2015-05-20 02:01:37 更新

概要

『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』のいろはルート。
『序章 だから一色いろはは幸せを願う。』の続きです。


前書き

4.23 前作に小町との邂逅シーンを追加しました。


 序章 だから一色いろはは幸せを願う。





第一章 きっと、誰しもそれらしさを探している。



「お疲れ様ですー!」


 からりと戸を開き、軽い会釈とともに奉仕部の部室へ入り込む。

 奥の雪ノ下先輩、真ん中の結衣先輩、そして最後に先輩へと目をやる。


「おー、いろはちゃん。やっはろー!」


 最初に挨拶してくれたのは結衣先輩だった。

 手を挙げてわたしの名前を呼んでくれた結衣先輩に手を振り返す。


「こんにちは」


 雪ノ下先輩は、ふと、絵になる所作で顔を本からわたしに向け、薄い微笑みをたたえる。


「はい、こんにちはですー!」


 元気よく挨拶を返し、一月ほど前に調子の良くなったヒーターの働きでぬくぬくとした室内をすたすたと歩く。

 長机を挟んで先輩の向かいに当たる場所に座った。


「…………」


 無言。

 無言だこの人。

 さっきちらりとわたしを見たのはなかったことにするらしい。

 随分といい度胸だった。


「こーんにーちはー」


 ふりふりと先輩と本の間で手を振る。

 すると、先輩は面倒臭そうな面持ちをわたしに向け、渋々口を開いた。


「よう」


 二文字。

 たった二文字だ。

 まあ、いつも通りな先輩だった。


 いつも通りな部室。

 いつも通りな奉仕部の面々。

 結衣先輩の告白から少し日が経ち、それでも奉仕部の関係はいつも通りだった。


 変わらない日々に、変わらない空気に、まったりと身体を預け、各々がそれぞれ暇を潰す。

 依頼がなければ奉仕部は動かない。


「もうすぐ春休みですねー」


 あまりにも暇なので適当に話題を振ると、いち早く反応したのは結衣先輩だった。


「だねー! 生徒会はなにかやることあるの?」


 学生らしく、長期休暇が楽しみなのかわくわくるんるんという感じで尋ねられる。


「んー……そうですねぇ……」


 先日の件で予算はしっかり使い切ったし、春休みはどちらかと言えば先生達の忙しい時期であって、生徒会はとくになにもない。


「とくにないですねー。あ、でも、新入生の入学式の準備とかはありますけどねー……」


 椅子並べとか……完全に雑用じゃないですかね、これ。


「そうなんだー。あ、ねぇねぇ、ゆきのんは春休みって予定空いてるの?」


 そんな他愛ない話に花を咲かせる結衣先輩を横目に、先輩に向き直った。

 先輩、入学式ときて、頭に思い浮かんだことを口にする。


「そういえば先輩、小町ちゃん合格おめでとうございます」


 ひたすら読書を続けていた先輩の動きが一瞬ぴたりと止まる。

 なんでもなかったようにまた動き出した。

 ぼそっと小さいつぶやきを落として。


「……さんきゅ」

「あはっ、いーえっ!」


 必死に自分がどれだけわたしのことを鬱陶しいと思っているか態度で伝えようとしてくる。

 が、それもつい最近の祝い事を話題にされては上手くいかないらしく、こほんと咳払いをして本を閉じた。


「小町にもメールしてくれたんだろ? ありがとな、喜んでた」


 まるで自分のことのように照れ臭そうにしている先輩に微笑する。


「いやー、もう、本当にシスコンですねー。妬けちゃうなぁ、ちら」

「ちら、とか言うな。あざとい」


 上目遣いでの強襲はやはりいつも通りにあえなく失敗に終わる。

 机に上半身を乗せ、むすーっと口をへの字に曲げて見せてもその結果は変わらないどころか、むしろ先輩の頬は引き攣っていた。


「お前……日に日にあざとさに磨きがかかってないか……?」


 そんな褒められてるとも貶してるとも分からない言葉を吐く。

 なんとかして仕返し出来ないものかと視線をスライドさせると一つのカップが目に留まった。


「もーらいっ」

「あっ」


 一瞬の逡巡ののちにひょいっとカップを持ち上げる。

 そのままカップに口をつけ、こくりと一口だけ喉を通す。

 きっと、今のわたしは相当に意地悪な顔をしているだろうな。

 にやにやと先輩の反応を伺うと、予想通り顔を赤くしていて、思わず心の中でガッツポーズをしてしまう。


「はい、ありがとうございましたー」


 ことん、とカップを先輩の手前に戻す。

 その音がいやにはっきりと聞こえ、不思議に思い首を動かすと結衣先輩と目があった。


「え……」


 口元を両手の先で押さえ、あわあわとする結衣先輩。

 何が起きたのかと雪ノ下先輩に視線を向けると、雪ノ下先輩は雪ノ下先輩で固まっていた。


「えー……っと……」


 なにこの空気……。

 ちょっと間接キスしただけなんだけどなー。


 そっぽを向き顔を赤らめる先輩。

 頬を紅潮させてわたしの唇を注視する結衣先輩。

 こほんと咳払いをして問い詰めるような視線を浴びせてくる雪ノ下先輩。


 三人の顔を順々に見ていると、キスという単語が際立ち、なんだかもの凄く恥ずかしいことをしてしまったのではないだろうかと思えてくる。

 自然と俯きがちになり、熱くなった頬をさする。


「恥ずかしいならすんなよ……」


 沈黙を破った先輩は呆れた声音でそうつぶやく。


「ち、違いますよぅ……。なんか、変な空気になっちゃったので……えーっと、ごめんなさい」


 俯いたまま謝罪の言葉を述べる。


「……別に同じカップで紅茶を飲んだだけだろ……。き、気にすんな」


 全く平然と出来てない調子で告げ、ぐいっと紅茶を呷る先輩。

 まだ結構な量が残っていて、ごほごほとむせた。

 誰が一番気にしてるんですかー!

 うぅぅ……キスしちゃった。


 改めて認識すると、ボンッと顔から熱が吹き出すのが分かった。


「……なんだよ」


 じとーっと睨みをきかせる結衣先輩にバツの悪そうな顔で尋ねる先輩。


「別にっ!」


 結衣先輩はふーんと顔を背けてなにやらぶつぶつとつぶやき、いじけたように人差し指でテーブルをなぞりはじめてしまった。

 先輩は先輩で読書始めちゃうし……。

 んー……なんか話題……。


「あ、そうそう! 先輩!」

「……なんだよ」


 ずいっと顔を近づけると、先輩は鬱陶しいとばかりに身を引く。

 傷ついちゃうなー。


「いやね、小町ちゃんが受かったので合格祝いを買いに行こうかと思ってるんですよねー?」


 椅子に深く腰掛け、ちら、ちらちらっと視線を送る。

 しかし、先輩から返ってきたのは気のない返事だった。


「へー。さんきゅーな。行ってら」

「はい、減点!」

「……は?」


 何言ってんだこいつ、意味わからん。

 とでも言いたげにわたしを見る。


「なに言ってんだこいつ……意味わからん、怖い」


 言っちゃったよ……しかもなんか怖いとかついてるし。


「いやいや、普通そこは『そっか、いつにする?』でしょう! 小町ちゃんのことは先輩の方がよく分かってるんですから着いてきてもらうに決まってるじゃないですかー! 馬鹿ですか? 死ぬんですか? ていうか死んでください」

「おい待て、なんで俺が貶されてんだよ。っつーか死なねぇよ、まだ当分生かしといてくれよ」


 えー、俺なんかしたー?

 と、不満たらたらな表情を向けてくる先輩ににっこりと微笑む。


「じゃあ明日ちょうど土曜日ですし、また十時に千葉駅に集合ってことでよろしくです!」


 きゃぴるんっとこれまた普段通りに笑みを向けると、先輩は待て待てと矢継ぎ早に言葉を並べた。


「いや、ほら、明日はちょっと。アレだからアレ。うん、アレがアレでアレになっちゃったから、な? ていうかなんで既に俺が承諾した体で話進めてんの? いや、進めるどころか終わっちゃってるしよ」


 なんで?

 なんでなの?

 そんな感じで必死に弁明してくる先輩を遮り、人差し指を顎にあて、くりっと小首を傾げる。


「んー……まあ、先輩がどれだけ休みの日に動きたくないのかは充分に伝わりました。はぁ、しょうがないですねー。じゃあ、ダメですっ」

「いや、なんでだよ……」


 言って、呆れ顔で姿勢をだらんとだらけさせる。


「え、だって、先輩明日暇じゃないですかー?」


 そう返すと、先輩はぐぬぬと食い下がる。


「いや、だから、アレなんだって」

「あははっ。いや、もうそれいいですって、ほんと。先輩がアレって言うときは絶対なにもないですから」


 しらーっとした視線で刺すように見つめると、ようやくにして諦めたらしい。


 顔を俯かせこめかみを押さえながら、はぁーと長嘆息する。


「もういい……分かった。それは分かったがな。お前さー、最近俺の土曜出勤率が高過ぎると思うんだが、そこんとこどう思うよ……なにか言い訳があったら言ってごらんなさい、怒らないから」


 でたー。

 怒らないから言ってごらんって言う人って結局最終的には怒るよね……ていうか、既に怒ってるケースが九割を占めるまである。


 実際、目の前の先輩からもひしひしと怒りが伝わってきた。

 そもそも声色が冷たかったりする。


 けど、まあ、こういう先輩の態度ももう慣れっ子だ。

 なんなら毎回言われてるような気さえしてくる。

 いや、言われてるなー。

 うん、言われてた。

 こういうときはとりあえず逃げておこう。


「じゃ、明日十時に千葉駅で!」


 同時にかたっと音を立てて椅子から立ち上がる。

 そのままびしっと敬礼し、にこやかな笑みを浮かべてさっさっと退散した。


  ****


 三月も中旬に差し掛かり、あと少しで春休みを迎える。

 上を向けば澄んだ青空が視界いっぱいに広がり、降り注ぐ太陽の光は一見すれば暖かく見えそうだ。

 しかし、現状では寒さは衰えておらず、春物のダブルトレンチコートの隙間から風が侵入し、現在進行形で遠慮なくわたしの体温を奪っていた。


 くぅ……暖かくなるって言ったのに……天気予報なんて信じたわたしが馬鹿だった。


「せんぱーいっ!」


 雑踏の中に紛れ切れてない腐った目を発見。

 片手を振り上げながら小走りで近づいていくと、やはり先輩だった。

 ダークグレーのPコートは厚手で暖かそうだ。

 どうすれば奪えるだろうかと思案してしまいそうになる。


「はぁっ……お待たせしましたー」


 途中でバックを後ろ手に持ち替え、先輩に向かって大きくとんっと踏み込む。

 背を反らして先輩の顔を見上げた。


「ん?」


 黙りこくる先輩にきょとんとした表情を見せる。

 どうしたんだろう。


「あー……、結構待ちました? もしかして早く来てくれちゃったり、とか?」


 うむむーと考えるような仕草を取る。

 今回はあざとさを狙わずに早く来たんだけどなー……まだ十時まで五分あるし。


「あぁ、いや、珍しいと思って……また待たされるもんだと思ってたわ」

「あー、そういう……もうしませんよー」


 むすーっと頬を膨らませて睨むと不思議なものを見るような目で見られる。


「だって、先輩待たせても文句言われるだけなんですもーん」

「そりゃあそうだろ、俺だぞ俺」


 悪びれた様子もなく、だって俺だよ? とポイントの低い主張をしてくる先輩。

 減点100。


「ま、いいですけどねー。治るものだとも思ってないですし」

「そうか、助かる」

「うっわー、ポイントひっくーい」


 そんなポイントいらねぇよとさっさと歩き出す先輩の隣にぴとっとくっついてわたしも歩みを進める。


「あ、どこ行くか決めてくれてたんですかー?」


 期待を乗せた声で尋ねる。


「いや……」

「え、じゃあなんで歩き出したんですか……」


 ついつい呆れ口調になってしまう。

 千葉ぶらり旅でもするつもりなんですかね……。


「近い。さっきから近いんだよお前……」


 引き攣った笑みで半歩横にずれる先輩。

 すかさず距離を埋める。


「あはっ。あ、距離感近いからって勘違いしちゃいました? いやいや、そういうのまだ無理ですごめんなさいっ」


 詰めた距離を詰める前より広げてぺこっと頭を下げる。


「いや違うでしょう、どう考えても……」


 ため息とともに吐き出される定番の台詞を聞き、ぱっと顔をあげて先輩の腕にしがみついた。


「それで、どこ行きましょーかーっ?」


 にこぱーっと笑みを浮かべ、窺うように先輩の顔を覗き込む。

 先輩は口元をひくつかせながら変わらない呆れ顔で答えた。


「決めてねぇのかよ……っつーか、今日のはなんなの? 小町がどうとか言ってたけど、なんか用があったんじゃねぇの?」


 じとっと睨みをきかせる先輩。

 あー、そっか、そうだった。

 今日はデートじゃないんだよなー……ちょっと有頂天になってたかも。


「この前の件ですよー」


 言うと、先輩は考えるように首を傾け、ああと思い至る。


「……なら、話ができる場所……か」

「そうですねー」


 同意を示し、うーんと首を捻る。


「つか、それ千葉に来る必要なくないですかねぇ?」

「ままっ、そこは気分の問題ってことでっ! ていうか、メインはあくまで小町ちゃんの合格祝いですからねっ? ではでは行きましょうっ」


 手を引き、歩くペースをあげる。

 わたしだって完全に先輩のことを諦めたわけじゃないんですよ。


 先輩の幸せを願って身を引くなんて、そんなのはわたしらしくないのかもしれない。

 わたしが幸せに出来るのならそうしたいのは山々だけど、流石に奉仕部、さらに雪ノ下先輩が相手では勝ち目がない。


 いや、あるいは、そうやって身を引く理由を作ってるだけなのかもしれない。

 初めて芽生えたこの感情が否定されてしまうのが怖くて、先輩との関係が崩れ去ってしまうのが怖くて逃げているだけなのかもしれない。


 もしそうだとしてもそれならそれでいい。


 それは間違ってるのかもしれない。

 それは悪いことなのかもしれない。


 それでも、ここでこうして先輩と一緒にいられるならそれでいい。


 わたしらしさなんて分からない。

 だいたい、らしさなんてものはえてしてそういうものだろう。

 例えそれが一つや二つの矛盾を伴っていたとしても、わたしがそうしたいと思ってるのだから、それはそうするしかないのだ。


 ふ、とペースを落とし、先を指差し先輩に微笑みかける。


「あっちにいい感じに可愛いお店があるんですよー」

「ああ、そう」


 素っ気ない返事に苦笑しつつ、わたしは前に進んだ。


 わたしが間違いを正そうとする日がいつくるのかは分からない。

 あるいはそんな日は来ないのかもしれない。

 だから、今、先輩と一緒にいられる今の時間だけは目一杯楽しんでもいいと思う。


 わたしの心の声に気づくものは誰もいない。


  ****


「いやぁー、買った買った」


 結局、小町ちゃんの合格祝い以外にもいろいろと買ってしまい、ほくほく顔で外へ出る。

 荷物になるし、最後にすればよかったかなー……。


 時刻は午後一時前。

 太陽が高く昇り、気温は朝よりはマシになった気がするけどまだ寒さは堪える。

 先輩の腕に抱き着くとやはりうざったいと視線で言われたが、今暖房器具を離したら死んでしまうので勘弁してもらいたい。


「……なんで荷物に加えてお前まで持たなきゃならねぇんだよ……超重い」

「んなっ!」


 飛ぶように離れると先輩がニヒルに笑う。

 気持ち悪いです。

 でも、そんなことより重要なことがある。


「お、重かったですか……?」


 おずおずと尋ねる。


「ああ、すっげー重かったな」

「うぅ……」

「荷物が」


 いつの間にか下がっていた視線をばっと先輩に向けると飛び込んでくる意地の悪い顔。

 だ、騙された……っ!


「先輩サイテーです……」


 コートをきゅっと掴み、俯く。

 本当に重いかと思った……この人そういうこと平気で言いそうだから冗談に聞こえないんだよなぁ。


「あー……なに、悪かった」


 そろそろと目をやると、バツの悪そうな顔をしてがしがしと頭を掻く先輩。

 ちょっとは反省したらしい。


「次はありませんよー?」

「はいはい……」


 渋々頷きを返した先輩に改めて笑顔を向け、それではどうしましょーかと意見を求める。


「帰る」


 即答だった。

 ふざけたことを抜かす先輩に詰め寄り、にっこりと微笑む。


「それではどうしましょーか?」

「ぐっ……はぁあ。お前が決めろ……」


 項垂れる先輩。

 諦めるのはいいですけど、投げやりになられるのはつまらない。


「それではどうしましょーか? わたしお腹が空いてきましたよ?」


 少しヒントを出すと、だからなにっくらいの反応をされたので、「あー、さっきの傷ついたなー」と、先輩を睨む。


「あー、はいはい。どこ行く? ラーメン?」

「は?」

「なんで不満げなんだよ……この前おいしいって言ってただろお前……」


 いや、言いましたけど……。


「えっと、先週もわたし、『は?』って返したと思うんですけど、そこのところどう思います? ちなみにこのセリフも二回目なんですけどね」


 初デートの後、今回含め計三回もなにかと理由をつけて先輩と出かけていたわけですが、なんだか毎回ラーメンを勧められている気がします。

 その頭は飾りなんでしょうか。


「この機会にお前もなりたけに染まればいいと思う」


 急にわけのわからないことを言い出した先輩に凄みをきかせる。


「はぁ?」

「す、すいません調子乗りました……おいしいのに……」


 がっくりと肩を落とす先輩。

 そういうことやられるとちょっとかわいそうに見えてくる。

 卑怯だ。

 あざとい。


「いや、まあ、おいしいのは分かってますけどー……出来れば毎回違うカテゴリを選んで欲しいなー、みたいな? ラーメンはたまににして欲しいなー、みたいな?」


 目線が下がり気味な先輩の顔を覗き込んで言う。


「はぁ……はいはい、んで? なに食べんの? イタリアン? カプレーゼだのペペロンチーノだの似合いそうな顔してるもんな」


 どんな顔ですか……。

 ていうかパスタ好きですね。


「なんですかそれ、褒めてるんですか」

「いや、褒めてない。遠巻きにサイゼを提案した」


 遠巻き過ぎて伝わりませんよ……。

 うーん。


「……サイゼですか。こんな可愛い女の子との食事でファミレスはいただけませんね」

「じゃあなにがいいんだよ……もう決めてくれよ」


 お手上げです、と首をふるふるとする。

 んー……ラーメン、パスタ。


「あー、先輩ってもしかして炭水化物好きです?」

「は? 日本人なら誰でもそうだろ、むしろ世界中で愛されているまであるな。人間炭水化物取らなきゃ生きてけないし。パンとか米とか」


 腕を組み堂々と言い放つ。

 どうやら意図が伝わらなかったらしい。


「いや、そういう意味じゃなくて、なんていうんですかねー……こう、それ一品で一食になるみたいな。ラーメンとかパスタとか」


 パスタは……なんか違う気もするな。

 先輩は腕を組んだまま半目でうーんと唸る。


「ラーメンは好きだが、別にパスタはそんなでもないな」

「はぁ、そうですか」


 なにが好きか分かるチャンスだと思ったのに……まあ先輩雑食って感じだから深く考えることでもないか。

 MAXコーヒーとラーメンだけあげとけば生きていけそうだ。


 むむむ、と眉を八の形にしてどこに行こうか考えていると、いい加減立ちっぱなしが辛くなったのか通りを挟んで向かいにある店を指さす。


「もうそこでよくないっすか、いろはさんー」

「へっ?」


 おっと、おっと……。


「急に名前呼びとかやめてください。なんですか、何回か遊んでるからって勘違いしちゃったんですか。まだちょっとそういうの無理ですせめて他人というカテゴリから抜け出してからにしてくださいごめんなさい」


 少し緩みそうになった顔を精一杯真顔にする。

 ……ちゃんとできてるかな。


「なんでそうなる……ていうか他人って。いや、いいんだけどよ……」


 めんどくせーとでも言いたげに深い息を吐く。

 荷物が重いのか、腰を曲げているせいでいつにもましてやる気のなさが伝わってきた。


「んー、だって、先輩とか他人か彼氏かの二択しかなくないですか? 友達とか……ふっ、ないない」

「うっわぁ、それすっげーむかつくわ。つーか、彼氏の方がねぇだろ……。なに? お前の中では彼氏の方がランク低いわけ?」


 そんな声に首を振って答える。

 肯定することはできない。

 でも、実際そうだったのかもしれない。

 昔は。

 それどころか、上下すらも定まっていなかったように思う。

 あの頃は。


 ただ、今は違う。


 片想いをしているわたしは可愛くない。

 誰かのために好きな人を譲るわたしも可愛くない。

 好きな人の幸せを願う乙女なわたしもやっぱり可愛くない。


 かっこいい人をステータス的に手に入れたいという欲求はない。

 可愛いわたしでいたいとも思わない。


 だから、この人にだけは可愛いと思われたかった。

 決してどんな男でもいいんだろうと思われたくなかった。


 わたしは首を振る。

 わたしは可愛くないけど、わたしがしてることも可愛くないけど、それでもわたしはわたしで……。


 この人との友達関係なんていらない。

 この人と恋愛関係になりたい。


 ただ、ただ、急にそんな素直になれるかって話で。

 可愛くないことでも今はしたいと思うから、わたしにはこう言うしかできない。


「先輩も候補ってことですよ」


 唇が当たりそうなほど先輩の耳に顔を近づけ、囁いた。

 くすぐったかったのか、身を捩る先輩の脇をするりと抜けてくすくすと笑う。


「あそこでいーです。行きましょっ」


 がしがしと頭を掻く先輩に笑いかける。


 きっと、もっともっと言いたいことはあったんだと思うけど、思い出せない。

 それはやっぱり先輩とのこの距離感を崩したくなかったからなのだろう。


 思い出せない、いや、本当は思い出したくないんだ。

 思い出したくないし、言いたくない。

 言えない。


 思い出したくない言葉なんて、いっそ忘れてしまった方がいい。

 記憶の彼方に忘却して。

 気づかないフリをして。

 隠して、装って。

 そうしていれば、いつかは失われてしまう。

 でもこれは、なにもしなくてもいつかは失われてしまうものだから。


 失ったときには嘆くのかもしれない。

 あるいは平然としていられるのかもしれない。

 わからない。

 わからないけれど、そのときが来てしまうのが怖いから。

 今は先延ばしにしてしまおう。


「ほら、早く早くっ」


 のんびりと歩いてくる先輩の腕を引き、店内へと入る。


 先輩と入ったお店はお蕎麦屋さんだった。

 注文をして、談笑を楽しみつつ出てくるのを待つ。

 談笑……あぁ、うん、しか言わないけど談笑っていうのかなこれ。


 それにしても、ラーメン、パスタときてそばですか……。

 麺が好きなのかも。

 いや、でも、パスタはそうでもないって言ってたしなぁ……。

 思索にふけっていると、かたっという音がした。


 見ればちょうど店員さんがそばを運んできたところだった。

 湯気の沸き立つそばは冷えた身体を芯から温めてくれそうだ。


「おいしそうですねー?」


 箸を持ち、きゃっきゃっとはしゃぎながら先輩を見ればどこか満たされない顔をしている。


「そばはよくてラーメンはダメとか……なんかラーメンに偏見持ってないですかね」


 ずずっとそばを食べながら不平不満を垂らす先輩。


「んー、そんなことないですよー? 次そば選んだらまた怒ります」


 次、という言葉に反応してげっそりとする。

 ぽつりと漏らした言葉はわたしに向けたものではなかったのだろうが、耳に届いてしまった。


「ふぇぇ……いろはすが鬼畜だよぅ……」

「きもっ。それきもいです先輩!」

「いや、待て。それはおかしい。だって、お前いつもやってんだろ……なら俺がやっても可愛い」


 なにその超理論。

 あ、ていうか可愛いと思ってたんだ。


「なんですかそれ。もしかして遠巻きに——」


 いつも通りの返しをしようかと思って口を開くと、言い切る前に先輩はなにか思い直したような顔になる。


「ああ、よく考えたらお前がやってもあざといだけだったわ。なら俺がやっても可愛くなるわけねーわ」

「……先輩のばーか」


 つーんとそっぽを向いて数秒。

 そっぽを向いていてはそばが食べれないことに気づいてしまった。

 なんか声かけてくださいよ先輩。

 おそるおそる視線だけを向けてみると、先輩はなにか考えごとをしているようで箸を止めてぼそぼそと呟いている。


「……いやでも、あざといと感じていても一色が可愛くないということにはならない、か……。ならやっぱり俺がやっても可愛いということにな……ならねぇな、うん」


 結論は出たらしく、再び食事に戻る。

 ずずずっと、そばをすする音。

 そしてようやく黙っているわたしに気づき、顔を上げた。

 慌てて視線を戻す。


「……は? なにやってんのお前、早く食えよ。冷めるぞ」

「むぅ……はーい」


 顔は赤くなってないだろうか。


「それにしてもここちょっと暖房強いですねー」


 なんて、見咎められることはないと知りつつも言ってしまう。


「そうか? 熱でもあんじゃねぇの、帰ろうぜ」


 ほんと、この先輩は……。

 もうちょっと心配するような口調ならまだしも、こっち見もしないもんなぁ。


 なんでこんな人好きになっちゃったんだろー、マイナス面が圧倒的過多なんだけどなー。

 けど、まあ、恋というものは往々にしてそういうものだろう。

 初恋だから知らないけど。


「かもですねー。まあ、帰りませんけど」

「ですよねー。まあ、知ってましたけど」


 変わらずそばをすすりながら、わたしを真似た返事をする。

 もう諦めているのか、その面持ちに嫌そうな感情は見えない。

 さっきのは多分いつものノリ、ってやつだろう。


「このあとどうしましょうかー?」

「かえ——」

「うん、どうしましょうかー?」


 例えわざとだとしても、そこまで帰る帰る言われると楽しくないのかなーと不安になってくる。

 うー……、先輩まだ今日は荷物持ちしてここでお金使っただけだもんなぁ……楽しくない、のかな。


「……つーかもう小町の合格祝い買ったし、あとはあの続き話して終わりなんじゃねぇの?」


 しばらく考えていたと思うと、追い打ちをかけるようにそんなことを言われる。

 でも、そうだよなー。

 すぐお家に帰ってればお昼代はかからなかったわけだし……。

 あー……、嫌そうじゃなかったのはこれ食べ終われば帰れると思ってたからか。


 どんどんと思考の渦に嵌まっていく。

 マイナス方面の考えことというのは考えれば考えるほど次から次へと負の感情がわいてくるもので、「いつもの先輩」を排除して「今の先輩」のことばかりが浮かんできた。


「そ、そうですよねー……いつもすいません」


 なんだか視界が滲んでくる。

 たははーと沈んだ気持ちを笑って誤魔化そうにも余計に苦々しくなってしまった。

 これじゃあ気を遣ってくださいと言っているようなものだ。


「え、と……わたしもうお腹いっぱいなので先に帰りますねー! やっぱりなんだか熱っぽいようなので……お話はまたお家にでも伺います。いつも出してもらってるし、お代置いときますねっ! ではではー、また学校で」


 まくし立てるように告げ、荷物をまとめて足早に店を出た。


「あ……」


 小町ちゃんの合格祝いどうしよう……。

 まあいいや、直接渡したかったけど今度学校で先輩に渡そう。


 たったっと小走りでその場を去る。


 一分でも一秒でもとどまっていたくなかった。

 こんなぼろぼろの顔は見せたくなかった。

 潤んだ瞳を見れば、また先輩はあざといとか言って笑ってくれるんだろうけど、今はその言葉も聞きたくない。

 あざといなんて言われたら本当に涙がこぼれ落ちてしまいそうで。


 それは嫌だった。

 そんな本気の泣き顔なんて見られたくない。

 そしたらいくら先輩でも気づいてしまう。

 先輩が気づいてしまったら、もう、そこでこの関係は終わってしまうのだから。


 心中の想いが失われるだけならまだいい。

 それならまだ先輩のそばにいられる。

 それは矛盾しているのだろう。

 想いが失われたなら先輩のそばにいたいとも思わないはずなのだから。


 でも、いい。

 それはいい。

 好きじゃなくなっても嫌いになることはないから。

 好きじゃなくなれば失う怖さもどこかへ行ってくれるから。

 あるいはそれも矛盾しているのかもしれない。

 でも、それでいいんだ。


 とにかく、心中の想いが知られるのは避けたい。

 まだ一緒にいたい。

 デートができなくてもいいから。

 たまたま会って言葉を交わすくらいの仲でもいいから。


 知られてしまえば壊れてしまう。

 先輩はわたしと接触を避けるだろう。

 結衣先輩と同じようにはならない。

 わたしは先輩にとって本物でもなんでもない。

 本物か偽物か問うことすらない存在。


 なんてつまらない存在だろう。

 あの優しさはわたしにだけ向けられるものじゃない。

 それは分かってる。

 分かってる。

 分かってるけど……でも……。

 ついついそのことを忘れそうになる。


 わたしと出会ってからの先輩が誰を救ったのかはほとんど知らないし、出会う前は全く知らない。

 けれど、先輩は救ってきたのだろう。

 いつもいつも、当人達しか知らないところで。


 隠して、欺いて、傷ついて。


 そうやって救ってきたんだろう。

 だから先輩には今支えてくれる人たちがいる。

 先輩のことを見ていてくれる人たちがいる。


 ただ、先輩が見ているかはまた別の話だ。

 一年を通して関わりあった奉仕部の二人は先輩の中で大きな存在だろうけれど、救った相手はそういうわけでもない。


 わたしは先輩に救われた一人に過ぎない。

 鬱陶しくつきまとっている分、つまらない存在どころか邪魔な存在に格下げされている可能性もないことはない。

 そもそも救った救われたなんてことを先輩が考えているのかほとほと怪しいけど。


「はぁっ……はぁっ……」


 気づけば千葉駅からはかなり離れていた。

 切れ切れに漏れる吐息は白いもやとなり、一瞬で空気に溶け込む。


 ふらふらとおぼつかない足取りで帰路を辿る。

 モノレールに乗るのははばかられた。

 さすがにこんな状態では恥ずかしい。

 知り合いに会いでもしたら気まずさメーターが吹っ切れる。


 少し休憩したい。

 そう思った矢先、視界に小さな公園が映り込んだ。

 引き寄せられるように入り、ベンチにすとんっと腰を下ろす。


「はぁー……」


 落ち着くと、意図せず後悔と反省の入り混じるため息が漏れた。

 なにしてんだろ……わたし。


 それこそらしくない。

 いつも通りだった。

 だから、いつも通り無理くりにでも連れ回せばよかった。

 確かに瞳はうるんでいた。

 でも、わざと瞳をうるませることもあった。

 なら、ぐっと涙を堪えて続行すべきだった。


 店を飛び出すなんてそれこそ怪しまれる。

 そんなのは全然いつも通りじゃない。

 しかし、どうだろう……あのまま続けていて、わたしは涙をこらえられただろうか。


 無理だったかもしれない。

 どちらにせよまずい事態になるのならここまで来たのもあながち悪い選択ではなかったように思う。


 いつも通り。

 明日からもいつも通り振る舞おう。


 だいたいなんであんな結論に至ってしまったんだろう。

 あんなのはいつもの先輩だ。

 最初っから渋々付き合ってくれているのは断言できていた。


 たまたまあのタイミングであんなことを言われたものだから、どうにも感情を制御出来なかった。

 失敗した。


 この機会に諦めてしまおうか……。

 どうせ報われない恋だ。


「……はぁ」


 無理だ。

 それが出来ればもうやってる。

 先輩が誰かしらとくっつかないと出来るものも出来やしない。

 誰かしらとくっついたところで諦めきれるのかは本当にそのときになってみなければ分からないけど。


 分からないことばっかりだな……。


 なんにも、分からない。

 自分のことも先輩のことも。

 この気持ちのことも……。

 全くもって嫌になる。


 いつも通り出来るかな。

 先輩に会うのは少し我慢した方がいい気がする。

 けど、急に来なくなったらそれはそれで怪しまれそうだ。


 なんで会いに行ってしまったんだろう。

 顔を見るたび、話すたびに惹かれていってしまうのは明白だったのに。

 簡単な話だ。

 会いたかったから、ただそれだけだろう。


 どうすれば避けられる。

 どうすればバレない。

 なんにも分からないわたしに分かるわけもない。


 もう終わってしまったのだ。

 先輩との関係は切れた。

 先輩なら奉仕部に依頼すれば請け負ってくれるだろうけれど、そんな居心地の悪い空気に包まれたくはない。


 ダメだ。

 なにをどうしたってどうにもならない。

 先輩がなんにも気づいていないのを祈るしかない。


 背もたれに体重を預け、首の力を抜く。

 ぼーっとしていると浮かんでくるのは先輩だった。


 不満げに目を細める先輩。

 卓球で熱くなる先輩。

 胡散臭そうにわたしを見る先輩。

 頬を赤らめて頭を掻く先輩。

 ラーメンを美味しそうに食べる先輩。

 詰め寄ると身体を仰け反らせる先輩。


 どの先輩も、やっぱりわたしの好きな先輩だった。


「ふっ……うぅ……っ」


 脳裏に蘇る先輩の顔に笑みがこぼれ、同時に目頭が熱くなった。

 視界がぼやけ、鼓動が音を荒げる。

 首を傾けているせいで涙は左頬に流れていく。

 少し湿った髪は寒風ですぐさま冷たくなり、誰もいない寂しさを実感させた。


 無性に晴天が恨めしく思い、空を睨みつける。

 しかし、無責任にわたしを照らす太陽はどこ吹く風と悠々佇み、どこまでも白々しかった。


  ****


 再び空を仰いだときには、煌々と輝く憎き太陽はどこかに逃げ、儚く朧げな光を降り注ぐ月が現れていた。

 泣き疲れてうつらうつらとしているうちに寝てしまったようだ。

 おかしな態勢で寝たせいか首がありえないくらい痛い。

 いいこと、ないなぁ……。


 昼間よりもぐっと気温が下がった夜風で顔が冷え、思考が冴え渡る。

 なんか身体が重いなぁと上半身を起こすと、ぱさりと何かが落ちた。

 拾い上げてみればそれはコートだった。

 合わせてニット生地のセーターまである。


 わたしは自分で着てるし……。

 色はダークグレー。

 男モノのPコート。


 はっとして空いている右のスペースを見る。


 空いたMAXコーヒーの缶と手のつけられていないミルクティーの缶が並ぶ。

 その奥にティーシャツ姿で寒そうに身体を縮こまらせて寝入る先輩の姿があった。


「え……」


 え?

 えっ!?

 えぇっ!?


 あまりの衝撃に凝り固まった身体が完全に硬直する。


 なんだこれ。

 なんだこの状況。

 待って、待って、落ち着こう。

 すー、はー、と深く深呼吸をし、再び横を見る。

 やっぱりどっからどう見ても先輩だった。

 目をごしごしとこすってもそれは変わらない。


 終わった。

 事実を確認してこみ上げてきたのは絶望感だった。


 全部見られた。

 涙でぼろぼろになった顔も。

 帰ると言ってこんなところで寝ていたところも。

 言い逃れのしようがない。


 追いかけてきてくれたのが嬉しいという気持ちもあった。

 しかしそれは、もう崩れ去ってしまった関係とは釣り合いが取れなくて呆然とする他ない。


 涙腺が緩み、つうっと涙が頬を伝う。


「……ぁあ……なんで……っ。うぅっ……」


 ぽろぽろと零れ落ちる涙はとどまるところをしらず、拭っても拭ってもコートが濡れていくだけだった。

 お礼を言いたいし、このまま放っておけば風邪を引いてしまうかもしれないけど、先輩に合わせる顔なんてない。

 そんな勇気ない。


 そっと立ち上がり、先輩にコートを被せて心の中でお礼の言葉を紡いで背を向ける。


「んっ……。一色……?」


 聞こえた。

 聞こえてしまった。

 聞こえてしまえばもう、立ち去ることは出来ない。

 ここまでしてくれた先輩を無視して帰るなんてことは出来ない。


 ぐしぐしとコートの袖で涙を拭い、それでもまだ溢れ出てくる涙を上を向くことでなんとか堪える。

 長い沈黙の後、今出来る最大限の笑顔を作って振り返る。


「おはようございますっ! 先輩っ! もー、こんなところで寝てたら風邪引いちゃいますよー?」


 上手に出来ただろうか。

 わたしは今、笑えているのだろうか。

 いろいろな感情がごちゃまぜになって、そんな感覚すら自分では分からない。

 でも、先輩の顔を見ればその答えはすぐにわかった。


 ——あぁ、出来てなかったみたいだ。


 振り向いた先にあった先輩の顔はひどく歪んでいた。

 申し訳なさそうで、ただひたすらに辛そうな表情だった。


 どうしてこうなってしまったんだろう。

 些細なことだ。

 先輩の発言は至っていつも通りだった。

 改めて考えてみると先週も終始似たようなことを言っていた気もする。


 それなのに今回、わたしは過剰反応してしまった。

 いつもなら考えないことを考えて、定かではない結論を導き出し、勝手に判断して店を飛び出してしまった。

 挙句散々泣き腫らし、こんな公園で眠ってしまい、起きたら先輩が横にいた。


 もうほんと……最悪だ。

 わたしの人生で最大最悪までありそうだ。


 無言を貫く先輩。

 なんて言おうか考えているのかもしれない。

 なんて言って突き放そうか考えているのかもしれない。


「あー……」


 身を捩り、意を決したようにわたしの目を見て口を開く。

 すかさず言葉を被せた。


「や、やだなー、そんな顔しないでくださいよー。分かってます! えっと、迷惑だったんですよねっ! ちゃ、ちゃんと……分かってます、からっ! もう、終わりにしますから……っ! だから……言わないでください……」


 絞り出した声は震えていた。

 一気に言いたてようにも、みっともなく言葉は途切れ途切れになる。

 吐息は荒くなり、じわりと溢れ出てきた涙で先輩の顔はよく見えない。

 喉が熱い。


 言いたくない。

 でも、言われるのはもっと嫌だった。


 わたしの抵抗も虚しく、涙はたやすく流れ出す。

 拭っても、拭っても、わたしの意志を無視して零れ落ちる。

 止まらない。

 終わらない。


「うぅっ……」


 やだ。

 やだ。

 こんな顔見られたくない。

 まだ一緒にいたい。

 いつだって、どこでだって、笑顔を向けることくらいしか出来なかった。

 意図せずとも笑顔になれた。

 叶わないって分かってても、楽しかった。


 とめどなく、キリがないくらいに流れる涙はわたしがいかに先輩のことが好きだったのかを静かに訴える。


「はぁっ……はぁっ……。あれー……おかしいなー。な、なんかっ、止まんないですっ。ごめんなさい……その、決して困らせたいわけではなくてですね……うぅ」


 なにを言ってるんだろう。

 こんな顔を見せて。

 一体どの口がそんなことをのたまうのだろう。

 ぎりっと下唇を噛み締めて、ごくりと喉を鳴らす。


「もう……近づきません。責任も、もう充分ですし……。いつも、いつも……ごめんなさいでした」


 ぺこりとお辞儀をして、涙で濡れた顔のまま口角をあげる。

 顔を上げて、別れの言葉を紡ぎ出す。


「これで、さ、さよならっ……です」


 あははっと乾いた笑みを見せ、くるりと後ろを向く。

 一刻も早く遠くに行きたかったけど、どうにも気力がわかない。

 足に力が入らず、ふらついてしまう。


 不意に腕を引かれた。

 たたっ、と引かれるままに方向転換すると、顰めっ面をした先輩の顔が瞳に映る。

 そのまま倒れるように先輩の胸中に飛び込んでしまった。

 とんっと額が先輩の胸に当たる。


「なんですか……。こんなの……らしくないですよ。女の子を追いかけるのも、泣いている女の子を引き止めるのも……全っ然、らしくないです」


 引き留めて欲しいという気持ちもちょっぴり残っていたかもしれない。

 自然弱々しい声音になる。


「……俺らしさってなんだよ。それならお前の方がよっぽどらしくねぇだろ……」


 ティーシャツ越しに伝わってくる先輩の体温は冷たい。

 どくんどくんと波打つ心臓の鼓動は緊張しているのか速く思えた。


「……自分らしいとか、お前らしいとか、その実態なんて誰にも分かりゃしねぇだろ。ただ、ここでこうしてる俺は俺で、お前もやっぱりお前だ。それだけは違いない」

「それは……」


 続く言葉は浮かんでこなかった。

 同意しているからか反対しているからか。

 あるいは、迷っているだけなのか。


「らしさなんて結局、願望なんだ。お前らしい行動は俺がお前に望んでいたもので、俺らしい行動はお前が俺に願ったもの。……いくら願ったって、いくら望んだって……そんなもんは偽物なんだよ」

「偽物、ですか……」


 わたしと先輩との関係を否定された気がした。

 胸がきゅうっと締めつけられる。

 一呼吸置いて、先輩は尚も話を続ける。


「俺もお前も、きっと誰だって、相手のことはおろか自分のことだってよく知らない。知らないから知っている部分だけを望んでしまう。知らないなにかを知るのが怖いから……知ってしまったら戻れないかもしれないから」


 知ってしまったら戻れない。

 その言葉は巨大な剣のようで、わたしの心をたやすく切り裂く。

 もう、前の関係には戻れないのだろうか。


「でもな、それじゃあダメなんだよ。偽物のままじゃ、ダメなんだ。知らないから間違えるし、勘違いもする。すれ違っていずれ失ってしまう。……それは、それだけは嫌だ。知らないまま失うくらいなら、俺は……」


 気づけばわたしの鼓動も速さを増していた。

 うるさいくらいの爆音を奏で、続きを待つ。


 先輩は一体わたしになにを言ってくれるのだろうか。

 わたしは一体先輩になんと言われたいのだろうか。

 答えなんてどこにもなくて、探したって見つかりっこないのに、それでも、まだ、諦めきれなくてその言葉の先を待つ。


「俺は……」


 震える声でもう一度言う。


 この状況はあのとき、あの廊下で立ち会ったものと酷似していた。

 しかし、続く言葉が同じだろうとは思わなかった。

 わたしがそれを聞いていたことを知っている先輩なら、きっと違うことを言ってくるのだろう。


 いや、例えそれがなくとも。

 わたしと先輩との関係。

 彼女達と先輩との関係。

 両者は明確に違っていて、だからこそ、この先に続く言葉は違うはずだ。


 生唾を飲み込み、喉を鳴らす音が聞こえた。


「俺は、お前のことが知りたい」


 はっきりと、そう言った。

 ばっと視線を上げて捉えた先輩の表情は、いままでにないくらい情けなくて、頼りなくて。

 でも、それでも、それだから。

 その言葉を信じてみたいと思った。


 わたしは先輩にとってどんな存在なのだろう。

 そこらへんに落ちている石ころと変わらないのだろうか。

 ただのうざったい後輩なのだろうか。

 その問いに答えてくれるものもいなければ、そう問うこともきっとないのだけれど。


 ただ、つまらない存在ではないのだろうと確信していた。


 ぎゅっと先輩のティーシャツを握り締め、じぃっと見つめる。

 目を逸らす先輩に口元が緩んでしまう。


「ふふっ……なんですかそれ、口説いてるんですか? あ、もしかしてまた勘違いしちゃいました?」


 相も変わらない調子の台詞を吐き、はにかむ。

 ふっ、と呆れたような短いため息をして苦笑する先輩。


 それを見て、名残り惜しいけれど先輩の服から手を放した。

 人差し指を傾げた顎に当て、うーんと考える仕草をしながら背を向けて二、三歩歩く。


 ピタリと足を止めて両手を後ろで組み振り向いた。

 ふわりとコートの裾がはためく。


「——でも、わたしも勘違いしちゃいそうだったので、それ結構アリです」


 にこーっと咲かせた笑顔は、それはもう上手に出来ていただろう。

 だって、これは決して偽物ではないから。


 本物とはなんだろうか。

 本物の笑顔なんてあるのだろうか。

 先輩と過ごしているとつい漏れてしまう笑みは本物なのだろうか。


 その問いにもやっぱり答えは返ってこない。

 けれど、今は偽物じゃないことだけが分かっていればそれでいい。


 彼と彼女達はそうやって距離を縮めてきたのだろう。

 こんなことを繰り返したいとは思わない。

 だからこそ、この大きな一歩を大切にしよう。


「はっ……」

「ふふっ……」


 わたしの言に反応して先輩が笑う。

 つられてわたしもまた笑った。


「さて、行きましょうかっ」

「ああ」


 軽く頷いて、荷物を取りにベンチへと戻る。


「あ、紅茶……飲むか? 冷めてるが」


 ん、と缶を差し出してくる先輩。

 もう片方の手には空いたMAXコーヒーの缶が握られている。


「こっちでいいですっ」


 ひょいっとMAXコーヒーの缶を奪い、制止も聞かずに口をつける。

 中には数滴しか残っていなかったけど、これでもかというほどの甘さが口内を満たした。


「う、あっまーい……」


 自業自得だと言わんばかりの視線を送ってくる先輩の手に缶を返す。


「まぁ、でも……社会はわたしにも厳しいようなのでコーヒーと先輩くらいは甘くてもいいですかね。ってわけで、わたしには激甘でお願いしますっ」


 あはっ、と笑いかけると先輩は口元をひくつかせた。

 逃げるように紅茶の缶を開けてごくりと喉を通す。


「あ、口直しにそれももらいです」

「……おい」


 またまたひょいっと缶を奪い取り、ごくごくと流し込む。

 完全に冷めた紅茶は冷え冷えする寒さをさらに強調するけれど、先輩の優しさを感じて胸の奥だけは温かくなった。


「行きましょー! 荷物、お願いしますねっ」

「はぁ……はいはい」


 同じ歩調で公園を出る。

 脇には見慣れた先輩の自転車が止めてあった。


「あ、一回お家帰ったんですね」


 何の気なしにそう聞くと、先輩は照れくさそうに頬をぽりぽりと掻く。

 なんか恥ずかしがるようなこと言ったかな……?


「……どこに行ったか全く見当つかなかったからな。小町に頼ったらめちゃくちゃ怒られるし……」


 うげぇ、と思い出したように苦々しい顔になる。

 そんなに必死に探してくれたんだ……。


「あ、今のいろは的にポイント高いっ!」


 小町ちゃんの真似をして腕に抱きつくと心底めんどくさそうな顔をされた。


「あー、はいはい可愛い可愛い……」

「うわー、適当だなー」


 唇を尖らせて、ぶーぶーと文句を垂れる。

 そのまま小町ちゃんモードを続行。


「お兄ちゃんそんなんだから友達できないんだよー? ほんとごみぃちゃんだなー。いろははこんなのがお兄ちゃんで大変です……」


 はぁやれやれとばかりに首を振る。

 いい加減苦痛になってきたのか、先輩の顔も険しくなる。


「それやめろ……やめてください。妹は小町一人で充分だ。むしろ小町さえいればいいまである」


 うんうん唸り、いや戸塚は外せないな、とか付け足す。

 この人単純に妹の真似されたのが気に食わないだけだ……。


「うっわー、流石としか言いようがないシスコンぶりですね」


 さささーっと距離を取り、若干引き気味に見る。

 しかし、どうやら全く意に返していないようだった。


「ふっ、まあな」


 なんて、自慢気になる有様。

 ダメだこの人、早くなんとかしないと……。


「それよかお前……」


 ふと、わたしに顔を向け、なにかを言い出そうとする。

 が、それは携帯の着信音に遮られた。

 鳴ったのは先輩の携帯らしい。

 ごそごそとポケットの中を漁り、携帯を取り出す。


「……小町だ。ちょっと悪い」


 すまなそうに軽く頭を下げた先輩。


「あ、全然いいですよー。お礼言っといてください」


 この分なら先輩は多分、完全にわたしの気持ちに気づいたわけじゃないだろうし。

 それならきっと、小町ちゃんがうまく言いくるめてくれたのだろう。


 電話に出た先輩の横顔をぼんやりと見つめながら、だらだらと後をついて行く。


「ん、ああ、いや寝てた。しょうがねぇだろ、なんかうとうとしちゃったんだから! 走り回って疲れたの! ……おい、もうちょっと俺をねぎらえよお前……八幡的に超ポイント低い……。あー、分かった分かった。はいはいー、んじゃ」


 はぁーと何度目かのため息を吐き、ちらりとわたしを見る。


「あ、電話終わりましたー? あれ? ていうかお礼言ってくれてなかったですよね?」


 んー、と思い返してみても、そんな節はなかった。

 問い詰める視線を浴びせていると、ごほんとわざとらしい咳払いをして口を開いた。


「あー……、あれだ、自分で言え、直接」

「……は?」


 なに言ってるんだろこの人……。


「えー……っと、それって先輩のお家に来いってことですか? ちょっとまだわたし心の準備が……」


 ぽっと頬を赤らめて答えると、先輩は慌てて否定の言葉を吐き出す。


「違ぇっ! 違ぇよっ! いや違くないんだけど、そういう意味じゃねぇ……」


 あら、そうですか、残念ー。

 まあ、分かってましたけど。


「んー? じゃあ、どういうことです?」

「あー……、小町が連れて来いってうるせぇんだよ。飯作ってあるからダッシュで帰ってこい、だと」


 小町ちゃん流石過ぎる……。

 あ、これなら小町ちゃんに直接渡せる。

 ちょうどいいか。


「あー、そういう……。りょーかいです。でも流石にダッシュは……正直気力ないです」


 かくんと俯き、ちらっと先輩の引く自転車の荷台を見る。

 その視線に気づいたのか先輩は足を止めた。


「でも待たせちゃ悪いですよねー……ちらっ」

「分かってる。分かってるからちらっとか言うな……俺ももう怒られたくない」


 顎で早く乗れと伝えてくる。

 二人乗りは小町ちゃん専用とか言ってた先輩が……いいことあった。

 とてとてと荷台部分に近づき、ちょこんと座る。

 なんだか恥ずかしさとあいまって居心地が悪い。


「ちゃんと掴まってろよ……急ぐぞ」

「あ、はい……」


 しっかりと荷台に跨り、先輩のお腹に手を回す。

 先輩の背中は大きくて、細身でもやっぱり男の人なんだなぁと実感させられた。

 意識すると身体が熱くなる。


「よし……行くぞ」


 ぐんっと引っ張られるような感覚に思わず抱きしめる力を強める。


「きゃっ! せ、先輩っ、速いっ、速いです! 安全運転でお願いしますっ! 先輩が事故ったの知ってるんですからね! わたしが怪我したら責任取ってくれるんですかっ!」


 わーぎゃーと喚き散らすが、スピードは緩まるどころか速くなる。


「なんで知ってんだよ……誰だ言ったやつ。大丈夫、結構痛いけど大丈夫」

「いや、それ全然大丈夫じゃないですからー!」


 不安な台詞を残してそれ以降黙ってしまった先輩にしがみつき、ぎゅうっと目を瞑る。

 怖い怖い怖い怖い。

 自転車ってこんなスピード出たっけ?

 これが小町ちゃんパワーなのっ?


「あぅぅー……」


 情けない声を出していること十数分。

 ようやく到着したようで、キキッとタイヤの擦れる音を立てて自転車が止まる。

 知っているだろうか。

 急ブレーキというのは急だから急ブレーキと言うのだ。


 つまり、反動がある。

 引っ張られるように仰け反っていた頭は、慣性の法則に従ってどんっと先輩の背中に衝突した。


「あうっ……いったーい」

「おお……すまん」


 自転車に跨ったまま首だけを捻ってわたしの様子を窺う。

 その顔を思いっきり睨みつけてやった。

 鼻痛い……つぶれたかもしれない。


「むぅ……」

「悪かったって。とりあえず早く降りろ」


 冷たい態度を取る先輩に返事をせず、ゆっくり荷台から降りる。

 お尻痛い……。

 自転車を置いて戻ってきた先輩の額には薄っすらと汗が滲んでいた。


「ふーん……」


 わたし怒ってますアピールをするが、変わらない態度であしらわれる。

 玄関の前に立つと、荷物で両手が塞がっているからか開けてくれという意がこもった視線を向けてきた。


「はぁ……」


 なんだかアホらしい。

 たったっと先輩に駆け寄り、玄関を開く。

 間を置かず、忙しない足音が近づいてきた。

 その足音の主はばんっと勢いよくドアを開け放つ。


「いろはさーんっ! ようこそですー。今日はほんと、うちの愚兄がすみませんでした」

「小町ちゃんこんばんはー! いいのいいの、いつものことだからー」


 へこへこと頭を下げる小町ちゃん。

 よく出来た子ですよ、ほんと……。

 なんでお兄ちゃんの方はこんなんになっちゃったんだろうと、隣の朴念仁を憐れむように見る。


「おい、なんだよその目……」

「あ、いつものことってところは否定しないんですね」

「まあ、あながち間違いでもないからな」


 ふっ、と憎たらしく鼻で笑う。

 なんでそこで開き直れるのか不思議でしょうがないんですが……なんなのこの人。

 なんかもっといい人いないかなー。


 遠い目をしてぽけーっと虚空を見つめる。

 すると、そのやり取りを見ていた小町ちゃんがわたしと先輩を交互に見てふぅ、と安心したように息をつく。


「よかったー……仲直りできたんですねー」

「まあそもそも喧嘩してないしな」


 まあ、確かに。

 うんうんと頷いていると、小町ちゃんは目を真ん丸くさせる。


「ま、まさかお兄ちゃん……謝ってないとかないよね?」


 その言葉に、んーと一連の出来事を思い出してみる。

 謝られて……ないな。

 いや、まあ、別にいいんだけど。

 わたしが悪いんだし。


「あー……悪かったな。その、いつも通りだと思ってんだが……。なんつーか……そんな追い込まれてるとか、全く考えてなかった。すまん」

「あ、いやいや、いいんです……その、わたしのほうこそすみませんでしたというか……」


 先輩にみっともなく泣きっ面を晒してしまったのを思い出し、どこかぎこちない返しになってしまう。

 わわっ……なんか急に恥ずかしくなってきた……。

 やだやだ、なんであんな泣いちゃったんだろ。


「お兄ちゃん……女の子泣かせたらまず謝らないと」


 呆れ気味に告げる。


「やっぱ俺が悪いの……?」

「自分が悪くなくてもだよっ! そういうの得意でしょーが」


 うがーっと八重歯を見せて威嚇する小町ちゃん。

 あ、そういうの得意だよなー、うんうん。

 なんだか妙に素直に納得してしまう。


「やだ。なにその得意分野! お兄ちゃん立派な社畜になれそう!」

「先輩キモいです」

「お兄ちゃん……ちょっと引くよ」


 おかしな口調で百倍くらいキモさの増した先輩を、小町ちゃんと二人で冷めた目で見る。

 わたしはどうか分からないが小町ちゃんのは堪えたようで、ずーんとあからさまにテンションを落とした。


「あー、蒸し暑いー。なんか、梅雨みたいにジメジメしないー?」


 襟元をぱたぱたとやりながら、同意を求めて小町ちゃんへ視線をやる。


「ですねー。なんかここだけ妙にジメジメしてますよねー! ささっ、お兄ちゃんなんて放って中へどぞっ」

「はーい、お邪魔しまーす!」


 小さくなにかをぼやいている先輩を置いて、小町ちゃんについて行く形でリビングへと入る。

 普通だ……強いて言うなら、いや、やっぱり普通だった。

 んー、でも、普通よりは大っきいのかなー?


 ぼけーっと突っ立っていると、足元になにかもふもふしたものが当たった。


「あ、猫だー」


 しゃがみ込んで撫でてみる。

 ふてぶてしい顔はどこかの誰かさんに似ていて、撫でろとばかりにごろんと腹を見せる姿もやっぱりどこかの誰かさんに似ていた。


 先輩がわたしの脇をすり抜けていくのと、ほとんど同時に小町ちゃんから声がかかる。


「いろはさーん。洗面台あっちにありますんでご自由にどうぞー」


 顔を上げると洗面台のあるらしい方向を指差す小町ちゃん。

 ……洗面台?

 ふむ……と、悩むように首を傾げる。


「あー、ほら、お化粧が……そのー」


 言いつらそうに言葉を濁す。

 お化粧、というところでピンときて慌てて立ち上がる。


「あっ! ありがとー」

「いえいえですっ」


 にかっと人好きのしそうな笑みを浮かべる小町ちゃんを横目で流し見ながら洗面所へと急いだ。


「うっわー……」


 鏡に映ったわたしの顔はひどい有り様だった。

 瞳は淡いピンク色に充血し、擦ったせいかまぶたは腫れている。

 涙のせいでマスカラやらアイラインやらが滲み、極めつけには目元から顎のあたりにかけて涙の痕が曲線を描いていた。


 手近にあった洗顔料を拝借して洗い流す。


「ふぅ……」


 鏡に映る顔は綺麗になりはしたけど、当然すっぴんだ。

 まあ……いっか。

 そんな濃い化粧してるわけじゃないし、そこまで変わりはしないだろう。

 諦めるためにそんな理由を取り繕い、意を決してリビングへと戻る。


「じゃじゃーん! 今日のご飯は小町のいろはさんへの愛がたーっぷり詰まったオムライスですっ☆」


 ばーん! と効果音が表示されそうなテンションでぺろっと舌を出してウインクする。

 あ、あざとい……かわいいけど!


「あれ? なんか忘れてない? 小町ちゃんなんか忘れないですかー? ていうか、もはや意図的に省いてないですかー?」


 えー、えー、と声を漏らす先輩には満足いただけなかったようだ。

 そんな先輩に小町ちゃんはきょとんとした顔を向ける。


「え? なんの話? バカなこと言ってないで早く食べるよお兄ちゃんっ!」

「えー……」


 最近妹が厳しいなぁ、とか不貞腐れた様子でぶつぶつ言いながら椅子に座る。

 四人用テーブルにオムライスが三つ。

 まず、小町ちゃんが座った方に一つ。

 そして、先輩の前に一つ。

 その横にもう一つ。

 つまり隣に座れってことですね、分かりました喜んで座らせていただきます。


 もう散々醜態を晒してしまったので、よほどのことでは動じない。

 よくよく考えたら隣に座ってご飯を食べるなんてやったことあるし。

 ラーメン屋のカウンター席で。


 なんなら毎日のように腕に引っ付いてるから、むしろ距離感遠いくらいまである。


「いただきまーす!」


 オムライスをスプーンで掬い、大口をあけてぱくっと食べる。

 あ、これおいしい。


「どうですかー?」


 きらきらとした瞳で感想を求めてくる小町ちゃん。


「すっごいおいしいよー! いやー、わたしお菓子は作るんだけど、料理はあんましないから尊敬しちゃうなぁ」


 言ってるうちに一つの考えが頭を過ぎり、意味ありげな視線を返す。

 小町ちゃんはその意味を汲み取ってくれたようで指をピンと立てた。


「あ! じゃあじゃあ、今度一緒に作りましょうっ! お兄ちゃんの胃袋くらいなら余裕で掴めるようになるはずですっ」


 ほほう……それはなかなか。

 男を落とすなら胃袋を掴めって言うもんね!


「作る作るー! あはっ、先輩! 先輩の胃袋もぎ取っちゃいますよー?」


 首を傾げて見上げるように先輩に顔を向ける。

 露骨に嫌そうな顔をして目を背けられた。


「もぎ取っちゃうとか臓器移植かよ……ドナーカード持ってないんですけど。……来るときは言えよ、出かけるから」

「なんでそういうときばっかり出かけるんですか……先輩わたしのこと嫌い過ぎです」


 うぅーと口を尖らせて瞳を潤ませると先輩はため息を漏らす。

 こうなればもう先輩の口から出てくる言葉なんて分かったようなものだ。


「分かった分かった……毒味すりゃいいんだろ?」


 渋々了承の旨を伝える。

 わざわざ毒味とか言う必要ありますかねー。

 ちょっとこの人ひどくないですかねー。


「ふっ、分かればいいんですよ、分かれば」

「なにこの後輩……めっちゃ腹立つ」


 嘲笑すると不機嫌そうにぶつくさと文句を垂れる。

 いつも通り。

 いつも通りだけど、もうあんな感情は浮かんでこなかった。

 踏み出した一歩の大きさを改めて認識し、ほっと安心する。


 ぺちゃくちゃと喋りながら食べていると、いつの間にか完食していた。


「ごちそうさまでしたっ」


 ぱんっと手を合わせて小町ちゃんに微笑みかけると、小町ちゃんも笑みを返してくれる。


「はいっ! お粗末さまですー」


 慣れた手つきで皿を下げ、台所へ消えていく小町ちゃんを見送る。

 わたしより少し前に食べ終わった先輩は炬燵に身体を隠してうとうとしていた。


 そろーっと忍び足で近づく。


「わっ!」

「うおっ……おぉ。まじびびった……やめろよ、心臓止まるかと思ったわ」


 眠たそうな眼でじとーっと睨まれてしまった。

 そんな顔も愛しいと思ってしまう自分にはほとほと呆れてしまう。

 しずしずと炬燵に滑り込み、テーブルに上半身を乗せると眠気が襲ってきた。


 沈黙。

 いつもなら無理にでも追いやってしまうこの空間も今なら心地よく思える。

 少しだけ先輩との距離が近づいたから。

 少しだけ先輩のことを知れたから。


〝俺は、お前のことが知りたい〟


 熱い想いが乗せられた言葉はわたしの耳をくすぐる。

 不器用で、無愛想で。

 そんな先輩の心根にはいまだ深く恐怖が根づいているのだろう。

 壊したくない。

 失いたくない。


 でも、だからこそ疑問がわいてくる。

 誰だって持っているその感情が人一倍強い先輩が、なぜ、わたしに面と向かって気持ちを吐露してくれたのか。


 その理由は聞かないし、言ってくれることもないのだろうけれど。

 きっとわたしとの関係もそう思ってくれていたのだと思うと素直に嬉しい。

 それなら、その想いを振り切ってぶつかってきてくれたことは凄く嬉しい。


「……先輩」


 眠気やら照れ臭さやらでとろんとした声になってしまう。


「……なんだ」


 やはり変わらず無愛想な先輩に苦笑して、ただ言いたいことを伝える。


「今日はすいませんでした……あと、ありがとでした」


 消え入りそうなほど小さい声だったが、先輩の耳にはしっかりと届いてくれたらしい。


「ほんとそれな……せっかくの土曜日になにやってんだろ俺……」

「ちょっ、そこは気にすんなって言うところじゃないんですかねー?」


 むーっと頬を膨らませて睨みつける。

 先輩は腕で目を覆っていて、頬はわずかに紅く染まっていた。

 本当、素直じゃないなぁ。

 先輩も、わたしも。


「ばか……気にしねぇ方が無理あるっつーの……」


 か細い声音で吐き出された言葉は、甘ったるい空間に溶け込む。

 そんなこと言われたら怒るに怒れない。

 これが天然のあざとさ……恐ろしい。


 しばらくまどろんでいると、小町ちゃんが歩み寄ってくる。


「お兄ちゃーん。寝るならお風呂入って部屋で寝てよー」


 腰に手を当てて、はぁっと息を吐く。

 それに従うように先輩はもぞもぞと炬燵から這い出てきた。


「はいはい……」


 気だるげに立ち上がると、ぐーっと伸びをして大きな欠伸をする。


「あ、いろはさんどうしますー?」

「へ?」


 不意に言葉をかけられ間抜けな声が出てしまった。


「どうするって……なにが?」

「よかったら泊まっていきませんか?」


 にひひっと悪戯を思いついた子供ように笑う。

 泊まって……泊まるっ!?

 え、今なんて?

 聞き間違い……?


「ほら、明日日曜日ですしー? もう遅いですしー? お兄ちゃんも送りにいけそうもないですし? あと小町的にも積もる話があるといいますか……」


 どうします? どうしますっ? もちろん泊まりますよねっ?

 と言わんばかりに詰め寄ってくる小町ちゃん。

 う、ううーん……流石に即OKってわけにはいかない。


「せ、先輩が嫌じゃなければ……」


 今はまだ大丈夫だけど、先輩がわたしを知ろうとしてくれている間は大丈夫だけど……知って改めてめんどくさいやつだと認識されたらと思うと怖い。

 なるべく本当にマイナスになりそうなことは控えたい。


 上目遣いで控えめに言うと、先輩は渋面を浮かべたまま唸る。

 やっぱりダメ、かなぁ。


「……正直、嫌だな」

「で、ですよねー」


 期待していた自分に嫌気がさす。

 先輩の一挙一動、特別なんでもない一言に舞い上がったり落ち込んだり。

 あー、めんどくさいなーわたし。


「はぁ……でも、送ってくのはもっと嫌だ。今日はもう外に出たくない。風呂入って寝る。これは決定事項だ。俺は動かない、絶対にだ」


 うっわぁ……。

 すっごいかっこよさげに言ってるけど、言ってること全然かっこよくない。

 ん?

 あれ?

 ……ってことは?


 目をぱちくりさせていると、先輩は言葉を吐き捨てて背を向ける。


「勝手にしろ。だいたい、小町が用あんなら小町の客だろ……俺の許可なんていらねぇよ」


 そのまま風呂場へと向かっていってしまった。

 まさか泊まることになるとは……。


「え、えっと……じゃあ、泊まっていこうかな……?」

「りょーかいですっ!」


 嬉しそうに口元を綻ばせる小町ちゃんを見ているとなぜだか落ち着いてくる。

 先輩のお家に泊まり……か。


「あ、そういえば小町ちゃんっ」


 ごそごそと荷物を漁り、今日のメインであるところの小町ちゃんへの合格祝いを取り出す。


「はいっ! 合格おめでとう。四月からよろしくねー?」

「わわっ、ありがとうございますーっ。こちらこそです、いろは先輩っ」


 ぺこりとお辞儀をして八重歯を見せる。

 あどけない顔は先輩が夢中になるのもしょうがないかもと頷けた。


「先輩、か……なんか実感わかないなぁ。小町ちゃんは今までと同じでいいんだよー?」


 そう返すと小町ちゃんもどこか気恥ずかしかったのか、素直に承服する。


「あ、そうです? なら、これまで通りいろはさんでいきますねっ」


 言った直後に真顔になったかと思うと、風呂場の方をちらりと確認した。

 カーペットに正座し、咳払いをする。

 真剣な面持ちを維持する小町ちゃんに、思わずこちらも居住まいを正してしまった。


「で、……ちなみにいろはさん、どこまで本気なんです? えーっと、別に疑ってるとかってわけではなくでですねー、連絡を取り始めたのも最近ですので……」


 イマイチ掴みきれていないということなのだろう。

 恐る恐るといった様子の小町ちゃんに笑ってしまう。

 兄が兄なら、妹も妹だった。

 先輩のことが心配でしょうがない。

 そんな顔だ。


「そうだなー……、まあ、はっきり言っちゃうとベタ惚れしてる、かなー。あはっ」


 やっぱり口に出すのは恥ずかしい。

 真面目腐った顔を崩して、笑って誤魔化す。


 愛だの恋だの、惚れただの腫れただの。

 そんなもの幻想だと思ってた。

 ただのまやかしで、それこそ願望。

 願っても望んでも手に入らないものだと思ってた。


 それがいまやわたしの心を埋めている。

 少しでも一緒にいたいし。

 もっとよく知りたい。

 たまに見せる笑顔に胸が踊り。

 走っても走ってもなかなかつまらない距離にもどかしくなる。


 そのたびに思い知らされる。

 本当に、心奪われてしまったのだと。


 叶わないと分かっていても諦めることはできず。

 むしろ熱く高鳴っていく想い。

 それは辛くて苦いものだけれど、自分の意思で捨てることなんて出来なかった。


「初恋は甘酸っぱいって言うけど……こんなに苦いものはないね」


 たはは、と誤魔化すように笑う。

 そんなわたしを見て、小町ちゃんは胸を撫で下ろす。


「そうですかそうですかっ! ではでは、どうしましょーか。小町にできることならなんでもお手伝いしちゃいますよー!」


 きゃぴきゃぴとはしゃぐ小町ちゃん。

 この子がいれば雪ノ下先輩を超えられるだろうか。


 いや、それはやっぱり無理だろう。

 わたしが一歩踏み出すのと同じように彼女も踏み出してしまう。

 追いつけやしない。


 だから、わたしが手伝ってもらうのはわたしのことじゃない。


「あー……、わたしさ、先輩には雪ノ下先輩とくっついて欲しいんだ」

「へ?」


 どういうことなの、と視線で問い掛けられる。


「ううん、くっついて欲しくなんてない。本当はわたしが先輩とくっつきたい。でも、多分先輩が好きなのはわたしじゃないから……」


 わたしじゃきっと先輩を幸せにはできないだろうから。

 だから、手伝ってもらっても意味がない。


「そうですか……。んー、じゃあ小町はお兄ちゃんと雪乃さんがくっつくように立ち回ればいいわけですねー。……今まで通りだ。本当にいいんですね?」


 念押しにと尋ねてくる小町ちゃんに頷いて答えとする。

 いい。

 これでいいんだ。

 こうでもしないと、この片想いは終わりそうにない。


「もう、諦めはついてるんですか?」


 確信を突く台詞にどきりと心臓が跳ねる。

 ふるふると首を振って返事をする。


「ううん、全然。だから、わたしはわたしで頑張る。もし、雪ノ下先輩に追いつけそうならもっとがむしゃらになってみる……つもり」

「んー、今でも結構迫ってると思いますけど……」

「それはないよ。だって、違うもん」


 違うんだ。

 なにがと聞かれても分からない。

 けど、わたしといる先輩と奉仕部にいる先輩とじゃ明確になにかが違う。

 それだけは分かる。

 分かってしまう。


「りょーかいです。……あ、もしかして、このことお兄ちゃんにも話しました?」


 なんか最近様子がおかしかったんですよー、とにやにやする小町ちゃんは楽しそうだ。

 様子がおかしかった、か……先輩も意識してるってことかな。

 いいことなんだろうけど、これが望んでいたことなんだろうけど、それでも少し辛い。

 胸がチクリと痛む。


 自然、苦々しい顔になってしまっていた。

 それを察せられない小町ちゃんではなく、気まずそうに咳払いをする。


「あ……っと、ごめんねー。なんか自分でも気持ちの整理ができてないっていうか……」


 可愛くなくても、わたしはわたしがしたいことをする。

 そう決めたはずなのに、今じゃわたしがしたいことがなんなのかすら分からない。

 わたしは一体、なにをしたいんだろう。

 わたしは先輩になにをしてあげたいんだろう。


 ぐるぐると渦巻く感情はとてもわたしでは制御できない。

 先輩に惹かれて。

 先輩に恋して。

 先輩に近づこうとつきまとってきた。

 先輩に幸せになって欲しいと願った。


 それは本当にわたしがしたかったことなのだろうか。


 でも、もし違ったとしても、そうするべきなのかもしれない。

 世の中、やりたくなくてもやらなきゃいけないことが多過ぎる。

 やはり、世界も社会も人生もわたしに厳しいようだ。


 ——あるいはそれは、誰にだってそうなのかもしれなかった。


「どうすればいいんだろうねー……。最近、自分で自分がわかんないや」


 はぁーあ、と肩を落とす。

 恋愛に正しい結論なんてない。

 自分で言った言葉ではあったけど、これほど無責任なものもない。


 明確な答えがあれば、諦めるかどうか踏ん切りもつく。

 こうやっていつまでもだらだらと先延ばしにして、優柔不断でいる必要もなくなる。


 結局、今の現状もわたしの弱さが招いているものだった。

 壊したくない、そばにいたい。

 嘘を吐いて、逃げ場を作って。

 どっちつかずの立場で。


 隠して。

 偽って。

 嘯いて。


 いつまでも、変わらない。

 それじゃあ、いつまでたっても、変わらない。


 先輩はやっぱり凄いなぁ……。

 怖かっただろう。

 今を変えるっていうのは、そういうことだ。


 なにかを失わずして、なにかを変えることはできない。

 だからきっと、このまま変え続ければなにかを失ってしまうのだろう。


 それはそのまま、なにも変えなければなにも失わなくてすむように聞こえるけれど、それは違う。

 先輩は分かっていた。

 なにも変えなくても、知らないままでいても。

 いつかは失われてしまうということを。


 変えなければ失わなくて済むだなんて、そんなのは詭弁だ。

 超理論もほどほどにしといた方がいい。

 逆説的に言ったってそんなものはおかしい。

 恋愛と数学は違う。

 現実で対偶の真偽が一致することなんて稀なのだから。


 そういう点で葉山先輩はまちがっているのかもしれない。

 いや、まちがっているのではなく、ただ違うのだ。

 先輩とは対極に位置する存在。


 民主的で協調性があって一般論を振りかざし、甘言で惑わす。

 どこまでも甘く、どこまでも優しい。

 変わらないままじゃどうにもならないこともあると、どこかで気づいているはずなのに。

 現状維持に努めて場を取りもつ。

 だから、好かれる。


 それは悪いことじゃない。

 社会に適応するというのはそういうことだ。

 みんなと一緒に諍いなく青春を謳歌する。

 きっとそれは素晴らしい。

 輝かしくて称賛に値する。

 でもどこか嘘くさい。


 感動的で情熱的な青春ドラマ。

 輝く光はスポットライト、雲一つない青空は狙いすましたタイミング、涙とともに降りしきる雨は電動ポンプで、舞い散る桜は紙吹雪なのだ。


 先輩の言を借りると、そんな関係は偽物に違いない。

 涙はたやすく引っ込むし、キスに感情は込もってない。


 舞台も役者も機材も全て揃えて、失敗してもリテイクできる壊れない関係を望む。

 そして葉山先輩は、それを壊さないためにどこかで犠牲になっている人がいるということも知っている。


 裏方で必死に立ち回る人は与えられた仕事をこなしているだけだと言い張る。

 けれど、誰よりも傷つき誰よりも失ってきたその人の姿を見て痛ましく思う人間はわたしだけではない。


 わたしはどうすればいいんだろう。

 どうすれば先輩の傷つく姿を見なくて済むのだろう。


 先輩は変わった。

 でも、変わったのは先輩の心持ちだけで本質的にはなにも変わっていない。

 いつか、きっとまた、まるでそれが義務かのように誰かの犠牲になる。

 望まずとも願わずとも、先輩はそれしか知らないから。


「ほえー……」


 うんうんと思索にふけていると、不意に感嘆とも驚嘆とも言えないどこか抜けた声が聞こえた。

 ふ、と首を動かし声の主に顔を向けると、ぱっちりと目が合って小町ちゃんはにやけ面を晒す。


「な、なにー?」


 なんだか嫌な予感がして声が上擦ってしまう。


「いやいやぁ、ほんとにお兄ちゃんのこと好きなんだなぁと思いましてっ!」


 きゃるるんっとあざと可愛い笑顔を振り撒く。

 本意かはわからない。

 しかし、先輩を心配する気持ちに偽りはないだろう。


「まあねー……それは、そうなんだけどさ」


 肯定すると小町ちゃんはおおーっと大袈裟に驚き、きゃあーと純真無垢な乙女さながらに顔を手で覆う。


「そ、そうなんですねーっ」


 紅潮した頬をぱたぱたと仰ぎ出す始末。

 忙しなくそんな動作を繰り返されるとこっちまで恥ずかしくなってくる。


「なんで小町ちゃんがそんなに照れてるの……」

「いやー。結衣さんも雪乃さんもあんまりはっきり言わない人ですから、そう真剣な顔ではっきり肯定されますと、嬉しいやらなにやらで……小町、感激です」


 冗談めかしてよよと泣き伏す。

 ふーん、雪ノ下先輩はまあ分かるけど、結衣先輩もそんな感じだったんだ。

 あー、でも、結衣先輩もなんだかんだ乙女なところあるからなぁ。

 改めて考えてみると、納得できる点はそこかしこに見られる。


「小町ちゃんにはっきり言っても先輩との関係がどうこうなるわけじゃないからねー。隠す必要もないし、隠したところでこれだけアピールしてれば女の子なら気づくでしょー?」


 むしろ小町ちゃんに話すことでプラスになるまでありそうだ。

 お家での態度はどうかーとか、なにか言ってなかったかーとか。

 そんな情報も小町ちゃんがいれば手に入る。

 そこからなにかを窺い知れることもないことはないだろうし。


 しかし、なんか言外に先輩が鈍いというような言い回しになってしまった。

 間違いでもないんだろうけど、臆病だから察しはいいんだよなぁ。


「ふむふむ、確かに。小町的にも開き直ってもらった方が手伝いやすいですっ!」


 ぱあっと輝かんばかりの笑みを向けられる。

 まぶしい……。

 まぶしいのになんか瞳の奥に黒いものが見えた気がした。

 気のせいだと思いたい。


 そんな隠されたなにかを頭の片隅においやり、ガールズトークを繰り広げる。

 楽しい時間はあっという間だ。

 家への連絡も済まし、あとはくつろぐだけだーなんて無遠慮なことを思っていると、いつのまにか先輩はお風呂から上がっていた。

 コーヒーを淹れて炬燵に戻ってくる。


「あれ? 寝るんじゃなかったんですかー?」


 落ち着いた雰囲気でコーヒーを飲み、つまんなそうにテレビをぼんやりと眺める先輩に尋ねる。


「……風呂入ったら目ぇ覚めたわ。つーか、もう寝たし……ここで寝るのはなんか負けた気がする」


 そう答えた先輩の目元は確かに入る前よりはすっきりしていた。

 眠そうな気配は微塵もない。

 頬はお風呂上がりだからか朱色に染まっていて、わたしの記憶の中にまた先輩の新しい顔が刻まれる。

 しかし、不機嫌そうな面持ちはやはりいつも通りな先輩だった。


「なんですかそれ……一体なにと戦ってるんですか。キモいです」


 身体を倒して先輩から距離を取る。

 先輩がいつも通りだからわたしもいつも通りになれる。


 もう心配することはない。

 そりゃあ急激に距離を詰めようとすれば先輩はあからさまに避けようとしてくるんだろうけど、そんなことはしないから大丈夫だ。


 先輩つまなそーだなーとか、先輩嫌なのかなーとか、あーだこーだとこの分かり辛い先輩の気持ちを探る必要はもうない。

 たったそれだけのことだけれど。

 それだけのことがわたしの心を満たす。


「いろはさーん。気持ち悪いお兄ちゃんなんか放っておいていいので、お風呂どーぞー! 着替えはあとで持っていきますねー」

「ね、ねぇ小町さん……? ちょっとお兄ちゃんに冷たすぎじゃない? お兄ちゃん泣いちゃうよ?」


 小町ちゃんの辛辣な言葉に反応して、おうおうとうめき声を発する。

 そんな先輩を一瞥して、特に声をかけることもなく立ち上がった。


「……え? なに今の、なんで汚物を見るような目で見られたの俺」

「あはっ、やだなー先輩。そんなの決まってるじゃないですかー」


 言葉を区切ると、先輩には先に続く言葉が予想できなかったらしく首を傾げる。


「汚物を見たからですよっ」

「おいやめろ、そういうことを言うんじゃない。なんかもう直接的に言わないところに悪意感じるし、お前俺のこと嫌い過ぎだろ……。もう早く風呂入ってこい……お前がいると俺にダメージしかない」


 うなだれる先輩を流し見て、お言葉に甘えてお風呂場へ向かおうと一歩踏み出した。

 そこでふと気づき、んーと考えてみるが考えてもよくわからないことだったので直接聞いてみる。


「小町ちゃん先に入らなくていーの?」


 いきなり声をかけたためか、きょとんとした表情になる。

 それも一瞬で終わり、即座に胸の前でぶんぶんと手を振って言う。


「あ、小町はもう入ったので大丈夫ですよっ! んんっ、よくよく考えればお兄ちゃんより先に入ってもらうべきでしたかねー……お兄ちゃんの浸かったあとのお湯に浸かるとかちょっと……。どうします? 貯め直しましょうか?」


 おぉ……この子今さらっと凄い酷いこと言ったな……。


 先輩の浸かったあと……あぅぅ、考えたら顔が熱くなってきた。

 そういうこと一々言わなくていいのにっ。


 一回意識すると忘れ去るのはなかなか難しい。

 ほんとに貯め直してもらうか、シャワーにしようかなんて考えが浮かんでくる。

 でも、流石にそんなことはできない。


「あははー、流石に悪いからいいよー。我慢するっ」

「おい……我慢ってなんだよ。さっきからお前ら、俺を貶すなら他所でやってくれませんかねー」


 先輩はもう諦めたのか、テレビに目を向けたまま適当な口調で答える。

 それは今回に限ってはよかった。

 絶賛赤面中のところを見られるわけにはいかないから。

 先輩が振り向いたらわたしは背を向けながら喋らなきゃならない、でもそれは相当嫌なやつだ。


 ほっと息を吐くと、白い影が視界の端に映った。

 のそのそと歩いていき、先輩の背中にがたいのいい身体をすり寄せる。

 その行動は可愛らしい。

 可愛らしいけど、タイミングを考えて欲しかった……。


 白い影——カマクラに反応して先輩が振り向く。

 名前は小町ちゃんに聞いた。

 いや、名前なんて今はどうでもいいっ。

 一瞬の出来事に反応することも出来ず、ひょいっとカマクラを持ち上げた先輩とばっちり目が合う。


「……は? なんでそんな顔赤いのお前……」


 慌ててふいっと目を背けたけど、もう遅いし横を向いた程度じゃ隠せない。

 ど、どうしよう……。

 やばいやばいやばい。

 見られた、完全に見られた。

 今、顔が赤くなる理由なんて一つしかない。


 当然、先輩がそれに気づかないわけもなかった。

 しばらく呆然としていたかと思うと、わたしと同じように顔を背ける。


「あ、あー……なんつーか、その、意外だな。お前そういうの気にするタイプだったか?」


 ちょっ、そこは話題そらしましょうよ……。

 なんでわざわざ気まずい話題振るんですかー……。


「え、えーっと、まあ、わたしも女の子ですからねー? それに流石のわたしもこんな状況は初めてなわけで……」


 間接キスだってそんなしたことなかったのに、こんなの経験あるわけがないっていう。

 よく思い返してみれば意識して間接キスしたのも先輩が初めてな気がする……なんかそこらへんの男子とか、ちょっと、その、生理的に無理だし。


 ああっ、なんでこんなこと思い返しちゃったんだろ。

 ますます顔が熱い。

 ど、どうすればっ……と視線を泳がせていると、先輩がまたも口を開く。


「えー……、あー……、そうなんだな。いや、普通そうなのか。まあ、普通とか分からんけど……」


 なんだかどんどん居た堪れない気持ちになってきた。

 心臓がうるさい。

 ぶんぶんと恥ずかしさを紛らわすように首を振る。


「え、えっと、では、入ってきますっ!」


 口早に告げてその場を去った。

 脱衣所兼、洗面所に飛び込み、胸を押さえる。

 鼓動が荒い。

 脈の速い人用のペースメーカーも開発してくれないだろうか。

 先輩といると不整脈になる。


「すぅー……、はぁー……」


 ゆっくりと深い深呼吸をし、浴室の扉に目をやる。

 落ち着き始めた鼓動はまたも警鐘を鳴らす。

 これ大丈夫かな。

 倒れたり……しないよね。


 中に誰がいるわけでもないのにどくんどくんとやかましく音を荒げる心臓。

 あー、もー、なに考えてんだろ……。

 無心だ、無心になれ。


 半ば強制的に恥ずかしい思念を吹き飛ばす。

 いやー、吹き飛んでないなー、これ。

 全然吹き飛んでないのを自覚しながらも、覚悟を決めた。


 するすると衣服を脱ぎ、下着に手をかけたところでさっきまでの思念を本当に吹き飛ばす重大な事案が発覚する。

 し、下着……どうしよ。


 え、え、ほんとにどうしよ……。

 一回脱いだのをもう一回?

 な、なんか嫌だし、先輩にそういう目で見られるのはキツい。

 い、いや、先輩に限ってそれはないと思うけど……でも、やっぱりやだ。


 小町ちゃんのー……は、流石にキツいか。

 着替えは用意してくれるって言ってたけど……。

 もういいや、入ってから考えよう。

 思考停止。

 考えること多過ぎて疲れてきた……。


 さっさと下着を脱ぎ、浴室へと足を踏み入れる。

 んー、うちとそんなに変わらないかなー?

 しばらくきょろきょろと見回すが、特に目立つものはない。

 さっさと身体と髪を洗って、改めて最初の難関へと意識を向けた。


「うぅ……」


 なるべく意識しないようにー、なんて思ってる時点で過剰に意識しちゃってるわけで。

 そろそろと足をつけるとちゃぷっと申し訳なさそうな小さい音が響く。


 ええいっ、もうどうにでもなれっ。

 ずぶっと一気に足を突っ込み、その流れのままもう片方の足も入れる。

 勢いよくしゃがむとばしゃんっと激しく水飛沫が散った。


 あううぅぁ……は、は、恥ずかしいっ。

 先輩が見てるわけでも、ましてこの場にいるわけでもないのに顔を覆ってしまう。

 おっと……これは予想以上に恥ずかしいぞー……。


 耳まで熱を持ち、顔から湯気が出ている気さえする。

 せ、先輩が浸かったお湯……。

 払拭するように手でお湯を掬い肩にかけるが、温もりがなんか変な妄想を加速させようとしてきて逆効果だった。


 頭を浴槽の淵に乗せて天井をぽーっと眺める。

 無機質な天井には水滴が張り付いていて、なんか落ちて来そうだなー、とか考えると幾らか落ち着けた。


「ふぅ……」


 漏らした吐息は湯気に紛れる。

 静けさが包み込む空間。

 先輩の顔がぼんやりと浮かんできて再び顔が熱くなりそうになるが、それは声によって静止された。


「いろはさーん。着替え、ここに置いときますねー!」

「あっ、うん。ありがとー」


 遠ざかっていく足音。

 あ、下着相談すればよかった。

 相談したところでどうにかなるとも思えないけど……。


 いやぁ、本当にどうしよっかなー。

 最悪ノーパンノーブラだよね……。

 ブラは寝るときつけないからまあいいとして、問題は下。

 先輩の家で穿かずに一夜を過ごす……とか、なにそれなんか悪い予感しかしない。


 だいたい、そうなると帰るときも穿かずに帰らなきゃだよなぁ。

 それは流石に女子高生のすることじゃないんじゃないだろうか。

 ていうかスカートだし……絶対無理。


 あー、どうしよー。


「ふわぁぁ……」


 なんか眠いし……欠伸が止まらない。

 このままじゃ寝ちゃいそうだ。

 ……先輩に救出されて裸見られるところまで見えた。

 なんにも打開策は浮かび上がってないけど、もう上がろう。


 さっさと浴槽から出て扉を開くと入り口付近にタオルが置いてあったので、それで身体を拭く。

 髪の水気を拭き取りつつ着替えを探すと、それらしきものが一式纏まっていた。

 男モノのジャージ上下とティーシャツ。


「……あ」


 そうか、そうなるのか。

 小町ちゃんのが入らないとなれば、着替えだって先輩のを借りるしかない。


 先輩のを……直で。

 変な汗が滲んでくる。

 泊まるとか簡単に決めるべきじゃなかった……。


 どうしたものかと考えているうちにも身体は冷えていく。

 しょ、しょうがない……家に帰るまではこれで過ごして、また後日返そう。

 だ、だいたい洗ってあるんだからそこまで気にすることじゃないし。


 言い訳に言い訳を重ね、自分の気持ちを誤魔化して服に袖を通す。

 平静を装ってリビングに戻ると、そこには小町ちゃんの姿はなく、先輩だけがテレビを眺めていた。


「あれ? 小町ちゃんどうしたんですかー?」


 先輩の視界に入るように身体を傾け、意識をこちらに向けさせる。


「ん、あぁ、先に寝てるってよ。布団は小町の部屋に敷いておくだと」

「ははぁ……早寝さんなんですねー。結構夜更かしとかしそうなのに」


 へーとかほーとか言いながら炬燵に入り、テーブルに頬杖をつく。

 なんだかドラマを見てるようだ。

 わたしは特に見てないやつだったため、内容に興味がわかない。


「あー……、妙なとこで気遣うからな、あいつ。受験も終わったし、いつもなら起きてる」

「んんー?」


 一瞬、その言葉の意味するところがわからず首を傾げて先輩を見る。

 すると先輩もこっちを見ていたらしく目が合った。


 二人きり。

 泣いているわたしを探してくれた先輩。

 先輩の服を借りているわたし。

 かあぁっと顔が熱を帯びる。


「……あ、そ、そういうことですか……」


 思わず目を逸らし、膝に両手を乗せて縮こまってしまった。

 ん、と短い返事をした先輩の顔をちらりと窺う。

 先輩の頬もほのかに赤みを帯びていて、少し笑みが零れた。


 先輩は誤魔化すようにコップを持って立ち上がる。

 もう行っちゃうのかなー……。

 その背中を眺めていると先輩は一歩を踏み出した姿勢で動きを止めた。

 不思議に思い、そのままじっと見つめる。

 小さなため息とともに先輩の声が耳に届いた。


「……コーヒー、飲むか?」

「……っ! はいっ」


 不意打ちは反則だ。

 喜びに打ち震えそうになる。


 台所の奥へと消えていく先輩の姿を確認し、ドラマをぼんやりと見る。


 どうやらラブストーリーらしい。

 純愛なのか大人の恋なのか青春なのかは前後の繋がりを知らないために分からない。


 ヒロインを探して雨の中を駆け回る主人公。

 空を仰ぎ、主人公の名をつぶやきながら涙を流すヒロイン。

 クライマックスっぽい雰囲気が漂っていた。


 すれ違いでもあったのか、それとも浮気現場でも見たのか。

 どうでもいいけど、どちらにせよ……めんどくさい女だ。


 どうせ優しくてかっこいい主人公なんだろう。

 それならそんな中途半端に逃げて見つけてもらうのを待つより、会いに行った方が潔くていい。

 見ててむかつくことしかない。

 何ヶ月か前の自分を見ているようだった。


 いや、もしかしたら今日の自分はまさにこんな感じだったのかもしれない。

 心のどこかで見つけて欲しいと願っていたのかもしれない。


 それは……ないか。

 実際見つかったとき絶望感しかなかったし。

 本当、怖かったぁ……。


 それでもどこか既視感を覚える。

 なんだろうか……どこかで見た光景。

 わたしはこのヒロインを知っている気がする。


 そのままぼーっと成り行きを見守っていると、主人公がとうとうヒロインを見つけたというところでコトッという音がする。

 見れば先輩がコップをテーブルに置いて、炬燵に身を埋めようとしていた。

 コップからは湯気が立ち昇り、コーヒーの薫りが鼻腔をくすぐる。


「あ、ありがとうございますー」


 軽くお礼を言って、コーヒーを啜りながら画面へと視線を戻す。


 なにやら薄ら寒いセリフを言う主人公。

 イケメンならなに言ってもいいと思うなよ……。

 この流れだとこの後はラブシーンか。


 熱い抱擁を交わす。

 しばし見つめ合い、ゆっくりと唇を重ねた。


「……嘘くさい」


 つい本音がこぼれる。

 聞こえてしまったかと先輩を見ると、やはり少し驚いた顔をしていた。


「お前でもそういうこと思うんだな……こういうの好きそうななりしてんのに」


 まあ、言われると思ってましたよ。

 そうです、そうです、どうせこういうの好きそうななりしてますよー。

 ふんっ。


「はぁ……まー、好きでしたけどね。こういう仕草とか参考になりますし」

「参考ってお前……そういう意味での好きかよ……」


 うわぁと少し引いた視線を向けてくる。

 ひっどいなぁ……傷ついちゃうなぁ……。

 まあ、今更なんだけど。


「ストーリー自体もそこそこ好きでしたよー? 憧れっていうか……」


 うーん、憧れは憧れだけど、葉山先輩のに近いかなー。

 どう説明したものかと頭を悩ませていると、先輩がふっと呆れたような短い息を吐く。


「あれだろ? 素敵な恋愛ストーリーに憧れてるわたしかわいーみたいな」

「あ、それ!」

「認めんのかよ……」


 おっとおっと、余りにもピンときたもんだからつい反応してしまった。


「こ、こほん。あー、あー……、うーん……。いや、もう、取り繕いようがないですね。諦めます」

「ええ……諦めちゃうの? まあ、言い直すタイミングも逃してたしな」

「……ちっ」


 小さい舌打ちにも目ざとく反応して眉を吊り上げる先輩。

 そういうのは聞き逃さないんだから。

 もしかしていつもは聞き逃してるフリなのかと疑ってしまいそうになる。

 この先輩に限ってそれはないか。

 聞こえてたら顔に出るし。


「ていうか、意外ですねー?」


 居心地が悪いので話題を逸らす。


「は? なにが?」

「なにがってほら、こういうの嫌いそうななりしてるじゃないですかー? 全部演技で演出で、本物の欠片もないし。超つまんなくないですかー?」


 はぁーっと退屈さを誇示するようにため息を吐く。

 返ってきた先輩の言葉は予想外なものだった。


「いや、超面白いだろこれ。俺こういうの好きだぞ? めちゃくちゃ笑えるし」

「はぁ?」


 なに笑えるって……なんかシリアス(笑)な雰囲気だったじゃん。

 収録終われば恋人関係も終わる。

 そんなの先輩だって分かってるだろうに。


「いやいや、お前よく考えてみろよ。これ撮った後とか休憩時間とかこいつらどう過ごしてると思う?」

「どうって他人になるだけじゃないんですかー?」


 答えると先輩はちっちっとむかつく仕草をする。

 なんだこれむかつくな。

 先輩にやられてるってのがよりむかつく。

 これ考えたやつ誰だよ。


「甘いな、一色。よくニュースとかでやってるだろ? 俳優の誰々さんと女優の誰々さんが交際関係にーとか、どうやら共演したドラマをきっかけにーとか、電撃破局ゥッ! とか」

「……はっ!」


 気づいた。

 気づいてしまった。

 ていうかなんで電撃破局のところだけノリノリだったし。

 そんなところで満面の笑みを拝みたくはなかった。


 い、いや、そんなことより。

 こ、この先輩——


「ふっ、分かったか。この裏で行われている昼ドラ並みにドロドロした人間関係を想像するのがこういうドラマの醍醐味だ」


 ——最低だっ!


「クズ過ぎる……。でも、考えるとなんだかわくわくしてきました。悔しいです」


 ぐぬぬっと下唇を噛みしめると、先輩は今までで一番のドヤ顔を披露する。

 あんまり自慢できる思考じゃないとおもうんだけどなー……。


 流石人生マイナス思考。

 本人は超プラス思考だと思ってるあたり救いようがない。

 つまり、救いようがないクズである。


「だろ? ラブシーン前に破局とかしてたらもう最高だよな」


 ちょっとー?

 ゴミの日いつー?

 生ゴミなのか燃えるゴミなのか絶対に萌えないゴミなのか、はたまた社会のゴミなのか分別に迷う。


 一人での外出は控えた方がいいのかもしれない。

 不法投棄とみなされかねないし。

 しょうがないからわたしが一緒にいてあげよう。


「もう先輩喋らない方がいいと思います。あ、サングラスつけるとなおよしです」

「えぇ……同意しただろ、お前」


 不満気に言い募る。


「まあ、しましたけど……。ん……そう考えると一概に嘘くさいとも言えないですねー、そのとき好き合ってたらですけど」


 本当に情熱的なキスをしてるつもりなのかもしれない。

 それならば、少しは見る価値もあるというものだ。

 しかし、先輩の意見は違うようでかぶりを振る。


「いや、嘘くさいだろ。結局、こういうのはどこまでいっても虚偽で欺瞞で生み出された娯楽に過ぎない。嘘っぱちだ」


 ふんっと嘲るように笑う。

 くだらない。

 恋も愛もそんなのは幻想だとばかりに追い払う。


「んー……、そういうもんなんですかねー?」

「じゃなきゃ、電撃破局なんてことにはならねぇだろ。演技に熱が入り過ぎて錯覚でもしちまったんじゃねぇの? プラシーボ効果と似たようなもんだろ、多分。知らねぇけど」


 まあ、それもそうか。

 でも、そうなると裏方……というか、マネージャーさんとかはより大変だろうなー。

 ご機嫌取りにオファーの選別に……売れない女優とかならネタが出来て万々歳ってところかもだけど。

 やっぱり、どこかで誰かが犠牲になる。


「わたしも……」


 無意識的につぶやいてしまう。

 それに気づいた先輩はちらりとわたしを見やる。


「わたしも、いつか本物が手に入りますかねー……」

「……さぁな。お前が言う本物ってのがどういうもんを指すのかは知らねぇけど……手に入ればいいな」

「はいー……え!?」

「なんだよ……」


 まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかった。

 先輩って普通にそういうこと言える子だっけ?

 あぁ、でも、どうでもいい人にはそんな感じだなぁ。


「……わたしってどうでもいいですかねー」


 口を尖らせてじとっと睨む。

 そんなわたしの態度に先輩は頭にはてなマークを浮かべていた。


「は? どうしてそうなる。話飛びすぎだろ、お前」

「いや、だって、先輩ってどうでもいい人にしかそういうこと言わなくないですかー……?」


 むむむーっと眉を顰めて、かくりと頭を垂れる。

 長いため息が聞こえて顔を上げれば、心底呆れたような顔で見られた。


「お前って、重要なとこで察し悪いよな……。どうでもいいやつと本物がどうこうなんて話しねぇだろ……」


 お、おお……?

 なんか恥ずかしくなってきた。

 なに拗ねてるんだろわたし。

 先輩も先輩ではっきり言わないなぁ。


「それってつまりー……?」


 明確な言葉を催促するも、あからさまにはぐらかされてしまう。


「あー、なんの話だっけ?」

「全く……捻デレさんですねー」

「それやめろ」


 くわっと怒気を表す。

 どうでもいいけど、捻デレとかちょっと的確過ぎて笑える。

 捻デレ選手権とかあったら先輩単独優勝するレベル。

 なんなら世界選手権優勝まである。

 小町ちゃんナイス造語。


「つかぬことをお聞きしますが、先輩」

「なんだ改まって……気持ち悪い」

「き、きもっ……ひっど」


 なにこの人ちょっと酷過ぎじゃない?

 絶対わたしのこと嫌いでしょ。

 もはやわたしを中心に世界を憎んでるまであるよ。

 なんかわたしが中心なら許してしまえそうで怖い……わたしこの人好き過ぎでしょ。


「先輩わたしのこと絶対嫌いですよねー……」


 もう睨むのも億劫なので、遠い目でぽーっと虚空を見つめながら問う。


「いや、別に」


 いつのまにか本を読み出している先輩はさして興味もなさそうに返答する。


 ていうかマジでいつ本出したし。

 数十分前から読んでますっくらいに馴染んでるけど、数秒前には読んでなかったじゃん。

 読んでなかった……よね?

 違和感がなさ過ぎてなんだか心配になってくる。


「へー。あ、じゃあ、好きです?」

「いや、全然?」

「うっわー……、そこだけちゃんと返答するとか本当性格悪いですね……」


 おい、そのいい笑顔やめろ。

 ちょっとかっこいいとか思っちゃったでしょうが。

 なんかだんだん扱いが雑になってきてる気がする。

 気を許し始めてるのか、ただ慣れただけなのか。

 前者だと思っておこう。


「じゃあ、なんなんですー?」


 ひくひくと口元が吊りあがるが、なるべく笑顔を維持して尋ねる。


「ん、あー……。これといって特にあるわけでもないが……強いて言うなら、苦手?」

「ほう……なんかしっくりきちゃって反応に困りますね」


 苦手、苦手か……。

 まあ、そうだろう。

 先輩とわたしなんて本来なら関わることもないはずだったし。

 きっと奉仕部に行かなければ話すこともなかっただろう。


「苦手ですかぁ……なんかわたしも先輩そんな感じかもです。これ、苦手だからって仲良くなりたくないわけじゃないってのが面倒ですよねー……」


 なんなら好きだしね。

 でも、やっぱり先輩は苦手だ。

 だって、全然落とせる気がしないんだもん。


「あー、それある。めっちゃあるわー」

「うわー、適当だなー」


 なんか戸部先輩の影が見えた。

 あの人、あるとだべだけで会話してそうだな。

 かーっ、それあるわーっ!

 っべー。隼人くんまじ、やっべーっ!

 みたいな。

 複合版で、だべ? それあるべ? とかも言ってそうだ。


 なにこれ、全然意味分かんないんだけど。

 付属語なの?

 一体そこになにがあるの?

 ひとつなぎの大秘宝?

 まあ、でも、都合のいい男は嫌いじゃないです。

 ああ、ありますよねー、にぱーってしとけばなんとなる。


 はぁーあと仰向けになると、先輩は流石に悪いと思ったのかがしがしと頭をかきながら言い直す。


「あー……、まあ、分かるな。お互い内面を少しでも知っちゃうと尚更な……」

「ですねー……。案外気が合うかも? とか考えちゃうんですよねー」


 わたしにとって先輩は案外、なんてレベルじゃなかったけど。

 でも、少しだけでも先輩がわたしと同じ気持ちを抱いているのが分かって嬉しくなる。

 我ながら単純だなぁ。


「まあ、俺ほどになると、勘違いしないためにも今後一切会話しないけどな」

「うっわ……」


 ほんとダメだなこの人……。

 だめんずってやつだ。

 わたしがだめんず・うぉ〜か〜を名乗る日も近いかもしれない。

 

「でもわたしとは会話してくれるんですねー?」


 にやにやと意地の悪い笑みを浮かべて聞く。


「まあ、義務だからな」

「義務って……」


 なんか期待した答えと違う。

 もっとキョドッて欲しかった。


「それはそうと先輩。雪ノ下先輩とはどうですかー? なんか進展ありました?」

「なんか進展があったように見えるか?」

「全っ然見えませんねー」


 毎日のように奉仕部に顔を出しているが、どう見ても先輩と雪ノ下先輩の距離感は変わってない。

 やる気なさそうだなー。

 まあ、ないよなー……。


 ふむむ、と策を考えているとどうにもうつらうつらとしてくる。

 欠伸が漏れ、先輩と目が合い、つい逸らす。

 隣から聞こえてきた欠伸に釣られてまた大口を開けてしまう。


 眠いなぁ……今日結構寝たはずなんだけど……。

 お蕎麦屋さんを出たのが午後二時前。

 最後に見たのが公園の時計で、そのとき三時過ぎ。

 起きたのが六時頃だったから三時間は寝た計算になる。


 やっぱり走ったのが原因かなぁ。

 荷物重かったし、あと泣き疲れたのもあるかもしれない。

 先輩といるせいでドキドキするのもプラスに眠気補正がかかってそうだ。


 そんなどうでもいい思索にふけっていると、わたしの意識は徐々に遠ざかっていった。


  ****


 ガソゴソという物音に反応して目が覚める。

 キィっとリビングに繋がるドアを開ける音が耳に届き、次いで聞こえてきた声に思わず寝たふりをしてしまった。


「——はぁ、疲れた……って、あんたまだ起きてたの?」


 なんだか物凄く疲れを纏った声音だった。

 寝たい、帰りたい、動きたくない。

 どこかの先輩を彷彿とさせる三大欲求を察せられる声の主。

 しかし、先輩とは違う女らしい声色。


「ん、ああ……母ちゃん。おかえり」


 薄々分かってはいたが、やはり先輩のお母さんだったらしい。

 血は争えないとはこのことだろうか。

 妙に納得してしまう。


 そうなると小町ちゃんはお父さんに似たのかと思われる。

 が、先輩の小言を聞いていた限りそういうわけでもないのだろう。


 小町ちゃんとは一体……。

 突然変異?

 この家で宝物のように扱われる理由の片鱗を垣間見た気がした。


「ただいま。はぁ、明日休みだからってこんな時間まで……ん? その子……誰? まさか八幡、あんた……」


 声を震わせる。

 どうやら盛大な勘違いをしているようだった。

 まあ、先輩だからね。

 その気持ちはお察しいたします。

 でも、通報はしないであげてください。


「違ぇっ! 違ぇから携帯しまえっ! ……ただの後輩だよ。んで、小町の先輩」


 迷わず携帯をとりだしているあたり、先輩のヒエラルキーは相当低いようだ。

 家族からも信頼されてないなんて……先輩かわいそ過ぎる。


 しょうがない、わたしは信頼してあげ……いや、やっぱそれはちょっと厳しいかなー。

 先輩を信頼とか流石のわたしでも無理があった。

 信用貸しとか友達間の貸し借りと同じくらい信じられない。


「へー……小町の先輩、ねぇ」

「いや、なんでそこだけ抜き取ったし。まず大前提で俺の後輩だからね……?」

「はっ、あんたに後輩がいるわけないでしょうが。寝言は寝て言え。ふぁあ……母さんもう寝るから、あんたもさっさと寝なさい……」


 なんかかわいそうになってきた。

 あっれー?

 家族……だよね?

 本当に家族だよね?

 家族間の会話ってこんな冷めてるもんなの?


「いや、だから……こいつが寝ちゃってるから寝るに寝らんねぇんだよ。こんなとこで寝かしといたら風邪引くだろうが」


 あぁ、すいません……起きてます。

 起きるタイミング逃して固まってます。


「へ……? あんたそんな気遣いできたの?」

「……なんかさっきから酷くないですか? 俺、息子だよ……?」

「……?」

「いや、そこで黙るなよ……なんで考えてんだよ。息子だよ。……息子だよね?」


 しばしの沈黙。

 二人して考えないで……もうやめてあげてよ。

 先輩のライフはもうゼロだよ……。

 一緒に考えてる時点で先輩も大概だけど。


「まあ、仮にあんたが私の息子で、その子があんたの後輩? なら、あんたがベッドまで運んでやりなよ」

「は? 仮? ちょっと待て、仮って言った今?」


 言った。

 言いましたよ先輩。

 確実に。

 まあわたしが先輩の後輩って部分につけるのは分かりますが……ちょっと前半は酷じゃないですかね……。

 明日からは少し先輩に優しくしてあげよう……。


「うっさい、しつこい男は嫌われるよ。しっかし……あんたも後輩を家に連れ込むような歳かぁ……結構可愛いし、逃げられないようにしなよ」


 つ、連れ込むってそんな……。

 先輩にそんな度胸あるわけないじゃないですかー。

 小町ちゃんの命令じゃなきゃあり得ない状況ですよ。


「いや、そういうんじゃねぇから。可愛いっつったって凄えあざといしな、こいつ。……まあ、寝てる分にはいくらかマシだが」


 可愛いとか……可愛いとかっ!

 うぅ、顔赤くなってないかな……。

 先輩も寝てる分にはかっこいいですよ!

 目瞑ってるし。


「はぁ……バカだねぇ、あんた。女の子って生き物は好きなやつの前じゃ可愛くしちゃうもんだよ」


 ちょっ、ちょっ、お母さん!?

 なんか話がまずい方向に……。


「はっ、それはない。なぜなら俺に好かれる理由が一つもないからなぁっ! だいたいこいつ、大抵の男に可愛くしてるしな」


 なにそれ悲しい。

 そんな自慢気に言うことじゃないよ。

 それに先輩を好きになる理由いっぱいありますよ!

 えっと、ほら、アレとか、うん。


「確かに……」


 あ、納得しちゃうんだ……。

 ていうか心外だなぁ。

 誰にでも可愛くなんてしてないのに……最近は。

 先輩につきまとってるせいで付き合い悪いとか言われてるんですからね……。


「まあ、なんでもいいから、早く運んでやりな……おやすみ」

「おやすみ……」


 足音が遠ざかっていく。

 ど、どうしよう……起きるべき?

 いやでも、先輩に運んでもらえるチャンスとか絶対ない気がする。

 ここは……この状況に身を任せよう、かな。


 黙って狸寝入りをしていると、大きなため息とともに炬燵が捲れあがる感覚が伝わってくる。

 先輩が動き出した。


「おーい、一色ー? 一色さーん?」


 必死に呼びかけてくる声にも無反応を貫き、静かに呼吸を繰り返す。

 ようやく諦めたのか、先輩の手がわたしの肩に触れた。

 ビクリと肩を震わせてしまう。


「おぉっ……ビビった……」


 驚愕を示す声。

 やばいな……このままじゃ運んでもらえない。

 無反応無反応。

 力を抜いてリラックス。


 再び訪れる感触。

 先輩の腕がわたしの肩と膝に回され、浮遊感に襲われる。

 お、お姫様抱っこされてる……。


 やばいやばいやばいやばい。

 めっちゃやばい。

 なにがやばいって、いつも自分から絶対に触れてこない先輩がわたしの身体を抱えてるっていうこの状況と、心臓うるさ過ぎてバレてしまいそうなスリルがほんとやばい。


 緊張で身体を硬直させていると、するりとジャージが滑り落ちるのが分かった。

 ん……?

 んんっ!?

 チャック閉めてなかった……。


 重力に従って身体に張り付くティーシャツ。

 浮かび上がる身体のライン。

 そしてノーブラ。

 とどめとばかりに足を止める先輩。


 う、うわぁぁあっ!!

 超視線感じる。

 見られてる……見られてるよぉ……。

 人が寝てるのをいいことにじっくり見ないでください……。

 お嫁にいけない。


 軽い咳払いとともに再び動き出す先輩。

 がちゃりとドアを開ける音。

 そろーっと忍び足で入っていくことから、おそらく小町ちゃんの部屋だろう。

 そこで先輩は驚愕の一言を漏らす。


「……布団なんて敷いてねぇじゃねぇか……」


 えぇっ!?

 敷いてないのっ!?

 小町ちゃん!?

 ど、どうするんだろう……先輩。


 ゆっくりと方向転換していく。

 どうやら小町ちゃんの部屋は諦めたようだ。

 と、ということは……?


 再びドアを開ける音がする。

 先ほどとは違い、勝手知ったる様子でずけずけと入り込んでいく。

 先輩の部屋……なのかな。


 ふっと、降下する感覚にぎゅっと先輩のシャツを握りしめてしまう。

 間もなく柔らかいものが背中に当たる。

 ベッドに降ろされたのだろう。

 ……まだ離れたくない。

 自然と握りしめる力が強くなる。


 わたしが掴んでることに気づいてなかったのか、先輩はそのまま身体を起こそうとした。

 そうなれば当然、いきなり身体が引っ張られたように先輩はベッドに倒れこむ。


「うおっ」


 なにやってるんだろわたし……。

 せ、先輩が近い……。

 吐息が耳に当たる。

 こ、これは我慢出来ない。


「んっ……んん? せ、先輩……?」


 耳をくすぐる息に変な声が出てしまう。

 たった今起きましたー。

 なんですかこの状況ー。

 みたいな白々しい態度を取る。


 先輩の顔が離れた直後、くすぐったさで意識していなかった事柄に意識が向いた。


「ひゃっ……せ、せ、先輩っ! どこ触ってるんですかっ!」

「う、うわっ! 悪いっ!」


 ばっと先輩がベッドから転がり落ちると同時に、わたしの胸に乗せられていた手も離れた。


 うわー!

 うわー!

 まさかこんなことになるなんてっ!

 一色いろは一生の不覚っ!

 自分のせいだというのが分かってるために、責めるに責められない。


「うぅー……」

「い、いや、わざとじゃないっ! マジで!」


 必死に弁明する先輩。

 ま、まあ、先輩なら……。

 うあー……なに考えてるんだろ、バカだわたし。

 そのままだと土下座でもしそうな勢いだったので、ふぅーと落ち着かせるように息を吐き言葉をかける。


「せ、先輩にそんな度胸がないことくらいは分かってますよー……」

「そ、そうか……」


 ほっと胸を撫で下ろす。

 よかった。

 よかったけど、そんな簡単に引き下がられるというのもなんだか癪だった。

 熱を帯びた顔を鼻から下だけ布団で隠し、じーっと視線をやる。


「でも……責任、取ってくださいね」

「う、うん?」


 慌てふためく先輩。

 まあ、いじめるのはここら辺でいいか。

 あんまりやるとかわいそうだ。

 ついさっきお母さんにいじめられてた先輩をいじめるのは心が痛む。


「冗談です……」

「そ、そうか」

「けどっ! そこは即答しないとポイント低いですよっ!」


 ひひっと底意地の悪そうな笑みを見せる。

 苦笑する先輩。

 不意に額に手を乗せられた。

 ゆっくり撫でられる。

 先輩はわたしの方を向いておらず、あわあわと戸惑うわたしには気づいていないらしい。


「……ゆっくり休めよ」

「う……はい」


 な、なに……急に。

 どうしちゃったの……。

 しげしげと見つめていると、振り返った先輩と目が合う。

 慌てて手をどかす。


「あっ……」


 無意識に名残惜しむような声が零れる。


「わり……小町のときの癖が……」

「あぁ……」


 そういうことですか……。

 残念というかラッキーというか……なんだかなぁ。


「それじゃ……おやすみ」


 扉に向かって足を進めていく先輩。

 もうちょっと一緒にいたいです。

 なんて、そんなことを言えるはずもなく、願いを込めた視線をぶつける。

 しかし、その願いが届くことはない。


「おやすみなさい……です」


 出て行く先輩の背中にぼそりと言葉をぶつけて、毛布にくるまった。

 先輩の匂いがする。

 撫でられた額が温かい。

 まどろみを誘う暖かな空気に包まれ、わたしは再び意識を手放していった。


  ****


「ふぁ……眠い」


 窓から差し込む光に目を瞬かせる。

 ジャージに入れっぱなしだったせいか、布団の中に転がっていたケータイを開いて時刻を確認する。

 九時……か。


 もぞもぞとベッドから這い出て、ぐぅーっと伸びをする。

 なんかだるい……。

 これが日曜日の魔力……恐ろしい。


 明日からまた学校かぁー……憂鬱っ!

 なんだか変にテンションが上がってしまった。

 全く憂鬱そうじゃない。

 実際、先輩に会えるから最近楽しくてしょうがないんだけど。


 昨晩覚えされられた羞恥の念は霧散させ、きょろきょろと先輩の部屋を観察する。

 質素というか簡素というか……無味乾燥な部屋だった。

 先輩みたいだ。

 いや、先輩は割合面白いか。


 ひょいっとベッドの下を覗き込んでみる。

 男の子の部屋に来たらやってみたいことランキング、堂々一位っ!

 エロ本探し!


 先輩むっつりスケベだからなーという期待を裏切り、ベッドの下にあったのはほこりだけだった。

 つまんな。

 無味乾燥男め……。


 ちぃっと舌打ちして、部屋の中にあったパソコンに目をやる。

 変なとこでしっかりしてるからなぁ……どーせパスワードとかかけてるんだろうな。


 試すだけ無駄だ。

 あの先輩の設定しそうなパスワードなんて分かるわけない。

 ただでさえなに考えてるか分からないし。


 段々と目が冴えてきた。

 ふふーんと軽く鼻歌を歌いながらリビングへと向かう。

 リビングのドアを開くと、ふわっといい匂いが鼻を突く。

 誰かが料理をしているようだ。


 小町ちゃんかなー?

 と思ったが、小町ちゃんも先輩もソファでくつろいでいる。


「おはようございます、先輩」

「ん」


 素っ気ない返事に苦笑しつつ、小町ちゃんに顔を向ける。


「小町ちゃんもおはよー」

「いろはさん、おはよーですっ!」


 キラリと光る八重歯は元気一杯な感じが伝わってきて癒される。

 小町ちゃんマジ天使。


 しかし、一体誰が……。

 予想しながら足を進めると台所から顔を見せたのは知らない顔だった。


「あら、おはよう。よく寝れた?」


 顔は知らないけど、この声には覚えがある。

 先輩のお母さんだ。


「えっ、あ、はいっ。おかげさまで。え、と……一色いろはと言いますっ! 突然お邪魔してしまってすいません」


 ぺこりとお辞儀をして、はにかむ。

 まさかこんなタイミングでご対面するとは……。

 日曜日は寝てるって聞いてたんだけどなぁ……。

 ラスボスが勇者を待ちきれずに街まで襲ってくるみたいな理不尽さだった。

 レベルなんて上げさせねぇってか。


「あははっ、そんな畏まらなくていいんだよ? バカ息子がいつもお世話になってるし。これからもよろしくね」


 気さくな雰囲気だ。

 しかし、その目に深く刻まれた隈がわたしに追い打ちをかけてくる。

 あぁ……わたしが来たせいで気を遣わせてしまったんだろうか。

 悪いことしたなぁ……。


「いえっ、むしろわたしの方が先輩にはお世話になってると言いますか……」


 ちらっとソファにふんぞりかえる先輩の様子を窺うと、どうにも居心地の悪そうな顔をしていた。

 小町ちゃんはものっすごいにやけている。

 ちょっと!

 教えてくれてもいいじゃん!

 わたしにだって準備ってものが……まだ顔も洗ってないし。


「へー、あんたがお世話ねぇ……?」

「別になんもしてねぇよ……うぜぇ……。なんで起きてくんだよ、眠いなら寝とけよ」


 はぁーっと深いため息を吐き、頭を抱える。

 その言葉からして、やはりいつもは寝ているようだ。


「あ、すいません……気を遣ってもらったようで……」

「んー、いいのいいのー」


 ご機嫌で台所へと戻っていくが、セリフはまだ終わってなかったらしい。


「ばっかだねぇ、あんた。息子が女連れて来たのに寝てられるわけないでしょ? まあ、お父さんは堂々寝てるけど……起こしてこようか?」

「おい、その言い方やめろ。誤解しちゃうだろ。あと親父を起こすのも絶対やめろ。一色見たら、めちゃくちゃ責め立てられそうだろ……俺が」


 なにそれどういうことなの……。

 不思議に思い、視線で説明を求める。

 その視線に気づいたのか、先輩はぽりぽりと頭をかいて説明を始める。


「あー……、なんつーか、お前アレだろ? だから……親父が嫉妬すんだよ……」

「はい?」


 アレってなに……。

 アレじゃ伝わらないことだって一杯ありますよ。

 というか、大抵のことは伝わりませんよ。

 そんな先輩の言葉を代弁するように小町ちゃんが口を開く。


「ほんとお兄ちゃんは捻デレさんだなぁー。可愛いって素直に言えばいいのに」


 うりうりと先輩の脇をつつく。


「う……うぜぇ……」

「か、可愛いですか……?」


 なんだかもう一回聞いてみたくなって、つい聞き返してしまう。


「あー……まあ、一般的に見りゃ、か、可愛い方なんじゃねぇーの? 知らねぇけど……」

「うわっ、捻デレさんですねー」


 からかうようにそう告げると、先輩はまたも「うぜぇ……」と言葉を漏らす。

 先輩のうぜぇには照れが混じってるときがあると確信した瞬間だった。

 なんか、かわいい。

 先輩の口から可愛いを絞り出せたので、わたしはもう満腹です。


 洗面所に行って顔を洗い、戻ってくると既に朝食は用意されていた。

 もぐもぐと中々なお手前の食事に舌鼓を打つ。

 最中にお母さんがひっきりなしに先輩との関係について探ってきたので、少し参ってしまった。


「じゃ、聞きたいことも聞いたし、私は寝るわー。いろはちゃん、くつろいでってねー。なんならそこのバカ兄妹外に連れ出していいからー」


 背を向けたままひらひらと手を振り、寝室と思わしき部屋に消えていくお母さんを苦笑しつつ見送る。


 パタンとドアの閉まる音。

 しーんと静まり返るリビング。

 少しの間を置いて、三つの口からはぁーっとため息が漏れた。

 わたしを含めた、そのため息の主は顔を見合わせて各々の持つ表情で笑う。


「さって……わたしも帰りますか」


 一息吐き、つぶやく。

 またしても静まるリビング。

 なにごとだと二人の顔を見やると、なにか変なものでも見るような目を向けられていた。


「え……なに? なんですか?」


 不躾な視線に耐えきれず問う。


「い、いや、お前のことだからまた外に連れ出されるもんだと思ってたわ……」


 賛同するようにうんうんと頷く小町ちゃん。

 んー……、そうか、いつもならそうなのかわたし。

 今日に限ってはそういう気分でもないんだけど。


「あー、いや、昨日の今日で連れ出すのも申し訳ないかなー? みたいなですねー?」


 苦し紛れに吐いたセリフに先輩は眉を顰める。

 本当のことを言えと脅されている気分だ。

 きゃー、わたしのことなんてなんでもお見通しなんですねー。

 と、ふざける雰囲気でもない。


「なんか三千円置いてありますし、小町達も暗に出てけと言われてるみたいなんですよねー。折角ですから、いろはさんも一緒にどうです? ていうかいつも二千円なんで、多分千円はいろはさんのご飯代です」


 言われてみれば、確かにテーブルの上にポツンと三千円が放置されていた。

 それが暗に出てけということを示していると理解できるのは、この二人だけなんだろう。

 けれど、だからこそ、そのうちの一人である小町ちゃんが言うのならそういうことなんだろうと納得できた。


「あー……、でも、なんていうかー、昨日……」


 うまく繋がらない言葉を吐き出しながら、先輩に目を向ける。

 そこで先輩もようやく分かってくれたようだった。


「あー……、お前さ、気にしすぎなんじゃねぇの? らしくねぇ……って言うのはなんか違うか。別にらしくする必要もねぇけどさ、でも、そんな怖がることもねぇだろ……別に」


 そう、怖かったのだ。

 昨日の今日だ。

 そんなすぐに忘れられるはずもない。


 いくら普段通りに振舞っても、普段通りに接せられても。

 心のどこかで嫌われてしまう可能性を考慮してしまっていた。

 心を探る必要も、心配する必要もないと分かっているはずなのに。

 こればっかりは一朝一夕でどうにかなるものじゃない。


「小町も出掛けたがってるし……。つーか、俺の吐く台詞なんかに振り回されてもしょうがねぇだろ……なんなら俺、いつも帰るしか言わないぞ?」

「うわー。流石ごみいちゃん、最低だなー」


 小町ちゃんは若干引き気味に先輩を見る。

 ふぅ……この兄妹を見てると、それもそうだなぁと思えてきてしまった。

 折角誘ってもらってるのだ。

 くだらない心配事は他所に放ってついていこう。


「分かりました。遊びに行きましょうっ!」

「おう」

「やったー!」


 だけど、このまま行くわけにはいかない。


「じゃ、着替えてから適当なところで待ち合わせってことでいいですー?」


 顎に指先を当て、どこにしよっかなーと考えていると、目の前にずいっと紙袋が差し出された。


「いろはさん。これ、洗って乾かしときましたんでっ!」


 きゃぴっとウインクをする小町ちゃんから紙袋を受け取り、中を覗き込むとわたしの下着やら服やらが入っていた。

 ああ、緊張し過ぎて仕舞うの忘れてた……。


「あ、ありがとー! んー……でも同じ格好で出掛けるっていうのもなぁ……」


 うーっと唸り声をあげていると、先輩が口を開く。


「お前昨日、服とかも買ってただろ……それじゃダメなのか?」

「あっ! その手がありましたっ! 先輩ナイスですっ!」


 おお……これなら今すぐ出かけられる。

 よしよし。

 なんだか楽しくなってきた。


「じゃ、着替えてきますっ! あ、覗いちゃダメですよー?」


 頬を膨らまして顔前に人差し指を立てる。

 先輩は呆れたようにため息を吐いた。


「覗かねぇよ……早く着替えて来い」

「はーいっ!」


 るんるんっと脱衣所へ向かい、パパッと着替えて鏡を見る。

 化粧品は一応バッグに入っているため、それを使って軽いメイクを施す。

 ぱちくりと瞬き、にこーっと笑ってみる。


 映し出されるのはいつものわたしだ。

 びっくりするほどいつも通りだった。

 亜麻色のセミロングも、ぱっちりとした瞳も、先輩とのお出かけで浮かれているのも、仮面のような笑みも、どれもすべて常々のわたしだ。


 しかし、ずっといつも通りというわけにはいかない。

 先輩といればどこかで必ず仮面にひびが入り、ボロボロと本性が現れてしまう。

 それが悔しくもあるけれど、同時に嬉しい。


 なんなら、ここに仮面は置いていこう。

 もう、わたしには必要ない。


「おっけーでーすっ」


 リビングに入るやいなやぱちっとウインクする。

 先輩も小町ちゃんも着替え終わっていたので、三人で仲良く家を出た。


 昨日とは違い、今日はそこそこ暖かい。

 風も穏やかで過ごしやすい一日になりそうだ。


 きゃるるんっと飛び出る笑顔は本物だろうか。

 響く笑い声は作り物だろうか。

 きっと、誰しもそれらしさを探している。

 けれど、それはそうやすやすと見つかるものではなく、一生見つからない可能性も低くはない。

 あるいは、それは一定ではなく変容していくものなのかもしれない。


 わたしが先輩に願った先輩らしさとは。

 先輩がわたしに望んだわたしらしさとは。

 今もそれは分からないけれど、それを知る必要はなくなってしまった。


 らしさなんて押し付けはいらない。

 ただ、わたしを受け止めてくれればそれでいい。


 そんな声に気づくものは、やっぱり誰もいないのだけれど。

 今はそれでいい。

 先輩が知りたいと言ってくれたから。

 先輩が求めてくれたから。

 それなら、今は。


 ——それだけで、いい。






——次章——

第二章 あるいは、その姉妹だけは既に知っている。


後書き

 コメントありがとうございます。
 モチベ上がるので助かります。
 続きは第二章で。


このSSへの評価

93件評価されています


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2017-07-18 02:22:09

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2016-12-20 22:41:33

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