深海に落ちた提督
辛い運命を背負った提督と艦娘達の織りなすストーリー
かなり暗めの作品です
シリアス展開、グロ描写が苦手な方はブラウザバックを推奨します
それでも大丈夫な方のみどうぞ
章内で場面転換がある際は直前に『◆◇◆ ◆◇◆』がつきます
冷たい木枯らしが吹きつける中、私は二人の憲兵に連れられ鎮守府の外へ出た。
二人の表情はどこか暗く、こちらを見ようとしない。
門の前に止めてある車に乗ろうとしたとき、後ろから声が聞こえた。
「司令官!」
振り返ると駆逐艦の響がこちらに走ってくるのが見えた。
私が憲兵に視線を送ると、彼らは無言で頷いた。話をしてもいいということだろう。
私は二人に感謝しつつ、駆け寄ってきた響の方に向き直った。
「司令官…! 私、やっぱり納得できないよ! 司令官は…何も悪くないじゃないか…!」
「…私も軍人だからね。上の命令には逆らえないのよ…それがどんなに理不尽な命令だとしても…ね」
私は響に視線を合わせるようにその場にしゃがむと、響を優しく抱きしめた。
「…響、みんなのことを頼むわね。必ず…帰ってくるから…」
「…うん。私は大丈夫…」
響は左手についた銀色のリングをギュッと握り締めながら、真っ直ぐ私の目を見て言った。
「『Верный』の名は…伊達じゃないよ」
響に見送られながら、私は車に乗り込み鎮守府を後にした。
鎮守府を出てすぐ、隣に座っている憲兵が私に頭を下げた。
「すまん。俺たちも本当はこんなことしたくねえんだ…あの子の言う通り、あんたは何にも悪くねえのに…」
「…わかってるわ。あなたたちにも守るべきものがあるのでしょう? 私のことは気にしなくていいわ」
そう言うとその憲兵は嗚咽とともに肩を震わせた。
なぜ私がこんなことになってしまったのか。
その原因は数日前に遡る。
現在進行形で各海域で行われている深海棲艦の討伐任務は一種の局面を迎えていた。
いくら出撃しても次々に現れる深海棲艦に阻まれ、敵基地の中枢を叩くことができない状況がここ数年の間続いていた。
そのため、本営は今まででは考えられない命令を全国の鎮守府に出した。
『練度の低い艦を練度の高い艦の盾にし、敵基地の中枢を撃破せよ』
いわゆる捨て艦の命令だった。
当然、最初は多くの鎮守府がこれに反対した。
今まで一緒に頑張ったきた艦娘を犠牲にしろとは何事だといくつも抗議の声が上がった。
しかし、一部の鎮守府がこの命令に従い、見事敵基地の殲滅に成功したことで徐々に反対の声は消えていき、今では捨て艦作戦は出世への特急切符のような存在となってしまった。
そんな中、私は依然としてこの命令に従わなかった。
まだ幼い頃に両親を失い、一人孤児院で育った私にとって鎮守府は『家』であり、艦娘は『家族』のような存在だった。
当然、昇進は同期の中で一番下、後輩の提督に抜かれることもしょっちゅうあった。
そんな時、私は上官から演習を申し込まれた。
おそらくあまり戦果をあげていない私の鎮守府に発破をかけるつもりだったのだろう。
結果から言って、演習は私達の圧勝だった。
今まで捨て艦に頼ってきたところにとって『協調性』という言葉は皆無だった。
互いに味方を弾避けに使い、気づいたときには全員が大破判定寸前。上官の指揮もひどい物で見るに堪えなかった。
…問題はその後だった。
その上官は私に勝てなかった鬱憤をあろう事か帰ってきたばかりの艦隊にぶつけようとしたのだ。
自分の艦娘に手を振り上げる上官を私は無意識のうちに殴り飛ばし、大声で怒鳴った。
「負けた原因もわからず、すべて艦娘のせいにするなんて…貴様なんかに提督を名乗る資格なんて無い!」
突然のできごとにその上官は逃げ出すように出て行った。
これで少しは懲りただろう…そう思っていたが、それは甘かった。
どうやら奴は私が殴ったことを本営の方に報告したらしい。
元々、命令無視で本営から目をつけられていたこともあり、この出来事は私をしょっ引くのに十分な口実となったに違いない。
車にゆられながら、私は再度遠のいていく鎮守府を目に焼き付けた。
…もしかしたら、これが鎮守府を見る最後の機会かもしれないから…
それから車と船を乗り継いで、ようやく本営に到着した時には私の鎮守府を出発してから丸一日が経過していた。
到着してすぐ、私は憲兵の案内で本営のとある一室に通された。
そこで待つこと数分、本営の者であろう眼鏡をかけたひょろい男が入ってきた。
私への挨拶もそこそこにその男はこう切り出した。
「…今回、貴方が行った行為は極めて重いものであり、本来なら役職の取り消しも視野に入れねばならないものであります。…ですが、貴方の経歴を見させてもらった結果、このまま解雇するには惜しいものがある。そこで、現在本営で極秘に行われている実験に協力してもらうこととなりました。無事に実験が成功すれば、今回の一件はすべて帳消しにするとのことです。…いかがなさいますか?」
謙遜はしているが、もちろん私に拒否権なんて無い。
私は、その実験に協力することを決めた。
実験に協力すると決まったその次の日、私は本営からかなり離れたところに建設されている実験施設に送られた。
実験施設は元々鎮守府だったところを再利用しているようで外観だけでもかなりの大きさがあることがわかる。
施設にたどり着くとすぐに白衣を着た小太りの男が私を出迎えた。
「いや~、遠路はるばるようこそお越し下さいました」
男はそう言うと…こう言ってはなんだがとても気味の悪い笑みを浮かべた。ずっとここにいると気が滅入りそうだ。
「挨拶はいいわ。私は早くその実験とやらを終わらせてしまいたいのだけれど」
「…まあまあ、そう言わずに。とりあえず、これまでの成果をお見せしましょう…ついてきて下さい」
はぐらかされたことに少し不快感を覚えながらも、私はその男の後に続いて施設の中に入った。
男に続いて施設内を歩いていると、唐突に男が私に問いかけてきた。
「そういえば、貴方は提督さんでしたよね。一つお伺いしたいのですが…深海棲艦のことをどうお考えで?」
「…私達の脅威となり得るほどの力を持った倒すべき相手…といったところかしらね」
「ごもっともですな。…しかし、あの力…我々のものにできるとすれば、とても素晴らしいことだと思いませんか?」
「…それはどういう…」
私がそう言いかけた時、男が急に足を止めた。ここに来るまで多くの扉が木の板で打ち付けられ入れないようになっていたが、ここだけは打ち付けられておらず入れるようになっている。
「おっと、もう目的の場所に着いてしまいましたね。…それでは、どうぞご覧下さい」
そう言って男が扉を開けた瞬間、嫌な空気が中から流れ出てくるのを感じた。
私は恐る恐るその中に入り…信じられない光景を目の当たりにした。
「…!? く、空母ヲ級!? それにこっちは戦艦タ級!?」
体を頑丈そうな鎖で縛られた深海棲艦がそこにいた。
私があっけにとられていると、先ほどの男が私の隣に立って語り始めた。
「どうです? 素晴らしいでしょう? 鹵獲された深海棲艦を秘密裏にここに送ってもらっているんですよ」
「…じゃあ、あなた達の言う実験っていうのは…」
「もちろん深海棲艦についてのものです。先ほども言ったとおり深海棲艦の力は恐ろしいものです。中にはたった一隻で艦娘数隻を相手するような艦もいるでしょう? …そこで我々はこう考えました。『艦娘に深海棲艦の細胞を組み込めば更なる戦力強化が見込めるのではないか』…とね」
狂っている…そう思わずにはいられなかった。
「しかし、これがうまくいくかは今のところわかりません。うまくいったところで暴走でもされたら収拾がつきませんからね。…そこで、ここにいる研究者達で話し合った結果、まずは人間を使って実験を行ってみればどうか…という案が出まして…」
それを聞いた瞬間、私は背中をつららの先でなぞられたような悪寒が走るのを感じた。
まさかこいつらは…
「ご察しいただけたかとは思えますが、貴方の体を実験のため使わせていただきますよ。…もちろん、拒否していただいても結構ですよ。その代わり、貴方の鎮守府から実験台を一人いただきますがね」
…もう何も言えなかった。要するに私は最初からモルモットとしてここに連れてこられたのだ。
「…わかったわ。…すきにしなさい…」
「…では、少し眠っててもらいますね。起きた時にはもう終わっていると思いますよ…」
そう言うと男は私の首筋に何かを押し当てた。その瞬間、私の目の前が真っ暗になった。
再び目を覚ますと、黒く薄汚れた壁が視界に広がっていた。
縛られている感覚がないので、体を起こそうと右手を動かした瞬間、左手が何かに引っ張られた。
手の方に視線を移すと、手には金属製の手錠がかけられ、足の方には鉄球のついた足枷がつけられている。
辺りは薄暗く、光が漏れている先には頑丈そうな鉄格子が張ってあった。
最初はこの状況に戸惑ったが、いったん冷静になり今まであったことを把握し直した。
…そうだ。私は…
生きている…ということは、深海棲艦の細胞は無事に私の体に定着したのだろう。
そう思った時、扉が開く音ともに鉄格子の向こう側にあの男がやって来た。
「…お目覚めのようですね。気分はどうです?」
「…最悪よ。実験台にさせられて、目が覚めたらすぐあんたの顔を拝むことになるなんてね…本当に最悪だわ」
せめてもの意地で悪態をついたが、そいつはそんなことを気にする様子はなかった。
「それはどうも。…しかし、貴方は素晴らしい試験体ですね。細胞を組み込んでも拒絶反応がそれほど出ず、経過も良好。計算によれば、もうすぐ体に変化が現れるはずです。…しかし、残念ですね」
「…残念?」
嫌な予感がした。そして、奴の次の言葉でその予感は確信へと変わった。
「体にある程度変化が現れたら、貴方とはもうお別れなのです。…元人間とはいえ今や立派な深海棲艦ですからね。殺しても何の問題もありません」
そう言われても、私は大して動揺しなかった。ある程度は予想していいたことだったし、響なら鎮守府を守ってくれる。
しかし、奴が次に言った一言が私を絶望の淵に落とした。
「まあ、安心して下さい。貴方が死んでも、もう寂しくないようにはしておきましたから」
「…寂しくないように…? それってどういう…」
「解体したんですよ…貴方の鎮守府にいた艦娘全員をね」
言われた事が理解できなかった。
あの娘達を…解体した…?
「…ははっ…何の冗談? そんな出任せに乗せられるとでも…」
「…なら、これは一体なんでしょうねえ…」
そう言って奴は白衣のポケットからあるものを取り出した。
「…!? それ…雷の髪留め…?」
それは紛れもなく私が雷にあげた髪留めだった。
これを奴が持っている…ということは…
「………あ……」
あぁああ"あァアあ"ァア"ああ"ぁ!!!!!
解体された艦娘はもう二度と帰ってこない…殺されたも同然だ…
みんなが殺…された…殺された…
殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された殺された…
…殺す
「…殺す………殺シテヤル…!!!」
言うが早いか、私は手錠を引きちぎり、鉄格子に向かって突進した。
そして、鉄格子を破壊しそこにつっ立っている奴の頭を鷲掴みにし…奥の壁に打ちつけた。
普通ならこれで気絶してしまうだろうが、私はそれを許さなかった。
奴の頭を持つ手に力を込める。
「… っぐああぁぁ!!! 離せ! 化け物ぉ!!!」
化け物、そう言われて私は自分の体を見た。
その姿はまさに、深海棲艦そのものだった。
しかし、私はそんなこと気にしなかった。
さらに手に力を込めるとミシミシという音がした。
「う"あ"ぁぁ!!! やめろ!! やめてくれぇ!!! う、嘘なんだ! あの解体話は嘘なんだ!! だから、命だけは…!」
………
何を今更…
「…死ネ」
私は今出せる最大限の力を使って…奴の頭を握り潰した。
血が辺りに飛び散り、周囲を真っ赤に染め上げる。
頭を潰された無残な死体を見下ろしながら、私は顔についた血を袖で拭った。そして、奴の手から髪留めを奪い取り、それを使って髪を留めた。
その時、にわかに外が騒がしくなり始めた。
おそらく、先ほどの悲鳴が外に漏れていたのだろう。
「…ユルサナイ…ユルサナイ!!」
激情のままに私は部屋の外へ飛び出した。
「!? なんだあいつ……ギャアアァア!!」
「こ、こっちに来るな…うわあぁああ!!」
「ば、化け物ぉ!!! …ぐあぁああぁ!!」
そんな叫びを聞きながら、私は次々に現れる人間を片っ端から殺していった。
どうやら、私の使える武器は主砲と機銃、刀の三種類。
中でも刀は切れ味がよく、全く刃零れしないため私の一番のお気に入りとなった。
そうして人間を殺していくうちに、私の心に変化が現れた。
人間の命というものは、なんて脆いんだろう。
どうして人を殺すということは…コンナニモタノシイノダロウ…
「………アハ…」
コロスノッテ…タノシイ…!
「アハハハハハハハハハハハハ!!!」
そして気がつくと私はその場にいた人間を一人残らず殺していた。
だが、既に私の中に罪悪感はなく…一人残らず皆殺しにした事への達成感と刀を振るう快感に酔いしれていた。
もっと楽しみたい…モットイキモノヲコロシタイ…!
そう思った時、薄く白み始めた海を横切る小さな影が窓から見えた。
「…ミツケタ」
新たな獲物を発見し、私は恍惚な笑みを浮かべた。
司令官が本営に連れて行かれてから、約三ヶ月が過ぎようとしている。
依然として、司令官が戻ってくる様子はないが、ここに所属する艦娘は司令官が帰ってくるのを心待ちにしている。…もちろん、私も。
時刻は正午少し前。
鎮守府近海の哨戒に行くため港に向かっていた時、私は後ろからの怒鳴り声に呼び止められた。
「おい、響! ちょっと待て!」
私が振り返ると、本営から代理の司令官としてやってきた男が、ものすごい形相でこちらに向かってきていた。
「…どうしたんだい? そんな大声出して…」
「どうしたもこうしたもない! どうしてあそこで撤退した!? あのまま行けば、あの海域を攻略できたというのに!!」
「…大破した艦がいたんだ。撤退するのは当然のこと…」
「お前は馬鹿か!? なぜ練度の低い奴に合わせる必要がある? そんな奴は弾避けの盾にでもしとけばよかったんだ!! …ああくそ! お前のせいで俺の計画が台無しだ! どうしてくれる!?」
聞いててもううんざりした。やはり本営の人間は捨て艦の考えしか持っていないようだ。
…こんな奴らのために、あの優しい司令官は連れて行かれたのか…
そう思うと、無性に腹が立った。いつもなら軽く聞き流している所だが、私はくってかかった。
「…この程度で狂うくらいなら、そんな計画に意味なんて無い。もっとましな計画を立てるんだね」
「…んだと、こいつ! 調子に乗りやがって!」
男は私に向かって拳を振り上げた。
ある程度は覚悟していたことだったが、やはり痛い思いはしたくない。反射的に目をつぶり、心の準備をする。
しかし、少し待っても痛みは襲ってこない。
恐る恐る目を開けてみると…
「…司令官殿、暴力はいけませんなぁ…暴力は」
振り上げられた男の腕をがっちりと掴み、ドスのきいた声でそう警告する憲兵の姿があった。
「は、放せ! こ、こいつの方が先にやってきたんだ!」
「…響さん、何かしたのですかな?」
「いいや、何もしてないよ」
「そうですか…いやぁ、困りましたな。私は現場を見ていませんし、当の本人が何もしていないと言っている…どう見ても、非は貴方にあると思うのですがねぇ…」
それを聞いて、男は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「ふざけんな!!! …チッ、こんなとこいられるか!」
男はそう吐き捨てると、大きな足音を立てながら廊下を走っていった。
「…Спасибо(ありがとう)。助かったよ」
男の姿が見えなくなってすぐ、私は憲兵にお礼を言った。
しかし、憲兵は首を横に振りながら呟いた。
「…この程度でお礼を言われる筋合いはありませんよ。…私がしてしまったことに比べれば…」
…そう、何を隠そうこの憲兵は司令官を本営に連行したその人だ。
しかし本人はそのことをとても悔いているようで、司令官についての情報を持ってきてくれたり、さっきのように私達のことをかばってくれたりする、とてもいい人だった。
だが、何でも一人で背負い込もうとするのが欠点だろうか。現に今も消え入りそうな声でぶつぶつと何か呟いている。
こういうときは、話題を変えるのが一番だ。
「えっと、それで今日は何の用だい?」
「…おっと、すみません。ちょっとした情報をいくつか。すぐ済むと思いますが…響さん、お時間の方は?」
「ちょうど今から辺りの哨戒なんだ…でも、すぐに済むなら港に着くまでの間に聞かせてくれるかい」
私の提案に彼はもちろんと言いながら、首を縦に振った。
「…残念ながら、今回も司令官殿に関する情報は得られませんでした」
歩き始めてすぐ、憲兵はそう切り出した。
「…そっか。Спасибо、今回も危ない橋を渡ったんだろう?」
「多少無理をするのは覚悟の上です。…ですが、あの辺りをつついて何も出なかったとなると…司令官殿に施された処置は相当上の、そしてごく一部の者しか知らない…ということになりますね」
…歯がゆい思いがした。
大切な人が連れ去られて…今どこにいるか、その居場所すらもわからない…ただ、帰りを待つことしかできないそんな自分の無力さが私の胸を渦巻いていた。
そんな考えが顔にも出てしまったのか、私の顔をのぞき込むようにして憲兵が声をかけてきた。
「…響さん? 表情が険しいですが…大丈夫ですか?」
「…いや、私は無力だな…と思って。貴方は必死になって情報を集めてくれているのに…私はここで待つことしかできないから…」
そう言って、私は自傷的な笑みを浮かべた。
…本当に…私は…
「…そんなことありませんよ。今回もそうでしたが、本営からくるあの代理提督とやらから響さんはいつもこの鎮守府と仲間達を守っているではありませんか。所詮、部外者の私達ではここを守ることはできません。…ですから、響さんは決して無力などではありませんよ」
『…響、みんなのことを頼むわね』…その言葉が私の頭の中で甦った。
「…Спасибо」
大切なことを思い出せた気がした。…もう弱音を吐くつもりはない。
「元気が出たようで何よりです。…そうだ、もう一つ言うことがありました。実はですね…最近、新型の深海棲艦の話が上がっていまして…」
「話だけ…? 目撃例とかはないのかい?」
「それが…とても曖昧なんです。というのも、そいつが現れたと思われる鎮守府は全て見るも無惨に破壊され、提督はかろうじて人間の形をとどめていましたが、ばらばらになる一歩手前。艦娘達も一人残らず大破し意識不明という…まさに地獄絵図さながらといった状況だったらしいです。回復した艦娘達から話は聞けたらしいですが、皆、記憶が曖昧だったり、黒い影が見えたような…という不確かな感じらしいです」
聞いていて背筋が凍った。そんな奴にここが襲撃でもされたら…
「…幸いにも、今のところその事例はこの辺りでは確認されていませんが…念のため、見慣れない艦がいたらすぐに撤退して下さいね?」
「了解。みんなにも伝えておくよ」
港に着く少し前、話を終えた憲兵は私と別れ、次の仕事に向かった。
港に着くと哨戒に行く雷、時雨、夕立、初霜、木曾の五人が待っていた。
私が合流しても交わす言葉は少なく、雰囲気は皆、とても暗い。中でも雷はそれがより一層際立っていた。
その理由は、司令官がいなくなったことだけではないことを私は知っている。
「雷…髪留め、まだ見つからないのかい」
「…うん。ここに来る直前まで探してたんだけど…」
数週間前、雷は司令官からもらった髪留めを無くしてしまったらしい。それから今までずっと探しているのだが、一向に見つからないのだ。
「…哨戒が終わったら、一緒に探そう。大丈夫、今度こそ見つかるよ」
私がそう元気づけると、雷は弱々しくではあるがうなずいてくれた。
「信頼の名は伊達じゃない。出るよ」
私達は哨戒任務に出発した。
◆◇◆ ◆◇◆
…ミシミシ……ギッ…バリッ! …ズル…ベチャベチャ…
辺りにそんな音を響かせながら、私は捕まえたイ級の口から砲身をむしり取った。
砲身を引っこ抜く寸前にわずかに聞こえた断末魔の悲鳴は私にとてつもない高揚感をもたらした。
「…アハ…アハハ…!!」
実にすがすがしい気分だ。やはり、殺すということはとても楽しい…!
…今なら…あの時、興味がわかず、殺さなかったあいつらも殺せるのだろうか…?
今でも何故興味がわかなかったのかはわからない。あれだけたくさん、かつ、簡単に殺せる奴らばかりだったのに…結局殺せたのは数人だけ。ま、殺さずとも、半殺しぐらいにはできたが。
…よし、次はまた建物を襲おう…そして…全員、ミナゴロシニシテヤル…!
次の方針を決め、動き出そうとしたその時、不自然な波音が私の耳に入った。
どうやら、何かが近くを航行しているらしい。
それに惹かれるように、私はその音のもとへ走り出した。
そうして私が見つけたのは…一隻のタンカー船。私からすればそれは格好の的だった。
狙いを定め、腰についた二門の主砲をタンカーに放つ。
ドォンという音とともにタンカーから黒煙が上がる。船体にも狙い通り大きな穴が開いているのが見てとれた。
私は船体に一気に近づくとその大穴から船内に侵入した。
…読み通り、中にはたくさんの人間(獲物)がいた。
そいつらは私を見るなり我先にと逃げ始めた。…無駄なことを。逃げ場などあるはず無いのに…
私は腰に携えた刀をとり、目についた人間を片っ端から斬り殺していった。
ある者は無謀にも私に挑みかかり、ある者は顔をくしゃくしゃにして私に命乞いをしてきた。…当然、私はそんなの気にも留めず欲望のままに斬り続けた。
…愉快だ…実に愉快だ…タノシイ…モットコロシタイ…! モット…モット!!!
船内に侵入してからおよそ十分ほど経っただろうか? 振り返ってみると大量の死骸が転がり、辺り一面赤く染め上がって大きな水たまりがあちこちにできあがっている。
大方殺してしまったが…まだいるのだろうか?
そう思った時、足下から小さな靴音が聞こえた。
迷うことなく、私は腕についた機銃を足下目がけて発射。強引に穴を開け下へおりた。
思った通り、奥にある大きな鉄の扉の中に二、三人が入っていくのがはっきりと見えた。
…そこなら安全だとでも思っているのだろうか?
私からすれば素手でも簡単に壊せそうなそんな薄い鉄板だ。それに頼り切っている人間どもの姿は余りに滑稽だった。…ああ、奴らの絶望に染まった顔を早く拝みたいものだ。
わざと足音を立てながらゆっくりと扉に近づく。今頃、扉の向こうの奴らは私の足音におびえ部屋の隅で縮こまっていることだろう。
そう思いながら、私が扉に手をかけた…瞬間
目の前が爆ぜた。
どうやら、奴らが立てこもったのは火薬庫だったらしい。常人なら即死するであろう衝撃と炎が私を襲った。
…が、その程度だった。
今の私にはこんな攻撃かすり傷にもなりはしない。
目の前に広がる火の海を見ながら、私はギリッと奥歯を噛み締めた。
「…フザ…ケルナ…!!」
目の前で楽しみが奪われたことに私の怒りは頂点に達した。
その怒りに身を任せ、私は狙いも何もつけず辺りやたらを撃ち始めた。
一瞬で壁に無数の穴が開き、天井や床が消し飛んだ。
…するとその時、船が大きく傾き始めた。床に放った砲弾が船底を撃ち抜いてしまったようだ。
このままこの船とともに沈んでも死ぬことはないだろうが、わざわざここに残る理由もない。
私は穴だらけになった壁を蹴破り、船の外へ飛び出した。
◆◇◆ ◆◇◆
哨戒に出た私達は、何事もなく航行を続けていた。
海は穏やかで、敵艦の姿も全く見かけなかった。
…おかしいと思うほど
「…静かすぎるな」
「そうですね…なんだか、不気味です…」
木曾の呟きに初霜がそう応じた。
二人がそう言うのも無理はない。元々、この海域は深海棲艦が多く、よく戦闘になるのだが…今日はその影すら見えないのだ。
何か嫌な雰囲気が漂う中、私の隣を航行していた夕立が急に立ち止まり、ある一点を指差した。
「…あそこ、何か浮いてるっぽい?」
指差す先を見てみると、確かに何か黒いものが見えた。
深海棲艦が現れたのかもしれない。私達は用心しながら、ゆっくりとそれに近づいて行った。
結果から言って、それは深海棲艦だった…が
「…これは…」
それを目視した瞬間、全員が手で口を覆い目をそらした。
私達が見つけたものは、無惨に殺された深海棲艦達だった。
こみ上げてくる吐き気を抑えつつ、浮かんでいるものを観察してみると…ふと不自然なことに気がついた。
それらの艤装は砲撃を受けたというよりも、まるで無理矢理引きちぎられたかのように破壊されていたのだ。
普通の戦闘では、こんな破壊のされ方はしないはず…何か嫌な予感がする…
そう思った時、突然爆発音が辺りに響いた。
慌てて辺りを見回すと南の方に黒い煙が立ち上っているのが見えた。しかも、煙の見え方からして…そう遠くない。
「おい、響…あれは…」
「…行ってみよう。みんな、いつも以上に周囲の警戒を」
これまでの異様な状況から、私達は慎重に辺りを警戒しながら黒煙が上がっている方に向かった。
数十分後、だいぶ煙が近くなってきた。
まだ敵の戦力がどれ程かわからないため、私達は近くの小島の島陰から煙の上がっている場所を慎重に覗きこんだ。
まず目に入ったのは…炎上し、沈みかけたタンカー船。
そして…その船の前にたたずむ人影が一つ見えた。
一見すると南方棲鬼に似ているが、髪はツインテールのように縛られておらず、腰には刀のようなものも見える。
…明らかに今まで出会ったどの深海棲艦とも違っている。
『新型の深海棲艦』。そう悟った瞬間、さっきの憲兵さんから聞いた話を思い出した。
…まさか、あいつが…!
「みんな、すぐにここを離れよう! あいつは…っ!?」
私がみんなにそう声をかけ、視線を戻した時、私は次の言葉を続けることができなかった。
私の目に飛び込んできたのは…こちらに向けられた二つの主砲。それはまるで後ろに目があるのかと思うほど正確に私達を狙っていた。
あいつは私達の存在にとっくに気がついていたのだ。
私が待避指示を出す前に二つの主砲が爆音とともに火を吹いた。
砲弾は私達が隠れていた岩礁に当たり、大きく爆ぜた。その衝撃で私達は全員吹き飛ばされ、海面に叩きつけられた。
「…ぐっ……げほっ、ごほっ…」
咳き込んだ後に微かに鉄の味がした。…直撃もしていないのに、この破壊力…もし直撃していたらと思うとぞっとする。
砂塵が舞う中、なんとか体勢を立て直そうと顔を上げた…その瞬間、私は絶望の淵に落とされた。
私の目の前には…二本の足と機銃の銃口が映っていた。
やられる…そう思い、私はぎゅっと目を閉じた。
しかし、私をいつでも殺せる状況だというのに、機銃が発射される様子がない。
…なぜ、撃たない…?
私はゆっくりと目を開けると思いきって顔を上げ、機銃を突きつけている相手の顔を見た。
その顔を見た瞬間…私は目を見開き、すっとんきょうな声を出した。
「…司令……官…?」
◆◇◆ ◆◇◆
船外に飛び出した私は、海面に降り立つと振り返って沈みゆくタンカーに目を向けた。
爆発によって生じた火の手はすでに船全体を包み込んでおり、生き物と鉄の焼ける良い匂いが私の鼻をくすぐった。
しかし、私の心は…晴れない。
…足リナイ……殺シタリナイ…、モット…殺シタイ…!
その時、私は後ろの方に微かな気配を感じた。
それも一つではなく…複数。
ここに来る前に殺した黒い奴らは気配を消すようなことはしない…恐らく、建物にいた奴らだろう。
どうやら…新たな獲物が自分から近寄って来てくれたようだ。
本当なら、今すぐにでも反転して奴らを殺しに行きたいところだが…それでは今の私の心は満たされない。
奴らを絶望の淵に落とし…絶望に染まった顔を見ながら殺す…心を満たすにはそれしかない。
こちらが気づいたと悟られないように、私は船の方に体を向けたまま、背後に意識を集中させ、奴らの位置を探った。
ほどなくして、奴らのいる位置を正確に割り出した。
こちらの様子でも伺っていたのだろうか。
近づいてくるような気配もなく、同じ場所でじっとしていたため、位置を割り出すのは容易だった。
奴らがいるのは…おそらく真後ろにある島の影。直接当てるのは難しいだろうが、近くに当てさえすれば十分なはずだ。
考えが纏まった瞬間、私は腰の主砲をすばやく180度回転させ、敵めがけて一斉に発射。直後、背後からドォンという爆発音が響き渡った。
振り返って見ると、狙い通りの場所に着弾したらしく大量の砂塵が舞っていた。
…ヤッタカ…? ……イヤ…
まだ気配が消えていない…どうやら運良く生き残ったようだ。
…が、奴らが死ぬ運命にある事は変わらない。ただ、私が死に損ないにとどめを刺すという楽しみが増えたにすぎない。
奴らが体勢を立て直す前に…一気に仕留める。
私はすぐに砲撃した場所まで行き、岩陰を覗いてみた。そこには…砲撃の衝撃で吹き飛ばされた獲物達が転がっていた。
受けたダメージは大きいようだが、全員気絶はしていない。…あまり余裕はなさそうだ。
一番近くにいた一人に目をつけ、一気に距離を詰め腕の機銃を頭に突きつける。
このまま機銃を斉射してしまえば、確実に殺す事ができる…だというのに…
「……ッ!!」
銃を撃つ事が…できない…
金縛りにあったかのように指一本動かす事ができず、まるで…この体が自分のものではないような感覚に陥る。
……何故ダ…何故、コイツラノ時ダケ…ッ!
私がそう思った時だった。目の前にいた獲物が突然顔を上げた。
『殺られる』…という思いと共に体の金縛りが解け、反射的にバックステップをして距離をとる。
すぐに反撃してくる…という私の予想に反してそいつは目を見開いて私を見ていた。
そして、唐突に…ある一言を放った。
「…司令……官…?」
瞬間、雷に撃たれたような衝撃が私の頭の中を駆け巡った。私は思わず両手を頭に当て声にならない叫びを上げた。
頭の中では様々な映像が走馬灯のように次々と再生されていく。
そこに映っているのは、色々な表情をした私…喜び、怒り、悲しみ…そして、そのそばには……いつも…
『司令官!』
…ソウダ……アイツ…いヤ……あの娘は…!
私はゆっくりと顔を上げた。
白く長い髪に蒼い目…それに、白い帽子と制服に見間違うはずがない。
私は震える声で…その娘の名を口にした。
「……ひび…き…?」
私の手の甲に一滴の雫が当たったのを感じ、初めて自分が泣いている事に気がついた。
…表面ではずっと否定していたが、心の奥底では『もう二度と会えないんじゃないか』という思いが渦巻いていた。
でも…今、私の会いたかった人…司令官が目の前にいる。
その事が私にとって他の事を考えられなくなるくらい嬉しかった。
ゆっくりとその場に立ち上がり、司令官のもとへ歩きだそうとした時、後ろからの声に呼び止められた。
「……っ…響?」
ハッとして後ろを振り返ると他のみんなが起き上がろうとしているところだった。幸いにもみんなそれほど大きな怪我はしていないようだ。
「みんな! 大丈夫かい?」
「…うん、なんとかね…響は?」
「私は平気…それよりあれを……っ!?」
私はそこで目を見開き、言葉を詰まらせた。
私の目に飛び込んできたのは…両手で髪を掻き乱し、その場でうずくまる司令官の姿だった。
「司令官!? どうし…」
「来ないで!!」
司令官のもとに駆け寄ろうとした私は、思わずそこに立ち止まった。
司令官の叫びは…今まで聞いたことがないほど鋭く、悲痛な叫びだった。
「……来ちゃ…だめ…私は……みんな、を…っ! 私……私っ…!」
震える声でそう言うと、司令官はその場から走り去ってしまった。あまりに突然の出来事に私達は司令官の後を追いかける事すらできず、司令官の姿が見えなくなるまでその場に立ちすくむ事しかできなかった。
最後に見た司令官の顔は…とても怯えているように見えた。
◆◇◆ ◆◇◆
日がすっかり落ち、月明かりが辺りを照らす中私はふらふらとおぼつかない足取りで小さな島に上陸した。
そして上陸すると同時に膝をつき、その場に崩れ落ちた。
……思い出した…思い出してしまった……
あの時…傷ついた皆の姿を見た瞬間、今までしてきたおぞましい光景が次々と頭の中で再生された。
人を殺し、他の鎮守府の艦娘を傷つけ…挙句の果てにはあの娘達まで手にかけようとした…
自分の…快楽のために…
目を下に向けると透き通るように白い手が映った。私はその血の通っていない死人のような手をゆっくりと顔の前に翳した。
…この手で何人もの人を殺したのだ…この手…で…
そう思った瞬間、両手が赤く染まり始めた。
「っ!? …な、なに…こ、れ…」
どろりとした水ような赤いもの…間違いなく血だ。血はまたたく間に掌を染め上げ、腕を浸食し始める。
「う、あ……ああぁあぁっ!!」
私はすぐ海に飛び込んで手についた血を落とそうとしたが、どれだけ擦っても血が落ちない。
それどころか…血の色はさらに濃く、黒々とした禍々しいものに変わっていく。
やがてその色は海の色と交わり、まるで海全体が血で染まってしまったように見えた。
漆黒の水面は私の目を捉えて離さず、私の姿をそこに映し出す。そこに映った私は…全身を血で染め、ニンマリと気持ちの悪い笑みをこちらに向かって浮かべていた。
…違う……こんなの…こんなの、私じゃない!
私はその姿を否定したい一心で艤装を展開し、水面に向かって放とうとした。
…しかし艤装を展開した瞬間、鈍器で殴られたような激しい痛みが私の頭を襲った。そして、その痛みと共に気味の悪い声が私の頭の中に響いた。
『殺スノ…楽シイ…! …殺シタイ…殺セ…コロセ…! コロセ!!』
声が響く度に激しい吐き気と目眩が私を襲う。息もどんどん荒くなり…まるで自分の体が自分のものじゃなくなっていくような…何かに乗っ取られていくような…
「っ!!」
唇を強く噛み薄れていく意識を必至になってつなぎ止める。ここで意識を失ったら…たぶん…私は…
そんな思いとは裏腹に痛みは更に激しさを増し、意識が途切れるのはもはや時間の問題。
…そこで私は大きな賭けにでた。
薄れゆく意識の中、機銃を自分の腹に押し付けそれを一気に撃ち放った。
焼け付くような鋭い痛みに一瞬意識が覚醒する。私はその一瞬の隙を見逃さず、全ての武装を解除した。
その瞬間、頭の痛みや目眩、吐き気が嘘のように消えた。
「…やった…! うま…く……いっ…」
しかしそれからまもなく、視界がぐらりと歪み始め、私の意識は深い暗闇に沈んでいった。
◆◇◆ ◆◇◆
司令官を見失ってしまった私達は、一度鎮守府に戻って損傷の回復と他のみんなに状況の説明をすることにした。
全員が入渠を済ませた後、私は鎮守府にいる全員を執務室に集め、今日あった出来事を事細かく話した。
「提督が…深海棲艦に…?」
「嘘でしょ…そんなの! …本当、なの…?」
話し終えてすぐそんな声が発せられた。
当然の反応だ。話だけしか聞いてなかったら私でも簡単には信じることはできないだろう。
…でも…
「本当だよ。あの顔と声…間違えようがないさ」
私が木曾達に視線を送ると5人全員が首を縦に振ってくれた。
それを見て、他のみんなの表情もまた少し険しくなった。みんなもこれは本当のことだと信じてくれたようだ。
…さて、本題はここからだ。
「みんな、聞いてほしい。私は…司令官を救けたい。最後に見た司令官の表情…とても苦しそうだった。たぶん、今も苦しんでると思う。でも、救けに行っても司令官が正気でない可能性もある…その場合、最悪死ぬことも有り得る。だから、強制はしない…司令官を救けるのに協力してくれないか?」
そう言って私はみんなに頭を下げた。
…もし、誰も協力してくれなかったとしてもいい。その時は私1人だけでも探し救けるつもりだ。
するとその時、誰かに頭を軽くこずかれた。
顔を上げてみると鈴谷が腰に手を当てて私を見おろしていた。
「はぁ〜…全く、どうしてそんなことを訊くかなぁ、響は! 協力するに決まってるでしょ!?」
さも当然と言わんばかりにそう言う鈴谷に続いて他のみんなも私の周りに集まってくる。
「響さんの想いは痛いほどわかります! 例え危険があっても、榛名は大丈夫です!」
「索敵なら私と瑞穂さんの出番よね!」
「ええ、瑞鳳さん頑張りましょう」
「…杞憂だったな、響。全員同じさ…あいつを救けたいってのはな」
木曾の言葉に全員が力強く頷いた。
…迷いはない。私達が司令官を助けるんだ。
目を覚ますと私はうつ伏せの状態で波打ち際に横たわっていた。
運良く…いや、運悪く生きたまま海流に乗って元の海岸まで運ばれてきたようだ。
…あのまま死んで、深い海の底に沈んでしまえばよかったのに…
そんなことを思いながら私はゆっくりと身を起こし、浜辺に座ってこれからどうするべきかを考えた。
昨日は暗くて分からなかったが、今いる場所には見覚えがある。…まだ鎮守府からそう遠くない所だ。
このままここに留まるのは得策じゃない。もしまた暴走してしまったら…と思うと背筋が凍る。…遠くへ行こう、みんなに迷惑がかからないようなどこか遠いところへ。
方針を決めると私は立ち上がり、鎮守府とは反対の方に向かって歩み始めた。
航行を始めて二〜三時間経っただろうか、日もだいぶ高くなっている。
ここまで特に深海棲艦に遭遇することなく外洋の入口辺りまで来ることができた。
…ここまで来れば、もう大丈夫かな…
そう思った時だった。
突然背後からドォンという轟音が辺りに響いた。その音に驚き、振り返ろうとした瞬間…私の左肩に砲弾が直撃した。破裂した断片は肉を抉り、爆炎が晒された肉と骨を容赦なく焼いた。
「っ!! …ぐ、あぁ…!」
その場に倒れ込む一瞬、私は後ろの島影から出てくる敵艦隊の姿を見た。
戦艦棲姫に空母棲姫、戦艦レ級、ル級、さらに重巡ネ級が二隻こちらに向けて進みながら追撃の準備をしている。
このままここにいたら…確実に死ぬ。
そう悟った瞬間、底知れぬ恐怖が私の全身を包んだ。
ついさっきまで死んだ方がマシだと思っていたのに、今、私は目の前に迫った死に怯え、体の震えが止まらなくなっている。
…い、やだ…嫌だ…こんな、所で…死にたくない…!
襲いかかる激痛を堪え、なんとか立ち上がった瞬間、再び私に向かって砲撃が開始された。その攻撃を既のところで躱し、身を反転させてなんとか逃げようと試みるが、空母棲姫の放った艦載機に行く手を阻まれる。動きが止まった瞬間、艦載機の容赦のない攻撃が私を襲った。
私は必死になってその攻撃を躱したが、全て避けることはできず、右足を撃ち抜かれてしまう。
「ぐっ…ぁ…」
体勢が崩れた瞬間、再び戦艦棲姫達の砲撃が一斉に放たれた。
足を負傷した私に攻撃を防ぐ術はなく、全身に砲撃を浴びながら吹き飛ばされ、水面に叩きつけられた。
「……か、は…っ…」
呼吸をしようとする度、口から大量の血が溢れる。視界の隅では深海棲艦達が私にとどめを刺すべく砲塔をこちらに向けているのが見えた。
…もう、攻撃を躱すことはできない。次の砲撃を浴びて…私は死ぬんだ。
…嫌だ…嫌だよ………助け、て…
……ひ、びき…
…ドォン!!!
1発の砲撃音が辺りに鳴り響く。
それに続いてドンドンと連続して砲撃音が響いていく。
…しかし、それらは全て私を狙ったものではなかった。
「…え?」
砲撃を受けたのは深海棲艦達の方だった。
無数の砲弾が深海棲艦達に降り注ぎ、何隻かが爆炎に包まれ黒煙を吐き出している。
今のは明らかに艦娘が行った攻撃…私の知る限り、この近くにある鎮守府はただ一つ。
砲弾が飛んできた方に顔を向けると、手を休めることなく攻撃を続けるみんなの姿があった。
みんな…私を助けに来てくれたの…?
でも、なんで…あんなに酷いことしたのに…
そう思った時、不意に響と目が合った。
すると、響は私に何か伝えるように口を動かした。
声は聞こえなかったが、口の動きで何を言っているかははっきりとわかった。
『待ってて、司令官』
自然と涙が零れた。
本当に…優しい娘達。見捨てられて当然の私をまだ司令官と呼んでくれるなんて…
響はそれだけ私に伝えるとまた戦場へと駆けていく。
戦況は…明らかに悪化していた。
最初の奇襲から有利に進めていたが、やはり戦力差が大きく徐々に劣勢になっているのが見てとれる。
このままでは…確実に犠牲が出る。それはみんなもよく分かっているはずだ。それでも、あの娘達は一向に引こうとしない。
それも全部…私を助けるため…
それを私は、ただ見ていることしかできない…
…本当に?
私は痛みをこらえながら身を起こすと…もう一度、艤装を展開した。
◆◇◆ ◆◇◆
「ぐっ…みんな、大丈夫!?」
「…正直、やばいな。そろそろ限界近いぞ…」
深海棲艦と交戦を初めて数十分、形勢は完全に逆転された。みんなの損傷も大きい。
…けど、引くわけにはいかない。ここで引くわけには…
私は再びこちらに流れを戻すため、大きな賭けに出ることにした。
「…榛名、ここからの指揮は君に任せる。みんなを…頼むよ」
「響さん…? 一体何を…」
榛名の訝しむ声を後目に私は陣形の中から離脱し、敵艦に向けて砲撃を始めた。
深海棲艦達は一番目に付いた標的を即座に攻撃する。なら、こうして私が目立てば、攻撃は私に集中するはず。
いわば私は…囮だ。
背後からはみんなの怒鳴り声が聞こえる。私の蛮行を怒っているのだろう。
…でも、ごめん。私にはこんな策しか思い浮かばなかったんだ。
予想通り、数秒後には攻撃が私に集中し始めた。後は一秒でも長く私がこの状態を維持していれば…勝てる、そう思っていた。
しかし、それが愚策であることはすぐに明らかとなった。
艦載機と砲撃による波状攻撃に限界間近だった私の体は数分と持たず、悲鳴をあげた。体が重く、動きもどんどん鈍くなっていく。
そこへトドメと言わんばかりの数発の砲撃が撃ち込まれた。狙いは正確で回避できそうにもない。
…もう、だめ…だ…
そう思った時だった。
突然、私の前に何かが割り込んだ。
そして次の瞬間、それは腰から刀を引き抜き全ての砲弾を弾き返した。
「…響、大丈夫?」
そう言いながら…司令官は心配そうな顔をこちらに向けた。
◆◇◆ ◆◇◆
艤装を展開すると、やはり激しい頭痛と共に『殺せ』という声が頭の中を駆け巡る。一瞬でも気を抜けば、たちまちこの声に飲まれてしまうだろう。
私はギュッと奥歯を噛み締め、響き渡る声に反抗した。
『殺せ…殺せ! 全てを、殺せ…! この力は…そのための力だ!』
―違う…私はそんな力、望んでない…!
『戯言を言うな…貴様が望んだのだ! 憎き全てを殺すためにな!』
―っ…確かにあの時はそうだった。みんなが殺されたと聞いて、全てが憎くなった…。でも、今は違う! みんながそこにいる! 私は…みんなを守りたい!
『…まも…る…?』
―私は、もう二度とみんなを失いたくない! この力は誰かを傷つけるためじゃない…みんなを守るために使いたい!
その瞬間、私の中で何かが弾けた。
あの声は…もう聞こえない。頭の痛みも消えている。これなら…
その時、突然怒鳴り声が聞こえてきた。
すぐにあたりを見回すと1人で陣形を離れる響の姿があった。
…何してるの、響…! そんなことしたら格好の的…まさか、自分を囮に!?
私はすぐ響の元へ駆け出した。
響はもう既に限界らしく、動きがかなり鈍っている…このままではすぐに沈められてしまうだ
ろう。
速く…もっと速く! 絶対に死なせるものか!
響に砲撃が届く直前、私は響の前に割り込み腰に携えた刀を振るい全ての砲弾を防いだ。
そして顔だけを後ろに向け、響の無事を確認する。
「…響、大丈夫?」
私がそう訊くと響は目端に涙を浮かべながら、ゆっくりと頷いた。
…間に合って、本当によかった。
そう思いつつ、私は再び深海棲艦の方に視線を戻す。私の乱入に動揺しているようだが、一向に引こうとする様子はない。
…なら、するべきことは一つ。
私は武器を構え、深海棲艦達に向かって走り出した。深海棲艦達もそれに応じて、無数の砲弾を撃ち放った。
しかし私の目には、それらは全てスローモーションがかかったようにゆっくりに見えた。砲撃の合間を縫うように進み、深海棲艦との距離を詰める。それにしびれを切らしたのか2隻のネ級がこちらに突撃してきた。
私は2隻の猛攻を掻い潜り、すれ違いざまに刀で切りつける。刀はネ級の装甲を簡単に引き裂き両断した。
2隻が一気にやられたのに焦ったのか、続けざまにレ級がこちらに向かって仕掛けてきた。
レ級は艦載機を飛ばし、私を周りを取り囲み逃げ道をなくすと同時に攻撃を開始した。
私はそれを凌ぎつつ、機銃で次々に艦載機を撃ち落とす。そして艦載機が半分ほど減った時、レ級は再び艦載機を発艦させるため、砲撃を中断した。
その一瞬を見逃さず、私は二門の主砲をレ級目がけて撃ち放った。砲撃は見事に命中し、レ級は黒煙を吐き出しながら水面に沈んでいった。
レ級が沈んだ瞬間、深海棲艦達の攻撃が止み、艦載機が引き始めた。すぐに深海棲艦の方に目を向けると残った3隻が海中へと引こうとしている所だった。
このまま戦っても痛手を負うだけだということを悟ったのだろう。
水面に消える一瞬、戦艦棲姫と目が合った。その血走ったような紅い目は強大な憎しみに染まっていた。
「司令官」
深海棲艦達が去った後を眺めていると後ろからそう声をかけられた。振り返ると、思ったより近くにみんなの姿があった。
…もう逃げはしない。ちゃんと、謝らなきゃ。
「…みんな、本当にごめんね…私…」
その時、私の言葉を遮って響がこちらに右手を差し出した。
戸惑う私に響は優しく笑いかけた。
「おかえり、司令官。…ありがとう、約束守ってくれて」
…約、束…? …あっ…
私はゆっくりと躊躇いながらも響の手を取った。あの日の…別れの日の約束。
『必ず帰ってくる』
他愛もない一言かもしれないが、この娘達はそれを信じてくれていた、今も変わらずに。
その思いに答えないといけない。余計な言葉はいらない。言うべきことはただ一言だけ。
「…ただいま、響」
「今日も頑張るっぽい!」
「…夕立、張り切りすぎて転ばないようにね?」
「そんな心配しなくても大丈夫よ、司令官! この私がいるじゃない!」
よく晴れた日の海上にそんな笑い声が谺響する。
響達と再開してもう数ヶ月が経った。今では私もこうしてみんなと一緒に鎮守府近海の哨戒に出るようになった。
…この数ヶ月で本当に色々なことがあった。
私の話を聞いた憲兵さんの働きかけにより、本営に査察が入り、多くの重役が失脚。捨て艦の制度も廃止され、新しい体制での運営が始まった。その時、私にも重役への誘いの話があったのだが…丁重にお断りした。
私のいるべき場所はただ一つ、みんながいるあの鎮守府しかないのだから。
「提督、敵艦捕捉。二時の方向」
夕立達と笑いあっていると、偵察機を出していた瑞鳳からそう報告された。
「了解、それじゃあ…みんな、行くよ!」
私が先陣を切ってみんなを誘導する。
これからも私はこの娘達と一緒に戦い続けるだろう。憎しみや愉悦のためじゃない…みんなを守り、ずっとみんなが笑顔でいられるために。
遂に…遂に完結です!
ここまで長きに渡りお付き合い頂きありがとうございました!
また、別の作品を投稿すると思いますが、よろしければそちらも読んでいただけると幸いです(´ω`)
Twitter始めました
近況報告や質問もこちらで受け付けます
もしよろしければ、フォローしてやってくださいm(_ _)m
URL:https://twitter.com/jumonji9418
コメント失礼します、コメントダメでしたら注意お願いします
私もSSを少しだけ書いていますが方向性がにていることもあり拝見させていただきました。
提督が実験に配備される理由など、他世界観もしっかりしていて尊敬しました…見習わなくちゃ
とまぁ、本編に突入していないんでとりあえず更新期待です!余裕のあるくらいのペースで更新おねしゃす!
よっこーさん、コメントありがとうございます!
とても嬉しいです(*^^*)
ご期待に添えられるよう、これからも頑張ります!
…合作作りませんか?
責任感が強い提督…素敵です!
よっこーさん、コメントありがとうございます♪
合作ですか…面白そうですね(*´∀`*)
とりあえず、こちらは大丈夫です!
コメ失礼します
なんていうか、凄いですね(笑)
良くここまで上手くかけるなと思います
更新頑張ってください!
なんで実験してた男の人は解体したなんていったのだろうか…ただの意地悪か?wまー、嘘ってきいて安心したけど
読んでて鳥肌ものっす、一応自分の姿の描写をもうちょっと詳しく知りたいな
戦艦れきゅーさん、コメントありがとうございます!
いえいえ、私なんてまだまだですよ…これからも応援よろしくお願いします。
よっこーさん、コメントありがとうございます
メタい話、解体したと言ったのはこれも実験のためです。負の感情を与えることで体にどう変化が現れるかを見る…つもりだったんでしょうね(その結果があれだよ…)
深海棲艦化した提督の姿は、南方棲鬼に近い感じで腰に二つの主砲、腕に機銃があります。 異なる点は、手に艤装をつけていない、左腰に刀を携えている、髪は縛っておらず前側だけ留めてある。 …といった感じですね。
質問等ありましたら気軽にどうぞ
戦艦れきゅーさん、コメントありがとうございます!
いえいえ、私なんてまだまだですよ…これからも応援よろしくお願いします。
よっこーさん、コメントありがとうございます
メタい話、解体したと言ったのはこれも実験のためです。負の感情を与えることで体にどう変化が現れるかを見る…つもりだったんでしょうね(その結果があれだよ…)
深海棲艦化した提督の姿は、南方棲鬼に近い感じで腰に二つの主砲、腕に機銃があります。 異なる点は、手に艤装をつけていない、左腰に刀を携えている、髪は縛っておらず前側だけ留めてある。 …といった感じですね。
質問等ありましたら気軽にどうぞ
間違えて連投しました…(´・ω・`)
捨て艦かー、つらい時代背景だな…
期待
やだ、憲兵さんイケメンッ
よっこーさん、コメントありがとうございます
…まあ、暗い作品なので鬱要素は多めのつもりです…(^_^;
銭助さん、コメントありがとうございます
こんな作品ではありますが、これからもよろしくお願いしますm(_ _)m
戦艦れきゅーさん、コメントありがとうございます
その通りですねw これは惚れますわ…(しかし、残念ながら家庭持ちの設定です…)
頑張って下さい!
憲兵さんの精神崩壊怖いですわ(
とうとう接触編かな?
よっこーさん、コメントありがとうございます
精神崩壊…なのかな? とりあえず、彼は正常な部類ですw
戦艦れきゅーさん、コメントありがとうございます
…そうです、ここからが本番です…(ΦωΦ)
いつも応援ありがとうございます! これからも頑張ります
長編でお願い致します。フレッシュ藤原さんの作品みたいにお願いします、シリアス系は面白いです。私は読むだけしか出来ませんので。
元提督さんえげつねぇなぁw
ここの提督好きかも 確かに捨て艦はひどい
しかも凄くうまい こんな感じの書きたいな(グロ系)
更新がんばって
いやー面白いです!
この地の文での心理描写、素晴らしいですね!自分もssを書いているので、是非見習いたいです。
戦艦れきゅーさん、コメントありがとうございます
今の提督は完全にイってしまっているので、えげつないのは当たり前と言えば当たり前ですね(笑)
matuさん、コメントありがとうございます
気合い! 入れて! 更新していきます!
がっくらさん、コメントありがとうございます
面白いと言っていだだけるのはとても嬉しいです(*^^*)
これからもこの作品をよろしくお願いします
続きが気になる………。
ちょっと休憩のつもりがドハマリして課題ががががががが………。
更新待ってます!
にゃんだふるさん、コメントありがとうございます
楽しんでいただけたようで何よりですが、課題はしっかりとやってくださいね( ̄▽ ̄;)
気合い! 入れて! 更新していきます!
とても好みの作品です頑張ってください!
素晴らしい! 続き期待
完結おめです!!
そろそろ自分も完結させないとなぁ(遠い目)
Schnitzelさん、コメントありがとうございます
そう言ってもらえるとこちらとしても書いたかいがあります(*^^*)
Johnmineさん、コメントありがとうございます
なんとか完結まで持ってこられました…(^_^;)
自分のペースでゆっくりと更新していきましょう! 無理は禁物ですよ(´∀`)
完結おめでとうございます
数多くのssは未完結のまま眠っていますが最後まできちんとやり遂げたあなた様に深く感謝を、そして面白く読ませていただきました。また次回作が出るのであればそちらも拝見しますのでss投稿よろしくです!
面白かったです。
しかし民間人を殺しまくったのはお咎め無しなの?