2014-09-12 13:31:54 更新

20話


 正体を偽っていたアリスは、実は雪姫の従姉妹で。

そして、アリスが今暮らしているのは雪姫の家で。

計佑達にとっては驚きの連続で、そしてそれに流されるままに、今、白井家にお邪魔する事になっていた。


「すっすごいよ計佑……ドラマとかで出てくる家みたい……」

「バカ、狼狽えてんじゃねー……みっともねーだろっ」


 答える計佑もそわそわと落ち着かないのだが、精一杯強がってみせて。

 そして先を歩いている雪姫は、隣を歩いているアリスを叱っていた。


「もうっアリス!! 偽名なんか使ってまで、なんで天文部に入ったりしたの?」

「えー、それは~……」


 アリスがちらりとこちらを振り返って。雪姫に囁いた。


「……なっ!! なんでそんな余計なコトしようとするのっ!?」


 顔を赤くして手を振り上げる雪姫に、「ひゃーごめんなさーい」とアリスが逃げ出して。


「けっ計佑くん!? なんかアリスから私のコト聞いたり……した?」


 雪姫が赤い顔のまま、上目遣いで尋ねてきた。


「え、いえ別に……ついさっき、先輩がアリスの従姉妹って知ったばかりですから」


 計佑が答えると、雪姫はホッと溜息をついた。


「そ、そう……よかった……ホントにごめんね、まくらちゃん。アリスが色々迷惑かけちゃったんでしょう……?」

「いえいえっそんな!! ちょっと誤解あったみたいだけど、

それも解けたみたいだし……もうアリスちゃんとも仲良くなれましたから」


 謝ってくる雪姫に、まくらが慌てて手を振って。それから、計佑をちらりと確認する。

計佑は辺りをキョロキョロとしていて、その隙にまくらは雪姫にスッと近寄って耳打ちした。


「なんかアリスちゃん、私のコト計佑の恋人かなんかと思ってたみたいで……それで私のコト敵視してたらしくて」

「やっぱりそういうコトだったのね……本当にごめんなさい、まくらちゃん」


 小声でやり取りする二人を尻目に、計佑はソファーに寝転がったアリスのもとに歩み寄って、


「なあ、先輩とオマエしかこのウチにいないのか?  ご両親とか……」

「おじさんはいつも仕事で忙しいんだ。おばさんは、今日はパーティーっていってたぞ」


 その答えに愕然とする。


──パ、パーティー……!?  ウチのオフクロとか、全くそんなんに縁はねーぞ……!!


 主婦が参加するパーティーといえば、子供の誕生会しかないと思っていた少年には衝撃だった。

そんな計佑に、アリスがニヤニヤと畳み掛けてくる。


「どーだスゴイだろ、お姉ちゃんは。こんなお城みたいな家に住んでる本物のお嬢様なんだぞ?

オマエなんか、全然お姉ちゃんにつり合わないんだからなっ」

「……わかってるよ、んなことは」


 痛い所を付かれて、軽く俯いてしまう。

そんな計佑の様子に気付かないアリスは、ご機嫌で言葉を続けた。


「羨ましいか~? お風呂もトイレもすごい広いんだぞ~? あとあと、部屋もいっぱいあって、それからそれから~……」

「わかったわかった。わかったけど、世話になってるオマエが自慢するもんでもないな」


 それ以上聞きたくなくて、アリスの頭を乱暴に撫でた。

しかしアリスは珍しくその手を払いのけると、ガバっと起き上がってきた。


「うっうるさーいっ!! そうだっ思い出した!! オマエには文句も言ってやらなきゃいけなかったんだ!!」

「なんだよ文句って……」


 とりあえず白井家自慢は終わったようなので、気を取り直して耳を傾ける。


「なんだっ、オマエのお姉ちゃんへのプレゼントはっ?

壊れたストラップってなんだよっ、いくら庶民だからってアレはあんまりだろっ!!」

「……は? プレゼント? 壊れたストラップ?」


 雪姫にプレゼントを贈った覚えなどない。さっぱり心当たりがなかった。

疑問符で頭を埋めた計佑に、アリスはさらにキャンキャンと喚く。


「お姉ちゃんは、毎晩オマエの写真とそのストラップにおやすみを言って、

キスしてから寝るくらいオマエが好きなんだぞっ!? なのに『キャ~~~~~!?』


 途中で悲鳴が遮った。


「アリスっ!! いったい何話してるのっ!?」


 悲鳴に驚いて計佑が振り返ると、キッチンの方から雪姫が走ってくるところだった。

まくらの姿もキッチンにあった。二人でお茶の用意でもしてくれていたのだろう。

 けれどこの時の計佑は、もう頭に血が上っていてそういった事に気づく余裕もなかった。


「アリス!! あなたはまくらちゃんを連れて、お茶を部屋に運んでおきなさい!!」

「え~~~? まだけーすけに言い足りないことが……」

「早く!!」

「……は~い……」


 赤い顔の雪姫にピシャリと言われて、アリスがしぶしぶ歩き出す。


「……まくらちゃん!!  お客さんなのにごめんなさいっ。でも今は……お願い……」

「雪姫先輩、大丈夫ですよっ。わかってますから」


 いつの間にかまくらもリビングまで来ていた。

俯いた雪姫に、まくらが笑いかけて。アリスと連れ立って、階段を登っていった。


「…………」

「…………」


 残された少年少女はなかなか口を開けなかったが、やがて顔色も落ち着いてきた雪姫が沈黙を破った。


「……計佑くん。聞いちゃった……よね……?」

「……え、と……何を、ですかね?」


 計佑としても恥ずかしかったし、雪姫の方も蒸し返されたくないだろうと考えて、とぼけてみせた。

そんな計佑の答えに、雪姫がまた、カッと赤くなった。


─────────────────────────────────


 赤い顔をした計佑の顔を見れば、アリスが話した事を理解しているのは分かりきった事で。

そして知られたからには、恥ずかしくても何らかの反応は欲しかったのに。

なのにとぼけてみせる少年に、雪姫は全身を熱くした。


──……!! またとぼけて……!! また、恥ずかしいコトを私から言わせる気なの!?


 計佑なりの "何も聞かなかったことにしよう" という気遣いだったのだが、余裕のない雪姫は、島での一件──一向に理解してくれない少年のせいで、自分の気持ちを洗いざらい告白させられる羽目になった事──もあって、

またそのパターンなのかと、そんな風に誤解してしまった。


──……そう……いいわよ、計佑くんがその気なら……!!


 あの時と同じ展開に持ち込んでやる。

死なばもろとも、こちらから攻めて攻めて、また計佑を悶死させてやる……!!

そんな決意をもって口を開いた。


─────────────────────────────────


「……私がね、毎晩計佑くんの写真とストラップにキスして、おやすみを言ってから寝てるって話だよ」

「え゛!?」


 まさか蒸し返してくるなどとは微塵も予想していなかった少年が、思いっきり怯んだ。


──ええ!? なっなんで先輩わざわざ繰り返すんだ? 忘れて欲しい話じゃないのかそういうのっ!?


 雪姫が赤い顔ながらも、ひきつった笑みを浮かべる。

計佑にはその意図がさっぱり理解できない。そして、ずいっと雪姫が一歩詰めてきた。


「……私ね、計佑くんに『好き』って言ってからじゃないと寝付けないの……」


 熱い瞳で見上げられて、計佑の心臓は一気に鼓動を強める。

逃げるように半歩下がり、けれど雪姫は更に一歩詰めてきて。より近くなってしまう二人の距離。


「とっ、ところでプレゼントって何の話ですかね!? オレ、そんなんあげたことないと思うんですけど!!」


 頭が沸騰する前に話を変えようと、とっさに疑問を投げかけた。


「……っ、それは……」


 雪姫が一瞬怯んだ。計佑はそれにホッとするが、……甘かった。


「計佑くんの命を助けてくれた、あのクマのストラップだよ……壊れちゃった……」

「……え? あ、あの時の……?」


 雪姫が男二人に攫われて、あわや……だった一件。

あの時、刺された計佑を救ったのはクマのストラップだった。


「え、でも……あれは先輩が買ったヤツで……なんでそれがプレゼントって事に?」

「……あのクマちゃんの代金、いいって言ったけど計佑くん弁償してくれたじゃない?

……つまり、あれは計佑くんからのプレゼントって言えるじゃない……」


 俯いた雪姫がそんなことを言う。

同じ物が買えなかったので、確かに代金で弁償という形になっていた。

(ちなみに雪姫からは、お返しにと、やはりクマちゃんストラップ(実は貴重な限定品)を送られていた。

流石に計佑が使えるような品ではなかったけれど、それは大事にとってある)


「……あのクマちゃんは、計佑くんからの初めてのプレゼントで、

計佑くんの命を守ってくれた特別なコなんだもん……

だから、計佑くんの写真と一緒に、大事にしてるんだよ……?」


 さらに雪姫が距離を詰めてきて。もう殆ど触れ合わんばかりになった。顔を上げた雪姫は真っ赤で、瞳も潤んでいた。

……けれど今度は、計佑も下がらなかった。


──先輩……壊れたおもちゃなのに、そんな風に思ってくれてまで……!!


 計佑の胸に、熱い感動が満ちていた。

 雪姫と自分なんかでは、到底つり合いなんてとれていない、

やはり雪姫が自分を好きだなんて不自然な事なんだ……そんな思いが常にあった。

だから、雪姫から自分への『好き』という気持ち自体は疑わないまでも、想いの強さまでは信じきれていない部分があった。

けれど今の話で、雪姫がどれほど自分の事を好きでいてくれたのか……漸く理解できた気がした。


 雪姫への愛しさが溢れてきて──この瞬間の少年からは、少女への遠慮が消えた。

少年の腕がすっと持ち上って……


─────────────────────────────────


──……え……?


 最初、雪姫には状況がわからなかった。

 自分に気圧されて、耳まで赤くしていた筈の少年が、急に余裕をとりもどしたように見えた。

そしてすぐに計佑の両腕が持ち上がると、そのまま雪姫の両肩に乗せられてきた。


──……へ……?


 間抜けな疑問符が浮かんだ。

ぽかんとする雪姫に、計佑が口を開く。


「先輩。今度、もっとちゃんとしたプレゼント送ります。

壊れたおもちゃしかあげられないほど、情けない男ではいたくないから」


 計佑が笑顔を見せた。

初めては雨の日の入学式で、それからは自分が弱ってる時にしか見せてくれない、自然体の笑顔。

でもそれを、何故か今、計佑が雪姫へと向けていた。


──ううん、なんだか今までより、もっと優しい顔をしてる気がする……


 そう思った瞬間、バクン!! と心臓が大きく高鳴った。

そして、少年が今、非常時でもないのに自分に触れてきていることに気付いた。そんな事は初めての筈で、


──けっ、計佑くんが……自分から私に……!?  なっなんで!?  別に今、特別なコトとかないよね!?


 自分の話で、てっきりいつものように真っ赤になって、慌てふためいてくれるだろうとばかり思っていたのに。

まさかの事態に理解が追いつかない間に、また計佑の右手が動いた。

今度は雪姫の頭の上に乗ってきて。そのまま撫でられる。

 まくらの頭に手が伸びるのは、よく見かけた。

でもそれが今は自分に……それも、まくらにするよりずっと優しい手つきで、だ。

──そう理解した瞬間、ボン!!  と頭が沸騰した。

きっと目をぐるぐるさせているだろう自分を見下ろす計佑が、ふふっと微笑い、目を細めた。

……それで、もう限界を超えてしまった。


──……もう、ダメ……


 へにゃ、と膝から力が抜けた。

まともに立っていられずに計佑に寄りかかると、顔が計佑の胸板をずりずりと滑り落ちていく。


「──えっ!? せっ先輩どうしました!? しっかりして!!」


 計佑の慌てた声が聞こえるが、もう返事をする力もなかった。


──……か、返り討ち……?


 飽和した意識の中で、そんな単語が浮かんだ。


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「あの、ホントに大丈夫ですか先輩? まだ、すごい顔赤いですよ……?」

「いっいいのっ!! 大丈夫だからっ、今はちょっとそっとしといて……!!」


 やがてどうにか復活した雪姫だったが、まだ心臓は激しく働き続けていた。

 計佑が心配して身体を支えてくれようとするが、今計佑に触れられたらまたさっきの状態に逆戻りしそうで。

なんとか距離をとる。


「ほらっ、いい加減部屋に行こ!! まくらちゃん達も待ちくたびれてるよっ!?」


 そう誤魔化して、雪姫は足早に階段へと向かうのだった。


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 計佑達が雪姫の部屋に着くと、アリスが早速雪姫へと駆け寄った。


「おねえちゃ~ん、遅いよー!!  何してたのー?」

「なっ何もしてないわよっ!? ちょっと話が長引いちゃっただけっ!!」


 まとわりつくアリスに、雪姫が裏返った声を上げていた。

それを他所に、計佑は雪姫の部屋を眺め回してしまう。


──ひゃ~……さすが、すごいキレイな部屋だな~……


 基本的にはとてもシックなのだけれど、

ダブルサイズのベッド上には、大小のクマのぬいぐるみがたくさんあった。


──……なるほど……やっぱ先輩はクマが大好き、と……


 頭にメモして。今度雪姫に送るプレゼントは、やはりクマ関係だなと胸中で決める。


「雪姫先輩っ!! これ、こないだの旅行の時の写真ですよね? アルバムの整理してたんですか?」


 床に座っていたまくらが、やはり床に置かれたアルバムと、そばにあった写真を指さして雪姫に尋ねた。


「あっ、うん!!  データだけじゃなくて、やっぱりちゃんとプリントしたのもとっておきたくてね」


 答えながら、雪姫もアルバムの前──まくらの隣──に腰を下ろした。


「きゃー、見たい見たい!! ずっと我慢してたんですよっ、早く見せてくださいよ雪姫先輩!!」

「わ!! ちょっちょっと待って!? まだ開けないでねっ」


 はしゃいだ声を上げるまくらに、雪姫が慌ててアルバムを胸に抱え込んだ。

そして、チラリと計佑を見上げてくる。


──あ……これは、オレがいるとまずいんじゃないかな……


 男の自分には見られたくなかったりする物もあるかもしれない。

かといって、あからさまに後ろを向いているというのもどうなのだろうか?

 困って立ち尽くしてしまっていると、アリスが声をかけてきた。


「おい、なにしてんだよけーすけ。一緒に見るんだろ? オマエも早く座れよ」

「え……っと」


 アリスは無邪気に誘ってくれたが、肝心の雪姫からの許可が出ていない。

雪姫に視線を戻すと、目が合った。雪姫が慌てて目をそらす。


「……うっ、うん……そうだね、計佑くんも一緒に見ようよ……」

「あ、いいんですか……? ……はい、じゃあ……」


 なんだかさっきから雪姫の様子がちょっとおかしいと感じたが、言われた通り、素直に雪姫の向かいに正座で座った。


「こらけーすけ。正座なんかやめろ。あぐらにしろよ」


 すると、まだ立ったままのありすがそんなことを言ってくる。


「なんだ? なんでそんなコト命令されなきゃいけないんだよ」

「ふん、おねえちゃんの前だからっていいカッコすんなよ。

後で足がしびれた~とか言って、かえってみっともないコトになるんだから、最初から崩しとけよ」


──ぐっ、アリスのやつ……!!


 見ぬかれてしまった悔しさと恥ずかしさで顔に血が上りかけたが、

もうバレバレになってしまったまくらにはともかく、アリスにまでからかわれるザマにはなりたくなかった。

平静を装って、


「……先輩、じゃあすみませんけど失礼して……」


 一言詫びを入れてから、足を崩した。


「全く、最初からそうしてればいいんだ」


 言いながらアリスが、計佑が開いた足の間に腰を下ろした。


「「「……え?」」」


 アリス以外の3人の声がシンクロした。


「ア、アリスちゃん……?  何してるの?」

「んー? けーすけを椅子代わりにしてやるんだ。生意気なけーすけに対する罰だなっ」


 まくらの疑問に、無邪気に答えるアリス。次は、雪姫からの疑問が飛んだ。


「ア、アリス……?  いつもなら私にくっついてくるトコロじゃない……? なんで計佑くんの方に……?」

「んー?  だってお姉ちゃん、アルバムめくるんでしょう?

見られたくないのもあるだろうし、今日はこっちのがいいかなーって」


 ポンポンと身体を跳ねさせながらアリスが答えた。そして最後の一人は──


「……ま、いっか。さっきも似たような格好で過ごしたもんな」


 そう呟いて、あっさり納得した。


「さ、さっきも……?」


 その計佑の呟きに、雪姫が頬をヒクつかせた。


「ゆっ雪姫先輩!! 夕方、ちょっとアリスちゃんが泣いちゃって。それで計佑が慰めてたんですよ!!」

「なっ何言ってんだ!? アタシは泣いてなんかいなかったぞっ」


 まくらが何やら焦って弁解して、アリスはそのまくらの言葉に噛み付いて。

そして計佑は、雪姫に対して頭を下げた。


「すいません、先輩。オレがちょっとカッとなってアリスを叩いちゃったんです」

「なっなに言ってんだよ!! あんなのタダのデコピンだったじゃないかっ。

……それにあれはアタシが悪かったんだ。けーすけが謝ったりしないでくれよ……」


 そんなアリスたちに、雪姫はおおよその事情を理解したようだった。


「……うん、なんとなく事情はわかったよ。

三人がちゃんと納得出来てるのなら、私から言うことは特にないんだけど……」


『ないんだけど』と言いつつも、計佑とアリスの顔を何度も見比べる雪姫。

けれど、やがて諦めたようにため息をついた。


「……まあいっか……じゃあこれは私のタイミングで開けます!! めくるのも私です!! いいですねっ?」

「「はーい!!」」


 まくらとアリスが元気よく返事をして、それに対して、早くも計佑は少女たちのテンションに引き始めていた。


──や、やっぱオレ、場違いじゃねーかなぁ……?


 雪姫の写真には大いに関心はあるけれど、このシチュエーションはやはり落ち着かない。

といっても、アリスにのしかかれてしまっていては場所を移る訳にもいかない。

まあ移動できるとしても、一人でどこに行くのかという話ではあるのだが……


「キャーッ!! カワイ~~!!!!」

「待ってまって待って!! そっから先はダメーっ!!!!」


 雪姫の注意などキレイに忘れ去ったらしいまくらがページをめくろうとして、雪姫が慌ててそれを阻止して。

そのきゃいきゃとした空気にはやはり居心地が悪かったけれど、計佑も雪姫の写真には見入っていた。


「おい、けーすけ。私ってイトコの中じゃ一番お姉ちゃんに顔が似てるって言われるんだ。

いつか私もお姉ちゃんみたいに美人になるんだぞ?」


 アリスが頭を後ろに倒して、計佑を見上げてきた。


「……んー?  お前が先輩みたいに……?」


 確かに昔の雪姫と、アリスの顔は良く似ていた。

けれど中2になっても小さいままのアリスが、雪姫のように成長していく姿は今一つ想像できなかった。

 アリスの前髪をめくりあげて、額をさらけ出してやる。


「いや、お前はこのままでもいいんじゃないか? せっかく今カワイイんだからさ」

「「なっ!!?」」

「え?」


 アリスだけではなく、もう一人からも驚きの声が聞こえて。その相手──雪姫へと目を向けた。

雪姫は、目を真ん丸に見開いて、口をパクパクとさせている。


──あれ、どうしたんだろ先輩……やっぱりさっき倒れそうになってから、様子がおかしいよな……


……ちょっとは進歩した部分もあったが、鈍感さは未だ足踏み状態の少年だった。


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 自分の写真を見て、いつもとなんだか違う今日の計佑だったら何を言ってくれるんだろうか──

そんな淡い期待を抱いて、ついさっきまでふわふわ状態だった雪姫だが、今はもうすっかり冷めてしまっていた。

──そう、嬉し恥ずかしの状態でいられる訳がなかった。この光景を前にしては……


「けーすけっ、お前はやっぱり、たらしだっ!!」

「おーおー、赤い顔して何つっぱってんだ~? 子供は子供らしく、褒められたら素直に喜んどけよ」


 赤い顔でキャンキャン吠える少女のおでこを、少年が撫でさすっている。

……見た目上は微笑ましい、と言えなくもないけれど、

格好とやっている事はバカップルのそれと大差ないとも言えるものだった。

 雪姫の頬が震える。そんな雪姫に、まくらが慌てて耳打ちしてきた。


「ゆっ雪姫先輩っ。計佑は完全に子供としか思ってないんです!! でなきゃ、計佑にあんなマネは出来ません!!」


──わ、わかってるけどっ……!!


 わかっていても、納得出来ない事もある。

どんなに幼く見えても、アリスは中二。計佑と2つしか違わないのに。


──私と計佑くんとの違いと一緒じゃない……!!


 気づいてしまうと、ますます焦燥が強くなった。

そんな雪姫を尻目に、計佑とアリスのいちゃつきは続く。


「結構強く弾いちゃたもんな……跡残ったりしないよな?」

「するワケないだろっ。アタシの体はそんなにヤワじゃないぞっ!!」

「こんなにちっこくて柔らかい体しといて、強がっても滑稽だぞ?」

「うっうるさーい!! お腹をさわるなっ。そういうお前はっ……あれ? 意外と固い」

「こっこらよせ!! 脇はやめろ……!!」


 ギリギリという音が聞こえてくる。……自分の歯ぎしりの音だった。慌てて止める。


「ゆっ雪姫先輩!! 私、次のページが見たいな~?  ほらっ、計佑たちもちゃんと見せてもらおーよ」


 そんな雪姫を見かねたらしいまくらが促してきて。はっとする。


──そっそうよ、落ち着いて……冷静に考えればあの程度のコト、どうってことないわっ。

  私だって、昔はお父さんやおじさんに、あんな感じでだっこされてたコトあったじゃない……!!


 そう言い聞かせて、深呼吸をして。アルバムめくりを再開した。

けれど、アリス達の会話はまだまだ止まらない。


「おいっけーすけ!! 今はお姉ちゃんの写真を見る時だろっ。私の髪をいじるのはやめろっ」

「あ、悪い……どうしてもついな。お前の髪に指通すと気持ちよくて……やっぱお前の髪キレーだよな」


──~~~~~っっっ!!!!


『バンっ!!』

 雪姫が、乱暴にアルバムを閉じた。

その音で、計佑とアリスが、ビクリと雪姫を見やってくる。まくらは、ハラハラとした表情だ。

 雪姫がジロリと少年を睨みつけると、計佑は更に怯んだ。


──……なんなのその差は~~~っっっ!!!!


 ついさっき、ようやく計佑から、ちゃんと触れてきてくれた。

頭を撫でられて、嬉しさで立っていられないくらいだった。


──やっと私はそこまできたのに!! なんでアリスにはそんなトコまでいっちゃってるのっ!?


 ついさっき仲良くなったばかりの筈だ。

なのに、ささやかな進歩に浮ついていた自分をあざ笑うかのようないちゃつきぶりで。


──私はやっと撫でてもらうトコまで来たばかりなのに!! アリスには髪梳いて!!! 褒め倒してっ!!!!


 そんな睦み合いを披露されて、もう限界だった。


「……んっんんっ!!」


 わざとらしく空咳をついて、まとめていた髪をほどいて。

これ見よがしに指を通すと、ファサッと払って見せた。

TVCMの時に、その手の指導なら受けている。仕草の美しさなら一応自信があった。


「ゆ、雪姫先輩……」


 まくらの視線が痛い。まくらには意図を見ぬかれてしまってるだろう。

恥ずかしさはあったが、今はそれよりも大事な事があった。計佑に視線を戻す。


「……???」


 少年は、不思議そうな顔をするだけだった。


──っっっ……!!! 計佑くんのバカ~~~~っっ!!!!


 恥を忍んでやったのに、完全スルーされてしまった。顔に血が上る。


「バカけーすけっ!! お姉ちゃんも褒めてもらいたいんだよっ!!」


──っっっ!!?? やっやめて!!! もう許してよ~~~っっっ!!!


 よりにもよって、対抗しようとした相手に見ぬかれて、それどころか解説までされて。いよいよ耳まで熱くなった。

……もう恥ずかしさのあまり、逃げ出したい気持ちで一杯になった。


─────────────────────────────────


「──お姉ちゃんも褒めてもらいたいんだよっ!!」


 アリスから計佑への叱責に、雪姫の頭がガクンと沈んだ。

そして耳まで赤くして、全身をプルプルとさせ始める。


──……えっ!? まっマジでそういうコトなの!?


 アリスの言葉だけなら、朴念仁の少年は多分納得しなかっただろう。

けれど、無言で恥じらう雪姫の姿まで見せつけられて、流石に理解せざるを得なかった。


──ええ!? いっいやでも……っ。


 そう、この少年にそんな事は無理だった。

天然状態でならともかく、意図的に憧れの先輩を賛美する事など。


──だっ第一、まくらだっているのに……っ!!


 家族の前で、そういう事をするのにも強い抵抗があった。

下手に褒めたところで、どうせまたまくらにからかいのネタにされてしまう。そう考えてしまった。

……だから、結局ヘタレ少年は誤魔化す方向へと逃げ出した。


「せっ先輩!!  この部屋随分クマが多いですよね? やっぱクマが好きなんですか?

今度のプレゼントは、もっと大きいクマのぬいぐるみとかどうですかっ?」


 矢継ぎ早に質問を飛ばすと、雪姫が涙の滲んだ顔を上げた。


「……プレゼント……」


 雪姫の呟き。しかし大きく反応したのは、まくらの方だった。


「えっなになに?  計佑、雪姫先輩にプレゼントなんてあげるのっ?

うわー、ついに計佑も目覚めたのねっ? 女の子にプレゼントなんて『初めて』じゃないのっ!?」


 ちらちらと雪姫に目配せしながら、『初めて』の部分にアクセントを強調するまくら。

けれどそれに、計佑は大いに慌てた。


「なっ何いってんだよ!? お前にだって誕生日とかにやってきたろっ」

「バッカ、家族と異性は全然別でしょ!?

うーんそっかそっかー、計佑から『初めての』女のコへのプレゼントね~」


 まくらのセリフは、またしても "初めて" の部分が強かった。


──くっ……こっ、こいつまた……!!


 まくらが必死に雪姫へのフォローをしてくれているというのに、少年は全く理解していなかった。

……どころか、恩知らずな事に腹をたてていた。


──変なコト言うんじゃねーよっ……意識しちゃうだろーがっ!!


 まくらに指摘されたせいで、気づいてしまった。

 壊れたおもちゃがプレゼントなんて申し訳ない……そんな気持ちから言い出した事だったのに、

何か随分と特別な意味を持ってしまいそうな行為だと気付かされてしまった。


──まくらのやつっ……またオレを弄ろうってんだな。よりにもよって先輩の前でっ……!!


 雪姫がいない所でならともかく、こんな時にからかわれてしまったと勘違いした少年は、そんな風に腹を立ててしまったのだった。


「計佑くん……」


 まだ瞳をうるませたままだった雪姫が、うっとりとこちらを見つめてくる。

今度は計佑の方が、恥ずかしさで爆発しそうになる番だった。


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──『初めて』……私が計佑くんから貰える『初めて』のプレゼントは、計佑くんが『初めて』女のコへあげるプレゼント……


 自分にとっての "初めて" と、計佑にとっての "初めて" が噛みあう。

その『初めて』という単語は、恋する乙女にとって格別に甘美な響きだった。


──私だけが……計佑くんからのプレゼントを貰える女の子……!!


 その事実は、少女の独占欲を十二分に満たした。


──そうだよ……私だって計佑くんの特別なんだもん……!!


 アリスのように気安くは接してもらえないかもしれない。

でも、自分には自分だけの "特別" がある。そう思うと、雪姫の心は一気に軽くなった。


──ありがとう、まくらちゃん……!!


 まくらの気遣いにも感謝して。目礼する。まくらが微笑み返してくれた。

そんな風に、ふわついた気分の雪姫の耳に──


「そっ、そうだ!! アリス、お前にもなんか買ってやるよ!!」


──ビシリ。

飛び込んできた計佑の声で、雪姫の表情と心にヒビが入った。


「ほっホントか!?  何でもいいのかっ? でもなんで?」

「いや、高いもんはムリだぞ?  まあホラ、デコピンしたお詫びとか、

先輩だけにプレゼントってのも『特別』扱いで変じゃん? イトコのお前にも一緒に、ってとこだよ」


 たった今与えられたばかりの拠り所なのに、一瞬でぶち壊されて。

雪姫の心はガラガラと崩れていった。


──視界の端で、まくらが頭を抱えていた……


─────────────────────────────────


「……まくらちゃん……これ、もう任せる……まくらちゃんの判断でめくって……」

 

 ガックリと項垂れたままの雪姫が、まくらにアルバムを押し付けた。


──せ、先輩……一体どうしたんだ……?


 消沈してしまった雪姫の姿に、自分のせいなどとは夢にも思わない、恐ろしい程罪作りな少年が戸惑う。


「……ゆ、雪姫先輩……あっ、ねえ計佑、先輩も疲れちゃったみたいだし、もうお暇しよっか?」

「あっ、そっそうだな。もういい時間だし……」


 痛ましげに雪姫を見つめていたまくらが計佑を促し、計佑もそれに答えた。

アリスの体をどかして、立ち上がる。……雪姫は項垂れたまま動かない。


「あっ、雪姫先輩!!  見送りとかいいですからね!! お疲れみたいだし、私たちはこれで……」

「……うん、ごめんなさい……」


 まくらの言葉に、俯いたままの雪姫がぼそりと答えて、

アリスが「じゃーアタシが見送ってやるよっ」と立ち上がった。

そして計佑が体を翻そうとした瞬間──


「んー、なかなかいいカンジだけど、もうひと押しホしいなー」


 そんな声が、すぐ傍から聞こえた。


「えっ、誰っ!?」


 いち早くまくらが叫んで。しかし驚いたのは計佑も同様だった。


「おっお前も聞こえたのかっ!?」

「うっうん、何今の声……なんだか随分ちっちゃい女の子みたいな……!?」


 計佑たちが驚くのも当然だった。その声は、ここにいる誰のものでもない、

アリスの声よりももっと幼い感じの、舌っ足らずな声だった。


「……なんだ? オマエラ、一体何の話してるんだ?」


 アリスはきょとんとしていて、雪姫も特に反応を示していない。

戸惑っていると、ようやく雪姫がゆっくりと顔を上げてきた。


「……何……?  どうしたの一体……?」

「あっ、いえ何でもありません。なんかちょっと空耳が聞こえただけで……」


 未だ元気のない雪姫に余計な気を使わせたくなかったので、計佑がそんな風に誤魔化した。

瞬間、ドン!! と背中に衝撃を受けた。


──なっ!?


 慌ててバランスをとろうと足を踏み出──そうとして、叶わなかった。

足が何故か動かない。雪姫のほうに倒れていく体。せめて両手を使おうと──して、それも出来なかった。


──どっどうなって──!?


……訳がわからない内に、計佑の顔は。

……雪姫の胸へと、飛び込んでいた。


──!!!!??!!


 慌ててどこうと考えるも、相変わらず手足が動かない。

 雪姫の服は胸元が開いていて、

そこに正面から飛び込んでしまった計佑は、見事に胸の谷間に顔を埋めてしまっている形になった。


──やべぇえええええ!!?


 慌ててもがこうとする。顔などはまだ動かせた。……けどその結果は、


「んっ……計佑、くん……?」


 雪姫の胸に、鼻や唇をこすりつけただけ。


……いつぞやのように、鼻血を吹いて気絶するのは目前だった。


─────────────────────────────────


──あ、あった!!  まだ私だけの "特別" !!


 計佑が自分の胸に飛び込んできて、目をまんまるにしてフガフガと赤い顔で見上げてくる様を見て。

雪姫は、まだ自分に武器がある事を思い出した。


──旅行で水着姿になった時の、計佑の視線。

計佑は、大きな胸が好きなハズ!! これはアリスにはない!!


 どん底状態だったところに差し込んだ光に、もはや何も考えずに手を伸ばした。

少年の後頭部に手を回す。そして、きゅっ……と、計佑の頭を抱え込んだ。


「──!!???!!!!?」


 計佑が声にならない悲鳴を上げて、


「ゆっ雪姫先輩っ!!??」


 まくらが大きな声で呼びかけてきた。けれど、雪姫は気にもとめない。

今、この少女の意識にあるのは、いよいよ耳まで赤く染めてこちらを見上げてくる少年の事だけだ。


──……うふふっ……!!  そう、この顔だよ……私でいっぱいになっている時の、計佑くんだぁ……


 計佑が顔をよじって逃げたそうにしたが、そんな事は絶対に許してやらない。

さらに力を込めて、計佑の顔をより深く谷間へと誘い込む。

もう少年の顔は、目から上しか見えない。それでも、爆発しそうな顔色になっていることがわかった。

少年は息が苦しいのか、強く鼻息を吹き出してきた。


「ゃんっ……だめぇ、くすぐったいよ計佑くぅん……」

 

 陶然とした笑みを浮かべて、少年の頭を優しく撫でてみせる少女。

類まれな美貌の少女が浮かべるその笑みは、格別な妖艶さを醸し出していた。


 そして、息が限界を迎えたのか、それともそんな笑みにトドメをさされたのか……とうとう少年が白目を剥いた。


「雪姫先輩ってば!! アリスちゃんだって見てるんですよっ!?」


 そう言いながら、まくらが計佑を雪姫から引き剥がして。それで、やっと雪姫が正気に戻った。


「……あ、あれ……私……?」

「お、おねえ、ちゃ、ん……?」


 アリスが、ガクガクと体を震わせて、涙目になっていた。


「雪姫先輩っ……!!」


 まくらは、気絶した計佑を羽交い絞めにしたまま、やはり涙をにじませて自分を睨みつけてきている。

……アリスやまくらにそんな顔を向けられたのは初めてで。雪姫は漸く、今の自分がやらかした事を理解した。


「──いやあああああああ!!??」


 そして雪姫の悲鳴が、白井家に響き渡った──


─────────────────────────────────


──その後、今回は何故かすぐに目を覚ます事が出来た計佑は、

真っ赤な顔でずっと俯いたままの雪姫に対して、何度も頭を下げた。

そしてまくらが、


「先輩は本当に優しいよねっ、計佑が貧血起こしちゃったと思って落ち着くまで抱きかかえてくれたんだよ?

計佑もっ、貧血だったんだから仕方なかったんだよ。

あんまり頭下げてばっかだと、かえってわざとだったっぽく見えるよ?」


 と、多少強引ながらも仲裁をしてくれたお陰で、

どうにか決定的な亀裂は生まずに帰宅することが出来たのだった。


──けれど……本当に何だったんだろう? 金縛り……にしては、最初の衝撃は……?


 自室のベッドに転がって、計佑は今日の不思議現象について思い返していた。


──そういえば……夕方にも変なコトあったんだよな……


 あの時には何故か不思議に思わなかったが、考えてみれば異常すぎる。

何故アリスの居所がわかったのか。

そしてあの時にも、最初、体に異変が起きていて……


──そういえば、頭の中がくすぐったいようなあの感覚……たしか……


 前にも似たような感覚を味わったことがあった。その時のことを思い出して。


──……えっ!? それに、オレとまくらにだけ聞こえた声!?  まさかそれって……!!


「やっほー、おひさしぶりっ、ケイスケー!!」


 計佑が答えを見つけた瞬間、それに答えるかのように幼女の声がした。

そして計佑の目の前に、宙に浮かぶ5、6歳くらいの女の子が現れたのだった。


─────────────────────────────────


「え……誰……?」


 ふよふよと浮かぶ幼女。

てっきりホタルが現れるかと思った計佑は、呆気にとられてしまった。


「ぷー、なにいってるのー? ホタルに決まってるじゃない。もう忘れちゃったのー?」

「いっ……いや、ホタルって……もっと大人の……あれ?」


 目の前の幼女の顔に、見覚えがあった。10年前に数時間だけ遊んだことのある幼女。

先日ホタルに記憶を呼び起こされたお陰で、10年前に見た顔でもはっきり思い出すことが出来た。


「えっ!? 10年前のホタル!? なっなんで!?」


 訳がわからず、大きな声をあげてしまう。


「あー、わたし10年前のホタルじゃないよー? また別世界の……とかいうわけじゃないからねー?

わたしはこないだケイスケと話した、ケイスケも知ってるホタルだよー」

「ええ? だっだってじゃあその姿は……」

「こっちの計佑には、まだ詳しく言ってなかったかなー? んっと、わたしのノロイはこういうものなんだー。

6さいから16さいを何度もくりかえしちゃうのー。

ホラ、10年前に初めて会った時のわたし、ジッサイちっちゃかったでしょー?

んで、こないだの時はおおきかった。

それで、また6さいジョータイになっちゃって、ちょっと困ったことになったからこうしてケイスケのところにきたんだー」

「な……なんだよ、その変な呪いは……」


 相変わらずのファンタジーぶりに、空いた口が塞がらない。

けれど、呆け続ける訳にもいかなかった。気になるところを、早速ホタルに確認する。


「……困ったコトってなんだ? オレの所に来たってことは、なんかオレに出来ることがあるのか?」


 優しい少年は、もうホタルの力になるつもりでいてそんな風に尋ねた。


「あーうん~。もともと、身体の変化に引っ張られる形で、ココロも幼くなったりはしてたんだけどー。

今回はとくにそれがひどいんだー。キオクとかはちゃんと全部あるのに、

ココロはなんだか、6さいの頃にカンゼンにもどっちゃったかんじでー。

そしたら、一人でいるのがタえられなくなっちゃったのー。

平気になるまで、しばらく一緒にいていーい?」


そう言うと、ホタルはニコっと笑ってみせた。


「ああ……なんだ、それだけなのか……あっいや!! 悪い、そんな軽い問題じゃないよな。

お前にとってはすごく大変なコトだもんな」


 軽く返事をしかけて、反省した。

6歳の精神状態で一人きりなんて、どれほどのつらさだろうか。

想像しか出来ないけど、それでも胸が締め付けられた。


「ああ、いくらでもいてくれていいぞ。

……そうだっ、お礼も言わないとな。夕方、アリスを捜すときに力を貸してくれたんだろ?」

「うん、まあねー。どーせなら思いっきりケイスケを驚かせたかったから、

しばらくはカンサツするつもりだったんだけど、ケイスケ本気で困ってるみたいだったからー」

「いやホント、助かったよ。ありがとなホタル」


 クセで子供の頭を撫でる計佑に、「えへへー」とホタルが笑った。

そうして和やかな空気が流れたが、計佑は、そこでふと疑問が湧いた。


「……ちょっと待てよ? 夕方からそばにいて……

先輩の家でも声が聞こえた……お前、先輩の家でも一緒にいたんだよな?」

「うん、そーだよー」

「……もしかして……オレを突き飛ばして、身体を動かなくしたのはお前なのかっ!?」

「うん、あたりー」


 ホルタがにぱっと笑って答えてみせたが、計佑の方は笑えなかった。


「なっなんだよそれ!? なんでそんなコトした!? お陰でとんでもないコトになったじゃねーかよ!!」


 怒ってみせると、ホタルは唇を尖らせて。


「えーだってー。わたしあのうしちち女きらいなんだもーん。

ケイスケがバカなお陰で、大分凹んでたみたいだけどー。

あれでトドメさして、カンゼンにケイスケのこと嫌いにならないかなーっ、て思って」


 無邪気な顔をして、とんでもない事を言い出してきた。


「き、嫌いにさせ……? お、おまえ何を……」


 ブルブルと震える計佑を尻目に、ホタルがぶつぶつとつぶやく。


「なんだよあのムネはー。おかしいもん、あんな大きさ……

あれでケイスケのことたぶらかしたんだよね……シッパイだったなぁ。

キライにさせるどころか、なんかあの女いい気になってたもんな~……」

「コラァァアア!? お前そんなタチ悪いイタズラしていいと思ってんのかっ!?」


 憧れの先輩への暴挙を、狙ってやらせてきたと知って、当然ながら計佑は余裕をなくす。


「えー?  そんな大したコトじゃないでしょー。今の私は、ケイスケかまくらしか触れないしー。

できるコトなんてタカがしれてるよー?」


 6歳の精神年齢になってるらしい幼女は、不思議そうに問い返してきて。


「ケイスケが今回鼻血吹かなかったのも、すぐ目を覚ませたのも、わたしがやったんだよー」


 褒めて褒めて、といった顔を浮かべてホタルがすりよってくる。

その無邪気な笑顔に、頭が痛くなってきた。放っておいたら、今度はどんなイタズラを仕掛けられるやら……


「……いいかホタル。約束だ。二度とオレの身体に……いやっ、まくらにもだ。イタズラなんかするな、いいな?」

「……えー……」


 ホタルが渋るが、


「頼む、ホタル。もうしないでくれ」


 まっすぐに頭を下げた。

 短い時間しか話せなかったけけど、本来のホタルはとても誇り高い女性に見えた。

ホタルが元の状態に戻った時、

友人である自分たちに悪戯をいくつもしていたと理解したら、きっとホタルは苦しむのではないかと──

そう考えた少年は、ホタル自身の為にも、悪戯などもうさせたくはなかった。


「……んー……わかったよー、ケイスケがそんなに言うんならー」

「わかっくれたか!? うん、やっぱりホタルはいい子だ!!」


 ガバっと顔を上げると、ホタルの頭をグリグリと撫でてやる。


「んふふー」


 ホタルはくすぐったそうにして、じっと受け入れて。

──また暖かな雰囲気になったところで、ガチャっと部屋のドアが開けられた。


「計佑ー、明日の部活のことなんだけど──」


 部屋の中を見たまくらが、言葉の途中で固まって──


「おっまくら、ちょうどよかった。実は「おばちゃーんっ!?

計佑がちっちゃい女の子連れ込ん「待てェエエエエエエ!?」


──そして、まくらと計佑の遮り漫才が展開されるのだった。


─────────────────────────────────


「わぁー!? ホントにあの時のまんまのホタルちゃんだ!? カワイー♪」

「あははー、わたしから見たら、まくらだってオサナいままだよー。

わたしが向こうでサイゴに見たまくらは、もう30歳くらいだったからねー」


 まくらの誤解はサクっと解けて。今、まくらとホタルはじゃれ合いを始めていた。


 計佑も微笑ましい気持ちでそれを眺めていたが、ふと時計を見て、もう10時近いことに気付く。


「おいまくら、もう10時になるぞ。お前はもう寝る時間じゃないのか?」

「えっ? ……ホントだ。……うーん、今日はホタルちゃんと色々話したいんだけどな~……

あっそうだ!! ホタルちゃん、ウチに泊まりなよ。

しばらくこっちにいるんなら、夜はいつもウチに泊まるといいよ」


 まくらがニコニコと誘って、ホタルは勿論ニコニコと、


「いやー!!」

「うんうん、いいんだよ……え? ……いや……?」


 まさかの答えに、まくらが固まった。


「うんっ、わたしはケイスケと一緒に寝るからー、まくらのとこにはいかなーい」


 そうまくらに言い放つと、計佑の胸に飛び込んでくるホタル。


「お、おいおい……」

 

 予想外のホタルの言動に、計佑も戸惑う。


「け、計佑……!?  何考えてるのっ!?  女の子と一緒に寝るなんてっ、このヘンタイ!!」

「こっコラ!! 人聞きの悪いこというな!? こんなちっこい子だぞ!!」

「どんなにちっちゃく見えたって!!  ホントは16歳の姿なんだよ!?  そんなの認められるワケないじゃん!!」


──その後、話し合いは難航した。

まくらとしてもどうしても引けないらしく、随分食い下がってきて。

しかしホタルも駄々をこねて、一歩もひかない。

もうどうにもならなくなってしまった所で、


「……オレのヘタレ力を信じろよ……」


 計佑がそう自虐してみせて、ようやくまくらが引き下がってくれたのだった。


─────────────────────────────────


 その後、計佑も就寝の時間を迎えて。

計佑はホタルと添い寝をしながら、話を続けていた。


「……でも、なんでウチにこだわったんだ? お前、まくらとのほうが仲良かったよな……?」


 子供の頃、一晩だけの3人の時間。

あの時ホタルと、より仲良く遊んでいたのはまくらだった筈だ。


「んーう、なんでかなー? ちっちゃくなってから、なんかケイスケのコト大好きになっちゃったのー」


 ごろごろと頭をすりつけてくる幼女。

 小さい子に懐かれて、悪い気はしない。計佑も頭を撫で返した。


「ほんと、かわったことばっかりだよー。これも世界越えのせいなのかなー。

ほんとなら、まだちっちゃくなる時期じゃないし、こんな成り方でもないんだよねー。

なのに突然この大きさになっちゃってさー。

だから戻るときも、けっこういきなりだったりしないかなーとキタイしてはいるんだけどー」

「えっ……」


 ホタルの言葉に、ギクリとした。

元のホタル……あのクールな目付きの少女だったら、自分が添い寝していた状況をどう思うだろうか……?

それも、もし。添い寝している真っ最中なんかに、元のホタルに戻るなんて事になったら──


「なっ、なあホタル……元に戻った時のお前は怒ったりしないかな?

『一緒に寝るなどと、なんてふしだらな!! 恥を知れ!!』とか怒り出したりしないかな……?」


 浮かんでしまった未来図に、恐る恐る確認をとった。


「あはは~、そんなコトいうわけないよー」


 ホタルがケラケラと笑って否定する。


「そっそうか?  だったらいいんだけど……」

「きっとナニも言わないで、すぐに取り殺そうとするだけだよー」

「ちょおおおおおおおお!!??」


 幼女からのとんでもないオチに、少年が泡を食った。


「なっなにそれ!!? えっオレ殺されちゃうのっ!?  ちょっダメダメ、お前今すぐ出てけ!!」


 流石に殺されると聞いて、ワガママを聞く余裕はなかった。

普通ならまだ冗談の余地もあるが、相手はこちらの身体に色々と干渉もできる幽霊なのだ。

その気になられたら、本当に抵抗の余地なく殺されてしまう……!!


「あーん、うそうそー!! ジョーダンだから、そんなコトいわないでー」


 目に涙を浮かべてホタルがしがみついてくるが、もう計佑も折れるつもりはなかった。


──のだけれど、結局少年は折れる羽目になった。

ホタルがビービーとガン泣きを始めてしまっては、甘い少年ではやはり無視出来なかった。

 せめてもの抵抗にと、ホタルに背を向けて寝転がった少年は、


──絶対に寝返りをうつなよオレ……!!  明日も生きるために……!!


 そんな悲壮な決意で、眠りにつくのだった。


─────────────────────────────────


<20話のあとがき>


痛いトコロを付かれて、軽く俯いてしまう計佑。それ以上聞きたくなくて、計佑はアリスの頭を乱暴に撫でた。


この辺は、一応計佑がなかなか雪姫にオッケーできない理由の1つとして。

「自分なんかじゃ先輩には申し訳なくて」な気持ちはどうしてもあるって感じで。


お姉ちゃんは、毎晩オマエの写真とそのストラップにおやすみを言って、キスしてから寝るくらいオマエが好きなんだぞ!?

↑ザ・ファンタジー……うん///


使われる事がないのを分かっててもクマストラップ送ったのは、計佑とお揃いのを持っていたい乙女心みたいな感じ?


計佑から遠慮が消えて、雪姫に触れるシーン。

うん、こういうのを見たかった!! 濱田先生の絵で!!

久々に、"自分では" 満足できる計佑×雪姫を書けた気がします。

最近は、他のキャラばっか出張ってましたからね~……


原作先輩は、まくらに嫉妬してましたが。

こちらでは、まくらは雪姫の心強い味方。

というワケで、ヤキモチの対象はアリスにしてやりました。

前回あとがきでも書いたかもですけど、

初めはアリスの出番いらないかなーっと思ってたんですが……実にいい仕事してくれました。

強~い計佑が書けて、

雪姫に明るいヤキモチ焼かせるコトができたのは、こういうアリスの存在があってのコトで。


でも、自分には自分だけの"特別"がある。そう思ったら、雪姫の心は一気に軽くなった。

──ありがとう、まくらちゃん……!!

↑↑ 

恋に盲目というのもちょっと株が下がる気がしたので、ちゃんと周りに感謝するところをば。

たしか原作の、ケガした計佑にあーんするところでも、周りへの対応が感じ悪いんじゃとかどっかで見た気がするので、あそこを改変した時も一応は気をつけたんですよね……


雪姫の胸に飛び込んでしまうシーン、原作のままだとやっぱりちょっと無理があるので(汗)

(まあそんな事は濱田先生も承知の上で描いてるのはわかりきってるんですけどね……

やっぱり、週刊連載で無理がない話運びってめちゃ厳しいと思うんですよね……)

ホタルを利用して、あんな感じにしてみました。


計佑が足を崩して座ったところで、

「おいおい、原作の名シーンである胸へのダイブを失くすのかよっ」

と一瞬でも思わせるコトが出来ていたなら、狙い通りって言えるのですけど……


まあ、その後の雪姫のリアクションは、やっぱり無理あるかもしんないですけど、

直前にドン底まで落とされてる事を考えたら、まあラブコメ的には許容範囲……じゃないかな?(-_-;)

というか、そんなヘ理屈はともかく、ああいう暴走先輩を、僕としてはすごく見たかっただけなのですm(__)m


ホタルは、原作の世界で、その後十年以上榮治さんを探してた感じで。

それからこっちに跳んできたってことにしようかなあと。

……でも時間遡れるなら、なんてもっと飛んで、榮治のとこにいかなかったのか(汗)

うーん……

これ以上飛ばないのは、一回の移動でも意外と変化が大きくて、今度飛んだらどれだけ変わるか警戒して?

それから、自分のコトを認識出来ない榮治のそばにい続けるのは、かえって切ないだとか、

あとあと、遡るのは10年程度が限度だったとか……

うーん、そんなくらいで勘弁して下さいm(__)m


原作では、後半は屋上で雪姫と……でしたけど、なんかもう長くなってきたので、次回にスライドしました。


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