白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル 第23話-1 『合宿初日・ソフトボール観戦「……目覚くんは、絶対後悔するから……!」』
;23話-1
「計佑が試合観に来てくれるのって、ホント何年ぶりかなあっ!」
目覚家の食卓で朝食をがっついていたまくらが、はしゃいだ声をあげた。
「まー、随分久しぶりではあるけどさ……別に、合宿行事の一部として行くだけだぞ」
「名目なんてなんだっていーよ!! おばちゃん、おかわりっ!!」
計佑の冷めたツッコミをまるで気にする事なく、由希子に茶碗を突き出すまくら。
そのハイテンションぶりに「ハイハイ」と苦笑しながらも由希子がご飯をよそう。
──まさか、あんだけヘソ曲げてたのに、コロリと機嫌が治るほど喜ぶとはなぁ……
まくらのはしゃぎようをぼんやりと見つめながら、計佑が先日の事を思い返す。
『私のコトをほったらかすようになったクセに!』
そうまくらが叫んで、キレてしまった一件。
次の日になっても、まだまくらの機嫌は治っていなかった。
余所余所しいまま、その日の部活の時間を迎えて。
どうしたものかと頭を悩ませていたのだが……その時に『合宿をしよう』という話が出て。
その際に、『合宿行程の中に、まくらの試合の応援を入れないか』と計佑が提案すると、
それからまくらの機嫌はコロっと治ったのだった。
まあ蓋を開けてみると、アリスは登校日、茂武市も直前になって急用が入ってしまい、
その二人の合宿参加は初日の夕方からという事になって。
結局今日のまくらの応援に行けるのは、
計佑、雪姫、硝子の三人になってしまったのだけれど、幸い、まくらの機嫌にはまるで影響がなかった。
「ごちそうさまでした!! それじゃあ行ってきまーす!!!!」
食べ終わるや否や、まくらがキッチンを飛び出していく。
「おいまくらっ、ちっとは落ち着いて行け!! 試合前に事故ったりとかしたらどーすんだっ!!」
あまりの落ち着きのなさに、流石に心配になった計佑が怒鳴ったが、
「はいはーい」
まくらは軽い返事を返しただけで、あっという間に家も飛び出して行った。
「あらあら……アンタが試合観に来てくれるのが、よっぽど嬉しいんだねぇ、くーちゃん」
「……ったく、家族が見に来るから大はしゃぎって。……やっぱりアイツ、基本お子様だよなぁ」
笑う由希子の言葉に、呆れながら答えた。
──けど、あんなお子様のクセに、いっちょ前に恋愛感情に関しちゃあオレより先にいってんだもんなぁ……
女のが成熟早いとは言うけど、ホントわかんないもんだ……
先日知った衝撃の事実を思い返しながら立ち上がる。
「ねえ計佑、合宿は明後日の朝までって話だったけど、その間全然帰ってくるつもりはないのかい?」
呼び止めるように尋ねてきた由希子に、一瞬考えてから答える。
「……そのつもりだったんだけど……ちょっと気になるコトがあるんで、
もしかしたら帰ってくる事あるかも。……まあ、一応は帰ってくる予定はないってことで」
「りょーかい、あんたも気をつけるんだよ」
「あいよー」と由希子に手を上げ、部屋に向かった。
荷物を取ってくる為と、──たった今、由希子に言った "気になるコト" のために。
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「……おーいホタル、調子はどうだ……?」
部屋に戻った計佑が、まずやった事は──ホタルの心配だった。
ベッドに寝転がったままのホタルの元へ行き、顔を覗き込む。
「……あ。ケイスケ……おはよう……」
「いや、挨拶はさっきもしたぞ……? 本当に大丈夫なのか……?」
しゃがみこんで、ホタルの額に手を当ててみる。──平熱だった。
……まあ幽霊に平熱というのもおかしな話だったが、触れた感触はいつも通りではあった。
ぼんやりとしたままのホタルを、より近づいて覗きこむ。
「幽霊に病気とかあんのか……? 昨夜までは元気だったのに、一体どうしちゃったんだよ……」
──由希子に語った『気になるコト』……それは、ホタルのこの状態についてだった。
『ホントは、別にスイミンは必要ないんだー。起きていようと思えば、いつまででも起きていられるんだよー』
以前にそんな事を言っていて、
実際いつもは計佑より早く目を覚まし、元気一杯に計佑を起こしてくれていたのだが。
今朝に限っては、なかなか目を覚まさず、なんだか様子がおかしいのだった。
──……合宿、行くのやめたほうがいいのかな……
とは言っても、ホタルにつきっきりでいてもオレに何が出来るかって話なんだけど……
そんな事まで考え始めていると、ホタルがようやく、ゆっくりと身体を起こしてきた。
そして両足を伸ばしたまま座り込んでいたホタルだが、やがて両手を握ったり開いたりし始めた。
その目は、まだ半分閉じたままで。
そんなホタルの顔を、ベッドに両肘を置いたまま見上げていた計佑が、
いよいよ不安になってまた声をかけようとした瞬間、ホタルが計佑の顔を見下ろしてきた。
そして、指を上に向けてピンと伸ばした右の掌を、計佑の顔のやや横辺りにつきだしてくる。
──……? 何を──
『バァン!!!! 』
疑問に思った瞬間に、突然の後ろからの爆音。慌てて振り向いた。と──
部屋の隅に積んであった、某週刊少年漫画雑誌の束が吹き飛んでいた──比喩ではなく、本当に木っ端微塵に。
──……え、な……
あんぐりと口を開けた計佑の視界を埋め尽くす、舞い散る紙切れの吹雪。
思考が真っ白になった少年の耳に、ホタルのいつも通りの舌っ足らずな声が届いた。
「──チカラが、半分くらいまではもどってきてる……」
──ええええぇええ!!!?? ホッホタルって、こんなとんでもない力まで持ってたのかよ!!?
掌を向けるだけで、触れもせずに分厚い漫画雑誌の束を紙吹雪にしてしまうなんて、
まるでかめ○め波とかの類ではないか。しかもこれで半分程度……!?
恐れ慄く少年が、おそるおそるホタルを振り返ると……幼女は、いつも通りの笑顔を浮かべていた。
「おはよーケイスケ!! なんか心配かけちゃったみたいだね、ようやく目がさめたよー!!」
「そ、そうか……よかったな……」
ぎこちなく答えた少年に、ホタルが抱きついてくる。
正直、今のトンデモ大砲のせいでちょっと……いやかなり恐ろしくて、ビクリと震えてしまう。
それでもホタルは全く気にせず、ニコニコと話しかけてきた。
「うん、この感覚なら多分今日か、遅くても明日のウチには、元の姿に戻れるんじゃないかなー?」
「えっ、そうなのか!? そうかっ、よかったなホタル!!」
そのホタルの言葉に、恐れも吹き飛んだ。
ホタルの脇を抱きかかえて立ち上がると、くるくると回ってみせる。
ホタルもキャイキャイと喜んでみせたが、やがて回るのをやめた計佑にベッドに下ろされると、
「……でも、元に戻ったら、もうここを出ていかなきゃダメなんだよね……」
寂しそうに呟いてきた。
「えっ、なんでだ? いつまででもいていいんだぞ? ……まあ、流石に戻ったら添い寝はダメだけどな」
最初はキョトンとして、けれど最後には苦笑しながら答える計佑。
それにホタルが、「ホントっっ!?」と寂しそうな顔から一転、
パァっと明るい顔になり、そして最後には頬を膨らませた。
「……でもなんでー? 寝るのも今まで通りでもいいでしょ~?」
「いや、なんでも何も……戻ったら、お前のほうから絶対拒否すると思うんだけど」
ポン、とホタルの頭に手を置きながら答える計佑に、
「……そっかなー……なんか案外、前よりしたくなる気がする……」
「あはははっ、ないない!!」
ホタルが呟き、鈍感少年が笑って。
「……でも、ホントに悪い事とかじゃなくてよかったよ。これで安心して合宿行けるな」
計佑が立ち上がる。
「……といっても、これから2日は帰って来ない予定んだよな。
……やっぱりたまには帰ってきたほうがいいかな?」
ホタルの寂しさを心配した言葉だったが、
「んー、ヘイキだと思う。たえられなかったら、むしろこっちから飛んでくしー。
それに、これからはどーせ寝てばっかになると思うからー」
そう答えたそばから、こてんと倒れこむホタル。
「なんだ、やっぱり何かキツイのかっ?」
不安になって尋ねると、ホタルは笑顔を浮かべてみせた。
「……そうじゃないよー、でもなんだかすぐに眠くなってきて~……
多分、一気にカラダとか戻りそうなせいなんじゃないかな~……
とにかく、つらいとかじゃないから~……」
そう答えたホタルは、もう本当に眠そうで。
「……本当に大丈夫か……?」
それでも不安が拭い切れずにもう一度問いかけると、ホタルは静かな笑みを浮かべた。
「……ああ。本当に平気だから、心配するな計佑……」
──ドキリとした。それは、展望台でのホタルのような、大人びた笑みと口調だった。
驚いている間に、もうホタルは寝息を立て始めて。
──……本当に、戻りかけてるんだな……
そして、ホタルの言う通りなら、合宿から戻る頃にはもう元の姿に戻ってしまっているのだろう。
そうなれば、当然だが今までのようにじゃれついてきてくれる事もなくなって。
……正直、その事に一抹の寂しさを感じて、すやすやと眠るホタルの頭を一撫でする。
──そして、部屋を埋め尽くす紙切れの山を見渡して。
──……そりゃ、寝ぼけた子供のやった事だから叱れないけどさぁ……
出発前に面倒な仕事が増えてしまったと、頭を痛くするのだった。
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荷物を学校へと置き、雪姫や硝子と合流して。
試合が行われる球場へとやって来た計佑達だったが──
試合が始まった今、三人は揃ってポカーンと惚ける事しか出来なくなっていた。
「……ま、まくらちゃんってこんなにスゴかったの……!?」
「……お、オレも知りませんでした……」
「……今日は特に調子がいいんだろうけど……それにしても……!!」
──バシーン!!! ──バシーン!!!と、まくらの手から離れた次の瞬間には、
もうミットに吸い込まれるボールが、腹にまで響いてくる音を立て続けていて。
その勢いは、テレビで見るオリンピック選手の球の速さにも負けてないようにすら感じられた。
勿論、実際にはそんな事はないのだろうけど、
画面越しではない生で、そして至近距離で見るその球は、もうそんな風にしか思えないほどの迫力だった。
どんどん築かれていく三振の山。
たまにバットに当てられる事もあったが、すっかり腰が引けてしまっているバッターが、
ヘロリと振っただけのスイングでは後ろへ飛ぶファールになるか、前に行っても内野ゴロが関の山で。
完封どころか、パーフェクトすら果たしてしまいそうな勢いだった。
「すごいすごい!! ランナー、一人も出てないよね!? これって完全試合ってやつになるんじゃない!?」
「そうですね……!! 万年一回戦のソフト部が、今年は県大会も夢じゃないなんて噂になったのも納得です!!」
雪姫や硝子がはしゃいだ声を上げる。
……けれど、それを他所に少年だけが、もうまくらの勇姿を真っ直ぐ見ていられなかった。
何故なら、
──まくらのヤツ、こんなスゴかったのかよ……!
オレなんかが、偉そうに上から目線出来るレベルじゃ全然ねーじゃねーかよ……!!
今までの自分の振る舞いを省みて、自己嫌悪で一杯になっていたからだった。
恋愛方面で完全に遅れている事を思い知らされて、一度は微妙な気分にさせられた。
けれど、最近のまた子供っぽいはしゃぎように安心していたところに──この晴れ姿だ。
──多少子供っぽいトコがあっても……まくらのが、オレなんかより全然人間的に上なんじゃん……
自分なんて、多少小器用なだけで特に取り柄もない人間なのに。
こんなにあった差にも気づかずに、ずっと上から目線で兄貴面していた自分が、とにかく恥ずかしかった。
──……カッコ悪……オレ、ホントはもうずっと……まくらには、内心笑われてたんじゃねーかな……
そんな風に、完全に打ちのめされて。いじけた事まで考えながら、ベンチに深く腰掛けたままでいた。
「……目覚くん? どうしたの。もう、完全試合が決まろうってとこなのに……」
それに、隣で立ち上がって応援していた硝子が気付いて。そんな風に声をかけてきた。
「……あ……う、うん……」
重たそうに、ゆっくりと立ち上がる。
そんな計佑を、怪訝そうな顔で硝子が見下ろしていたが、
また上がった歓声に、いよいよ試合が決まりそうだと察して、慌てて顔を試合へと戻した。
計佑も、のろのろと顔をあげる。
久しぶりに、まともにまくらを視界に入れた瞬間、まくらの手から弾丸のように球が放たれて。
一瞬でミットに収まり──最後のバッターも三振に仕留めて、まくらが本当にパーフェクトを達成してみせた。
ワァッと歓声が上がって、
そしてまくらが、ガッツポーズで真っ先に計佑たちを──いや、はっきりと計佑だけを。振り返ってきた。
勘違いでも、うぬぼれでも、被害妄想でもない。
完全に合った目が、間違いなく今、まくらが自分だけを見つめてきている事を少年に理解させた。
そして、その弾けるような笑顔に、計佑は──そんな事はないとわかっている筈なのに──
まるで、今までの自分をあざ笑われているような気がしてしまって……はっきりと、顔を背けてしまった。
……だから、喜び溢れていた筈のまくらの顔が、その瞬間どんな表情に変わったかなど、気付ける訳もなく。
すぐにチームメイトに囲まれてしまって、
計佑達からはあっという間に見えなくなってしまったまくらだったから、
硝子と手を繋いで飛び跳ねていた雪姫も、また気づかなかった。
結局、計佑たち三人の中で、その一瞬のまくらの表情に気づいたのは残った後一人だけ。
その少女は、雪姫と手こそ繋いではいたが、意識はずっとまくらに置いていて。
だから、まくらの笑顔が壊れた瞬間を決して見落とさず──すぐに計佑の様子を確認して。
そして、そっぽを向くように俯いている少年の様子に、目を剥くのだった。
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学校へ戻るため、バス停へと向かう雪姫達三人だったが、三人の間に漂う空気はどこか重かった。
理由は勿論、
「……ねえ計佑くん、何かあったの……? 試合が終わってから、随分元気がないみたいだけど……」
あからさまに暗い空気を漂わせている少年のせいだった。
試合直後、一番興奮していたのは雪姫だったが、
計佑と硝子の様子がおかしい事に気付いてからは、一人ではしゃぎ続ける事など出来る筈もなくて。
硝子の空気がおかしいのは、どうやら計佑に端を発している事は雪姫にも察せられた。
ただ、肝心のその計佑が何故落ち込んでいるのかは、雪姫にはまるでわからなかったが──
大好きな少年の萎れ切った姿など、見ていたくない事は確かで。
正直、いつも計佑に甘えきっている自分が慰められるか自信はなかったけれど、とにかく言葉をかけてみたのだった。
「……あ……すいません、先輩……いや、須々野さんも。
まくらが完全試合なんかやってみせて、すごい目出度いとこなのに。
オレが、なんか雰囲気ぶち壊しにしちゃって……」
一度は顔を上げた計佑だったが、言葉の途中でまた俯いてしまう。
「うっ、ううん、そんな事……何か気分が悪いとか、体調が悪いとかじゃ……ないの?
もしそうなら、とりあえず休まないと……」
「……いえ、そういうんじゃないんです。
ただ、自分がみっともなさすぎて……自己嫌悪してただけなんです」
そう答えて。ようやく少年がちゃんと顔を上げてきた。
「……ホント、すいませんでした。変な心配かけて」
そう言って、立ち止まって謝ってきた少年が上げた顔には
ようやく笑顔──といっても苦笑ではあったけど──が浮かんでいて。
空元気でしかないのだろうけど、いくらかでも立ち直ってくれたのだと、雪姫もまた立ち止まって。少し安心した。
かつて、島での帰りには、いくら言葉を投げても沈みきった計佑には届かなかった。
もちろん今は、あの時程落ち込んでいる様子ではなかったけれど、
それでも今、自分の言葉にちゃんと反応して、いくらかでも元気を取り戻してくれたことに、
嬉しさと少しばかりの自信も得て。声のトーンを上げて、また計佑に話しかけた。
「ううんっ、いいのいいの!!
……あっでも、もし私が聞いてもいい事だったら、何で落ち込んでたのか話してみて?」
「いえっ、それはちょっと……」
苦笑しながらだったが、それはしっかり拒絶されてしまった。
──う……やっぱり私じゃダメなのかな……
ちょっと調子に乗ってしまったかと反省もしたけれど、
それ以上に、結局は拒絶されてしまった事のほうがショックだった。
けれど、上辺は笑顔を取り繕って、慌てて謝る。
「あっそうだよね!? なんかごめんね、ちょっと踏み込みすぎて──」
「──自己嫌悪って、一体何を考えていたの」
──けれど、その謝罪の言葉は、割り込んできた硝子に遮られた。
「何って……だから、それは……っ!?」
計佑が、少し先で佇んでいた硝子へと顔を向けながら答えて。途中で息を呑んだ。
雪姫もまた硝子へと視線を移して、計佑の反応の理由がわかった。
硝子の目はグッと釣り上がっていて、部活の時などに見せる半分おふざけのモノではない、
その本気で怒っている様子に、雪姫もまた息を呑んだ。
二人が黙っている間に、また硝子が口を開く。
「まさか、『まくらがあんなにスゴイなんて知らなかった。
兄貴面して、上から目線で偉そうにしてた自分がカッコ悪すぎて恥ずかしい』
みたいな事を考えていたんじゃないでしょうね」
「……っ!!」
硝子の言葉に、計佑が驚いた顔をして。それで雪姫にも、硝子の指摘が図星だと分かった。
「……はは。相変わらずスゴイね須々野さんは……
オレみたいなバカの考えるコトくらい、簡単にわかっちゃうんだね」
自嘲するかのように計佑が苦笑して。けれど硝子は容赦しなかった。
「……ホントにそんな理由なんだ……その癖、そんな風にヘラヘラ笑ってみせたりして。
確かに、随分とみっともない話よね」
その言い草に、流石に計佑がムッとした顔つきになった。
──しょ、硝子ちゃんどうしちゃったの……!?
確かに計佑の思考は、褒められた物ではなかったかもしれない。
けれど、悩み、落ち込んでいる人間にこんな言い方をするなんて。
それじゃあ相手は意固地になるか、腹を立てるかしてしまう。
そんな事に、硝子が気付いていない筈はないのに。
試合終了直後の、一瞬の計佑たちのやり取りに気付いていない雪姫には、硝子の怒りがまるで理解できなかった。
「妹の活躍を僻むような器の小ささで、よく今まで兄貴気取りでいられたわよね」
そして、雪姫が狼狽えている間にも、まだ硝子の攻撃は続いていた。
「そもそも、兄妹兄妹言うけれど、血もつながってない他人でしょう。
なのにいつもそう言いはって……本当は、そう思ってるのは目覚くんだけかもしれないのに──」
「──いい加減にしろよ」
その言葉をぶつけられた硝子ではなく、雪姫の方がビクリと竦んでしまった。
今の計佑の声は、雪姫が聞いたこともないような、押し殺した低い声で……
「須々野さんからしたら、オレの考えるコトなんて単純でバカらしく思えるのかもしれないけどな……
だからって、好き勝手にオレ達の心の中まで踏み荒らしていいってコトにはならないだろッ!!」
今や、はっきりと憤怒の表情を浮かべた少年の怒声に、思わず後ずさってしまう。
完全に気圧されてしまって、口を挟むどころか、ただ震えることしか出来なかった。
……けれど、硝子のほうは、まるで怯まなかった。硝子だって、自分と同じで、傷つきやすいコの筈なのに。
──……やっぱり硝子ちゃん、こんな風になるって分かってたのに、あんな言い方を……?
あらかじめ覚悟がなかったら、硝子だってこんな計佑には耐えられなかった筈──
思考の片隅で、そんな事に思い至ったが、それじゃあ何故、硝子が分かっていてあんな態度をとっていたのか……?
そこまでは、震える思考では思い至れなかった。そして、置いてきぼりの雪姫を他所に、
「……くだらないプライドばかり大事にして、
自分の事しか考えてないような人の心中になんて、配慮する必要ないでしょう」
硝子が嘲るような顔つきで、また計佑を煽るような言葉をぶつけた。
そのあまりの辛辣さに、いよいよ雪姫の心までギュウっと絞り上げられた。
そして、そんな言葉をぶつけられた計佑の方は──スッと目を細めると。
「……もういい」
言い捨てたその表情は、落ち着いた──というより、無表情なものだった。
怒りが収まったというより、もはや硝子に関心をなくしたかのように。
そして、足早に歩き出した──雪姫のことも顧みずに。
けれど、そんな少年に、臆病な雪姫が声をかける事など出来るはずもなくて、ただオロオロと見送っていたら、
「話は終わってないでしょう、何逃げてるの」
すれ違った少年の背中に、向き直った硝子が声をかけた。
けれど、計佑は全く歩みを止めることなく、振り返りもせずにどんどんと先を行こうとする。が──
「──まくらをあれだけ傷つけておいて、逆切れなんか出来る立場だと思ってるのっ!!!」
そんな硝子の怒声で、雪姫がビクリと震え、計佑も流石に歩みを止めた。
初めて聞く硝子の怒鳴り声にすっかり萎縮してしまっている雪姫の前で、硝子の背中が震えていた。
計佑がゆっくりと振り返ってくる。
「……傷つけたってなん、だよ……」
怪訝そうな顔で振り返ってきた計佑の声が、途中で一瞬途切れて。戸惑った顔つきになった。
雪姫の位置からは硝子の後ろ姿しか見えなかったから、計佑が硝子の顔に何を見たのかは分からなかった。
「……まくらが、今日の試合の事どれだけ楽しみにしてたか……わかってるの?」
「それは……一応わかってるけど」
硝子の言葉に、相変わらず戸惑った顔のまま計佑が答えた。
「最後にまくらが振り返ってきた時。目覚くんはまくらを完全に無視したでしょう」
「別に、無視したワケじゃ……」
「……まくらは、今日は特に絶好調だったと思う。でもそれは、目覚くんが観に来てくれていたから。
……何年かぶりに応援に来たんでしょう!? それであんなに頑張って!!
なのに、褒めてくれると思っていた相手にあんな風にそっぽを向かれて、傷つかない訳がないでしょう!!?」
「……あっ……!!」
計佑が、ハッとした表情を浮かべて、
「……ごめんっ……須々野さん、オレ……!!」
俯きながらも、謝罪の言葉を口にした。
「私に謝っても仕方ないじゃない!! 」
硝子が両手の拳を握りこみながら叫ぶ。
「上から目線がどうのなんて!! あんなに頑張ったまくらに、
変なプライド気にして無視で答えるなんていうほうが、よっぽどカッコ悪いことじゃあないのっ!!??」
「…………」
喚く硝子に、計佑が完全に項垂れてしまった。
「何黙りこんでるのよ!!
自分が正しいって思うんなら、さっきみたいにキレてみせて、何か言い訳してみなさいよっ!!!」
けれど、硝子の怒りはまるで治まらないようだった。
そして、雪姫も、もう黙っていられなかった。硝子の怒気に圧倒されていたけれど、
もう打ちのめされている計佑が、更にいたぶられるのを見過ごすなんて、雪姫には出来る筈もなくて。
「し、硝子ちゃんっ、ちょっと落ち着いて。計佑くんも、もうわかってるみたいだし──」
慌てて、硝子を追い抜いて二人の間に割って入ったのだけれど、
「──っ!! ……貴女が!!! まくらの話に入って来ないでッッ!!!!」
それまでより更に高い、金切り声で跳ね除けられて。
涙を零しながらも、つり上がった目で睨みつけてくる硝子の姿に、雪姫は身も心も完全に凍りつくのだった。
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計佑が、初めて硝子にキレてしまう程に抱いた怒り。
それは嘲笑された事ではなく、自分とまくらの関係まで否定してきた事に対してだった。
自分の単純な思考は読めるかもしれないし、バカにされたって事実だからまだ仕方ない。
けれど、自分とまくらが十年以上かけて築いてきた関係まで否定してきた時には、もう許せなかった。
自分達の距離の近さは、昔から散々からかわれてきた。
あまりにもうんざりして、学校では距離をとるようにしていた時期もあった。
そんな風に色々あって、笑っていなせるようにもなってきて、
ようやく確立した──そんな自分たちの関係まで否定なんてさせない。
硝子はからかってくるような事こそなかったが、
度々そういう関係前提で扱ってくる事には、内心思うところがあった。
そして今、落ち込んで余裕がないところに、バカにしてきた上、
トドメにまくらとの関係まで否定してきた事で、ついに計佑も我慢の限界を超えてしまったのだった。
──須々野さんが、こんな無神経だとは思わなかったよ……
思慮深い人だと思っていたのに。幻滅して、もう話す気もしなくなった。
立ち去ろうとして、けれど初めて聞く硝子の怒声には、流石に足が止まった。
振り返って──
──な、なんで泣いて……?
瞳に涙を貯めて、唇を噛み締める硝子の姿に戸惑った。
絡んできたのはそちらの方なのに。まるでわからなかった。
けれど、その後の硝子の言葉でようやくわかった。
自分がまくらを傷つけてしまった事と、
──硝子は今、まくらの為にこんなに怒ってくれているんだという──硝子の怒りの理由が。
──ただ時間を重ねてきただけのオレなんかより、
須々野さんの方がよっぽどまくらを思いやれてるじゃないかよ……!
自分とまくらの長年の絆を否定された──そんな風に考えてキレてしまったけれど。
遙かに短い時間しか過ごしていない硝子の方が、今よほどまくらの事を気遣ってみせていた。
その事にようやく気付いて、
──本当に何やってたんだよ、オレは……!! 須々野さんにも……!!
一時でも硝子を疑った自分が恥ずかしくて、申し訳なくて。
すぐに謝ったけれど、謝罪の意味を勘違いしたらしい硝子はますます激昂した。
……けれど、弁解はしなかった。
今の自分に出来ることは、せめて硝子の叱責を全部受け止める事だけ────そう思ったのだけれど、
雪姫が割って入ってきてしまった事で、そうも言っていられなくなった。
今度は雪姫に対して声を荒げた硝子に、慌てて雪姫の前に回り込んだ。
「ま、待って須々野さん!! 悪いのは全部オレだから。先輩は、ただ仲裁しようとしてくれただけだから!!」
自分のせいで、先輩に迷惑はかけられない──それが最初の感情だったけれど、
硝子のためにも止めなければいけなかった。
雪姫は硝子の憧れの先輩でもあって、自分のせいで硝子と先輩の仲がおかしくなるような事なんて。
もうこれ以上硝子に迷惑をかけるわけにはいかない、そんな気持ちもあっての事だったけれど、
計佑が雪姫を庇った瞬間──硝子が傷ついたような表情をした。
最初は、我に返った硝子が、先輩に怒鳴ってしまった事を自省してそんな顔をしたのだと思った。
けれど、硝子は
「……結局、その人なの……」
辛うじて、計佑にだけは聞こえたであろう声量で呟いて。俯いてしまった。
「……え……?」
その呟きの意味が解らなかった計佑が、それ以上は何も言えない間に、硝子が顔を上げた。
その表情は、怒ってるようで、でも涙を流す様は悲しんでいるようでもあって。
「……目覚くんは、絶対後悔するから……!!」
そう言い捨てると、硝子は走りだして。
──けれど、計佑も雪姫も後を追うことは出来ず。ただ立ち尽くして見送る事しか出来なかった。
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