提督「こうなったらもう扶桑から山城を寝取るしかない
新年早々そうする他なかった
「あ、ありがとう。でも、私の心は常に扶桑姉様と共にあるの…ごめんなさい」
あの日、あの時、俺は最後の希望さえも打ち砕かれた思いだった。
今でもあの時の出会いは鮮烈に思い出す事ができる。
人には予め定められた道筋というものがあるのは事実だ。
代々、軍の高官である父祖を持つ血筋を盾に威張り腐っていた連中との卒業演習。
座学でどんな点数を取ろうが、実習で優秀な成績を会得しようが。
あるいは、その結果の果てに無様で浅ましい僻みによる差別や私刑に耐えようとも。
変えられる事など出来はしないのだ。
胸に与えられた階級章を眇め見て、思わず溜息が出る。
俺はあの時確信した。
平民出の士官がどれほど血を滲む努力を重ねて可能性を示してもこの程度にしかならないのだと。
今日この場で宛がわれた艦娘とは、この先での如何にもよるが一蓮托生を共にする。
地力の差は歴然と言ってもよかった。
座学でも実習でも、俺の足元にも及ばないはずの連中。
すなわち、何の能力も成果も示せず身分だけで横暴な振る舞いを許されてきた下種共の元には、一騎当千とも呼べる艦娘達が列を成していた。
火力、速度、装甲、対空能力、制空能力。
一体全体、どこの最終決戦に投入するんだと言わんばかりの勢ぞろいだ。
「そう気負うなよ。こっからが俺達の見せ場じゃねえか」
歴代の名提督を送り出した、と言えば聞こえはいいが。
強気な目と平坦な胸をしたツインテールの演習艦を横にした級友がヘラヘラと笑みを浮かべながら肩を叩いてきた。
馬鹿が、と口には出さずに舌打ちをする。
こんな物は所詮、出来レースだ。
優等出自の連中へ、何の後ろ盾も血筋も持たない俺達を咬ませ犬にした公開処刑にしか過ぎない。
そもそもが、だ。
連中には仲間内でさえ『頭がどうかしている』と畏怖されるほどの正規空母が二隻も配備されてる上に、タイトルホルダー級の戦艦、重巡が何隻もいるときている。
対し、こっちの身内はまな板軽空母が二隻と軽巡、あとはせいぜいが駆逐艦しかいない。
制空権が取れない。どう考えても無理だ。勝てる可能性なんざ最初からない。
この場がクソったれな栄えある士官学校卒業式の最終演習じゃなけりゃ、懐に忍ばせてる煙草に火を点けて一服したいところだ。
窮屈な制服の襟元を歪めて苛立ちを和らげようとする俺の肩を、またさっきの阿呆が窘めるように叩いた。
「そう投げ槍になるなよ。お前が諦めてちゃ、勝負にすらなりゃしないんだ」
こんなもの勝負にも何もなりゃしねえ。
怒鳴りつけてやりたい衝動を必死に押し殺しながら睨みつける。
「そう怖い顔すんなって。俺達は信じてんだぜ。多分、お前の相棒になるあの娘もな」
気障ったらしい台詞で親指を向ける。
コイツはいつもそうだ。
具体的な行動も策略も人任せのくせに、周りにいる人間を盛り上げる事だけは長けていやがる。
事実、今まで死んだような目をしていたはずの同輩達は息を吹き返したかのように俺へ期待の目を向けてきた。
誘導されたようで忌々しいが、俺達平民出の卒業生達に唯一配属された戦艦へ目を向ける。
すなわち、俺の相棒に。
瞬間、息を呑んだ。
生まれて初めて、こういう感情は確かにあるのだと悟った。
馬鹿げた話だと自分でも思う。
だけど、あの時確かに、俺はこう考えたのだ。
「あ、あの…扶桑型戦艦2番艦、山城です」
今までの積み重ねも、経験も、信念さえ。
どうでもいい。
必ず勝とう、と。
「頼むぜ大将。お前ならやれるって」
「……黙ってろ。いつもと同じだ」
深呼吸を一つ挟んで、俺は目の前の敵勢へ向き直る。
相変わらず勝目は殆ど無い。
が、それは相手の艦隊がごく自然に実力を発揮できた場合にのみだ。
次いで、特等席にケツを沈めたままニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている連中を見やった。
一番怖いのは無能な味方……ってのは、教官がよく言っていた。
あいつらと組まされた時の演習は、そりゃ苦労させられたもんだ。
でも今、俺の後ろにいる連中は……。
「……まったくもって、どうしようもねえ。が、それをどうにかすんのが俺の役目だ」
湧き上がる有象無象を度外視し、俺はこの日より生死苦難を共にするであろう艦娘へ声をかける。
「やれるか?」
「え、ええ……!例え姉様が傍にいなくとも、この山城、必ずや戦果を挙げてみせます!」
そんな、重圧にガチガチに身を震わす……まるで数瞬前の自分を目にしたかのように、俺は思わず自嘲した。
「そう気負うな。どんな時でも、俺達はやれるだけの事をやるだけだよ」
「いえ!栄えある超弩級戦艦の妹として、例え相手が誰であれ無様な結果を残すわけには……!」
「そうか」
周囲には気取られないよう、もう一度だけ静かに呼吸を整える。
彼女の華奢な肩を叩き、言った。
「なら満足するまで暴れればいいさ。それを結果に繋げるのは俺達『提督』の仕事だ」
「……!はいっ!」
その日、後々まで語り継がれる伝説の卒業演習は、今でも何の後ろ盾も持たない平民出の士官志望者達の希望になっているという。
そんな劇的な出会いを果たして数年。
ダンッと執務用の頑丈な拵えの文机を叩く男。
彼が現在、この鎮守府を預かると共に過去の伝説とも呼べる圧倒的戦力差を覆し勝利を飾った卒業演習の立役者であった。
「なんでだ!?マジでか!?ここまで来てのこれか!!?これが結果なのか!!?」
時は数刻巻き戻り、数多もの死線を共に潜り抜け戦い続けてきた艦娘への一世一代の告白を、ある種無下にされた男の慟哭が、鎮守府執務室に響いていた。
「嘘だろぉおおおおおおああああああああああああ!!」
そう嘆くのも無理はない。
詳細は省くとして、彼が士官学校卒業を艦娘、山城と共にしてから、随分と長い年月が過ぎていた。
その間、本当に色んな出来事があった。
常時ネガティブな山城を励ましつつ、敵泊地に突入したり鉄底海峡を突破したり索敵地したり褌作戦したり第十一号作戦したり海上作戦したり基地航空隊開設したり艦隊作戦第三法発令されたり北方方面出撃されたりレイテ沖前後抜錨されたり。
そう、本当に色んな事があった
「それなのに!!マジでかあああああああああああああ!!」
無理もない。
悲劇の豪華客船タイタニックで例えれば100回以上ジャックとローズをやってても結ばれていないようなものだ。
それは冒頭の彼女の言、『姉様』に起因しているとも言えるが。
彼女……山城が激戦を生き延び『扶桑』を見つけ出した日の事はよくよく覚えている。
それこそ、あの日に山城と出会った事を忘れないように。
あれほど山城が泣いた日はなかった。
悲痛も歓喜も、織り交じった慟哭。
そうして妹の腕に抱かれながら、意識を取り戻さない姉から視線を背けてでも。
山城は言ったのだ。
「あ゛……あ゛り゛が、と……ございま゛す……」
その目を真っすぐに見据えた時、俺はただ良かったとしか。
「ありがとうございます……!提督……!」
姉である扶桑を抱きしめて泣きじゃくる山城を見て、安堵しかなくて。
「うわああああああああああああああああああ!!」
そんな感慨に浸っていた自分をぶっ殺してやりたい。
あの日、ある意味、俺はある種最大最悪のNTR要素を自分自身で受け入れてしまったのだから。
「くっそふざけんなよ!ふざけんなちくしょおおおおおおおお!!」
ダンダンと机を叩きながら咆哮する。
そりゃ扶桑はいい娘さ。
超ド級戦艦の超火力艦娘としてだけじゃない、それ以上に……。
『提督?提督ー?…あら、良かった。ふふ。私はここにいますよ。ご安心くださいね』
……そりゃそうだ。
俺みたいな木っ端出な提督が扶桑に敵うわけねえさ。
ならやる事は。
やれる事は決まってんだ畜生。
いいか山城。
俺はどんな手段を使おうとも、目的を達する人間なんだよ。
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