2017-10-12 02:37:06 更新

【第0話】運命の出会い



運命の出会い



幻想郷。そこは、忘れ去られた者達が集う、異様にして異形の地。

その幻想郷にある深紅の洋館、紅魔館。そこには、主人を始めとする様々な者達が住んでいた。

この物語は、その紅魔館の主人であるレミリア・スカーレットが、1人の少年、岩村星矢にどう出逢い、何故彼に想いを寄せる事になったのかという切っ掛けまでを描いた、物語である。






肌寒さを感じる季節へと移り変わり、夜はその感覚がより一層強くなる。そんな夜道を、1人の少女が悠々と歩いていた。


レミリア「もうこんな季節なのね。幻想郷は四季がはっきりとしているから、季節を感じ易いわ」


その少女の容姿はとても幼く、まるで十に満たない少女のようである。しかし、彼女は普通の少女ではない。


レミリア「館に帰ったらお風呂に入りたいわ。そういえば、血のストックってあったかしら?」


少女は息を吐き、そう言葉をこぼす。

大抵の人は、今彼女がこぼした言葉で、彼女の秘密を窺い知る事ができるだろう。


彼女の名前はレミリア・スカーレット。紅魔館という館の主であり、約500年以上の歳月を生きてきた吸血鬼の少女である。

彼女が先程【血】という単語を述べたのも、彼女自身が吸血鬼という種族だからだ。


レミリア「それにしても、私も丸くなったものね。人間と一緒に宴会を楽しむなんて…」


今度は先程よりも大きな息を吐き、彼女は空を見上げた。

彼女が見上げた空は雲一つ無く、星々がまるで宝石のように散りばめられ、煌めいている。しかし、彼女が見詰めているものはもっと大きく、淡く儚く、煌めくモノだった。


レミリア「ふふ…今夜の月は特に綺麗ね。何か、面白い事がありそうな予感がするわ…」


日が落ちた幻想郷を照らす月。彼女はその月を眺めると、笑みを浮かべながら、そう呟いた。

そんな月を眺めながら、彼女、レミリア・スカーレットは、自身の住む館。紅魔館を目指して尚も歩き続けていた。


レミリア「……ん?」


紅魔館を目指して森の中を暫く歩いていると、レミリアはふと立ち止まり、目線を左に動かした。

彼女の目に止まったのは、何の変哲もない唯の樹木。しかし、彼女が見詰めているのは樹木そのものではなく、その樹木に寄り掛かる、人の形をしたモノだった。


レミリア「これは…人、かしら…」


何故、樹木に寄り掛かるモノという曖昧な表現になっているのか、それは…月が雲に隠れ、木々の葉が邪魔をして、そのモノをまるで庇うかのように認識させる事を阻んでいたからである。


「…」


レミリア「人間、みたいね…しかも男…」


だが、レミリアは恐れを抱く事なく、樹木に寄り掛かるモノへと近付いて行った。そして、そのモノが人間である事、更に男である事までもを瞬時に見抜いた。


レミリア「ふんっ…私、男って嫌いなのよね…下品だし汚いし、何より下心を丸出しにするし…美味しそうだったら少し味見をしようと思ったけれど、コレは無いわね」


鼻を鳴らし、己の偏った見方を示しながら、レミリアは樹木に寄り掛かるモノへとそう言葉を吐き捨てた。その時、雲に隠れていた月が顔を出し、月明かりがそのモノを照らし出した。まるで、彼のみを照らし出すかのように…


レミリア「っ…」


月明かりによってその姿が明るみに出た瞬間、レミリアの目に飛び込んで来たモノは、彼女の予想通り1人の男性だった。

彼女の目に映る男性の髪は全体的に長く、顔の右側部分のみを伸ばしていた。更に髪型と同様に、四肢もとても長い。そして何より、彼女の興味を最も引いた部分は、頭部で唯一露わになっている、顔の左部分である。


レミリア「お、男…よね…?」


顔の左側のみを見ただけでも分かるような端正な顔立ち、長い睫毛、白い肌。

更に、月明かりが彼を照らし出している事で、レミリアの目にはその姿がとても幻想的に映った。


レミリア「も、もう少し近くで…」


そう思い、彼の顔を覗き込む。その時…


「ん、ぁ…」


目の前に居る彼は、呻き声と共に突如として目を覚ました。そして、ゆっくりと左目を開き、彼女の持つ真紅の瞳と目が合った。


レミリア「綺麗…」


男の瞳は、まるで宝石の一種であるアメジストのようだった。でも、私の友人よりもその色は深く、まるで全てを飲み込んでしまうような、そんな色をしていた。私はそんな彼の瞳に、魅入られてしまった。


しかし次の瞬間。その男は彼女、レミリア・スカーレットに、大胆不敵な行動を取る。


レミリア「えっ…ちょ、やっ…」


彼は突然、レミリアの腕を強引に引くと、思い切り抱き締めたのだ。彼の突然の行動に、流石のレミリアも動揺を隠せず、普段見せないような姿をその場で晒してしまう。


レミリア「ちょっと…な、何してっ…」


「漸く逢えた…永かった…俺はずっと、あんたに逢いたかった……レミリア…」


レミリア「っ!?」


自分の名を、確かに呼んだ目の前の男。しかし、彼女は今日初めて、彼に出会ったのだ。永い永い吸血鬼として過ごした彼女の日々の記憶には、目の前の男はカケラも存在していない。

だがその男は、そんなレミリアの心境を他所に、愛とも取れる囁きを、彼女の耳元でそっと囁いた。


「レミリア…空っぽになった俺を、あんたで埋めさせてくれ…ずっと、俺の傍に居て欲しい…」


レミリア「い、いきなりそんな事言われてもっ…」


男の囁きが耳を突き抜けたかと思うと、その意味が彼女の頭の中に響いた。そして、甘い香りが鼻腔を擽り、優しく抱き締める彼の腕の感触が、彼女の脳内に甘美な信号を無理矢理送り付ける。


レミリア『ど、どうしてっ…どうしてこんなに、気持ち良いのっ…う、嘘よっ…私が、人間如きに…しかも、男なんかにっ…』


レミリアは吸血鬼であり、彼を突き放そうと思えばそれを容易く行う事が出来る程の力を持つ存在だ。だが、彼女はそうしようとはしない。何故なら彼女は、彼の腕の中に抱かれる快感に、酔い痴れてしまっていたからだ。


レミリア「は、離しなさいっ…命令よっ…この命令が聞けないと言うのならっ…貴方を殺すわっ…」


吐息を漏らしながら、レミリアは己を抱き締める彼の事を、鋭い眼光で睨み付けた。しかし、その身は小刻みに震え、息を吐く間隔はドンドンと短くなっている。


「……それでも、構わない…」


レミリア「えっ…?」


目の前に居る彼は、彼女の命令を受け入れず、死を受け入れた。その代わりに、彼女を抱き締める強さが、ほんの僅かばかり強くなる。


「空っぽの俺が死んでも…その先には、何も残らない…だがもしも…あんたの心の片隅に、俺という人間の無様な死に様が残るのなら…俺は、その死を喜んで受け入れよう…」


男はまた、彼女の耳元で囁く。だがそれは、懇願とも取れる囁きだった。殺して欲しいと、己の死を望むかのような…


レミリア「ど、どうして…そんな事を言うの…?死ぬのが、怖くないの…?」


「怖いさ…だけど、あんたを抱きながら死ねるのなら…本望だ…」


レミリアの問いに、男は笑顔でそう答えた。そしてその笑顔は、月明かりに照らされている。

しかしその笑顔は、レミリアには酷く悲しい表情のように映った。何かを嘆き、苦しむかのような笑顔に、彼女は胸を打たれ、歯を食い縛る。そして…


レミリア「……光栄に思いなさい…私を抱きながら死ぬ男は、貴方が初めてよ…それを許したのも、貴方が初めて…」


「レミリア…」


レミリア「寒いわ…もっと、強く抱き締めなさい…」


「……愛してる…レミリア…」


レミリア「やっ…あんっ…だ、めっ…そんなに、強くっ…しないでっ…も、もう少し優しくっ…ひゃんっ❤︎」



森の中で少女の声が小さく漏れ、木々は騒(ざわ)めき、月が2人を優しく照らし出していた。

こうして、月明かりが照らす夜、その2人は出逢った。それが運命なのか、偶然なのかは分からない。

だが、吸血鬼の少女は彼に抱かれながら、これは【運命の出会い】なのだと信じて、闇に願い、月に祈っていた。



紅魔館(正門)



「ふぁ〜っ…んぅ…眠い…」


私の名前は紅美鈴。紅魔館の門を任される門番よ。毎日毎日毎日毎日、紅魔館の門を守るのが私のお勤め。主に泥棒魔法使いからだけど…

そんな私は、今日も今日とて紅魔館の門を守り、これからお帰りになられるであろうお嬢様をお迎えするのよ!たまぁ〜に居眠りをして咲夜さんに叱られちゃうんだけど♪てへっ♪


美鈴「それにしてもお嬢様、帰りが遅いなぁ…もう予定の時間をかなり過ぎてるのに…」


帰宅を告げていた時間よりも、主人の帰りが遅い事に美鈴は心配の言葉を漏らす。そして、空を見上げながら大きな息を吐くと、自分の前方から小さな足音が聞こえている事に気付いた。


美鈴「お嬢様!お帰りなさい!…あれ?」


自分の前方から歩いて来るのは、紛れも無く、この館の主人であり自分の主人でもある、レミリア・スカーレット本人だった。だが、彼女はナニカを背負っており、それを背負ったまま、彼女は此方に向かって来ている。


レミリア「今帰ったわ。美鈴」


美鈴「は、はい…お帰りなさい……その、お嬢様?其方に背負われているモノはなんですか?」


レミリア「…」


美鈴に向かって帰った事を告げるレミリア。主人のその言葉に、美鈴はもう1度お帰りなさいと言葉を述べた。

そして彼女は、恐る恐るレミリアに向かって、背中に背負っているモノが何かという質問を投げ掛ける。だが、レミリアはその質問を聞くと、顔を俯かせてしまった。


レミリア「私の…将来の旦那様よ…」


しかしその後、レミリアは顔をゆっくりと上げ、美鈴に目を合わせぬようそっぽを向きながらそう呟いた。そんな彼女の顔は、夜中でもハッキリ分かる程に真っ赤になっている。


美鈴「え…?えぇぇぇぇぇえええええっ!!!??」


自分の主人が発した言葉に、美鈴は驚愕し、堪らず絶叫した。

紅魔館の門番、紅美鈴。彼女の絶叫は紅魔館中…いや、幻想郷中に響かんばかりの大きさだったという。






此処は紅魔館のダイニングルーム。今このダイニングルームでは緊急会議が行われていた。

その理由は言わずもがな、レミリアが突然連れて来た未来の旦那様なる人物の所為である。この緊急会議には、レミリア本人の他に、全部で4人のメンバーが同席していた。


咲夜「お嬢様。人間の里から断りもなく館に連れ込むとはどういう事でしょうか」


レミリア「つ、連れ込んでなんかないわ…ちょっと私の部屋に…」


咲夜「それを世間一般では連れ込んでいると言うんです」


彼女の名前は十六夜咲夜。人間ながらもこの紅魔館を取り仕切るメイド長である。PAD疑惑あり。


パチュリー「それにしても、随分と遅い初恋ね?レミィ。あれだけ人間の男を嫌っていた貴女が、まさか自分の部屋に連れ込もうとするなんて…」


レミリア「パチェ…茶化さないでちょうだい…あと連れ込もうとなんてしてない…」


彼女の名前はパチュリー・ノーレッジ。紅魔館内にある大図書館という巨大な図書館に住んでいる居候であり、レミリアの親友。むきゅー。


美鈴「最初はビックリしましたよ。先ず人間だとも思いませんでしたし」


レミリア「それは貴女がいつも居眠りばかりしてるからよ、美鈴。あと減給」


美鈴「ちょ!!」


彼女の名前は紅美鈴。紅魔館の門を守る門番。勤務中に居眠りをする事が多く、このように減給という言葉に異常に反応する。咲夜専用の動く的。


小悪魔「あの、パチュリー様。お嬢様って今まで人間の男の人と交流した事ってありましたっけ?」


パチュリー「私が知る限りでは無いわ。香霖堂の店主も人間って訳じゃないしね」


小悪魔「初めて交流した男性に恋、ですか…それも吸血鬼と人間…なんだか、イケナイ恋の予感がしますね」


パチュリー「貴女はいい加減、小説に影響を受けて恋愛を語るのをやめなさい」


彼女は小悪魔。明確な名前はまだ無い。なんでもパチュリー・ノーレッジの使い魔である事だけが周囲に知られている。


そして、今この場には居ないが、実は紅魔館にはもう1人レミリア・スカーレットの妹、フランドール・スカーレットが住んでいる。のだが、どうやらお呼びが掛からなかったらしい。


咲夜「とにかく、大騒ぎになる前にあの男性を里に帰しましょう。事情を説明すれば、あの男性もきっと分かってくれる筈ですから」


咲夜が早速意見を出し、早くもその意見に満場一致の動きを見せるレミリア以外の面々。しかし、どうやらレミリアはその意見に反対らしく、椅子をズラすと、勢い良くその場で立ち上がった。


レミリア「わ、私は認めないわよ!咲夜!先ずあの男に話を聞いてみなさい!そうすれば貴女も分かるわ!」


咲夜「却下です」


そしてレミリアは、咲夜の意見に対して真っ向から意義を唱え、彼に話を聞くよう促した。しかし、咲夜はそれすらも認めようとはしない。


レミリア「うーっ…あ、貴女達からも何か言ってあげてちょうだい!」


咲夜が意思を曲げない為、レミリアは他の者達の協力を得ようと周りを見渡しながら声を上げた。のだが…


美鈴「パチュリー様、そのお煎餅分けて貰っていいですかね?」


パチュリー「別に構わないわよ」


小悪魔「これ美味しいですねー」


他の者達は完全に会議に飽きてしまい、洋館には似付かわしくないお煎餅を齧りながら談笑していた。


レミリア「私の話を聞きなさいっ!!」


バリバリと煎餅を齧る音がダイニングルームに響く中、レミリアの怒号がそれを掻き消すように響き渡った。主としての威厳が皆無である。

するとその時、ダイニングルームにメイド服を着た小さな妖精が姿を現し、彼女達の方へと真っ直ぐ向かって来た。


「あ、あの…お客様が目を覚まされました」


咲夜「そう…ご苦労様。私が行くから、貴女達は休んでていいわよ」


「は、はい。失礼します」


どうやら妖精メイドは、先程から話題に上がっていた男性が目を覚ましたという報告をしに来たらしい。

そして、その報告を受けた咲夜は自分が赴く事を妖精メイドに告げると、ゆっくりとその場で立ち上がった。


レミリア「わ、私も一緒に行くわ…」


咲夜「お嬢様が一緒に居ると話がこじれてしまいそうなので、大人しく待っていて頂けませんか?」


咲夜がダイニングルームを出て行こうとすると、レミリアも彼女の後に続いて歩き出す。しかし、咲夜は後ろを振り向きながら、主人のレミリアに向かって堂々と自分の思っている事を口にした。


美鈴「お嬢様。此処は素直に咲夜さんに任せた方が良いと思いますよ?あ、パチュリー様。それダウトです」


パチュリー「残念だったわね。宣言通りの6よ」


美鈴「あちゃー…」


他の面々もトランプゲームに興じながら、咲夜に任せるのが懸命だとレミリアに言い聞かせる。


レミリア「ふんっ…」


咲夜や他の者達の反応を見て、レミリアは鼻を鳴らすと、渋々といった面持ちで椅子に腰掛け、頬杖をついた。


レミリア「何よ…私の連れて来た男なのに…」


小悪魔「でもお嬢様。そもそもお嬢様は、あの男の人のどこに惹かれたんですか?」


レミリア「えっ…そ、それは…」


ブツブツと文句を言うレミリアに、小悪魔はあの男性のどこに惹かれたのかという質問をする。すると、突然質問をされた事に戸惑ったのか、レミリアは頰を染め、体を捩らせながら口籠もった。そんな彼女の様子が余程珍しいのか、トランプゲームに興じていたパチュリーや美鈴も、それを中断して2人の会話に混ざろうと口を挟む。


パチュリー「レミィがそんな反応をするなんて珍しいわね」


美鈴「お嬢様もそんな反応するんですねぇ…」


しかし、2人の表情は妙に和(にこや)かで、レミリアには彼女達が自分の事を茶化しているのだと思った。実際、パチュリーと美鈴は面白半分で先程の言葉を口にしている。


小悪魔「あ、そういえば肝心な事を聞くの忘れてました!あの男性の名前、お嬢様は知ってるんですか?」


レミリア「え、ええ…名前は、岩村星矢…岩石の岩に村、星に弓矢の矢と書いて、星矢と読むらしいわ…歳は、17だと言っていたけれど…」


美鈴「あ、あれで17ですか!?ほぇ〜…人間の男性は成長が早いんですねぇ…」


遂にレミリアの口から語られた、あの男性の名前。そして、美鈴は名前よりも彼の年齢の方に驚いている様子だった。

彼女達は妖怪やその他の類の存在であり、生きる年月は常人の何百倍以上である。その為か、自分よりも年下の者が、年齢以上の体格である事に多少なりとも驚くようだ。


レミリア「それに、その…せ、星矢は…初めて会ったばかりの私に…情熱的な言葉を、私の耳元で…」


小悪魔「情熱的な!?それは小説的な言葉ですか!?」


パチュリー「ちょっと…台詞がややこしいから少し黙ってなさい…」


初めて彼の名前を他の者達の前で口にし、レミリアは顔を真っ赤にしながら言葉を続けた。しかし、小悪魔の余計でややこしい発言に遮られ、パチュリーは堪らず彼女の事を軽く叱り付けた。


レミリア「それも、私の事を強く抱き締めた状態で…」


小悪魔「それで!?それでその肝心な言葉とは!?」


レミリア「わ、私の事を…愛してるって…そう囁いた後、キツく抱き締められて…」


小悪魔「それでそれでっ!?」


レミリアが星矢に抱き締められた状態で、愛を囁かれた事を他の者達に告げると、小悪魔は興味深々といった様子で、鼻息を荒げながら彼女との間合いを詰めた。


美鈴「あの、パチュリー様…何だか小悪魔の様子もおかしいんですが…」


パチュリー「あの子、最近恋愛小説にハマってるらしくて…」


美鈴「あー…」


そんな彼女の行動を見た美鈴は、大図書館で常に一緒に居るパチュリーへ、彼女の挙動について質問した。

そして、美鈴のその質問に対してパチュリーは、最近小悪魔は恋愛小説にハマっているという事を告げる。それを聞いた美鈴は、納得といった表情で僅かに声を漏らした。


小悪魔「お嬢様が羨ましいですよぉ…あんな格好良い人にそんな事を言って貰えるなんて…」


レミリア「そ、そう…?」


小悪魔「はい!だって女性の憧れじゃないですか!」


パチュリーと美鈴の反応を他所に、レミリアと小悪魔の2人はなんだか盛り上がっている様子だった。

小悪魔はレミリアの体験談を聞いて羨ましそうに彼女の事を見詰めており、レミリアは彼女のそんな反応に、照れているのか頰を少し赤らめている。


パチュリー「でも、レミィって案外ちょろいのね」


レミリア「ちょ、ちょろい…?私が…?」


しかし、パチュリーはレミリアが今まで話した事を総評して、彼女をチョロいと断定した。


パチュリー「だってそうでしょ?得体の知れない人間の男に抱き締められて、愛を囁かれただけで恋に落ちるなんて…恋愛経験が無いにしてもちょろ過ぎだと思うわ。まぁ相手の容姿が優れてるのは否定しないけど」


レミリアが目を見開きながら自分を見詰めているにも関わらず、パチュリーは戸惑う様子を見せる事なく、レミリアに対して思った事をズバズバと言っていく。


レミリア「な、ならパチェ…貴女は、星矢が私に言ってくれたような言葉を掛けて貰った事があるのかしら…?」


パチュリー「むきゅっ!?そ、それは…」


言われっ放しが流石に応えたのか、レミリアは自分が言われたような言葉を掛けて貰った事があるのかとパチュリーに質問する。すると、彼女の質問にパチュリーは素っ頓狂な悲鳴を上げながら、答えに詰まる。


レミリア「何よ…じゃあ唯の負け惜しみじゃない…」


パチュリー「は、はぁっ!?」


それを見たレミリアは、両の目を細めながらパチュリーに向かって負け惜しみだと言い放った。その言葉を聞いたパチュリーは、大声で疑問符を付けながらその場で勢い良く立ち上がった。


パチュリー「ま、負け惜しみっ!?レミィ、流石にそれは聞き捨てならないわ!訂正しなさい!」


レミリア「それは私の台詞よ!私がちょろい?あんな事を言われたら、胸が高鳴るに決まってるじゃない!私も女なのよ!それに…」


パチュリー「そ、それに…何?」


ダイニングルームに2人の言い争う声が響き渡る中、レミリアは突然言葉を切り、俯いてしまう。

そんな彼女の行動に疑問を抱いたパチュリーは、俯いている彼女に対して、その先の言葉を聞き出そうと疑問を投げ掛けた。


レミリア「初めてだったのよ…抱き締められたのも、愛を囁かれたのも初めてだったけれど…最初から私の手で、自分の命を終えたいって言ってくれた人は…」


彼女はこれまで、何人もの人間をその手で殺めてきた。しかし、彼女が今まで殺めてきた人間は、彼女に恐怖し、命乞いをして、その命を守ろうと必死に足掻いていた。

だが唯一、彼だけは違かった。彼女に恐怖心を抱く事なく、自分になら殺されてもいいと断言して見せた。そんな彼の言動が、彼女にとっては新鮮であり、同時に別の感情を芽生えさせる要因にもなった。


レミリア「私だって、最初は認めたくなんてなかったわ…人間の男なんかに恋心を抱くなんて、考えただけでも虫酸が走る……でも、彼は…星矢だけは、別よ…今は、よく分からないけど…それでも…私は…」


必死に自分の心境を語ろうとするレミリアだが、その目尻には涙を溜めていた。

彼女は今、何故こうして彼の事を愛おしく思ってしまっているのか、その気持ちの整理が付け切れていない状態だ。しかし、それを無理矢理言葉にしようとした所為で、心の中は更にグチャグチャになり、それが涙となって現れてしまったのだ。


パチュリ「……ふぅ…私が悪かったわ、レミィ。ごめんなさい」


レミリア「パチェ…」


溢れる涙を袖で拭い、それでも尚言葉を続けようとするレミリアを見て、パチュリーは溜息をつきながら彼女に謝罪の言葉を述べた。

その謝罪の言葉は、皮肉から来るものでも、況してや憐れみから来るものでもない。自分の大切な親友に向けた、祝福を込めた精一杯の言葉だった。


パチュリー「楽しい事や嬉しい事より、苦しい事の方が多いかも知れないけど、頑張りなさい…私は親友として、貴女を応援するわ。レミィ」


レミリア「パチェっ…」


そしてパチュリーは、自分の口からレミリアに向けて応援のメッセージを述べた。遠回しな表現などを織り交ぜる事なく、真っ直ぐ彼女の目を見詰めながら…


美鈴「頑張って下さいお嬢様!あ、それと子供の名前は是非とも私の案を採用して下さいね!」b☆


レミリア「美鈴…」


小悪魔「初夜のベッドメイキングは私に任せて下さい!」b☆


レミリア「小悪魔っ…」


他の2人もパチュリーの言葉に続いて応援のメッセージ(?)を述べる。3人の言葉に心打たれたレミリアは、涙を強く拭うと、決意の宿った真紅の瞳を輝かせ、3人を見据えた。


レミリア「私、絶対に幸せになるわ…」


そして、応援してくれた大切な人達に向かって、レミリアは小さくそう呟くのだった。


咲夜「お嬢様。只今戻りました」


レミリア「咲夜…そ、それじゃあ私は、彼の部屋に向かうから…後は宜しく…」


ダイニングルームの扉が開き、話が終わったのか咲夜が姿を見せた。

すると、咲夜の姿を見たレミリアは彼に会う為、彼の居る客室へと向かう事を彼女に告げると、足早にダイニングルームから出て行こうとする。だが…


咲夜「お嬢様…あの、とても言い辛い事なんですが…」


レミリア「?…言い辛い事?」


咲夜「先程、お嬢様が連れて来た男性に話を伺ったんですが…その男性は、目が覚めたら此処に居たと…」


レミリア「………え?」


咲夜「つまり…お嬢様が話した事は、事実無根のでっち上げという事に…」


咲夜の口から出た言葉は、彼女の想いや決意、その全てを裏切る言葉だった。それを聞いたレミリアと咲夜以外の3人は、顔を見合わせて青い顔をしている。

そして、当の本人であるレミリアは、頭の中が真っ白になり、只々その場で、呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。






レミリア「んっ……今、何時かしら……6時半…」


朝の6時30分頃。レミリアは自分の部屋にあるベッドで目を覚ました。この起床時間は吸血鬼としては異例であり、何故彼女がこの時間に起きたのかというのにも、しっかりとした理由があった。その理由については、昨日の晩にあった出来事が深く関係している。


昨日の晩、咲夜から言われた言葉に呆然と立ち尽くしてしまったレミリアだったが、彼女は唐突にその場から立ち去り、自分の部屋へと引きこもってしまったのだ。

自分の抱いた想いや決意が無駄になる事よりも、彼が自分にしてくれた、言ってくれた言葉が無かった事になってしまうのが、堪らなく悲しくて、悔しかったのだろう。

そして彼女は、枕を濡らし、涙が枯れ、疲れ果て眠ってしまうまで、枕を抱き締めながら延々と泣き続けた。


レミリア「馬鹿みたい…人間の言葉に惑わされるなんて…私もまだまだ子供ね…」


泣き腫らした顔に違和感を感じるのか、レミリアは袖で目元を拭いながら、そう言葉をこぼす。

しかし、その言葉とは裏腹に、心の中では今も、彼の事を考え、想っていた。すると…


「お嬢様…咲夜です…起きていらっしゃいますか…?」


彼女の部屋のドアからノックの音と、咲夜の弱々しい声が聞こえてくる。


レミリア「っ…入っていいわよ…」


咲夜「失礼します…っ…」


咄嗟に枕を布団の中に隠し、レミリアはもう1度袖で目元を拭うと、彼女の声に返事を返した。

そして、部屋に入った咲夜の目に飛び込んできた光景は、目元を真っ赤に腫らした、自分が最も敬愛する主人の姿だった。

そんな彼女を見て、咲夜は一瞬で理解した。咲夜はレミリアの従者であり、彼女の事をとても敬愛している。その為か、咲夜は彼女が部屋にこもってどうしていたのか、その大凡を本能的に察したのだろう。


咲夜「……お嬢様。あの男性の処遇は、如何なさいましょう…」


レミリア「彼は、なんだって…?」


彼女がレミリアの部屋に訪ねて来た理由は、彼の処遇をどうするかという事だった。

彼女からすれば、彼には即刻この紅魔館から出て行って欲しい存在だろう。自分が最も敬愛する主人を虜にし、挙げ句の果てにはその主人を泣かせた不逞な輩だ。そう思うのが当然だろう。

だが、レミリアの今の心境では、その処遇を良しとはしないだろう。だから敢えて、彼女はレミリアに判断を仰いだのだ。


咲夜「放り出されたら、行く当てがないとだけ…彼はそれでも構わないとは言っていました。それと、これは私がドア越しに聞いていた事なんですが…お嬢様の事が可愛かっただの、抱き心地がどうだの、俺の魔剣クラレントが王位継承してしまうだの、気持ちの悪い事を何度も…正直今でも吐き気が…」


レミリア「えっ?か、可愛かった…?抱き心地…?」


咲夜「は、はい…」


咲夜は彼が行く当てがないという事を告げると、ドア越しに聞いたという彼のきもちわ類言葉の数々を主人であるレミリアに話した。

すると、吐き気を催している咲夜に、レミリアは彼が言った言葉をそのまま繰り返し、咲夜に向かって聞き返した。


レミリア「……咲夜…」


咲夜「はい?何でしょうか」


そしてレミリアは、暫く頭の中で思考を巡らせると、咲夜の目を見て彼女名前を呼んだ。


レミリア「彼を、紅魔館の執事として雇う事にするわ」


咲夜「……え?」


レミリア「聞こえなかったの?星矢を紅魔館の執事と雇うの。異論は認めない。分かったら返事をしなさい」


彼女は唐突に、彼をこの紅魔館の執事として雇う事を宣言した。更に、異論を唱えそうな咲夜に対して先手を打ち、異論を認めないという事も言葉に含めて…


咲夜「で、ですがお嬢様っ…」


レミリア「異論は認めないと言った筈よ。早く下がりなさい……それと、私が連れて来たという事は、彼には伏せてちょうだい」


やはり、咲夜はその案に反対のようで、異論を認めないと言われたにも関わらず、彼女はそれでもレミリアに異論をとなえようとする。しかし、レミリアは彼女の言葉を制し、下がるよう命令した後、自分が彼を連れて来た事を伏せるように指示した。


レミリア「お願い、咲夜…少し、1人にしてちょうだい…色々と考えたい事があるから…」


咲夜「お嬢様……失礼します…」


顔を俯かせ、命令ではなくお願いとして、レミリアは彼女にそう言った。すると、咲夜は頭を下げながら、退室の挨拶を述べると、彼女の部屋から出て行こうとする。

だが、彼女の美しいサファイアのような瞳は、レミリアと同様、真紅の瞳へと変わっていた…



紅魔館(客室)



星矢「フッ…新しい朝…希望の朝、か…その意味が、俺にも漸く理解する事が出来たよ…」


紅魔館の客室。その客室のベッドで、髪を掻き上げながら意味不明な言葉を呟く少年が1人。

彼の名は岩村星矢。旧姓は盈月星矢。ある理由で名字を変えているが、彼は元々盈月家と呼ばれる名家の生まれであり、このご時世の中、剣術や格闘術といったものに秀でた人間である。

彼は、好きなタイプは?と、問われれば即答でレミリアとフランと答える程のスカーレット姉妹の大ファンで、夢は彼女達姉妹のお世話をする事だと、叶わぬ願いに夢を馳せ続けた夢多き少年だ。


星矢「もしもこの紅魔館で働ける事になったら頑張るぞぉ…そして、必ずやレミリアとフランが幸せなる瞬間をこの目で…」


レミリアの意向を知らない星矢は、そわそわしながら彼女の従者である十六夜咲夜の帰りを待つ。


星矢「あー…にしても、あの【夢】はヤバかったなぁ…もう少し、後ほんの僅かばかり俺に勇気があれば……くっ…やはり、俺はヘタレなのかっ…」


星矢が昨日の晩に見た夢、その内容は…レミリアが咲夜以外の3人に話した内容、そのままである。彼は目が覚め、咲夜が客室を訪れるまでの間に、それを夢だと勝手に決め付けてしまっていたのだ。つまり、レミリアが体験した事は、紛れも無い事実という事になる。


星矢「やっぱりデレデレミィ最高だわぁ…こっちの世界のレミリアも、デレデレとまでは言わないが、フランクレミィ位であって欲しいな…」


訳の分からない単語を連発させながら、期待に胸を踊らせる夢多き少年、星矢。

彼は既に、レミリアに気に入られているという事を全く知らない。無知は罪なり、という言葉が現実世界にはあるが、彼を見ているとその言葉の重みを十分に理解する事が出来るであろう。そう、無知とは、罪なのだ…


「お客様。失礼します」


すると、客室のドアからノックの音と女性の透き通った声が聞こえてくる。その声に星矢は「どうぞ」と一言返し、入室を許可した。

客室のドアから姿を現したのは、メイド服に身を包んだ銀髪美少女、十六夜咲夜である。その姿を見て意味も無く何度も頷く星矢。しかし彼は、彼女が心の内に秘めた覚悟を知らない。


咲夜「先程、お嬢様に貴方の事をお話しして来ました。それと、貴方にはこの紅魔館に来た経緯を説明して置こうと思います」


星矢「は、はぁ…」


淡々と自分に向かって言葉を述べる咲夜に、星矢は何故だか違和感を感じていた。だが、星矢はその違和感を当然のように拭い去り、彼女の言葉に耳を傾けた。

彼女の口から語られた経緯はこうだ。星矢は幻想郷の森の木に寄り掛かりながら寝ており、それを見兼ねた自分がこの客室へと無断で連れて来た。

この経緯から、紅魔館に連れて来たのは、彼女自身の意思によるものだという事が分かる。


咲夜「それと、貴方は此処を追い出されたら行く当てがないのですよね?」


星矢「え、ええ…まぁ…」


経緯を説明し終えた咲夜は、星矢に今一度行く当てがない事を確認する。その確認作業に、星矢は歯切れを悪くしながら答えた。


咲夜「…ならば、この紅魔館で執事として働いて頂けないでしょうか?」


星矢「え?」


咲夜「ご安心下さい。お嬢様には既に、私の方から話を通してあります。執事服はありませんが、今日中には用意致しますので、ご心配なく」


すると咲夜は突然、星矢にこの紅魔館で働かないかという提案を持ち掛けた。彼女の突然の提案に、星矢は目を見開きながら信じられないといった表情を浮かべる。

そんな星矢の反応を見た咲夜は、この話を既に主人であるレミリアに通し、尚且つ許可を得ているという事を星矢に告げる。それと同時に、現在この紅魔館には執事服が無いという事も彼に話した。


星矢「私が、紅魔館の執事に…」


咲夜「お断りになられるのでしたら、私が責任を持って住処をお探し致します…」


星矢「いえ、その話。受けさせて下さい」


咲夜が言葉を言い終えた直後、星矢は彼女の提案を快く引き受けた。彼の表情は真剣そのもので、咲夜も彼のその表情には圧倒され掛ける程のものだった。


咲夜「……そう、ですか…」


彼の出した答えを聞いた咲夜は、顔を俯かせ、小さく言葉を呟く。その直後、星矢の背筋に途轍も無い悪寒が走った。


咲夜「では、面接を始めましょう」


そして、顔を上げた彼女の瞳は、血のような紅色に染まっていた。



紅魔館(レミリアの部屋)



レミリア「星矢が、紅魔館の執事…私専用の、執事…」


自室のベッドで寝転がり、枕を抱き締め頰を染める少女。吸血鬼、レミリア・スカーレット。

彼女は今、ある壮大な計画を練り、それを実行に移す為の算段を立てている最中だった。


レミリア「星矢は私とのあの一夜を夢だと思い込んでいるんだわ…なら、先ずは主従関係から始めて…その後は、私の旦那様として迎えれば…」


咲夜がドア越しに聞いたという彼のきもちわ類言葉の数々。レミリアはそれを聞き、彼が自分と過ごした一夜を、夢の中の出来事だと勘違いしている可能性があると考えたのだ。


レミリア「スタイルとかには自信ないけど…でも、それでも星矢は、私の事を愛してると言ってくれたわ…なら…」


ブツブツと独り言を呟き、ベッドの上で両足をバタバタとバタつかせるレミリア。そんな彼女の脳内は今、彼との甘い関係を想定したシュミレーション、所謂妄想で溢れ返っていた。


星矢『レミリア…』


レミリア『星矢…』


彼女の脳内の彼と自分は、部屋のベッドの上で抱き締め合いながら見詰め合っていた。2人の頰は赤く染まっており、窓から覗く月明かりが悪戯に彼女達を照らし出している。


星矢『後悔、しないな…?』


レミリア『えぇ…きて…』


そして星矢は、レミリアの頰を優しく撫でると、これから自分が取る行動を認めるか否かの確認を彼女に取る。するとレミリアは、より一層頰を赤く染めながら、彼の取る行動を受け入れると小さく声を漏らし頷いた。


星矢『レミリア…』


レミリア『んっ❤︎…んぅ❤︎』


受け入れる事を約束したレミリアを見た星矢は、彼女の唇を奪った。それを感じたレミリアは、彼の頭を掴み、乱暴に自分の舌を彼の口の中に侵入させる。


レミリア『んん❤︎…ちゅ❤︎…ん、はっ❤︎』


だが、レミリアはそれだけでは満たされず、彼の舌と自分の舌を絡め、彼の歯茎や頰の内側を舌でなぞる。


レミリア『ぷはぁ❤︎…せ、せい、や❤︎』


暫く深いキスを楽しんだレミリアは、星矢の唇から自分の唇を離す。その瞬間、彼と自分との間に透明な糸が現れ、2人を繋いだ。


星矢『レミリア…あんたの、全てが欲しい…』


そうレミリアの耳元で囁き、星矢は彼女の下腹部へゆっくりと手を伸ばす。そして…


レミリア「///」プシュ〜☆


レミリアはそれ以上を考える事をやめた。頭から湯気を大量に吹き出し、先程以上に両足をバタつかせながら。


レミリア「き、気が早いわよね…まだ星矢がOKするとも限らないのに…」


枕を抱き締め、小さく言葉を漏らすレミリア。彼女が練る壮大な計画とは、彼、岩村星矢を自分専属の執事とし、親密になった後、彼を自分の旦那として迎え入れるという恐ろしくも可愛らしい計画だった。


「レミィ!!」


レミリア「ひゃぁぁああっ!!?」


そんな妄想垂れ流し中のレミリアの部屋に、彼女の愛称を呼びながら乱暴に扉を開け、部屋へと侵入して来る1人の少女が居た。

突然の出来事に悲鳴を上げ、扉の方へと即座に振り向くレミリア。彼女の目に映った少女とは…


レミリア「ぱ、パチェ!?部屋に入るならノック位してちょうだい…」


彼女の親友であり、この紅魔館に居候しているパチュリー・ノーレッジだった。


パチュリー「レミィ!妄想なんてしてる場合じゃないわよ!貴女が連れて来た男と、咲夜がっ…」


レミリア「も、ももっ…妄想なんてしてないわよ!言い掛かりはやめてちょうだい!……え?パチェ…今、貴女何て?」


一件ふざけているようにも見えるやり取りだが、パチュリーの表情は酷く真剣な表情だった。

それを見ると、レミリアは直ぐ我に返り、彼女の言葉の続きを聞こうとする。そして、彼女はこう言葉を続けた。


パチュリー「貴女の連れて来た男と、咲夜が…弾幕対決をしているわ…理由は、良く分からないけれど…私が妖精メイド達に知らされた時には、もう…」


レミリア「星矢と、咲夜が…?」


親友から放たれた言葉を聞き、レミリアは目を見開く。するとレミリアは、直ぐにベッドから降りて帽子を被り直し、パチュリーと共に自分の部屋を後にした。



紅魔館(時計台前)



深紅の洋館、紅魔館。その紅魔館には、真夜中にのみ鳴り響く奇妙で巨大な時計台が存在する。そして、その時計台の前に、1人の銀髪メイドと、1人の執事候補は居た。


星矢「咲夜さん。私は貴女と争うつもりはありません。私が気に喰わないというのならば、私は大人しく立ち去ります。ですから…」


咲夜「そうね。私は貴方の、そういう態度が気に喰わないわ。だから私はお嬢様の為に、貴方を排除する」


互いの言い分のみが交差し、2人の会話は全く噛み合ってはいない。

しかし、星矢は彼女と争うつもりはどうやら無いようだ。だが、彼女がそれを許さない。自分が最も敬愛する主人を傷付けた男を、許せる筈などなかった。


星矢「……館のゴミ掃除はメイドの仕事…という訳ですか…」


咲夜「分かっているのなら話が早いわ。そう、これはゴミ掃除よ。お嬢様に付く穢れたゴミは…私が排除する!」


初めて彼に同調する姿勢を取った彼女だが、最後の言葉を述べた彼女が懐から取り出したのは、太陽に照らされ妖しく光る6本のナイフだった。


星矢『どうやら戦いは避けられないらしいな…なら、何で咲夜は俺を紅魔館に連れて来たんだ…』


自らの頭の中で思考を巡らせる星矢。そんな星矢に構う事なく、咲夜は手に取ったナイフを容赦なく彼に投げ付けた。だが…


星矢「っ!!」


咲夜「っ!?…う、嘘…」


星矢は投げ付けられた6本のナイフを、両手の人差し指、中指、薬指、小指の間に挟み込んで見せた。

自分が高速で投げたナイフを軽々と掴まれた咲夜は、思わず目を見開き、小さく言葉を漏らして驚きを露わにする。


星矢『大分感覚が鈍ってるな…以前の俺なら、もっと簡単に掴めた筈だ。このままズルズル戦闘が進むとなると、マズイな…』


指に挟み込んだナイフを見詰めながら、星矢は自身の感覚が鈍っていると結論付ける。そして、このまま戦闘が続く事になれば、自分が負ける可能性があると予測した。

それは彼が十六夜咲夜という人物と能力を知っているからであり、それに加えて、自分は今完全なる丸腰状態だからだ。更に、彼女を戦闘不能にする事は、彼の男としてのプライドが許さない。それらを踏まえて考えると、彼が持っていける最高の状態といえば、引き分け以外にはない。


星矢『咲夜のナイフが底を尽きるまで、粘るしかない…か…』


頭の中でそう呟くと、星矢は両の瞼を閉じ、深呼吸をする。そして、ゆっくりと瞼を開いた。

目の前に映る彼女は、今も自分を見据えて立ち尽くしている。そんな彼女を見て、星矢は笑顔でこう言い放った。


星矢「さぁ、舞踏会の幕開けです。踊るのは私1人ですが、ね」


その笑みは、悪魔よりも悪魔らしかったと、後(のち)に彼女は語ったという…






時間は正午前。その正午前に、紅魔館の時計台からは鐘の音とはまた別の音が鳴り響いている。その音とは、金属と金属がぶつかり合うような奇妙な音だった。

しかし、それはまるで音楽のような軽快な音色を奏でており、そこでは1人の少年が優雅に、そして妖しく、メイド服でその身を包んだ銀髪の少女と踊り狂っていた。



星矢「狂想曲(カプリッチオ)も宜しいですが、そろそろ終曲(フィナーレ)と致しませんか?咲夜さん」


咲夜「貴方の息の根が止まって初めて、私が奏でるこの曲は完成するのよ!」


時計台の周りを駆けながら、星矢は咲夜の投げ放つナイフを躱し、掴みを難無く繰り返す。

だが、何本ナイフを躱そうと、何本ナイフを掴もうと、その勢いが止まる気配は未だに見えない。


星矢「やれやれ…本当に私を殺すつもりなのですね…益々意味が分からなくなりました…ですが…」


そんな状況下でも、彼は思考を停止される事はなく、常に思考を巡らせた状態で彼女の行動を先読みし、先手を打つ為の動作を取る。そして遂に、彼は攻勢へと転じた。


咲夜「ッ!!」


星矢「私、狂想曲(カプリッチオ)よりも、七重奏(セプテット)の方が好みなんですよね…」


突然自分の目の前へと現れた彼に、咲夜は再び目を見開きながら驚愕したという表情を浮かべる。


星矢「失礼…」


咲夜「なっ…」


そんな彼女を見て、星矢は口の両端を吊り上げながら笑うと、自らの両手を彼女の太腿へと伸ばし、優しく触れた。

彼の突然取った行動に驚いた咲夜は、その場で軽く体勢を崩してしまい、彼を迎撃するチャンスを失ってしまう。


星矢「……これで、太腿に仕込んだナイフは底を尽きましたね。しかし、まさかこんなに仕込んでいるとは…流石の私も驚きです」


彼女の太腿から手を離した星矢は、瞬時にバク転をし、彼女との距離を空ける。そして、彼の両手と袖からは大量のナイフが音を立てながら地面へと散らばった。


咲夜「っ!?私のナイフっ…いつの間に…」


その光景を見た咲夜は、自分の所有するナイフだという事を認識しながら、自らの太腿に手を当てた。

すると、先程まで太腿に隠していたナイフが、いつの間にか消えている事に気付き、その事を無意識の内に言葉にしてしまう。


咲夜「貴方、本当に人間…?さっきの動きといい、とてもそうは見えないわ…」


星矢「ふふ、何を仰るのかと思えば…私は唯の、薄汚い人間ですよ…」


メイド服の袖から新たなナイフを取り出し、それを両手に構えながら、咲夜は星矢に向かってそう言葉をこぼす。

彼女のその言葉に、星矢は右手を口元に当て、笑いを漏らしながら自分の事を薄汚い人間だと評価した。


咲夜「……速符・【ルミネスリコシェ】!」


自分の評価を述べた星矢を見て、咲夜は懐から1本のナイフを取り出すと、謎の言葉と共にナイフを星矢に向かって勢い良く投げた。


星矢「【スペルカード】…ですか。現実でお目に掛かるのは初めてですね…」


スペルカード。それは、この幻想郷内での揉め事や紛争などの際にその解決方法として制定されたルールである。

このスペルカードルールが制定された要因は、幻想郷に突如として現れた吸血鬼によって起こされた【吸血鬼異変】という異変が原因であるとされている。

更に、このスペルカードルールを制定したのは他でもない。この幻想郷にある博麗神社で巫女として住む【博麗霊夢】という1人の少女によるものだった。


星矢「吸血鬼異変を起こしたのはおぜう様だという説が濃厚ですが…機会があれば、是非ともそれを伺いたいものです…ねっ!」


咲夜「っ…」


昨夜の宣言したスペルカード。速符・ルミネスリコシェは、星矢の人差し指と中指によってアッサリと止められてしまった。


咲夜「私の、スペルまでもを…くっ…」


又しても自分の投げたナイフを止められた咲夜は、悔しさからか歯を食い縛り、彼の事を睨み付けている。だが、先程投げたナイフは、彼女の所有するスペルカードであり、唯の投擲とは訳が違う。言うなれば、彼女の魂の乗った投擲である。それをこうもアッサリと止められれば、彼女の反応は当然のものと言える。


星矢「反射されると少々厄介ですからね。その後に別のスペルを宣言されたら敵いませんので、危険な芽は摘ませて頂きました」


咲夜「スペルカードルールだけではなく、私のスペルカードまで知っているなんて…貴方は…」


ナイフを手の内で華麗に弄りながら、星矢は咲夜に向かってナイフを止めた事への謝罪の言葉を述べる。

しかし咲夜は、この幻想郷のルールであるスペルカードルールの事と、自分が使用したスペルカードを何故知っているのかという疑問の方が強く、彼の謝罪の言葉は耳に入って来なかった。


星矢「それはとても些細な事ですよ。咲夜さん」


咲夜「些細な、事…?そうね…その通りだわ。貴方を消せば、貴方が何故知っているのかも、気にならなくなる筈だもの」


星矢「そういう意味合いではないのですが…まぁ、いいでしょう…それもまた、些細な事ですからね」


彼女の抱く疑問。星矢はそれら全てを一蹴するように、些細な事だと言い放った。そして咲夜は、その言葉に苛立ちが募ったものの、彼の言葉に同調しながら、再度懐から数本のナイフを取り出した。

すると星矢は、彼女の起こした行動すらも、些細な事だと言い放つ。


星矢「生憎と、私はスペルカードを所持していませんので…私を殺すまで、貴女のナイフが尽きるまで、どうぞ存分に掛かって来て下さい。僭越ながら私も、完全な実力主義を否定し、美しさと思念を重んじると致しましょう」


咲夜「奇術・【エターナルミーク】!」


幻想郷に訪れた彼の、新たな誓い。その誓いを完全に言い終える前に、咲夜はスペルカードを宣言した。


星矢「まぁ…私に美しさなど、欠片も御座いませんが…ね…」


自分の手の内にある1本のナイフ。それを口元に当てながら、漆黒の髪を持つ少年は、誰に向けるでもなく悪戯に微笑んでいた。

そして、その1本のナイフを使い、彼は高速で自分の方へと向かって来る複数のナイフを1本1本丁寧に弾いてゆく。漆黒の髪を靡かせ、ナイフを弾くその様は、まるで踊りを楽しんでいるかのようだ。


「咲夜っ!!」


彼がナイフとの踊りを楽しむ最中、時計台へと続く扉が勢い良く開き、目の前に居る銀髪メイドの名前を呼びながら1人の少女が姿を現した。


咲夜「お、お嬢様…」


その少女は日傘を手に持ち、水色がかった薄い銀髪を靡かせていた。しかし、彼女は眉間に皺を寄せ、真紅の瞳で咲夜の事を睨み付けている。


星矢『あの方が…レミリア・スカーレットお嬢様…なんて、美しく、気品に満ちたお姿なのでしょう…』


彼女の姿を見た瞬間、星矢は頰を染め、無意識の内に手に持ったナイフを地面へと落としてしまう。すると今度は、自らの両手を胸の前へ持って行き、固く両手を握り締めながらその場で呆然と立ち尽くした。


レミリア「咲夜…貴女、どういうつもり…?私は貴女にそんな命令をした覚えはないわ…」


咲夜「…」


怒りを露わにするレミリアに、咲夜はナイフを手に力を込めながら主人の言葉に耳を傾ける。

だが、咲夜はその言葉に耳を傾けるばかりで、主人であるレミリアの質問に答えようとする様子は感じられない。


レミリア「っ…私の質問に答えなさいっ!咲夜っ!!」


「お話の途中で大変恐縮なのですが…お嬢様、少しの間、私の言葉に耳を傾けて頂いても宜しいでしょうか…」


そんな彼女の反応に苛立ちが募り、それが臨界点を突破したレミリアは、彼女の事を怒鳴り付けながら質問に答えるよう命令する。その時、彼女の元へと歩み寄り、恐れ多くも意見を述べる1人の少年が居た。


レミリア「せ、せせっ…星矢っ…」


星矢「っ…私のような一介の人間の名を覚えて下さっているとは、身に余る光栄です…レミリア・スカーレットお嬢様…」


レミリア『か…かっこいいわ❤︎』


星矢は溢れんばかりの幸福感をその胸に抱きながらも、レミリアの前に片膝を突く形で跪き、彼女の名前を呼んだ。

その姿を見て、レミリアは顔を真っ赤に紅潮させながら恍惚とした表情を浮かべる。彼の姿が執事服姿ならば、もう少し綺麗な絵面となった事だろう。


レミリア「な、何かしら?言ってみなさい」


星矢「時間を割いて頂き感謝します。お嬢様、これは私の執事としての器を試す、謂わば面接のようなものなのです」


レミリア「め、面接…?」


頭(こうべ)を垂れ、自分の前に跪く星矢を見て、レミリアは彼の発言を許可した。そして星矢は、咲夜との弾幕ごっこを彼女の言った通り面接だと発言する。

すると、星矢の言葉にレミリアは、小首を傾げながら面接という単語を疑問符を付けて呟いた。


星矢「はい。私は一介の人間であり、出自も申していない他所者です。そのような不審な男を見極めようと、貴女様のメイドは、その身を持って私を試しておいでなのです」


星矢は更に発言を続け、自分を試す為に咲夜は一連の行動を行なったと強く申し出た。


レミリア「……咲夜、彼の言う事は本当なの?」


咲夜「は、はいっ…その、通りです…」


星矢の目を見て、彼が嘘を吐いていないと確信したレミリアは、咲夜に彼の発言が事実なのかという事の確認を取る。

そんなレミリアの確認に対し咲夜は、戸惑いながらも彼の発言と、自分の本意が事実である事を肯定した。しかしそれは、敬愛する主人に嘘を吐くという事に繋がってしまう。それでも彼女は、肯定してしまった。いや、肯定せざるを得なかったという方が正しいだろう。


レミリア「そう……確かに、貴女の意見は最もだわ…悪かったわね。続けてちょうだい」


星矢「では、私はこれで失礼します…」


咲夜の返答に、レミリアは渋々といった表情で彼女の行動の全てを許した。そして、これから起こるであろう全ての出来事を、彼女は見届ける決心を付ける。

レミリアが咲夜を許し、続けるよう促した事を確認した星矢は、立ち上がり、一礼をしてから咲夜の目の前へと移動した。


星矢「さぁ、続きをどうぞ。私は貴女に牙を剥くような真似は致しませんので…」


咲夜『気に喰わない…この男の全てが…』


歯を強く食い縛り、ナイフを握る手に力を入れる。


咲夜『気に喰わないッ!!』


そして、無数のナイフが彼に向かって再び放たれた。だが、次の瞬間…


咲夜「貴方の時間は、私の手の中…痛みを知る事なく、お嬢様の前から消えなさい…」


彼女以外の全ての時が、止まった。近くに居るレミリアや、後から来たであろうパチュリーの動きすらも止まっている。今、この空間の時間は全て、彼女が操っている。かに見えた…


星矢『これは、マズいですね…まさか私相手に時間操作を使うとは、予想外でした…それにまさか、月の眼が強制的に発動してしまうなんて…』


なんと、星矢だけは咲夜の時間操作を免れていたのだ。

彼女以外の全ての時が止まる中、星矢は只呆然とその場に立ち尽くしている。しかも、時間を止めた張本人である咲夜は、更なる追い討ちを掛ける為か、星矢に向かって何本もナイフを投げまくっていた。


星矢『シュール…ですね…』


必死に自分に向かってナイフを投げる彼女を見て、星矢は彼女に気付かれぬようゆっくりと右の瞼を閉じる。すると、意識はあるのに体が動かせないという、何とも奇妙な状況へと陥ってしまった。


咲夜「これで、終わりよ!」


ナイフを投げ終え、時間停止を解除しようとする咲夜。だが、星矢には咲夜が自分のどの部分にナイフを投げたのかを全て把握しきっている。だから当然…


星矢「っ!ッ!!」


咲夜「っ!!!??」


ナイフは躱され、足で弾かれ、手で掴まれるを繰り返されてしまった。

自分の勝利を確信していた咲夜は、今まで見せた事の無いような表情を彼に見せ、口を開けて呆然とその場に立ち尽くしてしまっている。


パチュリー「れ、レミィ…」


レミリア「…パチェの言いたい事は分かるわ…咲夜は今、自分の能力を使った…でも、彼は突然目の前に現れたナイフに臆する事無く、それら全てを受け流した…」


そして、その場に居合わせているレミリアとパチュリーもまた、彼の行動に驚きを隠せないでいた。

咲夜を心から信頼し、彼女と同様に敬愛の念を抱いているレミリアは、咲夜の優秀さを誰よりも知っている。知っているが故に、今取った彼の行動を、彼女は受け入れ切れなかった。


星矢「今のは流石に焦りましたよ。どんなトリックかは存じませんが、出来れば目の前にナイフが現れるという現象は極力避けて頂きたいものですね」


そんな彼女達を嘲笑うかのように、星矢は笑顔で優しい声でそう言葉を呟いた。

彼にその気は無いのだろうが、彼女達からすれば非常に不愉快な気持ちだろう。何故なら、先程放った咲夜の攻撃は全て躱され、掠りもしなかったのだから。


咲夜『悔しいけど、彼の実力は本物みたいね…手持ちのナイフももう残り僅か…なら、【あのスペル】に賭けるしかない…』


内心怒りで心が沸騰してしまいそうだったが、咲夜はそれを堪え、冷静に彼の評価を改めていた。

今、この状況で冷静さを欠く事がどれだけ愚かしい事かというのを、彼女は理解している。故に、彼女は平静を装っていた。


星矢『はは…予想通り、御三方共とも険しい表情をしておられますね…まぁ、無理もないでしょうけど…』


だが、星矢は彼女達の表情を見ても、一切動揺する姿勢を見せる事は無い。

それはこうなる事をある程度予測していたからであり、この程度の事で動揺を見せてしまっては、それこそ負けを認める事に等しいと判断したからである。しかし…


星矢『しかし、これは早々に負けを認めた方が得策かも知れませんね…レミリアお嬢様の執事になれなかった事は残念ですが…これもまた、月のお導きなのでしょう…』


星矢は彼女達に悟られぬよう、心の中でのみ諦めの姿勢を見せ始めていた。

喩え彼女との弾幕対決に引き分けたとしても、後に残るのは疑念や不信感などといったマイナス要素しか生まれない。それらを抱かれる位ならば、一層の事自分から身を引こうと星矢は考えていたのだ。


咲夜「その顔…まさか貴方、勝負を降りる気?」


すると、星矢の表情から彼の考えを見抜いた咲夜は、自分の疑問をそのまま彼に向かってぶつけた。


星矢「っ……そうだと言ったら?」


咲夜「そんな事、絶対に許さないわ」


自分の考えを見抜かれ、一瞬面食らった表情を見せる星矢。そして彼は、隠す様子を見せる事なく彼女に自分の出した答えを述べる。

しかし、咲夜は星矢の考えを許さなかった。


星矢「許さないと言われましても、元々私は貴女と争う気は無いと最初に申した筈です。それに、こんな状態で執事としてお仕えする事になったとしても、誰も幸せにはなりません」


咲夜「だから勝負を降りて逃げると…」


星矢「そう捉えて頂いても結構です」


咲夜の許さないという言葉に、星矢は心の内で思っていた事を彼女に述べる。彼の考えを全て理解した咲夜は、彼に向ける目付きを鋭くしながら、彼の下した決断を言葉にした。


星矢「それに、私は貴女方にだけは嫌われたくないのですよ。まぁ…ふふっ、既に好感度は最低のようですがね…」


咲夜の目付きが鋭さが衰えない事を感じ取った星矢は、補足を入れながら自分に対しての好感度が最低だと笑って見せる。その笑いが強がりから来ているというのは、彼自身しか知らない事実だ。


咲夜「確かに、私の貴方への好感度は最低…いえ、マイナスと言ってもいいわね…でも」


彼女は懐からナイフを取り出しながら、今度は自分の気持ちを言葉に乗せる。そして…


咲夜「こんなに楽しい時間も、久し振りだわ…」


彼に初めて自分の心からの笑顔を見せ、自身の周りに無数のナイフを空中で停滞させた。

その無数のナイフは停滞したままその場でクルクルと回転しており、まるでナイフ達が輪舞曲(ロンド)を踊っているかのような錯覚を覚える。


星矢「……その申し出、謹んでお受け致します。そして、今宵の月が、貴女の心が、翳る事のないよう努めさせて頂く所存です」


彼女の笑顔に何かを悟った星矢は、踵をしっかりと揃え、胸に手を当てながら彼女に向かって小さくお辞儀をした。そして、彼女の意思にそぐわない行動を心掛ける事を誓う。


咲夜「ふふっ……スペルカードを宣言っ!幻葬【夜霧の幻影殺人鬼】っ!!」


彼の言動に自然と笑みがこぼれる咲夜。だが次の瞬間、彼女はスペルカードを宣言し、停滞していたナイフが突然上空へと放たれた。


星矢「ラストスペル…ですか。私のような者に、なんと勿体無い…」


空を見上げ、此方に向かわんとする無数のナイフを見詰めながら小さくそう呟く星矢。その表情は妙に柔らかく、何かを懐かしむような、そんな表情を浮かべていた。


星矢「しかし…これは少々、本気を出さねばならないようですね…」


だがその表情は突如として一転し、鋭い目付きと真剣な面持ちへと変わる。すると、彼の体からはその意思に呼応するかのように、禍々しいオーラのようなモノが彼の体を優しく包んでいった。


レミリア「アレは、一体…これが星矢の能力なの…?」


彼の体から漏れ出す黒と白のオーラ。それを目の前にした大妖怪レミリア・スカーレットは、その異様な光景に目を奪われていた。

自らを一介の人間だと明言し、決して力を誇示しようとしない彼の姿勢を見ていたレミリアは、自身の中で勝手に彼の事を【唯の人間】だと評価していた。だが、それらは全て自分の憶測であったという事を、彼女は初めて思い知らされた。彼がワザと、自分達に力を見せなかったという事実を…


星矢「では、失礼してアレを拝借させて頂きますね?」


レミリア・咲夜・パチュリー「アレ…?」


星矢が突然指を差しながら言葉を漏らすと、3人も釣られて同じ方向を見詰める。その方向には、紅魔館の象徴とも呼べる時計台があった。


星矢「紅魔館の執事を志す者…時計台の針を容易に外せずにどうしますっ!」


レミリア・咲夜・パチュリー「嘘ぉっ!?」


そして星矢は瞬時に時計台へと移動すると、徐に時針の先端を両手で掴み、それを勢い良く引き抜いた。

彼の取った行動に、3人は大声を出しながら驚きを表現する。だがしかし、昨夜の放ったナイフは全方位から彼の事を狙っていた。


星矢「剣舞…十六夜ッ!!」


星矢の体全体に無数のナイフが突き刺さろうとした刹那、ナイフはその場で全て弾かれ、無残にも地面へ落下していった。

剣舞・十六夜とは、その名にある数字の通り獲物を瞬時に16回目標へと振り回す剣技である。この剣技が扱えるのは、常人以上の身体能力を有し、且つこの若さで剣の道を極限にまで極めた彼にしか出来ない芸当だ。


咲夜「あのスペルでさえ、掠りもしないなんて…それに、あの重さの時針を、あんな細腕1本で…」


自らの放ったスペルを攻略された事よりも、咲夜は彼の身体能力の方に驚いている様子だった。

それは至極当然で、彼の持っている時計台の時針の重さは、優に30㎏を超える代物だ。しかし彼はそれを持ち上げるどころか、片腕で扱って見せたのだ。そんな光景を見せられて、驚くなと言う方が無理な話だろう。


星矢「咲夜さん。これで終わりではないでしょう?」


咲夜「え?」


時計台の時針を足元に置きながら、星矢はこの対決が終わっていない事を咲夜に示唆する。

彼の言葉を聞き、咲夜は目を丸くしながら疑問符の付いた声を漏らすと、星矢はそれを見て更に言葉を続けた。


星矢「貴女にはまだ、取って置きのスペルが残されている筈です。そのスペルを攻略しない限り、私にはこの紅魔館で働く資格はありません」


言葉を続けながら星矢は、足元に落ちていた2本のナイフを拾い上げ、咲夜にその2本のナイフを返した。

返し方に少々問題はあったが、咲夜はそれを難無く受け取ると、彼の目を見詰める。すると、彼女の反応を見た星矢は、右手を前に差し出し、微笑みながらこう言葉にした。


星矢「一曲、お付き合い頂けますか?」


それはまるでダンスの誘いのようであり、これから彼女が奏でる旋律と踊りの相手を、自分にして欲しいという彼の意思の表れであった。


咲夜「っ……謹んで、お受け致します…」


彼の誘い文句に、咲夜は綺麗にお辞儀をし、その誘いを受ける意を示した。そして、彼女の下げた頭がゆっくりと上がる…


星矢「真紅の瞳…ですか。正に紅魔の従者に相応しい瞳ですね…」


しかし、彼は彼女の瞳を見ても尚、その笑顔を絶やす事は無かった。そんな彼を見て、咲夜は一気に駆け出し、彼との距離を詰める。その瞬間、彼女はスペルカードを宣言した。


咲夜「傷魂・【ソウルスカルプチュア】ッ!!」


星矢「誠に残念ですが…私の魂を掘り、刻む事が出来るのは、此の世にたった【1人】だけですよ…」


彼女の宣言に、星矢は少し悲しげな表情を浮かべながら、その場に唯呆然と立ち尽くしている。だが、咲夜は躊躇う様子を見せる事なく、星矢に切り掛かった。


星矢「ッ!!」


咲夜「ッ!?くっ、はッ!!」


彼女の両手に持つナイフ。それを目にも留まらぬ速さで振り抜き、星矢に向かって連続で切り掛かる。

それを星矢は己の両目で見抜き、指先を使ってナイフの軌道を変え、往なしていく。

攻撃と防御が綺麗に混ざり合い、その光景を間近で観ているレミリアとパチュリーには、彼等が踊っているかのように映った。


星矢「ッ!?」


咲夜の連続攻撃を華麗に往なしていた星矢だったが、判断を誤り、手元が狂ってしまう。すると、星矢の右頰に彼女の攻撃が当たり、頰に切り傷が付いてしまった。

傷が付いた頰からは紅い鮮血が飛び散り、咲夜のメイド服を穢す。


咲夜『当たったッ!?なら…もっと速くッ!!』


彼に攻撃が当たった事を確認した咲夜は、ナイフを持つ手に力を込め、更に攻撃の手を早めようと瞬時に彼の身体へと再度切り掛かる。だが星矢は、彼女が見せた思考という名の一瞬の隙を見逃さなかった。


星矢「はッ…」


咲夜「なっ!?」


切り掛かった瞬間の踏み込みを見切った星矢は、彼女の右足を払い、体勢を大きく崩させる。

そして、彼女の手に持つナイフを瞬時に取り上げると、その場に倒れそうになった彼女を抱き留めた。


咲夜「……私の、負けですね…数々の無礼、申し訳ありませんでした…」


全力を尽くし、星矢に抱き留められるまま、彼女は負けを認めた。敬愛する主人の前で負けを認めるという事が、彼女にとってどれ程屈辱的な事なのか…それはきっと計り知れない程のものだろう。しかし、彼女は笑っていた。


星矢「いえ、負けたのは私の方ですよ。咲夜さん…」


咲夜「え?」


星矢「この頰の傷…これが付いた時点で、私の負けです。ピチュられなかったのが奇跡ですよ、本当に…」


彼女の敗北を否定しながら、星矢は自らの右頬に付いた傷を右手人差し指で軽くなぞり、微笑みながら今こうして生きている事が奇跡だと表現した。その一連の行動を見て、咲夜は唖然とした表情で彼を見詰めている。


咲夜「貴方は、慢心なさらないんですね…」


星矢「そのような心構えでは、いつか足元を掬われてしまいますからね。油断と慢心は、人生の天敵ですよ」


星矢の態度に感銘を受けた咲夜は、自分の心を偽る事なく、素直にそれを己の口から言葉にする。

彼女に褒められたような言動を取られ、内心浮き足立ちながらも、星矢は平静を装って自らの見解を述べた。


星矢「それに、執事を志す者ならば、向上心が欠けてしまってはいけませんから…常に最良を目指し、努力する。それが、主人に仕える者としての義務です」


咲夜「っ…」


すると星矢は、己の中に持つ執事の役目や主人に仕える者としての心構えを咲夜に話す。

彼女にこれ以上の評価を望んではいなかった星矢だが、彼の執事としての、そして人間としての本質に気付いた咲夜は、先程の弾幕対決を総合して、彼の事を誤解していたのだと深く反省した。

しかし、主人であるレミリアを泣かした事に関しては、未だ全くと言っていい程許してはいない。


星矢「さて…では私はそろそろお暇させて頂きます。今日はとても楽しい1日でした。それと、私のような者を助けて下さり、本当に有難う御座いました。このご恩は、いつか必ずお返し致しますので…」


咲夜をその場にしっかりと立たせると、星矢は彼女にお礼の言葉を述べ、踵を返して時計台の出入り口の方へと歩き出してしまう。


レミリア「ぁ……うー…」


パチュリー「レミィ…」


結局、彼の出した答えは変わらず、彼はこの紅魔館から出て行く事を選んだ。

その事が納得出来ず、レミリアは唸り声を上げながら悲しい表情を浮かべる。そんな彼女を見たパチュリーには、彼女の頭を優しく撫でてやる事しか出来なかった。


咲夜「ま、待って下さいっ!」


主人であるレミリアの様相を見た咲夜は、立ち去ろうとする彼の元へと駆け寄り、呼び止める。

彼女に呼び止められ驚いた星矢は、体を一瞬強張らせると、ゆっくりと後ろを振り向いた。


星矢「な、何でしょうか…」


若干怯えた表情を浮かべ、口籠もりながら自分を呼び止めた理由を聞く星矢。

彼は今、この紅魔館から出入り禁止になるかも知れないという最悪の状況を頭の中で繰り返していた。紅魔館に出入り禁止になるという事は、彼にとって耐え難い苦痛であり、この世界で生きる意味を奪うに等しいのだ。


咲夜「お願いですっ…どうか、お嬢様の元で、この紅魔館で、働いて頂けないでしょうかっ…」


星矢「っ!?ちょ、ちょっと咲夜さんっ!頭をお上げになって下さいっ!私のような者に頭を下げるなんてっ…」


突然頭を下げ、紅魔館で働いて貰えないかと頼み込んできた咲夜に、星矢は今まで見せた事のないような動揺ぶりを見せる。

そして彼は、咲夜に頭を上げるように何度も頼み込むが、彼女は決して下げた頭を上げようとはしない。


星矢「……分かりました。貴女がそこまで仰ってくれるのならば、この身体を主人の為に、そして紅魔館の為に使う事をお約束致しましょう…」


咲夜「ほっ…では星矢。これから宜しくお願いしますね?」


彼女の説得に負け、星矢はその場に跪くと、自分の左胸に右手を当てながらそう言葉にした。

彼の言葉を聞いた咲夜は、ホッと胸を撫で下ろしながら、これから共に仕事をこなして行く同僚として、彼に一言宜しくと告げる。すると…


星矢「はい」


彼女の挨拶に、星矢は笑顔で返事を返した。


レミリア「ぱ、パチェ!聞いた?星矢が…星矢が私専用の執事にっ…」


パチュリー「変わり身早いわね…それとレミィ、誰もレミィ専用の執事になるなんて言ってないわよ?」


星矢が紅魔館で働いて行く事が正式に決まり、それが余程嬉しかったのか、先程まで俯き、曇った表情を浮かべていたレミリアは、一転してその表情に明るさを取り戻していた。

そんな浮き足立つ彼女に、親友であるパチュリーは冷静に物事を捉え、彼女を落ち着かせようとそう言い聞かせる。


レミリア「せ、星矢は私の男なんだから、私の執事なのよっ…手を出したら、幾らパチェでも許さないから…」


パチュリー「はぁ〜っ…手を出したりなんかしないわよ……それにしても、本気なのね?レミィ…」


しかしレミリアは親友の言葉に対して、持論を述べつつ彼に手を出さないよう彼女に警告をする。

流石のパチュリーもこの言葉には呆れたのか、大きな溜息を吐きながらレミリアに本気なのかと訪ねた。


レミリア「私はいつだって本気よ。これからゆっくり、星矢と2人で愛を育んでいくわ❤︎」


パチュリー「あ、そ…」


だが、レミリアの暴走気味な妄想は留まる事を知らず、彼女は延々と星矢の事を見詰め続けながら自分が本気である事をパチュリーに話した。そしてパチュリーは、それ以上何も言わなかった。


パチュリー「カリスマが跡形も無く崩れて、見る影もないわ……敢えて名付けるとすれば、【カリスマブレイク】ね…」


紅魔館の現当主として、そして偉大な妖怪吸血鬼としての威厳を著しく損なう行動を取るレミリアに、パチュリーは誰にも聞こえない程の小さな声でそう呟いた。

この日を境に、レミリア・スカーレットのカリスマ性は段々と薄れていき、いつしか【ポンコツ】と呼ばれる日が来る事を、当の本人であるレミリアは知る由もなかったのである。運命を操る程度の能力とは、一体何なのだったのだろうか。



「アハッ♪面白そうなおもちゃ、みぃーっけ❤︎」



そして、金色の髪を靡かせ、背中から一対の枝に7色の結晶がぶら下ったような翼を生やした少女が、真紅の両目を輝かせながら、時計台の出入り口でレミリアと同様に星矢の事を見詰めている。だが、その顔は歪んだ笑みを浮かべていた。



to be continued…




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