2021-04-06 18:05:46 更新

概要

ワンステップスのおはなし。メインは関ちゃんとほたるで、もりくぼ成分は控えめです……ご容赦ください。
時系列は新年ライブが終わった直後くらいです。



世界は帳尻合わせで出来ている。誰かが笑えば誰かが泣き、誰かの失敗が巡り巡って誰かの成功に。そうして世界は今日も回っている。


あなたの大切な人を思い浮かべてください。家族や友人、恋人、または応援している作家や芸人、歌手、アイドル……誰でも構いません。


こう思ったことは、ありませんか。


たとえ私が少しばかり不幸な目に遭うことになっても、その分あの人が幸せになれるのなら、それでいいと。私の不幸が、あの人の幸福に繋がるのなら。


そう思ったことは、ありませんか。




ガチャ


裕美「おはよう、プロデューサーさん」


モバP(以下P)「おっ、おはよう! 裕美!」


乃々「お、おはよう、ございます……」


裕美「乃々ちゃん、もう来てたんだ。ほたるちゃんは?」


P「ああ、今の現場が終わり次第、事務所に向かうそうだ」


裕美(今日はワンステップスで取材を受ける日。取材はもちろん、この前のライブについて)


裕美(新年ライブは、本当に初めてのこと尽くしだった)


裕美(ワンステップスで初披露した「ステップ&スキップ」、この日だけのメンバーで歌えた「Sing the Prologue♪」……それだけじゃない。ファンのみんなが目の前にいない、初めての配信でのライブ)


裕美(本当にドキドキしたけど、すごく楽しかったなあ。取材でも、色んなお話ができたらいいな)


乃々「裕美さんって、取材の後はレッスンでしたよね。た、大変そう……」


裕美「そうだね。Caper Paradeの新曲……もうすぐCDが出るし、音楽番組にも出なきゃいけないから、頑張って完成度を高めないと」


P「でも裕美、楽しそうだな。今の裕美はすごく活き活きしていると思うぞ」


裕美「ふふっ、ありがとう。ライブでたくさんエールをもらっちゃったし、これからどんどん返していかないと」


P「そうだな。乃々も頑張らないとなっ」


乃々「ううっ、もりくぼも、がんばりますよ……あくまでも控えめに、ですけど」


裕美「そんなこと言ってるけど、もうすぐ始まるんじゃない? 乃々ちゃんの出演したドラマ」


乃々「あうう……見てほしいような、見てほしくないような」


P「なんじゃそりゃ」


アハハハハ


prrrrrr


P「お、電話だ。もしもし」


P「はい。ええ、そうですが。…………」


裕美「……?」


P「……なんですって!? どこの病院ですか、直ぐ向かいます!!」


乃々「びょ、病院っ……!?」


裕美「……ど、どうしたのプロデューサーさん。顔が真っ青だよ?」


P「……ほたるが……撮影現場で負傷したらしい」




病院


P「ほたる!」ガラッ


ほたる「あ……プロデューサーさん」


ほたる「それに裕美ちゃんに乃々さんも……そっか、みんな事務所で待っていてくれたんですよね」


裕美「ほたるちゃん、大丈夫!?」


ほたる「う、うん。舞台の床が抜けて、落ちてしまったみたいで……左足を骨折してしまいました」


ほたる「それに、受け身の姿勢が悪かったんでしょうか。右ひじにも亀裂が入っているみたいで、一週間くらいは入院しないといけないそうです」


P「……そうか。とにかく、命に別状がなくて本当によかった」


乃々「もりくぼも、安心しました……ほっ」


ほたる「みなさん、心配をかけてすみません。でも私なら大丈夫です。安静にしていればすぐに回復するだろうって言われましたし」


裕美「ほたるちゃん……」


P「……仕方ない。とりあえず一週間のうちは茄子や歌鈴に代役を頼む。今日の現場の分は……ほたるに役目を全うしてほしいから、時期をずらせないか向こうと交渉してみるよ」


P「ワンステップスでの取材も、体調が万全になってからだな」


ほたる「ありがとうございます。何から何まですみません……」


P「気にするな。そうだ、何か食べたいものはあるか? 下のコンビニで買ってくるよ」


ほたる「いえ、そんな。……じゃあ」


裕美「…………」




その夜


裕美「……」


裕美(ほたるちゃんが何かと不運な体質なのは、事務所のみんなも知っている)


裕美(それでも、誰もほたるちゃんから遠ざかろうとしなかった。ほたるちゃんが努力家で、優しくて、誠実な女の子だってことを、みんな知っているから)


裕美(初めは内気だったほたるちゃんだけど、最近はどんどんみんなの輪に馴染んできて、前向きな性格になってきた。笑顔でいる時間も、はるかに増えた)


裕美(……それでも、ほたるちゃんはいつもトラブルやアクシデントに見舞われる。どうしてなの?)


裕美(今回だってそうだ。プロデューサーさんが、ほたるちゃんにしかできない役だって自信満々に話していたお仕事。ほたるちゃんも、期待に応えようと必死に努力していた)


裕美(新年ライブと並行しての撮影は、きっと大変だったはず。それでもほたるちゃんは、弱音ひとつ吐かなかった)


裕美(そんなほたるちゃんの集大成が、もうすぐ見られるはずだった)


裕美(それなのに、どうして……)


裕美「……おかしい。やっぱりおかしいよ」


裕美「どうしてほたるちゃんが、苦しまなきゃいけないの?」


裕美「ほたるちゃんは、何も悪いことはしていない。ただひたむきに、アイドルとしてキラキラ輝こうとしているだけなのに」


裕美「ねえ、神様。いるなら聞いてよ」


裕美「もしも本当にほたるちゃんが不幸体質だったとしたら……そんなの理不尽だよ」


裕美「……私がちょっと不運になるくらい、構わない。だからいい加減、ほたるちゃんを助けてあげてよ……」




後日


司会「続いてはCaper Paradeです」


アシスタント「昨年のハロウィンを大いに盛り上げた最新曲をテレビ初パフォーマンスです、どうぞ!」


パチパチパチ


裕美(……生放送でのパフォーマンスはやっぱり緊張するけど)


裕美(この日のためにたくさんレッスンしてきたんだ。やり切ってみせる……!)


…………………………


サッ


裕美(……えっ?)


裕美(ど、どうして? まだ音が鳴ってないのに、なんでみんなはもう動いているの?)


裕美(こ、これってもしかしてイントロの振り付け? うそ、もう曲が始まってるの!?)


裕美(き、聞こえない……イヤモニが、壊れちゃってる……!?)


裕美(しまった、私だけ動きが遅れて……!)


ディレクター「待ってくれ、様子がおかしい! いったんカメラ止めて! 演奏も!」


AD「関さん、どうかされましたか!?」


P「……!」


司会「おっと。ちょっとトラブルが発生したようですね」


アシスタント「そうみたいですね。……で、では、お先にこちらのコーナーへ参りましょうか!」


…………………………


裕美(その後、番組側がうまく立ち回ってくれたおかげで、私たちは番組が終わるギリギリの時間に改めてパフォーマンスすることができた)


裕美(どうやら私のイヤモニだけが不具合を起こしていて、音が流れなかったみたい)


裕美(なんとか収録は終えられたけど……あんなトラブルは初めてだった。みんなにテンパってる姿、見せちゃったなあ)


裕美「はあ」ショボーン


裕美「ん? 乃々ちゃんからメールが来てる。えっと……」


裕美「! ほたるちゃん、退院できたんだ……よかった……!」


裕美「あっ、ほたるちゃんからも退院の報告が……えっと、『お帰りなさい!』っと……」


裕美「……ふう。最後の最後にいいことがあって、よかった」



…………………………


裕美「ど、どうしようプロデューサー! この渋滞じゃラジオに間に合わないよ!」


P「くそっ、どうしたもんか……」


P「……そうだ、前にリモート会議で使ったアプリ、裕美のスマホにまだ残ってるか!?」


裕美「あのアプリ? うん、まだ残しているよ」


P「よし、それを使おう! リモート出演に急遽変更だ!」


裕美「わ、わかったっ!」


…………………………


裕美「……繋がったかな? みなさんこんにちは、ゲストの関裕美です!」


裕美「……ってあれ? 私の声、聞こえてる?」


…………………………



裕美「……はあ、疲れた」


裕美「でも今から事務所に行けば、乃々ちゃんの出ているドラマが見れる……楽しみだなあ」


ガチャ


裕美「こんばんはー……あれ、ちひろさん? どうしたんですか?」


ちひろ「あ、裕美ちゃん! それが、急に事務所のテレビが壊れちゃって……」


裕美「そ、そんな……ドラマ……」ガーン



後日


比奈「いやあ、この5人で集まるのも久々っスね~」


肇「そうですね。私、昨日からすごく楽しみにしていたんですよ」


柚「アタシはもう一週間前くらいからずっと楽しみでさ! 夜しか寝れなかった!」


巴「健全で何よりじゃ」


柚「てへっ」


裕美「みんな、そろそろ始まるよ。……というわけで、今日は私たち5人による、ぶらり旅をお届けしたいと思います」


柚「それじゃあさっそくゴーゴー!」


比奈「早いっすよ柚ちゃん!」


巴「焦るな焦るな。ぶらり旅いうても、ちゃんと目的地があるんじゃろ?」


肇「どうやらこの場所みたいですね。最終的にここに着けるなら、少しは寄り道をしてもいいとのことです」


裕美「それじゃ、さっそく出発しよっか!」



肇「古き良き建物ですね……あれ?」


裕美「肇さん、どうしたの? ……あっ!」


巴「おい、比奈! スカートの裾が破れておるぞ!」


比奈「え? えええっ!? い、いつの間に……!?」


柚「あちゃー……ホントにいつの間に破れたんだろ?」


比奈「もしかしたらさっき、木の枝が何かにひっかけちゃったかもしれないっス……衣装さん、す、すみませーん!」


巴「いったんカメラ、止めるそうじゃ。なら少し休憩とするか」


裕美「そ、そうだね。……」



柚「わーっ、石段だあ……だあっ!?」


ズデーン


巴「こ、今度は何じゃ!?」


裕美「柚ちゃん、大丈夫!?」


柚「いたた……ごめんごめん、ちょっと躓いちゃっただけだよ」


比奈「膝、腫れちゃってますね……早く応急処置しないとマズイっスよ」


肇「どなたか、対応お願いできませんか!」


裕美「…………」



5人「お疲れ様でしたー!」


比奈「いやあ、無事にたどり着けてよかったっスねえ。色々と騒がしい旅でしたけど」


巴「全くじゃ。ま、たまにはこういう日もあるじゃろ」


柚「でも久しぶりにこのメンバーで集まれて楽しかったよ!」


肇「私も楽しかったです。道のりは違えど、全員が熱心にアイドルと向き合ってきた結果、こうしてまた出会えたんでしょうね」


柚「また一緒に歌とか歌えたらいいね! ね、裕美チャン!」


裕美「え? あ、う、うん、そうだね」


比奈「じゃ、アタシは明日のレッスンに向けて早めに帰ることにします。みなさんどうします?」


柚「アタシは事務所に寄ってから帰るよー」


裕美「私は――」


肇「私、実はさっき気になっていたお店があったんです。そこに立ち寄ってみようと思います」


巴「おお、ならうちもそうするかな。裕美も来たらどうじゃ」ポンポン


裕美「じ、じゃあ、私も一緒に行こうかな」


比奈「じゃここでお別れっスね。では!」


柚「バイバーイ!」


肇「…………」


巴「さて、肇も考えていることは同じじゃろうな」


肇「そうですね、巴ちゃん」


裕美「ど、どうしたの、二人とも」


肇「裕美ちゃん、何かあったの?」


裕美「……え?」


肇「今日の裕美ちゃん、なんだかいつもと様子が違った風に……ううん、違ってた、よね」


巴「おう。うちらと初めて仕事した時のようなあの堅苦しい表情が、そこかしこで出ておったぞ」


裕美「……」


巴「何か悩みがあるんじゃな?」


裕美「……別に、何でもないよ」


肇「裕美ちゃん。私たちが力になれるかはわからないけど、よければ話してほしいな」


裕美「本当に何でもないの。たしかに今日はちょっと昨日の疲れがあって、それが顔に出てたかもしれない……ごめんなさい」


巴「怒っとるわけやないんや。そう見えとったら、うちの方こそ悪かった。……どうしても話せそうにない、のか?」


裕美「ううん、そうじゃなくて。本当に、私は大丈夫だから。……心配してくれて、ありがとう」


裕美「……やっぱり私、疲れてるから今日はもう帰るね。せっかく誘ってくれたのにごめんなさい。……そ、それじゃあ」


スタスタスタスタ……


巴「……参ったのう」


肇「……裕美ちゃん……」



prrrrrr


P「電話……ん、肇からか? もしもし……」




事務所


裕美(……私は確信していた)


裕美(あの時、神様に向けた願い。ほたるちゃんを、幸せにしてほしいという願い)


裕美(それがきっと届いたんだ。だからほたるちゃんは、予定より早く退院して、仕事に復帰することができた)


裕美(その代わりに、今度は私が――)


乃々「あの、裕美さん、裕美さん」


裕美「はっ。の、乃々ちゃん、どうしたの?」


乃々「いえ、その……さっきからずっと声をかけていたんですけど、全然反応がなくて。もりくぼの声が小さかったんですかね……?」


裕美「あっ……ごめん。ちょっとボーッとしていたみたい」


乃々「……裕美さん、今日はいつもより目つきが「キッ」としていますね……」


裕美「え、そう? 別に機嫌が悪いわけじゃないんだよ」


乃々「それはわかっていますけど……あの、その、」


乃々「裕美さん、最近、その、ちゃんと眠れていたりしますか……?」


裕美「……え?」


乃々「なんだかすごく疲れているような……バラエティに出たあとのもりくぼみたいな顔してます……今の裕美さん」


乃々「も、もしかして、何か、あったんですか……?」


裕美「う、ううん、特にないよっ」


乃々「じゃあ――」


裕美「ほ、本当に、何でもないの! 大丈夫だから!」


裕美「もう……構わないでよっ!」


裕美「……あっ」


乃々「…………」ショックボ


裕美「乃々ちゃん違うの、今のは――」


裕美「――あれっ」


裕美「頭が、重、い――」


バタッ


乃々「ひ、裕美さんっ!」




休憩室


裕美「……ん」パチクリ


ほたる「裕美ちゃん!」


乃々「ああ……無事でした。よかったです」


P「やっと起きたか。心配したんだぞ」


裕美「ほたるちゃん、乃々ちゃん、それに……プロデューサーさん」


裕美「プロデューサーさん、汗だくだけど……どうして?」


P「……裕美が倒れたって聞いたから、急いで事務所に戻ってきたんだよ」


裕美「……そうだったんだ」


裕美「ごめんなさい、迷惑かけて。それと乃々ちゃんも、さっきは本当にごめんなさい」


乃々「い、いえ……気にしてませんから。ちょっとだけ、ぐさりときましたけど」


P「裕美、今ちょっと話していいか?」


裕美「……どうしたの」


P「実は前々から、裕美の様子がおかしい……と、肇から相談を受けていたんだ」


裕美「!」



少し前


ガチャ


芳乃「お呼びでございましょうかー」


肇「あっ、芳乃さん。ごめんね、急に呼び出しちゃって」


芳乃「いえいえー。おや、そなたも一緒なのですねー」


P「ああ。オレも肇から相談があるって聞いたんだ」


P「山紫水明の活動のことか?」


肇「いえ、違うんです。相談したいのは、裕美ちゃんのことで」


P「裕美……?」


肇「はい。以前、私や裕美ちゃんを含めた5人でロケをしましたよね」


肇「実はロケの間、裕美ちゃんが所々で難しい顔をしていたんです」


P「難しい顔?」


肇「……いつもの裕美ちゃんなら、絶対にしないような顔です。常に何かに怯えているような……そんな表情でした」


肇「それに、ロケの間に色々と不可解な事が起きたんです。比奈さんのスカートの裾が知らない間に切れていたり、柚ちゃんが転んで膝をすりむいてしまったり……」


P「……」


肇「そのロケの前日だったと思います。私は芳乃さんと食事をしていたんですが、その時に芳乃さんが気になることを話していたんです」


芳乃「なるほど、あのお話ですねー」


肇「芳乃さん、話してくれますか?」


芳乃「ふむー。わたくしはほたるさんたちと、お仕事を共にする機会があったのですがー」


芳乃「その時にー、ほたるさんから、以前とは違う“気”を、感じたのですー」


P「……以前とは違う“気”?」


芳乃「はいー。それまでのほたるさんは、その身に影を宿された佇まいでしたー。ですがあの時のほたるさんからは、そのような陰影は見当たらずー」


P「見当たらなかったって……“気”が消えていたってことか?」


芳乃「おそらくはー。わたくしはそれが不思議で、しかし嬉しくもありー、こうして肇さんにお話しした次第でしてー」


肇「プロデューサーさん。ロケの映像を、芳乃さんに見せてくれませんか」


肇「私の予想が正しければ……」


P「まさか、芳乃のいう“気”っていうのが裕美に乗り移ったってことか?」


肇「……はい。いえ、そうとしか考えられませんでした。それで居ても立っても居られず、こうして相談をしに来たんです」


…………………………


P「どうだ、芳乃?」


芳乃「……おやー、不思議ですねー」


芳乃「裕美さんから、以前のほたるさんと同じ“気”を感じますー」



裕美「……肇さんが……」


P「裕美、すまなかった。肇に相談されるまで、オレは裕美の変化に気づけなかった……自分が情けないよ」


裕美「そんな……プロデューサーさんは悪くないよ。私が一人で抱え込んでいただけなんだから」


P「なあ、裕美。話してくれないか。何があったんだ?」


裕美「………………」


裕美「……こんなこと言っても信じてくれないと思うけど」


P「信じるよ。裕美の言葉だから」


裕美「……」


裕美「ほたるちゃんが入院した夜かな。私ね、神様に願い事をしていたんだ」


裕美「私が不幸になってもいい。だからその分、ほたるちゃんを幸せにしてほしいって」


裕美「……願い事っていっても、思ったことをただ呟いただけ。でもまさか、本当に叶うとは思わないじゃん」


P「どうして、そうしたんだ?」


裕美「私、知ってたから。プロデューサーさんが胸を張って、ほたるちゃんにしかできない仕事を持ってきたことも。ライブの合間を縫って、ほたるちゃんが頑張っていたことも」


裕美「だから今回のお仕事、うまくいったらいいなってずっと思ってたの」


裕美「なのに、事故で全部振り出しに戻って……私、自分のことのように悔しかった。神様を恨んだ。どうしてほたるちゃんにばかり、そんな仕打ちをするのって」


裕美「だから、できることなら、ほたるちゃんが受けるはずの不運とかを、私が受け止めてやりたかったの。でもいざそれが現実になったら、受け止めきれなくて……」


P「それでキャパオーバーになったんだな」


乃々「そんな、ことが……」


ほたる「……もしかして、私が予定より早く退院できたことはただのラッキーじゃなくて……」


裕美「でも、私はこれでいいと思っているの。このまま、ほたるちゃんの運命を受け止めたままでも」


P「どうしてだ?」


裕美「ほたるちゃんが幸せそうだから。すぐにお仕事に戻ってこれて、悪い“気”も払えたみたいだし。きっとこれから、ほたるちゃんにはいいことがたくさん起きるよ」


乃々「でも、それだと裕美さんがっ……!」


裕美「プロデューサーさん。私ね、このままアイドルを引退しようかなんて考えていたんだ」


P「……えっ?」


ほたる「ちょ、ちょっと待ってください。どうして、ですか……?」


裕美「私が近くにいたら、またほたるちゃんが悲しい目に遭うかもしれないでしょ。ほたるちゃんだけじゃない。乃々ちゃんや肇さん、一緒にお仕事するみんな……それに、プロデューサーさんも」


裕美「私一人が背負えば、そんなことはなくなる。それで、ほたるちゃんが幸せになれるなら……私は構わない」


裕美「だってほたるちゃん、今までずっと辛い思いをしてきたんだもん。ほたるちゃんに比べれば、私の受けている苦しみなんか、きっと大したことないよ」


P「……裕美。考え直すんだ」


裕美「……どうして?」


裕美「私がこのまま悪い“気”を引き連れていなくなれば、みんな幸せになる。それで済む問題じゃない。そうじゃないの?」


P「違う。裕美、それは間違っている」


裕美「……どこが間違っているの。はっきり言ってよ!」


乃々「や、やめて下さい、二人とも……」


乃々「もりくぼは……裕美さんがいなくなるなんてイヤ、です。だって、せっかく一歩、踏み出せたじゃないですか……ワンステップスで」


裕美「私がいなくなれば、さらにもう一歩踏み出せるかもしれないよ?」


P「裕美、どうして自分をもっと大事にしないんだ。どうして自分の価値を自分で貶めるんだ!」


乃々「や、やめ……」


ほたる「裕美ちゃん!」


裕美「!」


ほたる「あの、裕美ちゃん。私はたしかにケガをして、お仕事を休んじゃいました。頑張って撮影していたお仕事も、少し先に伸びちゃった」


ほたる「でも、私はそれが不幸だとは思わなかったんです」


ほたる「これ、見てください」


裕美「……? これって、茄子さん?」


ほたる「茄子さん、お仕事が落ち着いたら、すぐにお見舞いに来てくれたんです。すごく心配してくれて、でも元気そうで本当によかったって、心から喜んでくれました」


ほたる「こっちの写真は、歌鈴ちゃんからもらったお菓子。歌鈴ちゃん、私の分まで頑張るねって言ってくれて、すごく頼もしかったなあ」


ほたる「これは美優さんとあやめさんがお見舞いに来てくれた時の写真です。二人ともオフだったのに、一日中私の話し相手になってくれて……すごく楽しかった」


ほたる「他にもたくさんの人がお見舞いに来てくれました。忙しくて来れなかった人も、事務所に戻ったらみんな声をかけてくれました。私はそれがすごく幸せだったんです」


ほたる「でも、今は悲しいです。だって、裕美ちゃんが笑顔じゃないから」


裕美「……」


ほたる「裕美ちゃんには、言ったこと、ありましたっけ。私がアイドルになりたいって思った理由」


ほたる「私は、誰かを幸せにしたくてアイドルになったんです」


ほたる「だから、今の私はアイドル失格です。目の前にいる裕美ちゃんを、幸せにできていませんから」


裕美「そ、そんなっ……!」


ほたる「ケガをして改めて気づいたんです。私のことを大切に思ってくれている人が、私の周りにはたくさんいる。だから私にとっては、みなさんと一緒にいられることが何よりの幸せなんです」


ほたる「裕美ちゃんや乃々さんとお仕事ができる。それだけで、私は幸せなんです」


ほたる「たとえ私の身にどんな事が起こったとしても、構いません。私には、みんながいるから。……裕美ちゃんにも、そう思ってほしくて」


ほたる「だから……裕美ちゃん。もうこれ以上、自分を責めないでください。一人で、抱え込もうとしないでください」


裕美「……ほたる、ちゃん……」


乃々「あの……もりくぼのセリフじゃないんですが……もりくぼの出ているドラマの中に、こういうセリフがあるんです」


乃々「あるシーンで、女の人がこう言うんです。『誰かを幸せにしたい。そのためには、まず自分も幸せにならなきゃいけない』……と」


乃々「だからその、つまり裕美さんの幸せがほたるちゃんの幸せであって、それはもりくぼの幸せでもあって……う、うまく言えないんですけど」


乃々「裕美さんがいなくなるのは、ダメ……ってこと、です」


裕美「二人とも……」


P「一歩踏み出すどころか、凹んで引き下がってしまうかもな」


P「……裕美。裕美が本当にほたるの幸せを願うなら、自分自身を蔑ろにしてはダメだ」


裕美「…………うん」


ほたる「……そうだ」


ほたる「それなら、三人で分け合いませんか?」


裕美「三人で?」


ほたる「ワンステップスでお仕事をして、気づけたことがあるんです。自信も、勇気も、幸せも、みんなで分け合うことができるって」


ほたる「裕美ちゃんは、自分が不幸になってもいいから私を幸せにしてほしいってお願いしたんですよね」


ほたる「それなら、私も同じように、乃々さんの幸せを願います」


乃々「それで、もりくぼが裕美さんの幸せを願えば……!」


ほたる「はい。不幸が三等分されて、きっと、少しは裕美ちゃんの心も軽くなると思いますっ」


裕美「ほたるちゃん……乃々ちゃん……」


裕美「……ごめんなさい。私が間違ってた。ほたるちゃんは強い子だって、わかっているつもりだったのに」


裕美「いっときの感情で周りを見失って、たくさんの人に迷惑をかけて。自分のことしか見えてなかった……」


ほたる「いいえ。むしろ、ありがとうございます。裕美ちゃんにそこまで大切にされている私は、もう十分に幸せ者です」


乃々「あの……ステージに立つ前も、三人で手を取り合ってましたよね。あの時みたいにすれば、きっと」


ほたる「そうですね。じゃあ、裕美ちゃん、手を」


裕美「う、うんっ」


ほたる「それじゃ、せーのでお願いましょう。……せーの!」




世界は帳尻合わせで出来ている。影があるから光が生まれるように、私の不幸が、あの人の幸福に繋がる。


はたしてそれは本当だろうか。


幸福と幸福が、不幸と不幸が繋がることだって、あるんじゃないか。


もしそうだとしたら。


誰かを幸せにしたい。そのためには、まず自分が幸せにならなきゃいけない。


それがあの人の幸福に繋がる。のかもしれない。


end.


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後書き

読んでいただきありがとうございました。よければ他の作品もお楽しみください。


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