勇者の旅立ち その5
前提として、勇者のように一般的な人間が魔王城に徒歩でたどり着くには、どのルートを使ったところで、半日ほど森の中を歩かなければならない。
この森には魔物を代表する有毒魔物や、凶悪で残忍な魔物が所狭しとひしめきあっており、そこはもはや地獄すらも生ぬるいーー。
……なんて話は一部の人間が語っているだけである。
確かに城の魔物が時おり森に出向くことはあるが、それはあくまで森林浴や食材の調達でしかない。
暇をもてあました魔物たちにより適度に手入れをされた森は、あるいみ大自然をそのまま贅沢に使った食料庫の役目も担っていた。
とはいえ魔王城へ攻め入ろうとする狼藉者たちを分断させ、撹乱、捕縛するのに一役買っているのは間違いない。
平和な今となっては、魔王の首を狙う者などほとんどいないが、それでも名誉や正義感、金の欲を持つ人間が来ないわけではない。
まぁ該当する愚かな人間達は、森に入るよりも遥か前の段階で、人間追い出しジャンケンに勝った魔物に退治されるわけなのだが。
・物語は「勇者の旅立ち その4」その後となります。本作品だけだと人物間の関係がわからないので、先に「勇者の旅立ち その1・その2・その3・その4」をお読み下さい。
・書き方や投稿の仕方が間違っているかもしれません。
・公開した状態で物語を更新するたびに「新作SS」に上がっているかもしれません。悪意や閲覧数を稼ぐためでは決してありませんので悪しからず。
・誤字脱字は大目にみてやって下さると助かります。校正はしているつもりです。
・矛盾などがあったらごめんなさい。
・他にも注意事項はありますが、言っているときりが無いので、寛大な心で閲覧して下さい。
・性的表現ありです。
…………。
………。
……。
万全を期していても例外は生まれるもの。
世の中に絶対なんて言葉はないし、絶対に大丈夫と身構えたときこそ、絶対は絶対でなくなるもの。
ここ魔王城においても、城の警備は世界屈指の防犯性と言われている。
理由その一。
辺り一面に魔王を慕う魔物たちの住処が散らばっているからだ。
仮に人間が魔王城へ向かおうものなら、エリアに踏み入っただけで警戒が強められる。
理由その二。
生息している魔物たちは魔物たちで、尋常な強さではない。
魔王城に居住している一個=厄災の化け物どもは例外にしても、エリア内には上級以下の魔物が存在していない。
人型を初め、上級スライムやドラゴン種などまでが住み着いている。
開け広げたこのエリアを突破するのは容易でないだろう。
極めつけが森だ。
運に運を重ねてようやく森に辿り着いたところで、そこはもはや魔王の膝下。
暇つぶしにふらついている魔物がおり、暇つぶしに鍛錬をする魔物がおり、暇つぶしにおさんぽしてる魔物がいて、かつ健康のために適度な運動を求める凶者どもがいるのだ。
数多の魔物がひしめきあう魔王城を前にすれば、どんな人間でも蛇に捕食されるのを待つネズミと変わらないだろう。
だがーー。
リッチ「ふぁあ……。うぅ眠い……。立っているだけなのも退屈だねぇ……」
魔王「ちょっと。一人で寝ないでちょうだい」
リッチ「第一どうして僕らが門番なんてやるのさ……。夜型の子なんて、他にいくらでもいるじゃないか」
魔王「そのセリフ妖狐様の前でも言える?そもそも、魔王が城の奥深くで待ち構えているだけなんて古いのよ。ただの引きこもりじゃない」
リッチ「僕は守ってもらえるなら守ってもらいたいけれどね。もちろん勇者くん限定で。……え?もしかして妖狐様も門番やったの?」
魔王「えぇそのまさかよ。半年に一度なら構わないって」
リッチ「どうしてラスボス城の門番に裏ボスがいるのさ……。糞ゲーにも程があるだろう」
魔王「私だって止めたわよ。妖狐様が門番の時に人間が来たらレッドカーペットの出来上がりでしょう?……と言うかリッチあなたね、城のみんなを守るためにいるんだから、もう少しシャンとなさいな」
リッチ「はっ。ここの住人が怪我?するハズないだろう。子供じゃあるまいし、過小評価は逆に失礼だと思うね僕」
魔王「文句ばっかり言わないの。あなたが我がままを言うから、私が今日きてあげたじゃない」
リッチ「それは……まぁ、そうだけれど。だって退屈だようアイスぅ。部屋に戻ってえっちしようよ〜」
魔王「死ぬほど雰囲気づくりが下手ね……。私その『コイン入れてゴー』みたいなノリ大嫌いなのよ。誘うならしっかり口説いてちょうだい」
と、退屈そうに会話を紡ぐ魔物たちだったが、二人の瞳には光を吸い込むほど黒い灯りと、血を凍てつくさんとする青い灯りが浮かんでいた。
気楽そうな口調とは裏腹に、瞳は森の一点だけへと向けられており、通常よりも開かれた瞳孔達が侵入者の一投足をとらえようとする。
さて、はるばるこんな所までやってきた相手はどう動く?
投擲?魔法?
果ては身の程知らずの特攻か。
門兵の魔物たちが身がまえる最中、木々を抜けて姿を現したのは一人の人間だった。
?「はぁ……はぁ……」
武装とはほど遠い身なりの女。冒険者というよりは町人に近い服装だろう。
剣もなければ杖もない。鎧もなければ盾もない。
見てくれだけの判断ならば、身軽を通り越し、度し難い命知らずだ。
?「や、やっと。つい、たーー」
両膝に手のひらを置いたままぜぇぜぇと肩で息をする女。
遠目に見て年齢は二十歳前後といったところだろう。
背負うリュックこそ一般的な旅人用のものらしいが、彼女自身がやや小柄なためか、不恰好さに拍車がかかっている。
リッチ「行ってらっしゃいアイス」
魔王「いやいや……。逆に行ってきて頂戴な。私に胸がときめくような雄姿を見せてくれるんでしょう?」
リッチ「は?なにさま?」
魔王「ちょっと冗談でしょう?もしかしてこの、私が、どこの、誰さまなのかを、ご存知でない?説明いる?」
リッチ「妖狐様のセフレ……?魔王城のマスコットとか……?あとはー……うん。特に思い当たらないや」
魔王「その喧嘩きちんと買ってやるわ。だからアレをどうにかしてきて」
リッチ「うへぇ本気?殺されたら化けて出てやるんだから」
立てかけられていた杖を手にとり、あくまで気だるげに歩き出すリッチ。面倒くさげなリッチが警戒心もゼロで少女へと近寄ってゆく。
しかし「く」の字になったまま息を整える少女は、歩み寄るリッチに気付かない。
少女がようやくリッチに気づいたのは、正面まで歩み来たリッチに見下ろされてからだった。
町娘「え……あ、あれ?あ、えっとこんばんは。私は、町娘です」
リッチ「あー、うん。やぁこんばんは町娘くん」
町娘「はー……」
満身創痍にもかかわらず、リッチを見上げたまま惚ける町娘。
月に照らされる人の型を模したナニカは、相も変わらず灯りを浮かばせている。
夜風で髪をなびかせる聖職者の有様に、町娘は呼吸を忘れさせられた。
町娘「すごい……」
感情をそのまま絞り出したようなセリフを前に、リッチは「うん?」と聞き返すが、別に町娘の言葉が聞こえなかったわけではない。
ただ彼女が何をもって凄いと言ったのかが分からなかっただけである。
町娘「あ……。そ、その。ごめんなさい」
リッチ「構わないさ。ところで君はただの旅人かな?それとも魔王城まで観光に?」
町娘「え、とーー」
まだ混乱が収まりきらない有様で辺りを見渡す町娘。
周りを見ている途中で魔王に会釈をし、視線はリッチへと戻される。
町娘「魔王城まで、です。魔王城はここですか?」
リッチ「おや魔王城にきたんだ。じゃあ殺さないと」
町娘「あぇ……?わ、私……殺されちゃうんですか?」
リッチ「残念だけれど」
ニィといやらしい笑みを浮かべたリッチが、青ざめ震える町娘の首に鼻先をつける。
初めはワザとらしくクンクンと匂いをかいでいたリッチだが、しばらく匂いを堪能したあとゴクリと喉を鳴らす。
次いで優しく町娘を正面から抱きしめたリッチが首に舌を這わせれば、目を開ききった町娘の歯が鳴り出した。
リッチ「くんくん……。お酒は嗜む程度で……薬物の摂取はしていない感じかな。程よく贅肉も混ざった良いお肉だね。いただきまーー」
大口でかぶり付こうとするリッチだったが、頭にパコンと小気味よい音を受けて食事を止める。
リッチ「う?」
頭上を見上げれば、呆れた様子の魔王から降り下ろされた剣の鞘があった。
魔王「魔王城の住人は敵意がない人間を殺さないのよ。覚えておきなさい新入り」
リッチ「おや怒られてしまった。もったいないけれど、ルールなら見逃してあげようかな」
いたずら表情のまま、リッチが抱きしめていた町娘を解放する。
すると、目に溢れんばかりの涙を浮かべた町娘がペタンと座り込んでしまった。
魔王「うちの魔物が迷惑をかけたわね。よほどバカな真似をしなければ食べられたりしないわ。安心してちょうだい」
町娘「あいえ。はい……。こちこそ……本当はこんな可能性も考えていたのにーー」
魔王「口ぶりからするに、近隣の街から来たのかしら?観光にしてはつまらない場所を選ぶのね」
戦火は下火になったにしても、ココはいわゆる最後の砦である。
歴史を見ても城内まで攻め込まれたことなど指折り数えるほどしかないが、城外ですら人間が気楽にくる場所ではない。
こんな場所まではるばる来るヤツがいるとしたら、そいつはよほどの命知らずか、狂人か、もしくは魔王城が怖い場所でないと知っているモノだ。
町娘「私、蓮根の街から来ました」
リッチ「蓮根?どこだっけ?」
魔王「南西にあるじゃない。飛べば1日でつく所よ」
リッチ「へー。けっこう近場から来たんだね。僕ら以外の魔物には会わなかったのかい?パッとみ魔力は無さそうだけれど、もしかして身隠れの魔法とか使えるのかな?」
町娘「それはーー」
ここにきて視線を外したまま言いよどむ町娘。
聞くだけ聞いてはみたものの、実際彼女から魔力らしい魔力は感じられはしない。
ならばどうやって近隣の魔物を退けた?
謎を消化しきれない二人をよそに、町娘は言いにくそうに答えを教えてくれる。
町娘「何度か呼び止められはしたんですけれど、みなさん私が魔王城に向かっている理由を説明したら行くだけ行ってみろって……」
魔王「へ、へぇ。そう……」
答えは驚くほど簡単で、訝しんだのがバカバカしくなるほど単純明快だった。
防犯意識とはなんなのか。ザル警備にも程がある。
いや本当にザルなのかと聞かれると、実際はそんなこともない。
魔王討伐隊を退けたといった事後報告は何百と聞かされたし、旅人を装った暗殺者なんかも星の数ほど捕縛されている。
つまるところ、総合的に彼女は敵とみなされなかったのだろう。
魔王「理由は分かったわ。ならば、端的に来た理由を教えてちょうだい」
町娘「あの……無礼を承知でお願いがあって来ました。どうか魔王さんに取り次いでは頂けないでしょうか?」
震え声でうつむく町娘とは裏腹に、呑気な魔王はリッチと見合わせる。
特段、手振り身振りをする事もなく視線だけを交わす二人の魔物。
ときおり目を細めたり首をかしげさせ、二人が揃って町娘に目を戻す。
リッチ「キミは魔王様を何と勘違いしているんだろう……。アイドルとか?」
町娘「そ、そんなことはーー!」
リッチ「人間の王が庶民に呼び出しされて会ってくれるかい?魔物サイドの僕からすれば、バカにされてるのかとすら疑うよ」
町娘「は、い……」
リッチ「魔王様は近くにいるだけでも震えが止まらなくなるような威光を持っているんだ」
喋りながら魔王をチラ見するリッチ。
残念なことに威も光も兼ねていない魔王は、リッチの白けた視線に気づかない。
リッチ「あと、ただ廊下を歩いているだけでも平伏していまいたくなるようなカリスマをも兼ねたお方でねーー」
町娘「はい……」
ここで魔王がようやく「ん?」とリッチの視線に気付く。
リッチの瞳にうつる魔王の格好は、上から紺色のフーディ、ボーイフレンドデニム、茶のキャバリエブーツ。
平伏はおろか色気すらも皆無な魔王様の格好に、リッチから悲しみ溢れた視線とため息が投げつけられた。
魔王「だまれ」
リッチ「まだなにも言ってないじゃないか……」
魔王「顔がうるさいのよ。なに?文句あるの?」
リッチ「こほん……。つまり僕の記憶が合っているなら、魔王様とはそういったお方なのさ。会いたい、会えない、会いたかった……陳腐な恋愛歌のように、想って願えばいつか会える元カレじゃないんだからさ」
町娘「わかってます……!私だって、わかって、いるんです!でも!でもーー!」
彼女が一般的な人間ならば、たった一人でこんな所まで来るのは想像を絶するほどの勇気が必要だったろう。
たしかに魔物の中には人間とのありかたを考える者もいはする。しかし実情、大半の者は人間の意思などくみとる気がない。
魔王「ここは人間がいて良いところではないのよ。見逃してあげるから、さっさと帰りなさい」
町娘「……ぃーー」
魔王「……」
町娘「帰れ、ない」
魔王「……」
町娘「帰れません……絶対に。絶対に帰れません!」
殺気が放たれたわけではない。
なんてことはなく、町娘が涙を浮かべて叫んだだけだ。
しかし、たかが人間の一挙が魔王とリッチの足を下がらせた。
町娘「みんな殺されてしまうもの!お父さんもお母さんもみんな!きっと……殺されちゃう、から」
リッチ「まずいよアイス。これ面倒なタイプの人間だ」
魔王「違いないわ」
ただの人間ならば腕の二、三本へし折ってやれば命乞いを奏でながら消え失せる。
しかし鋼の意志を持った人間が簡単に退いてはくれない事を、魔王もリッチも十分すぎるほど知っていた。
中でも宗教的な思想を持った奴らが厄介だ。
神の御心とか、神の代弁とか言い出すヤツほど、武力で心を折られないようになっている。
ではそんなヤツの心を根本からへし折るにはどの手段が有効か。
サキュバスの部隊でも連れて来れば、快楽の海にでも沈めてくれるのかもしれない。けれども悪意のない人間を廃人にするほど母親は非道になれない。
魔王「だったら……話ぐらい私が聞いてあげるから、まず落ち着きなさい。何時だと思っているのよ」
町娘「ほ、本当ですか?」
魔王「ただし魔王様に会えるとは思わないでちょうだい。伝えるかどうかを判断するのは私が話を聞いてからよ」
リッチ「ちょちょ!ちょー!ちょっと待ちなさいアイス!こっちに来る!」
仕方なしに話を聞こうとする魔王と町娘の間に入ったリッチは、急いでアイスの腕を引いて町娘から距離を取る。
水を差されて「なによ?」と呆れた魔王に「なによじゃないだろう」とリッチ。
リッチ「きみ人型のくせに、どう言うわけか脳筋タイプだよね?キミみたいなヤツは絶対に話なんて聞いたら駄目なんだよ。むしろキミだからこそ、話を聞くべきじゃない」
魔王「ダメもないでしょうに。あなた……もしかして、私が人間なんかに心をつき動かされるとでも思うの?ふふ。失礼しちゃうわ」
ふふ、と余裕しゃくしゃくな魔王だが、魔王のうぬぼれた自己評価はリッチにアッサリとぶったぎられてしまう。
リッチ「あぁ思うさ。思わなかったら言わないよ。仮にここにいるのがサキュバスくんなら止めたりもしないさ。なぜかって?だってきみはバカだもん。バカだから妖狐様とやりあったんだろう?」
魔王「……待ちなさいよ。歯に衣着せぬバカの猛攻は傷付くじゃないの」
リッチ「やかましい。いや今さらそんな話は良いんだ。きみさ……人型のくせに感情直結で動くその性格、どうにかならないのかい?人型の魔物って、そういう設定じゃないだろう?もしかしてキミがポンコツだから、吸血鬼くんまであんな性格なんじゃないか?」
魔王「でも……夜中に一人でこんな所まで来たのよ?別に話ぐらい聞いてあげたってーー」
リッチ「それね。それだよね僕が懸念しているのね?おかしいんだって魔王様。お願い気付こう?魔王様はいち個人の人間なんぞ相手にしないんだ。いいね?理解しろアイス。イエスと言え」
魔王「ノーよ。ねぇおばあちゃん、あまり興奮するとまた血圧が上がるわ」
リッチ「だまらっしゃい!誰がババアか小娘が!だまれアイス。黙らないと毎日おはようとおやすみのキスをするからな!」
魔王「……」
リッチ「……喋れ!いや良いさ……。アイス、たまには僕の言うことも聞くんだ。キミは亜成体の頃から、いつしかアイスブルーと呼ばれている。今でこそ愛称として定着しているけれど、どうして皆がアイスブルーと呼び出したのかを知っているかい?」
魔王「理由なんかあったのね。てっきり蒼眼の種族が珍しいからだと思っていたわ」
リッチ「それはそれで正解なんだけれど、ちょっとしか正解じゃない。きみの冷徹さと冷酷さ、それに冷血さが加わってアイスブルーと呼ばれていたんだ。なのに今のきみはどうだ。ただの青じゃないか」
魔王「年寄りは話が長いのよ。つまりあなたは今の私が嫌いなのね?」
リッチ「な……!そ、そんな質問おかしいだろう……」
魔王「どっちなのよ。つまりリッチは冷徹で冷酷で冷血な私の方が好きで、今の私よりも当時の私が好きなのね?」
リッチ「そ、そんなこと……ないよ。表情のコロコロ変わるキミも好きさ。むしろ今の方が好きだけれど、そうじゃなくって……たまには僕の助言を聞いてーー」
魔王「だったら話は以上よ。そこをどきなさいリッチ」
面倒臭そうにリッチを押しのけ町娘の元へと向かう魔王様。
見事に感情だけで推されたリッチは、その場で四つん這いになるなり「あんまりだー!」と叫ぶ。
魔王「遅くなったわね」
町娘「い、いえその……大丈夫ですか?」
魔王「いつも情緒不安定なのよ。それであなたはどうして魔王様に会おうとしているのかしら」
ようやく小言のうるさい友人を退けたにもかかわらず、当の町娘は切り出し方に思い悩む。
町娘「……信じてもらえないかもしれませんけれど、私は魔王さんあての手紙を持っているんです」
喋りながらリュックを下ろし、中から手紙を取り出す町娘。
意図がわからずに困惑する魔王をよそに、手紙を出した町娘は、まるでガラス細工でもあつかうように胸に抱く。
町娘「私は子供の頃、大けがをして瀕死の旅人に会ったことがあります」
震える声で、震える手でゆっくりと魔王に手渡される手紙。
町娘「急いで家に戻ってから、旅人を助けるために両親の手を引いて彼の元へと戻りました」
安っぽい紙質の、古ぼけた手紙。
宛名もない、黄ばんだ手紙。
町娘「この手紙は一命を取り留めた彼が旅立つ日の朝、私に託してくれた手紙なんです」
裏返せば青い封蝋が施されている。
差出人の、名はーー。
町娘「彼は私だけにこっそりと教えてくれました。俺、実は魔王様の恋人なんだぜって。少し誇らしそうに」
無意識に目からぽろぽろとこぼれてしまう涙が、魔王の意思で止められるわけもなかった。
仕方がないからせめて涙を拭おうとしたけれど、右手も左手も手紙から離れてくれない。
魔王「その旅人は、他になんて言っていたのかしら?」
町娘「あな……たは……」
魔王「ねぇお願い。私にその旅人の話を聞かせて。あなたの覚えている限りで、構わないから」
いつの間にか簡単に立場を逆転されてしまう魔王だったが、みっともなく泣き出した魔物の懇願を受けた町娘は「分かりました」と魔王を見据える。
町娘「えっと……旅人は魔王さんと付き合った記念日に、ネックレスをプレゼントしたそうです。でも彼女に投げ返されたと言っていました」
魔王「えぇそうね……。そうだったわーー」
町娘「照れ隠しをしているあいつも可愛いんだ、って言ってましたけれどーー」
魔王「どうして見ず知らずの人に、そう言うことバラすのかしらね。大体そこまで分かっていたなら、内緒で枕元に置いておくことだってできるでしょう?ねぇ?」
町娘から語られる物語は、十余年が過ぎた今でも忘れられない後悔の記憶。
前勇者からのアプローチを受けて、仕方なしに彼と付き合った二年目最初の物語だった。
彼と恋仲に落ち一年の記念として渡されたネックレスを、あろうことか魔王は照れ隠しのため投げ返してしまった。
突き返されてしまったネックレスは結婚した後も、子が産まれてからも魔王の手に戻ってくることはない。
記憶は思い返されるたびに、魔王の心をチクリと刺激する。
町娘「その手紙はお兄さんから魔王さんに宛てて書かれて、私に託されたものなんです」
アイス「……」
町娘「どうか受け取ってください。魔王さん」
アイス「でも私ーー」
町娘「旅人さんから不条理な絶望が訪れた時、魔王に見せてやれって言われました」
アイス「あんまりよ……。勝手にいなくなったくせに、残された私を楽しませようとする。あなたは、あまりにも身勝手じゃない」
町娘「どうぞ手紙を開けてください。……一度、私の街のことは忘れていただいて結構です」
アイス「綺麗事なんかうんざりよ!きらきら輝いて私をくつがえしてしまう人間なんて、一人、二人いれば十分すぎるもの」
町娘「……世界的に魔物との争いが減っている理由が分かった気がします。こんなことなら、もっと早く手紙を持って来れば良かった。私は前勇者さんが魔王に殺されたって噂を耳にして、噂話を信じていました。許してください」
アイス「何も違わないわ……。私が彼を受け入れなければ死なずに済んだ。私に会わなければあなたは……あなたはーー」
リッチ「おいメルヘン自虐も大概にしろよアイス。勇者くんごと否定するつもりなら、僕はお前を許さないぞ」
魔王「っーー!ごめん……なさい。そうね……。二度と言わないわ。まったく、歳はとりたく無いわね……。あはは」
誤魔化すようにはにかんで笑う魔王は手紙の封を切る。
ひどく劣化した手紙は、雑に扱えば簡単に壊れれてしまいそうで、魔王は恐る恐る二つに折りの手紙を開いた。
手紙を滑り落ちるのは月夜を浴びた銀色のネックレス。
三日月をモチーフにサファイアの埋め込まれたネックレスが、長い時を得て再び恋人の元へと贈られる。
魔王「もうやだぁ……!」
たったこれだけの、陳腐でキザな演出で魔王の涙腺が緩む。
ずるい。
本当に死人はずるい。
好き勝手やるだけなのだから。
もう、文句の一つも言えないのだから。
町娘「綺麗なネックレスですね」
魔王「えぇ本当。本当に……嬉しかったの」
ネックレスを握ったまま手紙を開く魔王。
年甲斐もなく高鳴る心臓の音。
どんな言葉が書かれているのかと、ときめいてしまうのは仕方がないだろう。
全てをもらい、全てをゆだねた愛しい人からの手紙である。
微笑みの一つも浮かべずに平然としているほうが無理な話だ。
魔王「……」
しかしいざ手紙を開けてみると中に書かれているのは「次はいつになったら会える?」の文章。
文脈などお構いなしに「もっと高価なほうが良かったか?」と問いかけるような言葉が続いていた。
「最近、やっと笑うようになった」
「可愛いやつめ」
「サキュバスの誘惑にやられそうになった」
「この前吸血鬼に噛まれた」
「夜這いの時に殴られた奥歯がまだ痛い」
とても手紙に託すようなものではない、メモにも似たなにかだが、魔王はそこに描かれた物語の一文一文を彼の声と重ねて指でなぞってゆく。
「俺のせいでお前はこれから危ない目に合うかもしれない」
「つーかこの手紙がお前のところに届かないことを願うよ。この手紙を持ってきているってことは、俺が死んでいるからなんだろう?まさか離婚とかしてないよな?なぁ?」
「お前はいま幸せでいるか?俺はお前と幸せに暮らしていたか?」
脈略のない文章も佳境に入り、結局最初から最後まできちんとした文章の構成はなされない。
「これ万が一、俺が生きている状態でお前に読まれたら恥ずかしさで死ねるな」
「……いや俺が生きているなら俺が回収しているはずだしな」
「ここにも書いとくわ。ありがとうな」
「生まれ変わってもお前と一緒にいたい」
「あまりおいたはするなよ。叱りに行くからな」
「またな」
全てを読み終え、微笑みをたずさえる魔王。
いつの間にやってきていたのか、手紙を覗き見していたリッチは恍惚としている魔王を見るなり「ダメだこりゃ」と両手を上げる。
宝物と化したネックレスと手紙を胸に抱き「うん」と一言。
魔王は町娘に頭を下げた。
魔王「素敵な手紙をありがとう。さぁ人間よ。お礼は何が良いかしら。改めて願い事を言ってみなさい」
それらしい雰囲気を従えて、魔王が町娘へと手をのべる。
しかし伸ばされた手は、リッチによってパチと叩き落とされてされてしまった。
リッチ「おバカ!」
魔王「誰がおバカか!」
けっこう痛かった叩き落としに、右手をプラプラと降る魔王。しかしリッチは間髪入れずに魔王を叱る。
リッチ「なに格好つけているんだよ!キミは自分の立場を理解しているのかい!?」
魔王「しているわよ?私が魔王であの子は人間。そしてあなたは蝋人形。いま一番偉いのは恐らく私ね」
リッチ「せめて『実は魔王だけれど名乗らないからアウトに近いセーフ』ぐらいの発想を持つべきじゃないかな。ポンコツかい?」
魔王「どうしたのよリッチ。さっきから様子が変でーー」
リッチ「聞き分けが悪い子を諭すみたいな空気をやめろ。僕は間違っていない」
魔王「面倒ねまったく……。城のことはサキュバスと吸血鬼が帰ってきたら任せれば良いでしょう?妖狐様の事は……今は考えない方が良いわね」
リッチ「あまりふざけてると僕だって本気で怒るからね。キミは魔王としての自覚が足りていないんじゃないかな」
しまいには眉間にシワを寄せて、感情をあらわすリッチの慣れ果て。
魔王とて極まったバカではない。
言い訳が思いつかないためこうして頑張って誤魔化し続けたが、リッチの言い分はごもっともでしかない。
そりゃ怒るだろう。
リッチ「ボクがどんな気持ちで……どんな気持ちでキミが魔王になるのをさぁーー」
妖狐に壊されるほど抱かれても側を離れなかった片翼の元側近。
女としての尊厳を踏みにじられようと、性具として雑に扱われようと、末の窒息で命を散らされようとーー。
誰よりも妖狐を慕い、誰よりも妖狐を愛し、誰よりも妖狐と共にあろうとした、もう一人の元側近。
魔王「……」
リッチ「答えろ、よ……。アイス」
普段の安穏とした姿からは程遠い、リッチの怒り。
己から居場所の全てを奪った相手が、魔王にあるまじき行いをしている。
魔王「……」
リッチ「アイス!」
魔王「リッチ」
呆れたような声で。
仕方がないやつと諭すような声で、リッチに向かって歩み始める魔王。
リッチ「……。イヤだよ。絶対に嫌だからね」
魔王「まだ何も言ってないじゃない」
リッチ「イヤだからね!?この雰囲気で、どうして僕がキミと一緒に行くと思う!?僕を誘おうとしているんだろう!?」
魔王「正解よ!さすがねリッチ!」
リッチ「それ以上ぼくに近づくな。撃つぞ」
魔王「やってみなさいよ木偶が。この距離で私に勝てると思うな」
リッチ「自惚れも大概にしろよクソガキ」
怒り露わのリッチが杖を突き出せば、生まれた火球が大型花火のように炸裂を見せた。
瞬く間に数百に分かれた小粒の火球は、瞬きをする間もなく光の矢となり、アイスを貫こうと降り注ぐ。
頭、目、首、心臓、腹と、致命傷になるだろう部位には多めに矢。
しかし残りの矢が適当に放たれたというわけではない。
一本一本の光全てが、魔王を絶命させる意思を持って送り出される。
魔王「ふんっ!」
上下左右、全方位から襲いかかった矢が、等しく同じタイミングで魔王を貫く……。かに見えたが、それは町娘の視点だった。
矢は全てが満遍なく魔王に当たりはしたものの、一筋たりとも魔王を貫くことなく霧散させられる。
魔王「とんだ児戯ね。積み木の方が幾分かマシよ」
リッチ「ははは。バカも休み休みにしてほしいね。筋肉であの魔法を消し飛ばすバカなんか君ぐらいだよ」
魔王「つまらないわよ聖職者。次の授業はなぁに?」
リッチ「次は美術が始まるよ。魔物の臓物をぶちまく現代アートさ」
歪んだ笑みを浮かべて魔王から引くリッチ。
魔法型のリッチからすれば、超至近距離にいる魔王に踏み込まれるのは分が悪い。逆に、距離を取られたら分が悪くなる魔王が後退を許すはずがない。
魔王「逃がすか!」
ドンと一つの音が鳴り、地面を蹴り上げた魔王がリッチの腹に拳を叩き込む。
リッチ「がーー?」
叩き込まれた拳は簡単にリッチの腹を貫き、魔王の手首や肘を鮮血に染め上げた。
常人ならば人間だろうが魔物だろうがコレでお終いだろう。
しかし相手は元側近。
ましてやとこしえの存在に、終末の光など訪れない。
リッチ「はは……ぇアハぁ。アイスぅ。あいずーー」
腹から腕を引き抜いた魔王が、再び拳を撃ち出す。
次は絶命させるために心臓を狙った。
だがーー。
リッチ「ギミは、いつまで経っでも、ちから、オシだ」
魔王「まどろっこしいのは嫌いよ」
リッチ「コんなのハどうだい?」
不意に違和感を覚えたアイスが、振りかぶっていた拳を止める。
血染めの腕に走る激痛を前に、次は魔王が後退させられた。
魔王「おのれ貴様ーー!」
リッチ「ひひ。固まる。固まっちゃう、よ魔王サマ?」
いつしかリッチの腹にあけられた風穴は、肉色のスライムのようなものが修復を終わらせる。
対して魔王の腕にまとわりついていた赤は、次第に赤から黒へと色を変えていた。
ピシッと音が鳴るたびに、魔王の腕は激痛を与えられ感覚を失う。痛みが引く頃には、右腕の先は無機質な石へと変貌を終えていた。
魔王「私こんな魔法知らない」
ゴトンと音が鳴り、腕が落ちる。
リッチ「僕が勤勉だって知らないのかい?ただでさえ泣き叫ぶキミの声を聞きながら自慰をしてやろうと思っていたんだ。突撃バカの対策をしないハズがないだろう」
魔王「きちんと治してちょうだい。このままでは勇者の抱っこもできないでしょう」
リッチ「僕の身体を余すことなく舐めて綺麗にできたら考えてやるよ」
動き出したリッチを前に、戦いた魔王が距離をとる。
何も変わらない。いつもの通り悠々と魔王に歩み寄ったリッチは、石化された腕を拾うと、詠唱とともに石を生肉へと戻す。
リッチ「んっーー」
とろけた顔でアイスの手のひらを舐めまわし、全ての指の間を舌で舐めまわしてゆくリッチ。
魔王「んな……!しっかり洗って返しなさいよね!?」
リッチ「んっ。んむ……おいふぃ……」
魔王「聞いてんの!?」
リッチ「アイスおいふぃ」
挙げ句の果てに、ローブを開け広げて秘部を見せつけるリッチ。
満ちた月夜に狂ったリッチは、その胸も、その腹も、その下腹部をも自慢げにさらけ出す。
白雪のようなリッチの肌に赤みが差す頃、リッチの内腿を透明な雫が滴り落ちた。
興奮しきったリッチが、魔王の指を自身のソコに差し入れる。
魔王「冗談でしょう……?」
リッチ「アイスぅ。アイスが僕の中に入ってくるよう」
魔王「っ……殺す!」
再度、音を超えた魔王の足裏がリッチの顔面に叩きつけられた。
頭を吹き飛ばすが如く、力任せに叩き込まれた一撃。
しかし重心を崩した蹴りはリッチを吹っ飛ばすのみで、殺すほどの威力を持たない。
リッチ「あはははは!どうしようアイス……どうしてほしいアイス!?も、もう僕ね、我慢できなくなってきちゃった!いひ、いひひーー!」
城門に叩きつけられようとしていたリッチが笑う。
到底まともではないイかれた魔物を前にして、魔王はいよいよ全力で奴を殺す算段をつけ始めた。
リッチ「あははは!覚悟してねアイス!ぐちゃぐちゃに犯し・・・はぇ?」
リッチの高笑いは止められたのではない。やめさせられたのが正解である。
吹っ飛ばされた先にある門がギィと遠慮がちに開けられると、そこにはーー。
妖狐「クソどもが……」
リッチ「ぁひぃ妖狐様!?」
妖狐「夜中にドンドコドンドコ高笑いと……相当楽しそうにしているじゃない」
リッチ「いやだ殺される!助けてアイス!たすけてー!」
妖狐「お祭りかしらねぇ?神輿かつぎなら、飛び入り参加も厭わないんでしょう?」
「ふん!」と一撃な妖狐。
飛んできたリッチに超強力な妖狐キックが炸裂した。
魔法まで込められた渾身の妖狐キックが炸裂した矢先、蹴られた衝撃でリッチ死ぬ。
が、瞬く間に蘇生し、また死ぬ。
しかし再三復活したリッチは、空気抵抗でさらに死んだ。
ここまででワンアンクション・スリーデッドのリッチだが、悪夢は終わらない。
最後は岩のように硬い魔王に叩きつけられて累計四回死ぬ羽目となる。
そしていくら硬いとは言えリッチが死ぬほどの速さで体を叩きつけられた魔王は、リッチと共に吹き飛ばされて森の木をなぎ倒すハメとなった。
妖狐「次に騒いだら、少しずつつま先から輪切りにしてやるわよ」
バンと怒り任せに城門が閉められ、傍観せざるをえなかった町娘が我にかえる。
町娘は急いで地面に転がっていた魔王の腕を拾うと、なぎ倒された木々の中を進んで行った。
魔王「う、うぅ……」
リッチ「きゅ〜……」
町娘「だ、大丈夫ですか魔王さん?」
魔王「ギリギリ、ね……」
仰向けの魔王に覆いかぶさるリッチは、間髪入れぬ連続蘇生で目を回していた。
魔王「こ、こいつが起きる前に、手を貸してーー」
と、魔王から町娘に伸ばされる手。
町娘は一度魔王の腕を置くと、両手でしっかりと魔王を掴む。
町娘「引っ張ります」
魔王「悪いわね……」
だが、いざ町娘が魔王を引き、もう少しで救出を終えようとした頃ーー。
リッチ「……ふへ」
魔王「しつっこいわねもう!」
蘇生を終わらせたリッチが、魔王の腕を掴んで地面に叩きつけた。
苦痛に顔を歪ませた魔王を尻目に、ゆらりと起き上がったリッチは笑いだす。
リッチ「うふふ。ようやく、つかまえたっ」
魔王「キャラが変わってるじゃない!」
リッチ「ほらぁ……。騒ぐとまた妖狐様がきちゃうよぉ?」
魔王「いっーー!いたた!痛い!折れる!折れちゃう!」
たび重なる被虐と、魔王の匂いにすっかり出来上がってしまうリッチ。
パカと開けられた口の端からは、粘度のあるよだれが滴り落ちては魔王の頬を濡らす。
「いただきます」モードのリッチを前に、流石の魔王も表情から余裕がなくなった。
魔王「ひぃ!?」
しまいには怯え出した魔王が藁にもすがる思いで町娘へと視線を向けるが、当然町娘がどうにかできるものではない。
魔王「待って!待って下さい!」
リッチ「あー?」
魔王「あ、煽ってごめんなさい。謝りますリッチ様」
リッチ「うーん……。だめ」
魔王「だ……だめ?そこをどうにか……」
リッチ「じゃあ勇者君と一緒に、僕の性奴になってくれる?」
魔王「い、いやそれはちょっとお母さん的に……ね?今度からは少し疲れていても相手をしてあげるから勘弁してちょうだい」
だめと言いながらも口を閉じ、呆れたため息を吐くリッチ。
小刻みだった呼吸もしばらくすれば落ち着きをみせ、最後に一度だけ大きく深呼吸を終えたリッチは「まったくもう……」と、やや怒った様子。
リッチ「きみね、僕のことを侮りすぎ」
ふぅ。とようやく落ち着いたリッチが人差し指を魔王の鼻先につけた。そのままぐいと押し込まれれば、ややブタ鼻になる魔王。
リッチ「命乞いをしろメスブタめ」
魔王「ぶひぃ。どうか命だけは」
リッチ「初手から全力で来ないから負けるのさ。この僕を片手間で倒せるハズがないだろう」
魔王「逆に全力でこられると思わないでしょう。空気読みなさいよ」
リッチ「昔妖狐様から初手で決めろって言われたじゃないか。ちゃんと覚えておきなよ」
やや疲れ気味にため息を吐いたリッチが町娘に視線を動かす。
特に会話があるわけでもなく、一べつ貰った町娘がリッチに魔王の腕を渡した。
リッチ「ほら治すよ」
魔王「いだだ!いぁ、あはは!そんなグリグリ押し付けないで!」
リッチ「我慢しなよ魔王だろう」
魔王「魔王だって痛いものは痛いのよー!」
リッチ「昔はこんなのモノともしなかったじゃないか。ベソベソ言わない」
腕の切り口同士をぐりぐりと力任せに押し付け、リッチが詠唱をはじめる。
悲鳴を心地よさげに受けながら腕の接合を終わらせれば、涙目の魔王が抗議のこもった目でリッチを睨みつけていた。
リッチ「ほら治った」
魔王「うぅ……おのれ……覚えてなさいよ」
リッチ「返しが三流だよ。きちんと一流なりの返しを」
魔王「もし私の味方になれば世界の半分を貴様にやろう。どうじゃ?私の味方になるか?」
リッチ「それ僕に聞く台詞じゃないだろう。勇者くんに聞いてあげなよ」
先に起き上がったリッチが呆れた様子のまま魔王に手を伸べる。
さんざん嬲られ血を失った魔王は「ゔぁー」と声にならない声を出しながら手を引かれて起き上がった。
魔王「泥だらけじゃない……。どうしてくれんのよ」
リッチ「ぼくお風呂にいきたい……」
魔王「流暢にしている余裕なんかなさそうよ?」
リッチ「だからさ僕は行かないってば……」
魔王「正気?聖職者のくせに酷いじゃない」
リッチ「『元』ね。あいにくだけれど、神様とやらがいたならば、僕はここにいないんだ。信仰心に期待するのは間違いだよ」
魔王「でも神がいるから、私たちはこうして再び出会ったのかもしれないじゃない?少しは信用してみたらどうかしら」
リッチ「いたとしても人間嫌いは伊達じゃないのさ。やめておくよ」
話はおしまいと打ち切るように背を向けるリッチだが、城門へと歩き出した矢先、後ろから僅かな抵抗を感じる。
「ん?」と振り返れば、そこには相変わらず地面に座ったままの魔王がいて、ローブの裾を引っ張っているではないか。
リッチ「あのさぁアイス……。僕より吸血鬼くんやサキュバスくんを連れて行けば良いじゃないか。君のためなら死んでくれるだろう?」
魔王「勇者と遊びに行ってるわ。それに二人はリッチ以上の人間嫌いだもの」
リッチ「そういえばそうだったね。……ところで相手は誰なんだい町娘くん。対峙する相手は魔物なんだろう?」
急に話かけられ、傍観に徹していた町娘が肩をすくめる。
「あ……え……」と、返答に困っていた町娘は、最終的にこくりと頷いた。
町娘「街の人たちが螺旋龍と言っていました……」
リッチ「螺旋龍って……」
魔王「螺旋龍?」
リッチは魔王に裾を持たれたまま、魔王はリッチの裾を持ったまま互いを見る。
誰だ?と二人で目を見合わせること数秒。ハッと気付いたリッチが裾をつかんでいる魔王の手を振り払う。
だが振り払われた矢先には、反対の手がリッチのローブを捕まえていた。
リッチ「ばっーー!バカバカ!なおさら絶対に行かないよ僕!」
アイス「相手にとっての不足はないわね」
強がり混じりに笑う魔王だが、やや怒りすら覚えたリッチは魔王の頬を摘んで引っ張る。
遠慮なしに頬をつねられ涙目になる魔王。しかしリッチはつねるのをやめない。
リッチ「町娘くんさ!きみ遠慮って言葉を知らないのかい!?」
町娘「そ、そんなーー」
リッチ「世の中には敵に回しても良い魔物と、敵に回しちゃいけない魔物がいるんだ。螺旋龍は敵にしちゃいけない魔物!」
町娘「でも私たちは本当に彼女に危害を加えていないんです!なのにーー」
リッチ「人間っていっつもそう!誤解だなんだって、いつも最後は僕らに罪を押し付ける!」
んもう!と怒り露わに地団駄を踏みはじめるリッチ。
うるさかったので、魔王はリッチの手を引いて地面に座らせてやる。
それでもなお、抗議を続けようとするリッチの口は後ろからふさいだ。
魔王「もう何年も会っていないけれど、今の螺旋龍は穏やかで、大らかな奴だと聞いているわ。何かしら螺旋龍の琴線に触れる出来事があったはずよ」
町娘「で、ですから……ひぐ……。ま、街の人はなんにも……。なのに、せ、攻め入るって……。っぐーー」
リッチ「っぷぁ!十字軍は?螺旋龍は言葉が通じるヤツだ。こんな時こそ十字軍が間を取り持つべきだろう?」
町娘「ずっと応援は要請しています……。でも、螺旋龍と拮抗させるほどの戦力なんか用意できないってーー」
リッチ「……だろうね」
町娘「もう、もう時間がないんです!お願いします魔王さん!どうか、どうか私たちを助けて下さい!」
昔は私だって人間に疎まれ、呪詛を吐かれ、命を狙われてきた。
挙げ句にようやく手に入れた幸せまで横どりされ、奪われた人は帰らない。
それはすべて人間がやったこと。
私がすべてを失っていたのは人間のせい。
魔王「……」
けれど与えてくれたのも人間。
めげず、懲りず、私に恋を教えてくれて、愛を教えてくれたのも人間だった。
アイス「そうよね……」
誰かに問うわけでもなく、アイスの手中で握り締められたネックレス。
世界で一つだけの『あなた』の手作り。
リッチ「いやいや螺旋龍だよ?やめた方がいいってアイス……。君一人の問題じゃなくなるかもしれないんだよ?」
魔王「たまには良いことをしないと、神様に怒られちゃうもの」
リッチ「屁理屈ばっかり言って……。いっそ彼女の街が滅ぼさせるまで、手足をもぎ取ってやろうか」
魔王「なにも殴り合いをしに行くわけじゃないわ。話を聞きに行くだけよ」
リッチ「どうせ拳で語るんだ。物理型はいつもそうじゃないか」
魔王「場合によっては舌戦よりも早いもの。私たちだってほら、もう仲直りしたわ」
リッチ「あーいえばこう言って!」
もはや悪びれることなく飄々とした態度を前に、リッチからため息が吐き出される。
魔王はリッチから伸ばされた手を引いて立ち上がると、頭にハテナを浮かべていた。
リッチ「勝手に行けばいいさ。悪い奴に城を乗っ取られても知らないからね!」
いー!と並びの良い歯を見せて魔王城へと帰ってしまうリッチ。
頭から湯気でもでそうなほど怒っているリッチを見送っている途中「あ」と気付いた魔王が大きめの声を放つ。
魔王「混濁の針も持って来てね?」
リッチ「うるさいなぁ!いちいち言われなくても分かってるよ!」
魔王「愛してるわ」
リッチ「知ってる!いいかい?僕が追いつく前に死んだら、勇者くんの記憶からアイスを消してやるからね!」
…………。
………。
……。
それはまるで水面に石を投げた時に広がる波紋のように。
鐘の音を聞いた家からは、蜘蛛の子を散らすように武装した男たちが飛び出し、宿屋や酒場からは冒険者達が武器を手に外へ出る。
戦いの空気を目の当たりにした町人たちは、ただ優雅に飛ぶ人型魔物を呆然と見上げるだけ。
けれども経験値のある冒険者たちは、いつでも人型魔物に攻撃を行えるようにと、武器を構えて空をあおぐ。
しかし数え切れないほどの殺意と敵意を向けられたところで、魔王はどこ吹く風の様子。むしろ人々に恐れられるこの状況は、なんだか懐かしくて薄ら笑いすら浮かべてしまいそうだ。
魔王「きちんと掴まってなさい。舌が飛ぶわよ」
おぶる少女に声をかけてやれば、魔王に抱きつく力が強められた。
合図とばかりに頃合いを見はかり、体を捻らせた魔王は、羽を大きく広げたまま中央広場へと足を下ろす。
魔王「なかなか熱烈な歓迎ね」
たった一人の人型のためにーー。
否、たった一人の人型だからこそ、街の中心に降りた魔王は包囲されてしまう。
数え切れないほどのパーティと、数え切れないほどの旅人や冒険者。
剣士や魔法使に囲まれるのはもちろんのことだが、おそらく目に見えないところには、隠密を得意とする職業も潜んでいるだろう。
魔王「……あら?あらあら、あれって……あの子、もしかしてアルケミストじゃない?珍しいわね〜」
珍しい職業の冒険者を見つけては、意気揚々と歩み寄る魔王。
だが目を付けられた人間はたまったものではない。アルケミストは驚いた顔を見せると、急いで後ろに引き連れていた小型カートを漁りだす。
アルケミ「くっーー!」
鋭い目つきで両手にありったけの試験管やビーカーを構えるアルケミストと、物珍しい職業をみつけてルンルンな魔王。
まるでお買い物でもするような魔王と対峙し、アルケミストが動揺しはじめる。
魔王「ねぇ貴女アルケミストでしょう?」
アルケミ「……それがどうした。やろうって言うんなら受けて立つよ」
魔王「儲かりまっか?」
アルケミ「……。……は?」
魔王「あら?儲かりまっか?間違えたかしら……」
アルケミ「その……。ぼ、ボチボチでんなー」
魔王「うふふ。本当に定型句になっているのね。一度言ってみたかったのよ」
アルケミ「いやこれマーチャントやブラックスミスに会った時の挨拶だし」
魔王「あらそうなの……。それじゃあ私じゃ使えないわね。ところで貴女のお店に、ヒートドリンクは置いてあるのかしら?」
アルケミ「へ?」
魔王「ヒートドリンクは扱っている?寒くてかなわないのよ」
アルケミ「あるけれど……。味は?」
魔王「紅茶があれば。なければ何があるか教えてもらえないかしら?」
腑に落ちない様子のアルケミストが、カートに武器薬剤を戻し、再びカートの中を漁りだす。
アルケミ「紅茶は……まだあるね」
魔王「おいくら?」
アルケミ「一つで250。二つなら450で良いよ」
魔王「町娘あなたも飲む?空は乾燥していたし、喉も乾いたでしょう?」
町娘「へ?あ、そ、それでしたらお金は私がーー」
魔王「飲むのね?紅茶を二つ頂戴」
アルケミ「ちなみに入れ物は一本50で買い取るよ」
魔王「気前いいわね。はい500」
アルケミ「まいど。……はいおつり。最近ガラスの相場が上がっているからね。どこのアルケミもビンは買い取ってるんじゃない?砂糖とミルクはどうする?」
魔王「まぁ気前のいい素敵なアルケミストさん。サービスしてくれるのかしら?」
アルケミ「今後もうちを贔屓してくれるならね。今日だけの付き合いなら10ずつ払って」
魔王「味しだいね」
町娘を背中から降ろし、金を払わずに砂糖とミルクをフラスコに入れる魔王。
まるで信じられないような物を見る町人たちの視線が降り注ぐ中、町娘はいたたまれない気持ちで魔王からフラスコを受け取った。
魔王「〜♪」
ハナ歌を歌いながらフラスコに砂糖とミルクを入れてガラス蓋をする魔王。指で蓋を押さえたままシャカシャカ振ること二度、三度。
名の通り温まった紅茶をふーふーしながら町娘と飲んでみた。
魔王「……」
アルケミ「……」
町娘「あっ……とっても美味しい」
魔王「えぇ……。悔しいけれど、やるわね人間。砂糖とミルクの代金は払わないでおくわ」
アルケミ「また買いに来てね。こなかったらギルドのみんなを引き連れて請求しにいくよ」
魔王「美味しい紅茶とお菓子を用意して待ってるわ。はい容器。ご馳走さまでした」
アルケミ「50の買い取りね。あと……ほらこれ持って」
お金を受け取るときに、なぜか再び魔王に返される空のフラスコ。
自然に渡されたせいで受け取ってしまった魔王が頭に?を浮かべる間、アルケミが胸ポケットからペンを取り出し魔王にわたす。
魔王「これはなんのサービスかしら?」
アルケミ「いいからそのフラスコに貴女のサインを書いて」
魔王「サイン?え?私の?」
アルケミ「はやく」
魔王「え?」
アルケミ「早くして」
魔王「え?え?」
アルケミ「はぁ……。あのさぁ私だって暇じゃないんだからね?早くしてよもう」
魔王「え、えぇ。ごめんなさい」
よくわからないままフラスコにサインを書いて、再びアルケミに返してやる魔王。
「まったく……」と呆れた感じで魔王からフラスコを受け取るアルケミに戸惑っている時、後ろから町娘に声をかけられた。
町娘「こんな事を言うと失礼かもですけれど……。魔王さん、アルケミさんの勢いに踊らされていますよ」
魔王「……そうよね?やっぱりそうよね?サインに何の意味があるのよ?」
アルケミ「人型のサインは凄く希少なの。とんでもないお金になる」
魔王「売るために書かせたの!?」
アルケミ「人型魔物のファンは多いからね。頭のイカれた金持ち連中に売ったら凄い金額になるよこれ?」
魔王「ふざっーー!返しなさいよ!どうしてあなたの私腹を肥やすために私が利用されないとーー!」
アルケミ「100万」
魔王「いけ……え?」
アルケミ「今なら特別に大特価。100万で『売』ってあげる。買う?」
魔王「い、いらないわよ自分のサインなんか!」
アルケミ「そ。私なら店を質に入れても買うけれどね。勿体ない」
魔王「あなたも大概イカれてるじゃない。世界中の誰に聞いたって、魔物のサインを欲しがる奴なんか……え?冗談なのよね?いないでしょう町娘?」
サインはサインである。
ペンが文字の消えないマジックアイテムだったとしても、ビンに書かれたモノはただの文字でしかない。
魔王からしてみれば、ビンに書かれた文字なんか落書きと同じだ。
落書きは落書きでしかなく、価値があるはずもないのだがーー。
町娘「あはは……。私も噂に聞いたことがあるぐらいですけれど……」
町娘から苦笑いを返されて現実を知る魔王。
芸術品は見るものが見てこその価値だと誰かが言っていた。
どうやら魔物のサインも同等の意味があるらしい。
魔王「ただのサインが100万ーー?文字を書けばいくらでも美味しいものが食べられる?どうかしてるわよ人間は」
アルケミ「体液つきのサインを人型から直接もらった事実は、商人からしてみれば快挙に等しいんだよね。まぁこの後逆上したあなたに殺されなければ、なんだけどーー」
魔王「不安ならヘタな勝負に出なければいいじゃない。あなたね……私の知り合いに同じ事をしていたら、手足を二本以上もぎ取られるわよ」
アルケミ「こちとら商売人なんだから人を見る目はあるつもり。あなたなら……たぶん殺されないと思う……。どう?」
魔王「分かったわよ……。別に構いやしないわ持っていきなさいよ。契約書にサインしたわけでもあるまいし」
アルケミ「ほんと……?や、やった。やった。やった!あなたみたいな人型がいることは、きちんとギルドにも宣伝しておくからね!」
魔王「売るならしっかり高値で売りなさいよ。私を安売りなんかしたら許さないんだから」
アルケミ「もちろん。あなたが無名の人型でも、商人の意地にかけて高値でーー」
ほっとした様子で喋りながらサインに目を落とすアルケミスト。
サインを見たアルケミストの目が大きく見開かれ、顔はもう一度魔王へと戻される。
サインを見て、魔王を見て、再びサインを見てーー。
魔王「水飲み鳥みたいね。どうかした?」
アルケミ「この名前……冗談だよね?虚偽のサインなんて勝手に書いたら、あなたただじゃ済まないんだよ?書く意味がわからない……」
魔王「心底失礼なヤツね……。逆に気にいるわよあんたみたいなやつ」
アルケミ「だ、だってこれ、この通名ってこの世で一人しかーー」
ハッと気付いたアルケミストが魔王の後ろに隠れている町娘に目をやる。
周囲からさんざん浴びせられる視線に加え、穴が空くほどアルケミストに見られた町娘は、視線から逃げるように魔王の背中に身を隠す。
アルケミ「町を飛び出した女の子が魔王城まで直訴しにいった、って噂には聞いてたけど……。まさか本当にアイスブルーを連れてきちゃう?」
いたって普通の会話のように聞こえていて、アルケミストと魔王の会話を聞いていた人々がざわめきだす。
しかしざわめきはすぐに声色をあげてゆき、瞬く間に「はぁ!?」「魔王?魔王って言ったぞ」「アレがアイスブルー!?」といった驚きの声に変わりゆく。
魔王「この街が滅ぼされたら、うちの城に悪評がたつわ。だから螺旋龍の話を聞きに来たのよ。もし彼女に正当な理由があるのなら、私は止めないわよ」
アルケミ「魔王……アイスブルー……」
魔王「ええそうよ。畏れおののきなさい」
喉をうるおし終えて、コホンとひと息。
魔王「よく聞け人間ども!」
背負うマントをひるがえし、灯されるのは青い瞳。
背後に隠れている少女を自身の前に立たせた魔王は、町人、旅人、冒険者たちに声を張る。
魔王「私が噂の魔王よ。ちまたではアイスだの、アイスブルーと言われているわ。そしてこの子は町娘。たった一人で魔王に救いを求めた女の子。最高でしょう?今日は仲裁の手助けをするために来たわ」
町娘「魔王さん!?ま、魔王さんやだ!恥ずか、みんなが見てますからーー!」
魔王「けれどそもそも螺旋龍は温厚な性格だとも聞いている。そんな彼女が街を滅ぼすと言っているのならば、恐らく相応の理由があるはずなのよ」
町娘「うぅ、どうしてこんな事に……」
魔王「あまり時間が無いらしいわね。私も早速作戦に混ぜてちょうだい。今回の戦いで指揮を任されている者は誰なのかしら?」
白兵戦にはいくつかのパターンが存在する。
城下兵を中心にした部隊が冒険者と町人に指揮をとるパターンがあるが、この街には城が無い。
次いで城下兵のかわりに十字軍が隊列をまとめて指揮を取るパターン
次いで名のある冒険者が十字軍の変わりに指揮を取るパターン。
何にせよ相手が相手である以上、こちらもまとまらなければ蹂躙されるだけだろう。
最悪なのは指揮のいないパターンだがーー。
剣士「俺はいくつかのパーティから指揮を任されている」
ハンター「僕もだ」
名乗りと共に魔王の元へと集まる冒険者たち。
アルケミ「一応、私も」
最終的に集まる数は3人。加えて町人は町人で指揮を取る人間がいるらしく、指揮者だけで4人になる。
有り合わせの総戦力にしては、指揮を取るものの数が少ないように感じられた。
魔王「指揮者はこれだけ?よく3人にまでまとめたわね」
アルケミ「私たちこう見えて、結構有名なんだよね」
魔王「知り合い同士なの?」
剣士「いいや。互いがこの街で会ったのが初めてだ。お前ら魔物は人間に興味などないだろうがーー」
と剣士が悪たれをつこうとしている途中で、魔王が剣士の頬を指で挟む。
そのまま魔王が指の力を少し入れれば、会話を止められた剣士はまるでタコのように唇を突き出すハメにあった。
魔王「今はそういうのはやめなさい。どうしても聞いてほしけりゃ、終わってからにして」
剣士「……」
魔王「私は今ここにいる冒険者が、螺旋龍と対峙しても逃げずにいるだけで、賞賛に値すると考えている」
剣士「……」
魔王「私はあなた達三人を知らない。でもあなたたちが、この町に残っている勇気ある冒険者たちに指揮を頼まれた事を知っている。覚悟を決めて皆の思いを背負っている以上、仲間を失望させる発言は頂けないわ」
剣士「そう、だな。すまない」
魔王に非礼をわびた剣士が改めて魔王を見据える。
意思を改め決意を誓った剣士の瞳は、悪寒がするほど真っ直ぐな瞳をしていた。
その目はどこか、前勇者を思い出させる懐かしさもあったほどだ。
魔王「ハンターはどう?」
ハンター「僕は故郷を守りたいだけさ。なんだってするよ」
魔王「この街に家族が?」
ハンター「病気がちな母と、10歳になったばかりの妹が住んでいる」
魔王「螺旋龍がどうしても止まらない場合、街は差し出して人の命は奪わないように交渉するつもりよ。先に謝っておくわね」
ハンター「当然さ。逆に魔王、あなたはどの程度僕らに力をかしてくれるんだ?」
問われて魔王は考える。
現状ですらこの一戦は螺旋龍を含め、近隣魔物たちとの火種を生むだろう。
昔ならば「私が気に入らないからみんな半殺し」で済んだのかもしれないが、果たして今でもそんなワガママが許されるのか。
魔王「どの程度……」
行動を違えれば城から仲間たちを要請しなければいけなくなる。きっと魔王軍が加担してしまえば、螺旋龍はこの世に骨一つの存在も残されないだろう。
さらに恐ろしいのは、螺旋龍を慕い、手を貸している魔物がいた場合だ。
魔王軍は魔王に攻撃した連中を必ず全て見つけ、私の知らないところで何事も無くなぶり殺しにするだろう。
中でも側近の二人の耳に入るのだけは避けたい。
魔王「私は極力戦闘を避ける事しかできないわ」
ハンター「そうなるよね……。仮に螺旋龍が町の人々を差し出せと言ってきた場合はどうなる。あなたが敵に回るのは笑えないが」
魔王「ならないわ」
ハンター「根拠が欲しい」
魔王「その時は私が螺旋龍を倒すからよ。ついでに螺旋龍の支配下は今後うちが管理する。これでどう?」
ハンター「冒険者を代表して、お礼を言わせてもらうよ。ありがとうアイスブルー」
魔王「部隊の指揮を取らせろとまでは言わないわ。けれど最前線は任せてちょうだい」
振り返りざまに町人から選出された指揮者へと声をかける魔王。
願ったり叶ったりの町人からは「ぜひお願いします」と了承をもらう。
魔王「いつ攻めて来るか、検討はついているのかしら?」
アルケミ「今夜12時だって。東の森から来るらしい」
魔王「情報の出どころは?偵察を出しているの?」
アルケミ「毎日螺旋龍の部下を名乗る魔物が来ていたんだよ。破滅へのカウントダウンを伝えるためだけにね……」
魔王「ヤツも律儀ね……」
アルケミ「だからあんたが来た時は、開戦が早まったのかと思ったんだ」
魔王「あいつは不意打ちなんかはしてこないハズよ。真正面からこの街を破壊するつもりだわ」
アルケミ「魔王は何か心当たりとかないの?」
魔王「検討もつかないわね。だから本人に聞きに行こうとしているのよ」
アルケミ「そっか……。人間のためにわざわざありがとうね」
魔王「礼なら町娘に言いなさい」
町娘「私は……私は皆さんのように武器を取ることができません。ただこれしか出来ないと思ったことをやっただけです」
魔王「そうだとしても普通は魔王を呼んだりなんてしないわ」
町娘「ですがそれは前むぐーー」
前勇者と言いかけた町娘の口は、魔王の手によって塞がれる。
ハッと気付いた町娘は慌てた様子で「前々から話の通じるかただと思っていました」と話題を変えてくれた。
アルケミ「……。話が通じると思っていても、普通は行かないけどね。私なら呼ばれてもいかないわ」
町娘「えへへ」
魔王「話は以上よ。私も道具を揃えたいから、時間が来るまで各々準備を続けましょう。手を抜くつもりはないけれど、いつでも家を捨てて避難できるようにしておいて」
手を叩いて解散をさせる魔王。
「あなたも家族のところに行きなさい」と町娘の肩を押し出してやれば、町娘は頭をペコリと下げて自宅へとかけてゆく。
剣士「俺は装備の手入れをしてこよう」
ハンター「僕は家族と共に荷物をまとめてきます」
軽い会釈とともにいなくなる二人を見送り、最後に魔王とアルケミが残される。
魔王「あなたは?」
アルケミ「私はもう待つだけだからね。ポーションの生成でもしようかな」
魔王「そ。それならまた後で会いましょう」
アルケミ「あ、武器屋に行くならこれ持って行きなよ」
とアルケミストが道具袋から取り出し、魔王の手に三枚の銅貨を渡す。
五角形に抜かれた型の珍しい銅貨一枚つまんで眺めてみるが、その銅貨は一般的に使われている貨幣とは影も形も違う。
魔王「これは?」
アルケミ「鍛冶屋のブラックスミスに渡せば、一枚につき一つの商品を値引きしてくれるよ」
魔王「そんなものがあるのね」
アルケミ「社割みたいなものだよ。ここのブラックスミスはうちのギルドと交流あるんだ」
聞かされながらコインの表には、確かにフラスコをイメージして描かれたギルドエンブレムが書かれてある。
裏にはこの商人の名前まで書かれてあった。
魔王「ありがたく使わせてもらうわ」
アルケミ「お安い御用よ。じゃあまた後で」
魔王「えぇ」
…………。
………。
……。
ひとことに『戦争』と言っても、人間同士の戦争には制約が課されている。
宣戦布告をはじめとし、非人道的な行いをした国は永遠に後世へと語られてしまう。
これは魔物同士の戦争も同じと言えよう。
人間同士のようにしっかり固められたルールこそないにしても、戦争の中には許される行いと、許されざる行いがあった。
魔王「……」
では魔物対人間の戦争にルールが存在するのだろうか。
答えは否である。
双方の戦いで行われるのは殺戮のみ。
互いの尊厳や人道など気にもせずに、淡々と、ただ着々と殺し合いのみが行われている。
魔物に捕まった人間は拷問され、虐殺され……。
人間に捕まった魔物は見せしめにされ、慰み者にされ……。
人間に捕まった魔物は裂かれ。
魔物に捕まった人間は食われ。
魔物はーー。
人間はーー。
魔王「寒いわね……」
そんな歴史を今さら変えようとは思わない。
ましてや変わるわけでもないし、変えようとすら思っていない。
あの前勇者ですら考えていなかった事を、私がどうにかできるはずもないだろう。
魔王「ここかしら」
私はただ、守りたいものを守るだけ。
守りたいものを、全力で。
私は……。
ならば私は、どうしてここにいるんだろう。
魔王「我ながら笑っちゃうわね」
時刻は黄昏。
魔王は街を離れ、たった一人で螺旋龍の住む森へと足を踏み入れようとしていた。
とりあえず螺旋龍が来る予定は無視した。
こちらからしてみれば、何が悲しくて敵戦力が集結するのを指くわえたまま待機しなければならないのかと。
そして人間たちとの約束もついでとばかりに反故しておいた。
よく考えれば人間を率いたところで足手まとい以外は何もない。どうせ足手まといになるのなら、ハナからいないほうがましだ。
魔王「あのこ大丈夫だったかしら」
脳裏によぎる一抹の不安は、街を出る前に宿屋に拉致した女冒険者の事だった。
かなり怯えた様子の冒険者に「武器と下着以外の装備を全てちょうだい」とお願いをした。
背丈も体型もそっくりの女性は魔王から『お願い』されるがままに全てを脱ぐと、嫌がるそぶりもせずに装備をくれた。
もしかしたら嫌がっていたかもしれないが、かわりに私が着ていた装備をあげたんだから大丈夫だろう。
たぶん。
魔王「これで人間臭くなれたかしら?きっと大丈夫よね?」
自問自答を終えた魔王が「よし」とひとこと森の中へと歩みだす。
夜目を使わず、羽も使わず、魔物らしい特徴をあらわさず。
魔王「〜♪〜♪」
歩きはじめて5分もしないうちに敵?の動きが出始める。
最初に聞こえたのはコン、コンと固いなにかが木に打ち付けられるような物音。
距離を推測するに森の中から聞こえる音に違いはないのだが、いかんせん夜目が使えない。
魔王「野鳥・・・?むぷぁ!?」
音の方向に顔を向けていた魔王が蜘蛛の巣に顔から突っ込んだ。
ねばつく糸が魔王の顔にべちょと貼り付き、不快度指数を跳ね上げさせた魔王は急いで糸を振り払おうとする。
しかし右手で振り払った糸は、瞬く間に手のひらにぐるぐると巻きつくだけで、簡単には裂かれてくれない。
魔王「んもー!」
やや苛立った魔王が左手で糸を振り切ろうとするが、気づけばいつの間にか手先は糸でぐるぐる巻きになっている。
魔王「あらやだこの糸ーー」
アラクネの糸?と呟く前にわき腹に強い衝撃を受ける。
なんだなんだと状況確認をする間もなく吹っ飛ばされそうになる魔王。
気付いたころには何もかもが手遅れで、アラクネの尻から飛ばされた大量の糸が首より下を白銀に染めていた。
アラクネ「うふ。うふ」
くっくっと堪え切れない声を漏らして闇夜の森から出てくるアラクネ。
一見人のように見えなくもないが、それはあくまで上半身のみの話だ。
下半身にあるのは異形そのもの。腰から下はラミアの肢体と似たように、蜘蛛の体となっている。
アラクネ「あはっ。あはあは」
月夜に照らされニタリと笑みをこぼすアラクネの姿は、人間からどう見えるのだろう。
少なくとも私は綺麗だなって思う。
乳房を隠すようで隠れていない、羽織るだけの着物も、その毒々しくも白い肌も、鋭利に尖った6本の蜘蛛足も、全てが美しいなと思う。
アラクネ「こんな遅くにどうしたのぉ?冒険者さぁん」
魔王「……あまりにも月が綺麗だったから、散歩をしていたのよ」
アラクネ「そうぉ〜?私とぉ、趣味が合うかもぉ。うふ。うふふ。ほんとぉに〜、月がきれぇ」
魔王が動けば動くだけ肢体を緊縛してゆくアラクネの糸。
全身を糸で包まれてしまったせいか、それとも魔王がもがいていたせいか、糸は瞬く間に魔王の動きを止めさせる。
魔王「それなら私と一緒にお散歩する?」
アラクネ「ん〜と……どうしよぉ?でもぉ。せっかく〜人間さんを捕まえたからぁ」
完全捕縛をされた魔王はもはや立っていることしかできない。気を抜いたら転んでしまいそうではあったが、何とか足を踏ん張らせる。
魔王の苦労を知ってか知らずか、餌を捕まえたアラクネは余裕たっぷりに魔王の前へと歩み寄った。
アラクネ「食べちゃうぅ?」
魔王「私なんか美味しくないわよ。お腹を壊すからやめときなさい」
アラクネ「そぅお〜?残念〜……。じゃあじゃあ、遊ぼ?」
アラクネが魔王の顎を掴んでくいと上に向かせた。魔王にはアラクネの意図が読めなかったが、恐らく怯える人間でも見てやろうと思っていたのだろう。
しかし魔王の瞳には一寸の怯えも浮かんではいない。
気丈であろうとしている訳でもなければ、強がっているわけでも、ましてや混乱しているわけでもない。
当然だ。
恐れる理由なんてないのだから。
魔王「構わないけれど、先にこの糸取ってもらえるかしら。くるしいのよ」
アラクネには衝撃的な出来事だった。
圧倒的に不利な最中でも落ち着く人間側の有様が。
お遊び感覚で捕まえた虫型の仲間ですら、少しは怖がると言うのに。
アラクネ「お顔、とってもきれぇ」
魔王「ありがと。わたしの話聞いてる?」
アラクネ「……きれぇ」
見入っていたアラクネが徐々に魔王へと顔を近づけ、小さく口を開ける。
開けられた口内には吸血鬼の持つものと似たキバが顔をのぞかせるが、吸血鬼と違うところは牙先から毒々しい液が滴り落ちたところだろう。
魔王「ちょ、ちょっとまっ、食べないって言ったじゃない!」
アラクネ「はふっ、はふ。たた、食べない。たべ、ないよ」
食べないのになぜ毒液を用意する?
月に照らされるのはアラクネの上気した顔で、荒くなった息が彼女の興奮具合を表している。
魔王「は……?」
と、ここで魔王が気づく。
アラクネの下腹部にいきりたつのは、浅黒く、ミミズのようにうねった血管を這わせた男性器だった。
アラクネ「ここ、子づくりしよぉ?ママに、なろぅ?」
すでにママである魔王はたまったものではない。
うへぇと対策を講じている間にも、魔王に牙をつきたてようと歩み寄るアラクネ。
穏便に済まそうと思っていたが、こうなってしまってはやむを得ない。
魔王「ふんっ!」
と全身に力を込めた矢先。
分厚いゴムを引きちぎるような音が鳴り響く。
振動と衝撃波すら生んだ炸裂音は辺りの森に鳴り響き、木々で休んでいた鳥を飛び起こさせた。
アラクネ「ふぁ!?」
目の前で爆散させられる己の糸を前に、アラクネの目が丸くなる。
名剣で切られることはあった。剣がなくても燃やされる事はあった。
けれど今回は違う。
力任せに引きちぎられたのだ。
証拠に魔王は両手に巻かれた糸を、まるで綿飴のように引きちぎっているのだから間違いないだろう。
アラクネ「はぇー……すっごぉい」
驚き隠せないアラクネが飛び散った塊の一つをつまみ上げ左右に引っ張ってみる。
しかし歯を食いしばるほどの力を入れたところで、強靭な糸の塊は伸縮すらしない。
獲物を食べるときは爪で糸を切って中身を取り出すのだ。千キロの超えの熊が突進してきても割けないものを、腕力のみで千切ったと誰が考えられようか。
アラクネ「どうやったのぉ?すごおぃ」
魔王「力任せに千切っただけよ。大したものじゃないわ」
アラクネ「すごぃ〜。あなたは綺麗でぇ、強ぃのねぇ」
目をきらきらと輝かせたアラクネが、それはそらとして再び魔王の首に噛み付こうとする。
魔王「めーよ」
だが噛もうとしたアラクネの鼻先に魔王の指があてられた。「うー……」と強引に魔王に近づこうと頑張るアラクネだが、魔王は指先一本動かす事なくアラクネの進行を止める。
アラクネ「交尾ぃ……」
魔王「ごめんなさいね。私には愛する旦那と息子がいるのよ」
アラクネ「だめぇ?」
魔王「私の代わりに次に通った女の子を気持ちよくしてあげなさい。殺さないようにね」
アラクネ「はぁい」
しょんぼりしたアラクネのお腹をさすってやると、気を良くしたアラクネが魔王に頭を下げる。
下げられた頭を撫でてやると、アラクネからご機嫌な鼻歌が聞こえてきた。
魔王「じゃあ私はそろそろ行くわ。元気でね」
アラクネ「ばいばぁい」
笑顔で手を振ってくれるアラクネに手を振り返して魔王は進む。
…………。
………。
……。
道はまだまだ続く。
アラクネと別れてから10分ほどした頃だろうか。背後の殺気と音に魔王が身を屈ませた。
?「ちぃっーー!」
奇襲の失敗に舌を打つ魔物。
誰だと空を見上げる魔王だったが、見上げた魔物は月を背に飛んでいるおかげでシルエットしか分からない。
魔王「ハーピー……かしら?」
ハーピー「よく避けたね。一人で乗り込んできたアホじゃないんだ?」
両腕に大きな二枚の翼を従えたハーピーが面白くなさそうに魔王を見下ろす。
浮かぶ魔物の影と夜目。この二つだけあれば、並の人間は十分人間は恐れるだろう。
魔王「殺気を出すのが早すぎるのよ。できればもう少し音も消しなさい」
ハーピー「なにさ偉そうに……。その余裕たっぷりの頬肉を引き裂いてやる!」
魔王「まぁ怖い」
宙でくるりと旋回をしたハーピーが翼をはためかせながら足蹴りを繰り出した。
ただの足蹴と思うことなかれ。
細い足とは裏腹に、つま先には対3本ずつの爪が備わっている。
聞くところによると、力あるハーピーの蹴りは、鎧ごと人間を上下に分断させるほどらしい。
ハーピー「そらぁ!」
蹴りが魔王の顔へと繰り出される。しかし魔王から伸ばされた手が、ハーピーの足を手合わせのように捕まえてしまった。
驚いたハーピーが急いで逆足で蹴りを送り出すが、こちらも同じように捕まえられてしまう。
ハーピー「な……」
魔王「申し分のないの速さね」
ハーピー「は、はなせ!」
絶体絶命のハーピーかと思われた矢先、大きく広げられた翼に魔力が生まれる。
素早く振りかぶられる両の翼から打ち出されたのは、自身の羽を用いた羽の弾だった。
翼の中から打ち出された数多の羽は、その全てが魔法の矢となり魔王へと襲いかかる。
魔王「凄いわ……。器用なのね」
並の人間ならば体中に羽を突き立てられて度肝を抜かされることだろう。当たりどころが悪ければ致命的な傷だって与えられる。
だが今回に限っては相手が悪い。
数十まとめて打ち出された羽は、魔王に当たるだけで薄皮一枚傷つくことがなかった。
ハーピー「ひぃ……」
もはやハーピーに許されるのは絶句のみである。
鉄の鎧すら貫くはずの羽が、生身の肉体に全て弾かれてしまったのだ。
これを目の当たりにさせられ、どうしろというのだ。
茫然自失になってしまったハーピーは思わず羽ばたくのをやめてしまう。
魔王が急いでハーピーの両足を解放してやったお陰で頭から落ちたりはしなかったようだが、地面に降りたハーピーは口を半開きにさせたままだ。
ハーピー「そん、なぁ……」
座ったまま小刻みに震えだすハーピーの肩。
もしや足を痛めてしまったのかと心配しだした魔王の思いはとはよそに、ハーピーは翼で顔をおおい隠してしまう。
魔王「だ、大丈夫?」
ハーピー「うっ、うぐ。こ、殺しなさいよ」
魔王「こ、殺さないわよ?」
ハーピー「ウソよ。ふぐっ。ど、どうせ人間なんて、嘘つきしか、いないっもの」
魔王「なにも泣かなくても……。自分から仕掛けてきたんでしょうに」
ハーピー「ひぐ。だ、だってあんな。あんな。私の切り札。ひっぐ。無傷なんて」
人に自尊心があるのと同じように、もちろん魔物にだって自尊心は存在する。
中でも特にプライドが高いのは上級の人型だろう。
魔物として生まれたことを誇りに持ち、認めた者をこよなく愛し、常々品位を高く保つのが人型である。
妖狐など自尊心の塊と言っていい。
そんなプライドはもちろんハーピーにだって存在する。
上級でもなければ人型でもないハーピーではあるが、完膚なきまでに負けへと追いやられるとは考えもしなかったのだろう。
魔王「悪かったわよ……」
ハーピー「慰めなんていらないわ!余計惨めになるじゃない!」
こいつめんどくさい奴だなと思う反面、魔王にもハーピーの気持ちは理解できる。
だって魔物の王なのだから。
このまま放っておけばもうハーピーは追っかけてこないだろうが、それはそれで申し訳ないような気がした。
魔王「こんな身なりだけれど、わたし人間じゃないわよ?」
ハーピー「……は?」
魔王「魔力も纏っていない人間に、あなたの鋭い羽が刺さらないハズないでしょう?」
フォローをしてやると、途端に泣き止んだハーピーが翼を開けて顔を覗かせてくれる。
魔王は道具袋からハンカチを取り出すと、しょぼくれたハーピーの顔をゴシゴシと拭ってやった。
ハーピー「確かに、そうかもだけど……」
一般的に人型と呼ばれる魔物には、人間と見た目の違いがないとされている。
中には妖狐みたいに尻尾や犬耳を立たせる魔物、吸血鬼のように犬歯の鋭い魔物もいるが、リリムやサキュバス、リッチなどは羽さえ無ければ魔物の特徴が存在しない。
ハーピー「もしかして、人型……?」
魔王「そうゆうことよ」
ハーピー「ありえない嘘をつかないで。人型があえて人間の真似なんかするはずないもの。謀ろうったって、そうはいかないわ」
魔王「本当だってば。信じてちょうだいよ」
ハーピー「あなた冒険者の癖に魔物のことを全然知らないのね。まず魔物が人間の真似をする理由がある?あの手の連中は潜入任務ですら、人間に扮するのを嫌がるわ」
魔王「そうなの?私の知ってる人型は、むしろ喜んで潜入とかしているみたいだけれど……。地域的な違いなのかしらね?」
ハーピー「はっ。あくまで自分が人型だと言い張るつもりね?良いわそこまで言うのなら、証明してみなさいよ。羽ぐらい簡単に出せるのでしょう?」
魔王「出せるけれど……。この鎧、匂いをごまかすために人間から借りたものなのよ。羽用の穴が空いていないわ」
何もウソはついていないのにハーピーは勝ち誇った表情を向けられる。少しイラっとさせられた魔王は僅かに目を細めると、正体を明かすことにした。
魔王「誰にも言わないと約束してちょうだい。強制まではしないけれど、お願いさせてもらうわ」
灯される夜目が眼下のハーピーを見下ろせば、ただでさえ大きなハーピーの目が、更に見開かれることとなる。
汚れのない湖のような深くも淡い夜目がハーピーと視線を交える。
ハーピー「うそ……」
魔王「だから嘘なんてつかないわよ」
ハーピー「というか、その、色は……。ま、ま、魔王……さま?」
魔王「はい魔王様です。ほら証拠見せてあげたんだから、いい加減しょげていない」
ハーピー「あ、はい」
論より証拠とは言ったものだ。
続きます。
きたか!!
戻りやした╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !
はよし
今ほらリッチさんが頑張ってるので、リッチさんに伝えておきますえぇ
続きは?
首を長くして更新待ってます。
作者さん、頑張れ!
コメントありがとうございます╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !
し、失踪はしていないんですよ?
( ´_ゝ`)b
待ってたよおおおお!
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やだー!操作ミスってコメント消えたー!
こんなボタン前までなかったじゃないのよ!
疲れた時に読ませてもらってます
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