2020-08-15 06:38:44 更新

概要

曙がいなくなってしまった鎮守府のお話です。
一応、前作「追憶のレディーズランド」から続いています。
特に前作を知らなくても読めるので悪しからず。


深海棲艦の襲撃で昏睡状態に陥った私は5年の時を経て目覚めた。

その5年の間、かつての鎮守府は“レディーズランド泊地”と名前を変え艦娘達のみの手で運営されていた。

司令官をしていたのは私の最愛の艦“曙”。

レディーズランドに“帰還した”私を例外なく誰もが歓迎してくれ、これからの提督業は幸先良いものと思われた。

だが、帰還したその日の深夜、曙は私に自分を解体するよう迫った。私はそれに従い、そして、彼女はいなくなった。




[曙解体から五年後]


扉<コンコンコン


加賀「提督、失礼します」


提督「おぉ加賀か、入れ」モグモグ


加賀「食事中だったのね、改めた方がいいかしら?」


提督「気にするな」モグモグ


加賀「では、遠征の報告をさせてもらうわ」


提督「おお、頼む」


あれ以来、秘書艦はもっぱら加賀。

仕事は卒なくこなすし、仕事の合間の目の保養にもなる秘書にうってつけの艦だ。

冗談のセンスが玉に傷だが、そんなところも嫌いではない。


加賀「…報告は以上よ。」


提督「あぁ、ありがとう」


提督「今日は仕事がほとんどない、午後からは自由にしてくれていいぞ」


加賀「一人で大丈夫なの?」


提督「あぁ、すぐに終わるさ」


加賀「そう...」


加賀「何かあったらいつでも呼んで頂戴」


加賀「脱衣麻雀ぐらいなら付き合うわ」


提督「ハハァ…」


加賀「冗談よ」フフ




加賀「そういえば」


提督「どうした?」


加賀「今日で曙が消えてから5年が経つのね」


提督「時が経つのは早いな」


加賀「ええ、そうね」


提督「曙がいなくなった直後が大変だったな」


加賀「そうだったかしら?」


提督「突然いなくなったもんだから脱走したって大騒ぎになって、海軍総出で何日も捜索が続いたし」


提督「うちの鎮守府にも情報部の人間が何度も来たろ?」


加賀「いえ、知らぬいです」


提督「ふざけてるだろお前」


加賀はおどけて話を逸らそうとしているが、彼女が覚えていないというのは嘘だろう。

当時、当局の疑惑の目は当然私にも向いた。私は曙を上からの許可なく解体した容疑を掛けられた。

事実はその通りであったので容疑の立証は時間の問題であった。だが、立証されることはなかった。

何故か?



加賀が私のアリバイを証言したからだ。

「提督は夜から朝までずっと私の部屋に居ました」と。

それはそれで別の問題に発展しかねない爆弾のような証言であったが、幸運にも他の艦娘から裏付け(「朝、二人が部屋から出てくるのを見た」等)が取れたこともあってこの「提督&加賀ベッドinセオリー」は確立され、私の容疑は無事晴れた。

もちろん、私と加賀はこれが嘘だと知っている。

だが今まで暗黙の了解としてお互いこのアリバイを事実として扱ってきている。

加賀がどうして嘘の証言なんかしたのか、明らかにしたい気持ちはあったが何故か恐ろしくて聞けないのであった。



加賀「なにか言いたそうだけど」


提督「いや、別に」


加賀「曙がいなくて寂しい?」


提督「…あぁ」


加賀「…私もです」


しばらく静寂が走った。その後加賀が静かに口を開いた。




加賀「彼女は提督の話をよくしてたわ」


提督「そうなのか?」


加賀「ええ、そしてその話をした後は決まって悩んだ顔をするの」


提督「なぜ?」


加賀「それは私にもわからない」


加賀「でも、あなたに解体を求めたことに関係してると思うわ」


提督「!!」


それは実にさりげない白状であった。




提督「やっぱり知ってたのか」


加賀「ええ、黙っていてごめんなさい」


加賀「工廠での一部始終も見ていたわ」


提督「そして、眠った私をお前の部屋に運んだわけか」


加賀「そうなるわね」


提督「解体を止めようとは思わなかったのか?」


加賀「彼女の意志は尊重してあげたかったから」


加賀の視線の先には曙の残していったジュークボックスがあった。




提督「曙はお前になにか言ってなかったか?」


加賀「なにも」


加賀「調査の時も聞いたと思うけど彼女の異変を察知していた艦娘は誰もいなかったわ」


提督「そうか」


それほどまで彼女は平然としていた。


腹の内ではこの世を去る覚悟をしていたのにも関わらず。




提督「曙に会いたいな…」


加賀「…そうね」


一度解体された艦娘が再びこの世に現れることはない。そうと知っていっても口に出さずにはいられなかった。




[PM 3:00]


カリカリ…カリカリ……カツン!


提督「はぁ~やっと終わった」


扉<コンコンコン


提督「入っていいぞ」


潮「し、失礼します…」


提督「お、潮か。どうした。」


潮「その、提督に、渡したいものが」


提督「なんだ?」


潮「こ、これ、どうぞ!」


提督「これは…」


それは一枚の写真であった。そこには笑う曙と私の二人が写っている。


提督「私の帰還パーティーでの一枚か、懐かしいなあ」


提督「青葉から?」


潮「は、はい。ずっと前に、青葉ちゃんに貰って、」


潮「提督に、渡しそびれていたので」


提督「そうか、わざわざありがとう」


潮「えへへ//」


潮「あ、あの」


提督「ん?」


潮「あ、曙ちゃん、提督のこと、大好きだったから、」


潮「きっといつかまた戻ってきてくれると思います!!」


そう。私と加賀以外は何も知らないのだ。


提督「あぁそうだな、俺もそう思ってるよ」




潮が出ていった後もしばらく写真を見つめていた。


写真の中の曙はとても嬉しそうな表情をして固まっている。


私がいなかった五年間が彼女の双肩にどれほどの重荷を背負わせたというのか。


私は写真をいれる額縁を探して執務室を漁り始めた。しかし額は見つからなかった。


窓の外に目をやるとちょうど母港に小さな貨物船が入港している。


閃いた。あれにのって本土に買い出しに行こう。




急遽、加賀に連絡を入れて留守番を頼んだ。任せてくださいと頼もしい返事。


それと、護衛として艦娘を一人連れていくように言われた。


私は一人で十分なのだが。


執務室を出て艦娘寮の前を通りかかると那智に会った。


提督「ちょうどよかった、今暇か?」


那智「酒保にお酒を買いに行くところだが?」


提督「それがかくかくしかじかでな」


那智「よかろう!ここの品揃えも本土には負けるからな!」


提督「よし、決まりだな」


護衛といっても同行するだけのことだ。まぁ那智なら実際に襲われたとしても返り討ちにしてしまうだろうが。


那智が私服に着替えてくると、私たち二人は貨物船に乗りこみ本土に向かって出発した。




[船内 PM5:00]


私たちが乗りこんだのは小型船、速度はかなり出るようだ。

これなら7時頃には向こうに着くだろう。

客室に通されて今は那智と二人きりだ。


那智「少し奮発していい酒を買うことにしよう」


那智「明日は非番だしな!」


こんなにキラキラした那智は滅多に見れない、ついでに私服姿も。


提督「今夜なら酒の相手もしてやれるが」


那智「いやその必要はない。既に酒の席は下拵えしてある。」


提督「そうか」


那智「司令官は何用だ?買い物に自分から出向くのは珍しいと思うが?」


提督「あぁまあ大した用じゃないんだ」


那智「言ってみよ」


提督「写真を入れるのに額が欲しくてね」


那智「写真」


那智「…曙か?」


言い当てられて少し身じろぐ、那智はこういう勘が鋭い。


提督「よく分かったな」


那智「私も貴様とは長いからな」フッ


提督「曙、戻ってくると思うか?」


那智「…。」


那智「申し訳ないが私はそう思わない。」


那智「奴は散り々になっていった戦友達を集めて艦隊を立て直した艦だぞ?」


那智「無責任に艦隊を抜け出して5年も戻ってこないなんてことはありえないんだ」


提督「それはそうだが…」


那智「司令官…貴様にこんなことをいうのは心苦しいが」


那智「奴はもう恐らく既に逝っているぞ」


こいつは本当に勘の鋭い女だ。私がこの手で曙を解体したとはつゆにも思うまいが。


那智「いやっ、すまない、縁起でもなかったな…」


提督「良いんだ、気にするな」


那智「いや、私は嫌な奴だ。奴の帰りを一番に待つ貴様には言うべきでなかった」


提督「もう良いんだ、那智」


提督「お前の気持ちはよくわかってる」


那智「貴様に私の何が分かるというのだ!」


提督「私のことを慕ってくれているのだろう!曙に負けない程に!」


私は那智の手を掴んでいた。


那智「っ!」


那智「やめてくれ、それ以上近づくな…!」


提督「曙は好きでいなくなっただけだ」


提督「お前にはそのことで自分を責めたり、疑ったりしてほしくないんだよ」


那智「わ、分かったから手を離して…//」


提督「す、すまん」


提督「お前だって私のかえけがえないのない艦だ、それを忘れるな」


私は少し怖かった。いつか那智も曙の様に唐突に、私に解体を迫ってくるのではないかと。


那智「わ、私は陸に着くまで寝ることにする」


提督「そうしてくれ、色々言って悪かったな」


那智「私も“らしく”なかった、謝る」


那智「その司令官…」


那智「これからも変わらずに二人で飲んでくれるか?」


提督「もちろんだ」


那智「…良かった」


那智は横になって船備え付けのブランケットを被り睡眠態勢に入った。

そのうち私も窓からの景色を眺めているうちに瞼が重くなってきた。腕を組んで目を閉じるとすぐに眠りに落ちた。



[本土 PM6:30]



那智に起こされて目を覚ます。誰かに起こされてばかりの人生だ。

那智はもうすっかりいつも通りになっていた。

船から降り、基地でジープを一台借りてそれで街へと繰り出した。

この時間帯の夕焼けは朝焼けにそっくりだ、私は5年前加賀の部屋から見たあの空を思い出していた。


那智「どこから回る?」


提督「とりあえず酒屋に行こう、あそこの商店街に行けば何でも手に入るだろう」


そうして、私たちは商店街へと向かった。




[商店街 PM7:00]


車を降りて酒屋に入る。

古今東西あらゆる酒がそろう老舗で、那智はここ以外に目がない。

しばらく一緒に見ていたがあまりにも長すぎるので少し文句を言うと、よそを回っておけと怒鳴られてしまった。

一応、私の護衛のはずなのであるが…。

言う通りに一人で酒屋を出て、商店街をうろつき始めた。

少し行った先に写真屋があったはずだ。

そこで額を手に入れたら、土産も買ってさっさと帰ってしまおう。

商店街はいつもよりにぎやかであった。

人ごみの中を歩きながら、私は昔見た映画のことを思い出していた。

よくあるタイムリープものの映画だ。

その映画の最後に“主人公”と“主人公との記憶を無くしたヒロイン”が人ごみの中ですれ違うシーンがある。

主人公はそれが彼女だと気づくが振り向くこともなく去っていくというのがなんとも切なくて印象に残っている。

まさかと思い注意深くすれ違う人々の顔を見つめるが曙らしき人はやはりいない。

いるわけがない。

所詮映画は映画なのだ。そう自分を嘲った。

その時だった。


前を通りがかった花屋の店先に懐かしい花を見かけた。

私は無意識に立ち止まる。

後ろの人間が驚いて罵声を飛ばしてきたのももはや聞こえなかった。

人の流れを横切って店先に立つ。

そうだ、この花は曙の髪飾りと同じものだ。

確か花の名前は…



「ミヤコワスレ」


いつの間にか目の前に立っていた店員らしき人はそういった。


提督「そ、そうですか」


顔を上げてその人を見た。一瞬息が止まる。その女性は曙にそっくりであった。


曙「クソ提督、久しぶり」


提督「お前、本当に曙なのか?」


私は今にも泣きだしそうなのを我慢して彼女に聞いた。聞くまでもなかったことだ。


曙「そうだってば、しつこいなぁ」


提督「ずっと会いたかった…」


私はもう泣いていた。


曙「うわ、ほらそんなとこで泣いてたら目立つから中入って」


曙に誘導されて店内へ入っていく。


外から見ると小さな店だったが、中もやはり狭い作りであった。カウンターの内で椅子に座らされた。


曙「ほら、とりあえず色々拭いてよ」


ティッシュを差し出しながら彼女も私の前に座る。


提督「あぁ、ありがとう」ズビ


曙「はぁ…とうとう見つかっちゃったのね」


曙「ちょうど5年っていうのがなんとも奇遇というか、皮肉というか」


提督「一体なにがおこってるんだ?」


曙「わかんないけど解体炉の中で意識が途絶えて」


曙「次目覚めたときはもうこの体になってた」


曙「正真正銘の人間よ」


提督「どうして花屋を?」


曙「不思議なことにね、この体、しっかり名前や過去や家族を持ってるの」


曙「5年より前からずっと生きてきた痕跡があるの」


曙「今の母…が花屋を営んでいたから継ぐことになったの」


提督「そんなことが…」


提督「つまり、解体された艦娘は人間としての人生が既に用意されていると?」


曙「皆そうかはわかんないわ、あたし以外解体された子いないし」


曙「そう、皆」


曙「加賀とか元気?」


提督「あぁ、ずっと秘書艦をやってもらってる」


曙「そう、良かった」


提督「皆、会いたがってると思うぞ」


曙「クソ提督…会うのはダメ」


提督「少しくらいなら」


曙「こんな真実を知ったら誰も戦わなくなる」


曙「艦隊の皆には、絶対秘密にして」


提督「…。」


曙「そ、それにあたしが花屋なんかしてるってバレるのも癪だしね」


提督「花屋になるのが夢だったのか?」


曙「じ、実はほんの少し…ね」


曙「あたしが普通の人になれたらやってみたいなって」


提督「夢がかなって良かったな」


曙「まぁね」





提督「ここからが本題なんだが」


曙「うん…」


提督「私はこの戦争が終わるまで提督をやめるつもりはない」


曙「当然ね」


提督「でも、お前と今すぐ結婚したい」


曙「はっきり言いすぎ」


提督「婚約しよう」


曙「…まぁ、いいわ」


曙「もらってあげる」


彼女はそういって手を差し出してきた。

私はあの日以来肌身離さず持っていた指輪を彼女の薬指にはめた。彼女は少し涙目になっていた。


曙「別に嬉しくなんかないけど、まぁ、悪くないわ」


提督「誓いのキス…」


曙「調子に乗るなクソ提督!」


曙「あと、あれよ、あたしももう21になるし。周りもほっとかないだろうし、あんまり長いと他の男になびいちゃうかもね(棒読み)」


提督「えぇ」


曙「そう、だからさっさと戦争終わらせてきなさい」


提督「もちろん、わかってるよ」


そして不意を打って曙を抱きしめた。殴られるのは覚悟であったが全く抵抗はなかった。


曙「ほら、もういいでしょ」


提督「あぁ」


そうして、私は花屋を去った。

今までにない強い意志とミヤコワスレを一輪携えて。

両手の袋いっぱいの酒を抱えた那智を連れて鎮守府に戻った私を加賀が迎えてくれた。


加賀「おかえりなさい」


那智「今日は飲むぞー!」


加賀「那智がはっちゃけてるけど何かあったの?」


提督「さぁ良いことでもあったんじゃないか?」


加賀の視線は私の胸ポケットにさしてあるミヤコワスレをとらえた。


加賀「その花は…」


提督「特に深い意味はない、拾ったんだ」


加賀の横を通り過ぎ執務室に向かって歩き始めた。


提督「ほら、戻るぞ」


加賀「あの商店街の花屋」


私は息をのんだ。


加賀「私も気になってたの」


彼女は振り向いて少し微笑む。


私も負けずに微笑む。この女には一生隠し事はできないだろう。


那智「そういえば司令官、額縁はよかったのか?」


提督「あっそうだ、忘れてたなぁ」


那智「あの時、私が気づくべきだった…!」


提督「まぁ」


提督「また近いうちに加賀と行くことになりそうだから、気にするな」


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【その後、提督は猪突猛進の勢いで進撃を繰り返し、半年で戦いを終結させた】


【無事結ばれた二人の元に、加賀率いる元艦娘達が2号の座を巡り押し掛けるのはまた別のお話。】




―終―


後書き

曙は至高!加賀はサイコ!
ここまでお読みいただきありがとうございました。


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2020-10-19 21:22:42

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