「(聞いたことの無いほどの爆音だったな。正直今の音が何なのか確かめてみたい気持ちが逸(はや)るが、この好奇心のせいで面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。それに加え、今の音が聞こえたのは建物とは逆の方向だ。下手に様子を窺いに行って、先ほどの死体と何か関係のある者が居たりしたら大変なことになる。今はいち早くここから立ち去ろう。)」

　そう思い、音がした方の反対側へと再び足を運び始めた。しばらく歩いていくと、先ほど見えていた建物に辿り着いた。横長の大層立派な真っ白い建物で、建物の門には『木更津鎮守府』と書かれていた。

「(木更津…となると千葉県だったのかここは)」

　これで問題が1つ…いや2つ解決された。

　「ここがどこなのか」ということ、「なぜ軍服の男が倒れていたのか」ということだ。

　ただ、後者に関してはやはり「何が原因で息絶えていたのか」という疑念は消えないままだ。

「(それは知らなくてもいいか。面倒ごとにわざわざ首を突っ込む必要はないからな。)」

　

　それはさておき、鎮守府というのならば軍事施設のはず。検問所や駐在所のような場所もあるのに誰もいないことに疑問を抱く。この状況は先ほどの轟音と何か関係があるのだろうか。それとも鎮守府というのはそんなに轟音が聞こえるような場所だったりするのだろうか。

「……とりあえず、誰かが来るまで待つとするか。」

　中に勝手に入るわけにもいかないので門番を待つことにした。軍服を着ているとはいえ"非軍人"だ。下手にウロウロするより事情を話してしまったほうが、たとえ話を信じてもらえなくともマシだ。

　

「(……ん？待て待て。とんでもないことを見逃していた。ここが鎮守府だというのならなぜその周辺に軍服の男が、ましてや死体のままで倒れていた?環境からして、おかしい……俺は今、かなり危ない場所にいるのではないか?)」

???「そこの御方、木更津鎮守府にどのようなご入り用でしょうか。」

　門の外側(鎮守府の外側)の壁にもたれ掛かって考え込んでいるとふと声をかけられる。青い袴が特徴的な、弓道着の女性がそこに立っていた。この場所でこんな格好をしているのにはかなり違和感を感じるが…

「いえ、こちらの鎮守府そのものには用はございません。ただ、門番の方を待っていたのです。ですのでお気になさらず。」

???「そうでしたか。申し遅れました、ご存知のこととは思いますが私は加賀と申します。そうはおっしゃいますがこのような場所でお待ちいただく訳にもございません。応接室までご案内致します。こちらです。」

「(ふむ、こう言ってくるということは彼女は門番ではないのか……俺の名は……いや、念のため名乗らないでおこう。……さて、どうしようか。あの死体を見てしまった手前、慎重に行動しなければ。だが、すぐ門番が戻って来るとも限らない。何より何かしら情報が欲しい。今現在持ち合わせている情報は不確かすぎるし、足りなさすぎる。ここは腹をくくるか…)お心遣い感謝いたします。では、お願いしてもよろしいでしょうか。」

加賀「…では、どうぞこちらへ。(何なのこの人、私に対してあまりにも腰が低すぎないかしら。自分がどんな立場かわかっていないのかしら。それに来客の予定ってあったかしら?)」ｻﾞｯｻﾞｯｻﾞｯ　ｶﾞﾁｬｯ

　そう言われて建物の入口まで案内される。加賀によってその玄関の扉が開かれると少女が二人歩いているのが目に入った。

「(?ここは鎮守府だ。なぜこんなところに小学生あたりの少女がいる?そもそも彼女が袴姿なのも疑問だ。しかも二人ともこちらを見るなり急に怯え始めたように見える。俺はそんなに怖い顔をしていたのだろうか。)」

　加賀は二人が怯えていることに気がついたのか、

加賀「…！こちらです。」

　と、早くついて来るように促してきた。怯えた理由はわからないが、

「≪二人の方を向き｟ｸﾙｯ｠≫　怖がらせてしまってすまなかったな。」

　と、二人に謝り、足早に去っていく加賀の後をついていった。

???二人「!!………」ｼﾞｰｰｰ

　しばらく加賀の後ろを歩いていくと「応接室」と書かれた場所に着いた。加賀が扉を開けて中へ入るよう促す。

加賀「こちらです。どうぞ中へ。」ｶﾞﾁｬｯ

「わざわざありがとうございます。」

　二人が部屋に入ると、加賀が何かを用意し始めた。

加賀「粗茶ですが、どうぞお召し上がりください。｟ｽｯ｠　では私は門番をすぐお連れできるよう門のところで待ちますので失礼いたします。」

「そうですか。何から何までご迷惑おかけして申し訳ございません。」

加賀「お気になさらないでください。では今しばらくお待ちくださいませ。」ｶﾞﾁｬｯ　ﾊﾟﾀﾝ　

　加賀はそう言うと退室していった。ちょうどいい、これからどうするかを一人で熟考する時間ができた。

　……さて、本当にこれからどうしようか…

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－

加賀「では失礼いたします。」ｶﾞﾁｬｯ　ﾊﾟﾀﾝ

　ある程度部屋から離れると考え込み始める。

加賀「(どこの鎮守府かはさておき、なんで司令官がこんなところに?あいつの知り合い?それとも新しい司令官?いや、あいつが死んでから1週間もしないうちに新しい司令官が送られてくるはずはないし、そもそもそうだとしたらバレてることになる......とりあえず、様子を窺ってみようかしら。)」

???「どうかしたのですか加賀さん?何か考え事ですか?」

　下を向いて考え込んでいるとふと前から声を掛けられる。

加賀「あっ赤城さん。いえ、さっき門のところに司令官が居たんです。階級章を見たところ少佐であるのは間違いないです。門番を待っていたと言っていたんですが、その言葉をいきなり鵜呑みにはできなくて……とりあえず応接室に案内したんです。」

赤城「提督が?うーん……大本営に発覚したとしたらあまりにも早すぎますし、新しい司令官が……ってそんな訳もありませんしね…」

加賀「はい、その通りなんです。さすがは赤城さんですね、話が早くて助かります。なので、とりあえずあの人のお望み通り、門番が戻るまで待っててもらいましょう。それから話を聞いても遅くはないでしょう。」

赤城「そうですね。ですが一応部屋の前で見張っていたほうがいいと思います。何か仕掛けてくるかもしれませんし、もう中で誰かと通信でもしていたら面倒です。ですので加賀さん、一緒に見張りませんか?」

加賀「すみません、私はすぐ長門を連れてきたいので門のところに行きます。合流したらすぐに向かいますので。」

赤城「わかりました。ここは私に任せて行ってきてください。」

加賀「では、よろしくお願いします。」

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－

「(ここまで色々とあったからな。まずは一服するとしよう。考えるのはそれからだ。)」

???「ふふ♪　ずっと見てきましたけど、あなたは随分と冷静な方なのですね。」

「!!」

　危うく驚いた拍子にむせるところだった。何せ座っているソファの横から ーもちろん部屋に入ってきたときには加賀以外には誰もいなかったし、誰かが入ってきていたわけでもないー 声がかけられたのだから。

???「あらあら、ごめんなさいね驚かせてしまって。大丈夫かしら?」

「…大丈夫だが、お前は一体誰だ。どこから現れた。」

???「私の名はリンエルと申します。天界から参りました。あなたを…監視する者です。どこからと言われましても…空間、から？ですかねね。」

　いつから居たのかもわからない彼女は、白い衣を纏っており白い羽まで生えている。個人的な見解ではあるが、恐らく世界トップレベルと言っても過言ではないほどの美貌だった。まさにありきたりな天の使いそのものの姿だった。

　それに、どこからと聞かれても空間から現れたと言わざるを得ないだろう。ワープ、みたいなものなのだろう。

「天界の監視者、か…大方、天界の誰かが俺を転生…いや、死んではいないから転移とでもいうべきか。そしてお前は転移者を監視するべくここに送られてきたという訳か?まぁ、そんなことはどうでもいい。一体何が目的だ。俺に何かをさせたくて無理やりこの世界に連れてきたんだろ?」

リンエル「……あの、本当に初めて転移したのですか?なぜこの状況で驚きの一つも見せないんですか……それに理解が早すぎて逆にこちらが困惑していますよ…」

「(驚かない訳がないだろう、ただいきなり過ぎて実感が湧かないだけなんだがな。)」

リンエル「……まったく、あなたのような人は初めてです……本来なら初めから困惑し　

「御託は良いからさっさと目的を言え。お前が急に出現したことも、お前が天の使いだということも、俺がお前らに転移させられたということも、お前に今後監視され続けるということも…また色々な情報が増えすぎて困惑どころか混乱してきているんだ。

　本来なら転移直後にお前が居てくれたら良かったんだが、何か事情があったんだろ？だとしてもまずは……あぁもういい。お前に当たっても仕方がないな。すまない、続けてくれ。」

リンエル「いえ、おっしゃる通りです。こちらがあまりにも不躾でした。本当に申し訳ございません…≪頭を下げる≫　これ以上何かをお伝えするのは忍びないのですが、大切なことですので単刀直入に申し上げます。

あなたにこの世界を変えてほしいのです。」

「"変えてほしい"、か。救ってほしいではなく、か……まぁいい、それよりもお前は俺を監視すると言ったな。俺が何かしらのヘマをしたら処分するということか?」

リンエル「……全くもってその通りです。そしてもう一つ、あなたには文字通り"何でもできる"能力が与えられています。あなたならもうこの時点でお分かりいただけたかもしれませんが、それはとても恐ろしいことです。ですから、ほんの少しの出来心で念じたり、あるいは少し力んだだけでは能力を発揮することはできないようにしてあります。そ・こ・で、これをあなたにお渡ししておきます。」

　そう言うと彼女は何もないところから指輪を取り出した。装飾も刻まれた文字もない、至ってシンプルなデザインである。

　

リンエル「まずはこれを嵌めてみてください。あ、呪具みたいな危ないものではないので安心してくださいね。」

　言われるがままにそれを左手の人差し指に嵌める。特に何も感じない。効果があるかどうか怪しいくらいだ。

リンエル「それは能力を発揮するための物です。しかもそれは本人でない限り、誰がどんな手段を行使して取り外そうとしても取り外せません。ただし能力を発揮するためには、指輪が付いている手の指で体のどこかを3回素早く叩いてください。それから強く念じてください。あくまで"強く"ですよ?そうすることでやっと能力が発揮されます。」

「……そうか、よくわかった。…とはいえ、能力を使うとなると少し面白みがないな。まぁいざという時に使わせてもらう。ところでだ、もし何かあった時はお前を呼びたいんだが、それは可能か?」

リンエル「えぇ、可能です。その場で私の名前をお呼びするだけで構いません。ですが、あなたに深く干渉することはできませんし、答えられない質問もあることを知っておいてください。また、この世界については私、いえ、”私たち”は一切干渉できません。まぁあなたを転移させた挙句、能力付与はしたのですけどね。　｟ｱﾊﾊ…≪苦笑い≫｠」

「そうか。…今更だが、この話声は部屋の外に聞こえているか?」

　

リンエル「もちろん心配ございません。私と居る時は時間の進みが元の時間よりもはるかに遅いので。つまりですね、私たち以外の者からすると私たちの動きが早すぎて全く目に追えないということです。」

「その"はるかに"とはどれくらいだ。」

リンエル「そのようなことをお聞きになってどうなさるのですか?」

「それは"答えられない質問"なのか?」

リンエル「いえ、そうではございませんが……元の時間のおよそ1/100,000,000{1億分の1}、つまり今は、元の世界も時間が進んでいますがそれは1億分の1秒ずつ進んでいるということです。」

　そう言われて時計を見やると秒針が最早止まって見えるほど極端にゆっくりと動いていた。試しに目の前の湯呑みを揺らしてみると、少し経ってから非常にゆっくりとお茶が揺れる。だが先ほどから何も影響を受けていないところを見ると、どうやら自分と彼女だけはこの時間軸に囚われないようだ。

「……わかった。…なら最後にもう一つ。お前はさっき"変えてほしい"と言ったな。つまりこの世界を、完全に自分のものにするということも可能だということだろ?だがやはりそれは、天界で言うところの"ヘマ"のうちに入るのか?」

リンエル「おっしゃる通りです。ただ、よほどの悪影響を世界に与えない限りは何をしても構いません。とはいえ、もし先ほどのようなことをされるのであれば、私がそうするだろうと判断した瞬間に即座に止めますし場合によっては消します。もちろん、その際は元の世界に還すことは致しません。そのまま地獄送りにさせていただきます。」

「(ほう、向こうから勝手に引きずり込んでおいて、望まない変革を世界に起こそうとすれば場合によっては消す、と。末恐ろしい連中だ、ますますこいつらの真意がわからなくなったな。とはいえ、聞いても答えてくれるとは思えないしな。)わかった。その時はひと思いにやってくれ。」

リンエル「……ほ、本当に肝が据わっていらっしゃるのですね…ここまで直球で言われると反応に困ります。普通の方なら少しくらいは物怖じするのですよ?」

「まるで俺が普通の人間ではないと言ってるように聞こえるな。だが、物怖じしたところでどうにもならないだろ。それに肝が据わっているんじゃない、自分でも驚くほど物事に鈍いだけだ。」

リンエル「そう…ですか。と、とりあえず、伝えておくべきことは全て伝えておきました。何かご質問などはありますか?」

「(やはり聞いておくか)そうだな…さっきは変えてほしいと言っていたが、要はお前らの意にそぐわないやり方で、この世界に何かしらの変革をもたらせばいい ーそれが例えハッピーエンドであろうとなかろうとー ってことか?あまりにも言葉足らずで抽象的な言い方だったから気になってな。」

リンエル「おっしゃる通りです。たしかに言葉足らずであるのは承知しております。ですが、私としてもこれ以上は権限がなくてお伝えしようにもお伝え出来ません。本当に申し訳ございません。」

「いや、俺もできないだろうとは思っていたが一応聞いておきたかっただけだ、気にするな。そうだな…とりあえず今のところはもうないな。」

リンエル「わかりました。……ところでふと気になったのですが、さっきまで"私"だったのになぜ今は"俺"なのですか?」

「その質問は俺に対する"深い干渉"とやらではないのか？」

リンエル「あっ……随分と意地悪な方ですね……｟ﾑｩ≪拗ねた顔≫｠」

「(意地悪も何もお前がさっき言っていたことだろう…こいつはどこか残念な部分があるな。)まぁ別に"私"、というのはつくっているだけだ。元より一人称は"俺"、だ。」

リンエル「そうなんですね。フフッ、あなたはなかなか面白い方です。≪微笑む≫」

「(拗ねたり微笑んだり忙しい奴だな。)褒め言葉として受け取っておく。だが助かった、お前のおかげで疑問がほとんど無くなったからな。」

リンエル「いえいえ。こちらもあなたのような方とお話しできて楽しかったですよ。でもその言い方だとまだ疑問があるみたいですが……」

「あぁ気にするな。たしかにまだあるが、その疑問は俺自身で解消できるから大丈夫だ。」

リンエル「そうですか。では、私はそろそろ失礼させていただきます。"伊方(いがた)"さん、応援していますよ。」

伊方「…今更驚くことでもないな。お前らには俺のすべてはお見通しなんだろう?」

リンエル「そうですね、な・ん・で・も　お見通しですよ?」

伊方「それはこの世界でも常に見られ続けているってことだよな?そう言われると急に生きにくくなったように感じるな。」

リンエル「ふふっ、大変ですね?」

伊方「他人事みたいに言うな、こっちの気も知らずに。とりあえず何かあれば呼ばせてもらう、その時はよろしく頼む。」

リンエル「えぇ、その時はお任せください。では失礼いたしますね。」

　そう言うと、彼女は光 ー雪のような、光の粒ー を纏いながらゆっくりと消えていった。同時に、先ほどまで聞こえていなかった秒針の音が再び聞こえ始める。

伊方「(さて、"何でもできる"、か…実感が湧かないが…試しにさっそく使わせてもらおう。)」

　左手の指で足を素早く3回叩き、強く念じた。すると瞬時に頭の中にありとあらゆる情報が入ってくるのを感じた。"この世界に存する全ての情報を取り込む"、と念じたのである。だが、これを行うとある弊害が生じる。"この世界"と"元の世界"とで、情報の相違が部分的ではあるが起きてしまうのである。

　ただ、幸いなことに脳が上手く処理してくれているおかげで混乱せずに済んでいる。どうやら自動的にこの世界の情報とそうでないものとで切り分けられているようだ。そして軍部の情報も、恐らく国家機密レベルの情報と思われるものまでもインプットされた。

伊方「(これは……まぁ便利ではあるが、本当に使い方を違えると大変なことになるな。やはり必要最低限の使い方にするか。それよりも…なるほど、先ほど会った者は"艦娘"と呼ばれている存在なのか。しかもこの服はあの時の予想通り海軍のものだ。それにこの世界では少佐以上の階級の者は司令官や提督として鎮守府に配属されているのか……この能力のおかげで一応は軍人としての知識や情報を持っているものの、経験としては訓練生未満なのは違いない。

　さてそれはそうと、どう彼女たちに言い訳しようか…いや、能力があるんだ、いっそのこと強行的に逃げてしまうのもアリ、か?………ダメだ、それだと後々面倒なことになるかもしれない。)」

　すんでのところで思いとどまる。

　"深海棲艦" 。今から13年前に突如として現れたこの存在が世界を恐怖に陥れ、ややもすれば奴らは人類をいとも簡単に滅亡させてしまう、そんな生命体。 つまり、"この世界を変える"という目的に、現時点では最も関わりの深い存在だと見ていい。

　また、"艦娘"という、この世界において奴らに対して有効な攻撃を与えることのできる唯一無二の存在。彼女たちも同様にして深海棲艦と同時期に出現した生命体。いわゆる人間側の味方である。

　そして"司令官"や"提督"という、ただの人間ではあるが文字通り艦娘に"いかなる"命令も下すことのできる存在。しかも彼らがいることで艦娘は真の力を発揮できるという。言い換えれば、艦娘にとって司令官や提督は、切っては切り離せない存在でもある。

　

伊方「(したがって合理的にいくと、これから司令官、ゆくゆくは提督として演じ続け、艦娘に命令を下して深海棲艦を完全排除か支配、あるいは奴らと同盟を締結するか妥結する。これらが一番の、"世界を変える"ことになるはずだ。少なくとも天界の奴らがいい意味で黙っていないような結果にはなるだろう。)」

　能力があれば、逃げることなど造作もないことだ。しかしそれを行うということは、天界の連中が望む世界の変革からは程遠い選択をするということになる。奴らの真意がわからない以上下手なことはしないに限る。

伊方「(そうと決まれば、まずは彼女たちのことが問題だな。何せ先ほどの情報の中に"面白い情報"が紛れていたからな。)」