白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル第12話 『島編第1話 "テレパシー"の真意……?「事故だもん! ノーカウントだからねっ!?」』
12話
結局、島への出発は午後になった。
目的地の鍵を借りようとしたら祖母が見つからなかったり、
色々と用意もしていたら、意外と時間がかかってしまったからだった。
ちなみに、カリナ達は来ていない。
計佑が「他の人間には話さないでほしい」と、雪姫や祖母に頼んだからだ。
「手漕ぎボートしかないけど、見える距離だし大丈夫っ、私が漕ぐからね!!」
船着場につくと雪姫が力説してきたが、そんな事をされては計佑に立つ瀬がない。
大丈夫だからとやんわり断って、オールを手にとった。
「遠くはないけど……やっぱり夜に海を渡るのは避けたいし、日が暮れる前には帰ってこようね!? 」
雪姫が、また力説してきた。
……今度は、何か切羽詰まった感じで。
「??? ……そうですね。もう、先輩を危ない目に合わせたくはないですから」
計佑が昨夜のことを思い出して苦笑しながら言うと、雪姫は何故か顔を赤くした。
「……? どうかしました、先輩?」
「……なんでもない。ちょっと嬉しかっただけ……」
「……???」
──今のセリフ、なんか特別なとこあったかな……?
……天然少年は、決して気付かない。
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問題なく島へとたどり着いた計佑たちは、今は寂れた商店街を歩いていた。
「昔はキャンプ場とかもあった筈なんだけど……すっかり廃れちゃってるね。
おばあちゃんから聞いた通り、誰も住んでないみたい……」
「そうですね……」
──療養所のコトを知ってそうな人に話を聞く、ってのはやっぱ無理そうだな……
その事はもう出発前にわかっていた事なので、特に気にすることもなく歩き続ける。
一方まくらはこの島についてから、何やらしきりにキョロキョロしたり、飛び回ったりしていた。
その内、何か話ができたのかヒュンっと計佑の元に飛んでくる。
「ねぇ計佑。私ここ……何か見覚えあるんだけど」
「なに? ホントか?」
「子供の頃……計佑も一緒だったハズだよ。キャンプとかで……」
「……そう……か?」
まくらはどうも確信を持ってる様子だが、計佑には特に思い出せる物はなかった。
──美月芳夏がいたって場所に、まくらも来たことがある……それって偶然──なのか?
とはいっても、今の情報量で考え続けても答えが見つかるとは思えなかった。
とりあえずはまくらの言葉を心に留めて、計佑も今までより注意深く辺りを見回しながら、歩を進めるのだった。
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「……うわぁ……」
目的地に着いてからの第一声に、『えぇー……これが……』という響きがこもるのは仕方なかった。
写真からは見る影もない、ボロボロ状態の廃屋だったからだ。
「ここが、あの写真の人がいたっていう療養所ですか……」
雪姫に話しかけたのだが、まくらが返事を寄越してきた。
「すごいボロ病院だねぇ……オバケとか出そうな感じ」
──お前が言うな。あと病院でもねーし。
とは雪姫の手前ツッコめない計佑だが、正直同感な雰囲気だった。
しかしここに来た目的は建物ではなく、残っているかもしれない資料のほうだ。
建物がボロくても構いはしないのだが、あまりの荒れ様にちょっと心配にはなる。
「中入っても崩れたりはしねーかな……? とりあえず周りを見て回ったりしたほうが……」
<b>「ダメよっ!!」</b>
雪姫の一喝に、ビクリと振り返る。
<b>「そんな悠長なコトしてたら、日が暮れちゃうでしょっ!? 」</b>
ズンズンと入り口まで歩いて行くと、雪姫はドアのカギを開いて。
ギギ……と押し開くと、中の様子を見てピキリと固まった。やがてギギっと振り返ってくると、
<i>「……はっ早く! 明るいうちに見て回りましょ……」</i>
……ガタガタと震え始めていた。
「せっ……先輩? 大丈夫ですか? なんかえらく震えて……」
<i>「震え!? 何言ってるのっ。そんなワケないでしょっ!!
ほら急ご……夕方までには絶対 "ここ" を出なきゃなんだからねっ」</i>
確かに、夕方には島自体出る予定だ。
けれど、今の雪姫の言葉の感じは、"ここ" とは島ではなく、この建物を指していたような。
──もしかして先輩……恐いのダメなのか……?
『夜の海なんて渡りたくない』『こんな廃屋、日が暮れるまでには絶対出なければ』
そんな雪姫の意志表示から計佑が推察している内に、雪姫は震えながらも、一人で中へと踏み入っていく。
無理を言って道案内してもらった上に、怖がっているのを更にお化け屋敷モドキに連れ込む訳にはいかない。
外で待ってて欲しいと伝えようとしたところに、まくらが耳打ちしてきた。
「ほらっチャンスだよ!! 計佑っ」
「……? チャンスって何だ?」
意味が分からず尋ねると、
「……なんでこれでわからないの……?」
逆に不思議そうな顔をしてまくらが聞き返してくる。そしてまくらは、はぁっとわざとらしくため息をつくと、
「白井先輩は超コワがってる。
ここで計佑が頼れるトコロ見せる。
『わあっ計佑くんカッコイイ♪ 好きっ♪』
……これでわかった?」
まくらが小馬鹿にしたように上から見下ろしてくるが、この時の計佑は何も言い返せずに固まってしまっていた。
──『好き』……
昨夜の雪姫の言葉を思い出してしまったからだった。
「……あれ? どーかしたの?」
リアクションを起さない計佑に、まくらが訝しげな顔をする。
「──っ、いやなんでも!!」
慌てて金縛りを解く。
まくらは、昨夜の雪姫との一幕は知らないのだ。
これ以上ツッコまれてボロが出て、それであの一件がバレたりなんてのは拙い──
──……マズいって……何がまずいんだ?
今のまくらに知られたところで、まくらの口から噂になるという事などありえないのに。
──『まくらには知られたくないと思ったんだけど──』
そこで、硝子の一言が思い出された。
──須々野さんがあんなコト言うから……一瞬、ホントにそんな気がしただけだろ。
そう結論づけて、この事に関して考えるのはやめた。それよりも今気になるのは、やはり雪姫の事だった。
──違うって思ったんだけど……本当に違うのかな……?
今朝の言動や、二人きりになってから時折見せる、彼女の恥ずかしそうな顔などが、また計佑を惑わせていた。
──危機的状況を一緒に過ごして恋愛感情と勘違い──なんて話を聞いたことあるけど。例えばそういうことなのかな……?
どうしてもそういう風にばかり考えてしまう少年。
──やっぱりどう考えても、あんな綺麗で可愛い人が自分なんかに──
そんな考えに行き着いてしまうのだった。
どこか沈んだ気分になって屋内に入ろうとした計佑に、
「チャンスあったら、手くらいつなぎなよ」
まくらがまたそんなアドバイスを寄越してくるが、
「だから別に……」
そう返事をした瞬間。
<b>「キャーーーーーーッ!!」</b>
雪姫の悲鳴が奥から聞こえてきて。見ると、雪姫がダッシュで戻ってくるところだった。
<b>「なんでついて来てないのぉっ!? 」</b>
そして、そのままの勢いで計佑に抱きついてくる。
──ドキィッ!!
雪姫の豊かな胸が、自分のそれに押し付けられた。
あばらに痛みが走ったが、雪姫の胸のボリュームと柔らかさを感じて、なんだか痛み以外のモノも走った気がした。
「私ひとりでどんどん先行かせて!! バカァ!!」
雪姫が震える身体で、計佑の首にかけた腕の力をますます強くしてきた。
お陰であばらの痛みは一層強くなるのに、頭に上る血はなんだか心地よい感じもして──
陶然としそうになったところで、まくらの視線に気付いた。
まくらが、ぽっかーんとした顔で見つめてきていた。
『あんな情けない顔初めて見たよ……なんか気持ち悪い』
昨日のまくらのセリフを思い出し、それで正気に戻れた。
「せっ先輩っ……わかりましたっごめんなさい!! だからその……もう離れて……」
雪姫の背中をポンポンと叩くと、漸く力を緩めてくれて──
しかし完全に離れることはなく、今度は計佑の腕を抱き込んできた。
胸が押しつけられる場所が変わっただけで、これでは完全には落ち着けない。
「せっ先輩、だからあのっ──」
「中の作りが複雑そうなのっ!! 迷子になっちゃうからっ、ほらっちゃんとついて来てね!!」
計佑の困惑などお構いなしに、雪姫はぐいぐい引っ張ってくる。
チラリとまくらを振り返ると、相変わらずまくらは固まっていて。
なんだか後ろめたくなったが、結局計佑は雪姫に逆らわず探索を始めるのだった。
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屋敷の中は、かなり暗い場所が多かった。懐中電灯を片手に、歩を進めていく。
比較的明るい場所でも、雪姫は震えながら計佑の腕にしがみついたままだったりした。
その状態にはどうにも落ち着けないし、怯える姿が不憫なので雪姫へと提案してみる。
「あの、先輩……恐いんでしたら、外で待っててもらっても──」
「外に一人だって怖いじゃない!!」
くわっと雪姫が噛み付いてきて。
計佑が驚きに目を見開いていると、雪姫がはっと我にかえったのか、コホンと空咳をついた。
「……まあ恐いっていうのは、人気のないところに一人きりでいるのが不安とか、そういうコトだけどね?
別にオバケがどうのとか、そういうワケじゃないんだからね?」
──語るに落ちたその姿に、つい計佑は吹き出してしまった。
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「ああっ!! 何笑ってるの!?」
雪姫は、思わず計佑の脇腹をつまみ上げてしまった。
「たたっ……いやすいません先輩。でもその言い訳は……」
計佑が苦笑しながらも言ってくる。
わかっている。
自分でも、こんなバレバレのウソ、かえってみっともないんじゃあ──そうも思うけれど。
それでも、オバケが怖いなんて情けないトコロは見せたくなかった。
彼に対しては素直に、正直でありたいと思っているけれど、これはまた話が違う──そんな乙女心だった。
けれど。
「……ごめんなさい、つねったりして」
自分の恥ずかしさ、みっともなさを誤魔化すために、よりにもよって計佑に当たってしまうなんて。
どこまでも計佑に甘えきってしまっている自分が、また恥ずかしくなった。
昨日もそうやって、あんなとんでもないことになってしまったのに、これじゃあまるで反省できていない。
「…………」
「別に、そんなに恥ずかしがるコトないと思いますよ」
落ち込みかけたところに、さらりと声をかけられた。
「女のコらしくていいじゃないですか。
完璧超人の先輩より、こういう人間味みせてもらえたほうが、オレは嬉しいです」
そう言って、計佑が笑いかけてくる。
きっと彼は今、フォローしようとか口説こうとかそんな考えは一切なく言っている──
それがわかるような、自然な笑顔だった。
──ホントに……そんなつもりはないクセに、こういう時は絶対見逃さないんだもんなぁ……ずるすぎるよ。
「……私ばっかり」
──どんどん好きにさせられて。
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「私ばっかり……」
雪姫のその言葉には続きがなかった。
計佑にはその後が全然想像できなかったけれど、
それでも赤い顔をした雪姫が、安心したように頭を肩に預けてきてくれたから、とりあえずは安心した。
昨日は、笑った後何も言えずにいる内に雪姫を傷つけてしまったから、今日はとにかく言葉を発してみた。
だから考え抜いてとかではなく、本音のままに喋っただけの内容だったけれど。
──手が届かない高みにいられるより、少しでも自分に近しいところをみせてもらえるのが、
どうしてそんなに嬉しいのか──そういう事には、考えが回らない少年だった。
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ひと通り中を見て回って。
カルテなどが残っていそうなのは一部屋だけだとわかり、今、計佑たちは改めてその部屋を調べようとしていた。
「確かに……結構色々残ったままですね。けど……だいぶ老朽化が進んでる感じ。これ、床がぬけないかな……?」
ギシギシと足踏みしてみせる計佑。
「えー? そこまでボロじゃないでしょう?
雪姫は軽やかに中に踏み入っていく。この部屋は西向きということもあって結構明るい。
それもあってか、雪姫の恐怖心は大分薄れているようだ。
「ねえ計佑くん……?」
窓際まで歩いていった雪姫が、振り返らないまま尋ねてきた。
「私……結局聞いてないんだけど。どうしてあの写真の人のコト、そんなに必死に調べてるの……?」
「えっ……」
そういえば、結局未だに説明していなかった。
雪姫になら、口止めをお願いしておけば話していいかと考えていたのに。
「そうですね……先輩には話しておこうとは思ってたんです。
でも、秘密にはしておいてくださいね? 特に、須々野さんや茂武市には……」
「……うん」
雪姫がゆっくり振り返ってきた。
「……俺の幼馴染が、終業式の直前に突然眠り込んじゃって……起きなくなっちゃったんです」
「…………」
「じきに起きるだろうって先生は言ってくれたけど……でもいつ起きるかはっきりとは分からないし。
皆に心配かけるのも避けたかったから、茂武市や須々野さんにもまだ話してません。
騒ぎにもしたくないから、先輩にも黙っていてほしいって話なんです」
「……そうなんだ。それで……いてもたってもいられなくて、色々調べようとしてるってこと?」
「……はい」
計佑の返事に雪姫は一瞬ためらったが、また質問を続けてきた。
「……厳しい言い方になるけど……カルテとか見つけたとして、素人の計佑くんに何かわかるのかな……?
お医者さん以上のコトが……」
計佑がぐっと言葉に詰まる。調べたい事の一つに、
『自分と同じように生き霊状態を認識できた人がいたか』
という事があるのだが、そこまでは流石に話せない。
黙りこんでしまった計佑を見て勘違いしたのか、慌てて雪姫が謝ってきた。
「ごっごめんね!? 大事な人が大変なコトになったら、じっとしてられないのは当たり前だよね。
特に計佑くんみたいな優しい人なら尚更だもんね!! ……変なコト言って、ごめんなさい」
「……いえ、俺の勝手な都合に先輩は色々と協力してくれてるんですからそんな……謝るのはこっちの方です」
微妙な空気になってしまい、お互いに黙りこんでしまう。
──なにやってんだ俺……先輩巻き込んでおいて、こんな風に気まで使わせちゃってっ……
計佑は頭を振ると、ことさら明るい声を出してみせた。
「まあその、ホント心配いらないとは思うんですけどね!! オレの前じゃ全然元気にしてますから!!」
「……オレの前じゃ元気……???」
雪姫が不思議そうな顔をする。
はっとした。空気を変えようと、何も考えずに発言してしまった。
まくらが「バカっ何いってんの計佑っ」と肩を叩いてくる。
「ああっいやそのっ、眠り続けてるっいっても昏睡状態とかじゃなくて、グーグー寝てるだけなんですよ!!
寝相わるいわ、寝言も言うわでホント!!
先輩のおじいさんっていう先生も『大丈夫』って保証してくれたし、ホント今スグにでも起きそうなくらいですから」
その言葉に、雪姫も安心したように笑ってくれた。
「そっか……よかった。おじいちゃんがそう言うくらいなら安心だね」
「え……そうなんですか?」
軽かったり、うっかりしてそうだったりの老医師。
内心あまり信頼出来ていなかったのだが、思わず顔にも出してしまったようだ。
雪姫は苦笑すると、
「……ああ見えておじいちゃん、ほんとお医者さんとしてはすごいんだよ。
おじいちゃんが保証して治らなかった人なんていないんだから」
そう言ってくれた。
「へえ……そうなんだ。じゃあ、そんなに焦る事もなかったのかな……」
まくらと顔を見合わせる。まくらはちょっと拍子抜けした様子の顔をしていた。
──オレも多分そんな顔をしてるんだろうな……
そんな事を考えていると、雪姫がどこか遠慮がちに、また尋ねてきた。
「ところで計佑くん……その幼馴染の人って。
硝子ちゃんや茂武市くんに秘密ってコトは……計佑くん達の同級生ってコトだよね……?」
「え? あ、はいそうですけど……?」
何を聞きたいのかわからずに、こちらも疑問形で返事をしてしまう。
雪姫はまたちょっと迷う様子を見せたが、それでも結局尋ねてきた。
「そのヒトって……女の子……かな?」
「はい、そうですけど」
「……っ!」
計佑の答えに、雪姫が息を呑む。
「…………?」
計佑にはその反応の理由がわからず、ただ雪姫を見つめた。
雪姫もまた、無言のまま計佑の目を見つめてきていたが、やがて意を決したのか口を開いた。
「もしかして……計佑くんの……その。好きなヒト……とか……?」
「ええ!?」
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訊くのは怖かったけれど……それでも、訊かずにはいられなかった。
違うと思いたい……その筈だ……もしそんな人がいるなら、
この誠実な少年だったら昨夜の内にそう答えてくれていた筈だから。
そう理性では判断できていても、やはり恐怖で胸が張り裂けそうだった。
──お願い、違うと言って──!!
計佑が視線を逸らしてどこかを見つめた──いよいよ不安が爆発しそうになった瞬間、
「あはははは!! もー先輩まで。そんなワケないじゃないですかっ!!」
計佑が笑い飛ばしてきた。
直前に何を見ていたのか、多少疑問はあったけれど、それは今の雪姫には大した問題ではなかった。
「でっ……でも? 幼馴染さんってことは付き合いも長いんだよね?
今もその人のために奔走してるくらいだし、よっぽど大事な人かな……って」
そんな風に尋ねると、少年はうっと言葉に詰まって、またさっきと同じあたりを見やる。
そうしてガリガリと頭を掻いてから、こちらに目線を戻してきた。
「それは……ですね。幼馴染っていうか……もう殆ど家族同然の、妹みたいなもんなんですよ。
親が忙しい人なもんだから、子供の頃から、殆どをウチで過ごしてきてて」
「……そうなんだ……」
「まあ……やかましくて鬱陶しいやつで、いっつもケンカばっかなんですけどね。
それでも、オレはもう家族みたいなもんって思ってるし。
……自分に出来るコトくらいはやってやるかって、そんだけの事ですよ」
最後の方は随分恥ずかしそうにしていたけれど、それでも誠実な彼らしく、ちゃんと答えてくれた。
そしてその答えは、雪姫を安心させた──筈なのだけれど。
チラチラとどこかを気にしながら話す計佑の姿に、何かザワつくものが残った。
目を逸らすのとは違う──何かを気にしていて、ちゃんと自分を見て話してくれない姿に……不安が湧いた。
「……ちょっと人差し指かしてっ」
言いながら、計佑の目の前まで歩み寄る。
「えっ?」
「いいからっ」
戸惑う計佑の右手を、自分の左手でとって──
「……テレパシー」
計佑の右人差し指に、自分の右人差し指をちょんっと当てた。
「はぁっ!? なっなんですかそれっ……?」
計佑が赤い顔をして慌てる。
少年が自分だけを見てくれるのを感じて、ようやく雪姫の心は落ち着いてきた。
──そのかわり、恥ずかしさが湧いてきたけれど。
「……なんだか計佑くん、何か隠してるような気がして。これでキミの心、分かればいいのになぁ……って思ったのっ」
そんなのは、殆どでっち上げで。本当の理由は、計佑の気を引きたいからだった。
恥ずかしい真似だろうと、何だか今、じっとしていられなかったのだ。
──恥ずかしさで少年の顔を真っ直ぐ見れなくて、
雪姫は先のセリフの最中に、計佑が顔を硬直させたのには気付かなかった。
「なんて、今のちょっと恥ずかしかったかなっ」
自分でツッコんで、空気を誤魔化してみる雪姫だった。
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「──ちょっと恥ずかしかったかなっ?」
「いやっそんなっ、全然っ──」
"可愛かったです" と続けそうになって、慌てて計佑は口を閉じた。
──またオレはっ……もうちょっと考えてから喋れっての!!
雪姫の方もまだテレテレとしていて、そんなまごついた計佑に気づく余裕はなかったようだ。
「よしっ! じゃあ……あの女の人の痕跡を、手当たり次第探そーっ!!」
「はいっ、よろしくお願いします!!」
照れ隠しにか手を突き上げてみせる雪姫に、やはり大袈裟に返事をしてみせる計佑だった。
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「──おい、お前は探さなくていいからさ……」
手持ち無沙汰なのか、雪姫の目を盗んでは資料を捲ったりしているまくらに注意する。
何かの拍子に雪姫に見つかったら面倒だ。
暇なのもわかるが、やはりここはじっとしておいてもらわなければ。
「えーでも……私のための調べ物なんだよ? 何もせずにじっとはしてられないよぉ……」
まくらが食い下がってくる。
「うーん……じゃあこうしよう。ひと通り見て回ったけれど、何か見落としがあるかもしれない。
お前はココ以外を、もう一度探してみてくれないか?」
「……えー……?」
妥当な提案だと思ったのだが、まくらは何やら不服そうだ。
「……何だよ? 自分も何かしたいって言い出したクセに、何が不満なんだよ」
「…………」
まくらがふわりと地面に降り立つと、じっと見上げてくる。
「……おい、言いたい事があるんならはっきり──」
「──そんなに、先輩と二人っきりになりたいの?」
「ぶはっ!? 」
思わぬ内容に吹いてしまった。
「えっなに!? どうかしたの計佑くんっ!!」
「あっいえ!! ちょっと大きな埃がふってきてびっくりしただけです。すいません」
心配して駆け寄ってくれそうだった雪姫を押しとどめる。
「……お前な……」
睨みつけてやるが、まくらは相変わらず不満気に見上げてくるだけだ。
「何度も言うけど、そんなんじゃないっての……
別に恩着せがませるワケじゃないけど、こんなコトしてるのは誰のためだと思ってんだよ?」
それでもまだ、少しの間まくらは黙っていたが、突然にぱっと笑顔になると
「ごめん。一人になるのがちょっと怖かったからつい、ねっ」
そう言って、おどけてくる。
「バカいってんじゃねーぞ。お前オバケとか平気だったろーが」
軽く頭を小突こうとすると「じゃー先輩と上手くやりなよー」などと言いつつ、まくらは笑いながら飛び去っていった。
──やっぱり……なんかちょっとおかしいなアイツ……?
改めて、最近のまくらの様子を不審に思う。
──先輩は大丈夫って言ってくれたけど、早いとこ戻してやるに越したことはないんだ。
何か出来る可能性があるウチは、俺も頑張んないとな。
計佑は改めて、資料漁りに精を出すのだった。
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「計佑計佑!! 聞いて聞いてっ」
あれからしばらく経って。
資料をあちこちひっくり返していた計佑のところに、まくらが飛んで戻ってきた。
「なんだ? 何か見つかったのか?」
「いやそれがっ!! 床に扉みたいなものがある部屋見つけたのっ」
「え? 床に扉? それは収納とかそういうのじゃないのか?」
「うんまあ、その可能性も確かにあるんだけど。問題はそのコトじゃなくてね……」
そこでまくらが、ゴクリと息を呑んでみせる。
「スキマに……ギッシリ詰まってたんだよ……」
「……何が詰まってたんだよ……」
まくらの深刻そうな顔に、計佑も緊張してしまう。
<b>「オ札ダヨォ!!」</b>
<b>「おっ御札ァ!?」</b>
突然の大声に、計佑も思わず大声で返してしまった。
「……なーんてねー、お札かと思ったらただの新聞紙だったんだけどー」
ケラケラと笑うまくらに、
「……てめっ──」
ゲンコツを振るおうとした計佑だが、ギシギシと激しく床がきしむ音が聞こえて、拳を止めた。
その音の方へと振り向くと、
<i>「お札ってなにっ!? 呪いのお札とかそういうやつっ!!?」</i>
もう泣きだしている雪姫が、全力でこちらに駆けてきていた。
「せっ先輩落ち着いて! ここ足場悪いですからっ」
振り返りまくらを睨むが、まくらはまくらで、
『お前が大声出すから悪い!!』みたいな目でこちらを見ている。
"おま、ふざけんなよっ" という怒りが湧くが、今は先輩を落ち着かせないと──そう考え、顔を前に戻す。
けれど、もう随分と雪姫は肉薄していた。
──本当に、目前まで。
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計佑の「御札ァ!?」という叫びを聞いてから──
もう雪姫の頭の中には、計佑の元に駆けつける事しかなかった。
それなりに明るい部屋ということや、計佑とのやり取りを経て最初よりは随分と恐怖が和らいでいたとはいえ、
霊の存在などを思い出してしまっては、平然となどしていられなかった。
計佑が何か言ってきているがそれも耳に入らず、少年の胸に飛び込もうとして──足が滑った。
幸い、もう計佑の胸に飛び込む最後の一歩を踏み切るところだったから、目的自体は無事果たせた。
でも──勢いがつきすぎてしまった。
微妙に横へとずらす筈だった顔も、殆ど修正できずに──真正面から計佑に飛び込んでしまった。
咄嗟に少年が肩を支えてくれたから、ゴツンと派手な衝突にはならずにすんだのだけれど──
ちゅっ──
自分の口唇と、少年のそれが重なるのまでは避けられなかった。
──……!!?!!??!!
しばしの硬直の後、バッと慌てて離れる。
計佑が真っ赤になっていた──けれどもしかしたら、自分はそれ以上に赤くなっている気もした。
<i>「ごっ……ごめんなさいっっ」</i>
声が上ずった。
「つっ……つまづいちゃって……どうしようっ!? 本当にごめんなさいっ」
「あ……はは、は……」
計佑はこわばった顔で笑っている。
──ああ~~っ!! 何しちゃってるの私~~!!
穴があったり入りたいとは正にこの事だった。真っ直ぐ計佑を見れない。なんだか目がぐるぐるもしてきた。
「じっ……事故だからっ!? わざとじゃないからねっ!? 」
「はは……はい……」
必死で言い訳を重ねると、カクカクと計佑が頷いてくる。
──本当に事故なのーーっっ!!!
本当に事故で、わざとじゃなくて、事故なのだ。だって──
──こんなコトなら、今朝ガマンなんかするんじゃなかった!!!
計佑の同意を得られないのは同じでも、
事故で失うファーストキスと、自由意志で捧げるファーストキスでは全然違う。
相手には何の不満もないし、むしろ計佑以外にありえない初めてだったけれど。
それでも乙女としては、こんなファーストキスなんて認められない。認められる訳がない。
「忘れてっ!! こんなの事故だもん!! ノーカウントだからねっ!?」
必死に言葉を重ねていたら、ようやく少年は落ち着いてきたようだった。
「はっはい……大丈夫です、わかってますから」
赤い顔ながらも、計佑は苦笑を浮かべてくれた。けれど──
「……ていうか……すいません。 ちゃんとオレが支えてあげればよかったのに……」
なんだか落ち込み始めて、こちらへ謝ってまできた。
──……あっ!? まさか、私に悪いコトしたとでも思ってる!?
この少年なら大いにありえそうだ。
けれど、そんな誤解をされても困る。
……というか、ワザとじゃないかと誤解されるよりも、ずっとずっと困る。
私が嫌がってる──なんて思われて、『何だ、好きだって言ってもその程度の気持ちだったんだ』
──そんな風に、私の気持ちを疑われたりとかそんなこと!?
「違うから!!」
慌てて否定した。
「はい……変なコトになっちゃってすいま──」
「だからそうじゃなくて!!
私は嬉しいから!! ……いや事故なんだけどね!?
でもでも、私にイヤな思いさせたんじゃないか──とか、そんな真逆なコト考えたりしないでね!?」
なんだか支離滅裂な内容になってしまった気もしたが、一杯一杯の今、整理した内容で話す事は出来なかった。
「……はい……? えっと、すいませんよく……」
けれど、やっぱり鈍い少年はわかってくれなくて。
「~~~~っっ!! だからっ、今のは事故で、それは残念なんだけどっ……
相手が計佑くんだった事には何の不満もないって言ってるの!!」
「え……ええぇ!?」
ようやく理解してくれたのか、また少年の顔に熱が入った。
分かってくれたかとほっとしたところで、はたと気付いた。
自分は舞い上がってばかりいたけれど、計佑のほうの気持ちはどうなのだろう……?
肝心の計佑のほうが、実は嫌な気分になってたり、なんて──
「……あの……計佑くんのほうは……イヤだったりした?」
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「!! そんなまさかっ!!」
計佑は、不安そうな雪姫の問いに慌てて答えた。
嫌な気なんて、する訳がなかった。
あの瞬間、火が点ったように全身が熱くなって、でもどこかふわふわとした心地よさがあって。
──事故だ。事故なのに。先輩には申し訳ないのに──
そう思うけれど、なんだか飛び跳ねたい気分にもなって。正直、喜びばかりが強かった。
雪姫に必死に否定されて、ようやく申し訳ない気持ちが上回ってきたけれど……
さっきの雪姫の言葉で、また全身が熱くなってきたくらいで。
「……その……俺も、全然イヤとかそんなことはないです……はい、全然……」
それでも、初心な少年に言えるのはそれくらいだった。
「……そ、そうなんだ。うん、それなら……いいんだけど……」
けれどそんな言葉でも、今の雪姫をまた真っ赤にするには十分で。
二人して、気まずくも甘い空気を醸し出していたら──
「……で、一体なにがあったの?」
まくらがジト目で尋ねてきた。
ハッとする。完全にまくらの存在を忘れていた。
雪姫が飛び込んできた時、まくらのことは背に回していて。
そして雪姫の勢いに押されて、まくらを壁との間に挟んでしまっていたので、
まくらには、問題の場面を見られてはいないのだった。
──といっても、ここまでの会話で何となく想像はされてしまってそうな気もするけど……
まくらがふわりと宙に浮いて、上から見下ろしてくる。
計佑は、逃げるように向きを変えて。
「何があったのよー……何かあったから事故なんでしょー?」
うねうねと絡み付いてくるまくら。それでも計佑は何も答えなかった。
雪姫を目前にして話す事など出来なかったし、そうでなくても、今あった事など話せる筈もなかった。
まくらすら、まともに見れない状態の計佑。
そのせいで、まくらの表情には気付けなかった。
振る舞いこそいつも通りだけれど、その表情は寂しそうで、不安そうだという事には──
─────────────────────────────────
<12話のあとがき>
8話での、コンビニでスレ違いになってしまった発端の、計佑の吹き出し。
今回また似たようなコトが起きて、でも前より確実に距離が縮まった二人は。
……そんなトコを書いたつもり。
……描きたかったんですけどネ。
うーん。まあまあ書けたんではと、自分では思ってるんですけど……(-_-;)
一応、計佑のここでのセリフは、コンビニの時に言えなかったこと──って考えても、
違和感ないものにはなってるかなー? とは思うんですが。
「子供のおもちゃが好きでもいいじゃないですか、完璧な人よりも──」って感じで。
『テレパシー』は、僕的には最高のシーンの一つなんですけど、
だからこそ、この辺の雪姫の心を妄想するのは大変でした……いや、ここの話では直前の会話とか改変しちゃってるので、
厳密には原作先輩の心を妄想してるのとは違うのかもしれませんm(__)m
このSSへのコメント