2017-04-18 01:19:26 更新

前書き

昔々の物語。
少年は祭囃子に目を覚ます。
厠へ向かい用を済ませた少年が時計を見れば、針は深夜の二時を示している。
こんな時間に祭り?
期待に胸を踊らせる少年。
急ぎ、それでいて祖父や祖母を起こさないように静かに履物を履く。
笛や三味線、太鼓に尺八。
数多くの楽器が向かって来ようとしていた。
祭囃子を待ち続け数分後、少年は祭囃子の正体を見る。
楽器を鳴らしながら自宅の前を練り歩く者々。
だけど、どこか様子がおかしい。
歩き行く人々の周りを照らしているのは浮いている色とりどりの炎だった。
赤、青、緑の浮遊している炎。
蛍よりも明るい光が演奏者一行を照らしている。
しばらくして少年は祭を先導する男性と目があった。
驚いたような男性ではあったが、目を輝かす少年のために演奏する笛を止め手を振ってくれた。
手を振り返す少年。
祭囃子が半分ほど過ぎた頃だろうか、少年は一人の少女を目にする。
自分と同じくらいの歳だろう。長い黒髪の少女が鈴を手に鳴らせながら歩いて行く。
目が合う少年と少女。
微笑む少女に先に手を振られ、少年も笑顔で手を振った。
少女は先頭集団に置いていかれないように鈴を鳴らしながらも、振り返りながら少年に手を振っていた。
少年もまた、少女の姿が見えなくなるまでいつまでも手を降っていた。





・SS二作品目となります。書き方や投稿の仕方が間違っているかもしれません。

・公開した状態で物語を更新するたびに「新作SS」に上がっているかもしれません。悪意や閲覧数を稼ぐためでは決してありませんので悪しからず。

・誤字脱字は大目にみてやって下さると助かります。

・矛盾などがあったらごめんなさい。

・他にも注意事項はありますが、言っているときりが無いので、寛大な心で閲覧して下さい。

・それではどうぞ。





祖母の葬儀が終わった日の夜、男はベランダで携帯灰皿を片手に煙草に火を灯す。


母「あんたまだ煙草吸っていたの?辞めてなかった?」


男「そうだっけ?記憶に無いわ」


男は軽口で答えるが、母の記憶は気のせいではない。

禁煙を貫いていた男が再び煙草を吸い出したのはここ半年前である。

そもそも本来、男は吸い続けていたタバコを辞める予定などなかった。

遡れば大学に入学し一年が過ぎた頃、高校時代の友人に紹介されて彼女ができた。

当初は器量もよく、顔立ちも良いしっかりした女の子だと思っていた。しかしそれも一年経つ頃には気遣いが束縛へと変貌を遂げる。

男がやることなすことに一々文句を言われだしたのも付き合い始めて一年が経った頃だ。

再三、煙草についての文句を言われた。付き合った頃から吸っていたにも拘わらず。

今でもしっかりと思い出せる元彼女の台詞


「私の友達だって煙草は身体に悪いって言ってた」


「私は吸わないのに副流煙を吸わされている」


「煙草臭い」


「お金の無駄」


とか。

そりゃあ勿論理不尽に感じた。

きみは俺が煙草を吸っているのを知っていて告白してきたハズじゃないのかと――。

それでも彼女が望むのならば、と思って煙草を辞めた。

でも一つ彼女の要求を叶えてやれば、次は「ああしろ」次は「こうしろ」と元彼女の要望はとどまるところをしらない。

結局彼女と一緒にいる意味を失った男が彼女を振ったのが半年前の話である。

あの時の修羅場は二度と味わいたくはない。


母「婆ちゃんの線香立てにも煙草あげておいてね」


男「んー」


母「あんたいつまで大学休み?」


男「あと二週間ぐらい」


母「バイトは?仕送りは増やせないからね」


男「あー・・・。前半かなり稼いだから大丈夫だと思う。やばくなったら援助して」


母「増やせないっつってんでしょ」


一本目の煙草を吸い終わり、二本目に火を点けた男が夜空を見る。

虫の鳴く音に晴天の星空。

ドのつく田舎だけれど、街中よりも四季が感じられる分趣がある。


母「父さんと母さんはもう帰るけど、あんたはどうする?」


男「おじさんらっていつ引越してくるん?」


母「一ヶ月後だってさ。婆ちゃん急に死んじゃったからね・・・。あんた暇ならしばらく住んで掃除でもしておきなさいよ。おじさんたちだってアンタほど暇じゃ無いんだから」


男「マジで言ってんの?こんなコンビニもないクソ田舎に住めとか拷問だろ・・・」


母「できる限り住めば良いでしょ。婆ちゃんだってあんたと一緒の方が嬉しいだろうし・・・」


男「どうだかね・・・。爺ちゃんも婆ちゃんもココには二度と来るなとか言ってたじゃん」


母「二度と来ちゃいけない、でしょ?仕方ないじゃない・・・あれはあんたが鬼を見たって言い出したのが原因なんだから。でもお爺ちゃんもお婆ちゃんも毎年あんたに会いに来ていたでしょう?」


喪服姿で小走りをする母がベランダで呑気に煙草を吹かす息子に鍵の束を投げた。

男は背中に当たった鍵束の衝撃に軽く咳込みさせられながらも、床に落ちた鍵を拾って指先でくるくると回す。


母「納屋にお爺ちゃんが乗っていた原付があるって。あと釣り竿も納屋にあるってさ。それにおじさんが、気になるものがあれば好きに持っていけって言ってたよ」


男「まじか。・・・ん?金になるものなんてある家なん?」


母「知らないわよお父さんの実家なんだから・・・。でも歴史のある家だから何か見付かるかるんじゃない?だからって貴金属ばかり持ち出すんじゃないわよ」


男「貴金属があったら黙って持ち帰るわ」


「それと、えぇっと・・・」と考えながら喋ろうとする母を父が玄関から「まだかー?」と呼ぶ。


男「まぁ、なんかあったらメールするから」


母「そうして。気をつけてね」


嵐のように過ぎて行く母。

静かになった部屋を背にしたまま、男が二本目の煙草を灰皿に押し込み立ち上がる。

勝手知ったる他人の家。

男が子供の頃以来に立ち入った家を歩き台所へと向かう。

冷蔵庫の野菜や魚、肉はまだ賞味期が残っているらしい。腐らせる前に食べてしまった方がいいかもしれない。

他を漁れば冷凍食品や飲み物もちらほらある。

棚には若者が滅多に買わないようなお菓子も置かれていた。何処に売っているのかすら分からない。

山ひとつ先のスーパーは何時までやっているのか。そもそも納屋にある原付は動くのか?

男がこれから過ごす計画を立てながら考えている途中、不意に台所の一角に積み上げられ、厚布を被せられた小山を見つける。


男「何だこれ?あん・・・?純米大吟醸?」


厚布の中には山積みにされた日本酒瓶の入ったケースが置かれてあった。一つのケース内には四号瓶が六本入っている。


男「もしかして全部酒かよ婆ちゃん――」


男が布を引き剥がし確認すると、六本入りのケースが積み上げられている量はおおよそ二十七ケース。しかも全てが中身入りらしい。

生前はよく友人らと宴会ばかりしていたとは聞いたが、いくら宴会好きと言っても備蓄させすぎな気もする。

生憎、煙草は吸えども酒を飲まない男。

酒飲みならばお宝に見えるのかもしれないが、男にとっては何の価値も無い邪魔な荷物でしかない。

一通り台所事情を把握し終えた男が、ケースから二本の酒を抜く。

居間の仏壇に酒瓶を置くと、男は両手を合わせて亡き祖父と祖母の冥福を願う。





・・・。

・・。

・。





朝になり朝食を食べ終えた男が、居間で携帯画面を睨みつけていた。

携帯の中にあるメモ帳機能に今後生活する上で必要になりそうな物を打ち込んで行く。

衣類は三日分しか持って来てはいないが・・・二日着たら洗濯機を回すローテーションを繰り返していれば事足りるだろう。多分。

風呂の道具も残されているのを使えば良いだろう。シャンプー、リンスとボディーソープ。


男「髭剃りとー・・・」


一人呟きながら携帯のメモ帳に入力をする。


男「んー・・・やっぱ靴下とパンツくらい買っておくか?」


朝方に寝室の箪笥を開けた時、祖父の形見と思われる洋服が見つかった。二日ごとの洗濯は面倒だから折角だしあの服も活用しようか・・・。

見てもいないTVの音を音楽代わりに、男は携帯に必要な物を入力して行った。

入力の途中で大学の友人や地元の友人らから遊びの誘いが入ったが体良く断る。

一通り入力を終えた男は、そのまま携帯のGPS地図を起動させた。


男「近場のスーパーは・・・車で一時間?マジかよ――」


とても歩くのは無理だろう。自転車でもまず無理。

やはり祖父の原付を頼るしか無いのか。

溜息混じりに立ち上がった男が昨夜と同じように、鍵の束を指先で回す。

鼻歌交じりに外に出た男が初秋の肌寒さに身震いをしながら納屋へ向かった。埃っぽい納屋に入り、奥に止めてある原付を引き摺り出す。

シートに積もる塵。

幸い自賠責は切れていないらしい。


男「いやー・・・絶対に動かねぇだろ・・・」


庭に引っ張り出したバイクのシートや他の部分を手ごろな雑巾で拭いてやる。適当に拭き終わった男がタバコに火をつけ、肺いっぱいに煙を吸い込んだ。


男「・・・頼むぜじーちゃん!」


気合いと共にセルを回す男。

・・・が駄目。

エンジンが起動する気配は微塵にも無い。


男「おいおい頼むよマジで・・・。ばーちゃんも助けてくれ!」


原付に座ったままバイクを左右に揺らせば、ガソリンタンクからはきちんと水音が聞こえる。腐っているのかどうかは分からないが、セルがウンともスンとも言わない以上問題はバッテリーにありそうだ。

スタンドを立て原付から降りた男が、最後の望みとばかりにキックスタートを試みる。


男「・・・ぬん!」


しかし現実は無情。

やはり微塵にもエンジンが動き出す気配は無い。

こうなったらロードサービスを呼ぶか?そもそもロードサービスはこんな集落みたいなクソ田舎に来てくれるのか?

押しても駄目、引いても駄目な現状に男が頭を悩ませる。


男「おのれぇ・・・この野郎・・・」


苛立ちを見せた男が納屋から道具入れを持ち出し、原付のサイドポケットを外す。

不貞腐れた様子でマイナスドライバーを使いポケットを外した男の目が丸くなった。

何と、あるはずのバッテリーが接続されていないではないか――。

ハッと気づいた男が煙草の火を消し、小走りで納屋へと戻る。


男「おっしゃー!やったぜ爺ちゃん!」


誰に言うわけでもなく一人盛り上がる男の手には、片手で掴める程度の箱が持たれていた。

これこそが男の祖父が入院前に外しておいた原付のバッテリーである。

意気揚々とバッテリーを取り付け終えた男が、気持ち新たに煙草に火をつける。これで駄目ならこいつはただの鉄屑野郎だ。

先ほどと同等か、それ以上の気合いを入れた男がセルを回す

しかしやはり駄目。

バイクがバイクの意味を失いただの鉄屑になろうとしていた。しかし諦める事なかれ。セルを回した感触には希望が見え隠れしていたのだ。


男「お?」


セルに頼らず、先ほどと同じようにキックスタートを試みる。

一度目は駄目。

二度目も駄目。

煙草のフィルターを前歯で噛み締め、力任せに三度目のキックスタート。


男「きたか!?止まるなおい!お前爺ちゃんのバイクだろ!大丈夫できる子だ!」


男の声が通じたのか、それともたまたまか・・・バイクはエンジンの駆動音を止める事なくその息を吹き返す。


男「おいおい・・・やるじゃねぇかお前――」


男が満面の笑顔でバイクのボディーをポンポンと撫でてやる。大学が夏休みを迎えた日と同じくらいの喜びだった。


男「よーし、俺がお前に名前をやろう」


何か良い名前は無いか?

考える男の胸ポケットから煙草の箱が零れ落ちる。

煙草の箱を拾った男が少し悩み、決断したように言う。


男「お前は今日からマル子だ。しばらく頼むぜマル子」


納屋からヘルメットを取り、手ごろな雑巾で適当に拭いて頭に被る。かなり埃っぽい匂いがしたが、マル子が生きていた嬉しさを思えれば不快にすらならない。


男「いくぜマル子!」




・・・。

・・。

・。




バイクで秋風を切る中、男は自分が暮らしている村の惨状に目を覆いたくなっていた。

見晴らしが良い場所だと言えば聞こえは良い。一面を敷き詰めるのは田ばかりだった。

右も左も米、米、米だらけ。

金色に輝く稲が綺麗だな。

そんな余裕を持てたのは走り始めた当初だけである。

祖父と祖母から出禁を食らうまではよく遊びに来ていたらしいが、都内を知った感覚で一生この村に住み続けたらきっと発狂するだろう。

バイクで走る途中、軽トラックを運転する村人に会う。

祖母の葬儀にも来ていた人だったが誰かは分からない。概ね祖母の飲み仲間か地元の人だろう。

声を掛けられしばらく話をする。

ちなみに男の返事は「どーも」と「ふんふん」と「なるほど!」と「あー。はいはい」だけだった。

方言が強過ぎて、実際のところ村人が何を言っているのかは解読不能だった。

軽トラックと別れて近隣のスーパーに着いたのは昼を過ぎた頃――。




・・・。

・・。

・。




そうして必要なものを買い溜めした男は、悠々自適に口笛を吹きながら山を走っていた。

山道を彩る秋の色。山に自生している銀杏や紅葉で視力を療養しながら胸を躍らせる。

山越えも残りは下りだけに差し掛かった頃、男の口笛が止まった。


男「・・・子供?」


後ろからの判断しかつかないが、後ろで束ねられた髪にニットのカーディガンとホットパンツ。

更には黒タイツを履いているのだから、変態でなければ女性だろう。

男が女性の横を追い越した先でバイクを止め振り返る。


男「原付だけど乗ってくか?歩くと下までかなりあるぞ」


男に声を掛けられ女が怪訝な表情を見せる。ヘルメットを脱いだ男は相手に上から下まで食い入るように見られた。

上から下を見た女が訝しげに下から上へと見上げる。


女「・・・こんな田舎でナンパですか?私彼氏いますよ?」


男「面倒くせぇ・・・。じゃ、気をつけてな」


ヘルメットを被り直した男が正面を向きアクセルを握る。


女「わー!待って!待って下さい!いかないで!」


小走りで近付く女を溜息混じりに待つ男。「へへへ」と照れ笑いを見せて後ろに座る女にヘルメットを貸してやり、念のため一応聞いておく。


男「この辺って警察来ないよな?」


女「さぁ?昔はいなかったけど、今はどうなんでしょうねぇ。君、この辺りの人じゃないんですよね?」


男「昨日婆ちゃんの葬式があってさ・・・。一時的にこっちにいるだけだから地元じゃねーな」


女「私と似たようなものですね。もし捕まったら、罰金は半分出してあげます」


男「点数も半分出してくれよ」


女「私免許無いんで。いやー持っていたら半分出すんですけれどねー。へへへ」


ノーヘル二人乗りだと罰金はどんなもんか・・・。

考えながら男は秋風を切って山道を駆けた。


女「君の服すごく煙草臭い・・・」


男「嫌なら降りても良いぜ。つーか、背中に顔を付け過ぎなんだよ。化粧とかつけんなよお前」


女「降りないし!私化粧そんなに濃くないし!仕方ないでしょ初めてバイクに乗るんだから怖いもん!」


男「もんって・・・そりゃそりゃ、わるぅございました」


女「ムキー!」


と、二人が言い合いをしている内に男と女は村につく。

何度来ても何度見ても思う。きっとこれからもずっと思うだろう。

田舎だなぁと。


女「ちょっときみ止まって!」


頭をバシバシと叩かれた男がバイクを止めた。すると女は「よいしょ」とバイクから降り、小走りで田んぼへと向かって行く。

女が向かった先には男が買い物前に出会った軽トラックのおっちゃんがいた。


女「おじさーん!」


どうやら女とは知り合いらしい。

二人が仲睦まじげに会話をしている中、男は煙草に火を点け青空を仰ぐ。

時折チラリとこちらを見る女。喋り口調が方言丸出しのため何を喋っているのかは分からない。

男が二本目のタバコを吸い終え携帯を弄っている時、やっと女が話を終えて戻って来る。


女「ごめんね待たせて」


男「本気で待ったわ。帰ろうかと思ったわ」


女「そこは全然待ってないよ、じゃないの?」


男「お前は俺の何だ?この田舎娘め・・・」


女「酷いよ!?紳士の欠片もない!」


男「うるせぇなぁ淑女の欠片もないくせに・・・さっさと乗れよ送ってやるから」


女「え〜・・・」


恥ずかしそうに体をくねらせる女。

一挙一動がついつい鬱陶しい。


女「家がばれたら~、君に夜這いとかされない・・・?」


男は問答無用でバイクのアクセルを回す。もはや止まる様子は無い。

男が数十メートル走った時、後ろから「こいつがどうなってもいいのか!」と悲鳴じみた叫び声が聞こえた。

サイドミラーを見れば、右手にヘルメットを掲げた女がぴょんぴょんと跳ねている。

男は舌打ちと共にバイクをターンさせ女の横で止めてやる。


女「分かればいいのだよきみ〜」


久しぶりに殴りたい女と出会ったなぁと思う男。

改めて女を後ろに乗せてバイクを走らせる。村中を走らせることしばらくし、男は平屋の玄関でバイクを止めた。


女「おやおや?いつから私のことを思い出したの?」


男「結構前にな。相変わらず、すげーウザかったし」


女「酷いなぁ。私はナンパされた時に男君だって気付いていたのに・・・」


男「お前みたいな子供を誰がナンパするかよ。身長だって2ミリくらいしか伸びてねーだろどうせ」


女「流石にもっと伸びとるわ!」


女をからかいながら男が笑みを零す。

怒るような素振りを見せていた女であったが、彼女も懐かしい友人との出会いに自然と頬を綻ばせていた。


女「久しぶりだね男」


男「久しぶりだな女」


女「もう村に来ても平気なの?」


男「あー・・・本当は駄目なんじゃねーか?ただ爺ちゃんもいないし婆ちゃんも死んじゃったからさ」


女「百鬼夜行を見たんだっけ?」


男「寝惚けていただけだろ。今どき鬼だの幽霊だの、時代錯誤も良い所だ」


女「まぁねぇ・・・。でも仕方ないよ・・・。この辺りはそう言う伝承が多い場所だし」


男「まぁしばらくこっちにいるけど今後は来ることもねーと思うし、婆ちゃんも許してくれんだろ」


女「え?昔みたいに毎年来ないの?」


男「婆ちゃん家には来月からおじさんが越してくるらしいからな。家捜しして貰うもん貰ったらトンズラよ」


女「あー悪いんだ〜。泥棒は村八分だよ?」


男「へへー。残念だったな。次のオーナーから許可を貰ってんだよこっちはな」


女「何だか本当の冒険みたいだね。小さい頃の冒険と違って、本当のお宝が出るかも」


男「そんな大層なもんは無いだろうけどな。あったら教えてやるよ」


女「じゃ、じゃあさ。携帯持ってるよね?メールしよ?」


女がポケットから携帯を取り出し、画面を男に差し向ける。


男「・・・わり。携帯持ってないんだよね」


女「さっき遊んでたの見たよ!?」


男「まぁあるけど・・・。つーか彼氏に怒られねーの?他人の修羅場に巻きこまれんのは勘弁なんだわ俺。面倒くせーのはやめてくれ」


大学でもよくあるケースを思い出し男が身震いをする。誰々が誰々の彼女と連絡をしているとか、誰々が誰々の彼氏と連絡をしているとか寝たとか寝取ったとか――。

今までは面倒ごとに近づかなかったから巻き込まれた事はないが、今後も無いとは言い切れない。


女「彼氏?誰の彼氏?」


男「女の彼氏。いるんだろ?」


女「あー私の彼氏・・・ね?う、うん。いるよ?超エリートな先輩で、優しくて、格好良くて、身長高くてお金持ち!」


男「すげぇどうでも良い情報だ・・・」


女「でも強いし、心も広いから大丈夫!」


男「よくお前みたいなちんちくりんにそんな彼氏ができたな。ロリコンだろそいつ?」


女「失礼すぎ!死ね童貞!」


男「童貞じゃねーし」


女「ど、童貞じゃないんだ・・・」


男「お前も大概失礼な奴だなおい・・・」


ポケットから携帯を取り出した男が「ほれ」と画面を開いた携帯を渡してやる。


女「ん。ありがと」


手渡された女が男の携帯と自身の携帯をみながら交互に画面を操作する。赤外線で相互の電話帳を入れ替えた女が男に聞いた。


女「チャットアプリは入れてないの?」


男「あれなー。メール読んだ読まないがバレて面倒だから入れてない」


女「便利なのにー・・・」


男「ネットとゲームと読み物が中心だから良いんだよ」


女「ちゃんとメール返してよ?」


男「気付いたらな」


女「どうせ寝ていたとか言うんでしょ?」


男「そこまで分かってるんなら早期返信は期待しないよな?助かるわ」


女「せっかくまた会えたのに!」


男「変わらない俺も素敵だろ?」


男の台詞を聞いて「べーっ」と舌を出す女。

携帯を持ったまま後ろ手を振って帰ってしまった女を見て、何だか懐かしい気持ちにさせられた。




・・・。

・・。

・。




その日の夜。正確に言うなら夜中。

男は不意に目を覚まし、手元の携帯を見た。

画面の明るさに目を細めながら時計を見ると時間は深夜三時だった。

ふと画面のメール欄を見れば受信メールが二通来ていた。一通はメールマガジンで、もう一通は女からのメールだった。

男が携帯の画面を弄り自分が最後に送ったメールを確認する。逆算すると、どうやら四時間前に寝てしまったらしい。

約束通り女へ「寝てた」と返事を送る。

目を細めた男が携帯のライトを点灯させてから布団から起き上がった。足元をライトで照らしながら台所へと向かう。

昼に飲み物を買い込んでおいたのは正解だったかもしれない。

コップに一杯のお茶を注ぐ。一杯目を一気に飲み、二杯目を注いだ。

外から聞こえる秋虫の声は少し五月蝿いくらいだ。


リン・・・リン・・・。


リン・・・リン・・・。


男が居間へと戻る足が止まる。


男「・・・?」


数多く聞こえる音は誰しもが一度は聞いたことのある音色ばかり。

これと言って珍しい物では無いはず――。


リン・・・リン・・・。


男が耳を済ます。

秋虫の鳴き声。

風の音。

家の軋む音。

そして鈴の音色・・・。


リン・・・リン・・・。


遠くから近付く鈴の音が家の前でピタリと止まる。止まった場所は門の前だろう。

昔、黒髪の女の子を見た場所。フラッシュバックする記憶――。

途端に幼い頃の記憶が呼び覚まされた。

大人たちにたくさん怒られ、心配され、祖父母に泣かれながら強く抱き締められた記憶。

人を攫う鬼の話。

一瞬止まっていた男の思考が一気に駆け出す。

雨戸は閉めたか?玄関は?他の窓はどうだ?

そもそも全ての窓を閉めたからといって何になる?隣の家へ駆け込もうとしたって一キロはある。絶望に変わりは無い。

いつまでも台所へにいるのはまずい。

ここの窓は外から中が見えてしまう。

足音を殺し、呼吸も必要最低限に、少しでも安全な居場所を求めて歩き出す男。


ピリリ――。


突如手元の携帯が音を鳴らした。

二十年生きてきてこれほどまでに携帯電話の存在を憎らしいと思ったことがあっただろうか。

画面には「女」の名前。

男は一か八か女からの着信を通話にし、振り返ることもなく小走りで階段を駆け上った。

高鳴る鼓動は落ち着けと願っても落ち着こうとはしない。

これからどうする?

そしてどうなる?

生まれてこのかた異性に対して怒鳴りつけたりしたことは一度も無かったが、今日ばかりは女に怒鳴りつけてやりたい衝動に駆られた。異性に憎しみにも似た感情を芽生えさせたのも今日が初めてだろう。

男は通話中になっている画面を通話終了にし携帯の電源を落とす。

通話を終わらせたのも束の間、玄関でガタガタと音が鳴らされた。


?「お前様・・・。早くこの戸を開けておくれ。外は寒うて敵わんのじゃ」


男「っ――!」


玄関の曇りガラス越しに映るのは白い人影だった。

か細くも消え入りそうな切ない女の声。


?「あぁ・・・今日はやっとお前様で温まれる。いよいよはらわたを食い千切り、何もかも食ってやれる。早う開けろやお前様」


木枠の戸が更に激しく揺さぶられれば、防犯性能の欠片もないガラスは呆気なくひびが入ってしまう。

割れたガラスから覗き込んだ瞳が階段の麓で怯えていた男を捉えた。

白無垢に角隠しを纏う美しい花嫁がそこにはいた。


?「あぁやっと会えた・・・。やっとお前様を見れた。この日をどれだけ待ち焦がれたか」


愛しげに恍惚とした表情を見せる女ではあるが、その表情には何処か物悲しさも含まれていた。

扉を開けた女が一歩、また一歩と男へ歩み寄る。

男は女の顔を注視したまま動こうとしない。


?「ふふふ。恐ろしいかいお前様」


男「すげぇ・・・綺麗だな・・・」


どうしてそんな事を言ったのか男自身にも分からない。

恐怖が思考を停止させていたのか、はたまたありのままの感想なのか。


?「・・・」


自分を殺そうとしている化け物相手に何を言っているのかとは思う。

それでも見たままの感想を述べてしまった。


?「はぁあー!」


男「!?」


女が自身の顔を両手で覆って雄叫びのような声を放つ。手で顔を覆ったままその場に座り込んでしまう女。


?「うっ、嬉しい!」


男「えっ?だっ、大丈夫かあんた?」


?「褒めてもらえるなんて夢にも思いませんでした・・・!」


「あー」だの「うー」だのと呻きながら、女が顔を指の隙間から男を見る。


?「ほ、本当に綺麗ですか?」


男「え?あ、あぁ。昔よりも綺麗だな・・・」


?「きゃー!男さんのバカー!」


耳まで真っ赤にした女が途端に立ち上がると玄関へと走って行ってしまう。

顔を覆ったまま割れた硝子戸を突き破り、女はきゃーきゃーと言いながら闇の中へと消えて行った。

残されたのは唖然としている男だけだった。




・・・。

・・。

・。




次の日、男が起きたのは昼の正午を過ぎてからだった。

昨日の出来事は夢だったのか?とも考えたけれど、玄関から吹く風を感じる以上現実らしい。

寝起きの男が携帯を片手に調べる。


男「鬼ねぇ・・・」


アレが本当に鬼だったのかどうかは別として、硝子戸を突き破っても割れたガラスを踏んでも無傷でいたのは間違いない。

そもそも折角助かったのにこんな所にいていいのだろうか?今の内に逃げる事だって出来る。

しかし思い出される彼女の記憶。

白無垢は「やっと会えた」と言っていた。どうしてそんな台詞を言ったか――。

それに扉が無いこの家から長期間離れるわけにもいかないし、叔父に「鬼が出たから住んでられない」なんて言えば、それこそ今後ここに住む叔父らにいらぬ気苦労をかけるだろう。

考えながら男がガラス戸の値段も調べ、画面に表示されているおぞましい値段に背筋を震わせるのであった。


女「男〜遊びに来・・・うわ何これ・・・」


男「おー。遅かったな」


女「はいこれパソコン。玄関どうしたの?」


男「派手に転んで突っ込んだだけよ。気にすんな」


女「怪我はない?何ならお父さんの知り合いに当たって値段聞いてみようか?」


男「助かる!安めでたのむわ!」


女「値段は私が決めるわけじゃないし・・・。んじゃ私は玄関のサイズ測ってくるよ。どっかにメジャーある?」


男「納屋の工具箱に入ってると思う。持つべき者は幼馴染だな」


女「そうゆう調子が良いところは相変わらずだね・・・」


納屋に向かって行った女に感謝の意を示し、男がノートパソコンに電源を入れる。

電源ボタンを押して待つこと数分、やっとホーム画面が表示された。


男「なんでこんなホームがこんなにきたねぇんだよ・・・」


人のパソコンに文句を漏らしながら男が自分の携帯とパソコンを相互に操作し、パソコンでインターネットが使えるように設定を変更させる。


男「おにおに・・・と」


やはり携帯でちまちま検索するよりもずっと検索しやすい。

この辺りに伝わる鬼の情報については童歌のような物しか検索できないが、そもそも鬼とは妖怪だの神だのと曖昧な存在らしい。


女「何見てんの?えっちなのは・・・って鬼?」


男「ちょっと気になってな・・・。女は何か知ってることあるか?」


女「知らないな〜流石に。死んだお婆ちゃんですら、男の事を下らない言い伝えのせいで可哀想とか言ってたし」


男「そんなもんか。確かに時代錯誤だわな・・・」


と昨日までなら言えたのに。

そもそも江戸や明治時代でもないのに、幽霊だの妖怪だのが出て来るのが不思議な話だろう。

しかし四の五文句を垂れていても始まらない。


女「私が知ってるのは鬼が美人な人間に化けるとか、嘘を嫌うとか、お酒が好きだとか幾つか種類がいるとか」


男「結構詳しいな」


女「漫画とかゲームの知識ばっかだから、どこまで本当なのかは知らないよ?」


男「種類って何?」


女「餓鬼って聞いたことない?お腹すいた〜みたいな妖怪なんだけど。あれも鬼らしいけど鬼のカテゴリー的には地獄の鬼とかの方が強いらしいよ」


男「地獄ねぇ・・・」


女「でも嫉妬に狂った女が鬼になる。みたいな話もあるし・・・何とも言えないよね」


男「ま、いないもん調べても仕方ないな。女は今日予定あんの?蔵の整理するから手伝ってくれねー?」


女「オッケー。一回帰って着替えてくるよ。あと扉直すの八万だって」


男「はち――」


女「ガラスを張るだけならもっと安いらしいけど、古い型だからフレームごと特注だってさ」


鬼女のお陰で夏休み前半に稼いだバイト代がパァである・・・。

嘆き悲しむ男ではあったが、いつまでも夜風を取り込み続ける訳にはいかない。

男は一度町のATMまでマル子と向かい、改めて扉を依頼するのであった。




・・・。

・・。

・。




女「立派な蔵だね〜」


男「お宝に期待しようぜ」


頭に頭巾を被り、両手に軍手、長靴に水中眼鏡とマスクの二人がそこにいた。

色気もお洒落もかなぐり捨ててはいるが、これ以上に掃除に適した装備もそうそうないだろう。

女にいたっては高校時代に着ていたジャージを着て来たらしく、胸元に2-Cと書いてある。


男「いざ行かん!」


女「おー!」


蔵に入った矢先マスク越しにもカビ臭い臭いがしたが、めげずに突入を続ける。

途中休憩を何度かはさみながら次々と蔵の荷物を外に出して行った。

当然金塊などはなく、あっても価値の分からぬ壺や茶器のようなものばかり。


男「あとは二階か・・・。荷物を出し終わったらホースとデッキブラシで一気に洗いてーな・・・」


女「いやいやマズイでしょ」


タバコ休憩を終わらせ再び作業を開始する。時刻は既に夕暮れとなっていた。


女「おとこおとこ!」


男「金か!?」


小走の女が桐箱を手に持ってくる。

開けられた箱の中には、漆に螺鈿を細部まで施された筒が置かれてあった。


男「何だコレ」


女「凄い綺麗だよね。短剣っぽかったよ」


手に持ち裏返す。

色合いは宝石にも見えるが、抜いてみれば暗くても鈍く光を放つ脇差だった。


男「うわ〜・・・刃物出ちゃったよ。警察に届けるの面倒だから見なかったことにしようぜ」


女「待って刃のとこに何か書いてある」


女に言われて男が脇差の鞘を半分抜くと、確かに背にあたる部分には文字が掘られている。


男「ん・・・?おー・・・鬼軌り?」


女「・・・」


男「・・・」


女「・・・」


男「さて。残りは明日にするわ。今日はもう遅いから終わりにしようぜ」


女「う、うん・・・。そう、だね。外の荷物どうするの?」


男「明日も晴天らしいからあのまま放っておくわ。誰も盗みにはこねーだろ」


男は桐箱を手にしたまま女と共に蔵から出た。

夕日にあたりながら互いを見れば、身体中が相当汚れているようだった。


女「じゃあ私帰るね。明日も来ようか?」


男「んや。折角こっちに帰ってきたのに二日も連れ回したら申し訳ないからいいわ。親御さんとゆっくりしてこいよ」


女「うん・・・じゃあ明後日また来てもいい?」


男「おう。パソコンはそれまで借りて良いのか?」


女「あんまりエロサイトばっか見ないでよ?」


男「見ても履歴は消しとくから安心しろ」


下らない冗談のやり取りを終えて、女は自転車に跨り帰る。

残された男が桐箱に再び視線を戻す。


男「鬼さんこちら・・・手のなる方へ――」




・・・。

・・。

・。




深夜の一時に目を覚ました男が、数々の料理を作りテーブルへと並べて行く。

漬け物こそ買い出して来た物ではあるが、焼き魚や煮物、肉料理にサラダを次々に仕上げた。

ご飯と味噌汁も作り終えた男が、料理に手を付けず十分程度携帯を弄っていた頃、遠くから鈴の音色が聞こえた。


?「夜分遅くに失礼します〜・・・」


玄関から声が聞こえ男が携帯を充電器へと刺し戻して立ち上がる。

出迎えるために玄関へ向かうと、巾着を手にした和服の女がそこにいた。


男「まぁ上がりなよ」


?「い、良いんですか?誰か来ているんじゃ・・・?」


男「誰も来てねーぜ。むしろ料理作って待ってた位だから食って行ってくれ」


男に促されるが、女はどこか訝しむ様子に見える。

彼女からすれば当然だろう。昨夜殺しに来た相手をもてなすだなんて信じられないはずだ。


?「・・・」


男「そういやあんた名前は?」


?「鬼娘です・・・」


男「そっか・・・じゃあ鬼娘、ちっとそこで待ってろ」


一度玄関から離れた男が、例の脇差を片手に鬼娘の元へ向かう。

鬼軌を見た際、鬼娘が目を見開き体を強張らせた。様子を見る限りコレの意味を知っているのかもしれない。


男「知ってるのかこれ?」


鬼娘「・・・」


男「鬼を斬るのが本当なのかは知らんが・・・今日蔵で見つけたんだわ。ほら、渡しておく」


男が鬼娘の手を引き手の上に脇差を持たせた。

鬼娘は渡された脇差と男を交互に見ると、驚いたような表情を見せてくれた。


鬼娘「じゃ、じゃあ失礼でなければお邪魔します」


男「おう」


自身の脱いだ履物を揃えた鬼娘を居間へと迎え入れる。

男は自分の席の反対へと鬼娘を座らせると、台所へ飲み物を取りに向かった。

右手に烏龍茶を、左手には三本の酒を持った男が居間へと戻る。


男「酒飲める?」


鬼娘「いえ今日は――」


拒否する途中、女の目が酒瓶に向けられたまま止まる。


鬼娘「そのお酒は――!?」


男「死んだばーちゃんが溜め込んでたんだわ。相当あって邪魔くせーから捨てようかなと思ってたんだけど・・・」


鬼娘「そんなにあるんですか!?す、捨てたら罰が当たりますよ!」


男「次にこの家に住む人らも全く酒飲まないしな・・・。で、鬼娘はどっち飲む?」


ゴクリと、はっきり生唾を飲む音が聞こえた。無論男のものではない。

鬼娘のしばらくの葛藤。

十数秒し、カッと男を見据えた鬼娘が誘惑に負ける。


鬼娘「お、お酒でお願いします!」


男「はいよ」


鬼娘の前に瓶を三本置き、自分も座ってコップに烏龍茶を注ごうとする。


鬼娘「私に注がせて下さい」


男「いーよこれぐらい・・・」


鬼娘「お願いします」


そこまで言うのならと、ペットボトルを鬼娘に渡せば鬼娘は立ち上がり男の横へと来た。

コップに飲み物を注いで貰った男が酌返しをしようと立ち上がるが、鬼娘に頑なに止められてしまう。


鬼娘「本日はお招き頂きありがとうございます。まずこれは両親から持たされた物です」


巾着を開けた女が男に何やらを差し出す。

和紙に包まれた楕円形の薄いもの。

男が包みを開くと、中からは黄金色に光る小判が出てきた。


男「マジか・・・。本物なのこれ?」


鬼娘「扉壊したまま帰っちゃったので足しにして頂ければと・・・」


男「足しどころかお釣りが来るだろ・・・。受け取れねーよ」


鬼娘「どうせ今の時代では貨幣価値のないお金使いです。ですが、金として売るなり骨董品として売れると聞いたことがあります。自宅にまだまだ何枚もありますから気にしないで下さい」


男「そっか・・・。じゃ遠慮せず貰っておくわ」


小判の表面に指紋を付けないように指で挟んで持ち上げる。

生まれて初めて見たが、想像以上に綺麗な色をしていた。

読めない文字が色々書かれており、佐とも書かれてあった。

一通り物珍しげに小判を眺めた男が、和紙に小判を戻して鬼娘と向かい合う。


男「そいやさ、喋り口調が昨日と違く――」


鬼娘「美味しそうですね!男さんと一緒にご飯を食べられるなんて夢みたい!」


男「もしかして昨日はキャラ作って――」


鬼娘「お味噌汁は豆腐とわかめですね!?早く食べましょう!」


男「お、おぉ・・・。食べようか」


二人だけで乾杯を始め、二人だけの宴会を始める。

料理に舌鼓を打ち、言葉を交えながら酒と烏龍茶を飲み交わしてゆく。

十分二十分と宴会が続き、一時間もする頃には二人はそれなりに打ち解けていた。


男「所で鬼娘は鬼なんだよな?」


鬼娘「鬼ですよ〜怖いですよ〜へへ~」


言いながら両手の人差し指二本を頭の横にやる鬼娘。酒瓶はすでに四本空いている。


男「そっか・・・。じゃあやっぱり俺が昔会ったのは鬼娘なんだよな?」



ハッと気付いた鬼娘がコップの酒を一気に飲み干し、コップを握りしめたまま男に体ごと振り返る。


鬼娘「そう!そうですよ!私は怒っていたんですよ!あんなに微笑んでくれたのに・・・仲良くできるかと思っていたのに!男さんに裏切られました!」


男「そもそも夢だと思っていたしさ・・・」


鬼娘「私だって夢にまで見ましたよ!何度も何度も・・・。いつしか、あぁ私は男さんを好きになったんだ、って分かって・・・でも会えなくて・・・とっても辛かったです」


男「好きって・・・そんなに昔から好きでいてくれたのか・・・」


鬼娘「そうですよ!大好きな一目惚れです!それこそ来てくれないことが苦しくて・・・憎らしいほど――」


酔ったままの鬼娘がコップをテーブルに叩きつけるように置く。

力任せに置かれたせいでコップが粉々に砕け――。なんてことはなく、ダンと音がしただけでテーブルもコップも壊されたりはしない。

鬼娘が言う。


鬼娘「私は・・・憎くて憎くてたまりませぬ・・・お前さま――」


鬼娘から差し伸ばされる両手が静かに、ゆっくりと男の首を掴んだ。


男「憎ければ俺を殺すか?」


男の問いを聞き、鬼娘が男の瞳を見たまま首を横に振る。


鬼娘「殺したりはできませんね・・・憎い以上に愛していますから。・・・そもそも憎むのがお門違いなんです。一目見た人間の男の子・・・種族も違う男の子を勝手に追いかけていたのは私ですから――」


男「確かにな。勘違いで殺されたらたまらねーよ」


鬼娘「ごめん・・・なさい」


手を放そうとする鬼娘の手首をしっかりと男が捕まえる。途端、俯きがちになっていた鬼娘が「えっ――」と顔を持ち上げた。


男「待たせてわりーな。ただいま鬼娘」


鬼娘の唇に触れられるのは男の唇だった。

予想だにしていない返事を受け、鬼娘の目がこの上ないほど大きく開かれる。

驚かされた鬼娘は咄嗟に頭を後ろに引いて男から逃げようとしてしまう。しかし引かれた頭は男の両手で抱え込まれてしまい逃げ場を失った。

ものの刹那。あるいは数秒。

男が唇を離すと鬼娘は目を見開いたまま大粒の涙を零した。


鬼娘「あ・・・あ――」


男「その、さ・・・。俺も何て言えば良いのか分からないんだけど、鬼娘の事が好きだったんだ。ずっと夢の中の女の子だと思っていたんだけれど・・・初めて見た時から君が好きだった」


鬼娘「あ・・・う」


ぷつん、と張っていた糸が切れるように鬼娘が倒れてしまった。床に倒れてしまう鬼娘を男が抱き抱えたが、鬼娘は顔を赤くしたまま目を回す。




・・・。

・・。





丑四つ時。

座布団を枕にして居間で寝ていた男は違和感に目を覚ます。

まどろみの中、眠気眼で目を開ければ腹の上に跨っている鬼娘が目に入った。

重なる目と目。

電気の消された薄暗い部屋の中、年頃の女が男に跨る様は情緒ある光景と言えるだろう。


鬼娘「・・・ましたね・・・?」


蚊の鳴く程の消え入りそうな鬼娘の声。

寝ぼけていたせいか「え?」と聞き返す男に、鬼娘が再び問う。


鬼娘「私の着物・・・脱がしましたね・・・?」


何の話だ?と思案したのは刹那。

責めるような声で顔を真っ赤にさせる鬼娘の服を見れば、彼女は採寸の合わないシャツやズボンを着ていた。

それもその筈。ズボンもシャツも男の物だ。


男「あー・・・わりぃ・・・。デリカシーが無いと思ったけれど、着物のまま寝かせる訳にもいかないと思ってさ・・・」


気まずそうに頬を掻く男が鬼娘から目を逸らす。

予想通りの答えを受けて、鬼娘は薄暗い部屋でも分かるほどに顔を高揚させた。


男「着物は桐箪笥に入れておいた。携帯で調べながら畳んだからきちんと折れているかどうか――」


鬼娘「見ましたね?」


男「あー・・・えっと・・・」


鬼娘「私の裸を見ましたね?」


男「・・・その・・・すまん。下着を着けていないとは思わなくて・・・」


男の答えを聞かされ鬼娘の目に見る見る涙が溜まる。

黙ったまま責めるように男を見下ろしていた鬼娘は、男の頬を抓って強めに引っ張った。


鬼娘「うー!うー!」


男「いだだ!千切れる!悪かった!悪かったって!」


謝る男と怒る鬼娘。

しばらく二人の押し問答は繰り広げられたが、鬼娘はある程度男を痛めつけると頬から手を放してやった。


男「いっつー・・・悪かったよ本当に」


鬼娘「いえ・・・。私の方こそ醜態を曝してしまい申し訳ございません・・・」


はぁと小さく溜息を吐いた鬼娘が、抓っていた男の頬を男の代わりに撫でてやる。

熱を帯びた頬に鬼娘の冷たい手が触れ擦られれば、頬から熱が奪われ痛みが穏やかになってゆく。


男「・・・」


鬼娘「・・・」


一度撫でられ二度、三度撫でられる内に痛みは概ね引く。

撫でなくても平気なほどまで痛みは引くが、鬼娘はいつまで撫でても男と目を合わせたまま瞳を逸らさない。


鬼娘「昔よりも大きくなりましたね・・・」


男「・・・お互い様だろ?」


鬼娘「どうして・・・ココに来てしまったんですか?」


鬼娘が頭を下げる。

てっきりキスでもされるのかと思った男が受け入れる準備をしていたが、鬼娘は口付けなどせず男の耳へと唇を添えた

囁かれるのは小さな小さな声。


鬼娘「もう我慢できません・・・これ以上貴方と離れるのは辛いです」


男「・・・」


鬼娘「でも貴方には貴方の世界があります。昨日と今日、私は貴方に会えてどれだけ幸せだったか・・・。それこそ、貴方と離れるくらいならばいっそ死んでも構わないくらいに――」


男「・・・」


鬼娘「お願いがあります・・・。お借りした服を頂いても良いですか?この服を頂ければ・・・私は今日だけ貴方を浚うのを我慢します」


男「・・・分かった。大事にしてくれよ高いから」


鬼娘は頭を持ち上げると満面の笑みを浮かべ涙を零す。

前髪をかき上げた鬼娘が男へと唇をつける。

溢れた涙は滴となり、男の頬に降り注がれた。




・・・。

・・。

・。




次の日。丑三つ。

祖母の家から離れた野原に男がいた。


男「カゴメカゴメ・・・じゃなくて――」


童歌を口ずさみながらも見上げる夜空。

雲一つない秋晴れを見上げながらも思い返すのは、常軌を逸脱した童話のような物語。

あぁそう言えばあの子の名前を聞いていなかったなぁ・・・と物思いに耽ながらも、男は立っているのに疲れて寝転がる。


男「童歌じゃなかったか?」


懸命に考えながらも煙草を咥えて火を点ける。

煙草を吸えば火種はいっそう赤く灯り、男の吐く息に混じった煙は風に混じって空へと消えた。


鬼娘「誰かさんが、誰かさんが見つけた・・・ではありませんか?」


男「ん・・・?それだ!良く分かったな」


上半身を起こした男が携帯灰皿に煙草を投げ入れ振り返る。秋風に吹かれて前髪を押さえる鬼娘が草原に立っていた。


鬼娘「・・・小さい秋は見つかりましたか?」


男「鬼なら見つかった」


鬼娘「どうして・・・逃げなかったんです」


男「鬼ごっこに興味がある年頃なんだよ」


冗談めかして言う男に鬼娘が笑みを見せる。

手で口元を押さえて笑った鬼娘が男を見据え、躊躇いもなく言い切った。


鬼娘「逃がしませんよ。必ず捕まえます」


男「じゃあ浚われるしかないな」


鬼娘「・・・わっ、私・・・お掃除や洗濯は得意です。料理もきちんと習いましたし――」


鬼娘が自己主張を始めた矢先、男のポケットで携帯が鳴りだした。

携帯を取り出した男が画面を見れば、鬼娘が小走りで男の横に並び画面を覗き見る。画面には女の名前。


鬼娘「出ますか・・・?」


男「あー・・・まぁいいや。もう」


男は携帯の通話を即座に切り、そのまま電源も切ってしまう。ふぅと一息、男は携帯を振りかぶると森の中へと投げ捨てた。


鬼娘「これからよろしくお願いいたします・・・旦那様」


男「気恥ずかしいな。・・・よろしく」




・・・。

・・。

・。




少し昔の物語。

とある村で起きた神隠し。

成人を迎えた青年が忽然と姿を消す。

捜索願が出されたものの、青年は生涯見つかることはなかった。

他人の面白そうな不幸話に人々は群がり多くの憶測を生む。

やれ野犬に襲われた。熊に襲われた。事故に巻き込まれた、など。

しかし彼が消えた村に住む村人たちは一つ疑惑を胸に抱えて生きてゆく。

彼は鬼に浚われたのではないか?と。


後書き

了です。

元々長い物語ではなかった物を数ヶ月かけてしまいました。

読み手の皆様お付き合い頂きましてありがとうございます。

また次の作品を書く機会があれば執筆して行きたいと思います。


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2015-08-22 23:03:45

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2015-01-26 07:45:41

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24件コメントされています

-: - 2015-04-09 17:44:39 ID: -

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-: - 2015-08-13 07:15:17 ID: -

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-: - 2015-08-19 19:21:15 ID: -

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-: - 2015-08-20 17:37:21 ID: -

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-: - 2015-08-21 00:11:58 ID: -

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-: - 2015-08-21 06:09:44 ID: -

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-: - 2015-08-21 06:27:23 ID: -

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-: - 2015-08-21 06:29:57 ID: -

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-: - 2015-08-21 06:42:50 ID: -

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-: - 2015-08-21 06:47:31 ID: -

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-: - 2015-08-21 06:49:09 ID: -

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-: - 2015-08-21 06:51:31 ID: -

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-: - 2015-08-21 06:55:49 ID: -

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-: - 2015-08-21 06:56:02 ID: -

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-: - 2015-08-21 06:56:03 ID: -

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-: - 2015-08-21 07:07:34 ID: -

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17: りゅっこ 2015-08-21 07:07:35 ID: o4krfvjo

ふぇー・・・!?
何このコメント欄( ゚д゚)

18: りゅっこ 2015-08-22 16:56:20 ID: Reiq_I_a

1〜16番コメントのスパムコメントを管理人さんに削除してもらいました。

19: SS好きの名無しさん 2015-08-22 23:03:39 ID: 8qR7WcMN

面白かった。

-: - 2015-08-23 02:09:07 ID: -

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21: りゅっこ 2015-08-23 04:30:11 ID: SjMkC-cE

コメントありがとうございます!
とか言おうとしたら再びスパムが入ってるし何でだ・・・。
運営様によると、近々スパム判定アルゴリズムを追加して下さるそうなのでコメント欄が落ち着くと良いですが。

-: - 2015-08-23 12:20:39 ID: -

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23: りゅっこ 2015-08-23 14:09:14 ID: SjMkC-cE

ちょいとコメント停止にします( 'A`)

24: SS好きの名無しさん 2021-05-03 13:36:43 ID: S:r7rYZ7

面白い!!


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