やはりわたしの青春ラブコメはまちがっている。
『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』のいろはルートです。
10.5巻まで読みましたが、そこまでいろはの内面が描かれているわけではないので作者の妄想が強いです。そこらへんはSSなので勘弁してください。
章ごとに作品分けます。
「あのね、ヒッキー……」
「……なんだ?」
「——えっ……あ、ちゃんと、聞いてくれるんだ……」
「ん……ああ……」
「そっ、か……ありがと」
「いいから。その、なんか、言いたいことあんだろ? ちゃんと聞いてるから、言えよ」
「う、うん……えへへ。あ、あのね……あたしさ、ヒッキーのこと……好き。ずっと、好きだった」
「そうか……」
え、え、ひゃぁぁあ、なになに、この状況!
先輩見つけたから近寄ってみれば結衣先輩が告白してるとか、誰が予想できるんですか!
いやいやいや……ていうか、やっぱり結衣先輩って先輩のこと好きだったのか……まあ、どう考えてもそうだよなぁ。
「うん、そうだ! あ、と、別に返事はいつでもいいからね……? あたしから言っといてあれだけど、その、あんまり覚悟とかできてなかったりする、から」
あー……雰囲気に押された感じですか。
まあ、先輩が結衣先輩と一緒に帰るのって稀だしなぁ。
デートに誘おうにも休日は家から出ないし。
「なんだそれ……いや、そのだな、返事は今、言わせてもらう」
おぉっ!
先輩が珍しく男らしい……。
でも本当、変わったなぁ先輩。
〝俺は、本物が欲しい〟
涙声で、かすれた情けない声で。
怯えるように歯の根をカチカチと鳴らしたまま、必死に紡がれたその言葉は今でもわたしの耳に残っていた。
あれから、なのかな……先輩が変わったの。
鬱陶しく付き纏ってたから分かる。
先輩が頑張ってたのは知ってる。
今までとは違うやり方で、一人で解決に向かわせようとはせず、結衣先輩にも雪ノ下先輩にも頼ってた。
まあ、わたしには頼ってくれなかったんですけど。
うわ、なんかこの言い方だとわたしが先輩にベタ惚れしてるみたいで嫌だなぁ。
んー……どうするんだろ。
あの顔じゃ、答えは出てるようなもんか。
奉仕部もやっと落ち着いてきたところで先輩も結衣先輩のことを真剣に考えてたんだろうな……。
「そっか……あはは、なんか、答え、分かっちゃった、かも」
切なげに笑い、語尾にいくにつれて声は萎んでいく。
それでも、結衣先輩は顔を上げていた。
先輩もしっかりと結衣先輩の目を見ていた。
あー、もう、かっこいいなぁ……この真剣さが。
いっつもだらしなくてやる気なんて欠片もない態度取ってるくせに、こういうときは真面目なんだから。
真面目になった、か。
「由比ヶ浜……ごめん、お前とは付き合えない」
言って、先輩は頭を下げた。
「うん、分かった!」
元気のいい返事とは反して、結衣先輩の頬には涙が伝っていた。
取り繕うようにして口の端を吊り上げても、その唇はふるふると戦慄《わなな》いている。
「顔、上げてよ……ヒッキー」
「由比ヶ浜……」
心底すまなそうな顔で結衣先輩を捉える先輩。
そういう顔したらダメですよ!
結衣先輩は多分分かってたんですから!
「あの、ね……分かってた、分かってたんだ……あたし。その、さ、それでも……っ! 言いたかったっ、から……っ。あはは……こんなの迷惑なだけ、だよね……ごめんね」
「それは、それは違うぞ由比ヶ浜。俺さ、その……なんつーか、思い上がりもほどほどにしとけって思いながらもどっかで……お前が俺のこと好きなんじゃねーかって思ってた」
先輩鋭いもんなぁ……ただ、それを後ろ向きに考えちゃうだけで。
あぁ、そういえば、あのとき、なんであんなこと聞いてきたのかと思えば……そういうことか。
〝なぁ一色……お前さぁ、振られるならどう振られたらすっきりできる?〟
いやぁ、あのときは焦った……勘付かれたのかと思ってついつい「え、なんですかそれ。もしかして最近押しかけてるからって勘違いしちゃったんですか。キモいですそういうのまだ無理です」とか言っちゃったっけ。
わたしが相手だから言ってくれたのかな……だとすれば悪いことしたなぁ。
もうちょっと真剣に考えてあげればよかった。
「そう、なんだ……うわー、なんか伝わってて嬉しいけど恥ずかしいなー」
うわーうわーと言って両手で顔を覆う結衣先輩。
この人素で可愛いなぁ……あれ今度やってみよ。
「それで、待ってたっつーか……今度は最後まで聞こうと思っててさ。だから、あれだ、あれ。別に迷惑なんかじゃねぇよ、むしろ、由比ヶ浜の好意は嬉しいくらい……でだな」
「うん……うん……っ。ありがとっ」
今度こそ本当の笑顔だった。
涙でくしゃくしゃになった顔だけど、まぶしいくらいの笑顔。
え、いや、ほんと成長したなこの人……。
結衣先輩もそれが分かってるから、こんな笑顔になれるんだろうな。
あ、バス……。
「もう、行かないと……か」
「あっ、な、なぁ由比ヶ浜っ! その、次のバスにしてくれないか? まだ、話があるんだ」
「え……? えっと……うん、分かった」
振った女の子を引き止めるとか……それはアウトです先輩!
「わ、悪いな……」
「ううん、大丈夫大丈夫! ほら、そんな待つわけじゃないしっ」
言って、結衣先輩は顔の前でぶんぶんと手を振る。
あ、笑ってる……やっぱ振られても嬉しいのかな……先輩と話せるの。
「で、話ってなに?」
バスを見送り、さっきまでの涙が嘘みたいにカラッと晴れた笑顔で尋ねる。
わたしも気になります先輩。
「そ、そのだな……明日からも、部活……来るよな?」
「えっ? う……うん、多分行く……と思う」
そりゃ行きづらいよ。
告白した人とされた人が同じ空間で仲良く部活とか、なにそれ怖い。
「絶対……来いよ」
「ん……? 明日、なんかあったっけ?」
奉仕部になんかあるときってあるんだ……いや、依頼とかあるのは知ってるけど。
なんたって居着いてるから。
でも、基本大したことないよなぁ……。
「いや、なんもねぇけどさ……ほら、アレだよ、アレ」
「ヒッキー……」
嬉しそうに顔を綻ばせる結衣先輩。
え?
今の分かったの?
わたし全っ然分かんなかったんですけど。
「流石にアレじゃ分かんないよ……」
ですよねー……そうですよねー。
「いや、だからさ……その、奉仕部はやっぱ、三人いねぇと、だろ? 由比ヶ浜の気持ちには応えられねぇけどよ……お前が居て、雪ノ下が居て……それで本物、だと思ってるから」
「ヒッキー……」
結衣先輩は口元を押さえ、瞳には再び涙が滲んでいた。
分かりますよ結衣先輩!
わたしも、先輩……、って気持ちです今!
最初からこれだけ素直だったらよかったのに……。
「そうだね……そうだよねっ! 行くっ! 行くよっ! 明日も、明後日も、毎日……絶対っ! 行くっ!」
「そう、か。よかった……」
「ありがと、ヒッキー……。ヒッキーがそうやって言ってくれなかったら、あたしやっぱ、行ってなかったと思うんだ」
「い、いや、これは……俺の自己満足だから」
「違うよっ! だって、あたし嬉しいもんっ! だから、違うよ」
「……そうか?」
「そうだ! あ、バス来ちゃった……」
え、もう?
本当に待たないじゃん……あ、いや、意外と十分以上経ってた……時間が進むのって早いなぁ。
「じゃ、ヒッキー、また明日ねっ!」
「おう、また明日」
バスに乗り込み去っていく結衣先輩を見送り、先輩も自転車に跨る。
いやぁ……清々しい。
こんな清々しい失恋があるのは知りませんでした。
あ、じゃなくてっ!
「せんぱーいっ!」
え、ちょっ、そのまま行っちゃうのっ!?
ちょっ、待っ!
「せんぱーいっ! 先輩ってばーっ!」
そこでようやく先輩はキキッと音を鳴らして自転車を止めた。
振り返った顔はもの凄く嫌そうだ。
「なんだよ一色……悪いが今日はそういう気分じゃなくてな」
「いや、まあ、わざとじゃないんですが、わざとじゃないですけどね? その、見てしまったので……それは分かってます」
分かってますけど、成長した先輩に少しくらいいい思いをさせてあげたいじゃないですか。
どうせわたしが告白しても振られるのは目に見えてますし、それならちょっとくらいお手伝いしたいじゃないですか。
やっぱり先輩に幸せになって欲しいじゃないですか……。
「盗み聞きか。あまり褒められる趣味じゃないな」
「なっ! だからわざとじゃないって言ってるじゃないですかーっ! まったく……先輩はわたしをなんだと思ってるんですかねぇ……。怒っちゃいますよー?」
腰を曲げ、下から見上げるように先輩を睨む。
「はいはい、あざといあざとい」
普段と変わらない表情であしらわれた。
この人、わたしに対して態度変わらな過ぎでしょ……。
「いや、今のは素です」
反撃のつもりでそんなことを言うと、先輩はあからさまに驚愕の声を漏らす。
「嘘、だろ……」
「はい、嘘です」
「お前なぁ……」
はぁ、と長嘆息する先輩。
呆れてものも言えないってやつですかね。
実際のとこ、素っていうか先輩相手だと自然に出ちゃうだけなんですけど。
これが素……?
「それはそうと先輩っ! どっか、寄り道して帰りましょっ」
腕をがしっと掴み、ぐいぐいと引っ張る。
それでも先輩はまだ抵抗の意思を見せた。
「いや、だから俺は……」
「いいじゃないですかー! 先輩の恋路、手伝いますよ……真面目に」
最後ににこっと笑みを見せるのは忘れない。
甘えと笑顔は標準装備なので。
「はぁ……分かった分かった」
「さっすが先輩っ! 話が分かる人は好きですよっ!」
「お、おう……」
目を伏せて戸惑いがちに答える先輩。
好きとかはまだ恥ずかしいのかー。
「え、なに照れてるんですか。あ、もしかして今のちょっとしたやり取りで惚れちゃいました? それは流石にキモいです無理ですごめんなさい」
「俺はお前に何回振られればいいんだよ……」
「えー、百回くらいですかねぇー?」
「いや、百回超えてんだろもう……」
それは確かに……。
「じゃっ、千回くらいで!」
「じゃあってなんだよ。意味分かんねぇよ……」
「まあまあ、そんなことは置いといて早く行きましょー」
適当に話を振りながら、目的地へと足を進める。
そこまで離れなくても少しお洒落なカフェとかはあったりするけど、流石にこの時間帯に学校付近の店に寄るのは躊躇われる。
先輩と一緒にお茶してるとこを見られるとか超リスキー。
先輩が嫌ってわけじゃなくて、もしそんなところを見られて噂にでもなった日には先輩に近づけなくなってしまうから。
わたしが近づこうとしても、きっと離れていってしまうだろうから。
悶々とそんなことを考えているうちに到着した。
「さーてなににしよっかなー」
入店し、メニューを辿るように指を動かす。
最近奢ってもらってばっかりだから、ここは自分で払うとして……スタンダード? にカフェオレでいっか。
「カフェオレ、ショートで」
店員さんに笑顔を向けて言うと、答える前に先輩が口を開く。
「あぁ、それ二つで」
「え——」
「はい! カフェオレのショートをお二つでよろしいですねっ?」
「はい」
「あの——」
「かしこまりました! 少々お待ちください!」
あぁ……行っちゃった……。
「おい、席取っとけよ」
「え、あ、はい……」
ずるいなぁ……もう。
うーん、でもそっかぁ……奢るのが板についちゃってる感じだなぁ、これ。
どーせ、妹なんとか発動なんだろうけど。
適当な席に腰掛け、先輩が飲み物を置いたのを確認して話を切り出す。
「で、ですよ先輩!」
「ん」
「え? あ、ありがとうございます……」
ずずっと差し出されたカフェオレを飲みながら、チラッと先輩を表情を見る。
うわぁ、いつも通りだ……。
「先輩も結構あざといですよねー……」
「ばっか、ばかお前、これは素だ」
「ふーん……」
ま、知ってますけど。
わたしにだけ優しいわけじゃ、ないんだよなぁ……。
「それで? 恋愛相談だったか? まだ葉山のこと好きなんだっけお前?」
「は?」
「いや、そんな、なに言ってんだこいつみたいな顔で見られても……」
いやいや、わたしからすれば本当になに言ってんだこいつ、ですから。
あっれー?
いつからわたしの恋愛相談になったの?
「彼女どころか友達すらいない先輩に恋愛相談なんてするわけないじゃないですか! バカなんですか? 失敗する未来しか見えませんよ!」
「おい、なんで俺が貶されてんだよ。だいたい俺だって友達の一人くらいいるわ」
「え……」
「おい待て、なんだその顔」
先輩友達いたっけかなぁ……いや、いないよなぁ……あ、あの人か。
「ああ、あのなんかキモい人ですね! 材……材なんとか先輩? でしたっけ?」
「違ぇよ。友達じゃねぇよ。友達でも友達じゃねぇよ」
慌てて否定する先輩。
でも、わたしには言ってる意味が分かりませんでしたー!
「はぁ? 意味分かんないですキモいです」
「す、すまん……いや、なんで俺が謝ってんの?」
なんかとりあえず謝っとけみたいなアレなの?
とかぶつぶつ文句を垂れる先輩に優しく言葉を投げ掛ける。
「え、だって、あの人以外で先輩に友達なんているわけないじゃないですか。妄想かなんかですか? そういうの引きます現実見ましょうよ」
「妄想じゃねぇよ!」
「具体的には?」
「そりゃ、まあ、戸塚とか、戸塚とか……あと戸塚?」
「うっわ……」
なにこの人キモい……っ!
戸塚先輩が可愛いのは概ね同意だけど。
「こ、こほん……で? 何の用だっけ?」
視線に耐え切れなくなったのか、わざとらしい咳払いとともに話を戻す。
「そうそう、だから、先輩のお手伝いしますよっ! って話ですよっ!」
「手伝い……? お前が? 俺がするんじゃなくて?」
いまいちよく分からないといった風に言葉を返し、カップを口に持っていく先輩。
なんでこれで分からないかなぁ?
「だからぁ……先輩、雪ノ下先輩が好きなんですよね?」
「なっ——」
「うわっ、き、汚いですよ、先輩!」
けほけほと咳き込み、口周りを拭う。
改めてじとっとした目でわたしを睨む。
腐った目に磨きがかかってる……悪い方向に。
「な、なに言ってんだお前!」
「なにって……違うんですかー?」
「違うわ。雪ノ下は……そうだな、憧れ、だと思う」
憧れ、ねぇ……。
「それ多分先輩が気づいてないだけですよ」
「そう、なのか……?」
「そうですよ。恋愛検定一級のわたしが言うんですから間違いありません」
「なんだその検定……需要皆無だろ」
そうでもないですよー。
自分が誰のことが好きか、改めて分かっちゃったりしますし。
「わたしも……葉山先輩は憧れでした。まあ、先輩の言う憧れとは違いますけどね」
あれは……憧れの葉山先輩ラブな自分が好きだっただけだし。
先輩のとは違う。
「そういうわけで、お手伝いしますよっ!」
「って言われてもな……自覚ないし」
「きっと、遠慮してるんだと思います。先輩は本物の奉仕部を大切に思うあまり、無意識に自制してるっていうのが、わたしの見立てですね」
「それなら……それでいいけどな」
「よくありません!」
それじゃあ先輩が幸せになれない。
それに——
「それは……先輩が嫌う欺瞞じゃないんですか? 隠し通すのが本当に本物ですか……? わたしは……わたしは、そうじゃないと思います」
「そう、か……それでもな……やっぱ壊したくねぇよ」
まあ、そう言うだろうと思ってました。
先輩はそういう人だから。
「壊さなきゃいいじゃないですか」
「それが出来たら——」
「出来ますよ。先輩なら、出来ます」
はぁとため息を溢し、胡散臭げな瞳でわたしを見る。
根拠はなんだ、と視線で問われている気がした。
「先輩、変わりましたよね……」
「別に……そんなことねぇだろ」
「いえ、変わりました、凄く。だから、出来ると思います。それに……そんなこと言ったら結衣先輩が先輩に告白した時点でもう壊れてますよ」
先輩が雪ノ下先輩に告白して壊れるなら、結衣先輩が先輩に告白したって壊れる。
でも、今回、奉仕部はきっと壊れない。
先輩が変わったから、結衣先輩が笑顔になれたから。
「…………」
気まずそうに目を逸らし、押し黙る。
なにか思うところがあるのか。
「無言は肯定ですか?」
「——とにかく、俺はやらねぇ……それが答えだ。だいたい、本当に雪ノ下のことを好きかって聞かれてもイマイチぴんとこねぇ」
「なら……それなら、なんで結衣先輩の告白断ったんですか?」
「それは……」
口ごもる。
先輩はいつもそうだ。
なにか大切なことをはぐらかす。
自分にも、周りにも、嘘を吐いて生きている。
そういうところも含めて好きになったけど、そういうところを直して欲しいとは思う。
いや、もしかしたら、分からないのかもしれない。
分からないけど、断らなきゃいけないと思ってしまったのかもしれない。
本物にしたってそうだった。
いまだになんとなくそんな気がするってだけ。
今まで見たことがなかったし、手にしたこともない。
だから、これがそうだと言えるものを先輩はおろかわたしだって知らない。
それでも、欲しいと思ってしまった。
「分からない、ですか?」
わたしが問うと、先輩は頷く。
「ああ、正直分からない……なんであの時断ったのか。でも、ずっと思ってた。分からなくても断るべきだと……だから、待ってたんだ。もう少し前でも、もう少し後でも、遥か未来でも、由比ヶ浜の告白がいつだろうと俺は断った。それが……正しい結論に思えた」
苦々しい表情を浮かべたまま、ぽつぽつとつぶやく。
一つ一つ噛み締めるように、自分を納得させるように。
「でも、それが正しかったのかも分からない、と」
「……そうだな」
「はぁ……。先輩、恋愛に正しい結論なんてありませんよ」
そんなものはない。
けど、まあ、わたしの台詞は当然、先輩の決意を全否定するものになるわけで……先輩は少し苛立った声音を出す。
「それじゃ、どうすりゃよかったんだよ……付き合うのはどう考えたって違うだろ」
「なんでそう言い切れるんですか?」
おかしな話だ。
分からない、分からないという割りに、正しいことは分からないはずなのに、これは違うと決めつける。
正しいか分からないなら、違うかも分からない。
「そりゃあ……俺が由比ヶ浜にそういう感情を持ってないから、だろ」
さも当然のように言い切る。
それだけはしっかりと分かってるとでも言わんばかりに。
わたしはそれが明確な理由にはなり得ないと思う。
「んー……でも、それってそのとき持ってなきゃいけないものじゃないじゃないですか? だって、よく言うじゃないですか。付き合ってから好きになることだってある、とか」
なんだかんだ言っても、やっぱり先輩を否定するのは心が傷む。
一言、口にするたびにぎゅっと心臓を掴まれたような嫌な圧力がかかる。
それでも言わなければいけない。
「そんな適当なことはできねぇだろ。あいつだって、そんなのは望んでないはずだ……」
先輩は口頭こそ勢いよく話し始めたが、言葉尻にいくに連れてどんどんと自信のない声色に変わっていく。
「普通……そうじゃねぇのかよ……」
ぼそり、鎮痛な面持ちのままつぶやく。
普通がなにか分からない。
普通じゃなかったから分からない。
そんな雰囲気だった。
「それは先輩の押し付けじゃないですか。結衣先輩が言ったんですか? そんなのは嫌だって」
言ってないはずだ。
むしろ、それでも言いと言いそうですらある。
相手のことが心底好きならそうだ。
わたしだって……先輩がそう言ってくれるなら今すぐ先輩に告白してる、多分。
いや、実際のところ、そういうことをしない先輩だから好きになったっていう部分があるから……そうとも言い切れないか。
「そうかもしれねぇけど……。でも、そういうのは、嫌だ」
はっきり、否定した。
ただ、自分が嫌だからだと。
そう、そういうのが聞きたかったんですよ。
「そうですか……それなら仕方ないですね」
先輩の眼は見開かれていた。
また、分からなかったんだろう。
なんでそうなったのか。
「先輩が嫌ならしょうがないじゃないですか。正しくても間違ってても、それが先輩の気持ちなら誰も文句は言いませんよ。そういうのは嫌だったから、はっきりと断った。なにを後ろめたく思う必要があるんですか? 誠実でいいじゃないですか」
誠実な先輩ってのもまた珍しいものだけど。
なんというか、似合わな過ぎて全身がむずむずする。
「正しい結論なんてないんですよ……だいたい、正しいかどうかなんて誰にも分かりませんし。それに、間違ったっていいんです」
間違ったっていい。
恋愛なんて間違ってばかりなんだから、今更間違えたところで大したことじゃない。
むしろ、ときには間違えることも必要まである。
「それで……」
そこで一旦、言葉を区切り、先輩の反応を伺う。
諦めたのか、なんだと言いたげな顔を浮かべる先輩に苦笑し、言葉を続けた。
「結衣先輩の告白を断ったのは、結衣先輩のことを恋愛対象としてみれなくて、それでいて適当に付き合うのも嫌だったから」
再び区切ると、先輩は頬杖をつき、落ち着かない様子で視線を泳がせながらも顎で続きを促す。
「それが分かったので、先輩が雪ノ下先輩のことを想っているから断ったわけじゃないってことも分かりました。ではでは、改めて聞きますが……やっぱりやる気はないですか?」
無言のままこくりと頷く。
「それはなんでですかー? まだ雪ノ下先輩のことを好きじゃないからですか?」
ずいっと身を乗り出して尋ねる。
先輩はぐいっと上半身を逸らし、迷惑そうな顔をした。
「そうだ」
さらに詰め寄ると、ついには頬杖すらやめて背もたれに体重を預ける。
「でも、これから好きになるかもしれないじゃないですかー」
相変わらずな反応に頬が緩みそうになるのを堪え、不満を滲ませた声で言う。
先輩は脱力した様子でふるふると首を振った。
「分かんねぇけど……それはねぇよ、多分」
強情だなぁ……分かんないとか多分とかそんなことばっかり。
「分からないなら、せめて分かるまでやってみましょうよ! わたし、分からないまま結論を出すのはよくないと思うんですよねー……」
すとんと着座し、視線を落とす。
少しの沈黙の後、ちらっと先輩の顔を見て、駄目押し。
「ダメ……ですかね?」
しゅん、とそんな擬音が聞こえてきそうなほど身体を縮こまらせていると、耳に大きなため息が響いた。
「……やるだけ、だぞ」
作戦通り!
ぶっちゃけ、わたしも先輩が雪ノ下先輩とくっついてくれないと諦めがつかないんですよ。
「はいっ! では、具体的にどうしましょうか?」
それからしばらくの間、先輩と会話をし、おおまかなことを決めてまたそのときどきで考えようということになった。
「うぅー……寒いー」
外に出ると、とっくに日は沈んでおり冷たい風が吹きすさぶ。
スカートのせいで足下から全身に這い上がってくる寒気に思わず肩を抱き、ぶるりと身体を震わせた。
「先輩ーっ! 寒いですー! もう三月なのに!」
遅れて出てきた先輩の右腕に抱きつき、がちがちに凍りそうな身体をすり寄せる。
うわぁ、とそんなことを言い出しそうな顔で右腕だけをぴんと伸ばし、なんとか距離を取ろうとしている先輩を見ると少しばかり寒さも和らいだ気がした。
「なんでお前なんにも持ってねぇんだよ……なんなの? 最近の女子高生はそんなに気合い入ってるの? っつーかそんなに寒いならスカート折るなよ。そもそも三月は普通寒いだろ」
氷点下の言葉責め。
はぁあ、と先輩が本日何度目かのため息を吐くと白いもやが改めてこの寒さを実感させてきた。
冷たいっ!
負けじと目をうるうるさせてマフラーを引っ張ると、やれやれといった様子で先輩はマフラーを取り、そっぽを向いて無愛想に差し出してきた。
「ほら」
よっしゃ!
マフラーゲットだぜ!
すぐさまぐるぐると首に巻くと、男性用だからか少し垂れる部分が長くなったので、後ろで緩く縛る。
マフラーに顔半分を埋めると先輩の匂いが鼻腔をくすぐる。
少し照れくさい。
「……ありがとうございます。これ、先輩の匂いがしますね」
にへらと笑ってそんなことを言うと、わたしのがうつったように先輩の頬も赤らんだ。
「あざとい。流石いろはす、あざとい」
一瞬名前で呼ばれたものかと錯覚して胸が高鳴る。
そうじゃなかったと落胆し、そもそも全く喜ぶべき言葉をかけられてなかったことにさらに肩が落ちた。
そんなわたしのことを見ていたようで、なにか幼い子でも見るような温かい眼差しを向けられた。
「……忙しいやつだな」
先輩のせいですよ、なんてことは言えなくもなかったけど、どこか気恥ずかしかったので頬を膨らめて睨みつける。
しかし先輩は意に返した様も見せず歩き出した。
「あ、待ってくださいよー」
慌てて駆け寄ると先輩の歩調が緩くなったのが分かり、笑みが溢れるのと同時にまた身体の芯が温かくなった。
寒空は容赦なくわたしの身体を責め立てるけど、先輩と一緒ならなんとかなりそうだ。
そんなことを思うくせに、先輩と雪ノ下先輩をくっつけようと画策する自分に自嘲じみた笑みが出る。
それでも、結末がどうあれ、この無愛想な先輩には幸せになって欲しいと願った。
****
「あ、お兄ちゃーん!」
のんびり二人で歩いていると、横からそんな声が飛んできた。
ふと顔を向ければ、セーラー服に身を包んだ女の子がぱたぱたと駆け寄ってくる。
ぴょこんと跳ねる毛がどこかの先輩との血縁関係を匂わせた。
「おぉ、小町。今帰りか?」
「うん、そだよ! まさかお兄ちゃんに会えるなんてねー、今日はついてるかも。あ、今の小町的にポイント高いっ!」
わたしたちの目の前まで辿り着くと、にかっと八重歯を見せて笑う。
かわいい……目腐ってないし。
ていうか、なにそのポイント制度。
超あざとい。
「ん? んん? おおーっ!?」
じーっと観察していると、わたしに気づいたようだ。
わたしと先輩を交互に見て目をキラキラと輝かせる。
「こんにちはー。先輩の後輩の一色いろはです。よろしくねー」
「こんにちはー! 妹の小町ですっ! お、お兄ちゃんとはどういう関係でっ!?」
息せき切ってぐいぐいっと顔を突き出してくる。
ま、まぶしい……若いっていいな。
「んー……? なんだろ……愛されキャラ的な? ほら、マフラー。いやー愛が重いねっ!」
「返せ」
一切の間を空けずにマフラーに伸びてきた手をさっと華麗によける。
べーっと悪戯っぽく舌を出すと、先輩の口から何度目かのため息が漏れた。
小町ちゃんはなにやらほほぉーっと感心したような顔をしたかと思うと、「ま、またお義姉ちゃん候補が……っ!」と戦慄いている。
お義姉ちゃんて……て、照れる!
「どこまでいったんですかっ!?」
「どこにも行かねぇよ。俺はずっと小町のそばにいる」
「やめて、出てって」
ひゅううと冷たい風が吹いた。
あ、あれー? なんだか視界が滲んできたなー、と目をぐしぐし擦る先輩。
小町ちゃんはそんな先輩の耳に口を近づけ、そっと囁く。
「ちょっと、そういうのはお家にいるときだけにしてって言ったでしょ!」
聞こえてますよー!
ちょっと!
この兄妹大丈夫!?
家でただれた関係になってない!?
しかし、小町ちゃんはそんな心配はいらないとばかりににこにこ微笑む。
たったっと喜びを滲ませた足音で寄ってくると、ケータイを取り出した。
「いろはさんっ! アドレス交換しましょうっ! アドレスっ!」
「……う、うん、いいよー?」
なんか企んでそうだ。
わたしとしても小町ちゃんとは仲良くしたいから構わないんだけど……。
先輩とデートするダシに使えるかもしれないし。
「送りますねー」
ふふーんと鼻唄混じりにメアドが送られてくる。
登録して空メールを送ると、小町ちゃんは再び忙しなく操作し、ふぅと一息ついてケータイをしまった。
そしてしばらく適当な会話をしながら帰路を辿る。
途中でわたしのケータイが通知音を鳴らす。
ふと小町ちゃんを見るとやけに機嫌がよさそうだ。
ケータイを取り出したわたしを確認して先輩と会話を再開する。
特に気に留めるでもなくケータイに視線を落とすとメールが届いていた。
差出人:比企谷小町
件名:
本文「なんでもお手伝いしちゃいますので、なんなりとっ! これからよろしくお願いしますねっ☆」
ばっと小町ちゃんを見ると、ぱちっとウインクをされた。
送信予約だと……まさかそんなもの駆使してくるとは。
元旦にしか使う機会ないと思ってたけど、こういう使い方もあるんだね。
ちょっと感心しちゃいました。
やっぱり先輩の妹なんだなー……。
きゃっきゃっと先輩と戯れる小町ちゃんをぼんやり見ながら思う。
シスコンとブラコンだった。
企みは全て先輩を思ってのことなのだろう。
夕陽は二人を暖かく包み込む。
オレンジ色はどこか感傷的だった。
なんだ……全然一人じゃないじゃん。
先輩には常に寄り添ってくれる家族がいる。
学校で一人でも、社会に馴染めなくても、そういう人がいるだけで救われる。
先輩が幸せになるのはそう難しいことじゃないのかもしれない。
——わたしも、いつか、きっと。
二人に駆け寄るわたしの足音はどこか楽しげだった。
——次章——
第一章 きっと、誰しもそれらしさを探している。
なんか、普通に面白いと思います。
どうしてこういう良ssが評価されないのかが未だに理解できんのです。
とりあえず支援します、頑張って下さい!
これいろはすメインだよねゆきのんエンドやめてね
面白いです。
頑張ってください。