美波・奏「二人だけの、秘密の夜明け」 Pt.2
デア・アウローラ主演。テーマは「救済」。Secret Daybreakが好きすぎて日菜子ばりに妄想が炸裂しました。後編です。
[ Day5 ]
朝
美波「あ、奏さん。おはようございます」
奏「おはよう。ところで、まだ私に敬語を使うのね」
美波「あはは……奏さん、なんだか年上に見えちゃうので、つい」
美波「それにしても、まさか北海道まで来ちゃうなんて。それに、こんなにいいホテルに泊まったのも初めてでした」
奏「人間、その気になれば世界の果てにだって行けるものよ。さ、行きましょうか」
ビュゥゥゥゥゥゥゥゥ
美波「……それにしても、今日はなんだか風が強いですね」
奏「終わりが徐々に近づいてきているのね。……せっかくここまで来たんだもの。悔いのないように、過ごしましょう」
………………………………………………
美波「わあ……!」
奏「赤レンガ庁舎ね。レンガの色合いが絶妙というか……あの建物だけ、別の世界線からやって来たみたい」
奏「屋内も無料で見学できるみたいだし、入ってみましょうか」
『国内線、国際線の全便の欠航が発表されました。突然の発表に、各地の空港では怒りの声が沸き上がっています』
………………………………………………
奏「この時計台は、有名な格言を持つ人が建てたらしいわね。えっと、誰だっけ」
美波「『少年よ、大志を抱け』……クラーク博士?」
奏「ああ、それだわ。ふふっ、美波って博識なのね」
『各地のスーパーやコンビニに客が殺到、店内はもぬけの殻 混乱に乗じ万引きに走る人影も』
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美波「動物園に来るなんて、何年ぶりだろう……」
奏「あら、デートとかで来たりしなかったの?」
美波「そうですね。私、誰かとお付き合いした経験はないから……」
奏「へえ。美波くらいの年頃だと、常に二人か三人くらいはそういう人、キープしていそうなのに」
美波「そ、それは偏見ですよ~っ」
『国会の緊急集会、未だ緊迫した討論続く』
………………………………………………
美波「……ん、このソフトクリーム、おいしいっ!」
奏「私にも一口分けて欲しいな。代わりにイチゴ味のシュークリームも分けてあげるわ」
美波「いいですよ! 奏さんはイチゴ味が好きなんですね」
奏「ええ。……昔の友だちの好みが移ったのかしらね」
『欧州北部で小型隕石が次々に落下 迫り来る巨大隕石の欠片と推測』
………………………………………………
奏「……もう日が傾いてきたわ。楽しい時間は、過ぎるのがあっという間ね」
奏「ほとんど私の行きたいところに行ったわけだけど……美波、大丈夫だった?」
美波「え? ああ、はい! 私はすごく楽しかったです!」
美波「私、こうして年の近い女の子と観光、っていうのかな? 実はあんまり経験がなくて。奏さんと来れて、本当によかったです」
奏「ふふ、美波も昨日に比べてだいぶ明るくなったわね」
奏「でもお楽しみはまだこれからよ。私、明日はどうしても行ってみたい場所があるの」
美波「へえ、どこなんですか?」
奏「それはまだ秘密。ただ一つだけ言えるのは……死ぬまでに一度は行ってみたかった場所、ってことくらいかしら」
美波「ふふっ、奏さんは秘密って言葉が好きなんですね」
奏「誰にだって秘め事の一つや二つくらいはあるものよ。もちろん美波にだって、あるでしょう?」
美波「え? わ、私はそんな……」
奏「この際だから、ご飯でも食べながら、お互いの秘密を明け透けに語りあう時間があってもいいんじゃないかしら?」
奏「美波が私を知りたいと思うように、私だってあなたのことをもっと知りたいのよ」
美波「いや、私は……その……」
美波「…………晩ご飯、奏さんは何が食べたいですか?」
奏「……」
奏「うーん。ジンギスカンに海鮮料理……選択肢が多過ぎるのも、困ったものね」
美波「ふふっ。じゃあゆっくり歩きながら探しましょうか」
[ Day6 ]
朝
美波「……ん。おはようございます、奏さん」
奏「おはよう。昨日はよく眠れたかしら」
美波「はい。昨日に続いて、あんなに広い部屋に泊まれるなんて……」
美波「ちょっとだけ、チェックアウトするのが寂しかったです」
奏「こんな贅沢ができるのも、世界が滅びるからこそ。なんて、皮肉な話よね」
奏「ところで、両親は大丈夫なの? もう2日も家に帰っていないわけだけど」
美波「あ、はい。色々と言い訳を考えていたんですけど、結局、旅行ってことにしています」
美波「こんな時に旅行なんて、何を考えてるんだって思われてそうですけど」
奏「ふふっ、いいじゃない。見つかって連れ戻されるのが先か、世界が滅びるのが先か。私はどっちに賭けようかな」
美波「あはは……そういえば、奏さんは行きたい場所があるんですよね」
奏「ええ。今から稚内へ向かうわ」
美波「稚内……?」
奏「正確には南稚内ね。今から特急に乗って……5時間くらいかしら」
奏「だから今日はほとんど移動時間。今のうちに昼食を買っておきましょう」
………………………………………………
移動中
ガタンゴトン
奏「……♪」
美波(奏さんは窓の外を眺めている)
美波「あの、奏さん」
奏「ん?」
美波「奏さんは、その……どうしてこの旅を計画したんですか?」
奏「……あ、見て。あそこ、牧場かしらね。牛がたくさんいるわ」
美波「え、あ、ああ、そうですねっ」
美波(しまった……もしかして、聞いちゃいけない質問だったかな)
美波(……それじゃあ)
美波「奏さんは……どうして私をこの旅に誘ったんですか?」
奏「さあ、どうしてかしら」
美波「……じゃあ、どうして私の名前を、知っていたんですか?」
奏「それすらも秘密って言ったら?」
美波「えっ……?」
奏「太陽が私たちを照らしている間、月は沈んでいるわけじゃない。ただ見えていないだけで、同じように空に浮かんでいるわ」
奏「夜にしか見えない、闇があるから浮かび上がる存在もあるっていうこと。この話をする時は、今ではないわ」
奏「あいにく、私は素直な女の子じゃないの。ごめんなさい」
美波「い、いえ……私こそ、すみません」
奏「美波は悪くないわよ。それより、ほら」
美波「……! わあ、田園風景……!」
奏「見渡す限りの緑ね。現代っ子で都会っ子の私たちからしたら、珍しい景色だわ」
奏「そういえば美波は知ってる? どうして緑が目に優しい色って言われているのか」
美波「え? いえ、知らないです」
奏「緑は目に見える光の中でも中波長と呼ばれていて、要は刺激が少ない光なの。だから目にあまり負担がかからないのよ」
美波「へえ、そうだったんですね」
奏「だからこそ、人は緑の多い自然を好むんでしょうね。実際、この景色が全部赤色だったら、誰も見ようとはしないだろうし」
奏「……そう、刺激が強い色は、見続けるのが辛い。だから生活から淘汰されていく。人は都合の悪いものは見聞きしようとしないから」
美波「……こんなに綺麗な景色も、もうすぐ見れなくなっちゃうんですよね。この景色だけじゃなく、昨日行った場所や、動物園で見た動物たちも」
美波「何だか、実感が湧かないです」
奏「……そうね」
………………………………………………
ビュゥゥゥゥゥゥゥゥ
美波「ふうっ……やっと着きましたね」
美波「それに、昨日より風が強い……海が近いからかな」
奏「美波、これ見て」
美波「?」
美波「世界各地で海面が上昇……今朝のニュースですね。このニュースがどうかしたんですか?」
奏「子どもの頃、見たことがあるのよ。もし巨大隕石が地球に衝突したらどうなるのか、っていうのをシミュレーションしたテレビ番組を」
奏「その番組では、衝突から24時間前になると隕石の引力に引っ張られて、風が強くなったり海面が上昇する現象が発生していたわ」
美波「……!」
奏「おそらく、これが最後の晩餐ね。お互いに、後悔しないような食事をしましょう」
プシューッ
奏「到着したわ。長旅、お疲れ様」
美波「ここは……」
奏「ええ、宗谷岬よ。聞いたこと、あるでしょう?」
美波「もちろん聞いたことはありますけど。でももう夜ですし、周りには何も……」
奏「それくらいがちょうどいいのよ。いえ、むしろここを最後の場所に選びたかった」
奏「学校で学んだ時から興味があったの。日本最北端の地ってどんな場所なんだろう、って」
奏「そしてこの場所から見える朝日は、どんな景色なんだろう、って」
美波「朝日……もしかして、夜明けまでここにいるんですか?」
奏「ええ。さ、適当に座りましょう。夜はまだまだこれからよ」
ザァーッ…… ザァーッ……
奏「……今日は三日月ね」
美波「そうですね。でもすごくか細くて……新月になる一歩手前なんでしょうか」
奏「……もしもあの月の欠け具合が、私たちの寿命を表しているのなら。なんて、少し考えすぎかしら」
美波「……」
奏「美波」
美波「は、はい」
奏「ここまで付き合ってくれてありがとう。満足度はいかがかしら」
美波「ええっ、満足度なんて、そんな……」
美波「すごく、あっという間でした。目に映るもの全部が新鮮で、奏さんとのおしゃべりも楽しくて」
美波「……こんな経験、したことなかったから」
奏「……」
美波「あ、ごめんなさい。何だか湿っぽい話になっちゃいましたね。その――」
奏「いいわ、続けて」
美波「…………」
美波「……」
美波「私は、ずっと独りだったんです」
美波「中学の時に、みんなに嫌われることはすごく苦しいことなんだって気付かされて。もうあんな思いはしたくない。そう考えたら、いつの間にか人と関わることが怖くなってしまいました」
美波「だから心からの親友なんて、今までいなかったんです。それこそ、こうして旅行するような間柄の友だちなんて一人も」
美波「だから奏さんに誘われた時は、すごく不思議な気持ちでした。他に一緒に過ごしたい人がいてもいいはずなのに、どうして私なんだろう、私なんかでいいのかなって」
奏「……よくなければ、こんな場所まで連れ出したりしないわ」
美波「ふふっ。ありがとうございます」
美波「でも……不思議ですね。こんなこと、誰かに話したことなんてなかったのに。奏さんになら、話してもいいような気がするんです」
美波「そう、中学の時から……誰にも、自分の思っていることを打ち明けられなくなったんです。嫌われたらどうしよう、受け止めてくれなかったらどうしよう、って不安ばかりが先走って、自分で自分を信じられなくなって……」
美波「そしたらいつの間にか、いろいろと失くしていたんです。自分は何をやりたいのか、何に向いているのか、何をすれば満足できるのか……」
美波「道に迷った時は、『何となく』と感じた方へ進んできました。でもいつまでもそんな方法を選んでいてはダメで、それも頭の片隅ではわかっていたはずなんですけど……」
美波「そうやってぼんやりと生きていたら、こんな歳になっていました。だから世界滅亡のニュースを知った時も……あまり悲しくならなかった。私には目指す夢も目標もなかったから」
美波「でも、こうして奏さんと過ごせて、せめて最後くらいは自分に正直に生きたかった……って願いは叶った気がします。この旅が、すごく楽しかったから」
美波「奏さん、本当にありがとうございました」
奏「……」
奏「私も、悲しくなかったかな。どうせ死ぬなら……というよりも、ずっと死にたかったから」
美波「……えっ?」
奏「こうして夜更けに水面を見つめながら、何度も飛び降りることを考えていたわ。……中学の頃までは」
美波「……中学の、頃……」
奏「あの頃は、私もまだ純粋な女の子だった。子供はコウノトリが運んでくる、って寓話を本気で信じていたくらいにはね」
奏「どうして私が選ばれたかはわからない。でも彼女たちは、私に狙いを定めた」
奏「……今思い返しても、かなり執拗な手口だったわ。スカートを切られる、靴に画鋲を入れられる、名前も知らない男子とあらぬ噂を立てられる……なんて」
美波「……!!」
奏「乙女のハートはもうぼろぼろ。変わらない現実。見て見ぬ振りのオトナ。私は何度も、身投げして楽になろうと思った」
奏「そんな時にね、女神が現れたの」
奏「『生きよ、そなたは美しい』とでも伝えたかったのかしらね。彼女は事あるごとに私を庇ってくれた」
奏「自分が傷つくことを厭わず、顔も名前も知らない、学年も違う私を、ただ手放しで守ってくれたのよ」
奏「そんな彼女の健闘が実を結んだのでしょうね。ある日突然、私は転校させられた。いじめの噂が見て見ぬ振りをしないオトナたちに届いて、私を遠くに逃がしてくれたの」
奏「きっと風紀委員として、自分の役目を果たしたかっただけかもしれない。もしかしたら、オトナに褒めてもらいたかっただけかもしれない」
奏「だけど、私にとって、それはかけがえのない救済になったのよ」
奏「……ありがとう、美波」
美波「………………そ」
美波「それじゃあ、奏さんは、あの、時の……」
奏「昼間にあなたからもらった質問、返していくわね」
奏「私が名前を知っていた理由はもう言わなくてもいいよね。旅、というか逃避行を計画したのも、私がここに来たかったから」
奏「それで、美波を連れ出した理由、だっけ」
奏「……たまには月が太陽を照らすようなことがあってもいいんじゃないか、って思ったから。かな」
美波「…………」
奏「ずっと不安だったの。私がいなくなれば、おそらく次はあなたが目をつけられる。それであなたが必要以上に傷ついて、心に檻を築いてしまうんじゃないかって」
奏「間接的に考えれば、それって私のせいよね。私が一人で抱え込んでいれば、あなたが巻き込まれることはなかったんだから」
美波「…………ち、ちがう、の。それ、は……」
奏「そう言うと思った。美波は昔からそうだったわ。話しても話させてはくれなくて、誰にでも完璧で、与えるばかり。決して弱みを見せようとしない」
奏「だから、もし美波が傷ついていたら……その時は、私が手を差し伸べたかった。美波の痛みを、私が受け止めたかった」
奏「あのコンビニで美波を見つけたとき、心臓が飛び上がるかと思ったの。まさか会えるなんて、って、自分の目を疑ったわ」
奏「でも紛れもなく美波だった。男たちに言い寄られて、困っている様子だった」
奏「だから勇気を出して助けようと思ったの。あの時、美波がそうしてくれたように」
奏「全てはあくまでも私のエゴ。私のワガママだったってわけ」
奏「だから最初に言ったの。ここまで付き合ってくれてありがとうって。……ようやく、話してくれたね」
美波「………………」
美波「……私はずっと、自分は、空っぽだと、思っていました。自分の選んだ道は、ずっと間違っていたって、そう、思って生きてきました」
美波「もしも、風紀委員をやっていなければ、こんな人間にならなかったのに。そう思って生きていました」
美波「……でも……間違いじゃ、なかった、んですね……」
奏「きっと誰もが、自分は間違っていなかったって思われたくて生きているのなら」
奏「今度は私があなたを肯定するわ、美波」
美波「うっ……ううっ……ううっ…………!」
美波「っっっ………………!!」
………………………………………………
奏「見て、美波」
美波「……! 空が、だんだんと明るく……」
奏「きっとこれが、最後の日の出になるでしょうね。この場所から見ることができて、本当によかったわ」
美波「……はい。私も、奏さんと一緒にこの景色を見れて、幸せです」
美波「……本当にもうすぐ、この世界はなくなってしまうんでしょうか」
奏「もしそうだとしたら?」
美波「もう、奏さんはイジワルですねっ」
美波「……私、怖いんです。これまでそんな気持ちは全くなかったのに、今さら死ぬのが怖くて……だって今、こんなに私は満たされているのに。幸せなのに」
美波「もっと一緒にいたい。これからもずっと、仲良くしていたい。奏さんとの思い出を、一つも忘れたくない。なのに、全部消えてしまうなんて……」
美波「奏さん……私……」
奏「……美波。悲しむことはないわ」
奏「咲いた花はいつか散る。遅かれ早かれ、人はいずれ死ぬ。永遠なんてない。そういう運命なの」
奏「だけど、お互いの秘密を分かち合ったこの夜や、二人でここから見た曙光は、ずっと生き続ける」
奏「たとえ身体がなくなっても、頭が忘れてしまっても、魂の中でずっと……なんて、夢物語もいいところかしら」
奏「でも、私はそう思っていたいわね」
美波「魂の、中で……」
奏「ええ。だからいつか生まれ変わったら、また此処で会いましょう」
美波「……わかりました。私も、奏さんとの思い出を、魂の中に大事にしまっておきます」
奏「そうだ。ずっと気になっていたんだけど」
美波「はい?」
奏「私って美波よりも年下よね。なのにずっとさん付けで……そろそろ、呼び捨てでもいいんじゃないかしら」
美波「わわっ、それはその……奏さん、初めて会った時はすごく大人びていて、年上みたいだなあって思ったから……」
奏「ほら、また言った。それになに、『初めて会った時は』って」
美波「ふふっ。こうして一緒に過ごして、年頃の女の子っぽいところもあるんだなあって思ったんですよ。だから……そう、だね」
美波「これからは、奏ちゃんって呼ばせてもらうね!」
奏「あら、何を今さら」
美波「指摘したのは奏ちゃんじゃない! ……ふふっ」
奏「でもこれで、ようやく美波と対等な立場になれた気がするわ」
美波「えっ、今まで対等だと思っていなかったの!?」
奏「誰かさんがいつまでもよそよそしい呼び方をするからね」
美波「も、もうっ。それならもっと早く言ってくれたらよかったのにっ」
美波「……ねえ、奏ちゃん」
奏「どうしたの?」
美波「私ね、奏ちゃんに会えて――」
美波「……!?」
奏「――――――」
美波「――――んっ」
美波「も、もう、急にどうしたの。女の子同士でキスなんて――」
奏「美波。もう一つだけ、私のワガママを聞いてもらえる?」
美波「……!」
美波「……うん」
美波(吹き付ける風の寒さがそうさせたのか、死への恐怖がそうさせたのか。奏ちゃんの華奢な身体は、小さく震えていた)
美波(私は奏ちゃんを抱き寄せた。そしてもう一度、口づけを交わした)
美波(愛情を示すためのキスじゃない。サヨナラの先でまた会うための、約束のキス)
美波(ねえ、奏ちゃん)
美波(私、奏ちゃんに会えて、幸せだったよ――)
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―――――
end.
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