2016-05-17 22:27:41 更新

概要

上海アリス幻楽団様原作『東方project』と神堂潤先生原作『redeyes』のクロスオーバー作品となります。
依然別の場所に投稿していたものに多少の手直しを行ったものとなります。
前書きの注意に必ず目を通してください。


前書き

                        ※注意
二次創作SSの上、原作キャラの崩壊や二次設定、オリジナル主人公や機体等の要素が満載されています。
両作品の雰囲気や世界観を大事にされている方は『絶対』閲覧せず、ブラウザバックを強く『推奨』します。
この注意を読んで同意いただける方はそのまま本編へお進みください。




序章


「伏せろーーー!!」


塹壕の中にいた兵士が叫ぶと続けて空気を切り裂く衝撃波が辺りを襲った。

巻き上げられる地面と人だった物。

響く砲声とこの世の物とは思えない悲鳴や断末魔がこだまするそこは・・・戦場だった。


時に西暦2077年、人類は未だに戦いを続けていた



21世紀半ば世界は南北アメリカと日本、オーストラリア及び東南アジアやインドを中心とした環太平洋連邦。

旧ロシアや中国を主体とした大陸連合の二大勢力が覇権を競う世界となっていた。


そして、ついにこの2大勢力は各地での様々な紛争や政治的対立を経て全面戦争の道を歩む事になる。


環太平洋連邦の中で最も大陸に近い日本が戦火に晒されるのは明白であり、予測の通り大陸から旧中国や韓国を主軸とした侵攻軍が襲来。

たちまち九州は戦火の炎に包まれる事となり、ここに第三次世界大戦の幕が上がった。


前大戦から120年後、2065年の事であった。

そして、開戦から12年が経過し人類は総人口の20%を失っていた。大地は血に染まり、怨嗟の声が世界を覆いつくし、果てる事なき殺戮の続く世界。


まさしくこの世の「地獄」


終わり無き戦火にただ人は絶望を見るしかなかった。そんな世界に一つの物語が幕を上げる。


―2077年6月20日・PM13:42 日防軍第3統合戦略軍司令部―


「諸君、たった今総司令部より通達があった。来る7月7日に我が第3軍を中核とした攻勢が実行される・・・事実上の決戦だ。」

「半月先ですか?彼我の戦力を考えれば今すぐにでも攻撃は可能かと思われますが・・」

「まあ、それは政治的な駆け引きというやつだ。だが、我々も手をこまねいているわけではない」


部下達を見ながら司令官はマップに指揮棒を当てながら説明を続ける。


「現在敵は霧島市周辺に防衛ラインを構成し、我々の鹿児島市内への進出を防いでいるのは全員が承知していると思うが、当然半月後の総攻撃の際には敵の防衛ラインが邪魔になるのは明白だ。よって、明後日敵に対し攻勢を仕掛けてこの防衛ラインを破綻させる」


表示された敵の防衛戦に侵攻ルートが表示される。司令官はマップを差しながらさらに説明を続ける。


「こちらの動きに呼応して連邦軍第6機甲師団が都城及び出水から進出し側面を援護。全面攻勢にみせかけ敵を霧島市内から追い出す。まあ、あれだ・・・敵さんも帰り支度の真っ最中だから我々がお手伝いをしてやるわけだ。尻を引っぱたく感じでな」


そこかしこから笑い声が出る。一しきり笑った後司令官は改めて全員を見渡しながら言葉を発する。


「大陸連合による九州侵攻が始まってはや12年、一時は九州を奪われかける所まで追い詰められたこともあった」


九州侵攻が始まったその年の5月19日、西の長崎と南の鹿児島から上陸が始まる。

およそ100年ぶりの戦争に浮き足立った日本国防軍(日防軍)は怒涛の如く押し寄せる連合軍に押される形で後退。


開戦から1カ月で長崎、佐賀、鹿児島を失ったところでようやく戦線の構築に成功。

北は福岡県久留米と南は宮崎、熊本に防衛ラインをしいて頑強に対抗した。


一方の大陸連合軍は予想外の抵抗に方針を転換。

まずは九州の孤立化を進めるべく山口及び北九州に再上陸。


山口県西部と北九州及び大分の別府を制圧。

これにより日防軍は空路と宮崎への海路による限定的なルートでしか物資の補給を受けられなくなる。

加えて旧ロシア連邦を中核とした北海道侵攻が始まったのも重なって日防軍総司令部は九州に援軍を送る事も敵わなくなる。



侵攻から2ヶ月、日防軍は熊本の阿蘇にある大陸間弾道ミサイル迎撃レールガン『日本武尊』による制空権下における空爆と地の利を生かした防御で大陸連合による侵攻に対して抵抗を行っていたが、物資の不足と雲霞の如く押し寄せる敵軍の前についに北の防衛線である久留米防衛線において敵の蹂躙突破を許し熊本に攻め入られてしまった。


熊本に立て篭もった日防陸軍第三・第四混成師団(現在の日防軍第3統合戦略軍)を中核とした九州防衛軍は北の玉名―山鹿防衛線、阿蘇防衛

線において久留米を突破してきた敵軍をどうにか撃退するものの喉元にナイフを突きつけられる格好となった。


そして8月3日未明、大陸連合は全戦線において全面侵攻を開始。

後に第一次熊本防衛戦と呼ばれる決戦の火蓋が切られる事となった。

迫り来る連合軍に対し日防軍第三師団を中心とした阿蘇防衛部隊は何十にも張り巡らされた塹壕陣地に立て篭もり決死の抵抗を試みる事となる。


総攻撃が始まって4日目、玉名―山鹿防衛線が各所で寸断され防衛の任についていた第三師団隷下の33機甲旅団、36歩兵連隊は部隊再編のため熊本市内に後退。結果市内に押し込められる形となる。


阿蘇防衛線においても、前日までに第三防衛ラインを食い破られ、残すは第四防衛ラインと最終防衛ラインを残すのみという所まで追い詰められていた。


連合軍は熊本市侵攻に裂いていた戦力を阿蘇に回し阿蘇第4次防衛ラインに攻撃を開始。

損害に構わず防衛線を突破しようとする連合軍に対し最早これまでと残存の部隊に総突撃の命令が下される寸前、敵機甲部隊の側面上空から10機の大型輸送機が現れ地上に何かを落としてきた。


突然の物資投下に今まさに激突しようとしていた両軍が何事かと足を止める。

そして、現れたのはそれまでの戦争の概念を一変させるある兵器の姿だった。


『65式特殊強襲用装甲―風神』


戦車並みの火力と機動力、歩兵の携行火器を物ともしない装甲を持った歩兵。

後に機装兵と呼ばれるその一団が連合軍に襲い掛かった。

側面からの強襲と未知の新兵器に対する対処の遅れた連合軍機甲部隊は碌な反撃もままならない内に陣形を乱され混乱の極地に陥った。


これにより阿蘇防衛線に伸びるように突っ込んでいた連合軍は同様の強襲に合い各地で寸断。

さらに連合軍野戦司令部も強襲され指揮系統が破綻しその統制を完全に失う事となる。


第三師団は同時に宮崎に到着した本土及び連邦軍からの援軍が熊本入りしたことから総反攻に転じ、

各所で分断され混乱した連合軍を逆包囲する形で各個撃破。


たった5日で連合軍主力を熊本から敗走させることに成功。こうして連合軍による電撃戦は事実上ここに頓挫した。

こうして熊本は要塞化が進められ九州防衛の最前線へと変貌していく。


「多くの犠牲の果て・・・昨年、佐賀と長崎の奪回に成功し残すは鹿児島のみとなった。この九州の地で祖国防衛に血を流し死んでいった勇士達に報いるためにも必ず勝利をおさめよう、解散!!」


おお!!と気勢を上げ各員が持ち場に散っていく。その誰の顔にも自信と少しばかりの慢心が見て取れた。


紅天の大地:前編


―6月21日 AM5:35 霧島防衛線 第15戦区―


「あ~・・・もうすぐ夜明けか」

「もうすぐ交代なんだからちゃんと前みろよ。また軍曹にどやされっぞ?」

「へっ!軍曹よりも俺は幽霊とかの方が恐いっての!」

「なんだよ、まだ例の神隠しをひきずってるのか?よくある与太話だろ?」

「何度も言ったけど本当なんだよ!嘘じゃねえ!俺の目の前で死んでたSAA着た連合の奴が動いたんだ!その後突然消えたんだって!」

「はいはい・・・ん?おい、今なんか聞こえなかったか?」

「え・・・?」


何だと想った瞬間、空気を切り裂く不気味な風きり音と共に陣地一体が爆発の嵐に飲まれた。


「うわああ!!?砲撃だ!!」

「こりゃ重砲だぞ!?こんな砲撃を仕掛けてくるのは・・・まさか!?」


絶え間なく撃ち込まれる砲撃の合間に地面を揺らす大きな地響き。

そしてその震源が悠然と地平線に姿を現した。


「あれは!?本部、本部!!至急応答願う!!第15戦区、152観測所は敵地上戦艦を発見せり!!」

「随伴の戦車及び機装兵多数!!真っ直ぐこちらにくるぞ!!」

「敵艦発砲!!」


耳をつんざくような砲撃音と共に陣地にまた砲弾が撃ち込まれる。

すると陣地手前で着弾した砲弾が濛々と煙を上げ始めた。


「・・・やばい!!総員対機装防御!!突撃してくるぞ!!」

「重機を早くもってこい!!早く!!」


煙を裂くようにして数十体の影が躍り出てくる。

全身に装甲を纏った陸戦兵器の概念を変えた戦場の花形『SAA』だ。

陣地から浴びせられる銃弾を回避、またはその装甲で防ぎながら接近してくる。


「畜生!!こんな小銃じゃ歯が立たない!!」

「本部!本部!敵SAA『玄武』及び『朱雀』を擁する機甲小隊に襲撃されている!直ちに応援を・・」

「敵発砲!!」

「くそったれぇ!!ぐああああ!?」


未明の敵からの反撃により第三軍の司令部は混乱に包まれていた。


『こ、こちら第4中隊!現在敵の機甲中隊による襲撃を受けている!!SAAを寄越してくれ!!』

『くそくそくそ!!なんで地上戦艦がこんなところまで!!偵察部隊は何をやってたんだ!!』

『空爆支援はどうなってる!?はやくなんとかしろ!!』


混乱する前線からの通信を他所に、指揮所の中で司令官は幕僚達と共に作戦地図を見ていた。


「最初の攻勢が始まったのが第15戦区、敵は我が方の陣地を突破した後部隊を二つに分けています。一つは西に転進しとなりの14戦区へ移動。また地上戦艦を中核とした敵機甲大隊は北・・・こちらへ向けて突撃してきています。」

「わざわざ砲火の中に飛び込む?このタイミングで?」

「撤退までの時間稼ぎと置き土産というわけか?」

「確かに・・・地上戦艦の類は走行ユニットの取り外しが面倒ですしな?どうせならここで使い潰すと」

「・・・北に向かってきている敵への対処は?」

「現在第2機装大隊及び第3戦車大隊が迎撃しています」

「前線より入電!敵地上戦艦を中核とした機甲部隊は南に後退。こちらに向かっている部隊については、我が方の反撃後護衛についていた機甲部隊と共に撤退を開始した模様!」

「なるほど、やはり総攻撃にあう前にこちらの出鼻を挫く腹か。敵さんはよほど恐がっていると見える・・・参報、総司令部に打電。我、これより攻撃に移るとな」

「え・・!?し、しかしこの混乱状態では・・・」

「あからさまな遅滞攻撃に我々が乗るのも癪だ。全戦線で一斉攻撃、総攻撃の前哨戦を前倒しにする」

「は・・は!総司令部に通達急げ!!」


司令官の言葉を受けた参報が日防軍総司令部に連絡した数十分後、総司令部は第三統合戦略軍に連合軍に対する攻撃を命令。

同日、11:38攻撃を開始。

連合軍霧島防御陣地に対し、全面攻勢がかけられた。


攻める日防軍は分進合撃の方針に従って損害に構わず前進、各所で連合軍の部隊を寸断しつつ霧島市内を目指していた。

一方の連合軍は怒涛の如く押し寄せる日防軍に各所で寸断され、防衛線の指揮系統が事実上破綻。各地で孤立化する部隊が相次ぐ結果となる。

しかしながら、唯一の撤退路である霧島市を死守すべく連合軍は頑強に抵抗を続けた。


―霧島市外20km 連合軍物資集積所―


周囲から聞こえてくる砲声の音が段々と近づいてくる中、連合軍のとある機装小隊は補給に立ち寄った集積所で待機を命じられたままだった。


「大隊本部からの新たな命令は何かあったか!?」

「それが『別命あるまで戦線を維持せよ』と繰り返すばかりで、こちらの呼びかけに碌に応答がありません」


小隊の指揮官らしき人物は舌打ちすると、苛立ち気に奥歯を噛み締める。


「事実上の死守命令じゃないか!!くそ、未明の攻撃といい司令部は何を考えている!」

「こればかりは・・・ん!?振動センサーに感あり!!これはSAAです!!」

「何!?」


連合軍SAA部隊がその方角に視線を向けると荒野を疾駆してくる一機の日防軍SAAを捕らえた。


「は・・たった一機だと?笑わせる、迎撃だ!!」

「りょうか・・い!?照準レーザー感知!!ミサイル来ます!!」

「!?」


日防軍SAAのバックパックブーストの一部がせり上がりそこからミサイルが吐き出された。


「回避!回避だ!!」

「逃げろ!!」

「よせお前達!!まとまって回避行動を取るんだ!!」


連合軍SAA8機の内比較的経験の浅かった2機がミサイルに慌てて回避行動を取り始める。


「く、くそ・・!!フレアが効かない!?ホーミンぐわあああ!?」

「た、たすけぎゃあああ!!!」


2機のSAAが爆炎に包まれ木っ端微塵にされる。

残る6機が迫るミサイルに対して背中を見せるようにして回避行動に移る。


「ペネイド散布!!」

「了解!!」


バックパックから棒型の箱に包まれた物体が排出され中に内蔵されていた鉄球がはじき出され、追ってきていたミサイルに突き刺さる。


「これでどうにか・・・!?」


爆炎を裂くように眼前にSAAが現れた。

慌てて1人が手に持っていた銃を向けようとした。しかし、それよりも先にそのSAAの右腕からブレードが飛び出し一閃した。


「あ・・・!?」


首を切り飛ばされた兵士が一瞬送れて言葉を発する。

呆然とそれを眺めていた隣の兵士に今度は蹴りが炸裂する。


「がはぁ!?」


装甲に突き刺さったピックの部分がガツン!と音を立てると

踵に装備された小型パイルバンカーが装甲を完全に突き破りその兵士の命を刈り取る。


「・・・っ!!うてぇ!!撃て!!近づけさせるな!!」

「日帝の犬め!!」


生き残った4機の連合軍SAAの小銃が一斉砲火を日防軍SAAに浴びせる。

素早い回避でそれを避けたそのSAAが右腕に装備された機関砲で反撃する。


「馬鹿め!銃撃なんぞこの『玄武』には・・・ぎゃあ!!」

「何!!?」


先頭で攻撃を加えていた連合軍SAAが滅多打ちにされて絶命する。

連合製重SAA『玄武』の装甲は12・7mm弾の有効射程からの直撃でも耐えれる仕様になっているのだが、無残に装甲を貫かれていた。


「くそ!?敵は重鉄鋼弾を使ってるぞ!!回避を・・・」


足を止めた射撃は命に関わると判断した彼らの隊長は部下を分散させようとしたが一足遅かった。


「ブースト」


静かにつむがれた言葉と共に一瞬で加速したそのSAAが突撃してくる。

迂闊に陣形を乱せば一気に殲滅される恐れがあった。


「伍長!!有線ミサイル!!」

「了解!!」


後方に控えていたSAAが肩部に装備されたランチャーを構える。

頭部に装備されたセンサーがせまるSAAをしっかりと捉えていた。

だが、その姿が掻き消える。


「は・・・?」

「!?」

「上だ!!」


仲間の声に視界を上に上げると盾をこちらに突き刺すように向けた敵の姿。

視界に盾の裏に装備された銃口が鈍く輝くのが目に入った。そして発砲音が轟く。


「え・・あ?」


胸部を丸ごと抉り取られた兵士が何が起きたかもわからない内に絶命し、その指先が引き掛けていた引鉄を引く。

そのまま地面に激突したミサイルが大爆発を起こした。


「あああ!?」

「ぎゃああーー!!?」


巻き起こった炎と衝撃に爆心の近くにいた一機が即死。

彼らの隊長は20メートルほど吹き飛ばされ大地に転がった。


「がは!?がは!!・・・く、くそ、我々がこんな馬鹿な・・・」


どうにか起き上がった彼の視界に、

炎の中から件のSAAが悠然と歩きながらやってくる。


「くく・・・っ!おのれ、おのれぇぇ!!!」


腰部ハードポイントからTCV(熱伝導振動ブレード)を引き抜いた

彼はありったけのパワーでブーストをかけて突撃に転じた。


「死ねぇぇーーーー!!!」


振り下ろされたブレードに対し、そのSAAは右に僅かに踏み込むとシールドを払った


「があ!?」

「・・・」

「!?」


まるでスローモーションの様に払われて体勢を崩した自分の頭部に向けられた銃口を彼はみた。


それが彼がこの世で見た最後の映像だった。

ただ一つの銃声、悲鳴と砲声木霊する戦場に静寂をもたらすかのような一撃がこの戦闘の幕を降ろした。


「・・・指揮官権限により無線封鎖を解除する。01より各機状況を」

『02、ポイントA1の敵勢力を排除』

『05、A3の確保に成功』

「了解、各機集結地点へ」


短く命令を伝えるとそのSAAは集結地点へと向かっていった。


― 日防軍 臨時野戦補給所 SAA整備テント -


「装甲交換は終わったか!?」

「おい!駆動部の整備を早く終わらせろ!!敵はまっちゃくれないぞ!!」

「はあ!?まだバッテリーは来てないのか!?」


怒号のように指示が飛び交うテントの片隅で先程のSAAに乗っていた兵士は整備兵が群がる自分の愛機を紫煙越しに見つめていた。


「・・・・」

「あれは大尉の機体か?」


そんな彼に話しかけてきたのはメカニック服を着たいかにもこの道一筋といった整備兵だった。

部隊章を見ると、今回の総攻撃に合わせて増援でやってきた第一統合軍の所属のようだ。

青年は壮年の整備兵の方に目を向けると抑揚の無い声で応えた。


「・・・ええ、何か不具合がみつかりましたか?」

「いやいや、被弾箇所も少ないし足回りも多少の負荷がかかってるくらいで問題ない。多少の交換・点検で済むだろうよ」

「そんな事を言いにわざわざ?」

「ああ・・・いや、今の量産型SAAは前年から配備された『武尊』か『不知火・改』だろ?大尉の使っているのは『神武』それも野戦重装ときたもんだ・・・どこのエース様かと思って見に来たら、こんなに若いとは驚いた」


整備兵のいう彼の機体『神武』は量産型SAAとは一線を画すいわゆるエースにのみ配備されるSAAだ。

だが、並外れた反応速度と機体制御を要求されるため先行量産型を実戦配備したはいいが、扱える人間が極めて少数に限られるという結果に終わり欠陥機に近い烙印を押されたまま『鬼神』というエース専用機体へその座を譲った。


その後鬼神にかわるエース専用機も開発され現在その機体へと機種転換が進められている。

いわば二世代前の欠陥機をそのまま使っていることになる。



「・・・そうですか」

「失礼だが、歳は?」

「今年27になります。第3軍に配属されて10年立ちました」

「年少徴兵組の一期か?」

「はい」

「10年前配属ということは、第3次熊本防衛戦も?」

「・・・はい」

「・・・あの地獄を。そうか」

「・・・」


12年前、20世紀の終わりから人口減少に拍車がかかっていた日本は開戦当初から深刻な兵士不足に悩んでいた。


それを解決するため国会で若年者に対する徴兵規制の撤廃が行われ15歳以上の健康な人間は即時徴兵。

それ以下は志願によって兵隊になれるという制度が設けられた。

その二年後、折り悪く九州防衛戦は連合軍に形成が傾いており敵は数の暴力によって再び熊本に迫ろうとしていた。


一方の日防軍は北海道北部奪還戦を主軸としておりなおかつ要塞化が進められた熊本が

やや形勢不利とはいえ簡単に陥落する事もないとたかを括っている部分もあったため補充兵の60%を学兵で構成した。


熊本に送られた3万人の60%実に18000人が15歳から18歳の子供という有様であり、あきらかな捨て駒扱いだった。

彼らが九州に到着した1ヵ月後、5度行われた決戦の中でも最も凄惨といわれた第3次熊本防衛戦が幕を開けた。


結果だけ言えば熊本は防衛された。しかし、両軍の人的被害はこれまでの中で一番酷かったのだ。

連合軍が熊本侵攻に投入した人員は10万、対する日防軍は8万。このうち、連合軍は推定37%の人的損失を出して侵攻を中止。

そして、日防軍は戦死1万5568名、負傷3万以上を出してこの戦いは終わった。


熊本要塞はその防御力を著しく削られ、連合による熊本再侵攻が行われようとしたが、連邦軍の援軍もありからくも危機を脱している。

なお、日防軍戦死者の半数を構成したのは学兵であった。


2人の間にしばしの沈黙が下りる。それぞれが何事かを考えただ黙っていた。

いたたまれなくなった整備班長が何かを言おうとした時彼の機体を整備していた兵士が叫んだ。


「大尉、あんたの機体はもうすぐ整備が終わるそうだ」

「そうですか・・・」

「死ぬなよ?このくだらない戦争ももう終わる、せっかくここまで生き残ったんだ。命を粗末にするな」

「ありがとう、曹長」

「それでは」


敬礼をして奥に引っ込んで行った曹長の後ろ姿を彼はぼんやりと見送った。


「死ぬな・・・か、なんでだろうか・・・?何も想わない」


見も知らぬ自分を心配してくれた

あの曹長の言葉が自分には全然響いてこなかった。


何故なのか?

あまりにも死を見すぎたからなのか?そもそも俺は何故生きている?

皆死んでしまったのに。


一緒に九州の地を踏んだ彼の同期の仲間はもういない。

厳密に言えば、一期組み自体は彼を含めているにはいるが

この場合彼が通っていた学校で一緒に徴発されたクラスメート達の事だった。


まだ戦争がどこか他人事で、徴兵されて軍人っぽい真似事を学校と訓練基地で2年間させられた。

そして17の時に九州に来た時は『修学旅行みたいじゃね?』といっていたクラスメートと笑い合っていた。


だが、待っていたのは『戦争』という名の地獄だった。

それが始まる数日前に最前線に連れて行かれ、『ここがお前らの持ち場だ』と言われ配置ににつかされたのだ。


幸か不幸か学校で行われた適正検査で機装兵としての適正を認められていたため

自分は基礎訓練を卒業後、専門課程に進んで学生機装兵となった。

そして、学兵ばかりで構成された機装小隊に同じクラスの数人と共に配属された。


今でも覚えている。

始めてみる量産化されたばかりの新型SAAに喜ぶクラスメートと自分。

そして、それを見せに行って誇らしげだった俺達。


「・・・・」


ポケットから出した写真。

色あせたその写真にはSAAを纏って無邪気にはしゃぐ自分達とそれを囲んだクラスメート達。


もう一枚には真新しい軍服を着て敬礼する自分を挟んだ両親の姿。大切な者達がそこにいた。


だが、もう誰一人いない。

皆死んでしまった、自分を残して。

友も、家族も失って自分はまだ何故戦うのか?何故生きるのか?


「わからない」


あの地獄を潜り抜けても、その先に待っていたのは更なる地獄だった。

それら全てを生き延びて自分に残った物はなんなのだろうか、と自問している所でその考えは中断させられた。


「不動大尉!」

「蓮島少尉か、どうした?」

「どうしたじゃないですって、連隊本部からお呼びがかかってます」

「そうか」


歳若い自分の部下の後をついていく。

臨時に設けられた通信テントに行き、次の指令を受けとると天幕の前に集合した部下達に作戦の概要を説明する。


「状況はわかっていると思うが、いまだ戦線は錯綜状態だ。我が隊は南下し敵勢力を任意に遊撃する。なお、進出する地区は今だ敵地上戦艦が健在であり有力なSAA機甲部隊が傍にいると思われる。それらの事を十分に留意して作戦に当たれ。以上、質問は?」

『ありません!』

「中隊長に敬礼!」

「・・・」


答礼しその場は解散、自分自身もSAAを装備するため整備テントに向かった。

SAA装着後、部下を引き連れヘリポートにて輸送ヘリに乗り込み戦場へと向かった。


「隊長、データで確認した所ここから3ブロック先に今だ抵抗を続ける敵陣地があるようです。」

「02、05は小隊を率いてそこを潰して来い。その後はいつも通り敵を遊撃しろ、深追いはするな」

「了解!」

「集結地点で待つ、行け」


部下に命令を下し、俺は敵地上戦艦がいると目される抵抗の強い戦区へと向かった。


― 霧島市 北5km―


全面攻撃から5時間後、一部の日防軍部隊が市内に突入している頃

この地区は日防軍と連合軍が激しくいり乱れる混戦の様相を呈していた。


「榴弾装填!制圧射撃用意!」

「了解!」

「てぇーーー!!」


急停止した日防軍MBT72式戦車3両から榴弾が放たれ前方を薙ぎ払う。

濛々と立ち込める煙の先には何も見えない


「やったか・・?」

「・・・熱源感知!!敵SAA5機を確認!!」

「く・・っ!急速発進!!ECM!!フレアも撒け!!」

「ミサイル接近!!」


煙を裂いて飛び出したミサイル3発が戦車に襲い掛かる。

離脱と防御の遅れた一台が直撃され紅蓮の炎を上げて吹き飛んだ。


「畜生!!3号車がくわれた!」

「落ち着けぇ!!敵に攻撃の隙を与えるな!!行進間射撃用意、撃ちまくれ!!」

「くそ、くそ!!くるな!!」


戦車を包囲する形で散らばっていく敵SAAに対し必死の攻撃が行われる。

だがそれを嘲笑うかのように接近してくる敵を押し止めるのは困難極まりなかった。

そして、さらなる脅威が出現する。


「うお!?砲撃だと!?」

「2時の方向、敵戦車3両確認!!」

「このままでは囲まれます!!」

「救援は来ないのか!?」

「2号車被弾!!走行不能の模様!!」

「喚くな!!撃ちまくれ!!」


敵のSAAと戦車に挟まれ進退窮まったその戦車の車長は

被弾して身動きの取れなくなった味方を庇うように立ち塞がり砲撃を続ける。


「当たるかよ!」

「くたばれ、日帝の犬!!がっ!!?」

「なんだ!?」

「側面から日防軍SAA!」


側面から現れたSAAが凄まじい勢いで突撃をかけてくる。


「撃て!近寄らせるな!!」

「このお!」


連合軍SAAの銃撃を盾で防ぎつつ接近した彼は

すれ違い様にブレードを敵に突き刺した。


「がっ!?」

「軍曹!!ぐああああ!!?」


突き刺した敵を蹴り飛ばして別の敵に激突させると右腕に装備された20mm徹甲重機関銃で滅多打ちにしながら次の獲物に襲い掛かった。

フルブーストからの盾を使ったタックルを敵に浴びせる。強烈なその一撃に敵SAAが2機折り重なるように吹き飛ばされる。


「ぐあああ!?」

「くそ・・っ!は!?」


視界に捉えた日防軍SAAは既にミサイルの発射態勢に入っていた。

そして、迫り来るミサイルの雨を視認した一瞬後彼の視界は紅蓮の炎に包まれた。


「す、凄い・・・機装小隊を一瞬で」

「敵戦車、スモークを投射。後退していきます」

「戦車長、通信が」

「出せ」

『こちら第1機装連隊所属、103機装中隊の不動だ。この地区の戦況報告を』

「救援感謝する。状況だが、現在敵の地上戦艦を伴った有力な敵がこの先で抵抗を行っている。我々もその支援に向かう途中だったが、このザマだ」

『了解、貴隊は即座に後退を』

「了解、武運を祈る」


煙を上げながら彼のSAAが丘の向こうに消えていく。

戦車長は彼のシールドに描かれたエンブレムに刀と仏教の梵字カーンの紋様を見つける。


「あれが噂のエースか・・・」

「しってるんですか、戦車長?」

「知るも何もSAA乗りで不動といえば、有名な学兵上がりのトップエースのはずだ。しかし・・・」

「?」

「まるで死に急いでいるような感じだ、若いのに・・・不憫だな」


こちらを振り返ることもなく砂塵を巻き上げて丘の上に消えていった彼に戦車長は静かに敬礼を送ると部下と共にそこから後退して行った。


紅天の大地:後編


彼の向かう先では日防軍の激しい砲火に晒されながらも今だ抵抗を続ける連合軍の地上戦艦の姿があった。


「くそくそくそ!!日防軍めここぞとばかりに増援を送って来やがって!!」

「喚く暇があったら撃ちまくれ!!おい!そこの死んだ奴を機銃砲座からどけろ!!」

「11時方向から新たな日防軍SAA小隊を確認!!」

「レーダーに感!!高度3000から敵航空機接近!!」

「対空砲火!!ミサイルをありったけ吐き出せ!!」


地上戦艦のありとあらゆる場所から砲火が放たれ地上と空に叩きつけられる。

近接航空支援が知らされていた周囲の日防軍が遠ざかると同時に着弾。周辺はたちまち火炎地獄の様相を呈する。


「ナパームだ!!」

「周囲の味方SAAの被害甚大!!陣形維持できません!!」

「面舵!!既に目的は達成した・・・後は自動制御に切り替えて日防軍陣地に突っ込ませる。うおぅ!?」

「なんだぁ!?」

「右舷にミサイル複数直撃!走行ユニット大破!!艦が傾斜します!」

「予備走行ユニットを起動させて艦の傾斜を防げ!合わせて大破した区画を切り離し、ダメコン急げよ!」

「左舷より新たな日防軍機甲部隊接近!SAA30機高速で接近中!」

「足を止めるつもりか、ええい!生き残っている砲座は左舷の敵に集中砲火を加えろ!なんとしても近寄らせるな!」


速度を落とした連合軍地上戦艦にとどめを加えるべく、左舷から日防軍SAA部隊が複数襲い掛かっていく。

絶え間ない連続攻撃によって敵艦の砲座はほとんど沈黙していたが、それでも生き残った砲座から熾烈な弾幕が襲ってくる。


「前進!最大戦速で前進しろ!俺達が敵の弾幕を引き付けて右翼への負担を軽くする、俺のけつについて来い学兵共!」


古参の日防軍SAA乗り達に率いられた学兵の一団が弾幕を掻い潜りながら戦艦を目指す。

周囲に着弾する砲撃が彼らの精神をじりじりと磨耗させていった。


(こわいこわいこわい!死んじまう・・死んじまうよ!)


その中の1人があまりの恐怖に陣形からわずかにずれた瞬間、運悪くその動揺を認めたかのように砲座の一つが彼に照準を向けた。

砲撃が加えられ動揺していた学兵の至近に榴弾が着弾し土煙をあげた。


「うわあああ!?」

「山下!?山下―――!?」「嘘だろ!?返事しろ!!」

「ち!動揺するなガキ共!死にたくなきゃしっかりついてこい!」


動揺する学兵達を一喝し、被弾した機体を置き去りにしたまま彼等は戦艦へと向かっていく。

一方、砲弾が直撃したかと思われた学兵は爆風で吹き飛ばされただけで意識を朦朧とさせながらもなんとか無事だった。


「がは!?ごは・・・助かったのか?あれ・・動けない」


至近に着弾したせいで足の駆動部が破壊され動く事が出来なくなった

彼の目の前に敵戦車3両が姿を現した。


「・・・いやだ!死にたくない!死にたくない!?」


半狂乱になりながら彼は逃げようとする。

しかし、駆動部を破壊され動きの鈍くなったSAAは彼を沼地に引き込むように重い。

這いずる様に逃げる彼を嘲笑うように戦車の砲塔がゆっくりと狙いを定めた。



「あれか」


敵の地上戦艦が各所から黒煙を噴出しながら味方の波状攻撃に晒されている光景がカメラに映る。

戦艦の陥落は時間の問題だなと思い視線を周囲に向けると地面を這いずる様に逃げる味方のSAA、しかも学兵を示す青いラインが肩に入っている。

そして、それに照準をつける敵戦車が目に入った。


「つ・・・」


その光景に過去の無残な光景が甦る。物言わぬ屍となったクラスメート達、戦車砲で木っ端微塵にされた友人。

真っ赤に塗りつぶされた紅の支配する世界


気付けばらしくない行動を取った。

戦術機動無しの単なる突撃に碌に照準もつけずに放った対戦車ロケット。一発は最後尾にいた戦車側面に直撃し破壊。


残りの二発はそれて周辺で爆発し、結果として敵の注意をこちらにひき付けた。

戦車砲の照準がこちらに向くと同時にフルブースト。上空に舞い上がった俺は学兵に狙いを定めていた戦車の上部にレールガンをお見舞いする。

着弾後ハッチが吹き飛ぶのを見届けて最後の戦車に取り付くとハッチの真上から遅延信管付きの対装甲鉄鋼榴弾を車内に叩き込んだ。


その学兵は何が起こったか判らなかった。

急に一両の戦車が爆発したと思ったら、自分に狙いをつけていた戦車がこれまた爆発。そして、最後の戦車にいつの間にか味方のSAAが取り付きハッチ越しに戦車内部を銃撃、中で爆発が起こりその戦車が沈黙したのが見て取れた。

爆炎を背にその味方のSAAがこちらに向かってくる。


「無事か?」

「へ・・・え?あ、はい!お、俺はぶじ・・・じゃなく自分は無事であります!あ、ありがとうございました!」

「動けるか?」

「はい、いいえ駆動部損傷のため自力での機動は無理であります。ど、どうすれば・・・?」

「機体の状態を確認する。少し待て」


学兵のSAA端末に自分の端末ケーブルを繋ぎ状態を確認。

機体からの強制排除が改めてできない事を確認すると外部手動排除を行う。


「はずれた・・・あの自分はこれから・・・」

「02こちらに来れるか?」

『こちら02。可能です』 

「負傷兵を救出した。お前達がピックアップしろ。座標を送る、R23S14だ」

『座標確認。急行します』

「了解。可能ならばヘリも要請・・・」


そこで俺の言葉は途切れた。

聴音センサーが僅かな軋む音を捉えたからだ。視線を向けると先程最後に撃破したはずの戦車の外部にあったミサイルコンテナが耳障りな音を

立てながらこちらに向くのが見えた。


「学兵!!」

「え?な・・うわあああ!?」


横で棒立ちしていた学兵を突き飛ばすと同時ミサイルコンテナから一発のミサイルが発射された。

その場で迎撃を試みる。右腕に装備された機関銃の照準を合わせるとミサイルはさらに分裂。


「多弾頭<ディスペンサー>ミサイル!?」


6つに分かれた小型ミサイルが迫る。しかし、回避は出来ない。

この手のミサイルは元々対人・対SAA用で熱源感知を追尾装置にしている。


この場で熱源が一番大きいのは自分、そして助けた学兵のみ。

回避行動にうつれば、それたミサイルが学兵に向かうかもしれなかった。


思考を瞬時に切り替え対戦車ロケットを全てはなった。

そして、学兵に向かうミサイルを無くすため飛んで来るミサイルの迎撃にうつる。


迫り来るミサイルの内、3本目を叩き落し戦車にロケットが着弾した所

で残りの全てがこちらに向かってくるのを確認した。


(・・・これが終わりか。あっけなかったな)


構えた盾と肩に衝撃が走った瞬間、俺の意識は光に呑まれて消失した。


幻想の空


―???―


どことも知れない竹林の一角の開けた場所にかなり大きな純和風の邸宅があった。

時間は正午を少し回った所なのだが周囲は小雨を降らしている雨雲のせいで薄暗い。

家の中では、若干照明が照らされた居間で家人達が談笑していた。


「今年の梅雨は長いわね~」

「そうですね、こんなに降ると気が滅入りますね」

「そのうち姫様にカビがわくかもしれないわ。ずっと布団でごろごろしてるし・・・はあ」

「それはいくらなんでも『ドォォン!!』なに!?」

「表のほうね」


言葉を遮るように響いた爆発音に2人は腰を上げると玄関に向かった。


(・・・・)

ポツ・・・ポツ・・・

(・・・・う)

ポツ・・・ポツ・・・

(・・・うう)


何か冷たい物が自分に落ちている事に気付く。まどろむ意識に活を入れ、両目をゆっくりと開いていく。

アイカメラ越しに映像が映される。首だけ左右に振ると、どうやら自分は森いや竹の生い茂る場所の開けた所にいるようだ。

改めて首を正面に向けるとそこには流れていく雲の間にうっすらと晴れ間が広がっている光景だった。


蒼い

なんて蒼いんだ


雲の隙間から望む空の色。それは果てしない蒼だった。

こんなに綺麗な空の蒼さを見たのはいつ以来だろうか?

俺の見ていた空はいつも硝煙と血で燃えるような紅ばかりしかなかったのに。


「・・・っ!」


痺れて思うように動かない体を立たせると俺は天を仰いだ。

竹林の隙間から覗くその抜けるような蒼さにただ魅了され言葉も出ずにただ立ち尽くした。


ここが何処であるのか?何故自分は生きているのか?

戦闘はどうなったのか?

その全てがどうでもよくなるくらいに、ただただ空を仰ぎ見ていた。


一方の少女達は困惑していた。

衝撃音のした場所に向かってみれば全身を鎧のような物で覆い尽くした人物が呆けたように視線を空に向けたまま固まっている。


「何ですかあの人・・・?」

「さあ、何かしら」

「どうしますか?」

「取りあえず話しかけてみましょう」


女性の片割れが一歩踏み出した瞬間、

件の人物が突然動いて右腕を少女達に突き出した。


「ひ!?」

「!?」


2人はまるで金縛りにあったかのように固まった。何なのかはわからないが、これ以上動けば自分の身に何か致命的な事態が起こると本能が警

告しているかのようだった。

例えようのない圧迫感と焦燥感を感じている2人組みとは対照的に彼は冷静だった。


呆けていた自分の意識を冷まさせたのは物音だった。

草を踏み分ける音を認識した瞬間、右腕の機関銃を音の方向に向けていた。


(・・・民間人?)


1人は赤と青の看護師のような服装をした妙齢の女性、もう片方はブレ

ザーに身を包んでうさ耳のアクセサリー?を身に着けた少女だった。


「何者だお前達?連合兵か?」

「な、何者って・・・それに連合兵ってなに?」

「待って、もしかしたら外来人かもしれないわ」


外来人?聞きなれない言葉に眉をひそめるが、警戒は怠らず2人組みの挙動に注視する。


「・・・」

「まずはその鉄砲のような物を降ろしてくれないかしら?このままじゃ、話もできないわ」

「いいだろう」


武器を携帯しているようにも見えない。

それに連合兵が流暢な日本語を喋るのもおかしい。奴らなら有無も言わさずこちらを攻撃しているはずだからだ。

俺が武器を下ろし警戒を緩めると、2人組みはほっとしたように息を吐いた。


「それで、改めて聞くがお前達は何者だ?何故民間人が戦場にいる?」

「戦場?ああ・・・これはもう確定ね。取りあえず家にきてもらいましょう。事情の説明が必要でしょうし、それに・・」

「それに、なんだ?」

「貴方負傷してるわね。私達の家は診療所なの、傷の手当が必要ではなくて?」

「この程度の負傷は問題ない」

「医者の言う事は聞くものよ?ちなみに私達とはぐれたら一生ここからでられなくなるけどそれでもいいのかしら?」


にっこり笑っているが目が明らかに笑っていない女性をみると何故か背筋に冷たい物が走った。

それに出れないと言うのもあながち嘘ではないかもしれない。現に計器のいくつかにエラーがでておりGPSも使用不能。

衛星とのリンクも絶たれている。下手に動いても下策になるだけと判断し、女性の提案に乗る事にした。


「了解した。案内を頼む」

「じゃあついてきてくださいな」


そういって踵を返した女性に横にいた少女が怯えたように後に続く。俺もそれに続いた。


―永遠亭―


案内された純和風の邸宅の門を潜る。

玄関の所でSAAを脱着し、診療室のような所に通されると簡単な問診の後、診察が始まった。


「外傷は擦り傷程度だけど内臓にかなりの衝撃が加わったみたいね?」

「ミサイルに直撃されたからな。反応装甲がなかったら即死だったかもしれない」

「さらっと、とんでもない事をいうわね?」


言いながらテキパキと処置を終えた女性は次に俺を居間に通した。座っていると、先程の少女がお茶を載せた盆を持って現れお茶を置いていく。


「姫様とてゐは?」

「姫様は寝てます。てゐは姿が見えないです」

「そう、しょうがないわね。じゃあ自己紹介をしましょう。私は八意永琳、医者兼薬師かしらね。」

「俺は日防軍、第3統合戦略軍第1機装連隊、103機装中隊の不動明だ。階級は大尉」

「軍人さんと言うわけね。それで、こっちは弟子の鈴仙・優曇華院・イナバよ」

「どうも・・・です」

「それじゃあ説明をしたいと思うけど、不動大尉と呼べばいいかしら?」

「なんでもかまわない。好きにしてくれ」

「そう、なら明さんと呼ぶわね。今からかいつまんでここの・・・幻想郷について説明させてもらうわ」

「幻想郷・・・?」

「ええ、ちょっと信じられないかもしれないけどね」


八意と名乗った女性からこの場所、つまり幻想郷という場所についての概要の説明を受ける。


「人と妖怪と神が暮らす忘れられた場所。俄には信じがたい話だ」

「でしょうね。この説明を聞いただけで信じるなら逆に精神を疑われるでしょうけど、事実だから仕方ないわ」

「・・・帰還の方法は?」

「一つはさっき説明した博麗神社の巫女に頼む方法。もう一つは幻想郷の管理者である八雲紫に頼むことだけど、こっちは当てにならないわ。どこにいるのか誰にもわからないもの」

「なら博麗の巫女とやらの居場所を教えてくれ。」

「それはいいのだけれど、ちょっと引っかかる事があるのよね・・・明さん、貴方ミサイルの爆発に呑まれた後気付いたらここにいた。それで間違いないのよね?」

「ああ」

「そこなのよ。普通幻想郷に迷い込むには大まかに2つケースがあるの」


彼女が言うには一つは偶然結界を越えてくること、もう一つは八雲紫がスキマを使って呼び込む方法が幻想郷に迷い込むケースらしい。

だが、これら二つに俺は該当しない。ならば導き出されるのは一つだ。


「俺が別の事象でここに来た可能性があるということか?」

「ええ。あくまで現段階での推測にしか過ぎないのだけれどね」

「・・・」


沈黙が場を支配する。永琳は一息つくために茶をすすり、不動は何かを考え込むように湯のみを見つめる。

そして鈴仙は相変わらず彼をこわごわと見つめていた。


「先程からこちらをよく見ているが、俺の顔に何かついているか?」

「えう!?あ、あのその・・・ご、ごめんなさい!」

「はあ・・・御免なさいね。この子ちょっと昔にある事があってね」

「し、師匠!?」

「・・・元兵士か?」

「!?」

「・・・何故わかったのかしら?」

「最初は銃を向けられた事に怯えていたと思っていたが、俺の肩書きをしった後ますます態度が悪化していた。ならば、昔軍に関わっていたと可能性があると推測して言ったまでだ」

「・・・」



俯いて肩を震わせる彼女を心配そうに見つめる八意。戦争後遺症で人格が破綻した兵士を幾人か見てきた事がある。だが、どことなく彼女は違うように感じた。

そんな事を思考していると、玄関の方から声が聞こえてきた。


「誰かきたみたいね。うどんげ、応対して頂戴」

「は、はい!」


弾かれるように出て行く彼女を見送ると、再び正面の八意と目を合わせる形になる。


「話が逸れたけど、明さんはこれからどうするつもりかしら?」

「現状では博麗の巫女とやらに会いに行く他はないだろうな。それに彼女は結界の管理者なのだろう?ならもう1人の管理者である八雲という人物に遭遇する可能性も高いといえる」

「まあ、それが妥当でしょうね。行くのはいいにしても、ここで2日位静養をしていくのを勧めるわ」

「それは医者としての見地からか?」

「ええ。明さんは私がみた患者。医師として責任をもって経過観察する必要があるわ。それに貴方は平気かもしれないけど体へのダメージはかなりあると考えているわ。だからこその進言だけど、どうかしら?」

「了解した。世話になる」

「ふふ、意外と素直なのね。軍人さんだからもっと聞きわけがないのかと思ったけど」

「体調管理も軍人の重要な仕事だ、怠った人間は死ぬだけだ」

「・・・そうね」


何故か訝しげな視線を向ける彼女だが、結局何も言わず黙ってお茶を飲み始めた。


俺は話が一段落したと解釈しようやく目の前に置かれた茶をすする。

久方ぶりに呑んだ緑茶は体にしみていくようだった。

そうこうしていると、廊下を進んでくる二人分の足音がして居間の襖が開かれた。


「師匠、藍さんがいらっしゃいました」

「失礼する、八意殿。それとそちらが外来人の方ですか?」

「ええ」


目の前に現れたやや中性的な女性がこちらを見てくる。一方の俺は彼女の背後に見える尻尾に目を奪われていた。


「どうかされたかな?」

「いや、すまん。改めて挨拶を。日防軍の不動明という。よろしく」

「こちらこそ。私は八雲藍という。見ての通り、狐の妖怪だ」

「狐・・・妖怪?それに今八雲と?」

「ああ、粗方の事情は先程玄関で伺わせてもらった。

貴方の組織風に言えば紫さまの副官という立場にあたるだろうか」

「ならば話が早い貴女の上司にあわせてもらいたいのだが?」

「すまないが、それができない。紫様はここ一週間ほどどこかにいかれたままなのだ。それと合わせて永遠亭の皆さんにも聞いてもらいたいことがある」

「話を伺いましょう。いいかしら、明さん?」

「ああ、異存はない」


それぞれが座りなおした所で、狐の妖怪と名乗った八雲藍が口を開く。


「今回私は紫様に命じられて幻想郷の各所に警告をして回っている。その内容なのだが、この幻想郷になんらかの異変がおきているようなのだ」

「異変?それに何が起こっているかわからないというのは気味が悪いわね」

「ええ、紫さまが言うには何かしらが境界と結界に干渉していると仰られているのだが、当の本人も心辺りがないらしくそれを調査するため幻想郷内外を駆け回っているみたいなのです」

「それで、何かわかったんですか?」

「正確な所は今の所何も。ただ、友人である幽々子様が言われるにはここ2ヶ月ほど強い怨念の様な気配が断続的に流れてきていると」

「それが今回こうして警告しに来た理由というわけかしら?」

「それもあります。もう一つは、一週間前に妖怪の山で起った何者かによる白狼天狗殺害の件です」

「殺害とはますます穏やかじゃないわね」


場の空気が一気に緊張に包まれる。彼女は目の前の湯飲みに口をつけて一拍間をおくと再び話し始めた。


「事の始まりは哨戒に当たっていた白狼天狗のグループが山の麓付近で消息を絶った所から始まります。そして、いつまでも戻らないそのグループを捜索していた別の班が息絶えた3人の白狼天狗と戦闘が行われた痕跡を発見した」

「通常の弾幕ごっこではないということですか?」

「ああ。死亡した全員が胸や足に風穴を開けられて息絶えていたそうだ」


これに関して妖怪の山のトップである天魔は大激怒。

総力を上げてこの幻想郷に住む妖怪・人に関わらず犯人を捕らえるべく捜索を行おうとした。


「それでその知らせを聞いたあの賢者さんはなんと?」

「今更ここで妖怪の山と事を構える理由と動機をもった勢力など幻想郷内にはいない。これは幻想郷のルールを知らない何者かによる犯行の可能性が高いと仰ってどうにか天魔殿を説得されたようです」


それまでの経緯に疲れを感じていたのか彼女は溜息を吐き出す。

俺は情報が欲しいため続きを促すべく質問をした。


「それで現在貴女の上司は何者かの調査を行っているため出払ったままということか?」

「そうなるな。ただ、妖怪の山も幻想郷の住人への強制捜査は諦めた物の独自に動いている。余計なトラブルが起きないよう私がこうして重要箇所に事の推移と警告をして回っているのだが・・・」

「だが?」


そこで言葉を切った彼女は自分の服をもぞもぞと漁りだすと、掌に何かを掴んで卓上の中心で手を開いた。


「なんですかこれ?」

「何かの筒かしら?先頭部分が無いみたいだけど・・・」

「2人は心当たりはないか、不動殿は?」

「・・・どういうことだ」

『え!?』


俺は目の前に差し出された鈍く輝く物に目を奪われた。

そう、それは俺にとって深く馴染み深い物だった。


「心当たりがあるのか、不動殿?」

「12・7mm弾の空薬莢。何故そんなものがここにある?」

「それは私が聞きたいところだ。それで、その現場にはこの薬莢というものが散乱していたそうだ。不動殿はこれと同じ物を?」


俺の言葉を受けて若干警戒の色を浮かべつつ彼女が質問してくる。

故に端的に応える事にした。


「俺のSAAに装備されているのは20mm徹甲重機関銃だ。それとは違う」

「だが、貴方の証言の元に推測するとこれは外来人が使っていたことになるが、それに関して何か知らないか?」

「俺の所属する日防軍や連合軍のSAAに装備可能な武装の一つだ。相手がいずれの勢力に属しているかまでは判別しかねる」

「・・・そうか。いずれにせよ、外来人の可能性が高くなったわけだ。不動殿有力な情報提供感謝する。失礼だが先を急ぐのでこれでお暇させていただく」


立ち上がった彼女を3人で見送りにいく。

玄関先から出て行こうとする彼女が再度こちらを振り返る。


「聞き忘れていたが不動殿はこの後どうされるおつもりで?」

「ここで2日ほど静養するように言われている」

「私が進言したの。明さん負傷しているのよ」

「なるほど。また何かあれば協力をお願いしたいのだが、よろしいか?」

「俺に出来る事ならば」

「ありがたい。紫様に貴方の事は話を通しておくので、帰還の件は心配しないでくれ」

「了解した。」

「それでは、失礼する」


うす曇の中彼女は振り返らず竹林の中に消えていった。

去っていく彼女の後姿を見ていた俺と鈴仙に八意が声をかけてくる。


「さて、なんだか危ない事があるようだから忙しくなりそうね。うどんげ、薬の材料の在庫を確認して頂戴」

「え?今からですか?」

「そうよ。そんな危険な輩がどこにいるかもわからないなら、どこで怪我人がでるかわかったもんじゃないわ。備えあれば憂い無しよ」

「そ、そうですね!なら早速」

「俺も手伝おう」

「あら、明さんは休んでていいのよ?」

「世話になる身で何もしないのもいたたまれない。よければ、手伝わせてくれ」

「そこまで言うなら・・・じゃあ、うどんげ明さんを案内しなさい」

「は、はい!あの、不動さんついてきてください」

「ああ」


一端その場は解散。八意は診察室へ、俺と鈴仙は貯蔵庫に向かった。

着いた先で俺は在庫の目録と実際の数があっているかを確認する作業を彼女と行う。


「はい、その箱は大丈夫です」

「了解。次を確認する」

「あの・・・不動さん?」

「何だ?」

「質問してもいいですか?」

「俺に答えられることならば」

「貴方は恐くないのですか?その・・・戦場で戦う事が」

「・・・忘れた」

「え・・・?」

「恐いという感情はとうに忘れた。いや、自分の生死すらどうでもいいのかもしれん」

「どうしてですか?」

「もしかしたら、その理由を探すために俺は戦い続けているのかもしれない」

「そう・・・なんですか。御免なさい、急にこんな事話して」

「構わない。作業を続けよう」

「はい・・・」


作業を終えた後は八意に報告を行った後に夕食の支度を手伝う。

その後、夕食時になり永遠亭の面子全員がそろい残りの2人とも顔合わせを行った。


「へえ~貴方が外来人の不動って人?中々の男前じゃない、軍人って聞いてたからもっとごついのを想像してたわ」

「少々無愛想みたいだけどね」

「姫様にてゐ!いきなり何をいってるんですか、失礼ですよ!」

「御免なさいね、明さん?」

「気にしていない。改めて挨拶する、日防軍の不動明だ。蓬莱輝夜さんに因幡てゐさん、少しの間世話になる。よろしく頼む」

「あーあーそんなに堅苦しくしないで。肩こっちゃうわ」

「なんか真面目で堅物そう。これはいじりがいがあるかな?」

「二人とも明さんはお客さん兼患者ですから、もう少し色々しっかりしなさいね?」

「そ、そんなに睨まないでよ!わかったわよ、もう・・・」

「いやー!注射いやーうさ!・・ガクガク」

「・・・ここはいつもこういう感じなのか?」

「はあ、まあ・・・」


騒々しい夕食が終了し俺は用意された自室に通された。

着替えて風呂をもらった後は今までの忙しさが嘘のような静寂が包む自室の布団で横になる。


「・・・」


ここにはいつも聞こえてくる砲声も銃撃音も誰かの悲鳴もない。

竹林を揺らす僅かな風の音がするだけだ。


「平和・・・か」


それこそ俺にとっては遠い昔に消えた『幻想』その物に思えた。

ここにはそれがある、決して戻らない物が。そんな事を考えている内に意識が遠のくのを感じた。


波乱の予兆


―永遠亭・中庭―


朝食を終えた後、俺は玄関先に置いておいたSAAを中庭に移動させていた。

機体の状態を改めて点検するためだ。


(20mmは残弾85発で損傷軽微、TCVブレードも無事だが、重装備はまとめて損失。盾ももっていかれたか)


むしろミサイルの直撃を受けて操縦者が軽傷だったのは奇跡に近いだろう。そして、デッドウエイトだった反応装甲が剥がれた分機動性は上昇している。


(だが、装甲のダメージは無視できないレベルだ。交換しなければならないが、ここではそれもままならない)


せめてもの救いは駆動系に重大な損傷が見受けられなかった事だ。機動性がウリのSAAである、それが失われればいかなSAAといえども只の鉄塊に過ぎない。


機体の連続稼働時間は7時間、戦闘継続時間は2・5時間ほど可能なようだ。しかし、やはりこちらも補給の当てはない。

続いてバックパック下の背部コンテナに収用されていた個人装備を点検する


「9mm拳銃に予備マガジン2、フラッシュ2、手榴弾2か。全て異常なし」


中庭の軒先に置いた布の上に分解した銃の部品を並べまた組み立てていく。組み立てを終え、動作に問題が無い事を確認すると中庭の木に向かって狙いを定める。


「・・・」

「何やってるの?」

「因幡さんか、見ての通り武装の点検だ」

「へえ?ああそれと私の事はてゐでいいよ、私も明ってよぶからさ」

「ああ」


野戦服の腰にあるピストルベルトについたホルスターとポーチにそれぞれの武器をおさめる。


「ふ~ん、本当に軍人さんなんだね?なんか空気がぴりぴりする感じがする」

「そうか?」

「幻想郷は基本的に平和だからね、明みたいなのが珍しいってだけなのさ」

「珍獣扱いとはな。」

「あはは!ごめん、ごめん!」


目の前でからから笑う因幡もといてゐ。自分の間近で誰かが笑う事などあの時からずっとなかった。

聞こえてくるのは憎悪と怨嗟の声。砲声・銃撃・真っ赤に染まる世界で木霊するそれらが俺の世界の全てだった。


「どうしたんだい?ぼーっとして」

「・・・いや、なんでもない。所で他の皆はどうしている?」

「師匠と鈴仙は人里に往診に、姫様はいつも通り部屋にいったとおもうけど・・・」

「思うが、なんだ?」

「もしかしたら・・・」


言いかけた彼女の言葉を遮るように爆発音が響いた。そして断続的に響く銃声とは違う奇妙な音と竹が粉砕されるような音が聞こえてくる。


「ありゃ~やっぱりか」

「やはりというと昨日の話しにあった」

「そうそう。家の姫様と焼き鳥屋の喧嘩さ。心配ないよ、二人とも不死身だしね」

「・・・てゐ、そこに案内してくれないか?」

「およ?軍人さんが野次馬かい?」

「そうじゃない。勝敗はどうあれ負傷しているなら運び手が必要じゃないのか?」

「別に大丈夫なんだけどね。まあ、いいよ」


SAAに入念な偽装を施したあと、永遠亭から出た俺達は程なくして2人の戦闘が行われている場所についた。

その周辺だけ地面が抉れ竹が幾重にもなぎ倒されていた。そして、対峙するボロボロの2人の女性。


「腕がなまってるんじゃないのかこのニート!どうせ雨の間中部屋で引きこもってたんだろ!?」

「うっさいわね!そういうアンタもぼろぼろじゃない!」


舌戦を繰り広げながら色とりどりの弾幕が放たれていく。さながら打ち上げ花火を地上でやっているかのようだ。


「これが弾幕ごっこなのか?」

「う~ん、そうなんだけどあの2人の場合はほとんど殺し合いに近いね。なにせ不死身だし」

「・・・」


程なくして戦況は白髪頭の女性に形成が傾き特大の一発が輝夜に直撃した。爆風から投げ出された彼女の右足はもがれ、左足はあらぬ方向に曲がっている。


「こ、このお・・・くううう」

「へっ!ざまあないね、もう一発くらって消し炭になっときなさい!」


その女性の手に渦巻くように炎が集まりだした。あれを喰らえば文字通り生きたまま火葬される勢いだ。


「ここまでだな」

「へ?」

「耳と目を塞いでおけ」


隣のてゐの返事を待たず俺はフラッシュを2人の間に投擲した。


「さあて、今回は私の勝ちだね?」

「うぐぐぐ・・・」


勝負を決めようとした瞬間私と輝夜の間に何かが落ちてきた。

そして閃光


「くっ!?」

「きゃあ!?」


網膜が白一色に染まり体がくらくらすると感じた瞬間腕をつかまれ投げ飛ばされていた。


「かはぁ!?」

「動くな」


降ってきたのは聞き覚えのない男の声。そいつは腕を拘束したまま背中に膝を乗せている。


「だ、誰だ!これは一体なんの真似よ!?」

「動くなと言っている」


頭に何かが突きつけられる。何かはわからない、だが久しく絶えていた感情が沸きあがって来るのを感じた。


―恐怖―


不死身になってからほとんど感じなくなったあの感情を何故か感じた。それほどまでにこの得体の知れない男が放つ殺気が自分の体を震わせているのだ。


「勝負はついたはずだ。何故攻撃をしようとした?」

「そ、そんなの別にいいだろ!そんなことよりお前は誰だ!」

「俺は不動明という外来人だ。故あって永遠亭で世話になっている」

「その外来人がなんで勝負に水を差す!関係ないだろ!」

「もう1度言う、勝負はついていたはずだ。それともここでは相手を焼き殺す事が決着をつけることになるのか?」

「そういうわけじゃ・・・」

「・・・てゐ、回収は済んだか?」

「ばっちりだよ~♪」

「た、助かったわ。焼き殺されるのはかなり嫌なのよね」

「あ!?いつの間に!?」


輝夜を抱えて空中に浮くてゐ。どういう原理か知らないが、ここの住人は能力持ちだと飛べるらしい。


「じゃあ、私はいったん姫様を連れて永遠亭にもどるよ」

「ああ、こちらは任せてくれ」

「不動!そこの馬鹿が暴れたら遠慮なく撃っていいわよ!」

「うるさい!とっとといっちまえ!!」

「ばーか!ばーか!」


罵詈雑言を投げあいつつ最後までいがみ合う2人を見ながら俺は拘束を続ける。

そして2人の姿が見えなくなると、抑えている相手は盛大に溜息を吐き出した。


「はあ~不動だっけ?いい加減に離してくれない?」

「妙な真似をすれば撃つ。」

「わかってるよ、たく・・・」


拘束を解いて彼女の背からどく。起き上がった彼女は埃を払うとこちらを睨んできた。


「ふ~ん、変ななりしてるね?外来人ってのはそういう服装が流行なのかい?」

「これは戦闘服だ。俺は軍に属しているからこれが普通の格好だ」

「ちぇ。皮肉も通じないとはますます腹立つ・・・軍人ってのはいつの時代も堅物だね」

「何故この場を去らない?既に目的は達したようだが?」

「今から帰るよ!ああ、それと今度邪魔したら承知しないからね!私は藤原妹紅よく覚えておくんだね!」

「・・・」


肩をいからせながら彼女は竹林の中に消えていった。相手が見えなくなった所で俺は腰に拳銃をしまう。

数分後再びやってきたてゐと合流し屋敷へと帰還した。


「帰ってきたわね。お帰り不動にてゐ」

「これは珍しい。姫様直々にお出迎えとは明日は雨じゃなくて槍が降ってくるよ」

「怪我はいいのか?」

「ええ、おかげさまでね。まあ、私は不死身だし体の再生はお手の物よ。」

「全く非常識だな。もがれた足がもう生えているとは・・・」

「ふふふ、昨日も言ったけどここで常識は通用しないわよ?早く慣れることね」

「そうだよ、幻想郷は常識に囚われちゃだめな所なのさ」

「・・・肝に銘じよう」


玄関先でのやり取りの後俺達は解散。昼食になるまで各自自由行動となったため、自室で携帯端末をいじくりながらSAAの状態を再確認していた。


「明、お客さんが来てるよ」

「客?誰だ?」

「スキマ妖怪の式、八雲藍だね」

「昨日の件か、わかった」


てゐと共に居間に向かうと藍が待っていた。軽い挨拶の後、俺は対面に座る。


「昨日の今日で申し訳ないが、早速協力を仰ぎたい。実は不動殿に妖怪の山、正確にはその麓までお越し願いたいのだ」

「事情聴取か?」

「ああ。不動殿からもたらされた情報を天狗の伝令に伝えたらその人物から直接話しが聞きたいと天魔殿が言われた。ただ、天魔殿直々ではなく代理の者が来るそうだ」

「当然だろう。そう安々と組織のトップがどこの誰とも知らない人間に会うとも思えない。了解したが、日時は?」

「明日にでもだそうだ。重ね重ね申し訳ない、紫様不在の状況で私の権限だけでは抑えが効かなくてな」


そう言って申し訳無さそうに目を伏せる彼女を見ると、自分の部下が中隊の戦果報告を行う書類に頭を抱えている姿がだぶった。

その理由は俺が囮となり敵をひきつけ小隊で叩くという戦法を取っていたことにある。

『遊撃』という部隊性質を考慮しても他の隊や上から疑問視される程だったからだ。今更ながら部下には苦労をかけてしまったと想う。


「・・・苦労しているな。それで案内は誰がするんだ?」

「私が同行する。一端人里の外で天狗の使いのものと落ち合ってそこから山の麓に移動するそうだ。時刻は正午となる」

「SAAを持っていく事になるが構わないか?」

「ふむ・・・なるべく武装は避けて欲しい所なのだが」

「すまないが、あれは重要軍事機密の塊だ。おいそれと放置していくわけにもいかん」

「わかった。交渉してみる事にする。話し合いがまとまった段階で式を使って連絡しよう。」


辞去を次げた彼女を昨日と同じ様に玄関先まで2人で見送りに行く。入れ替わるように往診に出ていた二人が帰ってきて昼食となった。


「そう、明さんは明日妖怪の山に行く事になったのね」

「ああ。」

「気をつけてくださいね?天狗は仲間意識の高い種族です。今回の事に相当気が立ってるはずですから行動は慎重にした方がいいです」

「留意しておく。」

「ま、あのスキマの式も付いてる事だし大丈夫でしょうよ」

「仮に何かあって怪我したらまたここにくればいいさ」

「てゐ~?貴女ねえ・・・」


賑やかな食卓を囲む永遠亭の面々を見ていると遠い昔を思い出した。

そう、それは当に失われた物だ。


「団欒・・・か」

「え?何かいった不動?」

「いや、なんでもない」


戻らぬ物を想ってもなんの意味もなさない。俺が考えるべき事は帰還に向けた様々な事を試みることである。

そして、戻るべき場所はあの戦場だ。


昼食を終えた後はまた雑務を手伝いつつ過ごす。それが終われば夕食に風呂と順番に済ましていき気付けば就寝の時間となった。

就寝の少し前に藍から連絡が来て、それに目を通して俺は床に着くこととなった。


こうして、一部の騒動を除き俺は誰一人殺さない2日目を終えた。


山の使者


―永遠亭・診察室―


ここに来て2日が経過し今日は出撃前に八意から診断を受ける事となった。診察室に入ると2日前と同じやり取りをする。


「うん、経過は良好のようね。問題なし」

「そうか」


手に持ったカルテに○と書く様に彼女がペンを走らせる。俺ははだけた服を正して、彼女と視線を合わせた。


「ただ、まだ無理は禁物よ?なるべく戦闘の類は避けたほうが賢明ね」

「善処しよう、だが迫る脅威ならば排除するのみだ」

「はあ、軍人さんは医者泣かせよね~困った物だわ。うどんげ、明さんに内服薬をだしておいて」

「はい、これは食後に飲んでください。」

「ああ」


呆れた視線をなげかける八意を尻目に俺は鈴仙から薬を受け取ると腰のバックパックにそれを収めた。


「それで、そろそろ迎えが来る頃かしら?」

「そうだな、待たせるわけにもいかない。俺はSAAを装着しよう」


診察室を出た俺は中庭に出てSAAの偽装を剥ぎ取ると装着に必要のない装具一式を背部のコンテナに収納した後、装着にかかる。


<操縦者確認を行います。認識番号及びコードを入力してください>

「JGF708892160、起動コード入力」

<認識番号及びコード入力を確認。操縦者、不動明を確認。操縦者は装着準備を>


ロックされていた部分が開放され、背中を預けるようにSAAに乗り込む。

開いていた装甲が全身を包んでいく。


<各部ロック終了。装着問題なし、システムをスタンバイからクルーズへ>

「各部チェック」

<動作確認開始します・・・・各部問題なし。FCS起動。>

「SRCカット、SACに切り替え」

<独立戦闘モードへの切り替え完了。システムオールグリーン>

「出撃」


バイザーアイカメラに映像が映し出される。レンズ越しに見る風景だけは元の世界に戻ったような錯覚を受ける。


「この前も思ったのだけれど、一気に厳しい姿になるわね?そのSAAといったのは、鎧をモチーフにしているのかしら?」

「わからん。だが、日本の物だ。鎧などはここにはないのか?」

「う~ん、あそこなら他のガラクタに埋もれてありそうな気がしないでもないわね」

「あそこ?まあいい・・・そろそろ時間だ。移動する」


そのまま中庭から玄関先に出て行く。丁度良い所に藍も到着し俺達は見送りを受けながら竹林を後にした。


竹林を出た俺達は人里近くの待ち合わせ場所に移動していた。藍は飛行できるので、速度を俺に合わせて調整しながら先導する形をとっている。


「・・・」

「そろそろ待ち合わせ場所の木が立っている場所がみえてくるな」

「方角はそのまま直進か?」

「そうだ」

「確認する・・・いた、木の下に白を基調にした和服姿の女性がいる」

「先日話した白狼天狗だ、襲われる事はないと思うが一応注意してくれ」

「了解」


木の手前数メートルの所で停止する。相手は年齢17か18位の白髪の少女だった。

巫女服を崩したようなトップスに下は紅の紋様をあしらったスカートに一本下駄。

そして腰に大振りの刀を帯刀というなんともミスマッチングな格好だが妙にはまっているように思えた。


ちなみに尻尾や耳が生えているのはもう気にしないで置く事にした。

若干殺気立っているようで、こちらをその赤い瞳で睨むように見てくる。


「そちらが例の外来人ですか?」

「ああ、早速だが案内を頼めるか」

「・・・ついてきてください」

「行こうか、不動殿?」

「ああ」


先導する彼女を俺達は追従する。しばらくした後、目の前に山が見えてきた。

麓を流れる川の所で地上に降りた彼女は無言で歩を進めていく。

すると、川べりに人影が見えた。


「文先輩、連れてきました」

「あやや、ご苦労様でした椛。藍さんと外来人の方も忙しい所申し訳ないです」

「それはお互い様だ。さて、本題に入るとしようか?」

「ええ、では外来人の不動さんですよね?」

「ああ。君は?」


目の前の少女、年齢は17か18位で紅葉の模様をあしらったシャツとスカートと一本下駄の格好をした黒髪の少女は居住いを正すと俺の目を見据える。


「私は射命丸文と言います。今回天魔様に命じられて貴方からいくつかお聞きしたい事がありますので質問させていただきます。では、早速ですが貴方が幻想郷に来られたのは2日前ということで間違いありませんか?」

「間違いない。何故ここに来たのかは不明だが」

「それでは・・・」


その後は幻想郷の地理や、妖怪の名前について質問された。

八意から概要の説明を受けてはいるが、所詮は概要だけだ。


そもそも幻想郷の何処に何があってどんな人物がいるかまでは博麗神社のおおまかな場所以外

知らないためほとんどの質問特に人名については永遠亭のメンバー以外はさっぱりだった。


その後は使用されたと思われる武器についての知識、俺の属している日防軍についてのことを聞かれる。

一般に公開できる情報のみSAAのことも含んで話した。


「ええと、では次の質問というか最後にやっていただきたい事があります。貴方の所有する鉄砲?ですかね、それを一発撃っていただきたいのですが」

「了解した」


意図を察した俺は一発を適当な岩に向けて発砲した。重たい銃声の後、岩が抉れ地面に空薬莢の乾いた音が響く。

それを拾い上げ、川の水で冷やすとそれを彼女に差し出した。


「そちらの所有する薬莢と照合してくれ」

「椛」

「はい」


懐から出した回収したと思われる薬莢と俺が今渡した物を2人が少し離れた所で見比べる。


「う~ん、大きさが全然違いますね。それに聞き取りしていても本人も嘘をついているようには見えない」

「そんな、それだけじゃわからないじゃないですか!武器を隠しているのかもしれません!」

「仮にそうだとしても、もし犯人ならこんな簡単にこちらの招聘に応じるわけないと思いませんか?実際来るかどうかも半信半疑だったけど、二つ返事で応じたという事は自分にやましいことが無い証左ともいえます」

「でも・・・!」

「椛、気持ちはわかるけど冷静にならないといけません。これであの人間を捕らえた後に真犯人がでるような事があれば、天狗の面子は丸つぶれです。幻想郷の恥さらしになりますし、あのスキマ妖怪に博麗の巫女も干渉してくるかもしれませんよ?」

「うう・・・」


話を終えたのか黒髪の少女、文と名乗った天狗はこちらにやってくる。


「ありがとうございました、不動さん。貴重な情報と証言が手に入りました、これで我々の捜索も捗る事になると思います」

「ああ、だがまだ俺への疑いが晴れたわけではないのだろう?」

「そうですね。これから私は天魔様に報告後、明日にでも永遠亭に向かって貴方の行動の裏取りをしたいと思います。それと、天魔様からのいいつけで勝手ですが貴方に監視をつけさせていただきます」

「問題ない。当然の処置だろう」

「・・・普通なら嫌がりそうなものですが、理由を聞いてもいいですか?」

「俺に身の証を立てる術はここでない。ならば、行動によって示すしかない。それだけだ」

「ふふ・・・貴方不器用な人ですね?そういう人嫌いじゃありません。それでは監視の件ですが、この子を貴方の監視につけます」

「え?私・・・ですか?」

「ええ。天魔様から許可はもらってありますよ。ほら、ちゃんとご挨拶しなさい」

「・・・白狼天狗の犬走椛です」「不動明だ。改めてよろしく頼む」

「事情聴取はこれで終わりですね。藍さん、ありがとうございました」

「ああ、天魔殿によろしく伝えておいてくれ」

「ええ、それでは」


黒い羽をはためかせその場から矢のように山の頂上に向かっていく。取り残された俺達は顔を見合わせた。


「私はこれから一端戻るが不動殿はどうする?」

「俺は博麗神社に向かおうと思う」

「位置はわかっているか?」

「おおよそは把握している。」

「ふむ、不動殿なら大丈夫だろう。それではこれで失礼する」


藍がその場から去っていく。姿が見えなくなったのを見届けた所で犬走が話しかけてくる。


「行きましょうか?」

「ああ。だが、その前にやることがあるな」

「?」


川のすぐ傍にある岩に目を向ける。最初この場所に着いた時周辺をサーモグラフィで探査していた時からそこに熱源があったのだ。

森にいた小隊規模の連中、おそらく天狗の部隊は文と呼ばれた少女が去ると同時に視界の範囲から消えていったが

そこだけは、何故か動こうとしない上に通常視界に写っていない。


「姿を現せ。さもなければ・・・」


銃口を何もいない先に向けると、突然叫び声があがる。

何も無いはずの風景が歪み人が姿を現した。


「わっ!?わああ!?待って、待って!!う、撃たないでおくれよ!」

「にとり!?貴女どうしてここに!?」

「えへへ~河原の方が騒がしいからちょっと気になって見に来たんだよ。そしたら、こんな事になってて身動きがとれなくなったのさ」

「だったら貴方の開発した光学迷彩とやらで姿を隠したまま立ち去ればよかったじゃないの?」

「だってさ、そこの人を見たら興味をそそられてね」


犬走と親しげに話す水色の髪の少女。それにしても、今彼女は光学迷彩といったがここではそれが実用化しているようだ。

日防軍でもまだ研究中で、一部試作品が特殊部隊に配備されているという噂しか聞いたことが無かった代物だ。


「自己紹介が遅れたね、私は河城にとり。河童の妖怪さ、よろしく盟友」

「盟友?君と日防軍は同盟など結んではいないはずだが?」

「そ、そういうことじゃないんだけど・・・」

「・・・冗談だ。俺は不動明、よろしく河城」

「よろしく、私のことはにとりでいいよ。私も明って呼ぶから。早速なんだけど、その鎧をぶんか・・ごほん!詳しく見せてほしいな」


不穏な言葉が一部聞こえたような気がしたが、俺はそれを無視して簡潔に答えることにする。


「断る。SAAは重要機密の塊だ、一般人に調べさせる事はできない」

「そこをなんとか!それにその鎧の動きを見てたけど、動きがぎこちなくみえたよ?整備が必要じゃないのかい?」


全く未知の機械を目にしてSAAが損傷している事を看破された事に若干驚く。

彼女の言う通り爆発の衝撃で腕関節や膝関節に若干の支障が出ている事は確かなのだ。

どうやら興味本位でSAAを見たいという訳ではないらしい。


「・・・そうだとしても、無理な物は無理だ」

「そっか~残念だよ。でも気がかわったらいつでもきておくれよ?河童は人間の盟友だからね」

「にとり、君にそこまで親切にされる理由は俺にはないはずだが?」

「あるよ。私があそこにいるのに気付いても黙っててくれたじゃないか?その恩返しだと思ってもらえればいいのさ」

「助けたわけではないのだが」

「過程はどうあれ結果が重要なの。さて、私はこれでお暇するね。私の住処に来る時は・・椛に案内してもらえばいいかな?」

「ちょっと、にとり!何を勝手に・・」

「うんうん、それがいいね。じゃあ、明に椛またね~!」


俺達の返事は聞かず、言いたい事はいったとばかりにあっさり踵を返すと彼女は川の上流方向に向かっていった。


「もう、勝手なんだから・・・」

「犬走、早速だが神社までの案内を頼みたい」

「・・・わかりました。先導しますが、一つ言っておきたい事があります」

「聞こう」

「私はまだ貴方のことを信用したわけではありません。妙な真似をすれば、その時は覚悟していただきます」

「了解した。先程も言ったが言葉ではなく行動で示す。それを見て判断してくれ」

「いいでしょう。ついてきてください」


こうして俺は妖怪の山から幻想郷の結界を管理する巫女がいる博霊神社へと向かった。


博霊の巫女


彼女の後を追う形で神社へと向かう。

神社があるという小高い場所に着くと石段が俺達を出迎えた。


「普通なら参道を登って行きますが、貴方の事を考慮すると資材搬入用の道を使ったほうがいいでしょうね」

「だろうな、登ることも出来なくは無いが無駄な燃料消費は避けたい」

「こっちです」


彼女の案内に従い比較的整備のなされた道を辿っていくと神社が見えてきた。

神社の境内に足を踏み入れると俺達は本殿の方に向かった。


「立派な鳥居だ。神社に来るのも久方ぶりだ」

「では、巫女に会いたいということでしたので呼びましょう」

「・・・?」


おもむろに腰の巾着から貨幣をとりだした犬走は賽銭箱にそれを投げ入れる。

箱の底で投げ込まれた貨幣の落ちる音がした。

その瞬間気配を感じて後ろを振り向くとどこからともなく巫女装束の少女が現れていた。


「あら、素敵なお賽銭をどうもありがとう。ん?確か白狼天狗の椛だっけ?で、そっちのあんた誰?」

「こんにちは、霊夢さん。こちらは、外来人の不動明という方です」

「日防軍の不動明という、早速だが聞きたいことがある」

「ちょっと待ちなさい。その前に不動だっけ?私が聞きたいことがあるのよ」

「なんだろうか?」

「あんた、そのつけている鎧に盾とか持ってなかった?」

「あったが何故そんな事がわかる?」

「へぇ~あれあんたの持ち物だったわけ。その姿を見てピンときたのよね」

「?」


何故か引き攣った笑顔をみせる霊夢という少女。

それにしても、損失したと思われた俺の盾がここにあるのだろうか。


「おとといの事よ。結界に揺らぎが生じたと思ったら本殿にあんたの盾が落下したわ」

「そうなのか?」

「ええ、そうよ。おかげで本殿の一角が滅茶苦茶になって屋根にも大穴が開いたわ」

「そうだったのか。盾は本殿の中にあるのならば回収しよう」

「そうしてもらうと助かるわ。あんな重いもの持てやしない」

「早速取り掛かろう」

「待ちなさい」

「どうした?」

「盾を回収する前に、不動あんた一発あたしにぼこられなさい」

「・・・意味がわからないのだが?」

「わからなくてもいいわよ。単なる八つ当たりだしね!」


そういうや否やいつの間にか握られた札が俺と犬走に飛んできた。

俺達は慌ててその場を飛びのくと着弾点が爆発する。


「ちょちょっと!?霊夢さん!?」

「なんの真似だこれは?」

「八つ当たりっていったでしょ!あーもう!すばしっこいわね!おとなしくぶっとびなさい!!」

「・・・」

「わあああ!?死ぬ死ぬ!?」


濃密な弾幕が形成され間断なく襲ってくる。神社への直撃を恐れているのか攻撃方向が限られているので

今のところ回避できているが狭い境内の中ではいずれ追い詰められる事は明白だった。


「スモーク投射」

「え?」


腰のハードポイントに装備されたスモークが噴出し神社と境内を覆う。上空に飛び上がって攻撃を加えていた霊夢には彼らの姿が見えなくなった。


「煙に紛れて逃げようってわけ?こけにしてくれて・・・」


一方の不動は椛を連れて神社の一角で作戦を練っていた。


「ええ!?私が霊夢さんの前に出て気をひくんですか!?」

「ああ、彼女の高度を丁度煙の高さと同程度に下げてくれればいい。後は俺がなんとかする」

「でも、仮に気が引けても私達の位置がわかるんですか?」

「可能だ。犬走も八つ当たりで吹き飛ばされるのは御免だろう?」

「・・・わかりました。こんな時であれですけど、早速貴方が信に足るか見させていただきます」

「期待に沿おう」


俺の言葉を受けて慎重に煙の中から出て行く彼女を赤外線探査で追尾する。

霊夢という少女が煙から飛び出た犬走に近づいていくのが見て取れた。


「それで、あの不動ってやつはどこ?もう逃げたわけ?」

「さ、さあこの煙ですし私にも・・・」

「まあいいわ。ついでだし、あんたも一発くらっときなさい」

「なんでですか!?」

「いいから黙って・・・!?」


何かが迫ってくると感じた瞬間煙を裂いて不動という男が飛び出てきた。

そして真後ろから羽交い絞めにされる。


「なっ!?ちょっとはなしな・・・重!?おちおち落ちる!!きゃあああああ!?」


総重量360kgにも及ぶSAAの重さにさしもの霊夢も耐え切れず

空中から失速し地面にぐんぐん降下していく。

地面へと落下する直前SAAのブーストが行われ降下速度を急速に減衰し無事に着地した。


「し、死ぬかと思ったわ!なにすんのよ!?」

「それはこちらの台詞だ」

「うっさいわね!あんたはぶっとばされておけば・・ちょっと何!?」


羽交い絞めから態勢を入れ替え膝を付いた俺ははそこに霊夢を乗せた。


「どうやら躾が必要なようだな」

「な、何する気よ!?」

「こうする」


霊夢の尻に向けて鋼鉄の張り手が炸裂した。

所謂、尻叩きだ。境内に盛大な音が響き渡った。


「いったああああああああ!!?ちょ!?痛すぎるわよ!?」

「当然だ。反省したか?」

「反省ですって?私が何を反省すれば・・」

「足らないようだな」

「にゃぎゃあああああああ!?やめやめやめてええええ!いったああああああ!?」

「うわぁ・・・。と、とめた方がいいんでしょうか?」


無表情で尻叩きをする不動と悲鳴を上げる霊夢。

2人の様子におろおろする椛という奇妙な構図が出来上がった。

しばらくの間境内には小気味のいい音と霊夢の悲鳴が何度も木霊していた。


それから数十分後、神社の縁側には尻を抱えてしゃくとり虫の様な態勢で唸る霊夢と盾を回収しSAAを脱いだ不動。

台所からお茶を持ってきた椛がいた。


「うーうー痛い凄く痛い・・・」

「あの、お茶もってきましたけど?飲みます?」

「いただこう」

「霊夢さん、座布団もってきたのでこれに座ってください」

「あたた・・・ありがと、気が利くわね」


犬走は霊夢の隣に座り尻を擦りながら座布団に座りなおす彼女を手伝う。

俺はその光景を茶を啜りながら見ていた。

落ち着いている俺の姿を見咎めたのか、彼女は半眼になりながら睨みつけてきた。


「あんたよく暢気にお茶をのめるわね?」

「盾の件については一定の責任があるが、いわれの無い攻撃を受ける理由は無い。」

「そりゃそうだけど・・・」

「なら言うべきことがあるな?」

「・・・はあ、わかったわよ。私が悪うございました、これでいいでしょ?」


ふて腐れながら謝罪する霊夢を能面のような表情でじっとみつめる不動。

椛は先程の騒動があわや再びかと背筋を凍らせた。


「・・・」

「な、何よ・・・。なんか私の顔についてる?」

「・・・いや」

「変な奴ね、ふん」


どこを見ているのかわからない黒い瞳で見つめられ思わず霊夢は視線をそらした。

結局不動はそれ以上何も言わず視線を前に向けると手に持ったお茶を飲みだした。

一方の霊夢も前を向き本題について尋ねる事にした。


「それで、不動はここになにしにきたわけ?お茶を飲みにきただけじゃないんでしょ?」

「博麗の巫女はここと外の世界を隔てる結界を管理していると聞いた。俺が知りたいのは帰還の方法だ」

「博麗大結界を開くってこと?あー駄目駄目。今は結界が不安定なのよ、こんな時に結界を一部でも開いちゃうと最悪結界が崩壊するわ」

「・・・もう一人の管理者八雲紫の所在を知らないか?」

「最近は全然姿を見ないわね、そもそも幻想郷の中にいるかどうかもわからないわ」

「どういうことですか?」

「あいつの気配が感じられないって事よ。まあたぶんスキマの中で何かやってるんでしょうけどね」

「・・・」


ここでも結局有力な情報は得られず仕舞いになった。

縁側から沈んでいく太陽を見つめる。


「もう日が暮れるわね。あんたたちこの後どうすんの?」

「それは・・・不動さんこの後の予定は?」

「そうだな。ここに泊めてもらいたい」

「はあ?なんでよ?」

「一定の責任があるといったはずだ。屋根と本殿の修復を行う必要があると考えている」

「ふ~ん?ならせっかくだしやってもらおうかしら。でも、木材とかのあてはあんの?」

「修理の手配をしていないのか?」

「面倒くさいし、何より木材を調達するお金がないわ」

「・・・」


なんというか自由奔放な少女だ。先程から思っていたが一般的に想像する「巫女」のイメージとは対極に位置している。

それがここでは当たり前なのかもしれないが。


「お~い、霊夢いる~?」

「あら?また面倒くさいのがきたわね」

「いきなりご挨拶だねぇ。せっかく来たってのに」

「あわわ。伊吹様・・・」

「おや、椛じゃないかい。こんな所で・・・見慣れない顔がいるようだね?」

「博麗、知り合いか?」

「霊夢でいいわよ。こっちは伊吹萃香、鬼よ」

「鬼?」

「そうさ。へえ、あんた・・・」


伊吹と名乗った少女がすっと目を細める。

それと同時に俺の隣にいた犬走が体を竦めた。


「ふふ、霊夢はともかくこれに動じないかい。大した人間だよ」

「何の話だ?」

「・・・こりゃどういうわけだろうね?」


伊吹と名乗った少女は考え込むような仕草を取る。

俺は何が疑問なのかわけが分からないが彼女にはなにかあるようだ。


「ま、いいや。霊夢からも紹介があったけど自己紹介するよ。私は伊吹萃香、よろしく」

「俺は日防軍所属の不動明だ、よろしく伊吹」

「うん、明と呼ぶね。それで3人こんな所で固まってなにしてるんだい?」

「あー実はね・・・」


霊夢が事の経緯を説明する。合わせて椛が妖怪の山で起った事件に関連して不動が事情聴取をされた事にも話が及んだ。


「へえ、最近天狗が忙しなく動いてると思ったらそんな事が起ってたんだ。明も監視なんてついて災難だね?」

「問題ない」

「本当に?」


何故か周囲の温度が下がった様に感じた。俺を見据える伊吹の目は「嘘」を付く奴は許さないとでも言うかのようだ。


「俺が提案を受けたのはそれが現状で最も効率的に潔白を証明する手段だと判断したからだ。他意は無い」


あっさりと答える。すると、彼女は厳しい眼差しをふっと緩めると微笑んだ。


「気に入ったよ。神社の修理私も手伝うよ」

「どういう風の吹き回しかしら?」

「う~ん、なんとなくだね。いいかい、霊夢?」

「いいわよ。あんたが手伝ってくれた方が早く終わるでしょうしね」


これは得をしたと笑顔で頷く霊夢。その理由が分からなかったので隣の犬走に尋ねる事にした。


「犬走、伊吹は大工仕事が出来るのか?」

「ええ、腕前は一流です」

「そうか、なら自分からも頼む。伊吹、修理の手伝いを願いたい」

「任せておくれ。それじゃ、固い話はこれくらいでぱーっと騒ごうじゃないか!」

「はあ、しょうがないわね。そろそろ夕食も用意しないと」


軒先から霊夢が立ち上がる。

俺もそれに倣い腰を浮かして他に何かすることが無いか質問する。


「手伝はいるか?」

「当たり前よ。昔から言うでしょ?働かざるもの喰うべからずってね」

「どの口が言うかね。普段はだらけ巫女のくせに」


呆れた視線を投げかける伊吹を無視して霊夢は手を打って全員の注目を集めた。


「じゃあ、椛あんたは私を手伝って。不動と萃香は風呂を沸かして頂戴」


指示を出すと霊夢は台所のある方に向かって椛と姿を消した。

俺は伊吹と共に風呂釜へと向かい風呂を沸かす準備を行いつつ神社の修理についての話し合いを並行して行った。


閑話―追憶の月―


夕食兼軽い飲み会のあと順番に風呂をもらってその場は解散した。俺と犬走は神社の一室をそれぞれ貸し与えられた。


「・・・」


部屋から出てズボンのポケットから煙草を取り出すと軒先に座って火をつける。

夜のあいまに吹く涼しい風が紫煙をゆらゆらと揺らすのを黙って見つめる。


「およ?明じゃないか」

「伊吹か」

「うん、屋根の上で飲んでたら下に気配がしたからね。眠れない?」

「いや、そういうわけじゃない」

「そう。隣いい?」

「ああ」


同じ様に腰掛けると瓢箪を口に当てて酒を飲みだす伊吹。

先程の食事の時も相当飲んでいたがこの小さな体の何処にその量が収まるのか疑問だ。


「明は軍人なんだよね?」

「ああ」

「強いの?」

「自分の強さなんてはかった事もない」

「なんで?」

「関心がない」


戦場における強さの定義ほど曖昧な物はない。日防軍や連合軍、または連邦軍でもそれは変わらないだろう。

無敵と言われた要塞が落とされ、エースといわれたSAA乗りがなんて事のない戦闘で粉微塵にされる。

そんな事があっさり起きるのが戦場だ。事実自身も学兵を助けた時にミサイルに直撃され本当なら命を落とすはずだったのだ。


「間違ってたら御免だけど、明は自分の命とかに頓着してないように見えるけど。違う?」

「そうかもしれないな。」

「他人事みたいにあっさりいうねぇ。昔からそうだったのかい?」


いつからそうなったのかと問われればまず間違いなくきっかけは第3次熊本防衛戦からだろう。

俺達が配属されたのは山鹿防衛線第2戦区を守備する323対戦車中隊の支援を任された臨編学兵支隊D中隊だった。

学兵ばかりで構成された俺達の中隊を含む学兵部隊は最前線に立たされ、当時精強を誇った連合軍第5機甲師団の猛攻に晒されることとなる。


押し寄せる圧倒的な破壊

泣き叫ぶ者。狂乱し銃を撃ちまくる者。仲間の亡骸を抱え衛生兵を探す者

一人また一人と倒れていくクラスメート達

仲間の絶叫が木霊する紅く狂った世界に俺は次第に正気を失っていった。


正直あの時の事は記憶が曖昧だ。いつの間にかボロボロになりながらも味方陣地に帰還していた。

血塗れの認識票を何十枚も握り締めていたそうだが、よく思い出せない。気がつけば一人になっていた。


あの紅い世界の中で無残に死んでいったクラスメート達。

そして一人生き残った自分。思えばこの辺りで何かが切れていたのだろう。


極めつけは2年後にあった大陸連合による無差別飽和ミサイル攻撃だ。

日防海軍の険しい対潜警戒網を潜り抜けて行われた潜水艦隊によるミサイル攻撃は多くが阻止されたが少なからずの被害を与え、そこに俺の両

親も含まれた。


厳しく強い父と花が好きで笑顔の絶えなかった母は瓦礫の下で折り重なるようにして炭化して死んでいたのだと上官から聞かされた。

この時が決定打だったのかもしれない。その時から俺は自分の全てが止まったように思えたのだ。


黙り込んだ俺を見かねたのか伊吹は酒を一口あおるとこちらに向き直った。


「まあ何があったかは聞かないけど、愚痴ぐらいなら聞くよ?こう見えて私は明の何十倍も生きてるからね。」

「・・・機会があればそうさせてもらう」

「うん、それでいいよ」


煙草を消し辞去を告げる。伊吹はここでもうしばらく月見酒をしていると言って杯に瓢箪から酒を注いでいた。


戦端を告げる遠雷


―翌朝・博麗神社境内―


「あたた、まだひりひりするわね」


昨日しこたま叩かれた尻を擦りながらこの神社の巫女である霊夢は箒を片手に境内の掃除をすべく外に出ていた。

今日も天気は晴れそうで梅雨の合間の貴重な日になりそうである。


「さって掃除でもしましょうか・・・ん?何かしら?」


神社の裏手の方から空気を裂くような鋭い音が響いてくる。

疑問に想いつつ裏手を覗いてみる。


「・・・はっ!」


そこにいたのは昨日神社にやってきた外来人の男、不動だった。上半身は薄手のシャツ、下は日防軍の戦闘パンツという出で立ちで木の棒を振り回しながら忙しなく動いていた。

その動きは彼の正面に倒すべき何かがいて、それらを一撃で葬り去る動作のようだった。


「何してんのあいつ・・・?」

「ん~?たぶん戦闘の練習じゃない?」

「へえ~って酒くさ!あんたいつまで飲んでたのよ?」

「明け方までかな?」

「それは一晩中ってことでしょ。で、ここでなにしてるの?」

「明の動きを酒の肴に飲んでるのさ。いやいや、凄いね・・・あれだけ相手を殺す事に特化してる動きも。どんな修羅場を潜ってきたんだか。」

「わかるの?」

「これでも昔は鬼退治に来た武者やら陰陽師を相手にしたんだよ。そりゃわかるよ」

「じゃあ、あいつは強いってことかしら?」

「強いだろうね。ただ、本人はそういう事に関心はないって言ってたよ、おやどっかの誰かさんと似ているねぇ?違うとすればちゃんと鍛錬しているとこかな」

「・・・ふん!別にそういうのが面倒臭いだけよ」

「相変わらず物ぐさだね。まあ、そこら辺が霊夢らしいか」


萃香と話しているといつの間にかあいつは動きを止めていた。

境内の木に掛けてあった手ぬぐいで汗をふき取っている。その横に萃香が駆け寄っていった。


「おはよー明。朝から精が出るねぇ」

「おはよう、伊吹。それに霊夢」

「おはよう、不動。早速だけど食事の用意をしてくれるかしら?」

「了解」

「台所の使い方は椛に聞きなさい。あの娘まだ寝てるからついでに起してきて」

「ああ」

「それじゃ、私は境内の掃除をしてるからご飯が出来たら呼んで」

「ん~それじゃ私は明についていこうかね」

「ならば、準備をしながら修理作業について最終確認を行うがいいか?」

「そうだね」


犬走を起した後、台所に行って朝食の準備に取り掛かった。

現代の調理器具等は無かったが、訓練生時代にやったサバイバル訓練を

思い出しつつ飯や味噌汁を作った。そして全員が揃った所で朝食をとる。


「ふ~ん、まあ及第点かしら。」

「おや珍しい。霊夢が他人を褒めるなんて」

「べ、別にいいじゃない。おいしいんだから」

「不動さん以外に料理できるんですね?」

「一応はな」


共に料理好きだった両親の影響を受け小学生の頃から散々仕込まれていたため男にしてはできる方だと思う。

最も、ここ数年はそんな事をするつもりも暇も無かった。あえて言えば忘却していたと言った方が正しいのだろう。


「ふ~食べた食べた。さって、一息ついたら修理に取り掛かろうかな」

「伊吹、俺は打ち合わせ通り里に出向いて釘等を仕入れてくる」

「うん、私はその間に木材を集めておくよ」

「犬走はどうする?」

「私は貴方の監視を仰せつかっていますから里に同行します。」

「そのほうがいいわね。どうせあの鎧姿でいくんだから誰か事情を説明する必要があるし。

椛、一筆書くからあの石頭教師にみせなさい」


一息ついた所で俺達はそれぞれ行動を開始した。俺と犬走は人里に買出しに、伊吹は木材集め。霊夢は犬走に手紙を渡すと自室に引っ込んでしまった。


人里手前で犬走が先行して中に入っていった。霊夢から渡された手紙を上白沢という里の守護者と呼ばれる人物に渡すためだそうだ。

10分後、犬走が女性を伴って自分の所に戻ってきた。


「貴方が外来人の不動明殿かな?」

「ああ」

「私は上白沢慧音、里で寺子屋の教師をしている。話は伺った、博麗の巫女のお墨付きともなれば人里は貴方を歓迎する。それにしても、クク・・・ッ」

「?」

「いや、すまない。霊夢が手紙に『私の代わりに一発自慢の石頭でどついといて』と書いていたのでな。椛の方からも話は聞いたが、まさかあの霊夢の尻を叩くとはな」

「子供の躾は大人の役目だ」

「ふふ、違いない。さて、急いでいるという事だから早速案内しよう。貴方の着ている鎧については私の家の中庭に置くといい」

「感謝する」


彼女の先導の元人里の中に入っていく。

鎧姿にしか見えない外来人に天狗、そして人里の守護者という一団は里の人々の視線を浴びながらまず彼女の家に向かった。

中庭の茂みでSAAに偽装を施したあと、俺は彼女の案内に従い人里の釘や工具を扱う店に移動する。


「おや、これは先生。今日は何かご入用で?」

「ああ。私ではなく、こちらの人がな」

「この紙に書かれた物を用意してもらいたい」

「ん。ちょいと待ってな」


萃香に言われた必要な道具のリストを手渡すと店主は奥に引っ込んでいった。

しばらくした後、商品を持ってきた店主に値段を言われたので霊夢から預かった金で支払う。


「へえ、巫女様の所でお世話に。物はついでだが、巫女様にお札を作ってもらえるよう頼めないかい?」

「了解」

「ありがとよ、兄ちゃん。また来た時は色つけるからよ」


買い物を終えた俺達は雑談をしながら人里の中を歩いていく。

こうして見渡していると、つくづく幻想郷は平和な所だと思い知らされる。


「所で不動殿、貴方さえよければ一度寺子屋で講義をしていただきたいのだが」

「俺が?」

「ああ、外の世界の事は子供達にいい刺激なるだろうしな。頼む事はできないか?」

「・・・」


外の世界。つまり今の日本を含めた世界の現状を話すということは戦争についてもだ。

伝えていいのだろうか?あの絶望と怨嗟にまみれた世界の事を。


「確約は出来ない。帰還の目処がつき次第俺は帰るつもりだ」

「そうか、まあ頭の片隅にでもいれておいてくれ」

「了解した」


そんな話をしていると俺達は雑貨店の前に来ていた。店先には様々な商品が置かれており、その中には木桶に入った花もあった。


「花か」


屈みこみ反射的に手を伸ばしてしまったが、俺は手を引っ込める。

もう俺には花に手をつける資格すらないのだから。


「不動さん?」

「・・・、神社に向かおう」

「え、ええ・・・」


怪訝な視線を向ける犬走になんでもないと言い、俺達は雑貨店から離れようとした。

所がなにやら上白沢と店員が話し込んでいた。


「ふむ、それは困ったな」

「ええ、私もどうしたらいいか・・・」

「どうしたんですか?」

「ああ、なんでも手違いで商品を一つ袋に入れ忘れていたそうだ」

「なら届ければいいのでは?」

「それが、相手はあのフラワーマスターだそうだ」

「!?」


横にいた犬走が顔を硬直させた。『フラワーマスター』という言葉は何か特別な意味を持っているのだろうか。


「そ、それは確かに問題ですね」

「ああ、何せ彼女が相手ではな」

「・・・?」


2人が悩み始める。状況がまったく飲み込めない俺はそんな2人から視線を外し空を眺めているとどこかから遠雷の様な音が聞こえてきた。


「なんだぁ?雷か今の音?」

「こんなに晴れてるのに?」


通行人も空を見上げて口々に疑問の声を上げているが、俺は別の事に気付いた。

その瞬間俺は彼女の家に向けて走り出していた。


「犬走、荷物を頼む」

「え?あ!?不動さんどこに!?」

「不動殿!?」


返事も返さず俺は人ごみを縫うように走り続ける。

垣根を飛び越え彼女の家の中庭に駐機されたSAAを装着し人里から「砲声」の聞こえた方向へと突進していった。


異形の群れ


―太陽の畑―


「はぁ・・・はぁ・・・結構やるじゃない」


所々燃え盛る地面と植物そして抉れた地面。そこで地面スレスレを飛びながら謎の異形からの攻撃を避けつつ、

片手で持った日傘を強く握り締めながら女性は忌々しげに吐き捨てた。


人里から買い物を終えて戻ってきたら自分の領域に見知らぬ異形が何匹かいた。

気に入った花の種が手に入り上機嫌だったため仏心で警告したが、相手は問答無用で攻撃してきた。

ならば手加減無用ということで消し炭にしてやろうとしたが、そうはいかずに逆に劣勢に立たされる始末である。


(厄介なのはあの手に持ったものね・・・)


どうやら弾幕を撃ちだすものらしいが速度が段違いである。大妖怪の自分ですら僅かに目で追える代物だ。

現に何度か直撃されかかり肩とわき腹に鋭い刃物で切り裂かれたような傷を負っている。

その代償に異形の2体を弾幕で吹き飛ばしてやったが、まだ残りが3体いる。


(しかも、何かしらの霊的要素があるみたいね。傷の治りが遅い・・・呪いの類かしら)


低空飛行している自分を追跡してくる敵を油断無く観察しているとその内の一体から何かが飛び出した。


「くっ!?速い!?」


まるで意志を持っているかのように飛び出した何かが自分を高速で追尾してくる。

方向を変えてもそれをなぞる様に追ってくるため振り切れない。


(迂闊に飛び上がれば残りの奴等が弾幕を撃ってくるつもりね。本当に忌々しい・・!!)


ある程度戦ってわかったがこの異形達は決して単体で挑んでは来ない。

まるで猟犬が獲物を追い詰めるように必ず連携して攻撃してくるのだ。


そう考えると腹が立ってきた、幻想郷でも『最強』の部類にいるとされる

自分が何処の誰かもわからない異形如きに追い詰められる?


「なめてるんじゃないわよ!」


空中で急制動をかけると反転。

自分へ向けて真っ直ぐ飛んでくる棒のような飛来物に日傘の先端を向ける。


「まとめて吹き飛ばしてやるわ!マスター・・・!?」


自分の必殺攻撃を放とうとした瞬間、棒の様な物が壊れそこから更に細い棒が10本飛び出した。

気付くのが遅れたためそのまま力を解放してしまう。

放出されたエネルギーは一直線に進み、その線上にあった棒の大半を飲み込んだが残りが迫る。


「つ・・!?」


回避するにも迎撃するにも時間が足らなさ過ぎた。

慌てて日傘を開いて自身の妖力を込めて即席の盾にする。

飛来物が傘に接触した瞬間、猛烈な衝撃と爆炎が彼女を襲い空中に巨大な火の玉が出現した。


「う・・・あう・・な、何が・・・」


意識を取り戻した彼女は首だけ動かしてみると、濛々と煙が立ち上る箇所が目に入る。

空中で起った爆破のせいで飛び散った火の粉が周辺の草むらを炎上させたためだ。


朦朧とする意識で自分がかなり吹き飛ばされた事を認識する。

そして、煙の向こうから自分を襲ってきた3体の異形が悠然と現れ、その内の2体が弾幕を打ち出す何かをこちらに向けるのが見て取れた。


(あ、あれは・・・まずいわね)


仮にも自分の体を傷つけた武器である。同時に攻撃されて無事でいられる保障などどこにもない。

だが、逃げようにも衝撃のせいで体が言う事をきかず動く事さえままならない。


万事休すかと思われたが、正面にいた異形達が急に後退をはじめ自分から距離を取っていく。

そして、入れ替わるように一つの影が彼女の眼前に現れた。


「動けるか」


感情が全く感じられないほどの渇いた男の声。

視界には先程の異形達と姿形がそっくりの鎧を纏った何者かがいた。


「ふふ・・ひどいわね?こんな状態の女に・・動ける・・か・・なんて」

「・・・」


どうやら意識ははっきりしているようだ。

庇っている女性から意識をはずし正面を見据える。


「所属不明のSAAに告げる。直ちに所属部隊と官姓名を名乗れ、返答なき場合は射殺する」


眼前の3機のSAAに呼びかけるが反応なし。2機は自軍のSAA『不知火』だが、残りの1機が問題だった。


連合製SAA『白虎』。

機動力を生かした格闘戦を得意とする連合の近接特化SAAと自軍のSAAがいるのが問題なのである。


(鹵獲した機体を流用しているのか・・?)


だが、それにしては様子がおかしい。その連合製SAAの腹部には弾痕がはっきりと残っておりしかも、複数が貫通した形跡が見受けられる。

はっきりとはしないが、頭部センサーの微妙な違いや装甲形状の違いから、一線を引いた白虎の2型のようだ。

福岡奪還戦で相対した3型は装甲を強化されていたため、市街地戦で味方が撃破するのに苦労していたのを思い出した。


「不動さん!」

「・・・犬走か、良い所に来た。後ろの女性を連れて後退してくれ」

「へ?わあああ!?あ、貴方は・・・!?」

「騒がしいおいぬ・・さん・・ね?」

「頼んだぞ」

「わ、わかりました!」


2人が離脱していく。十分な距離が離れた事を確認し銃口を油断無くその一団に向けつつ再度問いかけた。


「繰り返す、所属を明らかにせよ。お前達は・・・」


そこで言葉を切らざるをえなかった。返答の代わりに飛んできたのは銃弾だったからだ。

不知火2機からの銃弾を盾で受け流しつつ右へ機動しながら反撃。

20m徹甲銃機が唸りを上げる。


その内の一発が敵の左腹部装甲に大穴を空ける。連邦・連合問わず100m以内の直撃なら

装甲を容易く貫通するのが自分のSAAに装備されたこの機関銃だ。

ましてや、2世代前の量産型SAAである『不知火』に防ぐ術はない。


「・・・なに?」


だが、現実は違っていた。直撃を受けたSAAは被弾の反動でよろめきはしたものの今だ健在だったのだ。

態勢を立て直し、こちらに突進してくる『白虎』の右斜め後方から残りの一機と再び援護し始めた。


「・・・」


SAA同士による野戦の基本は相手の側面か後方の取り合いに終始する。

もしくは正面からの突撃後、至近距離における格闘戦への移行というのが主流だ。


故に今のように相手が複数でこちらを攻めている状況では、左右に機動してこちらの後方や

側面への進出を防ぐように頻繁に場所を変えていく必要がある。


そのため草原をまるで円を描くように俺達はぐるぐると頻繁に立ち位置を変えるように動き回る。

機動性で相手を大幅に上回る『神武』の加速に追いついてこれないのか、至近で銃弾の通過する音が聞こえるだけで直撃には至らない。

こちらも先程の件があるため弾薬の消費を抑える関係で回避に徹して相手が近接戦に移行する機を待つことにした。


しばらくの交戦の内、防御に徹したこちらに痺れを切らしたのか「不知火」2機が左右に展開しこちらの機動を封じる動きに出た。

同時に正面からせまる白虎が左腕を僅かに引きながら突撃してくる。

あの機体に装備された最大の武装『パイル・ピック』での攻撃を行うつもりだろう。


「見飽きている」


福岡奪還戦のおり、自分が所属する第1機装連隊は『人食い虎』と恐れられた連合の508戦隊と死闘を繰り広げた。

白虎ばかりで構成されたその部隊は当時市街地戦において無類の強さを誇っていた。


射撃特化の『青龍』による援護を受け、敵の逃げ場を無くし一撃必殺の牙で相手を噛殺すことからついた

忌み名を持ったその部隊の常套手段を眼前の敵は使ってきた。

だが、甘い。逃げる方向を制限されているなら唯一銃弾が飛んでこない方向に進めばいい。


「ブースト」

「・・・!?」


急停止し一直線に相手の懐に飛び込む不動。白虎もひるむ様子も見せずにそのまま激突点に向かう。

互いに正面衝突をおこしかねないスピードで突撃をかけついに交叉した。



空気を切り裂く鋭い音と金属がひしゃげる鈍い音が大音響で草原に響き渡った。

複合装甲の盾さえ貫通する一撃を驚異的な見切りで避けた彼は盾の先端を相手の腹部に突き立てた。


SAAのパワーアシストを受けた打突の直撃に晒され『白虎』が吹き飛び右斜めにいたもう一機を巻き込み折り重なるように倒れる。

別の一機が慌てて足を止め不動に再度照準を合わせたが既に遅かった。


「墜ちろ」


盾の背面に装備されたハンドレールガンを発射、同時に倒れた2機に銃撃を浴びせる。

正面装甲に風穴を開けられた1機と滅多打ちにされて背中のバックパックから煙を出した敵3機がほぼ同時に爆発四散する。


<プリエンプション、再起動(リブート)プロセス 駆動系冷却開始>


冷却のため装甲の一部が開放され溜まった熱が排出される。

これは連続機動とレールガンの使用で機体の排熱が追いつかなくなったためだ。

この間はSAAは動けないため、首を動かし周辺を索敵する。


「敵機殲滅、残存の敵対勢力確認ならず」

<冷却終了 システム再起動>

「01より全機・・・・必要ないか」


ついいつもの癖で無線を開こうとしてしまい自重の言葉が口からでた。

轟々と立ち上る煙を見ながら天を仰いでいると空に人影が見えてこちらに近づいてきた。

地上に降り立つとこちらに慌てた様子で駆け寄ってくる。


「不動殿これは一体!!」

「上白沢か、見ての通り戦闘を行った」

「戦闘?誰とだ?」

「・・・俺と同じ世界の者達とだ。貴女はすぐ人里に戻った方がいい。敵の残存戦力がいないとも限らない」

「む・・・確かに。不動殿はどうされるつもりだ?」

「それは・・・」

「不動さん!」

「犬走、先程の女性は?」

「ここから少し先の木の陰で休ませてます。敵は倒したんですよね?」

「ああ、もしかしたら妖怪の山襲撃事件の犯人かもしれない。俺は証拠品の回収を行う。

君は永遠亭にむかって負傷者がいることを知らせてくれ。俺も回収後、女性を連れてそちらに向かう」

「わかりました。では、私は行きます!」


犬走が飛び去った後、俺は薬莢の回収。上白沢は負傷した女性がいる木の陰に向かった。


「特徴を聞いて、もしやとおもったが・・・」

「あら?本当に今日は色んな人に会うわね」


彼女の向かった先には四季のフラワーマスターと呼ばれ恐れられる風見幽香が木に瀬を預けてけだるそうにしていた。


「怪我はどうなのだ?」

「大した事はない・・・と、言いたい所だけど傷の治りが遅いわ。所で、あっちで何かしてるのは何処の誰?」


彼女の視線の先には草原で薬莢の回収を行う不動の姿が映っていた。


「彼は不動明という外来人だ。日防軍・・という軍事組織の軍人だそうだ」

「へえ、外来人なの・・・さっきの異形どもと同じ鎧をつけてるけどお仲間なのかしら?」

「わからん。だが、仲間なら戦闘等しないだろう?」

「ま、そうよね。じゃあ、なんなのかしら・・・はあ、厄日だわ」

「そうだな・・・」


溜息をつく彼女達の所に証拠品の回収を終えた彼がやってきた。


「彼女の様子は?」

「私なら大丈夫よ。さっきは助かったわ、ありがとう」

「礼は不要だ。それにまだ終わったわけではない」

「へ?きゃあ!?」

「な!?」


屈んだ不動は彼女の体を持ち上げ俗に言うお姫様抱っこの状態になると呆気に取られる慧音に背を向けた。


「俺は永遠亭に負傷者を搬送する。上白沢、人里での協力感謝する」

「あ、ああ・・・頼んだぞ」

「ちょ、ちょっと貴方何を勝手に・・・」

「喋るな。舌を噛むぞ」


移動姿勢を取った彼はそのまま永遠亭に向かって疾走して行った。その途中、彼らの前に一陣の風が舞い降りた。


「あややや、よかったです。行き違いにはなりませんでしたね?」

「君はこの前の・・」

「苗字は長いので文でいいですよ、明さん。丁度永遠亭で話を聞いていた時に椛が来たので話は聞きました、先導しますのでこちらへ」

「了解した」

「それにしても外来人とあの風見幽香のツーショット、しかもお姫様抱っこ・・・これは大スクープですね!」

「焼くわよ?」

「あややや、それは勘弁してもらいたいですね。ほんの冗談ですってば」

「ふん、不動だったかしら?早く行きましょう」

「ああ」


微妙に険悪な雰囲気を残しつつ俺達は竹林の手前でてゐと合流。

彼女の案内に従って永遠亭にたどり着いた。玄関口で八意と鈴仙の出迎えを受ける。

彼女達は診察室に向かい、俺と文は椛の待つ客間に通された。


「お疲れ様です、文先輩に不動さん」

「椛もお疲れ様です。それで、明さん回収した物を見せてもらえませんか?」

「これだ」


回収した空薬莢を彼女達に差し出す。それを彼女達は以前の河原の時と同様に見比べた。


「うーん、大きさは同じですね。だったら、彼らが犯人ということになりますかね?」

「わからん、奴等があの1隊だけとは限らない。それに不可解な点がある」

「何ですか?」

「・・・奴らの死体がない」

「へ?だって不動さん倒したんですよね?」

「ああ、だが破片はあっても肉片一つ見つからない。ミサイルや重砲で吹き飛ばされたならともかく、見つからないのはおかしい」


そして民間人に対する攻撃。やつらの内の一機は自軍と敵対している勢力のSAAを使用していた事。

さらに敵の正体や目的が全く不明瞭な事も問題だった。


「・・・少し根深い問題かもしれませんね。とにかく、私は山に報告に戻ります。明さんこの後はどうするんですか?」

「神社に帰投する」

「わかりました、では私は山に戻るついでに神社によって霊夢さんに事の次第を話しておきますね?」

「そうしてもらうと助かる。頼めるか?」

「お安い御用ですよ」


彼女が腰を浮かそうとすると障子が開いて八意と鈴仙が入ってきた。搬送した民間人の女性について尋ねる事にする。


「彼女の容態は?」

「傷自体は軽傷よ。ただ、ちょっとおかしい所があってね・・明さん、貴方の武器には呪術的な要素か何かがあるのかしら?」

「そういった非科学的な要素は何もないはずだが、何かあったのか?」

「どうも呪いみたいな作用があるみたいで傷の治りが遅いのよね。彼女ほどの大妖怪ならなおさらね。念のため彼女には2、3日ほど入院してもらうことにしたわ」


呪いというのは分からないが、銃撃による負傷なら感染症になる可能性があるため当然の処置だと入院について考えているとふと疑問が浮かんだ。


「・・・すまん、誰が妖怪だって?」

「貴方の助けた女性、風見幽香は幻想郷でも屈指の大妖怪よ。明さん知らなかったの?」

「初耳だ。俺はてっきり民間人が襲撃されていると思ったのだが」

「ふふ、まあここじゃあ見た目も当てにならないものとおもった方がいいわよ?」

「常識は通用しないか、何にせよ俺達はこれでお暇させてもらおう」

「そうですね。じゃあ、椛引き続きお願いしますね?」

「はい」

「うどんげ、てゐ。明さん達を竹林の出口まで見送ってあげなさい」

「わかりました、行きましょう不動さん」

「明も女の子に囲まれてもてるねぇ。よ!色男!」

「この状況でそれは喜ぶべき事なのか・・・?」

「両手所か全方位花ですからね。あ、不動さん。この件が一段落したら取材いいですか?」


雑談しながら不動達が部屋を出て行く。その後姿が廊下の先に消えたのを見届けると永淋はぽつりと呟いた。


「・・・これ以上何もおこらなければいいのだけど」


まだ何かが起るような漠然とした不安を感じつつ、彼女は診察室の方へと足を向けた。


魔法使いの誘い


竹林の出口で見送りに来てくれた二人と文に別れを告げ、俺達は一路神社を目指した。

まだ日は高いが相当な時間が経過していたのは明白だったため多少急ぎつつの移動となった。


犬走の先導の下で移動を行いつつ神社を目指しているとここ数日で見慣れた神社の鳥居が視界に入った。


「到着ですね」

「ああ、しかし便利な物だな犬走の能力は?おかげで予想以上に早く帰還できた」

「そ、そうですか?まあ、仮にも哨戒天狗ですからね」


彼女の能力「千里を見通す程度の能力」のおかげで進行方向に敵影が見えなかったのがスムーズな移動に繋がった。

現在衛星や通信で情報を得ることのできない俺一人ならば倍以上の時間がかかったはずだ。


「さて、問題は・・・」

「おーそーいー・・・どこで油売ってたのよ?」


資材搬入の道を登り終えると、仁王立ちしている霊夢の不満げな声が飛んでくる。

その横で瓢箪片手にほろ酔いの伊吹の姿も見える。


「霊夢か。文は来なかったのか?」

「来たわよ。事情も聞いたわ」

「なら、遅いという事はあるまい?」

「そりゃそうだけど・・・うー・・・」

「?」

「あはは!明、気にしないでいいよ。二人が昼になっても帰ってこないのと珍客がきたもんだから気がたってるのさ」

「珍客?」

「おーい、霊夢!例の奴は帰ってきたのかー!」


元気のいい声が境内に響き渡った。声のした方向を見ると片手に箒を持った少女がこちらに歩いてくるのが見えた。


「お?へーあんたが噂の外来人か。」

「君は?」

「私は普通の魔法使い霧雨魔理沙、魔理沙でいいぜ。こっちも明ってよぶからさ」

「ああ」


挨拶を済ませるとその場の全員で遅い昼食を取る事となった。

神社の居間で食卓を囲んでいると魔理沙が声をかけてきた。


「明、あんたが着てるあの鎧だけどさ。見かけたことがあるぜ」

「SAAを知っているのか?」

「ああ、香霖堂においてあったガラクタの中に似たような物を見た覚えがあるんだぜ。今度行ってみるか?」

「・・・」


今回の戦闘と移動でSAAの稼働時間が大幅に失われてしまっている。そして現状補給の目処はつかないとなれば結論は一つだ。


「それが本当なら向かいたい所だ。案内を頼みたい」

「わかったぜ。じゃあ、飯の後にでも早速いくか?」

「ちょっと待ちなさい。不動には神社の修復っていう重要な役割があんの。ぽんぽん連れ出してもらっちゃかなわないわ。それと、魔理沙?

あんた、ただ飯食べてるんだから手伝いなさい」

「か、かえろっかな~?」

「別に急ぐわけではない。都合のつく時でいい、それと霊夢?」

「なに?」

「人里で札の作成を頼まれた。これはそのリストだ」

「ふーん、どれどれ・・・」


対面に座る彼女に懐から出した紙を差し出す。それを霊夢はしげしげと眺めると喜色を浮かべた。


「あら?結構入用みたいね、お金になるわ。不動、あんたお手柄じゃない!」

「そうか。それともう一つ」

「なになに?まだあんの?もったいぶらずに話しなさい!」

「手紙に余計な事は書くな。またあれが必要か?」


『あれ』と聞いた瞬間それまで喜色満面の笑顔だった霊夢の表情がさっと青くなる。

不動はその様子をじっとみつめ、事情を知っている二人は苦笑を浮かべ魔理沙はきょとんとしていた。


「うぐ・・っ!?あんの石頭余計な事を・・・」

「なあ、あれってなんだよ?」

「あー実は昨日霊夢は明にしこたま尻を叩かれたのさ。八つ当たりのお仕置きだったかな?」

「尻叩き?ぷ・・・あははははは!尻を叩かれたのかよ!これは傑作だぜ!!あははははは!!」

「うっさいわね!そんなに笑わなくてもいいでしょうが!」

「だ、だって・・・やっぱ駄目だ!あははははは!!!」

「こ、この白黒・・・!」


腹を抱えて転げまわる彼女に霊夢が飛び掛る。飛び掛ってきた霊夢を笑いながら押し止める魔理沙と

今にも噛み付かんばかりに犬歯を剥き出しにした霊夢の取っ組み合いがはじまった。


「あーあー、しょうがないねぇ」

「2人とも落ち着いてください」

「・・・食事時に騒ぐな。二人とも躾が必要か?」


それまで事態を静観していた不動が口を挟むと霊夢が飛びのくように彼女から離れた。

その様子に魔理沙が再び笑おうとしたが無感情な視線を向けられ黙る事となった。


「あんた、後で覚えてなさいよ?」

「さあ~」


騒がしい昼食の後、ようやく俺は神社の修復に取り掛かった。伊吹の指示に従い彼女の調達してきた材木を切ったり、

現場で作業する彼女の補助に回ったりという作業を犬走と共に行う。

日も傾く頃、屋根に取り付いていた伊吹が下で作業する俺達に声をかけてきた。


「明と椛―!今日はこの辺にしておこうかー!?」

「了解した。」

「そうですね」


屋根の上から飛び降りてきた伊吹が俺達と並んで立つ。そこへ霊夢もやってきた。


「今日の作業は終わったの?」

「今日はここまでだね。霊夢の方も作業は終わったの?」

「まあね。お札作りなんて久し振りだったから肩がこっちゃったわ」

「すぐに夕飯にしますか?」

「そうね。お腹も減ったし、不動悪いけどお風呂沸かして・・・」


話し込んでいた3人に背を向けて彼は夕日をじっとみつめていた。感情という物をみせない彼の横顔にほんの少し感情が浮かんでいた。


「不動・・?」

「・・・何か言ったか?」

「え?ああ、ご飯前に風呂を沸かしてくれないかしら?」

「了解。取り掛かろう」


出会ったその時のまま、抑揚の無い渇いた声で霊夢の呼びかけに応えた彼は風呂場のある方に歩み去っていった。


夕食後順番に今日の垢を落とした俺達はそれぞれの自室へと戻っていく。

俺は携帯端末で機体の状態を再度確認後、自室から出て軒先に腰掛けていた。

雲ひとつ無い月の光の下、静かに風に揺れる境内の木を見ながら煙草に火をつけ眼前に浮かぶ紫煙をぼんやりとみつめていた。


「・・・」

「不動、まだおきてたの?」


廊下の先から霊夢が顔を出した。その手には陶磁の瓶におちょこが握られていた。


「月見酒か?」

「まあね。仕事もひと段落したし・・・まさか呑むな、なんていわないでしょうね?」

「ここでは勝手が違う事くらいは心得ている。遠慮するな」

「別に遠慮なんかしないわよ。よっと」


隣に来た霊夢が腰掛ける。酒瓶からおちょこに手酌すると一息に一杯酒をあおいだ。


「ふう、あーおいしわね。不動も呑む?」

「遠慮しておこう」

「そういや昨日もお酒に手をつけてなかったけど、もしかして下戸?」

「今は作戦行動中だ」

「はあ?作戦って・・・あんたここは幻想郷よ?不動のいた外じゃないのに」

「そうだな」

「それに確かミサイルだっけ?弾幕みたいなものに吹き飛ばされてここにきたんでしょ?だったら、外じゃとっくに死人扱で作戦もへちまもないんじゃないの?」

「・・・」


霊夢の言う事はもっともだ。あれから3日経過しているため、行方不明者の捜索もとっくに終了している頃だろう。

恐らく俺は戦没認定、もしくはMIAとして扱われているはずだ。


「確かにお前の言う通りだ、霊夢」

「なら少しくらい気を緩めなさい。そんなぴりぴりしてちゃこっちまで肩こるわ」

「ああ」


永遠亭でてゐにも言われたが、そんなにも自分はそういう気配を漂わせているのだろうか。

もしくは、染み付いた兵士としての性質を消せないだけなのか。

この平和な幻想郷でそれはとても滑稽な事なのかもしれないとふと想った。


「で、不動は外に戻ったらどうすんの?」

「原隊に復帰するだけだ」

「それだけ?誰かに無事を知らせるとかあるんじゃないの?」

「親は他界した。無事を知らせる意味は無いな」

「天涯孤独ってわけ?ふ~ん・・・」

「霊夢、お前の家族はここには住んでいないのか?」

「私?私は物心ついた時から親なんていないわ。別に寂しくもないし、気楽でいいもの」

「・・・」


本心から言っているのだろう。

彼女の言葉には全くの気負いが無い、超然としたこの態度は博霊の巫女としての彼女の立場がそうさせているのだろうか?


「・・・」

「な、何よ?またじっとみて」

「しっかりしているな」


ぽんぽんと頭を撫で付けてやった。何故手をのばして彼女の頭にそうしたかわからなかったが無意識に動いていた。


「こここらぁ!?子ども扱いしないでよ!」

「年齢的に子供だろう」

「そーじゃなくて!もう・・・ん?」

「もらおう」


空にした湯飲みを彼女の前に差し出す。酒を飲む、その行為自体久し振りの事だった。


「む、なんか偉そうなのが癪だけどついであげるわ」

「ああ」


半分位まで注がれた酒を軽くあおる。久し振り味わう酒の味と喉が熱を持つ感覚を覚えた。


「へえ、普通に呑めるじゃない。結構いける口なの?」

「呑んだ事があるのは20になった時が最後だった。」


一時休暇で実家に戻った時が丁度20歳の誕生日だった。その席で、父が注いでくれた酒が最後に飲んだときだ。

父は感慨深げにうなづき、俺達の様子を見て微笑む母。それが家族でとった最後の団欒だった。

それ以来、誰とも酒を酌み交わしたことはなかった。


「・・・」

「不動?」


怪訝な視線を投げかける霊夢を置いて、黙って俺は湯飲みを見つめ過去に思いを馳せた。

あの時家族で何を喋ったのか、それすらももう曖昧だ。戦いに次ぐ戦い。それが俺の過去の記憶を磨耗させていったのだろう。

まるでこの湯飲みにうつる月の様におぼろげだ。


俺は天を仰ぎ、蒼い夜を照らす月の光にただ目を細める。


「不動、あんたよく空を見てるけど何か思い入れでもあんの?空を飛びたいとか?」

「そういう事はない。そう言えば、霊夢の能力は『空を飛ぶ程度』だったな」

「まあね。それがどうしたのよ?」

「なるほどな」


空と聞けば大概の人間が想像するのは自由や可能性だ。

もしくは女心は秋の空といわれるように変わりやすい感情を表現する事もある。

目の前に居る少女のイメージと合致する。と、妙に得心した気分になった。


「何がなるほどなのよ。なんか言いたい事あるわけ?」

「実に的を得ている」

「なんだかわからないけど、悪口いってるわよね?」

「あまり呑みすぎるな。ではな」

「あ、こら!もう、ほんとわけがわからないやつ・・・」


残りの酒を飲み干し、おもむろに席を立つと彼は無言で自室に歩み去っていった。

彼自身は気付いていなかったが口元に微笑を浮かべながら。


幻想への漂着物


明けて翌朝、朝食を終えた俺達は再度神社の修復に取り掛かった。

昨日の段階で材木の切り出しは済んでいるので後はそれを加工して修復に使うだけだった。

ここで驚かされたのは小さな伊吹達も修繕の作業に加わったことだ。


彼女曰く「今日一日で片付けよう」とのことでこうなったそうだ。

人手が増えた事で作業の効率が格段に上がり、昼になる少し前位にはあとは瓦を取り付ければ屋根の修繕は完了。

大穴の空いた本殿の床と天井は修復完了という所までこぎつけた。


「うん!ま、午前中はこんな所かな」

「お疲れ様です、伊吹様」

「今日中に目処はつきそうだな」

「つけるさ。梅雨の合間の天気は貴重だからね」

「それが急いだ理由か」

「霊夢が『また雨が降りそうな気がする』っていってたからね。だから急いだのさ」

「ああ、それは急がれて正解ですね」

「どういうことだ?」

「博霊の巫女である霊夢の勘は伊達じゃないよ?あと2、3日以内に十中八九雨が降るね。明は勘とか信じないクチ?」

「俺も戦場でそうした特有の勘があたる事はある。確信ではないが」

「だったらそういう事。明、午後の作業はいいから香霖堂にいってくるといいよ」

「だが・・・」

「明の鎧は大分消耗してるんでしょ?だったら天気がいい内に行っておきなよ。」


伊吹の提案に若干思案するが、せっかくの好意だから受ける事した。

だが、とにもかくにも霧雨、もとい魔理沙が神社にやってくればの話だ。


「おーーっす!作業は順調か!」

「要らない心配だったか」

「魔理沙、あんたまた昼ご飯たかりにきたの?」


作業が一段落する所を見計らって昼食を軒先に運んできていた霊夢が魔理沙に半眼を向ける。


「たかりとは失礼な。明をこーりんの店に案内してやろうと思ってきたんだぜ?」

「どーだか。それで、作業は終わってるの?」

「ほぼ完了ですね。伊吹様のお墨付きです」

「そ。なら明を連れてっても構わないわ」

「およ?なんだい、霊夢。急に明の事を名前で呼ぶなんて」

「べ、別に。私も名前で呼ばせてるんだからいいでしょ」

「おやおや、こりゃ昨日の夜にでもなんかあったのかな?明、霊夢に何かしたのかい?」

「寝る前に話をしただけだ」

「へ~・・」

「ほらほら!さっさと食べなさいよ!」


軒先に座った俺達は霊夢が握ってくれたおにぎりと漬物を食べる事にする。

若干雲は出ているが青空の元での昼食はさながら遠足に来たような雰囲気だった。


「はあ~いい天気ねぇ。ちょっと蒸し暑いけど」

「ま、梅雨が明けたら夏本番だからな。またチルノでも捕まえて氷でもつくらせようかな?」

「あんた、そのせいであの馬鹿妖精こっちまで文句いいにきたのよ?まあ、弾幕でふっとばしたけど」

「ひ、ひどい・・・」

「まあ、この2人だから仕方ないね」


何故か俺を中心に左右に分かれた女性陣は各々好き勝手に喋っていた。

取り留めの無い世間話等周りではもう久しく聞いていなかった。


―なあ、明?昨日の夜の番組みたか?―

―不動君以外にアニメとか見るんだ。―

―おーい、今日の帰りカラオケ行くけどいくやついるかー?―


何気ないクラスメート達との会話。平和だった日々がモノクロの映像のように思い出される。

だが、脳裏に浮かんだ景色は突如真っ赤に染まる。


―いたいいたい!死にたくない!死にたくない!―

―ちくしょおおお!殺してやる!殺してやる!!―

―不動・・・たす・・け・・て―


真っ赤な世界で憎悪を叫び、断末魔の悲鳴を上げる友人達。

空を覆う真っ黒な雲とくすぶる炎の中、何も考えず、感じられないまま級友達の認識票をただ拾い集めた。


「明?どうしたの恐い顔して?」

「・・・何がだ?」

「何がって、目が虚ろになってたぜ?どうしたんだよ、ほんと?」

「昔を思い出した。それだけだ」

「それだけ・・ねぇ。ま、いいけど」

「んーまあ、何はともあれ飯も食べたし行こうか」


そう言って帽子を被りなおした魔理沙は軒下に立てかけていた箒にまたがると手招きした。

立ち上がった俺に犬走も続く。


「んじゃ行こうぜ。明は後ろに乗ってくれ」

「ああ」


箒に跨った彼女の後ろに同じ様に跨りその腰に両手を添えた。


「ひゃあ!?どどどこさわってんだ明!!」


急に腰を両手で掴まれた彼女はすっとんきょうな声を上げると顔を真っ赤にして後ろの不動を睨みつけた。


「腰だが?」

「そりゃわかるけど!?」

「二人乗りする時は基本だと想ったが不味いのか?」


昔バイクで父とツーリングした時はそのように指導された。

箒だとまた別の乗り方があるのだろうかと思考していると彼女は困った表情になった。


「基本って・・あーもういいよ。なんか調子狂うな」


悪気無く淡々と答える彼に溜息をつく魔理沙。

その様子に霊夢はにんまり笑いながら声をかける。


「あーらら、魔理沙さん?顔が真っ赤ですよ?」

「ぬぐぐぐ!霊夢、後で覚えてろよ!行くぜ、明!」

「了解。霊夢、伊吹すまんがSAAの保守を頼む」

「任せておくれよ、明」

「適当にやっとくわ。いってらっしゃい」

「・・・行ってくる」


見送りの言葉を受けて空中に飛び上がった俺達は神社を後にして香霖堂へと向かった。

神社を飛び立ってしばらくしてうっそうとした森のある地点に俺達は来ていた。


「あれか?」

「そうだぜ。じゃ、高度を下げて降りるぜ」


店の前に着地した俺達。改めて見渡すと店の周辺には用途の分からない様々な物が雑多に積み上げられていた。


「こーりん!いるかー!」

「・・・行くか」

「そうですね」


扉を破る勢いで開けた彼女に俺達も後に続く。

店内もこれまた雑然としているが辛うじてカウンター周辺だけはスペースが確保されている。

そこに腰掛けていた人物が新聞から手を離しこちらを見つめる。


「もう少し優しくドアを開けられないか魔理沙?君は何度同じ・・・おや?」

「客を連れてきたぜ。昨日話した明だ」

「へえ。初めまして、僕は森近霖之助。ここの店主をしている」

「俺は日防軍の・・・」


挨拶をしようとすると手で遮られた。彼は椅子から腰を浮かし俺の正面に立つ。


「固いのは無しにしよう。敬語も必要ないよ」

「わかった。俺は不動明だ、よろしく森近」


歩み寄り握手を交わす。華奢な外見に似合わず手を握る力は思いのほか強かった。


「魔理沙から話は聞いてるよ。SAAだったかな、それを探しに来たと聞いている」

「ああ、あるのか?」

「こっちだ。」


案内に従い俺達は店の倉庫がある場所に通されることになる。

その道すがら彼は俺に話しかけてきた。


「僕の能力は『道具の名前と用途が判る程度』の能力なんだ。聞いている特徴と一致しているから間違いないはずだ」


倉庫の鍵を開け扉が開かれる。

中は薄暗く見えなかったが、柱に取り付けられた照明に明かりが燈されていきその全貌が見えてくる。


「これは・・・」

「名前は『バルディッシュ』用途は兵器だね。完全な形で無縁塚に転がっていたのはこれ一つだったよ」

「で、これもSAAって奴なのか?」

「SAAである事は間違いない。だが、日防軍の物ではないな」


『バルディッシュ』といえば汎用性の高い量産機としてヨーロッパ連邦各国で正式採用されていたSAAだ。

最近ではその改良型『バルディッシュMk-2(改)』へ更新配備が始まっているらしいという事を耳にした程度だ。


「これは動くのかい?」

「確かめよう」


携帯端末とSAAを接続する。だが、何の反応も見せない所を見るとどうやらバッテリー切れらしい。

背面のバックパック部分にある推進剤も見てみる。


「どうなんですか、不動さん?」

「推進剤の残りはあるようだ。流用できるかもしれん」

「他にはなんかないのかこーりん?店の外に置いてあった時は他にもなんかあった気がしたけど?」

「後は・・・これとこれかな?」


バルディッシュの横に置かれたござの覆いが外される。そこにはSAAの頭部パーツと腰から下部分に68式突撃銃。

そして鞘に収まった日本刀が一振り置かれている。


「こっちは『風神・改』で用途は同じ。こちらの日本刀は『てぃーしーぶいぶれーど』と呼ぶらしいね。刃紋も何も無い刀っていうのも珍しいけど」


刀を抜き取って鍔部分にある電源スイッチを切から弱に変更するが何の変化も見せない。どうやらこれもバッテリー切れのようだ。

僅かな可能性に賭け風神・改の腰の予備カートリッジ収納部分を探すと2本出てきたので、その内の一本を差し込む。


「わ!?刀が光った!?」

「これは使えるか」

「ただの刀じゃなかったのか・・・それでこれらを買っていくのかい?」

「推進剤は買い取ろう。刀と銃は『接収』する」

「接収?」

「ああ、これは遺棄されていたとはいえ日防軍の物だ。民間人が勝手に持ち出していい類の物ではない。違うか?」

「・・・まあ道理だね。こっちのバルディッシュについてはいいのかい?」

「ヨーロッパ連邦の機体については管轄の範囲外だ。好きにしてくれ」

「じゃあお会計にうつるけど、いまいち価格がわからない。物々交換でどうかな?」

「ここには戦場から来た、生憎交換に応じるほど持ち合わせが無い」

「それは困ったね。僕も商売している以上ただで商品を譲るわけにはいかないからね」

「・・・」


互いに黙り込んでしまう。どうしようかとその場の全員が困り果てていた所、入り口から物音がした。


「店主さんいるー?魔理沙から話を聞いてきたんだけど・・・あ、明に椛!どうしてここに・・あー!!」

「にとりこそどうしてここ・・わ!?」


犬走の脇を高速で通り抜けたにとりが鎮座しているバルディッシュに取り付く。

ぽかんとしている一同を置いて機体を撫で回している。


「うわ!凄いねこれ!へー明の着てた奴とはまた違う感じだよ」

「あーえっと・・」

「ここにあるやつ全部買い取るよ。値段はいくら?」

「その前に話を聞いてくれ」


森近がこれまでの経緯を簡単に彼女に説明する。しばらく考え込んでいた彼女は何か閃いたのか手を打った。


「じゃあこうしようよ。これは全部買い取るから、明はその御代の換わりに私に協力して」

「それは構わないが、いいのか?」

「恩返しと実利をとれる一石二鳥の機会だからね。全然大丈夫だよ」

「話はまとまったかい?」

「ああ」


その後にとりと森近は値段の交渉に移り、その末に交渉成立。

にとりが持参していた大八車にSAAを乗せるとにとりの工房がある妖怪の山の麓へと向かった。


にとりの工房


―妖怪の山の麓・にとりの工房―


河原の洞穴の中に作られた工房の中に俺達は足を踏み入れた。作業スペースと思わしき部分でSAAを降ろす。


「まず電力を復旧させるんだったよね?」

「ああ、ここにプラグを繋げばいいと思うが」

「これかぁ・・・ちょっとまっててね」


試行錯誤の末接続に成功した彼女はタービンを使ってSAAに電力を供給。俺も携帯端末を接続し機体の状態を確かめる。


「大丈夫だ。機体の電力が復旧した」

「うん。じゃあ着てみてよ」

「了解」


装甲を開放し背中を預ける。自分の身長に合わせて内部フレームとアジャスト式装甲版が伸縮し最適な形状となった。

ちなみに操縦者の認証などはなかった。どうやらヨーロッパ連邦ではそういうシステムを取っていないらしい。


「よしよし。明はそのままじっとしててね、今から機体の解析に入るから。」

「了解した」


そんな2人の様子を残りの2人は少し困った様子で見ていた。こちらをそっちのけにして二人は何事かを熱心に話している。


「すっかり二人の世界だぜ。どうする?」

「将棋でもしますか?お茶でも飲みながら」

「だな」


時間は経過しそろそろ日も暮れる時間となった所で作業が一段落ついたのか、工房内にある生活スペースに不動とにとりが戻ってきた。


「うーん!久々に充実した時間だったよー!」

「・・・」

「んあ?終わったのか?」

「みたいですね」


テーブルで半分寝ていた魔理沙と将棋版で一人将棋をしていた椛がこちらを見てくる。


「それで目処はついたの?」

「大体はね。機体の解析もあらかた終わったし、後は細かい整備かな。それで、明日は明にSAAをこっちに持ってきてもらう事になったよ」

「いいんですか、不動さん?以前は触らせる事は出来ないと仰っていたようですが?」

「今日一日にとりの技術を見せてもらった結果、彼女に整備してもらうのが有効だと判断した。先日の戦闘の件も顧みて、備えをしておく必要がある」


いつどこでまた所属不明機と相対するか判らない状況で整備不良で戦えないというのは問題外だ。

そして、この幻想郷に問題を起こしているのが自分と同じ側の者ならその対処をするのが筋である。

民間人に軍事機密を触らせた責任は自分が取ればいいと結論付けた。


「一応見た内容とか機体の性能とかは他言しないという条件付だけどね。ま、明に信頼してもらえたのは嬉しいね」

「それなら今日はお開きか。じゃあ神社に戻ろうぜ」


工房の出口で見送りを受けた俺達は神社に帰還した。境内の中庭に降り立つ頃には日は暮れていた。


「それじゃ私はこれでお暇するぜ」

「食事はしていかないのか?」

「んー今日はやめとくわ。久々にアリスの所に顔も出しときたいしな」

「アリス?」

「私と同じ魔法使いさ。機会があれば紹介するぜ」

「そうか。それと今日は世話になった、恩は必ず返す」

「へへ、期待してるぜ。それじゃ!」


身を翻すと再び彼女は夕闇の中魔法の森と呼ばれる場所がある方向へ飛び去っていった。

入れ替わるように霊夢と伊吹が姿を現し夕食となった。


「ふ~ん、じゃあ明日も河童の工房にいくわけね」

「そうなるな。」

「じゃあ、お使いを頼もうかしら。頼まれてたお札できたから人里によって渡してきて」

「了解」

「それにしても明の鎧と同じ物が無縁塚にねぇ・・・偶然かな?」

「わからん。だが、先日の所属不明機の事を考えれば関係が無いとは言い切れない」

「どちらにせよ、警戒は緩めれないという事ですね」

「ああ、いずれ調査が必要になるかもしれない。それと霊夢も伊吹も十分に注意してくれ」

「ま、ここに来たら弾幕をお見舞いするだけよ」

「巨大化して叩き潰してやるさ」

「・・・巨大化できるのか」


機械文明などそう無いと想われた幻想郷ににとりの工房のような先端技術が存在したり、伊吹が分裂したり巨大化できるなどつくづく常識が通用しない所である。

そんな場所に若干自分が馴染んできているような妙な感覚を覚えていた。


閑話―無名の墓標―


翌朝神社を出た俺は人里へと向かっていた。霊夢から預かっていた札を、先日の店の店主へと渡すためだ。

俺の監視についていた犬走は朝食時に来た文と共に一端妖怪の山に報告するため帰還しているので別行動となっている。


前回同様、上白沢の出迎えを受けて人里の中に入り札を渡した帰り、これまでの状況について道すがら彼女に説明を行う。


「ふむ、では結局相手が何者なのかわからないままというわけか?」

「ああ。人里の方に何か変化は?」

「今のところは何も。里の者にも十分注意するよう促してはいる」

「そうしてくれ。何かあれば一報してもらいたいが、通信手段が無いのは痛い所だ」

「まあいざとなれば私の能力もある。不動殿もあまり気にしないでくれ」


自信ありげに言う上白沢。彼女の能力が如何様な物かわからないが、彼女を信じる事にした。


「・・・そうか」

「所でこの後はすぐに工房に向かう予定なのか?」

「そのつもりだ」

「あ、不動さんに慧音さん!」


雑貨店の傍を通り過ぎている時横から声を掛けられた。2人して振り向くと籠を背負った鈴仙がいた。


「やあ、往診かい?」

「いえ、今日は置き薬の補充です。二人は何をしてるんですか?」

「里に用があった。もう済んだ所だ、所で彼女はどうしてる?」

「彼女・・?ああ、風見幽香のことですか、彼女ならもう自分の家に戻ってますよ」

「傷の具合はいいのか?」

「ええ、まあ。師匠はもう少し経過観察したがってましたけど、正直家の中にいられると恐いです」


思わず本音を言う彼女に苦笑する上白沢。先日聞いた情報通りよほど彼女は恐れられているようだ。

それに関してある事を思い出した。


「上白沢、雑貨店によりたいがいいか?」

「ああ。何か買い物でも?」

「忘れ物だ」

『?』


首を傾げる2人を伴って雑貨店に向かい、ある物を受け取った俺は先日戦闘を行った場所へと向かった。


太陽の畑と呼ばれる一帯に到着した俺は彼女の姿を探す。

見渡す限りの花の群生に目を奪わそうになるが、彼女の姿を探し周辺を捜索する。

すると聴音センサーが草を踏みしめる音を捉えた。


「あら?てっきり先日の無礼者達がまた来たとおもったけど、貴方だったのね?」


振り向くとそこにはチェックのベストを来た風見幽香が日傘を片手に佇んでいた。


「ああ。忘れ物を届けに来た」

「忘れ物?」


彼女に近づき紙袋を手渡す。中身を確かめると彼女は顔を綻ばせた。


「花の種。これを届けにわざわざ?」

「雑貨店の店主が入れ忘れていたものとお詫びの分を渡してくれと言付かっている。申し訳ないと言っていた」

「いいわよ。あの異形どものせいで他の種は駄目になってしまったし、助かるわ」

「それではな」

「待ちなさい」


踵を返そうとすると呼び止められた。振り向くと日傘をくるくる回しながら微笑んでいる。


「私の家に来なさいな。お礼にお茶をご馳走するわ」

「礼と言われるほどの事もしていない」

「駄目よ。私の気がすまないの」

「・・・」


にとりの工房に行くまでまだ時間的には大分余裕がある。だが、この状況で暢気にお茶をしている必要性はないと思った時ある言葉を思い出した。


―明君、女性の誘いを無碍に断る男性になっては駄目よ?―


急に思い出した母の言葉。何故そんな事を思い出したのか見当もつかないが、かくして俺は了承の旨を告げ彼女の家へと赴いた。


「・・・」

「ハーブティーはお気に召さなかったかしら?」

「いや。昔はよく飲んでいた、いい香りだ」

「あら。ありがとう」


元々口数が少ない俺は黙って出されたハーブティーを飲んでいた。

まだ、両親が健在だった頃はお茶が好きな母に付き合い父と共に庭でテーブルを囲んでいた。


美味しいと思えるハーブティーを飲むのは久方ぶりだったというのも沈黙に拍車をかけていたわけだ。

だが、あまりに喋らないのも失礼かと思い慣れないが話題の代わりに質問をする事にした。


「風見はこの辺り一帯を管理しているのか?」

「そういうわけではないわ。花がある所ならどこでもよ、四季折々花が咲く場所も違うから基本定住しているわけではないわ」

「なるほど。だから『四季』のフラワーマスターというわけか」

「そういうことね。所で不動」

「なんだ?」

「もう一つ貴方にお礼をするわ。何かお願いとかある?」

「・・・礼ならもう受け取っているが?」

「これは届けてくれたお礼よ。先日の件の礼じゃないわ」


好意はありがたいが、そんなに大層な事はしていない。軍人として当然の役割を果たしたまでの事だった。


「そう言われても困る。礼は十分だ」

「何か無いの?まあ、欲が無さそうな性格していそうだけど、何かあるでしょ?」


欲が無さそうと言われて俺は学生の頃ストイックすぎる性格を同級生にからかわれた事を思い出す。


同級生、皆・・・俺達の世界。そして幻想郷

こちらにあって、あちらに無いもの。


断片的な言葉が急に頭の中に思い浮かびそして何かがはまる様な感覚を覚えた。


「風見、不躾な頼みで恐縮だが一つ頼みがある」

「いいわよ。よっぽどの事じゃない限り聞いてあげるわ」


彼女の家を出た俺達は花畑を見渡せる小高い丘の上に来ていた。

その丘の上に一本立っている木の傍に俺は十字型の墓標を付き立てるとずっと持っていた同級生達の認識票を全てそこにかけ厳重に固定した。


「貴方の願いってそれでいいの?」

「ああ」


蒼い空と一面に広がる花畑。俺達の世界ではもう見れなくなった光景だ。同級生達が戦死した後、俺は彼らの墓標に赴いた事はない。

何故ならあの世界で彼らの魂が安らげるとは思えなかったからだ。

だが、この幻想郷に憎悪と怨嗟の声は無い。だからこそ、ここに認識票をかけていく事にした。


「感謝する、風見」

「管理は任せなさい。ここは私の領域だから」

「頼む」


彼女に敬礼を送ると俺は踵を返しその場を離れる。

遠ざかっていく同級生達の墓標に若干の後ろ髪を引かれながら、俺はにとりの工房を目指した。


「ほんと珍しい人間ね。ふふ、ちょっと興味がわいてきたかしら?」


誰に言うでもなく呟いた言葉は草原に吹く風に消えていく。彼女の横で、墓に掛けられた認識票の束が静かに揺れた。


悪魔の館:前編


―にとりの工房・作業スペース―


工房に到着した俺は通路を通って作業スペースの扉を開いた。防音仕様の扉を開くと中から電動工具を使う音が飛んできた。


「ふーんふんふん♪」


装甲版が外されフレームが露出している「バルディッシュ」が視界に入る。にとりは丁度外した装甲版を鼻歌交じりに取り付けている最中のようだ。

程なくして胸部装甲版が取り付けられ全ての作業が完了したようだ。

つなぎの上半身部分を腰まで下げ黒のタンクトップ姿の彼女は、首にかけたタオルで顔を拭うと息を吐いた。


「よっし。取り付け完了っと・・あ!?明来てたんだね?」

「今到着した所だ」

「じゃあ明のSAAはここで脱いでくれる」

「了解した」


バルディッシュの横を指定される。彼女が指示した場所でSAAを脱着し膝立ちで駐機させる。


「じゃあ明のSAAは今から解析に入るね。その間は『バルディッシュ』を装着してもらうよ」

「もう調整出来るのか?」

「うん。機体の整備自体は済んでるから、後は使用者との反応を調整するだけだよ」


SAA「バルディッシュ」を装着し、自分との適合性を高めるため調整を開始する。

手足の動きやアイカメラを実際に動かして反応などを確かめていく。

『神武』と違いアイカメラが片眼しかないのに若干の違和感を感じるが問題ない程度だ。


「うーん・・・今度の反応はどうかな、明?」

「悪くは無い。だが、どうにも鈍い感じを受ける」

「そっか~かなり細かく数値を調整してるんだけどね。明の反応速度に機体が追いついてないのかな?」

「だろうな」

「下手に弄くるより今のままの方がいい?」

「そうしてくれ」

「次は武装だけどバックパック部分に刀を取り付けておいたから。予備バッテリーと弾薬は腰のポーチに入れておいたよ」

「弾倉3にブレード用の交換バッテリー1本だな。確認した」

「それと足回りは互換性があったから駆動系部分の所と装甲を『風神・改』の物と交換しておいたよ。これで機動性は本来より20%アップしたかな?」

「十分だ」


昨日の段階で機械関係に相当造詣が深い事は理解していたが、正直な所一晩でここまでやってくれるとは思わなかった。

機体全体のライトチューンもしてくれているのか、関節等の動作は昨日着たときよりも改善されている。


「他に何かリクエストはあるかな?」

「そうだな、休憩が必要だ」

「疲れた?それなら明は休憩スペースで休んで『君もだ、にとり』へ?」

「目の下に隈があるな。徹夜したのか?」

「えへへ・・・楽しくてつい」

「疲れていては体に差し障る。休息を取るのも必要だ」

「そ、そうだね。うん、休憩しよう」


休憩スペースに移動した俺はにとりが入れてくれた茶を持ってテーブルに腰掛ける。

対面に座った彼女は気が抜けたのかお茶を飲むと大きく背伸びをした。


「ふう~やっぱりちょっと疲れたのかな。」

「慣れない事をやったんだ。当然だろうな」

「でも、やっぱり未知の技術を見るのは楽しいから。所でさ、明」

「なんだ?」

「整備をしててわかったけど、やっぱりこのままじゃ補給がきつくない?無縁塚経由で流れてくるのを回収するのには限度があるとおもうよ?」

「・・・」


彼女の言う事はもっともだ。今回は比較的状態のいい部品や武器、そしてSAAを入手する事が出来たが今後もそうとは限らない。


「でね、提案がひとつあるんだけど。いいかな?」

「言ってくれ」

「明の機体『神武』の改修を提案するよ。」

「改修・・・?」

「うん。明の機体は電力や推進剤で動いてるけどそれを『霊力』で動かす事ができるようにしたいんだ。そうすれば、補給の心配はかなり解消できるとおもうよ」

「そんなことが出来るのか?」

「出来ない事は無いと思う。過去にこんな物がつくられてたんだ」


彼女の説明によれば今から数百年昔のとある時代、妖怪や悪霊退治を生業としていた『退魔師』の一族と協力関係にあった河童の技術者が、

彼らの能力を底上げするための特殊な装具や鎧を開発していたそうだ。


「この技術を応用して、現代の技術と組み合わせればSAAを明自身の霊力で動かせるように出来ると思う。どうかな?」

「霊力とやらは俺にも使えるのか?」

「その点は大丈夫。昨日の解析のついでに明自身の霊力も計測してたんだけど明は紅白の巫女と比べればかなり劣るけど中々の霊力持ちだよ。」

「霊夢はそんなに凄いのか?」

「実力だけなら幻想郷で間違いなく最強の部類にはいるね。まあ、そこら辺は博霊の巫女って所かな。話がそれたね、それで改修してもいい?」

「・・・」


判断に迷う所だ。自分の機体は『不動明』という操縦者に与えられた物であって、所有物ではない。勝手な改造などは重大な軍規違反だ。

思案していると、にとりが慌てた様子で話しかけてきた。


「勿論、幻想郷を出て行くときは元の状態に戻すって前提でだよ?明の迷惑にならないようにするから」

「・・・わかった。改修を頼む」

「ほんと!わーい、やったー!!あ・・・」

「どうした?」

「あはは、重要なことを失念してた。それで、明に頼みごとがあるんだ」

「聞こう」


にとりから頼まれた事をするため俺は作業スペースに戻って『バルディッシュ』を装着する。

装着を終え、工房の出口に向かっていると正面から二つの人影が姿を現した。


「あやや。これはいいタイミングでしたね」

「不動さん、どうも」

「文に犬走か。報告は終わったのか?」

「ええ、まあ。結果だけ言いますと不動さんへの疑いは概ね晴れました。椛が頑張ってくれましたもんね?」

「わ、私はみたままの事を報告したまでです。別に特別なことは・・・」

「照れなくていいですってば。所で、明さんはどちらへ?」

「紅魔館という場所に向かう。正確にはそこの図書館だが」

『はあ!?』


正面の2人が同時に叫び声を上げる。

何か問題があるのかもしれないが、理由のわからない俺は首を捻った。


「え、え―と・・・明さん、そこがどういう場所かわかっていますか?」

「吸血鬼の少女が館主をつとめる館だと聞いている。そして、かなり大きな図書館があるとも。」

「図書館に何か用事でも?」

「にとりに必要な本がそこにあるかもしれないと聞いた。彼女は今手が離せないのでな」


だから代わりに借りにいく。何か問題があるのか?といわんばかりの彼の態度に2人は当惑する。


「文先輩・・・」

「う~ん・・・わかりました!私達も同行しましょう!その方が話がつけやすいかもしれないです」

「助かる」


昼も過ぎた頃、紅魔館へとやってきた俺達は大きな館と比例するかのように巨大な門の前に来ていた。


「ぐー・・・zzzz」

「・・・彼女は?」

「ええっと、彼女はここの門番で『紅美鈴(ホン・メイリン)』さん・・・です」


門の前で盛大に寝ているのがここの門番らしい。背が高く中々に美人のようだが、鼻ちょうちんと口から出る涎で台無しになってしまっていた。


「寝ているようだが?」

「これはなんというか・・・」

「取りあえずおこしましょう」


犬走が寝ている彼女に近づいていく。何気なく後ろを振り返ると空に黒点が一つあり、それがこちらへとぐんぐん近づいてくる。


「あれは・・・」

「へ?どうしたました?」


機体のアイカメラで拡大すると箒に跨った彼女の姿をはっきりと捉えた。その表情はいくぶん楽しそうにも見える。


「魔理沙か」

「魔理沙さんですか?」


接近してくる彼女は速度を落とさず俺達の頭上を取りすぎるとそのまま館の敷地内に突入。

続いてガラスの破砕音と建物が壊れるような音が響き渡った。


「ここは強行突入が館へ入る方法なのか?」

「あは、あははは・・・」

「は・・!?アー!!あの白黒魔法使いまた!待てー!」


轟音で目を覚ました彼女は、門を蹴破るように開けてそのまま屋敷の中へと姿を消してしまった。取り残された俺達は顔を見合わせていると声が飛んできた。


「あの子また寝てたわね・・・で、そこの天狗2人に、人間よね?何か用かしら?」


いつの間にか正面に来ていた女性が声をかけてくる。よく通る怜悧な声と隙の無い佇まいは軍人の様な印象を受ける。


「あやや。咲夜さん、こんにちは。実はですね、今日はこちらの不動明さんがこちらの図書館に用事があるそうですよ」

「日防軍の不動明という。入館許可を頂きたい」

「それはパチュリー様の管轄だけど、お嬢様にも話をしないといけないわね。いいわ、少し待ってなさい」


そう言うと彼女の姿が掻き消える。そして一分も立たない内にまた姿を突然現すと、俺達を館の中へと案内してくれることとなった。


建物の全てが『紅』一色に染まった紅魔館の中を十六夜咲夜と名乗ったメイド長の案内で俺達は歩いていく。

しばらくして、文と犬走の2人は客間に通され俺一人がこの館の当主である『レミリア・スカーレット』の待つ部屋へと通されることとなった。


「お嬢様、お連れしました」

「入れ」

「どうぞ、不動様」

「失礼する」


部屋の中に入ると中央に置かれたテーブル傍の椅子に腰掛けた少女の姿が視界に入る。

席に促された俺は椅子を引かれたのでそこに腰掛けた。


「初めまして人間。私はこの館の当主レミリア・スカーレットよ」

「日防軍、第1機装連隊所属の不動明という。まずは、突然の訪問の無礼を許してもらいたい。また、当主自らお招きいただき光栄だ」

「・・・へえ、中々わかってるじゃない。いつも私の館に来る連中は大概無礼だけど、ちゃんと礼をわきまえてるのは好きよ。ね、咲夜?」

「はい。お嬢様の仰られる通りです」

「ふふ・・・それで、貴方は家の図書館に用があると聞いたわ」

「そうだ。図書館への入館を許可願いたい」

「いいわよ。ただし、条件があるわ」

「条件?」


そこで言葉を切った彼女は紅茶を一口に含むと試すような視線をこちらに向ける。


「貴方には私の妹の『遊び』相手になってもらいたいわ」

「遊び相手?」

「ええ。時間も少しの間だけ、そう夜になる間までね。今日は丁度夕食会を開く予定なの。色々と準備があるからその間のお守りを頼みたいのだけれどどうかしら?」

「構わないが、自分はそういう子守の経験はない。期待には沿えんと思われるが?」

「そっちの期待はしてないわ。遊びの内容は『弾幕ごっこ』よ、内容は知ってる?」

「説明は受けている。だが、いいのか?」

「構わないわ。フランはそれが一番好きだから・・・さ、話はこれでお仕舞いよ。案内は咲夜がするから、取りあえず貴方はつけてきてた鎧をきて準備しておきなさい」

「了解した」

「玄関まで案内します、こちらへ」


2人が部屋から退出するのを見届けるとレミリアは端正な顔をいびつに歪ませると呟いた。


「私の能力で『操れない』運命。さて、どうころがるかしら?」


―紅魔館・客室―


別室に通された文と椛は不動が帰ってくるのを静かに待っていた。椛はどことなく落ち着かない様子で、文は対照的にのんびりとしていた。


「遅いですね、不動さん」

「まさか、襲われたとか?」

「ええ!?」

「冗談ですよ。わざわざ館に招き入れてそんな事しても無駄ですし」


出されたお茶を暢気に啜る文。彼女が湯飲みをテーブルに戻そうと手を動かしている最中に客室のドアが開かれた。


「あやや。レミリアさん、お邪魔してますよ」

「ええ。いつもなら追い返してる所だけど、おもしろい人間を連れてきたからいいわ」

「不動さんは図書館に行かれたのですか?」

「彼なら地下に行ったわ。そう、フランの部屋にね?」

『!?』


微笑を浮かべながら言う彼女に二人が驚愕する。彼女の妹がどういう人物であるか知っている者にとっては驚かずにはいられなかったためだ。


「どういうことですか?」

「条件を出したの。図書館の利用許可の代わりにね」

「そんな・・・不動さんはただの人間ですよ!?よりにもよって、貴方の妹にけしかけるなんて!」

「五月蝿いわね。私は遊びを命じただけで別に倒せとは行ってないわ、危なくなれば逃げることも出来る。軍人らしいからそれくらい出来るでしょ?」


挑発的なレミリアの言葉に椛が腰を浮かしかけるが、それを文が手で制する。代わりに彼女に詰問した。


「レミリアさん、本当にそれだけで明さんを妹さんの部屋に行かせたんですか?」

「どういうことかしら?」

「いつもの貴方ならどこの誰とも知れない人間なんてこの館には入れない。なら、別の意図があると考えるのが自然では?」

「・・・単なる暇つぶしかもしれないわよ?」

「余計怪しいです。単なる暇つぶしで貴方の妹の相手なんて考えにくいのですが?」

「ま、結局ここで私達が言い合いしても何も変わらないわ。他に何か質問は?」

「・・・レミリアさん、一つ忠告しておきますね」

「忠告?へえ・・・何かしら?」

「彼は今回の事件において色々な意味で重要な人物です。加えて私達天狗の間で彼は『重要参考人』扱いとなりました。そして博霊の巫女の世話になっている彼をどうにかするということ、わかっていますよね?」

「さあ?貴様の言う事はさっぱりわからないわ」


それでこの話はおしまいだといわんばかりに彼女は部屋の外に消えていく。その姿を2人は鋭い視線で見送った。


―紅魔館地下・フランドールの自室前―


メイドの咲夜に案内され地下へと続く長い階段を降りきった先に見えてきた分厚い扉の前に俺は来ていた。


「ここが妹様の自室です。不動様が来られる事は伝えておりますので、どうぞ中へお進み下さい」

「了解した」

「・・・気をつけなさい」


本人は小声で言ったつもりだろうがSAAに装備された聴音センサー越しに自分への気遣いの声を聞きながら扉を開けて中に足を踏み入れる。

中は照明が両側の壁に配置されており結構な広さである事が見て取れる。全体的に薄暗く、この館の当主の妹「フランドール・スカーレット」の姿はまだ見えない。


「貴方が私の遊び相手?」


唐突に聞こえた声の方向に視線を向けると部屋の奥からこちらに向けて足音が近づいてくる。

丁度壁の照明があたる所で動きを止めた人物の姿が目に入る。


「君がフランドール・スカーレットか?」

「そうだよ、人間さん」


見た目は姉のレミリア嬢と同じで10歳程度にしか見えない。白のシャツの上に赤のベストと黄色のタイに下も赤のスカート。

頭には姉と同じ様な帽子、髪を赤のリボンでサイドに縛っている。


「弾幕ごっこで遊んでくれるんだよね?私はスペカ3枚使うけど、人間さんは?」

「生憎だが弾幕は撃てない。俺は君の攻撃を避けるか逸らす事に徹する」

「ふ~ん?まあ、いっか」


口をにやりと歪めると彼女は空中に飛び上がった。両手を広げた彼女の背後に色とりどりの弾幕が出現する。


「それじゃあ、始めるけど・・・頑張って避けてね人間さん?死んじゃったときはごめんね?」


狂気じみた笑いを浮かべた彼女の様子からこれが単なる「遊び」で終わらない予感を感じつつ俺は身構えた。


悪魔の館:中篇


言葉と同時に弾幕がこちらに向けて殺到してくる。ブーストを利用した機動で右に大きく回避するが自分が意図していた機動とずれが生じてしまいたたらを踏みそうになる。


(やはり反応が鈍い、挙動の大きな動作は控えるべきか)


アイカメラが迫る第二陣を捉える。左右のステップと前後の機動で最小限の回避を行っていく。

にとりが足回りを改造してくれていたおかげで大雑把な挙動さえ取らなければ回避に問題はでそうにないようだ。


「ふふ♪あんまり期待してなかったけど、中々楽しませてくれるね」

「・・・」


避けながら彼女の表情を見るがよほど楽しいのだろう。『無邪気』にこちらに向けて弾幕を放ってくる。


「これはどうかな?禁弾『カタディオプトリック』」


カードを取り出した彼女がスペルカードの名前を宣誓する。

すると彼女の手から大きな光球が両脇の壁に向かって放出されていく。


(壁に弾幕・・・!?)


そのまま壁に激突すると想われた弾幕が『反射』した。

そして幾重にも分裂し軌道の読みづらい攻撃が襲ってくる。


「くっ・・!?」

「ほらほらしっかりよけないと大怪我するよ~♪」


回避が追いつかない。

先程までの散発的な弾幕と違い、まるで機関銃を並べ立てた敵陣から一斉に弾丸の雨を浴びせかけられるかのような濃密な弾幕だ。

唯一違う事は速度自体は目で追えていることだが、それでも回避できない弾幕が装甲を掠めていく。


「決まりだね」


余裕の彼女の言葉が飛んでくる。言葉通り角に追い詰められた俺の周囲を取り囲むように弾幕が一斉に飛んでくる。

回避できないと判断し、背中の刀を抜き放った。

部屋の中の空気が一変する。刀を抜いた不動を中心に波紋のように広がった気配が彼女の肌をざわつかせる。


(何、今の感じ・・?)


フランは今まで感じた事の無い感覚を覚える。一方の不動は全神経を刀に集中した。

青白い光を刀が纏い、薄暗い部屋の中にその光に照らされるように彼の姿がぼんやりと浮かんだ。


「はあ!」


正面から迫る弾幕に大して彼は『斬り払い』ながら前方に移動して血路を開くべく突撃した。

進んだ先で待ち受けていた左右から迫る光球に対して独楽の様に回転。空中に蒼の軌跡を引きながら刃が滑りそれを横一文字に切断した。


さらに既に視界に捉えていたのか、来るのを待ち構えたかのように大上段に構えた彼は背後から迫っていた同様の光球を刀で一刀両断にしてみせた。

斬り裂いた光弾の後ろから迫る小粒の弾幕を見据え、一拍息を吐いた彼は気合の声をあげてさらに突撃していく。


右へ左へ死中に活を得るべく飛び交う弾幕の嵐の中で部屋を縦横無尽に駆け回る不動。

空中に剣閃が幾重も走り弾幕が雲散霧消して散る様は一種の幻想のような雰囲気を醸し出していた。


無論全てが迎撃に成功しているわけではない。不動の反応にSAAが追いつかず時折裂き損ねた弾幕が彼の装甲を容赦なく打っていく。

だが致命傷になるような直撃打を浴びないよう巧みな機動と迎撃を繰り返しフランの弾幕に対抗した。


息をつかせぬ攻防が繰り返される事数分、直撃になる最後の弾幕を全て切り払った彼は遂に見つけた活路へとその場から飛びのいた。

そこへ残りの弾幕が殺到し背後で大爆発が起きる。


「はあはあはあ・・・ふぅ――・・・!」


轟々と立ち上る煙を背に彼女と正対する位置につけた不動は大きく息をついた。


(にとりのつけてくれた霊子発生装置。早速役に立つとはな)


『神武』改修に当たってまずは霊力の使い方に慣れなければならないという理由で試験的に『バルディッシュ』の右腕に装備されたのがこの装置だ。

装備者の霊力を集約し増幅、装置を通して武器に取り付けられた受信機へ霊力を伝達、武器に纏わせることができるそうだ。


彼女曰く武器に霊力を伝達するには装備者のイメージが重要らしいが、普段から武器を使い慣れている自分なら問題はないだろうといっていた。

そして、実際工房で試した際にはなんなく扱えた。


元々は、妖怪退治や実体を持たない悪霊退治に用いられた技術の産物を素人でも扱えるように改良したものということらしい。

だが、何故そんなものが彼女の工房にあるのか理由を聞いた。


「昔の文献を読んだら造ってみたくなってね。それを参考に自分のアレンジを入れて作ったんだけど・・・」

「だけど、なんだ?」

「あはは・・・よく考えたら今の幻想郷には需要がないからね。」


現在の幻想郷は物事の解決手段に『弾幕ごっこ』が用いられる。それを乱すような武器の登場は望まれない。

しかも、使用には一定水準を超える霊力の持ち主で人間が必要とされる。これでは、一般人の護身用としても使えない。


さらに、知り合いに心当たりは無くまして妖怪に好んで喧嘩を売ろうとする人間も一部の例外を除いて幻想郷にいない。

そういった理由から長らくお蔵入りしていた所に俺が現れ、今回日の目を見る事になったそうだ。


そんな事を思考しつつ油断なく刀を構えるが次の攻撃は来ない。空中で制止した彼女は顔を下げたまま両手で体を抱いている。

しばらく静観していると彼女は小刻みに体を震わせながら笑い声を上げた。


「ふ・・・あはははは!凄いよ!まさか弾幕を『斬り裂く』なんて!面白い、面白いよ!」

「面白いか?」

「うん!あの紅白や白黒の魔法使いだってこんな事出来ないよ!」

「・・・」

「人間さんが刀を使うなら次はこれかな。禁忌『レーヴァテイン』」


彼女の手元に現れた槍のような物に紅い光が迸る。

それを認識した瞬間、幾多もの戦場を潜った自分の勘が咄嗟に体を動かした。


「そ~れ!」


気軽な声で振り下ろされた一撃が数瞬までいた場所を断裂させた。

視界を横切った赤い閃光は床に一直線に抉り取ったような裂け目を刻んでいる。


「まだまだいくよ~♪」


まるで蠅叩きで虫を叩き潰すかのような気軽な感じで振るわれる攻撃はそれに著しく反比例する威力を示していた。

駆け引きも何も無い直線的な攻撃を仕掛けてきてくれているので、今のところ回避できている。

しかし、あの攻撃はSAAを着ていても一撃でももらえば即死する類の攻撃だ。


<<警告 駆動系熱量増大 >>


機体のアラートが鳴り響く。大きな機動が無いとは言え弾幕を避けるために動き続けた結果予想よりも早く機体限界が来てしまった。


(持って残り30秒か、ならば・・・!)


このまま避け続ける事はできないと判断し回避から攻勢に転じる。

彼女はこちらに自分が向かってくるのをみると唇を吊り上げた。


「ふふふ、次はどんな事をしてくれるのかな!」


真っ直ぐに振り下ろされたその一撃を左に僅かにずれながら回避する。右肩の装甲の一部が余波で弾け飛ぶが気にしていられない。

彼女が次の一撃を繰り出すため右腕を上げるのを視界に捉えた瞬間、迷わず踏み込んだ。


「ブーストフルパワー!!」


斜めに上昇しながら刀の射程範囲に一挙に詰め寄る。

まさか飛んでくるとは予想していなかったのだろう彼女の双眸が見開かれた。


「おお!!!」

「!?」


怯んで目を瞑りかけた彼女の右手に握られた獲物を刀で払って弾き飛ばした。

そのまま側面を通り過ぎ空中で姿勢を入れ替え、固まっている彼女の後姿を捉えながら着地姿勢に入る。


<<プリエンプション リブートプロセス 機体強制冷却開始>>


「くっ・・」


着地寸前ついに機体の排熱が追いつかなくなり強制停止が作動。バックブーストによる減速をできぬまま着地する。


「がは!?」


足を削るようにして減速を試みるも勢いを殺しきれずそのまま背中から壁に激突。

衝撃で空気と血が口から吐き出され意識を失いかけるが、気力を振り絞り彼女を視界に捉え続ける。


<<再起動まで10秒>>


強制冷却中はSAAが最も脆弱になる時間帯だ。そこを狙われることは最も避けなければならない。

だが、先程の場合は彼女の攻撃を阻止するため止むを得なかった。幸いにも彼女は何故か動きを止めている。


「・・・さない」

「・・・?」

「人間が私を驚かせるなんて――!!只の人間のくせに!壊れちゃえー!!」

「スモーク!!」


後ろ向きの彼女が振り向く寸前、腰の煙幕発生装置を起動させる。視界が奪われるが何もせずに弾幕を受けるよりはましだと判断した。


「煙なんか張ったってそれごと壊してやるんだから!!」


部屋の中に充満した煙のせいでこちらを見失っているためか闇雲に弾幕を放っているようだ。

そのため、あらゆる所から爆発音が響き滅茶苦茶な弾幕が飛び交い装甲を直撃したり掠めていく。


「このこのこの!!!」

「ぐ・・っ!つ・・っ!?」


<<再起動まで5秒 4・・・3・・・2・・・>>


嵐の中で翻弄される小船のようにただ永遠にも等しい再起動までの時間を耐え忍ぶしかなかった。


悪魔の館:後編


―地下図書館―


時間は少し遡りここ紅魔館の地下にある図書館ではここの管理をしている魔女『パチュリー・ノーレッジ』は紅茶を片手に魔導書を読みふけっていた。


「パチュリー様、お茶のお代わりはいかがですか?」

「ええ、もらおうかしら」


自分の使い魔である小悪魔が差し出したカップに紅茶をそそいでくれているのを横目で見つつ再び本に視線を移すと地響きが聞こえてきた。


「こあ、何か聞いてる?」

「確か今外来人の人と妹様が弾幕ごっこをしていると咲夜さんが言ってました」

「妹様と外来人が?それはまた命知らずね・・・」

「なんでもレミリアお嬢様がここの立ち入り許可の条件に弾幕ごっこをするようにと命じたらしいです」

「レミィが?何を考えてるのかしら」


断続的に響いてくる地響き。

これが聞こえている間は無謀にもあの妹に挑んだ外来人は生きている証拠だと言える。しばらくして地響きが止んだ。


「終わったのかしら?」

「結構長かったですね」

「こあ、結界の強度を確認しておきなさい。場合によっては張りなおす必要が・・」


そこで言葉を切らざるをえなくなった。途絶えた地響きと音が先程までとは比べ物にならないほど連続で地下を揺らしだしたからだ。


「え?え?な、なんですかこれ!?」

「不味いわね。見境なく攻撃してるんだわ・・・一体何をしたんだか」


本を閉じてテーブルに置いた彼女が立ち上がる。小悪魔を伴ってフランの自室がある方へと歩を進めた。


一方のフランの自室は惨状を極めていた。壁や床は弾幕の余波で穴だらけになり、吹き飛んだ照明の一部が床に落ちて周辺を炎上させており彼女の自室は戦場さながらの光景を生み出していた。


そんな中少しずつ部屋を覆っていた煙が晴れていく。空中で荒い息遣いをしながら彼女は不動の姿を探していた。


「はあはあ・・・流石にこれなら跡形もなく吹き飛んだかな。これじゃ、後で咲夜にお小言われるかも・・・」


逆上して思わずやってしまった事に溜息が出る。だが、一息ついたのも束の間だった。

今自分以外いなくなったはずの部屋に足音が響き渡った。


「え・・・?」


音のした方向を見ると青白い光が見えた。そして、その少し上の暗闇に浮かぶ紅の光点がこちらをギロリと向いた。


「!?」


所々に燃え盛る炎をよけながら人影がまっすぐこちらに歩いてくる。固い床を踏む硬質な音が一歩一歩こちらに近づいてきていた。


「あ・・ああ・・・」

「・・・」


そこにいたのは先程倒したと思われた外来人の男だった。

その男がつけていた鎧のような物は一部が壊れたり煤けており頭部の兜のようなものは半分剥がれ落ち、血塗れの右顔が露出していたが今だ健在だったのだ。


外来人の男は俯き加減でただゆっくりと歩いてくる。

右手に青白い光を放つ刀を手にやってくるその姿はまるで幽鬼の様であり、そこにはなんの感情も見出せなかった。


その事が彼女には理解できない。これだけの事をされても恐怖も何も感じず自分に向かってくる事が全くの理解不能だった。


―もういやだ 壊してしまおう―


思考にそんな言葉が浮かぶ。弾幕ごっこ等止めて吸血鬼としての本来の力でばらばらに引き裂いてやればいい。

その結論に至り今まさに飛びかかろうとした所で丁度不動が足を止め顔を上げた。


自分の双眸に真っ直ぐ向けられる視線。紅の輝きを放つアイカメラと全てを飲み込むような真っ黒な瞳が彼女を捉えたその瞬間


「ひ・・・!?」


彼女は胴を横に真っ二つにされる自分の姿を見た。

なんの躊躇いもなく一閃された斬撃 無残に分断された上体と下半身

更に一閃 二閃 三閃

刹那の瞬間にばらばらに斬り裂かれていく肉体


無慈悲なまでに行われる殺戮の嵐を幻視した彼女はその場に固定されたかのように動けなくなった。


「ひ・・は・・」


同時に男から発せられる威圧感がさらにまして部屋中を支配する。

まるで彼の背後に何かがいて研ぎ澄まされた刃のような気配をこちらに向けているかのようだった。


それは彼女の中の何かを破綻させてしまう。フランは思わず空中から地面へとゆっくり落下し、床に座り込んでしまった。

再び不動が歩き出す。そして彼女の座り込んでいる場所にゆっくりと歩を進めていく。


「い・・や・・いや!いや!!来ないで!!」


咄嗟に彼女は自分の能力である『ありとあらゆるものを破壊する』程度の能力を発現して不動の命を奪おうとした。


「な、なんで!?能力が!?」


彼女の手に『物質の目』は現れない。そのことが彼女の恐慌状態にさらなる拍車をかける。

そうこうしている内に彼は自分の一歩手前まで来ていた。


「ち・・近寄らないで!化け物!!」

「・・・」


少しだけ眉根を動かした彼は唇を動かして彼女に言葉をかけた。


「遊びは終わりだな」

「え?」

「やはり俺に子守などむかないようだ」

「え?え?」


刀を鞘に収めると彼は無言で座り込むフランの横を通り過ぎて入り口の方へと歩み去っていく。

すると、それまで部屋にあった圧迫感は消え奇妙な喪失感のような物が漂う。


「ま、待って!!」

「・・・なんだ?」

「貴方は・・・貴方は誰?」

「俺は不動明。ただの兵士だ」


それだけ告げると彼は入り口の扉を開けて姿を消した。その去り際の姿にフランは自分と同じ何かを感じたような気がした。


部屋の外に出た俺は口から息を吐き出した。

最初はひたすら弾幕を回避する事に専念するつもりだったが意識はいつの間にか戦闘へと切り替わっていた。


竹林で見た藤原と蓬莱の『弾幕ごっこ』は両者が不死の存在ゆえ遠慮呵責のない戦闘まがいに発展していたと解釈していた。

だが、どうやら認識が甘かったらしい。


実際に先程フランと相対してみれば、その熾烈な攻撃に当初の行動目標は破綻。

彼女に直接攻撃を行って攻撃阻止を行わねばならなくなってしまった。


再起動後、サーモビジョンで彼女の位置を把握して回避を行いつつ直撃になりそうな弾幕をなんとか斬り払いその場を凌いだ。

そして、これ以上の交戦は両者に不利益をもたらすと判断し降参の意志を伝えるために彼女に近寄れば最終的には彼女をいたずらに恐がらせる結果となった。


「化け物・・・か」


そう言われても仕方のない事かもしれない。何の感情も見せず敵をひたすら屠るだけの存在。

味方にすら冷酷無比の『殺人機械』と言われていた事もあった。そんな男が眼前に迫ってきたのだ、恐がらせてしまったのも無理は無い。

およそ人らしからぬ自分、『化け物』という表現もあながち間違いではないように思えてくる。


「そこの貴方」

「?」


立ち止まっていた自分に声がかけられる。振り向くとそこには2人の人影があった。

一人は紫の髪にゆったりとした服装の少女、もう一人は赤髪に黒のベストとスカートの事務員の様な格好の少女がいた。


「誰だ?」

「私はパチュリー・ノーレッジ。こっちは私の使い魔の小悪魔よ。貴方がフランに挑んだ外来人?」

「そうだ。不動明という」

「不動・・ね。図書館を利用したいということだけど?」

「ああ。だが、彼女を恐がらせる結果になった。レミリア嬢との約束を反故にしてしまった以上利用は無理だろう」

「・・・別にいいわよ」

「どういうことだ?」

「取りあえず図書館に来なさい。こあ、貴方は妹様の部屋の結界強度確認を頼むわね」

「あ、はい!」


彼女の案内の元俺は図書館の中に足を踏み入れる。広大な地下空間を埋め尽くすかのような圧倒的な蔵書量に目を奪われた。


「・・・壮観だな」

「無闇に本に触れないように。触れただけで発狂する類の物もあるから」


忠告の言葉を聞きつつ俺達は部屋に置かれていたテーブルの方に向かった。促されて椅子に腰掛ける。


「じゃ、用件を聞こうかしら?」

「本の貸し出しを願いたい。これがそのリストだ」


にとりから預かった本のリストを彼女に手渡す。それをしげしげと眺めると彼女はこちらに向き直った。


「うちは貸し出しをやってるわけじゃないけど、友人の非礼の詫びという形にしとくわ」

「詫び?」

「ええ。大体レミィのお遊びで妹様にけしかけられたんでしょ?その件と個人的に興味も沸いたのもあるわ」

「俺に?」

「ええ。まずは妹様との弾幕ごっこで何があったかとそこの鎧について話してもらえるかしら?」


彼女の問いかけに対して簡潔に答えたあと、続いて彼女はバルディッシュを観察し始めた。

時折彼女の手から幾何学模様のホログラフの様な物が浮かび上がってそれを随所にかざしたりもしていた。


「この鎧自体には霊的もしくは魔術的な要素は全く無い様ね。外の世界の『科学』の産物そのものね」

「そうなるな」

「でも、貴方は妹様の弾幕を斬り裂いたはずよね?」

「そうだ。それについては右腕ににとりが取り付けた装置が功を奏した」

「霊子発生装置だったかしら?う~ん、実際見ないとわからないわね。弾幕をだすから見せてもらえる?」

「了解」


再びSAAを装着し刀を抜く。刀身に力を纏わせるようにイメージを固めると青白い光が刀を輝かせた。


「いくわよ」

「ああ」


俺に向けてゆっくりとした速度で弾幕が放たれる。飛来した弾幕を横に一閃した。

綺麗に横に裂けた弾幕は空中で雲散霧消する。


「へえ・・・本当に斬れる物ね。まあ、霊力や魔力でも相殺できるのだから理論上では出来ないわけではないか。でも、規格外ね」

「そうか?日防軍のあるエースは飛来する銃弾を叩き落としたと聞いた事はある」

「・・・どんな人間よ。ま、そんな装置をつける位だから河童が東洋関係の本を欲したのも頷けるわね。何か作るつもりでしょ?」

「ああ」

「やっぱりね。貴方そこそこの霊力持ちみたいだし、それを活かした何かを開発するつもりかしら・・・」

「・・・」


腕を組んで思案顔になった彼女はその場でもの思いに耽ってしまった。いつまでもSAAを装着したままでもいられないので取りあえず脱着する。

そうこうしていると、先程の『こあ』と呼ばれた少女が文字通り飛んでこちらに戻ってきた。


「パチュリー様!結界の強度確認終わりました―!やっぱり全体的にもろくなってるみたい・・・です?」

「うーん・・・・」

「パチュリー様?パチュリー様!聞いてますか!」

「むきゅ!?え・・・ああ、こあ確認は済んだ?」

「ですから済んでますって、やっぱり再度結界を張りなおす必要がありますよ」

「はあ・・・レミィの気紛れにも困ったものね。誰が結界を張りなおすと思ってるのかしら。こあ、お茶をいれなおしてこのリストに書いてある本をトランクに入れて持ってきなさい」

「はい。お茶は2人分ですか?」

「そうね。今は『2人』分でいいわ」

「へ?あ、はい」

「?」


疑問符を浮かべた俺達を置いて彼女は元の席に座りなおす。俺もそれに倣い着席して彼女の対面に座る。


「先程から結界と言っているが何のことだ?」

「妹様の自室には普段結界が張ってあって勝手に外には出れないような仕組みになってるのよ。誰か目が届いているときなら屋敷の中くらいは歩き回れるけどね」

「・・・何故そんな事を?」

「あの娘は少し生い立ちが特殊なの。そして強力すぎる能力を暴走させかねないから、言葉は悪いけど『軟禁』に近い形を取らざるを得ないというわけよ」

「軟禁か・・・俺は普通に出てきたが?」

「扉の所は装置を使って結界の展開と開放を行うわ。大方貴方が逃げ出してもいいように、開けっ放しにしてたんでしょうね」

「なるほど」

「・・・で、いい加減こそこそ覗くのは止めてこっちにきたらどうかしら?妹様」

「!?」


部屋の入り口付近で何かが動く気配がした。しばらくした後、ゆっくりと足音がこちらに近づいてくる。


「どうしてわかったの?」

「ここは私の管轄よ。部屋に誰かはいればすぐわかるわ」

「そう・・・」


目の前に現れたのは先程弾幕ごっこを行った『フランドール・スカーレット』だった。

かなり落ち込んだ様子が見て取れる。よほど恐がらせてしまったらしい。


「それで、大方の見当はつくけど不動に用があるのでは?」

「うん・・・その、あの・・・」

「気にしていない」

「え・・・」

「化け物呼ばわりは気にしていない。むしろ、弾幕ごっこの相手・・・遊び相手をつとめるはずが結局途中で終わってしまった。すまない」

「え・・・な、なんで貴方が謝るの!謝らないといけないのは私なのに」


彼女が俺に謝罪?何に対して謝るのか分からなかった。

首を傾げる俺の代わりにパチュリーがフランの方に顔を向ける。


「妹様、まさか能力を?」

「能力?」

「妹様の能力は『ありとあらゆるものを破壊する』程度の能力よ。物質には見えない『目』があって、それを破壊する事で対象を崩壊させる」

「それが、お姉さまが私を外に出したがらない理由。そしてそれを貴方に使ったの・・・だから!」

「重ねて言うが気にするな」


端的に答えた俺に目の前の2人が絶句する。だが、「弾幕ごっこ」というのはそれなりのリスクがあると永遠亭で説明を受けた時に聞いている。

最悪の可能性として『死』もありえるという話だったが、俺はそれを承知で受けたのだ。

ついで、パチュリーの方から信じられないような物でも見るかのような視線を向けられた。


「気にするな・・・て、貴方正気?命を奪われかけたのよ?」

「正気だ。そして、命のやり取りには慣れている」


幻想郷もある種の弱肉強食の世界であるとは認識している。

だが、『命の重み』などという言葉が石ころ程の価値も持たない俺の世界と比べればここは『平和』である。

その世界に住まう彼女達からしてみれば自分が今言った事や、俺自身の存在が酷く歪なのだろう。


「変わってるわね、貴方・・・話は変わるけど貴方何かの能力持ち?」

「能力などないはずだが?」

「でも、妹様の能力は貴方に通じなかった。これは何かあるとみるべきね」

「・・・」


再び彼女は思考の海に沈んでしまった。

こういう時は話しかけても無駄であろうと判断し目の前の紅茶を飲む。そうしていると、今まで俯き加減だったフランが顔を上げた。


「ね、ねえ・・・」

「好きに呼んでくれ」

「う、うん。明は・・・私のこと恐い?」


確かに彼女の能力は脅威の一言だろう。対象を認識し『物質の目』とやらを破壊すれば確実に相手を死に至らしめる能力。

知れば大抵の者が彼女に近寄ろうともしないだろう。だが、原因は他にある気がした。


「フラン、君は他人から恐れられている『自分』を恐がっているように見える」

「え・・・?」

「人の評価を聞く前によく自分自身を見定め、何がしたいかを考えるべきだ」

「私のしたいこと・・・?」


丁度その時先程本を取りに行っていた『こあ』という少女が戻ってきた。手にはトランクが握られている。


「パチュリー様。言われてた本をトランクに入れて持ってきました・・・」

「う~ん・・・でも・・・」

「パチュリー様!!」

「え・・は!?あ、ああ・・・持ってきたのね。じゃ、不動これを貸しとくわ」

「感謝する。用件が済み次第すみやかに返却する事を確約する」

「え・・・?」


そこで彼女は疑問の声を上げた。今の会話の流れでどこかおかしな所があったのか考えてみるが思い当たる節はない。


「どうかしたのか?」

「あ、ああ・・・御免なさいね。いつも借りっぱなしで返さない人間がいるものだから。ちょっと驚いて」

「そうか、それは大変だな」

「全くよ。今日も貴方が来る前にここにきて・・・ごほん!話がそれたわね、次に来る時はその本を使った成果もみせてもらいたいわ」

「了解した」


トランクを受け取りSAAを装着する。司書の「こあ」の案内で図書館を出た俺達をメイドの咲夜が扉の外で待っていた。


「咲夜・・・」

「弾幕ごっこはお済みになったのですね、妹様?」

「うん・・・」

「不動様もお疲れ様でした、玄関ホールまでお見送りします。」

「ああ」

「ね、ねえ?見送りは私もしていい?弾幕ごっこも途中で終わったからまだ時間あるし・・」

「・・・わかりました。しばしお待ちを」


その場から彼女が最初と同じ様に姿を消すとまた現れた。

彼女は普通の人間に見えるが、何かの能力者なのだろうか?と疑問を抱いているとこちらに声がかけられた。


「不動様、お嬢様からの言伝です」

「なんだろうか?」

「『ご苦労様、図書館の利用は事後確認だけどいいわ』と伝えてくれと」

「寛大な心遣いに感謝すると伝えてくれ」

「わかりました。では、こちらにどうぞ」


彼女の先導に付き従う形でその後ろを俺達2人が歩いていく。

一階へ続く長い階段も終わりに差し掛かった頃、それまで無言だったフランが話しかけてきた。


「明は兵士なんだよね?」

「そうだ」

「なんで戦ってるの?」

「国を守るためだ」

「それが戦う理由で明がしたいことはそれなの?」

「・・・」


国を守る。それは日本国防軍に所属する軍人『不動明』が果たすべき役割だ。

だが、その理由を問われれば答える術を俺は持ち合わせてはいない。

家族も友も失ってなお自分が戦い生き続ける理由が自分ですらわかっていないからだ。


だが、あの紅い世界の中で失われた物が何か存在しているからこそ、俺はそれを探しているのかもしれない。

だからこそはっきりしている事があった。


「一つだけ分かっていることがある」

「なに?」

「俺の答えは『戦場』にのみ存在する。そう考えている」

「だから戦い続けるの?」

「ああ」

「・・・そっか」


階段を上がりきり玄関ホールまで俺達は戻ってきた。咲夜は少し離れた場所に控えて向かいあった俺達を見ていた。


「答え、見つかるといいね」

「互いにな」

「見つかるかな?」

「事情は聞いている。それを見つけるためにも君の姉と一度真剣に話し合うべきだと思うが?」

「そう・・・だね。でも、聞いてくれるかな?」

「妹の話を聞かない姉もいないはずだ。それに・・・」

「?」

「肉親同士ぶつかりあう事ができるのも互いが生きていればだ。後悔は残さない方がいい」

「え・・・?」

「ではな」

「あ!?明!また、会えるよね!?」

「・・・いずれな」


生きているからこそ思いを告げることもぶつけ合う事もできる。伝える機会すらなくなった俺と違い、彼女にはまだそれが出来るはずだからだ。

それを活かしてほしいと願いつつ、振り返らず屋敷の外に歩み進んでいった。


―紅魔館・レミリアの自室―


彼女は玄関から出て行く不動を部屋の窓から見ていた。

玄関先で先に館から出させていた天狗の2人が彼を囲んで騒いでいる様子が見て取れる。


「で、結局どうなったのかしら。咲夜?」

「はい。妹様の部屋はかなり損壊していましたが、情緒は安定しておられました」

「そう。まあ、いいストレス解消になったかしら?そう考えれば、あの人間役にたったわね」

「はい。夕食会の準備も滞りなく済んでおります」

「そ。じゃあ向かおうかしらね」


彼女もまた不動達を振り返らず咲夜を伴って自室から出て行った。一方の不動達も門を抜けて館の外へと出ていた。


「いやー一時はどうなることかと思いましたがよかったです」

「本当ですよ。あの吸血鬼何を考えてるんだか・・・」

「まあまあ、椛。あんまり、カリカリしない。それで、不動さん。フランさんに会ってどうおもわれました?」

「どう・・・か」


一言では言い表せない。弾幕ごっこで見せた狂気染みた表情、戦いを娯楽のように楽しむ姿勢。

不意に見せた歳相応の少女の反応等が今日俺がみた彼女だった。


だが、それらも彼女を形成する一つの要素でしかない。それだけで、今日あった俺が彼女に対してとやかく言えることは無い。

それが全てではないはずだからだ。


「わからない。ただ・・・」

「ただ?」

「彼女もまた『何か』と戦っている。そう、思った」

「ふむふむ。戦いあった者同士が感じる共感のような物を感じた・・・と。あ、写真いいですか?」

「文先輩、こんな時まで取材ですか・・・」

「当たり前ですよ!こちとら最近本業以外の事をやらされて新聞発行に遅れが出てるんです!ここで取り戻さないでどこで取り戻すんですか!」

「はあ・・・。不動さん、にとりの所に戻りましょうか?」

「そうだな」


夕日を背に俺達はにとりの工房へと帰還して行った。にとりに頼まれていた本を手渡した後神社へと向かう頃には日もとっぷりと暮れていた。


SAAはフランとの弾幕ごっこによる損傷が激しかったため即座に整備のためにとりが引き取った。

そのため、神社まで文と犬走の両名に抱えてもらって生身で空を飛ぶという稀有な体験をしつつ神社への帰路につくこととなった。


到着後、文と犬走を伴い神社の居間へと向かう。襖を開けると部屋には4人の人影があった。

まず伊吹が部屋の壁に背中を預けて酒を飲んでいる。こちらを認識したのか、ひらひらと手を振っている。

ついでちゃぶ台周辺には霊夢と藍がいた。それぞれこちらを一瞥すると無言で視線をある人物に向けた。


霊夢と藍に挟まれるように畳に正座している人物。金髪の妙齢の女性はこちらを見て口を開いた。


「始めまして、不動明さん。私はこの幻想郷の管理者『八雲紫』よ」

「貴女が・・・」

「立ち話もなんですから、どうぞ座ってくださいな」


促され俺は対面に座る。とうとう帰還に向けて一歩前進したと思い、はやる気持ちを抑えながら口を開こうとした。

しかし、その前に彼女が口を開いた。


「貴方の質問に答える前に私の質問に答えていただきますわ」

「なんだろうか?」

「・・・貴方、一体何者?」


何を、と言い掛けてその言葉は中断させられた。

目の前の女性から底冷えするような雰囲気が発せられ部屋がそれに包まれたように感じたからだ。


長い夜になりそうだ。そんな思考を抱きつつ俺は眼前の女性と睨みあう事となった。


閑話―境界を統べる者―


眼前の女性、八雲紫の発した言葉。自分が何者なるやという問いかけの意味がわからなかった。

俺の事は彼女の副官である八雲藍から話が通っているはずで今更自分の事を問い質す意味など無いはずだ。


「問いかけの真意を測りかねる。俺は日防軍の軍人、不動明で貴女方がいう外来人のはずだ」

「貴方が本当に言葉通りの『外来人』ならね」

「どういう意味だ?」

「私はここの管理者にしてスキマ妖怪、つまり『境界を操る程度』の能力を有しているわ。それで外界と行き来も自由自在。この事についてはご存知?」

「説明は受けている。だが、その事と俺になんの関連性が?」

「藍から貴方の事は聞いてるわ。外の世界では世界を巻き込む大戦の最中だと、でもね・・・戦争なんて起こっていないわ。」

「なん・・・だと?」


言葉の意味が理解できない。戦争が起っていない?まさか自分がここに来ている間に停戦が結ばれでもしたのだろうか。


「たぶん貴方の想像とは違う。不動さん、貴方の組織について調べもしたわ。けど、外の日本に『日防軍』なんて軍事組織は存在しない。あるのは『自衛隊』よ」

「馬鹿な。自衛隊は憲法改正と日本国防省の発足に伴って2035年に国防軍へ改編されたはずだ」

「・・・これは外の世界の新聞ですわ」


手渡された新聞に書かれた日付に俺は目が点になった。

そこにかいてあった数字を視認しても脳が理解を拒んでしまう。記された日付は21世紀初頭の数字だった。


「・・・これは何かの冗談か?」

「事実よ。それと、その事に関して守矢神社からも事情を聞いたわ」

「守矢?」

「不動殿、守矢神社はごく最近外から神社ごと幻想郷にやってきた者達のことです。」

「早苗達はなんて?」

「答えは同じ。戦争の事も知らない、SAAなんていう兵器の事もしらなかったわ。おまけに、変な目で見られるし・・・」

「ふ~ん・・・けど、明もあの鎧も実際にあるわよ」

「そうだとしても、これが調べた結果なのよ。だから、ああいう風に聞いたわけ。それで、これらの事を聞いてどう思われます?」

「・・・」


彼女の目を見るが嘘や冗談を言っている雰囲気は無い。そして、俺を担いだ所で彼女にそして幻想郷になんのメリットも無い。

その事を考えるとこれが真実なのだろうが、到底理解しがたい状況に俺は答えに窮する。


「すまない、八雲さん。自分の理解の範疇を超えているようだ。説明を頼む」

「そう言われても困るのだけれど・・・」

「何もったいぶってるのよ?ずっと調べまわっていたんでしょうが」

「そうは言っても情報が少なすぎるのよ。一応幻想郷の要所に探査術式を仕掛けたり、結界や境界に干渉するものを探知するようにはしているのだけれどね」

「まだ何もかかってない、ってこと?」

「そうなるわ。たださっきからの不動さんの反応や謎の異形達のことを鑑みるに、これは地続きになっている外の世界が原因じゃないわね」

「というと、どういうことですか?」


いつの間にかメモ帳を片手に熱心に会話を記録していた文が口を挟んできた。

質問に対してしばらく悩んだ後、八雲女史は若干ためらうように口を開いた。


「確定ではないけど、敢えて言うなら異世界からの干渉とでも言うべきかしら?」

「異世界ねぇ・・まあ、実際被害もでてるわけだし、こりゃ大事になってきたね紫?」

「気楽に言わないでよ、こっちは頭が痛いわ・・・」

「あはは!こうなると妖怪の賢者も形無しだね」


酒を飲みながらからかうように言う伊吹に八雲は頭に手をおいてやれやれという仕草を取る。

ややあって気を取り直したのか全員を見渡しながら言葉を発した。


「とにかく、これはもう異変だわ。各々何が起こってもいいように、覚悟しておいて頂戴」

「ふ~ん、まあそういわれたら異変を解決するだけよ。明、あんたはどうするの?」

「俺か?俺は・・・」


霊夢から言われて俺は思案するが、結局の所自分が出来る事などたかがしれている。

それしか出来ないなら結論は一つだ。


「俺も異変の解決に尽力しよう。俺は戦う事しかできないからな」

「ま、明ならそう言うでしょうね。で、こういってるわよ紫?」

「これを解決したとしても貴方の帰還に繋がるか確証はないですわよ?」

「構わない」

「言い切りますわね。理由を伺っても?」

「ここでは色んな人物に随分と世話になった。恩を返す、それが理由だ」

「結構ですわ。異形共は貴方と同じ世界の者である可能性が高いでしょうから。あ、それと『八雲さん』なんて堅苦しいので『ゆかりん』でいいですわよ?」

「了解、ゆかりん」


答えた瞬間、茶を飲んでいた文が口に含んだ液体を盛大に噴出した。隣にいた犬走が直撃を食らって『汚っ!文先輩なにしてるんですか!?』と怒鳴った。

伊吹は杯を畳みに叩きつけて苦しそうに腹を抱えている。

藍は無言で顔を明後日の方向に向けて口元に手をあてており、霊夢はちゃぶ台へ盛大に額をぶつけた。


「あら嬉しいわ。私ってそんなに若くみえるかしら?」

「少なくとも自分と同年代か、以下に見える。美人だとも思うが?」

「もーお世辞がうまいんだから~」

「俺は世辞は言わない。事実を言ったまでだ、ゆかりん」

「きゃー!聞いた、藍!今夜はお赤飯ね!」

「は・・・はい、紫様・・」

「いい加減に自重しなさいよ、この年増は・・・」

「あら、何かいった霊夢?」

「聞いちゃいないし・・・」


混沌とした居間での話し合いは今後の予定のすり合わせなどを明日に行うという結論に達して終わった。

ここで、八雲達は辞去を告げ神社から去っていった。


「さて、堅苦しい話も終わった所でここからは明さんにお話を伺っていきたいと思います」

「俺に?」

「ええ。何せこの世界とは別の世界しかも未来からきた人間の取材なんて前代未聞!大大大スクープです!!」

「そんなにおもしろい話とも思えんが・・・」

「そうでもないさ、幻想郷は娯楽に乏しいからね。私も興味あるよ」

「そうか、ならば話をしよう」


神社の居間で不動がこれまでの経緯や彼の世界の日本の現状などを語り出した頃、八雲紫とその従者である藍は参道をゆっくりと下っていた。


「紫様、彼の処遇についてはあれでよかったのですか?」

「そうね。最初は異変を起してる一味か何かだと思っていたわ。でも、話をしていてわかったけどあんな不器用の塊みたいな人には無理そうね」

「不動殿はそういう策を弄するような輩にも見えませんしね」

「まあ、本人も解決に前向きだしせいぜい利用させてもらうわ」

「利用・・・ですか?」

「例の異形共と彼、十分すぎるほどの接点を持ってるわ。これを利用しない手はないでしょ?」

「不動殿を『餌』に使うと?」

「そうよ。私はこの幻想郷の管理者、ここを守るためならなんだって利用させてもらうわ。例え彼が命を失う事になってもね?」

「・・・」


何の迷いも無く断言する自分の主に藍は改めて畏敬の念を抱いた。やはり、この人ほどここを愛している人もいないだろうと感心した。


「それにしても、名は体を現す・・・か。彼中々おもしろいわね」

「は・・・?なんですか、紫様?」

「なんでもないわ。でも、いいわね」

「?」

「うふふ。『ゆかりん』、はあ・・・いい響きだわ~。それに美人だなんて、きゃーもう!」

「・・・」


先程までのカリスマ性はどこにやら、にやけ顔でくねくねする様子はどこからどうみても不気味の一言だった。

なんとなく先行きに不安を感じつつ、溜息混じりに彼女は自分の主の後をついていった。



―霧の湖―


霧の湖周辺は静寂に包まれていた。空には月が昇り、湖面にその姿をゆらゆらと揺らしている。

そのほとりでは妖精たちが数名集まって何事かを話していた。


「ねー聞いた?最近紅い目の妖怪がでるらしいよ?」

「紅い目の妖怪?なにそれ?」

「片目だけ紅い奴と両目が紅いのがいるらしいね。なんか湖の周辺とかでみた子がいるらしいよ」

「え~?なんか恐いね」

「でも、そいつらが何かしたらあの巫女が倒すんじゃないの?」

「だよね~」


軽い世間話をしている彼女達。だが、その会話は突然聞こえた音で中断される事になった。


「え・・・?」


目の前で話をしていた仲間の腹部に大穴が開いた。倒れ臥す仲間を呆然と見る。

その場で何がおこったかも分からないまま残りの一人とその場で硬直してしまった。


今度は仲間の右胸に大穴が開いた一瞬後、今度は自分の腹部を衝撃が襲う。

そこで、彼女の意識は途切れ後に残ったのは長く響く音だけだった。


彼女達がいた場所から反対方向では何者かが彼女達が地面に倒れ黒い淀みに消えていく様を見守っていた。

薄く立ち込めた霧の中に紅い光が左右に揺れる。やがて、その光は霧の中に消えるように見えなくなった。

静かな夜とは対照的に幻想郷になんらかの暗雲が忍び寄っていた。


影を追え 無縁塚編


―翌朝・博霊神社の居間―


「朝食を持ってきた」

「ん。じゃあ、配膳するわよ」


ちゃぶ台に台所から持ってきた味噌汁やおかずを霊夢が配っていく。

俺は傍に置かれた保温ポットからお湯を急須に注いで茶の旨みが抽出されるのを待っていた。


「不動さん、ご飯は大盛りですか?」

「ああ。頼む」

「椛、私は普通で」

「あ~私はいいや。おかずと味噌汁だけもらうよ」

「私も大盛りね」

「はい。わかりました」


全員の注文を受け付けて犬走がいそいそとお櫃からご飯をついでいく。

各自に茶碗が行き渡る頃、俺も茶を湯飲みに注ぎ終わり全員に手渡した。


「じゃ、食べましょうか」

『いただきます』


霊夢の呼びかけ後、全員で合掌。各自は朝食に取り掛かった。

ちゃぶ台周辺にはそれぞれが咀嚼する音だけが響き渡っていた。


「ん~話には聞いてましたけど明さん、お料理上手ですね?」

「そこそこはな」

「十分だと思いますけど?明さんの所では男の人も大半は料理が出来るんですか?」

「どうだろうか。俺は両親に仕込まれた事が影響しているが、他は知らない」

「なるほど。噂の外来人は料理も達者と・・・」


横に置いたメモ帳に文が素早くペンを走らせる。味噌汁を飲みながら霊夢が呆れた視線を投げかけた。


「昨日あんだけ聞いておいてまだ足りないの?」

「当然ですよ!明さんからも密着取材の許可もいただきましたし、この異変が解決するまで取材させていただきますよ」

「ふーん、でも臨時で居候するなら払う物は払ってよね?」

「おや?私が掴んだ話だとお札の販売で臨時収入があったのでは?」


惚けた感じで文が霊夢に問いかける。口に含んでいた物を噴出しそうになった霊夢はそれを押し止めると抗議の視線を向けた。


「んぐ・・!?ちょっと、なんでそれしってんのよ?」

「ふっふっふ!鴉天狗の情報網を甘く見てもらっては困りますね?」

「このパパラッチめ・・・」

「でも、まあ今回の取材は霊夢さんへの取材も兼ねています。後で謝礼をしますよ」

「え、ほんと!」

「お~い、霊夢?目が金マークになってるよ」

「あはは・・・」


女三人集まれば姦しいとはよく言ったものだ。永遠亭に滞在した時にも思ったが賑やかな食卓なぞ、ここにくるまではなかった。

唯一あったとすれば、まだ学兵で在った頃に同級生と取りとめもない話題で盛り上がった事だろう。学生気分が抜けず食堂で騒ぎすぎて先任下士官にこっぴどく叱られたものだ。


「それにしても、昨日の明の話しを聞いて想うけど本当に酷い有様だね」

「10年以上続く世界大戦ですからね~明さんの話を聞いてもなお想像がつかないですね」

「どこかで止めようと思わないのでしょうか?」

「さあ?なんにしろ、戦争なんて面倒臭いの一言ね。平和が一番よ」

「・・・」


返す言葉も無いとはこのことだろう。

誰が言った言葉だったか、「戦争は始めるよりも終わらせる事が難しい」というものがあった。

無論、一兵士である俺が知る由も無いが水面下の外交で色々と戦争終結のための交渉が行われてはいるのだろう。だが、それでも未だに戦争は終わっていない。


終わらない間は兵士が戦場で流す血と無辜の人々の涙によって対価が贖われるのだ。これほど、不毛な事もない。

だからこそ、霊夢のいう『平和が一番』という言葉が妙に耳に残った。


「それで、今日はどうするんだっけ?」

「ゆかりんに『ストップ、明』・・なんだ?」

「ゆかりんは止めて。明の声でそれ言われたら笑いそうで話が進まないわ」

「・・・本人は気に入っていたようだが?」

「とにかく駄目よ」

「わかった。続きだが、八雲女史と集めた情報を精査して探索を行う場所を決定するそうだ」

「ふ~ん、面倒そうね。話は聞くけど探索はパスしたいわ」

「もどかしいねぇ。いっそのことぱーっと出てきてくれればいいのに」

「それはそれで困るのでは?」


色々と議論の余地はあるが、なにはともあれ方針が決まらなければ作戦の立てようも無い。

俺達は大人しく八雲女史が再び神社に来るのを待つ事となった。



朝食からしばらくした後、神社の居間で待っていた俺達の前に八雲女史と藍がスキマを使って現れた。

俺達は車座になる形で座り、中心に置かれた幻想郷の地図を睨む事となった。


「・・・で、今まで異形たちが現れた場所は妖怪の山に太陽の畑の近くね」

「それと、明の鎧と同じ物があったのが無縁塚だね」

「こうしてみると、何にも関連性が見えないわね」

「敵の目的も不明だ。襲撃を行うものの散発的で明確な作戦目標があるようにもみえない」

「参ったわね~・・・虱潰しにあたるしかないのかしら」

「無縁塚を捜索するのはどうですか?何か手がかりがあるかもしれません」

「そうね。じゃあ、班毎に分かれて捜索を行いましょうか。霊夢は藍と無縁塚に行って痕跡を探って頂戴」

「え~!?めんどくさ・・・」「わかりました、紫様」

「私と椛はどうします?」

「・・・魔法の森や湖周辺を調べてもらいましょうか。あそこはまだ手付かずなのよね」

「わかりました。情報収集と偵察は私達の得意分野ですし、任せてください」

「俺はどう動けばいい?」

「明さんは・・・地底に行ってもらいましょうか」

「地底?」


彼女の話によれば地底には地上で忌み嫌われた妖怪達が住まう都市があるそうだ。

地上の妖怪が地下に干渉するのは好ましくないため、今回の異変について地底を取りまとめる地霊殿の主に知らせるための特使をやってもらいということだった。


「了解した」

「萃香は陰陽玉で明さんのサポートをお願いするわ」

「わかったよ、よろしく明」

「ああ、頼む」

「全体の統制は私がするわ。通信用のお札を渡しておくから、何かあったら連絡をお願い」


方針が定まった所で俺達は各自割り当てられた場所へ赴く事となった。


―無縁塚探索班 博霊霊夢・八雲藍―


神社を出た霊夢と藍の2人は無縁塚探索の前に香霖堂へ霖之助から改めてSAA発見の時の状態を聞くために来ていた。


「状況かい?ただいつものように流れ着いていたとしかいいようがないな」

「ほんとに?何か変わったことはなかった?」

「・・・そういえば、彼の鎧と似た物を発見した時気配がしたかな」

「気配?」

「ああ。一瞬だったけど、とてもおぞましい何かだったように思う。妖怪や人間のそれとはまた違うね」

「何かが潜んでるって事かしら?」

「わからないが、気をつけるにこした事はない。僕もその気配を感じて以来無縁塚にいくのを自粛しているくらいだしね」

「半妖の森近殿が何かを察知したという事は、何かがあるとみて間違いないな。では、先を急ぐのでこれで」


扉を開け藍が外に出て行く。霊夢もそれに続き店の外に出ようとしたが出口で振り返った。


「あ、そういえば霖之助さん。服の新調を頼めるかしら?」

「新調かい?ツケは勘弁して欲しいな」

「大丈夫、前金で払っとくわ」


綺麗な放物線を描いて巾着袋が彼の元に投げられる。受け取って中を改めた彼は少し驚いた顔で霊夢を見た。


「十分だが、珍しいね」

「そう?まあ、臨時収入があったからね。じゃ、頼んだわ」

「ああ、気をつけて」


ひらひらと手を振った霊夢はそのまま店の外に消えていった。


―無縁塚―


無縁塚とはその名の通り縁故の無い人間を弔う場所である。だが、狭い世界である幻想郷において縁の無い人間はそれほどいない。

もっぱら迷い込んで死んだ外来人を埋葬する場所とされている。故に訪れる人はかなり稀だ。


そして、この場所は結界の綻びが交錯するある種の特異点ともなっており普通の人間はまず近づかない場所だった。


「相変わらず寂しい場所ね」

「場所が場所でもある。好んで近づく人間などいまいな」

「痕跡を探すっていってもあるのはガラクタと石ばっかり。何かめぼしい物は・・・ん?これ」

「何かあったか?」


地面にポツンと置かれた物。鈍い輝きを放つそれは所々に血痕が付着していた。


「銃・・・?明が持ってたのとはまた違うわね」

「それに、腕がついたままなのか?」


その銃はひじから先が無くなったSAAの腕が握っていた。だが、腕の中身はがらんどうで中に人の腕は無い。

藍がそれに注意を向けていると、横の霊夢が懐から札を出して構えた。


「どうした・・・?」

「気をつけて、何かいるわ」

「・・・」


先程まで何者の気配もしなかった場所に突如何かが現れた事を察知した霊夢は油断無く周辺を見渡す。

周囲は所々に岩や木、無縁仏を弔うために積み上げられた石があるだけで他に何者の姿も無い。

気配を追っていた霊夢はある一点を見ながら背中合わせの藍に声をかけた。


「私が合図を出したら上に飛ぶわよ」

「わかった」


やがて彼女の視線の先の地面に淀みが生まれた。黒い染みのような物が地面に広がっていく。

そこからある物が湧き出てきたのを視認すると霊夢は叫ぶ。


「今よ!」

「ああ!」


2人が飛ぶと同時に四方から銃弾の嵐がその場所を襲う。先程まで風の音しかしなかった場所に銃撃音が響き渡り地面を盛大に抉り取った。


「いきなり攻撃か!?」

「あれは、明と似た鎧!しかも、4体もいるわね」


上空に飛び上がった彼女達の視界には地上からこちらを見上げる紅い目があった。

高度を高く取った彼女達に銃を向け狙いをつけているようだ。


「藍、動きを止めると危険よ。動き回って狙いを絞らせないようにするわ」

「わかった。しかし、問答無用とはな」

「だったらこっちも手加減無しで攻撃していいんでしょ?誰に喧嘩を売ってるのかわからせてあげるわ」


両手に握られたお札を全て地上の異形達に向けて放つ霊夢。飛来してきたお札の群れに対して異形達は銃弾による迎撃を選択したようだ。

狙い違わず発射された弾丸が次々とお札を撃ち落していく。


「ちょっと!?どうなってるのよ、あれに当ててくるわけ!」

「恐ろしいほどの正確性だな。下手には近づけ・・・何かするつもりだぞ!」


肩の部分に四角の箱のような物を背負った一機がこちらにそれを向けた。

空気を切り裂く短い音共に細長い筒の様な物が3本飛び出した。


「あれは・・!?藍、私の後ろに下がって!!」

「わかった!」


神社を出る前、霊夢は明から忠告を受けていた。SAAには遠距離や空中の相手を追尾して攻撃する手段があると。

その威力は彼のつけているSAAはおろか戦車と呼ばれる鋼鉄製の乗物すら破壊し相手に到達するまで5秒とかからない速さで迫ってくるという。


回避は危険が大きすぎると判断した彼女は、防御用の護符を取り出した彼女はそれを正面に展開し飛来するミサイルを正面から受ける事を選んだ。

展開された防御用の結界陣とミサイル着弾はほぼ同時だった。猛烈な衝撃と爆炎が空中に広がる。


「くう・・・!?2重に護符を重ねてるのにこの衝撃!?とんでもないわね!?」

「これ以上はさせん!」


追撃を阻止せんと藍が弾幕を異形達に向けてありったけ放って牽制する。牽制を回避したSAAの一団は彼女達を囲むように展開しようとした。


「あーもう!こうなったら一気に終わらせてやるわ!!夢符『封魔陣』!!」


霊夢のスペルカード宣誓後、異形の群れを取り囲むようにお札が殺到する。異形達もそれに対抗して動き回り回避を行っていく。

だが、周囲を取り囲むように四方八方から迫る圧倒的なお札の量に徐々に追い詰められその4体は包囲された。


「今度は逃がさないわよ!」


最初に使用したのとは別のお札。威力と追尾性を高めた特性のお札を取り出した彼女は異形共に向けて放った。

封魔陣に気をとられていた異形達はその隙間を縫って飛んできたお札の直撃を受けて迎撃を停止。

そこへ残りのお札が殺到し地上に派手な爆発音が響き渡った。


濛々と立ち込める煙をみて藍は冷や汗を流し、隣の霊夢は憤然と息を吐いていた。


「少しやりすぎじゃないか?」

「明の使う武器と同じものならこっちは当たった時点で即死よ?この位は当然だわ」


霊夢は煙を睨みつけたまま答える。やがて煙が晴れると、お札を全身に貼り付けた異形たちが大地に倒れていた。

地上に降りた二人は警戒しながら近づいていく。霊夢は仰向けに倒れているSAAを見ると苦虫を噛み潰した顔になった。


「やっぱりね」

「何がだ?」

「出現の仕方もそうだけど、こいつら・・・人間じゃないわ」

「何?」


倒れているSAAの顔部分は空洞だった。

先程見たときは黒い覆面のような物で顔を覆っているものだと藍は思っていたがそこにあるべき顔はなかった。


視線を向けていたSAAから目を離すと残りの3体のSAAが再び地面に現れた黒い淀みのような物に飲み込まれていく光景が広がっていた。そして、声のような物が響いて来た。


― に・・くい・・・ころす・・すべ・・を・・ ―


地の底から響いてくるような男とも女とも取れない声。只一つ分かっているのは強烈な怨嗟の感情が含まれている事だった。


「逃げる気か!これを・・!!」


藍は咄嗟に探知用の符を沈んでいくSAAに投げつける。その内の一枚が一機のSAAに貼り付けられた。

そして声が途切れると共にその場を包んでいた嫌な気配が遠のいていく。ようやくそこで、霊夢達は警戒を解いた。


「一体これは・・・」

「さてね。でも、これではっきりしたわね。私達の相手は人ならざるものよ」


そう断言すると霊夢は自分達の横に一機だけ残ったSAAの残骸に視線を向けると溜息を吐き出した。

その後、霊夢と藍は神社に連絡を取ってスキマを使い残骸を回収しつつ帰還した。


影を追え 霧の湖編


―魔法の森・霧の湖探索班 文・椛―


「さて、魔法の森にやってきたけどまずは聞き込みね」

「誰に聞き込みをするんですか?」

「順当に行けばアリスさんか魔理沙さんでしょ。2人ともこの森に住んでるわけだし、異変にも気付くでしょうしね」

「ではどっちに聞き込みに行くんですか?」

「アリスさんよ。魔理沙さんは出払ってる可能性が高いから」


普段の取材口調ではなく、砕けた物言いで椛に返答した文はアリスの家に向かう事を決定しそちらに向かった。

上空から見ても鬱蒼とした森の中に少しだけ開けた場所に目指す場所が見えてくる。


「はい、到着と。では、御免くださいー!アリスさんいらっしゃいますかー?」


ドアを勢いよく叩く文。しばらくして廊下を歩く音が屋内から響いてきて玄関ドアがゆっくりと開かれた。


「何?新聞なら間に合ってるわよ」

「あややや、今日は新聞購読の勧誘ではありませんよ。ちょっとお話を伺いたくて」

「話?」


玄関から家の中のリビングに移動した3人はテーブルを囲む。まず、文が現在までに起こっている事を簡潔にアリスに伝えた。


「なんだか大事になっているわね?その不動っていう外来人の事は魔理沙から聞いていたけど」

「それで、最近何か魔法の森やその周辺で変わった事はありませんでしたか?」


口につけていたカップを置くと、アリスは考え込むような仕草をとる。ややあって、顔を上げた彼女は言葉を発した。


「ここ一週間ほどは研究でほとんど家に篭りきりだったし・・・ああ、そう言えば妙な音が夜に聞こえるようになったわね」

「音・・・ですか?」

「ええ。といっても結構距離が離れてると思うわ。たぶん、霧の湖周辺だと思うけど」

「ふむふむ。他には何かありませんか?」

「そうね・・・そう言えば外出した時に変わった姿の妖精を見たわ。黒髪に黒一色の妖精の集団よ」

「妖精は別に珍しくないのでは?」

「まあね。ただ、雰囲気というか何か危ない感じがしたのよ。丁度異変の時に妖精達が凶暴化するみたいにね」

「謎の音に危ない妖精の集団、これは何かの前触れのような気配がびんびんしますね」

「私が把握してるのはこれくらいよ。もう、いいかしら?」

「ええ、お忙しい所ありがとうございました。椛、行きましょう」

「はい。では、失礼します」


アリスの家から出た二人はその場を離れ次の目的地である霧の湖に向かう。その道中、何やら考えながら飛ぶ文に椛が話しかけた。


「どうかしたんですか?」

「ちょっとね。考えてみれば最初の事件が起こったのが山の麓、それで今度は湖の周辺。案外近い場所に彼らの本拠があるのかもしれないって思ってね」


再び取材口調ではなく、砕けた物言いで文が応じる。それに対して、椛は若干不満を滲ませるように問いかけた。


「でも、私達も捜索しましたよ?」

「そうだけど、山から近い場所は入念に捜索を行ったとは言えない。灯台下暗しって諺もあるから」

「はあ・・・」


そんな話をしながら彼女達は湖のほとりに降り立った。若干雲が出ているが、天気はそこそこよく和やかな雰囲気が漂っていた。


「さて、この辺だと氷精とかがいるはずだけど、まともな話が聞けると思う?」

「私にそれを言われても・・・」


あんまりな物言いの文から視線を外し椛は湖へ視線を向けた。すると、湖上に何名かの妖精らしき姿があった。

彼女は能力を行使してさらに詳細を確かめると文に向き直った。


「文先輩、氷精がいました」

「そう。じゃあ、話を聞くだけ聞いてみますか」

「後さっきアリスさんの話にあった黒い妖精も何匹かいます。どうにも、穏やかじゃないようですけど?」

「取りあえず行くわよ。後、何かあってもいいように周辺の警戒は怠らないようにね」

「了解です」


― 霧の湖・湖上 ―


湖の丁度中央近くで二つの集団が睨みあったまま空中で制止していた。一方は氷の妖精『チルノ』とその友達『大妖精』。

方や、先程文達の話に出ていた黒一色の妖精たちであった。


「う~・・・ちょっと!さっきからあんた達アタイの話を聞いてるの!?」

『・・・』

「黙ってないでなんでこの子を追いかけ回したのか答えなさいよ!」


この子というのは大妖精の影に隠れている名も無き妖精だった。湖上を通りすがっていた彼女は突如黒い妖精達から襲撃を受けた。

追い掛け回され逃げている所を、たまたまやってきたチルノ達に保護され今の状態に至っていた。


「ね、ねえチルノちゃん?もう、行こうよ・・・なんかこの娘達おかしい」

「だけど、アタイのナワバリでこんな事されたらしめじ・・・じゃなくて、『示し』がつかないじゃない!」

「・・・」

「いいかげん、なんとかいいなさいよ!」


いきり立つチルノとなんの応答も見せない黒い妖精達。いよいよ場に一瞬即発の気配が漂ってきている所へ文達が現れた。


「あやや、チルノさん。どうしましたか?」

「あんた、文屋じゃない。どーもこーもないわよ、アタイの縄張りで好き勝手な事してるやつらがいたからこーしてるの!」

「へぇ・・・それは興味深いですね?そこの妖精さん達、貴女方は何をしてるんですか?」


場に流れている不穏な空気を読まず笑顔で件の妖精達に話しかける文とその後ろで油断無く警戒している椛の姿が彼女達の視界に入る。

すると今までガラス玉の様に無感情だった瞳に明らかな敵意が燈った。


「・・・す」

「え?なんですか?」

「何よ!なんか言いたいならはっきりいなさいよ!!」

「ころすうううう!!!」


大量に浮かんだ『黒い』弾幕が文たちに向けて殺到する。

事前にそれを読んでいたのか横のチルノを文が、後方に控えていた椛が大妖精と追われていた妖精を引っ掴むとその場から上空に飛びのいた。


「あーややや、まあ予想通りですか」

「こらー!!弾幕ごっこするならちゃんといいなさいよーー!」


チルノを捕まえたまま湖の中心から陸地へと向かっていく文。妖精達がこちらを追ってくるのを横目で見つつ、掴んでいるチルノに話しかける。


「チルノさん、これはもう弾幕ごっこではありませんよ?下がっていてください」

「えー!?だって、あいつらは・・」

「いいから、下がってなさい」

「ひぇ!?」


いつもと全く違う声色の文に思わずチルノは身を引いた。それと同時に文の姿が掻き消えてこちらに向かってきていた妖精達の正面に急に現れた。


『!!?』

「さて、私は追いかけるのは好きだけど、追いかけられるのは趣味じゃないのよ」

「・・・」

「それに貴女達も弾幕ごっこをする気も無いようだし・・・」

「かあああああああ!!」


文に向けてまたも黒い弾幕が放たれる。それを流れるように軽く回避すると彼女は薄く微笑んだまま凍りつくように宣言した。


「早めに終わらせて喋るようにしてあげる」

「ぐがぁ!?」


言葉を言い終えた瞬間、いつの間にか一匹の妖精の懐に入り込んだ文は鋭い右ひざ蹴りその胴体に叩き込んでいた。

速さと体重が乗った鋭い一撃は妖精を空中から地面へ叩き落した。

仲間が撃墜されたのを見て慌てて弾幕を放つが、彼女の姿はそこにはもうない。


「遅いわね、欠伸が出るわ」

「ぐぇ!?」


瞬く間にもう一匹も側面からの蹴りで吹き飛ばされて地面へと叩きつけられた。


「どこにいったとおもってる?」

「!?」


いつの間にか最後の妖精の背後に現れた文が嘲る様に言う。慌てた妖精が振り向くと、顔に獰猛な笑顔を貼り付けた彼女がそこにいた。


「愚かにも天狗である私に『空中戦』を挑んだのが間違いよ」

「が・・・っ!?」


腹に突き刺された蹴りの衝撃で体を九の次に折りながら最後の妖精も地面へと落下して行った。それを追った文が地面へと軽やかに降り立つ。


「さあ、話す気になった?」

「・・・ぐ」


地面に這いつくばる妖精達を見下げる文。よろよろと立ち上がった彼女達はより一層憎しみを募らせた瞳を向けてきた。


「ここまでされて、まだそんな目を向けるのね」


やれやれ、と肩を竦めた後いつもからは想像出来ない冷たい視線を妖精達に向ける。


「いつもならペンとメモ帳で聞きだす所だけど、貴女達には体で聞いた方が早そうだわ」

「・・・ううう」


妖精達は視線を文に固定したまま後ずさりしていく。

一方、そのままゆっくりとした動作で妖精達に近づいていこうとした彼女の100m後ろに控えていた椛が切迫した声を上げた。


「文先輩!!!!」

「!?」


身の危険を感じた文が身を横に滑らせるのと彼女のシャツの一部が切り裂かれるのは同時だった。


「な、何!?」

「森の切れ目です!!不動さんと似た鎧を着たやつがいます!止まらないで下さい!!」


周辺を自身の能力で警戒していた椛の瞳は離れた森の切れ目にいる一機のSAAを捉えていた。

片膝を付き、大口径の銃。スナイパーライフルを構え文に狙いをつけている。

そして、今度は連続で発砲するが湖上を滑る様に飛ぶ文を捉え切れず着弾した弾丸が水柱をいくつもあげた。


「椛!ここは一端引くわよ!!」

「ええ!?で、でも・・・!!」

「伏兵の可能性もあるわ!私達の目的を忘れたの!?」

「く・・・っ!わかりました!!貴女達も来なさい!!」

「あわわわ!?」

「覚えてなさいよーー!?」


先程と同じ様にチルノ達を掴むと2人は上空へと素早く撤退していく。その様子を見ていた謎のSAAは射撃姿勢を解除する。

そして、文達の撤退にあわせこちらに戻ってきた黒い妖精の一団と合流すると森の闇の中に姿を消した。


一方上空に逃れた文達は博霊神社への帰途についていた。

起こった事態について神社の八雲紫に連絡すると『危険なのですぐに帰還するように』との指示が出たためだった。


「あの黒い妖精と明さんと同じ鎧を使う者は明らかな接点を持ってるわね。」

「何者なんでしょうか?そんなことが出来る人間なんて考え付かないのですが・・・」

「相手は恐らく人間じゃないわ」

「え!?」

「風見幽香を助けた時の事を覚えてる?明さんは相手の死体が無いと言っていた、その時点で気付くべきだったわ。」

「人じゃないから、後に何も残らない・・・ですか?」

「そうよ。私達が襲撃事件の足取りを追えなかったのにも何か隠された秘密があると見るべきね。これはいよいよ大事になってきたわ」


近い内に何か大きな事が起きると確信めいた予感を感じつつ文は椛達と共に神社への帰路を急いだ。


後書き

主人公機体設定等
ASP-71J―FH 『神武』

八神重工業が日防軍からの要請にこたえて製作したエース専用機。
既存の機体を遥かに凌駕する反応速度を可能とするOSと小型大出力化されたバックパック。
必要に応じた武装を装備できる拡張性を兼ね備えたエースに相応しい機体となるはずだった。

しかしながら、並外れた機体制御を操縦者に強いるため先行量産型20機が実戦配備されるも、前述の問題点が浮き彫りとなり配備が停止される。
その後ほとんどの機体がテスト機になった。
一般には欠陥機扱いまたはウィドウメーカー扱いの機体だが、不動明はこの機体を扱える稀な操縦者の一人として大きな戦果を挙げていった。


基本武装   20mm徹甲重機関銃 内蔵TCVブレード 複合装甲シールド
連続稼働時間 8.5時間 戦闘稼動時間 3時間
最高出力   470kw
最高速度   92km/h(平地及び装備なしの場合)
本体重量   360㎏(野戦重装備時はオプションにより重量は増減する)
野戦重装備  6連対戦車ロケット 対SAA小型ミサイル 対戦車鉄鋼榴弾
        反応装甲 ハンドレールガン 使い捨て外部予備バッテリー及び推進剤
        煙幕 フレア等を任務に応じて任意で選択し装備可能。
        

なお、オプション装備のハンドレールガンは盾の裏にマウントされている。
装弾数は6発。至近距離なら戦車の側面・後部・上部装甲を貫通可能。
外部予備バッテリー使用中ならば再起動せずに2発の連続発射を可能としている。
用語解説

第3統合戦略軍

日本に3つある陸・海・空軍の指揮系統を統一した軍団の呼称。第1から第3までの統合軍があり、第1軍は本州、第2軍は北海道、そして第3軍が九州を防衛している。
第3軍司令部は熊本の阿蘇。

第1機装連隊

第3軍隷下のSAA連隊の一つ。第1次熊本防衛戦に投入された特殊機甲教導隊がその母体となり発足され主人公が所属する連隊。
以後熊本防衛戦の最前線に立ち続け、連合軍に恐れられる精強さを持つSAA部隊となった。


主人公略歴

不動明 年齢27歳 

日防軍第3統合戦略軍第1機装連隊103機装中隊 中隊長 階級大尉

年少徴兵組一期として九州防衛戦の決戦のひとつである第3次熊本防衛戦に参戦。
同防衛戦において臨時編制された学兵支隊の中にあったD中隊に学生機装兵として配属される。
しかしながら、D中隊は壊滅。同中隊ただ一人の生き残りとなる。
その後は帰還した味方陣地で再編成中だった301機装小隊に編入され、1週間に及んだ決戦を戦い抜く事となった。
この際、敵SAA32機(単独撃破10)、装甲車両4輌、歩兵122名を撃破して学兵としては異例の戦果を挙げ3級戦功勲章を授与される。
その後、臨時で所属していた301小隊の隊長に推挙され第1機装連隊403機装中隊に配属される。
精強といわれ激戦に必ず投入される第1機装連隊の一員として福岡空挺降下作戦や佐賀奪還戦等の激戦を潜り抜け戦歴を重ねる。
74年からは同連隊で遊撃任務を主とする103機装中隊の隊長に就任。戦場の火消し役として九州各戦線で活躍することとなった。

しかし、中隊を率いるとは言っても実質2名の小隊長に隊員の指揮を委ね本人は単独行動で敵を撃破して回っている。
問題が出ないのは一応作戦の一環として中隊長が囮となり敵を引き寄せ小隊で叩くという戦法をとっているためであるが、それを問題視する声も少なくない。
本人の性格は冷静沈着。所属連隊の誰も彼が笑った所や怒った所も見た事がないというほど感情が動かないもしくは顔に出ない。


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