東方project【紅魔星天録】〈6〉
秋の風が段々と肌を刺すような冬の風に変わっていく幻想郷。
村を歩く人々達の服装も厚くなり、冬の訪れを益々感じさせる中、紅魔館の主レミリア・スカーレットはある一大決心をし、朝食の時間を借りてその事を使用人や友人を含めた者達に話そうとしていた。
レミリア「星矢の事を他の連中に伝えようと思うわ」
咲夜・パチュリー・小悪魔「はい?」
唐突に新たに紅魔館の使用人として雇った星矢の事を幻想郷に住む者達に紹介すると宣言するレミリア。そして、何の脈絡もなく彼女にそう切り出された他の者達は首を傾げ怪訝そうな表情を浮かべる。
フラン「これ美味しー!」
そんな中で、唯一彼女の妹であるフランドール・スカーレットだけが星矢の作った朝食を摂る事に集中しており、場違いな反応を見せていた。
星矢「あの、お嬢様?紹介とは一体どういう…」
すっかりレミリアの左後ろが立ち位置となった星矢は、身を屈めて彼女の顔に自分の顔を近付けると、先程発した言葉の意味を彼女に問う。
レミリア「こ、ここっ…言葉通りの意味よ…あ、貴方の事を霊夢達に自m……紹介する…それだけよ…」
急に顔を近付けられ、動揺を隠し切れず焦った様子を見せるレミリアは、顔を真っ赤に紅潮させながら何故か一瞬言葉を詰まらせ、視線を逸らした後言い終える。
パチュリー『今、霊夢達に自慢しようとって言いかけたわね…』
小悪魔『星矢さんの事、自慢したかったんですね…お嬢様…』
咲夜『おぜう様可愛い❤︎』
彼女の反応で付き合いの長い者達は大凡の当たりをつけ、自己の中で完結するとパチュリーと小悪魔は溜息を、咲夜は頰を染めたまま鼻血を垂れ流して無駄な指摘はしないよう口を紡ぐ。
レミリア『ふふ…散々私の事を馬鹿にしてきた霊夢達を見返すチャンスよ』
親しい友人や使用人が反応を示す中、レミリアは星矢に見えぬよう細心の注意を払いながら悪魔的な笑みを浮かべ、悔しがる霊夢達の姿が脳裏を過ると無意識の内に笑いが溢れ出る。
星矢『何だかレミリアの様子が…まぁ、可愛いからいっか!』
それを隣で見守る星矢も、彼女の様子がおかしいという事には気付いたものの、結局【可愛い】の一言で全てを片付けてしまい、胸に手を当てて吐息を漏らす。
レミリア『それに、もう直ぐ忘年会も控えてるし、その前に私の将来の旦那様として紹介しておくのが定石よね』
人間達の世界で言う所の元旦。それが幻想郷にも刻々と近付いており、レミリアはその忘年会に彼を参加させる為にも、先ず博麗の巫女である霊夢に紹介をし、認めて貰おうと考えたのだ。
因みに、やはりというか何というか、この理由はあくまで後付けであり、本当の理由はただ単に彼を自慢して彼女達を羨ましがらせようとしているだけなのは言うまでもない。
レミリア「星矢!命令よ!今直ぐ出掛ける支度をして、エントランスまで来なさい!」
逸らしていた視線を星矢の方に向け、右手人差し指で彼を指差しながら命令と称し、レミリアは支度をするよう呼び掛けた。すると…
星矢「御意。お嬢様」
彼は両足の踵を付けて姿勢を正し、右手を自らの胸に当てて主人であるレミリアの意向に従う事を誓い、彼女の命令通り出掛ける支度をする為か踵を返してダイニングルームを後にした。
レミリア「う〜❤︎やっぱり、星矢は素敵だわ❤︎」
右手を頰に当て、トロけた表情を晒して彼の背中を熱い眼差しで見詰めるレミリア。そんな彼女からは、嘗て幻想郷で恐れられていた紅魔スカーレットデビルの姿では無く、異性に恋い焦がれる1人の少女と成り果てていた。
咲夜「くっ…お嬢様とお出掛けなんて、何と羨ましいっ…」
彼が出て行く姿を見送るレミリアを見詰め、咲夜は歯軋りをしながら彼女からお出掛けの誘いをされた事を羨ましいと口にし、拳を握り締める。
パチュリー「でも意外ね。まさかレミィからデートの誘いをするなんて」
咲夜の恨めしそうな態度を他所に、パチュリーは朝食を食べ終えたのかティーカップを手に持つと、口元に運んで特に理由もなくデートという単語を言い放つ。
レミリア「で、デートっ!?」
パチュリー『ふふっ…予想通りの反応ね…』
親友の口から唐突に飛び出したデートという単語に過剰な反応を見せ、途端に顔を真っ赤にしながら焦りを見せ始めるレミリア。
それを見て、パチュリーはティーカップの中の紅茶を口内に流し込むと、不敵な笑みを浮かべてコースターの上にティーカップを置いた。
フラン「にぇーにぇーでーとってはに?」
咲夜「あの…妹様?口の中に食べ物を入れながら喋るのはどうかと…」
そして、過剰な反応を見せるレミリアの妹、フランもデートという単語に食い付き、目の前に座る咲夜にその言葉の意味を問う。
しかし、フランが何を言っているのかも分からず、加えて行儀の悪い喋り方をしている彼女を、紅魔館メイド長の十六夜咲夜は優しく窘める。
フラン「んぐっ…デートって何?」
咲夜の優しいお説教を素直に聞き入れ、口の中に溜め込んでいた食べ物を飲み込んだフランは、改めて疑問を解消しようと首を傾げながら咲夜に質問をぶつける。
咲夜「そうですねぇ…簡単に言うと、好きな相手とお出掛けをする事をデートと言うんですよ」
デートの意味を尋ねられ、口元に手を当てて少しばかり考える素振りを見せた咲夜は、特に難しい言い回しをせず目の前のフランに笑顔を見せながら簡単な説明をした。
フラン「ふ〜ん…じゃあ私、星矢とデートしたい!」
レミリア・咲夜・小悪魔「っ!?」
パチュリー「あら」
すると、デートの意味を理解したのか何度も頷き、口の端から八重歯を覗かせるとフランは何故か勢い良く挙手をし、今この場には居ない彼とデートがしたいという意思を口にして周囲の者達に驚きをもたらす。
レミリア「だ、駄目よ!星矢は私とデートを…」
フラン「それはお姉様の言い分でしょ?私には関係無いもーん」
妹の発言に戸惑い、テーブルを叩いて席を立ったレミリアは何かを言おうと口を開いたが、フランがそれを遮るように言葉を紡ぎ、互いに睨み合って火花を散らし始める。
咲夜「お嬢様だけでは飽き足らず妹様まで…許すまじっ…」
先程よりも強い歯軋りで、目を血走らせて星矢に対して結構な憎悪を抱く咲夜は、視線を移して言い争いを繰り広げるスカーレット姉妹を視界に入れるとガクッと項垂れ、ティーカップへと手を伸ばした。
小悪魔「でも、あれだけ高スペックだとしょうがない気もしますよね?パチュリー様?」
パチュリー「こあ…貴女、高スペックなんて言葉何処で覚えてきたのよ…」
一方、此方の2人もスカーレット姉妹の言い争いには介入せず、主人と使い魔の関係とは到底思えないような和気藹々とした空気で会話をし、朝の時間を過ごしていた。
☆
フラン「えへへ〜❤︎星矢とデートだぁ❤︎」
星矢『なん……だと…』
結局、あの言い争いは着替えが終わり様子を見に来た星矢によって止められ、話し合いの結果3人で挨拶回りをするという事で決まった。
勿論、星矢は彼女達の真意には気付いておらず、このフランのデートという発言に大層驚き、心臓の鼓動を必死に抑えている。
レミリア『うー…せっかく星矢とデートをするチャンスだったのに…』
彼の腰に抱き着き、擦り寄る妹に鋭い視線を向けながら軽く頰を膨らませ、不機嫌そうな紅魔館の主、レミリア・スカーレットお嬢様。
本来ならば、私事に関係無く幻想郷でも1.2を争う危険な能力を持つフランを外出させたくないのが本音なのだが、間に入った星矢に執拗に頼み込まれてしまい、渋々意見を飲む形で彼女の同行を許してしまったのだ。
咲夜「お嬢様。大丈夫ですか?妹様は…」
レミリア「貴女の言いたい事は分かるわ、咲夜。万が一の時は姉の私が責任を取るから、此処は身を引いてちょうだい」
この予想外の展開に、事実上紅魔館を取り仕切っている咲夜も気が気ではないらしく、レミリア自身もそれを重々承知しているのか最悪の場合を想定している考えを示し、その意思を彼女に伝える。
フラン「ねぇねぇ星矢!その籠の中、何入ってるの?」
そんな大事な会話をしているとはつゆ知らず、危ぶまれているフランは星矢が手に持っている籠の中身に興味を示し、彼にその中身を尋ねた。
星矢「これですか?これは挨拶の際に渡すお菓子ですよ」
彼女に尋ねられるまま、星矢はこれから挨拶に伺った際に手渡すお菓子が入っていると伝え、籠を開けて中身を見せる。
フラン「お、お菓子がいっぱい…美味しそう…」
すると、籠の中には大量のクッキーやパウンドケーキなどが綺麗に並べられており、その光景を目の当たりにしたフランは香ってくる甘い匂いを嗅いで涎を垂らし、人差し指を加えながら真紅の瞳をこれでもかと輝かせた。
星矢「フランお嬢様はついさっきケーキを食べたばかりなのでお預けです」
フラン「ぁ…」
彼女の視線で何を考えているのか一瞬で理解した星矢は、朝食のデザートを食べた事をフランに告げると籠の蓋を閉め、お菓子が並べられた光景と甘い匂いを断って彼女の誘惑を断ち切ろうと試みる。
フラン「う〜…」
星矢「くっ…」
ウルウルと瞳を潤ませ、上目遣いで星矢の事を見詰めるフランの周りからは、目の錯覚なのだろうが煌びやかなオーラが溢れ出ており、彼は堪らずグラついてしまう。
星矢「ぐぐっ……ひ、1つだけなら…」
フラン「っ!わーいっ!星矢大好きー❤︎」
心の中で凄まじい葛藤を繰り広げた末、星矢が下した決断はフランを甘やかしてしまう結果となってしまう。
星矢『嗚呼っ…至福っ……でも、俺って結構甘いよな…』
しかし、彼からすれば彼女に抱き着かれて尚且つ好感度も上がり、結果オーライなのだろう。それでも、自分の甘さには一応思う所はあるらしく、素直に喜べないといった複雑な心境を抱えていた。
レミリア「うーっ…またフランに甘えられて鼻の下伸ばしてっ…」
咲夜との話し合いに区切りを付け、星矢の方に視線を移したレミリアは、自分の妹に擦り寄られて鼻の下を伸ばす彼の姿を目にし、可愛らしく頰を膨らませてヤキモチを焼く。
星矢「それではそろそろ行きましょうか。天気は曇りですが、念の為にと日傘をご用意させて頂きましたので、此方をどうぞ」
フラン「わーい!ありがとーっ!」
餌付け&至福のひと時を終え、今回のお出掛けの為だけに用意したフラン専用の日傘を手渡すと、フランの元気な声と共に扉の方へと歩き出す。
レミリア「それじゃあ行ってくるわ」
咲夜「お気を付けて」
それを受け、レミリアも出掛けの挨拶を咲夜に述べると2人の後を追って歩き出し、フランとは真逆の右側の位置に陣取って歩調を合わせる。
星矢「さて、と…レミリア。先ずは何処に挨拶しに行くんだ?」
扉から出て周囲には自分とレミリア、そしてフランしか居ない事を確認した星矢は、レミリアの言い付け通り素の喋り方に戻り、彼女に行き先を問う。
レミリア「そうね…先ずは博麗神社よりも近い永遠亭に行きましょ」
吸血鬼の弱点である太陽の光を避ける為、入念に天気の確認をしながら彼の問いに答えたレミリアは、どうやら行き先を永遠亭に定めたようだ。
星矢「と、いう事は…魔法の森を抜けるって事か?」
レミリア「そうなるわね。さぁ、行きましょ」
現実の幻想郷の地理に全く詳しくない星矢は、咲夜やパチュリーから聞かされていた地理を元に魔法の森を抜けて行くのかとレミリアに問い、彼女はそれに答えると自然な流れで彼の手を握り、歩き出した。
星矢「れ、れれ…レミリアっ…」
レミリア「な、何よ…ほら!早く行くわよ!」
選択肢も出現しないいきなりのイベント突入に焦り、額に汗を浮かべながら彼女の名前を呼ぶ星矢。すると、レミリア自身もかなり勇気のいる行動を起こした為か、頰を真っ赤に紅潮させて彼に早く歩くよう促す。
星矢「う、うっす…」
彼女が声を荒げ、星矢は力無く返事を返すと手を引かれるまま歩みを始め、美鈴が守る正門の所まで歩いて行く。
こうして、星矢とスカーレット姉妹の挨拶回りの幕が上がる。だが、この後彼等には数多の試練が待ち受けていたのだ。主に、紅魔館の主であるレミリア・スカーレットに…
幻想郷(魔法の森)
フラン「デート❤︎デート❤︎星矢とデートっ❤︎」
レミリア『う〜❤︎いつか、星矢と2人きりで夜の幻想郷を歩き回りたいわ❤︎…』
幻想郷の憂鬱そうな天気とは裏腹に、いつの間にか彼に肩車をして貰い、適当な音程で今の気持ちを表現するフランと、彼の右手をしっかりと握り、既に今後の妄想で頭がいっぱいなレミリア。
この2人の共通点と言えば、彼を強く想いながら永遠亭を目指しているという事だけだろう。しかし、それは彼女達だけではなく彼も同じようで、星矢はだらしのない表情を浮かべながら存分にスカーレット姉妹とのデートを楽しんでいるようだった。
星矢『ていうか…今思えば1ヶ月以上幻想郷に滞在してはいるが、こうして幻想郷を回るのって初めてだな…』
木々の生い茂った豊かな自然に触れ、改めて自分が幻想郷に来ているのだと実感した星矢は、同時に幻想郷を見て回った事が無かったと思い、物珍しそうに周囲を見回す。
フラン「ねぇ星矢!お外って楽しいね〜?」
星矢「そうだなぁ…まさか空気がこんなに美味しいとは思わなかった…」
彼の頭をポンポンと軽く2回叩き、初めて出た外の世界に大興奮といった様子で問いかけるフランに対し、息を吸って幻想郷の澄んだ空気を肺に取り入れた星矢は彼女の意見に同調する。
フラン「星矢の髪って長いのにサラサラしてるね?お手入れとかしてるの?」
星矢「い、いや…特には…」
次にフランが振った話題は、肩車をして貰った故の必然とも言える髪の毛についての話題であった。
しかし話題を振って貰った上に褒められたにも関わらず、肝心の星矢は何故か頰を染め、素っ気ない答えを返すだけだった。
星矢『フランの胸が後頭部に…』
彼がフランに対して素っ気ない態度を取ってしまった理由。それは、フランが自分の頭を抱き抱える度に訪れる柔らかい感触の所為であり、決して鬱陶しいとか思っての事ではない。
レミリア『う〜っ!またフランにばかり現を抜かしてっ…それ位、私だって…』
再び妹に甘えられて鼻の下を伸ばす最愛の男性に、怒りと嫉妬がぶつかり合い化学反応を起こして狂化してしまいそうになるレミリア。
だがそこは大人の淑女。無闇矢鱈に声を荒げて品格を落とすような真似はせず、彼女は妹であるフランと同じ土俵に立って勝負しようと思い立つ。
レミリア「せ、星矢❤︎…その、もっと私の近くに寄りなさい❤︎…」
星矢「えっ…あ、あぁ…」
自分の胸を押し当て、手を握るのではなく星矢の腕に直接抱き着くという大胆なアピールで、レミリアは彼の心を揺らしに掛かる。
星矢『れ、レミリアの体…何だかプニプニしてて気持ちいいな…いや、別に太ってるとかそういう意味じゃないが…』
レミリア『お、おかしいわ…もっと動揺してくれてもいい筈なのに…』
レミリアの思惑通り見て分かる程の動揺ぶりを発揮する星矢であったが、彼女の期待していたものとは少し違ったらしく、やや不満そうに口を尖らせる。そして、彼女はある1つの仮説に至った。
レミリア『……もしかして私…フランよりも胸が…』
自分のすっとんとんでぺったんこな胸を見詰め、普段のフランから体型を予想し始めたレミリアは、自分の胸が妹よりも劣っているのではと急に不安と焦りを募らせた。
レミリア『だ、大丈夫よ…私だってまだまだ成長期だし、これから大きくなる筈だわ…』
吸血鬼の成長期が何百年単位であるかは定かではないが、レミリアは自分に言い聞かせるように心の中で呟き、鼓舞する。
しかし、仮に彼女が成長して夢の豊満ボディを手に入れたとしても、その時には彼が寿命で亡くなっている可能性が高いだろう。
レミリア『でもその前に、私の実力で何とか星矢を私だけのモノに…』
自分の体型云々の前に、先ずは彼を自分だけのモノにしようと画策するレミリアは、永遠亭に到着する前に関係を良好にするべく、新たな作戦を実行に移す。
星矢『さっきから無言で抱き着いてるが…これは一体どう捉えればいいのか…』
身長差が倍以上ある自分の腕に抱き着き、無言を貫くレミリアのこの行動を受け、どう捉えたらいいのかと困り果てている星矢は、楽観的な発想などはせず敢えて慎重になり、思考を巡らせる。
レミリア『ま、先ずは…私の指を星矢の指に絡めて…』
星矢「ッ…」
そんな彼の思考を乱すレミリアの新たな作戦。それは、自分が彼を異性として強く意識している事を知らせる為の作戦であった。
そして彼女のこの作戦を受けた星矢は、一瞬体を跳ねさせると体を強張らせ、途端に動きがぎこちなくなる。
レミリア『次は、このまま星矢の腕に何度か頬擦りを…』
星矢「っ…ッ!」
愛おしそうに何度も柔らかい頰を彼の腕に擦り付け、大胆且つ猛烈なアピールを仕掛けていくレミリア。すると、彼女が頬擦りに星矢は堪らず体を反応させ、彼の肩に乗るフランにも影響が出始めた。
フラン『うぅ…星矢の首がお股に当たって、えっちな気分になっちゃう…』
星矢が体を跳ねさせ、その振動によって段々と頰を赤らめていくフランは、気恥ずかしさと後ろめたさの板挟みに遭い、複雑な心境を抱く。
フラン『それに、星矢って髪の毛もいい匂いだし…こうやって抱き着いてると、抱き締められた時の事思い出しちゃって…』
だが、彼女はこの高揚感が以前自室で星矢に抱き締められた時のものと似ている事に気付き、ふとその思い出に浸りながら彼の頭を抱き抱えて俯いてしまう。
星矢「ふ、フラン?どうかしたのか?」
先程からずっと足をパタパタ、羽をパタパタさせていたフランが急に大人しくなった事で違和感を覚えた星矢は、やや心配そうな表情で上を向きながら質問をぶつけた。
フラン「えっ!?べ、別に何もないよ!?元気いっぱいだよ!?」
突然声を掛けられた事に驚き、両手を勢いよく振って焦りを露わにするフランは、その反応とは真逆に特に何もないと告げて何とか彼を安心させようとする。
星矢「そ、そうか…ならいいんだ…」
妙に挙動不審な動きをしている。そう怪しむ星矢であったが、此処でも彼はフランに対してそれ以上の追求をしようとはせず、グッと言葉を飲み込み自己の中だけで完結を終えた。何故なら、嫌われたくないからである。
レミリア「星矢!貴方の主人は私の筈よ!もっと私に構いなさいっ!」
星矢「そ、そう声を荒げるなよ…」
レミリア「う〜❤︎」
妹に星矢を取られてしまうと焦り、彼の腕に抱き着いていた力を咄嗟に強めたレミリアは、声を荒げてはいるものの無意識の内に自分の気持ちを素直に伝え、見事彼から撫で撫でをして貰う事に成功する。
レミリア『ふふ❤︎…やっぱり星矢の手は暖かいわ❤︎…』
大きな手の平が髪を掻き分け、頭皮で彼の温もりを堪能するレミリアは、頰を染めながら自然と顔を綻ばせ、自分の心が満たされていくのを感じていた。
フラン『ふんっ…いーもんいーもん!私は星矢の頭に抱き着くからっ!羨ましくなんかないもんっ!』
幸せそうな姉の表情を目の当たりにし、頰を膨らませて一気に不機嫌そうな表情に変わったフランは、今の自分の立ち位置が恵まれていると自分に言い聞かせ、先程よりも強く彼の頭を抱き抱える。
星矢『俺、こんなに幸せでいいのだろうか…』
憧れの存在であるレミリアにこれでもかと強く抱き着かれ、それだけではなく自分から頭まで撫でてしまっている現状。
更に、フランには肩車をしている為首には彼女の柔らかい太腿の感触が伝わり、オマケに後頭部には微かではあるがこれまた柔らかいモノが押し当てられている。
そんな満ち足りた状態で、星矢は天にも昇る心地を味わいながら地面に置いた籠を手に取り、再び3人で永遠亭に向かって歩き始めた。
星矢「此処が迷いの竹林か…中々雰囲気がある場所だな…」
あの後実に15分程。彼等3人は更に歩き続け、永遠亭があるとされる迷いの竹林へと到着した星矢とレミリア、そしてフランは、竹が生い茂る道を見詰めながらその場で立ち尽くしていた。
フラン「へぇ〜これがタケノコが成長した姿なんだぁ…凄くおっきいね」
夕食として出されるタケノコは目にしても、成長した姿を生で見るのが初めてなフランは、物珍しそうな表情を浮かべる。
レミリア「道は私が覚えているから安心しなさい。さ、行くわよ」
幻想郷の聖地巡礼の旅をしているかのような錯覚に囚われる星矢と、初の外出で様々な物を見て興奮するフラン。そんな2人を見て、先を急ぐレミリアは彼の手を引っ張ると、そのまま躊躇うことなくズカズカと竹林へと足を踏み入れた。
フラン「ウィーンガシャン!ウィーンガシャーン!」
星矢『なるべく髪の毛は引っ張らないで貰いたいんだが…』
レミリアに手を引かれるまま迷いの竹林を歩いて行く星矢。そして、そんな彼に肩車をして貰っているフランは、遂に変わり映えのしない風景に飽きたのか両手で彼の長い髪を掴み、まるでロボットを操縦するかの如く上下左右に動かす。
レミリア『フッ…やっぱりフランはまだまだお子様ね。そんなんじゃ星矢は落とせないわ』
妹の幼稚な振る舞いに余裕のある笑みを溢し、レミリアはそのような振る舞いをしていては彼を落とさないと心の中で呟く。
星矢「フランは元気だなぁ。やっぱり外に出られたのが嬉しいのか?」
顔を僅かに上へ向け、未だに髪の毛を操縦桿代わりにしている上機嫌なフランに疑問を投げ掛けた星矢は、やはり好意的に見ている女性の機嫌が良いからか口が緩み、自然な笑みを浮かべている。
フラン「うんっ!あ、でも…星矢は五月蝿い女の子とか、その…嫌い?」
彼の質問に右腕を大きく伸ばして元気良く答えるフランだったが、彼女はふとこれまでの自分の行動を振り返り、嫌われてしまったのではと急にしおらしい態度になる。
星矢「まさか。フランみたいに元気一杯な女の子、俺は好きだぞ?」
フラン「っ❤︎…え、えへへ〜❤︎」
しかし、星矢の好きなフランはあくまで無邪気で元気良く振る舞っているフランである為、彼は自分の気持ちを素直に曝け出すと、左手を伸ばして肩に乗る彼女の頭を優しく撫で、同時にフランも幸せそうな表情を浮かべる。
レミリア『そ、そんなっ…』
彼の衝撃的なカミングアウトによって、脳天に雷が落ちたかのような錯覚に囚われたレミリアは、歩みを止めてその場で立ち止まると、小さな口を開けたまま放心してしまう。
レミリア「う、う〜…う〜…」
星矢「ど、どうしたレミリア?大丈夫か?」
妹に星矢を取られてしまう。その警報音が頭の中で鳴り響き、唸り声を上げながら力無く左右に揺れ動くレミリア。
そんなレミリアの異変に気付き、自分の発言が元でこうなってしまったと知らない星矢は、自分の手を握る彼女に優しく声を掛ける。
フラン「お姉様がポンコツロボットになっちゃった…」
星矢『実の姉をポンコツ呼ばわりするとはっ…何て恐ろしい妹だっ…』
影で実の姉を彼奴呼ばわりしている妹、フランドール・スカーレットは、レミリアが放心状態なのをいい事に彼女をポンコツと呼び、その言葉を聞いた星矢は一昔前の少女漫画の如き顔でリアクションを取る。
星矢「こうなったら仕方ないな…少し危ないが、レミリアを抱っこしながら行こう…」
レミリア「う〜…」
未だユラユラと小さく体を揺らし、動揺しているレミリアを右腕のみでゆっくりと抱き抱える星矢。
すると、彼の体にはレミリアの幼い体が押し付けられ、一瞬顔を赤らめて心を揺さぶられる錯覚を起こす。
星矢「よ、よしフラン…しっかり掴まってろよ?」
フラン「はーい♪」
右腕でレミリアを抱え、左手にはこれから訪れる先に居るであろう者達の為に用意した差し入れを持ち、星矢は自分にしっかり掴まるようフランに注意を促す。
星矢「せー…のっ!」
フランの元気な返事を聞き、口の端を僅かに吊り上げる星矢。すると、彼は何を思ったのか深く腰を落すと両足に力を込め、そのまま一気に驚異的な跳躍力で上空へと飛び上がった。
フラン「わーい!高い高ぁーいっ!」
澄み渡る青空。では無く、太陽の光など微塵も感じさせない曇り空を舞う星矢と気絶するレミリア。
そして、長年空を飛ぶ感覚を忘れていたフランはとても楽しそうな表情で周囲に目を向け、心ゆくまでその情景を堪能しているようであった。
星矢「おーいフラン。何かソレっぽい建物とか見えないか?」
右腕のみで抱き抱えるという不安定な状態の為か、星矢はレミリアから目を離す事が出来ず、代わりに周囲を見回しているフランに永遠亭捜索の任を預ける。
フラン「う〜〜ん……あっ!あったよ星矢!そのまま真〜っ直ぐ行った所にお化け屋敷みたいなのがあるっ!」
その時、先程まで自分達が歩いていた道の遥か前方に、雰囲気のある純和風な建物が目に入り、フランは彼の頭を両手で叩きながらその事を伝えた。
星矢「よし…このまま真っ直ぐだな…よっ!」
彼女の指示を受け、落下に身を任せていた星矢は迷いの竹林を覆う竹に着地すると、自分達の重さで竹が折れる前に次の竹まで飛び移り、それを何度も繰り返して永遠亭を目指し始める。
フラン「わぁーっ!!星矢すっごい!かっこいー!忍者みたーいっ!」
そんな彼の驚異的な身体能力が織り成す移動方法を目の当たりにし、フランは彼を忍者みたいだと称しながら褒め、体を密着させる抱き着き方をする。
星矢『YESっ!これでフランの好感度も上がったぁ!』
フランに抱き着きながら褒められ、鼻から勢い良く息を吐く星矢は、自分に対する彼女の好感度が上がった事を実感し、満ち足りた気分に浸る。
しかし、彼女の好感度が既にMAXに近いという事に、彼自身はまるで気付いていないのであった。
幻想郷(永遠亭前)
星矢「到着…っと…」
レミリアとフラン、そしてお土産を抱えたまま迷いの竹林から勢い良く飛び出した星矢は、永遠亭の前に無事着地し、目的地への到着を果たす。
今、彼等の目の前にある建物は先程フランが見付けた純和風の建物があり、近くで見ると中々に不気味な雰囲気を醸し出していた。
フラン「あー面白かったぁ!」
星矢「ふ、ふふ…」
星矢の大胆で軽快な移動方法が余程気に入ったのか、未だに笑顔を見せるフランは満足そうに彼の肩から降り、思い切り背伸びをする。
その姿を横目に、星矢は彼女の太腿の感触を思い出して鼻の下を伸ばすと、気持ちの悪い表情と声を漏らした。
星矢「っ!!?い、痛てててっ!?」
だがその時、突然右の頬に激痛が走り、星矢はお土産の入った籠を離す訳にもいかず声を上げながら体を揺らして痛みを露わにする。
レミリア「う〜っ…何鼻の下伸ばしてるのよっ…」
星矢「れ、れみひあっ…ごはいだっ…」
右の頬に訪れた激痛の正体。それは、気絶した筈のレミリアによるもので、彼女は自分の頰を目一杯膨らませて抱っこをして貰ったまま彼の頰をこれでもかという位の勢いで抓っていたのだ。
「随分と楽しそうね?良かったら私も混ぜて貰える?」
レミリアが星矢の頰を抓り、フランが姉の暴挙(?)を止めるべく奔走する最中、彼等3人の元へと歩み寄ってくる1人の少女の姿が在った。
星矢「おや…頭にウサ耳を付けた女性にお声を掛けて頂けるとは…指名料金と延滞料金はお幾ら程でしょうか?」
2人きりの時、若しくは自分とフランだけの時にはタメ口で会話をする。その条件が無くなり、自分達の方へ歩み寄って来るウサ耳少女に敬語で話し掛ける星矢は、妙に神妙な顔付きをしていた。
「料金?そんなの要らないよ。だって…」
顔を俯かせたまま言葉を紡いでいく少女。足元に届きそうな程長く、美しい薄紫色の髪を風に靡かせ、服装は丁度彼もよく知っている学生服のような格好をしていた。
「私は貴方が狂う姿が見れれば、それだけで満足なんだから!」
俯かせていた顔を上げ、吸い寄せられるかのような真紅の瞳を光らせた彼女は、右手の人差し指を突き出した状態で彼に向け、次の瞬間には指先から弾丸のような物が飛び出す。
星矢「フランお嬢様。申し訳ありませんがレミリアお嬢様を宜しくお願いします」
レミリア「うーっ!?」
しかし、目の前の彼女が顔を上げた時、戦闘の気配を逸早く感じ取った星矢は、フランに向かってそう告げると抱き抱えていたレミリアを優しく放り投げ、左手に持っていたお土産の入った籠も殆ど同時に地面へと置く。
フラン「えっ…ちょ!ふぎゃぅ!?」
宙を舞うレミリア。その姿が自分の方へ向かって来るのを、フランは緩やかな時間の中で眺めていた。
無論、その間は2秒にも満たない僅かな時間であった為、彼女は無残にも姉の体によって地面に押し潰されてしまう。
星矢「幻想郷の挨拶の仕方が、こんなにも物騒だとは知りませんでしたよ…」
以前、紅魔館の地下室の一室で保管され、フランから手渡された紅い刀身をした禍々しく、不気味な刀。
実はあの一件以降、星矢はレミリアに状況報告をし続けており、今もその刀を抜き放った状態で自らの前で構え、少女の指先から放たれた銃弾らしきものを見事に弾き飛ばしていた。
「へぇ〜…人間の男にもマシな剣使いって居たんだ…」
構えていた右腕を下ろし、関心したかのような表情でそう呟く彼女であったが、それはまるで皮肉を言っているように聞こえ、星矢は眉を動かすと顔を顰めて少女を睨み付けた。
レミリア「ちょ、ちょっと鈴仙!いきなり何するのよ!」
星矢に投げ飛ばされ、フランを下敷きにして事無きを得たレミリアは、そのまま実の妹を下敷きにした状態で彼の前に立つ少女を怒鳴り散らす。
鈴仙「何さとぼけちゃって。本性を現して幻想郷侵略に打って出た癖に」
レミリア「はぁ?」
下ろした右腕を再び上げ、今度はレミリアに向かって右手人差し指を構えた鈴仙は、彼女を睨み付けると幻想郷侵略に打って出たと口にする。
一方、唐突に身に覚えのない事を言われたレミリアは、呆れた表情で首を傾げながら声を漏らす。
鈴仙「大方、そこの人間を利用して師匠に何かの薬を作って貰おうって腹だろうけど…私が出てきたからにはそうはいかないわよ!」
どうやら、彼女は本気でレミリアが何かを企んでいると思ってるらしく、星矢とレミリアに人差し指を交互に向けながら言葉を紡ぎ、万全な戦闘態勢を取る。
星矢「レミリアお嬢様…どうやら彼方の方は少々頭が残念な方のようですね…」
自信満々の表情で盛大な鼻息を漏らし、此方を見詰めるウサ耳少女に対して、星矢はレミリアとダウンしているフランに近寄ると、レミリアの耳元で小さくそう呟く。
レミリア「そ、そそっ…そうねっ…ポンコツにも程度というものがあるわっ…」
彼の吐息が耳に当たり、声が優しく鼓膜に響くと、途端にレミリアは顔を真っ赤にしながら体を捩らせ始め、かなり動揺した様子で鈴仙を貶す。
鈴仙「しかもあの噂に名高い妹ちゃんまで連れて来るなんて、今度は本気みたいだね。吸血鬼」
地面に仰向けの状態で気絶するレミリアの妹、フランドール・スカーレット。どうやら鈴仙もフランの事は少なからず耳にしているようで、彼女は口の端を吊り上げると気絶したフランに指先を向けた。
レミリア「勘違いも甚だしいわね。此処まで来るといっそ清々しいわ」
幻想郷侵略などという馬鹿げた夢はとうに捨て去り、今では使用人である星矢を追い掛ける事に没頭しているレミリアは、鈴仙の考えを勘違いだと一蹴して鼻で笑って見せる。
無論、これで鈴仙の誤解が解ける筈も無く、彼女はフランに指先を向けたまま動かない。
星矢「即刻その物騒な人差し指を下ろして頂けませんか?見ていてとても不快なのですが」
未だフランに照準を合わせたままの鈴仙に対し、武力行使を辞さない考えの星矢は言葉を紡ぎながら左足を強く踏み締めると、左手で刀の柄を握り構えに入った。
レミリア「一応私も忠告しておくわ。鈴仙、星矢は貴女よりも遥かに強いわよ?」
星矢が構えに入った瞬間にその場を支配するナニカに、鈴仙が僅かに身を引くと、口の端を吊り上げたレミリアが自信満々の表情でそう言い放ち、彼女の精神に揺さ振りを掛ける。
鈴仙「ぷっ…あはははははっw!何その忠告、冗談が随分と上手くなったねw!」
ドヤァという擬音と共に自信に満ちた表情を晒したレミリアの忠告を、鈴仙は一笑に付すどころか涙を浮かべながら腹を抱え、大きな笑い声を轟かせ始めた。
レミリア「星矢…命令よ。あの兎を今直ぐバラしなさい…」
星矢「レミリアお嬢様…気持ちは分かりますがどうか落ち着きになって下さい…」
この態度に怒りを覚え、眉間に皺を寄せて目付きを鋭くしたレミリアは、体をプルプルと小刻みに震わせながら星矢に命令を下し、星矢は星矢で構えを解いて彼女を宥めに掛かる。
フラン「ふみゅ〜…お姉様重過ぎ…まだ体が痛いよ…」
と、その時。先程からずっと気絶していたフランが漸く目を覚まし、頭を抱えながら上半身を起こして何やらブツブツと呟いた。
星矢「フランお嬢様!良かった…目を覚まされたのですね?」
自らが招いた惨劇の後ろめたさと、鈴仙に狙われていた事を受け、星矢は瞬時にフランの元へと駆け寄ると右手で彼女の背中を支え、声を掛ける。
フラン「星矢ぁ…抱っこしてぇ〜…」
星矢「ぎょ、御意ッ…!」
するとフランは、体の痛みと動く事が怠いのか、上目遣いで両手を広げながら彼に自分を抱っこして欲しいと甘い声で伝え、胸を高鳴らせた星矢は咄嗟に二つ返事でOKしてしまう。
レミリア「ちょ、ちょっと星矢!何してるのよっ!」
フランの要望に応え、抜き放っていた心の刀を鞘に収めた星矢。勿論、これをレミリアが受け入れる訳もなく、彼女は声を荒げて彼の方へと詰め寄っていった。
鈴仙「そうそう。人と戦ってる最中に抱っこなんて、相手ナメてるとしか思えない態度よ?」
この事については鈴仙もレミリアに同意見なのか、納得といった表情で両腕を組み何度も首を縦に振る。
何故なら、彼女は一応門番的な立ち位置で此処に存在している訳で、ナメられてしまっては元も子もないからだ。
レミリア「フランを抱っこするなら私も抱っこしなさいっ!」
しかし、レミリアが声を荒げた理由は彼の戦闘をする姿勢云々ではなく、妹だけに甘い顔をしている事に対してであった。
鈴仙「えっ!?そっち!?違うよね!?もっと指摘する部分あるよね!?」
これには鈴仙も驚きを隠せず、彼女は鼻の下を伸ばした星矢の空いた左腕によって抱き抱えられるレミリアに激しいツッコミをぶつける。
レミリア「他に指摘する所なんてないわっ!まさか鈴仙、貴女にはこれ以上に指摘しなければならない部分があると言うのっ!?」
鈴仙「え、えー…」
恋は盲目という諺を地で行くレミリアは、要望通り星矢によって抱き抱えられた事に満足すると共にツッコミを入れてきた鈴仙に激昂し、彼女は思わず力無く言葉を漏らした。
星矢「ご安心下さいお嬢さん。戦闘は変わらず続行という形を取らせて頂くので」
レミリアと鈴仙が言い争いを繰り広げる中、星矢は両手が塞がった状態でも尚戦闘続行の意思を伝え、満足感を得ているからか笑顔を見せる。
鈴仙「両手を塞いだ状態で私と弾幕対決?もう完全に私の事ナメてるね」
彼の両手が塞がった状態での戦闘続行の意思を受け、鈴仙は顔を痙攣らせながら額に無数の怒りマークを浮かべ、右手の人差し指を星矢の顔面へと向けた。
星矢「ナメているなどと言われるのは心外ですね。寧ろ、この状態が私の本気と言ってもいいでしょう」
鈴仙「は?」
彼女が憤りを露わにしていると、星矢はそう思われるのは心外だと口にし、更にはこの状態こそが自分の本気である事を告げる。
無論、彼が何を言っているのか到底理解出来ない鈴仙は、表情を崩さず首を傾げながら声を漏らす。
星矢「行きますよ?レミリアお嬢様。フランお嬢様」
レミリア「アレをやるのね?いいわ」
フラン「レッツゴー!」
すると、星矢は抱き抱えているレミリアとフランの名前を呼び、その声に応えた2人はというと、徐に片手を前に突き出して悪魔的な笑みを浮かべた。
鈴仙「ちょっと…まさか…」
突き出された手を見て漸く彼等3人が何をしようとしているのか理解した鈴仙は、額に浮かんだ汗が頰を伝って地面に落ちた瞬間、足を一歩後退させる。だが、時既にお寿司である。
星矢「GATE OF…BABYLON…」
清々しい程のキメ顔。何処かで聞いた事のある技名と共に、レミリアとフランは大量の弾幕を鈴仙に向かって一斉に放つ。
鈴仙「ちょちょちょ!ちょっとタンマっ!!」
弾幕が自身に被弾するその瞬間まで、鈴仙は決して諦めなかった。
しかし、2人の吸血鬼によって放たれた弾幕、巻き起こる土煙、凄まじい轟音によって、彼女の叫びは無情にも掻き消されてしまった。
星矢「レミリアお嬢様、フランお嬢様。もう大丈夫そうですよ」
やがて、1分に満たない僅かな時間が経過し、星矢がレミリアとフランに弾幕を放つのを止めるよう促す。
舞い上がった土煙に辺りは包まれ、先程まで叫んでいた鈴仙の声も今は聞こえず、何事も無かったかのように沈黙を貫いていた。
鈴仙「」
体から煙を上げ、黒焦げとまではいかないが大分焦げ付いてしまった鈴仙は、無言で地面に突っ伏し未だ沈黙を貫く。
レミリア『ふふふふ…星矢が私を頼ってくれたわ!他でもない、この私を!』
自分とは反対側で抱き抱えられる妹の存在を無視し、あくまで自分だけが頼られたと喜びを露わにするレミリアは、敗北を喫した鈴仙に微塵も興味を示すことなく、星矢の体に自身の体を預ける。
フラン「あースッキリしたぁ…弾幕対決ってやっぱり楽しいね!」
一方、彼女の妹様はというと、久し振りの弾幕放出によって更にストレスが発散されたのか、外を連れ出してくれた星矢にしっかりと抱き着き、此方も姉と同様に喜びを露わにしていた。
星矢「しかし、何で此奴は碌に話も聞かずに襲い掛かってきたんだ?」
レミリアとフランを抱き抱えたまま、星矢は返り討ちに遭い地面へと突っ伏し微動だにしない鈴仙を見下ろしながら口から疑問を溢す。
レミリア「吸血鬼は嫌われ者なのよ。それに、私と咲夜は以前此奴らの異変を止めから」
その疑問に対し、レミリアは彼と同じく地面に突っ伏す彼女を見下ろしたまま、確信に近い自分の見解を述べる。
どうやら、永夜異変の際には咲夜と共に異変解決へと乗り出していたらしい。
星矢「嫌われ者って…こんなに可愛いのにな」
すると、異変解決云々よりも嫌われ者という部分に反応を示した星矢は、自身の両腕で抱き抱える彼女達2人の愛らしさが分からないのかと心の中で嘆き、溢れんばかりの気持ちを正直に言葉にする。
レミリア「うー…面と向かって言われると恥ずかしいわ…」
フラン「えへへ〜❤︎」
星矢の正直な気持ちに心惑わされ、照れながらもしっかりと擦り寄るレミリアとフラン。
当然、2人にこんな事をされて彼が惑わされない訳もなく、星矢は唇を噛み締めながら必死に理性を保つ。
星矢「さて、門番的な立ち位置の奴がこの態度って事は…中の連中は相当だって事だよな…はぁ〜あ…」
目の前に聳え立つ純和風の奇妙な館。
それに向き直り、どうしたものかと頭を悩ませる星矢は、館内に居るであろう者達との戦闘を考え、思わず溜息を漏らしてしまう。
レミリア「何を悩んでるのよ。フランと互角に渡り合った貴方なら楽勝じゃない」
星矢「いや…そういう問題じゃなくてだな…」
あくまで平和的な話し合いしにこうして永遠亭へと赴いている星矢は、不思議そうな顔で覗き込んでくるレミリアに僅かながら呆れ、改めて幻想郷がどのような場所であるかを認識する。
彼も一応それらを理解していた筈なのだが、彼が理想としていたのは殺伐なウキウキライフではなく、和気藹々としたほのぼのライフなのだ。
フラン「それじゃあ星矢。襲われる前にこのお屋敷、ドカーンってしちゃう?」
星矢「それは1番やっちゃいけない事だぞ?フラン」
と、その時。星矢が悩んでいるのを察知したフランは、やられる前にやるという精神の元、右手を永遠亭の方に向けながら爆撃体勢に入る。無論、これは一般常識的にナシな作戦なので、星矢は優しくフランを窘めた。
星矢「ま、取り敢えずこっちには戦う意思は無いって伝えるか…フラン、ちょっとそこに置いた籠取ってくれ」
フラン「はーい」
自分達に戦う意思がない事を取り敢えず伝え、それから行動を起こそうと考える星矢は、鈴仙との戦闘の前に置いたお土産入りの籠を取る為に腰を落とし、両腕が塞がっているからかそれをフランに取るよう呼び掛ける。
レミリア「既に門番とは一悶着あったけれどね」
星矢「それはそれ、これはこれだ」
前提条件が殆ど破綻してしまっている事を皮肉めいた口調で呟くレミリアと、僅かな希望に縋ってゆっくりと腰を上げた星矢は、2人を抱き抱えたまま永遠亭へと近付いていく。
星矢「ごめんください。紅魔館から伺いました者ですが、何方か居らっしゃいますか?」
思い付く限りの丁寧語を駆使し、永遠亭に住む者に素性を明かして面会を求める星矢。すると、扉の向こう側から足音が聞こえてきた。
「はいはーい…」
足音が止むと今度は扉の開く音が聞こえ、扉から姿を現したのは鈴仙と同じ、頭に兎の耳を生やした小さな少女だった。
星矢「因幡てゐさんですね?此方にお住いの八意永琳さんにお取り次ぎ願いたいのですが」
目の前の少女が名を名乗っていないにも関わらず、星矢はその少女の名前を口にし、更にはもう1人の人物の名前まで口にした。
これには目の前の少女は疎か、彼に抱き抱えられているレミリアとフランも驚愕といった表情を浮かべる。
てゐ「あれ?私達、何処かで会ったっけ?」
星矢「これはまた…使い古されたナンパの仕方をするのですね?」
面識の無い者に名前を言い当てられ、困惑した様子で何処かで会ったかと質問を投げ掛けるてゐだったが、それに対して星矢は笑顔を浮かべながら冗談めかしな台詞を発した。
レミリア「星矢をナンパするなんて…覚悟は出来ているのかしら?」
フラン「がおーっ!!」
すると、彼の発言の所為か否か、馬鹿正直に彼の発言を信じてしまったレミリアとフランの2人はてゐに対抗心を燃やし始め、あろう事か威嚇の構えを見せたのだ。
星矢「い、今のは揶揄い半分というやつですよ?レミリアお嬢様、フランお嬢様」
彼女達の体重は変わらない筈なのだが、対抗心を派手に燃やすレミリアとフランを両腕で抱えている星矢は、何故か重みが増したように感じて即座に2人を宥めに掛かる。
レミリア「そ、そうだったの?何よ…警戒して損したわ…」
フラン「あ〜よかったぁ〜…」
星矢に宥められ、彼のジョークだと分かった途端、レミリアとフランは安堵の溜息を漏らして心を落ち着かせていく。
星矢『この溜息は呆れの意味を込めた溜息?それともまた別の意味での溜息?』
そして、彼女達が既に自分に惚れているなどとは夢にも思わない星矢は、2人の吐いた溜息の意味が分からず困惑した様子を見せ、首を横に傾げていた。
てゐ「それで?あんたはお師匠様に用があるんだっけ?」
星矢「はい。遅ればせながら、幻想郷に住む方々にご挨拶をと思いまして」
誤解も解け、漸く本題へと話が進み始めた会話は、話の分かるてゐによって彼女の後ろを付いて行く形で3人は永遠亭への入場を果たす。
因みに、つい先程星矢等3人に叩きのめされた鈴仙はというと、寒空の下に放置されたのだった。
てゐ「それでわざわざ挨拶回り?殊勝な奴ね」
彼の表面上の礼儀正しさに感服し、殊勝な奴と称するてゐ。それは、星矢の内面を知らないからこそ口に出来る言葉であり、もしも真意を悟ったらこのような言葉は決して出てこない事だろう。
レミリア「星矢は私達の執事なんだから、これくらい当然よ!」
フラン「偶に変な事言うけどね!」
しかし、レミリアとフランの2人は彼の内面を知りながらも贔屓目で見ている事に変わりはないので、偶に変な事を言う以外には不信感を覚えていない様子であった。
てゐ「ま、別にいっか。吸血鬼2人だけなら兎も角、わざわざ挨拶しに来た人間を返すのは悪いしね」
星矢等3人を永遠亭に招き入れたてゐは、右手を軽く動かしながら自分に付いて来るよう促し、誰に言っている訳でもないが3人に聞こえるような声量でそう呟く。
レミリア「星矢…気を抜いちゃ駄目よ…?あの兎、隙があれば貴方に言い寄るつもりだわ…」
星矢「は、はぁ…」
500年間培ってきた勘からなのか、それとも女性特有の女の勘というやつなのかは分からないが、レミリアはてゐが星矢を狙っているのではと考え、彼に気を引き締めるよう強く言い聞かせる。
レミリア『星矢は絶対に…絶ぇ〜っ対に渡さないわっ…』
星矢『嗚呼っ…レミリアの柔らかい体がっ…甘い匂いがっ…』
未だに対抗心剥き出しのちびっ子おぜう様は、前を歩くてゐを鋭い目付きで睨みつけながらこれでもかと星矢に体を密着させ、思い切り抱き着く。
そして、そんな彼女の柔らかい肢体と女の子の甘い香りをモロに喰らっている星矢は、免疫力が無い為か足元が非常に覚束無い様子である。
てゐ「お師匠様〜?お師匠様にお客さんですよ〜?」
そうこうしている内にどうやら目的の場所に到着したのか、てゐが扉を覗く素振りを見せながら中に居る者をお師匠様と呼称した。
「こんな朝早くからお客?急患かしら」
てゐの声を受け、扉の向こう側から女性の声が聞こえてくると、足音がゆっくりと此方に近付き、その女性は扉を開けた。
永琳「あら…誰かと思ったら夜を統べるお子様吸血鬼ちゃんじゃない」
レミリア「お子様は余計よ」
扉から姿を現した妖艶という言葉が当て嵌まるであろう銀髪ないし白髪の女性。その美しく長い髪を腰まで伸ばし、三つ編みにしている彼女は早速レミリアの事を鼻で笑い、反感を買う。
永琳「それと、今日は噂に名高い妹ちゃんも連れて歩いているのね?どういう風の吹き回しかしら」
レミリア「貴女には関係無いわ」
売り言葉に買い言葉といった様子で、徐々に場の空気が淀み、悪くなっていくのを星矢とてゐの2人は敏感に感じ取り、額に汗を浮かべた。
だが、それでも2人は決して口を挟もうとはしない。何故ならてゐは永琳を、星矢はレミリアを恐れていたからだ。
星矢「れ、レミリアお嬢様…此処は事を荒立てず穏便に済ませましょう…」
しかし、だからこそ星矢はレミリアに意見を述べた。これ以上話が拗れ、再び弾幕対決などといった野蛮な展開に発展しない為に…
レミリア「私は別に事を荒立てるつもりなんてないわ。でも、そうね…星矢が言うのなら、少しは言い方を改めても…」
すると、彼の顔を近付けてきた事で動揺を見せたレミリアは、頰を紅潮させながらモジモジと身を捩らせ始め、対立していた筈の永琳を完全に放置して星矢に意識を集中させた。
永琳「へぇ…そういう事…」
そんな彼女の反応に永琳は、何かを納得したかのように首を何度も縦に振り、口の両端を吊り上げながら意味深な笑みを浮かべる。
どうやら、彼女はレミリアが星矢に抱いている特別な感情を見抜いてしまったようだ。
永琳「貴女も恋愛に興味や関心があったのね。意外だわ」
レミリア「へっ!?」
口元に手を当て、必死に吹き出すのを抑える永琳は、包み隠さず単刀直入な物言いをしてレミリアを動揺させる。
フラン「ふにゃ〜❤︎」
星矢「フランお嬢様はお利口さんですね」
一方、永琳とのやり取りに極力干渉しないよう努めていた星矢はというと、他人が居ようとお構い無しに甘えてくるフランの甘えん坊振りに意識を持っていかれていたのだった。
永琳「妹ちゃんも手懐けられているみたいだし…貴女もそこの色男さんに手懐けられ口?」
そんなフランと手慣れた様子で笑顔を浮かべる星矢を横目に、ある意味で疑いを孕んだ眼差しをレミリアに向けた永琳は、最後にニコッと微笑む。
レミリア「わ、わわっ…私は、別にっ…手懐けられてなんかっ…」
てゐ「はぁ〜…」
何処ぞの地下で暮らす小五ロリに、自分の心の内を見透かされるような気分を味わうレミリア。
無論、彼女も一応否定はするが、余りの動揺振りに怪しさが募るばかりで、これには近くで傍観を貫いていたてゐも思わず溜息を漏らした。
永琳「あら、そうなの?私はてっきり貴女がこの色男さんが好きだからこうして連れて来t」
レミリア「それ以上言ったらその舌を引っこ抜くわよ!?」
含み笑いと共に核心を突く永琳に、流石のレミリアも我慢の限界を迎えたのか自慢の八重歯を覗かせながら怒りを爆発させ、今にも噛み付かんばかりの勢いを見せる。
星矢「れ、レミリアお嬢様!どうか感情を荒立てず落ち着いて下さい!」
レミリア「うー!うー!」
自らの腕の上で暴れる彼女を落ち着かせようと、星矢は必死にレミリアを宥めに掛かる。しかし、先程とは違い状況が状況なので、レミリアは星矢の言葉が耳に届かず声を上げ続けた。
永琳「そもそも、貴方は人間の癖にどうして吸血鬼の執事なんてしているのかしら?まさか脅されてるとか?」
レミリアを必死に宥める星矢に対し、永琳は彼を見た時からずっと疑問に思っている事があった。
それは、今も彼女が口にした通り、何故人間である星矢が吸血鬼のレミリアとフランに仕えているのかというものだった。
星矢「脅されているとは人聞きが悪い…私は望んでお嬢様方の執事をしているんですよ」
永琳の言葉に内心苛立ちを募らせた星矢だったが、彼は平静を装って自分から望んで彼女達の執事をしていると述べると、笑顔を浮かべた。
永琳「自分から望んで、ねぇ…物好きな人間も居たものね…」
彼の心中を知らない永琳は、何か企みを持った上で仕えているのではと余計な考えを巡らせ、星矢を見詰める。
当然、このような視線を向けられる事を不快に感じている星矢は、気を紛らわせる為に自分が抱き抱えているレミリアとフランに視線を移して心を癒す。
フラン「ぎゅ〜っ❤︎」
星矢「嗚呼〜っ…」
永琳やてゐといった面識の薄い者達に一切興味を示さず、星矢だけに全てを注ぐフランは、他人などお構い無しに甘え続け、結果的に彼の心を癒す役割を果たしていた。
フラン『えへへ〜❤︎星矢も嬉しそうだし、今夜は星矢と一緒のベッドで寝ちゃおっかなぁ❤︎』
嫌がる、振り解くなどといった素振りを全く見せず、寧ろ天にも昇るかのようなだらしのない表情を晒す星矢を見たフランは、兼ねてより計画していた添い寝大作戦の実行を目論む。
フラン『そ、そしたら…星矢とキスしたり、エッチな事したりするのかな……えへへ❤︎』
脳内で描かれるのは自分と星矢がベッドの上で引き起こす甘いひと時。それを思い浮かべるだけで、フランは心が満たされていくのを感じ、自然に頰が緩んで彼と同じような表情を晒してしまう。
レミリア『今のあの子…きっと録でもない事を考えてるに違いないわ。星矢とそういう事をするのはこの私よ!』
妹の表情を見て、彼女が今現在何を考えているのか、その大凡を察したレミリアは、同じ男性を取り合う者として闘志を燃やし、負けじと彼の体に擦り寄る。
永琳「私の調合した薬があれば一瞬で貴女の虜になるわよ…?」
レミリア『なん……だと…』
呼び掛けるように…否!まるで悪魔が囁くようにレミリアへ向けてそう発する永琳。そして、彼女の言葉に驚きを隠せなかったレミリアは、思わずキャラ崩壊を起こしてしまいオサレな反応を見せてしまう。
レミリア「ちょ、ちょっと詳しく話を…」
星矢『嗚呼っ…俺の至福の時間がっ…』
星矢の腕から降り、即座に永琳の元へと歩み寄って行くおぜう様。すると、彼女を抱き抱えるというラッキーイベントが終わってしまったと悲しむ星矢は、右の目尻から僅かに涙を零した。
永琳「詳しくも何も、私の能力で作った薬を彼に飲ませれば、忽ち貴女の虜になって毎晩のように…」
彼女の有する特異な能力。それはあらゆる薬を作り出す能力であり、この能力さえあれば風邪薬だろうが胃薬だろうが簡単に作り出す事が出来る。
つまり、惚れ薬も一応薬の一部なので、彼女にとっては朝飯前どころか昨日の晩飯前という事になるのだ。
レミリア『せ、せせっ…星矢と毎晩…こ、子作りエッチを……う〜っ❤︎』
自分にベタ惚れし、尚且つ毎晩自分の体を求めてくる星矢を想像するレミリアは、頭から煙を出した状態で顔を真っ赤に紅潮させ、モジモジと身を捩らせていた。
永琳「ふふ…文字通り死ぬ程可愛がって貰えるわよ?」
レミリア「ま、毎晩星矢に…死ぬ程可愛がって貰える…」
駄目押しと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべながら耳元で囁く八意永琳と、その言葉を信じて疑わないチョロ過ぎる吸血鬼、レミリア・スカーレット。この2人を見ていると、逆に冷静になってきてしまうのは気の所為だろうか。
永琳「で・も…今回は特別料金が発生するから、その辺は悪しからず〜♪」
レミリア『う〜っ…人の足元を見て…本当に嫌らしい奴ねっ…』
レミリアの立ち位置。つまり現状を完璧に把握し切っている永琳は、駆け引きも上手いのか彼女の足元を見て特別料金発生の旨を伝え、新世界な顔芸を披露する。
フラン「えへ〜❤︎星矢だぁ〜いすきぃ❤︎」
星矢『フランの頰、もっちもちやないか!』
レミリアと永琳が熾烈な心理戦を繰り広げているその頃、星矢はフランに頰を押し当てられながら甘い言葉を囁かれ、今一度天にも昇る心地を楽しんでいた。
レミリア「っ!?ちょ、ちょっとフラン!」
と、その時。実の妹の周囲を気にしない甘えっぷりにレミリアが気付き、フランの元まで詰め寄ると即座に星矢の執事服の裾を掴んだ。
フラン「むっ…お姉様、邪魔しないでよ!」
レミリア「邪魔じゃないわ!許可も無しに人の執事に甘えたりして!」
最近、日常的に繰り広げられるようになったスカーレット姉妹による醜い姉妹喧嘩。それを永遠亭メンバーの前で晒し、星矢は微妙な表情で取り敢えず状況を見守る道を選択する。
永琳「姉妹に囲まれてちょっとしたハーレム状態ね」
てゐ「私から見たら地獄絵図にしか見えませんけど…」
フランは両手で星矢の首をガッチリホールドし、レミリアは執事服の裾を掴んだまま自分の方向へと引っ張る。
そんな光景を見て、永琳とてゐは別々の感情を抱きながらも傍観するという意志だけは共通していた。
星矢『さ、流石は吸血鬼ッ…クラス補正で筋力がEXだッ…』
妹吸血鬼に首を絞められ、姉吸血鬼に四方八方引っ張り回される星矢は、彼女達スカーレット姉妹が吸血鬼である事を再認識すると共に、頭の中で事態の打開を図る。
レミリア「私というものが在りながら…またフランに現を抜かしたりなんかして!」
星矢「誤解です!決してレミリアお嬢様を蔑ろにしているという訳では!」
ほんの僅かに瞳を潤ませ、健気に自分のみを見詰めて訴えかけてくるレミリアの姿に、嬉しさなどの感情が入り混じった刃で星矢は心を深く抉られる。
永琳「側から見たら只の痴話喧嘩ね」
しかし、この光景は他人から見ればイチャついているようにしか見えず、年長者である永琳も心が甘ったるくなるのを感じたのか視線を逸らした。
レミリア「貴方は私とフラン、どっちが大切なのよ!」
星矢の男らしくない、煮え切らない態度に頰を膨らませ、レミリアは突然自分と妹であるフランの何方が大切なのかと彼に尋ねた。
星矢「エッ…い、いきなりそのような事を申されましても…」
予想外の展開に動揺を見せ始める星矢は、未だに上目遣いで訴えてくるレミリアの視線に耐え切れず、顔を上に向けて力無く言葉を溢す。
フラン「星矢が大切なのは私だもん!そうだよね?星矢」
星矢「わ、私としては御二方共…」
自分を選んで貰えると確信を持つレミリアに対し、対抗心を燃やしたフランは星矢の頭を抱き寄せるとそう問い掛け、2人を大事に思っている星矢は真っ青な顔で小さく声を漏らした。
レミリア「貴方の主人は私の筈よ!あ、貴方は…私だけを見ていればそれでいいのよっ!」
フラン「私、星矢の1番になれればそれだけで幸せなの…だから、1番大切って言って…?」
スカーレット姉妹による超絶怒涛の猛烈アピールが彼を襲い、鼻から忠誠心と言う名の血を垂れ流す星矢。しかしそれを見ても尚、レミリアとフランが手を緩める事はない。
星矢『死ぬ…このままじゃ九分九厘訪れる…逃れようのない…死が…!』
朦朧とする意識に無理矢理鞭を打ち、辛うじて意識を保つ星矢だったが、それも時間の問題であった。
何故なら、今回のスカーレット姉妹によるアピールはこれまでと比べ物にならないからである。
押し付けられる彼女達の幼い四肢は変わらずとも、状況が先ず違う。それは、いつもならば他人の目を気にするレミリアが構わず甘えてくる事と、フランとの近過ぎる距離感によるものだ。
星矢『もしも今、この瞬間が俺の部屋で起こっていたなら…俺は確実に2人を…まぁ……その…うん…アレだ…』
心の中でも一応の羞恥心は感じるのか、星矢は頰を赤らめながら咳払いを1つ。そう。健全な男子ならば、このような状況が訪れた時点で理性は崩壊…破綻してしまう事だろう。
だが、彼は1度とはいえ1を極め続けて全を手に入れた男なのだ。そう簡単に衝動に身を任せるような真似はしない。
レミリア『星矢の匂い…私だけの、星矢❤︎』
フラン『星矢に抱き着いてると、お腹の奥がきゅってしちゃう❤︎』
だからこそ、彼は今苦しんでいるのだ。自らの衝動の赴くまま、彼女達を貪り食らう事ができないのを……というより、他人がこの場に居る時点で衝動に赴くまま行動しては身が破滅してしまうだろう。
星矢『い、今すぐ2人を抱き締め返してめっちゃ擦り擦りしたい〜ッ…激しく、思いっ切り!擦り擦りってしたーーーーーーーーいっ!!』
脳内に響き渡る心の声。それは当然、虚しく心の中でのみ反響して、やがて消え去って行く。
誰も彼の気持ちは理解出来はしない。何故なら、彼の声はこの場に居る誰にも聞こえないから…
フラン『あぅ❤︎…星矢にお尻触られちゃってる❤︎手つきもちょっとやらしいよぉ❤︎』
レミリア『い、今私…星矢に…だ、抱き寄せられてるわ…これって、私の事が好きだからよね❤︎』
と、いう感じで…星矢は心の中で叫んでいた筈の言葉をいつの間にか半分程度実行に移しており、彼は知らぬ間にレミリアとフランの事を色々な意味で本気にさせてしまっていたのだ。
永琳「あの男、吸血鬼2人を同時に相手して無事で済むのかしら」
てゐ「その心配のベクトルはどっち方向ですか?お師匠様」
どうやらレミリアとフランよりも年を重ねている永琳は、星矢に対して夜の事情についての心配を向けているようで、てゐも一応気付いてはいるが念の為に心配をする方向を彼女に尋ねる。
星矢『こんな時…咲夜の能力で時間を止められたらどれだけいい事か…』
咲夜が有する超チート級の能力、時間を操る能力で、今この瞬間を止められればと妄想に勤しむ星矢だが、彼は紅魔館で業務をこなしている最中に幾度となくそのチャンスがあったのだ。
しかし、彼は童貞という名の紳士である為、合意もなくお触りをするという事は今までしなかったのである。
星矢「私には…レミリアお嬢様とフランお嬢様、何方か一方を選ぶ事など出来ません…不甲斐ない執事で本当に…申し訳、御座いませんっ…」
喉の奥から声を振り絞り、言葉を紡いでいく星矢の頰には、涙と言うには余りにも勢いの強い真紅の涙が、まるで滝のように流れていた。
レミリア「うー…仕方がないわね…」
フラン「私は星矢とずぅ〜っと一緒に居られればそれで満足だし、まぁいっか❤︎」
不服そうな表情を浮かべつつも星矢に甘える事をやめず、しっかりと抱き着くレミリア。そして、考える事が余り得意ではないフランは再び自分の頰を彼の頰に押し付けると、満足そうな表情で頬擦りを始めた。
〜約30分後〜
スカーレット姉妹にサンドイッチされた状態で挨拶をし終えた星矢は、手土産として用意していたクッキーやパウンドケーキを永遠亭メンバーに手渡すと、長居をする理由がないからかお暇をする準備をしていた。
永琳「姫様にも挨拶をしていけばいいのに」
星矢「此方の用事は済みましたので…輝夜様には永琳様の方から宜しくお伝え下さい」
永遠亭に住む最後の住人、蓬莱山輝夜。蓬莱の薬という禁薬を飲んで不老不死になった月の民の少女で、お伽話にあるかぐや姫その人である。
どうやら月の都ではその蓬莱の薬を飲む事は禁忌とされており、彼女は月の民達から穢れた世界だと言われているこの地上に流刑されるという罰を下されたようだ。
星矢『それに…此処の連中と長い間一緒に居ると俺の正体もバレかねないからな…』
元の世界では月の寵愛を受け続け、この幻想郷に辿り着いても尚月の力が消えない星矢は、月の民であった永遠亭メンバー達と関わり合うのは危険だと感じているらしく、輝夜への挨拶を一旦保留にしようと考えていた。
永琳「それにしても意外ね。私はてっきり薬をお買い上げするものだとばかり思っていたけど」
レミリア「ふんっ…私は私の力で、星矢を自分のモノにして見せるわ…」
星矢争奪戦で話が途切れてしまっていた惚れ薬の件については、レミリアからお断りがあったらしく永琳が至極残念そうな表情を浮かべ、レミリアも惜しい気持ちがあるのか暗い顔をしている。
レミリア『楽な道を選んでは駄目よ、私!自分の力で勝ち取ってこそ、堂々と星矢の妻を名乗れるのだから!』
惚れ薬に頼る事なく、自らの知恵と努力によって星矢を勝ち取ると心を新たにしたレミリアは、真紅の瞳を更に紅く燃やし拳を握り締めた。
永琳「あ、そうだ執事君」
星矢「はい。何でしょうか」
レミリアが燃えに燃えているその近くで、永琳は再び星矢に声を掛けると急接近し始め、全く動揺を見せない星矢本人は平然とした顔で言葉を返す。
永琳「あの吸血鬼ちゃん達を好き放題できる薬、作ってあげてもいいわよ…?」
そして、永琳は星矢の耳元に唇を近付けるとレミリアの時と同じく、悪魔の囁きを実行に移した。どうやら彼の特別な感情に彼女は気付いていたらしい。
星矢「ふふ…何を仰るのかと思えば…」
しかし、予想に反して星矢は余裕の表情を浮かべると小さな笑いを漏らし、彼女の方へと向き直ると人差し指を口元に当て、こう呟いた。
星矢「意中の女性は、自らの手で振り向かせるものでしょう?」
未だに決意の熱が冷めず、燃え上がるレミリアと久し振りの外出で大はしゃぎのフラン。そんな2人を思い、慕う彼は心の底から、自信を持ってそう言葉を返す事が出来た。
てゐ「あの執事、お仕着せで執事やってるって訳じゃなさそうですね。師匠」
永琳「執事だけあって切り替えがしっかり出来る男みたいだけど…いつまで理性を保てるのやら」
立ち去る彼等3人の背中を見詰めながら言葉を交わす永琳とてゐは、吸血鬼についてではなく星矢の話題を持ち出し、盛り上がっていた。
何故ならそれは、人間の男を快く思っていなかったレミリアが彼を選び、彼もまたレミリアやその他の者達の事を選んだからである。
フラン「お菓子全部取られちゃったね?星矢」
星矢「正直この事態は想定外だったな…まさかここ迄浅ましい連中だったとは…」
行きの時と同様、星矢に抱っこをされながらレミリアとフランと迷いの竹林を進み、此方は手土産として用意していたお菓子強奪の話題で盛り上がる。というより、若干盛り下がっているようだった。
レミリア「どうするのよ…次は博麗神社に行くのよ?彼処で溜まっている連中は此処の連中の3倍は浅ましいのに…」
星矢『これ以上なのか…』
次に彼等が目指す地は博麗神社。そこは言わずもがな守銭奴巫女の根城であり、泥棒魔法使い達がよく溜まり場にしている危険地帯的な場所なのだ。
つまり、手ぶらで挨拶をしに行こうものなら文句を言われ兼ねない、そんな場所なのである。
星矢「仕方ない…取り敢えず近くの村で饅頭でも買って行くか…」
フラン『お饅頭!?』
手ぶら厳禁という事で仕方なく近場の村でお土産を持参しようと考えた星矢は、胸ポケットに入っている財布を意識した。
すると、フランのお菓子センサーが過剰な反応を見せ、瞳を輝かせながら期待の眼差しを彼に向ける。
レミリア『ふふ…遂に霊夢達が驚き、羨ましがる顔が見られるわ…』
お土産のお菓子に反応している妹とは対照的に、レミリアは当初の目的とも言える周囲の反応を想像して無意識の内に笑みを浮かべ、どう自慢しようかと思考を巡らせていた。
星矢『はぁ…どうしてこんな事に…』
結局その後、星矢等3人は近くの村までお土産を買いに行き、買い終えた後はレミリアの案内の元博麗神社を目指したのだった。
星矢「何かパッと見の印象だと刀◯に出てくる三◯神社みたいだな…」
レミリア「?」
フラン「何それ?」
そして到着した博麗神社…の長い長い階段を見上げる星矢は、とあるアニメに出てくる神社を想像し、言葉を溢す。
無論、そんな事を知らないレミリアとフランは、彼の言葉の意味が分からず首を傾げ、疑問を漏らした。
星矢「それにしても長い階段だな…これじゃあ参拝客が来ないのも頷けるわ…」
一歩、また一歩と足を踏み締め階段を上っていく星矢だが、目の先にある鳥居が中々近付いて来ない事実に嫌気が差し、参拝客が少ないという事を勝手に決めつける。
レミリア「空を飛べる霊夢や魔理沙、妖怪や魔法使い達はともかく、普通の人間にこの段数は少し酷かも知れないわね」
するとその時、星矢の腕に抱き抱えられながら悠々自適に階段を上るレミリアは、彼と同じ先を見詰めながら言葉を呟き、それとなくその身を寄せ、預けた。
星矢「走って上るのはいいんだが、目を付けられると厄介だからな…今後の日常生活の為にも、目立つ事は避けなきゃならんし…」
フラン「星矢って実はすっごく強いもんね!星矢が本気出したら霊夢も魔理沙もワンパーンチだよ!」
星矢「それ本人の前で絶対言うなよ?」
何故、階段を駆け上がらずわざわざ時間を掛けて歩いていくのか。その理由は勿論、彼自身が言うように今後の私生活、並びに紅魔館での仕事を円滑に熟す為である。
彼は物心ついた頃から剣術や武術を鍛えに鍛え、極め続けてきた。しかしこの幻想郷で他の者達に注目される事はあまり得策ではない。それを知っているからこそ、星矢は無用な発言をしないようこうしてフランに口止めをしているのだ。
フラン「星矢は私の全力も受け止めてくれるもんね?それにかっこいいし❤︎優しいし❤︎星矢だぁ〜い好きっ❤︎」
星矢「ううっ…これ以上ない言葉を頂戴しているZEッ…」
以前、深夜の紅魔館で繰り広げられた弾幕対決(?)を思い出しながら、フランは今も抱いている感情を恥ずかしげもなく押し出していき、星矢に甘える。そして彼もまた、自分に掛けられた言葉に感動し、だらしなく涙を垂れ流すのだった。
レミリア「そ、それなら私は…星矢の全力を受け止められるわ!」
自分を放置し、妹に現を抜かしていると再び勘違いしたレミリアは、何に対抗しているのかは知らないが彼の全力を受け止められると声を荒げ、彼の頭に抱き着いた。
フラン「むっ…そんなの私だって出来るもん!」
そんな姉の言葉にカチンときたフランは、自分も彼の全力を受け止められると反論、抗議し、レミリアと同じく星矢の頭に抱き着く。
レミリア「貴女はお子様だから無理よ!」
フラン「子供扱いしないでよ!それにお胸だったらお姉様より大きいもん!」
レミリア「む、胸よりも大事なのは愛よ!」
星矢(頭)を挟んでの姉妹喧嘩が勃発し、既に紅魔館では名物となりつつあるやり取りを繰り広げるスカーレット姉妹は、互いにおでこを付け合い一歩も引かない姿勢を見せる。
星矢『何か意味合い変わってきてね…?でも愛を感じるし、ぷにぷにぼでーが気持ちいいからいいや❤︎』
半分を察し、もう半分を見落とすという微妙な思考回路を持つ星矢は、階段を上る足は止めずに両サイドからの膨らみを堪能し、この状況を享受する。それが正解なのかどうかは、神のみぞ知るといった所だろう。
「あー暇だぜー…思わずスパークしちゃいそうなくらい暇だぜー…」
「暇だからって物騒な事言わないで」
黒い帽子を被った長髪の金髪美少女と、何故か可愛い人形を侍らせている金髪美少女は今、博麗神社の鳥居の下で他愛もない話を繰り広げ、空を眺めていた。
穏やかに過ぎる雲と時間。それは有意義であると共に退屈を感じさせるもので、特に黒い帽子を被った少女は口から不満を漏らす。
「ここ1ヶ月、毎日毎日同じ日の繰り返しで参っちゃうぜ…なんか面白い事ないのかー?アリス」
手に持った箒を振り回し、不満の原因を吐露すると同時に自分の隣に座る少女の名前を口にした彼女は、仰向けの状態で地面に倒れ込む。
アリス「面白い事って…魔理沙の言う面白い事って大抵物騒な事でしょ?…あ」
そして、アリスと呼ばれた少女は溜息を吐きながら仰向けに倒れ込んだ少女の方を向き、名前を口にすると、階段下へと向き直りふと小さく声を漏らした。
魔理沙「何だ?誰か来たのか?」
アリスの意味深な声に反応し、地面に付けていた背中を起こして彼女同様階段下へ視線を向けた魔理沙は、階段を上ってくる存在に気付き目を凝らす。
アリス「あれってレミリアとその妹よね?ていうかその2人を抱っこしてる男は誰?」
魔理沙「私に聞くなよ…」
階段を着実に上がり、段々と近付いてくる3人を見詰めたまま会話を繰り広げる魔理沙とアリス。そして、相手側もそれに気が付いた男性の方は視線を逸らし、レミリアはドヤ顔、フランは手を振って自分達の反応を伺っていた。
星矢『マズい…まさか初っ端からあのコンビにぶち当たるとは…巫女さんとエンカウントするよりも遥かに恐ろしいぞ…』
彼の認識ではどうやらこの2人はかなり癖が強いらしく、星矢は脂汗を額に浮かべて必死に視線を逸らし、階段を上がっていく。だが勿論、頭上に立つ2人がその場を離れる訳もなく、距離は着実に縮まっていった。
魔理沙「なんか凄いイケメンっぽいけど視線逸らしてよく見えないぜ」
アリス「そんな事よりもレミリアのあのドヤ顔なんとかならないの?」
髪のかかっていない顔の左部分を注視し、勝手にイケメン度を計算し始めた魔理沙と、先程からずっとドヤ顔を晒しているレミリアに苛立ちを募らせるアリスは、その場から微動だにせず彼等を見下ろし続ける。
レミリア『ふふんっ…魔理沙もアリスも羨ましそうな顔で私を見てるわ!』
魔理沙とアリスの視線に全く動じず、逆に優越感に浸るレミリア。しかし、別に彼女達2人は羨ましそうな目でなど見てはいない。
星矢「あ、あの〜…申し訳御座いません。この神社にお住いの博麗霊夢様はご在宅でしょうか…」
結局、魔理沙とアリスの視線を受けたまま博麗神社の長い長い階段を上り終えた星矢は、礼儀を忘れる事なく柔らかな物腰でこの神社の主、博麗霊夢が居るかどうかを目の前の2人に尋ねた。
魔理沙「お、おいアリス…イケメン度が想像の斜め上だぜ…」
アリス「う、うん…オマケに身長高いし足長いし肌白いし…こんな人材、一体何処から…」
そして、いざ自分達の目の前に立たれた魔理沙とアリスはというと、予想外の展開で動揺したのか声を殺しながら互いに意見を言い合い、レミリアとフランに視線を移した。
魔理沙「へ、下手すると私達より肌白かったりして…」
アリス「そ、それは流石に無いでしょ…私達女の子よ?それなのに男に負けるなんて…」
すると、話のベクトルが段々と別の方向に傾いていき、最終的には肌の質や髪のキューティクルなどといった話に完全移行。星矢の質問に答えぬまま、青ざめた顔で自分達の肌や髪を確認し合う魔理沙とアリスであった。
星矢「あ、あの…聞こえていますか?」
魔理沙「え?…あ、ああ!勿論聞こえてるぜ!」
中々返事が返ってこない事に疑問を抱いた星矢は、厚かましいと思いながらも2人に返事の催促をし、それを受けた魔理沙は挙動不審な様子ではあるが漸く言葉を彼に返す。
アリス「れ、霊夢なら早苗と一緒に居間の炬燵で寝てると思うけど…」
魔理沙の挙動不審な様子に驚き、彼女に続いて霊夢の居場所を伝えようと試みるアリス。だが、彼女もまた魔理沙と反応が似たり寄ったりで、会話の仕方が慌ただしく視線を移し頰を染めながらのものだった。
星矢「そうですか。情報提供、感謝します」
霊夢は博麗神社の居間、炬燵の中で冬眠している事をアリスから聞き、それに対して星矢は彼女に笑顔を向けながら感謝の意を述べる。
アリス「///」
魔理沙『あ、あのアリスが男相手に顔真っ赤にしながら照れてるぜ…』
唐突に向けられた彼の笑顔に何故か心が乱れ、モジモジと身を捩らせるアリス。そしてその光景を目の前で見せ付けられた魔理沙は、口を小さく開けた状態でこの光景の珍しさを心の中で吐露した。
魔理沙「こいつぁ一大事だぜ!行くぞアリス!」
アリス「えッ…」
この後の展開に何らかの当たりをつけ、ある種の危機を感じ取った魔理沙は俯くアリスの手を握ると、そのまま博麗神社の方向へと猛ダッシュ、この場を後にした。
フラン「2人共落ち着きないねー?」
星矢「フランも普段は落ち着きないだろ…」
嵐の如く過ぎ去って行った魔理沙の背を見詰めながら、フランはやれやれといった様子で両手を肩の位置まで上げてそう呟く。
しかし、普段の彼女を知っている星矢は魔理沙と余り変わらない事をフランに告げ、溜息交じりに去って行った2人を追う為歩き始めた。
魔理沙「霊夢ー!大変だぜーっ!」
玄関から入って居間に到着するのではなく、型破りな性格をしている彼女は庭から回り込んで居間に到着し、早速炬燵に籠る霊夢を大声で叩き起こす。
霊夢「何よぉうっさいわねぇ…」
魔理沙の大きな声で目を覚まし、炬燵から体を起こして瞼を擦る霊夢。彼女こそが、この幻想郷の抑止力たる人物の1人であり、数々の異変を解決してきた立役者なのだ。
魔理沙「レミリアがフランとイケメン執事を連れて乗り込んで来たぜー!!」
霊夢「はぁ?」
半ば強引に連れて来たアリスが地面に突っ伏す中、魔理沙はどうやったのか不明だが背景に盛大な効果を含みながら起きた事柄を霊夢に向かって叫ぶ。
だが、その事柄の意味が理解出来ても飲み込む事が出来ない霊夢は、目を細めた状態で首を傾げた。
霊夢「フランが出て来た事は百歩譲って分かるけど、イケメン執事って何?」
ずっと紅魔館に引きこもり続けていた(?)フランが外界に出て来た事実、それ自体には驚きを示す霊夢だったが、彼女はその後のイケメン執事という言葉がどうにも理解出来ず、未だに首を傾げたままの状態である。
魔理沙「だーかーらー!何か執事服着た髪長いイケメンがレミリアとフランを抱き抱えて来たんだぜ!」
霊夢「いや、だから訳分からないって…」
地面に突っ伏すアリスの手を漸く離し、身振り手振りで星矢の容姿や今の状況を伝えようと健闘する魔理沙だったが、肝心の霊夢は話の内容が全く頭に入って来ないらしく右手で頭を抱えながら項垂れてしまう。
霊夢「大体、あんたの尺度でイケメンとか言われてもこっちはピンと来ないわよ」
魔理沙「そんな事はどうでもいいだろ!?」
しかし、そんな霊夢もイケメンという単語には興味を示し、炬燵の上で頬杖を突くと魔理沙の尺度を疑うかのような事を呟いて盛大に彼女のツッコミを喰らった。
霊夢「アリス的にはどうなのよ。イケメン?それとも普通?」
アリス「ま、まぁ…その…世間一般的には格好良い部類に入るんじゃないかしら…」
魔理沙のツッコミを完全に無視し、起き上がったばかりのアリスに質問を投げ掛ける霊夢。
すると、その質問に対してアリスは頰を赤らめながらやや俯き気味に答え、立ち上がった。
霊夢「アリスが言うんなら間違いなさそうね」
魔理沙「どんだけ!私は!信用無いんだぜー!!」
アリスの反応、答えに何度も無言で頷き、彼女の言う事ならば間違いないと言葉にした霊夢に、魔理沙は悲痛な叫び声を上げると地面を2、3度踏み付けた。
星矢「あのーすみません。博麗霊夢さんは居らっしゃいますか?」
魔理沙「き、来たぜっ…」
そうこうしている内に魔理沙とアリスの後を追って来ていた星矢等3人が到着。それを受けて魔理沙は何故か距離を取ると身構え、霊夢の反応を伺う。
霊夢『ほ、本当にレミリアとフランを抱っこしてる…』
そして、魔理沙に反応を見られているのを知らない霊夢はというと、人間の男に抱き抱えられ懐いてます感を漂わせるレミリアとフランの2人を目の当たりにし、開いた口が塞がらないといった様相を見せていた。
星矢「其方の御2人にも、自己紹介はまだしていませんでしたね。私は先日より、此方のレミリア・スカーレットお嬢様を主人とする紅魔館で執事をさせて頂いている、岩村星矢という者です」
霊夢『しかもめっちゃくちゃ礼儀正しい!!?』
踵を綺麗に合わせ、魔理沙とアリスに挨拶をしていなかった事を前置きとして、星矢は頭を下げながら挨拶を述べる。
すると、両腕で抱き抱える2人からは想像も出来ない挨拶が飛び出した事に霊夢は大層驚き、更に大きく目を見開いた。
魔理沙「な…?私の言った事は間違いじゃなかっただろ…?」
霊夢「確かに…あんたが動揺する理由がよ〜っく分かったわ…」
居間の畳に両手を突き、小声で自分の言った事は間違いではなかっただろうと呟く魔理沙に、霊夢も考えを改めたのか神妙な面持ちで彼女の言葉を肯定した。
星矢「アリスさん。膝や手が少々汚れていますので、宜しければ此方をお使い下さい」
アリス「あ、ありがとう…」
霊夢と魔理沙の2人がどう話を切り出すか迷っていたその頃、星矢はレミリアとフランを地面に下ろしてアリスにハンカチを差し出していた。
どうやら魔理沙に引き摺られ、服についた汚れを手で払った事でその汚れがそのまま手に付いてしまったらしい。
霊夢『き、気遣いを忘れない精神の持ち主!?』
他人の服の汚れにまで視点を移し、更にはハンカチまで手渡すという気遣いぶりを発揮する星矢を見て、霊夢は驚きを隠し切れない。
霊夢「ちょ、ちょっとレミリア…あんた、あの男一体どこから引っ張って来たのよ…」
容姿、性格共に抜群な(に見える)彼の振る舞いに、堪らず霊夢はレミリアの元まで歩み寄ると耳元でそっと呟き、こうなるに至った経緯を聞き出そうと試みる。
レミリア「ふふっ…あら、そんなに知りたいのかしら?」
霊夢『ちょ…超ウザい!!』
しかし、自分の願望通りの振る舞いを霊夢や魔理沙達が見せた途端、レミリアはドヤ顔を更にドヤっとさせ、胸を張る動作を行い霊夢を苛立たせ始めたのだ。
星矢『う〜ん…しかし思った通り全員レベル高いな…』
フラン「えへ〜❤︎」
腰に纏わり付くフランの頭を撫でながら、周囲に揃った美少女を見る星矢は、自分が恵まれた環境に置かれているという事実で複雑な心境なのか、微妙な表情で苦笑いを浮かべていた。
フラン「星矢〜❤︎もっかい抱っこして〜❤︎」
星矢「仕方がありませんね…」
猫撫で声を出しながら、再び抱っこを要求してくるフランを両手で優しく抱き抱えた星矢は、内心役得だと思いつつもやはりそれは表には出さず、至って冷静な表情を浮かべる。
レミリア『う〜っ…何よ!またフランばかり甘やかして!』
フランを抱き抱える星矢の姿を目の当たりにし、自慢する事などすっかり忘れ去ってしまったレミリアは、口先を尖らせると可愛らしく両頬を膨らませ、ジトっとした目付きで星矢を睨み付けた。
魔理沙『れ、レミリアのあんな顔久し振りに見たぜ…』
霊夢『見た目との相乗効果で完全に子供にしか見えないわ…』
外見相応の子供っぽい振る舞いをするフランに対し、レミリアは見た目ほど子供っぽい振る舞いを見せる事は少ない。
その為か、中々に古い付き合いと言える霊夢や魔理沙も物珍しそうな目で彼女を見詰め、そんな彼女の隠れた部分を引き出す星矢に2人は興味を抱く。
星矢「レミリアお嬢様も実は甘えん坊さんなんですね」
レミリア「う〜❤︎」
最終的にレミリアの猫撫でVoice&仕草にKOを喫し、空いた右手で頭を撫でる星矢。勿論、望んでいた展開を迎えたレミリアはというと、つい先程の妹同様彼の腰に抱き付き、甘い声を出していた。
魔理沙「な、なぁ霊夢…まさかレミリアとあの執事は所謂禁断の関係とかじゃ…」
霊夢「れ、レミリアがあんなイケメンを落とせる訳無いでしょ?何寝惚けた事言ってんのよ…」
かなりの歳上と雖も、実は男性経験がない事をちゃっかり従者である咲夜から聞いていた霊夢と魔理沙は、星矢とレミリアの距離感に女として焦りを感じ、額に汗を浮かべながら言葉を交わす。
軽いボディタッチの数々、お嬢様と執事にしては近過ぎる距離。これらを総合すれば、そう考えてしまうのも無理はないというものだろう。
レミリア『星矢には頭を撫でて貰えるし、霊夢と魔理沙からは羨望の眼差しで見られるし、いい事尽くめだわ♪』
別に霊夢と魔理沙は羨望の眼差しなどしてはいないが、今のレミリアは上機嫌な為プラス志向な考えを巡らせ、ご満悦といった表情を浮かべる。
霊夢「ま、まぁ敵意が無いなら構わないけど…取り敢えず上がってお茶でも飲んで行けば?」
この光景に耐えられず、心の毒だと感じた霊夢はレミリアやフランにではなく、星矢へ向けて居間に上がるよう告げ、それに合わせて自身も靴を脱いで居間に上がる。
星矢「ではお言葉に甘えさせて頂きましょうか。レミリアお嬢様も宜しいですか?」
レミリア「ええ」
霊夢の提案を受け入れる姿勢を見せ、主人に意向を訪ねる星矢。すると、レミリアも霊夢の提案を受け入れ、フランを抱き抱えたままの星矢と共に靴を脱いで博麗神社の居間に上がり込んだ。
フラン「私お菓子食べたーい!」
炬燵の手前で降ろされ、フランはその直後に自分が手に持っていたお菓子が食べたいと言い放つ。
最近星矢が紅魔館で働く事になってから、彼女の我儘がより一層酷くなったのは幻想郷に居る人達には内緒だよ。
星矢「直ぐにお茶をご用意致します。霊夢様、台所を拝借して宜しいでしょうか?」
霊夢「ど、どうぞ…」
そんな彼女の我儘を紅魔館出発前とは違いアッサリと受け入れた星矢は、軽いお辞儀を終えると霊夢に台所を借りたい事を告げ、了承を得るや否や足早に居間を去り台所へと向かった。
魔理沙「それにしても早苗が邪魔だぜ」
アリス「引っ張り出して縁側にでも置いておけば?」
星矢等一行が到着してからずっと、炬燵の中で寝息を立てている緑色の髪を伸ばした長髪の女性、東風谷早苗。
彼女を見下ろす魔理沙とアリスは、自分達の境遇を知らずに平和な寝顔を浮かべる早苗に苛立ちを募らせ、魔理沙はアリスの提案通り早苗を炬燵から強引に引っ張り出し、縁側に放置する。
霊夢「で?レミリア。あんた、あの執事一体何処から連れて来たわけ?」
つい先程、似たような疑問をレミリアに向けて投げ掛けた霊夢だが、彼女は結局レミリアから返答を貰う事は終ぞ叶わなかった。
その為、彼女は同じ失敗を繰り返さないよう眉間に皺を寄せ、額には血管を浮かべた状態で今一度レミリアに問いを投げ掛けるのだった。
レミリア「別に?落ちてたから拾っただけよ」
魔理沙「あんなイケメンがそこら辺に落ちてる訳ないだろっ!!!!」
レミリア・フラン・霊夢・アリス『うるさっ…』
霊夢の問いに漸く真面(?)な答えを返すレミリアだったが、魔理沙はレミリアが返したその答えに間髪入れずツッコミを挟み、声を荒げた彼女以外の全員はその余りの声量に揃って両手で耳を塞ぐ。
霊夢「あんたが男を連れ歩いてるだけでも珍事だってのに、拾ったって…」
アリス「誰がどう考えても嘘にしか聞こえないわ」
肩を動かしながら何度も息を吐く魔理沙を横目で流し、それぞれの見解を述べる霊夢とアリスはやはりレミリアの答えを信じてはいないようで、未だ彼女に疑いに満ちた眼差しを向けている。
レミリア「貴女達が信じられないなら別にそれでも構わないわ。私に実害はないし」
霊夢「くっ…」
そんな疑いの眼差しを向けられてもレミリアは表情を崩す事なく、両手両足をすっぽり炬燵に収めて思う存分炬燵を堪能する。
この時、レミリアは霊夢が僅かに漏らした声を聞いて心の内では悪魔的な笑みを浮かべていた。
レミリア「ふふんっ…今まで私を馬鹿にしてきた事を後悔しなさい!」
初対面以降、時々垣間見せるお子様な部分を馬鹿にされ続け、溜めに溜めた積年の恨みを発散する吸血鬼、レミリア・スカーレット。彼女は今、満月の夜を駆けるが如き清々しさをその貧相な胸に秘めていた。
アリス「お、男1人味方に付けられただけでこんなにも馬鹿にされるなんて…」
魔理沙「屈辱以外の何物でもないぜ…」
レミリアの完全に勝ち誇った表情。それを目にした霊夢、魔理沙、アリスは又しても言いようのない敗北感に苛まれ、歯を食い縛る。やはり彼女達も女性だという事なのだろう。
星矢「お待たせ致しました。ティーカップを探すのに少々手間取ってしまって…」
そうこうしている内に、人数分のティーカップをお盆に乗せた星矢が炬燵の前に姿を現し、次々と彼女達の前にティーカップを並べていった。言うまでもなく、レミリアとフラン優先である。
フラン「ねぇねぇ星矢!お膝の上乗っけて!」
少女達の前にティーカップを並べ終え、お茶請けを丁度炬燵の上の真ん中部分に置いた星矢。すると、今の今まで大人しくしていたフランが急に口を開き、星矢に向かって自分を膝の上に乗せるよう要求を出してきた。
星矢「御意」
レミリア「っ!?」
フランが要求を出してから答えるまでのその時間、僅か1秒。これには流石のレミリアも目を見開いて驚き、瞬時に実の妹であるフランを鋭い眼光で睨み付けた。
フラン「えへへ〜❤︎星矢あったかぁ〜いっ❤︎」
星矢「フランお嬢様も暖かいですね」
レミリア「う〜っ!!」
自分の要求通り星矢の膝の上に乗せて貰い、満面の笑みでこれでもかと甘えまくるフランと、心の内では鼻の下伸ばしっぱなし、鼻血ダラダラの星矢。しかし同じく彼に恋心を寄せるレミリアは、小さな八重歯を覗かせ唸り声を上げながら怒りを露わにしていた。
魔理沙「ぷぷっw妹に取られてやんのw」
霊夢「ざまぁないわねw」
この光景を見て即座に反応を示した霊夢と魔理沙は、大きな笑い声を上げながらお茶請けとして出された大福を手に取ると、さっきの仕返しとばかりにレミリアを馬鹿にする。
妹に星矢を取られ、終いには馬鹿にされてしまったレミリア。その心中を察するだけで、此方も胸が痛くなるというものだ。
レミリア「ちょっとフラン!私も座らせなさいよ!」
フラン「やだ!お姉様はあっち行って!」
霊夢の魔理沙の言葉に胸を痛めつつ、それでも挫けないレミリアは強引にフランを右側に押し退け、空いた星矢の左膝部分の占領を図り、フランと衝突する。
星矢「まぁまぁ御2人共落ち着いて…私にとってこの状況は願ったり叶ったr……おっと失礼」
周囲の者達の視線もあり、レミリアとフランに膝を提供している星矢は直ぐ様2人を宥めに掛かる。だが、夢見心地が災いしてかつい口が滑ってしまい、周囲の者達の視線は即座に星矢へと向けられる事となった。
霊夢「まさか彼奴……ロリコン?」
星矢『恐れていた事態が…』
霊夢がふと呟いた【ロリコン】という言葉。当然、彼自身は自分がロリコンだとは思っていない。
しかし、この事態をご覧の通り一般人からすれば彼はロリコン以外の何物でもなく、通常の反応と言えるだろう。
フラン「違うよ!星矢はロリコンじゃないよ!」
星矢「フランお嬢様っ…」
額に脂汗を浮かべてどう切り抜けるか必死に頭を働かせる星矢。と、その時、膝の上に乗ったまま彼の右腕を抱き締めているフランが霊夢の言葉に対し反論の声を上げた。
彼女の行動に心打たれ、星矢の目尻には徐々に僅かな光り輝く雫が溜まっていく。
フラン「星矢はちょっと小さい女の子が好きなだけだよ!」
星矢『フォローになってねぇぇぇぇ!!』
だが、彼女のフォローはフォローと呼ぶには余りにお粗末なもので、星矢は結局傷口が開いただけという結果を受け止め切れず、心の中で叫び声を上げながら居間の天井を見詰めた。
魔理沙「色々な意味での危険人物だぜ」
アリス「他の子達にも注意喚起が必要みたいね」
動揺を見せる彼の様子と、フランの言葉を鵜呑みにした彼女達は体を寄せると敢えて聞こえる程の声量で会話をし、反応を窺う。
星矢「失敬な!私の興味は常にお嬢様方に向けられているのであって他の者が入り込む余地など……あ〜っ…」
罵倒混じりの軽蔑の眼差しを向けられ、反論せねばと心の隅で思いながら言葉を発する星矢。しかし、彼は自分が今何を口にしているのかを遅まきながら察し、言っちまったーと後悔の念に苛まれると両膝を占領する少女2人と目を合わせぬよう瞼を閉じた。
レミリア「うー❤︎」
フラン「えへ〜❤︎」
レミリアとフランに軽蔑の眼差しを向けられてしまう。そう考えていた星矢だったが、彼女達は照れ笑いを浮かべるとそのまま彼の腕を抱き締め、声を漏らす。
これには流石の星矢も閉じていた瞼を見開き、2人を交互に見詰めながら頭上に?マークを浮かべた。
アリス「甘えられて不思議そうな顔してる人見るの初めてなんだけど」
霊夢「とんでもない鈍感男ね」
幼女2人に左右から抱き締められ、不思議なそうな表情でいる彼に対し霊夢とアリスは呆れた顔で小さくそう呟く。
星矢「そういえば、先程からずっと彼方で凍えている女性は無視して大丈夫なのでしょうか」
甘い声で擦り寄ってくるレミリアとフランの頭を撫でながら、星矢は炬燵に足を入れてからずっと懸念していた1つの疑問を口にする。
それは他でもなく、魔理沙とアリスによって炬燵から強制退去させられた東風谷早苗の事である。
アリス「早苗ならあのままでも大丈夫よ」
魔理沙「馬鹿は風邪ひかないってよく言うからな」
寒さに身を震わせても尚起きないという謎の根性を他の者に見せ付ける早苗。しかしそんな彼女に対して2人は、この気温よりも冷たい態度で言葉を紡ぐ。
余談だが、星矢はこの時魔理沙の台詞を聞いてこう思った。それはお前だろう、と…
フラン「お姉様星矢にくっ付き過ぎ…もっとそっち行ってよ…」
レミリア「貴女の方こそ…これ見よがしに胸なんか押し付けて…星矢は貴女みたいに中途半端な体型の女の子じゃなくて、私みたいな体型の女の子が好きなのよ」
一方、博麗神社でも変わらずいつも通りに軽い姉妹喧嘩を繰り広げるレミリアとフランは、口喧嘩を交えながら自分達が座る彼の膝の面積を増やす事に躍起になり、互いに押し退け合う。
霊夢「こっちの2人は思いっきり擦り寄ってるし…」
星矢「炬燵以上に暖かくて大変心地いいですよ?」
そしてその光景を冷ややかな眼差しで見詰める霊夢と、2人の気持ちを未だ理解出来ていない星矢は、言葉を交わしてはいるものの気持ち自体は大きくすれ違い、霊夢は堪らず溜息を吐く。
魔理沙「それにしても腹減ったなぁ〜」
アリス「そういえば、そろそろお昼の時間ね」
レミリアとフランが甘える光景に気持ちはお腹いっぱいになるも、やはり実際に腹が膨れる訳ではないようで魔理沙はふとそう言葉を溢し、アリスもその言葉を確認するように居間の時計に目を向けた。
レミリア「ふふん♪食材があれば星矢の料理を食べさせてあげてもいいわよ?」
すると、2人の会話を聞いていたレミリアが突然得意げな表情を浮かべながらそんな事を言い出し、当の本人である星矢は目を見開いて驚いた表情を晒した。
霊夢「この人数分の食材がうちにある訳ないでしょ!?」
彼女の言葉に対して空かさず台バン、人数分の食材がない事を明かしながら怒りを露わにする霊夢は、目を血走らせて目の前のレミリアを見詰めていた。
この事から、彼女の神社の財政がかなり厳しいという事を窺い知る事ができるだろう。
星矢「ま、まぁまぁ霊夢様。そんなに大声を出さなくても…食材ならば私の方で買ってきますので」
霊夢「なん……だと…」
怒り狂う霊夢に向けて両手を前に出し、必死に宥める星矢は、なんとこの場に居る者達全員に食事を振る舞うかのような物言いをし、目を見開かせる程彼女を驚かせる。
星矢「事前に赴く事を伝えず、強引に押し掛けるような形を取ってしまったせめてもの償いという事で…どうでしょうか?」
幻想郷に電話という物が存在しない以上、事前に赴く事を伝えるというのは中々に難しい事なのだが(実際いきなり押し掛けてくる者達が殆ど)星矢は現在の自分の立場上、これが最善だと判断し、穏便に事態の解決を図る。
霊夢「ま、まぁそこまで言うなら…ご馳走になってあげても…い、いいわよ?」
魔理沙「おーい霊夢〜?涎垂れてるぜ〜?」
結果、彼の判断は間違っていなかったようで、当の本人である霊夢は口の端から透明な液体をダラダラと垂らし、それを魔理沙に指摘されこの場は無事何事もなく終わった。
星矢「では、私はまた村に買い出しに出掛けますので、暫くの間失礼させて頂きます」
すると、星矢は音も立てずにスッと立ち上がり、自分を見上げる少女達を瞥見すると笑顔でそう言葉にし、軽いお辞儀をして博麗神社の居間を後にした。
アリス「本当によく出来た男ね…」
魔理沙「だなぁ…とてもこの2人に好き好んで仕えてるとは思えないぜ…」
靴を履き、歩き出した瞬間彼の姿が視界から消える。それに対し、魔理沙とアリスは内心驚いてはいたものの、彼女達は星矢の瞬間移動云々よりも先ず、彼が自らの意思でレミリアとフランに仕えているという事実を信じ切れずにいた為、上手く驚きを表現できなかったのだ。
レミリア「どうかしら?私の執事は。幻想郷の女連中が放って置かないと思わない?」
フラン「優しいでしょ〜?お掃除得意でしょ〜?ご飯は美味しいでしょ〜?」
魔理沙とアリスが彼に向ける視線に気付き、悪魔らしい笑みを見せ自慢話に拍車をかけるレミリアとフランの2人。勿論、この2人は他の3人の悔しがる顔を見て優越感に浸りたいだけである。
霊夢「ふ、ふん…どうせあんた達の我儘で愛想尽かされるのがオチよ…」
主人であるレミリアよりもカリスマ性に満ちた星矢を目の当たりにし、内心家政婦的な立場で彼を雇いたい(無償で)と感じた霊夢は、鼻を鳴らすと腕を組んでそう言葉を呟く。
レミリア「あら?博麗の巫女ともあろう者が負け犬の遠吠えかしら?」
そして、待っていましたとばかりに瞳をキラリと輝かせたレミリアは、いつか言ってやろうと思っていた台詞を霊夢に向けて吐き、レミリア・スカーレット史上最高のドヤ顔を見せる。
霊夢「は?」
レミリア「うー?」
眉間に皺を寄せ、今にも怒りで衣服が飛び散りそうな程怒りを露わにする霊夢。だが、当のレミリアは口先を尖らせながらお馴染みのあの台詞を漏らし、トボけた表情を浮かべている。
早苗「寒っ!!」
レミリア・スカーレットVS博麗霊夢の弾幕戦争が勃発するかに思えた正にその時。魔理沙とアリスによって炬燵の外へと追いやられ、身を震わせていた東風谷早苗が寒さにより漸く飛び起きた。
早苗「なんか寝苦しいなぁと思ったら炬燵の外に出されていたなんて…」
自分を見詰める周囲の人間+妖怪の誰が容疑者なのか、それを心の中で推理しながら再び炬燵の元へと歩み出す早苗。
しかし、既に炬燵の四隅は埋まっている為、彼女は推理に割いていた思考をも犠牲にして何処に滑り込むかを考え始めた。
レミリア「この場所は私と星矢の場所だから駄目よ」
フラン『私と星矢の場所だもん…』
レミリアとフラン組は当然の如く却下…
霊夢「私はのんびり1人で座りたいの。それに、この炬燵は私の所有物だしね」
そして霊夢も、1人で広々と座りたいという意思の元、家主権限を使用して早苗の侵入を拒み、星矢達が紅魔館から持ってきたお土産を手に取る。
早苗「魔理沙さんとアリスさんは2人で座ればいいのでは?」
当然、早苗も炬燵の中で暖まりたいという願い故、簡単に諦め切る事など出来ず最終手段とばかりに目を光らせ、今のレミリアとフランと同様2人で座るのはどうかと魔理沙とアリスにそれとなく提案を持ち掛けた。
アリス「この場合は早苗の言う事の方が正しいわね」
魔理沙「決断してからの行動が早いなおい!」
すると、彼女の提案に好機を見出したアリスは、頰を染めて言葉紡ぎながら腰を上げ炬燵を出ると、そのまま魔理沙の座る場所まで移動し再び腰を下ろした。
早苗「はぁ〜あったか〜い❤︎やっぱり炬燵は人類が生み出した文化の極みだわ❤︎」
漸く炬燵侵入の権利を得た早苗は、これでもかと深く両足を突っ込むとだらし無く天板の上に頰を当て、至福の溜息を漏らした。
星矢「おや。早苗様もお目覚めになられたのですね」
早苗「ぎゃぁああああっ!?」
チラリ、と特に理由もなく霊夢の背後に視線を移した早苗。すると其処には、つい先程村に買い出しに出掛けた筈の星矢の姿があり、彼の姿を目の当たりにした早苗は叫び声を上げると天板に付けていた頰を離し、盛大に背後へと吹っ飛んだ。
早苗「い、いっ…イケメンが目の前にっ…」
星矢「イケメン…?はて、魔理沙様は女性の筈ですが…」
目の前に立つ星矢を指差し、怯えた様子で声を震わせる早苗。しかし、それを他人事のような目で魔理沙を見詰めながら声を発する星矢は、とても不思議そうな表情を浮かべていた。
霊夢「ていうかあんたは何で目の前にイケメンが居ると吹っ飛ぶのよ」
そして、早苗の驚きようにご尤もな疑問を投げ掛ける霊夢は、まるで珍獣を見るかのような眼差しで彼女の事を見据え、小さな溜息を吐く。
早苗「諏訪子様と神奈子様が言っていたんです。イケメンは平気で手当たり次第に女性を誑かすと」
すると、早苗は自らの体を抱き締めながら非常に怯えた様相で自分がオーバーリアクションを取った理由語り出し、細心の注意を払いながら星矢へと目線を移す。
アリス「まぁ強ち間違いとは言えないけど…ねぇ?」
魔理沙「まぁ…ちょっと今の反応は失礼だと思うぜ」
早苗の取った行動の理由に対し同調する姿勢を見せるアリスと魔理沙だったが、流石に初対面の人相手には失礼ではないかという意見を述べ、星矢に同情にも似た感情を向ける。
星矢「私がイケメン扱いをされるのならば、この世全ての男性がイケメンという事になりますよ」
彼女の達の言葉が自分に向けられているものだと悟り、即座に反論を述べる星矢。だが、この言葉を耳にしたレミリアとフラン以外の者は、うへーっといった表情で彼の事をジト目で見詰める。
霊夢「無自覚って怖いわね…」
魔理沙「きっとあの面で数多の女を誑し込んできたに違いないぜ…」
そして、再び小声で言葉を交わし合う少女達は、レミリアとフラン相手に鼻の下を伸ばす(ように見える)星矢を見詰めながら身勝手な想像をする。
星矢「さてと…では私は昼食の準備に取り掛かりますので、お嬢様方は引き続き談笑を楽しんでいて下さい」
すると星矢は、レミリアとフラン2人の頭を軽く撫でると、食材が入っているであろう脇に置いた袋を掴み、言葉と共にその場を後にした。
息してるかー?
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