジャーをhshsして死にたかった・・・ってあれ?」

「なんだこりゃ?蛍光塗料?」


撃たれたと大騒ぎした犯人の背中にはべっちょり黄緑色に光っていた。暗闇の中で発光している犯人の

姿を川内から発艦した夜間偵察機が発見し、羽黒達に情報を伝える。


『残党を見つけたよ』

「川内さん、動きはどうですか?」

『夜偵からの報告じゃ進路に変更なし。あんなに目立ってちゃうちの子なら見失わないしね』

「了解しました。何かあれば逐次報告を願います」

『了ー解。そっちとの合流を急ぐね』

「夕張さん、明石さん。ライトを犯人さん達のいる方向へ!」

『了解!!』


突如自分達へと光が向けられた事でまだ完全に発見された訳ではないと

考えていた彼らに激しい動揺が起こる。


「無事なら急げ!!止まるな!?」

「おい!あっちにライトの光が見えるぞ!」

「こっちもだ!見つかったのか!?」

「とにかく走れ!!いけいけ!!」


完全に冷静さを失った犯人達が再び駆け出す。バラバラに逃走されるのを防ぐため

立て続けに攻勢をかけた事が功を奏した形となった。


「結構速いね!?私ギリギリなんですけどー!!」

「頑張って夕張!私だってこういう荒事苦手だけどやってるんだから!」

「司令官さん、こちらは予定通り追い込んでいます」

『うむ。すでにこちらも予測ルートへ配置済みだ、頼むぞ』

「はい!」

「お待たせ」


走る羽黒に時雨が並走する。寮からの狙撃を終えた彼女が合流して人数が4名となった事で

羽黒が新たな指示を出す。


「夕張さん達は右翼から、私達は左翼から追い込みます!互いに一定の間隔を保つことを忘れないでください!」

『了解!!』


追跡劇が繰り広げられる事およそ十数分、ついに犯人達は外柵手前の少し開けた場所へと垣根を飛び越えて

やってきた。


「ここを超えたら外だ!!もう少しだぞ!!」

「俺この件を終えたら陽炎ちゃんのスパッツを毎日履くんだ」

「おい馬鹿、フラグ立てんな!」

『!?』


空けた場所の中ほどまで進んだ所で周囲が真昼の様な明るさに包まれる。

空には照明弾がいくつも揺らめいて周囲を照らし出していた。そして彼らの前に提督が現れる。


「そこまでだ!!」

「待ち伏せ!?くそ、寮にいた艦娘だけじゃなかったのか!?」


広場の真ん中で停止した犯人一味に高雄と愛宕を伴って相対する格好となる。

両脇の二人がそれぞれ投降を促す。


「もう逃げ場はありませんよ!抵抗しないで捕まってください!!」

「今なら優しく捕まえちゃいますよ~。抵抗したらパンパカパーンな事になっちゃうわ~」

「ふおおお!?生の高雄さんにアタゴンじゃあああ!!」

「おっぱいぷるん!ぷるん!!」「踏んで下さい高雄さん!!」

「あら~?何か変なテンションねー?」

「な、なんなんですかこの人達・・・」


愛宕は困り顔、高雄は完全にドン引きである。彼女らから投降を呼びかけた方がすんなり

行くかと思ったが逆に別のスイッチが入ってしまったようである。


「君たちこれ以上の狼藉は罪を重くするだけだぞ?大人しくお縄を頂戴しなさい」

「うるせー!!いつも艦娘に囲まれてるお前ら提督に俺らの悲哀がわかるもんかー!?」

「そうだそうだ!!どうせセクハラしてんだろうがー!!」

「駆逐艦の子達と一緒に風呂とかにも入ってるんだろう!?うらやまけしからん!!」

「セクハラ提督!!」「ロリコン提督!!」「クソ提督!!」「ひっこめーーー!!」


ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせてくる犯人連中。だが、その頭にかぶったパンツやらブラジャーやら

潜水艦の水着を直接着ている変態連中に暴言を吐かれる無情にここ数日の忙しさによる疲労やらストレスが

ピークに達した。


『ブチ!!』


その時騒いでいた犯人一同には聞こえなかったが、艦娘達にははっきりと聞こえた。

自分達の提督の中の何かが切れる音が。

提督は制帽を一度取り、若干深めに被って帽子の鍔を下げると右手をすっと上げた。


「・・・総員、構え」

『へ?』


有無を言わさぬ無言の迫力が場を包む。犯人達は雰囲気のあからさまな変わりように戸惑い

艦娘達は一瞬躊躇ったもののすぐさまそれぞれの獲物で狙いをつける。


「撃て」

『ぎゃああああああ!?』


広場に響く砲声、銃声、絶叫。鎮守府の外柵周辺に変態達の断末魔が響き渡る。

制圧するだけなら最初の一斉射撃のみで片がついているはずなのに提督は一向に射撃中止命令を出さずにいた。

腕組みしたまま爆心地を眺める彼に見かねた高雄や羽黒が声をかける。


「えーと、えーと・・・提督もうよろしいのでは?」

「全弾撃ち尽くすまでだ」

「は、はあ・・・」

「司令官さん、そ、そのー・・」

「羽黒見事な作戦立案だった。止めは任せなさい」

「あうう・・・」

「大井、白兵用意。スタンバトンで奴らの尻を掘ってやれ」

「ええ!?なななな何言ってるのよ!?できないわよ!?」

「何故だ?いつも深海棲艦に雷撃を刺すように打ち込むお前ならできるはずだが?」

「それとこれとは別じゃない!?冷静に滅茶苦茶な事を言わないでよ!?」

「あーあ、完全に頭に血が昇ってるよ提督」

「提督もキレるんだな・・・おっかねぇ」


そんなこんなで結局各自の手持ちが無くなるまで延々と攻撃は続行された。

広場から音が止み、辺りを静寂が包む。


「・・・撃ち方止め」

「止めるというかとっくに在庫がつきてるけどねー」


妙に気だるい北上の声にようやく冷静さが帰って来たのを自覚する。周囲に散開させていた艦娘達を集合させる。

何人かに命じて上げさせた何度目かの照明弾が辺りを再度照らすと犯人達がいた場所はとんでもない惨状を呈していた。


「やりすぎたか」

「隼鷹とか千歳がマーライオンしたあとっぽい?」


夕立の言葉は正鵠を射ていた。トリモチやらネットやらの上に蛍光色の鎮圧弾がばら撒かれた様子はまるで

モザイクの様に犯人と広場をぐちゃぐちゃに染め上げていた。

後始末が大変な事になるなとまるで他人事の様な感想を抱いていると横から声がかけられた。


「おやおや、これはまた随分と酷い有様ですな?」

「誰だ!?」


声のした方向を向く。そこにいたのは憲兵の腕章を付けた40代位の将校だった。

彼の後ろにも10名ほどの憲兵達が無言で並んでいる。


「我々が着く前に終わってしまったようですね。見事な指揮でしたな」

「・・・連行を頼めますか?」

「承りますよ提督殿。始めろ」

「すまんが夕張、明石は除去剤を使ってトリモチと捕獲ネットの解除に当たってくれ」

「うう、凄くぬめぬめしてそうだけど仕方ないですね」

「頼む」

「提督、今度何か奢ってくださいね!」

「ああ」


こうして鎮守府を騒がせた一連の騒動は幕を閉じる事となった。こちらの被害は制服や下着数十点にのぼるものの

人的損害は皆無(犯人達は加味しない)という結果に終わり、ト号作戦は終了した。


―作戦終了の二日後・提督室ー


(なんだか疲れたな・・・)


作戦終了後というのは疲労感はある物の達成感もありいい意味で気分が高揚しているものだが

今回は事が事だけに疲労感のみが残る結果となってしまった。


「提督さん・・・提督さんってば!?聞いてるの!?」

「・・・ん?ああ、聞いている」

「まだ翔鶴姉のパンツは戻って来ないの!?」

「そうよ!扶桑姉さまのパンツもよ!?」


被害にあった両名の姉妹艦である瑞鶴と山城が凄い形相で執務机の前から詰め寄ってきていた。

犯人確保と同時に盗まれた下着やら制服は証拠品として押収されてしまっているため未だこちらに戻ってきていない。


「瑞鶴もう止めなさい、提督が困っているでしょ?」

「山城も落ち着いて。それに提督の前でパンツパンツと連呼されるのは恥ずかしいわ」

『でも!!』


怒気が治まらない二人を姉二人が宥めるが一向に落ち着かない。この手の抗議は昨日から来ているが

当分は収まらないだろうなと考えているとため息が出てくる。


(・・・それにしても今思い返せばあの憲兵の胸元の徽章、何故あんな人間がいたんだ?)


先日であった憲兵の胸元の徽章は参報本部直轄の特務憲兵を顕していた。色々と謎が多い憲兵隊であり

こんな事件に出張ってくるような事はないはずだ。


「司令」

「どうした、霧島?」

「群司令本部から出頭要請です」

「来たか・・・皆、俺は群本に出向いてくる。話はまたあとでな」


色々とお叱りを受けるのだろうなと思いつつ重い足取りで執務室を出た。


ー横須賀某所・地下会議室―


先日と同じ様に地下にある会議室に集ったある人間達。そこで司会の人間から事の次第について

報告を受けていた。


「いやはやこれで一件落着ですかな」

「所でそちらの提督への対処は?」

「昇進させておきました。本人は最後で不適切な対応を行ったものと思っていたようで昇進を訝しんでいましたがね」

「ははは!余計な事を喋らせない様にしてくれたのだから結果オーライじゃよ」

「左様、秘密を知る奴等も前線泊地での懲罰労働にさせた。この事がいずれにしても漏れ出る事は無い」

「うむ。今後はあの馬鹿どもがオークション販売を通じて獲得した顧客の監視を重点的に行いましょうかな」


提督や艦娘達が知らぬ所で謀議は進む。横須賀の闇は深いが、それでも世界は回っていくのだった。


秘書艦青葉と駆逐艦秋雲の場合


―鎮守府桟橋付近・0610―


朝の澄んだ空気の中を俺は一人走っていた。総員起こしがかかってから朝食までの各自の過ごし方は自由なため

極力体を動かす事にしている。


「提督ーー!!おはようございまーす!!」

「鬼怒か。おはよう」

「はい!」


体操服姿の鬼怒が元気よく挨拶してくる。その後ろにも何名かが続いており、速度を上げて一人がこちらに並んできた。

長い髪をポニーテールにして黒のジャージ姿の長門が颯爽と並走してくる。息ひとつ乱さないのは流石と言った所だろう。


「鬼怒、いきなり隊列を離れるな。提督、おはよう」

「おはよう、長門。休日なのに精が出るな?」

「休日とはいえ体は鍛えておかねば。日々の鍛練こそが勝利へと繋がるのだからな」

「最もだな。だが根を詰め過ぎるなよ?」

「わかっているさ」


その後方には白を基調にしたジャージ姿の陸奥と能代がいて残りの二人を引っ張ってきていた。


「酒匂!遅れてるわよ!!」

「待って!待ってよー!!」

「ほら、潮ちゃんも頑張って」

「陸奥さん置いていかないで―!」


余裕の微笑みを見せる陸奥を必死に二人が追いかける。酒匂と潮も体操服姿で懸命に走っていたが、急に上がった

スピードについていけていないようだ。


「よし、ここからは俺が指揮を取ろう。二列縦隊!!」

「聞こえたな!二列縦隊!!」


長門と鬼怒を先頭にして一旦その場で待機させて全員が集合するのを待った。集合後、隊伍を組んで庁舎へ向けて

走っていく事にした。昇り始めた朝陽に照らされながら響く掛け声と共に艦隊の休日が始まった。


―提督室:0830―


朝食や身支度を済ませた後提督室にやって来た俺は棚から外出簿を取り出し机に置く。横では昨日の秘書艦だった霧島が

今日の秘書艦である青葉に引継ぎを行っていた。


「はい、以上が引き継ぎ事項です」

「了解しましたー!それでは司令官、本日の秘書艦はこの青葉が務めさせていただきますね」

「おう、頼むぞ。それじゃ、霧島最後の仕事を頼む」

「ええ。マイクチェックワンツー・・・ふう、提督室より霧島です。ただいまより外出受付を開始します、外出をする者は提督室まで

外出証を取りに来てくださいね。以上です」


放送が終わり霧島が提督室を出ていく。その姿を見送って少しすると階下から何か音が聞こえてきた。


「司令官、何か聞こえませんか?」

「ああ。これは・・・」


何となく嫌な予感がしていると廊下が騒がしくなってくる。凄い勢いで足音がこちらに迫ってきていた。

そして扉が壊れるのではないかというくらいに大きな音を立てて開いた。


「いっちばーん!!」

「おっそーい!!」


白露と島風が扉の所から机にダイブする様に飛んできた。俺と青葉は身を翻すように机から離れた。

そして室内に衝撃音が響き渡り机が盛大に倒れた。


「あいたた・・・よし!白露が一番だね!やったーー!」

「ちがうもん!島風が一番だもん!!」

「あたしが一番!」

「島風!!」

「あたし!!」


額をぶつけ合いながら二人の間に火花が散る。その様子を一しきりどこからか取り出した

カメラで撮影をし終えた青葉が声をかける。


「お二人さんそろそろやめておいた方がいいとおもいますよ~?」

「青葉さん!あたしが一番最初に机に触ったよね!?」

「島風が速かったよね!?」


青葉の忠告を無視してなおも言い争いを続ける二人の背後に鬼の形相をした提督が立っていた。

そして、唐突に白露と島風のお尻をスパーンと叩き、小気味の良い音が部屋に響き渡った。


「いったーーーい!!?」

「オウ!?」

「こぉの大馬鹿もん共!!朝から何をしとるんだ!!」

「だってだって、白露が一番に外出証を取ろうと思ったから仕方なかったの!!」

「島風が一番最初に外出証を取るの!!だって速いから!!」

「・・・二人とも外禁が望みか?」

『御免なさーい!!!』


ガバっと俺に向って土下座の態勢に移行する白露と島風。

スカートはめくれ上がってパンツが丸見えなのにも気づいていないらしい様子に溜息が出る。


「二人ともスカートを直したら机を片付けるのを手伝うんだ」

「はーい・・・うう、ヒリヒリするよぉ・・・」

「あー!?お尻に手形がしっかり残ってる」


倒れた机やら散らばった書類やらを片付けていると部屋の扉が開く音がした。

首を向けてやってきた者達を確認する。


「あーあー派手にやらかしたね」

「もう!だからやめなさいって言ったのに!!」

「だって・・・」


そこには執務室の惨状を見て呆れ顔の長波と見るからに怒っている天津風がいた。

叱責を受けた島風が顔を背ける。


「提督大丈夫だった?止めたんだけどね、一応」

「なんとかな」

「あなた、怪我とかはない?」

「大丈夫だ。心配するな、天津風」

「べ、別に心配なんか・・・あ、島風!いつまでお尻出してるの!?早く片づけを手伝いなさい!!」

「わかったよぅ・・・」

「提督ーー!!白露姉さんがきませんでしたかー!?」


続いてやってきたのは我が艦隊の初期艦にして現在は海上護衛隊の駆逐艦を束ねる『五月雨』だった。

後ろには涼風の姿も見える。


「来ているぞ五月雨。今は掃除中だ」

「わあ!?こんなに散らかって直ぐに片付けますね!!」

「で、どっちが勝ったんだい?」

「涼風、あのな・・・まあ、とにかく無効試合だ」

「ええー!?そんなー・・・」「島風が速かったのに・・・」

「所でどうしてお二人は今日に限ってこんな事を?」

「それは・・・」


どうやら昨日の夜、酒保の方で何かの話から明日の休日に一番に外出するのは誰かという話題になったようだ。

それで我こそはと名乗りを上げたのがこの二人だったらしい。


「ほお・・・それで煽ったのが隼鷹と千歳だったと?」

「うん。そんなに言うなら外出開始時間が始まったら競争して決着をつければって」

「全くあいつ等は・・・よし」


マイクのスイッチを入れると放送を我が艦隊の寮へと繋ぐ。


「こちら提督だ。隼鷹及び千歳は本日より一週間酒保における飲酒を一切禁じる、理由はわかっているな?以上だ」


ギャー!?と寮の方から叫び声が聞こえたような気がしたが、気にしないでおくことにした。

机が片付いたので改めて手続きに移る。


長波達や五月雨たちと入れ替わるように今度は漣を筆頭に第七駆逐隊の艦娘達がやってきた。

いつもと同じようにハイテンションな漣が軽やかな足取りで机の前にやってくる。


「ご主人様ー!外出証を頂きに参りましたよー!」

「おう、今日は恒例の慰労会か?」

「女子会、女子会ですよご主人様!ぜっんぜん違いますから!」

「何が違うのかさっぱりわからん」

「ちっちっち!もう、ご主人様はオジサンですねー?世の中の流行ってやつですよ」


そうは言われても日々業務に追われて世の中の流行なんて物には全く縁が無い身なのでわかりようもない。

身近で比較して解りやすいものと言えばなんだろうかと思案してハタと閃いた。


「潮」

「はい、なんでしょう?」

「漣と同じ様にご主人様と言ってみてくれないか?」

「ええ!?あの、その・・・」「ちょっと何言ってんのよ!このク・・・提督!!」

「ご主人様が壊れた!?」「壊れたって、漣・・」


騒ぎ出す他の面々を他所に潮は恥ずかしがってもじもじする。

少しの逡巡の後意を決したように口を開いた。


「ご、ご主人様?」

「・・・ふむ、漣」

「はい?」

「もう一度ご主人様と言ってみてくれ」

「へ?えーと・・・ご主人様?」

「潮は尊いな。漣と対比して明確に違いが分かる、先の女子会とやらと違ってな」

「ヒドス!!?ちょっとご主人様真剣にお話ししませんかー?主に肉体言語で」

「断る。ほれ外出証だ、あまり遅くなるなよ?」

「意地悪なご主人様なんて知りません!!激おこぷんぷん丸です!!」

「なんだそりゃ?」


肩をいからせながら出ていく漣を潮と朧が宥める。それに続こうと曙が踵を返す直前に声をかけた。


「曙、ちょっとこっちに来てくれ」

「は?何よもう・・」

「司令官、青葉工廠に行ってきますね」

「ああ、頼む」


去り際にウインクをして出ていく青葉。青葉の奴は俺と曙の間で取り決めているある事項の事を知っているのだろうか?

誰にも話したことは無いのだが、艦隊一の情報通はやはり侮れない。


「で、何かあるの『クソ』提督?」

「うむ。ちょっと待て」


机の引き出しから封筒を取り出し筆ペンで『寸志』と書いて、財布から札を数枚封筒に入れる。

封を閉じて曙の前に差し出した。


「持っていきなさい」

「え?な、何よこれ?」

「女子会とやらの足しにな。前は漣に渡そうとしたんだが変な所で真面目なあいつは受け取らなかったものでな」

「なんで私なのよ、別に潮でも朧でもいいじゃない?」

「責任感が人一倍強いお前なら安心して任せられる。そう思っているからだ」


そう言うと口をパクパクして何かを言いたげになったが、顔を背けながら

返事をした。


「そ、そこまで言うなら預かっとくわ。私がなんとかしておくから安心しなさい『クソ』提督」

「ああ、たのんだぞ曙」

「ん・・・行ってくる」

「気を付けてな」


曙が退出をする。入れ替わるように工廠に指令書を持って行った青葉が帰って来た。

午前中にこなすべき執務に二人で取り掛かっていると大和や武蔵、利根と筑摩がやってきて事の次第を聞いた武蔵や利根が大笑いする。


「はっはっは!なるほど先程の放送はそういうわけか」

「隼鷹や千歳が死んだ魚のような眼をしておったぞ提督よ」

「自業自得だ。無責任に囃し立てた事に対するケジメはつけねばならん」

「最もじゃな。ま、よい薬になったのではないかの?あっはっは!」

「全くだな!ははははは!!」

「利根姉さんったら・・・」

「武蔵も笑いすぎです。提督、お怪我はありませんでしたか?」

「大丈夫だ。大和達の今日の予定は買い物か?」

「ええ。久しぶりの外出ですので色々と買い求めたい物があります」

「それとこの面子で飲んでくる予定でな、少し遅くなるかもしれん」

「わかった。帰隊時間は厳守するようにな?」

「心得ておる。尻を叩かれては敵わんからな、なあ筑摩?」

「当たり前です、もう・・・提督行ってまいりますね」

「うむ。休日を楽しんできなさい」


4人を送り出した後も入れ代わり立ち代わり次々と外出する艦娘がやってくる。

青葉と共にそれを捌いてようやく出かけていく者を全て送り出した。


「ふう、取りあえず一息つくか?」

「ですね。休憩の準備をしますね」

「頼んだ」


準備が整ったという事で、休憩室に向う。テーブルにはコーヒーと茶菓子が置かれており

青葉の右斜め隣に座った。


「うん?ノートPCを持ち込んでいるがどうした?」

「はい!今日は今まで撮りためた写真の整理と艦隊アルバムの編集を行おうと思いまして」

「そうか。所でまた余計な物を撮っていないだろうな?」

「滅相も無い。清く正しくがモットーですあだだだ!?」

「どの口が言うか?」

「いひゃいですよー!?」

「あの写真の事を知った加賀に追い掛け回された事を忘れるなよ。宥めるのに苦労したんだ」

「わかってますって!今度は隠さず撮ったらすぐにお見せしますので!!」

「そういう問題じゃないわ!!」


そんなやりとりの後、青葉は言った通り写真の整理を。俺は片付いていない雑務をしつつ過ごしていた。

少し経った頃折休憩室のドアがノックされる。


「提督、いるー?」

「秋雲か?入りなさい」

「お邪魔するねー」


秋雲が小脇にスケッチブックを抱えて入って来た。テーブルにやってくると俺の隣に座る。


「どうした?外出はしないのか?」

「いやーそれが前の外出で散財して懐が。あはは」

「同人誌でも買いすぎたんですか?」

「それもあるけど同人製作用の補充も結構ばかにならなくて」

「わかりますよー私も撮影機材買いすぎた時は結構ピンチですので」

「給金の使い道にあれこれ口は出さないが、もうちょっと計画性を持ちなさい」

「はーい。というわけで今日はここで書いたりしていい?」

「構わんぞ」


他愛のない話をしていると時刻が正午に近づいてきた。予定を確認すると

オリョール海掃討戦に出向いていた潜水艦隊がそろそろ帰港する時間だ。


「秋雲、イムヤ達を迎えに行ってくる。留守を頼めるか?」

「あーい。いってらー」

「青葉、行こうか」

「わっかりましたー」


二人連れだって港湾に向う。海に近づいていくと丁度出撃していた我が艦隊の

潜水艦艦娘達が陸に上がった所だった。俺達の接近に気付いたのか数名がこちらに駆け出してくる。


「提督ー!ただいまー!!」

「ただいまなのねー!!」

「うおっと!?のわ!?」


シオイとイクに飛びつかれてたたらを踏んでしまうがどうにかこらえる。

ゆっくりとやってきたイムヤ達残りも合流した。


「二人とも濡れたまま司令官に抱き着いちゃ駄目っていったでしょ!!」

「えー!?でも提督にすぐ会いたかったから」

「そうなのね!提督は大抵の事は笑って流してくれるから、このくらい平気なの。ねー提督?」

「時と場合によるがな」

「じゃあ、提督が怒る時って何があるのねー?」

「お前が無茶な事をしたりした時だ。許さんぞ?」

「・・・提督ちょっと名札の所を見るのね」

「ん?」


イクは前かがみになった俺の頭を抱えると自分の胸に押し付けてきた。視界が一気に塞がれてバランスが崩れそうになるのを

必死に押し止める。


「もがむが!?」

「大丈夫なのねー提督を悲しませるような事なんてイクはしないのねー」

「あら?提督は今日もイクに振り回されてますね」

「ハチ、それは言わない約束デチ。恒例行事ってやつね」

「いつまでやってるの!?ほら、皆整列!」


潜水艦隊の長であるイムヤが全員を整列させる。青葉はカメラを構えてその様子を撮影していた。

カメラを向けられているせいか心なしか緊張気味のイムヤから報告を受ける。


「報告します!イムヤ以下5名オリョール海における掃討任務より帰還しました!」

「ご苦労。損害は?」

「ゴーヤとはっちゃんが小破。他は異常ないわ」

「うむ。皆よくやってくれた、事前に連絡していたが本日から明後日まで我が艦隊は休暇だ。ゆっくり休んで英気を養ってくれ」

「はい!」

「では、解散」

「解散します!別れ!!」


答礼しその場は解散。任務終了で緊張から解放され賑やかに寮へ帰っていくイムヤ達と共に提督室へと戻った。

休憩室へと戻るとテーブルには弁当箱が置いてあった。


「提督、間宮さんからのお昼置いておいたよー」

「おう。秋雲はどうする?」

「私?んーカップ麺か何かない?」

「こらこら。仕方ない、俺のを半分やろう」

「え!?いいの?やたー!!」


届けられたお重を開封し3人で合掌していただく。談笑しながら食べていると

横の秋雲が箸で卵焼きを掴んで俺に差し向けてきた。


「はい、提督。あーん?」

「おいおい、なんだ一体?」

「ぬふふ、お礼に秋雲さんのあーんを受け取るのだー」

「お!?いいですねー。ほら、お二人とももっと寄って」

「近いというか秋雲しなだれかかるな!?」

「当ててんのよ!ほりゃほりゃ、どう提督?私も結構胸あるっしょ?うりうりー!」

「これはいい写真が撮れますねー!アルバムに追加&各方面に波紋を呼ぶ事間違いなしですよ!」

「やめい!!?」


賑やかな昼食も終わり休憩室に午後の気だるい雰囲気がみちる。青葉は引き続き編集作業をしており

秋雲はイラストを描いている。一方の俺は片付けるべき執務を終え暇になっていた。


「ふあ、眠くなってきたな。青葉すまんが少し昼寝をする、2時間たったら起こしてくれ」

「はーい。何かありましたらすぐ起こしますので」

「うむ、頼んだ」


押し入れから布団一式を取り出すと休憩室の空きスペースに敷く。

横になると心地よい睡魔に身を任せ直ぐに意識が落ちた。


「すーすー・・・」

「提督寝るのはや」

「日頃からお疲れですからねー」


作業しながら小声でやり取りする二人。そんな時、休憩室のドアがノックされた。

立ち上がった青葉が扉の所に行って開くとそこには初雪がいた。


「初雪さん、外出ですか?」

「違う・・・司令官は?」

「司令官はお休み中ですね」

「ん・・・」


青葉の指さす方向には布団で眠る提督の姿があった。その様子を見て初雪は頷き、そのままスタスタと押し入れの前に行って

枕を取り出して眠る提督の横に行った。そして、彼女はそっと布団に枕を置くともぞもぞと布団にもぐりこんだ。


「おやすみ・・・なさい」

「うおおおい!?どういうことだってばよ!?」

「ちょ!?秋雲さん声が大きいです、初雪さんいったい何を?」

「・・・お昼からなら司令官は暇って聞いてた」

「はい」

「ゲーム一緒にしようと思ってたけど寝てた」

「そうですね」

「司令官の横は・・・居心地いい。だから、寝る」


理由は説明したとばかりに布団をかぶって中に潜り込んでしまう初雪。

秋雲と青葉は顔を見合わせてやれやれという表情を浮かべると作業を再開した。


(・・・ん、なんだか布団が・・・熱い?)


寝苦しさを感じて意識が覚醒する。右手を動かすとなんだかサラサラした物が触れる

のでそのまま手を動かしていると感触でそれが何なのかわかった。


「ん・・・んん・・」

「・・・髪の毛に頭?」


ついで聞こえてきた声。聞き覚えのある声に思わず布団をめくると何故か隣に初雪がいた。

本人はぐっすり眠っている。


「・・・どういうことだ?」

「あ、司令官起きましたー?」

「ああ。それでこの初雪は?」

「ゲームをしに来たらしいですよ?司令官は何かお約束を?」

「特に約束などしてはいないが・・・まあいい、寝かせておくか」


布団から出て元の位置に戻る。青葉はPCと相変わらず睨めっこしており秋雲は原稿用紙に向って唸っている。

その姿を見てふと思いついたことがあったので自分のスマホで何の予告も無しに二人を取ってみた。


「おお!?どしたの、急にカメラで撮るなんて?」

「そうですよ。撮影はこの青葉に任せて下さいよ」

「いや、不意に友人の言葉を思い出してな」

「司令官のご友人ですか?」

「ああ。写真が趣味の奴でな、そいつが言っていたことがあってな」

「友達はなんて?」

「写真は一瞬を永遠にするとな」

「ご友人の方は結構なロマンチストなんですね」

「かもしれん。なんだか二人を見てると急に思い出してな、だから撮ってみたくなった」


青葉に秋雲。二人は共に自分達が被写体になる事は稀な存在だ。

だからこそ、二人が写っているこの写真は色んな意味で貴重だ。


「二人とも撮ったり描いたりする側だからな。誰かが撮っておかないとな?」

「そういうものなのかなー?ま、提督が撮ってくれるなら大歓迎だけどね」

「ちょーっと恥ずかしいですけど悪い気はしませんね。それじゃもう一枚お願いしますよ」

「わか・・おわ!?」

「秋雲さん!」

「りょーかい!!」

「こら!?引っ付き過ぎだ!?秋雲頬が当たってるぞ!?」

「これでいいの!」「ほらほら、笑って笑って!!」


二人に左右から抱き着かれる様に挟まれる。密着状態の中で撮った写真には笑顔の二人と挟まれて慌てる俺の姿が収められた。

その後騒ぎに気づいて起きてきた初雪も巻き込んで写真が撮られ、艦隊アルバムの一ページに加えられることとなった。


駆逐艦『文月』の場合


―夜・艦娘寮―


艦娘寮で睦月型駆逐艦の7番艦である『文月』は自室のベッドで使い込まれた手帳と睨めっこしていた。

彼女の手帳には様々な事が雑多に書き込まれている。


「う~ん・・・」

「どうしたの文月?」


部屋の中でテレビを見ていた同室の『皐月』が唸る文月に声をかける。

視線を手帳に固定したまま文月が答える。


「ちょっと判らない事があるんだ~」

「どんな事?」

「皐月は司令官にお尻を叩かれた事はある~?」

「へあ?お、お尻?僕はないけど、どうしたのさ急に」

「この前白露ちゃんと島風ちゃんが司令官にお尻を叩かれたよね」

「あれは執務室を滅茶苦茶にしたから、その罰じゃないの?」

「でも、別にそんな事をしなくても叩かれてる場合もあるんだ~」

「例えば誰?」

「えっと~・・・」


手帳をぺらぺらと捲って内容を確認する文月。該当する名前の横には数字が書き込まれていた。


「私が見た中で一番多いのは蒼龍さん、飛龍さん、比叡さんかな~」

「そうなんだ・・・あ、今回の調べ物ってそれなんだ。文月も好きだね?」

「うん」


この文月には一つの趣味の様な物があった。疑問に思った事や自分が興味をそそられる物を独自に調査

して提督から送られた手帳に書き溜めるのが好きなのである。


「今までは回数とかだけを記録してたけど、もっと踏み込んで調べようかな」

「踏み込む?」

「そう。叩かれた事がある皆に話を聞こうと思ってるの~」

「いいんじゃない?僕も何か手伝えることがあればいってよ」

「ありがとー」


二人は和気藹々と話していたが、この調べ物が後に各方面に波紋を呼ぶ事になるとは文月は元より

提督も知る由は無かった。


明けて翌朝、非番の彼女は朝食を取った後に今日の艦隊行動予定表を確認して話を聞きに行く

艦娘の予定を確認していた。聞きに行く順番を決めると早速行動に移る事にした彼女は寮から外に出た。


最初に話を聞きに行ったのは蒼龍と飛龍の二人だった。予定表で確認した所によると今日の彼女達は

出撃予定は無しで一航戦の二人と共に弓道場を模した演習場にいる事となっているようだ。


寮から少し離れた場所にあるそこへ行き中に入る彼女。様子を窺うと丁度今は赤城と加賀が弓を射ているようだ。

その様子を蒼龍と飛龍が正座をして見守っている。二人が矢を射るのを止めて戻ってくるタイミングで文月は話しかけた。


「ちょっとお話いいですか~」

「あら?文月さん?」

「?」

「あれ?文月ちゃん?」

「やっほー。珍しいねこんな所に、どうしたのこっちおいでよ」


突然現れた彼女に若干困惑気味の赤城と加賀。飛龍に手招かれてすぐそばに行くとポケットから手帳とペンを取り出して

座った。


「蒼龍さんと飛龍さんに聞きたい事があるの~」

「聞きたい事?」

「何々?お姉さん達に何が聞きたいのかな?」

「どうして二人とも出撃前とか別に何でもない時とかに司令官にお尻を叩かれるの?」

「へ?え・・えーと・・・なんでだろうね?」

「言われてみれば・・・うーん、やらしい感じはしないけどね。激励みたいなものかな?」

「ふふ。二人は親しみやすいから提督も遠慮が無いのかもしれませんね」

「そういうもんですか?」「私のお尻は安くないんだけどなー」

「親しみやすさかー。でも、赤城さんも司令官と親しいけどお腹を摘ままれてるのはどうしてー?」


突如振られた話題にそれまでのほほんとしていた赤城が固まる。蒼龍と飛龍は赤面して笑いを堪え

加賀は顔を背けた。


「赤城さんだけはなんで提督にお腹を摘ままれるの?」

「な、なんででしょうかね?おほほほ」

「柔らかいからじゃないかしら?」

「か、加賀さん!?」

「司令官は柔らかいのが好きなのかなー?だから、赤城さんはお腹に柔らかいバルジを増設してる?」

「あう!?」


見えない槍が刺さったかのように道場の床に赤城が崩れ落ちた。蒼龍と飛龍は堪え切れずに床を叩き

加賀は体を九の字に曲げた。


「加賀さんお腹苦しいの?」

「い、いえ・・・何でもないわ」

「加賀さんは司令官にお尻を叩かれたりお腹を摘ままれたりするの?」

「・・・無いわね」

「そうなんだ。加賀さんはお腹とお尻が固いのかなー?」

「そ、そんな事は!?・・・無いと思うけれど」

「うーん、まだよくわからないなー・・・じゃあ、文月は調査の途中だから行くねー。お邪魔しましたー」


入り口でペコリと頭を下げた文月はそのまま出ていった。残された微妙な雰囲気の中加賀が口を開いた。


「蒼龍、飛龍」

「何ですか、加賀さん?」

「私のお尻は固そうに見えるのかしら?」

「さ、さあ?それは何とも・・・」

「提督もそんな理由で叩くとか叩かないとか決めているわけでは無いかと」

「・・・」


考え込んでしまう加賀と床に寝ころんだままいじけている赤城をどうしたものかと頭を悩ませる二人だったが

取りあえず提督に何か奢らせようという理不尽な結論に達していた。


「今何かとてつもなく理不尽な波動を感じた」

「はあ?訳の分からない事言ってないで手を動かす!早く書類の決裁を済ませるのよ!」

「手厳しい事で。差し入れをしてくれた優しい霞はどこにいったのだろうか?」

「なっ!?べ、別にアンタのために握ったんじゃないわよ!?」

「ほお、差し入れの事は認めるんだな?改めて礼を言う、美味かったぞ」

「ば、バカーーー!?」

「ぶほぉ!?」


提督の顔面に確認のすんだ書類が投げつけられる。衝撃の反動で彼は椅子ごと床に倒れた。


「さっさと確認しなさいよ!!ふん!!」

「あたたた・・・」


執務室で提督と秘書艦の霞がそんなやり取りをしている頃、艦娘寮へと帰ってきていた文月は

戦艦達が居住している階へと来ていた。やってきたのは金剛姉妹達の部屋だった。

ドアをノックすると中から足音が近づいてきて、ドアが開いた。


「はーい。どちらさまで・・・文月ちゃん?」

「こんにちはー榛名さん」

「はい、こんにちわ。何かご用事?」

「うん。比叡さんはいるー?」

「いますよ。さあ、中に入って」

「お邪魔しまーす」


榛名に手を引かれて文月が部屋の中に入る。金剛4姉妹が生活を共にする部屋は結構な広さだった。

リビングのテーブル傍のソファーに金剛、比叡、霧島の姿があった。


「OH!これはキュートなお客様ネー!」

「文月ちゃんだったんだ、いらっしゃい」

「手帳とペン?何かの取材かしら?」


文月が手に持っていた手帳とペンに気づいた霧島が眼鏡をくいっと持ち上げる。

ソファーの一角に促された彼女はそこへ座る。


「今日はー比叡さんに聞きたい事があって来たんだー」

「私に?」

「比叡さんは司令官によくお尻を叩かれてるけど何でー?」

「ええ!?な、なんでだろ?うーん、出撃前とかが多いから気合入れていけみたいな意味かな?」

「気合、と。榛名さんと霧島さんは?」


尋ねられた二人は否定の意味で首を振る。文月は手帳に『無し』と書き込むと

同様の質問を金剛にした。


「お尻を叩かれた事はNOネ。でも、出撃前とか他の時に抱き着こうとしら何故かプロレス技を掛けられるネ」

「それは金剛さんだけなのかな?」

「イエース!きっとあれね、提督は照れているのネー!!」

「司令官は照れるとプロレス技をかける?・・・訳がわからなくなってきたよー」

「所でそれを調べてどうするの?」

「調べた結果を纏めて司令官に聞いてもらうんだ~」

「あら、それは良い事ね。手帳を見せてもらってもいいかしら?」

「うん。こんな感じ~」


文月は霧島に手帳を差し出す。様々な事が書き込まれた彼女の手帳を

一しきり眺めた霧島はそれを返す。


「面白いデータね。これなら司令もきっと喜ばれるわ」

「そお?えへへ」

「頑張ってね、文月ちゃん」

「うん!じゃあ、私はいくねー。お邪魔しました」


手を振って出ていく文月を金剛達は見送る。その中にあって一人だけやたらと楽しげに微笑んでいる

霧島に榛名が声をかける。


「霧島は何か楽しそうね?」

「ふふ。ちょっとね」

「本当にどうしたの?」

「なんでもないわ。さ、紅茶のおかわり淹れましょう」


首を傾げる榛名を押しつつ紅茶のおかわりを淹れる準備に取り掛かる霧島だった。

その後も文月は聞き込みを続け、霧島が予感した騒動が起こったのはそれからしばらくしての事だった。


―数日後・提督室―


今日も今日とて出撃していく艦隊や工廠への指示を終えると本日の秘書艦となった『皐月』と共に

書類を捌く業務に勤しんでいた。決済待ちの書類に判子をついていると、秘書艦用の作業机から

書類の束を抱えた皐月が自分の机の前にやって来た。


「はい、司令官。僕の受け持ち分終わったよ」

「おう。早いな、皐月」

「久しぶりの秘書艦業務だった割には早かったでしょ?」

「それはまず確認を終えてから答えようか?」

「もう!ちゃんとできてるってば!」

「はっはっは!どれどれ・・・うん、問題ないようだ」

「へっへーん。どう?見直した司令官?」

「ああ。さて、少し遅くなったが昼食に行こうか?」

「うん!僕もうお腹がペコペコだよ」


連れ立って部屋を後にして廊下を歩いていく。少し気になる事があったので

横を鼻歌交じりに歩く皐月に聞いてみる事にした。


「皐月、ちょっと聞きたい事がある」

「何、司令官?」

「昨日あたりから少し我が艦隊の雰囲気がおかしい様な気がするのだが、何か知らないか?」

「へ?そ・・・そお?ど、どんな風に?」

「うむ。何とも形容しがたいのだがそう思えてな。それに、今朝は加賀の様子もおかしかった」

「・・・そう言えばそうだったね」


今朝、艦隊旗艦として出撃する前に部屋に来ていた加賀とのやり取りを思い出す。

作戦に当たっての確認事項を済ませ出撃を下令した所まではいつも通りだった。


「・・・以上だ。武運を祈る」

「了解しました・・・あの、提督」

「どうした?」

「・・・一つお願いがあります」

「お願い?」

「はい。私に気合を入れていただけないでしょうか?」

「気合を?加賀に?」

「はい」


そうは言われたものの目の前の加賀はいつもと変わらず気が緩んでいるようには見えない。

気力体力充実している者に気合を注入するというのも難題である。

こちらがそんな風に逡巡していると加賀は背中を向けた。


「どうぞ」

「あー・・・よし、行って来い加賀」


手加減して背中を叩いてやる。気合を入れてくれと言って背中を向けたのだから激励の意味で

背を叩いて欲しいと言っているのだと解釈した。


「・・・加賀、出撃します」

「う、うむ」


激励したはずなのに、トボトボとした足取りで出ていく加賀の後姿が妙に煤けて見えたのがやけに印象的だった。

そんな事を回想していると食堂へとたどり着いた。


「あれはなんだっんだろうな?」

「う・・・うーん(まさか文月の調べ物が影響してるのかな?)」


食堂のドアを開け中に入る。昼食前段の後半の時間だったが、それでも席の半分弱程は

埋まっているようだ。


「あ、司令官~!こっちこっち!」

「ん?文月?」


テーブルの一つから文月が手を振っている。文月と一緒に座っているのは睦月と如月のようだ。


「僕がご飯を持ってくるから司令官は先に行ってて。A定食でいい?」

「ああ。頼んだ」


皐月と別れ文月達がいるテーブルへと歩み寄る。文月はいつもの様にニコニコしているが、一緒に座っている

睦月は何故かもじもじしており、如月は意味ありげな視線をこちらに送ってきていた。


「邪魔するぞ」

「い、いらっしゃいませです提督」

「如月の隣にいらして、うふふ」


如月の横に腰かける。対面には文月、斜め右には睦月という配置だ。彼女達は既に食事を終えているらしく

テーブルの上には薬缶と湯呑が人数分あるだけだ。


「お茶をど、どうぞ」

「ありがとう、睦月。所で何をそんなに緊張している?」

「ええ!?そそそそそんな事ないにゃしぃよ?」

「噛んでるぞ。何かあったか?」

「あったといか何というか。取りあえず、文月ちゃんの報告を聞いてあげて」

「報告?」

「えへへ~司令官、文月また調べ物してきたんだよ~」

「ほお。今度は何を調べてきたんだ?」

「司令官がお尻を叩く艦娘についてだよ~」

「・・・・うん?」


いきなり雲行きが怪しくなった。同時にさっきまでざわついていた食堂内が水を打ったように静まり返る。

他の席にいる艦娘達からの視線の集中砲火が俺の座るテーブルへと注がれた。


「ふ、文月?」

「えっとねー司令官は『親しみやすくて胸とお尻が大きい艦娘』のお尻を叩いてるって結果になったのー。あってる?」

「ど、どういうことだ?状況がよく呑み込めないんだが・・・」

「私が調査した結果だとこうなってるの」


文月から書類が一枚差し出される。そこにはどんな状況でどの艦娘がお尻を叩かれていたかの詳細なレポートが

書かれていた。


「う~む・・・確かに叩いてるな」

「でしょ~?それで本題なんだけれどなんで司令官はお尻を叩いているの?」

「気合を入れて送り出す・・だろうか?」

「それだけなの?」

「何となく・・・叩きやすいから?」

『何よそれー!!?』

「おわ!?」


食堂内に残っていた他の面子の一部が俺達のいるテーブルに詰めかけてきた。

先程まで静かだった食堂が一気に騒がしくなる。


「私のお尻を何となくで叩いてたの!?酷いわよ!」

「落ち着け蒼龍!今のは言葉の綾みたいなもので・・・」

「女の子のお尻はデリケートなんですからね!太鼓みたいに叩くものじゃないんですよ!」

「待て待て飛龍!そこまで激しくしてはいないだろ!?」

「それで司令官、蒼龍さんと飛龍さんどちらの叩き心地がよかったのですか?」

「それは・・・こら!どさくさまぎれに何を聞いてるんだ青葉!?」

「いいじゃないですか!さあ、いったいどちらのお尻がよかったのかわあ!?」


別のテーブルで古鷹や加古と座っていた青葉がいつの間にかやってきていた。

迫ってきていた青葉を後ろから慌てて古鷹が引きはがす。


「青葉!もう、今から訓練なんだから行くよ!提督、すいませんでした」

「ああ、いや助かった。訓練頑張って来い」

「はい!ほら、加古も」

「ヘーイ。んじゃ、ちょっくら行ってくるね。後でどうなったか聞かせてねー」

「わああ!?離してくださいよー!?」


青葉を引きずったまま古鷹がペコペコ頭を下げながら食堂から加古と共に出ていく。

乱入者のおかげで場がかえって落ち着いたのか気を取り直した飛龍がこちらに視線を向ける。


「とにかく、今度から気合を入れるなら別の方法にしてくださいね?」

「ならば今朝の加賀の様に背中を叩くとかか?」

「え・・・?」


その言葉を聞いた二人は顔を見合わせると深いため息をついた。

そしてまたこちらに詰め寄って来た。


「もおーー!どうしてそこで加賀さんのお尻を叩かないんですか!?」

「はあ!?今別の方法を考えろといったばかりじゃないか!」

「それはそれ!これはこれなんです!!」

「訳が分からん。大体激励の意味を込めるにしろ、加賀の尻を叩くのはちょっと」

「同じ一航戦の赤城さんのお腹は摘まんでるじゃないですか。それなら加賀さんのお尻だって叩けるはずです」

「いや、その理屈はおかしい」

「出来ますって!諦めちゃ駄目です!」


二人揃ってえらく加賀に気合を入れろと言ってくるが、仮に加賀の尻を気合を入れるために叩いたら瑞鶴以上の爆撃が

執務室を襲って全壊する未来しか見えない。


「ああ、もう・・・埒が明かん。睦月、如月と文月も手伝ってくれ」

「は、はいなのです」「うふふ」「は~い」

「蒼龍!飛龍!回れーー!右!!」

「は、はい!!」「わ!?」


突然号令をかけたにもかかわらず律儀に回れ右をする彼女達。間髪入れずに

席を立って4人で強引に蒼龍と飛龍の背中をグイグイ押して食堂の入口へと追いやっていく。


「やだやだやだ!まだ話は終わってないのに!?」

「ほらほら、二人とも午後から他艦隊との演習だろうがいったいった」

「ひゃん!?提督お尻を揉まないでよ!?」

「俺は何もしとらんぞ」

「私です。うーん、飛龍さんのお尻は張りがあるわね・・・えい」

「あん!?ききき如月ちゃん!?」

「蒼龍さんは本当に柔らかいわね。これは司令官も病みつきになるのも頷けるわ」

「誤解を招くからそういう言い方は止めてくれ」

「わあ~!ほんとだ~蒼龍さんはふんわりしてて飛龍さんはモチモチしてる~」

「ひゃあああん!文月ちゃんまでー!?」「文月ちゃん、くすぐったいってば!?」

「あわわ!どどど、どうしたら?」

「考えるな睦月。押せ押せ!!二人とも話はまた今度だ」

「絶対ですからね!」「この埋め合わせはしてもらいますから!」


あれやこれやと言いあいながらどうにか二人を食堂から追い出してようやくひと段落した所で

席に戻ると皐月が苦笑しながら俺達の帰りを待っていた。


「お帰り皆。大変だったね、特に司令官」

「やれやれだ。待たせてすまなかったな、早速食事にしよう」

「うん」


やっとの事で昼食にありつけた。黙々と食べる俺の横で皐月は睦月たちと談笑交じりに和やかに食事をしている。

微笑ましい光景を見ながら味噌汁啜った。


「ねえ、司令官?」

「んん?」

「如月のお尻を触ってみない?」

「ぶふっ!?げっほごほ!何をいっとるんだ・・・」

「空母の二人にはボリュームで負けるけど、張りは負けてないと思うわよ?ねえ、文月ちゃん?」

「うん!負けないよ~!」

「勘弁してくれ・・・」


眩しい笑顔で言う文月とからかいを含んだ微笑で言ってくる如月。助けを求めるため彼女達の

長女にあたる睦月に水を向けた。


「睦月何とかしてくれ」

「ええ!?えーっと、そのほら二人とも提督困ってるよ」

「そうかしら?如月はもっと司令官と親密になりたいのに・・・触ってくれないの?」

「・・・」

「ひゃ!?司令官!?」


無言で隣に座る如月の髪を手櫛で梳いてやる。普段から髪に気を使っている彼女らしく

とてもサラサラしていてた。


「あああのあの、司令官?」

「なんだ如月?触って欲しいのではなかったのか?流石によく手入れされてるな」

「そ、そこじゃなくて・・・や、やあ」

「おおー!?あの如月ちゃんが照れてる!」

「全く、照れるくらいなら迂闊にそんな事を言うな」

「だ、だって・・・うう、司令官は意地悪だわ」

「ふん!大人をからかった罰だ・・・と、いかん!早く飯を食べないと午後の執務に差し障る」

「あわわ!?急がなきゃ!」


騒いだりしていたせいで既に昼食後段の時間になっていた。閑散としていた配膳カウンターの周りに

艦娘達が列を作りはじめている。皐月と共に慌てて残りの食事を掻きこんで食堂を後にした。


「さて、睦月たちもそろそろいこっか?」

「そうね。艤装の手入れをしておかないと」

「は~い」


席を立つ三人。先頭に立った文月はまたメモを開いて何かをチェックしていた。


「う~ん、次はどれを詳しく調べようかな・・・あ!今度はこれにしよ~」

「次は何の調査?」

「えっとねー『司令官とお風呂に入った事がある艦娘』だよ!」

『え・・・?』

「文月は何回か一緒に入った事があるから~他の娘達にも話を聞いてみよー」


文月の衝撃発言に固まる睦月、如月は元より周りで聞いていた艦娘達がどよめきを上げ

食堂は一時騒然となった。


―数日後・提督室横の専用風呂―


日もとっぷりと暮れた数日後の夜、提督室の少し先にある風呂場に俺はやってきていた。

頼んでいた風呂の完成の連絡を受け、少し浮き足立ちながら扉を開ける。


「おおー!!これが岩風呂か」

<どうですかい、大将?ばっちり仕上げやしたぜ>

「大満足だ」

<家具妖精冥利に尽きますな。それでは、こちらに確認の判子を>

「うむ。ご苦労だった」

<では、あっしらはこれで>


去っていく妖精達を見送る。改めて豪勢なつくりの風呂をじっくりと眺める。

褒賞としてもらった権利で特注家具職人にこの風呂を頼んだが非常に満足する結果となった。


「これで日頃の疲れも癒せる」


提督になってからというもの碌に趣味に時間を割く余裕も無い。現状で出来るのは

温泉巡りが好きだった事を鑑みて風呂を豪華にしてみることだった。


「前の檜風呂もよかったが、こちらは風情があるから旅情気分も味わえるな」


感動もそこそこに早速入ってみる事にした。風呂の大きさは大の大人が3~4人ほど

ゆっくり浸かれるスペースがあり一人だと持て余し気味だ。


「だが、それがいい。そう風呂っていうのは独りで静かで豊かで・・・」


独り言を呟きながら提督は心ゆくまで風呂を堪能するつもりでいた。

そこから少し時間は遡り、艦娘寮の手前では大浴場に向うため伊勢型二番艦の『日向』が姉の『伊勢』を所在なさげに待っていた。

そんな彼女の横を凄い勢いで艦娘の一団が通り過ぎて行った。


寮からそんなに離れていない庁舎へと向かう艦娘達の後姿を薄眼で見やる彼女。

その後姿が視界から消えさってしばらくして、日向へ声がかけられた。


「ごっめーん!日向お待たせ!!」

「遅いぞ、伊勢」

「ごめんごめん、じゃあいこ」

「待て」

「へ?なんで?」

「面白い事になるぞ」

「???」


妹のいう事が分らない伊勢が首を傾げる。そうしていると庁舎の方から声が聞こえてきた。


<いっちばーん風呂!!>

<しれぇ!!お背中流しに来ました!!>

<おー!?こいつは豪勢だね!!>

<ろーちゃん、日本の温泉は初めて!ですって!!>

<かぁー!!お湯が沁みるねぇ!!>

<わあ~凄く広いよ、皐月>

<うん!泳げそうだね!!>

<お前たち何しに来たあああ!!>


提督の絶叫と楽しそうな艦娘達の嬌声が庁舎の方から聞こえてくる。

伊勢は呆然として日向は押し殺したように笑う。


<提督!タオルは温泉じゃ巻いちゃ駄目!ですって!!>

<こら!ろーちゃん、止めなさい!?>

<いいぞー!引っ張れ、引っ張れ!!>

<裸の付き合いってやつさ!>

<涼風も谷風も煽ってないで止めんか!?>

<ドーモ=テイトクさん、憲兵です>

<誰だお前はああ!!?>

<<いやあああ!?変態はでてけえええええ!!>>

<アイエエエエ!?艦娘さんなんでええええ!?>


庁舎の壁が壊れるような破壊音と誰かの絶叫が響き渡る。続いて提督の『おわああ!?特注の壁が!?』

という悲鳴が聞こえてきた。


「くっくっく・・・いや、私達の艦隊は本当に愉快だ」

「止めないでいいのあれ?」

「まぁ、提督がどうにかするさ」

「どうにかなるのかなー?」


寄りかかっていた壁を離れると日向は伊勢と連れ立って大浴場へと向かった。

今回の騒動は食堂での文月の発言に端を発し、そこから青葉によって『提督が近々新しい専用風呂を作る』という情報が齎され

て起こったことだった。


その後提督が騒動の責任を取らされ、事態の収拾に当たった艦娘に間宮でデザートを奢らされたりもした。

ちなみに、提督専用風呂は壁の補修が終わるまで使用不能になった。


艦娘と提督の夏のある一日の場合


-提督室-


書類を書く手を止めて窓の外を見る。燦燦と降り注ぐ陽光とけたたましい蝉の声、季節は夏を迎えていた。

抜けるような青空をしばし呆然と眺める。


「夏だな・・・」

「そうだね~あー暑い・・・」

「暑いな」

「とけそう~」

「はあ・・・まさかエアコンが壊れるとはな」

「ね~」


午前の執務を開始してまもなくして突然部屋のエアコンが壊れてしまった。当然修理を頼んだのだが

エアコン自体が壊れてしまっているらしく今業者に頼んでエアコンを探してもらっているところだ。


「提督もTシャツ一枚になれば?夏の略装っても暑いっしょ?」


制服を脱いでシャツ姿になった鈴谷が団扇で自分を扇ぐ。自慢の甲板ニーソも脱いで

ソファーの背もたれにかけていた。


「そういうわけにはいかんだろ。指揮官がたるんだ姿を見せてどうする」

「見てるこっちが暑いのー」

「とにかく、もう少しで休憩だ。それまで頑張れ」

「はーい・・・えっと、報告に来るのは足柄に五月雨ちゃんか。早く来てくれないかなー」


そう鈴谷がぼやいた瞬間、バーンと入り口が開かれ上機嫌な足柄が鼻歌を歌いながら

入室してきた。


「今日も大勝利よー!!はい、これ報告書ね」

「ご苦労」

「おつかれ~」

「二人とも元気ないわね?鈴谷は制服まで脱いじゃって」

「だって暑いしー・・・足柄が元気すぎるだけだって」

「そうかしら?さ、勝利を祝ってカツカレーを食べないとね!」

「カツカレー・・・胃がもたれそう」

「今日は素麺にするか」


そんな事をいっているとハンガーラックの所へ移動していた足柄が

そこへかけられている鈴谷の上着を手に取っていた。


「ちょっとかりるわよ」

「へ?ああ、うん・・・いいけど、どうするの?」

「こうするのよ!」


おもむろに自分の制服の上着を脱ぐとハンガーから外した鈴谷の制服を

足柄が着込む。そしてポーズを決めた。


「航空巡洋艦『足柄』よ!どうかしら?」

「うわぁ・・・」

「無茶しおってからに」

「二人ともその反応酷くないかしら!?折角笑いで暑気払いしようとしたのに!?」

「いや、まあ引くには引いたが・・・」

「ドン引きの方だよねー」

「失礼ね!?」


ぷりぷり怒った足柄が退出した所に今度は五月雨と春雨の二人が哨戒任務の報告のため

にやってきた。


「提督、戻りました」

「作戦完了です、はい」

「おう。二人とも暑い中ご苦労だったな」


戻ってきた二人を労っているとふと春雨の帽子に目が留まると同時に

先ほどの足柄の件で思いついた事があった。


「春雨、ちょっと帽子を貸してくれないか?」

「はい。いいですけど」

「提督・・・まさか?」

「違う、違う。五月雨、ちょっとこっちにこい」

「?」


素直に横に来た五月雨に春雨の帽子を被せてやる。その姿をしげしげと

眺める。


「ふむ、流石に姉妹艦だけあって似合うな」

「そ、そうですか?なんだか恥ずかしいです」

「ふふ。似合ってるよ五月雨」

「ありがとう、春雨姉さん」

「いいじゃん。私もそういうワンポイントが欲しいよねー」

「お前には航空甲板とかニーソがあるじゃないか?」

「わかってないなー提督は」

「そうですよ、提督!」

「提督さん、それは駄目だと思います。はい」


ジト目になった三人から盛大に駄目だしをされた。そんなこんなで午前の執務に一区切りがついた所で

涼を求めて食堂へと移動した。


「そう言えば午後からビーチバレーの視察だったよね?」

「ああ、名目上は訓練だがな。最初、長門から話があった時は何のことだと思ったがな」

「あはは!しかも肝心のルールはむっちゃん任せだったんでしょ?」

「そうだ。まあ長門らしいというか・・・取り合えず午後はビーチバレーの視察がメインだ」

「白露とか漣達が張り切ってたもんね」

「たまの息抜きだ。楽しんでくれたならなによりだな」


昼食を終えた俺達は若干残っていた執務を終わらせてから、早速ビーチバレーが行われている砂浜のほうへと移動することにする。

移動する前に間宮に頼んでおいたクーラーボックスを受け取り、庁舎の玄関を出た所で陽炎と不知火に出会った。


「あ、司令」

「司令も今から出られるのですか?」

「おう。手荷物が無いようだが、水着はどうした?」

「水着ですか?この通りです」


ぺろっと不知火がスカートをたくし上げる。いつもはいているスパッツが無い代わりに

下に水着を着ていたようだ。


「ははは!気の早いやつだな」

「わお!スカート捲り上げるなんて、ぬいぬい大胆~!!」


俺達の言葉を受けても不知火はきょとんとするばかりだ。


「陽炎に先に着ておけと言われたので。何か不知火に落ち度でも?」

「いいから早くスカートを下ろしなさいってば!?司令もまじまじみないの!」

「何をそんなに怒っているんですか?陽炎だってほら」


そういうと不知火が陽炎のスカートを捲り上げる。こちらも水着をあらかじめ着込んでいたようだ。

いきなりの事に半ば呆然としていた陽炎だったが我に返ってスカートを押さえた。


「キャー!!?ちょっと、不知火!?」

「どうしました?」

「どうもこうもないわよ!?しんじらんない!!」

「いひゃいです、陽炎」


陽炎が不知火の頬をつまんでぐにゃぐにゃしている。やられている不知火は平然として

いた。


「陽炎も着ていたのか。しかし、水着なんだからそう騒がんでもいいだろう?」

「気持ちの問題なの!?怒るわよ!!」

「ぐわああ!?ギブギブ、もう怒ってるじゃないか!?」

「ほんとデリカシーがないんだから!?」

「まったくです」

「あんたもよ!?」

「あははは!!うけるんですけどー!」


何故か陽炎にヘッドロックをかけられて締め上げられたりしながら、4人で

会場となっている浜辺を目指した。


-鎮守府内・ビーチバレー大会特設会場-


運営用に設けられたテントの所へ移動する。先日陸奥から手渡された

競技の進行予定などが記されたスケジュール表に目を通しながら会場の様子

を観察する。


「おーい!午後の部が始まるから用意の終わった奴は艦種別に整列しろよー」

「急いでね~」


水着姿の天龍、龍田コンビが周辺に指示を出している。バレー大会は二名1チームで構成される都合上と任務との兼ね合いも

合って当然参加率は駆逐の艦娘が多くなるのでその列も長いものになっていた。


「ふむ、若干スケジュールに遅れがでているのか」

「しょうがないじゃん?こういう企画うちの艦隊じゃはじめてだし」

「そうだったな。我が艦隊も少しは余裕が出てきたという所か」

「そうだよねー。私が来た頃はまだまだかっつかつだったしー提督も必死だったもんね」

「ああ・・・苦い思いでもたくさんあっていたたまれんがな」

「まあまあ、そろそろ始まるみたいだし見て回ろうよ」

「おう、そうだな」


鈴谷を伴って会場を回る。元気のいい掛け声が木霊する中、試合のもうすぐ始まる

コートのひとつへと近づいた。


「あ、提督さん」

「あら?あなたやっと来たのね」


艦娘指定水着姿の瑞鶴と葛城がこちらに気づいたようで近づいてきた。


「二人ともこれから試合のようだが、準備は万端か?」

「当然よ!瑞鶴先輩と私なら絶対勝つわ!!」

「だそうだが?」

「そ、そうね・・・あははは」

「?」


溌剌とした葛城と対照的に瑞鶴は少し引き気味のようだ。勝気な彼女にしては

珍しいので首をかしげる。そこへ、彼女たちの対戦相手である浜風と浦風がやってきた。


「提督、お疲れ様です」

「提督さん、きたんやね」

「おう。二人とも気合は十分か?」

「まっかしとき!」

「全力を尽くします」

「いい返事だ。両チームとも怪我の無いように試合に臨んでくれ」

「絶対かつけんねー!!」

「負けないわよ!!」


ほどなくして審判を担当する長門から両チームへ集合の合図がかけられたので俺と鈴谷はコートの傍に設けられた

観戦用のスペースに移動する。パラソルの下にビニールシートがおかれた場所には先客がいた。


「お?やほー雲龍に天城じゃん」

「お疲れ様です、提督に鈴谷さん」

「お疲れ様、二人とも。ここ、空いてるわ」

「邪魔するぞ」


雲龍の横に鈴谷と共に座る。ちょうど試合が開始され、4人で並んで観戦する。

暑い日差しの中気迫の声が響き渡る。

ひたむきに打ち込む彼女達の姿を見ていると少し懐かしい物を覚えた。


「うむ。いいものだな」

「提督はスケベね」

「何故だ!?」

「浜風とか浦風のおっぱいが揺れてる事をいったのではないの?」

「違う。頑張っている姿を見た感想をいっただけだぞ?」

「そう。御免なさいね、提督は大きい胸が好きと聞いたものだからてっきり」

「あのな・・・」


前のレポート騒動で広まった事に関しては解決したものばかりだと思っていたが

存外根が深かったようだとゲンナリする。


「でも、妹の葛城は胸は無いけどお尻は素晴らしいわ。よく見てあげてね」

「いやいや、何をいっとるんだ」

「天城は胸もおしりもバランスが取れていて、しかも料理上手よ」

「雲龍姉さん、えっーと、その・・・」

「確かにそうだが、いったい何の話だ?」

「妹達の魅力をアピールしているの。いけない?」

「本当に掴みどころの無いやつだな、お前は・・・まあ、それが個性という事か」

「褒められてるのかしら?」

「た、たぶん・・・」


他愛の無い会話をしながら試合を眺めていると視界の端に影が写った。

視線を向けるとそこにいたのは翔鶴と秋月だった。


「提督、こちらにいらしたのですね?」

「提督、お疲れ様です!」

「二人ともおつかれだな。観戦か?」

「はい、瑞鶴達の応援にきました」


二人がちょうど座ろうとした時、ジャンプした浜風が強烈なスパイクを打って

それを葛城がレシーブした。所がその弾かれたボールがこちらに突っ込んできた。


「うお!?」

「いけない!」


素早く割り込んだ秋月が手を伸ばしてさらにボールを弾くが

ボールを掠めた際にさらに軌道がかわり翔鶴に向かう。


「きゃあ!?」

「翔鶴!!」


咄嗟に彼女の細い腰に腕を回して座らせる様にこちらに引き込むが強引だったため

翔鶴の後頭部がぶつかった上に後ろの鈴谷まで巻き込んで倒れてしまった。


「ぬおお・・・二人とも無事か?」

「なんとかね。あーびっくりした」

「は、はい。すいません、提督。ご迷惑を」

「翔鶴姉、提督さん!秋月も怪我は無い!?」

「私は大丈夫よ」「秋月も大丈夫です!」

「そう、ならよかったけど・・・本当に大丈夫?」

「あ、ああ・・・問題ないぞ」


瑞鶴の反応に違和感を感じてしまう。俺と翔鶴が密着状態になろうものなら

即座に爆撃してきそうな物だが何もしなかった。


「御免なさい!こんな事になるなんて・・・」


葛城が責任を感じてしょぼくれてしまう。さっきまでの威勢も吹き飛んでしまう

落ち込みっぷりだった。


「気にするな。大したことは無い」

「で、でも・・・」

「まだ試合は途中だぞ?こちらは気にせずいってきなさい」

「葛城、行こう」

「は、はい!!」


心配ないといって二人を送り出す。試合が再開されたが二人の手前強がってみたものの痛みで

どうにも集中して見れない。


「アッキー、ごめんだけどおしぼりとアイスノン持ってきてくれるかな?」

「はい!すぐにとってきますね!!」

「ありがとね。で、提督はこうね」

「おわ!?」


鈴谷の膝に頭を載せられて固定されてしまう。

身を起こす暇も無く運営テントからすごい速さで戻ってきた秋月から手渡されたおしぼりとアイスノンが

あてがわれた。


「ここまでせんでいいぞ」

「いいからいいから、提督はのんびり観戦すればいいの」

「そうはいってもだな・・・」

「ここにいるのはうちの艦隊だけだし、提督の良い所もだらしない所も皆しってるっしょ」

「・・・ふう、わかった」

「そうそう、素直が一番」

「では、私は団扇で扇ぎますね」

「秋月はボールからお守りします!」

「ねえ、天城?」

「なんですか?」

「これがハーレムっていうやつなのかしら?」

「それはちょっと違うと思いますけど・・・」


結局そのまま痛みが治まるまで鈴谷の膝に頭を乗せて観戦を続行した。

試合結果は先ほどの一件で動きに精彩さをかいた瑞鶴ペアの隙を突いて浜風と浦風ペアの勝利となった。

コートのほうから二人がこちらにやってくる。


「はぁー負けちゃった」

「いい試合だったわ」

「そうよ。だからそんなに落ち込んじゃ駄目よ」

「雲龍姉、天城姉・・・うん、でも悔しいー!」


悔しがる葛城を姉二人が宥める。一方の瑞鶴も翔鶴や秋月から労いを受けていたが

どこか上の空だった。

その後一人で休憩したいと言い残してその場から立ち去っていった。


「提督」

「ん?」

「行ってくれば?気になるんでしょ?」

「そうだな。すまんが、皆の応援を頼めるか?」

「任せてよ。ほらほらいったいった」


これももっていけと渡された大和特製のラムネを携え、瑞鶴が向かっていった

海岸の岩場へと足を踏み入れる。

磯の一角で海を見つめる瑞鶴を発見しそっと近づき頬にラムネを当てて驚かした。


「ひゃあ!?な、なに!?」

「何を黄昏てるんだ?」

「て、提督さん・・・べ、別に黄昏てなんか」

「隣座るぞ。あとこれは差し入れだ」

「うん・・・」


互いにラムネを一口飲んで一息つく。波の寄せる音に耳を澄まし

ていると瑞鶴の方から口を開いた。


「ねえ、提督さん。私ちゃんと先輩できてるかな?」

「ん?ああ、葛城のことか」

「うん。あの子から先輩って慕われてるけど正直自信なくて・・・」

「・・・」


瑞鶴は今まで一航戦の二人、特に加賀に対して対抗意識を燃やして

彼女に追いつけ追い越せと追う後輩のような立場にあった。


「後輩ができて戸惑っているわけだな」

「うん。まだ、私自身そんな先輩なんて呼ばれるほど実力があるかどうかわかんないから」

「・・・瑞鶴、今の我が艦隊の空母総代は赤城だな?」

「え?それはそうだけどどうしたの?」

「まだ正式に決まったわけではないが翔鶴型の新たな改装が予定されてる」

「ええ!?じゃ、じゃあ私か翔鶴姉が改2になるってこと?」

「そうだ。そして、それがなされた暁にはお前を新たな空母機動部隊の長として据えようと俺は考えている」

「ちょ、ちょっとまって!?私が!?」

「そうだ。お前には赤城同様に機動部隊の長として翔鶴、雲龍、天城、葛城達正規空母を率いてもらいたい」

「そ、そんな・・・私には荷が重いよ。それこそ加賀さんとかが適任じゃ・・・」

「瑞鶴、お前が着任したとき言った言葉を覚えているか?」

「え?う、うん」


航空母艦『瑞鶴』はマリアナ沖海戦まで一度も被弾したことが無いといった風に様々な幸運なエピソードの多い幸運艦として名高い。

だが、その艦娘である彼女の着任時の挨拶はそれを否定していた。


「その言葉通りお前は加賀を追い越そうとずっと努力を続けてきた」

「うん・・・」

「そして、今やお前の実力は赤城達に比肩する程成長した」

「そう・・・なのかな?」

「うむ。だからこそ、一生懸命なお前の姿はきっと後輩達を導いてくれると考えている」

「私にできるかな?」

「できるとも、瑞鶴お前ならば」


そういうと瑞鶴は残ったラムネを一飲みすると大きく息を吐いた。

先程までの憂い顔は消え去り、瞳に力が宿ったようだ。


「そうよね・・・うじうじしたって始まらないわ。私は私らしく進めばいいんだよね?」

「そうだ。お前はお前のまま歩め、それを支えるのが俺の役割だ」

「提督さん、その・・・ありがとね」


そう言う瑞鶴の顔には笑顔が浮かんでいた。元気を取り戻した彼女と共に

俺は再び会場へと戻り応援を続けた。


-1930:ビーチバレー大会打ち上げ会場-


「皆、今日はお疲れ様だった。これからも各々体力向上に努めてほしい!それでは乾杯!!」

『乾杯ー!!!』


大会実行委員長である長門の短い挨拶と共に打ち上げが行われる。

砂浜各所に配置された半分に切られたドラム缶をバーベキューコンロにした会場では各々が今日の事から色んな出来事について談笑に花を咲かせていた。


「よー提督ーー!!飲んでるかーい!?」

「隼鷹、あまり飛ばしすぎるなよ?」

「だーいじょうぶだって!ちゃんと自重すっからさー」

「その台詞を何度聞いたことか・・・」


当てにならない隼鷹と他愛の無い会話をしたり、ビスマルクやリンに本場のドイツビールをもらったり

しながら参加した艦娘達と歓談を続けていると、お決まりのキャンプファイヤーの時間となった。


「キャンプファイヤーキタコレ!!」

「野分、踊ろうよ!それ、ワンツー!」

「わ!?舞風、急に引っ張らないで!」


舞風達が踊りだすとそこに数名が加わりキャンプファイヤーを囲むように輪ができる。

数名なんだか盆踊りのようになっているが楽しければまあ良いだろうと思う。


「提督」

「鈴谷か。今日はお疲れ様だったな」

「提督もね。それで、問題は解決したみたいだね」

「ああ」


俺達の視線の先には瑞鶴と葛城たちが楽しそうに話している姿があった。

ほかの面子もめいめいに楽しんでいるようだ。


「なんだかお祭りみたい」

「全くだな。我が艦隊も人数がぐっとふえて随分と賑やかになった」

「そうだねーふふ、でもうちは最初から賑やかだったしね」

「そうか?」

「私が着任したときの事覚えてる?」

「お前の着任・・・あ!?」

「あの時は丁度大規模作戦の真っ最中だったでしょ?それでぼろぼろな皆に提督が叱られてたしね」

「あ、あれはだな・・・」

「魚雷艇で榛名さん達を迎えに行ったんだっけ?」


提督となって初めての大規模作戦に参加した数年前の戦い。敵集結地へと侵攻した各鎮守府部隊の中に我が艦隊もあった。

攻勢は成功を収め、敵勢力の排除はできたが旗艦であった榛名からの『我、作戦を完遂すれども大破艦多数』の報告を受けいてもたってもいられず、残敵が存在している海域へと魚雷艇で迎えに行ったのだ。


「顔から火が出るほど恥ずかしい。指揮官としてあるまじき行動だった」

「あはは!私が来てる事に皆しばらく気づいてなかったもんね」

「すまなかった・・・」

「でも、その後皆が笑顔で『ようこそ、我が艦隊へ!』って言ってくれた時は本当に嬉しかったよ」

「そうか・・・」

「これからもずっと賑やかな艦隊でいようね、提督?」

「おう・・・これからも頼むぞ、鈴谷」

「ふふ、じゃあ締めくくりは鈴谷にお任せ!!」


立ち上がった鈴谷が浜辺に用意された花火に数名と共に火をつける。打ち上げられる花火の虹彩が夏の夜空を鮮やかに彩り

それに照らされた鈴谷のはじけんばかりの笑顔が輝いていた。


本当は怖い『ケッコンカッコ仮』の場合


※今回の話において本作の主人公である提督及びその所属艦娘達とこの章で登場する別の鎮守府の提督との直接の関係はありません。

 陰鬱な展開並びに艦娘の轟沈描写などがある事をご了承の上お読みください。


-横須賀鎮守府正門前-


夏は過ぎ去ったがまだまだ残暑の残るある日、横須賀鎮守府の正門前に一人の提督が佇んでいた。

警衛所でのチェックを受けて無事中に入ったその提督は案内役が来るということで手近な木陰で待つ事にした。


「あっつー・・・」


20代後半くらいの若い提督は気だるげな声を出しながら手で顔を仰ぐ。

暦の上では秋に入っているはずなのに今だ蝉の鳴き声が聞こえてくるので余計に暑さが増しているように

感じていた。


「あ!?」

「?」


女の子の声がしたのでそちらを振り向くとその提督は目を見開いて驚いた。

彼の驚きに気づきもせずにその女の子が近寄ってくる。


「お待たせしましたー!研修にこられた提督ですよね?」

「あ、ああ・・・」

「私が庁舎までお連れします!ささ、行きましょう!!」


元気な声をかけながらその女の子いや艦娘は提督の手を取ると歩き出す。

不意の行動に彼は酷く動揺していたが、彼女のなすがままに提督は歩き出した。


「な、なあ?」

「はい?何ですか?」

「君は・・・俺とあった事ある?」

「ううん、ないよ・・・じゃなかった、ないですね。あはは!もしかして、ナンパですか?」

「い、いやそんなんじゃないんだが・・・」


彼の質問を無邪気に茶化すと気にせず彼女は歩き出す。一方の提督はしきりに彼女と繋がれた手の方とは

逆の手、特に指の辺りをチラチラ伺いながら庁舎の方へと歩いていった。

庁舎前に着くと彼らを出迎えるように係官が待っていた。提督を連れてきたその艦娘が元気よく報告する。


「提督をお連れしましたー!」

「ご苦労様です。提督も遠路はるばるようこそ」

「いえ」

「じゃあ、私はこれから演習があるのでこれで失礼しますねー!」


さっと敬礼すると軽やかに身を翻し彼女は照りつける日差しの中に消えていった。

その後姿をまるで幻でも見るように提督は見送っていた。


「提督、行きましょうか?」

「了解です」


庁舎の中に入った提督は目的の場所に向かう途中で係官から説明を受けていた。


「面談ですか?」

「ええ、研修を受ける前にですね。何でも他の鎮守府の若手の声を近に聞きたいとの事です」

「はあ・・・さして話せる事も無いとおもいますが」


他所の鎮守府、しかも始まりの鎮守府である横須賀に着てまでお偉いさんの気まぐれに

付き合わされる事に彼はげんなりし、それ以上に先程あった艦娘の事で気分は完全に上の空だった。


そのためいつの間にか目的の部屋の前まで来ており、係官の声でようやく我に返った。

中から入室を促され彼の後に続いて部屋の中に足を踏み入れる。


その部屋は酷く殺風景だった。元々会議室のようだが、今は部屋の真ん中に椅子がぽつんとおかれ

暗幕の下ろされた窓際に長テーブルが一つありそこには4つの人影があった。

其のうちの三人は提督のようで、立っているのは真ん中に座る人物に寄り添うように立つ駆逐艦の艦娘だった。


「元帥、提督をお連れ致しました」

「!!?」


係官の言った言葉に驚愕する。お偉いさんなんて精々中将か少将あたりだろうと高を括っていた彼の予想は

大きく外れる。彼を待っていたのは各鎮守府に数十名程度しかいないとされる精鋭中の精鋭の艦隊を指揮する者に

のみ与えられる称号を持つ雲上人だった。


「ご苦労、下がり給え」

「は!」


係官は敬礼して退出し、残された彼は石像の様に固まったままその場に取り残された。


「どうした?」

「は・・・!?あ、いえ失礼しました!!」


あまりの事に呆気にとられていた彼は慌てて敬礼をしようとするが、元帥は手を振ってそれを静止した。


「構わん、取り合えずかけてはどうかな?」

「は、は!」


促されるまま慌てて提督は椅子に腰掛ける。だらだらと背中に冷や汗をかきつつどうにか平静を装おおうと

した。


「緊張しているようだな、まあ楽にしなさい」

「は、はあ・・・」

「さて・・・」


その元帥は手元にある資料と彼の顔を交互に見ながら頷くと資料を机に置いた。

そして両肘を机について某アニメの司令の様な姿勢をとる。


「資料を見た所によるとまあまあの艦隊錬度といったところのようだ」

「きょ、恐縮です」

「だが・・・気になる事があるな」


疑問を口にする元帥に思わず彼は身構える。何か到らない点があったのかと戦々恐々としていた。

元帥はそんな彼の様子を気にもせずに質問を続ける。


「何故君の艦隊にはケッコン艦がいないのかね?」

「は・・・え、あ、それは・・・」

「貴官の艦隊運営資料を見ると育成には支障が無いように見えるが?」

「確かにそうですが・・・」


これは暗に錬度をあげるだけの余裕があるのにあえてそうしていないのか?

ともとれる言葉でもあった。


「君の場合人間ではない艦娘と仮とはいえケッコンする事に抵抗があるとかかね?」

「いえ!そんな事は・・・ありません」

「なら何か君の考えあっての事というわけだな。それを聞かせてくれないか?」

「・・・」


押し黙ってしまう提督、その様子を見て元帥は手で隠した口元を歪ませる。

部屋の空気が淀んだものになったような錯覚を提督は覚えていた。


「君はこの制度についてどう考える?」

「どう・・・とは?」

「ケッコンカッコカリは艦娘としての限界を突破させるものだという事は知っているな?」

「はい」

「戦力の更なる強化のために戦艦や空母の艦娘と重婚する提督もいるがこれについてどう思うね?」

「現状を鑑みれば当然の事かと思います」・

「ふむ、だが一方で駆逐や潜水艦にのみ与える提督もいるな。直接的な戦力の強化という意味では物足りないものだな」

「・・・その通りです」

「ならばこの制度を成り立たせるために根底にある物は何だと思うかね?」


元帥の質問に提督は答えに詰まる。別に考えが及ばない訳ではない、脳裏にちらつくあの光景。

それを思い出すから、自分の口からそれを言う事が酷く似合わない事だと思えたからだ。

だが、何も答えずにというわけにはいかず搾り出すように彼は声を出した。


「・・・提督と艦娘の信頼です」

「そうだな、まったくその通りだ。よくわかっているじゃないか?」

「は・・・」

「うむ。では、一体これはどういうことかね?」

「え?」


突然会議室の光が落とされる。同時に元帥の後ろにスクリーンが下ろされ部屋の後ろからプロジェクター

によって映像がそこに投影された。


「な・・・!!?」


それを見た瞬間提督の思考が激しく混乱する。次々と切り替わる画像は自分とある艦娘のものだった。

全身の血が逆流するような感覚に襲われ崩れ落ちそうになる。


「随分とよろしくやっているようじゃないか?まあ、これが自分の艦隊の艦娘とならば何も問題なかったのだがな」

「・・・」


酷薄な声色でこちらに話しかけてくる元帥の言葉がどこか遠くに聞こえるくらい混乱の極致にあった。

頭の中で『何故』という言葉がぐるぐる回って思考が空転し荒い息を彼は吐くばかりだった。


「随分と息が荒いようだが大丈夫かな?電、彼に水をやってくれんかね?」

「嫌なのです。近寄りたくありません」

「ははは!!だそうだ、すまんな。さて、本題に入ろう・・・我々はこの事を非常に由々しく思っている」

「・・・」

「仮にも一番信頼厚いはずの艦娘が自分の提督を裏切っている事態を重く見ているのだ」

「彼女が悪いんじゃない!!」

「君が唆したのも勿論あるだろう、だがあってはならん事なのだ」


元帥の言い方は非常に断定的な物だった。向けられる視線がいっそう厳しくなったが

目を逸らせずにいた。


「奴らとの戦いにおいて艦娘は必要不可欠な存在だ。今でこそ幅広い認知が得られ民間人の彼女らへの理解も進んでいる」

「でも、まだまだ十分に理解されたとはいえないのです。私達が心を持つ兵器・・・異形である事に変りは無いのです」

「そこに二心があっては困る。艦娘が提督を裏切る・・・翻意があるという事、例えそれがどんな事であれいかに恐ろしい事なのかわからんわけではあるまい?」

「貴方達の行為は提督と艦娘の間にある信頼を著しく傷つけたのです。理解しましたか?」


元帥と電の言葉が彼に重く圧し掛かる。なまじ艦隊を指揮する提督であるからこそ、それがより一層身に染みて理解できてしまう。

だからこそ、余計に自分が酷い人間だという事をなおさら思い知らされてしまった。


「罪は裁かれねばならん。よって処罰を下す」

「貴官の罪状について読み上げる」


それまで一言も喋らなかった横に座っていた提督が事の詳細と裏づけになる資料をさらに読み上げていく。

そして、それがどういった軍規に違反しどんな罪状となるかをその提督に告げる。


「・・・以上であります」

「何か弁明はあるか?」

「・・・・」

「無いようだな?では、現刻を持って艦隊指揮権を剥奪し、身柄を拘束する」


ドアが開かれ憲兵の腕章をつけた兵士が入室し、椅子で力なく項垂れた提督の両手に手錠をかけて立たせた。


「・・・最初からこのつもりで?」

「無論だ。事の重大性を鑑みれば遅いくらいだが、件の艦娘の同僚の艦娘が気づいてくれた事が僥倖だった」


その言葉を聴いてどうやって事が露見したかがわかった。彼女はあの日、自分がとったある行動を見咎められた事を

話していたのだ。


「おお、そう言えばもう一つ伝え忘れていた事があったな」


憔悴しきった彼からしてみればこれ以上何があるというのか全くわからなかった。


「君と密通していた艦娘だがな、解体が実行された」

「なっ!!?そんな馬鹿な!!元帥といえど他の鎮守府の艦隊にそんな命令をできるわけない!」

「そうだな。解体命令を下したのはその艦娘の提督だ。最も手を下したのは我々だがね」

「嘘だ・・・そんな事が・・・」

「自分の目で確かめてみるか?」


意味ありげな言葉を彼に告げた元帥は電に合図を送る。彼女はPCを操作して再びスクリーンに映像が映し出される。

映像に出てきたのは海上の光景だった。

カメラの先には艤装がほぼ全壊しもはや航行不能になった艦娘の姿だった。


「なん・・・!?」

「単なる解体が行われるとでも考えていたのですか?そんなわけありません」


身動きの取れなくなったその艦娘の視線をカメラがアップで捉える。何故味方の艦隊に襲われているのか理解できていないのだろう。

そこには怯えや恐怖以上に困惑の感情がありありとみてとれた。

そして、カメラに内蔵されたマイクが周囲にいるであろう艦娘達が武装を構える音を拾う。


「やめろ・・・やめてくれ!!やめさせてくれ!!!」


彼の絶叫もむなしく一斉攻撃が激しい水柱を海上に立ち上げた。舞い上がる海水とバラバラになった様々な

物が海上を激しく叩く。砲撃が行われた場所には何も残っていなかった。


「なんて事を!?この畜生共め!!!」

「君がそれを言うかね?」

「その台詞をあの艦娘の提督の前で言えるのですか?」

「ぐ・・っ!!」

「こうして君はすべてを失ったわけだが、一夏の火遊びにしては大きすぎる代償だったな?」

「う・・うわあああああああああああ!!!?」


半狂乱になって暴れる元提督を憲兵2名が力づくで押さえつける。その様子を元帥と電は凍りついた瞳で眺めていた。


「結局自分達の事だけしか考えていないのです。この件で合わせて200以上の艦娘が居場所をなくすのに」

「言ってやるな・・・ん?どうした、電?」

「いい加減五月蝿いので黙らせてくるのです」


つかつかと揉み合う憲兵と元提督の所に歩み寄った彼女は電光石火の一撃を彼の腹部に見舞った。

彼の体が九の字に折れる。


「げふっ!!?うぐ・・・げはあ!?」

「痛いですか?でも、この何十倍もの痛みを貴方の艦娘達とあの艦娘を手篭めにされた提督は味わったのです」

「げふ!げふ・・・!!お前らなんかに俺とあの娘の何が・・・」

「わかりたくもないのです。ああ、ちなみに貴方と交流のあった提督さんはこの命令を下した直後に自殺したのです」

「なっ!!?」

「これ以上はなす事もありません。憲兵さんこいつを連れてってください」


呆然としたままの男を憲兵達が抱えるように部屋から運び出していく。こうして余人の与り知らぬ所で一人の提督と

艦娘が消え去る事となった。


-後日・横須賀鎮守府近郊の居酒屋ー


海軍御用達の居酒屋の奥まった個室に二人の提督の姿があった。丁度長い話を終えた所で互いに酒を飲み干し

テーブルおいた。


「そんな事があったのか」

「ああ、おかげで今こっちは大変だ」


そういって目の前の同期の提督が手酌でグラスにビールを注ぐ。出張でこちらに来ていたこいつと

飲む事になり色々と情報交換を行っていた中で出た話の中に耳を疑うような内容があったのだ。


「指揮権剥奪の上に旗下の艦隊を解散とはとんでもない話だ。一体何が?」

「なんでもケッコンカッコカリに関する軍規に触れる内容だったらしいが、詳しい経緯がわからん。俺達には通達だけがきた」

「分からないというのはまた気味が悪いな」

「ああ、肝心な部分がぼやかされて今じゃ色んな憶測が飛ぶ始末だ」

「上層部は一体何を考えている?」

「一罰百戒みたいな効果を狙っているんじゃないか?」

「見せしめという事か・・・」

「そうなんだろうな。ああ、それと撃沈処分された艦娘が所属する艦隊の提督が拳銃自殺したらしい。そのせいで動揺が広がっている」

「そんな事まで・・・それぞれの艦隊の艦娘達はどうなるんだ?」

「今引き取り手を探している所らしいんだが、いかんせん士気が最低らしくてな。上手くいっていないそうだ」

「そうか・・・」


他所の鎮守府の事とはいえもし自分の艦隊がそんな目にあったらと想像しただけで背筋が凍りつく思いだ。

他人事だとは到底思えなかった。


「こちとら深海棲艦と戦うだけで精一杯だってのにやってられんよ」

「・・・全くだな」


ビールをぐいっと仰いでグラスを空にしたのでさらに注いでやる。こちらも空いたグラスに注がれたビールを

暗い雰囲気を忘れるように飲み干した。なんともやるせない気持ちを抱えながら夜は更けていった。



初期艦『五月雨』の場合


-PM19:00 艦娘寮のブリンツ・オイゲンとビスマルクの部屋-


「う~ん、どれにするべきかな~」


自分のベットの上に乗せているある物を見ながらドイツの重巡洋艦『プリンツ・オイゲン』は頭を悩ませていた。

思案中の彼女は部屋のドアが開いた事にも気づかずにいた。


「今戻ったわ」

「わ!?あ、ビスマルクお姉さまお帰りなさい!!」

「ただいま。で、ベッドの上に下着を並べてどうしたのかしら?」

「はい!明日は秘書艦に上番しますのでどの色にしようか悩んでいます」

「そ、そう・・・気合が入ってるわね」

「勿論です!あの~お姉さまはアトミラールのお好みの色とかご存知ですか?」

「提督の?・・・御免なさいね、そこまでは把握していないわ」

「そうですかー・・・誰か知ってないかなー」

「詳しそうなのは榛名だけど、今は南方の方に赴いてるわね」


自分達の艦隊の総旗艦であり提督からの信任も厚い彼女なら知っていそうなものだが

現在は南方戦線に艦隊を率いて遠征中。誰に聞こうかと二人して唸っていると部屋の

扉がノックされた。


「は~い、どなたですか?」

「リン、僕とマックスだよ」

「ビスマルクが帰ってきたのが見えたから食事に誘いにきたわ」

「あら、ありがとう。ねえ、二人とも提督の好みの色をしらないかしら?」

「提督の?ごめん、僕はしらないや」

「私も知らないわ。でも心当たりならあるわ」

「榛名はいないわよ?」

「ええ。彼女じゃなくて五月雨なら知っているかもしれないわ」

「五月雨ちゃん?」

「ああ、彼女はそういえば初期艦だったね」


マックスの言葉にレーべが頷く。初期艦というのは提督が着任してすぐに配属される艦娘の事であり

この艦隊の初期艦は白露型の『五月雨』がそれに当たる。


「五月雨ちゃんが駆逐艦の総代だって事は知ってたけど、初期艦なのは知らなかったですね」

「ふ~ん、彼女は今どこにいるのかしら?」

「たぶん食堂じゃないかな?」

「なら行きましょう。善は急げというしね」


ビスマルク一行は寮の一階部分にある食堂へと向かった。賑わっている食堂へと

入った彼女達は五月雨のいる席を探す。特長のある長い青髪の彼女を見つけ出すのに

そう時間はかからなかった。


「ちょっといいかしら?」

「はい、あれビスマルクさん?」

「こりゃドイツのお歴々の方々じゃないか、どうしたんだい?」

「涼風ちゃんもこんばんわ。五月雨ちゃんに聞きたい事があって」

「私にですか?」


きょとんとする彼女にリンが掻い摘んで事情を説明する。

そうすると少し照れたように五月雨が答える。


「ええっと、提督のお好きな色は・・・その青色です」

「そうなんだ。うん、ありがとう五月雨ちゃん!」

「いえいえ。お役に立てたなら」

「ねえ、五月雨」

「なんですか、レーべちゃん?」

「僕の気のせいだったら謝るけど、今ちょっと照れてた?」

「ふえ!?ええっと、その・・・はい」

「どうして?」

「そのー・・・ちょっとここじゃ話しにくいので、後で談話室でお話しませんか?」

「そうね。五月雨達も食事中だし私達も食事がまだだわ、それじゃ後でね」


ビスマルクが他をまとめてカウンターへ向かっていく。その後姿を見送って五月雨が

正面を向くと好奇心を全開にした涼風がみつめてきていた。


「な、なに?」

「いやー話しにくいってなんなのかなーって思ってさ。アタイにも聞かせてくれるんだろ?」

「うー涼風の意地悪。ちゃんと話すからご飯食べよ」

「おうさ!」


それぞれの食事が終わった後、五月雨達やビスマルク一行は寮の中に設けられた談話室へと

移動していた。艦娘の憩いの場として普段賑わっている場所だが今日の利用は彼女達のみだ。


「さて、それじゃ話を聞かせてもらおうかしら」

「そんなに大層な話じゃないんですよ?」

「そんな事ないよ。私達って途中から艦隊に加わったから最初この艦隊が出来た頃の話って貴重だし」

「そうそう五月雨と提督のなれそめを聞かせてもらおうじゃないか?」

「もう、涼風ったら・・・ええと、皆さんは初期艦がどのように選ばれるか知ってますか?」

「普通に司令部が配属を決めるんじゃないの?」

「着任時は提督が司令部から渡された経歴書を元に5人の駆逐艦娘から選出するんです」

「へえ~それで五月雨が選ばれたんだ」

「そうなんですけど、私着任当初は本当にドジばっかりしちゃって提督にすごく迷惑をかけてしまったんです」

「例えばどんな事を?」

「その、艦隊運営が始まった頃提督に指示されて行った建造をレシピの入力を間違えて資材を枯渇させてしまいました」


しかし、五月雨がレシピを間違えたのが金剛型3番艦『榛名』の着任に繋がることとなった。

怪我の功名とも言うべきか、この失敗以降建造や開発の手順などが見直され以降の艦隊運営に大きな指針を与えることとなる。


「だからアトミラールはやけに資材の管理にこだわるんだ」

「かなりシビアだもんね」

「弾薬とか燃料の回収率が高い遠征をローテンションを組んで積極的にやってるのはそういうわけかー」


不断の遠征と厳格な資材管理により、この艦隊は同じ艦隊群に所属する別の艦隊に比べて資源保有量がずば抜けて多い事で

継戦能力の高い艦隊としても一目置かれている存在となっていた。


「他にも書類整理中の提督の机にコーヒーをこぼしたりとか・・・うう~恥ずかしい事ばっかりです」

「やる気が空回りしていたということね?」

「はい、色々と失敗ばかりでした。でも、提督は『焦らず一つ一つ解決していこう』と励ましてくれて」

「でも、それが何で照れる事になるのかしら?」

「それは・・その・・・」

「ここまで喋っちゃたんだから全部いっちまいなよ」


提督に励まされたからといっても直に失敗の数が極端に減るわけでもなく、他の艦隊に配属された初期艦は

無難に業務をこなしているという話を漏れ聞いて五月雨は落ち込む日が多くなった。


「ある時思い余って提督に『失敗ばかりの私をどうして選んだんですか?』と聞いたんです」

「それでそれで?」

「そうしたら提督は『その・・・なんだ、選考の際の写真で五月雨の空のように青い瞳と髪が目に留まってな』と仰られて」

「えー!?それが選考理由だったのかい!?」

「つまり提督の一目ぼれってこと?」

「要するに惚気ということでいいのかしら?」

「二人は熱々ってことだね!いいなー!」

「はいはい、ごっそさん!」

「だから言うの恥ずかしかったのにー!?」


その後も提督との間にあったエピソードを根掘り葉掘り聞かれた五月雨は終始赤面したままだった。

こうして艦娘寮の夜は賑やかに深けていった。


-翌日・朝の提督室-


秘書艦同士の引継ぎを尻目に本日の予定についてざっと目を通していく。主要な予定を確認し終えた所で机の前に

人影が立った。


「提督、プリンツ・オイゲン本日の秘書艦に上番します!」

「おう、頼んだぞリン」

「はい!今日の私は一味違いますよ!」


得意顔で胸をそらすリンに首をかしげる。上機嫌な事意外特段かわったようには見えないので尋ねてみた。


「何が一味違うんだ?」

「今日は提督がお好きな色の青で下着を統一してみました!」

「ぶっ!?何を言ってるんだ!?」

「お嫌いでしたか?」

「いや、青色は好きだが・・・」

「じゃあ、問題ないですね。ご覧になります?」

「なるか!?」

「あははは!冗談ですよ、冗談。さ、執務を張り切ってやりましょう!」

「全く・・・」


自分の机に戻っていくリンから視線を外してデスクの上を見渡す。彼女の言葉に不意に普段は伏せていた

写真立てを起こしてみた。


そこには艦隊設立時に五月雨と撮った写真がある。緊張して顔が固くなった五月雨と真顔のまだ余裕のない

自分がそこに写っている。あれから随分と経ったものだと思う。


畑違いの『海』に来て、悔恨を抱えたまま提督となった俺の初期艦としてきた五月雨。

あの頃、深海棲艦を倒す事だけを考えて頭の中がそれ一色に染まっていた自分

後ろ向きな考えだった自分にとって、彼女のひたむきさがあったからこそ俺は再起できたのだと思う。


その事に改めて感謝しつつ、窓の外にある海に目をむける。

眼下の水平線の彼方で任務に従事する五月雨にエールを送った。


(五月雨、しっかりな)


「?」


誰かに呼ばれたような気がして彼女は後ろを振り向く。海上護衛任務の旗艦として出撃した自分の後ろに追従する

涼風が不意に向けられた視線を受けてこちらに呼びかけてくる。


「五月雨ー、どしたー?」

「ううん何でもない。そろそろ作戦区域です、対潜対空警戒を厳としてください!」

『了解ー!!」


全員の了承を確認した彼女は、視線を後方のずっと先にある鎮守府へと向ける。

そこで帰りを待ってくれている提督を思い浮かべ、五月雨は再度気合を入れなおした。


(提督、私今日も一生懸命頑張りますね!!)


蒼い髪をなびかせて、今日も彼女は仲間と共に海上を駆け巡る。その彼女が描く

軌跡は陽光に照らされてとても光り輝いていた。


駆逐艦『巻雲』の場合


ある午後の昼下がり、執務の大半を終えて一息入れる事にした俺は今日の秘書艦で夕雲型2番艦の

巻雲と休憩室へと移動していた。


「司令官様、どうぞ」

「おう、ありがとう。午前中はほとんど任せきりですまなかったな」

「いえいえ、遠征報告の確認と多少の雑務くらいでしから」


差し出されたお茶を受け取り口に含む。今日は午前中に他の提督と意見交換を行う会議へと出席していたため

執務を彼女に任せてしまっていたが、それらをそつなくこなしてくれていたおかげで午後の執務は滞りなく終わった。


「ふぅ・・・」

「ん?どうした?やはりちょっと疲れたか?」

「あ、いえ・・・あの~司令官様、少しご相談があるのですけど」

「おう、どうした?」

「あのですね・・・巻雲ってそんなにお姉さんっぽくないですか?」

「んん?お姉さん?」

「巻雲は夕雲型の2番艦つまり次女なのですが、皆にそう認識してもらえてないような気がするんです~」

「ははは!まあ確かに巻雲は可愛らしいからな、そう思われるのも無理はないな」

「もー!?司令官様まで~!!巻雲は真剣に悩んでるんです~!!」


ぷんすか怒った巻雲にぽかぽか叩かれる。実際の所、彼女は我が艦隊の中堅駆逐艦として

日々の哨戒任務から遠征任務までよく頑張ってくれているし、彼女の姉妹艦達の面倒も夕雲と協力して

纏め上げているのでしっかりもののお姉さんと十分に言えるだろう。


「いや、すまんすまん。俺としては巻雲は立派にお姉さんとして頑張っていると思っているぞ」

「じゃあ、巻雲には何が足りないのでしょうか~?」

「そうだな・・・」


容姿や言動のせいが多分にあるせいだろうが、それらは変えようがないので後は制服のせいだろう。

前から気になっていたがシャツの袖が長いため容姿と相まってなおさら幼く見えてしまう。

そこで一計を案じるべく、テーブルにおいておいたタブレットで我が艦隊の待機表を出してみた。


「司令官様?」

「ふむ・・・巻雲、俺は寮へ行ってくる。その間すこし頼むぞ」

「へぁ?は、はあ・・・わかりました」


疑問符を顔中に浮かべた彼女を残して俺は寮へと向かった。今回用があるのは駆逐艦達が

住んでいる階であり、まずは夕雲型が居住している区画へと向かう。目的の部屋についたので、ノックをする。


「はーい!どちらさ・・・あれ?司令官?もう執務は終わったの?」

「ほとんどな」

「そうなんだ、清霜にご用事?」

「うむ。清霜の制服のシャツを少しの間貸してくれないか?」

「へ?え・・・えええ!?清霜のシャツを?」


まずは手始めに同型艦で制服が同じでなおかつ背格好も巻雲と変らない彼女にシャツを貸してもらう事にした。

眼前の清霜は目を白黒させていた。


「頼めるか?」

「う・・・うん!まっててすぐもってくる!」


部屋の奥に引っ込んだ清霜を廊下で待つ。少しの後、紙袋を一つ提げた彼女が戻ってきた。


「はい、司令官。一着でいい・・・よね?」

「おう。すまんな、急に用立ててもらって。ありがとう」

「司令官なら別に良いけど・・・お姉さま達には内緒よ?いい?」

「うむ。休みの所に邪魔をしたな」


巻雲にはばれるが問題ないだろう。辞去を告げ次の部屋に向かうことにした。

次に向かうのは暁達の部屋だ。


「やあ、司令官じゃないか。どうしたんだい?」


出迎えてくれたのは響だった。とはいっても彼女は既に改装されて『ヴェールヌイ』の格好になっているが

俺達はそのまま響と呼んでおり本人もそれでよしとしていた。今日は彼女以外のメンバーは遠征で出払っているため

部屋には一人しかいない。


「響、改装する前の制服はまだ持っているか?」

「勿論だよ。あれは思い出深いしね」

「そうか、すまんがそれを一着貸してもらえんか?」

「!?」


一瞬硬直したかと思うと、今度は顔を真っ赤にしてもじもじし始める響。

傍目にも動揺している様子が見て取れる。


「・・・か、構わないけど。私のでいいのかい?」

「ああ」

「そ、そう・・・ちょっとまってて」


ギクシャクした動きで部屋の奥に引っ込んだ響。しばらくして手提げを大事そうに胸に抱いて

響が戻ってきた。


「はい、これ」

「ありがとう、響」

「司令官」

「ん?」

「こ、こういう事は事前に言ってもらえると、嬉しい・・かな」

「急に頼んですまなかった。今度埋め合わせをしよう」

「そ、それは別にいいんだ。司令官の事・・・・、えっと、信頼してるから」

「?、ともかくありがとうな響」


礼を言って暁達の部屋から立ち去る。取りあえずこの2着があれば事は足りるだろうと考え

寮から出ようと端にある階段から階下に下りようとしていると、丁度手前から人影が廊下へと現れた。


「ん?あれ、しれーがいる」

「時津風か」

「やっほー。こんな所でなにしてるのー?」


陽炎型の10番艦である彼女は好奇心旺盛で元気がいいのが特徴だ。雪風と仲がよく

大概一緒に行動している。最近は雪風と一緒に行動したいという本人の強い希望で選抜水雷隊に入るため日々鍛錬を重ねている最中だ。


「うむ、ちょっと用事があってな」

「そうなんだー」


返事をした所で彼女を見る。そういえば巻雲と背格好が似ているので頼んでみようかと考えたが

時津風の制服は今回の目的と合致しないと思い直した。


「しれー今ちょっと失礼な事考えたでしょ?」

「そ、そんな事はないぞ」

「ほんとー?まあ、別にいっか。所で用事ってその袋の事?見せて」

「構わんぞ、ほれ」


清霜と響から預かった袋を彼女に渡す。中を見た彼女は一瞬驚いた顔を見せて俯いた。

そして、近寄ってきて袋をこちらに差し出してきたので受け取る。


「では、俺は部屋に戻るぞ」

「その前にしれー、ちょっと屈んで」

「ん?あ、ああ・・・」


有無を言わさぬ気配に圧されて反射的に屈んでしまう。直後、脳天をチョップが

襲った。


「のわ!?な、何をするだあああ!?」

「しれーこそこれでナニをするきよー!?ばかばかばか!!!えっち!変態!?」

「こ、こら!ぽかぽか叩くのは止めなさい!!」


廊下で騒ぎ続けるのはよくないので、怒り心頭の彼女を落ち着けるため事情の説明を行った。

その後、俺達の姿は提督室のドアの前にあった。


「巻雲、今戻った」

「はい!お帰りなさいませ、司令官・・・様?」

「やほー」

「時津風さん?」


俺の背中におぶさった彼女の姿を見て巻雲が目を丸くする。背中から降りた時津風は袋を受け取ると

今度は巻雲の背中を休憩室にぐいぐい押し始めた。


「はわわー!?なんですかー!?」

「いいから、いいから!じゃ、しれー私が手伝ってくるねー」

「うむ、頼んだ」


困惑気味の巻雲を意に介さず、休憩室に行く二人を見送った俺は準備が整うまで残った仕事と

次回予定しているある演習についての申請書類の確認をやる事にした。


時は少し遡り、廊下で提督と時津風が一騒動起こす少し前。響と清霜は廊下でばったり遭遇していた。

二人ともさっきの一件でなんとなく落ち着かなかったので部屋から出てきた所だった。


「やあ、清霜」

「響ちゃん、どもー。どこにいくの?」

「気分転換に甘味でも食べようかとおもってね」

「清霜と同じだね。一緒にいこ」

「勿論だよ。じゃあ・・・ん?何か騒がしいね」

「あっちからだよ」


二人が進んでいくと廊下の端っこで提督を叩いている時津風の姿が目に入った。

咄嗟に彼女たちは中央の階段付近の角に身を隠して様子を窺う。


「ええ!?け、喧嘩かな?どうしよう?」

「待って。本気で叩いてるようじゃないみたいだ」

「でも・・・」


しばらくして時津風の攻勢を止めた提督が何事かを彼女に言っている。

どうやら納得したのか今度は彼の背に飛び乗ると階下へと消えていった。


「なんだったんだろう?」

「わからないな」

「二人ともこんな所で何をしている?」

「清霜に響じゃねーか、珍しい取り合わせだな」

「わ!?朝霜姉さまに磯風さん」

「いつの間に・・・」


彼女達の背後にいたのは陽炎型12番艦『磯風』と夕雲型16番艦『朝霜』だった。

共に武勲艦として名高い武闘派駆逐艦の両名は先程訓練を終えて寮に戻ってきた所だった。


「らしくないな、響。気配に気づかないようでは選抜水雷の名が泣くぞ?」

「それは今関係ないような・・・」

「何を言うか。常在戦場というだろう」

「君らしいな」

「清霜お前また何かしたのか?」

「ち、違うもん!何もしてないよ!?司令官にシャツを貸しただけだもん!あ!?」

「君も司令官に?」

「響ちゃんも?」

「一体何の話だ?」

「どういうこったい?」


二人は掻い摘んで事情を説明するが、しまいには全員首をかしげる結果となった。

頭を悩ます4名だったが、磯風が声を上げた。


「ここで悩んでいても埒が明かない。司令に問いただすべきだろう」

「だな。よっしゃ、いったろー!」

「い、いいのかな?」

「ここまできたらなるようになるさ」


こうして連れ立った4名は提督室の前にやってきていた。磯風を先頭にやってきた

彼女達は扉の前に並び立つ。


「よし、行くぞ」

「待って」

「なんだよ、響?」

「耳を澄まして、何か聞こえてくる」


扉に全員が耳を押し付けると部屋の中の声がもれ聞こえてきた。


(ほお、いいじゃないか)

(は、恥ずかしいですよー)

(恥ずかしがってないでもっと・・・・)

(や、ああちょっと・・・・足がいつも・・・ないで!?)


なんだかよく分からないが何かが中で起こっていることは確かだった。

全員が顔を見合わせる。


「巻雲姉がなんだか嫌がってるような声が聞こえたぜ!」

「う、うん・・・」

「一体何が」

「むう・・・よく分からないがとにかく突入だ!この磯風に続け!」

「おおー!!」


勢いよく彼女が扉を開くと続いて3人が突入した。突然の闖入者に部屋の中にいた

全員が固まった。


「はわ!?」

「なんだ!?」

「んー?磯風に朝霜じゃない。それに清霜と響まで」

「巻雲・・・かい?」

「あわわ、響さん。これはですね・・・」


そこにいたのは響の制服を着た巻雲だった。普段は束ねた髪を下ろして

眼鏡を外した彼女が驚愕の表情を浮かべている。


「何やってんだ、巻雲姉?」

「夕雲型から特Ⅲ型に鞍替えという事か?」

「いや、それは無理があるよ」

「そんなの駄目だよ、巻雲姉さま!」

「えーっと、えーっと・・・し、司令官様――!?」

「あー・・・とにかく全員休憩室に集合。事情を説明しよう」


混乱を収拾するために今回このような事に至った経緯を全員の前で

改めて説明する。


「巻雲が自分の容姿の幼さで悩んでいたようなのでな、外見を変えてみて気分転換を図らせてみたわけだ」

「へえー眼鏡外して制服とか髪を変えるだけでも結構かわるもんだ。似合ってるよ巻雲姉」

「朝霜思い切りにやけてるじゃないのー!もー!?」

「私の制服を借りたのは背格好が似ているからかい?」

「ああ。いつもきりっとしている響の制服なら雰囲気が締まっていいと思ってな」

「んー?でも暁達は同じ制服だろ?個人で違いなんてあんのかよ、司令?」

「響は全体をパリッと仕上げるようにアイロンをかけてるぞ。比較して暁は全般にアイロンがけが甘い。たまに良い時があるな」

「ふふ、それは暁はたまに私や雷、電に頼む時もあるからだよ」

「やはりか。ま、そういうわけだから響に頼んだわけだ」


預かった制服にもきちんとアイロンがけがなされており、クリーニングに出したかのようにきっちりとしていた。

ここら辺は同型艦でも個々の性格で違いが出る所でおもしろいものだ。


「ねえねえ、時津風はどう?」

「もう少し頑張れ。そこら辺も選抜入りの査定に入ってるぞ?」

「うえ!?嘘ー!?」

「ほお?これはいい事を聞いた。精進せねば」

「げえー?あたいは苦手なんだけどなー」

「ねえ、司令官。清霜のシャツをかりたのはなんで?」

「ああ、前から巻雲の長いシャツが気になっていてな。変えさせてみたんだが・・・」


磯風たちが突入してくる前にシャツだけを代えてみた巻雲の写真を取っていたので

全員に見せてみる。


「なんか・・・普通」

「うん。普通だね」

「似合っているようで似合わない。何故だ?」

「しっくりこないねぇ。やっぱ巻雲姉は長い方がいいよ」

「皆酷い!?ふーんだ、どうせ巻雲はお姉さんにはなれませんよーだ!」

「まあまあ、お姉さんぽくない2番艦でもいいじゃん」

「時津風さんまで、はあ・・・」


彼女が溜息をついた瞬間、緊急を知らせる警報が部屋に鳴り響いた。

休憩室を飛び出しそれぞれの席でアラームのなる回線に飛びつく。


「緊急出撃指令だ!巻雲!!」

「はい!待機中の即応班へ、我が艦隊に出撃指令が下されました!速やかに艤装を装着し出撃桟橋へ!」

「響、聞こえていたな?即応班とは別に・・・」

「うん。臨時の遊撃艦隊の編成だね」

「そうだ。響を旗艦として他の4人も出撃準備にかかれ!」

「司令官様!工廠には既に連絡済です!響さん達の艤装もすぐに準備できます!!」


提督と二人で出撃に関わるあれこれを次々に捌いていく巻雲に同じ夕雲型の朝霜、清霜は

驚きを陽炎型の磯風、時津風は感心していた。


「はえ~すっごい」

「すげぇな。いつもあわあわしてる巻雲姉には見えない」

「朝霜に清霜の二人も気合を入れなおす!出撃なんだからね!!」

「は、はーい!!」「お、おう!!」

「ふむ、立派なものじゃないか」

「ねー。しっかりお姉さんしてるよ」

「皆、いくよ。司令官、臨時艦隊出るよ」

「うむ。総員の武運を祈る、出撃せよ!」

『了解!!』


容姿や言動は幼さが残る巻雲だが、やるべき事はきっちりやれるという事を示して

艦隊での彼女の株は上がるのだった。しかし、その時の写真が元で後日散々弄り倒されたのはいうまでもない。


短編1 霞改2になる


「よし、これでいいわね」


自室で真新しい制服に袖を通した駆逐艦『霞』は姿見に映る自分の姿を改めてみる。

服装の乱れがない事を確認した彼女は部屋の時計を確認する。


「そろそろ行かないと」


彼女は改装の終了申告を行うため自室を出て提督室へと向かった。

提督と向かい合った霞が申告を行う。


「申告します!駆逐艦『霞』、第二段階改装終了しました!」

「うむ。霞、現刻をもって貴艦に選抜水雷隊への配置を命じる」

「拝命します!」


互いに敬礼。一連の申告が終わるとまず提督が格好を崩した。


「改めておめでとう。試験も優秀な成績を収めての選抜入りだ、よく頑張ったな」

「ふ、ふん・・・別に大したことじゃないわ」

「ふふ・・・さて、堅苦しいのはここまでだ。霞にはとっておきのプレゼントを用意したぞ」

「へ?」

「いいぞ、お前達!」


バン!と休憩室の扉が開きあっという間に提督や霞のそばによって来た。


「やったわね、霞!」

「霞さん、おめでとうございます」

「霞ちゃん、おめでとう!!」

「霞~!!おめでとー!」

「あ、あんた達・・・」


出てきたのは足柄、大淀、清霜、朝霜の4名だった。かつての礼号組の面々である。

彼女達はあっという間に霞を取り囲む。


「はい!これをするのよ」

「きゃ!?ちょっとなんでアイマスクなのよ!?」

「いーから、いーから!」

「さーさーこっちだよー!」

「お、押さないでってば!どこに行くのよ!?」


気づいた瞬間には何かに座らされていたようだ。

次から次へと変化する状況に彼女は混乱していた。


「わ!わ!?な、なに!?」

「はーい、準備完了よ。霞、マスクとっていいわよ」

「もう!一体何なのよ・・・え?」


座っているはずなのに妙に視線が高い事に彼女は違和感を覚えた。

見回すと前方に足柄と大淀、後方に大和と矢矧がそれぞれ長い棒を肩に担いでいた。

朝霜と清霜は更に前方で大きな団扇を持って提督を挟むように並んでいる。


「え・・ちょ、これって御輿・・・?」

「これより霞改2を祝って我が艦隊庁舎付近一帯を練り歩く!皆、準備はいいか?行くぞーーー!!」

『おおおーーー!!』

「そーれ!わっしょい!!」

『わっしょい!』

「わーーー!?何やってんのよ、あんた達ーーー!?」

『わっしょい!!』

「やめなさいってばーーー!?」


威勢のいい提督および艦娘達の掛け声と共に御輿が発進する。彼女の制止の声も

届かず庁舎付近に元気のよい声が木霊した。


―艦娘寮・朝潮型の部屋―


「ふぎゃああああ!?」

「な、なに!?」


早朝の部屋に霞の絶叫が響き渡る。何事かと目を覚ました同室の満潮は二段ベッドの

下で寝ている霞の元に近寄った。


「ちょっと、霞どうしたのよ?」

「へ・・ふえ?み、満潮・・・あれ、私・・・御輿に担がれて・・・」

「はあ?何よ、御輿って・・・どんな夢みてんのよ?」

「夢?」

「もう、脅かさないでよ。まだ、総員起しの前じゃない」

「ご、ごめん」

「いいわよ、別に。それより今日申告でしょ?とちらないようにね」

「そ、そうね・・・」


そう言って寝巻きからジャージに着替えた満潮は点呼の前に体をほぐしてくると言い残して

部屋から出て行った。ぼんやりとその姿を見送った霞は先程の夢を思い返して背筋に悪寒が走る。


(ま、正夢じゃ・・・ないわよね?)


一抹の不安を抱えながら彼女もまた着替えをするべく、ベットからでた。

その後彼女が申告の際にどうなったかは定かではない。


短編2 夕立一番になる


日没後、まだ夕日の残りが周囲を照らしている時間の大浴場では白露達が訓練の

汗を流していた。


「ふぅ~今日もきつかったー」

「そうだね。でも、今日で一区切りついたって神通も言っていたよ」

「ふ~ん、じゃあ後で間宮さんの所で打ち上げしない?」

「うん!いいね!」


湯の中に浸かりながら、白露に時雨、村雨は楽しげに談笑する。

周囲でも同じように訓練や遠征を終えた皆が思い思いの会話に花を咲かせていた。


「そう言えば夕立遅いね?」

「うん。訓練の後提督に呼び出されてたけどどうしたんだろう?」

「もうそろそろ来るんじゃない?」

「皆・・・」

「わ!?夕立いつの間に・・・」


いつの間にかそばに来ていた夕立。そのまま浴槽の縁に腰掛ける白露達と

向かい合う形で湯の中につかる。


「遅かったね。提督の用件はなんだったんだい?」

「なんか怒られたの?」

「夕立一番になったっぽい」

「はい?一番?」


村雨が聞き返すと湯の中から左手を差し出して3人に見せた。

その指にはあるものが光っていた。


「そ、それって・・・」

「うん。夕立カッコカリしたよ」

「あ・・・確か僕達の艦隊で駆逐艦でカッコカリしたのはまだ誰もいなかったね」

「だから一番なんだ。なにはともあれおめでと、夕立」

「白露型としては嬉しいけど一番になれなかったのは悔しい!姉として私はどうすれば!!?」

「いや、そこは普通に祝いましょうよ」


苦悩する白露を村雨が宥める傍で微妙に沈んでいる夕立に時雨が問いかける。


「夕立は嬉しそうじゃないみたいだね?」

「・・・」

「提督と何があったの?」

「勘違いかもしれないけど、提督さんが指輪を渡してくれる時ちょっと悲しい瞳をしてた」

「提督が?」

「うん。だから、あんまり夕立に指輪を渡したくなかったのかなって・・・」

「そんな事は・・・」


自分達の提督に限ってそんな事は全くありえない事だと時雨は考えたが、何故そんな顔を

したのか見当がつかなかった。


「ここいいかしら~」

「龍田?うん、どうぞ」

「お邪魔するわね~」


白露型が固まっている浴場の一角に彼女が入ってくる。百面相している白露や、なだめる村雨

を見回し夕立と時雨を見るとそちらに問いかけた。


「何かあったの~?」

「うん、実は・・・」


時雨がかいつまんで事情を説明する。話を聞き終えた彼女は夕立の方に顔を向けた。


「夕立ちゃん、私達の艦隊で一番最初にカッコカリしたのは誰だったかしら?」

「えっと、榛名さん・・・ぽい?」

「そうね~その時私が秘書艦として立ち会ったのだけれど、その話しをするわ~」


何故今その時の話なのかわからず二人は首をかしげる。ようやく落ち着いた白露も

村雨と共に龍田の話に耳を傾けた。


艦娘の成長限界を突破させる『指輪』が支給された時、艦隊の中で最高錬度を誇っていたのは

金剛型の3番艦であり最古参の戦艦である『榛名』のみだった。


艦隊編成以来、今まで行われたあらゆる作戦の重要な局面で常に旗艦を勤め最前線で

戦い抜いてきた彼女に指輪が贈られるのも、ある意味当然の流れだった。

提出する書類の記入や手続きを終え、いざ指輪の贈呈に移った段階で提督は少し逡巡するそぶりを見せた。


「・・・」

「提督?」


指輪を持つ提督の動きが止まる。榛名は手を止めた彼の顔を窺うとそこには複雑な感情が浮かんでいた。

苦悩を浮かべる提督に彼女は何かを察して微笑む。


「榛名、俺は・・・」

「提督、榛名は大丈夫ですから」

「・・・っ!」


彼女から言われた言葉に硬直する提督。そんな彼を優しく彼女は見ていた。

しばらく見つめあい、そして提督は大きく深呼吸をすると彼女の左手をとった。


「多くの戦いを乗り越えてきた」

「はい」

「だが、今だ戦いは終わらずさらなる激戦があるだろう」

「ええ」

「いつ果てるともしれん戦いだ。しかし、我々は立ち止まるわけにはいかん」

「はい」

「・・・」


そこで言葉を切った提督が彼女の指に指輪を通すとそれを包み込むように

手を重ねる。


「いつか・・・いつの日か平和を勝ち得るその日まで、俺や皆と共に戦い抜いてくれるか?」

「はい。勝利を提督と私達の艦隊に」


迷いなく答える榛名に応えるように、手を離した彼は彼女を真っ直ぐに

見据えて敬礼する。


「戦艦『榛名』貴艦のさらなる活躍に期待する」

「必ずや提督のご期待に応えてみせます」


最初のカッコカリの話はそこで終わり、それを聞いた4人の反応は様々だった。


「もー!提督もうちょっとロマンチックにやれないのかなー!?」

「ロマンチックはともかく、正直少し妬けるね」

「ね。本当に通じ合ってる感じよねー・・・村雨も提督にそんな風に想われたいなー」

「二人とも不器用すぎて見てるこっちがやきもきしたんだけどね~」


盛り上がっている4人とは対照的に夕立は蚊帳の外に置かれたままだった。

こちらに視線を向けている龍田に改めて問いかける。


「どういうことっぽい?」

「つまりね、提督は心配しすぎて顔にでちゃったのよ~」

「心配?なんで?」

「私達の艦隊でカッコカリをしてる艦娘で後方任務についてる人はいる?」

「ううん。皆最前線だよ」

「という事は夕立ちゃんもこれまで以上に戦う機会が増えるわ」

「うん。夕立いっぱい頑張るっぽい!」

「怪我も増えるでしょうね」

「そ、それは・・・けど、怪我なんてへっちゃらだよ!皆を守りたいから!」

「でも、提督はきっと怪我なんてして欲しくないと思ってるわよね。どう?」

「あ・・・」


そこまで言われて何故提督があんな顔をしたのか理解した彼女は湯船から勢いよく

立ち上がった。


「提督さんの所にいってくる!!」

「ふふふ、いってらっしゃーい~」


のんびりとした龍田の声に見送られ、大浴場から凄い速さで夕立は提督の執務室へと

向かっていった。


「提督さん!!」

「ん?」


ドアが勢いよく開き、聞きなれた声がしたので見ていた書類から視線を外して顔を上げると

何故かバスタオル一枚の夕立がそこにいた。


「ぶっ!!?なんだその格好は夕立!?」

「えーと、えーと・・・いっぱい言いたい事あるけど、えーい!!」

「うお!?」


ソファーに座っている所を飛びつかれて抱きしめられる。二人して

倒れこんだ結果押し倒されたような体勢になってしまった。


「これからもいっぱい怪我したりして心配かけるけど・・・」

「・・・」

「提督さんの想いが込められたこの指輪があるから、きっと大丈夫!!」

「夕立・・・」

「ありがとう、提督さん。大事にしてくれて凄く嬉しい。それが言いたかったっぽい!」

「そうか・・・」


極力顔に出さないようにしたつもりだったが、余計な気遣いまでさせてしまったようだ。

まだまだ修行が足りないなと自嘲してしまう。だが、この場に及んで彼女にすべきは

謝罪の言葉を告げる事でないことくらいはわかる。だから言うべき事は一つだった。


「夕立、これからもよろしく頼むぞ」

「うん!私頑張るよ!!」


飛び切りの笑顔で応える夕立の顔が眩しかった。いつまでも見ていたかったが、取りあえず

二人で身を起した瞬間部屋に誰かが入ってきた。


「提督、次回の演習の事で相談が・・・・あ」

「お、大淀!?」

「ぽい?」

「し・・・失礼しました!?」

「ま、待て!?誤解だ、誤解!!」


脱兎のごとく部屋から出て行く大淀とそれを追いかける提督にきょとんとする夕立を残して

ある日の鎮守府の夜はふけていった。


提督トラブル 前編


―夜・執務室―


今、時刻は2000を過ぎた所だ。執務室には俺一人しかおらず、現在少し残った仕事と次回予定している

演習についての書類と格闘している所であった。


「ふう、ようやくこれで終わりか」


最後の書類のチェックを終えて、椅子の背もたれに体重を預ける。目をつぶり、眉間を指で揉み解していると

ドアがノックされた。


「誰か?」

<提督、今よろしいですかい?>

「班長?ああ、構わんぞ」


ドアが開かれ我が艦隊付きの妖精のまとめ役、通称『班長』が入室してきた。

執務机で対応すると背の関係から、班長が見えにくいのでソファーを勧める。

互いにソファーに腰を落ち着けた所で話を促した。


「どうした?今日もう看板のはずだが?」

<ええ、そうなんですが実はご報告したい事が>

「なんだ?」

<以前計画書を上げていた物が完成したのでもってまいりやした>

「・・・ああ!しかし、明日でもよかったんだぞ」

<朝は報告や連絡で忙しくなる提督の手を煩わせるのもあれですから、今日のうちにと考えまして>

「すまんな、気を遣ってもらって」

<いえ。では、これをどうぞ>


差し出された物を手に取る。そこにあったのは『御守り』で、真ん中には

刺繍で『幸運』と縫われていた。


「これが妖精謹製の『御守り』。いやいや、ご利益がありそうだな」

<そういっていただけると嬉しいですな>


前回妖精たちの好意からドックタグ(回復効果付き)を貰ったが、回路の故障により結果的にノックダウンするという結果となったため、

反省を踏まえて新たに計画が練られてできたのが、この御守りだった。


<計画書にも上げていやしたが、人選は選りすぐりました。そのせいで時間がかかってしまいました>

「気にするな。確か、君ら工廠妖精だけでなく装備妖精にも手を借りただったか?」

<ええ。特に幸運値の高い艦娘に縁のある連中に力を注いでもらいましてね>

「ほお・・・うむ、とにかくご苦労だった。俺からも今度協力してくれた全員に御礼をしよう」

<いやいや、元はといえばあっしらの独断がとんでもないことになりましたし、御礼はもらえませんよ>

「うーむ、しかしだな・・・」


その後色々と押し問答したが結局こちらが折れる形となった。

就寝前に貰った御守りを制服の上着の内ポケットに入れてハンガーにかけその日は眠りについた。


―翌朝・執務室へと続く廊下―


週も明けて本日は月曜日だ。欠伸をかみ殺しながら、ゆっくりと執務室へと向かう。

今日の予定を軽く思い出しながら歩いていた。


「提督、おはようございます」

「ん?おお、榛名。おはよう」


振り返ると榛名が小走りにこちらへと駆け寄ってきた。そして彼我の距離が一歩少し手前に

なった瞬間だった。


「あ!?きゃあ!?」

「むお!?」


躓いた榛名がそのままこちらに飛び込んできたため、咄嗟に体を抱きしめる形で

受け止める。


「す、すいません」

「う、うむ。大丈夫か?」

「はい・・・」


思いがけず彼女と抱き合って見詰め合う結果となる。いい加減体を離すべきなんだろうが

なんともいえない雰囲気になってしまったため二人して動けなくなる。


「・・・こういう時離れるタイミングがわからんものだな」

「ええ・・・」

「何か不調とかはないか?」

「榛名は大丈夫です。提督こそ、ご無理はなさっていませんか?」

「問題ないぞ。ありがとう、榛名」

「提督・・・」


色々と話したい事があるのだが、言葉が詰まって中々出てこない。

何を言おうかと迷っていると視界に人影が映った。


「アー!?なななな何をやってるですかー!?」

『!!?』


驚いて互いに身を離すとこちらを指差して震えている金剛がいた。

言葉をかける前にこちらへと凄い勢いで迫ってくる。


「提督、私にもハグするねー!!って・・・きゃああ!?」


結構な勢いで見事に転んだ金剛が仰向けに倒れる。

股も盛大に開いてこけた姿勢になったため、パンツも丸見えの状態だ。


「お姉さま!大丈夫ですか!?」

「何をやっとるんだ、お前は・・・」

「Oh・・・もう!なんなんですかー!?」


倒れたままジタバタ駄々をこねるように金剛が暴れる。二人でどうにかこうにか

なだめすかしてようやく収まった。


ハグハグ五月蝿い金剛にコブラツイストをかまして大人しくさせ、執務室で交代のやり取りを行って

今日の一日が始まる事となった。


朝の執務がひと段落した頃合で休憩しようと立ち上がった所に演習から帰ってきた者達がいたので、

そのまま応接用のソファーに腰掛けて休憩がてら報告を受ける事にした。部屋に響く賑やかな声をBGMに報告書に目を通す。


「・・・ふむ、まずまずだな」

「そう?ならよかったわ」

「提督、矢矧さん。お茶をどうぞ」

「うむ、いただこう」

「ありがとう、初霜」

「はい!」


今日の秘書艦『初霜』がお盆を抱えて返事をする。つい最近第二次改装を終えた彼女は真新しい制服に身を包んで装いを新たにしていた。

特に頭に巻かれた濃紺の鉢巻が彼女を凛々しく見せるのに一役買っている。


「ん?初霜、ちょっとこっちに来て頭を下げてくれ」

「・・・?はい」


鉢巻の少し上の辺りにある髪に埃のような物がついていたのが目に留まったので、彼女を呼び寄せる。

頭に片手を近づけてそれを取り除く。


「よし、とれたぞ」

「あ、ゴミがついてたんですか。ありがとうございます、提督」


俺の指に乗った糸くずを覗き込んだ初霜と視線の高さが同じになった瞬間、トンと軽い音がした。

ソファーの近くでじゃれあっていた雪風と時津風がいたが、その雪風のお尻が丁度彼女のお尻を若干

押す形になった。


「え・・・?」


呆気に取られたのも一瞬、急接近した初霜の顔が俺の顔に向かってきた。

避ける暇もなく軽くぶつかりその唇が俺の頬にわずかに触れる。


「―――!?」

「お、おお・・・大丈夫か初霜?」

「あああああのあのわ、私・・・・・きゅう」

「わー!?初霜しっかりして!?」


顔を真っ赤にした初霜がそのままへなへなと崩れ落ちる。矢矧が肩を揺さぶるが

放心したままになってしまった。


「取りあえず初霜が回復するまで、この矢矧が秘書艦の代打を務めるわ」

「うむ。演習で疲れているだろが、頼むぞ」

「任せて頂戴」


阿賀野型の3番艦である『矢矧』に臨時で秘書艦をやってもらうことにする。

彼女の姉である能代同様きびきびと仕事を片付けてくれるので午前の仕事もスムーズに

進み、昼休憩に入る直前にはほとんどが終了していた。


「提督さ~ん、阿賀野戻りました~」

「おう、入れ」

「は~い」


対潜哨戒にでていた艦隊の旗艦である阿賀野が戻ってきたようだ。

ドアが開かれ阿賀野が入室してくるが、制服がぼろぼろになっており顔にも煤がついていた。


「ちょっと阿賀野姉、どうしたのそれ?」

「え!?や、矢矧?あれ~今日の秘書艦は初霜ちゃんじゃ・・・」

「初霜はちょっとあって休ませている」

「そ、そうなんだ」

「もう、また油断して魚雷を受けたの?」

「ち、違うって・・・たまたま敵の攻撃が集中しちゃったの!」

「本当かしら?そもそも艦隊旗艦である・・・」


俺の執務机の前で矢矧によるお説教が展開される。阿賀野は大体能代か矢矧にこうやってお叱りを受けてシュンとなる事が多い。

そろそろとめようかと思い、椅子から立って阿賀野達の近くによる。俺が傍にいくのとほぼ同時に俯いた阿賀野が急に顔を上げた。


「も~!!お姉ちゃんだって頑張ってるの!!そんなに怒らなくてもいいじゃない!?」

「わ!?」


今日はどうも虫の居所が悪かったようで、ウガー!!と両手を振り上げた阿賀野に矢矧が驚く。

そして、その瞬間ブチっと派手な音が鳴った。


ぼろぼろになっていた制服の上が千切れ、彼女の豊満な胸が露になる。

しかも、それだけに留まらずスカートまで落ちてしまった。余りの事に俺も含めて彼女達もしばらく固まってしまった。


「き・・・きゃああああ!?」

「と、とりあえず俺の上着を・・・」

「駄目!?とにかく!!提督見ちゃ駄目よ!!」

「もがもが!?」


どいうわけか矢矧に首根っこを両手でつかまれ顔面を胸に突っ込まされて拘束される。

もがく俺と『うわーん!!もうお嫁にいけない!!提督さんに責任とってもらうんだから~!?』

と叫ぶ阿賀野とで室内は大混乱だ。


「提督!!いかがされました!?」

「何事か!?」


バンと扉が開かれ大和と磯風が執務室へと飛び込んできた。彼女達は初霜が体調を崩したという話を聞いて

お見舞いにやってきたのだが、扉の前で中が急に騒がしくなったので不審に思い突入してきたのだ。


そこで彼女達が目にしたのはほぼ全裸で泣く阿賀野と提督を拘束したまま右往左往する矢矧の姿だった。

ふたりとも顔を見合わせ困惑顔になったが、どうにか事態を収めるべく提督達へと歩み寄った。


後書き

10万文字の規定を超えそうなので提督のとある一日はここで一旦終了となります。
続きは提督のとある一日『弐』へと移行します。
また、この場を借りましてここまでお読みいただいた読者の方々に厚く御礼を申し上げます。
引き続き遅筆ではありますが、本作にお付き合いいただければ幸いです。


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このSSへのコメント

13件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2014-11-01 09:48:56 ID: HLFV3dai

更新待ってます。

2: ロンメル 2014-11-05 11:27:15 ID: Ewy42EUm

ありがとうございます。
更新は不定期ですので気長にお待ちいただければ幸いです

3: SS好きの名無しさん 2014-11-28 23:38:07 ID: jke2fNk0

面白い。
気長に待ってるZE

4: ロンメル 2014-11-29 10:29:31 ID: Pa5wJaLd

ありがとうございます
ぼちぼちやってきますので、暇な時にまたみてください

5: SS好きの名無しさん 2014-11-30 12:40:40 ID: 4z48WNGr

ほのぼのとしていて、たまに笑えてすっごい楽しいです!次回も待ってますね〜

6: ロンメル 2014-12-01 01:28:23 ID: MEgbhvF0

ありがとうございます、少しでも楽しんでいただけれた
様でなによりです。

7: SS好きの名無しさん 2014-12-05 16:46:13 ID: E8Zg0yKz

地の文が読みやすい。
もちろん提督と艦娘の会話も。

8: ロンメル 2014-12-06 09:12:54 ID: IbBuOWqV

ありがとうございます
そういっていただけると励みになります

9: SS好きの名無しさん 2015-01-25 23:50:53 ID: ExpL_Vgk

いいね。特定の艦娘じゃなく出てくる全員に愛がある

10: ロンメル 2015-01-26 08:50:08 ID: 5L2Onp3h

ありがとうございます。
可能な限り多くの艦娘に出番を設けていければと考えています。

11: SS好きの名無しさん 2015-03-14 03:15:31 ID: zga6vZMA

憲兵さんは出てきますか?

12: ロンメル 2015-03-14 21:39:44 ID: DXhGRV2X

憲兵さんは登場させる予定ですね。どう絡ませるかはまだ未定
ですが。

-: - 2016-04-23 11:04:57 ID: -

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1: SS好きの名無しさん 2014-11-01 09:48:32 ID: HLFV3dai

おもしろい

2: あっぽる 2014-12-21 22:46:48 ID: 15RA3s3K

とても面白いです。続編超期待


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