そして少女は
短編を載せていきます。
短編集みたいな感じです。
更新頻度は低いです。
短編短編で世界線は同じです。
渋にも載せてます
胸の奥が軋む音がする。
響く音叉に連動するように苦しくなる。
呼吸は荒くなる。鼓動は速くなる。
動悸は激しくなる。脈動が波打つかのように全身に駆け巡る。
「………はぁ」
精一杯絞り出した言葉。
その言葉は言葉にはならずため息となって消えていった。
ただ虚空を見つめた。
ここは、この鎮守府は作られてから長い年月が経っているせいか、こう廊下を歩くだけで不協和音を奏でる。
私が今向かっている先はドック。
艦娘が自らの傷を癒す施設。
施設と言ってもお風呂に入るだけ。
「まだ治りきってなかったのかな」
痛みもかなり和らいできた。
胸の痛みを治しにドックへやって来た。
どうやら先客はいないみたい。
支給されている制服を畳み棚へ入れる。
タオルを片手に扉を開ける。
部屋いっぱいに広がる蒸気を受け進む。
身体に湯を掬い掛ける。
脚の先から湯船へと沈んでいく。
「………ふぅ」
瞼を閉じる。
胸の痛みはまだ治らないらしい。
私は知っている。
この胸の痛みを。
苦しさを。
鼓動を。
動悸を。
波打つ脈動を。
私は私達"人間"なら誰でも知ってるだろう。
何時以来だろう。
私はおかしくなってしまったらしい。
この感情を"兵器"に感じるようになってしまった。
胸元のボタンを外し部屋の窓から見える海を大海を眺める。
「提督」
一瞬にして私の思考は削られて何処かへ消えていった。
「どうした。大淀」
振り返ると本部との中継役の大淀が立っていた。
「大本営からの電文です」
「置いておいてくれ」
「はい。どうしました?」
「どうとは?」
「あなたな胸元を緩めてボーっとしているなんて珍しいですね」
「暑かっただけだ」
「そうですか。では私は戻りますね」
「あぁ」
扉を閉めると胸元のボタンを掛け電文を手に取る。
「大規模作戦……か」
どうやら私は正常だったらしい。
ドックを出ても痛みは収まらず恐ろしくなり妖精さんに見て貰った。
どこも悪いところはないって。
壊れていっているのは内側なのかもしれない。
そのうち内側から漏れ出し侵食していくのかもしれない。
「っ!」
廊下の奥で彼が提督が見えてつい隠れてしまった。
曲がり角から彼を見る。
胸がギュッと締め付けられる。
彼は別の艦娘と話してるみたいだ。
胸はより強く締め付けられる。
でも先程の恐怖は感じなくなっていた。
私は深く息を吸い反対方向に駆けて行くのだ。
最近ずっと会っていない。
こんな100数人もいるなか会えない娘もいるが彼女はどうしてるのだろうか。
ここ最近は大規模作戦に向けて資源の節約で出撃は無い。
報告書を貰うことも無くなった。
考えれば考えるほど痛く苦しくなっていく。
これは荊の鎖なのだろうか。
「提督」
「なんだ」
胸元が緩んでないか確かめたが杞憂だった。
「作戦に向けてどれほど準備が進んでいるか確認を」
「そこに書類が置いてある持っていくならコピーして持っていってくれ」
「いえ、見るだけで十分です」
「そうか」
「提督」
「何かまだあるのか」
「お気を付けて」
「これじゃ全然足りないのか」
「いえ、作戦の方でしたら十分すぎるほどですよ」
「作戦の事じゃないのか」
「あなた自身の事です」
「私自身の事なのか」
「では私は戻りますね」
「どうゆうことだ」
「おい。待て!」
未だこの痛みは収まらない。
最近はこの痛みには慣れてきた。
やはり提督に会うとこの痛みは激しくなる。
なので遠くから見えたらつい隠れてしまう。
何故だか彼のことを考えると顔が熱くなる。
「やぁ」
彼の声。
とっさに振り向く。
「明日の作戦、成功させような」
声が口からさきには出ない。
どうしよう。
何て言おう。
頑張りましょう。
いや堅苦しいかな。
あなたに勝利を。
だめだ、出てこない。
「あ、はい」
やっと絞り出した声が言葉が。
彼はそれだけを言い速足で去って行った。
心臓の脈動の音を聴きながら深呼吸をする。
何故言葉が出なかったのだろう。
何故こんなにも苦しくなるのだろう。
まるで荊の鎖で巻かれたみたいだ。
自分は変なことは言ってなかっただろうか。
おかしな態度ではなかっただろうか。
こんなことを考えて早1時間は経っていた。
今でもこんなにも胸の鼓動が大きい。
こんな気持ちになるのも何時以来だろう。
最早忘れていた感情だ。
「提督」
またか。
「なんだ?」
「作戦は明日ですね」
「そうだな」
「勝機はありますか」
「無いはずがないだろう」
「そうですか」
「あの娘達ならきっとやってくれる」
「そうですか」
「どうした」
「いえ、何時になく饒舌ですね」
「そうだな」
「何か良いことでもありました」
「さぁな」
「そうですか。では私は戻りますね」
「あぁ」
「お気を付けて」
「………何をだ」
今日の私は機嫌がかなり良い。
何故だかわからないけど鼻歌を歌いたいぐらいだ。
何故だかわからないけど口角が勝ってに上がっていく。
胸が痛むのではなく高鳴っているのがわかる。
何でもやれそうだ。
明日の作戦だって。
そうだ。
明日の作戦で頑張ったら提督は喜ぶに違いない。
でもどうして私は提督に喜んで貰いたいのだろう。
ーーーーが轟沈。以上です」
「お、おい。もう一回もう一回頼む。きっと私の聞き間違いだ」
全身から血の気が無くなった。
全身から悪い汗が排出される。
大淀の戦果の報告が段々と聴こえなくなっていく。
「提督どうしました」
「あ、頭に残らないんだ。その書類貸してくれないか。なぁ」
「どうぞ」
おかしな。
私は目も悪くなったみたいだ。
おかしな。
私は脚も悪くなったみたいだ。
脚の力が抜け落ちる。
「どうなさいました」
「あ、あ」
「提督」
「ど、どう、どうして」
「あぁ、彼女は凄い活躍でしたよ。大破しても笑顔で敵に向かって行きましたし。一番敵を沈めたのは彼女でしょうね」
どうやら私には喋るだけの力も無くなってしまったらしい。
「提督」
「だから言ったじゃないですか」
何をだ。
「お気を付け下さい、と」
何をだ。
「所詮、私達は兵器ですから」
「感情のない兵器ですから」
もう私には考える力も無いらしい。
私の前で立っている兵器の言葉も理解できない。
「では私は戻りますね。提督」
頭の中がぐるぐる廻る。
ぐるぐる回っている。
目を閉じていても解る。
廻っている。
ぐるぐるゆらゆらと回っては揺れる。
まるで平衡感覚を失ったかように。
いや失っているんだ。
瞼を開けると海の中だった。
そっか。沈んだんだ。
私の言葉も虚しく泡となって消えていくだけ。
私自身も泡となって消えてしまうのかもしれない。
瞼を閉じると思い浮かべるのはやはりあの人だ。
沈んでいく感覚は全くと言っていいほど何も無い。
どこまでこれが続くのだろう。
ふと耳に何かの音が入ってきた。
耳をすませると微かだがピアノの音が聞こえた。
瞼を開け音の在り処を探すと妙な異変に気付く。
私の腕が白くひび割れていっている。
よく見ると
あれ。私の髪色ってこんな色だったっけ。
あれ。私って誰だっけ。
あれ。私の名前は。
あれ。私は何をしていたんだっけ。
気付くとどんどんピアノの音が大きくなっている。
どんどん沈んでいってる筈なのに凄く明るい。
周りを見渡すとと私と同じような姿の者が彼方此方にいる。
安らかなピアノの音がする方を見る。
深海の底で一際明るい一帯の真ん中。
小さい白い少女が白い大きなピアノを弾いている。
身体がそちらに引き寄せられていく。
私だけではなく私と同じような姿の者も。
少女はピアノを弾いている手を止め口を開けた。
「サテ、イコッカ。スベテヲコワシニ」
私の脳裏に誰かの喜ぶ顔が映った気がしたがもう胸の痛み苦しみは感じられない。
目の前の敵を斬る。
溢れ出た血を軽く除け奥でただ住むやつに砲撃をくれてやる。
隙が出来た懐に潜り込み切り伏せる。
脇踊る鼓動のリズムに乗り片っ端から斬りつけ撃ち抜く。
硝煙の香り。
潮の匂り。
飛び散る血肉の香り。
鉄の匂り。
「やっぱこれだよなぁ」
俺の言葉に反応するように近寄ってきた。
「そっちはもう終わったの?」
「あぁ。進むか」
相方、相棒、いや姉妹か。
彼女のシャンプーやらの匂りが漂い俺の脇踊っていた鼓動もペースを落とす。
離れるかのように俺は海を駆けた。
@
ある時から私は海の真ん中で妙な音を聴くようになった。
とても微小な音。
どんな音かはわからない。
最近では交戦中に聴いたこともある。
天龍ちゃんに聞いてみたけど聴こえないみたい。
ほら、今でも聴こえる。
「天龍ちゃん!ちょっと待って!」
「あ?」
「やっぱり聴こえる。ほら、聴こえない?」
「前言ってたやつか?聴こえねぇな」
「でも」
「第一こんな海のど真ん中で波以外の音がするか?敵潜水艦だってソナーに反応ないぞ」
「…そう」
「早く来いよな。先行くぞ」
「今行くわ」
@
戦果報告を終えた私達は検査のためにドックに向かっている。
踊場を抜け吹き抜けのホールに出たとき音が聴こえた。
綺麗なメロディが奏でられていた。
「なぁ、これピアノだよな」
「うちにピアノなんてあったかしら」
自然と私達の足は音のする方へと進んでいた。
ホールから少し抜けた通路の奥の部屋。
綺麗な音はそこから漏れていた。
流石にここまで来たらこの音がピアノの奏でる音だとはっきりと分かった。
ドアノブを静かに回し中の様子を伺う。
大きなピアノで隠れてポニーテールにした結ばれた髪だけが見えた。
「あら、天龍と龍田じゃない。どうしたんですの」
ピアノの音がとまり立ち上がったのは重巡洋艦熊野だった。
「うちにピアノなんてあったんだな。それにしても上手いな」
「あら嬉しいですわ。このピアノは私よ持ち込みですのよ」
「さっきのは何て曲名なの?」
「さぁ」
「さぁってなんだよ」
「もう忘れましたわ。ピアノを前にしたら勝手に手が動いたんですの」
「でも随分と上手ったぞ。なぁ」
「えぇ。それに私この曲名知ってたような気がする」
「そういえば龍田もピアノ弾けたよな」
「そうなんですの。弾きます?」
「もう昔の事じゃない。多分もう指も動かないわよ」
「そっか。って!俺達早くドック行かなきゃまずいじゃん!」
「それなら早く行ったほうが良くてよ」
「あっ。じゃぁ行こっか天龍ちゃん」
「邪魔したな」
「えぇ」
「………」
「さ、続きでも弾きます?ねぇ」
@
急に視界が紅くなる。
咄嗟に眼帯を外し視界を確保し敵の位置を確認。
袖で汗と一緒に顔に飛び散った返り血を拭う。
その隙を狙ったかのような砲撃を躱しながら這い出て来た潜水艦に一振り。
「だぁぁぁ!ったくうぜぇなぁ!」
砲撃の主を見据え肉薄。
次々と降り出す砲撃の間を掻い潜り蹴りを叩き込む。
龍田の様子を確認したがやはりさすがの一言だ。
あれほどの数を肉塊に変えてもなお返り血一つない。
ただ無表情に切りつけていく。
「はっ、負けてられねぇな」
溢れかえる砲撃や斬撃の音の中に別
種の音が混ざった。
独特の機械音。プロペラ音だ。
「おい!!龍田!!」
「敵艦載機のお出ましだ」
「やっとだ。雑魚ばかりだったからな」
「おーい!聴いてんのか」
@
砲撃の喧騒のなか僅かな音。
やっぱり聞こえる。
耳元で火薬の爆発音がしているのに聞こえる。
頭の中に直接響いてるみたい。
なんなの。
なんの音なの。
「おーい!聴いてんのか」
天龍ちゃんが叫んでる。
僅かに音が強まったような気がする。
「え、あー、ごめんね」
「おいおい大丈夫か。敵艦載機の音がするぞ」
「嘘。聴こえないよ」
「は?」
「私聴こえない」
「何言ってるん、来たぞ!!」
「え……なんで」
「対空機銃用意!!」
「…………」
「おい!何してんだ!」
「あ、対空機銃用意!」
「「撃て!!」」
@
機銃によって破壊された艦載機の煙が沸き立つ。
煙を利用し視界からの艦載機。
「龍田!回避!」
私の真横で水柱が上がった。
艦載機の音が聞こえなかった。
段々と大きくなる音。
この音って。
「空母視認!一隻だ!」
「わかったわ」
「突撃かましてくるぜ。援護よろしく」
「了解」
敵の第二攻撃隊が発艦された。
やっぱり艦載機音が聞き辛い。
意識すればするほど頭のなか音が強まっていく。
艦載機一団に向けて機銃の火を吹く。
次々と落としていくが煙のせいで視界が悪い。
急に背筋が凍りつくような気配を感じ振り返るともう一団の艦載機達が迫っていた。
音さえ聞こえてれば。
「くっ」
必死に機銃を振るうが爆弾が投下されるには遅すぎた。
次々とかすっていく。
「うっ、ぁあ」
2弾直撃。機銃は折れ。連装砲は吹っ飛んでしまった。
辛うじて握っていた薙刀以外武装は無くなった。
「龍田!!」
「…大丈夫よ。まだ中破だから」
「待ってろ。こんっの!おらぁ、魚雷をくれてやるよ」
前方で大きな水柱が上がった。
頭の中の音はもうはっきり聴こえていた。
@
ドックでの修理を終えた私は部屋へと向かった。
吹き抜けのホールに出るとピアノの音が聞こえてきた。
また熊野さんが弾いているのだろうか。
それとも別の艦娘なのか。
自然と角の部屋へと足が動いた。
やっぱりこの前と同じ曲だ。
熊野さんだろう。
扉から顔を出すとやっぱり熊野さんだった。
目を閉じて音色を奏でていた。
音色と共に彼女の髪も揺れていた。
「あら、またいらしたの」
ピアノの音は止まない。
愛も変わらず目は閉じている。
「よく私って分かりましたね」
ピアノの音が止まりゆっくりと立ち上がり私を見据える。
「そんな気がしたんですの」
「この前もその曲でしたね」
「何処かで聞いたことがある気がしますの」
「何処かで」
「それを思い出したくて弾いてますわ」
「そうなんですか。あ、この椅子二人用なんですね」
「えぇ、まぁ」
「何か他に弾いてくれませんか」
「えぇ、承りましてよ」
この間から思っていたこと。
熊野さんの弾いてる曲は足りない気がする。
だって熊野さん、ピアノの半分使ってないのよ。
@
俺はピアノとかそうゆうのはよく解んねぇ。
けど、すごく綺麗だと思う。
何もないこの部屋で、いやピアノだけがあるこの部屋で独りピアノを奏でる。
邪魔しちゃ悪いと思い扉を閉めようとしたとき音色が途切れた。
「もう帰っちゃいますの」
「なんだ気付いてたのか」
「お二人共似ていますわね」
「龍田も来たのか」
「えぇ、先ほど」
「入れ違いになっちまったな」
「龍田さんを探しに?」
「あいつがなかなかドックから帰ってこなくてな」
「仲が良ろしいことで」
「はっ普通だよ。それにしてもまた同じ曲なのか」
「お二人似ていますわね」
「マジかよ。同じこと聞いたのかよ」
「この曲何処かで聞いたことがあって思い出そうと」
「そっか。思い出せるといいな」
「えぇ」
「じゃぁ龍田戻ったみたいだし行くわ」
「暇になったらまた来て下さってよ」
「あっ、そう言えば。俺ピアノとか知らねぇけどなんでイス、真ん中に座んねぇの」
「さぁ。何でしょう」
@
「…初めから弾きましょっか」
「熊野さん」
「あら、明石さん」
「また抜け出して。部屋から出るの禁止ですってば」
「ごめんなさいね。どうしてもピアノ一緒に弾きたくて」
「一緒に?」
「えぇ」
「まぁいいわ。早く戻りますよ」
「……ねぇ。また教えてあげますね」
「え、何?」
「……あなたに言ってませんわ」
@
「おぉーーい。発生ポイントここであってんのか?電探反応ねーぞ」
「ちょっと待っとれ。吾輩の索敵機も戻っとらんわ」
「だがポイントはここの筈だ」
「長門さん提督何て言ってる?」
「連絡出来ん」
「え?壊れた?」
「天龍ちゃんの電探も反応無いんじゃなくて反応出来ないんじゃない?」
「は?」
「だって私の電探も動いてないし」
「……確かに」
「索敵機帰還じゃ」
「どうだ?」
「うむ、敵影無しじゃ!」
「どうすんだ?」
「戻るか」
「……そうだな」
「じゃぁ後ろは任せろ」
「いや、長門さん。あんた旗艦じゃん」
「後ろは私行くからいいわよ〜」
「すまんな」
「長門さんは少し抜けておるな」
「う、うるさい!よし、旗艦長門に続け!」
@
「む、霧が出てきたな」
「おーい後ろちゃんとついて来いよ」
「ライト見えるから大丈夫じゃ」
「大丈夫よ〜」
あぁクソ。
折角の出撃なのに戦闘無しでのこのこ帰還。その上霧かよ。
あぁもう霧うぜえな。
髪がベタついてうぜえんだよ。
前髪を乱雑にかき上げるとつい舌打ちが漏れた。
「何をそんなにイライラしとるんじゃ」
「何でもねーよ」
「ま、この霧が煩わしいのは確かじゃな」
「確かに天龍の気持ちも分かるな」
「長門さん?」
「折角まわってきた出撃の出番だもんな。こんなんじゃ味気ないだろう」
「………あぁ」
「だがなこうして何もなく帰還できるのは何よるだぞ」
「…………」
「無事なら次があるってことじゃな」
「あ、おい利根。私のセリフを取るな!」
「はっはっは。すまんの」
「………」
「まぁ出撃回数の多い私達が言っても嫌味にしか聞こえんかな」
「…いや、わかるぜ。言ってることは」
「そうか」
「それより龍田は静かじゃな」
「どうした龍田」
「長門さん止まってくれ」
「あぁ」
「……おらんぞ」
「龍田!」
「利根索敵機!」
「もう発艦しておる!」
「おい!龍田ー!」
@
「む、霧が出てきたな」
「おーい後ろちゃんとついて来いよ」
「ライト見えるから大丈夫じゃ」
「大丈夫よ〜」
あぁ天龍ちゃんイラ立ってるわね。
ま、しょうがないっか。
帰ったら天龍ちゃんに思う存分に…
ん、また聞こえて来た。
今日はやけに近いわね。
ピアノの音。
ノイズ音が頭に響く。
何処から。
一体何処から聞こえてくるの。
「確かに天龍の気持ちも分かるな」
「長門さ
みんなの声が。
あれ、ピアノ音とノイズ音しか聞こえない。
痛い、頭が痛い。くっ、進まなきゃ。遅れちゃう。
「あれ、利根さんの光は」
こんな霧の中じゃあの光が全て。
急がなきゃ。
きっと少し進めば見えてくるはず。
私は頭痛に耐えながら速力をあげた。
天龍ちゃん天龍ちゃん天龍ちゃん
天龍ちゃん天龍ちゃん天龍ちゃん
天龍ちゃん天龍ちゃん天龍ちゃん
「オイテカナイデ」
あった。
光。
私は光を追いかけた。
追いかけても追いかけても届かない光を。
もうこれ以上速力は出なかった。
「はぁはぁ」
あ、頭痛くなくなってる。
ノイズ音が無くなってる。
あぁ綺麗だ。
このピアノ音はなんて綺麗なんだろう。
私が初めに熊野さんの演奏を見たときと同じだ。
ノイズが無くなったこのピアノ音はとても綺麗。
ハッキリと音の在り方ももう分かる。
何時も聞こえてた音は私の周りからじゃなかった。
下だった。
海底からは幾つもの手が這い出てきた。
手は私の足を掴む。
手は私の腰を掴む。
手は私の身体を掴む。
手は私の腕を掴む。
手は私の喉を締める。
手は私を引き込む。
「アァ、ワタシシズムンダ」
@
「長門。離していいぞ」
「……あぁ。提督、龍田は」
「今、空母達が探しに行った。お前は入渠しろ」
何なんだこの男は。
何を言ってるんだこの男は。
「……俺に行かせろ」
「帰投したら必ず入渠だ。ここのルールだろう」
「今日は戦闘は無かった!入渠する必要はねぇ!あいつに俺が行ってやらなきゃダメなんだよ!」
「ダメだ。もしものことがあってからは困る。それにお前が空母達以上に索敵力は無い」
「……なら勝手に行ってやるよ」
「おい!天龍」
「長門」
「……あぁ」
ドゴッ
@
この曲。何処で聴いたんだろう。
熊野さん。
@
「よっ!」
「あら、天龍さん。また来て下さったの」
「ヒマだからな」
「奇遇ですわね。私も」
「そっか。ならそれ教えてくれないか。実は興味出てきて」
「いいですわよ。さ、横に座って下さいな」
俺はあいつにお前の面影を感じる。
どうしようもなく優しく、包み込んでくれるような。
馬鹿やっても笑いながら付き合ってくれるところも似ている。
どうしてもお前を忘れられないんだ。
あいつをお前に見たててるんだ。
本当どうしようもない。
お前は何処に行ったんだよ。
独りで居なくなるなよ。
私はあの人にあなたの面影を感じるんです。
何も考えて無いように見えて本当は私のために考えてくれているところとか。
寂しい時には側にいてくれて独りになりたい時は独りにしてくれるような。
あの人にあなたを見たてているんですの。
ごめんなさい。
もう気付きましたわ。
あなたはいません。
私はあなたの元にはまだ行けないみたい。
///////
西日の差し込む二人用の部屋で何もすることもなくただ無償に時を過ごす。
それが私の日課ですわ。
なんでも、かの大戦のとき轟沈しかけで引き上げられた結果、艤装とのリンクが切れかかり身体にも以上が出ているらしいのです。
なので絶対安静。
部屋から出ないように。
まぁ私自身、身体の以上というのは感じられないのですけど。
コンコン
静まり帰っていた部屋にノックが響いた。
「どうぞ」
「よ、調子はどうだい」
「あら天龍」
「あらって来るの俺ぐらいだろ」
「それは何かしら。私は友人がいないと言いたいのですの」
「んなわけねーだろ」
「冗談ですわ」
「それで熊野、調子はどうだ」
「何時もと変わらず普通ですわ」
「そっか。早く一緒に出撃したいもんだな」
「……えぇ」
「なんだぁ今日は元気ねーじゃないか」
「これはお淑やかなレディの振る舞いですわ」
「ははっ、レディ様は大変だな」
「馬鹿にしてますの」
「してねーって」
///////
「今日な紅茶を入れてみましたわ」
「やけにいい匂いがすると思ったわけだ」
「金剛さんに分けて貰いましたの」
「なんだここにくるやつは俺以外にもいるじゃねーか」
「だから前言ったじゃないの」
「ははっ、そうだったな」
「はい、どうぞ」
「あぁサンキュー」
「あ、天龍はミルクと砂糖はどうなさいます」
「じゃぁ砂糖で」
「2つでしたよね」
「お、分かってんじゃん」
「私はミルクだけで」
「ふー、ふー、ん、あっつ!」
「熱いのが美味しいんですのに」
あぁあいつもそうだったな
「俺猫舌だからな」
あ、猫舌なところも一緒ですわね
「ミルクのは美味しいか」
「えぇ」
「一口いいか」
「どうぞ」
「ん、あー、次からミルク入れようかな」
「ふふっ、また貰っておきますわね」
///////
ここは私のお気に入りの場所なんです。
たまに部屋から抜け出してこっそりとくる場所。
何もない場所。いえ、ピアノだけしかない場所。
ここで忘れた記憶を掘り起こすように記憶の裏側にある曲を引続ける。
何処で聴いた曲。
多分忘れちゃダメな記憶なんだろう。
扉の側から覗いていますわね。
『あら、またいらしたの。龍田』
ピアノを弾くのはやめない。
見なくても分かりますわ。
『よく私って分かりましたね』
ピアノを弾くをやめ立ち上がる。
『そんな気がしたんですの』
『この前もその曲でしたね』
『何処かで聞いたことがある気がしますの』
『何処かで』
『それを思い出したくて弾いてますわ』
『そうなんですか。あ、この椅子二人用なんですね』
『えぇ、まぁ』
『何か他に弾いてくれませんか』
『えぇ、承りましてよ』
「ねぇ天龍。寝てるよ」
「どうするのよ」
「あぁもう五月蝿さいな。寝てんなら寝かせてやれよ」
「何よ。寝てたら来た意味ないでしょ」
「暁、静かに」
「もー、響まで」
もう遅いですわ。
起きました。
折角寝てましたのに。
「ん、何してますの」
「あ、起きた」
「おう、熊野おはよう」
「熊野さんお邪魔してるよ」
「おはようございますわってなんなんですの」
「遊びにきたよ」
「そうよ、遊びにきたのよ」
「だってさ」
「そこの棚にいろいろ甘味入ってるから出していいわよ」
「紅茶入れて」
「寝起きですのよ!」
ーーーーーーーーーーーー
「悪かったな。暇だろうと思って一緒に連れてきたんだ」
「……ありがと」
「ふっ、それよりもこんな時間まで寝とるとはな」
「私自身驚きですわ」
「天龍ーー!これ美味しいよ!」
「食べなよ」
「あぁちょっと待ってろ」
「随分と慕われてますわね」
「……あれ以来よく遊びにくるんだよ。こいつら」
初めてですわね。
あのことについて触れるなんて。
「こいつらなりに気使ってんのかもな」
「……」
「天龍ーー!」
「あぁわかったわかった」
///////
踊場を抜け吹き抜けのホールに出た
とき音が聴こえた。
綺麗なメロディが奏でられていた。
『なぁ、これピアノだよな』
『うちにピアノなんてあったかしら』
自然と俺達の足は音のする方へと進んでいた。
ホールから少し抜けた通路の奥の部屋。
綺麗な音はそこから漏れていた。
流石にここまで来たらこの音がピアノの奏でる音だとはっきりと分かった。
ドアノブを静かに回し中の様子を伺う。
大きなピアノで隠れてポニーテールにした結ばれた髪だけが見えた。
『あら、天龍と龍田じゃない。どうしたんですの』
ピアノの音がとまり立ち上がったのは重巡洋艦熊野だった。
『うちにピアノなんてあったんだな。それにしても上手いな』
『あら嬉しいですわ。このピアノは私よ持ち込みですのよ』
『さっきのは何て曲名なの?』
『さぁ』
『さぁってなんだよ』
『もう忘れましたわ。ピアノを前にしたら勝手に手が動いたんですの』
『でも随分と上手ったぞ。なぁ』
『えぇ。それに私この曲名知ってたような気がする』
『そういえば龍田もピアノ弾けたよな』
『そうなんですの。弾きます?』
『もう昔の事じゃない。多分もう指も動かないわよ』
『そっか。って!俺達早くドック行かなきゃまずいじゃん!』
『それなら早く行ったほうが良くてよ』
『あっ。じゃぁ行こっか天龍ちゃん』
『邪魔したな』
熊野のとの約束のピアノを教えてもらうためにあの部屋へ来たが。
少し開いた扉の前で立ち尽くす。
やっぱ綺麗だな。
もっとこう言いたいことはあるけどそれしか出て来ない。
俺はこうやって見てるのも好きなんだ。
熊野の演奏を。
「何をやっていて」
「あぁなんだ。気付いてたのか」
「ほらこっちへいらっしゃいな」
「一人のときはその曲ばっかだな」
「弾きたい曲など無いですからね」
「そっか。今日は何の曲をやるんだ?」
「猫踏んじゃったとかにします?」
「そんなだせぇのやだよ」
「じゃぁどうします」
「なんか、ほら、ダダダダーン見たいなかっこいいやつ」
「猫踏んじゃった弾けたらいいですわよ」
「弾けるわけねーだろ」
「じゃぁ猫踏んじゃったにしましょうか」
「じゃぁもうそれでいいよ」
「ふふっじゃぁ横どうぞ」
『熊野さー、もっと凄いの教えてよ』
『物には順序というものがありますわ』
『じゃぁさ、猫踏んじゃった弾けたら教えてくれる?』
『えぇ』
『早く熊野と一緒に凄いの弾きたいなー』
『私もですわ』
「だぁぁーー!くそ指が絡まる。やっぱピアノは俺には無理か」
『熊野ー、指届かないし動かないんですけど。やっぱ無理じゃなない』
「もうそんなに乱暴に弾くからですわ」
『天龍ちゃんは乱暴なのよ』
「指運びだっけ?ここどうすんの」
「そこはこーやって」
私達はただ時を歩む。
喪われた相手の影を探しながら。
あなたの見ている私は私では無いことは知っています。
あなたも私があなたと見ていないことも知ってるでしょう。
「熊野はさ、何で俺といてくれんの」
「あなたが来ているんじゃないですの」
「面倒くさくねーの。ほらこうやってピアノとか教えんの」
「えぇ面倒くさいですわ」
「なら」
「暇ですから」
「あぁ暇そうだもんな」
「…そ。では天龍」
「ん」
「どうして私の相手なんかしてますの」
「……暇だからな」
「えぇ暇そうですもんね」
「あぁ暇な人同志だな」
「そうですわね」
これを言ったら壊れてしまう。
これを言ってしまえば壊れしまいます。
なら言わなければいい。
では言わなければよろしい。
俺が我慢すればこの関係は壊れな
い。
私が我慢できればきっとこの関係は壊れません。
なぁそうだろ。龍田。
ねぇそうでしょう。鈴谷。
なぁ龍田
「なぁ熊野」
ねぇ鈴谷
「ねぇ天龍」
「あ、いや何でもねー」
「いぇ何でもありませんわ」
『寂しい者同志だもんな』
『寂しい者同志だからですよね』
俺はあいつにお前の面影を感じる。
どうしようもなく優しく、包み込んでくれるような。
馬鹿やっても笑いながら付き合ってくれるところも似ている。
どうしてもお前を忘れられないんだ。
あいつをお前に見たててるんだ。
本当どうしようもない。
お前は何処に行ったか知らねーけどさ。
今度は独りで居なくなるなよ。
私はあの人にあなたの面影を感じるんです。
何も考えて無いように見えて本当は私のために考えてくれているところとか。
寂しい時には側にいてくれて独りになりたい時は独りにしてくれるような。
あの人にあなたを見たてているんですの。
やっぱりまだあなたの影は色濃く残ってたみたいですわ。
[心の在り処]
私が誰だかわかりましたか?
当ててみてください
何人にも該当するように作りました
[辿る少女]
次作へのプロローグです
天龍×龍田と見せかけて天龍×熊野なんです
[壊れかけの少女達]
もっと百合百合すればよかったと後悔。
もしかしたら書き加えるか続編を書くかも。
この話は龍田を失った天龍(辿る少女より)と鈴谷を失った熊野(次作より)の共依存のストーリーでした。
このSSへのコメント