2017-07-07 21:06:36 更新

概要

北上さんと提督のそれぞれの一生です。


前書き

 結婚をした北上さんと提督、数十年の結婚生活を経て団欒の中で過去を回想するお話し。



「ほいっ、お茶~。」


「んっ?よくわかったな。丁度喉が乾いていたんだよ。」


「ふふっ、長い付き合いだからねぇ。」


 俺が鎮守府で勤めはじめてはや数十年、戦争は終わる気配がない。そして秘書艦、いや、妻と言うほうが正しいか、そんな北上との付き合いも数十年が過ぎた。互いの指にはカッコガチの指輪が光る。


 思えば今まで色々なことがあった。


   ■


 士官学校時代、上官たちは俺たちに、艦娘は「兵器」だと、「人」とは思うなと耳にタコが出来るほど言った。

 

 そうして彼女らを機械的に扱える人間を作ろうとしたのだ。


 そして例に漏れずそんな教育を受けた俺たちは、冷酷で冷徹な人間へと変わっていったものだった。


「これから、この鎮守府を任されることになった○○だ。励むように。」


 今でも黒歴史となった当時の記憶をありありと思い出せる。度重なるオリョール、少ない資源での特攻紛いの作戦、負傷し使えなくなった艦娘たちの強制解体。ゾッとする。

 

 それでも俺はこんな悪逆非道をやってのけた。ただ無感情に、ただ冷徹に。


 

 そんな日が続くなか、彼女は、北上は着任した。


 もちろん当時の俺は彼女に対して特別な感情を抱いてはいない。今まで通り「兵器」として擦りきれるまで使う、そうとしか考えていなかった。


「この鎮守府を任されている提督の○○だ。明日から早速作戦に加わってもらう。資料に目を通しておけ。」


 いつも通りの台詞。これを言うと大抵の者は会話などをせずに真っ先に資料へと目を落とす。


 今回もそのはずだった。だが


「ちょっと待ってよ。今日、着任したばかりだよ?全然ここに慣れてないんだからさぁ、慣らしの意味も込めて明日は休みにしてほしいな。やっぱりコンディションは良くしとかないとだし。」


 「「慣れる」?何を人間みたいなことを」、当時の俺はそう思う。しかし、コンディションを良くしておかなければならない、これは「兵器」にも言えることだ。口答えされてるのも忘れて、考え込んだ末に許可を出す。後にも先にも当時の俺が艦娘の要求を飲んだのはコレだけかもしれない。


 彼女はとにかく変わったヤツだった。


 どんなに酷い扱いをしても俺の後ろに付いてきて、何度特攻紛いの出撃をさせても、笑顔だった。


 そんな彼女を見ていて次第に俺の心は変わっていく。


 だが俺はそんな、そんな自分を受け入れることが出来なかった。


「あっ、提督。おはよ~。」


「あっ、ああ…。」


 「人」だと思いそうになる自分。


「…んっんん、出撃だ。これに目を通しておけ。」


「はいよー。…えっ?ちょっとこれじゃキツくない?」


 「兵器」だと思い込もうとする自分。


「うーん、まぁ何とかなるか。頑張るよ。ふふふっ、提督も執務がんばってねー。」


「…。」


 この二つの矛盾が俺の胃と心を痛め付ける。



 そして限界は訪れた。



「おはよ~。」


「…。」


「提督ー、たまには何か返事してくれても良いじゃん。つれないなー。」


「…。」


「ねぇ提督ー。」


「…さい。」


「んっ?」


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさあァァァァい!!」


「!?」


  バチーン


 乾いた音が響き渡る。


「北上さん!大丈夫ですか!」


 大井が飛ぶように駆けつける。


「やっ、やってくれましたね。さすがに限界です。こっ、殺しちゃっても良いですよね。」


 そう言って大井は魚雷を構えた。


「ま、待って大井っち!」


 北上の制止を振り切り、一発二発と魚雷が打ち込まれる。





 目を覚ますとベッドの上だった。


「グッ…。何とか生きていられたのか?」


 正直生きていることが不思議でならなかった。


 体を起こすとベッドに伏せて寝ている北上が目に入る。


 …そう言えば、夢、を見ていたなぁ。どこか懐かくしくて暖くて、そして誰かを必死に救おうとする誰かの夢を。


 ふと彼女を見つめると、頬に涙の痕を見つけた。 


「…今まですまなかったな。お前は、お前たちはやっぱり「人」なんだな。」


 夢のせいで、いや、夢のお陰でこんなことを言う気持ちになれた。


 彼女のお陰で決心がついた。


「…んぁっ、んっんん、あっ、おきたー?」


「ああ…。」


 眠たそうに顔を上げた彼女の頬を痛々しくガーゼが覆っている。


「すまなかったな。」


 無意識だった。こう言って彼女の頬へと手を伸ばす。


 彼女は少し驚くと


「…大丈夫だよ。」


 そう言って涙を流した。


  

   ■



「ここからの数年間は提督業よりも、艦娘たちとの関係の修復に費やしたんだったなぁ。」


「そうだったねぇ。大井っちを口説き落とすのに一体どれくらいかかったんだろうねぇ。」


「うわっ!聞いてたのか。」


「そりゃ同じ部屋にいたら嫌でも耳に入るよ。」


「…。」


 艦娘は歳を取らない。したがって外見も服装以外は変化をしない。お陰で彼女を見るたびに昔を思い出す。だが彼女は持ち前のフランクさで俺に責任を感じさせない。もしあの艦娘が北上じゃなかったらと思うとゾッとする。


 モンモンとそんなことを考えていたせいで、いつも以上に彼女を愛しく感じた。


「提督、どうしたの?黙りこくちゃって。」


 いつも以上に愛しく感じたついでだ、俺は彼女を抱き寄せる。


「うわっ!ビックリした。どしたん急に?」

 

「いや、何となくな。」

 

「…んっ、ふふふ。」


 回した自分の腕の指輪が目に入る。


「…そういえば、これについても一悶着あったなあ。」


「…。」





      ■





 あれは関係の修復があらかた済んで、今のような鎮守府が出来始めたときの事だった。


「何だ?重要書類?」


 普段から重要書類何てものは大本営からわんさか送られてくるが、その日それに目が止まったのは訳があった。


「これは、指輪、か?」


 そう、書類にプラスしてその封筒には指輪が入っていたのだ。


 前情報も何もない状態でいきなりの指輪だ。唐突過ぎて困惑した俺は、思わず側にいた青葉に


「これ何だと思う?」 


 聞いてしまった。うん、言ってから思った。しくったなって…。


 指輪を見た青葉は俺から書類ごとそれらを奪い取ると


「ほお~、なるほどなるほど。ふっ、ふふふふふふふ!あははははは、良いネタが出来ました!ありがとうございます!あっ、これ返しますね。それでは!」


「おっ、おお…。えっ?ちょっと待て…。ちょっと待てェェェェェェェェ!!!」


 迂闊だった。まさか側に居たのが青葉だったとは…。クッソ、追い付けねぇ。


 


 …て言うかこれ何が書いてあるんだ?反射的に追いかけたけど、どんな内容なのか知らないぞ。


「…。」


  ‘ガサッ’


 封筒には



‘ 提督諸君に告ぐ。そろそろ君達の鎮守府に練度がカンストした者が現れたことだろう。そこでさらなる戦力上昇のためにある装備を送る。今後も精進するように。’




 手紙が入っていた。


「まだ続きが有るなあ。」




 ‘あと、そのだな…、装備がそういう形の物になってしまったのはだな…。うちの優秀だが素行不良の女技術員がだな、ちょっと目を離した隙にだな…、クソッ、「兵器に情は要らん」とあれほど言ったのに…。何が「かわいそう」だ、何が「少しくらい人らしいことさせてあげなきゃ」だ!ふざけやがって!


 …え?あ、い、いたの。何?何でそんな目でこっちを睨んでくるんだ?何だ?その振り上げた拳は?な、何で近づいてくるんだ?や、止めろ!来るな!来るァァァァァァァ!!!’




 …手紙だよな、これ。


 まあいい、それは置いといて、別にもう一枚紙が、婚姻届けが同封されていた。


「…なるほどなるほど、結婚、か。うーむ…。」


 正直に言うと、彼女たちに受け入れられる気がしていなかった。関係修復をしたといってもやはり、過去の因縁とでも言おうか、それのせいで今だに艦娘達と俺との間に壁が有るように感じていたからだ。


「はあ、青葉の宣伝で彼女たちがどう動く見てからだな。」


 取り敢えずその日は寝た。




 〈次の日〉


 起きると隣に榛名が寝ていた。


「榛名さん?」


「おはようございます、提督。いいえ、あなた。」


「え?」


「え?」


 部屋を出ると


「おはようございます、あなた。朝ご飯出来てますよ。温かいうちに食べてくださいな。」


 大和がいた。


「あっ、ああ…。」


 席につく俺。そして箸を取り…


「あなた…。この女は何?」


 榛名と大和が鉢合わせた。いきなり険悪な雰囲気だ。


「それはこちらの台詞です。」


 

 口論が続く。そして次第に矛先は俺に…。



「「提督がはっきりしないから!!」」 


「…。」


 俺は困惑していた。さすがにこれは予想出来なかった。…壁は?俺と艦娘との間の壁はどうなった?


「…。」 


 驚きのあまり黙りこんでいると、彼女たちの怒りの矛先は再び互いに向き始める。


 良いタイミングだ。俺はソッと扉を閉じた。



 

 廊下へ出ると加賀と会った。


「まさかこんなに早く会えるとは。さすがに気分が高揚します。」


「ど、どうした?」 


「水臭いですね。これですよ、これ。」


 彼女の指差した先には



 ‘提督、婚約に向けて本格始動!


 なお、相手はまだいないもよう! 今がチャンスだ! 提督love勢であえー!!’


 

 こんな記事がズラーッと隙間なく並んでいる。


「と言うことで、候補はいるんですか?」


「いや、まだ…。」


「んっ。」


 手を差し出す加賀。


「んっ?」


 首を傾げる俺。


 …俺は逃げるようにその場を後にした。



 こんなふうに行く所行く所で結婚について色々言われた。それはもう根掘り葉掘り…。


 

「提督!」


「おう、時雨か。」 


「提督。」


「何だ?」


「結婚の事なんだけど。」


「お前もか…。まだ決まっt」


「僕とだよね?」


「え?」


「僕とだよね?ね?その指輪をはめる資格があるのは僕だけだよね?ね?ね?ね?ね?ネ?ネ?ネ?」


 こんな危ない感じの子まで出るように…。




 〈夜〉


 時がたつにつれて騒ぎは大きくなり、言い寄ってた来た者たちは暴徒と化し、鎮守府は大混乱に陥っていた。


「指輪はわたしのよ!!!」 


「提督は私の者よ!!!!」


「指輪かと思ったらプルタブだったわ。不幸だわ…。」


「Admiral!!!!!!」


「婚期が、婚期がァァァァァァァ!!!!!」


 何回も言うけど、反応が斜め上を行き過ぎていて戸惑いを隠せない。嫌われていると思っていたからなあ。


 あっ、殴りあいが始まってる。…お前ら、そこに指輪はないぞ。

 

 ‘ポンッ’


 肩に手が掛かる。


「提督、いい加減誰か決めて…。」


 北上だった。


「…。」


 そうしたいのはやまやまだったのだが、彼女達への引け目が邪魔をする。


「提督…。」


「…。」


「提督!!」


 彼女の疲れた顔を見て流石に腹を決めた。


「そうだな。…それじゃ北上、受け取って貰えないか?」


「…?」


「…駄目か?まあそうか、そうだよな。今まであんなひd」


「ち、ちがうよ!いや、てっきり君は私なんかに興味なんてないものだと…。」


「そんなことはない!!!す、好きだ…。」


「わ、私も…。」



 そして俺たちはカッコカリではあるものの夫婦となった。




   ■




「本当に色々あったな。」


「そうだねえ~。」


「…。」


「どしたん?」


「好きだ。」


「ふふふ、私もだよ。」




 幸せな日々は続く。




   

  

    ■




 〈数十年後〉


 ‘ヴィーヴィーヴィー’


 警報が鳴る。


『当鎮守府沖にunknown出現、攻撃に気をつけたし。』



「何があった!」


 叫ぶ俺に


「敵とも味方ともつかない艦隊が鎮守府沖を航行中!何か聞いておられますか!」


 誰かが答える。


 鎮守府はパニックに包まれていた。


 タイプunknown、近年こいつらは我らを脅かす脅威であった。味方とも敵ともつかない外見で惑わせ喉元に噛みつく、そんな奴らであった。そしてunknown という程あって、その正体、挙げ句の果てにはその外見さえも定かとなってない。故に、こいつららしき者たちの出現に我らは焦っていた。




 警報は鳴り続ける。


 そして攻撃は始まった。


『砲撃を確認!現段階をもってunknown を敵機と見なす!攻撃へ移行せよ!』


 unknownは案の定強かった。破竹の勢いで鎮守府を目指しやって来る。


「提督もう持たないよ。」


「援軍が来るまで耐えろ!」 


「爆撃、来ます!」


「クソッ!」


 窓の外が光る。


  ‘ドーーーン!!’


「被害状況は!」


「確認中です!」 


「二撃目来るよ!」


 窓に目をやると、近づく弾丸が、迫る死の光があった。思わず俺は北上を庇う。









 目を覚ますとベッドの上だった。傍らには北上が…。デジャヴを感じる。


 違うといえば…




 俺の左腕と左足が吹き飛んでいた。起きることもままならない。


「グッ…」


 遅れて痛みが。


「提督!!!」


「きっ、北上さん!!!ダメですよ!!!」


 俺が意識を取り戻した事に気づいた北上が俺へと飛びかかる。


 …こんな形相の彼女は見たことがない。


「すまない大井。取り敢えず部屋へ北上を連れて戻ってくれないか?」


「わかりました。戻りますよ、北上さん。」


「いやだ!」


「北上さん?」


「いやだ!」


 こんなに必死な彼女は見たことがない。


「北上…。取り敢えず今日は部屋へ戻って頭を冷やして来い。大丈夫、大丈夫だから。」


 やがて彼女はしぶしぶ部屋へ引き上げた。


「行ったか…。グッ…。」


 傷が疼く。あと少し彼女にごねられたらどうなっていたことか…。


 痛みと闘うこと数十分、医者がやって来た。


「す、すいません。鎮静剤か何か打ってください。」


「はい。」


 痛みが落ち着くと、渋い顔の医者が口を開く。


「すいません。話、よろしいですか?」

 

「はぁ、良いですけど。」 


「あの、ですね。そうですね、とりあえず結論から言いますと…。」


 悪い予感がする。


「あと1ヶ月、あと1ヶ月があなたの命です。」


「…。」


 うん、何と言うか、やっぱりかって感じだ。医者が言うには、傷口から入り込んだ異物が俺の体を蝕んでいるそうだ。


「驚いたりしないんですね。」


「仕事柄、いつこういう事があってもいいようにしてますからね。」


「そう、ですか…。今後について何かご希望はありますか?」


「…。」




  〈数日後〉


 俺は再び執務を再開した。当然、移動は車椅子だ。


「代わりにやっとくから、提督は休んでて良いよ。」  


 最近、北上が異常に優しい。だが好意に甘えさせて貰うとするか。正直、限界が近い。鎮痛剤の量も増えた。


「そうさせてもらうかな。」 


「…。」


 

 残りの数十日は、こうして彼女達とかつての日常を送ることに決めた。自分の死を悟られたく無かったからだ。


「ほいっ、お茶~。」


「おっ、ありがと。すまないな。」


 死へのカウントダウンが始まる。 


「疲れたな。そろそろ昼にするか。」


「そうだねぇ。」


 死へのカウントダウンが進む。


「今日はここまでにしとくか。」


「そうだねぇ。」


「寝るかな。おやすみ。」


「おやすみ~。」


 そして、カウントはゼロになった…。





    □ 


  《北上視点になります。》



 その日も、いつも通りだと思っていた。起きて身支度を整えたら「おそよ~」なんて言って、低血圧の提督を起こして、それで楽しく朝ごはんを食べたら一緒に執務をして…。


「提督?」 


 その布団の膨らみは一向に動く気配が無かった。


「どしたの?風邪でもひいた?」


 返事もない。


「ちょっとぉ、返事くらいしてよ~。」 


 …胸騒ぎがした。「そう言えば。そう言えば。」と悪い予感の根拠が次々とわき上がる。


「て、提督?冗談キツいよ。早くしないと布団捲るからね…。」


   ‘バサッ’

 

 彼の痛々しい肢体が露となる。


「提督…?」


 反応が無い。そして肌の色もどこか青白い。


「て、提督…?」


 震える手を彼の顔に伸ばす。


 案の定、彼は冷たくなっていた。


「ウソ…、ウソ、ウソ、ウソウソウソ、イヤ、イヤァァァァァァァァ!!!!!」


 


 ここから先は余り記憶に無い。提督にすがりつく私を、大井っちが泣きながら引き剥がそうとする、そんな光景がうっすら頭に残ってるくらいだ。


 記憶がはっきりしているのは、彼の死が鎮守府中に広まり次々と執務室に艦娘が集まり始めた時からだった。


「ていとく~!!」


「しれぇ~!!」 


 泣き叫ぶ艦娘。


「グスッ…」


「…。」


 目を真っ赤にして涙を堪える艦娘。


 鎮守府は悲しみに包まれていた。



 

 皆がひとしきり泣き続けると、ふと時雨が


「…北上、君は提督の側にいて何も気づかなかったのかい?」


 責めるように言う。


「君のせいで大怪我を負って、それなのに君を側において…。おまけに君とは結婚までしてて。一番長い間側に居たのに、居れたのに、何も気づけなかったのかい?」


 これを口火に、次々と他の艦娘が「お前が!」「あんたが!」と責め立てる。


「違う…。違う…。私のせいじゃ…。イヤッ。やめて。やめて。やめてよ…。」


 私は泣き崩れた。


「皆さん!やめてください!」  


 大井っちが止めに入る。


 それでも叱責は鳴り止まない。遂に艤装を展開する艦娘も現れた。時雨に至っては


「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス!!!」


 もう、収集がつかなくなっていた。


 そして、私は私でパニックに陥っていた。砲門を敵意を殺意を向けられていることにも気づけないでいた。


「ていとく、ていとくぅ…」


   ‘ドーーーン!’


 鎮守府もパニックに陥っていた。


「皆さんやめて。やめてください…。」


 成す術無しに、わたわたする大井っち。私とその他大勢の艦娘の間をウロウロするばかりである。 

 

「ていとくぅ…。」


「まだ君は提督を呼ぶのかい?ふざけないでよ…。君は、君は本当に…。シネェェェェェ!!!!!」


  ‘ガチャッ’


 再び砲門が私を向く。


「そこまでだ!」


 それは突然だった。ドアが開き、そして憲兵らしき品のいい老人が現れた。


「お前たち、何をしている。」


 返事はない。


「はぁ、秘書艦は誰だ。」


「わ、私です。」


「そうか、では執務室へ行こう。話がある。」


 本当は私だった。私だったけど、私はそれどころじゃなかった。気をきかせ、大井っちが返事をしてくれる。まあ、彼女は彼女でこの場から逃げ出したいという思いもあったのだろうけどね…。



 大井っちが再び元の場所へ戻るころには、パニックは収まりつつあった。依然として私は呆然自失といった状態であったけど…。


「傾注!!私は憲兵の○○だ!!君たちの提督から手紙預かっている!!今から渡すから呼ばれたら順に来い!!」


「榛名!大和!時雨!…!…!…!…!」


 そして最後に私が呼ばれた。飛び付くように差し出された手紙を受け取る。


「…すまない?」


 謝罪から始まるその手紙は提督の字でこう書かれていた。


 “すまない、先に逝くことを許してくれ。


 ひとまずこれだけは書いておこうと決めていた。だが、あれだ。いざ手紙を書こうと思うとだな、書きたいことが色々と有りすぎて、全ては書ききれそうにない。

 

 だから、大切なことを1つ書こうと思う。


 俺のことを一切合切忘れてしまってくれ。


 お前たち艦娘は「兵器」で、この戦争の要だ。一人の死に囚われてその役目をまっとう出来ないようでは価値はない。


 だから、もう一度言う。


 俺のことは忘れてしまってくれ。いや、忘れろ。”



「…。」


 愕然とした。


「えっ?これは、どういう…。」


 泣くのも忘れて茫然とする。


「皆、受け取ったな。よし、じゃあ次か。入れ」


 そして新たに二、三人の若い憲兵が現れた。理由はわからない、知らされていない。大井っちを見ると若干顔が青冷めている。


「これから遺品の整理をさせてもらう。…あー、彼はな自分の持ち物全てを処理して欲しいらしいからな、彼の意向通り全てを持っていかせてもらう。いいな、彼の持ち物、持ち物だった物全てを持ってこい。隠したりするなよ、隠したりしたものには厳罰が降されるからな。いいな」


 家探しが始まる。ありとあらゆる物がひっくり返され、love 勢と呼ばれた艦娘は尋問を受ける。私も例外ではなかった。


「これで全てか?」


「…」


 私の部屋にあった彼の私物だけでなく、彼から貰った物、挙げ句の果てには彼との写真までもが、思い出までもが持っていかれる。


 薄れていく彼の痕跡。遂に彼との繋がりは指に光る輪のみになった…。


 指輪を隠すように手を握りしめる。握りしめていたのに…


「北上、指輪も出せ」


「…」


「出せ。これは貴様の夫からの頼みでもある」


「…」


「…出せと言っている。次はないぞ」


「…や」


「北上さん!」


「いやだ!」


「北上さん!」


 艤装を展開する。唯一残ったこの繋がりを奪われたくなかった。彼の存在がなくなかったことにされそうで怖かった。


「北上さん!止めて!」


「拘束しろ!!」


 抵抗も虚しく、私は独房へと叩き込まれる。





 数日後、


「北上さん、お昼にしませんか?」


「…」


「北上さん?」


「…」


 大井っちに言わせると、当時の私は能面のようだったらしい。何に対しても無反応で、ただ息をしているだけ、そんな生活を送っていたそうだ。当時の記憶は朧気ではっきりしていないから私からは何とも言えないけれど。


 …けど、敵に沸き上がる殺意、敵を倒したときの爽快感だけは何故かはっきりと覚えている。


 おそらく、まあ不本意だけど、当時の私は「兵器」だった。腕をもがれても、足をもがれても、痛みを感じないかのように戦い続けた。悲しみをまぎらわすように、自分から欠けてしまった何かを補うように戦い続けた。




 そして時は廻る。


 長い長い戦争は、私たちにいくつもの出会い、そして別れを経験させる。


 長い長い月日が、過去を曖昧にする。


 やがて私は、いつかの悲しみを忘れた。


 忘れたはずだった。成長を共にした男を、誰かを庇って傷つく男を、私を愛した男を…。


 



 時は廻る。


 年を取らない私たちは致命傷を負わない限り死ねない。気がつくと数百年が過ぎていた。


 戦争は終わらない。死の連鎖は終わらない。

 

 一人、また一人と知り合いが消えていく中で割りきることを覚えた。この前は球磨ねぇが消えた。その前は木曾が消えた。けど涙は出なかった。


「球磨ねぇ~!!木曾~!!」


 大井っちが泣いている。けど私に涙は流れない。


 涙が出ない代わりに、最近は夢を見る。もう名前も顔も思い出せない、けど昔、私が好きだったであろう男性が傍らで微笑んでいる夢を…。


  



 時は廻る。

 

 死体の山を積み重ね、体に死臭が染み付き離れなくなった頃、戦争は終わりを告げた。


 結果は痛み分け。互いに深い爪痕を残して終わった。


 虚しさが、ただ虚しさだけが残る。


 少しすると大本営から達しがあった。「お前たちを「人間」にしてやる。これからは自由に生きろ」という主旨のものだ。


 けど、だけど私は…

 

「…さん」


「…さん!」


「北上さん!!」


「…何?」


「大事な話があります」


「いいよ別に…。どうせこれからどうするの?っていう話でしょ。好きにしなよ」


 本当にどうでもよかった。戦争にしか自分の存在意義を見出だせていなかったから…。


「違います」


「?」

 

「違います。覚えてますか?○○○さんを」


「誰?あまりどうでもいい話はしないでくれる?ウザいんだけど」


 そう言うと、大井っちは一瞬驚いた顔をする。そして怒気のこもった声で


「北上さん!あなたは忘れてしまったんですか!私たちの最初の提督のことを!あなたの夫のことを!」


 声を荒げる大井っちに驚く。ただでさえ私に対して優し過ぎて、姉妹が死んだときの私の態度にも普段から大井っちを邪険に扱う私の態度にも一切の怒りを見せた事がなかったのに…。


 私は○○○という名前を記憶の中に探る。


「…○○○」


 胸がザワッとする。


「○○○」


 最近見る夢のあの男性。私が好きだったであろう、いや、好きだった彼の温もりが声が顔が鮮明になっていく。


「…ッ○○○!!」グスッ


 気がつくと涙が止まらなくなっていた。


「思い出されましたか?」


「…」コクコク


「そう、ですか…。そうですか。それじゃ手紙のことは?」


「お、覚えてる」グスッ


「実はその手紙には続きがありまして、提督から手紙を預かっていた例の憲兵さんからその続きを預からせてもらっています」


「えっ」


「戦争が終わったら渡せということだったので、今渡しますね。読んでください」


「…」


 震える手で受け取る私。


 それにはいつか見た懐かしの筆跡で、提督のあの筆跡でこう綴られていた。


‘ 北上へ


 この手紙をを受け取っているのは何年後のことだろうか?数年後か?果ては数十年後か?まあいい、それは置いとこう。


 取り敢えずあれだ、心無い事書いてすまなかったな。無理にとは言はないが、正直これからも記憶の片隅に俺の存在を留めていてくれると嬉しい。


 あとは何を書くかな…。そうだな、やっぱりこれは遺書なわけだし君への愛でも綴っておこうかな。


 常に笑顔な君が好きだ。人懐っこい君が好きだ。君の寝顔が好きだ。君の優しさが好きだ。君の持ち前のフランクさ、ようするに君の性格だな、それも好きだ。…うん、君の全てが好きだ。


 あんま長いのもしんどいだろうからな、ここらで区切ろうと思う。


 あっ、最後に伝えたいことがあった。愛してるよ。結婚してくれ。


 …うん、未亡人にしてしまうのはすまない。すまないけど、やっぱり唾付けときたいじゃん?俺はお前を手放したくない。そうだな、死後も来世もよろしくって意味で結婚してくれ。


 返事はいつでもいい。答えが出たら俺の墓に来てくれ。君に渡したい、いや、返したい物がある。


            ○○○より ’

   



 数日後、ある墓場に、およそにつかわしくない格好をした女が現れる。


 純白に身を包んだ私、北上だ。


 迷いの無い足取りで目的の墓へ向かう。


 やがて足を止め、


「提督、伝えに来たよ」


 墓に告げる。


 彼自身に告白しようと蓋を開けた。開けたら…


「…これは」


 見覚えのある小箱が一つ、骨壷に添えられている。


「…あ、あ」


 声が震える。手元が覚束ない。震える手でその小箱を開けると中には見覚えのある大きめの指輪、見覚えのある小さめの指輪、これらが一つずつ…。


 涙が視界を覆っていく。


「…ずるいね、なんか。まあ答えは一択だったけどね」


 骨に語りかける。


「私も、私も愛してるよ。不束者だけど、これからも、死んでからも、来世でも、末永く宜しくね…」


 骨に、いや、提督に告げ、私は頭を下げた。




「…」ポンポン


「?!」


 一瞬、誰かに撫でられた気がした。懐かしいあの大きな手に。


 顔を上げる。そして周りを見渡す。しかし、そこには誰もいない…。


 いや、きっと彼は側にいる、いるんだ…。いつかの温もりを、懐かしの温もりを感じる。


 涙が視界を奪っていく。



 やがて涙は目から溢れ、頬を伝い、地面へと落ちていく。


 私は笑顔だった。




「グスッ、ふふふっ、ありがとう。ありがとうね…」


 ひとしきり泣いて絞り出した言葉だった。


「提督!こっちは貰ってくから!」


 見えない彼へ言った。


 数百年の時を経て、私の左の薬指に再び光が戻った瞬間だった。



 再びこの世に夫婦が生まれ、死後の世界ではある男の隣に予約席が生まれ、来世での約束が生まれた。


 彼と彼女は、このカップルは輪廻する。



後書き

 何かダラダラ書きすぎて読みにくくなっててすみません。文章も拙くてすみません。最後まで読んでいただけると嬉しいです。最後まで読みきってくれた方は本当にありがとうございます。


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2017-08-21 22:58:36

SS好きの名無しさんから
2017-07-09 02:03:53

このSSへのコメント

3件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2017-07-09 02:05:34 ID: 8yOpqPYK

いいね👍良かったよ。
賛否両論あると思うけど自分的には好きな感じです。

2: かるぱす 2017-07-09 11:58:05 ID: p6DgjP76

ありがとうございます

3: みがめにさまはんさみかたき 2018-09-15 18:06:45 ID: -9rmkuct

いいな…提督がイケメンだ…北上さんがかわいい…


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