2022-07-10 14:57:46 更新

概要

平和を享受出来ている年の瀬、佐世保鎮守府では長官邸にも光が点っていた。


前書き

年末を皆様如何お過ごしでしょうか?



鈴谷「いや~結構に冷えたよねぇ~」



障子の隙間から雪が降っているのがちらりと見える。夜だからなのか季節だからなのか…どちらにせよ底冷えする寒さであるのには変わりがない。外からはいつもと変わることのない風が外壁を叩いては通り過ぎる。



提督「あぁ、本当にその通りだよ…ったく、こんな風に部屋に籠って縕袍を着てるんだからね。他にこんな姿を見せないしなぁ」


鈴谷「いいじゃん、いいじゃん!ここにいるのは鈴谷達だけだしぃ?問題無いじゃん!そんな事よりぃ…」


提督「そんな事より?」



今一度自分の身の回りを見てみた。縕袍を着こんで炬燵に身を沈めている状態だ。………今の状態を他の娘に見られたら何て言われるだろうか?



鈴谷「そんな事よりぃ?もっと大切なのがあるんじゃないのぉ?」


提督「ん゛?な、なにが?」


鈴谷「だって今日は大晦日だよ?」



言われてはっとした。カレンダーを見てみると12/31となっている。



提督「はぁ……もう年末か?こんなまったりしてたのも納得だが…」


鈴谷「そうそう!鈴谷と提督の二人で今日はゆっくり過ごすんです!」


提督「あはは…まじか…もう、年末?年越し蕎麦は既に予約済みだし……なぁ鈴谷?今何時?」


鈴谷「えっと…18:20だよ~」


提督「えっ!?もうそんな時間か!よし、鈴谷~これから二人でコタツムリになるぞ~」


鈴谷「おぉ~~提督いいアイデアじゃんっ!」



毎年恒例の番組を見る為にテレビをつけ、ぬくぬくとしながら温かさに浸っていた。


横を見ると、丁度炬燵に脚を入れている鈴谷が身震いをした。



鈴谷「はぁ……この暖かさはホンットズルいよねぇ…」


提督「分かるわ…この仕組みを考えた奴に凄く会いたいくらいだよ…」


鈴谷「ねぇ、それはもう死んでると思うよ」



彼女はコロコロと笑った。…本当に名前の通りなのか、喉に鈴でもついてるのでは?とも思ってしまう。



鈴谷「まあ、これが残ってるだけありがたいじゃん!ねっ!」


提督「実際そうなんだけどな…」


鈴谷「ふふっ、それで、さっき私居なかったじゃん。何処行ってたと思う?」


提督「えっと…何処行ってたの?」


鈴谷「えっとね、さっきは──ってそれは答えになっちゃうじゃん!駄目だよ!」



それにしても彼女は随分とノリが良くなったな。最初の頃なんかどうだったか──



鈴谷「ねえ、聞いてる?……もしかして他の事考えてたんじゃないの?」



昔の記憶を掘り起こそうとしていると、そう言って頬をつねってきた。痛い。



提督「ふぁふぁらほのふぁふぁふぁったらしゃへれないほ」


鈴谷「え?何て言ったの?……プッ」



無理やり僕は頬にセットされた細やかな洗濯鋏を剥がし取ってその元凶に言った。



提督「だから、笑うなって!さっきのままだと喋れないだろ!」



先程とは違ったニュアンスになってしまったものの大概近い事を言ったが、彼女は聞いてはくれなさそうだ。



鈴谷「あははははっ、提督、自分の顔見てみたらいいよ。フフッ」



──ツボにはまったらしい。そりゃ聞いてくれないよ。はぁ…



提督「だったらその朱くなった顔を見る為に鏡を持ってきてくれないかな?」


鈴谷「ッッ───い、いいもん!別に見えなくても良いし!」



言葉で表すのは難しいが、擬音語を使うと、ポンッ といった音が聞こえそうな程僕が見ている相手が朱く染まった。まあ、理由は流石に分かるから言わないでおこうかな。


朱色に染めた整った顔を眺めつつ、悪戯心が沸き溢れてしまった。



提督「そっかあ…す~ずやっ!」


鈴谷「なっ…なに…?」


提督「何で急に顔が赤くなったのかな?」



さっきは言わないと言ったな?……あれは嘘だ。

最初は唖然としていて、だんだんと首もとから上へ更に朱色の面積が増えていく。

みるみるうちに彼女の表情が変わっていく。



鈴谷「うっ……うぅ……だってぇ…」



駄目だ、これ以上なにも言わない。

室内はひどく暑いと感じるが、未だに雪は庭の木々を覆い被せていく。炬燵のせいだな、とそう考えたい。

そんな思案を一人していた時、鈴谷はというと──



提督「さて、そろそろだな」


鈴谷「うう………露骨に話を逸らさなくても良いじゃん…」



実の所、ションボリとしているように顔を風船のように膨らませていた。






いや、可愛らしいな!!



◇────○────◇



さて、取り敢えず鈴谷を宥め──ご機嫌をとって誉め殺しを敢行し──て少し冷静になると、ごく自然に不自然きわまりなく僕の隣の空間に入り込んでいた。

炬燵の上に出していた手を暖かくなっている中に入れながら、身震いしている鈴谷が話しかけた。



鈴谷「それにしても、今日は静かだね」


提督「それにしても…?然るべきじゃないかな」


鈴谷「確かにそうかもねぇ。それで、喧々囂々とした毎年恒例の賑やかしは?」


提督「そりゃ今頃各々で皆集まって食堂で雪見酒したり、部屋で番組を観てたりしてるから歓声は聞こえないだろうよ」



そう答えながら番組を眺めていると、ふと炬燵だけの暑さではないものが、僕の手の甲に覆い被さっていた。



提督「ッ…どうしたのかなすz───」



横を見ようとすると、手を繋ぎながら更に体重を委ねつつある鈴谷の仄かな匂いで脳内が掻き乱される。

そのせいか、横を伺い見ることが出来ない。



鈴谷「ねぇ、提督」


提督「んっ…ん゛ん。どうしたの?」



唐突なことで自分の気持ちを押さえ込むだけで精一杯であり、その声色の少しの変化にまで気付くことが出来なかった。



鈴谷「その、さ?普段から色々迷惑をかけてるし、それに、あまりさ、長い時間一緒に過ごすことも、すくなかったじゃん?」



密着している部分は炬燵よりも温かく、今にも蕩けそうな声で話を続ける。



鈴谷「だから、今だけでも…今だけは甘えさせてくれる?」



テレビから漏れ出る音を降り続ける雪が絡めとり、その瞬間だけは静寂がこの空間を支配する。数刻も経ったような錯覚を覚えるが、煌々と雪を照らす映像は淡々と時間の流れに則って進み続ける。



鈴谷「ね?」



朱色に染め上げられたままの照れた顔を隠さずに、上目遣いで自身の目を覗き込んでくる。


時折雪が硝子に音をたてて当たり、風の通り過ぎた後の残り音を残して再び静寂に包まれる。夜闇も深くなり、月明かりも今は雲が覆い隠している景色は、まるで箱庭のようで幻想的である。


再び部屋は沈黙寡言な空気が占領し、鼓動が加速していく。



提督「………」



何を口にしただろうか。


上手に口から吐き出せただろうか。


はたまた、言葉が、重く閉ざされた門から漏れ出ただろうか。


何も分からなかったが、彼女の視線は、顔は、意識は此方を向いていたことだけは実感できる。



提督「───そう…だな。今日だけは、特別だぞ」



柄にもないことを、そして思ってもいなかったことを口にしていた。



鈴谷「んふふ……」


提督(今日だけが特別なんて、そんな訳ないだろ…)



日常を近くで、時には離れて過ごしていた日々が、俺にとって特別でない訳がない。



鈴谷「ね、ねえ、提督。少し、お蕎麦の準備をしてくるね」



その瞬間は、天女が衣を落とした時に感じた感情と同じだろうか。お互いに顔を背けると、炬燵から脚を引き抜いて部屋を出てしまった。


紅い面影は未だに収まることを知らずに、テレビへ視線を移し変えていた。



◇────○────◇



数分もしただろうか。扉を叩く音が聞こえたので返事をして入室許可を出す。

そうすると、入室する旨を述べ始めたので、扉を開けてやった。



鈴谷「────いやぁ、提督が扉を開けてくれるなんて思わなかったよ」



口ではそう言いつつ手を世話しなく動かし、ニコニコと笑ったままだ。

可愛い娘ではあるとつくづく思い知らされる毎日だったが、特段強く感じる瞬間であった。



提督「さてと、TVは年末最後の番組へと変わってるし、手元には出来立てのお蕎麦があります。どうしようか、鈴谷?」


鈴谷「どうしよぉかね~。それじゃあ、鈴谷は此処に収まっておくね♪」



言い終わるまでもなく、すぐさま少し冷えたであろう脚を暖め直す為に炬燵へと、俺の真横に身体を滑り込ませてくる。



提督「ずずっ……やっぱり年末には蕎麦だよなぁ」


鈴谷「ずずっ……んん~美味しい」



例え戦中であったら、年末をどの様に感じただろうか。

当時の提督達には頭が上がらない思いをこと強く感じる。



鈴谷「はふはふ…ずずっ…フーフー…ずずずっ…」


提督「ずずっ…ずずっ…」



長官邸を雪が包み込み、姿を覆い隠そうとしている今宵。幻想的で神秘的に映される神社仏閣を背に炬燵に入り直し、天から舞い散る桜雪を眺めながら幸福な一服を過ごす。

なんとも贅沢な年末であるが、今年一年共々頑張ったのだから褒美報酬はあって然るべきである。


舞い降りては大地と同一化し、舞い降りては銀世界を生成する深雪を、人は過去の昔から今まで追い求めは一歩退いて感傷に浸ることを繰り返してきたが、我々もまたそうであったのだろう。



提督「ずずっ…なあ鈴谷。なんでこう、蕎麦を食べてたら静かになるんだろうな」


鈴谷「ずずっ…一つ目に蕎麦が美味しいから。二つ目に話さなくてもお互いに感じ入ているからじゃないの」


提督「……成る程、一理どころか何理もあるな」



年末に行う内容としては些か華が欠けるが、然れどもこんな風に過ごせることが俺にとっては重要なことだということを、改めて肌に感じた。




自分のものとは異なる肌熱と共に。



◇────○────◇



一年の締めくくりに思うものは、それはそれは人によって感じるものが異なるのは至極当然である。なんなら敵対している者だって存在しているのは事実である。

だが、やはり誰かと過ごすことは感情の幅を広げ、同時に豊かにすることにもある。


実証例が今俺の隣でしだれかかっている最上型三番艦。


コイツ…いつの間に!?



──そんな冗談はさておき、番組が終盤へと差し掛かり各地の寺鐘を映していく。

そして、手元に置いてあるリモコンで音量を下げて横を向く。



提督「よし、鈴谷。炬燵を移動させるから動かすの手伝ってね」


鈴谷「う~ん、出たくないけどいいよ。いつもの場所でいいの?」


提督「それでいいよ。だから早く炬燵から出てね」


鈴谷「やだ」



軽口を叩き合いながら縁側に続く襖を開き、外との境である雪見障子を横に移動させて炬燵を縁側に持ってくる。

再び炬燵に入った時には衾雪を眼前に捉え、庭の木々の雪持は室内から照らされて水墨画が顕著したかのようであった。


霏々と彩る銀世界に黄昏つつ、ふと思ったことを尋ねた。



提督「来年はどんな一年になるだろうね」


鈴谷「それこそ、鈴谷達がこの国の平和を護る為に常に努力し続ける一年じゃないかな~。鎮守府周辺の住民や国民の理解を得た上で、政府が的確な指示をしてくれないと、だけどね?」


提督「至極尤もだね。全く持ってその通りだと思う。だけど、こうして我々にも今日みたいな平常で平安な日常を常に過ごしていたいな」




鐘音が遠くから聞こえるようになった頃、深雪によって音を失せた縁側に、影が二つ雪に写し出された。



提督「一年間助かったよ。昨年は本当に忙しかった。今年も安寧でありますように。今年も宜しくな!」


鈴谷「一年間ありがとうございました。ほんっと迷惑を色々かけたかもしれない──かもしれないは嘘だけど…──。今年もまた、今迄と変わらず宜しくお願いしますねっ!」


どんな一年の締め括りでも、次の一年を頑張れる気力が湧くのなら過ごし方は千差万別で良いのだと思う。


平和を享受するのは与えられるもの以外を見ることが出来てからだ。


春の陽気を待ちながら、天降る白花を見守っていた。


後書き

ご静読ありがとうございました。
短くてごめんなさい。
Twitterの方でも書かせて頂きましたが、連絡が御座いますのでもう少々お付き合いの程宜しくお願いします。
連絡は五点あります。

最初に、私 時浦愁伍は現在受験生の為今後投稿が不透明になっています。
今迄も投稿できなかったのはその為です。

次に、リクエストを頂いた件ですが、途中迄は書けているのですが今年に入って書く余裕もなかったので現在執筆停止中です。
期間があいて余裕が出てきたら執筆を再開し、投稿していく心づもりです。

次に、長編作品と旅行紀作品に関してですが、こちらも同様にして執筆→投稿を出来たら良いなと思っています。

次に、SS投稿様で投稿するには主に艦これ二次創作だけとなり、他作品(他二次創作・オリジナル作品)は他のサイトにて投稿するつもりです。なので、前述しましたがそれ以上に不定期になりますことをご了承下さい。
尚、他作品は溜め込んでから放出したいなぁ…

最後に今迄既に投稿してきたものはこのまま置いておきます。そして、リクエストは書いてくだされば作品を書く準備をして投稿出来たら良いなと思うのでリクエスト募集の停止は行いません。

最後となりましたが、アカウントが別のものに変わった件に関しましては、大変ご迷惑をお掛けしました。
既に前垢は根本のg-mailがなく、消去も出来ないので放置という形になります。
筆を置いていた期間が長く、今作品も予定では昨年の年末に投稿予定でした。
一年という時間を描けてはしまったものの、なんとか投稿出来て安堵しています。

それでは、また次回の作品でお会いしましょう。

令和三年一二月三一日 時浦 愁伍


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Feb_102さんから
2022-07-10 17:35:54

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