潮「過入力」 提督「過出力」
周りから蔑まれてばかりの提督ととある艦娘が出会い、病んでいくお話。はーとふるなラブコメです。
どうも、がっくらです。巷ではヤンデレが流行っていると聞いたので、書いてみます。
更新は例によって不定期です。
「――いい加減にしたまえ!」
大本営の一室に怒号が響く。
元帥は激怒していた。
「いつまで長引かせるつもりなのだ貴様は!本来あの海域は一ヶ月もあれば制圧できるはずだ。しかしどうだ?攻略開始からどれだけたっているか言ってみたまえ、梧桐(あおぎり)少佐」
「は……半年、であります」
梧桐は戦々恐々としながら、震える声でそう答えた。
「そう、半年だ。半年もだ!」
元帥は怒鳴り、震えるこぶしを机を叩きつけた。茶の入った湯のみが倒れ、机上を濡らした。しかし、それに気づかないほどに元帥は怒っていた。
「貴様のおかげでどれだけ作戦遂行が滞っているか……」
「しかし今の敵戦力は半年前と比べて倍以上です!こちらの戦没者は増えるばかりで――」
「黙れ!援軍を送れるならとうの昔に送っとる!それができないから短期決戦で制圧しろと言っていたのに貴様は……」
「ではどうしろというのですか!このまま玉砕しろとでも言うのですか?」
「最悪の場合、やむを得まい」
「そんな……」
梧桐はある鎮守府の提督だ。前任の提督が戦死したため、その後釜として急遽一年前に着任した。しかし、彼自身は特に優秀ではなく、単に人手不足で白羽の矢が立っただけのことである。 大本営は梧桐を実践を通して学ばせるつもりだったが、彼の飲み込みの悪さは人一倍だった。結果、遅々として海域攻略は進まず、今に至るわけである。
「ではくれぐれも、よい報告を期待しているよ、梧桐少佐」
「――はっ。必ずや攻略してご覧に入れましょう」
梧桐は敬礼をして、部屋を後にした。その目には涙が浮かんでいた。
(くそっ……どうしてみんな僕を責めるんだ)
昔からそうだ、と梧桐はひとりごちる。何をやっても、誰も褒めてくれない。認めてくれない。話しかけられれば罵詈雑言の嵐。努力は報われる、なんて嘘っぱちだ。現にいくら頑張ってきても、今味方と呼べる人は一人しかいないのだから。
唇を噛み、うつむきながら歩いていると、正面から聞きなじみのある声が飛んできた。
「提督、お疲れ様です……どうかされましたか?」
梧桐のケッコン艦にして唯一の味方、正規空母『赤城』は軽く首をかしげて、「泣いておられるようですが」
「はは……元帥殿にこっぴどく叱られてね」
「そうでしたか……でも珍しいですね、提督が泣くなんて。そんなに怖かったんですか?」
「まあ、ね。でも、鎮守府にいるときは泣けないから、今だけはいっかな、って」
梧桐は力なく笑った。
赤城には、そんな梧桐が今にも消えてしまいそうなくらい磨り減っているように見えた。攻略も進まず、鎮守府の艦娘たちは口が悪い娘ばかりとくれば、こうなるのも仕方がないのかもしれない。
「帰る前には泣き止んでくださいね」と、赤城は帰路の小型輸送機のタラップを踏みながら言った。
ああ、と梧桐は返事して、赤城と共に輸送機へ乗り込んだ。
座席に座ると、二発のレシプロエンジンがスタートされ、プロペラが回り始めた。機体が動き始めたと思うと、一瞬の浮遊感の後にゆったりと離陸した。滑走路は見る見るうちに小さくなっていき、ついには地上の有象無象の一部となった。
高度六千。雲の上まで到達した機体は上昇を止め、水平飛行へと入った。護衛の零戦は白い翼を赤く染め、空の一部となっていた。
赤城はふと窓の外を眺めた。太陽が沈むにつれ、眼下に広がる雲が次第に茜色から群青色へと変わっていった。海上で戦う赤城には、それがいつもみる夕日より美しく、神秘的に感じられた。
(搭乗員の妖精さんは、いつもこんなに綺麗な空を飛んでいるのかしら――)
今が戦中であることを忘れさせるくらい、凪いだ空だった。いつまでも飛んでいたいような、そんな空。でも、日もいつかは落ちるもの。気がつけば辺りは夜に包まれていた。
赤城は小さなあくびをしながら、腕時計に視線を落とした。ヒトハチサンマル、鎮守府に着くまでまだ相当な時間がある。
(ちょっと眠いわね……)
朝から提督と動きっぱなしだった赤城は、猛烈な睡魔に襲われていた。勝手にまぶたが下がり、意識が遠のいていく。せめて、と赤城は最後の力を振り絞って座席を少し倒し、眠りに落ちた。
スゥ、スゥ、と寝息をたて始めた赤城の横で、梧桐は腕を組み、口をへの字に曲げて思い悩んでいた。
(帰りたくない……)
梧桐は、赤城を除いて自身の艦娘が苦手だった。本当に口が悪いのだ。もちろんそのベクトルは艦娘によって違ったが、その一言一言が梧桐の精神を削っていった。ひょっとして前任の死因は戦死じゃなくて自殺なのでは、と疑ってしまうほどに、梧桐にとって苦痛の毎日だった。
だからこそ、弱みを見せるわけにはいかなかった。たとえ無能といわれても、せめて意地だけはあるところを見せてやりたかったからだ。もっとも、それがいつまで続くかは怪しいところなのだが。……なにはともあれ、今は海域攻略が優先事項だ。情勢は厳しいが、やらねばなるまい――やれるのか?こんな僕に。
「やるしかないんだよ……」
梧桐は腕に力をこめ、思い切り歯を食いしばった。かみ合わせの悪い歯から、ギチチ、と耳障りな音が鳴った。
~鎮守府・執務室~
「……ただいま」
(――って、誰もいないか)
マルフタマルマル、深夜の鎮守府に人気はない。何か起きない限り艦娘たちは普通の生活を送るため、この時間は皆就寝中だった。梧桐は執務室の明かりをつけ、椅子に座り込んだ。体重をかけると、その年季の入った椅子は、キィと軋んだ。
こんなに静かな鎮守府はいつぶりだろうか――梧桐は胸ポケットから出した安物の煙草を吸いながら、ふと思った。着任してからというものの毎日が忙しくて、ここから窓の外を眺めたことすらなかった。趣味だった絵描きも止め、慣れない仕事と『女性のみ』という特異な環境に翻弄される毎日。だが果たして、僕がそこまでして得たものは何かあっただろうか?よい人間関係も築けず、海域攻略も上手くいかない。そして毎日叱られてばっかり……こんな現状があるばかりで、他には何もない。何もないのだ。
深海棲艦は増え続けるが、こちらの戦力は減る一方。殉職か、解任か――どちらにせよ、僕は近いうちにここを去ることになるだろう。その日が来るまでは『頑張る』他ない。
――頑張る?これ以上、何を?
(……これ以上考えるのはやめよう)
梧桐はすっかり短くなった煙草を灰皿に捨て、寝室へと向かった。部屋に入るとそのままベッドに倒れこみ、布団に包まった。しかし、妙に眠気のとんだ頭は、思考を止めようとはしなかった。
『頼れる人』がいたら、どれだけ救われるのだろうか。今の僕には想像もつかない。それに、僕にそんな人はいない。
赤城は一見頼れそうに見えて、違う。彼女はあまりにストイックすぎて、仕事的には頼れても、精神的には頼れない。
そもそも、『人に頼る』とはどうすればいいのだろう。
わからない。
……とにかく、眠ろう。無理にでも睡眠はとらないと。
ああ、憂鬱だ。
目が覚めたら、またあの長い、過入力な日常がはじまるのだから――
「――いい加減にしなさいよ、このクズ!」
執務室にドン、という鈍い音が響き渡る。
駆逐艦『霞』は憤っていた。梧桐のあまりの要領の悪さを見かねてのことだった。肩を怒らせて「何度言ったら分かるのよ!本ッ当にありえない……一昨日私が言ったこと覚えてる?はっ、覚えてないわよね、出来てないんだから。あのね、はっきり言うけど、この程度のこともできないようじゃ司令官失格よ」
梧桐はただ黙って、霞の説教を聞いていた。
このような光景は梧桐の鎮守府では珍しいものではない。むしろ、これが梧桐にとっての『日常』なのだ。秘書官は週ごとにローテーションされる。今週は霞の担当だった。
「大体アンタはね――って、ちょっと、聞いてるの?」
人差し指を小刻みに机に叩きつけながら、霞が訊いた。
「ああ、聞いてる」
「じゃあなんで出来ないのよ」
「――僕に聞かないでくれ」
「はあ?」
「僕だって頑張ってる!霞が思っているよりずっと努力しているんだ!なのに出来ないんだ!自分でも不思議でたまらないんだよォ……っ!」
梧桐はうつむいたままそう叫び、泣いた。霞は少し戸惑ったように眉を八の字にして、目線を少しずらした。
「何よ……泣き落としでもするつもり?」
「ううぅ……だったら霞がやればいいじゃないか!そんなに文句ばかり言うんだったら、自分で好きなようにやればいいじゃないか」
霞は軽くため息をつくと、梧桐の頬を両手で挟んで顔を自分の顔の前に持ってきた。そして、さっきまでの口調とは打って変わって、子供に言い聞かせるような口調で話し出した。
「あのね、私はあんたにできるようになってもらわなきゃ困るの。そりゃこれくらいの書類なら私が一人で片付けたほうが早いかもしれない。でもね、そうやって誰かに頼っていて、もし私たちが――沈んだら、アンタは今のまま一人でやっていける?私はそれが心配なの。いざというときにこれくらいは出来てもらわないと、増援が来る前に深海棲艦に殺されちゃうわ。いい?アンタは確かに無能よ。でも、それに甘えちゃだめ。常人より能力が劣るんだったら、それを埋め合わせられるだけの努力をしなさいな。アンタは言ったわね、『頑張ってる』って。足りないわ。まだ足りない。そんなこといってる暇があったら、書類のひとつも終わらせなさいな。あのね、私は別にアンタをいじめたいわけじゃないの。だから、分からないことがあったら聞いてもいいんだから……ね。いい?」
「あ、あぁ……」
「さ、説教は終わり。執務の続き、ガンガン行くわよ。ついてらっしゃい!」
そうして二人は執務を再会した。梧桐にとって今日の執務は、今までより少しだけ上手くやれそうな気がした。
(私、甘いわね……)
霞はそんな梧桐を見て、少しだけ唇をほころばせたのだった。
~食堂~
「やっと終わった……」
すっかり疲れきった様子で梧桐は食堂のテーブルに突っ伏していた。時刻はマルサンマルマル、もうお昼というには遅い時間で、梧桐以外に人気はなかった。
(さすがにもう誰も来ない……よな?)
そう、梧桐はあえてこの時間を選んだのだった。極力艦娘とのエンカウントを避けたいために、昼食の時間をわざわざずらしたのだ。
辺りをキョロキョロと見回し、さながら泥棒のように忍び足で券売機へと向かう梧桐が、五百円玉を投入して『カレーそば』を押そうとした時だった。
「おっ、提督じゃん。もしかして、今から飯?」
梧桐の指が、『カレーそば』を押したまま固まる。食券と共にお釣りの二十円が乾いた音を立てて出てきたが、それを取る余裕は梧桐にはなかった。
(嘘だろ!なんで摩耶がこんなところに!?)
完全に予想外だ。こんなとき、どうすればいい――?まずは返事をせねば。
「お、おう、まあね。摩耶もか?」
「ま、そんなところだな!小腹が空いちまって……へへっ」
まず第一段階はクリア。しかしこのままでは一人きりの静かな食事が取れない。なんとか黙ってもらわないと……。
梧桐は左手を尻ポケットに突っ込んだ。さっきのお釣りも合わせれば残金五百二十円。パフェ一個くらいならいけるか――?
「……何か、おごるぞ?」
梧桐がギクシャクした面持ちでそう言うと、摩耶は目を輝かせて「マジで!?じゃ遠慮なく!」
パフェとカレーそばの食券をカウンターに出して、二人は近くの席に着いた。提督はそわそわとどこか落ち着きがない。
「どした提督。トイレでも近いのか?」
「え?い、いやぁ、そういうわけじゃないが――」
「違うのかよ……ま、別にいいけどさ」
別にいいのか……しかし、出来上がるまでの時間をどう過ごそうか。正直言って、摩耶とはあまり話したことがない。もはや自分の中では艦娘=辛辣という式が出来上がってしまっているため、こちらから話しかけるのはためらわれる。
梧桐はそんなことを考えながら、無意識に煙草に火をつけていた。
「へー……提督って、煙草吸うんだな」
「あ、すまん。嫌だったら止めるが――」
「いや、いいんだ。あたしも実は吸ってるし」
摩耶はそう言うと腰のポーチから煙草を取り出そうとしたが、その中にライターは入ってなかった。仕方なく箱から一本だけ取り出すと「提督、火ィ貸してくれねえか」
「ん?ああ、良いぞ……って、ありゃ、すまん。僕もちょうど切らしたところだ」
梧桐の取り出した百円ライターにはもうオイルが残っていなかった。
少々の間のあと、摩耶は少しだけ目をそらしてぽつんと呟いた。
「ああ……んじゃ、ソレでもいいや」
「え?ソレって――」
「ほら、くわえてるだろうが!」
「……ああ!」
何かを納得したようで、梧桐は「ほい」と自分の吸っていた煙草を差し出した。しかし、当の摩耶は口をへの字に曲げて、『違う、そうじゃない』とでも言いたげな顔をしている。
「提督よぉ……そこは咥えたまま火を貸すところだろ」
「え――そうなの?」
「漫画とか見たことねぇのかよ……まぁ、サンキューな」
(ちょっとでも期待したあたしが馬鹿だった……)
無事煙草に火をつけ終えると、摩耶はドカッと椅子に座りなおした。少しして、お互いが吸い終えたタイミングで注文していたパフェとカレーそばがテーブルに運ばれた。
互いに無言のまま、食事が始まった。梧桐にとっては願ってもない状況なのだが、摩耶にとっては少々つまらないものだった。
パフェを三分の一ほど食べたところで、摩耶が口を開いた。
「そいや提督、なんでこんな時間に飯なんか食ってんだ?」
「ゴフッ」
「うわっ!きったねぇ……何吹いてんだよバカ!」
「う、すまない……」
「――で?なんかあったのか」
「……いや、執務が長引いたんだ。霞にこってり絞られてしまってね」
「あー……あいつ、めちゃくちゃ厳しいもんな。朝からご苦労さん」
「はは、提督になってからもう一年もたつのに、何も上手く出来なくてなぁ……迷惑ばかりかけてしまって」
「確かに、指揮はヘタクソだし、執務はトロいし、提督には向いてないかもな」
「う……」
「でもよ、提督。逆に考えてみれば、この海域を攻略さえしちまえばもう勝ちみたいなもんだぜ。あとは本体が突入して前線を押し戻してくれるだろうし、それまでの辛抱だ」
「……ついてきてくれるのか?こんな僕に」
「当ったり前だろ?あたしの提督はあんたなんだからさ」
「――ありがとう」
この日から、摩耶は梧桐の『話せる人』の一人になったのだった。
「――はーッ、終わったぁ……」
「お疲れ様です、提督」
フタサンマルマル、徹夜の執務を終えた梧桐は糸が切れたように机の上に突っ伏した。
目の下には酷いクマができ、瞳には生気がない。髪は脂ぎってぼさぼさになり、顔だけを見ればおおよそ浮浪者と言われても違和感はないだろう。
だが、貫徹した梧桐とは違って、秘書艦の赤城は普通に睡眠をとっていた。梧桐の鎮守府はお世辞にも戦力が充実しているとは言いがたいため、秘書艦になった場合は執務と戦闘、どちらもこなさなければならない。そのため、いつ起きるかもしれない戦闘に備えて、睡眠は絶対に必要だった。
「はは、もうこんな時間か。飯を食う気力もないや……」
梧桐は傍らから錠剤のビンを取り出し、水もなしに中身をすべて飲み込んだ。
赤城は怪訝そうな顔をして「何の薬ですか、それ」
「ただの胃薬だよ。ストレス性の胃潰瘍なんだ」
「効くんですか?」
「ただの気休めだよ。飲まないよりはマシだと思って」
力なく笑う梧桐。この表情を赤城は知っていた。
「……やっぱり、海域攻略の件ですか?」
「それもある。けど、ぶっちゃけると一番は駆逐艦の子達が原因だったり」
「――やっぱり、つらいですか?あの子達の相手は」
赤城の質問に、梧桐は苦笑いした。
「まあ、ね。でも、彼女たちは悪くないんだ。何も出来ない僕がダメなだけなんだ」
「そんな……提督は十分頑張ってます!自分を卑下するのは止めてください」
「……じゃあ聞くけどさ、今こうやって苦しい状況になっているのは誰のせいだと思う?赤城」
「っ、それは……」
返答に詰まる赤城を見て、梧桐はどこか悲しげな表情だった。
赤城でさえも、この問いには即答してくれなかった。『提督のせいではありません』と。知ってはいたが、やはり傷つくものだ。信じていた人から裏切られる感覚というのは、こんな感じなのだろうか。今でもいっぱいいっぱいなのに、こんな感情、知りたくなかった。陰口を言われるよりも、面と向かってなじられるよりも、よっぽどつらいじゃないか……。
「僕は、どうすればいいんだろうな……」
梧桐の呟きに、赤城はばつが悪そうにただうつむいている。
消灯の鐘が鳴り、鎮守府内のすべての電灯が落ちていく。それは執務室も例外ではなく、やがて明かりは窓からの月明かりのみとなった。
梧桐の、狭く、頼りない背中が暗闇に映し出される。小さなころから罵倒や蔑みにさらされ続けたその背中は、少しでもダメージを通さないように、丸く、硬くなっていた。
「僕が死ねば、後任の提督が攻略してくれるかな――」
震える声でそう言った梧桐の頬には、いくつもの濡れた線が奔っていた。
それを横目で見つめる赤城は、ただただ無表情を顔に湛えていた。
梧桐は、遠征組の帰還を出迎えに埠頭へ赴いていた。彼自身、この行為はあまり気が進むことではなかったのだが、こうしないと遠征組が怒るため、こうして仕方なく来ているのだった。
待っている間は特にすることがないので、梧桐はいつも桟橋の端に腰掛けて釣りをしていた。唯一の息抜きといっても過言ではなかった。大体は何も釣れずに終わるのだが、ごくまれに何かしら釣れることがあった。もっとも、その八割方は空き缶やタイヤ、長靴などのゴミなのだが。
「……早く帰ってこねぇかな」
この日も例に漏れず、右手に煙草、左手に釣竿をもってのんびりとしていた。ここ最近は深海棲艦の動きがないため、遠征を繰り返して攻略のための資源を集めていた。だから今日の『出迎え』はこれで五回目だった。
「新しい艦娘、欲しいなぁ――」
梧桐の鎮守府は、とにかく人手が足りなかった。度重なる出撃と撤退により、かつては七隻ほどいた艦娘も現在は五隻のみで、艦隊編成のスタンダードである六隻編成が組めない状態だ。
補充のための建造をすると、今度はそれを動かす資源が足りなくなる。このジレンマを解消するためには、援助を受けるか遠征をして貯めるかの二択なのだが、残念なことに、大本営にはこの鎮守府に艦隊を差し向けることは出来なかった。戦線の関係上、梧桐がこの海域を攻略しない限りは援助も差し向けられないという、またしても難しいジレンマにこの鎮守府は陥っていた。時折潜水艦のモグラ輸送によって資源は送られてくるが、それもまた微々たる物だった。
「……ん?」
梧桐がうとうとしていると、左手の釣竿がピクッ、と震えた。
軽く引いてみる。今までにない、重い感触。びくともしない。もしかしたら、初の大物かもしれない。
そんな淡い期待を抱きつつ、梧桐は渾身の力をこめてリールを巻いた。暴れてはいないようだが、今までに見たことがないくらい釣竿がしなっている。
(負けるもんか――!)
「うおおおおおおおおおお!!!!!」
全体重を乗せて、後ろに倒れこむように引き上げる。豪快な水しぶきと共に吊り上げられたのは、真っ白な物体。軽く人一人分ほどの大きさだ。ソレは細い手足があって、長い黒髪で、胸には気高い双丘が……って、胸?
「え」
よく見ると針が引っかかっているのは――艤装!?
なんてこった。
艦娘を『釣り上げ』てしまった――
「むぐ」
梧桐はそんなことを思いながら、自身の釣り上げた艦娘に押しつぶされた。
「……何やってんのよクソ提督」
そしてそれは曙ら遠征組にばっちり見られたのだった。
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「これでひとまずは安心かな」
釣り上げた艦娘は損傷が激しく、意識もなかった。梧桐はその艦娘を背負ってドックへと走った。通常は服を脱いでから入渠するものなのだが、一刻を争うと判断した梧桐はそのまま入渠させた。これで、轟沈していない限りはどんな傷でも癒すことができる。
「……で?結局あの子は誰なのよクソ提督」
「私は別に誰でもいいわ。戦力が増えるのはいいことだし。タダで駆逐艦が手に入ったのなら儲けもんじゃないの」
「よかったわねクズ司令官。これで服歴書に『特技は艦娘釣り』って書けるじゃない」
ドックから出てきた梧桐を待ち構えていたのは、遠征組の曙、満潮、霞だった。
梧桐はドックに置いてあった小型の端末を操作しながら「ううん……データベースを見る限りは、トラック所属の駆逐艦『潮』って艦娘らしいけど」
「はぁ?なんでトラックの艦娘がこんなところにいるのよ」
「そんなこと僕に聞かれても――」
「ねえ司令官、ここ最近のトラック泊地の作戦行動とか調べられる?」
「ああ、ちょっと待って……うーん、大規模なのは無かったみたいだけど」
そう言って梧桐は満潮に端末を手渡した。そこには各作戦の概要や参加艦艇、それによる出撃の戦果や損害等などが詳しく記されていた。曙と霞は横からそれを覗き込んでいたが、不意に曙が声を上げた。
「ああーっ!思い出した!」
「……何よ急に」
「潮よ!この子、あたしの姉妹艦なのよ」
満潮は冷めた目で「ふーん、で?」
「で、って……それだけよ、悪かったわね」
「喜ぶのはいいけど、戦いに私情は挟まないでよね」
「そのくらい、わかってるわよ……」
バカ、と零すと曙は口をつぐんでしまった。
「それに、まだ生きてるのなら元いたところに返してあげないと」
と、追い討ちをかけるように霞が嫌味っぽく肩を叩いた。
このままでは喧嘩が始まりかねないと思った梧桐は、話題を切り替えるように潮のことを曙に尋ねた。
「あー、曙。その、彼女はどういう艦娘なんだ?性格とか」
「え!?……うん、そうねぇ、とにかく『優しすぎる子』よ」
「優しすぎる……」
曙は昔を懐かしむように唇を緩めた。
「そう――あの子はね、普段はオドオドしてるけど、誰よりも正義感が強かった。昔、『誰かを守るために志願して艦娘になった』って言ってたわ。小さい頃に両親を深海棲艦に殺されたみたいで……」
もう何年も前の話だけどね、と曙は視線を斜め下に落とした。
「だとしても、よ」
腕を組んで右手を顎に当てながら霞が言った。「なんでこっち方面に来たのかがわからない。いくら近いといってもこことトラックの間には敵の防衛線が敷かれているのよ。いまだに攻略できてないのに、そんなところを単艦で突破できるはずないわ。というかそもそもなんで単艦なのよ、仲間に見捨てられでもしたのかしら――」
霞が半分独り言のように呟いていると、あっ、という満潮の声がドック前に響いた。何かに気づいた様子で、「ここ見て、司令官」と端末を梧桐に見せた。
「何々、『戦没者一覧表』……?これが、どうかしたのか?」
「もうっ!だからここ見てって言ってるでしょ」
満潮が指差したのは、新しい順に並んだ表の一番上だった。
「――『駆逐艦潮、行方不明』?そりゃ今ここにいるわけだから行方不明だろうけど――」
「だ、か、ら!そっちじゃなくてこっち!」
満潮は耐えかねたように声を荒らげると、これでもかというほどある一点を指差し、端末を梧桐の顔にぐりぐりと押し付けた。
「いい?他の艦娘の欄には沈んだ作戦名が書いてあるけど、この子には無いの!しかも、さっきのトラックの出撃表だと、この子はここ最近出撃してないわ。つまり、駆逐艦潮は、何かしらの作戦からはぐれたわけでも見捨てられたわけでもないってこと。わかった!?」
「(み、見えん……)は、はいぃ……」
わかりゃいいのよ、と満潮は持っていた端末を梧桐に返した。曙と霞は、そんな二人のやり取りを困惑と苦笑いが微妙に入り混じった表情で見ていた。
梧桐から数歩離れ、満潮は首だけを向けて「で、どうするの?トラックに連絡入れる?」
梧桐は少し考え込んでいたが、いや、まだやめておくよ、と返事をした。
「まずは話を聞いてみよう。満潮の口ぶりからすれば、彼女はどうもワケありのようだし」
「そうね、そうしたほうがいい。戦果こそあげてるけど、トラックの提督は前からきな臭いわ。もしかしたらあの子から何か聞き出せるかも」
「厄介ごとに巻き込むのは勘弁してよね、満潮」
「……あっそ、なら仕方ないわね。私と司令官の二人で聞き出すから」
「えっ……ちょ、ちょっと待ちなさいったら!やるわよ、私もやるっ!」
そんな必死な霞を見て、満潮と曙はニヤニヤと笑っている。
霞は顔を真っ赤にして「アンタたち、その顔は何なのよ!あっ曙!アンタはどうなのよ。やるの?やらないの?」
「えー?あたしはぁ、『姉妹艦として安心させる』ていう役割がありますしぃ~?だれかさんとちがってぇ、クソ提督と一緒にいたいから、ってわけじゃありませんしぃ」
「何よそのむかつく態度!いい加減にしなさいったら!」
顔をゆでだこのように真っ赤にした霞が曙に跳びかかる。曙はそれをひらりとかわし、霞をあざ笑った。
「無様ね霞。素直になっちゃえば楽なのに」
「アンタにだけは言われたくないわ!」
(『一緒に居たい』ってところは否定しないのね……)
このままでは色々マズいと思った提督は、手を叩いて「三人とも、僕のせいで時間を取らせてすまなかった。疲れてるだろうから、自室でゆっくりお休み。彼女の入渠が終わったらまた呼ぶ。以上、解散!」
曙と霞はしばらく睨み合ってたが、フンッ、とお互いそっぽを向くと、そのままどこかへ行ってしまった。満潮は、そんな二人を見て軽くため息をつき、自室へと戻っていった。
「さて――」
色々と忙しくなりそうだ。
胸元から煙草を取り出しながら、梧桐は入渠の残り時間の時計をしばらく見上げていた。
『あー、あー。曙以下先ほどの遠征組は、至急ドック前に集合せよ。繰り返す、遠征組は至急ドック前に集合せよ』
鎮守府中に梧桐の少し高めの声が鳴り響く。梧桐の釣り上げた艦娘――駆逐艦『潮』――の入渠が終わったのだ。今か今かと待ちわびていた三人が集合するのには三分とかからなかった。
「さて、とうとうこの時がやってきたわけだけど……まずは曙、その、頼めるか?」
問いかけられた曙は少し戸惑った顔をして「え、何をよ」
「いやその、潮の状態をな、先発隊として――ほら、姉妹艦だし、いきなり僕が行くのもアレだし」
「……ま、それもそうね。わかったわ、私が行く。大丈夫そうだったら一回戻ってくるから、クソ提督たちはそのときに来て頂戴」
「わかった。大丈夫だとは思うが、一応気をつけてな」
ええ、と返事をして、曙は颯爽とドックへ入っていった。
手持ち無沙汰な梧桐は、手癖で胸ポケットの煙草に手をかけた。その直後、「ちょっと!」という声が霞から飛んでくる。
(そういえば、霞は煙草だめだったんだっけ……)
梧桐自身もその動作は無意識だったが、吸おうとしていたのは事実だった。かけていた手を戻し、梧桐は腕組をしながら視線を床へ落とした。
なんとも言えない、無味乾燥な時間が過ぎていく。三人はただただ無言で曙の帰りを待っていた。
もしや曙の身に何かがあったのでは。そんなことを三人が思い始めた矢先だった。
「お待たせ。とりあえず入って」
ぶっきらぼうにそう言うと、曙はきびすを返して再びドックへと戻ってしまった。三人は顔を見合わせた。
「とりあえず、行こうか」
「……そうね、そうしましょ」
温泉チックなのれんをくぐり、更衣室に着くと、そこには先ほど三人を置いてけぼりにした曙がいた。その後ろ手に何かを握っている。
少しの間のあと、曙が口を開いた。
「クソ提督にはこれを着けて潮と話をしてもらうわ」
曙は梧桐に近づくと、梧桐の手に何かを握らせた。それを見て、梧桐は戸惑いを感じずにはいられなかった。
「――これは?」
「アイマスクよ」
即答だった。
梧桐には、なぜ自分がアイマスクを手渡されているのか理解できなかった。そしてそれは、傍らにいる満潮と霞も同じだった。
どうしていいかわからず、梧桐は手元のアイマスクに落としていた視線を曙に向けた。その目には「早くしなさいよ」とでも言いたげな顔が映るばかりであった。
曙はなにも語らない。口を真一文字に結んで、梧桐がアイマスクを着けるのを待っている。梧桐は、そんな曙のことをじっと見つめている。二人の間に、謎の緊張感が漂い始めた。お互いに、動こうとはしない。まさにそれはチキンレースのようであり、霞と満潮はその二人の空気感に呑み込まれていた。
永遠とも一瞬ともとれる時間が経ち、梧桐の首筋から汗が滴り落ちたその時、ドックへつながる扉が開いた。
「あのー、曙ちゃん、まだかかる……?」
バスローブを纏った駆逐艦『潮』は、扉から顔だけを出しておずおずと問いかけた。しかし、ひとたび梧桐の姿を認めると、その栗色の大きな瞳ははちきれんばかりに見開かれ、ぷっくりと血色のよかった唇は蒼白になり、わなわなと震えだした。膝からは力が抜け、潮はその場に座りこんでしまった。
(――まずいっ!)
曙の反応は迅速だった。あっけに取られている梧桐の手からアイマスクを瞬時に取り上げると、足をかけて床に組み伏せ、梧桐の顔にそれを着けた。そして耳元でそっと囁いた。
「クソ提督、潮は男の視線がダメなの。だからおとなしく着けてて頂戴」
「あ、あぁ……わかった」
(近い近い近い!)
曙の甘いシャンプーの匂いが梧桐の鼻孔を刺激する。そもそも梧桐にとっては女の子とここまでの超至近距離で接したことが初めてだったため、抵抗をするどころの話ではなかった。もっとも、理由を聞いた時点で抵抗する気はさらさら無かったのだが。
曙が梧桐の上に乗っかっている、そんな状況を、霞はいいオモチャを見つけたヤンキーの様に口角を釣り上げた。
「ふーん、曙ってば大胆なのねぇ」
霞のささやかなあてつけはしかし、曙の羞恥心に火をつけるには十分だった。瞬く間に曙は茹で上がった。ギクシャクとした動きで梧桐から離れると、恨みがましげな目を一瞬だけ向けて、潮の元へ駆けていった。
梧桐は床に倒れたまま動かず、曙は真っ赤になりながら潮の介抱をし、霞はしたり顔でニヤニヤしている。そんな中、満潮だけがこのカオスな空間に取り残されていた。
(……どうしてこうなった)
そして冷静なのもまた満潮だけだった。梧桐のそばにしゃがみこむと、顔を人差し指でつつき始めた。
「ちょっと司令官?生きてる?」
……へんじがない、ただのしかばねのようだ。
満潮はおもむろに立ち上がり、梧桐のわき腹を蹴り上げた。
「ぐおっ!?」
梧桐が苦悶の声を上げる。どうやら生き返ったようだ。満潮はジト目で見下しながら「司令官のせいで大変なことになってるんだけど、なんとかしてくれない?」
「その声は満潮か?助けてくれ!何も見えないんだ」
今日、この瞬間ほど心底バカらしいと思ったことはなかった。それが意味するところはすなわち、まともなのは自分だけだということだった。
満潮は手刀で霞を昏倒させ、梧桐の襟首を掴み、落ち着きを取り戻した潮と曙の元へ引きずっていった。
二人を近くにあったいすに座らせ、ようやく、事情徴収が始まった。
「あのっ、実は私、脱走兵なんです!」
開口一番、潮の口から飛び出してきた言葉は衝撃的なものだった。
確かに謎めいた漂流ではあったが、まさか脱走とは……憲兵に突き出されれば銃殺刑は免れない。でなくとも敵の防衛線を単艦突破するなんて正気の沙汰ではない。何かよっぽどの理由と覚悟がなければできないことだ。
「しかし、何でまたそんなことを……理由を聞かせてくれるかい?」
梧桐はおそらく潮のいるであろう方向に訊ねた。対面しているとはいえ梧桐はアイマスクをしているため、相手の表情は見えない。声色で聞いていい質問かを判断するしかなかった。
「えっと……私のいたトラックはいわゆる『ブラック鎮守府』でした。艦娘の酷使轟沈は当たり前、『勝つためなら手段をいとわない』がモットーみたいで、轟沈した艦娘の四肢をかき集めて新しく艦娘を造ったり……そんな深海棲艦まがいのことまでやってました」
無表情な潮から紡ぎだされるあまりに悲惨な現状。三人は皆、絶句していた。潮はかまわずに独白を続ける。
「トラックには腕のいいドクトル――マッドサイエンティストがいました。白衣は血みどろで手足は細長くて、いつも瓶底めがねをかけていて、少女趣味で……悪魔みたいな人です。限界を訴えた艦娘はみんなその人の実験材料になって、廃人になりました。でも、本当に腕だけは確かで、ドックの空きが無いときはドクトルが艦娘の治療をしてましたし、手術をすれば駆逐艦でも戦艦の艤装を背負えたりしました。さっき言ったかき集めの艦娘もドクトルの所業です」
潮はそこで一息ついてから、再び話し始めた。
「ある日、提督がある計画を発令しました。それは全艦娘を『モジュール化する』というものでした」
「もじゅーるか……?」
聞きなれない単語に首をかしげる曙に、満潮が得意げに「規格化されて、交換可能ってことよ」
「つまりどういうことよ」
「……そんなの知らないわよ、調べたらそう書いてあっただけだし」
そんな二人を横目に、梧桐は潮に続きを促す。
「モジュール化……つまり、艦娘の艤装や四肢、ひいては身体そのものを交換可能にしようとした、ということです」
「……具体的にはどういうことを?」
「言葉のままです。艦娘の関節や神経系を機械化して、『交換可能』にしたんです。そうすれば駆逐艦を空母にもできますし、腕や足が吹き飛んでもすぐに交換修復が可能になります」
「だとしたら、その処置をされた艦娘は……どうなる?」
反応はない。梧桐は思わず粘つくつばを飲み込んだ。喉に張り付いて、不快だった。
「――一人だけ、見たことがあります。手術室から出てきたその子は、泣いていました。『何も感じない』って」
「何も感じない……?」
「ええ。味覚も、嗅覚も、痛覚も、触覚も、喜びも怒りも悲しみも楽しみも、視覚と聴覚以外の感覚は全て。自分でも何で泣いているかわからない、って言ってました」
恐ろしい。ただただ恐ろしかった。ソレはすなわち艦娘を『機械化』することと同義だ。感情と痛覚の無い兵士は最強の殺戮マシーンと化すだろう。それはまるで――
「まるで、深海棲艦みたいじゃないか……」
潮は静かに頷いた。
「怖かったんです。私までああなってしまうのかと思うと、居ても立ってもいられなくなって――自分を失うくらいだったら死んだほうがまだいいって思って、それで逃げ出してきたんです」
双方共に沈黙が続いた。トラックで起きている事は、予想よりも遥かに筆舌に尽くしがたいものだった。しかし、ただでさえ戦力の足りない梧桐にこの問題をどうこうすることは不可能だった。それに、今トラックが崩壊したとなれば戦線は瞬く間に押し戻され、攻勢計画は無に帰すだろう。
梧桐は歯噛みし、改めて自身の無力さを痛感した。そして、頭は冷静だったが、『この娘だけでも守らねば』という思いが腹の奥でふつふつと滾ってくるのがわかった。
今更だが、と梧桐は訊ねる。
「よかったのかい?誰とも知れない僕にそんなことをしゃべってしまって。僕は君を憲兵に突き出すことだってできるのに」
すると潮はくすりと笑って「大丈夫です、曙ちゃんが『クソ提督だけど悪い人じゃない』って――」
「わーっ!わーっ!ちょ、潮ストップ!それ以上言わないで、お願い!」
曙が慌てて潮の口に手で蓋をする。例によって霞は吹き出しそうになっていた。そしてお決まりのように二人は潮をほっぽりだして取っ組み合いを始めた。
「ま、何はともあれ、あんたはここで地獄まで戦ってもらうわ。その覚悟はある?」
潮の肩に手を置き、満潮が問いかける。
「拾ってもらった命です。潮、もとよりその覚悟です」
芯の通った声で潮は答えた。満潮は安心したように微笑すると、励ますように肩を軽く叩いてその場を離れた。
「着替えはそこのロッカーにあるわ。もしかしたらサイズ合わないかもしれないけど我慢してよね」
「あ、ありがとうございます、えっと――」
「満潮よ、よろしく」
「……はい!満潮さん!」
「――報告は以上です。あの、もう下がってよろしいでしょうか……」
「あ、うん、いいよ。お疲れ様」
潮はおずおずと扉に向かうと、後ろ手で扉を開けて退室した。
あれから一ヶ月、潮は未だに梧桐の前で長話をすることができなかった。正確には『男性の目線に耐えられない』といったところだろうか。元々男性恐怖症のきらいがあった潮は、艦娘になりたてのころはそもそも提督とまともに会話することさえ不可能だった。周りのサポートもあって一時は克服したものの、ドクトルの品定めするような視線に耐え切れず、再び発症してしまった形だ。頭では『悪い人ではない』とわかっているのだが、それでも体は震えだし、頭の中は真っ白に塗りつぶされてしまう。潮自身は梧桐のことは嫌いではなかったし、むしろ今まで会った男性の中では一番好きなまであったのだが、そんな事情で行動に移せずにいたのだった。
(潮、どうすればいいんでしょうか……)
潮は扉の前で独りうなだれた。胸に手を当てても、その答えは返ってはこない。
今はこうして目隠しをしてもらって、報告後すぐに切り上げることで何とかなってはいるが、きっとこのままでは何も進まないだろう。でも、他に『どうすれば』……?同じ質問を何度も自分に投げかける。でもやっぱり答えは出なくて、悔しくて――こんなに男の人と『話したい』って思ったのは初めてなのに、何も行動に移せない。そんな不甲斐ない自分に苛立って、悲しくなって、やっぱり悔しくて……でも、体は動いてくれない。思考は何回もループして、まるで一曲しか入ってないCDを何度も聴いているような、そんな気分だった。
すっかり意気消沈して、潮がその場を立ち去ろうとしたときだった。執務室から梧桐の話し声がかすかに聞こえてきた。不思議に思って潮は耳を澄ましてみたが、よく聞こえない。そこで執務室の扉を数センチほど開けると、梧桐は電話をしているようだった。内容まではよく聞き取れなかったが、梧桐が『すいません』と何度も口にしていることから、おそらく海域攻略の件だろうと潮は検討をつけた。そして一分ほどすると、ガチャリ、と受話器が置かれる音がかすかに聞こえた。今度こそ部屋に戻ろうと腰を上げたが、何かが叩きつけられる音と梧桐の搾り出すような叫び声に脚が竦み、潮は中腰のまま動けなくなってしまった。
「クソッ、クソッ、くそォ……っ!どうして、どうしてこう、何もかもうまくいかないんだよ、何が悪いんだよ、どうすればいいんだよ!僕だって、いつ死ぬかわからない中で頑張ってるのに、何で誰も認めてくれないんだ?僕にこれ以上どうしろってんだよ!僕だけでこれ以上何をすればいいんだよ……!」
梧桐の、心からの絶叫だった。潮はまぶたの裏が熱くなってくるのがわかった。
自分だけではなかった。提督もまた『どうすればいいのかわからない』。でもその意味は私と比べるべくもない位、重く、深い。他の艦娘たちは知っているのだろうか、提督がここまで追い詰められていることを。――たぶん、知らないのだろう。提督はこの感情を表には出さない。私が、私だけが知ってる提督の秘密。ああ、なんて甘美な響きなんだろう。今はまだダメでも、いつかきっと……いや、近いうちに提督と話せるようになりたい。そして私自身も強くなって、提督の隣に――
「……潮、そんなとこで何やってんの?」
声を掛けられ、潮は我に返った。目の前には、訝しげな目を向ける曙。潮は慌てて取り繕うように「えっと、ちょっと立ちくらみしちゃって……」
「……どっかに座ってたの?」
曙はますます怪しがる。
「あ、そそそのね、ご、ごみ!そう、ごみが落ちてたからしゃがんだらクラッときちゃったの!」
「……そうなの?」
「そうなんです!」
「そういうことにしとくわ――あ、クソ提督」
「ひゃあぁぁぁっ!?」
素っ頓狂な潮のリアクションに思わず曙はふふっ、と笑った。
「冗談よ。ま、せいぜい頑張りなさい、潮」
曙は潮の頭を少々がさつに、しかし勇気付けるように撫でた。一瞬だったが、潮にはそれがとても温かく感じた。
(でも……)
曙ちゃんは、まだ提督を罵倒する癖は治ってないみたい。もしそれが提督――梧桐さん――の苦悩の原因のひとつだとしたら……?
潮から、先ほどの温もりが自身の表情と共に抜け落ち、代わりに艦娘としての姉に対する憎悪が血液に運ばれ、指の先の隅々まで巡っていく。
そうだ、コろセ。沈メテシマエ。酷く冷め切った声が脳内にこだまする。それは紛れも無く私の声で、私の意思。私の理性の門を何度もノックしてきているけど、今はまだ開けるわけにはいかない。提督の一番の悩みの種である『海域攻略』をすることが、今の私にできる一番のこと。そしてそれは六隻過不足無ければいけない。つまり今ハ曙ちゃんを殺しテはいけナい。
……あれ?何で私、曙ちゃんを『殺そう』としてるんだろう。
「――よくわからない、です」
翌日、艦娘たちは作戦会議室に集められていた。最近は遠征ばかりでこの部屋が使われることは少なかったが、ここに集められたということは、いよいよもって出撃するのだということを皆、感じ取っていた。梧桐は全員が着席したのを確認すると、静かに口を開いた。
「ようやく敵中核艦隊の居場所がつかめた」
会議室がざわめきに包まれる。梧桐はそれを「静かに!」と黙らせた。
「それに伴い、わが艦隊は全力出撃。これを撃滅し、えー、悲願の海域攻略を成し遂げんとするもの、である」
「言い慣れてない感が半端じゃないわね……」
満潮があきれた様に軽く首を振る。
「……やっぱり?」
皆、頷いていた。梧桐は羞恥で顔を少し染めながら、誤魔化すように咳払いをした。
「とにかく!これを叩けば敵の指揮系統は壊滅。後は雑魚掃除だけになる。そうすればとうとう海域攻略で大本営からも文句は来なくなる、ってことだ」
霞はしらけた顔で「アンタねぇ、そう言ってて前もダメだったじゃない。今度こそ勝算はあるんでしょうね?」
「……もちろん、だ」
(うわぁ……すっごく心配)
霞から目線をそらして返答をした梧桐に、この場の誰もがそう思った。
「だ、大丈夫ですよ霞ちゃん!前とは違って、ちゃんとルート開拓もしてますし、錬度も装備もある程度は充実しましたから!ね?」
そんな不安げな空気を打ち払うように、赤城は顔の横で右手の人差し指を立てながらそう言った。霞も、そうよね、大丈夫よね、と自分に言い聞かせるように首を縦に振った。
「作戦は明日の早朝マルロクマルマルに開始とする。資料は赤城から受け取ってくれ。以上、解散!」
梧桐は手を叩いて作戦会議を切り上げると、そそくさと会議室を後にした。
「しっかし大丈夫かぁ?提督の指揮で。今回は今までの小競り合いとはわけが違うんだぜ?」
眉をひそめながら赤城から資料を受け取る摩耶。数ページの薄っぺらな資料を手渡しながら赤城はウインクした。
「大丈夫よ摩耶さん。今回の指揮は旗艦の私が全指揮を取るから」
「お、それなら安心だな!今回はいけそうなきがするぜ!」
赤城の一言に、後ろに並んでいたほかの艦娘たちも安堵する。ケッコン艦の一言はやはり重みが違う。
梧桐の指揮は決して上手いとはいえない。むしろ下手な部類である(ゆえにこれだけ攻略が遅れているのだが)。そんな梧桐の指揮より赤城のほうが安心できるというのは当然であり、全艦娘の総意でもあった。
――ただ一人、潮を除いて。
「潮、まいります!」
凛とした掛け声と同時に、潮の体は桟橋の端に雑に取り付けられたカタパルトによって弾き出された。急激にかかる風圧とGで体をのけぞらせながらも、訓練の賜物というべき姿勢制御で着水。勢いを殺さぬよう慎重に機関の出力を上げると、足の艤装が白波を立てて潮に浮力と推力を付与する。背中に背負われたランドセル大の煙突からは、機関快調の証である黒煙がもうもうと立ち上り、そして後ろへと流されていく。
少しだけ出力を上げ、艦隊と合流。巡航速度十八ノットで赤城を中心とした輪形陣を組みあげる。赤城はこの艦隊で唯一の航空戦力――矛であり盾、そして目――のため、絶対に被弾させるわけにはいかない。しかしながらあくまでも一隻のみであるため、敵機動部隊との接触は極力避けねばならなかった。よって取るべきルートは南よりのルートなのだが、そこは天候が安定せず、万一スコールに巻き込まれれば艦載機の発着艦は不可、敵の全天候型の艦載機に袋叩きにされる可能性があった。だが、このルートの何よりの問題は、原因不明の磁気嵐によって羅針盤が使い物にならなくなるという点だった。方角がわからなくなれば迷子になったも同然であり、燃料が尽きてそのまま魚のえさに……ということも十分ありえる。
たとえそこを抜けたとしても、敵中核艦隊の編成は戦艦四隻、駆逐艦二隻の強力な水上打撃艦隊であり、まともに殴り合って勝てる相手ではない。そこで昼戦は赤城によるアウトレンジ戦法で敵戦力を削り、重巡洋艦摩耶率いる水雷戦隊での夜戦で仕留める、というのが今回の作戦であった。
「なあ潮」
潮の左斜め前にいる摩耶が速力を落とし、話しかけてきた。通信用のインカムを使わずに、わざわざ口頭で、である。
「今日の海、何かおかしいと思わねぇか?」
「え……?」
唐突な質問に、潮は思わず気の抜けた声を出した。しかし摩耶は沈んだ声色のままだった。
「あまりにも『凪ぎすぎて』るんだよ。いつもはもっと荒れてるのに」
「でも、航行しやすくていいと思いますけど……」
「それは、そうだけどよ――」
そのとき、摩耶の十三号対空電探が反応を示した。対空電探は防空巡洋艦である摩耶が一番高性能なものを積んでいたため、発見は早い。摩耶は読み取った内容を即座に報告する。
「対空電探に感あり!左四十度、百キロ……大編隊だぜ、こりゃあ――」
インカム越しに、皆が息を呑む音が聞こえる。緊張を断ち切るように赤城は了解、と返事をすると、「零戦を上げます。進路そのまま、各艦、対空戦闘用意!」
上空の直掩機が緑地に日の丸が描かれた翼を翻し、高度を上げて敵編隊の迎撃に向かう。その間にも赤城からは零戦が続々と発艦している。それを眺めながら、摩耶含め他の艦娘たちは今か今かと敵機の来襲を待ち構えていた。
十分ほど経ったあたりで、とうとう誰の目からも見える位置まで敵機がやってきた。どうやら零戦隊とやり合っている最中だということがわかる。報告によれば、敵は少なくとも百機以上の大規模な戦雷爆連合だが、新型の機影は無し、とのことだった。
「だいぶ数は減ったようですが――」
「撤退する気は無いみたいね」
敵爆撃編隊はその数を大きく減らし、全体の三分の一程度の損害を被っていた。通常なら撤退もやむなしの損害だが、深海棲艦に撤退の二文字は無かった。人類にある『死生観』というものがそれらには無く、故に恐れを知らない。文字通り決死の戦いを常にしているのだ。この攻撃続行の判断もそんな価値観の表れだと言えた。
やがて敵編隊が高角砲の射程圏内に入り、上空に次々と弾幕が張られる。零戦隊は巻き込まれないように退避し、敵直掩機との戦闘を続けている。爆風に機体を四散させながら、なおも果敢に艦隊に迫りくる。
熾烈な高角砲の弾幕を潜り抜けた敵雷撃機十機は、海面を這うように艦娘たちへと向かう。それと同時に急降下爆撃機十五機もダイブブレーキを展開し、連なるように翼を翻して爆撃体勢に入った。目標は赤城と摩耶。駆逐艦には目もくれず、それぞれに均等な配分で同時に攻撃を仕掛ける。
ダイブブレーキの奏でる耳障りな音に混じって、より大きく、甲高い音が摩耶に落ちてくる。それは対空を生業としてきた彼女にとって聞き覚えのあるものだった。
(趣味のわりぃヤローだ、ジェリコのラッパなんか着けやがって……)
「――ナメんなぁ!」
接近されたため、高角砲での攻撃を止めて機銃で応戦する各艦。特に防空巡洋艦である摩耶のハリネズミの如き機銃群から放たれる弾幕は、自身に向かってきた敵機を瞬く間に粉砕し、爆撃雷撃共に直撃弾をゼロに押さえ込んだ。しかし、外れた爆弾は派手な水飛沫を立てて摩耶の周りを覆いつくし、彼女の視界を奪う。
「クソッ、赤城は?赤城は無事か!?」
ザザッ、というノイズの後、霞の張り上げる声が摩耶のインカムに入った。
「……弾一!繰り返す、赤城直撃弾一!されど航行に支障なし!」
「なんとか乗り切ったか……」
敵編隊は攻撃を終え、撤退を開始した。零戦隊の損害が大きいために追撃はさせなかったが、敵攻撃隊はほぼ壊滅状態。再攻撃はおそらく不可能だろうという判断のもと、赤城は傷ついた零戦隊の収容作業を始めた。
損害は、赤城が主機に直撃弾一、至近弾三(小破)、摩耶が至近弾二のみ。いずれも戦闘に大きな支障をきたすものではなく、駆逐艦四隻に至ってはまったくの無傷だった。これは彼女たちにとって幸いというほか無いだろう。
普段より大きい夕日を背景に、艦隊は再び輪形陣を組みなおし、敵主力艦隊を目指す。時刻はヒトロクマルマル、出発から八時間後の出来事だった。
あまりにも平穏な海であった。
赤城率いる攻略艦隊は、先の空襲を最後に一度も攻撃を受けることなく敵中核艦隊の出現予想海域にたどり着いてしまった。
そのあまりのあっけなさに艦隊の誰もが訝しんだ。これは敵の罠なのではないか、と。しかし辺りに敵影は見当たらない。ソナーにも何も引っかからない。索敵機も飛ばしてはいるが、いまだ報告は無い。
「まさか無血開城、ってわけじゃないでしょうね」
どこか落ち着かない様子で曙は呟いた。満潮は大げさに手を振って「ないない」とジェスチャーを返す。そんな彼女のソナーに一瞬だけ反応があったが、誤差程度のよくあるものだったため、特に気にすることは無かった。
時刻は早朝などとっくに過ぎて、ヒトヨンヒトマルでの事だった。
「――索敵機より入電!『ワレ敵艦隊発見セリ。戦艦四、及ビ駆逐艦、方位三〇、距離二〇〇、進路一二〇、速度二三ノット』!」
「……こっちに向かってきてんじゃねーか!」
思わず素っ頓狂な声を上げる摩耶。しかしそれは興奮も入り混じったものだった。
ついに念願の敵中核艦隊と相対するのかと思うと、皆、一気に緊張感が高まる。
そんな艦娘たちを静めるように、赤城は冷静に指示を出していく。
「我が艦隊は直ちに反転。敵艦隊との距離をとります。それと同時に私の攻撃隊を出し、アウトレンジ戦法を仕掛けます。その後追撃が必要な場合は、摩耶さんを旗艦に水雷戦隊を編成、夜戦にてこれを撃滅します。質問は……ないですね。では、反転!」
赤城の号令と共に、艦隊は一糸乱れずUターン。赤城は攻撃隊の発艦を始めた。
胴体下部に九一式航空魚雷を抱え、身重な流星が敵を撃滅せんと次々に発艦してゆく。第一次攻撃隊総勢二十機は瞬く間に発艦を終えて、敵艦隊のいるであろう方角へと飛び立っていった。
「今私たちにできることは、攻撃が上手くいくことを願うだけ、ですね」
振り返って攻撃隊を見送りながら、潮はぽつりと言った。
「そう、ね。できれば戦艦となんて、やり合いたくないもの」
曙はそう言って目線を足元に落とした。心からの本音だった。
~~~~~~~~~
「――そんな」
「嘘、ですよね?赤城さん」
潮の問いに、赤城は顔を上げることさえできなかった。
第一次、第二次攻撃隊は度重なる敵航空隊の攻撃を受け壊滅。アウトレンジ攻撃は、帰還機ゼロに対して敵戦艦一隻中破のみというまさかの結果に終わった。
「敵空母はこちらにはいない」という前提が完全に裏目に出た結果だった。
皆、厳しい表情をしている。重い空気の中、摩耶がゆっくりと口を開いた。
「……どうすんだよ。敵艦隊はロスト、航空戦力はゼロ、日はまだ沈まず。それに空襲のオマケつきときたもんだ。たぶん敵はケリをつけにこっちへ向かって来てると思うぜ?」
「撤退すべきね。作戦は完全に失敗した。ここで無理したって大した結果は得られないわ。帰ればまた来られる。おとなしく引くべきよ」
満潮はそう言って、こぶしを手が白くなるほど握り締めた。曙も「賛成」と手を挙げる。他の艦娘も口にこそ出さないものの、その目は皆同意の意を示していた。だが、霞の反応だけは違った。
「ここまで来て撤退?ふざけないで、私は認めないわ。航空隊はやられたけど、私たちは五体満足。なんで撤退する必要なんかがあるのよ。ここまで無傷で来られるなんてめったに無いから、このチャンスを逃したくないの。機動力を活かせば私たちにだって勝ち目はある。至近距離で魚雷を撃てばほぼ確実に撃沈できる」
「口で言うのは容易いわ。でもね、あと二時間無傷でいられる保証なんてどこにも無いのよ?あんたはそれでも留まるつもり?」
「満潮たちこそ、このまま無事撤退できると思ってるの?道中には空母がうろちょろしてるのよ。敵中核艦隊を潰して指揮系統を混乱させない限り、無事では済まないわ」
「うぬぬ……!」
「ぐぬぬ……!」
二人が額をこすり付けあい、一触即発な雰囲気になっていたその時であった。先頭を務めていた摩耶が、頬を引きつらせて最悪の事実を告げた。
「……前方に敵艦の反応あり。どうやら霞の案が採用されそうだな」
艦隊に一瞬の静寂が訪れた。時間にして数秒後、赤城がぼそりと呟いた。
「――私が、囮になります」
潮が息を呑んだが、誰も異は唱えなかった。丸腰の赤城にできる最善の行動はそれしかないと心でわかっていたからだった。
「距離二万、敵射程圏内!クソッ、こうなったらやってやらぁ!」
摩耶が叫ぶ。その声に鼓舞されたかのように艦隊は増速、一直線に敵艦隊へ突っ込んでいく。
「私はここで敵の注意を惹きつけます。ご武運を」
敬礼をし、赤城は単縦陣から離脱。以後は囮としてただひたすら敵弾を避け続けることになる。だが、赤城は最高速こそでるものの、大型艦の為小回りは利かない。かなりの被弾は確実だったが、それでも赤城は持ち前の技量で囮としての役割を十二分に果たしていた。その甲斐もあってか、艦隊は予想されていた苛烈な迎撃を受けることなく、敵の懐に潜り込むことができた。赤城にばかり気を取られすぎていた深海棲艦の失策であった。
敵艦隊はル級四隻と駆逐ニ級。ル級の内一隻はフラグシップと呼ばれる強力な個体だった。霞と曙はソレに狙いを定め、身を屈めて一気に加速。文字どおりの肉薄攻撃を仕掛けた。
「「はああああああっ!!」」
二人はほぼ同時に魚雷を発射。計六本の魚雷は、図らずも十字砲火となってル級を襲った。
直後、爆発。巨大な水柱が立て続けに上がり、ル級を包み込んだ。戦艦とはいえ魚雷を何本も耐えられるわけではない。ル級フラグシップは轟沈。ちょうど同じくらいに摩耶と満潮もル級を屠った為、残りは三隻。これで数的アドバンテージは艦娘側が得たことになる。
「……なかなかやるじゃない」
霞がふっと笑った。
「あんたもね、霞。……くやしいけど」
曙は少しだけ目線をずらし、唇をとんがらせた。
普段はいがみ合ってた二人に芽生えた、奇妙な友情だった。
しかし世の中そう上手くいくものではなく、とうとう赤城が大破した。前の空襲で被弾していた首機が不調を起こし、被弾、大破したのだ。
「すいません、私はここまでです。後はよろしくお願いします」
赤城が申し訳なさそうに謝ると、摩耶が「護衛に潮をつける。後はあたしたちに任せて、提督ン所に行ってやりな」
「……はい!」
そうして赤城と潮は艦隊を離脱、帰路へとついた。
~~~~~~~~~~
「――ひとつ、聞いても良いですか」
「なにかしら?」
日もすっかり暮れたころ、潮は赤城に問いかけた。
「赤城さんは、あの、提督のことって、どう思ってますか……?」
この質問は潮にとってとても気になるものだった。梧桐のケッコン艦である赤城は、どれだけ梧桐のことを理解しているのだろうかという、ある意味では品定めのようなものだった。
赤城は少し考え込んだあと、ぽつりと言った。
「悪い人ではないんだけど、やっぱり執務とか指揮はもっと頑張ってほしいわね。作戦がよかったら、ここはもっと早く攻略できてたはずですし、執務だって毎日深夜ギリギリまでつき合わされるのは正直つらいですし……あ、今のは提督には内緒にね?」
赤城は誤魔化すように右の人差し指を立てた。しかし、潮の返事はない。軽くうつむいたまましきりに何かを呟いている。
「……潮、ちゃん?」
どこか様子がおかしい。薄気味悪ささえ感じる。気になる赤城だったが、とりあえず戦闘に支障はないだろうと思い、そっとしておくことにした。
「……にも……てない」
なにもわかってない。
いったい何なのだろうか、この女は。
ケッコン艦だというのに、何一つとして提督のことを理解していない。
提督は頑張っているのだ。これ以上無いくらいに。
わけもわからないうちに提督になって。
誰にも頼れない状況から独りで頑張って。
毎日上司から責め続けられ、罵られ、催促されて。
それでも提督たるべしと折れずに頑張って。
それなのに「もっと頑張って」など誰が言えるのだろうか。
今の提督に必要なのは、「頑張れ」じゃなくて「頑張ったね」なのに。
その一言さえこの女はかけてあげられない。
今、確信した。
提督の重荷になっているあなたは――
(……ソナーに感あり。目標は――やっぱり赤城さん。でも、この雷跡じゃ当たらない)
敵潜水艦の放った四本の魚雷は当てはずれな方向へ進んでいった。潮はそれを見届けた後、敵潜の射点の方角に移動した。赤城から見てほぼ真後ろである。
そして潮は魚雷を発射した。何のためらいもなく、無表情に。魚雷はスルスルと赤城へ向かっていく。そして着弾する直前に潮は赤城を呼んだ。
「赤城さん」
「――え」
「さようなら」
――あなたは、イラナイ。
私のほうガ、提督にふさワしい
提督ハ、梧桐さんは、私ノモのなの
大丈夫、あナタの分まで、提督ヲ愛シマす
だから、安心して沈んでいてください。
翌日の鎮守府に、赤城はいなかった。
つづくよ!
お久しぶりです。なかなか忙しくて更新ペースがこんな感じになってしまいました。すみません。
ヤンデレってこんな感じだったっけ?と自問自答しているがっくらでした。
今頃新作に気がついてしまった…!(ダンッ
がっくらさんのヤンデレもの…どんな感じになるのか楽しみですね。
更新、作者様のペースで頑張ってください、陰ながら応援しています。
1人の読者として、続きをwktkしながらお待ちしております。
缶@提督様>コメント等ありがとうございます!
続きを待ってくださる読者様がいるということは、これ以上ないモチベになります。マターリ更新していきますので、のんびりお待ちください。
更新お疲れ様です。
現実霞みたいに言われると引きこもれる自信あるおっさん。
つんでれって個人的には叢雲までが許容範囲・・・・。
霞まできつくなると避けてしまいそう・・・。
ゆっくり更新おまちしております。
T蔵様>コメントありがとうございます!
かく言う自分も、霞は改ニで少しマイルドになってから育て始めたクチでして…w
ただ、彼女の厳しさは良き司令官になってほしいが故に…って気もしますね。
更新楽しみにしています。
なんでだろう、この提督には物凄く共感出来てしまう(ー ー;)
更新頑張って下さい。
真.名無しの艦これ好き様>コメント等ありがとうございます!
決して悪い人ではないけれど、指揮官としては失格。そんな『弱い』提督を意識して書いてます。人望があって、悩みがなさそうな完璧超人な提督では歪みそうにありませんからね。
ちょっと、釣竿もって自宅近くの海に行ってきます・・・・。
T蔵様>コメントありがとうございます。
艦娘、釣れると良いですね(ニッコリ)
この物語はここからやっと動き出します……多分。
あぁ…艦娘釣りたいです…(なお釣り経験はほぼ皆無)
うっかりE-1甲クリアしてしまった私ですが掘り頑張ります…
それにしても強運の持ち主ですねw連続ドロップとはw
更新、作者様のペースでゆくりまたーりと。
お待ちしております。
9番様>コメントありがとうございます。
ドロップしたときには小躍りしましたねさすがに。
更新は気長にお待ちください。
更新乙でございます。
U堀やってますけど出ないもんですねー。
まだ始まったばかりなんでこれからですが。
目だった成果はないでございます。
IマスでとれるU、26、401以外は全部でましたが・・・。
Uくだち!
T蔵様>コメントありがとうございます!
生憎ユーは余剰がありません故……お互いがんばりましょう!
どこのサイズが合わないんですかねぇ?
13番様>コメントありがとうございます!
どこって、そりゃあもちろん…ええ、そうですとも
気づくのがもっと早かったら更新してくれたのかな…
15番様
暇とモチベが確保できなくて更新できてませんでした…
まだ待っててくださっているかは分かりませんが……近々更新するかも、です…